2017年04月30日

◆米と北が“寸止め”の対決

杉浦 正章
 


緊張状態長期化か


金正恩はその「隙間」でミサイル打ち上げ
 

北朝鮮による弾道ミサイル発射実験が16日に続いて29日も“失敗”した。“失敗”とチョンチョン括弧で表現したのは技術的な原因による失敗の可能性が高いものの、意図的な失敗や米国のサイバー攻撃による失敗の可能生も残されるからだ。サイバー攻撃は先に書いたように輸出の途中でチップに加工すれば失敗させることは可能だ。


また民放コメンテーターが「北にネットがないから侵入は不可能」という愚論を述べていたが、いくら北でも外国に侵入出来るようなネットを、軍事利用しているわけがない。いずれにしても金正恩が米国による圧力の「隙間」を見いだしてミサイルを打ち上げたことは確かであり、その狙いは空手でいう“寸止め”であろう。致命傷になる打撃を控えて、寸前で止めるのだ。致命傷が核実験かICBM実験に踏み切ることだと分かっているのだ。一方米国は空母カールビンソンを朝鮮半島海域に到達させ、これまた“寸止め”の状態においた。


事態は両者がこの“寸止め”状態のまま当分推移する。しかし戦争がこの極限状態を経て突入することは歴史が証明している。1937年7月7日夜に発生した盧溝橋事件がその例だ。北京郊外の盧溝橋近くで演習していた日本軍に何者かが発砲したことが発端で、翌朝から日本軍が北京周辺の中国軍への攻撃を開始し、日中は全面戦争に突入した。
 

こうした状況を背景にして、日本政府がこのところ急速に国民への危機対応を求めるようになったのは当然だ。何でも反日に結びつける韓国メディアが「東京メトロ運転見合わせは過剰対応」(聯合ニュース)などと書いているが余計なお世話だ。北の攻撃に対して地下鉄への待避は重要な手段だ。今はもう誰も知らないだろうが、国会周辺では千代田線をものすごく深く掘って通しているが、これは建設当時から「核シェルター」といわれている。しょっちゅう砲弾を撃ち込まれている韓国と異なり、日本は避難意識が欠如しているから、少しでも国民を慣れさすためには、北のミサイル実験のたびに地下鉄を10分くらいストップさせてもよい。
 

現在の状況を俯瞰すれば、日米中露4か国は朝鮮半島非核化では一致している。しかしその対応は別れている。北が核実験かミサイル実験に踏み切れば米軍は攻撃を開始する可能生が極めて高い。それを百も承知なのであろう。


金正恩は、全面対決を避けるかのように、湿った線香花火のようなミサイルの打ち上げに興じているのだ。こうした中で朝鮮半島をめぐる大国の対応に、亀裂が見え始めてきた。中国とロシアが温度差があるが「対話」を主張。日米は「圧力による解決」に傾斜し始めている。まず首相・安倍晋三とプーチンとの会談で北朝鮮への対応をめぐって食い違いが生じた。プーチンは共同記者会見で「朝鮮半島の状況が悪化していることについて安倍総理大臣は懸念を表明した。レトリックに陥ることなく落ち着いて対話を続けていくべきで、6か国協議を再開することが必要だ」と述べた。2008年の協議を最後に中断している6か国協議を再開させることの重要性を強調したのだ。


これに対して安倍は英国での会見で「対話のための対話は解決につながらない。むしろ国際社会が北朝鮮に対する圧力を一致結束して高める必要がある」と反論した。たしかに6か国協議が何を残したかといえば、結局北による核開発の進展でしかなかった。北は経済援助に加えて核開発の時間的余裕をもらい、結果として核兵器製造は完成間近の段階に至ったのだ。
 

中国も国連安保理閣僚級会合で外相王毅が「北朝鮮と米国は対話の再開を真剣に考えるべき時だ。」と主張した。トランプが中国に対して北への制裁を強く求めていることについても王毅は「中国は問題の中心ではない。問題解決のカギは中国にはない。」とまで言い切った。それでもトランプは27日、習近平が北朝鮮に経済・外交的な圧力をかけているといわれることについて、「習主席は一生懸命努力していると信じている。彼は混乱や破滅を見たくないはずだ」と延べ、期待を表明している。
 

しかし、北の首根っこを握る石油の供給制限をどこまでやっているか、または今後やるかはまだ疑問がある。北はテレビで平壌がガソリン不足になってガソリンスタンドが閉鎖されている状況を報道しているが、中国と北の結託の上での芝居かとも思いたくなる。まさに事態はらちがあかなくなることを予感させる手探りの状況となりつつある。


トランプは「最終的に北朝鮮との大規模な紛争になる可能性がある」とも発言しているが、米国の閣僚発言を見る限りは軍事行動が切迫しているようには見えない。中国の環球時報も社説で「核実験やICBM実験をしない限り希望が持てる」と論じている。しかし別の社説では「北朝鮮政府が断固として核プログラムの開発を続け、その結果として米国が北朝鮮の核施設を軍事攻撃した場合、中国はこの動きに外交チャンネルでは反対するが、軍事行動には関与しない。


米国と韓国の軍隊が北朝鮮の政権を壊滅させる直接的な目的で非武装地帯を地上から侵略するならば中国は警鐘を鳴らし、直ちに軍隊を増強するだろう。中国は、外国の軍隊が北朝鮮の政権を転覆させるのを座視することは決してない」と主張している。核施設攻撃は容認するが、米韓の侵攻は座視しないと明言している。金正恩が大誤算をして核かICBMの実験をしない限り、状況は緊張のまま当分推移してゆくことになろう。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆「鉄の同盟」に決定的な亀裂

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月29日(土曜日)通算第5272号>   

〜パキスタン、中国との「鉄の同盟」に決定的な亀裂
  一帯一路プロジェクトの要。インドネシア新幹線に続いて深刻な暗雲〜

習近平の夢は、「一帯一路」(シルクロード構想)という世紀のプロジェ
クトを成功に導くことである。アジア一帯に覇権を確立するという中国の
壮大な野心の実現だ。

すでに東シナ海と南シナ海を事実上、軍事制圧し、次はロンボク海峡とマ
ラッカ海峡の要衝であるインドネシアには新幹線プロジェクト(ほぼ挫折
中)。

陸続きのラオス、ミャンマーへは水力発電所プラント、そしてスリランカ
に潜水艦寄港のハンバントラ港工事(これはほぼ完成)とコロンボ沖合に
人口島、新都心建設(工事は三年遅れで始まったが先行きは暗い)、バン
グラデシュへも東南端のチッタゴン港湾工事計画。

いずれも「海のシルクロート」の通り道。同時にインドを囲む大戦略の一
環でもある。

パキスタンのグアイダール港工事は、将来的に中国海軍の空母、潜水艦、
軍艦の基地化を狙い、その先がジブチだ。すでに後者のジブチ政府とは合
意し、中国は1万人の軍駐留規模の基地を建設する。

パキスタンと中国は半世紀を超える「軍事同盟」である。パキスタンは事
実上の軍事政権、しかも核武装国家。パキスタンには中国との合弁による
戦車工場もイスラマバードの近郊にある。

基本的にイスラム国家のパキスタンが中国と軍事同盟を組んできたのは地
政学的理由が筆頭で、インドとの敵対関係から、中国の援助を必要だっ
た。しかし無宗教の中国を、高潔なイスラムの理想を掲げるパキスタン民
衆が快く思うはずがない。

パキスタンの反中国感情は末端のレベルで苛烈、中国人労働者への襲撃、
テロ事件が起こっている。
 おまけにグアイダール周辺はイスラマバード中央政府に敵対的な部族が
支配する治安の悪い地区として悪名高い。


 ▼もともと発想が貧弱すぎたのだ

中国はパキスタンの西南端グアイダール港工事を請け負い、一本のバース
は完成したが、ほかは工事中。このグアイダール港から延々と道路建設、
パイプライン敷設工事を敢行中で、中国との国境へ至る。

これを「パキスタン回廊」と呼ぶ。

中国とパキスタンの友好のあかし、同盟の強化の中軸にあるプロジェクト
だと位置づけた。

 目算が狂った。

すでに拙作でも途中経過報告的にレポートしてきたが、パキスタン政府が
悲鳴を挙げたのである。

第1に政府の歳入が増えるどころか、中国のもちかけてきた世紀の大プロ
ジェクトが、歳出増となって外貨準備も底をついた。

理由は中国の工事現場の治安悪化、そのためにパキスタンは軍の治安部隊
を15000名も割いて、中国の労働者の警備にあたる。

ついでに言えば中国人労働者とは囚人が殆どで、工事が終われば現地解散
(つまり棄民)、現地に溶け込まないでコミュニテイィをつくる。この
チャイナタウンの新型が、いまアフリカ諸国で顕在化し、典型がアンゴ
ラ、ジンバブエで起きている反中国暴動である。 

第2にパキスタン政府は、その誇り高き沽券にかけても、このプロジェク
トを中国との合弁企業体が主契約者としているため、利払いがすでにかさ
み始め、利息の返済が滞っているばかりか、将来のローンがパキスタン経
済を破壊する危険性に気がつきだした。この資金回転が目的のひとつとし
て中国はAIIBを設立した。

つまり将来の不良債権は、AIIBと、これまで巨額を貸し込んできた中
国の国有銀行が負うことになる。

ちなみにグアイダール港工事、道路、パイプラインの「パキスタン・中国
回廊」のプロジェクトは総額560億ドル。

工事完成までプロジェクトには免税措置がとられているため、歳入がな
く、利払いの延滞は2017年4月現在ですでに12億ドル。免税が事由により
アテにした歳入は32億ドルだった(数字はいずれもアジアタイムズ、2017
年4月28日)。

第3は「一帯一路」プロジェクトは中国とパキスタン両国のウィンウィン
関係をもたらすはずだったのに、パキスタンには一切の裨益しないこと
が、分かった。

つまり、工事現場で地元の雇用はない(労働者は中国から連れてくる)。
地元のレストランもホテルもふるわない(中国人はテント村などで自炊す
るから)。

歳入増どころか、パキスタンは利払い遅延状態に陥った。したがって中国
の描いた一帯一路は、コストから見ても蹉跌は明らかであり、金銭的負担
にいずれ耐えられなくなるだろう。パナマ運河に対抗しようとして中国が
建設を始めた世紀のプロジェクト「ニカラグア運河」も、昨秋からすでに
工事中断に追い込まれているように。

◆樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 1562回】  
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(?富1)
   ?富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

              ▽
蘇峰こと?富猪一郎(文久3=1863年〜昭和32=1957年)は改めて説明す
るまでもなく、明治から昭和にかけての日本を代表するジャーナリスト、
思想家、歴史家、それに評論家で知られ、『國民新聞』を主宰する傍ら数
多くの著書を持つ。中でも『近世日本国民史』は、畢生の大著作といえる
だろう。

日露戦争勝利の余韻冷めやらぬ明治39(1906)年5月末、徳富は「十年振
りに送らるゝ身と相成、快絶、大快絶に候」と、新橋駅を後にする。

下関から玄界灘を越えて釜山で下船。それから京城、平壌、義州と朝鮮
半島を北上し、鴨緑江を渡って安東へ。下馬塘、奉天、遼陽、大連、旅
順、営口と満州の主要都市を周って南下し、山海関を越えて関内に入り北
京へ。北京から天津に向い海路に出る。

芝罘、威海衛と山東半島の先端に位置する要港を経て上海へ。杭州、蘇州
と江南の景勝地を眺めた後、長江を遡り、武漢三鎮から湘潭、長沙、岳州
と湖南省の要衝を歩き、長江を下って再び上海へ。上海からは東シナ海を
一気に長崎へ。その後は、門司から瀬戸内海を経て紀伊半島を迂回して横
浜へ。この間、前後78日の漫遊の旅の徒然を思いのままに綴ったのが、
『七十八日遊記』である。

冒頭に「隨處に寸閑を偸み、觸目、感興の一斑を、記載したるものにし
て、其の大半は、鉛筆にて、郵便はがきに、細書したるもの也」「其の印
象極めて新鮮なるの機を失せす、隨記隨送したるものに過きす。其の修辭
の粗雜にして、其の内容の淺露なる、寧ろ當然のみ」と記しているよう
に、旅先での思いをハガキに託し、友人知己に郵送した体裁をとっている
だけに、徳富自身、纏まった清国論と見做しているわけではなさそうだ。
 
本書後半に置かれた「觸目偶感」では「支那及支那人」の生態を“縦横無
尽”に切り刻んでいるから、こちらが徳富による本格的論議ともいえる。
第一級のジャーナリストの筆になるだけに、その後の日本の朝野における
対中国動向を考えるなら興味は募る。だが、ものには順序がある。そこ
で、先ずは旅程に従って78日間の旅を追体験したいと思う。

新義州より「鴨緑と云ふも、其實は濁流」である鴨緑江を小型船で渡れ
ば、いよいよ「韓滿の交叉點」であり、「隨分盛大なる支那街」の安東県
だ。「二、三の支那商店を訪ひ、種々談話を試み」た感想を、彼らが「我
が軍政の爲に、其の身體、財産の安寧を保持したるは、彼等か尤も感謝す
る所なるかの如くに候」とし、「何れにしても支那の役人を信するより
も、日本の役人を信し候丈は、間違いなきに似たり」と綴る。

たしかに「固より彼等か本音を吹くや否やは知らされとも」と断わっては
いるが、徳富は面従腹背の4文字に象徴される彼らの振る舞いに思いを致
すことはなかったのだろうか。

「何となく玩具車」のような列車で安東と奉天とを結ぶ安奉線を走る。
「滿洲の木曾路」やら「滿洲の耶馬渓」やらを過ぎると、いよいよ「滿洲
の大平原」に出て、「南滿鐵道と遥かに相隔てゝ、奉天を目指し、進行を
續け」た。沿線の光景は「滿目荒凉劫餘の光景??たり」と。

目に入る村落には木々はなく、家々も新しい。「滿洲土人の諺に曰く、露
人は家を荒らし、日本人は野を荒らすと。家を焼き拂ふたるは、殆んと悉
く露兵也。而して薪に窮して、樹木を焚きたるは、概して我兵に多しとか
や」と。日露戦争の戦場の後が生々しい。

死闘を繰り広げた日露両国兵士が去った後、再び「滿洲土人」の生活が繰
り返される。

いよいよ奉天。奉天では街を歩き、「監獄に赴きて、一種獨特の支那流
儀を觀察し、水滸傳にて讀みたる、獄屋の模樣と、照合し、大いに興味を
感し」たとのことだ。奉天に拠る「盛京将軍趙爾巽と會見」している。
「温乎たる中老の人」で「支那人には珍しく瘠方」で「憂色面に溢る」。
「頻に日本の新聞か、自分を誤解し居る旨辯し申され候」とか。

◆テロ等準備罪」は国際常識、成立を急げ

櫻井よしこ



「テロ等準備罪」について「朝日新聞」や「東京新聞」などが相変わらず
全面否定の論陣を張っている。
 
テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法の改正案は、日本が「国際組織犯
罪防止条約」を批准するために必要な国内法である。
 
日本周辺の国際情勢の厳しさを見れば、なぜいま同条約を批准しなけれ
ばならないのかがわかるはずだ。北朝鮮の脅威、不安定さの中で左傾化す
る韓国情勢などが懸念されるが、2020年の東京五輪に向けて、日本を狙っ
たテロや犯罪が国内外で発生する危険は高まり続けるだろう。テロや犯罪
防止に最も必要なのはなんといっても情報である。情報は、国際社会との
協力の中でこそスムーズに交換される。
 
こうした事情から、各国は相互に協力し合ってきた。その枠組みが国際組
織犯罪防止条約である。国連加盟国の96%、187か国が締結しており、未
締結国は日本を含めて11か国のみである。
 
政府は同法案を3月21日に閣議決定し、6月中にも成立させたい方針だ
が、国会は森友学園問題などに日程を取られ、議論が進んでいない。

「朝日」をはじめとするメディアは法案の趣旨を歪曲して報道し続ける。
同紙は3月22日、1面トップで「『共謀罪』全面対決へ」との見出しを掲
げた。政府提案の「テロ等準備罪」という名称さえ、「必要に応じて使
用」はするが、「犯罪を計画段階で処罰する『共謀罪』の趣旨が盛り込ま
れて」いるために、「共謀罪」と呼び続けると宣言した。
 
同紙は「内心の自由 踏み込む危険」という小見出しも掲げたが、も
し、今回の法案に個々の人間の内心の自由を抑圧する内容が本当に盛り込
まれているのであれば、私とて許容できない。だが、法案をきちんと読め
ば、その懸念は払拭されている。
 
11年前、自民党と公明党が、「共謀罪」を国会に提案したとき、私は衆議
院法務委員会で参考人として意見を述べた。当時は、現在、朝日が報じて
いるような懸念が、実はあった。従って私は率直に法案に対して抱いてい
た危惧について語った。

明確な歯止め
 
私の発言は主として2点に絞り込める。➀共謀罪は必要である、➁但し、
個々人の心の中にまで入り込んで規制し、言論の自由や思想信条の自由を
阻害する余地のないように、目に見える歯止め、外形的要件を定めるべき
である。そのために与党は民主党(現民進党)の修正案を受け入れるのが
よい。
 
11年前、民主党は立派な修正案を出しており、朝日も民主党と同じような
主張をしていたのだ。
 
改めて当時の私の発言を、議事録を取り寄せて読んでみた。逮捕や強制
捜査が無闇に行われ、内心の自由が脅かされる危険性を、私はとても気に
している。言論人として、そうしたことは受け入れ難いと強調し、捜査や
逮捕に至る外形的要件を定めるよう、求めている。その気持ちは今でも全
く同じである。
 
興味深いことに、私も朝日も、さらに民主党も、捜査権や逮捕権の暴走
に歯止めをかけよと同じように主張していたことになる。
 
但し、私と、朝日及び民主党の間には、共謀罪が日本にとって必要か否
かという点において、決定的な違いがあった。私は必要だと、当時も今も
考えている。現に11年前の発言録では、共謀罪は必要だということを、私
は計6回も繰り返している。
 
さて、11年後の今、政府が提出したテロ等準備罪新設法案は、当時の共謀
罪のものとは大きく異なる。最大の違いは、11年前には「重大な犯罪を行
おうと具体的に合意したこと」を罪に問えた。ところが今回は、「合意に
加えて実行準備行為があること」が、処罰の要件とされた。私が要望し、
朝日も求めていた明確な歯止めが施されたのだ。民主党の要求も容れられ
た。朝日が言う「内心の思い」だけでは処罰されない。今の政府案は以前
と全く変わっていないとの朝日の主張は明確な間違いだ。
 
前回は処罰の対象となる犯罪数は615だったが、今回は277に絞り込まれ
た。インターネット配信の「言論テレビ」で3月31日、参院議員の佐藤正
久氏が語った。

「共謀罪の対象となるのは死刑または4年以上の懲役、禁錮の罪に相当す
る犯罪です。その基準で全てを洗い出して数えたら676もあった。けれど
その中には公職選挙法違反なども含まれていた。これは全く組織犯罪には
当たらない。それで、組織的犯罪集団が関係しそうな麻薬やマネーロンダ
リングなどに関わる犯罪に絞り込んで、277になりました。労働組合な
どは捜査対象組織とはならないことが、以前より、ずっと、はっきりしま
した」

現行法では無理
 
それでも、朝日も民進党も納得しない。現在、日本にある種々の犯罪取締
法で十分取り締まれると主張する。本当にそうか。佐藤氏は、現行法では
無理だと断言する。

「私がテロリスト集団の一員だと仮定します。仲間が刑務所にぶち込まれ
た。救い出したい。そこで一般人を人質に取って、刑務所の仲間と交換し
ようと考えた。今の法律では、テロリストたちがそんな計画を立てても、
手を出せない。彼らが人質を取るために武器を購入しても捕まえられな
い。武器を携行して狙った人のいる家の近くまで行っても逮捕できないの
です。なぜって、まだ犯行に及んでいませんから」
 
日本国の法律では、犯人たちが武器を持って狙った家に侵入した段階で
はじめて、逮捕できるというのだ。しかしそれでは遅すぎる。人質を救う
こと自体、どれだけ大変なことか。犠牲者がでる危険性も十分にある。だ
が日本の法律は、基本的に犯行後に対する処罰であり、本来守れるものも
守れない。
 
佐藤氏は別の事例を語った。

「テロリストが水源に毒を入れて多くの人を殺害し、社会に混乱を起こそ
うと計画したと仮定します。現行法では計画を立てても、毒を購入しても
逮捕できません。毒を持って水源地に行っても何もできません。現行法で
逮捕できるのは、彼らが水源に毒を投げ入れた瞬間なのです」
 
水源はどうなるのか。環境は汚染され、人々は死に追いやられる。そん
な事態が予測されても、事件が起きるまで取り締まれない現行法で万全な
はずはないだろう。

「テロ等準備罪の下では、犯人たちが人質を取るための武器を買ったり、
水源地を汚染する毒を入手した段階で逮捕、取り調べができるようになり
ます。テロ等準備罪が現行法の重大な穴をふさぐ機能を果たすのです」
と、佐藤氏。
 
96%の国々が締結している条約を日本が批准すること、そのための法整備
を進めることが、なぜ、受け入れられないのか。朝日も民進党も反対のた
めの反対はやめるべきだ。

『週刊新潮』 2017年4月13日号 日本ルネッサンス 第748回


◆華国鋒は毛沢東の息子

渡部 亮次郎



死んだ元党主席の華国鋒。忽然と現れた彼、華国鋒は毛沢東の庶子
だった。

思い起こせば、日中平和友好条約の締結・調印のため北京を訪れていた日
本の外務大臣園田直は1978年8月12日午後5時36分から6時まで人民大会堂
で華国鋒主席と会見、私も秘書官として立ち会ったが。印象に残る言葉は
皆無だった。

むしろ影が薄かった。<後の政権内部の権力争いで故・トウ小平氏に負
け、1980年に首相を、翌年には党主席と軍のトップを退任、事実上政権か
ら退く>ことを予感させた。

【大紀元日本8月23日】中国の華国鋒・元党主席が2008年8月20日午後零時
50分、病気のため北京で死去した。死因は伝えられていない。享年87。中
国当局の官製メディア「新華社」が報じた。華元党主席は政権から退いた
後、離党届を提出していたと伝えられた。

華元党主席は、1949年の中国共産党政権確立後、故毛沢東国家主席に「忠
実な部下」として認められ、湖南省第一書記、副首相と地位を高めた。
1976年、死去した周恩来・元首相の後任として首相に就任、故毛国家主席
から後継者に指名され、1976年9月に共産党主席、軍のトップにも就任し
た。>

このような「ヘリコプター」出世について中国は1度も正式に認めた事は
無いが、当代随一の中国ウオッチャーたる日本人宮崎正弘氏は「華国鋒は
毛沢東の庶子」と断定する。

1920年代、湖南省で農民運動を展開していた毛沢東が「姚」という女性に
産ませた。戸籍上は「蘇祷」と名乗った」と断定している。
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成20年(2008年)8月18日(月
曜日)通巻第2293号)

後の政権内部の権力争いで故・トウ小平氏に負け、1980年に首相を、翌年
には党主席と軍のトップを退任、事実上政権から退いた。

香港誌「争鳴」の2001年報道によると、華元党主席は1998年の第9回全人
大会議で2つの議案を提出した。

全人代常務委員会に対し、@憲法の職権を公正に履行、政府機構と幹部の
腐敗を監督A中央政府の高級幹部およびその家族の財産を公開の2点を求め
た。結局、その議案は取り上げられることがなかった。

翌99年から、同氏はすべての中央会議を健康上の理由で欠席するようにな
り、07年10月の第17回党大会には特別代表として姿を見せたのが最後だった。
C:\Documents and Settings\Owner\My Documents\大紀元時報−日本華国
鋒.htm
 
また、同誌によると、2001年9月中旬、華元党主席は最高指導部に離党届
を提出した。1ヶ月後に開かれた特別会議で、離党の理由について、「今
日の共産党は昔の国民党とどこが違うのか」と幹部の汚職などに強い怒り
を示した。

その言葉の背景には、1940年代、中国共産党が内戦で「反腐敗、反専制」
のスローガンを掲げて国民党から政権を奪取した経緯がある。

その席で、華元党主席は最後の党費として、5万元(約80万円)を納め、
「貧困で、医療治療が必要とする党員のために使ってほしい」という言葉
を添えたという。

当時の報道によると、同年には計87人の共産党幹部が脱党を宣言、政治局
の元委員、国務院元委員、将軍なども含まれている。当局は「脱党の連鎖
反応を起こさないため、できるだけ慰留する」との方針で説得を続けたよ
うだが、結果は不明だという。2008・10・23

◆せめぎ合う内科と外科

石岡 荘十



医療技術の賞味期限は5年、といわれる。心臓疾患治療の分野もその例外ではない。

心臓の筋肉にエネルギーを送り届ける冠動脈の血管が狭まって血液が流れにくくなるのが狭心症、完全にふさがってしまうのを心筋梗塞という。こんな病状の患者の治療法をめぐって、内科医と外科医の陣取り合戦が繰り広げられている。

とりわけ、心筋梗塞の治療法は、かつては心臓外科医の独壇場だった。手術は胸の胸骨の真ん中を縦に真っ2つ切り離し、肋骨、つまり胸板を持ち上げて心臓を露出し、人工心肺を取り付けて、全身への血液循環を確保しながら、心臓に張り付いた冠動脈の詰まったところをまたぐように別の血管を吻合(縫い合わせる)し、詰まった部分をまたいでバイパスを作る。

開心手術というが、医者にこんな説明を受けた患者は例外なく衝撃を受ける。だけでなく、その後肉体的にも患者には大きなダメージとリスクを強いる手術が待っている。

そこで、内科医は考える。

「心臓を露出しないで、詰まった血管を開通させる方法はないのか」と。

考え出された治療法が、細い管(カテーテル)を、血管を通して心臓まで挿入する。狭くなった部分にカテーテルが到達すると、そこで先端に仕掛けられたフーセン(風船)をぷっと膨らませて狭くなったところを広げる。

あるいは、先端に仕掛けられたドリルで血管にこびりついたコレステロールを削り取ったり、最近、脳梗塞治療薬として人気が高まったt-PA で血栓を溶かしたりする方法だ。

崖崩れでふさがったトンネルをあきらめてバイパスを作る外科心臓手術か、土砂を取り除いてもともとのトンネルを開通させる内科治療か。

この判断は、まず、最初に患者の診断をする内科医が行なうが、内科医によるトンネル再貫通(カテーテル)方式は、1度貫通しても、かなりの患者の血管がまたふさがる(再狭窄)、何度も手術をしなくてはならない。これが欠点だ。

一方、外科手術は患者に与える精神的な衝撃だけでなく、全身麻酔や人工心肺がもたらす肉体的なダメージやリスクも大きいが、同じ部分が再狭窄するリスクだけは避けられる。

一長一短だ。
そこへ登場したのが内科医によるカテーテル治療の新兵器「ステント」である。

ステントは金網でできた筒。まず、風船で押し広げたところへ、これそっと挿し入れて置き去りにすると、そこは再び狭窄しなくなる。掘ったトンネルを中から強固な金属の管で補強するような治療法だ。

しかし、ステントの金属が血管を傷つけて炎症を起こし、2・3割がまた再狭窄へ向かうという問題が起きる。

これを阻止できないか。

そこへ「薬剤溶出性ステント」が米国で03年4月に登場し、日本でも04年4月から使われるようになった。新型ステントは再狭窄を防ぐ効果のある薬(シロムスリ)が塗ってある。

これが少しずつ溶け出して、再狭窄を防ぐ。再狭窄率は最大5%へと激減した。ほとんどゼロだった。世界の内科医軍団は、もはや心筋梗塞治療で外科医の手を借りることはなくなった、と胸を張った。

外科医によるバイパス手術と内科医によるカテーテルの割合は欧米で1対1だった。日本では1対3から4だったが、それが1対7か8となり、間もなく10人中9人がカテーテルという時代になるのではないか。

しかし、世の中そんないいことばかりあるわけない。問題が起きた。

血管内に異物であるステントを入れると、血栓ができやすくなり、かえって心筋梗塞を起こすリスクが高まる。それを防ぐ薬を使うと、今度は重い肝臓障害などの副作用が出て、死に至るというケースも報告された。あちら立てればこちらが立たずというわけだ。

一方、外科医も指をくわえてこんな状況を見ていたわけではない。外科手術の分野では、胸は開くが人工心肺も使わず、心臓を動かしたままバイパス手術を行なう手法(心拍動下CABG)や、胸も開かず、胸を6〜7センチ切るだけで、そこから手術器具を挿入、バイパス手術を行なうというすでに評価の定まった“名医”も登場している。

心筋梗塞治療をめぐる内科医と外科医の陣取り合戦はさらに熾烈なものとなるだろう。

ちなみに、治療費である。
・人工心肺を使った冠動脈バイパス術 : 300万〜400万円
・使わないバイパス術: 200万円くらい
・カテーテル治療:技術料などを含めると100万円ほど。

額面の値段では内科方式に分がありそうだが、副作用の問題もある。治療費用は一定額を超えるとほとんどが戻ってくる高額療養費制度もあるし、致命を回避する費用としては、大差ない差額といえそうだ---。

さて、そうなったら、♪あなたならどうする? (了)



2017年04月29日

◆800年前のカボチャ

永冶ベックマン啓子



アメリカの考古学の学生達が、ビスコンシンの昔のインデアン集落地域で
土壌発掘調査をしている時、素焼きのような器を見つけ丁寧に堀り出し
た。ワクワクしながらその蓋をソッとあけてみると、その中には多くの明
らかにカボチャの種が保存されていた。

調査によるとそれは800年前に当時のアメリカ原住民が保存したものであ
る事が判明した。学生達は、試しにその種を植えて見ると、なんと嬉しい
事に発芽しドンドン成長して細長くて随分大きな今まで見た事も無いオレ
ンジ色や薄い緑色、表面が滑らかなカボチャが沢山穫れた。

食べてみると糖分が多くてパサパサしなく、実に美味しいカボチャで種も
沢山取れ、昔原住民はこんなに美味しいものを食べていたのか、と皆感心
した。アメリカではこの種は存在しなくゲテ・オコソミンと命名された。

 その写真から、日本では岐阜県高山市丹生町で自家用野菜として栽培さ
れていたものが特産品となりで、野口種苗飛騨高山に来歴不詳で伝わる伝
説上の(両面宿儺)スグナカボチャと同じと分った。

果肉は黄色、へちまの如く50〜80cmと長く、重さも2,5kg前後、中に
は5kgと大きく育つものがあるそうだ。収穫期は8〜10月で2001年淡い
緑色に濃い緑色のまだら模様が入り表面は滑らかなカボチャをスグナカボ
チャと命名された。

最近になって南米のメキシコの洞窟遺跡で紀元前5500〜7000年の地層から
カボチャの種が発見されて、中南米原産説が定説になっている。

日本には1541年に大分に漂着したポルトガル船が、大名の大友宗麟にカン
ボジア産のカボチャ (現在の日本カボチャ)を贈ったのが最初と言われ
ている。

ヨーロッパへは、スペイン人が16世紀ナスやトマト、ジャガイモと共にカ
ボチャも南米から持ち運ばれ、食糧難を救った経緯がある。最近ドイツで
は、オレンジ色のカボチャが“Hokkaido“と命名されて、市場に多く出てい
て、スープ用に人気がある。

一番知られているのは、薬用カボチャのククルビタペポ種、かかなり大き
なカボチャを割ると、中には皮を被らない緑色の種があり、この種からの
オイルが膀胱強化と前立腺肥大予防に知られている。

果肉は美味しくなく、昔は貧乏人の野菜といわれていたが、現在は畑に肥
料として捨ててある。観賞用も含めて、カボチャの種類は300種とも言わ
れている。

日本では、古い種といえば、大賀ハス(オオガハス、おおがはす)は、
1951年(昭和26年)、千葉県千葉市検見川(現・千葉市花見川区朝日ケ丘
町)にある東京大学検見川厚生農場(現・東京大学検見川総合運動場)の
落合遺跡で2000年以上前の古代のハスの実を発掘、その種から発芽・開花
したハス(古代ハス)が有名である。

2012 年、ロシアの研究チームはシベリアのツンドラから発見された 3 万
年前の植物の種子から発芽させる事に成功している。 開花したのはナデ
シコ科の「スガワラビランジ」。何と言う震えるような神秘的とも言える
壮大なロマンではないか。

植物の種は、直射日光が当らなく、暗く極端な湿度が無いという一定の条
件の場所ならば、ほぼ無限に近い命があるという事です。当に不老不死の
世界がここにあり、何時か目を出し成長して、花を咲かせ実をつけて、ま
た子孫を残し増やす為に大切な種を作る、という重要明確な目的を持ち、
ほぼ永遠の命で仮眠できるという事です。

ある一定の季節の温度や湿度の条件下でしか発芽しないように、種は自ら
強力な酵素阻害物質/アブシジン酸やトリプシンインヒビターを持ち保護
するように仕組まれている。

それゆえ生の種は例えばぶどう、すいか、林檎、柿、みかん、また玄米、
大豆、小豆などはそのまま人が食べては、酵素阻害物質に毒性があり健康
障害を起こす。

本年3月23日の日本の国会では主要農作物種子法の廃止法案が自民党と公
明党の賛成多数で可決・成立となった。この法案は「種子法」とも呼ば
れ、日本の種子を守っていた規制を撤廃して海外に開放するという内容。
遺伝子組み換えで、この種の神秘的とさえ言える大自然の法則に反して、
お金儲をしたいという愚かな人間の浅知恵の技術で、自殺する種を作った
のは“大自然の創造主神への冒涜”であり、それを日本が許すならば日本人
も自殺への道をゆっくりと歩みだしていると考えられる。既に、GM食品
を日本人は世界でも一番多く消費している。

今ドイツでは、化学会社バイエルと死神企業モンサント社の合併に強い反
対運動が起きている。ドイツはGM食品は禁止されている。

                     (在ミュンヘン)



◆「テロ等準備罪」は国際常識、成立を急げ

櫻井よしこ



「テロ等準備罪」について「朝日新聞」や「東京新聞」などが相変わらず
全面否定の論陣を張っている。
 
テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法の改正案は、日本が「国際組織犯
罪防止条約」を批准するために必要な国内法である。
 
日本周辺の国際情勢の厳しさを見れば、なぜいま同条約を批准しなけれ
ばならないのかがわかるはずだ。北朝鮮の脅威、不安定さの中で左傾化す
る韓国情勢などが懸念されるが、2020年の東京五輪に向けて、日本を狙っ
たテロや犯罪が国内外で発生する危険は高まり続けるだろう。テロや犯罪
防止に最も必要なのはなんといっても情報である。情報は、国際社会との
協力の中でこそスムーズに交換される。
 
こうした事情から、各国は相互に協力し合ってきた。その枠組みが国際組
織犯罪防止条約である。国連加盟国の96%、187か国が締結しており、未
締結国は日本を含めて11か国のみである。
 
政府は同法案を3月21日に閣議決定し、6月中にも成立させたい方針だ
が、国会は森友学園問題などに日程を取られ、議論が進んでいない。

「朝日」をはじめとするメディアは法案の趣旨を歪曲して報道し続ける。
同紙は3月22日、1面トップで「『共謀罪』全面対決へ」との見出しを掲
げた。政府提案の「テロ等準備罪」という名称さえ、「必要に応じて使
用」はするが、「犯罪を計画段階で処罰する『共謀罪』の趣旨が盛り込ま
れて」いるために、「共謀罪」と呼び続けると宣言した。
 
同紙は「内心の自由 踏み込む危険」という小見出しも掲げたが、も
し、今回の法案に個々の人間の内心の自由を抑圧する内容が本当に盛り込
まれているのであれば、私とて許容できない。だが、法案をきちんと読め
ば、その懸念は払拭されている。
 
11年前、自民党と公明党が、「共謀罪」を国会に提案したとき、私は衆議
院法務委員会で参考人として意見を述べた。当時は、現在、朝日が報じて
いるような懸念が、実はあった。従って私は率直に法案に対して抱いてい
た危惧について語った。

明確な歯止め
 
私の発言は主として2点に絞り込める。➀共謀罪は必要である、➁但し、
個々人の心の中にまで入り込んで規制し、言論の自由や思想信条の自由を
阻害する余地のないように、目に見える歯止め、外形的要件を定めるべき
である。そのために与党は民主党(現民進党)の修正案を受け入れるのが
よい。
 
11年前、民主党は立派な修正案を出しており、朝日も民主党と同じような
主張をしていたのだ。
 
改めて当時の私の発言を、議事録を取り寄せて読んでみた。逮捕や強制
捜査が無闇に行われ、内心の自由が脅かされる危険性を、私はとても気に
している。言論人として、そうしたことは受け入れ難いと強調し、捜査や
逮捕に至る外形的要件を定めるよう、求めている。その気持ちは今でも全
く同じである。
 
興味深いことに、私も朝日も、さらに民主党も、捜査権や逮捕権の暴走
に歯止めをかけよと同じように主張していたことになる。
 
但し、私と、朝日及び民主党の間には、共謀罪が日本にとって必要か否か
という点において、決定的な違いがあった。私は必要だと、当時も今も考
えている。現に11年前の発言録では、共謀罪は必要だということを、私は
計6回も繰り返している。
 
さて、11年後の今、政府が提出したテロ等準備罪新設法案は、当時の共謀
罪のものとは大きく異なる。最大の違いは、11年前には「重大な犯罪を行
おうと具体的に合意したこと」を罪に問えた。

ところが今回は、「合意に加えて実行準備行為があること」が、処罰の要
件とされた。私が要望し、朝日も求めていた明確な歯止めが施されたの
だ。民主党の要求も容れられた。朝日が言う「内心の思い」だけでは処罰
されない。今の政府案は以前と全く変わっていないとの朝日の主張は明確
な間違いだ。
 
前回は処罰の対象となる犯罪数は615だったが、今回は277に絞り込まれ
た。インターネット配信の「言論テレビ」で3月31日、参院議員の佐藤正
久氏が語った。

「共謀罪の対象となるのは死刑または4年以上の懲役、禁錮の罪に相当す
る犯罪です。その基準で全てを洗い出して数えたら676もあった。けれど
その中には公職選挙法違反なども含まれていた。

これは全く組織犯罪には当たらない。それで、組織的犯罪集団が関係しそ
うな麻薬やマネーロンダリングなどに関わる犯罪に絞り込んで、277にな
りました。労働組合などは捜査対象組織とはならないことが、以前より、
ずっと、はっきりしました」

現行法では無理
 
それでも、朝日も民進党も納得しない。現在、日本にある種々の犯罪取締
法で十分取り締まれると主張する。本当にそうか。佐藤氏は、現行法では
無理だと断言する。

「私がテロリスト集団の一員だと仮定します。仲間が刑務所にぶち込まれ
た。救い出したい。そこで一般人を人質に取って、刑務所の仲間と交換し
ようと考えた。今の法律では、テロリストたちがそんな計画を立てても、
手を出せない。彼らが人質を取るために武器を購入しても捕まえられな
い。武器を携行して狙った人のいる家の近くまで行っても逮捕できないの
です。なぜって、まだ犯行に及んでいませんから」
 
日本国の法律では、犯人たちが武器を持って狙った家に侵入した段階で
はじめて、逮捕できるというのだ。しかしそれでは遅すぎる。人質を救う
こと自体、どれだけ大変なことか。犠牲者がでる危険性も十分にある。だ
が日本の法律は、基本的に犯行後に対する処罰であり、本来守れるものも
守れない。
 
佐藤氏は別の事例を語った。

「テロリストが水源に毒を入れて多くの人を殺害し、社会に混乱を起こそ
うと計画したと仮定します。現行法では計画を立てても、毒を購入しても
逮捕できません。毒を持って水源地に行っても何もできません。現行法で
逮捕できるのは、彼らが水源に毒を投げ入れた瞬間なのです」
 
水源はどうなるのか。環境は汚染され、人々は死に追いやられる。そん
な事態が予測されても、事件が起きるまで取り締まれない現行法で万全な
はずはないだろう。

「テロ等準備罪の下では、犯人たちが人質を取るための武器を買ったり、
水源地を汚染する毒を入手した段階で逮捕、取り調べができるようになり
ます。テロ等準備罪が現行法の重大な穴をふさぐ機能を果たすのです」
と、佐藤氏。
 
96%の国々が締結している条約を日本が批准すること、そのための法整備
を進めることが、なぜ、受け入れられないのか。朝日も民進党も反対のた
めの反対はやめるべきだ。
『週刊新潮』 2017年4月13日   日本ルネッサンス 第748回

◆カーター元大統領に北朝鮮特使を打診か?

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月38日(金曜日)弐 通算第5271号>   


 〜トランプ政権、ジミー・カーター元大統領に北朝鮮特使を打診か?
   北朝鮮への圧力に平行して話し合いも模索へ〜

フィナンシャルタイムズが4月27日付けで報じている。

トランプ大統領は秘策の一つとして北朝鮮へ、ジミー・カーター元大統領
を特使として派遣する打診をしているという。

94年の北朝鮮危機のおりにも当時のクリントン大統領は、土壇場でナン上
院議員の派遣を中止させ、かわりにカーター元大統領が金日成から招待を
うけていた話を思い出して、「私人」としての訪朝を促した。

平壌に飛んだカーター元大統領は、あくまでも「私人」として、金日成と
長時間の話し合いをなした。

IAEAの駐在査察の継続、使用済み燃料の再利用中止と引き替えに軽水
炉支援(合計13億ドルを米国は支援したのだが)、これらによって米国
は国連の制裁決議促進を一時停止するなどの合意を得た。

この北朝鮮の首領様と米国の「私人」との合意を、しかしながらクリント
ン政権が追認した。

たしかに、1994年の危機は回避されたが、結局、米国は北朝鮮が約束を反
古にしたため、臍を噛むこととなった。

そのカーター元大統領を、また引っ張り出すのは愚策ではないのかとワシ
ントンには懐疑論も飛び交っているという。
      

  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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樋泉克夫のコラム
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知道中国 1560回】      
――「湖南省を目して小日本・・・自ら稱して小日本人といふ」(安井5)
安井正太郎『湖南』(博文館 明治38年)

               ▽

「各國宣?師等は、凱歌を奏して一時に侵入し來」た結果、「省内63縣
中、一縣を除くの外は各縣皆一人の宣教師を有す」るようになった。とは
いえ、布教の成否は未だ判然とはしない。それゆえに、「湖南に入る宣?
師の何れも小心翼々湖南人を以て支那人種中の卓越したるものとなし、各
自の擧動に格別なる注意を拂ひつゝあるは、事實として注目の値あり」と
している。

次いで『湖南』は、「1904年漢口に於て開會せる中央支那宗教出版協會に
於ける記事」を紹介するが、たんなる「宗?出版事業の成績を報告せるに
過ぎざれども」、「如何に彼等が熱心、耐忍、屈辱、困難と鬪ひて、傳道
に從事せるかを知る」べきだ。それというのも「彼等の進むあつて退くこ
とを知らず、10年斯の如く、20年斯の如く、30年50年復斯の如く、努むる
を知て倦むことを知らず」、しかもキリスト教各派の別はあるが布教に関
しては「整然として一致している」。こういった状況を見せつけられるに
つけ、「吾人本邦人の短處と相對して、感服の外なし」と説く。

こわば「進むあつて退くことを知らず、10年斯の如く、20年斯の如く、30
年50年復斯の如く、努むるを知て倦むことを知らず」という姿勢に欠ける
ことが、「本邦人の短處」ということになるわけだが、対外関係を考えて
時、現在にも通じうる指摘だと思う。

さて「1904年漢口に於て開會せる中央支那宗教出版協會に於ける記事」と
は、中央支那宗教出版協會に参加したキリスト教各派の指導者の活動報告
を纏めたもの。そのうちの興味深い記述を拾っておくと、

■「來會者の中には一人も官吏又は實業家は」見当たらないものの、
「會塲の廣濶なるは來衆の多數なるに相應を呈すること一層なりき」。

■「聖書及び新訳全書」を中心に多くのキリスト教の印刷物に対し、
「地方官吏及人民一般に好意を表し」、かつて考えられないような規模で
販路が拡大している。「研究者の數は次第に増加し、この結果として地
方?會堂設立を見るに至れり」。かくして「今後格別の障礙なくんば今よ
り十年の内には異常なる發展を見るべきを得るが如し」

■「昔時は單獨に從事せしも今日は盡く基督?信徒たる土人と相合して
普及に勉むるに至りたる」からこそ、「基督?普及に偉大の効果ある」

■「(キリスト教にとって)支那は最も好望の地にして、現今風雲の暗
澹たるもの」があうるが、「光輝ある将来を有する」。

「今や各國の視線は支那に集注して、時局頗る切迫」していて、伝道事業
に障害となるかも知れないが、「此老大國も漸く巨人の醒むるか如く覺得
し來」っている。日本のようには短時間で「長足の進歩を爲せし如きを學
ぶ」ことは望み薄だが、それでも「其昏睡の情態に非ざるは之斷言し」うる。

やはり彼らの蒙を啓き「眼を開て四隅を顧みしむるは書籍により開發する
に如くなし」。じつは「支那國民は讀書人種なりと稱すれとも其讀書力淺
薄にして能く文書を了解するもの甚た少なし」。

そのうえ「政治上の變動は漸く彼等に打?を加へ、日本より新文明を輸入
して泰西の風氣漸く彼等の解する處となりしものの如し」。だから、キリ
スト教布教のための「宗教上の出版物に多少地理?史的材料を加味して
宗?の起因せる處を明かにし、同時に一般?科書に宗教的分子を含有せし
むるの必要」がある。

■「露國の行動は或は日本と于(「干」の誤り?)戈を交ゆる原因たるこ
とあらん從て支那は此禍亂の裡に没せられて傳道事業を一時杜絶せらる
る」可能性は高い。だが「年と共に漸次歩を進め屈せず、撓まずんば効果
期して擧ぐるを得べし」

「撓まずんば効果期して擧ぐるを得べし」が、キリスト教伝道の根本姿
勢なのか。
《QED》
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 もう1つ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【知道中国 1561回】                      
  ――「湖南省を目して小日本・・・自ら稱して小日本人といふ」――(安
井6)
     安井正太郎『湖南』(博文館 明治38年)

               ▽
「1904年漢口に於て開會せる中央支那宗教出版協會」に参加した宣教師の
中には、「五十年の支那に於ける生活」を振り返り、「今日の状態は實に
欣躍に堪へさるを説」く者もいた。19世紀初めの時点で「50年の支那に於
ける生活」ということだから、その宣教師が中国にやってきたのはアヘン
戦争から10年ほどが過ぎた頃になる。

ここで当時の日本を振り返ってみると、黒船の来航=嘉永6(1853)
年、安政江戸地震=安政2(1855)年、安政の大獄=安政5(1858)年、
桜田門外の変=万延元(1860)年と続き、高杉らが乗り組んだ千歳丸の上
海入港=文久2(1862)年となる。

いわば高杉らが西欧との交易によって栄える上海の街を驚きを以て「徘
徊」していた頃より10年ほど早く、すでに宣教師は布教のために湖南省入
りしていたわけだ。

以来、半世紀。排外主義に満ちた湖南省を舞台に、「撓まずんば効果期
して擧ぐるを得べし」の精神を貫いたからこそ、キリスト教にとって「實
に欣躍に堪へさる」状況を産み出し得たということだろう。

かくして「歐州列強が清國主權の薄弱なるに乘じ、或は土地の租借に或
は鐵道鑛山の利源に汲々として勢力範圍の擴張を努むること茲に50年、尨
大なる滿清の境土も殆と完膚なきに近からん」。こうなると最後の最後ま
で列強に対し門戸を閉じていた湖南省も、「早晩列強の染指を免かるべか
らざるは」、やはり時勢の赴くところである。

そこで「湖南人をして自ら進んで其門戸を洞開し20世紀の文化を輸入し
て?育に武備に農工殖産に貿易交通に彼等が其の聰明勇敢なる特性を發揮
せしめ」て、彼らを導いて「地方の安寧幸福」を達成させる一方、「清國
の衰運を挽回」するように努力させるのは、「同文同種にして且つ性情相
近き本邦人」の責務であり、「彼等も亦本邦人を得て初めて相信じ相依る
を得る」ことが出来ると、『湖南』は説く。

かくして白岩は大倉喜八郎、安田善次郎、渋沢栄一などの協力を得て湖
南汽船会社を設立することになるが、『湖南』は湖南汽船会社を基礎に
「兩國經濟共同の必要を?す江湖に訴へ」れば、「經濟同盟はやがて政治
の同盟」に、「政治の同盟」は「國民の聯絡」に、「國民の聯絡」は「政
府の聯絡」に発展すると構想することになる。

どうやら、この辺りにロマンティシズムに満ち溢れた理想主義的な「東
亜保全論」の萌芽を見るようだ。だが、この「東亜保全」という考えが、
その後に続く日露戦争、辛亥革命、清朝崩壊、中華民国成立、軍閥割拠か
ら日中戦争を経て日本敗戦へと続く疾風怒濤の時代の渦中で、ものの見事
に破産したことを改めて考えておく必要があるだろう。

亡国目前の清国、その清国を革命して成立したものの国家の態をなしてい
ない中華民国、その中華民国を目覚めさせ、目覚めた中華民国と提携する
ことで西欧列強に対抗し、本来の東亜を回復する――これを東亜保全論の理
想形とするなら、この理想に向って進んだ「支那通」も少なくなかったよ
うに思う。なかには旧陸軍の支那通を代表する佐々木到一のような軍人も
いたはずだ。

佐々木は中国で台頭するナショナリズムを積極的に評価した。おそらく
両国のナショナリズムによって「政治の同盟」から「國民の聯絡」へ、や
がては「政府の聯絡」に進ませようと夢見たのではないか。

だが、そのナショナリズムがやがて独自の形で、あるいは欧米列強による
様々な政治的思惑の中で日本に牙を向けるようになったことも、また事実
であろう。以上は、さらに考察を重ねる必要がある。後日を期すことを、
ここに記しておく。

末尾に明治36年冬から37年春にかけて南清を旅した佐々木信綱の作品が
付されている。そのうちの一首に、「長江の水ひんがしに五千年國は老い
たり民たゞに眠る」と。
《QED》

◆問題なっしー!?

川原俊明(弁護士)



今回も、メルマガ購読者様からの質問に対し、弁護士が法律的に回答してみました♪

Q:「先日、高砂市が開催したイベント会場に、ゆるキャラ『ふなっしー』の偽物がいて、警察に取り押さえられたというニュースを見ました。

 どうやら、自分の子どもを喜ばすために、お父さんが『ふなっしー』の着ぐるみを着ていたみたいです。
 この後、このお父さんはどうなるの?」

A:警察から注意を受けるくらいで「おとがめなっしー♪」される可能性が高いと思います。
 
まず、このお父さんの行為についてどの法律が問題になるでしょう?
 考えらえられるのは著作権法です。警察も著作権法違反を視野にお父さんから事情を聞いているようです。
 
マスコットである『ふなっしー』の容貌には著作権が発生しています。他人が、勝手に『ふなっしー』と類似した着ぐるみを作成・利用すると著作権法に引っかかります。
 
ただし、その作成・利用が「私的使用」等のためであれば、著作権法違反にはなりません。
 
今回のケースでは、イベント会場にいたとはいえ、お金を受け取っていないことや自分の子どもを喜ばせる愛らしい目的であったことから、「私的使用」もしくはそれに近しいものとして、刑事罰の対象になるとまでは言えないでしょう。
 
問題なっしーです。
 
なお、余談ですが、『ふなっしー』が本当に梨の妖精である場合、妖精の姿自体には著作権は発生しませんので、そもそも著作権の問題さえも発生しないことになりますね♪



2017年04月28日

◆「措置入院」精神病棟の日々(30)

“シーチン”修一 2.0



入院するまでは6畳の和室に布団を敷いて寝ていたが、病院では当然ベッ
ドで、「退院後は原則的に家庭内別居」ということになっていたので、帰
宅してからは3Fの14畳の洋室でベッドを利用している。ベッドは寝心地が
いいし、屋上にあるので開放感があり、ペントハウスの気分、なかなか快
適だ。

ベッドは厚さ20センチの硬いマットの上に同10センチの高級(らしい)安
眠マットが載っており、この安眠マットがずれやすいのが気になっていた
ところ、先日、夜中に寝返りを打った際、ベッドから転げ落ちそうになった。

転げ落ちれば右か左の手や腕を骨折するだろうからと、安眠マットがずれ
ないように柵のような転落防止装置を作ったが、予想以上に具合が良い。

炊事洗濯のほかにそんな工夫・工作やら掃除、片付けもやっているから1
日があっという間に過ぎていく。毎日クタクタだ。4/25にはカミサンの運
転で往復3時間の精神外来も受診したからなおさら忙しかった。

カウンセラーの“ピーコック”のマスクを外した顔を初めて見たが、結構な
美人だった。あれこれ近況を伝えたが、「ずいぶん良くなっているね」と
のこと。小生自身も脳ミソがだいぶ復旧してきた感じはするが、さらに上
を目指し、世界中からリベラルを追放し、中韓北を殲滅したい・・・生き
ているうちに。

4月からの異動で担当Dr.は30歳前後の“ヤングマン”に代わったが、何やら
初々しい。小生が「犯罪心理学を学んでいる」と言ったらびっくりしていた。

外来待合室で、すっかりヒッキーになってしまった“ボス”に会ったが、
“ヤングマン”とは相性が良くなかったようで、以前のDr.が移った先の厚
木△△病院へ入院する予定だという。「予定は未定」で、どうなるかは分か
らないが、「お元気で」「お大事に」と挨拶を交わした。まだ40歳ちょっ
となのに彼の未来は暗いなあと思わざるを得ない。“病院渡り鳥”・・・

帰路に東名海老名SAに10年ぶりに寄ったがビックリ。SAは立ち食いうどん
のようなジャンクフードのイメージだったが、大きなデパ地下みたいに専
門店が高級食品を売っており、オバサンたちがうじゃうじゃいた。今夜は
子・孫が来るのでカミサンは大きなシューマイを買った。

東名を降りてからは大きなリサイクルショップに寄って新品のアルミ脚立
を安く買えた。これまで使っていた脚立は父から引き継いだ鉄製で、もう
50年も使ってきたから錆がひどく、修理も不可能で、壊れそうで怖かった
のだが、これからは安心して高所作業に取り組める。今週には3F軒下の修
繕を開始できるだろう。

夕食は奄美名物の鶏飯をカミサンが作ってくれるし、昼食の際に中華スー
プを多めに作っておいたから小生はラクチン・・・と思っていたらカミサ
ンが想定外で熊本産筍(たけのこ)の初物を買ってきたので、翌朝にみん
なで食べられるように小生は一気に家事ロボと化したのである、一気に
シェフモードへ「ヘンシーン!」。

明るい老人を演じているが、何となく覆水盆に返らずのようなぎくしゃく
した感じ。お星さまになってしまったビーグル犬に変身できたら愛される
のかどうか・・・幾つになっても stray sheep。「我はわがトガを知る。
わが罪は常にわが前にあり」か? ああ悩ましい。

発狂老人、瘋癲老人の意外に冷静な病棟日記から。

【2016/11/27】*“ボス”が明日退院するが、「90日しかいられないから、
正確には転院だね。秦野の○○病院へ行くつもりだ」とのこと。「心の病気
は完治しづらいから大変だね」と言ったものの、なんとなく“たらい回し”
のような・・・

精神病患者は嫌われ者だから家族が引き取らないケースが珍しくない。結
局、患者は独り暮らしをし、生活保護や障害者年金などで賄うのだが、医
療費はタダ。病院としてはとりっぱぐれのない“国費の患者様”だから、ま
あウェルカムなのだろうが、そういう寄生的な患者は働かなくても衣食
住+医療が保障されているとなれば、社会復帰する意欲もなくなっていく
だろう。

社会保障全般を見直し、子育て支援を手厚くしないと亡国になる。

*“一日でも早く仕事に復帰したい”とリハビリに励む“マジメ”は昨日から
外泊。両親が迎えに来たのだが、母親は認知症のようで、彼は何回も母親
のトイレに付き添っていた。退院し職場に復帰しても老親を抱えて大変だ
ろう。実に気の毒だ。

50代後半の“コンチャン”は風邪で終日寝込んでいたが、小生がホールで産
経を読んでいると昨日の大相撲の結果を聞いてきた。「鶴竜優勝だって。
日本人横綱は遠のいたね」と言うと、認知症と言語障害の彼も納得していた。

*フィデル・カストロが亡くなった。彼は最初の武装蜂起で逮捕され、裁
判で「歴史は私に無罪判決を下すだろう」と有名な大演説をしたが、敵で
あるバチスタ政権はカストロ一統を死刑にしなかった。痛恨のミスだ。

フィデルはちょっと過激なリベラル、明治の自由民権運動家みたいだった
が、チェ・ゲバラの影響をかなり受けたのではないか。キューバ革命が成
功し、バチスタが亡命すると、米国は反発して経済封鎖を断行、フィデル
は苦肉の策でソ連の庇護を受けたのは分かるが、よせばいいのにアカに
なってしまった。

バチスタ政権は追放されるほどの圧政を敷いたわけではなかろう。キュー
バ同様に米国の影響を受けたカリブ海のジャマイカやプエルトリコはそこ
そこ発展し、自由、民主、人権、法治は機能していると思う。

革命後、キューバはソ連の属国となり、ソ連崩壊後は二進も三進も行かな
くなった。放っておけばいいものをオバマは私欲(レガシーという名誉
欲)で経済封鎖を解き、国交を回復した。しかし、カストロ兄弟は共産主
義独裁に固執したままだ。権力という魔物に取りつかれている。

キューバ版の改革開放がなければ誰も投資しないだろうに、キューバにト
ウ小平はいない、まともな人材はみな亡命してしまった。

*病院には職員の子供を預かる育児室があり、乳幼児でいつも賑わってい
る。今日は日曜日だけれど7人の子供が散歩に出かけた。育児室がないと
ナースが集まらないのだ。

デベロッパーがマンションや分譲地、戸建てを売りたいのなら、その地区
に託児所、保育所、介護施設などを専門業者とコラボして用意したらどう
か。2世代、3世代家族は大いに安心だろう。

ニーズ、ウォンツを探り出し、市場にソリューションを提案する――ビジネ
スの初めの一歩だ。デベロッパー諸君の奮励努力を期待している。

*日曜日だからホールにいるのは数人で、ほとんどの患者は外泊している
ようだ。外泊すると里心がついて辛くならないか。

午後から業者が来て2Fの通路、ホールなどの掃除とワックスがけ。小生も
家事に復帰したいなあ。

面白く なき世をいかに 棲みなすか 心と仕事 癒しは酒で

ビジネスにしろ家事にしろ、仕事は最高の暇つぶしだが、ご褒美の酒はほ
どほどに。この「ほどほど」が難しい。(つづく)2017/4/26