2020年01月28日

◆累積赤字が拡大しているのに

宮崎 正弘

 
令和弐年(2020)1月22日(水曜日)通巻6348号   

中国新幹線、累積赤字が拡大しているのに、まだ新線を強気建設
  GDP拡大路線のツケが表面化しているゾ

 2008年北京五輪直前に、中国新幹線第一号「北京─天津」間が開通した。爾来僅か12年、全国に網の目のように拡大された新幹線の営業キロは35000キロ、とうに日本の10倍以上に達している。(中国では新幹線を「高速鉄道」と言う)。

 「三大無視路線」といわれるのは、環境破壊、安全性、財務バランス無視という基本の発想があり、ひたすら拡大することにある。経済性は最初からネグレクトされている。

測量しながら設計し、同時に着工するという3つ同時の離れ業!

事故は気にせず、手抜き工事は常識、安全性は保障されず、ひたすらレースを敷いて、橋を架け、トンネルを掘り、高架の連続。基本的に土地の収用は手間がかからず、立ち退かない場合は夜中にブルトーサーを投入、立ち退き家屋の保障も、地元幹部によってちょろまかされている。

工費対収入バランスはどうかと言えば、黒字化したのは北京─上海、広州─香港くらいで、しかも運賃が安いため、元が取れるかどうか。たとえば北京 ─ 張家口は運賃が僅か13ドル。一等車とグランクラスがあるが、金持ちはグランクラスに座るから、すぐに満席、一等車は三3両連結だが、いつもガラガラである。

どれだけの迅速さで営業キロ数を伸ばしてきたかと言えば、2010年に8358キロだったが、2015年には19000キロに達し、2018年には29000キロも工事をやってのけた。現在の推計で35000キロだ。

当然ながら下請け、孫請け業者からの賄賂が横行し、はては納品の弁当屋から、車内雑誌の印刷屋まで「上納金」が必要となる。上層部は賄賂漬けになる。鉄道利権は軍と江沢民派が支配してきた。
 
つまり2008年から2018年までに新幹線工事に投入されたのは7兆6761億元で邦貨に換算して130兆円(一元を平均17円で計算)以上が累積赤字となっているが、誰も気にしている様子はない。思い出しませんか。国定民営化の折、累積赤字は24兆円。

親方日の丸ならぬ、官僚的体質だから、究極の赤字は中華人民共和国が負うことになる。それは国民一人一人の将来の負債として重くのしかかるだろうが、中国人エコノミストは殆どが体制翼賛会的は御用学者だから、危険性を指摘しないのだ。

予算財源は「鉄道債」を起債してきた。
 
手品の一種であり、明るい展望だけを投資家に提示すれば、ジャンク債と分かっていても買い手がいるのだ。購入は国有銀行とファンド、金利は相当高いが変動する。無理矢理のGDP拡充の一環として、突貫工事が強行され、人のいない砂漠、誰も行かない山岳地帯にも新駅が造られた。

手許資金不如意となって、今度は新幹線網を、日本の国鉄分割のように、いくつかにわけ、黒字の北京─上海間の企業は上場させて、回転資金をかき集めた。ほかの路線の財政健全化の目処はまったく立っていない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜アメリカ宣教師が捏造した「史観」がまだ日本を呪縛している
  「反日」の宣教師史観はいかにして「創作」されたか

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池田悠『一次資料が明かす南京事件の真実』(展転社)
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南京事件とは、狭義の文脈では、国民党とアメリカがでっち上げ、いま中国共産党の政治プロパガンダに活用されている「南京大虐殺」のことを意味する、

真っ赤な嘘であることはすでに幾多の研究家、歴史家によって証明された。阿羅健一、北村稔、東中野修道、水間政憲、藤岡信勝、田中秀雄の各氏らの努力と地道な研究により、国民党に雇われたジャーナリストとかの扇動家たちの謀略放送であった。

ところがまだ資料が埋もれていた。

本書はアメリカ人宣教師たちの暗躍をしめす証拠書類を発見し、検証したのだ。

「彼らアメリカ宣教師団は、プロテスタントの中国布教という大きな目標を共有する結束ある集団であり、南京においては多くのメンバーが一つの屋根の下で生活し、一体となって活動していた」。

その名簿がある。南京に残留した外国人はラーベを筆頭とするドイツ人が5人、ロシア人が2人、オーストリア人がひとり、残りはアメリカ人で、大学教授、医者が隠れ蓑の宣教師軍団、14人だった。
 
なぜならもう一つの宣教師リストがあって、前掲リストのうちのアメリカ人14人の内、13人が宣教師だったことが判明している。トリマーという医者も、のちにラーベの記録から宣教師だったことが判明した。つまり、南京に残ったアメリカ人14人の全員が宣教師だったのだ。

彼らが東京裁判で証言したのである。

からくりはこれで了解できる。かれらは中国兵の犯罪を隠ぺいした。あるいは伝聞というかたちで日本軍が犯罪を犯したような逆の印象を作り出した。

彼らが嘘の情報の発信源であり、新聞記者らはアメリカ人の宣教師団の伝聞ということを明記しないで記事を送った。

フェイクは、こうした中国の支援によるアメリカ宣教師団のでっち上げによるものだったと本書は重厚に検証を繰り返す貴重な資料本である。 
           
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 読者の声 どくしゃのこ
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(読者の声1)貴誌前号に梅蘭芳の話が出ていましたので満州事変関連でご参考まで。(「黒幕はスターリンだった」落合道夫著 ハート出版から)

 「満洲事変の勃発」そこで、1931 年9月18 日石原莞爾rらの関東軍(在満日本軍)は張学良の兵営を榴弾砲で攻撃し張学良軍を万里の長城内に追放した。これが満洲事変である。この時北京で張学良を見かけた日本人の記録が残っている。

「劇場の張学良」9月18日私は北京の京劇の芝居小屋で名優梅蘭芳の宇宙鉾を見ていた。すると突然2階が慌ただしくなった。見ると第一ボックスに座ったのは、張学良と第一夫人の干鳳至だった。背後を一個小隊の護衛が囲んでいる。当時の張学良は事実上北京地域の王者であり、瀟洒な燕尾服を着用しワイシャツの胸が白く見えた。しかし彼は憂鬱そうで舞台を見入ることが無かった。舞台の梅蘭芳が仇っぽい目を投げたが、気づいたとも思えなかった。彼は檻の中に新しく入れられた豹のようにきょろきょろしていた。私は彼が芝居を見に来たとは思えなかった。11時頃、長身の男が駆け込んできて学良に何事か耳打ちした。とたんに彼はすっくと立ち上がった。侍者が彼に黒ラシャのマントを掛け与えた。その裏地の燃えるような真紅が何かの兆しのように見えた。バタバタと張学良の一行は慌ただしく劇場から立ち去った。翌日の北京の町では号外が売られ、奉天の張学良の北大営駐屯地が昨夜日本の関東軍によって突如砲撃されたと報道していた。(「北京十話」村上知行著から抜粋)。(落合道夫)
 
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(読者の声2) 26日放映された日本文化チャンネル桜のニュース解説番組【Front Japan 桜】は福島香織さんが「春節大移動直前に武漢コロナウイルス拡大」、そして宮崎正弘さんが「カジノが日本に? 澳門(マカオ)の教訓」です。

下記ユーチューブでご覧になれます。
https://www.youtube.com/watch?v=NtPlaLnhs6o
 宮崎正弘さんの「澳門の教訓」は45分頃から1時間5分くらいの箇所です。(日本文化チャンネル)

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(読者の声3)インターポールの総裁だった孟宏偉が、昨日(1月21日)の裁判で13年半という中途半端な禁錮刑。不思議ですね。中国代表の国際警察のトップが、汚職で裁かれるとは。家族はフランスに亡命できたのでしょうか?
  (DK子、世田谷)


(宮崎正弘のコメント)昨年「重大な党規違反」として孟宏偉(66歳)は、党籍剥奪、爾来、取り調べが長引いていましたが、天津の裁判所で結審でした。

容疑は公安副局長時代の賄賂が210万ドル。フランス時代の職権濫用による賄賂が29万ドルとか。

北京に呼び戻される直前から、警戒していたらしく夫人の携帯電話に、ナイフの絵を最後の通信に使っていたことが報じられました。

権力闘争の奥が深いでしょう。夫人は「夫は無実、政治的な思惑で嵌められた」とハーグの国際裁判所へ訴えて、その後、フランス政府は亡命を認めたようです。


◆「小澤は過去の人」と立花隆

渡部 亮次郎


手許に残っている「文芸春秋」2010年3月号。表紙に「政治家小澤一郎は死んだ」立花隆とあるから、興味を以って読んだが、たいした事は無かった。

とくに「そう遠くない時期に小澤は確実に死ぬ。既に67歳。記者会見で自ら述べているように、そう長くはない、のである、心臓に重い持病を抱えている事もあり・・・もう限界だろう」にいたっては立花隆は「小澤のことを調べる根気が無くなったので論評はやめた」と宣言したに等しい。

「文芸春秋」に「田中角栄研究」をひっさげて論壇に華々しく登場し、東京大学の教授にまで上り詰めた立花だが、70の声を聞いてさすがに体力のみならず精神的にもに弱ってきたらしい。立花に次ぐ評論家は育ってないから文春も弱ってるようだ。

「JAL倒産の影響もある」と言う。「あれほど巨大な企業も、つぶれる時はアッという間だった。小澤ほどの巨大権力者も、つぶれる時は一瞬だろうと思った。今考えるべきは小沢がどうなるかではなく、ポスト小澤の日本がどうなるか、どうするのではないか」と言う。

今更小澤を論ずるなどやめようという論稿になっている。

「小澤の政治資金に関する不適切な事実は、既に山のように出てきている。小澤がこれから百万言を弄して、どのようなもっともらしい理屈を並べようと、小澤は政治腐敗の点において、政治上の師と仰いできた田中角栄、金丸信の直系の弟子であることを既に証明してしまっている。

小澤のやって来た事は構造的に、田中角栄、金丸信がやってきたことと、殆ど変わりが無い。

それは、政治家が影響力をふるう事ができる公共事業の巨大な国家資金の流れにあずかる企業から、大っぴらにできない政治献金{法律上、国家資金を受け取る企業は献金できない}を何らかの別チャンネルで受け取って懐にいれるという行為である。

それを贈収賄罪等の罪に問う事が出来るかどうかは、法技術上の難問がいくつかあって簡単ではない。刑法の罪を逃れられたとしても、道義上の問題としては、同質の罪として残る」

要するに、立花隆として、小澤の罪について自ら積極的に調べ上げた事実は一つもなしに「政治家小澤一郎は死んだ」と言うおどろおどろしい見出しの長文を書いてお茶を濁しているのである。小澤が死んだというなら、立花も死んだと言っていいのかな。

しかも評論の大半を東大駒場の立花の最終ゼミに来た学生から取ったアンケートを升目に書き写して「今の平成生まれの若者から見れば、小澤一郎など、過去の遺物に過ぎない」と逃げている。

20歳前後の世間知らずに小澤論のあるわけがない。それなのに長々とアンケートの回答を書き連ね、「もはや小澤なんかどうでもよい」と言うなら、こんな原稿、書かなきゃ良かったではないか。

とにかく立花らしさの全く無い原稿である。まして表紙にタイトルを刷って売るのは当に羊頭狗肉である。(文中敬称略)2010・2・10


◆マラー検察官の国会喚問は大失敗

Andy Chang
 

民主党と共和党の双方からいろいろな質問があり、双方にとって有利、不利な結果があったので、注意しなければ「群盲象を撫でる」報道となってしまう。

マラー検察官が22カ月の調査の後で発表したトランプ大統領のロシア癒着疑惑の調査では、報告書の第一部でトランプのロシア癒着の証拠はなかったと結論した。だが報告書の第二部ではトランプが調査を妨害した疑惑調査では罪の証拠はなかったが、トランプの名誉を回復(Exonerate)するに至っていないと結論付けた。マラー検察官は調
査結果は全て報告書に書いたから付け加えることはないと述べたが、マラー検察官は「トランプ有罪の証拠はなかったけれど、国会が大統領を罷免する権利がある」と付け加えたのである。

この発言のため民主党優勢の国会はマラー検察官を国会に召喚してトランプを罷免するための新証拠を探すとした。共和党側はロシア疑惑とはヒラリーが選挙違法ででっち上げたものでトランプは冤罪で、冤罪をでっち上げたFBI/DOJを調査すべきだと主張している。国会喚問
の二つの委員会、司法委員会はトランプが選挙で違法行為があったかについて調査し、情報委員会はロシアの選挙介入についてトランプが関連した疑惑とトランプがマラーの調査を妨害したかを調査する。

7月24日にマラー検察官は国会の司法委員会と情報委員会の喚問に応じて、二つの委員会でそれぞれ3時間の質問に答えた。国会喚問の結論は両党側の議員とメディアが認めたように民主党にとって大失敗(Disaster)、または不発弾(Dud)だった。もう一つの結果は後述するようにマラー氏の検察官としての信用がガタ落ちしたことである。

民主党側がトランプ不利な言質を得ようとした度重なる質問に対し、マラー検察官は20数回も「報告書に書いている通り」と答え、新たな証拠はなかった。民主党側の議員がトランプに不利な意見を述べてもマラー検察官は「同意できない」と答えるか、「私の調査に関係ない」
と答えた。民主党側の得た唯一の結果はトランプとロシアの癒着の証拠はなかったと述べたことである。

トランプの調査妨害についてマラー検察官は「名誉回復(Exonerate)と結論しなかった」と報告書にあったことを再確認した。民主党側は名誉が回復できないとは「罪の疑惑が残っている」と主張しているが、共和党議員は「検察官の任務は有罪証拠を調査することである、証拠
がなければ無罪、名誉回復は検察権の任務ではない」と反論した。更に共和党議員は、「検察官の任務である有罪証拠がないと結論としたのにトランプの名誉を回復しなかった」とし、司法部に名誉回復の責任を取らせるようにしたと譴責した。

トランプとロシアの癒着(Collusion)調査について、マ
ラー検察官は「癒着」は法律用語ではないとしたが、共和党議員はマラー検察官が癒着(Collusion)とはトランプがロシアと結合した陰謀(Conspiracy)
のことと報告書に書いてあることを指摘し、陰謀の調査でトランプがロシアと共謀した証拠はなかったと書いてあると指摘した。つまり癒着(ロシアとトランプが共謀した)証拠がなかったなら名誉を回復すべきなのにトランプの名誉を回復をする責任を司法部になすり付ける
べきではないと譴責した。マラー氏は共和党議員の何回もの譴責にすべて沈黙を守り返答しなかった。

共和党側はマラー検察官がなぜFBIの高級官僚、Andrew WeissmannやPeter Stzrokなど、反トランプ陰謀の仲間の人たちを使って調査した明白な違法行為を追及した。更にこの調査はスティール文書と言う偽の証拠を元にFBIがFISA(防諜スパイの調査申請)始めたことを追及ししたがマラー検察官はスティール文書、ヒラリー、FISAの違法性などについては一切答えることはしないと断って共和党の追求を避けた。そして更にマラー検察官は「私は仕事ができる人を起用しただけで、反トランプの人物を選んで雇用したのではない」と答えた。

これを更に追及されたマラー検察官は呆れたことにAndrew Weissmannがヒラリーの当選パーティに参加したことやPeter StzrokとSteeleの関係をみんな知らなかったと述べ、スティール文書がヒラリーの金でFusion GPS会社がスティールを雇って作成したことなど、みんな知らないと答えたのである。

彼の起用した調査員の政治動向や反トランプの中心であるガセネタのことなど一切知らないと答えたのは衝撃的である。これでマラー検察官が調査に不適任で部下に任せっきりだったことが暴露されたのである。

マラー検察官は数多の質問に答えることが出来なかった。6時間にわ
たる質問で報告書の内容も詳しくないことがわかり、議員の質問に対して報告書のどのページかと聞き返し、議員に指摘されて報告書の該当箇所を読んだあとで「ここに書いた通りです」と答えたことが20数回にも及んだので、恐らくこの調査報告は部下のワイスマンが書いたのだろうと言うことが判明した。つまりマラー氏は不適任でしかも
調査を部下に任せていたことがわかった。ワイスマンは反トランプの首魁だから報告書の信憑性、正当性が疑問視されることになった。

この国会喚問は民主党のロシヤ癒着の調査と共和党のトランプ冤罪をでっち上げた証拠を探すためだったので、民主党と共和党の双方からいろいろな質問があり、双方にとって有利、不利な結果があったので、注意しなければ「群盲象を撫でる」報道となってしまう。特に翌朝の「テレ朝」の報道は、「トランプ氏は大統領の任期を終えたら追訴できる」と述べていた。これではまるでトランプは有罪だが在職中は起訴できないが、退職すればすぐ追訴され有罪判決を受けるように思われてしまう。

実際に起きたことは当日朝の聴聞会でTed Lieu議員(民主党)が大統領を退職後に追訴出来るかと訊ね、マラー検察官が「法律は全ての人に公平だから退職後は追訴できる」と答えたことである。しかしこのあとマラー検察官は午後の聴聞会で「この答は不完全である。誰でも追訴する権利はあるが、本調査でトランプ大統領の有罪証拠はなかっ
た」と追加説明した。

トランプ大統領の追訴について民主党議員は「法律上の時効」は5年だがトランプ氏が2020年に再選を果たせば退職は8年後で、時効になるだろう(ロシア癒着は2016年)と言った議論がなされた。マラー検察官の追加説明でトランプの有罪証拠はなかったと言明したので時効論は意味がない。

国会喚問の翌日、民主党側はトランプ有罪の追加証拠はなかったが、トランプ罷免の努力は継続すると発表、これに対しペロシ国会議長(民主党)は証拠がなければ罷免はできない、たとえ下院が罷免案を通しても上院で否決されると述べた。

共和党議員の大多数は、トランプのロシア癒着は冤罪であることがわかった。今後はトランプの冤罪をでっち上げた真犯人の調査をすべき、William Bar司法長官の「冤罪調査の調査」に期待すると述べた。
at 07:40 | Comment(0) | Andy Chang

◆懐かしい園城寺(通称三井寺)後編

石田 岳彦(弁護士)


金堂の西側、一段高くなったところに霊鐘堂という小さなお堂があり、横には「弁慶の引き摺り鐘」との案内板が立っていました。中には梵鐘が1つ安置されていて、その側面の一部に擦った痕が残っています。

青銅製の鐘が擦れるわけですから、かなりの力が加わったということでしょう。この鐘については、かの武蔵坊弁慶に関わる伝説があります。

すなわち、源義経の家来になる前、弁慶は比叡山延暦寺で僧兵をしていましたが、ある時、三井寺に攻め込んで、この梵鐘を奪い、延暦寺まで引き摺って帰った際にこの痕が付いたとのこと。

なお、何故、延暦寺に持って行かれた鐘が三井寺に戻っているかというと、延暦寺に連れて行かれた梵鐘が、三井寺に帰りたがって、まともな音を出さなかったので、怒った弁慶が山下まで投げ下ろしたとか・・・。

ちなみに「弁慶の引き摺り鐘まんじゅう」という鐘型の饅頭(名前は違いますが、和歌山の道成寺でも売っていましたね。)が、境内の茶屋や付近の土産物屋で売っていて、甘党の私は来る度に買っています。

霊鐘堂の隣は一切経蔵という、その名のとおり一切経を納めた建物で、回転式の経庫が見た目に面白いです。これを回すとお経を読んだのと同様の功徳があるとかないとか。

南に向かうと唐院と呼ばれるエリアで、三重塔の他に円珍を祀る大師堂、伝法潅頂という儀式を行う潅頂堂があり、大師堂には2体の円珍像と1体の不動明王像が並んでいて、円珍像2体は国宝指定です。

3体の像の中央に祀られている円珍像は「中尊大師」と呼ばれ、上記のように国宝に指定されていて、普段は非公開ですが、毎年10月29日の円珍の命日の法要の後、一般公開されます。

大津地方裁判所での修習生時代、10月29日の昼休みにタクシーを使って、拝みに来たことも、今となっては、よい思い出です。

もう1体の円珍像(国宝)は円珍の遺骨が納められており、「お骨大師」と呼ばれています。この像と不動明王立像(重要文化財。三井寺にあり、「黄不動」の名で有名な国宝の画像を立体化したものです。)は残念ながら、原則として公開の機会はありません(それをいうと中尊大師も原則非公開なのですが、年に1回、定期的に見る機会があるというだけ、ましなのですね)。

三井寺にはこの他にも数多くの質の高い寺宝がありますが、宗教的理由に加え、三井寺に自前の宝物館が無いこともあり、残念ながら、それらの寺宝を見る機会は限られています(同様のことは、同じ大津市内の石山寺にもいえますね。)。

そういう意味では、平成20年から21年に大阪、福岡、東京を回った三井寺展は千載一遇・・・というのはさすがに大げさですが、10年から15年に一度くらいの好機でした。

この展覧会の最大の売りは、国宝に指定された4体の秘仏(「中尊大師」、「お骨大師」、「黄不動(画像)」、「新羅善神像」)の特別公開で、うち中尊大師像を除く3体は十数年ぶりの公開です(他に上記の大師堂の不動明王像等も展示されました)。

展覧会の開催が発表されるや、インターネット上の仏像関係の掲示板が狂騒状態に陥ったのも無理からぬことでした。十数年から20年くらいの周期でこの手の特別展が行われているようなので(保証はできかねますが)見損なった方は気長にお待ちください。

唐院を出て、高台にある観音堂に向かうと途中に勧学院という塔頭があります(三井寺にはこの他にも光浄院等、幾つかの塔頭が存在します。)。

三井寺は桜の季節には夜間に境内を無料開放することがあり、私も2回ほど出かけましたが、その際、この勧学院の書院(国宝)が特別公開されていました(こっちは有料でした)。

昼間公開している寺院が、期間を限定して、夜間も特別に公開するというケースは京都市の清水寺、青蓮院等、けっこうありますが、昼間でさえ基本的に公開していない寺院が、夜間だけ特別公開するというのはかなり珍しいケースでしょう(もっとも、普段でも3名以上で予約すれば、拝観可能なようですが)。



日本庭園の中に鮮やかな絵の書かれた紙製の灯篭(中身は電灯です。火事が怖いですので。)がなかなかに幻想的だったと憶えています。

境内の南西のはずれの高台に観音堂と幾つかの建物があり、観音堂は西国三十三番観音霊場の1つです。

西国三十三番観音霊場はその名のとおり観音菩薩様を祀る霊場33箇所を集めたものですが、中にはこの三井寺観音堂のように本堂(金堂)以外の脇役(?)のお堂が入っていることもあります(他に興福寺南円堂、醍醐寺准胝堂)。

この観音堂のある高台からは昔は琵琶湖がよく見えたようですが、近年、大津港の周辺に大型ビルが建てられ、景観が損なわれました。

もっとも、そうまでして建てたビルがテナントの撤退等で上手くいっていないようで、お役所主導の開発の失敗例になっています。

やはり、「この事業が上手くいかなかったら、会社がつぶれるかもしれない。潰れなくても、俺は会社に居辛くなるかもしれない。」という緊張感がないと事業とは上手くいかないのでしょうか。

余談はさておき、三井寺の境内は狭すぎず、広すぎず、通常であれば、のんびり歩いても1時間半あれば、一周できるはずです(少し離れたところに国宝の新羅善神堂がありますが)。

拝観が終わったら、ついでに琵琶湖を観光するのはどうでしょうか。

ミシガンやビアンカといった観光船に乗り込む手もありますが(私は長いこと色物扱いしていましたが、友人たちとガヤガヤと話しながら乗る分には案外楽しいです)、湖風に吹かれながら、湖畔の散策路(大津港の東側は特によく整備されています)を歩くのもよい感じです。      (終)

2020年01月27日

◆雀庵の「台湾は米国リベラルから脱却を」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/65(2020/1/26】1月20日の大寒は陽気が良く、「これからは寒気も緩むだろう、まずは梅の花を待つばかり」と元気にビルの外壁補修に努めたが、21日はえらく冷え込んで、鼻水ダラダラ、寒気と腰痛で“パジャマでオジャマ”のヒッキーヂヂイになってしまった。

この際だからとシコシコと確定申告の書類を作り、電子申請のため愛車(ババチャリ)を駆って区役所で個人番号カード延長をしたり、税理士に書類を送ったり(税理士を経由させると税務署からイチャモンをつけられない。税務署と税理士、会計士はグルなのだ)、帰路にブックオフでジャズCD2枚も買い、なんやかやと忙しかった。

それにしれも「確定申告」・・・もう体力、気力がないから堪忍や、と思うが、死ぬまでやらなければならないのか。隠居したいなあ、町会の方で代行してくれないかなあと小生は願うが、つまり日本中で困っているヂヂイはいるのだからビジネスチャンスだと思うけれど。

「税務・相続オマカセ隊」なんて創って、愛人(かつては誰もが振り返る“歩くフェロモン”、今は良くてもオバサン、ほとんどは干上がって燻製になったバアサン)の始末もこっそりやってくれるとか・・・絶対ニーズはあるね。

会計士の婿さんに聞いたら、法人企業、特に大企業の仕事はカネになるが、個人相手ではそうはならないから食指が起きないようだ、フ、フ、フンと鼻で嗤われた。


♪でもね ヂイヂになれば あなたもわかる そのうちに

「恋人でサンザクロース」、いい気になっておると「別れる、切れるは愛人の時に言う台詞、今の私には死ねと、なぜおっしゃって下さらないの!」、もう修羅場になるで、のう。

旦那さん 愛人始末 請負ましょう きれいさっぱり 16億円


そんな金があるのなら苦労せんわい、ボケッ! レバノンへ行け、レバノンへ!


婿さん一家は台風難民で我が家に避難しているが、40前後の婿さんの働きぶりは昔のわが身を見る思いだ。早朝出勤、午前様が当たり前という世界で、はやり若さによる気力体力のなせる業なのだろう。メラメラとオーラが出ている感じ。

わしゃあフラフラ、ヨタヨタ、ウロウロと、何となく腐臭がしている感じだがの。使い切って今やすっかりボロ雑巾、後は竈の燃料になって最後の役目を終えるわけ。これが男の道よ、のう。

やり残しているのは「中共殲滅、支那解放」だろうなあ、これができたらまったく思い残すことはない。政権はある日一気に瓦解する。江戸幕府、清朝、南ベトナム、ソ連、旧東欧・・・あれよあれよという間に消える。まるで雪崩のよう。


どこかでタガが緩み始め、あまり目につかないから放置していると、ある日、はじけて、タガが全部緩んで桶がバラバラになる。一瞬だ。

日本が敗戦でも秩序を保てたのは天皇という不動の大黒柱、求心力絶大の磁石があったからだ。起き上がり小法師、太陽。大乱があっても御上、御意でまとまる。こういう永遠不滅不動のスタビライザーを持っている国はまずない。

自然災害だらけでこれという資源もない極東のちっぽけな島国は、やがて世界の基軸になる。


それはさておき「アリの一穴」「タガがはじけた桶」の話


企業倒産も、最初は噂話で「Aさんのとこ、支払いが滞っているらしいよ」、やがて「不渡りで手形決済もできなくなった」。こうなると記者会見で「不渡りは担当者の事務的なミス」とか言い逃れるが、信用失墜でもうお仕舞、銀行から見捨てられる。「築城30年、落城3日、あっけないものよ」と社長がつぶやいていたと側近が言っていたっけ

時勢とか時流に乗らないと国家経営も上手くいかなくなる。江戸幕府の場合、教育が普及して民度、特に百姓の民度が上がって「是は是、非は非」と命懸けで一揆を起こしてでもご政道批判をしたことが維新回天の下地になっていたろう。下級武士も内憂外患、愛国憂国の思いから藩への忠誠を止めて脱藩し国事に奔走しだした。

身分制度からはみ出せば無宿人(匪賊、乞食、ISなど)として裏街道で暮らすしかなかったのが、時代が時代で「尊皇攘夷の獅子」として大事に保護されたりする。奉行や岡っ引きなどの治安警察は取り締まるどころか襲撃されたりする。幕末の京都。恐ろしいどすえ。時流だ。奔流だ。怒涛の勢い。

今や世界の潮流に逆らって「共産主義独裁国家」を維持するのは相当難しい時代になってきた。リベラル≒アカモドキの連中もようやく中共に「?」と懐疑の視線を向けるようになってきたようだ。大異(人種、民族、文化、宗教など)を捨てて小同(メシ、カネ)に付くという、EU印の「胡散臭い樽」にまとまるのはもう嫌だと、英国というタガの一つが外れ始めた。

イヌ科イヌ属800種にはシェパード(トランプみたい)からポメラニアン(蔡英文みたい)までいろいろだが、同じ哺乳類サル目ヒト属の人間だって気性も外観も違う。日本人は何となく柴犬みたいだが、噛みつきまくりそうなドーベルマン(プーチンみたい)と一緒に暮らすのは・・・小生は厭だな。


EUは去る者は追わずどころか、これからも英国を苛め抜くだろう。共産主義者は根性が悪く陰湿で、スターリンは政敵トロツキーを追い駆けまわして惨殺した。EUのリーダー=アカ=ハイエナというのは偏見だろうか。


アカは人民を脅迫して統治する。脅せば自分に従う、忠実なら褒美をやる、あくまで逆らうなら殺す――中共、イスラムなどの宗教国家、EU官僚は大体そういう資質が初期設定なのではないか。


EUの揺らぎが中共にも動揺をもたらすだろう。EUは個性的な国が多いから、自立できそうなイタリア、オランダあたりも離脱するかもしれない。結局、「壮大な実験」のあげくにドイツ(時々発狂するオオカミみたい)と三流国しか残らなかったり。

ジャーナリストのコリン・ジョイス氏曰く――


<イギリスは1月31日に、EUを正式に離脱することが決定した。これまでブレグジットは、否定派から散々な言われようをしてきた。「国際社会に背を向ける行動」だの「経済的な自傷行為」だの、やれ「駄々っ子の抵抗」だのと。

僕はブレグジットを、分別ある民主的な行動で、ある種革命的だけれどイギリスが長年培ってきた価値観を否定するものではない、と捉えている。「ナショナリスト」の反乱でもなければ、現代的システムへの「トランプ的」抵抗でもない。

離脱を控えた今のイギリスのインフレ率は穏やかで(1.5%)、雇用率は記録的に高く、(IMFによれば)イギリス経済は今後2年間、ユーロ圏よりも(わずかではあるが)速いペースで成長すると予測されている。住宅価格(景況感の指標としてよく使われる)は上昇している。

「あえて」EUを離脱すればイギリスはこうなるだろう、と予測されていた破滅的な姿とは著しく対照的だ。


ブレグジットを推し進めてきたボリス・ジョンソン首相の保守党が昨年12月の総選挙で明確な勝利を収めたことで、「残留」運動は崩壊した。とはいえ、国民投票でブレグジットを選択してから数年がたっても、イギリスが基本的に悪化することがないことがはっきりしたから、残留派の論理はとっくの昔に崩れていた。


僕は単に、経済が大混乱に陥らなかったことだけを言っているのではない。イギリスがリベラルで開かれていて、活気ある文化に満ちた前向きな国で、国際社会に積極的な貢献を続ける国であり続けている、という意味だ>(ニューズウィーク電子版1/25)


英国はビーグル(戦闘機)を背中に乗せたセントバーナード(空母)、知恵と風格はあるね。


ありとあらゆる犬種がいるがすべて拝金狂、拝金ウイルスに感染している中共。「ちゃうちゃう、そりゃ偏見や」と言うだろうが、中共では「金持ちは貧乏人を蛇蝎の如くに嫌悪し侮蔑している」のは価値観がカネ尺で測られるからである。


わが長女の一番の友達は日本育ちの中国人女性(在天津)で、彼女はリッチであり、貧乏人を場違いなところにうろついているドブネズミを見るような目で見るという。

その価値観からすれば金儲けの才覚のない奴は厄介者のドブネズミで、人間ではないから、平気で虐待したり殺したりするのである。「核戦争で人口が半分になっても、まだ3億人もいる、ノープロブレム。そもそもわが国は人口が多すぎる」と毛沢東は豪語した。


支那は昔からそういう国で、人権とか平等といった価値観、概念がないのである。中共という異形の大国を西洋風に改めるには、1億人ほどの国に分解する方がいい。それしかない。

北京、上海、広東、福建などはもともと文化も言葉も違うのだから、一緒に固まっているより分かれた方が治世効率がいいのではないか。14億では too big to rule で、強力なタガでどうにか抑え込んでいるが、いつまでも窮屈だと人民の不満は爆発するのではないか。

緩やかな統治で、穏やかな街・村から炊煙が上がり、子供の元気な声が聞こえてくる――国造りの原点に世界が戻った方がいいのではないか、と思うのは老化のせいか。

さて、台湾の物語。蔡英文、台湾独立派が総選挙で勝ったが、この意味はすこぶる大きいようだ。ボンクラの学者や記者では分からない深層を花清漣が書いている。脳みそのレベルが全然違う、恐れ入りました。以下抜粋。

<2020年中華民国総統選挙 救国の願いが全てだった 2020年1月14日

・民進党は米国民主党を師としてはならない

反省することが出来る人には、失敗は成功の母です。蔡英文総統は、勝利演説で「勝利したからといって、反省を忘れるようなことがあっては絶対にならない。過去4年間、私たちは成果も上げたが、足りない部分もあった。台湾人民が私たちにあと4年をくれたが、私たちは、十分でなかった点、出来なかった点を、もっとよく、さらに多くやらねばならない」と言いました。

蔡英文の4年間の執政は、欧米の左派を師として学んだために、台湾での社会政策が左に偏向し過ぎて、また台湾の実情を考えないものでした。例えば、労働者の福祉の向上を意図した「一例一休政策」は労使双方からの不満を買いました。

また古い自動車の廃棄環境法案は、民進党の地盤の農村地区から不満を買いました。国民投票の結果を無視した同性婚合法化推進などなど、有権者の国民党支持につながる不満を招いたばかりか、民進党の支持基盤をも動揺させてしまいました。

2019年5月、訪台した時に各界の人士に会いましたが、皆さん、民心の離反、大陸からの圧力、「韓流」(韓国瑜)の勢いなどを、大いに心配しており、中には、2020年の選挙が、台湾での最後の民主選挙になってしまうのではと懸念の声もありました。台湾のインターネット上には「干しマンゴー」(名産品)と「亡国危機感」の文字が登場していました(読みが同じ)。

しかし、私はきっと転機があるだろうと見ていました。米国が中国との関係を見直そうとして、対中政策を変えようとしていましたから、これが必ず、国際環境の変化を生むだろう、台湾は、このチャンスをうまく使うべきだと思いました。

同時に、一切の遠慮なく、台湾の方々には、蔡英文政府の社会政策は再検討すべきだと申し上げました。蔡英文本人が、西側左派の大本営の英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクス卒業で、民進党は、イデオロギーでは米国民主党を教師として追随しているのです。

しかし、事実が証明しているのは、現段階での米国民主党が標榜する多くの「進歩」とやらは、まさに社会の正常な秩序の根幹を傷つけています。台湾は、イデオロギー的には米国民主党が民進党に近いけれども、台湾が中国に対抗するのを助け、支持したいと願っているのは、イデオロギー的には食い違う共和党の方だということを認識すべきです。

民進党の青年幹部たちは、この点は同じ判断をしていました。とはいえ、北京に対抗するために民進党支持に努力しようという共和党とトランプ政府は、こうしたことを理解していないかもしれませんが。

私は特に、米国民主党政府のやった、例えばオバマ前大統領の麻薬の合法化や、心理によってトイレを選ぶ制度(原注:公共トイレの男女同一使用)、性別の多元化によって、何重もの性別(原注:ニューヨークしでは30種以上など)、国家の財力(原注;つまり納税者の負担による)高度な福祉制度など、一連の無茶苦茶な社会政策が、社会の倫理と経済的なまともな発展に不利を招いたことを指摘し、台湾は、決して「猫を見ながらトラを描く」ような、愚かな真似をしてはならない、と申し上げました。

台湾は、米国民主党の極端な開放主義を真似るのは、同性婚でもう十分であり、更に推し進めようものなら、自党と台湾社会のどちらにも損害を招きます。私は、公権力とプライベートな領域の間には、一線を引くべきで、公権力の介入過剰は、多くの人々の個人の自由に影響を与えてしまうと思っています。

現在、フランスは、自分らが作った高度な福祉制度のせいで、苦境にあります。欧州各国政府も皆、高度な福祉で借金の山を築き上げてしまい、米国民主党の20数名もの大統領指名競争に参加している候補者の唱える社会政策は、オバマ前大統領でさえ、あまりにも左翼的過ぎるとして、しかたなく「現実からはみ出すべきではない」と苦言を呈しているほどです。



民進党はこうした教訓を汲み取って、もうこれからは米国民主党を社会政策の師とすべきではありません。私は、蔡英文総統が、勝利演説の中で述べた「足りなかった事や、十分でなかった事」の反省リストに、「やろうとしてできなかった」リストに、こうした米国民主党の極左的社会政策が入っていないことを望みます>



リベラル≒アカモドキの甘言に「もうこれ以上」騙されるな――ということだ。アカの除染は難しいが、10年ぐらいでまともになってくる。

それにしても五輪? 


<1940年東京オリンピックは、1940年(昭和15年)9月21日から10月6日まで、日本の東京府東京市(現・東京都区部(東京23区))で開催されることが予定されていた夏季オリンピックである。

史上初めて欧米以外の有色人種国家であり、アジアで行われる五輪大会、そして紀元二千六百年記念行事として準備が進められていたものの、日中戦争(支那事変)の影響等から日本政府が開催権を返上、実現には至らなかった>(WIKI)


中共の威嚇、人権抑圧、習近平国賓熱烈歓迎、北の拉致・・・目出度くもないサッポロサッパリ五輪で浮かれている場合じゃないでしょ、と思う人が増えているみたい。マスコミはパー、シンゾーや国会議員もパー、国民もパー。



天は目覚まし時計で民を叩き起こすのではないか。今回は長くなったのでここまで。(つづく)2020/1/26

◆中国新幹線、累積赤字が拡大しているのに

宮崎 正弘

 
令和弐年(2020)1月22日(水曜日)通巻6348号   
中国 新幹線、累積赤字が拡大しているのに、まだ新線を強気建設
  GDP拡大路線のツケが表面化しているゾ

 2008年北京五輪直前に、中国新幹線第一号「北京─天津」間が開通 した。爾来僅か12年、全国に網の目のように拡大された新幹線の営業キロ は35000キロ、とうに日本の10倍以上に達している。(中国では新幹 線を「高速鉄道」と言う)。

「三大無視路線」といわれるのは、環境破壊、安全性、財務バランス無視 という基本の発想があり、ひたすら拡大することにある。経済性は最初か らネグレクトされている。
測量しながら設計し、同時に着工するという3つ同時の離れ業!

事故は気にせず、手抜き工事は常識、安全性は保障されず、ひたすらレー スを敷いて、橋を架け、トンネルを掘り、高架の連続。基本的に土地の収 用は手間がかからず、立ち退かない場合は夜中にブルトーサーを投入、立 ち退き家屋の保障も、地元幹部によってちょろまかされている。

工費対収入バランスはどうかと言えば、黒字化したのは北京─上海、広州─ 香港くらいで、しかも運賃が安いため、元が取れるかどうか。たとえば北 京 ─ 張家口は運賃が僅か13ドル。一等車とグランクラスがあるが、 金持ちはグランクラスに座るから、すぐに満席、一等車は3両連結だが、 いつもガラガラである。

どれだけの迅速さで営業キロ数を伸ばしてきたかと言えば、2010年に 8358キロだったが、2015年には19000キロに達し、2018年には29000キロも工事をやってのけた。現在の推計で35000キ ロだ。

当然ながら下請け、孫請け業者からの賄賂が横行し、はては納品の弁当屋 から、車内雑誌の印刷屋まで「上納金」が必要となる。上層部は賄賂漬け になる。鉄道利権は軍と江沢民派が支配してきた。
 


つまり2008年から2年まで2018に新幹線工事に投入されたのは7兆 6761億元で邦貨に換算して130兆円(一元を平均17円で計算)以 上が累積赤字となっているが、誰も気にしている様子はない。思い出しま せんか。国定民営化の折、累積赤字は24兆円。

親方日の丸ならぬ、官僚的体質だから、究極の赤字は中華人民共和国が負 うことになる。それは国民一人一人の将来の負債として重く乗りかかるだ ろうが、中国人エコノミストは殆どが体制翼賛会的は御用学者だから、危 険性を指摘しないのだ。

予算財源は「鉄道債」を起債してきた。

手品の一種であり、明るい展望だけを投資家に提示すれば、ジャンク債と 分かっていても買い手がいるのだ。購入は国有銀行とファンド、金利は相 当高いが変動する。無理矢理のGDP拡充の一環として、突貫工事が強行 され、人のいない砂漠、誰も行かない山岳地帯にも新駅が造られた。

手元資金不如意となって、今度は新幹線網を、日本の国鉄分割のように、 いくつかにわけ、黒字の北京─上海間の企業は上場させて、回転資金をか き集めた。ほかの路線の財政健全化の目処はまったく立っていない。


◆ 瀕死の日本水産業を甦らせる道

伊勢雅臣


■1.「瀕死状態」の日本水産業界

 本年10月から開催されるドバイ万博の日本館のレストランとしてスシローが選ばれた。世界的な和食ブームの中でも特に寿司は大人気で、先年訪問したパリでは5分も歩けば寿司レストランにあたったほどだった。

 国内で激戦の続く回転寿司業界でも、スシローは売り上げ2千億円近くとナンバー1、安価な割に味がおいしいと評判で、しかも、メニューもよく工夫されており、多くのレストランが入る万博会場の中でも大人気となるだろう。

 このように世界での寿司の普及ぶりは目覚ましいが、その陰で日本の水産業は「瀕死状態」である。たとえば、次のような指摘がなされている。

・水産白書によれば、我が国の漁業・養殖業生産量は、昭和59(1984)年をピーク(1,282万トン)に、平成29(2017)年は431万トンと1/3に激減している。[水産庁]

・ピーク時には200万人とも言われていた漁業者は、今や17万人を切っている。跡継ぎのいない60歳以上が大半で、平均年齢は60.1歳(自営漁業者、平成20年)。[勝川H28, 89]

・個人経営の漁労所得は年間225万円。年金を貰うお年寄りの生活の一助にはなっても、一家の柱が家族を養える金額ではない。漁業をしたい若者は少なくないが、これでは漁業に就けない。[勝川H28、698]

 世界銀行が2013年に公開したレポート「2030年までの漁業と養殖業の見通し」では、今後の世界全体での漁業生産は23.6%の増加となっており、マイナス成長は日本の9.0%減だけ[勝川H28、784]。世界中の水産業が成長しているのに、なぜ日本だけが衰退し、瀕死の状態になっているのか?


■2.ニシン漁は100万トンから数千トンに壊滅

 日本水産業の衰退の「病名は明らかで特効薬も存在する」とは、水産学者・勝川俊雄氏の言である[勝川H24、p70]。日本水産業は瀕死の重症だが、病因も分かっているし、効果の明らかな特効薬もある。しかし患者は薬が苦いからと飲まずに、ただ死を待っている状態なのである。

 病名は「乱獲」。漁場での獲り過ぎによって、魚がいなくなってしまった、という単純な話だ。

 たとえば、ニシンは明治時代には年間100万トン近く獲れ、当時の日本の漁獲量の3分の1を占めていた。特に北海道の留萌(るもい)や小樽などニシン漁の拠点には大勢の出稼ぎ労働者も集まり、町が賑わっていた。しかし、漁獲量は明治30年をピークとして、一本調子に下がり続け、1950年代後半からは数千トンレベルと壊滅状態になってしまった。

 ニシンの漁獲高の激減の要因には、地球温暖化による海水温の変化もあげられるが、ニシン漁の歴史に詳しい小樽市総合博物館の石川直章館長によると、「ニシンが減少し始めた時期は、海水温の変化はまだ大きくなかった」として、乱獲の影響が大きいと考えている。

 幕末期に「建て網」という2隻の船で魚群を取り込む効率的な漁法が開発され、乱獲が一気に進んだ。しかも、当時のニシンの9割以上は肥料として安価に売られ、量をとればよい、と考えられていた。[寺岡]

 お正月料理には欠かせない数の子はニシンの卵だが、今やカナダ、アラスカ、欧州、ロシアなどからの輸入に頼っている。


■3.乱獲により絶滅危惧種となったクロマグロ

 もう一つ、マグロの例を見ておこう。マグロの中でも王様と言われるのがクロマグロ。江戸時代には定置網や、湾に追い込んでの地引き網でとっていた。沿岸近くまでクロマグロの群れが押し寄せていたのである。明治時代には沿岸の漁獲量が減少したが、沖合の延縄漁業(一本の幹枝に、釣り針をつけた枝縄を多数ぶらさげる)などの新漁法によって、漁獲量は再び増加に転じた。

 戦後は魚群探知機で居場所を探知し、網に囲い込んで獲る巻き網漁が三陸沖などで主流になるが、1980年代中頃には、また激減した。その後は、さらに高性能の魚群探知機を使って、東シナ海での未成魚の漁獲が急増。1990年代後半からは、沖縄の産卵場での産卵群(卵を産むために移動している群れ)を対象とした延縄漁業、2004年からの日本海産卵場での巻き網漁業が活発化した。

 この結果、未成魚や産卵群ばかり水揚げされるという末期的な状況になってしまった。このように一つの漁場が取り尽くされると、新しい漁法、漁場を開発して漁獲高を維持する、という事がくり返された。この結局、2014年にはクロマグロは絶滅危惧種になってしまった。[勝川H28、174]

 こうした乱獲がくり返され魚が獲り尽くされて、漁獲高は激減。漁民の収入も減って、若手が水産業に入らなくなり、ひたすら高齢化を続けている、というのが実態だ。不足分は輸入に頼っているが世界的な需要増加により魚の値段は上がりつつあるから、輸入も先細りである。

 ウナギも同様に絶滅危惧種となった。「未来の世代も、私たちと同じようにウナギやマグロを食べられるだろうか」と自問しなければならない時代になってしまった。[勝川H28、1779]


■4.世界中の沿岸国から締め出された収奪型漁業

 1973年の「第3次国連海洋会議」では各国が沿岸200海里(約370キロ)の経済排他水域を持つ、という国際的枠組みが確立された。当時は日本を代表とする遠洋水産国が世界中で魚を獲っており、特に日本は魚群探知機などを活用した早く多く獲る競争においては世界屈指の技術を持っていた。

 発展途上国から見れば、外国の大型漁船がやって来て自国の沿岸の資源を根こそぎ持って行ってしまう、という不満がこの動きにつながった。これによって、世界の好漁場はほとんどどこかの国の排他的経済水域に含まれることになった。1975年の日本の水揚げの39%は他国の経済水域から獲っていたから、影響は甚大だ。

 200海里体制に移行した後も、沿岸国はしばらくは日本船から入漁料を取ることで操業を許していたが、やがて自国で獲ったほうが儲かることに気がついて、入漁料が高騰し、日本漁船はじわじわと締め出されていった。こうして収奪型漁業を世界中に展開していた日本の水産業は行き場を失っていったのである。


■5.ノルウェー漁業を再生させた「特効薬」

「乱獲」という病気に対する「特効薬」もすでに見つかっている。その効き具合をノルウェーの事例で見てみよう。

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一九七○年代中頃までのノルウェー漁業は「補助金漬け→過剰な漁獲努力→資源枯渇→漁獲量減少」という現在の日本と同じ状況にありました。乱獲スパイラルに巻き込まれて、多くの漁業・資源が瀕死の状態だったのです。そこから、ノルウェーは漁業政策を転換して、二○年がかりで漁業を立て直しました。減少した資源を回復させて、漁業生産金額を着実に伸ばしています。[勝川H24、p110]
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 この経緯をノルウェーの伝統的な北海ニシン漁で見てみよう。ピークの1965年には120万トンもの水揚げがあった。60年代後半から、漁獲高が減り始めると、漁業者は必死に獲るので、ますます減っていくという悪循環に陥る。70年代には生息している成魚の6〜8割も獲っても、漁獲高は10万トン以下という危機的な状況になった。

 そこでノルウェー政府は、ほぼ禁漁にするという思い切った措置をとった。漁業者は大混乱に陥ったが、禁漁の効果は徐々に現れて、1980年代には北海ニシンは目に見えて回復した。それにあわせて、漁獲量も徐々に増やしていったが、取り過ぎないように厳しい漁獲規制を敷いた。

 その効果が出て、たとえば2005年には産卵親魚の生息量は150万トンとピーク時の水準に近づき、そのうちの60万トン強を水揚げした。漁獲高は以前ほどでないにしろ、生息量に見合った水準にすることで、将来的にも安心して漁業を続けられるし、また世界的な魚価上昇で売上げ金額は増加している。

 一人当たり漁獲量を比較してみると、日本の26トンに対して、ノルウェーでは147トンと5倍以上。日本では先行きの見通しの立たない水産業に3千億円もの補助金を出して延命処置をとっているが、ノルウェーの補助金はほぼゼロである。


■6.「オリンピック方式」か、「個別漁獲枠方式」か

 日本で漁獲規制をしていない、ということではない。そのやり方がノルウェーとは全く異なるのである。日本の中心的なやり方は「オリンピック方式」と呼ばれる。全体の漁獲量を設定しておいて、ヨーイドンで漁業を開始し、漁獲枠に達したら「はい、おしまい」とする。

 ノルウェーを初め、世界の主流は漁船毎、あるいは漁業者毎に枠を決め、その枠内で漁獲を許す、という「個別漁獲枠方式」である。

 どちらが優れているか、カナダの事例で見てみよう。カナダの銀ダラは1981年から89年まで、オリンピック方式で管理されていた。全体の枠だけが決まっているから、個々の漁業者は一刻も早く海に出て、少しでも多く獲ろうと競争になる。その結果、1981年には245日あった漁期が、89年には14日まで短くなってしまった。

 各漁船は、少しでも漁場に早く着こうと、フルスピードを出すために燃料代はかさむ。悪天候でも漁を続けなければならないので遭難事故も多い。皆が高速の大型船を持とうと設備投資が過大になり、それもごく短期間しか稼働しないでの効率が悪い。

 市場の方も短期間に大量の漁獲を持ち込まれて、冷凍施設など増やさなければならない。新鮮な魚を食べられるのは、一時期に限られてしまう。

 そこで、カナダ政府は1990年から漁船毎に漁獲枠を配分する個別漁獲枠方式を導入した。漁業者はライバルの動きを気にすることなく、需要に応じた漁ができるようになった。

 魚が成長して十分脂の乗ったおいしい時期、すなわち魚価も高い時期を狙って、漁ができる。天候が悪ければ休漁できる。漁船も経済的なスピードで航行すれば良いから、燃料費も節約できる。漁船や冷凍施設も平準化して稼働できるから、無駄な能力を持つ必要は無い。消費者も新鮮な魚を食べられる期間が長くなった。

 現在、個別漁獲枠方式を採用しているのは、アイスランド、ノルウェー、韓国、デンマーク、ニュージーランド、オーストラリア、アメリカなど。主要国でまだオリンピック方式を採用しているのは、日本だけである。しかもその規制が緩く、上限も甘い。[勝川H24、p54]

 この個別漁獲枠方式こそ、水産業を再生させる「特効薬」である。なぜ、この「特効薬」を飲まないのか、不思議な話だが、水産業界と水産官僚による情報や研究の統制など、深刻な問題が[勝川H24][勝川28]などで論じられている。


■7.日本水産業の恵まれた環境

 こうした特効薬さえ飲めば、日本の水産業は再生をすることができる。我が国にはそれだけの有利な条件が揃っているからである。

 まず、排他的経済水域によって、世界の好漁場から締め出されたのだが、そのお陰で我が国は世界第6位の広大な排他的水域を得た。その中には三陸沖などの世界でも屈指の好漁場が含まれている。そして、そもそも寿司など魚の価値を最大限に評価する魚食文化を持った巨大な国内市場が存在する。水産業が生きて行くのに、これほど恵まれた環境を持った国は他にはない。

 これほどの条件に恵まれながらも、日本の水産業は瀕死に追い込まれているのだから、今までよほど間違った方向を歩んでいたのだ。

 大自然は循環している。その中で魚も生まれ、育ち、産卵する。その循環のごく一部をいただいて、ともに生かされているのが人間である、という「和の生命観」を縄文時代以来の我が先人たちは抱いていた。

 縄文時代には、春はアサリやハマグリなどの貝類、夏はカツオやマグロなどの魚類、秋はクリやブドウ、冬はシカやイノシシなど、四季折々の旬の時期にいただいていた。貝にしてもそれぞれのもっとも成長した時期を選んで食べていたという。

 食べた後の貝殻は貝塚に置かれたが、これはゴミ捨て場ではなく、貝のお墓だったという説がある。そこには動物の骨や人骨までも含まれていた。それぞれの遺骸を葬って、また新しい命を得て、帰ってきて欲しい、と祈ったのだろう。近世でも、クジラはヒゲまでもすべてを無駄なく使い、戒名を与えてお墓まで建てていた。

 そういう和の生命観がいつしか失われて、人間は自然を好きなように利用すれば良い、とい収奪型の近代文明に走った結果が、日本水産業の衰退と瀕死だった、と言えよう。そういう思想からいち早く脱したノルウェーなどの国に学ぶべき時だろう。


■8.健全な漁村の復活

 世界第6位の広さを持つ排他的経済水域と世界屈指の好漁場、そして優れた漁食文化を持つ日本水産業が、正しい特効薬を飲めば、健全な漁村を復活させることができよう。そこでは若い人々も加わって、お年寄りとともに安定した生活を営むことができる。

 勝川氏は「もし漁業で地方公務員並みの安定した収入が得られるなら、地元に戻って漁業をしたい若者はいくらでもいるというのが漁業の現場を見て回った私の実感です」と述べている。[勝川H28、744]

 健全な漁村は、植樹や海岸清掃など、環境保全にも欠かせない。さらに離島にも漁民が住むことは、領土・領海防衛上にも不可欠だ。そういう漁民たちが日本の豊かな近海で獲った魚を地産地消で我々消費者がいただく事で、我々も豊かな海づくりに参加していることになる。そう思いながら、食べる魚はさぞや美味しいことだろう。
(文責 伊勢雅臣)

◆懐かしい園城寺(通称三井寺)前編

石田 岳彦

私は現在、大阪で弁護士をやっていますが、司法修習生のときは大津で1年4月にわたり実務修習を受けていました(司法修習が2年間の時代の話です。今は修習期間が1年ですので色々とスケジュールがタイトのようですね。)。

その間、三井寺(通称です)こと長等山園城寺(ながらさん・おんじょうじ)には何回も行く機会があり、弁護士になってからも2年に1回くらいの頻度で訪れています。

三井寺は、壬申の乱で破れ自殺した大友皇子の霊を慰めるためにその息子の大友与多王が建立したという寺院・・・が、すっかり荒れ果てていたのを、平安時代前期に円珍が再興したというお寺です。

素直に円珍が建てた時点をスタートにすればよいような気がしますが。大友与多王なんて、ほとんど誰も知りません。

ちなみに、私が大津地方裁判所で実務修習していた際に聞いた話では、以前、三井寺が民事訴訟の当事者になった際、境内の土地所有権を主張するにあたり、壬申の乱後の大友与多王のくだりから説き起こしたそうです。

民事訴訟法の原則上、極めて正しい態度なのですが、スケールが大き過ぎるせいか、思わず笑えてきます。

智証大師・円珍は、唐に留学し、天台宗の座主(トップ)になった僧侶です。後年、延暦寺内の派閥争いが激化して、円珍の流れを汲む僧侶たちが山を降り、三井寺に移って天台宗寺門派を築くにあたり、その祖として仰がれるようになりました。

この派閥争いは、端的にいうと、日本天台宗の開祖である最澄亡き後の延暦寺の座主を巡る派閥争いで、一般的には円仁(第3代座主。円珍に先立ち唐に留学。慈惠大師。)派と円珍派との争いと言われることが多いようです。

もっとも、派閥抗争自体は最澄の死後早々、円仁や円珍が座主になる以前に既に生じており、しかも、円仁、円珍とも派閥抗争には批判的だったそうですので、「円仁派」、「円珍派」という呼称は両大師にとって極めて心外なものに違いありません。なお、円仁派を山門派、円珍派を寺門派と呼ぶこともあります。

その後、三井寺は比叡山延暦寺から何度も焼き討ちにあっていて、安土桃山時代には何故か(いまだに理由がよく分からないそうです)豊臣秀吉の逆鱗に触れ、いったん廃寺になるという苦難の歴史をたどっています。

これまた、理由がよく分かっていませんが、死の直前の秀吉から再興許可をもらい、現在の建物の大半は、その後の安土桃山時代末期から江戸時代にかけて建てられたものです(一部、伏見城や御所から移築したものもあるとのこと)。

京阪電鉄の石山坂本線(大津市内の石山と坂本を結ぶ線という意味です。どうでもよい話ですが、しばしば、観光客から「いしやまざか・ほんせん」と誤読されます。)に三井寺駅がありますが、三井寺までは駅から10分近く歩きます。途中の道が平らなのが救いです。

同じ石山坂本線の石山寺駅からも石山寺へは10分以上歩きますので、京阪電鉄はネーミングを反省して欲しいところです。「三井寺口」、「石山寺口」あたりが相当でしょう。

JR大津駅からは更に離れているので、足の弱い方はJR大津駅又は京阪の浜大津駅(三井寺駅は小さな駅ですので、タクシー乗り場はありません。)からタクシーを使うことをお勧めします。

三井寺の境内へは幾つか入り口がありますが、私はできるだけ、正門である大門(重要文化財)から入ることにしています(駐車場、土産物屋もこちらにあります)。

別の寺にあった室町時代に建てられた楼門を家康が寄進したものだそうで、大寺にふさわしい立派なものです。

大門をくぐり、拝観料を払って、まっすぐに進んで階段を登ると金堂(国宝)と鐘楼が見えてきます。

大門が東向きなのに対し、金堂は南側を向いているため、大門から歩いてくると、金堂は横向きになっていて、正面の入り口へは左側に回りこむ必要があります。

金堂は南向きに建てるのが普通なので、本来、正門も南向きに立てるべきなのですが、三井寺の場合、南側が丘陵になっているため、東側(琵琶湖側)に正門(大門)を建てることになったのでしょう。

金堂の中は、本尊の祀られている内陣の四方を外陣が取り囲む構造となっており、参拝者は外陣に並ぶ様々な仏像を拝みながら一周することになります。個人的には円空の彫った数体の善女竜王像がお気に入りです。

なお、内陣にいらっしゃるご本尊は弥勒菩薩ですが、秘仏になっていて、見ることができません。こちらは絶対秘仏といわれ、一般人が見る機会はありません。

善光寺(長野市)のご本尊のようなインパクトのある縁起も無く、文化財にも指定されていないので(文化庁のお役人も見せてもらえないですので)、失礼ながら、参拝客にとって存在感が限りなく薄いです。三井寺のご本尊がどの仏様かと聞かれて、参拝経験のある人でもおそらく9割は答えられないでしょう。

金堂を出て、鐘楼へと向かいます。いわゆる「近江八景」の「三井の晩鐘」です。「近江八景」は、その名のとおり近江国(現在の滋賀県)の代表的な風景を8つ集めたもので、中国湖南省の瀟湘八景に因んで江戸初期のころに、とある貴族に選ばれたとか。

他の7つは「石山の秋月」、「瀬田の夕照」、「矢橋の帰帆」、「粟津の晴嵐」、「比良の暮雪」、「唐松の夜雨」、「堅田の落雁」とされています。滋賀県に住んでいたころはしばしば耳にしました。

もっとも、瀟湘八景に合わせて8つ揃えたものですし、現在では都市化による環境の変化もありますので(「比良の暮雪」以外は現在、それなりに市街地です。)、現地に行ってがっかりという場所も少なくありません。

「三井の晩鐘」はまだ往時の姿をよく残している方です。

本堂の正面に向かって左側に回りこむと小さなお堂を見つけることができます。閼伽井屋(あかいや)といって、井戸というより、泉を囲むお堂です。この湧き水が3代の天皇の産湯に使われたのが「三井寺(御寺)」の名前の由来になったとのこと。静かにしていると、ゴポゴポという水の湧く音も聞こえます。

閼伽井屋の正面には龍の彫刻が取り付けられていて、江戸初期の名工・左甚五郎の作といわれているそうです(この手の話は言った者の勝ちです。)。日光東照宮の眠り猫を作った人ですね。

竜が度々、琵琶湖に遊びに行くので、眼に釘を打って、動けなくしたとのこと。確かに釘が打たれています。 (続く)

2020年01月26日

◆イラン国民の怨嗟の的は

宮崎 正弘
 

令和弐年(2020)1月19日(日曜日)通巻6344号   <前日発行>

イラン国民の怨嗟の的はアメリカではなく革命防衛隊は?
  猛烈インフレ、家計の赤字。雇用なし、反政府感情が爆発している

 スレイマニ・イラン革命防衛隊の司令官殺害に激怒したイランは報復を誓った。
だが、「アメリカに平手打ちを食わせた」とするハメネイ師の揚言をよそに、イラクの米軍基地における被害は軽傷者のみだった。殺害事件の直後には百万人の反米抗議デモが展開されたが、急速に萎み、いまイラン政府、というより革命防衛隊が憂慮するのは自分たちを標的とする民衆の抗議行動の爆発である。

「平手打ち」と言うだけで次の行動がとれないのはある意味、限界を示しているのではないのか。2019年11月に起きた反政府デモは、軍が出動して発砲、1400名から1500名が殺害された。天安門事件の中東版?
 
 宗教指導者の守衛だった筈の革命防衛隊は、いまや「国家」である。ボディガードが主役になったのだ。革命防衛隊はいつしかイランの利権を寡占し、特権階級を形成し、宗教指導者は飾りにちかくなって、宗教のドグマとは無縁の暴走を始めた。
肝腎要の国内経済を顧みずに、イラク、シリア、レバノンなどのシーア派武装組織を支援し、はてはオマーンからイエーメンにも武装組織支援のネットワークを拡大してきた

イラン国民は「(革命防衛隊は)そんな無謀な企みに巨額を使うな。われわれの生活向上に予算を使うべきではないか」と怒りの声をあげ、各地で反政府行動、抗議集会、デモ(反米デモではない)が連鎖的に起きている。

 イランの平均賃金は毎月318・53ドルだが、家計の支出は345・22ドルに達し、物価は平均で28%の高騰、イラン人の食卓に欠かせない米、卵の値上がりが顕著になり、交通費、光熱費、家賃が一緒にあがってしまった(数字はアジアタイムズ、1月13日)。

 革命防衛隊は武装、武闘、武器の使い方にはなれていても、経済政策は理解不能。やることなすこと誤謬に満ちている。
かといってエリートには直言できる逸材もおらず、日々、一直線に経済低迷、破綻への道を突っ走っているのが実情だろう。

 出生率は2015年から19年の四年間で25%の激減ぶり。
医薬、医療品の不足、とくにインシュリンが欠乏しており、薬局に行ってもろくな薬品がないという。
 つまり現在のイランは「反米」どころではないのである。「反米」は革命防衛隊のすり替え宣伝の手段と言えるのである。

 トランプはツィッタ─で書いた。
 「(ハメネイ師よ)言葉使いに気を付けよう」。

△□◇み◎○△□や○△□◇ざ◎○△□き△□◇◎ 
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(休刊のお知らせ)小誌は1月24日─30日が海外取材のため休刊となります。 
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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)貴誌前号の関岡英之さんの訃報には愕然です。以前から名前を知っていた彼と初めてゆっくり話したのは、共に国際理解促進図書優秀賞を受賞した2010年の秋、日比谷公園そばの授賞式会場でした。
 彼の作品は『帝国陸軍 見果てぬ防共回廊』、私のは『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』でした。奥様にもそのときお会いしました。しかし2年後に奥様はたしか癌で亡くなられて、その後一人で子供さんを育てられていると仄聞しました。
 大変だろうなと思っていましたが、色々と心労も重なっていたのかもしれません。
 潔癖な人でした。「竹中平蔵が慶應教授でいる限り、決して慶應の校舎内には足を踏み入れない!」と宣言していました。彼は慶應出身で、むろん母校への愛はありました。もっと本を書いて欲しかったです。合掌…。
  (田中秀雄)


(宮崎正弘のコメント)前号小生のコメントに追加しますが、関岡さんの映画の鑑賞眼も確かなものがあって、小生のように一年に一回か二回しか封切館に行かない人間も、氏が『シン・ゴジラ』と『帰ってきたヒトラー』を推薦するので、見に行きました。両作品とも秀作ですね。
逆に小生が推めているのは3月20日に公開の『FUKUSHIMA 50』で、福島原発の爆発を抑えるために戦った50人のサムライを、反原発などというイデオロギーを抜いて描いています。


◆ゴルフのマナーもつらいよ

馬場伯明


夏坂健さん(1936〜2000)は64歳で早世された。横浜市生まれ。雑誌などにゴルフの洒脱なエッセイを連載。エスプリに満ちた文章はゴルフ好きの多くの読者を魅了した。35年間シングル(low handicapper)を維持したトップアマでもあった。

ゴルフについて何かを書くとき私は夏坂健さんの本を開く。「夏坂さんはどう書いているのだろう」と。無論、わかっている、夏坂さん文章の下駄の底についた泥にも及ばないことを。

昨年秋、あるコースをラウンドしたとき同伴競技者である先輩のAさんが言った。「ちょっと待って。済んだショットの『グチ』を言うなよ。次のホールからゴルフがよくなることはない」と。

う〜〜ん、正しい。「スウェイしたからトップした」「体が開いた。こいじゃあかん」。「ヘッドアップだ。こう打ちゃよかった」とつぶやき素振りする。独り言ではあるが、言い訳ばかりだ。

Aさんが決定的な一言を加えた。「同伴の俺らことが心にない。聞えるだけで気分が悪くなる。『くそっ、俺としたことが・・』と誰もが耐えている。ちゃらちゃら言うな」と。

要するに「ラウンドのマナーが悪い」ということである。反省し次のショットからは黙ることにした。ところが、悲しいものである。私のグチは長年の習性であり、また出てしまい、再々迷惑をかけた。年末までの数ラウンドではスタート前に「今日はグチらない」と肝に銘ずるようにした。少しはよくなったと思うが、・・・どうだか。

どうしたらいいのか。「過去ではなく未来を語る」ことである。「♪済んでしまったことはしかたないじゃない(「知りたくないの」菅原洋一)」と歌にもある。済んだショットやパットは忘れ次のプレーに集中する。実行あるのみである。

昔話の「花咲か爺さん」に出てくる「欲張り爺さん」が庭を掘ったら化け物や欠けた瀬戸物などのガラクタが出てきた。ラウンドでもそんなガラクタ行為がザクザク出る。よくないマナーやルール違反の行為を(自戒も込めて)いくつかあげる。

ティーグラウンドでは、打者(同伴競技者)の打球方向の真後ろに立ってはならない。ショットを盗み見る行為だ。そもそもティーグラウンドに上がってはならない。また、打者が構えている横や後ろでビュンビュン素振りをするバカもたまにいる。

戦後GHQとの折衝などで活躍した白洲次郎さんが「Play fast」を掲げた名門・軽井沢ゴルフ倶楽部の1番ティーでは、打者本人の素振りも禁止されているという。「プレーの際もティーグランド上で素振りはしない」(「軽井沢という聖地(129p)」2012 桐山秀樹・吉村祐美著)。立札もある(倶楽部に確認した)。

さて、ゴルフルールの本質は「Play the ball as it lies(ボールをあるがままの状態でプレーせよ)」である。私的なラウンドやコンペであってもスルー・ザグリーン・ノータッチが本来のルールである(*1)。

ところが、ローカルルールと称し6インチプレースOK(15.24cm置換可)のコースが多い(*2)。しかも、その6インチが実際のラウンドでは60cmくらいまで縄伸びOKになりがちである。私も「打ちやすい場所に出せば(いい)」と言う同伴競技者の囁きに甘え、「サンキュー」と言って打ちやすい場所にプレースしたことがある。本来は誤所プレーで2打罰だ。

また、ストロークプレーのグリーンではホールアウト(カップイン)しなければならないのに、1グリップ〈約27cm〉)OKとすることが常態化している。その1グリップも50〜60cmの「規制緩和!」に堕していることも少なくない。

このような悪弊に染まれば月例競技などの公式競技のときに正しい対応ができなくなる。20年前千葉県のホームコースの月例競技で、グリーン上でホールまで10cm未達のボールを「OKですね」と言ってピックアップしてしまった。即1打罰。同伴競技者やキャディにも笑われ自分はトホホ。当時年間約70ラウンドの大半が「OKパットあり」だったのだ。

グリーン上でマークするときボールの接地点ぎりぎりにマーカーを潜り込ませ、リプレース(*3)ではマーカー外周面の前に置く。1〜2cmほどホールに近づく。このような「ズル」をする人がいる。みみっちいな。「博士や大臣」であっても・・・台無しである。

夏坂さんの「フォアー」の「苦い戦争(271頁〜)」より抜粋・抄録する。1971年、ジェーン・ブラロックは賞金女王への道を走っていた。2日目終了後、LPGAの役員から、「きみはグリーン上でミスマークをやった。・・有利な方向にボールが動かされたと判断、失格と決定した」と。「なんですって!」驚く彼女・・。その後、事件は法廷に持ち込まれ、結果は無罪(1973)。だが、裁判に疲れ1人の優れたゴルファーが姿を消した。

故郷の長崎県南串山町では2ヶ月に1回ゴルフ会があり帰省時たまに参加する。農漁業・商工業・土建業の人たちで構成されるが、百姓・漁師などと侮るなかれ。このコンペはノータッチ・ホールアウトで運営されている。また、2020年の新年会で同席した千葉県のMさんグループのコンペもそうしていると言う。疑惑の余地がなく何といさぎよい。今どきの私的なゴルフでは尊敬に値する。

ところで、ゴルフに、身分、地位、職業などの差異というか上下や優劣を持ち込む人がおり日本社会ではほぼ容認されている。困ったものである。千葉県の「東急セブンハンドレッド倶楽部」でのラウンド経験がおありだろうか。正面玄関を入ると左右の大きな柱に次の文言がある。

右側の柱。有朋自遠方来不亦楽乎(朋あり遠方より来るまた楽しからずや)。論語の第一章「学而第一」の一節である。友人が遠方からわざわざ訪ねて来てくれる、なんと楽しいことか。晴れの日に心を許した友人たちとラウンドする楽しさ・・・。

左側の柱。不許冠職入山門(冠職山門に入るを許さず)。身分、地位、職業・職制をひけらかす人は(このゴルフ場に)立ち入ってはならない。ゴルフの真髄が明確に表明されている。世間という衣を脱いで子供のように無心に(でもいいマナーで)ラウンドする楽しさ・・・。

さらにこのゴルフ場のHP(特記事項)には「ゴルフにおけるエチケット、マナーを貴重な財産として大切に守り続けてまいりました」とある。いいな。でも、私は人間修行が足りず、ときに卑屈、または横柄になり「不許冠職入山門」を厳しく守ることがなかなかできない。

ゴルフの技術を向上させることは容易ではない。しかし、練習に励めば相当のレベルまで達することができる。私でも50歳の頃に千葉のホームコースのメンバーの大会で39・38=76で回り優勝したことがある。

しかし、ゴルフのプレーとマナーとは異質のものである。「・・・礼儀正しさとスポーツマンシップを常に示しながら洗練されたマナーで立ちふるまうべきである(ゴルフルールの第1章「ゴルフの精神」)。

マナーは生まれや育ちによるとも言われる。努力はしていてもふと根っこの人品が顕れてしまう。(故)田中角栄元首相のゴルフラウンドについては多くの人たちがあれこれ書いている。そのプレーは上手く豪快で、饒舌で面白かったらしい。しかし「マナーがよかった」とは書かれていない。

夏坂さんの著書にはゴルフを深く愛した心情が自然に溢れている。ゴルファーのなすべきプレーとマナーが淡々と書いてある。夏坂さんを近くで見てはいないが、私はその著書の数冊を本棚の見えるところに立てている。

最後に、ゴルフについての含蓄のある言葉を紹介する。「同じ職場で18年一緒にいるより18ホール一緒に回ったほうが、その人がよくわかる(日経新聞「マナーの小道31」)。ゴルフを始めて40数年。「ゴルフのマナーもつらいよ」かもしれないが、後ろ指を指されないように精進していきたい。(2020.1.23千葉市在住)。

(追記)
(*1)「スルーザグリーン」:プレー中のホールのティーグランドとグリーンおよびコース内のすべてのハザード(主にバンカー等)を除いたコース内のすべての場所。大まかに言えばフェアウェイとラフのこと。

(*2)「プレース」:元と違う場所にボールを置くこと。6インチなど。
(*3)「リプレース」:ボールを元あった場所へ戻すこと(グリーン上など)。フェアウェイやラフなどでの「6インチリプレース」は誤用。「6インチプレース」が正しい。(了)