2018年07月23日

◆ミャンマーに経済回廊を、意気込む中国

宮崎 正弘


平成30年(2018年)7月22日(日曜日)通巻第5761号 

 パキスタンの次はミャンマーに経済回廊を、意気込む中国
  スーチー政権は西側の冷淡さに反撥、中国へ一段と接近中

ミャンマーのロヒンギャ問題は、世界の批判の的になった。

しかし、もとはと言えば英国の植民地政策から派生してきた問題であり、
民族を分裂させ、混乱状態を醸し出して、内訌状態が続けば英国への反抗
は覚束なくなるという残酷冷徹な植民地政策の一環だった。

ロビンギャという命名は戦後のことで、ミャンマーでは、もともとが「ベ
ンガリアン」(ベンガルからの入植者)と呼び、またベンガリアンは、殆
どがイスラムであり、仏教の家々を襲い、婦女子を暴行したりしたため、
仏教徒との対立感情は根深いものがある。ミャンマーが軍隊を出動し、こ
れら過激派を追いやったのは、歴史的な対立の結果である。

欧米は、ミャンマー民主化のシンボルだったスーチーを派手に持ち上げた
が、邪魔になると冷酷な批判を開始し、この絶妙のタイミングをよんで、
するりとミャンマーに入り込んだのが中国だった。

すでにパキスタンへは570億ドルを投じてのCPEC(中国パキスタン経
済回廊)を建設中であり、こんどはCMEC(中国ミャンマー経済回廊)
というわけだ。CPECからCMECへと、中国の進めるBRI(新シル
クロード)の一環として、雲南省からマンダレー、ヤンゴンを通り抜けて
ラカイン州の港湾へと至るハイウェイ建設を基軸とするプロジェクトだ。

だがミャンマー国内では「借金の罠」論が盛んになっており、そもそもビ
ルマ人は中国が嫌いなのである。まだパキスタンのように、中国が推進し
ている建設現場や中国人労働者へのテロはないが、治安上の問題が大きい
として、ヤンゴン商業界のみならず、ネピドー(首都)の政界にも慎重論
が拡がっている。
       
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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戦後日本の知識人は、死の想念から逃げてしまった
だから死を賭した三島由紀夫事件は衝撃だったのだ

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西部邁 v 宮崎正弘『アクティブ・ニヒリズムを超えて』(文藝社文庫)
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行動的積極的虚無主義――本書のタイトルである「アクティブ・ニヒリズ
ム」を翻訳するとこうなる。筆者の西部邁氏が10代に愛読したアンドレ・
マルローから、何もないニヒルな気分、それでも、ひたすら何かのアク
ションへ自分を駆り立ててしまえという衝動に応えてくれたのが、マル
ローからのこの言葉だと告白している。

いわば、西部氏の60年安保闘争への参加の契機となった思想的背景である。

最初は三島由紀夫がマルローに憧れ、最後はマルローが三島に憧れた。そ
の三島の晩年に近くにいたのが宮崎正弘氏だった。

本書は、言論界の泰斗による、安保条約、国防論、国家、民族、思想、日
本のあり方、日本人と文化等々にまつわる「戦後の病理」を行動的ニヒリ
ズムをもって超克できるかを縦横無尽に語り合っている。

哲学的アプローチの一例が、日米安保条約改定から半世紀以上の中で最大
の衝撃は、連合赤軍事件と三島由紀夫自決事件で、これ以降、左翼はサヨ
クと化し、言葉には死を賭した責任がつきまとうようになった。

人類は、「死の意識」「死の想念」からの逃避としての「戦争のない平和
な想念」に永遠に身を浸すことは不可能である。人は死ぬものであり、国
家をめぐる政治的な死でさえいつ訪れないとも限らないことを忘れてはな
らない。

結局、戦後日本の知識人は、死の想念から逃れたのだ。だから、死を賭し
た三島由紀夫事件は衝撃だったのだ。今こそ日本人に染み付いた平和主義
を疑わなければならない。
            (文芸社企画編集室編集長 佐々木春樹)

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民主主義を破壊しているのはリベラル派の偽善
我々の税金があやしげな左翼の「研究費」に回されている

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小川榮太? v 杉田水脈『民主主義の敵』(青林堂)
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 民主主義とは「最大多数の最大幸福」と学校で教わった。ところが日本
の民主主義は、「少数者の幸福、大多数の不幸」というまことに歪つな構
造になっていて、マイノリティの意見が、多数派の合意を破壊する。

つまり民主主義を破壊しているのはリベラル派の偽善である。

 禁煙ファシズムしかり。LGBT過大保護しかり。

 誰だったか、うまい指摘をしていたが朝日新聞のペンの謀略とは、革マ
ル派が早稲田大学新聞を乗っ取っているように、少数の過激派がメディア
を乗っ取って、少数派の宣伝だけをして、多数の意見を無視しつつ、それ
がミンシュシュギなどと言い張っている実態を指す。

さて、ふたりの対談のなかに幾つか重大なイシューがあるのだが、紙幅の
関係で以下の一点を紹介する。

税金があやしげな左翼の「研究費」に回されているという深刻な問題である。

 杉田 「従軍慰安婦問題、徴用工問題、じつはそういう研究分野――日本
に対する反対派のところに、文部科学省の研究費が出されているんです」
 小川 「あれは杉田さんが問題を提出した途端に、ボロボロと出てきま
したね。翌日からツィッターなどで」

 調査して、浮上したのは4億4000万円もの金が、極左で「政治学者」を
自称する山口二郎のチームに渡っていた事実である。これ、国民の税金で
ある。

 「グローバリゼーション時代におけるガバナンスの変容に関する比較研
究」とかで、2002年から06年にかけて山口二郎代表に4億4577万円が、お
なじく「市民社会民主主義の理念と政策に関する総合的考察」とかの研究
に9854万円(07年から11年、チーム代表は山口二郎)、同じく「政権交代
の比較研究と民主主義の可能性に関する考察」とかに、北大から法政大学
に移った山口チームに4498万円。

徐勝という『北朝鮮のスパイということで一審が死刑判決』のでた男が、
立命館大学で教授になっている。

ここに2800万円が研究費用として出ているのである。

おまけに孔子学院だが、ここは日本の行政がどこもタッチしていない。ま
さに左翼を育成し、助長する援護射撃を、われわれの税金がしていること
にならないのか。こいう大問題を国会で、なぜいままで問題にならなかっ
たのか、2人の追求は果てしなく続くのである。
      
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1760回】             
――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(16)
中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政?社 大正4年)

                △

吉林を発し長春経由でハルピンへの道すがら利用したロシア経営の東清鉄
道について、「露國式は單り軌道の廣くして客室の大なるに現れたのみな
らず、其北滿に於ける諸般の經營は、萬事に之に準じて日本の小賢しきを
冷笑するに似たり」と綴り、日露戦争に破れた後のロシアの方策の見事さ
を述べた後、「不幸にして日本は外交的手腕の鮮やかならざりし爲、戰勝
國の利?は殆ど収むること能はずして、其不人氣のみは全部繼承するに至
りたり」と、日本外交の拙劣さを批判する。

中野が説くところでは、ロシアは日露戦争の敗因を満州に利害関係を持
つ「列國の同情を失ひたりし」点に求め、かくして戦後は「先ず滿洲に於
て、總て支那を始めとして列國の猜疑の眼を光らすが如き行動は、思ひ切
りて之を中止」する一方、自らの「從來の不人氣を擧げて、之を戰勝國た
る日本の頭上に轉嫁せんと企てたり」。

 
たとえば満鉄沿線では満鉄(政府)、都督府(陸軍)、領事館(外務省)
が事細かい規則を設けて日本人を規制し、彼らの自由な活動を阻害するば
かりだ。

ところが日本人が「足一たび我勢力範圍を出でゝ、甞て敵國たりし露國の
市場に入り込むや」、土地の所有権はもちろん行政権まで認められる。現
にロシアの勢力圏の中心たるハルピンでは「日本人支那人も其他の外国人
も、公權上私權上總て露國人と同等にして、哈爾濱市會には支那人の議員
も有れば、日本人の議員も有るなり」。

かくして「善良にして敢爲の氣ある我が同胞は、衆口一致して哈爾濱に於
ける露國の寛大を頌へつゝあり。斯くして外國人を滿足せしむる所以は、
畢竟露國自らを利する所以なり」。

だが、だからといってロシアが東方への関心を棄てたわけではない。
満洲方面ではハルピン以北の経営に重点を置く一方で、蒙古にみられるよ
うに「他の目立たざる方面に於て、大膽なる活動をなし、捲土重來の基礎
を作りつゝあるに至りては、吾人同胞の大に注意を要するところなり」。

中野の記す所を敷衍するなら、日本は日露戦争勝利に浮かれロシアの意
図を読み違えるばかりか、満州でも日本式縦割り行政が改められず省庁間
の縄張り意識を振り回す一方で、「善良にして敢爲の氣ある我が同胞」の
行動を規制して『民間活力』を殺いでしまう。これに対しロシアは日露戦
争の敗因を分析し、融和・平和ムードを振りまきながら捲土重来を策す、
といったところだろう。やはり昔も今も失敗のみならず成功から学ぶこと
が、日本人は不得手なのだ。

ハルピン着後、馬車に乗る。顔の半分が立派な髭のロシア人馭者は「支
那人の如くペコペコせざる所は、甚だ傲慢なるやに見ゆれども、規定の賃
金を拂へば、高くハラショーと呼び、嬉しげに一笑して去る」。じつに
「支那人の如く、五十錢を與ふれば六十錢を要求し、一圓を與ふれば一圓
五十錢とつけ上る狡猾氣なき也」。やはりハルピンでも、彼らは「狡猾
氣」を漂わせていたわけだ。

「役人離れせし態度」の本多総領事の招待宴を終え、中野は馬車を駆っ
てハルピンの夜景見物に出かける。「日本人町の夜景は醜業婦が豚小屋を
聯ねたる中に蠢動せるもの、慘酷、汚穢、其前を馬車にて通過せしのみに
て嘔吐を催せり」。

次いで「所謂五色の酒を酌みながら、夜もすがら美人の踊りを見る處」
へ。「踊りを終えたる美人等」は舞台から降りて「紳士等と喃々す、其の
喃々は勿論喃々料金を徴する」。

外蒙の野に活躍する露國人は、實に雄々しく見」えるが、こちらの「ロス
キーは、眞にだらしなき者共なり」。

かくて中野は「露西亜は大國なりとて一から十まで恐るゝに足らず、褌締
めて取り組めば、小兵の日本にても必ずしも敗れざるを得」と綴るので
あった。

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【知道中国 1761回】                   
――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(17)
  中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政?社 大正4年)

             △

中野は「伊藤公の殺されしてふ」ハルピン駅で列車を待つ間に「豚の選り
別け」を眼にした。

「幾百千人とも見ゆる辮髪の苦力等が、雪崩を打つて列車の乘口に攻め寄
せ」る。「罵り叫ぶ聲喧しく、大騒動にても起りたらんが如き氣色な
り」。彼らの前に立ちはだかるのは、「蓬々たる鬚髯、渥丹の面、猛り狂
ひて大聲を揚げ」ている「露國下士官」だった。

彼は押し寄せる乗客の切符を点検し、所持していなかったら「或は盆大の
平手を以て、?面を歪むほど叩きあげ、或は蠑螺の如き拳固を堅めて?桁
の外るゝ程撲りつけ、偖髪を?みし右手を強く振へば、苦力は毬の如く一
二間向ふに投げ出される。其有樣恰も豚の善惡を選り別けて、可なるもの
を積載し、不可なるものを棄つるが如し」。彼らが乗り込んだ三等列車内
を覗いて見ると、「此種の豚尾漢等、到底人間竝の衞生を以て律す可らざ
るなり」。いやはや、じつにタマラン。

それにしても「豚の選り別け」とは、じつに的を得た表現というべきだろう。

 中野は「吾人は殘念ながら此等の苦力と同種類の黄色人種」であればこ
そ、ロシア兵の扱いには「流石に不愉快ならざるを得ず」と立腹するが、
これこそが現実的で最も至極な「殖民地の土人統御策」だと考えた。

たとえばコッサクは馬を我が子のように扱う。だが調教に当たっては時に
「亂打亂?殆ど息の根を止める」ほどだ。「是を以て馬は其主人の親しむ
べきを知ると共に又其の侮り狎る可らざるを思ひ、其命に服すること手足
の如きに至る」。つまりロシア人はコサックが馬を扱うように苦力に接す
るからこそ、「支那人は喜びて親しめども、侮りて害するの意を起す能は
ざる」ことを身に沁みて知ることになる。

ところが日本人はロシア人とは全く違う。馬を御すに喩えれば、「叱聲口
に絶えず、鞭影常に動き、馬は甚だしく主人を恐れずと雖も、寸時も氣を
安んずることなし」。つまり日本人の対応はロシア人の反対だから、相手
はイライラ落ち着かない半面、日本人の性質を知って足元を見切って舐め
掛かってくる。

だから脅しが効かない。かくして「日本政府は、如何なる侮辱を被ること
なるも、敢て支那政府及び人民を威嚇する能は」ず。

これが外交面に現れると、「列國の顔色を覗ひて、男らしく口を利けざる
我外交官が、個人としては弱き支那人に對するや、俄に威猛高にな」って
しまうから、余計に舐められてしまう。「傍より之を見ても噴飯に堪へざ
る次第なり」。

 かくして中野は、「畢竟露西亞人の支那人に對する腕は、強大なれど小
八釜しからず、日本人の支那人に對する手先は小賢しけれど微弱」であ
り、ロシア人は「嚴父の如く」に対応するが、日本人は「ヒステリーの繼
母の如」くに接する。かくして「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭
はずして、却て小男の爪先にて爬きむしらゝを嫌惡するなり」ということ
になるわけだ。

ロシア人は「支那人が大概の狡猾手段を講ずるも容易に怒らざる」が、舐
めて掛かったら半殺しにしてまでも同等ではないことを徹底して教え込
む。「是を以て支那人は喜びて親しめども、侮りて害するの意を起す能は
ざるなり」。一方、政府も民間も日本人は「如何なる侮辱を被ることある
も、敢て支那政府及び人民を威嚇する能は」ないばかりか、「其代わりに
局部々々に於て、所謂硬手段を取る者多し」。

「硬手段」と称して「徹底せざる小威嚇を支那個人に向つて加ふる者續出
し」ているが、これが「軟弱なる官憲の代表者」にまで及び、「臆病者の
痩臂を張りて、?々者流と共に妄動せんとするなり」。なぜ、こういった
振る舞いしかできないのか。《QED》
          

◆トランプ外交で欧州情勢が激変

櫻井よしこ



「敵味方の区別つかないトランプ外交で欧州情勢が激変する可能性に現実味」

6月上旬、カナダでの先進7カ国首脳会議(G7)に出席したトランプ米大
統領は孤立した。「6対1」のサミットと表現されたG7の2日目午後の会合
を欠席して、トランプ氏は北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長に会うため
にシンガポールに向かった。

7月11、12日の両日、ベルギーでのNATO(北大西洋条約機構)首脳会
議に臨んだトランプ氏は、ここでも多くの問題を残した。会議の前には、
NATO各国首脳に宛てて「貴国の国防費がなぜこんなに少ないのか、米
国国民に説明できない」「米国とNATOの関係はもはや持続可能ではな
い」など、類例のない表現で相手国を非難する手紙を出していた。

首脳会議では、「米国が世界の貯金箱と思われている状況を止める」決意
を、改めて示した。

NATO諸国は2014年、ロシアがクリミア半島を奪ったことに警戒を強め
軍事力を高めるために、少なくとも各々のGDPの2%を軍事費に充てる
と決定したが、その2%条項が守られていないとして、トランプ氏は
NATO諸国を非難していたのだが、今回の首脳会議で、4%という新し
い数字を突然打ち出した。

NATO首脳の間には、トランプ氏がどこまで本気なのかと疑う声もある
が、4%以前の、もっと深刻な問題があるのではないか。

前述のように、カナダでのG7では価値観を共有するはずの先進諸国を非
難して、価値観の全く異なる正恩氏に会いに行った。ベルギーでの首脳会
議では同盟国を非難して、最終的にロシアのプーチン大統領に会いに行
く。集団安全保障の考え方で成り立つ世界最大規模のこの軍事同盟はそも
そも旧ソ連(ロシア)を共通の敵と位置づけて組織されたものだ。トラン
プ氏は完全に味方と敵の区別がつかなくなっていると思われる。

トランプ氏の「アメリカ・ファースト」は、これでは「アメリカ・アロー
ン」になってしまう。米国は同盟国、あるいは友邦国として信ずるに足る
国かとの疑問が、米国にコミットし頼ってきた国々から出始めたことを、
最も喜んでいるのは中国とロシアであろう。

そうした中、ロシアはハイブリッド戦争を進める。これは「非対照的」で
「非伝統的」な力の行使によって、相手国の民主主義的体制を破壊してい
く戦争のことだ。具体的にはサイバーアタックや偽情報の拡散、政治的プ
ロパガンダの拡散などである。NATO諸国にとってロシアの脅威は、も
はや軍事力だけではないのである。

国際社会が直面する新たな戦いは「文化が戦場」となり、音楽や映画がそ
の有力手段となるといわれている。たとえばNATOの一員であるラトビ
アを見てみよう。

小国ラトビアは歴史的にソ連に支配され、次にドイツ、そして再びソ連の
支配下に置かれた。ラトビアが民族国家として自立したのはソ連崩壊後の
4半世紀ほど前のことで、安定した国民生活が可能になったのは、
NATOの枠内に入って以降にすぎない。

ラトビアの人口の約3割が人種的にはロシア人だ。彼らはロシア語を母国
語とし、ロシア文化を守りつつ暮らしている。プーチン氏はラトビアはロ
シア領だと主張し続ける。ロシア、そして中国も全く同様だが、「自国民
擁護」の旗を掲げて他国を脅かすのが常だ。人口の3割がロシア人という
事実は、クリミアに多くのロシア人が住んでいることが侵略の口実のひと
つになったように、ラトビアを再びロシアの支配下に置く理由として十分
活用されるだろう。

こうした中、トランプ氏は、クリミアはロシア領、理由はそこに多くのロ
シア人が住んでいるからと語っている。トランプ外交で欧州情勢が激変す
る可能性が現実となりつつある。

『週刊ダイヤモンド』 2018年7月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1240 

◆ 歳は足に来る(続)

石岡 荘十



数十メートル歩くと左足がだるくなって歩行困難になる。で、数分立ち止まって休むとまた歩けるようにはなるが、またすぐだるくなる。


このような症状を専門的には「間欠性跛行」という。「跛行」はビッコを引くという意味だ。こうなった経緯については前回述べた。今回はその続編である。


先般、閉塞した足の大動脈にステントを入れる治療を受け、ビッコは解消し、元通り颯爽と歩けるようになった。


はじめ、「これはてっきり腰をやられた」思い込んで、近所の接骨院に駆け込んだら、「典型的な脊柱管狭窄症の症状だ」と断言する。つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、電気治療、針を数回やってもらったが、はかばかしくない。


血流が詰まる動脈硬化は典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば脳梗塞になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると狭心症、詰まると心筋梗塞になる。私の場合は足にきたというわけである。

造影剤を使ったCTで診ると、左足付け根から動脈を15センチほど遡ったところで90パーセント狭窄していることが確認できた。左足へは最大、通常の7割ほどしか血が流れていない。これではビッコになるわけだ。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを挿し込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、etc。

8/23、心臓カテーテル室でカテーテル台に横になると、若くて美形の看護婦さんが何の躊躇もなくパラリとT字帯をはずし、左足の付け根周辺の陰毛を電気かみそりで刈る(剃毛という)。慣れたものだ。

局所麻酔の後、この治療では実績も多い腕利きの医師が、モニター画面を見ながらカテーテルを挿入。先端には、中心部に細くすぼめたバルーンを仕込んだステントがある。ステントはステンレスで出来た金網のチューブである。

これを狭窄部分まで持っていってバルーンを膨らますと、すぼめてあったステントの内径も同時に拡がって、狭窄した血管を見事に押し広げた。

ステントは内径8ミリ、長さ40ミリ。心筋梗塞の治療に使うステントは内径2ミリほどだから、それに較べると大型だ。治療時間は1時間ほど、治療費86万円、自己負担9万円ほどだった。

心筋梗塞でステントを使う治療法はよく知られているが、足の大動脈狭窄にステントを使うケースはまだそれほど多くない。

治療を受けた東京女子医大では、ステントを使った心筋梗塞治療が今年すでに数百件に上るのに対して、足に使った症例は筆者でまだ56件目だという。

下肢(足)へ行く動脈が詰まると、下肢が腐ってしまい、痛いだけでなく、命にかかわるケースもある。そうなると「命には代えられない」とやむを得ず下肢を切断しなければならなくなる。日本では毎年1万人以上が足を切断されているという報告もある。高齢化で症例は増えている。

足にもステントを入れるという治療法は、循環器内科ならどこでもやっているわけではない。リスクもある。医師の選択には慎重でありたい。

元京都大学心臓血管外科部長・米田正始(こめだまさし)医師を中心とする研究グループは新しい血管を作って下肢切断を救う「血管再生法」という試みを行なっていて、再生医学のひとつとして注目されている。が、成功症例はまだそれほど多くない。

「なんとなく足の先が冷たい」

これが、アラームだ。接骨院では治らない。歳は足にくる。専門の医師を選んで、治療を受ける必要がある。(再掲)

2018年07月22日

◆これほどの大物が居た

渡部 亮次郎


名古屋市には、その中心に、100m道路がある。道幅100mの道路が東西南北
に走っている。もちろんその100mの道幅そのものが、自動車の走行の為の
道幅ではない。道幅100mの間には、公園もあれば、テレビ塔もある。

名古屋も戦後直後は、空襲でこの辺りも焼野原となった。戦後の混乱の時
期に、市の幹部は、まず道路を設定した。その時に、未来に備えての道幅
100mの道路を設定したのである。

さて、なぜ道幅100mの道路を名古屋の中心に東西南北に走らせたか?である。

戦後の焼野原を見ながら、どんな火災が起きても、延焼を食い止め、名古
屋全域が焦土と化さないように名古屋の中心のタテヨコに幅100mの空間
(道路)を作ったのである。

一方、将来来るはずの自動車社会を見越して東京中心部の設計をしたのが
岩手県人後藤新平(ごとう しんぺい)綽名大風呂敷である。関東大震災
後に内務大臣兼帝都復興院総裁として東京の都市復興計画を立案した。

特に道路建設に当たっては、東京から放射状に伸びる道路と、環状道路の
双方の必要性を強く主張し、計画縮小をされながらも実際に建設した。

当初の案では、その幅員は広い歩道を含め70mから90mで、中央または車・
歩間に緑地帯を持つと言う遠大なもので、自動車が普及する以前の当時の
時代では受け入れられなかったのも無理はない。

現在、それに近い形で建設された姿を和田倉門、馬場先門など皇居外苑付
近に見ることができる。上野と新橋を結ぶ昭和通りもそうである。日比谷
公園は計画は現在の何倍もあったそうだ。

また、文京区内の植物園前 、播磨坂桜並木、小石川5丁目間の広い並木道
もこの計画の名残りであり、先行して供用された部分が孤立したまま現在
に至っている。現在の東京の幹線道路網の大きな部分は後藤に負っている
といって良い。

関東大震災。1923(大正12)年9月1日午前11時58分に発生した、相模トラフ
沿いの断層を震源とするマグニチュード7・9による大災害。南関東で震度
6 被害は死者99,000人、行方不明43,000人、負傷者10万人を超え、被害
世帯も69万に及び、京浜地帯は壊滅的打撃を受けた。(以下略)「この項の
み広辞苑」

新平は関東大震災の直後に組閣された第2次山本内閣では、内務大臣兼帝
都復興院総裁として震災復興計画を立案した。それは大規模な区画整理と
公園・幹線道路の整備を伴うもので、30億円という当時としては巨額の予
算(国家予算の約2年分)。

ために財界などからの猛反対に遭い、当初計画を縮小せざるを得なくなっ
た。議会に承認された予算は、3億4000万円。それでも現在の東京の都市
骨格を形作り、公園や公共施設の整備に力を尽くした後藤の治績は概ね評
価されている。11%!に削られながら。

三島通陽の「スカウト十話」によれば、後藤が脳溢血で倒れる日に三島に
残した言葉は、「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ
者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」であったという。

後藤新平(ごとう しんぺい、安政4年6月4日(1857年7月24日) - 昭和4
年(1929年)4月13日)は明治・大正・昭和初期の医師・官僚・政治家。
台湾総督府民政長官。満鉄初代総裁。逓信大臣、内務大臣、外務大臣。東
京市(現・東京都)第7代市長、ボーイスカウト日本連盟初代総長。東京
放送局(のちのNHK)初代総裁。拓殖大学第3代学長。

陸奥国胆沢郡塩釜村(現・岩手県奥州市水沢区吉小路)出身。後藤実崇の
長男。江戸時代後期の蘭学者・高野長英は後藤の親族に当たり、甥(義理)
に政治家の椎名悦三郎、娘婿に政治家の鶴見祐輔、孫に社会学者の鶴見和
子、哲学者の鶴見俊輔をもつ。椎名さんは新平の姉の婚家先に養子に入った。

母方の大伯父である高野長英の影響もあって医者を志すようになり、17歳
で須賀川医学校に入学。同校を卒業後、安場が愛知県令をつとめていた愛
知県の愛知県医学校(現・名古屋大学医学部)で医者となる。

ここで彼はめざましく昇進し、24歳で学校長兼病院長となり、病院に関わ
る事務に当たっている。この間、岐阜で遊説中に暴漢に刺され負傷した板
垣退助を治療している。後藤の診察を受けた後、板垣は「彼を政治家にで
きないのが残念だ」と口にしたという。

1882年(明治15)2月、愛知県医学校での実績を認められて内務省衛生局
に入り、医者としてよりも、病院・衛生に関する行政に従事することと
なった。

1890年(明治23)、ドイツに留学。西洋文明の優れた一面を強く認識する
一方で、同時に強いコンプレックスを抱くことになったという。帰国後、
留学中の研究の成果を認められて医学博士号を与えられ、1892年(明治
25)12月には長与専斎の推薦で内務省衛生局長に就任した。

1893年(明治26)、相馬事件に巻き込まれて5ヶ月間にわたって収監さ
れ、最終的には無罪となったものの衛生局長を非職となり、一時逼塞する
破目となった。

1883年(明治16年)に起こった相馬事件は 突発性躁暴狂(妄想型統合失
調症と考えられる)にかかり 自宅に監禁されさらに加藤癲狂院(てん
きょういん)や東京府癲狂院に 入院していた奥州旧中村藩主 相馬誠胤
(そうまともたね)のことについて

忠臣の錦織剛清(にしごおりたけきよ)が 「うちの殿様は精神病者では
ない。
悪者たちにはかられて病院に監禁された。」 と、告訴したことに始まった。
結局この騒ぎは1895年(明治28年)に 錦織が有罪となって終結すること
になった。


1898年(明治31)3月、台湾総督となった兒玉源太郎の抜擢により、台湾
総督府民政長官となる。そこで彼は、徹底した調査事業を行って現地の状
況を知悉した上で、経済改革とインフラ建設を進めた。こういった手法
を、後藤は自ら「生物学の原則」に則ったものであると説明している。

それは、社会の習慣や制度は、生物と同様で相応の理由と必要性から発生
したものであり、無理に変更すれば当然大きな反発を招く。よって、現地
を知悉し、状況に合わせた施政をおこなっていくべきであるというもので
あった。

また当時、中国本土同様に台湾でもアヘンの吸引が庶民の間で常習となっ
ており、大きな社会問題となっていた。これに対し後藤は、アヘンの性急
に禁止する方法はとらなかった。

まずアヘンに高率の税をかけて購入しにくくさせるとともに、吸引を免許
制として次第に吸引者を減らしていく方法を採用した。この方法は成功
し、アヘン患者は徐々に減少した。

総督府によると、1900年(明治33年)には16万9千人であったアヘン中毒
者は、1917年(大正6)には6万2千人となり、1928年(昭和3)には2万6千
人となった。

なお、台湾は1945年(昭和20)にアヘン吸引免許の発行を全面停止した。
これにより後藤の施策実行から50年近くかけて、台湾はアヘンの根絶に成
功したのである(阿片漸禁策)。

こうして彼は台湾の植民地支配体制の確立を遂行した。台湾においては、
その慰撫政策から後藤は台湾の発展に大きな貢献を果たした日本人とし
て、新渡戸稲造、八田與一等とともに高く評価する声が大きい。

1906年、後藤は南満洲鉄道初代総裁に就任し、大連を拠点に満洲経営に活
躍した。ここでも後藤は中村是公や岡松参太郎ら、台湾時代の人材を多く
起用するとともに30代、40代の若手の優秀な人材を招聘し、満鉄のインフ
ラ整備、衛生施設の拡充、大連などの都市の建設に当たった。

また、満洲でも「生物学的開発」のために調査事業が不可欠と考え、満鉄
内に調査部を発足させている。東京の都市計画を指導するのはこの後である。

その後、第13代第2次桂内閣の元で逓信大臣・初代内閣鉄道院総裁(1908
年7月14日-1911年8月30日)、第18代寺内内閣の元で内務大臣(1916年10
月9日-1918年4月23日)、外務大臣(1918年4月23日-1918年9月28日)。

しばし国政から離れて東京市長(1920年12月17日-1923年4月20日)、第22
代第2次山本内閣の元で再び内務大臣(1923年9月2日-1924年1月7日)など
を歴任した。

鉄道院総裁の時代には、職員人事の大幅な刷新を行った。これに対しては
内外から批判も強く「汽車がゴトゴト(後藤)してシンペイ(新平)でた
まらない」と揶揄された。しかし、今日のJR九州の肥薩線に、その名前を
取った「しんぺい」号が走っている。

1941年(昭和16)7月10日、本土(下関市彦島)と九州(当時、門司市小森江)
をむすぶ、念願の日本ではじめての海底トンネルが貫通した。この日貫通
したのは本坑道で、それより先39年4月19日には試掘坑が貫通している。

新聞はこの貫通を祝っているが、関門海峡の海底をほって海底トンネルを
つくる構想ははやくも1896年(明治29)ころからあり、当時夢物語のような
この話を実現化へ向けて進言したのは、鉄道院総裁の後藤新平だったとつ
たえている。[出典]『中外商業新報』1941年(昭和16)7月10日

晩年は政治の倫理化を唱え各地を遊説した。1929年、遊説で岡山に向かう
途中列車内で脳溢血で倒れ、京都の病院で4月13日死去。72歳。

虎ノ門事件(摂政宮裕仁親王狙撃事件)の責任を取らされ内務省を辞めた正
力松太郎が読売新聞の経営に乗り出したとき、上司(内務大臣)だった後
藤は自宅を抵当に入れて資金を調達し何も言わずに貸した。

その後、事業は成功し、借金を返そうとしたが、もうすでに後藤は他界し
ていた。そこで、正力はその恩返しとして、新平の故郷である水沢町(当
時)に、新平から借りた金の2倍近い金を寄付した。この資金を使って、
1941年に日本初の公民館が建設された。今は
記念館になっているようだ。

後藤は日本のボーイスカウト活動に深い関わりを持ち、ボーイスカウト日
本連盟の初代総長を勤めている。後藤はスカウト運動の普及のために自ら
10万円の大金を日本連盟に寄付し、さらに全国巡回講演会を数多く実施した。

彼がボーイスカウトの半ズボンの制服姿をした写真が現在も残っている。
制服姿の後藤が集会に現れると、彼を慕うスカウトたちから「僕らの好き
な総長は、白いお髭に鼻眼鏡、団服つけて杖もって、いつも元気でニコニ
コ」と歌声が上がったという。

後藤はシチズン時計の名付け親でもある(彼と親交のあった社長から新作
懐中時計の命名を頼まれ、「市民から愛されるように」とCITIZENの名を
贈った)。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

◆敵味方の区別つかないトランプ外交

櫻井よしこ


「敵味方の区別つかないトランプ外交で欧州情勢が激変する可能性に現実味」

6月上旬、カナダでの先進7カ国首脳会議(G7)に出席したトランプ米大
統領は孤立した。「6対1」のサミットと表現されたG7の2日目午後の会合
を欠席して、トランプ氏は北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長に会うため
にシンガポールに向かった。

7月11、12日の両日、ベルギーでのNATO(北大西洋条約機構)首脳会
議に臨んだトランプ氏は、ここでも多くの問題を残した。

会議の前には、NATO各国首脳に宛てて「貴国の国防費がなぜこんなに
少ないのか、米国国民に説明できない」「米国とNATOの関係はもはや
持続可能ではない」など、類例のない表現で相手国を非難する手紙を出し
ていた。

首脳会議では、「米国が世界の貯金箱と思われている状況を止める」決意
を、改めて示した。

NATO諸国は2014年、ロシアがクリミア半島を奪ったことに警戒を強め
軍事力を高めるために、少なくとも各々のGDPの2%を軍事費に充てる
と決定したが、その2%条項が守られていないとして、トランプ氏は
NATO諸国を非難していたのだが、今回の首脳会議で、4%という新し
い数字を突然打ち出した。

NATO首脳の間には、トランプ氏がどこまで本気なのかと疑う声もある
が、4%以前の、もっと深刻な問題があるのではないか。

前述のように、カナダでのG7では価値観を共有するはずの先進諸国を非
難して、価値観の全く異なる正恩氏に会いに行った。ベルギーでの首脳会
議では同盟国を非難して、最終的にロシアのプーチン大統領に会いに行
く。集団安全保障の考え方で成り立つ世界最大規模のこの軍事同盟はそも
そも旧ソ連(ロシア)を共通の敵と位置づけて組織されたものだ。トラン
プ氏は完全に味方と敵の区別がつかなくなっていると思われる。

トランプ氏の「アメリカ・ファースト」は、これでは「アメリカ・アロー
ン」になってしまう。米国は同盟国、あるいは友邦国として信ずるに足る
国かとの疑問が、米国にコミットし頼ってきた国々から出始めたことを、
最も喜んでいるのは中国とロシアであろう。

そうした中、ロシアはハイブリッド戦争を進める。これは「非対照的」で
「非伝統的」な力の行使によって、相手国の民主主義的体制を破壊してい
く戦争のことだ。具体的にはサイバーアタックや偽情報の拡散、政治的プ
ロパガンダの拡散などである。NATO諸国にとってロシアの脅威は、も
はや軍事力だけではないのである。

国際社会が直面する新たな戦いは「文化が戦場」となり、音楽や映画がそ
の有力手段となるといわれている。たとえばNATOの一員であるラトビ
アを見てみよう。

小国ラトビアは歴史的にソ連に支配され、次にドイツ、そして再びソ連の
支配下に置かれた。ラトビアが民族国家として自立したのはソ連崩壊後の
4半世紀ほど前のことで、安定した国民生活が可能になったのは、
NATOの枠内に入って以降にすぎない。

ラトビアの人口の約3割が人種的にはロシア人だ。彼らはロシア語を母国
語とし、ロシア文化を守りつつ暮らしている。プーチン氏はラトビアはロ
シア領だと主張し続ける。ロシア、そして中国も全く同様だが、「自国民
擁護」の旗を掲げて他国を脅かすのが常だ。人口の3割がロシア人という
事実は、クリミアに多くのロシア人が住んでいることが侵略の口実のひと
つになったように、ラトビアを再びロシアの支配下に置く理由として十分
活用されるだろう。

こうした中、トランプ氏は、クリミアはロシア領、理由はそこに多くのロ
シア人が住んでいるからと語っている。トランプ外交で欧州情勢が激変す
る可能性が現実となりつつある。

『週刊ダイヤモンド』 2018年7月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1240

◆歳は足にくる  

石岡 荘十



学生時代から体育会系で足腰には自信があるつもりだったが、古希を過ぎる頃から歳が足にきた。

ことの始まりは、高校の友人と花見がてら玉川浄水伝いの小道を小金井公園まで数キロ歩いたときだった。暫く歩くと左足がだるく、重くなって思うように歩けない。しばらく(数分)休むと回復してまた歩けるようになるのだが、また、だるく重くなる。

こういうのを間欠性跛行(かんけつせいはこう)といい、腰部脊柱管狭窄症の典型的な症状だとされている。跛行とはビッコを引くということだ。

人間の脊椎骨は上から頚椎(7個)、胸椎(12個)、腰椎(5個)、仙骨(1個)、それに数個の尾骨から成っている。脊椎骨の中心を走る脊柱管の中に神経の柱がある。

一つひとつの脊椎と脊椎の骨の間には椎間板というクッションの役割を果たす軟骨組織がある。そしてさらにこれらは靭帯や背筋などの筋肉で支えられている。

ところが、40代後半になってデスクワークが増えたせいか、足に痺れや傷みが来た。背筋が脊椎を支えきれなくなって5番目の腰椎がずれていると診断された。それから、少なくとも一キロ/週、泳ぐ習慣をつけて今日に至っているので、重い足を引きずってビッコを引くようになろうとは思いもしなかった。

脊柱管狭窄症、つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、腰のレントゲン、さらにMRIを撮ってみると、確かに、5番目の腰椎がずれている。が、神経には触っていないことが確認できた。脊柱管はどこも狭くなっているところはない。

しかし、MRIをよく見ると、3番目と4番目、4番目と5番目の間の椎間板がほかの椎間板より白く写っていて、炎症を起こしていると認められ、そのせいでごくわずか椎間板がはみ出して、脊柱管を押している。

治療法としては、腰椎を引っ張る、固定装具を使う、消炎鎮痛剤や飲み薬を使う、重症でそれでもダメなら外科手術をするということになる。みのもんたさんは手術をしたといわれるが、そこまでひどい症状は患者の一割程度だそうだ。

私の場合は軽症で、椎間板の炎症は飲み薬でなおる、ビッコの原因はほかにあるというのが整形外科医の診断だった。

では、ビッコの原因は何か。

考えられるのは、足に血液を供給する血管、動脈がどこかで狭くなっていて、栄養補給が足の筋肉の運動量に追いつかない動脈硬化ではないかと循環器内科の医師は考えた。

これを立証するのが、「血圧波検査」だ。両腕、両足に幅広のベルトを巻いて一斉に血圧を測定する検査法である。この検査をすると、動脈の詰まり具合と動脈の硬さ(柔軟性)がわかる。

結果は、左足だけが標準値に達していない、(専門的には「閉塞性病変の疑い」という)左足の血流は右足の7割しかないことが分かった。左足へ行く動脈のどこかが詰まっていた。

血流が詰まる動脈硬化は典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば脳梗塞になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると、狭心症や心筋梗塞になる。私の場合は足にきたというわけである。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを入れ込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、などなど。

診療科の選択は大事だ。教訓は、大雑把に言うと、足が「痛むとき」は腰の神経になにかが触っているのだから、整形外科へ、「だるい・重いとき」は循環器内科へ、である。

多くの病気は、原因が分かり適切な治療が行なわれれば治るし、治療が適切でなければ治るものも治らない。癌の多くが治らないのは、原因が分かっていない。原因はわかっても治療法がそこまでいっていないか、誤った治療法がまかり通っているためだ、と私は思っている。

いわゆる「難病」といわれるものは、原因が明らかでなく、従って治療法もわからないものをいう。

と、考えると、足がだるくなる間欠性跛行は難病ではない。脳や心臓の梗塞と同じ加齢疾病だと考えればいい。治療法はあり、医師を選び抜けば高い確率で治る。調べてみて“悲観”は飛んだ。

ただ、このような治療法は対症療法に過ぎない。創造主に逆らって老いを押しとどめる智恵はヒトにもない。例外はない。

ガキは頭にくる、なにかというとキレるらしいが、歳は足にくる。

2018年07月21日

◆認識せよ、力が支配する世界への変化を

櫻井よしこ


ドナルド・トランプ米大統領は、6月8、9日にカナダ・ケベック州で開
かれた先進7か国首脳会議(G7)に遅れて現われたうえ、2日目は午後の
会議に出席せずに早く帰った。

鉄鋼・アルミの輸入制限拡大、制裁関税問題などで、他の6か国と相容れ
ず「6+1」の対立となったのは周知のとおりだ。居心地の悪さから抜け出
したその足で、トランプ氏は朝鮮労働党委員長の金正恩氏に会うためシン
ガポールに向かった。

首脳会談を終えて、「私は彼(金正恩氏)をとても信頼している」とコメ
ントし、会談翌日には「もはや北朝鮮の核の脅威はない」とSNSで呟いた。

米韓合同軍事演習中止にまでつながったトランプ氏の楽観は、しかし、物
の見事に粉砕された。6月29日、NBCテレビは、北朝鮮の非核化の意思
に疑問ありとして、米政府当局者の「北朝鮮が米国を騙そうとしている明
確な根拠がある」との声を報じた。衛星写真から北朝鮮の核関連施設が拡
張され、建設が進んでいるのが明らかになった。

そうした中、ポンペオ国務長官が7月6日、北朝鮮を三度訪れ2日にわたる
協議に臨んだ。平壌の順安(スナン)空港で会見したポンペオ氏は一連の
会談はすべて「非常に生産的」だったと語った。

しかし氏が飛び立ったあと、北朝鮮の朝鮮中央通信は「米国側の『強盗的
な要求』を北朝鮮が受け入れざるを得ないと考えているなら、それは(ア
メリカの)致命的な誤りだ」という、ポンペオ氏の説明とは正反対の論評
を発表した。

自身の発言が「強盗的な要求」と非難されたにもかかわらず、平壌から日
本に直行したポンペオ氏は、こう弁明した。

「北朝鮮は誠実だった。実際にそうだった。報道を、いちいち気にしてい
たら気が狂う。ギャングスターのような要求をしたと言われたが、世界は
ギャングスターだらけだ」

「敵と味方」の区別

今回の協議でも北朝鮮が完全な非核化(CVID)に応じないであろうこ
とは明確になった。非核化実現の意思があれば核兵器解体についての議論
が当然なされるはずだ。だがポンペオ氏は「騙された」ことを認めない。
「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙は7月2日の社説で
「ヨンビョンでの活動拡大は金(正恩)が首脳会談での果実を、非核化に
踏み出すことなしに手にしたことを示す」としてトランプ外交の失敗を指
摘した。

トランプ氏は今月の11日から2日間、ベルギーでNATO(北大西洋条約
機構)首脳会議に出席するが、氏はNATO諸国に軍事費増額を要求する
手紙を送付済みだ。

NATOはロシア(旧ソ連)の脅威に対処するために西側諸国が1949年に
創設した。どの国であれ加盟国への攻撃は自国への攻撃と見做して、全加
盟国が互いに守り合う集団的安全保障の仕組みがNATOだ。

トランプ氏は、そのNATOは米国におんぶに抱っこだ、自国防衛なのに
十分な軍事費を払っていない、と非難する。2014年3月、ロシアがクリミ
ア半島を奪い、東ウクライナに軍事侵攻したとき、NATO諸国は自国の
GDPの2%を国防費に回し、うち20%以上を軍備や装備の充実に使うと
合意した。合意を守ったのは、米国(3.57%)、ギリシャ(2.36%)、英
国(2.12%)、エストニア(2.08%)の4か国で、EUの盟主、ドイツは
1・24%、フランス1.79%、カナダ1.29%などにとどまる。

こうした状況にトランプ氏は怒り、NATO諸国の首脳になぜ基準を満た
せないのかと、非難する書簡を出した。世界最大規模の軍事予算を使って
いる米国としては当然の不満であろうが、その怒りを認めても解せないの
は、NATO諸国との首脳会議後に、ヘルシンキで米露首脳会談を行うこ
とだ。

トランプ氏はカナダでのG7に先立って、ロシアをG7に復帰させるべきだ
と語った。フランス政府高官は、クリミア半島はロシアに併合されたまま
でロシア復帰の条件は整っていないと批判し、メルケル独首相もメイ英首
相も同意見を表明した。

前述のようにGDP比2%の条項はそもそもウクライナ侵略で、ロシアが
クリミアを奪ったことが直接のきっかけだった。トランプ氏はこの2%条
項を守らないといってNATO諸国を非難する一方、その原因を作った
プーチン大統領とは「うまくやれそう」だとして首脳会談に臨むというの
である。

G7で対立して正恩氏に会いに行く。NATO諸国を叱りとばしてプーチ
ン氏に会いに行く。共通の矛盾が見てとれないか。トランプ氏には「敵と
味方」の区別がつかないということだ。

日本ができること

いま世界で起きているのは大きな価値観の戦いである。トランプ氏の頭の
中では秋の中間選挙が最も重要なのだろうが、国際社会は約100年振り
に、自由を掲げるアメリカの価値観が専制政治を掲げる中国の価値観に
取って代わられようとする局面に直面しているのだ。アメリカ主導のパッ
クス・アメリカーナが揺らぎかけ、中国主導のパックス・シニカの時代に
引き摺り込まれようとしている。ルールを基本とする世界から、力を基本
とする世界へのシフトが起こりつつあるのだ。中国的な価値観を受け入
れ、自由や民主主義を弾圧しているのが北朝鮮やロシアである。

従って米朝関係も中国ファクターを入れて考えると分かり易い。正恩氏は
「朝中はひとつの家族のように親密で友好的」で、「朝中はひとつの参謀
本部の下で緊密に協力」すると語っている。トランプ氏も「中国との貿易
問題を協議するときは北朝鮮のことも考える」と語っている。

米国が北朝鮮問題で梃摺(てこ)ずることは中国にとって大歓迎だ。北朝
鮮が無茶な要求をすればするほど、アメリカは中国の協力を必要とする。
今回の北朝鮮によるポンペオ氏に対する強盗呼ばわりも、中朝が示し合わ
せて行った可能性がゼロではないだろう。折しも米中両国は、互いに制裁
関税に踏み切った。まさに戦争である。

この局面で日本にできることは多い。アメリカが成し遂げようとしている
ことは、不公正な貿易で利益を上げる中国的手法の排除であろう。そのよ
うなことはTPP(環太平洋経済連携協定)にとどまりさえすれば、多国
間の枠組みの中で出来たことだ。

だが、トランプ氏はそのことに気づかない。それだけに安倍晋三首相の役
割は大きい。欧州連合(EU)は日本との経済連携協定(EPA)に11
日、署名すると正式決定した。日本が主導したTPPは合意済みだ。これ
らの枠組みを早く発効させて、中国中心になりかねないRCEP(東アジ
ア地域包括的経済連携)に先行し、価値観を同じくする国々との連携を広
めることが大事だ。
『週刊新潮』 2018年7月19日号  日本ルネッサンス 第810回

◆日朝正常化議連の怪

阿比留 瑠比



約10年ぶりに活動を再開した超党派の日朝国交正常化推進議員連盟 (衛
藤征士郎会長)が、どうにも怪しい。会合に招いた講師の顔ぶれか ら、
尋常ではない。

6月21日の会合の講師は、平成14年9月の小泉純一郎首相(当時) の初
訪朝時の交渉役だった田中均元外務審議官と、在日本朝鮮人総連合会
(朝鮮総連)の機関紙「朝鮮新報」の金志永・平壌支局長だった。

田中氏は最後の2回分の日朝交渉の記録を外務省に残さず、安倍晋三首
相に「外交官として間違っている」(25年7月、日本記者クラブ主催の
党首討論会)と指摘された人物である。また、金氏はこの日の会合で「拉
致問題は既に解決済みだ」と主張したという。

今回、11日の会合に講師として呼んだのは、元外務省国際情報 局長の孫
崎享氏だった。孫崎氏は日本固有の領土である尖閣諸島(沖縄県 石垣
市)や竹島(島根県隠岐の島町)に関してそれぞれ中国、韓国寄りの 持
論を説き、鳩山由紀夫元首相のブレーンとされている。

政府がこれから北朝鮮との命懸けの交渉、駆け引きに臨もうというとき
に、政府方針と明確に異なる意見を共有して、どうするつもりなのか。首
をかしげたくなるが、10年前に日朝議連が訴えていたことを振り返る
と、当然かとも思う。

日朝議連はもともと20年4月、自民党の山崎拓元副総裁と民主党の岩 國
哲人(てつんど)元副代表らが会談し、「北朝鮮への圧力路線は成果を
生まなかった」として発足を決めた。その岩國氏は同年5月、こう語って
いた。

「日本国民は拉致問題に拉致され、自縄自縛に陥っている」

すさまじい拉致問題軽視発言だが、岩國氏は衛藤氏らとともに日朝議連
副会長に納まる。会長に就いた山崎氏は訪朝を模索し、北朝鮮への融和政
策を唱えた。6月に米国が北のテロ支援国家の指定解除に踏み切ると、こ
う歓迎した。

「一番利益を受けるのは日本であり、足を引っ張ることは許されない。
冷静沈着に判断し、国際協調を乱さない方がいい」

このとき衛藤氏も「小さな一歩かもしれないが、確かな一歩を踏み出し
た」と指定解除を肯定的に評価し、北朝鮮への経済制裁継続を批判している。

だが、テロ支援国家の指定解除とその後の経済制裁緩和・解除の結果は
どうだったか。北朝鮮は拉致被害者を帰すどころか、自由気ままに核・ミ
サイル開発を進めてきた。

逆に現在、北朝鮮が米国との対話路線に転換し、米朝首脳会談が実現し
たのも、日本が主張する圧力路線をトランプ米政権が採用し、強力に軍事
的・経済的に圧力を加え続けた結果ではないか。

10年前には、安倍首相(当時は前首相)と山崎氏の間でこんな言葉の応酬
があった。

安倍前首相「有力者も含め多くの議員が、政府より甘いことを言うのでは
交渉にならない。経済制裁はそろそろ考え直した方がいいという意見は、
百害あって一利なしだ」

山崎氏「全然逆ではないか。幼稚な考えだ」

10年前に見た光景と同じことが、再び繰り返されるのだろうか。今度の日
朝議連には、自民党の二階俊博幹事長や岸田文雄政調会長、竹下亘総務会
長らも顧問として名を連ねているが、経緯をよく理解した上で参加したの
かどうか。

いずれにしろ、日本国内が割れて喜ぶのは、北朝鮮であるのは間違いな
い。(論説委員兼政治部編集委員)産経ニュース

◆ディスチャージナースってご存知?

              寺内孝子


皆さんは「ディスチャージナース」、あるいは「ディスチャージコーディネータ」という名前を聞いた事があるでしょうか?「ディスチャージナース」は、日本語では「退院調整看護師」と言われています。


「退院調整」とは、入院初期から患者様が生活する最適な場所を見当し、退院後に起こりうるであろう問題を予測しながら、それをおこさないように予防的にアセスメントし、専門家とタイアップしながら協働して問題を解決することです。その仕事を担っているのが「退院調整看護師」です。
 

では、何故そのような役目を担う看護師が必要なのでしょうか?
日本の医療環境はここ数年のうちに急激に変化しています。2000年から病院は急性期医療・長期療養・回復期リハビリテーションというように機能分化されています。

今までは、よくなるまで同じ病院でみていくという姿勢でしたが、機能分化されてからは、一般病院で治療が終わり、自宅での療養ができないなら療養病院へ、リハビリが必要なら回復期病院へ転院するという形に機能分化しています。本年4月から介護保険もさらに改定され在宅療養に重点をおくようになりました。
 

しかし、少子高齢化や核家族化が進み、高齢者が高齢者を介護する老老介護や1人暮らしの方も増えています。また、生活保護の人も増加しているのが現状です。このように在宅で療養するにも継続医療や継続看護が必要など多くの問題が残されています。
 

そこで、そのような問題を抱えてらっしゃる患者様やご家族の方の問題を解決し、療養の場が変わっても良質なケアを患者様に継続して提供でき、退院後に必要な社会資源が受けられるようにその調整をするのが、「退院調整看護師」の役割という訳です。

 昨年、その仕事を担う看護師の研修会に参加しましたが、私が従事する病院のように、「退院調整看護師」が専任で仕事をしている病院は少ないようです。退院調整看護師がおらず、その調整を病棟の看護師長や事務の方が行っていたり、居ても他の仕事と兼任しているところが多いようでした。
 

私の病院には退院調整看護師が2名おり、同じ部署にソーシャルワーカー2名と精神保健福祉士1名と相互に相談しながらより安心して患者様・ご家族の方に退院後の生活が送れるよう支援しています。

前述のように、療養の場が変わっても良質なケアを患者様に継続して提供できることを中心に調整をするのが、「退院調整看護師」の役割です。医療の現場は今、大きく変ろうとしています。
           (大阪厚生年金病院 看護師)

2018年07月20日

◆トランプの失言

Andy Chang


16日ヘルシンキで行われた米露首脳会談のすぐあとの記者会見で、ト
ランプ大統領は重大な発言ミスをした。

ことの起こりはヘルシンキの米露首脳会見の数日前にローゼンシュタ
イン司法部副長官がロシアの12人が2016年の大統領選挙の際に民主
党本部とヒラリーのコンピューターやメールをハッキングしたと発表
したことについて、首脳会議のあとの記者会見でトランプがプーチン
に抗議したかと聞かれたことである。

トランプは「私は情報局に全面的な信頼と支持をしている。しかしプ
ーチンはロシアの干渉を否認した。私にはロシアが干渉する理由が見
つからない」と述べたことである。この発言の数時間後にはアメリカ
国内で囂々たるトランプ非難の声が上がった。民主党議員やトランプ
反対派だけでなく多くの共和党議員も非難した。

これらの非難についてトランプは帰国した17日午後、ホワイトハウス
で記者会見を行ってこれが彼の失言だったことを認めた。トランプは
「私は帰りの飛行にの中で記者会見のビデオを見直して、私が『ロシ
アが選挙に干渉する理由がない』と言ったのは言い間違いで、本当は
『ロシアが選挙に干渉しない理由はない』と言うことだった」と訂正
した。する理由がないでなく、しない理由はない、つまり、No reason
Russia would interfere with our election は間違いで、No reason Russia
would’nt interfere with our election だったと訂正した。

これで失言トラブルは一応収まったかに見えるが、いろいろな国会議
員がまだ批判を繰り返している。ある人はトランプの発言は反逆罪だ
と言う、ある人は首脳会談でトランプがプーチンに降参した、弱みを
見せたと会談の結果に懐疑的で、民主党議員はトランプとプーチンが
首脳会談でどんなことをとうろんしたのか、詳しい内容を公開すべき
だと述べた。またある民主党議員は首脳会談の通訳を国会に喚問して
内容を聞きたいと述べた。

●ロシヤの選挙干渉に対する意見

ロシアの選挙介入は前々からわかっていたことだが、トランプ失言の
後はロシアの干渉に改めて非難の声が強くなり、ロシア敵視が増幅し
た。ライアン下院議長も「大統領はロシアが同盟国ではないと認識す
る必要が ある。ロシアと米国は道徳的に同じではない。ロシアはわれ
われの最も基 本的な価値や理念になお反対している」と述べた。

正当な意見を述べた議員もいる。ロン・ポール上院議員は「選挙干渉
はどの国でもやっていることだ」と述べた。他国の選挙に干渉するこ
とはアメリカがもっとも酷い。但しロシアや中国のハッキングがアメ
リカで大きな問題になっているのも事実である。

●選挙干渉の責任者

ブレナン元CIA長官はかねてより反トランプのトップである。彼は
ツイッターで、「トランプ氏の発言は軽 犯罪や重大な犯罪の域を超え
るもので、まさに反逆に他ならない。愚かな だけでなく、完全にプー
チン氏の手の内に入っている」と強く批判した。

だがブレナンの批判は間違っている。ロシアや中国がアメリカの政党、
政府、会社などをハッキングしていたことは前々から知っていたこと
であり選挙介入も投票前からわかっていたことである。殊にヒラリー
が個人サーバーを使用していたためロシアや中国にハッキングされた
のだ。

ハッキングした相手が悪いのは当然だが、外国のハッキングを阻止で
きなかったのはオバマ時代のブレナンCIA長官、クラッパーNID長官、
ヒラリー国務長官、コーメィFBI長官などの責任である。何をいまさ
ら威丈高になってトランプを批判する道理があるのか。

●首脳会議の目的

失言は誰でもあることだが今回の失言はトランプの大失敗だった。だ
が暴徒のリンチのようにトランプを総批判するより、トランプがなぜ
数多の反対や懸念を押し切ってプーチンと首脳会談を行った目的は何
だったのかを考えるべきではないか。

トランプはサヨクが批判するようなロシアの味方ではない。オバマは
ロシアに対し何もしなかったが、トランプは一年半でロシアに対し経
済制裁、二つの駐米領事館を閉鎖し60人のロシア外交官を国外追放す
るなど急激な反露政策を取っている。ロシアを敵視するトランプがプ
ーチンと会談した目的は何か。これが最も大切なことである。

首脳会談の結果でトランプが強調したのはプーチンとの会談で核削減
について相互間の同意があったと言う。つまりトランプがプーチンと
会談を行った「第一の目標」は、イランと北朝鮮の非核化を促進する
ためプーチンを仲間に引き込み、さらにシリアから米露双方が撤兵す
ることと思われる。

その次の「隠された第二の目標」は米中関係である。トランプはいつ
もロシアは敵であると言っている。しかしロシアと敵対するよりロシ
ア関係を一時的に緩和し、ある方面で合作して別の問題を解決するこ
とは可能かもしれない。殊に大切な目的は中国で、米露が一時的に合
作すれば中露、北露関係を冷却することもできる。これは私の個人的
意見だが、いずれ失言問題が収まればトランプが首脳会談をした目的
が明らかになると思う。