2017年11月19日

◆愚かなる新聞の首相演説批判

                                   杉澤 正章


分量多きが故に尊からず
  

ゲティスバーグ演説は2分
 

一刀両断で首相・安倍晋三をグーの音も出なくする記事は一本もなかった。所信表明演説に関する全国紙全ての記事を詳細に分析したが、全紙が重箱の隅をつついて、まるで小姑の嫁いびりみたいな記事ばかりで、愚かであった。地に落ちた。最近の全国紙の記事はどの社を見ても“金太郎飴”記事ばかりだ。切っても切っても同じ顔しか現れない。記者クラブ制度の悪弊でもある。


日や日経などネットにかなり先行露出する記事がリードする場合もあるのだろう。若い政治記者諸君に告ぐ。いいかげんに「交差点みんなで渡れば怖くない」から脱せよ。



まず記事や社説で全紙が批判しているのが、所信表明演説の北朝鮮をめぐる部分が総選挙での首相演説と同じだというものだ。


朝日は「外交成果を誇る大半が、衆院選や一連の外交行事ですでに語ったことの繰り返しに過ぎない。」と宣うた。読売も「北朝鮮問題など衆院選で取り上げたテーマが大半で、新味に乏しかった」という。毎日は「北朝鮮問題、少子高齢化の克服という、衆院選で訴えた『二つの国難』をほぼなぞった」だそうだ。


この論調から見れば、間違いなく全紙が、新しいことを言わなかったからけしからんと言っている。佐藤愛子のエッセイ「九十歳。何がめでたい 」風に開き直らせてもらえば、「衆院選と同じ。何が悪い」だ。


それとも衆院選での発言を低く見ているのか。ばかも休み休みに言え。衆院選での発言は政治家の命がかかっているのだ。本気なのだ。若い記者共は一体所信表明演説を何と心得ているのだろうか。国の重要政策を国会議員に訴え、その賛否を問うのが基本だ。北朝鮮で安倍は「日本を取り巻く国際環境は戦後もっとも厳しいと言っても過言ではない」と述べたが、それ以上に何を言えというのか。新聞が喜ぶことを首相に言えというのは筋違いも甚だしい。


「戦争するぞ」とでも言えば一面をぶち抜くような大見出しがとれるが、そんな“新鮮味”などは御免被るのだ。近頃の政治記者よセンセーショナリズムと唯我独尊もいいかげんにせよと言いたい。逆に衆院選と同じ事を言わなければ公約違反と叩くのは目に見えている。


 もう一つの嫁いびり記事が「分量が少ない」だ。読売が「分量は安倍の国会演説としては過去最低」。朝日が「30年間で(小泉純一郎についで)2番目に少ない」と鬼の首を取れば、毎日は「演説の文字数は約3500字で、昨年秋の所信表明演説の半分にも満たない。目新しい政策もなく、第4次内閣となって最初の国会演説がこれでは物足りない」だそうだ。日経に至ってはしゃれたつもりか「省力化が目立った」だと。古今東西国家のトップの議会や国会演説を「短い」



といって批判した例を知らない。「人民の、人民による、人民のための政治」で知られるリンカーンのゲティスバーグ演説は、たったの272語、1449字で約2分間で終わった。カメラマンは演説に気づかず、ようやく気づいた時には演説が終わっていたという。若い記者たちよ、演説は中身であり、長さではないことをこれからは勉強するのだぞ。デスクもデスクだ。「こんな記事書くな」と言う見識がない。唯一日経の社説が「選挙後の特別国会であり、街頭演説の繰り返しのような中身だったのはやむを得まい。


長さも、21世紀に入ってからの首相の国会演説では2番目に短かった。掲げた政策をどう具体化するのかなどは、2カ月後の施政方針演説で詳しく語ってほしい。」と主張しているが、これが唯一の常識論だ。



新聞のとんちんかんな論調は、見識のない野党代表質問者に受け継がれる。「選挙で言っていたことと同じ」との質問に対して安倍は決して「野党は選挙で言っていたことに訴求力がないから大敗した」などと切り返してはならない。ここは「信念を持って選挙での発言と同じ答弁をする」が正しい。分量に文句がついたら「ゲティスバーグ演説は2分弱」と答えるのが正解。そもそも今国会の会期の39日間は特別国会の会期としては異例の部類だ。過去10回の特別国会の会期は3日から9日間が7回で圧倒的に短い。


そもそも特別国会などは通常、院の構成と首班指名が目的だ。それを長くとったのは所信表明演説を懇切丁寧に説明するためであり、批判は全く当たらない。
 


さらに野党はまたまたモリカケ論争を挑もうとしている。朝日、毎日など新聞やTBS、テレビ朝日など民放テレビが取り上げるのはモリカケしかないからだが、もう国民はうんざりだ。モリカケ論争は総選挙の安倍圧勝で国民の信任を受けて、政治的にはけりを付けたのだ。共産党が9議席減らしたのはモリカケばかりにこだわったからだ。ノーテンキに緊迫する極東情勢をそっちのけにするときかと言いたい。一方、小泉進次郎が党内野党と化して総選挙の「九仞(じん)の功を一簣(き)に虧(か)く」ような発言を繰り返しているが、失望した。


だれか忠告してやる政治家はいないものか。親父は諫めないのか。困ったものだし、ここでぽしゃってしまうのは惜しい。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)


◆韓国は寝転び駄々こねる子供

阿比留 瑠比

 

「(日米)両国はかつて戦争をした歴史がありますが、その後の日米の
友好関係、米国からの支援により、今日の日本があるのだと思います」

日本政府が提唱する新たな外交方針「自由で開かれたインド太平洋戦
略」について、訪韓したトランプ米大統領が文在寅大統領との首脳会談で
米韓同盟として関与することを提案したものの、韓国側は同意しなかった
ことが9日、分かった。

交際相手の女性が体調不良になったのに、医師の診断を受けさせず放置
したとして、大阪府警枚方署は9日、保護責任者遺棄容疑で同府枚方市の
警備員の男(48)を逮捕した。


韓国大統領府がトランプ米大統領の歓迎晩餐(ばんさん)会に、元慰安婦
を招き、竹島(島根県隠岐の島町)の韓国名「独島」を冠したエビ料理を
出した
 

韓国大統領府がトランプ米大統領の歓迎晩餐会に、元慰安 婦を招き、竹
島(島根県隠岐の島町)の韓国名「独島」を冠したエビ料理 を出した。

明らかな反日宣伝であり、日韓関係を損なうだけの所業だ。

北朝鮮の核・ミサイル開発を止める連携が重要な局面である。その今、
わざわざやることなのか。愚かにもほどがある。

菅義偉官房長官はトランプ氏がアジア歴訪で日韓を最初の訪問先に選ん
だ意義を指摘し「日米韓の緊密な連携に悪影響を及ぼす動きは避ける必要
がある」と述べた。控えめな物言いだが、これを認識しない文在寅政権に
あきれる。

韓国政府は「儀式的なことについて、あれこれ言うことは適切でない」
と応じたが、受け入れられない。元慰安婦は、強制連行された「性奴隷」
などと歴史をゆがめ、一方的主張を展開する反日運動の象徴的存在である。

竹島は日本固有の領土であり、韓国に不法占拠されている。日本が何も
言わない方がおかしい。米首脳をもてなす場に反日を持ち込む方が外交儀
礼に反しよう。

日米韓の関係に水を差す文政権の非礼さと北朝鮮に対する認識欠如は、
韓国を危機に陥れるだけである。そんな指導者をいただく国民は哀れである。

河野太郎外相を含め、日本政府は連日抗議し、慰安婦問題の日韓合意を
順守するよう求めた。合意は最終的かつ不可逆的な解決を確認し、国際社
会で非難しないと約束したはずだ。

日韓合意は、北朝鮮情勢をはじめとする地域の安全保障を考え、日韓関
係の改善が欠かせないとかわされた。その意義の重要性が増していると
き、文政権で反故(ほご)にする動きが目に余る。自国の国際的信用と立
場を悪くするばかりだと気づくべきだろう。

文氏は北朝鮮への融和路線で大統領に就いたが、北朝鮮の暴挙の前に路
線転換を余儀なくされた。危機にあたっても、有効な手立てを取れていない。

ミサイル防衛でも中国の圧力に屈し、米軍の「高高度防衛ミサイル
(THAAD)」の追加配備は進んでいない。

八方ふさがりで国内向けの反日宣伝しか、アピールすることがないのだ
ろうか。お家芸の告げ口外交では打開は望めまい。嗤(わら)うのは北朝
鮮だ。

産経ニュース11月16日【阿比留瑠比の極言御免】韓国は寝転び駄々こねる
子供 たまにはきちん と叱らねば



◆ヴェネズエラに中国、露西亜が助け舟

宮崎 正弘

<平成29年(2017)11月18日(土曜日)弐 通巻第5509号 > 

 
債務不履行に陥ったベネズエラに中国、露西亜が助け舟
  沈むボロ舟に手を貸して、自ら債権を放棄するという無謀さも政治的
配慮から

 週初、筆者はカンボジアにいたが、プノンペンの空港のラウンジに置い
てある『ファイナンシャル・タイムズ』(11月16日付け)を見たら、「ベ
ネズエラ、債務不履行の危機」と大見出しが踊っていた。

小誌が昨年から予測していた事態で、とりたてての衝撃はないのだが、最
大の債権者である中国がどうするのか、というポイントに関心があった。

ベネズエラの対外債務は650億ドルとされ、このうち、判明しているだけ
でも420億ドルは中国が貸与した金額である。

420億ドルは邦貨換算で4兆7500億円弱、日本の防衛費の90%程度に匹敵
するから、不良債権となれば中国の損出は巨大になるだろう。

在米華字紙の『多維新聞』(11月18日)が「その後」を伝えている。
ロシアは償還期限が来た31億5000万ドルの返済延長に応じた。6年間返済
を猶予し、その後、十年で返済という条件だという。

ロシアの言い分は「トランプがベネズエラを制裁した結果であり、ロシア
は米国の『インド・太平洋』戦略に対応するためにも、友好国の破産を放
置できないからだ」と同紙は分析している。

 国も返済繰り延べに応じる姿勢にある。

しかしながら、当面、返済期限の迫っている額が230億ドルと、ロシアの
8倍に達しており、具体的な救済策をまだ発表していない。

というのも、先週のトランプ訪中で米中協力関係を謳い、「北朝鮮制裁の
徹底」を約束したばかりの習近平にとって、『反米、トランプのラテンア
メリカのアメリカ化阻止』を獅子吼するマドゥロ政権に、債務減免、利子
返済繰り延べなどの条件をすぐには提示出来ないからだ。

ロシアは産油国であり、ベネズエラから原油輸入の必要がない。しかしベ
ネズエラ原油代金の先払いというかたちで融資をしてきたのだ。それもこ
れは、嘗てのキューバのように中南米に政治的拠点を必要としているため
である。


▼中国の中南米重視戦略はトランプの「インド太平洋」戦略といずれ衝突

他方、中国は原油輸入国であり、ベネズエラ重視は、原油供給元としての
重要性が優先事項。なにしろ1日900万バーレルを輸入し、年間の支払い
は1500億ドル。同時にベネズエラの石油鉱区の開発権も抑え、強気の投資
を繰り返してきた。

原油価格が1バーレル=100ドルの高値圏のときに将来も高値は維持され
ると見通して、強気の投資を展開してきたものだから、原油相場が半減し
たことによりベネズエラ経済はペシャンコとなった。

ベネズエラは「わたしはマオイスト」と阿諛追従の限りを尽くして北京の
ご機嫌とりに終始したチャベス前大統領の無為無策が昂じて、国家歳入の
95%を原油輸出に依存してきた政治の貧困が最大の原因なのである。

したがって中国は原油代金の「先払い」という条件で、融資返済の延長に
応ぜざるを得ないだろう。この点でロシアとは動機が必ずしも一致しない。

中国はパナマ運河を経由する石油タンカーが主であり、そのためにパナマ
にも巨額を投じて、ついには台湾と断交させ、パナマ大統領は18日に北
京を訪問したばかりである。

第2パナマ運河となる予定だったニカラグア運河は工事中断に追い込ま
れ、おそらく放棄せざるを得なくなるだろう。ベネズエラに建設してきた
中国支援の新幹線工事も中止、工事サイトから中国人労働者は去った。

そればかりか華僑系の新規参入組や先住の中国系華僑などがベネズエラに
40万人もいたとされるが、多くはすでに夢破れて中国に帰国した。

ベネズエラの破産は中国の金融パニックを引き起こしかねない状態である。
          
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◆樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 

【知道中国 1659回】            
――「即ち支那國は滅びても支那人は滅びぬ」――(佐藤6)
  佐藤善治郎『南清紀行』(良明堂書店 明治44年)

                ▽

「支那人は外交辭令に巧みなりといふ。成程これは慥に本邦人などの及ぶ
處ではない。容貌を和らげ巧みに人に近づき、諄々として語るなど實に感
心」ではあるが、「其の?には驚く」ばかり。「誰も始めて支那人に遇へ
ば快感を覺ふるが」、やはり「永く友情を續ける事は甚少ない」のも当た
り前だ。

 個人的であるうえに「?をいふ事を何とも思はぬ國であるから」、本質
的に「自らを恃み、自ら立つでなければ生存出來ぬ」。国家の力も社会の
保護も端からアテにはならないし、アテにしてはいない。

そこで「獨立自營で世を渡らんと」し、「如何なる苦痛にも耐へ、如何な
る賤業をも辭せず奮闘する」。「本邦人は團體(國家、家族)の力により
て成功し、支那人は個人で成功せんとする」。

「多くは飲食、色慾、賭博」のために「獨立奮闘」する彼らは、「見るも
危險なる仕事をなして死して悔いぬ」ような「状態にて支那人は世界各地
に擴がり、偉大なる蕃殖力を有つて居るのである」。その「偉大なる蕃殖
力」があればこそ、「支那國は滅びても支那人は滅び」ないのである。

 彼らの「個人的なるに次ぎて特殊なる性はその不精なること」。この
「不精なること」が、「不潔なる、無頓着なる、頑固と見らるゝ」ことに
つながっている。

「支那人は恐らく世界に於ける最も不潔なる民族であらう」。その原因
は、「不規律にして無頓着なる性質」と殺風景で単調極まりない自然環境
にある。「此の不潔は亦簡易生活といふ事」に繋がり、それゆえに「彼國
の勞働者が如何なる不潔にも耐へて、平然と活動する」ことになり、これ
こそが「支那勞働者の畏るべき資格の一である」。

「支那人の物事に無頓着なる事は甚だしい」。たとえば「外國の?師が或
眞理を彼等に説」いたとすると、必ず「『それは孔孟が既に言つて居る』
などと言つて居る」と応じる。無頓着であればこそ、「佛でも、耶蘇で
も、回教」でも、如何なる宗?が入つても決して衝突しない」のである。

「世人は支那人を評して頑固なりといふ」が、それは確固として自らの価
値観を持っているからではなく、単に無頓着に過ぎないからだ。そこで
「唯無意味に現状に安んじて改めんとはせぬ」。保守的ではない、無頓着
なのだ。

 その無頓着さの一例は「建築物の保存に表はる」のである。建物を建造
したとしても「決して修理はしない」。「破損する迄用ゐて居る」。個人
の住宅はいうにおよばず「殿堂佛閣皆此流儀で、少しく舊きものは草茫々
の間に没す」る始末だ。

 「國民性に就て猶一つ著しいのは氣の弱い事である」。「何故に彼の如
く弱いか實に不思議」だが、たとえば「戰爭をやれば大旗を立て太鼓を叩
き景氣をつけてやるが實は将卒共に戰ふ氣はない」。いざ戦争とは掛け声
ばかりで、「實は戰ふ氣はなく、うまい處でより條件で媾和する爲にする
が多い」のである。

 では、なぜ戦争に弱いのか。その一因は「國家組織に歸すことが出來
る」。だが、「平時に於て弱い原因」は、「利己主義」と「法律の不完
全」さに求めることが出来そうだ。つまり「強梗は利?にならぬと悟つ」
ているからだが、根本を考えれば「4千年の曲折ある歴史」にあるといえ
るだろう。

それというのも、彼らの歴史は「?人心を根柢より破つて沮喪 しせめ、
陰氣に陷らしめたる」からである。いわば興亡が重なり続く歴史 を前に
しては個人などムシケラ以下であることを知っていればこそ、時代 の流
れには逆らわないのだ。

 「よく諦めるといふ事」も彼らの性質として挙げられる。たとえば車夫
が「車賃を強請る時は滿面朱をそそいで來る」が、「此方にて大喝一聲
し、迚ふる見込みなしと見れば」、さらりと諦めて引き下がる。如何に強
がろうと、ダメと悟や諦めてしまうのである。《QED》

◆「偉大なる指導者」の地位目指す習近平

    櫻井よしこ


「偉大なる指導者」の地位目指す習近平 厄介な中国との対峙に向けて憲
法改正を

中国共産党第19回全国代表大会での習近平国家主席の演説を日本語訳で読
んだ。「中華民族は世界の民族の中にそびえ立つ」などの表現をはじめ、
国民の愛国・民族感情に訴えつつ、世界にそびえ立つ超大国を目指してい
ることがどの文節からも伝わってくる。習氏が謳い上げた中国の本質は、
中国は呑み込む国だということだ。周辺諸国は中国と関わることで呑み込
まれてしまう。

習氏は演説冒頭で「小康社会」を実現し、「中華民族の偉大な復興という
夢を実現する」と国民に呼びかけた。

小康社会とは「経済、民主、科学、教育、文化がいっそう発展、充実し、
社会が調和的になり、人民の生活がいっそう豊かになった」社会だとい
う。その目標を2020年までに達成し、その後、30年間奮闘して新中国建国
から100周年(49年)までに「社会主義現代化国家」を築き上げるという。

社会主義現代化国家とは、中国が経済、科学技術において優れた大国の地
位を占め、国民が平等に発展し、法治国家の基本を守り、中華文化が世界
に広く影響力を行使する国だそうだ。このような方向に現在の中国が向
かっているとは思えず、習演説に溢れているのは自画自賛の美辞麗句だと
言ってよいだろう。

習氏は今年から来年が「2つの100周年の奮闘目標の歴史的合流期だ」とも
語った。中国共産党創立100周年(2021年)までに前述の小康社会を実現
し、中華人民共和国建国から100年目に社会主義現代化国家を完成させる
と言う。

偉大なる中華民族の夢を実現する柱の一つが「中国の特色ある軍隊の強
化」である。20年までに「国防・軍隊建設」を質的に高め効率化し、情報
化を進めて戦略能力を大幅に向上させ、35年までに人民解放軍をあらゆる
面で世界一流の軍隊に構築すると表明している。

国家が富み強くなることと、軍隊が強くなることは全く同じことだと、習
氏は強調し、軍人は除隊後も家族共々、権利、利益を守られる国にするそ
うだ。精神的にも軍人が社会全体から尊敬される職業にしていくとしている。

国家を担うのは、結局、人材だという認識に立ち、共産党の党幹部たるた
めの基準を定めている。たとえば「才徳兼備・徳の優先」「津々浦々・賢
者優先」「事業至上・公明正大」だ。

習氏を取り巻く幹部らを含めて、中国共産党の党員全員が不正蓄財してい
ると見るべき現在の中国社会で、徳の優先がどこまで通用するのか。果た
してそのような価値観がこれから根づいていくのか。汚職などの嫌疑をか
けられて自殺した官吏は、文化大革命の嵐が吹きすさんだときより習氏の
五年間の統治のいまの方が多い。それだけ徹底している腐敗体質の中国共
産党が変わり得るのか、見詰めていきたい点だ。

幹部養成教育と並行して行われるのが一般国民の教育である。教育の柱と
して「愛国主義、社会主義の旗印」が明記されている。中国の愛国主義は
反日主義と同義語だ。当然、日本人としては不安を覚えざるを得ない。

中国に内包されてしまった民族を含めて、周辺民族や近隣国家にとって非
常に気になるのは「人類運命共同体」や「各民族がザクロの実のように寄
り集って共に発展する」というスローガンだ。多民族の上にそびえ立つ中
華民族の下で、ザクロの実の一つのように包摂されたり、運命共同体にさ
れたりするのは真っ平だからだ。

習氏は毛沢東やケ小平(とう・しょうへい)に並ぶ「偉大なる指導者」の
地位を目指している。わが国はその習氏の中国と協力或いは対峙していか
なければならない。この厄介な国を避けることはできないのだ。であれ
ば、自民党が大勝したいま、国としての基盤を整えること、そのためにも
憲法改正が必要なのは明らかだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年11月4日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1205

◆望郷の念に浸っていた与謝蕪村

毛馬一三


江戸時代中期の大阪俳人で画家であった与謝蕪村は、享保元年(1716年)、摂津国東成郡毛馬村(大阪市都島区毛馬町)で生まれた。

ところが、その生誕地が大阪毛馬村だとは余り周知されていない。

蕪村は、17歳〜20歳頃、生誕地毛馬を飛び出て江戸に下っている。なぜ江戸へ下ったのか。これすら未だはっきりしない。しかも蕪村は出奔以来、極度な望郷は感じながらも、実際は生誕地「毛馬」に一歩も足を踏み入れていない。なぜだろう。

京都丹後与謝から毛馬村の商屋の奉公人として来た母親が、庄屋と結ばれて蕪村を産んだものの、母親が若くして死去したため、蕪村が庄屋の跡継ぎにも成れず、周囲から私生児扱いの過酷ないじめに遭わされたことから、意を決して毛馬村を飛び出したに違いない。

蕪村が飛び出した先が、江戸の日本橋石町「時の鐘」辺に住む俳人早野巴人だった。だが、この超有名な師匠との縁がどうして出来たのか、しかも師事として俳諧を学ぶことが、どうしてできたのか、江戸下りの旅費・生活費はどうやって賄ったのか、等々ミステリーだらけだ。

蕪村は、師の寓居に住まわせて貰い、宰鳥と号している。

<寛保2年(1742年)27歳の時、師が没したあと、下総国結城(茨城県結城市)の砂岡雁宕(いさおか がんとう)のもとに寄寓し、松尾芭蕉に憧れてその足跡を辿り東北地方を周遊した。その際の手記を寛保4年(1744年)に編集した『歳旦帳(宇都宮歳旦帳)』で、初めて「蕪村」と号したのである。

その後丹後、讃岐などを歴遊し、42歳の頃京都に居を構えた。 45歳頃に結婚し、一人娘くのを儲けた。島原(嶋原)角屋で句を教えるなど、以後、京都で生涯を過ごした。明和7年(1770年)には、夜半亭二世に推戴されている。

京都市下京区仏光寺通烏丸西入ルの居宅で、天明3年12月25日(1784年1月17日)未明68歳の生涯を閉じた。> 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

さて、蕪村は定住していた京都から船で淀川を下り、生誕地毛馬村をすり抜けて、頻繁に大阪にやって来ていた。

京都から淀川を船でやって来て大阪に上ったのは、生誕地毛馬村と少し離れている淀川(現在は大川)下流の源八橋の検問所があった船着き場だった。ここから上がって大阪市内に居る数多くの門人弟子らを訪ねて回っている。

また蕪村は、俳人西山宗因のお墓(大阪市北区兎我野町 西福寺)を訪ねたり、蕪村の門下人の武村沙月、吉分大魯(よしわけ・たいろ)のほか、西山宗因の門下の上島 鬼貫(伊丹の人)の処を回るなど、大阪市内いたる所を巡回している   

特に、吉分大魯は、阿波の出身で、安永2年 (1773)から6年まで大阪「蘆陰舎」に滞在(安永7年、兵庫で没)しており、この「蘆陰舎」に蕪村は足繁く立ち寄っている。逆に大魯をつれて、淀川を船で上り、京都の蕪村門下を代表する高井几董に会わせるなど、京都―大阪往復行脚は活発だったようだ。(大阪市立大学文学部)

ところで、蕪村の活躍の主舞台は、絵画・俳諧で名を上げた京都だとされている。だが実際は、大阪も上記の通り活躍の場だったのだ。これもあまり知られていない。

船着き場の源八橋から生誕地の毛馬まで歩こうとすれば、30分ほどしかかからない。それなのに蕪村は、生涯毛馬には一歩も足を踏み入れなかった。

やはり母の死後、家人から苛められ過ぎ、出家まで決意させられた辛い思いが、大坂に帰郷すれば脳裏を支配し、終生「怨念化」して立ち寄りを阻んだのだろう。それが「信念」だったとしたら、蕪村の辛さは過酷すぎるものだったと思える。

とは云うものの、蕪村の「望郷の念」は、人一倍あったのは間違いない。

自作の「春風馬堤曲」の中で、帰郷する奉公人娘になぞらえて生誕地毛馬への自己の想いを書き綴っている。この「春風馬堤曲」を弟子に送った時、「子供の頃、毛馬堤で遊んだ」と回顧する記述を付して、望郷の気持ちを伝えていることからも、「蕪村の悲痛な心境」が伺える。

蕪村の心の奥底に去来していたのは、「故郷は遠くにありて想うもの」であり、毛馬生誕地に一度も立ち寄らなかった理由が、故郷毛馬での生き様と深く結びつくだけに、蕪村人生の輪郭が、際立って浮かび上がってくる。

こうした蕪村の郷里願望を叶えてやる為、芭蕉・一茶の諸行事より華やかな「蕪村生誕祭」を敢行したい気で満ちて、地元淀川連合町会や蕪村通り商店街、地元俳句愛好家ともに、いま準備を進めている。

「望郷の念」に浸されていた蕪村の「夢」を実現させることこそ、筆者の人生最後の願いでもある。(了)

2017年11月18日

◆独裁37年のムガベついに倒れる

宮崎 正光

<K平成29年(2017)11月17日(金曜日)通巻第5506号 > 

 独裁37年のムガベ、子飼いの軍人が裏切り、ついに倒れる
  中国の保護領だったジンバブエの独裁が終わるのに中国は驚いていない?

ジンバブエの首都ハラレで軍事クーデタが成功した模様である。
 37年もの長きにわたってジンバブエを支配してきたムガベ大統領とその
一族は、中国の支援で延命できた。

通貨の大暴落によるハイパーインフレに悩み、物価は2、000 、000倍。
国民の不満は爆発して、前回の選挙でムガベは事実上敗北していたが、誤
魔化しと不正投票で「勝利」と宣伝した。

その選挙カー、揃いのTシャツからチラシの印刷まで、中国が丸抱えだった。

しかしジンバブエ通貨は市場では通用せず、なんと法定通貨は中国の人民
元。そして町では米ドルとユーロ、一部は南ア通貨のランドの取引となった。

93歳のムガベは老衰が激しく、昔の演説を何回も繰り返したりして、周辺
の呆れがちだったが、後妻のグレースが、大統領夫人の座を笠にして浪費
を重ね、国内ばかりかボツアナやナミビアなどに豪邸を建て、国民や野党
から「グッチ・グレース」と罵られてきた。周辺では次期後継が、この悪
名高き後妻となると、ジンバブエの政治腐敗はさらに進行すると懸念の声
があがっていた。

15日早朝に軍隊が出動し、ムガベ大統領を自宅に軟禁し、何台かの戦車と
ともに、政府機関、国会、放送局などの拠点を軍事制圧した。

ムガベと並ぶ独裁女、グレース夫人は所在不明。16日、南アに亡命してい
たエマーソン・マナンガグワが急遽、ハラレへ帰国した。マナンガグワは
ムガベ独裁の右腕だったが、ふたりは仲違いし、南アにさっと身を隠して
いた。国外から軍と連絡を取り合っていた。

11月16日になると、町には銃声が聞こえず、国民はこの静かなるクーデタ
を「歓迎している雰囲気」と英紙『ガーディアン』が伝えた。野党からも
非難声明はなく、次期選挙が公平に行われる旨の声明が出された。
ジンバブエ軍は「政権移行チームが発足し、五年以内に民政移管の選挙が
行われるだろう」と声明を発表した。

新しい事実が判った。

このクーデタの数日前に、マナンガグワはひそかに北京にいた。

しかもジンバブエ軍のグベヤ・チウェンガ国防大臣が前後して北京を訪問
し、中国中央軍事委員会の大幹部ふたりと面談していたことが判明した。

つまり、このクーデタ劇は、ムガベ側近と軍が事前に共謀し、北京の承認
を得てから決行した政変劇だった。ゴルバチョフ夫妻を監禁した政治劇と
プロセスは似ているが、旧ソ連最後の軍事クーデタは未遂だった。

                
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◆書評 しょひょう BOOKREVIEW 

翔んでる発想を華々しく列挙、嬉しくなるような変化球
 こういう地平から物事を愉快に考える人がいるんだ

  ♪
和田秀樹『私の保守宣言』(ワック)
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読後感は愉快千万、なるほどこういう柔軟な発想をする学者がいるのか、
という意外な側面を知ったことだった。

日本の核武装も、じつは簡単で原発がとまってしまってプルトニウムはた
くさん残っているからNPT条約を脱退すれば、すぐにも出来ると、和田
先生は核武装論者だ。

年功序列、終身雇用もたいへん良い制度であり、これが日本的経営の精髄
で世界に競争力を保てると言われ、ノーベル賞の中村某は世界標準でいう
と「売国奴」だと、批判の刃も鮮烈である。なぜなら日本の企業で開発し
た成果をアメリカに持って行ったわけで、これはアメリカの判例で言うと
産業スパイである。

とくに評者(宮崎)が新鮮と思ったのは超円高に賛成、1ドル=30円が理想
であるというくだりだった。

評者は政治経済評論をしているので、こういう実現不可能な話をすること
はないが、1ドル=70円でも日本経済は耐えた。円安にぶれると株がぽん
と上がり、日本の景気は良くなった。再びの円高はそれを逆転させる。

しかし和田氏の発想は同じ次元からではなく、「1ドルが360円から80円
になるまでに24年しかかかっていません。その95年から順調に成長してい
たら、今頃、80円から4分の1の20円になる流れだった(そうであれば、
日本のGDPは世界一です)のに、いまは120円まで下った」(中略)「一
ドルが30円になったら日本の富は四倍に増え、アメリカとGDPでは並び
ます。」(183p)

ということは中国のGDPは日本の半分になり、昔の状態に戻るだろう。
じつは、中国の経済実力はそれくらいしかないのだ。つまり為替のマジッ
クが日本の経済力を過小評価させ、中国のそれを過大評価させていること
になる。

もっとも1ドル=100円を超える円高状態になると、年間2500万人の 外国
人観光客は一斉に停まるし、日本の賃金が高まると、アジア諸国から
どっと出稼ぎが押し寄せるデメリットがある。

したがって氏の円高歓迎論は、現実離れしている。けれども、その柔軟な
発想の根底にある豊饒な想像力の愉快さには乾杯したくなったのである。
         
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◆樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1657回】               
――「即ち支那國は滅びても支那人は滅びぬ」――(佐藤4)
  佐藤善治郎『南清紀行』(良明堂書店 明治44年)

  ▽
乞食が額を石に打ち付ける音は、「1町位聞え、泣く聲は2、3町きこえ
る」。「通常人があの眞似を半時間もやれば死んで仕舞ふであらう」。だ
が死ぬことはない。なにかカラクリがあるはずだ。

「そつと後に廻つて見れば、?布で鉢巻をして居つた。晝間見れば牛肉の
血など塗つてやつて居るさうである」。ということは、「?布で鉢巻」や
「牛肉の血」は乞食商売にとっての小道具と考えて間違いないだろう。

それにしてもバカバカしい限りだが、「支那人の如き利己的冷淡なる人民
の間に於て乞食をするは寔に骨の折れた事である」ことだけは確かだ。

「支那人は飲食の慾にきたない事」を見て取った佐藤は、「支那人に3
大慾がある」と口を極める。「3大慾」とは「色慾と飲食慾と金錢慾」で
ある。「彼等には美を愛するといふ思想も極めて幼稚劣等で」、「眞理を
愛するといふ思想も薄く」、「善を愛するといふ事も通常以上ではな
い」。そこで「人は食ふために生まれて來たと觀念して居るらしい」と考
えた。

汽車での旅行中に「2,3の支那新聞を買つて見」て、日本で洪水が発
生したことを知る。

そこで佐藤は「東洋の大洪水」と題された記事に興味を持った。「本年は
ハレー彗星が出たから、世界何れの國か其禍に罹るに相違ないと思つて居
つた處が、日本が其禍を受けた」と書き出され、日本各地の被害状況を詳
細に報じた後、「世界國多し。

而して日本獨り災害を受けしは何故ぞや。蓋し日本は奸邪の國である。嚮
には日俄協約を以て滿洲の利權を収め、今又韓國が合併すとの風説があ
る。天の日本に災する亦宜ならずや」と結ばれていた。かくて「清國人に
は左樣に感ぜらるゝかと考えた」のであった。

この記事によれば、日本が洪水に襲われた原因は「滿洲の利權を収め」、
日韓併合を強行するような「奸邪の國である」からであり、「天の日本に
災」するのは当然。つまり洪水は天罰であり自業自得ということになるら
しい。また日韓併合に関し、「韓國はもと支那の屬報たりと説き起して悲
憤慷慨の筆を振つて居」た記事も目にしている。

以上は、日韓併合が正式に実施された明治43年(1910)8月29日より10日
ほど前のことである。それにしても佐藤が示す「2,3の支那新聞」の記
事から判断する限り、本来は清国に属する満州や韓国を日本が収めたこと
に、彼は余ほど我慢がならなかったということだろう。

因みに佐藤が「2,3の支那新聞を買つて見」てから1年と1ヶ月ほどが過
ぎた1911年10月10日、辛亥革命の砲声が鳴り響き清国は崩壊している。

佐藤の南清の旅は、長江中流の漢口、漢陽、武昌で折り返し上海に戻った
後、蘇州、杭州など江南の景勝地に転じて終わった。

景勝地に関する故事来歴は詳細に綴られているが、旅行ガイド・ブック
の域を超えるものでもない。敢えて紹介するまでもないだろうから割愛し
て、巻末に置かれた「第17章 南清漫遊の感想」に進むことにする。それ
というのも、ここで佐藤は旅行を総括しているからだ。

先ず地勢について説き起こし、「支那と日本との地勢を比ぶれば、學校
の講堂と、數奇を凝らしたる住家の樣である」としたうえで、「支那は統
一的の地勢である。數國は併立せぬ。(中略)若し列強の分割となつて
も、地勢があまりにも統一的であるから、問題は頻繁に起こることであら
う」と、地勢のうえからも分割統治は成り立たちそうにないとする。

黄河と長江に挟まれた大陸の中心部には「著しき山脈はない」。「地勢の
平坦と、大河の通ずる事よりして、勢力の分立の出來ぬ事」は歴史的にみ
ても明らか。一時的には様々な勢力が「分立」することもあったが、やは
り「忽ち統一することになる」と説く。《QED》
        

◆めぐみさん拉致から40年、母の想い

                      櫻井よしこ

北朝鮮相手の過去20年余の交渉の歴史は常に北朝鮮の騙し勝ちに終わって
きた。拉致問題の解決も非常に厳しい。解決の可能性があるとすれば、そ
れはやはり、安倍政権下でのことだろう。

11月6日、横田早紀江さんら拉致被害者10家族17人の皆さんがドナルド・
トランプ大統領と面会した。同日の夕方、早紀江さんと電話で語った。彼
女の声がかすれている。

「主人がいまデイ・ケアから戻ってきました。ソファで一休みしてもらっ
ています。私も大統領や総理とお会いして先程戻ったばかりです」

めぐみさんがいなくなって来週で40年になる。北朝鮮による拉致が判明
し、家族会を結成してから20年だ。13歳のめぐみさんが53歳になり、早紀
江さんも滋さんも年を重ねた。長い年月の余りにも多くの悲しみや絶望、
怒りや祈りが、横田さん夫妻の健康に影を落とす。そうした中、早紀江さ
んは同日、トランプ大統領に伝えたという。

「国連で拉致問題を取り上げ世界中に発信して下さったことに本当に驚
き、感謝したこと、ご多忙の中で私たち家族にお会い下さって心からお礼
を言いたかったことを話しました。1人1分が目途でしたので、私はその2
点を申し上げました」

トランプ夫妻も安倍晋三夫妻も、非常に近い距離で車座になるような形で
話を聞いてくれたそうだ。トランプ大統領はめぐみさんの弟の拓也さんが
持っていた写真を手に取り、メラニア夫人と共にずっと見入っていたという。

早紀江さんの次に曽我ひとみさんが今も行方の知れない母のミヨシさんに
ついて語ったが、拉致被害者本人の話をアメリカの大統領が聞くのは初め
てのはずだ。

「トランプさんはテレビで見るような猛々しいイメージの人では全くあり
ませんでした。むしろ、とてもあたたかい、家族想いの人だと感じまし
た。大統領も夫人も大きくて、152センチの私はまるで小人のように感じ
ました」

「北朝鮮は悪魔の国」

語る早紀江さんは、これまで3人のアメリカの現職大統領に会っている。
ブッシュ、オバマ、そして今回のトランプの各大統領だ。ブッシュ大統領
にはホワイトハウスに招かれた。明るい性格で、早紀江さんを「マム」と
呼び肩を抱き寄せた。

オバマ大統領とは東京の迎賓館で会った。仲々姿を見せず会談は遅れて始
まったが、オバマ氏は最後まで立ちっ放しで語った。冷静で感情を表に出
さないという印象を残した。

トランプ大統領はそうした中、国連でのスピーチで拉致問題に言及するな
ど、これまでよりも心情的に多くを共有してくれている印象だ。

「めぐみちゃんの拉致からここまで必死で来ましたが、長い道のりです
ね。北朝鮮は悪魔の国です。向こうの国民も可哀想です。私は何十年も同
じことを訴えてきました。最初は聞いてもらえませんでしたが、今、アメ
リカの大統領も耳を傾け、世界に発信して下さる。北朝鮮の異様な在り方
も世界の前に、明らかになってきました。この40年は信じ難い程、長かっ
たのですが、ここまで来るのに40年が必要だったということでしょうか」

早紀江さんは自身の人生を宿命だと受けとめているという。めぐみさんの
人生も同じく宿命だと早紀江さんは考える。そのうえで大変な人生だと、
深い息を吐くように語った。

早紀江さんも他の家族の皆さんも、トランプ大統領には肉親を奪われた一
人の家族としての思いを伝えたという。この点について、20年間拉致問題
に関わり続けてきた「救う会」会長の西岡力氏が語った。

「アメリカの圧力は日本にとって大きな支援ですが、家族の皆さんはよく
理解しているのです。拉致問題はアメリカの問題ではなく、あくまでも日
本の問題だということを。従って、大統領には拉致問題の深刻さを聞いて
もらうのがよいのであり、アメリカ政府に何かしてほしいと頼むのは筋違
いだと、皆さん認識していました。その意味では、家族の皆さん方は本当
に立派な大人であり、立派な日本人です」

これまでアメリカの大統領が家族に会うとき、日程はギリギリまで発表さ
れず、家族も待たされた。だが、今回は対照的だった。大統領の正式日程
に、安倍晋三首相主催の家族との面会の席に参加すると明記されていた。
家族との面会が、自衛隊や在日米軍と会うのと同列の公式行事になったの
だ。これだけで北朝鮮には大きな圧力となる。再び西岡氏が語る。

「このように正式な形で家族の話を聞こうという気持にトランプ大統領が
なった。そういう気持に安倍首相がトランプ大統領をさせた。これは大変
なことです。これで、たとえば追い詰められた金正恩が、或いは金正恩を
除去した次の政権が、核よりも拉致を先に解決したいと言ってきたとき、
日本政府は核解決の前に拉致解決で動くことができます」

日本独自の制裁

これまでは核が解決されていないのに拉致問題で日本が動けば、アメリカ
は日本が裏切ったと疑う可能性があった。だが、ここまで大統領に家族の
声を聞いてもらえば、そのようには考えないだろうというのだ。

加えて、日本が北朝鮮の核問題でアメリカの意図に反する行動をとること
は、理性的に考えればあり得ない。北朝鮮の核は、アメリカ以前に日本に
とってより深刻な脅威であるからだ。

これから嵐が吹き荒れるかもしれない北朝鮮問題で、拉致解決につながる
どんな細い道筋も、日本政府は逃すことはできない。安倍首相はその細い
ひと筋の、解決への道をたぐり寄せるためにアメリカをはじめとする国際
社会を動かして強い圧力をかけ、金正恩氏が命乞いをしてくるところまで
追い詰めようとしてきた。

こう書くと、朝日新聞などは、即、「もっと北朝鮮と話し合うべきだ」と
主張するのであろう。だが、昨年9月に安倍首相が国連で行った演説を読
んでみることだ。90年代前半以降、今日まで、日本のみならず世界が北朝
鮮に騙されてきたことを、具体的にきちんと説明している。首相の、事実
を踏まえた説得に、世界が納得して制裁を科したのだ。

6か国協議などで、北朝鮮の言葉を信じて資金や石油を渡してきた。その
結果、94年段階で核も弾道ミサイルもなかった北朝鮮がいま、水爆と
ICBMを手にしようとしている。であれば、解決の道はもはや話し合い
ではなく、圧力で北朝鮮に悟らせるしかない。

自身の命を守るには核とミサイルを諦め、拉致被害者を日本に戻すしかな
いと、金正恩氏に悟らせるところまで追い詰めることが必要なのだ。安倍
首相は6日、北朝鮮の35団体・個人を特定して資産凍結するという、日本
独自の制裁を加えることにした。それがめぐみさんたちを救う道だと思う。

『週刊新潮』 2017年11月16日号 日本ルネッサンス 第778回

◆望郷の念に浸っていた与謝蕪村

毛馬 一三

江戸時代中期の大阪俳人で画家であった与謝蕪村は、享保元年(1716年)、摂津国東成郡毛馬村(大阪市都島区毛馬町)で生まれた。

ところが、その生誕地が大阪毛馬村だとは余り周知されていない。

蕪村は、17歳〜20歳頃、生誕地毛馬を飛び出て江戸に下っている。なぜ江戸へ下ったのか。これすら未だはっきりしない。しかも蕪村は出奔以来、極度な望郷は感じながらも、実際は生誕地「毛馬」に一歩も足を踏み入れていない。なぜだろう。

京都丹後与謝から毛馬村の商屋の奉公人として来た母親が、庄屋と結ばれて蕪村を産んだものの、母親が若くして死去したため、蕪村が庄屋の跡継ぎにも成れず、周囲から私生児扱いの過酷ないじめに遭わされたことから、意を決して毛馬村を飛び出したに違いない。

蕪村が飛び出した先が、江戸の日本橋石町「時の鐘」辺に住む俳人早野巴人だった。だが、この超有名な師匠との縁がどうして出来たのか、しかも師事として俳諧を学ぶことが、どうしてできたのか、江戸下りの旅費・生活費はどうやって賄ったのか、等々ミステリーだらけだ。

蕪村は、師の寓居に住まわせて貰い、宰鳥と号している。

<寛保2年(1742年)27歳の時、師が没したあと、下総国結城(茨城県結城市)の砂岡雁宕(いさおか がんとう)のもとに寄寓し、松尾芭蕉に憧れてその足跡を辿り東北地方を周遊した。その際の手記を寛保4年(1744年)に編集した『歳旦帳(宇都宮歳旦帳)』で、初めて「蕪村」と号したのである。

その後丹後、讃岐などを歴遊し、42歳の頃京都に居を構えた。 45歳頃に結婚し、一人娘くのを儲けた。島原(嶋原)角屋で句を教えるなど、以後、京都で生涯を過ごした。明和7年(1770年)には、夜半亭二世に推戴されている。

京都市下京区仏光寺通烏丸西入ルの居宅で、天明3年12月25日(1784年1月17日)未明68歳の生涯を閉じた。> 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

さて、蕪村は定住していた京都から船で淀川を下り、生誕地毛馬村をすり抜けて、頻繁に大阪にやって来ていた。

京都から淀川を船でやって来て大阪に上ったのは、生誕地毛馬村と少し離れている淀川(現在は大川)下流の源八橋の検問所があった船着き場だった。ここから上がって大阪市内に居る数多くの門人弟子らを訪ねて回っている。

また蕪村は、俳人西山宗因のお墓(大阪市北区兎我野町 西福寺)を訪ねたり、蕪村の門下人の武村沙月、吉分大魯(よしわけ・たいろ)のほか、西山宗因の門下の上島 鬼貫(伊丹の人)の処を回るなど、大阪市内いたる所を巡回している   

特に、吉分大魯は、阿波の出身で、安永2年 (1773)から6年まで大阪「蘆陰舎」に滞在(安永7年、兵庫で没)しており、この「蘆陰舎」に蕪村は足繁く立ち寄っている。逆に大魯をつれて、淀川を船で上り、京都の蕪村門下を代表する高井几董に会わせるなど、京都―大阪往復行脚は活発だったようだ。(大阪市立大学文学部)

ところで、蕪村の活躍の主舞台は、絵画・俳諧で名を上げた京都だとされている。だが実際は、大阪も上記の通り活躍の場だったのだ。これもあまり知られていない。

船着き場の源八橋から生誕地の毛馬まで歩こうとすれば、30分ほどしかかからない。それなのに蕪村は、生涯毛馬には一歩も足を踏み入れなかった。

やはり母の死後、家人から苛められ過ぎ、出家まで決意させられた辛い思いが、大坂に帰郷すれば脳裏を支配し、終生「怨念化」して立ち寄りを阻んだのだろう。それが「信念」だったとしたら、蕪村の辛さは過酷すぎるものだったと思える。

とは云うものの、蕪村の「望郷の念」は、人一倍あったのは間違いない。

自作の「春風馬堤曲」の中で、帰郷する奉公人娘になぞらえて生誕地毛馬への自己の想いを書き綴っている。この「春風馬堤曲」を弟子に送った時、「子供の頃、毛馬堤で遊んだ」と回顧する記述を付して、望郷の気持ちを伝えていることからも、「蕪村の悲痛な心境」が伺える。

蕪村の心の奥底に去来していたのは、「故郷は遠くにありて想うもの」であり、毛馬生誕地に一度も立ち寄らなかった理由が、故郷毛馬での生き様と深く結びつくだけに、蕪村人生の輪郭が、際立って浮かび上がってくる。

こうした蕪村の郷里願望を叶えてやる為、芭蕉・一茶の諸行事より華やかな「蕪村生誕祭」を敢行したい気で満ちて、地元淀川連合町会や蕪村通り商店街、地元俳句愛好家ともに、いま準備を進めている。

「望郷の念」に浸されていた蕪村の「夢」を実現させることこそ、筆者の人生最後の願いでもある。(了)

2017年11月17日

◆北朝鮮危機の先に待ち受ける悪夢の筋書き

                       櫻井よしこ

「北朝鮮危機の先に待ち受ける悪夢の筋書き 中国支配の朝鮮半島へ守り
方問われる日本」

朝鮮半島問題でいつも深い示唆を与えてくれる「統一日報」論説主幹の洪
熒(ホン・ヒョン)氏がこのところ頻りに繰り返す。

「韓国も北朝鮮もレジームチェンジが必要だ」と。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長がその国民を幸せにせず、周辺諸国に重
大な危機をもたらしていることから考えれば、北朝鮮のレジームチェンジ
に多くの反対はないのではないか。では、韓国の文在寅政権の場合はどう
か。洪氏が語る。

「文氏では大韓民国は消滅します。韓米同盟もなくなります。結果とし
て、朝鮮半島は中国が握る。そんな世界にしないために、レジームチェン
ジが必要なのです」

北朝鮮有事が目前に迫っている。11月中旬以降は何が起きても驚かない。
明らかなのは、トランプ米大統領が金氏の斬首作戦をひとつの柱として軍
事作戦の準備を進めつつあることだ。

軍事攻撃よりも話し合い路線での解決を目指しているティラーソン国務長
官は10月15日、「最初の爆弾が落とされるまで外交交渉を諦めない」と
語った。交渉にかける熱意と共に、軍事行動に出るというトランプ大統領
の決定は動かないことを強く示唆した言葉だった。

ティラーソン氏の努力が奏効して、最後の最後で金氏が核を放棄すれば軍
事攻撃は回避できる。だがそうでない場合、洪氏の懸念が実現しかねない。

朝鮮半島問題の専門家で国家基本問題研究所の西岡力氏が説明した。

「米国の北朝鮮攻撃は海軍と空軍による攻撃に限定されると思われます。
トランプ大統領は決して米陸軍を投入しない。米軍も韓国の陸軍で北朝鮮
は十分、片づけられると見ています。問題は文大統領です。彼が出動を拒
否する可能性があります」

文氏の政治姿勢は徹底した親北朝鮮である。国連安全保障理事会は9月11
日、全会一致で対北朝鮮でこれまでになく強い経済制裁を採決した。だ
が、10日後の21日、文政権は北朝鮮に計800万ドル(約8億9000万円)を支
援すると発表して顰蹙を買った。文氏の真の祖国は韓国ではなく北朝鮮で
はないかと思わせる。

そんな文氏であれば、対北朝鮮軍事攻撃の下命を拒否するかもしれない。
西岡氏が続けた。

「その場合は中国の人民解放軍が進軍します。米国が金氏を殺害し、核関
連施設も含めて北朝鮮の軍事施設の殆どを破壊したあと、中国が北朝鮮に
展開する。そしてそこを支配する。悪夢のような現実に私たちは向き合う
ことになるかもしれません」

中国が支配する北朝鮮も悪夢だが、もうひとつの悪夢も考えられる。文氏
が北朝鮮への進軍を拒否すれば、米韓同盟は破棄される。米軍は韓国から
撤退する。北朝鮮的体質の朝鮮半島を中国が取り、これから幾世紀も日本
と敵対する朝鮮半島が生まれるのだ。北朝鮮の核の危機の先に、新たな、
もっと深刻な危機が待ち受けていると考えなければならない。

北朝鮮有事で、わが国が最優先すべきは、拉致被害者の救出である。自衛
隊が救出に出動しなければならないのは勿論だ。

それだけでなく、本来なら、日本の未来を見据えて自由と民主主義の価値
観を共有する米韓両国と共に、自衛隊も戦うのがよい。しかし、韓国がお
かしくなり、米軍は地上戦に消極的だ。おまけに当欄でも指摘してきたよ
うに、自衛隊は憲法で縛られていて拉致被害者救出さえ儘ならない。いず
れにしても米韓両国軍と共に戦うことは不可能だ。

かといって中国に朝鮮半島を奪われてよいのか。何もしない、できない国
のままで、これからの日本を守れるのか。自ら努力しなければ守れないの
である。そのことを問うていたのが今回の選挙だ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年10月28日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1204 

◆トランプ訪中で見えてきたのは

宮崎 正弘

<平成29年(2017)11月9日(木曜日)通巻第5502号> 



トランプ訪中で見えてきたのは「お互いが腹の探り合い」
  

北のレジューム・チェンジは中国の密かな野望でもあるが、カードを
見せない

訪韓、訪中を続けるトランプ大統領のもとに飛びこんできたのはヴァージ
ニア州知事選で共和党が惜敗したニュースだった。2018年中間選挙の前哨
戦として、トランプ人気が持続しているのかどうかのリトマス試験紙とも
言われたが、この手痛い敗北で、心理状態にすこし不安定要素が見られる。

韓国国会でのの演説では「アメリかを見くびるな、圧倒的力で解決するこ
とも出来るのだ」と北朝鮮への決意を表明しているが、韓国の反応は冷や
やか。場外では反米集会、トランプをヒトラーに模したプラカード。その
言い分は「韓国を戦争に巻き込むな」だ。

38度線の視察が濃霧で果たせず、トランプ大統領を乗せたヘリコプターは
板門店付近から引き返した。

ソウルでの米韓首脳会談の成果とは、26分間の文在寅大統領との「商
談」であり、FTA見直しを示唆したに過ぎない。

どう客観的に見ても訪韓の成果はない。韓国が米国の路線に立ちはだかっ
たことが鮮明になっただけで、トランプ大統領の不満が鬱積したに違いない。

北京に入ってもトランプの顔は冴えなかった。

京劇を観劇したものの、紫禁城で習近平夫妻の案内に浮かぬ表情を続けて
いる。明らかに面白くないのだ。

口をついて出てくるのは「素晴らしい」と褒め言葉ばかりだが、内心、
「中国は北朝鮮でアメリカとは協力する意思がないようだ」という習の秘
めた思惑を了解できたのではないのか。お互いの腹の探り合いは、何かの
解決策を見つけたのだろうか。

現時点で米中の一致点と推定できるのは金正恩体制のレジューム・チェン
ジである。この場合、最大のポイントは北朝鮮の核施設を米軍特殊部隊が
潜入して完全に破壊してしまうのか、それより先に中国軍が占拠し、北朝
鮮の核を中国の管理下に置くのか、ということだろう。

次に問題として浮かぶのは暗殺された金正男の子、金ハンソルを次期後継
として立てようとする中国と、それを容認するかどうかの米国の思惑との
突と考えられる。

肝腎の金ハンソルが何処にいるのか。どちらもその居場所を突き止めてい
るはずだが、このカードを明かすことはなさそうである。

先週、北の暗殺団が中国で拘束されたというニュースが報じられたが、こ
れは韓国製の陽動情報か、攪乱情報とされ、ハンソルはオランドかひょっ
として米国が保護しているかという情報がいまも乱れ飛んでいる。

いずれにせよ、トランプ訪中で劇的な成果は果たせそうになく、随行した
商業界代表等は、中国とのビジネス拡大に忙しく、貿易交渉での得点あげ
に関心を深めているのみのようだ。

           
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◆樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1655回】         
――「即ち支那國は滅びても支那人は滅びぬ」――(佐藤2)
  佐藤善治郎『南清紀行』(良明堂書店 明治44年)

               ▽

佐藤は上海における日本居留民の実態を詳細に示したうえで、「以上説い
た處で分明なるが如く、上海の日本居留民は歐米人に比して甚だ資力が劣
つて居る」と結論づける。それでも「故近衞公、佐藤正氏等の發意に成り
たる對清?育の學校」である東亞同文書院については、「既に卒業して清
國各地の會社商店等に從事する者450人。頗る好評がある。現在生二 百數
十人。皆寄宿生活をなし、意氣軒高でやつて居る」と綴ることを忘れ て
はいない。

欧米人については、「本邦人に比して資本を携へ來つて、茲に活動し、
又永住する者が多い」。そのうえ彼らは事業の基礎を固めている。たとえ
ば「宣?師などは支那の貧民兒童を集めて慈善?育を施し、或は?會の醵
金によりて病院を起し、美名の下に自國の?化を擴げ、勢力を張るが如
き」である。さらに学校に隣接した印刷所では、「毎朝數十の支那職工に
先づ祈?し讃美歌を唱へしめて然る後仕事に取懸るなど、なかなか基礎の
ある仕事をなし」ている。やはり彼らの「勢力の侮るべからざるものがあ
る」というのだ。

そういえば我がジョン万次郎と同じ頃にアメリカに渡り、養子として育
てられ、印刷技術を身に着けて帰国し、やがて聖書の印刷で莫大な財産を
築きあげ、3人の娘を大財閥(孔祥熙)・革命家(孫文)・政治家(ショ
ウ介石)に嫁がせたのが宋嘉樹(チャールズ・ジョーンズ・宋、或は
チャーリー・宋)である。

彼は聖書印刷をテコに上海の欧米人社会に取り 入る一方で、印刷ビジネ
スが生み出した莫大な資産とその資産によって育 てられた3人の美貌の娘
を手に中国社会の最上層中枢に強固な人脈を築い た。上海の欧米特権階
層との人脈、3人の娘婿の影響力、そして莫大な資 産――ジョン万次郎と宋
嘉樹とを比較した時、そこに中国人と日本人の生き 方の違いを感じてし
まうのだが。

アメリカで受けた恩を生涯を通じて返そうと努めたジョン万次郎に対し、
アメリカで築いた人脈をテコに中国社会でのしあがっていったチャー
リー・宋。愚直なまでのジョン万次郎に対し、実利に敏(つまりはセコ)
いチャーリー・宋。ウエットな万次郎に対し、ドライな宋。

アメリカで学んだ英語に生涯を捧げたジョン万次郎に対し、アメリカで身
に着けた印刷技術で商売を広げたチャーリー・宋。ジョン万次郎の生涯に
おける日米関係に対し、チャーリー・宋とその一族を通して見えて来る中
米関係――ジョン万次郎こと中浜万次郎に対するにチャーリー・宋こと宋嘉
樹・・・アメリカというスクリーンに映し出された2人の生涯は、なにや
ら日米関係と米中関係の歴史を物語っているようにも思える。

佐藤は上海をぶらつく。

先ずは夜の散歩。「あまり物が見えぬから本國に居る樣に思はれる。生命
財産の保護も日本と同一の樣に思はれて、閑靜なる田舎道を散歩せんと
言」うと、上海在住者に止められる。

それというのも、「彼支那人は晝間はさんざん外國人のために抑壓せられ
て居るが、夜陰に乘して多人數徒黨を組んで外人の所持品を掠奪する等の
事がある」からだ。「外人の所持品を掠奪」した後、彼らは「租界外に逃
げる。租界外は租界の警察權は及ばぬ。支那の警察へ頼んでも何にもなら
ない。唯泣き寝入りとなるのみ」。

そういえば政治=権力に対する彼らの対処法は「上に政策あれば、下に対
策あり」だといわれるが、「晝間はさんざん外國人のために抑壓せられて
居る」ゆえに、夜陰に乗じて「外人の所持品を掠奪」して外国の領事警察
の警察権の及ばない租界外に逃げてしまうというのも、彼らなりの対策と
いうものだろう。

街では「丈の6尺もある印度巡査が昂然」と立つ。彼らに「睨まれると
支那勞働者は身を縮めて通る」。だが「體格はよいが、元氣が抜け、言動
は慥かに亡國人である」。《QED》