2016年12月31日

◆それ以前に必要な秋篠宮家への手厚い支え

 
櫻井よしこ

天皇の譲位を認めるべきか否かについての専門家16人からの意見聴取が11
月30日に終わった。意見は大きく3つに分かれている。(1)譲位を恒久的
制度とする、(2)譲位を認めつつも、今回限りの特別措置とする、(3)
譲位ではなく摂政を置く、である。
 
私は専門家の1人として、天皇陛下のお気持ちに沿うべく、最大限の配慮
をすると同時に、そうした配慮と国の制度の問題は別であることを認識し
て、(3)を主張した。皇室と日本国の永続的安定のためにもそれが良い
と考えた。
 
一方で、日本国民の圧倒的多数は陛下の「お言葉」を受けて、譲位を認め
るべきという意見である。
 
こうした中、陛下にごく近い長年の友人である明石元紹(もとつぐ)氏
(82歳)が、陛下が譲位を「将来も可能に」してほしいと、以前から話さ
れていたと、「産経新聞」に語った。同紙は12月1日の紙面で、明石発言
を1面トップで報じた。さらに、11月30日に51歳の誕生日を迎えられた秋
篠宮さまも陛下の「お言葉」について、初めて公式に感想を述べられた。

「お言葉」を通して、「長い間考えてこられたことをきちんとした形で示
すことができた、これは大変良かった」「最大限にご自身の考えを伝えら
れた」「折々にそういう考えがあるということを伺っておりました」との
内容だ。秋篠宮さまご自身、5年前のお誕生日前の会見で、天皇の「定年
制」も必要だと語り、注目された。
 
皇室から次々に、譲位に向けた強いお気持ちの表明がなされる中で、私た
ちに課せられた課題は前述したように陛下のお気持ちを尊重しつつ、国柄
を維持する制度の問題を、どう融合させていくかという点であろう。陛下
がお気持ちをこれほど強く表明される中で、政府および有識者会議は、歴
史と、皇室を軸とする日本の国柄を踏まえ、賢い解決策を出さなければな
らない。

政府の決定いかんにかかわらず、日本国として同時進行でしっかりと策
を講じるべきこともある。次の世代の皇室をよりよく守り、支えるには、
皇室の現状に多くの課題があることを認識しなければならない。皇位継承
の安定はその筆頭だ。1つの方策として指摘されている旧宮家の皇族への
復帰案などは、皇室典範の改正が必要であり、議論のための十分な時間が
必要だ。
 
そうしたこと以前に、皇室典範や憲法改正を伴わずに今すぐできることも
ある。その緊急性を示したのが過日の交通事故である。
 
11月20日、秋篠宮妃紀子さまと悠仁さま、ご学友が乗ったワゴン車が中央
道で追突事故を起こした。紀子さまらにけがはなく、追突された乗用車の
側も無事だったのは、何よりだった。だが、よりによって悠仁さまの乗っ
た車がなぜ事故を起こしたのか。理由は秋篠宮家に対する支えの体制が不
十分であることに尽きるだろう。
 
皇位継承権保持者としてただ1人、若い世代の悠仁さまは、皇室にとって
も日本にとっても掛け替えのない方だ。その悠仁さまの車になぜ、先導車
が就かないのか、交通規制が敷かれないのか。天皇、皇后両陛下や皇太子
ご一家のお出掛けでは、白バイが先導し、後方を警備車両が固める。信号
は全て青になるよう調整され、高速道路には交通規制がかけられる。交通
事故など、起こりようがない状況が整えられる。
 
この当然の対応が、秋篠宮家に対しては一切取られていない。公務でのお
出掛けでも、後方に警備車両が一台就くだけだ。理由は秋篠宮家は他の皇
族と同じ扱いになるからだという。しかし、陛下の譲位が取り沙汰される
中、皇位継承権保持者お二人を擁する秋篠宮家にはもっと手厚い支えをす
るのが筋である。安定した皇位継承体制をつくる法議論も必要だが、この
ような目の前の日常の事柄への配慮も欠かしてはならないと思う。

『週刊ダイヤモンド』 2016年12月10日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1161



◆パイナップルも無かった

渡部 亮次郎



朝と昼の食事のあとは果物を必ず食べる。だから秋は楽しい。果物の種類
が豊富だからだ。冬が近付くとみかんに混じってときどき供されるのがパ
イナップルだ。

南国の果物だから生まれ育った秋田では子ども時代はお目にかからなかっ
た。敗戦後、缶詰を初めてたべて美味しかった。しかし生を食べたのは大
人になって上京後である。

アメリカから返還される前に特派員として渡った沖縄では畑に植わってい
るのを沢山見たが、なぜか食べなかった。今、東京のデパートで売られて
いるのは100%フィリピン産である。

「ウィキペディア」によれば、パイナップルの原産地はブラジル、パラナ
川とパラグアイ川の流域地方。この地でトゥピ語族のグアラニー語を用い
る先住民により、果物として栽培化されたものである。

15世紀末、ヨーロッパ人が新大陸へ到達した時は、既に新世界の各地に伝
播、栽培されていた。 クリストファー・コロンブスの第2次探検隊が1493
年11月4日、西インド諸島のグアドループ島で発見してからは急速に他の
大陸に伝わった。

1513年には早くもスペインにもたらされ、次いで当時発見されたインド航
路に乗り、たちまちアフリカ、アジアの熱帯地方へ伝わった。

当時海外の布教に力を注いでいたイエズス会の修道士たちは、この新しい
果物を、時のインド皇帝アクバルへの貢物として贈ったと伝えられる。

次いでフィリピンへは1558年、ジャワでは1599年に伝わり広く普及して
行った。以後、1605年にはマカオに伝わり、福建を経て、1650年ごろ台湾
に導入された。

日本には1830年東京の小笠原諸島・父島に初めて植えられたが、1845年に
オランダ船が長崎へもたらした記録もある。

パイナップル(レユニオン)は植付け後15〜18か月で収穫が始まる。自然
下の主収穫期は、たとえば沖縄では7〜9月と11〜翌年2月である。

一年を通した生産面の労働力の分配や缶詰工場の平準化を図り、植物ホル
モンであるエチレンやアセチレン(カーバイドに水を加えて発生させ
る)、エスレル(2-クロロエチルホスホン酸)、を植物成長調整剤として
利用し、計画的に花芽形成を促して収穫調節を施している。

栽培適地は年平均気温摂氏20度以上で年降水量1300mm内外の熱帯の平地か
ら海抜800mくらいまでの排水の良い肥沃な砂質土壌である。

世界生産量の約5割がアジア州で、残りの5割はアフリカ州、北アメリカ
州、南アメリカ州の間でほぼ均等に分かれている。

2002年時点のFAOの統計によると世界生産量は1485万トン。1985年時点に
比べて60%以上拡大している。主要生産国はタイ (13.3%)、フィリピン
(11.0%)、ブラジル (9.9%)、中国 (8.6%)、インド (7.4%)、コスタリカ、
ナイジェリア、ケニア、メキシコ、インドネシアである。

1985年の世界総生産は923万トンで、主産地はタイ、フィリピン、ブラジ
ル、インド、アメリカ、ベトナムなどである。日本では沖縄県が主産地で
2002年時点では1万トンである。

1985年から2002年までのシェアの推移をたどると、米国のシェアが6%から
2%までじりじり下がっていることが特徴である。既に米国は上位10カ国に
含まれていない。


       

◆いま時の男の子、女の子

眞鍋 峰松



最近、こんな話を耳にした。ある小学校の4年生のクラスの保護者授業参観での出来事。 担任の先生が選んだ参観授業の内容が、小学4年生はちょうど10歳ということで、20歳の半分〜「二分の一成人式」に因んだ作文の発表会。
 
学年全体の授業テーマだったそうだが、単なるありふれた授業内容や風景の参観に比べ、それにしてもなかなか面白い着想。先生方も色々と知恵を絞られたのだろう。

生徒たちはそれぞれ、生れてから10年間聞き取ってきた家庭内出来事を作文に纏め、参観日に保護者(平日だったので、保護者欠席2名を除き全員が母親ばかる)の前で対面して読み上げる、という方式だったそうだ。 

私どもの年代は、学級名簿はまず男子生徒、続いて女子生徒という順番だったが、いま時はアイウエオ順の名簿。従って、生徒の読む順番も男子が終わって、次いで女子ということでもなく、アイウエオ名簿の順番で発表する。

ところが、その場に居合わせた母親達が一様に驚いた出来事が発生した。生徒達が読んだ作文は、家族旅行の思い出や家庭内での出来事、中には生徒が風邪で寝込んだ時に母親が徹夜で看病に当たってくれた思い出などに、予め担任の先生が生徒の原文に色々とサジェッションし、完成させたものらしい。

何しろ、まだ10歳という年齢のこと、その発表内容によっては、途中で感極まって泣いたり、涙声になることも当然予想されたのだろう。ところが実際にその場で見られた光景とは、男子生徒全員が号泣、女子生徒は割合と淡々と発表し終えたというのである。

この話を耳にした私、へ〜ぇという驚きの一言。     

私は、その出来事を聞き、改めて興味を抱き、この話を私の耳に入れてくれた話し手に、それでその場の母親たちの感想は如何だったのかと確認してみた。

4年生の子供を持つ母親といえば、まず30歳台。65歳を超えた私のような年代からみれば、母親自体が我が娘と同じ年代。そこでの年令ギャップに興味も惹かれた次第。

発表会での男女生徒の感性に差があつたことへの母親たちの感想は、「男の子の方が女の子より感受性が強いからとか、本質的に優しいから」というのが多数意見だったようだ。なるほど、なるほど。

母親は、どうやら女性としてのご自分自身の経験・体験に当てはめたご意見の模様だ。昔々から、男の子は男らしく気性がさっぱりして力持ち、女の子は気が優しくて神経が細やか、という、私たち時代の世間常識はもはや通用しないことが窺える。

街角を闊歩する現代の若者達を見ての感想も、男性が女性化し、女性が男性化しているというのが典型的な今時の男女観。そのことからしても、10歳にして既にその傾向が現れているのが今の世相かも。

この話、お読みの皆さんの感想は如何でしょうか。

2016年12月30日

◆カール・アイカーンがトランプ政権

宮崎 正弘
 

<平成28年(2016)12月27日(火曜日)通算第5149号>   

〜カール・アイカーンがトランプ政権の経済政策特別顧問に
  あの乗っ取り王、規制緩和で重要な助言をトランプに囁き続けた〜

ひさしぶりにカール・アイカーンの近影を見た。

80歳と老けたが、顔つきが穏和になり、テツガクシャ的風貌になった。白
髪、典型的なユダヤ鼻。眼光の鋭さだけが昔と変わらない。10年前の写真
ではラビン元イスラエル首相に似ていると思った。
あれから長い歳月が流れたのだ。

そう、アイカーンは1985年のTWA乗っ取りで、T・ブーン・ビケンズや
アイバン・ボウスキーを超えてウォール街の「乗っ取り王」と渾名され一
世を風靡した。ハリウッド映画「ウオール街」はマイケル・ダグラス主演
だったが、そのモデルとも噂され、世界的に有名な投資家だった。

かれは経営哲学と、経済思想を語る。プリンストン大学では哲学専攻だった。

この文脈ではジョージ・ソロスや、ウォーレン・バフェットと似ている
が、まったく似ていないのはソロスもバフェットも民主党支持なのに対し
て、アイカーンは共和党支持者、ドナルド・トランプ次期大統領とは1980
年代からの知り合いである。

そのうえ、ウォール街の乗っ取り屋やインサイダー取引の禿鷹ファンド
と、アイカーンが異なるのは、かれは企業買収ののち、実際に企業を経営
するのだ。だから、『乗っ取り王』と呼ばれることを極度に嫌う。

日本では次期トランプ政権で「国家通商会議」トップとなる、対中強硬派
のピーター・ナヴァロ(カリフォルニア大学教授、『米中もし戦わば』の
著者)のことで持ちきりだが、アイカーンに関しての記事が少ない。

カール・アイカーンは大学で哲学を専攻したことは述べたが、『フォーブ
ス』恒例のランキングでは世界富豪第35位。個人資産125億ドルという。

彼はオバマ政権がなしたウォール街、ならびにエネルギー産業への規制強
化によって、米国の失った資産は1兆ドルに達すると積算し、レーガン政
権のように規制緩和が経済を活性化させると主唱した。この発想こそが、
トランプの選挙公約に繋がっている。

トランプ政権のまわりを固めた閣僚に大学教授はゼロ、インテリが「売
り」の学者もゼロ、財務長官はゴールドマンサックス出身。国務長官はエ
クソン・モービル会長といった具合で、顔ぶれを見ただけでもオバマ政権
と百七十度ほど、異なった政策を遂行しそうなことがわかる。

記憶が蘇った。筆者は1989年に、アイカーンをモデルにしていた。

『ウォール街 凄腕の男たち』(世界文化社)という拙著で、ブーン・ピ
ケンズ、ボウスキー、クラビス、ミルケンなど、名うての乗っ取り王らに
混じって、ドナルド・トランプにも一章を割いていた。自分でも忘れていた。
四半世紀余を経て、埃を被った当該書を本棚に見つけた。

「アイカーンは企業乗っ取りが目的ではなく、『経営者』たらんと努力し
ている」とちゃんと書いていた。

さて、そのカール・アイカーンは過去に、ドナルド・トランプに数々の助
言をしてきたが、主に規制緩和の方策である。

正式に大統領の経済政策に助言する『特別顧問』を指名された。ただし、
公務ではなく、政府からの給与ももらわず個人的アドバイスに徹するとした。

トランプ次期政権はウォール街において「フランク・トッド法」を見直
し、「グラススティーガル法」を復活させるとしたが、市場がトランプの
公約から政策発動があると読んだのは、「大幅減税、積極的なインフラ投
資、そしてエネルギー産業の活性化」の3つがポイントだった。

NYダウ採用銘柄が多く、ナスダックのIT(アップルやマイクロソフト
など)銘柄が冴えないのは、おそらく上記3つのポイントにあるのだろ
う。だから株価が高騰し、いまもトランプラリーが続くが、具体的政策の
討議にはいったときに、はたしてアイカーの助言がどこまで政策に反映さ
れるか。
     

◆人事の季節、悲喜こもごも

真鍋 峰松


これからの折、いずれの組織・団体においても定期の人事異動が行なわれる。 様々な噂・憶測が飛び交い、当事者はそれに一喜一憂するというのは毎年のことである。

だが、人の噂話ほど当てにならないものはない。 人事異動は悲喜こもごも。 何千、何万という人間を抱える大きな組織に限らず、例えもっと小規模な組織でも、皆が満足し幸せを感じる異動など100%あり得ない。
 
当人にとって、特に昇格を控えた時期であれば、より「そわそわ度」は高くなる。 異動先によっては家族ともども引っ越しという事態ともなるので大変だ。 だが、その結果は最後まで判らない。

その人事異動。 問題は、大抵の場合、自己評価と、他人とりわけ上司の評価とのギャップが大きいことである。 自己評価の高い人間ほど客観的評価との落差を思い知ることになる。 ただ、この客観的評価自体にも問題が潜む場合が多い。
 
昨今、どこの組織においても幾つかの評価項目を定め評点化している場合が殆どであるが、そもそも人間の適性・才能を評価する側の人間にしっかりした能力があれば良いのだが。 それより自分の部下の能力・成績も指導次第でどうにかなるのだ、という自信を持った上司こそが望ましい。
 
正直、私のような者にとっては、この人事評価一つでこの人間の一生を左右するのだと思うだけでもそら恐ろしく、到底確信を抱くには至らなかった。

ある書物の中で、人事担当責任者の言葉として「各部署から部下を評価した報告書が回ってくるのですが、“部下のここが気に入らないから、異動させてくれ”みたいなことが書いてある。

上司というのは、部下のいいところを引き出すのも仕事のうちだと思っていますから、どこの部署で働けば、部下の能力が生かせるか、そこまで書いてくるように書き直しを要請したこともあります。

それぞれの上司が部下の適材適所を真剣に考えれば、会社全体が活性化されると信じていたので、好き嫌いで評価を下すのは許せませんでした」と記述されていたことを思い出す。 私の経験からしても、至極当然の言葉であろうと思う。

そこで、現職当時に常に心に留め置いた、現代でも十分通用する上司の心得として江戸中期の儒者 荻生 徂徠の言葉に徂徠訓というのがあったので、ここで紹介させて頂く。

1) 人の長所を始めより知らんと求めべからず。 人を用いて始めて長所の現れるるものなり。
2) 人はその長所のみ取らば即ち可なり。 短所を知るを要せず。 3) 己が好みに合う者のみを用いる勿れ。  
4) 小過を咎むる要なし。 ただ事を大切になさば可なり。    5) 用うる上は、その事を十分に委ぬべし。  
6) 上にある者、下の者と才知を争うべからず。
7) 人材は必ず一癖あるものなり。 器材なるが故なり。 癖を捨てるべからず。      
8) かくして、良く用うれば事に適し、時に応ずるほどの人物は必ずこれあり。

もっとも、この徂徠訓も江戸中期という封建制度下のもの。 現代の上司たるもの、とりわけ中間管理層は想像以上に大変なのかも知れない。 
上からと下からの重圧の下、指導が厳し過ぎるとパワハラと疑われ、異動先が当人の意に沿わないと冷酷と言われるそうなのだから。
 
だが、人材以外に頼るべき資源を持たないのが、我われの日本。 その人材を活かすも殺すも適切・妥当な人物評価。 確たる信念を持ったリーダー・管理職達の奮闘を心から望みたい。

2016年12月29日

◆トウ小平の刺身以後

渡部 亮次郎



中華人民共和国の人は、肝臓ジストマを恐れて,生の魚は食べないが、ト
ウ小平氏は初来日(1978年)して刺身を食べたかどうか、従(つ)いて来
た外相・黄華さんが1切れ呑み込んだのは現認した。そんな中国が最近は
刺身の美味さを知り、マグロの大消費国になった。

元は琵琶湖に次ぐ大湖沼だった秋田県の八郎潟。今はその殆どが干拓され
て水田になっているが、私の少年時代はこの八郎潟が蛋白質の補給源だった。

鯉、鮒、鯰(なまず)、白魚など。またそこに注ぐ堰で獲れる泥鰌や田螺
(たにし)も懐かしい。但し、これら淡水魚には肝臓ジストマがいて危険
だとは都会に出て来るまで知らなかったが、地元では理由もなしにこれら
淡水魚を生では絶対食わさなかった。

そのせいで私は中年を過ぎても刺身が食べられず、アメリカへ行って日本
食好きのアメリカ人たちに「変な日本人」と言われたものだ。

62歳の時、突如食べられるようになったのは、久しぶりで会った福井の漁
師出身の友人・藤田正行が刺身しかない呑み屋に入ったので、止むを得ず
食べたところ、大いに美味しかった。それが大トロというものだった。そ
れまでは、鮨屋に誘われるのは責め苦だった。

ところで、肝臓ジストマ病は「広辞苑」にちゃんと載っている。「肝臓に
ジストマ(肝吸虫)が寄生することによって起こる病。淡水魚を食べるこ
とによって人に感染し,胆管炎・黄疸・下痢・肝腫大などを起こす。肝吸
虫病」と出ている。

そんな記述より、実話を語った方がよい。九州の話である。著名な街医者
が代議士に立候補を決意した直後、左腕の血管から蚯蚓(みみず)のよう
な生き物が突き出てきた。

びっくりしてよく見たら、これが昔、医学部で習った肝臓ジストマの実物
であった。おれは肝臓ジストマ病か、と悟り立候補を突如、断念した。

「おれは、川魚の生など食べたことはないぞ」と原因をつらつら考えても
心当たりは無かったが、遂につきとめた。熊を撃ちに行って、肉を刺身で
食った。

熊は渓流のザリガニを食っていて、そのザリガニに肝臓ジストマがくっつ
いていたとわかった。しかしもはや手遅れ。体内のジストマを退治する薬
はない(現在の医学ではどうなのかは知らない)。夢は消えた。

中国人は福建省など沿岸部のごく一部の人を除いて、魚は長江(揚子江)
をはじめ多くの川や湖の、つまり淡水魚だけに頼っていて、肝臓ジストマ
の恐ろしさを知っているから、生の魚は絶対、食べなかった。

トウ小平と一緒に来た外相・黄華さんが東京・築地の料亭・新喜楽で鮪の
刺身1切れを死ぬ思いで呑み込んだのは、それが日本政府の公式宴席であ
り、そのメイン・デッシュだったからである。外交儀礼上食べないわけに
いかなかったのである。

後に黄華さんも海魚にはジストマはおらず、従ってあの刺身は安全だった
と知ったことだろうが、恐怖の宴席をセットした外務省の幹部はジストマ
に対する中国人の恐怖を知っていたのか、どうか。

中国残留日本人孤児が集団で親探しに初めて来日したのは昭和56年の早春
だった。成田空港に降り立った彼らに厚生省(当時)の人たちは昼食に寿
司を差し出した。懐かしかろうとの誤った感覚である。

中国人が生魚を食べないのは知っているが、この人たちは日本人だから、
と思ったのかどうか。いずれ「母国でこれほど侮辱されるとは心外だ」と
怒り、とんぼ返りしようと言い出した。

中国の人は冷いご飯も食べない。それなのに母国は冷いメシに生の魚を
乗っけて食えという、何たる虐待か、何たる屈辱かと感じたのである。

最近では、中国からやってきた学生やアルバイトの好きな日本食の一番は
寿司である。ジストマの事情を知ってしまえば、これほど美味しい物はな
いそうだ。催促までする。奢るこちらは勘定で肝を冷やすが。

よく「この世で初めて海鼠(なまこ)を食った奴は偉かった」といわれ
る。それぐらい、何でも初めてそれが毒でないことを確かめた人間は偉
い。だとすれば淡水魚を生で食っちゃいけないと人類が確認するまで、犠
牲者はたくさん出たことだろう。感謝、感謝である。

1972年9月、日中国交正常化のため、田中角栄首相が訪中した時、中国側
が人民大会堂で初めて出してきたメニューは海鼠の醤油煮だった。田中さ
んより前に来たニクソン米大統領にも提供しようとしたのだが、アメリカ
側に事前に断られたと通訳の中国人がこっそり教えてくれた。

以上を書いたのが確か2003年である。あれから中国は驚異的な経済発展を
遂げた。それに応じて食べ物も変化し、都市では今まではメニューに無
かった牛肉が盛んに消費されるようになった。それに伴って過食から来る
糖尿病患者が相当な勢いで増えて━いる。

問題の魚の生食についても2007年3月1日発売(3月8日号)の「週刊文春」57
ページによると中国のマグロ販売量は、中国農業省の調査によると、2006
年上半期だけで50%から60%も伸びている。

経済発展著しい中国が異常なスピードで鮪の消費量を増加させている事実
は意外に知られていない。日本料理店ばかりでなく、北京や上海の高級
スーパーにはパック入りの刺身や寿司が並ぶ、という。

共産主義政治でありながら経済は資本主義。物流が資本主義になれば食べ
物は資本主義になる。肝臓ジストマが居ないと分れば中国人がマグロだけ
でなく生魚を食べるようになるのは当然だ。とう小平の現代化には5つ目
があったのか。2007.03.06


           

◆蝙蝠(こうもり)国家韓国の終焉

MoMotarou



イソップ寓話「卑怯(ひきょう)な蝙蝠(コウモリ)」より

<<昔々、獣の一族と鳥の一族が戦争をしていた。 その様子を見ていた
ずる賢い一羽のコウモリは、獣の一族が有利になると獣たちの前に姿を現
し、「私は全身に毛が生えているから、獣の仲間です。」と言った。鳥の
一族が有利になると鳥たちの前に姿を現し、「私は羽があるから、鳥の仲
間です。」と言った。>>

              ☆彡

<<その後、鳥と獣が和解したことで戦争が終わったが、幾度もの寝返り
を繰り返し、双方にいい顔をしたコウモリは、鳥からも獣からも嫌われ仲
間はずれにされてしまう。

方方から追いやられて居場所のなくなったコウモリは、やがて暗い洞窟の
中へ身を潜め、夜だけ飛んでくるようになった。>>

■インターネットが潰した国家

北朝鮮の金ちゃん国家が真面(まとも)に見えてきたから不思議だ。民主
主義国家と思っていた韓国が「占い師とマネー」の汚濁でどうにもならな
いようだ。我が国も相手が反日であり、在日と共謀して我が国の内政に関
与 してきたのも明らかになりつつある以上、国防上の問題として今まで
通り の援助は出来ないし、する事でもない。

パク・クネ韓国大統領がシナの抗日記念パレードに参加したのが運の尽
き。世界中にネットで紹介された。

あっちに行ってした事が、こっちで全くわかってしまう。我が国は朝鮮族
のお陰でしなくてもよい戦争に巻き込まれた。「蝙蝠外交」こそがあの民
族の伝統だから、今後も変わらないだろう。

■日本人が支える日本社会

気を付けないといけないのは、朝鮮族の系統が200万人「在日」として我
が国にいる。必ずしも「反日」ではないが、韓国の騒ぎを見ると注意が必
要な事が判る。

朝鮮族が絡んでくると国家が混乱し衰亡に向かう傾向があるようだ。落ち
目のTBSテレビ局では半島語ができないと出世も覚束ないと有名アナウン
サーがボヤいていた。

国連を見よ。韓国人が国連事務総長になって全く機能しなかった。日本の
外務省が後押しして就任させたのだ。しかし期間中「反日政策」が多数決
議された。

二重国籍嘘つき政党は、今後更に衰退していくでしょう。

■注目の政治家

安倍首相・青山繁晴参議院議員・桜井誠「日本第一党」党首。意外でしょ
うが、桜井誠氏は注目だ。政府は彼一人を制御するために「ヘイトスピー
チの対策法(別名:桜井誠対策法)」を制定した。青山氏は業界や自民党
の支援無く、ほとんど一人で選挙で勝ち上がって来た。前代未聞の代議士。

代議士一人の登場で政治の流れが変わりだした。日常生活で忙しい庶民に
変わって「政治の世界」に乗り出した人物に注目したい。故マーチン・
ルーサーキング牧師もそうだった。無名戦士に乾杯だ!来年も宜しく!!!


真珠湾訪問は「トランプ“教育”と対中牽制」の両面

杉浦 正章



日米はとげなどない、70年目のプラチナ婚だ
 

防衛費1%枠は見直す必要も
 

今回の日米両国首脳によるアリゾナでの慰霊・鎮魂の行事は、国民の支持率をあえて予想すればおそらく80%を超えるだろう。戦後の日米外交・安保関係にとってもきわめて重要な到達点となる。オバマの広島訪問と対(つい)の形で行われた神聖なる「儀式」でもある。


しかし、激動期に入った世界情勢から俯瞰すればこれは一種の通過儀礼にすぎない。この日米安保蜜月の演出が今後我が国の外交・安保にどのような影響をもたらすかに焦点を当てて分析すれば、次期大統領トランプへの“教育”が60%、覇権国家を目指す中国への牽制が40%といったところであろう。


群盲象をなでるではないが、朝日が解説で安倍の真珠湾訪問を「とげ抜き」と表現すれば、「ひるおび」のコメンテーターなる者たちは3人そろって「とげ抜き」と宣うた。群盲右にならえである。果たしてそうか。日米関係にとげなど刺さっていただろうか。もし日米関係にとげがあるなら世界中の国々は茨の牢獄に閉じ込められていることになる。


米シンクタンクのイーストウエストセンター所長チャールズ・モリソンは「重要なのは安倍首相が真珠湾に来たこと。すべての戦争犠牲者に敬意を表し、平和な未来への決意を示したこと。安倍首相はいまさら和解に重点を置く必要などないのだ」と看破しているがその通りだ。日米関係は成熟した同盟関係で推移しており、とりわけ昨年安保法制が成立したことから、米国は大西洋における米英同盟と太平洋での日米同盟を世界戦略の要石と位置づけている。


地政学的に見ても中国、ロシア、北朝鮮を取り巻く日本列島はかつて中曽根康弘が述べたように「不沈空母」としての戦略上の重要性を備えているのだ。いうならば日米両国は戦後50年の金婚式を経た夫婦が70年目のプラチナ婚式を迎えたのであり、とげなど刺さっていたらとっくに離婚していた。
 

朝日は29日付の社説「戦後は終わらない」でも「真珠湾で先の戦争をどう総括するか発信しなかったことは残念でならない」と安倍所感を批判しているが、これほどとんちんかんな社説にはお目にかかったことがない。


安倍は15年4月の上下両院合同会議での演説で「痛切な反省」と「深い悔悟」というこれまでにない強い表現で総括しているではないか。従って今更とげなど抜く必要はないのだ。むしろ戦争など全く知らない戦後生まれの両国リーダーが陳謝や謝罪を繰り返すことほど空々しいものはない。安倍演説で未来志向の「和解の力」と「希望の同盟」で、世界レベルの将来を切り開く方針を明らかにしたのが正解なのだ。


野党は総じて顔色なしだ。蓮舫はハワイの真珠湾を訪問したことに関し「大変大きな意義がある」と述べる一方で「不戦の誓いと言いながら、なぜ憲法解釈を変えて安保法制に突き進んだのか」と疑問を投げかけている。これも外交音痴の論理矛盾に満ちている。蓮舫の言う「大きな意義」は安保法制の実現なくして達成できなかったことが分かっていない。
 

そこで両首脳の真珠湾訪問の影響だが、まずトランプがどう出るかだ。両首脳とも明らかにトランプを強く意識している。オバマは自らの作り上げたアジア回帰のリバランス戦略の必要性を首脳会談で見せつけたのであり、安倍は日米安保体制の米世界戦略における重要性について“教育的指導”をしたのである。


トランプは選挙期間中「日本が米軍駐留経費の負担を大幅に増やさなければ在日米軍の撤退を検討する」「北が核を持っている以上日本も核を持った方がいい」と発言した。最近も「環太平洋経済連携協定(TPP)参加は就任後即時破棄」などと述べている。安倍・オバマ会談はこのトランプに対する重要なるメッセージの役割を果たしているのだ。
 

まず日米同盟について「同盟深化」を基調に打ち出し、日本核武装論などは論外として言及せず、在日米軍の撤退などあり得ない方向を再確認した。トランプはまさか就任後再び日本核武装論を唱えることはあるまい。一方で、在日米軍の防衛費の負担像についても、日米防衛当局の積み上げによって年間6000億円という世界でトップの防衛費分担をしている国に、さらなる負担像を求めることは困難であることが次第に分かるであろう。


さらなる負担増は米軍が傭兵になることを物語る。ただ、防衛費が総じてGDPの1%にとどまっている現状をトランプが突くかもしれない。これは北朝鮮の暴走や膨張路線の中国に対処するためには無理からぬことでもあり、一定の歯止めを付けた上での1%突破は検討してもよいのではないか。三木武夫が勝手に決めた防衛費1%枠などは見直す時期かもしれない。一方、TPPについて両首脳は、自由主義貿易の大きな成果との観点で一致、真っ向からトランプの方針に対峙した形となった。
 

トランプは安倍との会談を世界に先駆けて行って以来、そうむちゃくちゃな対日政策を述べなくなってきている。加えて安倍・オバマ会談の背景には国務・国防両省の方針が強く反映されているのは確実であり、両省は今後政権移行チームやトランプに対して、会談にのっとった対処を求めていくのは当然であろう。従ってトランプも政権就任直後は急転換は無理にしても、TPPなどは1年を待たずに軌道修正する可能性が否定出来ない。安倍がトランプ就任早々に会談をする方向で根回しをしているのは正解である。
 

対中牽制効果については、さっそく中国外務省副報道局長・華春瑩が「主に中国に向けたパフォーマンスの要素がかなりある」と反応したことから分かる。華春瑩は、「日本の指導者がどこを訪れ、中国人の犠牲者を弔うべきかについて、私の同僚がすでによい提案をしている」と述べ、今月7日に別の報道官が発言した「南京大虐殺記念館など、中国にも戦争の犠牲者の弔いができる場所は多くある」という考えを改めて示した。真珠湾訪問のインパクトは世界のマスコミが大きく取り上げたことからも明白なように中国への衝撃は大きい。強固な日米同盟を見せつけられて、空母・遼寧の示威行動くらいではとても戦略的に勝ち目がないことが明白となっての反応だろう。


しかし、中国が今後ことあるごとに「南京での謝罪」を唱え出すことは目に見えている。最近、社民党党首・吉田忠智も記者会見で、「中国、朝鮮半島に耐え難い苦痛を与えたのも事実だ。象徴的な南京に行くべきだ」と主張した。しかし尖閣問題や南シナ海での軍事要塞設置で冷え込んでいる日中関係と、緊密なる同盟関係にある日米とは月とすっぽんの違いがある。謝罪に至る基盤が違うのである。ブラックジョークを言えば、社民党は自ら政権を取った後に「吉田首相」が率先して南京を訪問すればよいのだ。頑張ればできる(*^O^*)

◆検察審査会「起訴相当」の意味するもの

川原 俊明



刑事訴訟手続きにおいて、被疑者に対する起訴不起訴を決めるのは、検察官です。最近、検察の不起訴案件について、検察審査会なる組織が、脚光を浴びています。

検察審査会では、被疑者に対する検察官の不起訴判断について無作為で抽出された11名の市民が、検察の判断の当否を審議します。

今まで、有名無実の存在であった検察審査会。

最近では、裁判員制度の採用で、市民が裁判に関わりを持つようになりました。その影響からか、裁判制度に対する認識が高まっています。それに関連して、検察の起訴不起訴についても、否応なく国民の関心が高まっています。

 「起訴相当」を結論づけた検察審査会の意見を経て、強制起訴までされた事例もあります。もちろん、検察審査会は、法律のプロ集団ではなく、起訴すべきかどうかの判断について、厳格な証拠判断がなされているわけではありません。

したがって、検察審査会の「起訴相当」に基づき、強制起訴されたからといって、当然に被告人の有罪が決まっているわけでもありません。

しかし、大事なことは、被疑者の起訴にあたり、それが民意の反映だ、ということでしょう。

市民の目から見て、不起訴扱いすることが許されない、と判断された場合、起訴に持ち込み、公開の刑事裁判手続きの中で、真相が明らかにすることが大事です。被疑者に対する起訴権限の検察集中に対する国民の不満解消には、検察審査会をフルに活用すればいいのです。

ことに、政治家の犯罪容疑について、国民は、検察の起訴不起訴判断が、恣意的に操作されているのではないか、との疑惑を持っています。

それであればなおさら、国民が起訴不起訴について、意見を述べる機会を与えられる検察審査会は、今後、大きな役割を果たすでしょうか。

これによって、検察審査会が、「起訴相当」とした案件を含め、今後の起訴案件について、従来より有罪率が下がるかもしれません。でも、いままでの、起訴=有罪、の構図そのものが間違っているのです。

この構図に毒された刑事裁判官の実に多いこと。別に、有罪が保証された起訴でなくとも、国民監視の下で、堂々と犯罪の正否を争えばいいと思います。(完)(再掲)

2016年12月28日

◆王岐山、「居残り」が鮮明に

宮崎 正弘
 

<平成28年(2016)12月26日(月曜日)通算第5124号>   

 〜王岐山、第19回党大会以後も「居残り」が鮮明に
  党内に着々と「王岐山」派が形成され習近平派と両輪に〜

2017年10月に予定されている第19回中国共産党大会。5年に一度のこの会
で執行部のトップが決まり、自動的に中国の次の方針が浮き彫りとなる。
 
これまでは年齢制限もあって王岐山(党政治局常務委員。序列六位)は
「引退」するという見方が有力だった。

汚職追放キャンペーンで江沢民派を断崖に追いやり、団派(党内エリー
ト、共産主義青年団)に対しても、ぬきんでたリーダーの可能性がでる
と、頭を叩き続けて、習近平の権力基盤固めに大いに貢献してきた。

江沢民の金庫番だった周永康ら石油派と葬り、暴力装置の軍人では同じく
江沢民派の二人のボス(徐才厚と郭伯雄)を失脚させた。

返す刀で胡錦涛が扶植してきた団派人脈にもメスを入れて令計画を落馬さ
せ、無期懲役に。

いでに団派リーダーの李克強首相から経済政策の主導権を奪った。

団派の次期リーダーである胡春華と孫政才は地方政府へとばしたまま、中
央の人脈を習近平と王岐山は、おのおのが独自に自派閥で固めだした。
 
対して上海派の抵抗は陰湿に展開されたが、団派の抵抗はあまり目立たな
くなった。

王岐山にとってのアキレス腱は来年の党大会で69となり、党の不文律とさ
れる定年の68歳を超えて、留任という合意が得られるかどうか、にある。
「七上八下」というのは67歳ならもう1期やれるが、68歳なら次はない
という暗黙の了解事項である。しかし、王岐山の定年例外措置は、党内で
すでに合意が出来ていると言われる。

米国ジェイムズタウン財団の『チャイナブリーフ』(16年12月22日)に拠
れば状況は次のように変貌してきたという。

「六中全会」では『習近平総書記が党の核心』と位置づけられた。

直後から、党を牽引しているのは2大派閥であることが判明した。第一派
閥はいうまでもないが太子党を構成する仲間内、そして習その人が抜擢
し、あるいは弐階級特進の人事で周りを固めた。つまり「習近平派」である。

要するに習の福建省時代の子飼い、ならびに江蘇省時代の子飼い、部下た
ちが新しい主流派を形成している。


 ▼王岐山は中国版KGBトップを固めている

党中央紀律委員会を主導する王岐山の下、当該委員会と行政の上層部が、
王岐山の派閥を形成していることは明白だ。

まず急浮上は陳文清(前中央紀律委員会副主任)が六中全会直後に公安部
長に昇格した。

黄樹堅は内務部長に昇進した。この2つは中央紀律委員会と連携する中国
のKGBである。

同委員会のメンバーだった黄暁微は山西省党委員会委員にパラシュート降
下して、周囲をあっと驚かせた。

山西省は石炭利権ならびに前総書記・胡錦涛の右腕だった令計画が一族郎
党あげての牙城だった。かつての敵陣を王岐山派閥が抑えるのだ。

黄暁微は昨秋、省党委員会副書記となり、令の残党とみられた30人を起訴
に追い込んで、山西省に磐石の権力基盤を築いた。ちなみに同省の省長は
李鵬の息子、李小鵬だが、飾りに過ぎない。

王岐山は基本的に銀行畑を歩いたエコノミストである。副首相時代は国際
金融に明るかったため米中戦略対話は彼が担当し、米国の信任が厚かった。

の主なキャリアだった財務金融部門でも部下があいついで昇進している。
チアンフイユ(音訳不明)は最近、大手の『招商銀行』頭取となった。

王の金融時代の部下だった蒋超良は河北省書記に栄転した。

王は「消防夫」とも言われたが、緊急時のリリーフも得意で、北京が
SARS騒ぎに見舞われたときに北京市長を務めている(2003年から
07年)、そのときの副市長だった林鉾(リンヂュオ)は甘粛省省長代理
になった。


だが習としても野放図に王岐山の権力拡大は望まない。いま、習にとって
は、王岐山の反腐敗キャンペーンという強引な遣り方が、彼の「党の核
心」という野心達成に絶対に必要だからだ。

しかしもし、権力を固めてしまえば、王岐山は『使い捨て』の対象となる
だろう。

そのあたりも王岐山はよく心得ているようで、残留意思をいまの段階では
明確に表明していない。