2016年09月30日

◆日本企業が支那を見限った!?

平井 修一



9月に経団連などが訪中した。「井戸を掘ったパナソニックのショールー
ムを破壊した支那に今さら何を求めるのか」と小生はバカにしていたのだ
が、支那側ではちょっとした騒動になっているようだ。大紀元9/29「日本
企業が撤退簡易化を要請 中国メディアは不安払拭に躍起」から。

<日本経済界の訪中団は22日に中国商務部関係者と会談し、日本企業が中
国から撤退する際の手続き簡易化を要請した。中国国内専門家は、日本企
業が大規模な撤退をすれば欧米企業も撤退を加速化すると指摘し、すでに
鈍化している中国経済が一段と低迷するとの見解を示した。

一方で、中国国営メディアは、日本や他の外資企業による大規模な撤退へ
の不安を払拭しようと、「大規模な撤退は誤解だ」などの評論記事を報道
した。

日本経済新聞(23日付)によると、日本大企業トップや関係者らが参加し
た230人規模の訪中団は商務部官員との会談で、日本企業の事業環境を改
善することと、日本企業が撤退する際の手続きを一括する窓口を設置する
ことを求めた。

中国国内世論は、訪中団の中国政府への要請は、今後の日本企業の大規模
な撤退を意味するとしている。

*専門家が警告「富士通の生産ライン移転とは本質が違う」「中国経済に
打撃だ」

経済・歴史学者の王思想氏は25日「鳳凰博客」に掲載した自身の評論記事
において、訪中団の要請についてのニュースを見て「非常に不安にさせら
れた」とした。

「中国改革開放の最初、欧米企業よりもいち早く中国に投資し始めたのは
日本企業だ」「日本企業は大規模な撤退を考えているだろう。これは富士
通が生産ラインを中国からベトナムやインドに移転することと本質的に違う」

「日本は『中国通』なので、日本企業の行動を欧米企業は真似るだろう。
これは重大なことだ。すでに下向きとなっている中国経済に大きな打撃を
与える」との懸念を示した。

ネット上では、大規模撤退を不安視する声が広がっている。在日中国人交
流サイト「花生網」(27日付)のコメントの一例をあげる。

「外資の大規模な撤退がもう決まったみたい」「なぜ、日本企業に簡単に
撤退させないのか? 江蘇省南部や長江デルタ地域を例にすると、その地
域の6〜7割の工業生産額と輸出額は外資企業によるものだ。外資企業が撤
退すると、この地域経済がもう崩壊するしかないのだ。長江デルタ地域の
経済が崩壊すると、中国経済がどうなるか分かるだろう」

「日本企業に厳しくしたら、欧米企業は、もう死んでも絶対に中国に行か
ないと思うようになるし、中国にいる欧米企業がさらに早く中国から撤退
したいと思うようになるに違いない」

中国商務部が9月22日発表した統計によると、2016年1〜8月まで日本の対
中直接投資が前年同期比で8.4%減少の20.6億米ドル。3年連続の減少と
なった。ピーク時の13年1〜8月の55.62億ドルからは約63%減少した。

一方、中国の各国営メディアは、日本訪中団が20日から24日まで中国を訪
問したことや張高麗副首相が21日、日本経済界代表団と会談を行ったと報
じただけで、張副首相や商務部との具体的な会談内容について触れなかった。

*中国メディア、不安払拭に躍起

ネット上などで世論が「日本企業が大規模に撤退する、中国経済が危な
い」との論調が広がると、一部の国内メディアが相次いで反論する記事を
掲載した。

「鳳凰衛視」電子版は26日に『日本企業の大規模な中国撤退は誤解だ』。

「新浪新聞」は27日、『日本資本が中国から集団的大規模に撤退する? 
考えすぎだ!』。

「証券時報」電子版28日は「日本資本が中国から撤退? 驚きの真相!』。

報道の多くは、日本貿易振興機構(ジェトロ)の統計を分析し、「リスク
分散」「中国プラスワン」などの方針で一部の日本企業が中国から撤退し
たが、大規模な撤退は全くありえないと示した。

また、証券時報の評論記事では、王思想氏の見方を批判し、さらに「日本
経済新聞の記者は中国のことを全く知らない」と非難した。

国内メディアが1日も早く「外資企業の大規模な撤退」との世論をもみ消
そうとしている印象を受けた。昨年9月、香港人富豪の李嘉誠氏が率いる
企業が中国から撤退した際、国営新華社通信傘下シンクタンクの「瞭望智
庫」が発表した『李嘉誠を行かせるな』との李氏を批判する記事が思い出
される。

外資企業の大規模な撤退が現実となれば、中国共産党政権にとっては政権
運営の上で、他でもない大きな恐怖となる>(以上)

この話題はサーチナ9/29「日本企業の中国撤退は喜ぶべきことか?」も取
り上げている。

<日本の大企業トップらからなる経済界訪中団が22日、日本企業の中国撤
退手続きを一括で処理する相談窓口の設置を中国側に要請したことで、中
国国内では「日本企業が中国撤退の動きを強めている」との見方が出てい
る。中国メディア・今日頭条は25日、「日本企業の中国撤退に、われわれ
は喜ぶべきなのか」とする記事を掲載した。

記事は、外資企業による大規模な中国撤退は「当然悪いことである」と指
摘。中国撤退は「外資企業が人民元を他の通貨に両替することを意味し、
人民元の値崩れを引き起こし、中国人の資産は勝手に縮小する」と説明し
ている。

また、2014年における人民元の対米ドルレートが6.1:1だったのに対し
て、現在では6.68:1と約10%値下がりしているとのデータを紹介し、外
資の撤退は外国が人民元の大幅下落を予期していることを意味するのだと
し、日本の動きはその一例に過ぎないとの見方を示した。

人民元下落で元手が水の泡になるのを恐れた外資企業がこぞって中国を離
れ、それにより下落に拍車がかかる上、不動産価格も堪えきれずに大崩落
を引き起こし、中国経済が壊れる、というのは随分とネガティブなシナリ
オのように思えるが、「中国経済、ヤバいかも」と不安感を募らせている
市民が確かにいるということを、この記事は示しているのではないだろう
か。(編集担当:今関忠馬)>(以上)

まあ「離婚手続きを簡略化してくれ」と言われたらビビるわな。目敏い保
険会社は「支那撤退保険『安心』」なんて発売するのではないか。習近平
の一帯一路のAIIBの詐欺案件も視界不良だし、THAAD配備で中共は盛んに
韓国をいじめているし、こうした透明性のないアコギな Chinese Way of
Business は投資家がもっとも嫌うところだろう。

日本の経済界が「支那経済は先行きが暗い、人件費も高いし、個人消費も
伸び悩んでいる、不動産バブルもはじけそうだ、そろそろ賞味期限切れだ
な」とチャイナフリーの覚悟を決めたのかもしれない。マルクス狂毛沢東
エピゴーネンの習近平を排除しなければ支那経済は「失われた数十年」に
なることは間違いない。(2016/9/29)


◆「浜辺の歌」であわや

渡部 亮次郎



歌謡歌手の岩崎宏美が1日未明、深夜便で「浜辺の歌」を歌った。この時間
には「琵琶湖周航の歌」を舟木一夫が、「浜千鳥」を森繁久弥が歌ってい
た。「歌謡歌手の歌う叙情歌」だった。

その中の一曲「浜辺の歌」の取材であわや一命を取り落とすところだった
22歳の秋を思い出した。

私は大学を出てNHK秋田放送局に就職。1968年だった。6月からは大館
駐在の記者として、市役所前の下宿を根城に秋田県北部全体のニュースを
カバーしていた。

そうしたある日、米内沢(よないざわ)で作曲家、故成田為三の記念音楽
祭がある、と聞いた。まだテレビが地方まで普及していない時代。音楽祭
というのはどんなのか知らないがラジオにとってはうってつけの素材だろう。

ところが下宿で調べると録音テープが底をついているではないか。早速秋
田の局へ電話して、客車便で送ってもらう手配をした。夜9時ごろの奥羽
線下り急行で大館駅に到着することになった。

大学を出てまだ1年目とはいえ、既にいっぱしの酔客になっていた。急行
が到着するまで時間がある。一杯飲み屋で日本酒を飲み始めた。銚子で
2−3本は確かに飲んだ(酔った)。

時計を見て、自転車に跨った。坂道を下って駅を目指した。間もなくタク
シーにはねられて道端に吹っ飛んだ。新品の自転車はくちゃくちゃ。そこ
は坂下の十字路。確かに即死しても可笑しくなかったが、起き上がってみ
たら、額に小さな瘤ができているだけで亮次郎はちゃんと生きていた。

多分、酔っていたために無抵抗だったのがよかったのだろう。翌日は汽車
で米内沢をめざし、音楽祭の一部始終を録音して事無きを得たのであっ
た。デスクには秘匿した。76歳になって初めて人に語る真実である。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、成田 為三
(なりた ためぞう)は1893(明治26)年12月15日―1945(昭和20)年10月
29日)秋田県出身の作曲家。

秋田県北秋田郡米内沢町(現在の北秋田市米内沢)の役場職員の息子とし
て生まれる。1909(明治42)年、鷹巣准教員準備場を卒業、秋田県師範に
入学。同校を卒業後鹿角郡毛馬内小学校で教鞭を1年間執る。

1914(大正3)年、上野にある東京音楽学校(現在の東京藝術大学)に入
学。在学中、ドイツから帰国したばかりだった在野の山田耕筰に教えを受
けた。1916年(大正5年)頃、『はまべ(浜辺の歌)』を作曲。

1917(大正6)年に同校を卒業。卒業後は九州の佐賀師範学校の義務教生
をつとめたが、作曲活動を続けるため東京市の赤坂小学校の訓導となる。
同時期に『赤い鳥』の主宰者鈴木三重吉と交流するようになり、同誌に多
くの作品を発表する。

1922(大正11)年にドイツに留学。留学中は当時ドイツ作曲界の元老と言
われるロベルト・カーンに師事、和声学、対位法、作曲法を学ぶ。

1926(大正15)年に帰国後、身に付けた対位法の技術をもとにした理論書
などを著すとともに、当時の日本にはなかった初等音楽教育での輪唱の普
及を提唱し、輪唱曲集なども発行した。

1928(昭和3)年に川村女学院講師、東洋音楽学校の講師も兼ねた。
1942(昭和17)年に国立(くにたち)音楽学校の教授となる。1944(昭和
19)年に空襲で自宅が罹災、米内沢の実兄宅に疎開する。生家は阿仁川へ
りにあったが1959(昭和34)年に護岸工事で無くなっている。

実家で1年の疎開生活を送った後、1945(昭和20)年10月28日に再び上京
するが、翌日脳溢血で53歳の生涯を閉じる。葬儀は玉川学園の講堂で行わ
れ、国立音楽学校と玉川学園の生徒によって「浜辺の歌」が捧げられた。

遺骨は故郷の竜淵寺に納骨された。故郷の米内沢には顕彰碑が建てられ、
「浜辺の歌音楽館」で為三の業績を紹介している。

「浜辺の歌」や「かなりや」など歌曲・童謡の作曲家、という印象が強い
が、多くの管弦楽曲やピアノ曲などを作曲している。しかし、ほとんどが
空襲で失われたこともあり、音楽理論に長けた本格的な作曲家であったこ
とはあまり知られていない。

愛弟子だった岡本敏明をはじめ研究者の調査では、作品数はこれまでに
300曲以上が確認されており、日本の音楽界で果たした役割の大きさが再
認識されつつある。2012・5・1

◆ガラパゴス国会に新風を吹き込め

杉浦 正章
 


スタンディングオベーションはどんどんやれ
 

最近スタンディングオベーションで感動したのは高畑淳子主演の舞台「雪まろげ」で、観衆が総立ちになってカーテンコールをしたことだ。「頑張れ」の声援もとんだ。高畑は涙でこれに応えた。息子の不祥事にもかかわらず民放テレビが「高畑いじめ」を執拗に繰り返すのを見て、苦々しく思っていたが、同じ感情を抱く人が多かったことが分かった。


最近は感動したら日本でもスタンディングオベーションをするようになってきた。小澤征爾の指揮に感動して立ち上がったことがあるが、クラシックファンですらそうだ。スタンディングオベーションなど米議会では日常茶飯事だ。
 

翻って日本の国会を見るとガラパゴス化が進んでいるとしか思えない。ガラパゴス化というのは日本市場で独自の進化を遂げた携帯電話を指す。孤立した環境で「最適化」が著しく進行すると、エリア外との互換性を失い孤立して取り残されるのだ。


日本の国会を半世紀見ているとそう感ずる。古い慣習や独特の「文化」に縛られて空気がよどんでいる。新しいことをやると何かと過去に慣例がないと否定される。スタンディングオベーションくらいで自民党が「反省猿」になってどうする。


若い小泉進次郎まで自分で立ち上がっておきながら反対では先が思いやられる。何でもっと素直に物事を受け取れないかと言いたい。その上何でも政党間の争いのテーマにしたがる。それも事実関係をねじ曲げようとする。
 

首相・安倍晋三が、領土を守る決意を述べたあと、海上保安庁、警察、自衛隊に「今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」と呼びかけた。事前の根回しもすんでいたと見えて、若手を中心にスタンディングオベーションが行われた。


これに対し野党の反応は何でも政局化の小沢一郎が「北朝鮮みたいだ」と述べれば、ガラパゴス国会の象亀のような民進党も、しめたとばかりに動いた。蓮舫は29日「与党のおごりでしかない。厳しく臨んでいきたい」となお追及の構えだ。


朝日もうれしがって、天声人語で「同調圧力という言葉がある。空気を読んで周りの行動にあわせるよう、強いられることをいう」と、インテリ・イグアナのようにもっともらしくかみついた。「多くの職業のなか、なぜこの人たちだけをたたえるのか釈然としない。あの場で議員たちは、気持ち悪いと思いながらも圧力を感じて起立したのだろうか。あるいは、ためらいや疑問もなく体が動いたのか」と反対世論をリードにかかった。
 

しかし、民進党も自分のやったことを棚に上げてはいけない。2009年10月26日に臨時国会で、同様のスタンディングオベーションが発生している。ネットテレビで見返したが首相・鳩山由紀夫の演説に、当選したばかりの小沢チルドレンが興奮してスタンディングオベーションをやっているではないか。自分の党の首相、しかもルーピーで世界的に有名な首相には立ち上がって拍手をしてもよくて、自衛隊員らに拍手してはいけないのか。


朝日は天声人語でこのルーピーへの礼賛を「同調圧力」と批判したか。してないだろう。「多くの政治家の中でなぜルーピーだけをたたえるのか釈然としない」と書くべきだったのではないか。それとも社是で民進党ならやってもよくて、自衛隊礼賛はけしからんとなっているのか。
 

安倍は29日の参院本会議で野党が「軍隊優先という考えが潜んでいるからではないか」と指摘したのに対して「所信表明演説では、困難な状況の中、国民のため、それぞれの現場において厳しい任務を全うする海上保安庁、警察、自衛隊の諸君に対し、心からの敬意を表そうと申し上げたものだ。また、国民よりも、海上保安庁、警察、自衛隊が優先するなどという考えは、根本的に間違っているだけでなく、彼らの誇りを傷つけるものだ」と反論した。


至極もっともだ。安倍が音頭をとったのは、災害や、防衛で国のために命がけで働いている自衛隊員や警察官、海上保安官をたたえるためであり、天声人語の解釈のように、自らをたたえよと言ったわけではない。演説に感動してスタンディングオベーションをやって何が悪い。慣習がないのなら作ればいいのだ。

 
誰も気がついていないが、このスタンディングオベーションからみても安倍は1月解散・総選挙を意識しているフシがある。陸海空自衛隊員25万票、警察官28万票、海上保安官1万3千票の囲い込みだ。家族、友人の票をプラスすれば300万票はかるくいく。今後国会でスタンディングオベーション批判が野党から出されるたびに、自民党へと票が流れる構図だ。それなのに自民党幹部が反省しては元も子もなくなる。ばかとは言わんが利口ではない。


安倍の読みは意外と深いのだ。選挙が近くなったらどんどん職業別にスタンディングオベーションをやればよい。これは冗談だ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆健康百話 「認知症」には「散歩」が効果

向市 眞知


以前、住友病院神経内科の宇高不可思先生の「認知症」の講演を聴きに行きました。その時、「こんな症状があったら要注意!」という話から始まり、次の11の質問がありました。

1、同じことを何度も言ったり聞いたりする
2、ものの名前が出てこない
3、置き忘れやしまい忘れが目立つ
4、時間、日付、場所の感覚が不確かになった
5、病院からもらった薬の管理ができなくなった
6、以前はあった関心や興味が失われた
7、水道の蛇口やガス栓の閉め忘れが目立つ
8、財布を盗まれたといって騒ぐ
9、複雑なテレビドラマの内容が理解できない
10、計算のまちがいが多くなった
11、ささいなことで怒りっぽくなった

「これらがいくつかあったり、半年以上続いている時は専門病院へ行きましょう」といわれました。

私自身、同じことを言ったり、物の名前が出てこなかったり、置き忘れやささいな事で怒りっぽくなったなあと思い当たるフシがいくつもありました。専門診療の対象といわれてしまうと本当にショックです。

認知症というと周りの人に迷惑をかけてしまう問題行動がクローズアップしてその印象が強いのですが、新しいことが覚えられない記憶障害もそうです。また、やる気がおこらない意欲の低下もそうですし、ものごとを考える思考力や判断する力、そして手順よくし処理する実行力の低下も認知症の症状です。

認知症高齢者のかた自身の不安は、時間や場所がわからなくなったり、体験そのものを忘れていく中で暮らしているのですから、自分以外の外界のすべてが不安要因になってしまうのです。

ご本人は真剣に外界を理解しようとしているのですが、家族は「ボケ」「痴呆」ということばの印象から「認知症だからわからないだろう、理解できないだろう」と思い込んでいる例が多くみられます。
 
診察室でなんとご本人を目の前にして認知症高齢者の失態を平気でドクターに訴えたり、「母さんがボケてしまって」とはばかりもなく言ってしまったりします。

その瞬間にご本人はその家族に対してまた不安をつのらせてしまいます。また話を向けられたドクターも、ご本人を前にしてウンウンとうなづくべきか、ほんとうは困っているのです。うなづけば家族は安心しますが、ご本人はドクターへの信頼感をなくしてしまいます。

よく「まだらボケ」とか言いますが、「正気の時もあるからやっかいだ」と表現されるご家族もあります。しかしそれは逆で、やっかいと考えるのではなく正気の部分があるのならその正気の部分を生かして日常生活を維持するようにしむけてみませんか。
 
認知症があってもくりかえし続けている一定の日常生活はできるはずです。老年期以前の過去の生活を思い出させてあげると、高齢者は自分の価値を再発見し、意欲も湧いてくるとききました。

高齢者にとって脳機能の低下だけではなく、視覚や聴覚、味覚や嗅覚などの感覚もおとろえてきていることを理解してあげてください。すべてを「認知症」の一言でかたづけてしまわないで下さい。見えやすくする、聞こえやすくするというような場面の工夫で問題行動が小さくなることもあります。
 
「認知症だからわからないだろう」と思い込むのは大まちがいです。「言ってもしかたない」と決めつけるのは悪循環です。認知症の方の感じる外界への不安を考えると、情報が遮断されると余計に不安が大きくなります。

どしどし情報を与えることが不安の軽減につながります。そのために外出しましょう。認知症には散歩の効果があります。外界の空気は聴覚、視覚、嗅覚への刺激になり、脳の活性化につながります。

                  医療ソーシャルワーカー

2016年09月29日

◆理解不能の「憲法改正草案」撤回要求

阿比留 瑠比



理解不能の「憲法改正草案」撤回要求 憲法の精神に反する民進党・野田
佳彦幹事長

安倍晋三首相の所信表明演説に対する27日の代表質問の質疑応答を見 て
いて、実に奇異な光景だなあという感想を抱いた。自民党が野党時代の
平成24年にまとめた憲法改正草案をめぐって、民進党の野田佳彦幹事長
と首相との間で、次のようなやりとりが交わされていたからである。

野田氏「国民の権利を軽んじ、国中心に組み立てを変える自民党草案の
実現をめざして議論に臨むのか。本気で議論する気があるなら、まずは自
民党総裁として草案を撤回してほしい」

安倍首相「大切なことは、各党がそれぞれの考え方を示すことだ。自民
党は草案という形でこれを示しており、それを撤回しないと議論ができな
いという主張は理解に苦しむ」

民進党が、保守色が濃いといわれる自民党の草案を批判したり、問題点
を指摘したりするのは別にいい。だが、他党の案に「撤回」を迫るのとい
うのは何の権利があってのことか。

自民党内で議論を経てつくられた草案を、一方的になかったことにしろ
というのはどういうことか。自民党議員の思想・信条、表現の自由を認め
ないと言わんばかりであり、憲法の精神に反するのではないか。安倍首相
ならずとも、理解に苦しむところである。

まして、自民党憲法改正草案に関しては、安倍首相自身がこれまでテレ
ビ出演や記者会見などで「草案通りに改正するのは困難だ」「わが党の案
がそのまま通るとは考えていない」と答えている。

そもそも安倍首相は、党総裁として草案を尊重する姿勢をとらざるを得な
いものの、特に気に入っているわけでもなさそうだ。

「財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければなら
ない」

草案にはこんな財政規律条項があるが、安倍首相は景気対策や財政出動
を縛り、安易な消費税率引き上げに結びつきかねないこの条文に否定的
だ。周囲には「意味がないし、それはさせない」と漏らしている。

下村博文幹事長代行も27日の記者会見で、「(憲法審査会で)自民党 草
案ありきで議論してもらいたいとは考えていない」「これを国会に出す
ということではない」と明言した。誰も草案にこだわってはいない。

にもかかわらず、事実上意味のない撤回を求めるのは、民進党が憲法論
議を避けるための言い訳にしているとしか思えない。下手に憲法を論じる
と、保守系と左派・リベラル勢力が混在する党が割れかねないからだろう。

 自民党草案「撤回論」は、7月10日投開票の参院選でいわゆる改憲勢
力が3分の2に達したころから急に目立ってきた。

まず翌11日付の毎日新聞が小松浩主筆の論文で「自主憲法か絶対護憲か、
という55年体制下の対立を、再び繰り返してはならない。(中略)それ
には、自民党が復古調の改憲草案を撤回することである」と書き、社説で
もこう主張した。

「(憲法)審査会の再開にあたっては条件がある。自民党が野党時代の12
年(平成24年)にまとめた憲法改正草案を、まず破棄することだ」

すると、13日付の朝日新聞も「憲法の基本原理は受け継ぎ、統治機構のあ
り方など時代に合わなくなった部分には手を入れる。こうした議論は必要
だが、それにはまず草案を撤回すべきである」と同調した。

 あるいは民進党は、この護憲派両紙の論法に飛びついたのだろうか。
(論説委員兼政治部編集委員)

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2016.9.29 01:00更新


            

◆狸と狐のテレビ討論会

Andy Chang


民主党のヒラリーと共和党のトランプのテレビ討論会は昨夜27日
夜、ニューヨークのある大学の講堂で行われた。メディアはこれを
世紀の弁論会で、結果が決定的な影響を及ぼすと宣伝していた。2
人とも人気が最低で何方に投票しようかと迷っている国民が多いか
らこのテレビ討論会が役立つと言うのだ。

私は数か月も前からこの2人には絶対投票しないと決めているので
テレビ討論会はどうでもよいのだが、3大メディアとFoxnewsが同
時に放送するほどの大ニュースであった。

世紀のテレビ討論会と言うのはトランプが世紀の自大狂で、ヒラリ
ーが世紀の大嘘つきだからである。トランプの参謀たちはこれまで
の放言暴言を止めて大統領らしく振舞えと言い、ヒラリーは数多の
ウソを言い繕う準備をしている、つまり2人とも真骨頂を出さず、
腹の出っ張った古狸と美女に化けた千年狐の化かし合い、ホンモノ
のトランプとヒラリーではない。

●政策と攻撃

テレビ討論会とは政策の比べあいと相手の弱点攻撃の2つである。
但しこれまでの討論会では発言時間が限られているので政策発表は
印象が薄く、もっぱら候補者の態度が印象に残るようだ。

ヒラリーは40年も政治に拘ってきたので、クリントン夫婦と本人の
スキャンダルなど弱点がたくさんある。だからこの弁論会では政策
の方に焦点を絞り個人の弱点を躱すことに腐心している。このほか
ヒラリーの戦術は相手のあら探し、個人攻撃であった。

トランプは暴言が多かったし態度が悪く、過去は悪辣な商売人だっ
たから同じく弱点も多い。今回はプライマリー選挙のような暴言を
慎み声を荒げず、大統領にふさわしい貫禄を示せと参謀たちからこ
れぐれも勧告されていた。つまり双方とも己の弱点を隠して相手の
弱点を突く、狸を狐の化かし合いだった。

●弁論態度の比較

これまでヒラリーは肺炎、痴呆症、パーキンソン病などいろいろ健
康問題が噂されていた。ところが弁論会では90分も立ちっぱなしで、
言語も明瞭だし、トランプ攻撃の資料も十分に準備していた。ヒラ
リーは90分の弁論で一度も水を飲まず、トランプの人身攻撃にも落
ち着いて反撃して、健康に問題はないように見えた。

一方トランプは言われたように落ち着きがなく、イライラして相手
の発言に横槍を入れるとか、ヒラリーの発言を横取りするなど態度
が悪く、発言が冗漫で要点を逸れることが多かった。90分の弁論会
で8回も水を飲んで緊張していることが見え見えだった。

●メディアの結果発表

今朝のニュースを見るとNew York Timesを始めLos Angeles Timesな
ど各新聞の評論家の批評はヒラリー勝利と書いていた。またCNNの
世論調査ではヒラリー62%、トランプ27%でヒラリー圧勝としていた。
討論題目は多岐にわたっているが主だった結果は以下の通りである。

*TPPについてトランプとヒラリーが反対していたが、トランプは
ヒラリーがオバマの政策に賛成していたと攻撃。トランプが優勢。

*経済、税制についてはトランプが一般減税、ヒラリーは高所得層
の増税を唱えた。ヒラリーは詳しい経済政策を発表しているがトラ
ンプは表題だけ。

*人種問題ではヒラリーが黒人と白人の話し合いと融和を唱え、ト
ランプは警察を支持し法と秩序を主張。トランプがやや優勢。

*トランプはヒラリーのメール問題を取り上げたがヒラリーはトラ
ンプが税金申告を公表しないことを取り上げ、トランプが劣勢とな
った。この弁論の時にトランプがヒラリーのメール事件やベンガジ
事件などを取り上げて攻撃できなかったのは大失敗だった。

*トランプはイラク戦争に賛成だったが事実を否定し、司会者が証
拠があると言ってもイラク戦争に反対だったと強弁したので、メデ
ィアはトランプは二重にウソを吐いたと書いた。トランプの失点。

*トランプがヒラリーには大統領のスタミナがないと批判したが、
ヒラリーの反論でトランプの敗け。これは将来の記録に残る失敗。

*ヒラリーはトランプがプーチンにアメリカのメールをハッキング
しろと言ったのは反米行為だと攻撃した。これもトランプの負け。

*司会者に「帰化人のテロをどう処理するか」と聞かれ、ヒラリー
は民族間と宗教間の融和を主張。トランプは話題を国外テロに逸ら
し、司会者が二度も「帰化人のテロだ」と注意されたが答えられな
かった。

総合するとトランプの失点が多いことがわかる。ヒラリーが十分に
下準備をしていたのにトランプの準備不足が目立った。

●狸の最後っ屁

討論が終わったあとの記者会見でトランプは大変良かったと言って
いたが、次の日のメディアはヒラリーの圧勝と書いたのが多かった。
トランプはこのあとすぐに、司会者Lester Holtが不公平で敵意の
ある質問をしたとか、彼のマイクロフォンに問題があったなどと言
い出した。つまりトランプ自身が敗北を認めた証拠である。

トランプがいつも自分に不利な結果を他人のせいにすることは衆知
のことである。だが今回の弁論会の司会者の態度は公平以上にトラ
ンプを優遇していた。トランプの横槍やヒラリーの発言妨害、2分
間の発言と言われて5分喋っても中止しなかったぐらいで、全体の
弁論でトランプの発言は3分の2を占めていたのである。狸の最後
っ屁は卑怯で醜悪である。

今回の弁論は「関ケ原の戦い」ではなかった。今朝の世論調査では
ヒラリーが相変わらず2ポイントリードしている。弁論会が選挙の
結果を左右するというメディアの宣伝ほどではなく、聴衆が今回の
結果で投票を決めたとは思えない。続く第二回、第三回でトランプ
が劣勢を挽回できるかはわからない。投票までに新しいニュースが
出てきて選挙民の評価が変わるかもしれない。

私は二人には投票しない、これは政党政治の問題ではなくアメリカ
の国益と良心の問題である。ヒラリーは希代の嘘つき、トランプは
自大狂、二人とも大統領の資格はない。


      

◆難民モドキという難問

平井 修一


山本夏彦翁曰く「人はついぞ自分は見えない」。

他者のことは冷徹に観察できるが、ことが自分に及ぶと冷静に現状を把握
して行動することができない。パニックになったり、無謀な行動をして自
滅したりする。

「PCの作業では30分に1回は上書き保存する」・・・これは多くの失敗か
ら学んだ上の鉄則だが、1時間、2時間でも問題ない状態が続くと、この鉄
則を忘れるのである。

人は賢いか、愚かか。現状としては「賢くもあり、愚かでもある」「冷静
に判断することもあるが、失敗が多く、一時的な感情でバカなことをする
こともある」あたりだろう。

難しいことではあるが、人間は概ね経験で動くから、未知の明日、来週、
来月、来年のことはなかなか予測できない。ちょっと前までは無茶をして
も「ガンガン飲んで、ひと眠りすればOKだ」なんてやってきたから、老人
になっても無茶をして、そして老人であることを自覚し、「もう以前の体
ではないんだ、無茶は禁物だな、教訓とすべし」と反省するのである。人
間は賢い。

ところが体調が戻ると教訓は忘れて、ヨッシャーッとなり、そして後悔す
るのだ。全然進歩しない。人間は愚かである。

どんなに経験を積んで、賢くなっても、その知恵を後進にバトンタッチで
きないというのが人間の哀しさだ。物質は残せるから、その蓄積の上に今
があるのだが、精神は2万年前と一緒で、いつでもゼロからのスタート
だ。まったく発達、発展しない。2万年前の苦労を今も繰り返すのである。

ウィキによれば「ニッコロ・マキャヴェッリ(1469年5月3日 - 1527年6月
21日)は、イタリア、ルネサンス期の政治思想家、フィレンツェ共和国の
外交官」。新大陸が発見され、大航海時代、移民、移住が移住して続々と
植民地が作られていった時代である。われわれは500年経っても彼を超え
られない。

塩野七海氏の「マキアヴェッリ語録」にはこうある。

<いくつかの民族は、なぜ自分たちの土地を捨てて他国に侵入し、そこで
国を創るか――の理由だが、これは戦争の一種と見るべきであろう。

この人々は、戦乱によるか、飢餓のため貸して、やむを得ず家族ともども
侵入してくるわけだが、この種の侵入は、領土欲に駆られてではない。と
はいえ、先住民族を追い出したり殺したりすることにおいては、変わりは
ないのである。だからこそ、通常の戦争よりも残酷な様相を呈する場合が
多いのだ。

この、やむを得ずにしても新天地を求めて侵入してきた民族が、もしも非
常に多数の人間からなっている場合は、必ずといってよいほど先住民族を
追い出し、殺し、財産を奪った果てに新国家を建設するようになる。

そして建設の後は、モーゼがしたように、またローマ帝国のあちこちに侵
入した各民族が行ったように、地名を変える現象が起こる。

ガリア・チザルピーナと呼ばれていた地方がロンバルディアと呼ばれるよ
うになり、ガリア・トランスアルピーナがフランスになるという具合で、
侵入してきた民族の名にとって代わるというわけだ。

イリリアはスキャヴォーニに、パンノニアはハンガリーに、ブリタニアは
イギリスに代わったように、例を挙げていくときりがない。モーゼも、彼
が征服したシリアの一部地方を、ユダヤと呼ばせたのであった(政略
論)>(以上)

以下は、昨日PCがフリーズして壊滅した原稿(引用以外)を記憶を頼りに
修復したものである。上書き保存を忘れたのだから自業自得で、仕方がな
い、明日再チャレンジだと思ったのは賢明だが、この際、気分転換で一杯
やるか、ちょっと早いがいいだろうとなったのは愚かである。人間は複雑だ。

在ウィーンの長谷川良氏の論考「新たな『民族の大移動』が始まった!」
(アゴラ9/22)から。

<私たちは大きな勘違いをしているのかもしれない。彼らは一時的な難民
殺到ではなく、欧州全土を再び塗り替えるかもしれない人類の大移動の始
めではないだろうか。以下、その説明だ。

メルケル独首相は19日、ベルリン市議会選の敗北を受け、記者会見で自身
が進めてきた難民歓迎政策に問題があったことを初めて認め、「今後は
『我々はできる』(Wir schaffen das)といった言葉を使用しない」と述
べた。

この発言は「難民ウエルカム政策」を推進してきたメルケル首相の政治的
敗北宣言と受け取ることができるが、来年実施される連邦議会選への戦略
的変更と考えることもできる。賢明なメルケル首相のことだから、当方は
後者と受け取っている。

オーストリアはファイマン政権時代の1月20日、収容する難民の最上限数
を3万7500人(年)と設定した。参考までに、17年は3万5000人、18年3万
人、そして19年は2万5000人と最上限を下降設定している。すなわち、今
後4年間、合計12万7500人の難民を受け入れることにしたわけだ。

同国は昨年、約9万人の難民を受け入れている。そして今年9月現在、最上
限をオーバーする気配だ。そのため「最上限を超える難民が殺到した場
合、どのように対応するか」が大きな政治課題となっている。

すなわち、難民受け入れ数の最上限設定の背後には、「殺到する難民を制
御し、必要に応じてその上限をコントロールできる」といった自惚れた考
えがその根底にある。

現代の代表的思想家、ポーランド出身の社会学者で英リーズ大学、ワル
シャワ大学の名誉教授、ジグムント・バウマン氏は、「移民
(Immigration)と人々の移動(Migration)とは違う。前者は計画をたて、
制御できるが、後者は津波のような自然現象で誰も制御できない。政治家
は頻繁に両者を混同している」と指摘している。

ここで問題が浮かび上がる。欧州が現在直面している難民、移民の殺到は
Migrationではないか、という懸念だ。そうとすれば、欧州はトルコやギ
リシャに難民監視所を設置し、殺到する難民を制御しようとしても、制御
しきれない状況が生じるだろう、という懸念だ。

欧州では3世紀から7世紀にかけて多数の民族が移動してきた。これによっ
て古代は終わり、中世が始まったと言われる。ゲルマン人の大移動やノル
マン人の大移動が起きた。

その原因として、人口爆発、食糧不足、気候問題などが考えられている
が、不明な点もまだ多い。民族の移動はその後も起きている。スペインで
はユダヤ人が強制的に移動させられている。

ジュネーブ難民条約によれば、政治的、宗教的な迫害から逃れてきた人々
が難民として認知される一方、経済的恩恵を求める移民は経済難民として
扱われる。

ところで、視点を変えてみれば、21世紀の今日、“貧しい国々”から“豊か
な世界”へ人類の移動が始まっているのかもしれない。換言すれば、北ア
フリカ・中東地域、中央アジアから欧州への民族移動はその一部に過ぎな
い。この場合、政府が最上限を設定したとしても彼らの移動を阻止できない。

ドイツで昨年、シリア、イラクから100万人を超える難民が殺到したが、
大多数の彼らはジュネーブ難民条約に該当する難民ではなく、豊かさを求
めてきた人々の移動と受け取るべきだろう。繰り返すが、制御できない民
族の大移動は既に始まっているのかもしれない>(以上)

仕事、安全、未来、豊かさ、温暖な気候を求めて2万年前から人は移動し
てきた。北から南から東京、大阪に人が集まるのはごく自然なことだ。た
だ、国境を越えたり、異民族だと衝突は避けがたい。

ジャーナリスト・井本省吾氏の論考「塩野七生氏の卓見『難民、移民は入
れるな』」(アゴラ9/21)から。

<前回、イタリア人による移民礼賛論の危うさをを取り上げた。長くイタ
リアで暮らし、イタリアの生活と文化、歴史について日本人の中でもっと
も詳しい一人である塩野七生氏の「移民への対処」論を紹介したい。

2008年12月号の月刊「文藝春秋」に載ったエッセイと同時期のナンバー
715号に掲載された記事だが、今でも十分に通用する。筆者は塩野さんの
考えにほぼ全面的に賛成である。

塩野さんは「純粋培養だけでは、いずれは衰弱する。異分子による刺激は
常に活気を取り戻すには最適な手段」として、有能な外国人の日本への移
住を歓迎する。

だが、当時、日本では移民を一千万人受け入れると言い出した。塩野さん
は「これくらい、バカな政策はない」と一蹴する。理由は以下の如し。

《移民政策では先行していたのがイギリスやドイツやフランスやイタリア
だが、これらの国の現状を見てほしい。今では移民受け入れに積極的で
あったゆえに苦労が絶えない。ヨーロッパ人がアメリカへの移民であった
百年前とは、事情が変わったのである。

以前は移住先の国の言葉を習得し法律を守るのは当たり前と思われていた
が、今はまったくそうではない。移り住んだ国に同化するよりも、その国
の中に自分たちのための治外法権区域を作ることのほうに熱心な感じだ》

移民がその国に問題なく定住する大きな条件はその国の言葉を自由に話
し、生活習慣を身につけることである。さらに、その生活習慣をこよなく
愛することが大きい。

そうした外人はしばしばテレビなどに出演し、流暢な日本語とユーモアで
日本人に親しみをもたらす。彼らが日本に愛着を感じている事は話しぶり
や身振りで良くわかる。日本人そのもののような所作をする人々も珍しく
ない。

私はこうした外国人の存在を大いに歓迎する。中には日本人に帰化した者
も少なくない。

だが、自分たちの言葉を話し続け、生活の文化も持ち込み、さらに自分た
ちの治外法権区域を作れば、その国の国民との摩擦、争いが多発しないは
ずがない。塩野さんは言う。

《これが現状である以上、今の日本の選択すべき道は、一つしかないよう
に思われる。深く静かに潜行してきたこれまでの厳しい移民政策を、これ
以後も黙ってつづけることなのだ。来られては困る人々を、なるべく人目
に立たずに排除するために》

外国人の移民を歓迎する向きは、外国人の流入を閉ざすと労働力が不足し
日本は孤立する、と心配する。だが、塩野氏は「その心配はない」と退ける。

女性や非正規労働者、高齢者を今まで以上に活用することで解決できる
し、長期的には必要な外国人は日本にやってくるから、日本が孤立する心
配もないと見る。

世界の知的労働者、有能な技術者は何を欲しているか。「治安の良さ」
「親切な人々」「便利な日常生活」の3点セットだ。この点については日
本は世界のトップクラスにあると塩野さんは太鼓判を押す。

今や米国のような先進国でさえ、城塞都市かと思うくらいに高い塀をめぐ
らせガードマンが見張る中で、有力な知的・技術的労働者が富裕階層とと
もに日々を暮らすようになりつつある。日本なら、城塞なしでそれが実現
できる。

日本は説明不足で、そうした情報を海外に提供していないから、知的労働
者も不十分にしかやってこない。しかし日本に少し長く旅した人々はそれ
を認識し、徐々に定住の道を選び出す。

例えば、テレビや洗濯機などが壊れたら電話で数時間で修理に来て、ほぼ
満足行くように直して行ってくれるし、修理にコストがかかるようだと、
安い新品を手配してくれる。欧米だと修理に1〜2週間かかるのはザラ。
新興国や途上国ではまともな修理を期待できない場合も少なくない。

重ねて言えば、塩野さんは「『来られては困る人々』は、断固として排除
すべきだ」と書いている。

《日本にとって一番困る人々は、もちろん反日教育で洗脳された中国人と
北朝鮮・韓国人だ。彼らは日本を嫌いだが、母国で生活に困窮したため、
豊かな日本にやってくる。ある者は犯罪行為、ある者は性産業や水商売で
金を稼ぐ。

彼らが日本に来たことによる(日本の)メリットは何もない。あるのはデ
メリットだけだ。彼らが多く集まればチャイナタウンやコリアタウンを形
成し、そこは治外法権区域と化す。彼らは多くの犯罪を犯し、日本の治安
は悪化するだろう。

今回の国籍法改正案(改悪案)は、ザル法である。偽装認知がおそらく中
国・韓国人により多発するはずだ。……(その結果、治安、親切さなど)日
本の良さも消えるだろう。日本語を全く話さず反日教育を受けた新・日本
人の手によって。まあ、多くの人が気がついた時には、もう手遅れかもし
れないが》

塩野さんがこう書いたのは、欧州への難民流入問題が本格化する直前のこ
とだが、今日の混乱を正確に見通している。

1000万人の移民に賛成しているきれい事の好きなリベラリストは、今も欧
州での社会的混乱に見て見ぬふりをしている。

だが、問題の深刻さを少しでも理解している日本人、特に政治家は塩野氏
のように、毅然と言わねばならぬ。

「日本は移民、難民を安易に受け入れるわけには行かない。自分のことは
自分の国で、自分でせよ」と。

中国や韓国に対しては、特にこの姿勢で対応すべきである。塩野氏の冷徹
な視点は、かつて福澤諭吉が喝破した次の「脱亜論」の観点と共通する。

《シナ朝鮮(に対しては)隣国なるが故とて特別の会釈に及ばず。悪友を
親しむ者は共に悪友を免かる可らず。我は心に於て亜細亜東方の悪友を謝
絶するものなり》

諭吉も手を携えて共に欧米列強の攻勢に対処しようと、最初は大いに期待
した。だが、傲然と誇り高いだけでまったくヤル気なく、日本の援助に頼
り、ぶら下がり、しかも恩を仇で返す。その魂胆、性格にあきれ返った末
の脱亜論である。

100年たっても変わらない隣国人の業、性。そこを見据えないと「気がつ
いた時には、もう手遅れかもしれないが」となるやも知れぬ>(以上)

遠くさかのぼれば我々もアフリカから大陸経由で、あるいは海を越えて日
本にやってきた開拓者、難民、移民だったろう。国は縄張り、シマであ
り、先住民族の早い者勝ちである。遅れてきたものはいじめられ、差別さ
れ、辺境に追いやられるのが常だ。

あるいは先住民族を圧倒してシマ乗っ取ることも多いだろう。マヤ文明、
インカ帝国は駆逐された。豪州タスマニアのアボリジニは白人に瞬く間に
絶滅された。北米の住民は1500年には100%がインディアンだったが、今
はたったの3%に過ぎない。

非妥協的な宗教妄想で自由、民主、人権、法治の近代国家造りに失敗し国
土破壊を招いた難民モドキの侵入を許せば、やがて国家は乗っ取られる、
ハイジャックならぬカントリージャックだ。もし日本が100年後も素晴ら
しい国であるためには異民族の浸透をしっかりコントロールしなければな
らない。これは子孫に対する我々の義務である。(2016/9/28)


      

◆蓮舫、トランプ並みの敗北ー党首初対決

杉浦 正章



「提案」も抽象論に終始


「蓮(はす)は泥の中からりんと茎を伸ばし花を咲かせる」とは、“イケシャーシャー”とよく言ったものだ。よほど容姿に自信がなければ出てこない言葉だ。おまけに本会議で党首が言う発言だろうか。「おんな」を国権の最高機関の本会議で“売り”にしてはいけない。国会を利用したファッション雑誌の撮影のように、なにか民進党代表・蓮舫に“舞上がり”のようなものを感じて、これで大丈夫かと他人事ながら心配になる。


幹事長・野田佳彦もそうだ。巧言令色のご仁特有の、言葉に頼ってころころ変わる悪癖が目立つ。両者の代表質問を聞く限り、3年3か月の民主党政権の大失政と、デフレに手をこまねいた実態が浮かび上がるばかりだ。外交・安保・憲法など重要課題で党論を統一できないまま、安易な質疑を繰り返す姿勢もありありと見える。
 

先ず政治記者も政治家も気がついていないが、蓮舫ははじめから想像を絶する“大矛盾”の質問を展開した。「消費増税の2度に渡る延期はアベノミクスの失敗であり、ごまかしだ」と決めつけたが、民進党が閣議決定に先だって延期を唱えたのは4か月前だ。もう忘れたのだろうか。延期を党議決定した上で、5月に代表・岡田克也が党首討論に臨み、「消費増税は延期せざるを得ない状況だ」と安倍に決断を迫ったばかりではないか。若いのに健忘症では困る。  
 

また蓮舫は22回も「提案」という言葉を使って持論の「批判より提案」を強調したが、その提案の内容が抽象的で具体性に欠けるものが多く、不発に終わった。例えば「今の時代に合った経済政策が必要だと提案する」は具体性ゼロの噴飯物だ。自らの得意の分野に安倍を引き込もうと介護・福祉問題に時間を割いたが、ことごとく安倍に数字で論破されている。


例えば安倍が所信表明演説で子供の貧困に触れていないことを指摘したが、安倍から「民主党政権時代には児童扶養手当は1円も引き上げられなかった。重要なことは言葉を重ねることでなく結果だ。100の言葉より1の結果だ」と逆襲された。「アベノミクスの3本の矢は当たりもしなかった上に、財政、経済、金融市場がすべて傷だらけになった」という極端な主張には、安倍の「雇用は大きく改善し、有効求人倍率は全都道府県で1を超え、企業収益は過去最高」と反論された。まるでクリントンに論破されたトランプのようであった。「提案政党」どころか逆に「反対政党」の本質がきわだった。
 

蓮舫質問の最大の欠陥は、細かい“重箱の隅つつき”に専念するあまり、大局を見ていない点にある。まだ岡田の方が大局を見ていた。介護・福祉はもちろん重要な政治テーマだが、政治はそればかりではない。極東の情勢を見てみるがよい。北の核武装は止まるところを知らず、中国の東・南シナ海への覇権行動は収まりそうもない。まさに極東の危機であるにも関わらず、外交・安保問題には一切言及がなかった。知らないことは聞かない姿勢で党首が務まるのか疑問だ。その点、社会党委員長・土井たか子は、外交内政ともに追及力を持っていた。最初のハブとマングースの戦いは、7対3でマングースの勝ちだ。
 

一方野田も自らの政権の時に環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に入ることを決断したにもかかわらず、真っ向から反対に転じた。NHKでの発言では、「情報開示が十分でないままだ」と不満を述べながら「勝ち取るべきものを勝ち取っていない。私が躊躇したものを飲み込んだのではないか。協定案に賛成するわけにはいかない」と発言したのだ。半世紀も政治を見ていると声の抑揚で政治家の嘘が分かるが、野田の発言も賛成から反対に回るための苦し紛れのものであろう。情報開示が十分でないのに「躊躇したものを飲み込んだ」とどうして分かるのか。首相時代に「躊躇している」との発言はなかった。


野田は本会議で憲法審査会の審議に関連して、自民党の憲法改正草案の撤回を前提とするように求めたが、安倍は「撤回しなければ議論ができないという主張は理解に苦しむ」と拒否した。だいいち自民党幹事長・二階俊博も自民党案にこだわらず議論を進めるように提案しているではないか。他党の草案を最初から撤回を求めるのはおかしい。問題の所在は民進党が自らの改憲案を未だに作れない党内事情にあるのではないのか。蓮舫質問も野田質問も政策論議の統一がないまま放置されている民進党が抱える急所を露呈している。
 

討論を見たかぎり、デフレに手をこまねいて3年3か月失政を重ねた民進党よりも、安倍政権の方がよほどましだとの考えに至るしかない。未だに3年3か月の失政のくびきから逃れるに至っていない民進党の姿はどうしようもない。 

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆真正面からの言葉・教えほど尊い (後編)

眞鍋 峰松(評論家)



中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 

その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。


最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
  〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。 辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。 要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。

        ・凡庸な教師は しゃべる。
        ・良い教師は  説明する。
        ・優れた教師は 示す。
        ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)(再掲)

2016年09月28日

◆国籍法は血統主義ではない

池田 元彦
 


橋下徹前大阪市長のTwitter発言で、ネットが大荒れしている。最近の国
籍関連ツイートの内容だ。「日本の国籍法の血統主義採用は思想的根本問
題だ。血統主義は個人の人生を切り拓く希望・可能性を奪う」。だから
「血統が全てと言いだしたら、俺はアウトだよ」の発言個所だ。

即ち、早とちりのネット族は、橋本前市長が「日本人でない」とカミング
アウトしたと即断し、矢張り在日だったのかとの大騒ぎなのだ。厳密に橋
本前市長が在日告白したわけではないが、国籍問題のツイートで「俺はア
ウト」というから、そう判断するネット族もいると言うことに過ぎない。

橋下前市長の場合、仮令その発言の真意が「俺は日本人ではない。実は朝
鮮人だ」としても、何が問題なのか、問題などない。彼は日本国籍ある日
本人だということは明白だ。

仮に元の出自が朝鮮であろうと、アゼルバイジャンであろうと、何を問題
にしたいのか、ネット族の真意が不明だ。

橋本前市長の政策方針全てを賛美する訳ではない。地方分権化指向は判る
が、大阪都構想等は100%賛同できない。しかし、氏の根本的政策は、法
令に則って市の役職員の無為無策、無作為の作為を糾弾し、甘い汁を吸う
一部大阪市民の不公正な私利受益を断罪することだった。

今の日本には私益・権利が蔓延し、国益を指向し公益への責任に無自覚な
政治家や官僚が多過ぎる。日本国籍があり公益優先、身勝手な個人権利の
制限、法令順守の施策を掲げる人なら誰でもいい。戦前・戦後外務大臣経
歴の東郷茂徳は、朝鮮人陶工の末裔で本名は朴茂徳だった。

重ねて言うが、最低限日本国籍があれば、数世代前以前に日本に帰化した
当時外国籍人でも構わない。しかもその政策が日本の防衛を含む国益の
為、国民の福利厚生向上の為であり、その言動が嘘でなければ、大歓迎
だ。権利・権利の日本国憲法が根本問題であることは承知で言う。

もし出自を問題とするなら、民進党蓮舫代表だ。台湾国籍未放棄の発覚以
来、言うことが都度変る。遂に二重国籍を認め、台湾国籍を漸く離脱し
た。問題は、国籍ではない、日替わりランチのように発言の訂正を繰返
す、そのいい加減さは、政治家以前の人間として失格、信用の問題だ。
ご本人は「帰化ではない、日本国籍取得だ」と拘った。

後漢書童恢󠄀伝には「化外の国から、その国の王の徳治を慕い、自ら王法
の圏内に投じ、王化に帰附(=帰属)すること」が帰化だとある。蓮舫代
表は、「喜んで日本に『帰化』していない。日本国籍取得しただけ」との
真意を漏らしたのだ。

よく考えれば、蓮舫代表は台湾国籍だが台湾への愛着ある発言は過去にな
いと元台湾国籍の金美齢女史が批判している。台湾国籍ながら、心は大陸
中国にあるようだ。日本については、2004年の朝日新聞に「赤いパスポー
トが嫌だったが、仕方なく日本国籍を取得」と発言している。

国会議員名称は「蓮舫」に拘り、日本姓の「村田」を名乗らない。このよ
うな人は仮令千年前から日本人であっても、国会から即退場し、日本国籍
放棄の上、中共国籍を取得して頂きたい。

でもまさか、元々日本国籍を厳密な意味で取得していなかったなんてこと
はないでしょうね、蓮舫代表。

因みに血統が日本国民の国籍保有条件等とは、国籍法の何処にも書いてい
ない。「(日本国籍がある)日本国民の両親何れかから生まれた子供は自
動的に日本国籍を取得できる」と書いてあるだけだ。

現代日本人のDNAは当然10万年前からの混血の繰返しであり、生物学的に
は雑種だ。

政治家に問われることは、日本国の文化伝統歴史風俗を支持し、皇室を敬
愛出来るかどうかだ。