2016年09月29日

◆理解不能の「憲法改正草案」撤回要求

阿比留 瑠比



理解不能の「憲法改正草案」撤回要求 憲法の精神に反する民進党・野田
佳彦幹事長

安倍晋三首相の所信表明演説に対する27日の代表質問の質疑応答を見 て
いて、実に奇異な光景だなあという感想を抱いた。自民党が野党時代の
平成24年にまとめた憲法改正草案をめぐって、民進党の野田佳彦幹事長
と首相との間で、次のようなやりとりが交わされていたからである。

野田氏「国民の権利を軽んじ、国中心に組み立てを変える自民党草案の
実現をめざして議論に臨むのか。本気で議論する気があるなら、まずは自
民党総裁として草案を撤回してほしい」

安倍首相「大切なことは、各党がそれぞれの考え方を示すことだ。自民
党は草案という形でこれを示しており、それを撤回しないと議論ができな
いという主張は理解に苦しむ」

民進党が、保守色が濃いといわれる自民党の草案を批判したり、問題点
を指摘したりするのは別にいい。だが、他党の案に「撤回」を迫るのとい
うのは何の権利があってのことか。

自民党内で議論を経てつくられた草案を、一方的になかったことにしろ
というのはどういうことか。自民党議員の思想・信条、表現の自由を認め
ないと言わんばかりであり、憲法の精神に反するのではないか。安倍首相
ならずとも、理解に苦しむところである。

まして、自民党憲法改正草案に関しては、安倍首相自身がこれまでテレ
ビ出演や記者会見などで「草案通りに改正するのは困難だ」「わが党の案
がそのまま通るとは考えていない」と答えている。

そもそも安倍首相は、党総裁として草案を尊重する姿勢をとらざるを得な
いものの、特に気に入っているわけでもなさそうだ。

「財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければなら
ない」

草案にはこんな財政規律条項があるが、安倍首相は景気対策や財政出動
を縛り、安易な消費税率引き上げに結びつきかねないこの条文に否定的
だ。周囲には「意味がないし、それはさせない」と漏らしている。

下村博文幹事長代行も27日の記者会見で、「(憲法審査会で)自民党 草
案ありきで議論してもらいたいとは考えていない」「これを国会に出す
ということではない」と明言した。誰も草案にこだわってはいない。

にもかかわらず、事実上意味のない撤回を求めるのは、民進党が憲法論
議を避けるための言い訳にしているとしか思えない。下手に憲法を論じる
と、保守系と左派・リベラル勢力が混在する党が割れかねないからだろう。

 自民党草案「撤回論」は、7月10日投開票の参院選でいわゆる改憲勢
力が3分の2に達したころから急に目立ってきた。

まず翌11日付の毎日新聞が小松浩主筆の論文で「自主憲法か絶対護憲か、
という55年体制下の対立を、再び繰り返してはならない。(中略)それ
には、自民党が復古調の改憲草案を撤回することである」と書き、社説で
もこう主張した。

「(憲法)審査会の再開にあたっては条件がある。自民党が野党時代の12
年(平成24年)にまとめた憲法改正草案を、まず破棄することだ」

すると、13日付の朝日新聞も「憲法の基本原理は受け継ぎ、統治機構のあ
り方など時代に合わなくなった部分には手を入れる。こうした議論は必要
だが、それにはまず草案を撤回すべきである」と同調した。

 あるいは民進党は、この護憲派両紙の論法に飛びついたのだろうか。
(論説委員兼政治部編集委員)

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2016.9.29 01:00更新


            

◆狸と狐のテレビ討論会

Andy Chang


民主党のヒラリーと共和党のトランプのテレビ討論会は昨夜27日
夜、ニューヨークのある大学の講堂で行われた。メディアはこれを
世紀の弁論会で、結果が決定的な影響を及ぼすと宣伝していた。2
人とも人気が最低で何方に投票しようかと迷っている国民が多いか
らこのテレビ討論会が役立つと言うのだ。

私は数か月も前からこの2人には絶対投票しないと決めているので
テレビ討論会はどうでもよいのだが、3大メディアとFoxnewsが同
時に放送するほどの大ニュースであった。

世紀のテレビ討論会と言うのはトランプが世紀の自大狂で、ヒラリ
ーが世紀の大嘘つきだからである。トランプの参謀たちはこれまで
の放言暴言を止めて大統領らしく振舞えと言い、ヒラリーは数多の
ウソを言い繕う準備をしている、つまり2人とも真骨頂を出さず、
腹の出っ張った古狸と美女に化けた千年狐の化かし合い、ホンモノ
のトランプとヒラリーではない。

●政策と攻撃

テレビ討論会とは政策の比べあいと相手の弱点攻撃の2つである。
但しこれまでの討論会では発言時間が限られているので政策発表は
印象が薄く、もっぱら候補者の態度が印象に残るようだ。

ヒラリーは40年も政治に拘ってきたので、クリントン夫婦と本人の
スキャンダルなど弱点がたくさんある。だからこの弁論会では政策
の方に焦点を絞り個人の弱点を躱すことに腐心している。このほか
ヒラリーの戦術は相手のあら探し、個人攻撃であった。

トランプは暴言が多かったし態度が悪く、過去は悪辣な商売人だっ
たから同じく弱点も多い。今回はプライマリー選挙のような暴言を
慎み声を荒げず、大統領にふさわしい貫禄を示せと参謀たちからこ
れぐれも勧告されていた。つまり双方とも己の弱点を隠して相手の
弱点を突く、狸を狐の化かし合いだった。

●弁論態度の比較

これまでヒラリーは肺炎、痴呆症、パーキンソン病などいろいろ健
康問題が噂されていた。ところが弁論会では90分も立ちっぱなしで、
言語も明瞭だし、トランプ攻撃の資料も十分に準備していた。ヒラ
リーは90分の弁論で一度も水を飲まず、トランプの人身攻撃にも落
ち着いて反撃して、健康に問題はないように見えた。

一方トランプは言われたように落ち着きがなく、イライラして相手
の発言に横槍を入れるとか、ヒラリーの発言を横取りするなど態度
が悪く、発言が冗漫で要点を逸れることが多かった。90分の弁論会
で8回も水を飲んで緊張していることが見え見えだった。

●メディアの結果発表

今朝のニュースを見るとNew York Timesを始めLos Angeles Timesな
ど各新聞の評論家の批評はヒラリー勝利と書いていた。またCNNの
世論調査ではヒラリー62%、トランプ27%でヒラリー圧勝としていた。
討論題目は多岐にわたっているが主だった結果は以下の通りである。

*TPPについてトランプとヒラリーが反対していたが、トランプは
ヒラリーがオバマの政策に賛成していたと攻撃。トランプが優勢。

*経済、税制についてはトランプが一般減税、ヒラリーは高所得層
の増税を唱えた。ヒラリーは詳しい経済政策を発表しているがトラ
ンプは表題だけ。

*人種問題ではヒラリーが黒人と白人の話し合いと融和を唱え、ト
ランプは警察を支持し法と秩序を主張。トランプがやや優勢。

*トランプはヒラリーのメール問題を取り上げたがヒラリーはトラ
ンプが税金申告を公表しないことを取り上げ、トランプが劣勢とな
った。この弁論の時にトランプがヒラリーのメール事件やベンガジ
事件などを取り上げて攻撃できなかったのは大失敗だった。

*トランプはイラク戦争に賛成だったが事実を否定し、司会者が証
拠があると言ってもイラク戦争に反対だったと強弁したので、メデ
ィアはトランプは二重にウソを吐いたと書いた。トランプの失点。

*トランプがヒラリーには大統領のスタミナがないと批判したが、
ヒラリーの反論でトランプの敗け。これは将来の記録に残る失敗。

*ヒラリーはトランプがプーチンにアメリカのメールをハッキング
しろと言ったのは反米行為だと攻撃した。これもトランプの負け。

*司会者に「帰化人のテロをどう処理するか」と聞かれ、ヒラリー
は民族間と宗教間の融和を主張。トランプは話題を国外テロに逸ら
し、司会者が二度も「帰化人のテロだ」と注意されたが答えられな
かった。

総合するとトランプの失点が多いことがわかる。ヒラリーが十分に
下準備をしていたのにトランプの準備不足が目立った。

●狸の最後っ屁

討論が終わったあとの記者会見でトランプは大変良かったと言って
いたが、次の日のメディアはヒラリーの圧勝と書いたのが多かった。
トランプはこのあとすぐに、司会者Lester Holtが不公平で敵意の
ある質問をしたとか、彼のマイクロフォンに問題があったなどと言
い出した。つまりトランプ自身が敗北を認めた証拠である。

トランプがいつも自分に不利な結果を他人のせいにすることは衆知
のことである。だが今回の弁論会の司会者の態度は公平以上にトラ
ンプを優遇していた。トランプの横槍やヒラリーの発言妨害、2分
間の発言と言われて5分喋っても中止しなかったぐらいで、全体の
弁論でトランプの発言は3分の2を占めていたのである。狸の最後
っ屁は卑怯で醜悪である。

今回の弁論は「関ケ原の戦い」ではなかった。今朝の世論調査では
ヒラリーが相変わらず2ポイントリードしている。弁論会が選挙の
結果を左右するというメディアの宣伝ほどではなく、聴衆が今回の
結果で投票を決めたとは思えない。続く第二回、第三回でトランプ
が劣勢を挽回できるかはわからない。投票までに新しいニュースが
出てきて選挙民の評価が変わるかもしれない。

私は二人には投票しない、これは政党政治の問題ではなくアメリカ
の国益と良心の問題である。ヒラリーは希代の嘘つき、トランプは
自大狂、二人とも大統領の資格はない。


      

◆難民モドキという難問

平井 修一


山本夏彦翁曰く「人はついぞ自分は見えない」。

他者のことは冷徹に観察できるが、ことが自分に及ぶと冷静に現状を把握
して行動することができない。パニックになったり、無謀な行動をして自
滅したりする。

「PCの作業では30分に1回は上書き保存する」・・・これは多くの失敗か
ら学んだ上の鉄則だが、1時間、2時間でも問題ない状態が続くと、この鉄
則を忘れるのである。

人は賢いか、愚かか。現状としては「賢くもあり、愚かでもある」「冷静
に判断することもあるが、失敗が多く、一時的な感情でバカなことをする
こともある」あたりだろう。

難しいことではあるが、人間は概ね経験で動くから、未知の明日、来週、
来月、来年のことはなかなか予測できない。ちょっと前までは無茶をして
も「ガンガン飲んで、ひと眠りすればOKだ」なんてやってきたから、老人
になっても無茶をして、そして老人であることを自覚し、「もう以前の体
ではないんだ、無茶は禁物だな、教訓とすべし」と反省するのである。人
間は賢い。

ところが体調が戻ると教訓は忘れて、ヨッシャーッとなり、そして後悔す
るのだ。全然進歩しない。人間は愚かである。

どんなに経験を積んで、賢くなっても、その知恵を後進にバトンタッチで
きないというのが人間の哀しさだ。物質は残せるから、その蓄積の上に今
があるのだが、精神は2万年前と一緒で、いつでもゼロからのスタート
だ。まったく発達、発展しない。2万年前の苦労を今も繰り返すのである。

ウィキによれば「ニッコロ・マキャヴェッリ(1469年5月3日 - 1527年6月
21日)は、イタリア、ルネサンス期の政治思想家、フィレンツェ共和国の
外交官」。新大陸が発見され、大航海時代、移民、移住が移住して続々と
植民地が作られていった時代である。われわれは500年経っても彼を超え
られない。

塩野七海氏の「マキアヴェッリ語録」にはこうある。

<いくつかの民族は、なぜ自分たちの土地を捨てて他国に侵入し、そこで
国を創るか――の理由だが、これは戦争の一種と見るべきであろう。

この人々は、戦乱によるか、飢餓のため貸して、やむを得ず家族ともども
侵入してくるわけだが、この種の侵入は、領土欲に駆られてではない。と
はいえ、先住民族を追い出したり殺したりすることにおいては、変わりは
ないのである。だからこそ、通常の戦争よりも残酷な様相を呈する場合が
多いのだ。

この、やむを得ずにしても新天地を求めて侵入してきた民族が、もしも非
常に多数の人間からなっている場合は、必ずといってよいほど先住民族を
追い出し、殺し、財産を奪った果てに新国家を建設するようになる。

そして建設の後は、モーゼがしたように、またローマ帝国のあちこちに侵
入した各民族が行ったように、地名を変える現象が起こる。

ガリア・チザルピーナと呼ばれていた地方がロンバルディアと呼ばれるよ
うになり、ガリア・トランスアルピーナがフランスになるという具合で、
侵入してきた民族の名にとって代わるというわけだ。

イリリアはスキャヴォーニに、パンノニアはハンガリーに、ブリタニアは
イギリスに代わったように、例を挙げていくときりがない。モーゼも、彼
が征服したシリアの一部地方を、ユダヤと呼ばせたのであった(政略
論)>(以上)

以下は、昨日PCがフリーズして壊滅した原稿(引用以外)を記憶を頼りに
修復したものである。上書き保存を忘れたのだから自業自得で、仕方がな
い、明日再チャレンジだと思ったのは賢明だが、この際、気分転換で一杯
やるか、ちょっと早いがいいだろうとなったのは愚かである。人間は複雑だ。

在ウィーンの長谷川良氏の論考「新たな『民族の大移動』が始まった!」
(アゴラ9/22)から。

<私たちは大きな勘違いをしているのかもしれない。彼らは一時的な難民
殺到ではなく、欧州全土を再び塗り替えるかもしれない人類の大移動の始
めではないだろうか。以下、その説明だ。

メルケル独首相は19日、ベルリン市議会選の敗北を受け、記者会見で自身
が進めてきた難民歓迎政策に問題があったことを初めて認め、「今後は
『我々はできる』(Wir schaffen das)といった言葉を使用しない」と述
べた。

この発言は「難民ウエルカム政策」を推進してきたメルケル首相の政治的
敗北宣言と受け取ることができるが、来年実施される連邦議会選への戦略
的変更と考えることもできる。賢明なメルケル首相のことだから、当方は
後者と受け取っている。

オーストリアはファイマン政権時代の1月20日、収容する難民の最上限数
を3万7500人(年)と設定した。参考までに、17年は3万5000人、18年3万
人、そして19年は2万5000人と最上限を下降設定している。すなわち、今
後4年間、合計12万7500人の難民を受け入れることにしたわけだ。

同国は昨年、約9万人の難民を受け入れている。そして今年9月現在、最上
限をオーバーする気配だ。そのため「最上限を超える難民が殺到した場
合、どのように対応するか」が大きな政治課題となっている。

すなわち、難民受け入れ数の最上限設定の背後には、「殺到する難民を制
御し、必要に応じてその上限をコントロールできる」といった自惚れた考
えがその根底にある。

現代の代表的思想家、ポーランド出身の社会学者で英リーズ大学、ワル
シャワ大学の名誉教授、ジグムント・バウマン氏は、「移民
(Immigration)と人々の移動(Migration)とは違う。前者は計画をたて、
制御できるが、後者は津波のような自然現象で誰も制御できない。政治家
は頻繁に両者を混同している」と指摘している。

ここで問題が浮かび上がる。欧州が現在直面している難民、移民の殺到は
Migrationではないか、という懸念だ。そうとすれば、欧州はトルコやギ
リシャに難民監視所を設置し、殺到する難民を制御しようとしても、制御
しきれない状況が生じるだろう、という懸念だ。

欧州では3世紀から7世紀にかけて多数の民族が移動してきた。これによっ
て古代は終わり、中世が始まったと言われる。ゲルマン人の大移動やノル
マン人の大移動が起きた。

その原因として、人口爆発、食糧不足、気候問題などが考えられている
が、不明な点もまだ多い。民族の移動はその後も起きている。スペインで
はユダヤ人が強制的に移動させられている。

ジュネーブ難民条約によれば、政治的、宗教的な迫害から逃れてきた人々
が難民として認知される一方、経済的恩恵を求める移民は経済難民として
扱われる。

ところで、視点を変えてみれば、21世紀の今日、“貧しい国々”から“豊か
な世界”へ人類の移動が始まっているのかもしれない。換言すれば、北ア
フリカ・中東地域、中央アジアから欧州への民族移動はその一部に過ぎな
い。この場合、政府が最上限を設定したとしても彼らの移動を阻止できない。

ドイツで昨年、シリア、イラクから100万人を超える難民が殺到したが、
大多数の彼らはジュネーブ難民条約に該当する難民ではなく、豊かさを求
めてきた人々の移動と受け取るべきだろう。繰り返すが、制御できない民
族の大移動は既に始まっているのかもしれない>(以上)

仕事、安全、未来、豊かさ、温暖な気候を求めて2万年前から人は移動し
てきた。北から南から東京、大阪に人が集まるのはごく自然なことだ。た
だ、国境を越えたり、異民族だと衝突は避けがたい。

ジャーナリスト・井本省吾氏の論考「塩野七生氏の卓見『難民、移民は入
れるな』」(アゴラ9/21)から。

<前回、イタリア人による移民礼賛論の危うさをを取り上げた。長くイタ
リアで暮らし、イタリアの生活と文化、歴史について日本人の中でもっと
も詳しい一人である塩野七生氏の「移民への対処」論を紹介したい。

2008年12月号の月刊「文藝春秋」に載ったエッセイと同時期のナンバー
715号に掲載された記事だが、今でも十分に通用する。筆者は塩野さんの
考えにほぼ全面的に賛成である。

塩野さんは「純粋培養だけでは、いずれは衰弱する。異分子による刺激は
常に活気を取り戻すには最適な手段」として、有能な外国人の日本への移
住を歓迎する。

だが、当時、日本では移民を一千万人受け入れると言い出した。塩野さん
は「これくらい、バカな政策はない」と一蹴する。理由は以下の如し。

《移民政策では先行していたのがイギリスやドイツやフランスやイタリア
だが、これらの国の現状を見てほしい。今では移民受け入れに積極的で
あったゆえに苦労が絶えない。ヨーロッパ人がアメリカへの移民であった
百年前とは、事情が変わったのである。

以前は移住先の国の言葉を習得し法律を守るのは当たり前と思われていた
が、今はまったくそうではない。移り住んだ国に同化するよりも、その国
の中に自分たちのための治外法権区域を作ることのほうに熱心な感じだ》

移民がその国に問題なく定住する大きな条件はその国の言葉を自由に話
し、生活習慣を身につけることである。さらに、その生活習慣をこよなく
愛することが大きい。

そうした外人はしばしばテレビなどに出演し、流暢な日本語とユーモアで
日本人に親しみをもたらす。彼らが日本に愛着を感じている事は話しぶり
や身振りで良くわかる。日本人そのもののような所作をする人々も珍しく
ない。

私はこうした外国人の存在を大いに歓迎する。中には日本人に帰化した者
も少なくない。

だが、自分たちの言葉を話し続け、生活の文化も持ち込み、さらに自分た
ちの治外法権区域を作れば、その国の国民との摩擦、争いが多発しないは
ずがない。塩野さんは言う。

《これが現状である以上、今の日本の選択すべき道は、一つしかないよう
に思われる。深く静かに潜行してきたこれまでの厳しい移民政策を、これ
以後も黙ってつづけることなのだ。来られては困る人々を、なるべく人目
に立たずに排除するために》

外国人の移民を歓迎する向きは、外国人の流入を閉ざすと労働力が不足し
日本は孤立する、と心配する。だが、塩野氏は「その心配はない」と退ける。

女性や非正規労働者、高齢者を今まで以上に活用することで解決できる
し、長期的には必要な外国人は日本にやってくるから、日本が孤立する心
配もないと見る。

世界の知的労働者、有能な技術者は何を欲しているか。「治安の良さ」
「親切な人々」「便利な日常生活」の3点セットだ。この点については日
本は世界のトップクラスにあると塩野さんは太鼓判を押す。

今や米国のような先進国でさえ、城塞都市かと思うくらいに高い塀をめぐ
らせガードマンが見張る中で、有力な知的・技術的労働者が富裕階層とと
もに日々を暮らすようになりつつある。日本なら、城塞なしでそれが実現
できる。

日本は説明不足で、そうした情報を海外に提供していないから、知的労働
者も不十分にしかやってこない。しかし日本に少し長く旅した人々はそれ
を認識し、徐々に定住の道を選び出す。

例えば、テレビや洗濯機などが壊れたら電話で数時間で修理に来て、ほぼ
満足行くように直して行ってくれるし、修理にコストがかかるようだと、
安い新品を手配してくれる。欧米だと修理に1〜2週間かかるのはザラ。
新興国や途上国ではまともな修理を期待できない場合も少なくない。

重ねて言えば、塩野さんは「『来られては困る人々』は、断固として排除
すべきだ」と書いている。

《日本にとって一番困る人々は、もちろん反日教育で洗脳された中国人と
北朝鮮・韓国人だ。彼らは日本を嫌いだが、母国で生活に困窮したため、
豊かな日本にやってくる。ある者は犯罪行為、ある者は性産業や水商売で
金を稼ぐ。

彼らが日本に来たことによる(日本の)メリットは何もない。あるのはデ
メリットだけだ。彼らが多く集まればチャイナタウンやコリアタウンを形
成し、そこは治外法権区域と化す。彼らは多くの犯罪を犯し、日本の治安
は悪化するだろう。

今回の国籍法改正案(改悪案)は、ザル法である。偽装認知がおそらく中
国・韓国人により多発するはずだ。……(その結果、治安、親切さなど)日
本の良さも消えるだろう。日本語を全く話さず反日教育を受けた新・日本
人の手によって。まあ、多くの人が気がついた時には、もう手遅れかもし
れないが》

塩野さんがこう書いたのは、欧州への難民流入問題が本格化する直前のこ
とだが、今日の混乱を正確に見通している。

1000万人の移民に賛成しているきれい事の好きなリベラリストは、今も欧
州での社会的混乱に見て見ぬふりをしている。

だが、問題の深刻さを少しでも理解している日本人、特に政治家は塩野氏
のように、毅然と言わねばならぬ。

「日本は移民、難民を安易に受け入れるわけには行かない。自分のことは
自分の国で、自分でせよ」と。

中国や韓国に対しては、特にこの姿勢で対応すべきである。塩野氏の冷徹
な視点は、かつて福澤諭吉が喝破した次の「脱亜論」の観点と共通する。

《シナ朝鮮(に対しては)隣国なるが故とて特別の会釈に及ばず。悪友を
親しむ者は共に悪友を免かる可らず。我は心に於て亜細亜東方の悪友を謝
絶するものなり》

諭吉も手を携えて共に欧米列強の攻勢に対処しようと、最初は大いに期待
した。だが、傲然と誇り高いだけでまったくヤル気なく、日本の援助に頼
り、ぶら下がり、しかも恩を仇で返す。その魂胆、性格にあきれ返った末
の脱亜論である。

100年たっても変わらない隣国人の業、性。そこを見据えないと「気がつ
いた時には、もう手遅れかもしれないが」となるやも知れぬ>(以上)

遠くさかのぼれば我々もアフリカから大陸経由で、あるいは海を越えて日
本にやってきた開拓者、難民、移民だったろう。国は縄張り、シマであ
り、先住民族の早い者勝ちである。遅れてきたものはいじめられ、差別さ
れ、辺境に追いやられるのが常だ。

あるいは先住民族を圧倒してシマ乗っ取ることも多いだろう。マヤ文明、
インカ帝国は駆逐された。豪州タスマニアのアボリジニは白人に瞬く間に
絶滅された。北米の住民は1500年には100%がインディアンだったが、今
はたったの3%に過ぎない。

非妥協的な宗教妄想で自由、民主、人権、法治の近代国家造りに失敗し国
土破壊を招いた難民モドキの侵入を許せば、やがて国家は乗っ取られる、
ハイジャックならぬカントリージャックだ。もし日本が100年後も素晴ら
しい国であるためには異民族の浸透をしっかりコントロールしなければな
らない。これは子孫に対する我々の義務である。(2016/9/28)


      

◆蓮舫、トランプ並みの敗北ー党首初対決

杉浦 正章



「提案」も抽象論に終始


「蓮(はす)は泥の中からりんと茎を伸ばし花を咲かせる」とは、“イケシャーシャー”とよく言ったものだ。よほど容姿に自信がなければ出てこない言葉だ。おまけに本会議で党首が言う発言だろうか。「おんな」を国権の最高機関の本会議で“売り”にしてはいけない。国会を利用したファッション雑誌の撮影のように、なにか民進党代表・蓮舫に“舞上がり”のようなものを感じて、これで大丈夫かと他人事ながら心配になる。


幹事長・野田佳彦もそうだ。巧言令色のご仁特有の、言葉に頼ってころころ変わる悪癖が目立つ。両者の代表質問を聞く限り、3年3か月の民主党政権の大失政と、デフレに手をこまねいた実態が浮かび上がるばかりだ。外交・安保・憲法など重要課題で党論を統一できないまま、安易な質疑を繰り返す姿勢もありありと見える。
 

先ず政治記者も政治家も気がついていないが、蓮舫ははじめから想像を絶する“大矛盾”の質問を展開した。「消費増税の2度に渡る延期はアベノミクスの失敗であり、ごまかしだ」と決めつけたが、民進党が閣議決定に先だって延期を唱えたのは4か月前だ。もう忘れたのだろうか。延期を党議決定した上で、5月に代表・岡田克也が党首討論に臨み、「消費増税は延期せざるを得ない状況だ」と安倍に決断を迫ったばかりではないか。若いのに健忘症では困る。  
 

また蓮舫は22回も「提案」という言葉を使って持論の「批判より提案」を強調したが、その提案の内容が抽象的で具体性に欠けるものが多く、不発に終わった。例えば「今の時代に合った経済政策が必要だと提案する」は具体性ゼロの噴飯物だ。自らの得意の分野に安倍を引き込もうと介護・福祉問題に時間を割いたが、ことごとく安倍に数字で論破されている。


例えば安倍が所信表明演説で子供の貧困に触れていないことを指摘したが、安倍から「民主党政権時代には児童扶養手当は1円も引き上げられなかった。重要なことは言葉を重ねることでなく結果だ。100の言葉より1の結果だ」と逆襲された。「アベノミクスの3本の矢は当たりもしなかった上に、財政、経済、金融市場がすべて傷だらけになった」という極端な主張には、安倍の「雇用は大きく改善し、有効求人倍率は全都道府県で1を超え、企業収益は過去最高」と反論された。まるでクリントンに論破されたトランプのようであった。「提案政党」どころか逆に「反対政党」の本質がきわだった。
 

蓮舫質問の最大の欠陥は、細かい“重箱の隅つつき”に専念するあまり、大局を見ていない点にある。まだ岡田の方が大局を見ていた。介護・福祉はもちろん重要な政治テーマだが、政治はそればかりではない。極東の情勢を見てみるがよい。北の核武装は止まるところを知らず、中国の東・南シナ海への覇権行動は収まりそうもない。まさに極東の危機であるにも関わらず、外交・安保問題には一切言及がなかった。知らないことは聞かない姿勢で党首が務まるのか疑問だ。その点、社会党委員長・土井たか子は、外交内政ともに追及力を持っていた。最初のハブとマングースの戦いは、7対3でマングースの勝ちだ。
 

一方野田も自らの政権の時に環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に入ることを決断したにもかかわらず、真っ向から反対に転じた。NHKでの発言では、「情報開示が十分でないままだ」と不満を述べながら「勝ち取るべきものを勝ち取っていない。私が躊躇したものを飲み込んだのではないか。協定案に賛成するわけにはいかない」と発言したのだ。半世紀も政治を見ていると声の抑揚で政治家の嘘が分かるが、野田の発言も賛成から反対に回るための苦し紛れのものであろう。情報開示が十分でないのに「躊躇したものを飲み込んだ」とどうして分かるのか。首相時代に「躊躇している」との発言はなかった。


野田は本会議で憲法審査会の審議に関連して、自民党の憲法改正草案の撤回を前提とするように求めたが、安倍は「撤回しなければ議論ができないという主張は理解に苦しむ」と拒否した。だいいち自民党幹事長・二階俊博も自民党案にこだわらず議論を進めるように提案しているではないか。他党の草案を最初から撤回を求めるのはおかしい。問題の所在は民進党が自らの改憲案を未だに作れない党内事情にあるのではないのか。蓮舫質問も野田質問も政策論議の統一がないまま放置されている民進党が抱える急所を露呈している。
 

討論を見たかぎり、デフレに手をこまねいて3年3か月失政を重ねた民進党よりも、安倍政権の方がよほどましだとの考えに至るしかない。未だに3年3か月の失政のくびきから逃れるに至っていない民進党の姿はどうしようもない。 

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆真正面からの言葉・教えほど尊い (後編)

眞鍋 峰松(評論家)



中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 

その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。


最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
  〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。 辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。 要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。

        ・凡庸な教師は しゃべる。
        ・良い教師は  説明する。
        ・優れた教師は 示す。
        ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)(再掲)

2016年09月28日

◆国籍法は血統主義ではない

池田 元彦
 


橋下徹前大阪市長のTwitter発言で、ネットが大荒れしている。最近の国
籍関連ツイートの内容だ。「日本の国籍法の血統主義採用は思想的根本問
題だ。血統主義は個人の人生を切り拓く希望・可能性を奪う」。だから
「血統が全てと言いだしたら、俺はアウトだよ」の発言個所だ。

即ち、早とちりのネット族は、橋本前市長が「日本人でない」とカミング
アウトしたと即断し、矢張り在日だったのかとの大騒ぎなのだ。厳密に橋
本前市長が在日告白したわけではないが、国籍問題のツイートで「俺はア
ウト」というから、そう判断するネット族もいると言うことに過ぎない。

橋下前市長の場合、仮令その発言の真意が「俺は日本人ではない。実は朝
鮮人だ」としても、何が問題なのか、問題などない。彼は日本国籍ある日
本人だということは明白だ。

仮に元の出自が朝鮮であろうと、アゼルバイジャンであろうと、何を問題
にしたいのか、ネット族の真意が不明だ。

橋本前市長の政策方針全てを賛美する訳ではない。地方分権化指向は判る
が、大阪都構想等は100%賛同できない。しかし、氏の根本的政策は、法
令に則って市の役職員の無為無策、無作為の作為を糾弾し、甘い汁を吸う
一部大阪市民の不公正な私利受益を断罪することだった。

今の日本には私益・権利が蔓延し、国益を指向し公益への責任に無自覚な
政治家や官僚が多過ぎる。日本国籍があり公益優先、身勝手な個人権利の
制限、法令順守の施策を掲げる人なら誰でもいい。戦前・戦後外務大臣経
歴の東郷茂徳は、朝鮮人陶工の末裔で本名は朴茂徳だった。

重ねて言うが、最低限日本国籍があれば、数世代前以前に日本に帰化した
当時外国籍人でも構わない。しかもその政策が日本の防衛を含む国益の
為、国民の福利厚生向上の為であり、その言動が嘘でなければ、大歓迎
だ。権利・権利の日本国憲法が根本問題であることは承知で言う。

もし出自を問題とするなら、民進党蓮舫代表だ。台湾国籍未放棄の発覚以
来、言うことが都度変る。遂に二重国籍を認め、台湾国籍を漸く離脱し
た。問題は、国籍ではない、日替わりランチのように発言の訂正を繰返
す、そのいい加減さは、政治家以前の人間として失格、信用の問題だ。
ご本人は「帰化ではない、日本国籍取得だ」と拘った。

後漢書童恢󠄀伝には「化外の国から、その国の王の徳治を慕い、自ら王法
の圏内に投じ、王化に帰附(=帰属)すること」が帰化だとある。蓮舫代
表は、「喜んで日本に『帰化』していない。日本国籍取得しただけ」との
真意を漏らしたのだ。

よく考えれば、蓮舫代表は台湾国籍だが台湾への愛着ある発言は過去にな
いと元台湾国籍の金美齢女史が批判している。台湾国籍ながら、心は大陸
中国にあるようだ。日本については、2004年の朝日新聞に「赤いパスポー
トが嫌だったが、仕方なく日本国籍を取得」と発言している。

国会議員名称は「蓮舫」に拘り、日本姓の「村田」を名乗らない。このよ
うな人は仮令千年前から日本人であっても、国会から即退場し、日本国籍
放棄の上、中共国籍を取得して頂きたい。

でもまさか、元々日本国籍を厳密な意味で取得していなかったなんてこと
はないでしょうね、蓮舫代表。

因みに血統が日本国民の国籍保有条件等とは、国籍法の何処にも書いてい
ない。「(日本国籍がある)日本国民の両親何れかから生まれた子供は自
動的に日本国籍を取得できる」と書いてあるだけだ。

現代日本人のDNAは当然10万年前からの混血の繰返しであり、生物学的に
は雑種だ。

政治家に問われることは、日本国の文化伝統歴史風俗を支持し、皇室を敬
愛出来るかどうかだ。


◆私の「身辺雑記」(383)

平井 修一



■9月23日(金)、朝6:00は室温21.5度、今日も雨、よく降るなあ。

欧米系のホテルに泊まるとベッドサイドに聖書がある。大体が新約聖書
だ。3分ほど読むと眠れる効用があるが、ホテルとしては客が騒がず、
さっさと眠ってくれた方がいいから聖書を置いているのだろう。

小生は枕元に「毛沢東軍事論文選」を置いている。そういう人は世界で小
生と習近平の2人だけに違いない。小生は中共を叩くために読んでいる。
習は中共独裁を維持し、皇帝になるために読んでいる、が、結局は墓穴を
掘っている。

アカだった小生が議論で勝つためにはマルクス、レーニンの読み込みが不
可欠だった。なんだかんだ言われたら、

「資本論、経済学哲学草稿を君は当然読んでいるよね、君の言うことはど
こに根拠があるの? 無節操な人民戦線戦術なんてレーニンだって言って
いないよね、これを言い出したのはスターリンだ。君は反スターリン主義
と言うけれど、ただの無節操なスターリン主義者じゃないの。勉強しなお
した方がいいぜ」

これで相手はギャフンとなる。

小生は映画「レインマン」に登場する人のように、暗記は得意である。レ
インマンの人はひたすら電話帳を暗記していたが、小生は暗記する価値の
ないものは速攻で消去する機能も併せ持っている。だから発狂しないです
んでいる。この違いは大きい。

マルクス、レーニン、トロツキー、毛沢東・・・ほとんど忘れた。

で、今は「毛沢東軍事論文選」を読んでいるが、毛沢東は大衆向けの優れ
たアジテーターだけに言葉がストレート・・・つまり余計なレトリックと
か形容詞がないから、実に分かりやすい。習近平とは全く逆だ。

毛沢東は一流の真打、習近平は前座以前の付き人であり、座布団を返した
り、お茶を入れたりの新弟子レベルだ。プーチンはワルの真打。習は毛沢
東にもプーチンにもなれない。

毛沢東曰く――

「人類の大多数と中国人の大多数が行う戦争は、疑いもなく正義の戦争で
あり、人類を救い、中国を救うこの上もなく光栄な事業であり、全世界の
歴史を新しい時代に移らせる架け橋である」(1936年「中国革命戦争の戦
略問題」)

結局、毛沢東がやったのは8000万人を殺して貧しい個人独裁国家を作った
に過ぎない。トウ小平がそれを否定して市場経済、改革開放へ舵を切った
から今の経済大国になれた。

習はトウ小平を否定し、毛沢東2.0になろうとしている。国有企業の分割
民営化ではなく、大合併を推進している。狂気の沙汰だ。

歴史は繰り返す、最初は悲劇、次は喜劇として。毛沢東、皇帝を気取った
習は滑稽でさえある。習の笑劇場は間もなく幕を下ろすだろう。

さてさて、1週間前からサビが目立ってきたベランダの鉄柵補修を進めて
きたが、ここ何日も雨続きで作業が滞っている。もうこれ以上は待てな
い、と、雨の合間にペンキの二度塗りをした。あとは仕上げ塗りだけ。
ぐったりしたが、ホッとした。一歩前進の達成感がある。

中共殲滅、支那解放まであと何歩なのだろう。

■9月24日(土)、朝5:00は室温22度、ごくたまに日射しが見えるが、雨
になりそうな曇。洗濯物が乾かないので街の奥さん連中はコインランド
リーで乾かしている。まったく連日の雨は主夫、主婦泣かせだ。

体調が回復しつつあること、また、食材宅配会社からオカズを取り寄せる
ことにしたので夕食を作らなくていいことになったので、あれこれ気に
なっていたことを一気にやりだした。

小生が小学生の頃、平井家の祖母キミさん曰く「修一はまったくマメッタ
イよ」、こまごま実によく動くということだろう。小生は多動児だったよ
うで、65歳になっても体調がそこそこなら実によく動く、ゴロゴロしてい
るのは昼食後の午睡の時の1時間ぐらいで、それ以外は何かやっている。

今日は裁縫で、お気に入りのラニングシャツ(息子のお下がり、お上が
り?)のリフォーム、ポケットの多いサファリベストの修繕、3階のカー
テンの補修など(これには苦労した、ぐったり)。

3階は15畳で、もともとは子供部屋だったが、今はロフト、屋根裏部屋、
子供たちの不用品置き場になってしまった。子供3人はあらゆる不用品を
持ってくる。スノボ、チャイルドシート、趣味の置物、雛飾り、五月人
形・・・今は夏に屋上で遊んだビニールプール、パラソルなどが山積みに
なっている。

これを6時間かけて一気に片づけたが、ほとんど腰が抜ける。相棒のルン
バも必死で床掃除。

きれいになって小生は気分が良かった。ところがだ、同志諸君、世の中は
まったく上手くいかないのだ。昨夜、カミサンはオカズをレンジで温める
だけの料理に満足していたが、今夜はご機嫌斜めである。

「薄味でいいけれど・・・なんか老人ホームのご飯みたいで・・・これか
らも夕食はこれなの?」

つまり2日目にして「もううんざり」ということ。昨日は小生もオカズを
食べて、「なんて旨いんだ、さすがにプロは違うなあ」と大いに感動した
のだが、確かにこれをリピートしたら「うーん、ちょっともう・・・」と
絶対になる、味音痴でなければ。

小生のような普通の人の作る家庭料理は、すこぶる単純、シンプルであ
る。味噌汁にしても、具はいろいろだけれど基本的な味は一緒だ。野菜炒
めも同様で、基本的に塩コショウ、味の素/ホンダシ、あとは皆、好みに
応じて醤油や青のり、オカカ、味ポンをかけたり。

プロはあれこれ工夫するのだが、カロリーやバランスはしっかり計算して
いても、どうしても味付けは「さっぱり」ではなく「コクがある」になっ
てしまう。フレンチのような自己主張の強い料理を日本人は毎日は食べら
れない。「さっぱりしていて、とてもおいしい」「ほんのり甘みがある、
しつこくない」、これが日本人の味覚なのだ。

結局、10月からはもとの素材発注にしたが、小生は夕食作りからはしばら
くは解放されないということだ。いいことだけれど・・・まあ、踏ん張る
しかない・・・複雑な思い。

明日の朝食は和風スパ、お吸い物、果物にする。

■9月27日(火)、朝6:30は室温25度、晴→曇。

土日で一気にベランダ手摺の仕上げ塗りをしてフラフラに。昨日はほとん
ど横になっていた。今度は外側を補修しなくてはいけないが、カミサンに
ハシゴを押さえてもらわないとコケそうなので、日曜あたりにしかできな
い。それまではのんびりと養生しよう。

10時にヘリコプター9機が編隊飛行。皇軍の訓練のようで、兵隊さん、あ
りがとう。

山本泰弘氏の論考「今こそ思え『明治の自主憲法』」(アゴラ9/23)から。

<わが国の憲法論議は、戦後まもなくからその形態が変わらず硬直化して
いる。憲法論議といえば「改憲か護憲か」で攻防すること、あるいは専門
家ばりに条文解釈を論じることというのが一般的な理解だ。

それでは「この国にいかなる憲法があるべきか」という本質的な問いが置
き去りにされ、それを論じることのロマンが共有されず国民的な議論にな
りえない。

明治前期の日本では、20代の若者たちを中心にゼロからオリジナルの憲法
草案(「私擬憲法」)を書こうという全国的なムーブメントがあった。都心
から遥か遠い地方の町や山奥の集落でも、志ある者が学習会を開き、読書
と議論を重ねて独自の憲法草案を作っていた。その代表例である「五日市
憲法」は、近年天皇皇后両陛下が資料館へ足を運ばれたことでも知られる。

わが国では今から130年以上も前に、自主憲法を作ろうという試みが在野
の若者らによりなされていた。この史実は現代の凝り固まった憲法論議に
新たな視点を与える要素のはずだが、全くと言ってよいほど知られていな
いのが悔やまれる。

彼らの功績を当世に甦らせるべく、私はもう一つの代表的な憲法草案、植
木枝盛の「東洋大日本国国憲按」を現代語訳し自身のブログで公開してい
る。自らの智のみを頼りに国家の指針を書くという壮大な挑戦からは、何
物にもとらわれず時代を切り開こうとする大志が感じられる。

憲法改正が現実の政治課題となる今、改憲か護憲かという旧時代的な論議
の仕方からは脱却すべきだ。明治の国士の志を思い起こし、国民有志が今
の日本国にいかなる憲法がふさわしいか考え、案を書く。現代には創造的
な憲法の論じ方が必要だ>(以上)

大体、GHQの日本占領計画が今の憲法であり、主権のない日本に国際法を
踏みにじって押し付けた。こんなガラクタ、コピペを後生大事に守るなん
て狂気の沙汰だ。恥を知れ、恥を。棄憲、暫定憲法、総選挙で信を問う
(あるいは国民投票)というのが現実的ではないか。

GHQ憲法はレイプの産物だ。それを民族の悲劇としてしっかり教え込まな
いと目が覚めない。兵隊さんが決起しないとダメなのか?(2016/9/27)

◆お邪魔虫共産党

渡部 亮次郎



中国では幹部でも汚職がばれれば死刑になる。それでも幹部の汚職が引き
もきらない。いくら共産主義に共鳴しても、私欲とは人間の本能に等しい
ものだからである。

こうした目で中国を見ていれば、共産党が政権を掌握している限り人権尊
重や政治の民主化なぞは絶対実現しないと思うのが普通だが、経済の改革
開放が進むのに比例して民主化が進むはずだと考える人々がいる。特にア
メリカの人たちに多い。

中国が何故、共産革命に成功したか。それは国家権力を手中にしようとし
た毛沢東の策謀が成功したからである。国家の形態は何でも良かったが、
とりあえず貧民が国民の大多数だったので、「金持ちの財産を分捕り、皆
で平等に分配しよう」と言う呼びかけに合致したのが共産主義だった。

共産主義政府の樹立が毛沢東の望みではなかった。真意は権力の奪取だっ
た。日中戦争の終結で、日本軍の放棄して行った近代兵器を手中にして蒋
介石と国内戦争を続けた結果、蒋介石は台湾に逃亡した。毛沢東は昭和
24(1949)年10月1日、中華人民共和国建国を宣言した。

人民も共和も中国語には無い。日本語だ。畏友加瀬英明氏の説明だと、中
国語には人民とか共和と言う概念が無いのだそうだ。北朝鮮はそれに民主
主義が加わって嘘が深化している。

権力は掌握したが、人民への約束を果たす手段が無い。とりあえず人民公
社と大躍進政策が当時のソ連をモデルに実施されたが、農民は生産意欲の
低下とサボタージュで抵抗。

結果として食糧不足に陥って各地で飢饉が発生。餓死者は1500万人から
4000万人と推定されている(「岩波現代中国事典」P696)。

毛沢東の死(1976年)後2年、失脚から3度目の復活を遂げていたトウ小平が
経済の開放改革を断行。開放とは日本など外国資本の流入を認め、改革と
は資本主義制度への転換を意味した。

4つの近代化を掲げたのだ。工業、農業、国防、科学技術の近代化であ
る。今のところ実現に近付いているのは軍事の近代化である。

トウ小平は政治の近代化だけは断乎として拒否した。肥大化した経済が政
治(共産政府)を圧倒する危険を回避したのである。だから第2天安門事件
には反革命の匂いを嗅ぎ、断乎、弾圧した。

しかし発展する資本主義にとって共産党政府による様々な統制は邪魔以外
の何物でも無い。工場用地の確保一つとってみても、土地すべての国有は
障害でしかないが、自由にならない以上、共産党幹部を「買収」する以外
に方法が無い。

したがって多発する共産党幹部による汚職事件はいわば構造的なことで
あって、客観的にみれば「事件」ではなく「日常茶飯事」に過ぎない。

しかも冒頭に述べたように「私欲」は本能のようなものだ。所有を否定す
るのが共産主義の思想でも「本能」には勝てっこない。つまり共産主義体
制化で経済だけを改革開放すれば汚職簸自動的に起きるし、共産党幹部に
すれば、現状を変更するメリットは全く無いわけだ。

汚職は時たましか発覚しない。摘発で死刑になるのは不運な奴で政府の知
るところではないのだ。かくて中華人民共和国政府は汚職にデンと腰を下
ろした政権。民主化を抑え、人権無視の批判など絶対耳に留めない。耳が
左右に付いているのは右から聞いたら左から逃す為にあるのだ。2010・12・5

◆クリントン優勢が確定的にー米大統領選

杉浦 正章



トランプは無知蒙昧を露呈


まるでだだっ子を笑顔であやす母親のようであった。短慮のいらだちには微笑で返した。クリントンの勝ちだ。日米の報道機関でNHKだけが夜7時のニュースでクリントンとトランプの討論を対等との分析で報道、特派員も「五分五分の戦い」と形容したが、一種の誤報であろう。公共放送が国民の判断を大きく誤導して遺憾である。


討論内容をつぶさにメモをとって分析したがどう見てもクリントンが圧倒していた。クリントンは環太平洋経済連携協定(TPP)を巡っては守勢であったものの、外交・安保、核問題、人種問題、健康問題などではトランプを圧倒した。これまでの大統領選を見てもテレビ討論の初戦の勝利は、継続する。クリントンは11月8日の大統領選勝利に向けて、大きな地歩を気づいたといわざるを得まい。


討論の結果はメデイアがどう見るかで決まるが、米国の新聞、テレビの大勢はクリントンに軍配を上げている。ニューヨークタイムズは社説で、「討論の進展につれてトランプ氏は、クリントン氏との議論に苦しみ、挽回できなかった」とクリントン優勢を伝えた。ワシントンポストも「大統領にふさわしいのはクリントン氏だけだということが証明された」と報じた。


CNNに至っては、世論調査でクリントンの勝ちが62%だったのに対してトランプは27%と報じた。CNNは民主党寄りだが、それにしてもこの差は大きすぎる。

 
それでは項目別に勝敗を分析、点数をつけてみる。まずTPPでトランプは「クリントン氏は大統領になったら賛成するだろう。私が反対と言ってから突然反対に回った」と酷評した。これに対してクリントンは「それは事実ではない。反対意見を述べている」と反論したが、押され気味で50点対50点で引き分け。


次に人種差別問題ではクリントンが攻勢をかけた。「ドナルド(トランプ)はアメリカ初の黒人大統領をアメリカ人ではないと間違った表現をした」「73年に人種差別で司法省から訴えられた。アフリカ系アメリカ人に住宅の賃貸を拒否したからだ」と突いた。ところがトランプは、これに正面から反論できずに、訳の分からない言葉を羅列して話をそらした。これによって、黒人やイスラム教徒の票は一挙にトランプを離れ、90点対10点でクリントンの勝ち。

 
日本にも関わる対同盟国関係でもトランプは浅慮を浮き彫りにさせた。まず北大西洋条約機構(NATO)についてトランプは「NATOは時代遅れだ。米国は費用の73%も負担している」と、米大統領の伝統的なNATOとの深い関係維持を直撃した。


これに対してクリントンは「NATOは軍事同盟であり、一国への攻撃は加盟国すべてに対する攻撃と見なすことになっている」とじゅんじゅんと諭した。またトランプがたびたび日韓両国の核保有を認める発言をしていることに対して、クリントンは「トランプは東アジアで『核戦争が起きても大丈夫。楽しんでね』と言っている」と核問題をもてあそぶ姿を浮き彫りにした。その上で「韓国日本とは安保条約を結んでいる。相互防衛条約をを尊重すると約束したい」と言明した。また「世界の指導者に米国に対する疑念が巻き起こっている」と、トランプ発言で日韓両国などに対米不信が生じていることを明らかにした。


最後にクリントンは「核の拡散はテロリストに核が渡る危険がある。簡単に挑発に乗る人が核のボタンのそばにいては問題だ」と指摘して、大統領としての資質がトランプにないことを浮き彫りにさせた。


中露が力による現状変更に躍起となっており、北が危ない核の火遊びをしている現状を、トランプは理解せず、日本がアジアでの防波堤となって米国の利益になっていることなど、とんと無知であることを浮き彫りにさせた。総じて同盟関係でも核問題でもトランプの無知蒙昧ぶりとその極端な主張が露呈されて、100点対0点でクリントンに軍配。

 
さらにクリントンは、トランプを巡る金銭疑惑も浮き彫りにした。クリントンは「これまでどの大統領候補も確定申告書を公開してきた。なぜ公開しないのか」と疑問を投げかけ、その理由について「ドナルドが言っているほど金持ちではないからか。慈善団体への寄付をしていないからか。連邦政府への所得税を一切払っていないからか」と追求した。


これに対してもトランプは話をそらして、饒舌にほかの問題を語っていた。おまけに「ヒラリーがメールを公開すれば自分も公開する」と焦点を外そうとした。クリントンの攻勢に圧倒された形で、90点対10点。私用メール問題はクリントンが陳謝をしただけで終わり、みそぎが済んだ形だ。
 

最後にクリントンの健康問題でトランプは「ヒラリーは大統領としてのスタミナがない」と痛いところを突いたかに見えた。ところがクリントンは、「ドナルドは120か国を歴訪して、停戦合意や反対派の釈放を交渉し、11時間に渡って議会で証言してから言ってほしい」と切り返した。加えてクリントンは見る限り健康そうであった。この切り返しにトランプはグーの音も出なくて70点対30点でクリントン。

 
ほとんどすべてに渡って、クリントンの圧勝に終わったが、この背景にはクリントン陣営がトランプ発言や性格の傾向などの事前分析を徹底的に行い、模擬討論を行ってまで弱点を浮き彫りにさせる作戦を展開したことが成功したと言える。


これに対してトランプはほとんど準備をせず、当意即妙ぶりを発揮しようとしたが、場当たりで大統領としての能力のなさばかりが目立つ結果となった。大統領選のプロ対公職経験ゼロのど素人の戦いの様相であった。


首相・安倍晋三はニューヨークでクリントンと会談、トランプとは会談しなかったが先物買いの先見の明があったことになる。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆真正面からの言葉・教えほど尊い (前編)

眞鍋 峰松
   

最近、マスコミ上に登場する方々を拝見していると、どうも物事を斜めに見て論じる人が多いように感じられてならない。 多分、論じておられるご本人は、それが正しいと信じ切っておられるのだろう。 

これは何も最近になって起こった現象とは限らない事なのかも知れないが、まさにマスコミ好みの人種ということなのだろう。

例えば、靖国神社参拝問題についても、国のために尊い命を捧げた旧日本軍将兵の御霊に感謝の念を表すことは大事な筈だが、その方々はこれに対して、「中国・韓国の国民感情に配慮し外交関係・国益を考えるべし」とおっしゃる。 それでは、どうするのか。

 物事を斜めに見ると、その二本の線はそれぞれが独立した線の衝突の側面しか見えない。 

A級戦犯合祀の問題も含め、人により立場により色々な考え方があるのだろうが、私には真正面から考えると、この二つの命題はそもそも両立できないことではないと思える。 

歴史的な経緯があるにせよ、また諸外国から如何に言われようが、日本国にとっては本来一方が他方を排除したり、相容れない事柄ではないはずだ。 

それより戦後60年間以上もこれまで避けられてきた国内論議の決着の方が先決だろう、と思える。 だからこそ、外交面では未来志向型の解決しかないのだろうという気がする。
   
過去を振り返ると、私の学校時代の教員にも、物事を斜めに見る性癖のある人達が結構多かった。

とりわけ「己を高く持する人物」に多々見られる事柄でもある。それはそれ、その御仁の生き方・信条そのものの問題だから、他人である私が、眼を三角にしてトヤカク言う必要のないことではある。 

ところが、教員という職業に就いている人間がそういう性癖を持ち、日頃児童・生徒に接しているとしたら、そうはいかない。
   
私の経験でも、「物事を斜めに見る性癖のタイプ」の教員が結構多かった。

結論から言えば、そういうタイプの教員は教育現場では有害無益な人間と言わざるを得ないのではないか。
  
実社会においても一番扱いの難しいのが、こういうタイプの人間だろうし、往々にして周辺の人間からも嫌われてもいる。 

多情多感な青少年にとって、こういうタイプの先生に教えられることには「百害あって一利なし」である。
   
教育の本質はむしろ逆で、もっと「真正面からの言葉・教え」ほど尊いと 私の体験からも、そう思える。
<後編へ>