2017年04月04日

◆「措置入院」精神病棟の日々(21)

 “シーチン”修一 2.0



入院以来4か月以上も続いた下痢がほとんど止まり(ありがとう!「正露
丸」)、少しずつ体力が回復してきたので3/30にはガレージの屋根を修理
した。足元がまだ怪しいので脚立上の作業はかなり怖かったが、花びらを
吹き飛ばす春の強風でも車庫用の塩ビ系ガラスネット波板がバタバタする
ことはないだろう。

自分で自分を誉めてやりたい(誰も誉めてくれないので・・・)。

これで3か月の入院中にたまった営繕作業は99%終わり、ようやくホッと
した。仕事を残していると心が落ち着かない性分なのだ。このためか翌朝
はとても気分が良く、花屋で今年初物のポトスを3鉢買ったが、30年も長
生きしていたわが家のポトスも入院中に絶滅してしまったから、これで小
生のポトス喪失感はかなり癒されるに違いない。

レジを終えて店を出ようとしたら奥さんが「赤ん坊を連れてきたから見て
いって」。生後5か月、5キロの女の子、「このピンクのヨダレカケ、奥様
からいただいたものですよ」。赤ちゃんは電動ゆりかごの中ですやすや
眠っていた。結婚10年以上たってからできた子だから、奥さんも旦那さん
もとてもうれしそうで、こちらまでうれしくなる。Spring has come,
happy come, come、いいことだ。

朝食後に旨いコーヒーを楽しみながら産経を読んでいるとピンポーン。
1950年代から80年代の流行歌(演歌やポップス、ま、懐メロ)を集めたCD
特集(12枚×15曲≒180曲ほど)がアマゾンから届き、さっそく聴いてみた
が、わが青春(かなりの凄春だが)を思い出し、あの頃は小生のみなら
ず、日本全体が純粋というか、初心(うぶ)だったんだなあなどと感慨に
浸った。

小生の若い時の狂気は為政者とか大人とか体制への反発はあったが(良
性)、老いた小生の今の狂気は反発というより憎悪とか自殺願望、自滅願
望が強く(悪性)、16年前(2000年)の自殺未遂後は半年ほど、うつ状態
が続き、ヒョイっと自殺しかねず、電車のホームを歩くのがとても怖かっ
た。死神の指嗾による“飛び込み願望”・・・

会社、家族、利用者、鉄道会社などへの迷惑を思うと「やってはいけな
い」と自制心が働いたから良かったが、今はそんな初心な心、真っ当な心
は消えてしまったようで・・・それが怖い(末期)。

人は病気になると、その病気について大いに学ぶものだ。小生は13年前
(2003年)に胃がん切除手術を受け、上手く食事が摂れなくなったのでそ
の筋の本、「消化器系手術後の食事療法」とかで勉強した。

今はうつ病なので福島章(精神科医、大学教授、容疑者の精神鑑定もして
いる)著「犯罪心理学」を読んでいるが、ケーススタディを読んでいく
と、あまりにも自分そっくりで絶望的な気分になったりする。

外資系一流企業で高卒ながら真面目で頑張り屋の39歳男Dは先輩を追い抜
き大出世したが、そのポストの重圧で発狂してしまう。

<Dのうつ病の発病には、遺伝負因(自殺者・精神病者がいる)、病前性
格(典型的な執着気質)、発病状況(昇進・転勤・転居・親の死など)な
ど、多くの因子が関係している。その上、彼は律儀で責任感の強い人間で
あったから、抑うつ状態に陥っても、「しばらく休養して出直そう」など
とゆとりを持って考えることができず、自分なりの努力――すなわち“あが
き”――を重ね、結局は自分が自分の思いのままにならないという不全感に
絶望を深める、という悪循環を招いたのである。

これも反応性うつ病の典型的なケースである>

小生そっくり。小生は基本的にアバウトなのだが、仕事(文筆、記事)に
関しては職人のようにクソ真面目、神経質、几帳面で、上記の文章にある
「執着気質」そのもの。手抜きをしない、できない、したくないというタ
イプである。遺伝負因については、調べればもっといそうだ。

疲れ果てたDは、この際、退職して故郷で実家の農業を継ごうと思うよう
になったのだが、奥さんの猛反対に遭う。「犬は人につく、ネコは家(土
地)につく」とよく言われるが、女は本質的に大地に根を張っており、住
み慣れた(多くの友達もいる)ところを離れることをとても嫌がるのだ。

<妻との口論が殺人(絞殺)という行為にまで発展した心理はよく分から
ないが、妻が農村を嫌っていて、Dの退職にも強く反対したこと、その際
にかなり激しい言葉でDを侮辱したことなどがわずかに記憶されている。

しかし、それだけでは、15年間を仲の良い夫婦として暮らしてきて、二人
の子供まである妻を殺す動機としては薄弱であると言わねばならない。

Dはこの時、かっとして、情動の嵐のとりこになったのであろう。平生で
あればその情動の勢いにも抵抗して、自分の行動を抑制できるはずである
のに、うつ病によって精神の統合が解体していたため、重大な行為にまで
盲目的に走ってしまったのだと考えられた>

小生は紙一重で殺人とか傷害事件にならなかっただけだ。怖ろしいことで
ある。次の話には泣けてしまった。

<精神鑑定の結果は「反応性うつ病」「病的情動」のふたつの精神の障害
によって心神耗弱の状態にあったと判断したが、裁判所はこの鑑定を認め
ず、懲役4年の実刑を申し渡し、Dはその一審判決に控訴せずに服した。そ
れは、彼が当時なおうつ状態にあって、自責の念と悪い自分を罰したいと
いう欲求が強かったためであったとも解せられる>

Dは本質的に「いい人」なのだ。小生も小賢しいが、そこそこいい夫、い
い父、いい息子であったと思うし、今は本質的には「好々爺」だと思う。
ただ、いつもは穏やかな休火山であっても、御嶽山のように突然噴火しか
ねい、本人も周囲もそれを予知できないから厄介である。そのことを常に
心に留め、自分自身を警戒していないととんでもないことになりかねない。

セウォル号 浮かび上がって クネ沈む

感情の 赴くままに クネ叩き 亡国目前 悔やんでもムダ

諸行無常、一寸先は闇、明日も穏やかでありますようにと祈るしかない。
(つづく)2017/4/2

◆もし中国が同意しなければ

宮崎 正弘
 


<平成29年(2017)4月3日(月曜日)通算第5252号>  

(速報)
 「もし中国が同意しなければ、米国は単独行動を取る」
   トランプ大統領、英紙フィナンシャルタイムズに語る

世界の多くのメディアが6日からの米中首脳会談に焦点を充てているが、
多くは貿易戦争、通貨操作をトランプが攻撃し、引き替えに中国の大型投
資を引き出すと、勝手な予想をしている。

2人は同じ性格だからうまく合意できるという希望的な観測記事も華字紙
では活発に報じられている。

ところが英紙フィナンシャルタイムズの単独インタビューに応じたトラン
プ大統領は、「米中首脳会談で、もし中国の同意が得られなければ、米国
は単独で(北朝鮮問題で)行動を取る」と答えた(FT紙、電子版。4月
3日)。

◆100万円は100g

渡部 亮次郎



こんな事をご存知ですか。1000万円は1000gつまり1Kgである。だから1億円は10Kg。とても持ちきれない。車で運ぶしかない。

金大中拉致事件を田中角栄政権が「政治的に」解決した時、「お礼」として、当時の「日本担当閣僚」が目白の田中邸に買い物袋2つに現金を詰めて運んだ。

買い物袋に入る重さの限度はどのくらいだろう?5Kg=5000万円が限界じゃないか。閣僚は袋を両手に下げて「1つは奥様へ」といったら角さんは「そうか大平君(外務大臣)だね」と答えたという。

この話は閣僚を案内した田中後援会の幹部が月刊誌「文芸春秋」で披露して私を驚かせたが、世の中にはあまり評判にならずに終わった。角さんが「色紙を書こうか」と言った。領収書代わりである。

だが閣僚は不要と答えた。大平外相に渡ったかどうかは知る由も無いが、角さんが猫糞するような人ではなかったことは確かである。

ところで紙幣を重さで量る話は田舎の県会議員なんかを相手にした時は出るわけもない。やはり中央のせいかいである。私に教えたのは政界の、それも実力者と言われる人物だった。

政界と言うところは人にカネを掴ませる時は確実に現金を掴ませる。小切手なんかではない。それも新聞紙にくるんだり、買い物袋に入れて渡すのが普通だ。相手がかしこまらないよう、気を遣うわけだ。

石橋湛山政権の出来るときが現金買収のはじめと言われているが、昭和30年代前半のあの頃は精々100万単位だった。それを10倍にしたのが角福戦争といわれた田中角栄対福田赳夫による昭和47年の自民党総裁選挙だっ
た。

しかし、福田は現金は全く使わず、使ったのは専ら角さんといわれた。1000万円はサントリーだるまの空き箱に納まるという。

現在の政界ではこうした話は無縁。ただ1人知っているのは小沢一郎である。目方で量る話も知っているはず。角栄、金丸信の教育である。

(文中敬称略) 2011・1・24


◆家系の血は争えぬ! 青森県に初の女性首長が誕生

浅野勝人(安保政策研究会理事長)



青森県の外ヶ浜町といっても見当がつかないでしょう。
石川さゆりのヒット曲「津軽海峡冬景色」に「ごらんあれが竜飛岬(たっぴみさき)北のはずれと、見知らぬ人が指をさす」と唄われた竜飛岬のある町といえばおおよそ土地勘とイメージが浮かぶでしょう。

人口6,600人、3,000世帯余りの半農半漁の町に県内現職首長最年少の女性町長が誕生しました。女性首長は青森県では初めての“春の珍事”だそうです。

何が起こったかといいますと、3月26日(2017年)投票、27日開票の東津軽郡外ヶ浜町長選挙で、35才、会社員、無所属新人の山崎結子(ゆいこ)候補が、4選をめざした79才の現職町長との一騎打ちに大差で勝利しました。
有権者  5,855人
投票率  78.91%
山崎結子 2891票
現職町長 1,700票
人口の90%近くが有権者の若者不在の町で1,100票の差ですから、
多くの年寄りが35才を支持した結果です。

山崎結子を支持したパート女性(70)が「このままではいけないという町民の危機感が票にあらわれた」と述べたと河北新報は伝えています。

選挙戦は、町議会議員11人のうち7人が現職町長支援議員団を結成し、建設業者の団体、町職員組合などを結集させた組織戦 vs 個人戦の争いでした。もっともシロウト集団の山崎選対に、町政刷新に共鳴した町長派の中心的存在だった地元選出県議会議員、自民党青森県連幹事長が加わり、選挙責任者となりました。

現職町長の側には、長男の県議会議員、自民党青森県連総務会長が陣取っていますから、保守分裂選挙の様相となりました。どこの地方にもしばしば見られる光景です。

町政の継続か、刷新かの争いは、山崎候補の「しがらみのない町民ファースト」の訴えが、ベテランによる長期政権を嫌った有権者に入れられて組織選挙体制を寄せ付けませんでした。

新町長は「覚悟と重責を感じ、身が引き締まる思い」と述べていますが、選挙中の公約、例えば、町の基幹産業である水産業の立て直し。養殖ホタテの貝殻の処分などに具体的な解決策を提示する責任を負っています。

実は、山崎結子は前参議院議員、元総務副大臣、山崎力の次女です。新町長の父親、山崎力は安保政策研究会の理事で、わたしたちの仲間でもあります。

私がNHK政治部記者の頃から懇意だったのは祖父に当たる山崎竜男参議院議員でした。環境庁長官(大臣)になったのですが、国会議員を振り切って青森県知事選挙に出馬し、落選して政治生命を失いました。

当時、私は電事連(電気事業連合会)を敵に回して勝ち目の薄い選挙に出るのを思い止まるよう懸命に説得したのですが、原子力発電の推進と核燃料サイクルの確立をめざす電事連が県政に癒着するのを許容できず、無所属で出馬して討ち死にしました。

知事選挙にこだわったのは、青森県知事だった父親の山崎岩男への強い思いがあったからでした。山崎岩男は、新町長の結子さんの曽(そう)祖父(そふ)(広辞苑:ひいじじ)に当たりますが、知事2期目の途中、志し半ばにして退陣のやむなきにいたった無念を晴らしたかったのではないかと察せられます。

教員あがりの曽祖父・山崎岩男は、34才で県議選に出て惜敗します。戦前のこととはいえ、リヤカーを選挙カーに仕立てて戦ったそうですが、お金がなくて法定はがきを有権者に配れなかったのが敗因でした。

2度目の挑戦で県議となり、戦後初の第1回衆議院議員選挙(1946/4月)に駒を進めて当選。5期連続当選しましたが6期目に落選。知事選挙の公認が得られず、県内8人の国会議員を敵に回して無所属で立候補。見事に当選して戦後2人目の青森県知事となりました。

医師だった祖父・山崎竜男は、参議院青森地方区に2度落選したものの諦めず、3度目の挑戦で当選し、末は大臣になりましたが、無謀な知事選挙に敗れて引退しました。

読売新聞の父・山崎力は、参議院青森地方区で2勝2敗。去年夏の選挙に惜敗しました。一族の負け数の多さは清廉ゆえですが、私の4勝3敗と似ています。

山崎力が落選して、もう選挙とは縁が切れたと思っていた矢先に4代目の登場です。

山崎力から「次女が竜飛岬から町長選挙に出る。準備の最中」と連絡をいただき、選挙に憑(つ)かれた山崎一家の伝統を継ぐ人材の存在を知ってビックリしました。

「家族に選挙やるような子がいるなんて知らなかった。何をしていた娘さん、お幾つ?」
「青森の水産会社の社員で、35才です」
「町長選挙の相手はどんな人」
「4選を目指す79才の現職町長。最初に選挙しただけであとは無競争。結子は、無風選挙はここで断つと決意して出馬を決めました」
「オヤジよりしっかりしている。そりゃ、お嬢が勝つ。山崎家伝統のクリーンな選挙手法を守れば、間違いなく圧勝する」

その通りになりました。
血は争えないとはよく言ったものです。脱帽!
(元内閣官房副長官)

2017年04月03日

◆まずは北朝鮮のエージェントに制裁

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月2日(日曜日)通算第5251号   <前日発行>>

 〜トランプ政権、まずは北朝鮮のエージェントに制裁
  ロシア、中国、キューバ。加えてベトナムの商社など名指し〜

3月31日、米国財務省ムニューチン長官が記者会見し、北朝鮮に核ミサイ
ル部品などを代理調達し、そのネットワークに協力した11の企業、団体、
人物を特定し、制裁を加えるとした。

この会見にはトランプ大統領、ペンス副大統領も同席した。

これらにはロシア、中国、キューバのほか、ベトナムの代理店も対象と
なっている。またロシアとベトナムの闇商社として人物も特定されている
が、多くが以前から制裁対象とされて、マークされてきた。

「これらの代理人等は北朝鮮の核兵器技術や部品、ミサイル部品の調達並
びに資金ネットワークに協力したところであり、米国の同盟国もすみやか
に同様の措置を講ずることを期待したい」とムニューチン財務長官は続けた。

米国が北朝鮮を「ならず者国家」のリストからはずして以来、むしろこう
した闇取引が活発化しており、トランプ政権の次の手段は、米国に於ける
中国の銀行への処分で、その次に控えるのが「ならず者国家」再指定である。

米国内には北朝鮮への先制攻撃を期待する声もあるが、現段階では中国の
出方をまっている情勢だ。
 4月6日、7日に開催予定の米中首脳会談で、トランプと習近平の話し
合いがどこまで進むか、とりわけ北朝鮮をめぐる丁々発止が中心となると
予測されており、在米華字紙などは、はやくも「決裂」を予測している。
          

◆『はっ倒すぞぉ、こらぁ!!』は脅迫罪になる?

室 佳之



大相撲大阪場所は、稀勢の里の劇的な優勝で幕を閉じた。それはそれは感
動的なもので小生も胸打たれるものがあった。

一方で、千秋楽から数日経って、ようやく照ノ富士に対する報道が、多少
でも出てきたことは遅きに失したとは云え大事なことだと思う。照ノ富士
を熱烈に贔屓しているわけではないが、思うところを書いてみたい。

14日目の取り組みにおいて、大関再昇進に後がなくなった関脇の琴奨菊
に対して、大関の照ノ富士は立ち合い変化して勝利をしたものの、大阪府
立体育館内は怒号の嵐となり、客によっては『モンゴルへ帰れ』と叫ぶに
至った。直後の日馬富士はヤジのために集中出来なかったとのこと。

さらに翌日のスポーツ新聞にその『モンゴルへ帰れ』の文言が出たこと
で、事はヘイトスピーチという批判が出るまでになっている。

小生も『モンゴルへ帰れ』は、心無いヤジだと思う。ところが、ヘイトス
ピーチ云々の話題が出た時にふと思ったことがある。

小生は6日目の大阪場所を観戦してきた。斜め後ろの升席にほろよい気分
のおじさんが、力士へ向かって色々と叫んでいた。何人かには『●●〜!負
けたら、はっ倒すぞぉ、こらぁ!!』と叫んでいて、その都度周りで笑い
が起きていた。

小生も大阪らしいなぁと感じていたが、ヘイトスピーチ報道に接して、
ん?となった。『モンゴルへ帰れ』がヘイトスピーチだったら、この
『はっ倒すぞ、こらぁ』は脅迫罪にならないのかという素朴な疑問。常識
的に考えれば、くだんのおじさんが本当に関取をはっ倒す訳もなければ、
はっ倒せるような体格でもないから、誰もがそれは冗談だと思って聞いて
いる。当然、脅迫罪で捕まるようなことはないだろう。

では、『モンゴルへ帰れ』を発した人はどうなのだろう?

本気ならアウトだが、冗談ならセーフ?

本気でも冗談でもアウト?

本気でも冗談でもセーフ?

小生は専門外なので専門家がいらっしゃれば、是非伺ってみたい。なんだ
かヘイトスピーチという言葉が出て来てから、何でもかんでも窮屈な感じ
がする。

単純に『心無いヤジはやめろよ』と云えばいいのを『ヘイトスピーチ』と
尤もらしい用語を使うからややこしくなる。

少し遠回りはするけれども、相撲観戦歴2年ながら、あれこれ書いてみる。

照ノ富士は、昨年の5月場所でボロ負け(2勝13敗)した後、この半年く
らい相撲が変わったと小生は一人で主張し続けていた(もっとも聞き手は
家内くらいだったが)。奇をてらわず、強引な取り方をしない、地道な稽
古に励んでいるのだろう。

結果は出ていないが、これはきっと復活してくるだろうと。案の定、今場
所は序盤から好調だった(なのに、小生が観戦した6日目は高安に一方的
に敗れてしまった)。

今回の14日目の立ち合い変化についての報道の仕方に2つ気になったこと
がある。

まず、照ノ富士の変化にみんながみんな批判的だったのに、何故千秋楽の
稀勢の里の変化には批判どころか大絶賛なのか。本割では不成立も含め、
稀勢の里は立ち合い2回とも右に左に変化した。

それも照ノ富士より格上の最高位横綱であるにもかかわらずである。もち
ろん、左肩に大怪我をして、とても真っ向から勝負できないからとの理由
はよく分かる。

それなら、照ノ富士が13日目の鶴竜戦で左膝の怪我が再発し、14日目以降
歩くのもやっとだったことは誰も擁護しないのか。千秋楽の本割と優勝決
定戦の二番を見ると、稀勢の里が頑張ったのはもちろだが、照ノ富士の足
が全くついていっておらず、いとも簡単に倒されていた。

そう考えると、琴奨菊戦はまともに勝負できなかったのではないか(実際
には直前まで変化を考えていなかったらしいが)。ただし、小生は上位の
力士が立ち合い変化することを良しとしていないことを付け加えておく。

もう1つは、琴奨菊の不甲斐なさではないか。北の富士親方が解説で辛う
じて触れてはいたが、そもそも14日目までに5敗しているし、立ち合いで
のはたかれ方もあっけなさすぎる。上述の『負けたら、はっ倒すぞぉ、こ
らぁ!!』じゃないが、それくらいの意気で観客も厳しく琴奨菊を見てや
らなきゃならないのではと思う。

総じて考えてみると、近年無意識に相撲報道が日本人贔屓の空気を作り、
ファン一体となって無言(むしろ有言?)の圧力を外国人出身力士に与え
ているのではないか。今朝のラジオニュースで、ある評論家が、モンゴル
出身力士達は近頃大変肩身の狭い思いをしていると語っていた。

白鵬などは、つい数年前まで記録を破るごとに皆が応援していたのに、最
近は掌を返されたような感がある。照ノ富士は千秋楽後のインタビューで
『目に見えるつらさと目に見えないつらさがあるんだよね。それを表に出
すか出さないかです』と答えた。

思い出したい言葉がある。昨年初場所に琴奨菊が初優勝した際の八角理事
長の言葉である。

『日本出身も外国出身もない、頑張った者が優勝する。モンゴル出身の強
い3横綱がいてからこそ(今は)ある。なおさら、この10年は外国出身
力士が頑張った』

この言葉を原点にすれば、上述の『モンゴルへ帰れ』発言など全てのモヤ
モヤを浄化させてくれるような、そんな心持ちにさせてくれると思うのだ
がどうだろう。

最後に、あまり外国人力士ばかり強調するのは却って良くないとは思いつ
つ、小生なりに注目力士を紹介したい。

阿夢露:ロシア出身。幕内から十両、ついに幕下筆頭まで下がってしまっ
たが、寡黙な表情に悲壮感が漂い、どこか古武士に見えてしまうほど応援
したくなる。

大砂嵐:初のアフリカ大陸(エジプト)からの関取。ラマダン中は断食し
てでも相撲を取るそうな。荒っぽいが力強い。

臥牙丸:ジョージア出身。巨漢を活かして、ひたすら前へ。はたかれると
表情いっぱいに悔しがり、時に相撲道に反して対戦力士を睨みつけるが、
それもよい。

栃ノ心:同じくジョージア出身。臥牙丸とともに柔道出身で当時臥牙丸に
は負けなかったらしい。まわしを取れば豪快に釣技を繰り出せるが、最近
怪我が多く心配だ。

魁星:ブラジル出身。大柄だが、真面目な性格、柔らかい表情なので、
つい応援したくなるが今場所は怪我でイマイチだった。

千代翔馬:モンゴル出身。ここ1年一気に幕内へ上がってきて、格上の力
士も絶対に油断できないだろう。技が多彩で予測がつかない。

逸ノ城:モンゴル出身。2年ほど前に急上昇したが、今はもがき中か。
巨漢だったが体重を一気に落として初心に立ち返って相撲を取っている感じ。

碧山:ブルガリア出身。これまた巨漢で、ツッパリの威力は時に上位陣
もタジタジ。琴欧洲と同様、綺麗な顔立ちで、女性ファンも多いことだろう。

荒鷲:モンゴル出身。はじめ、千代翔馬と顔の区別ができなかった。ここ
最近、横綱泣かせで侮れない。今場所は途中休場してしまい残念。

蒼国来:中国出身となっているが、内モンゴルの出。人を喰ったようにす
ばしっこく、対戦力士はやりにくそう。自分の形になると、豪快に釣技も
見せる。

貴ノ岩:モンゴル出身。ガチッとハマった時は、一気に勝負をつけられる
強さがある。初場所の稀勢の里の初優勝は、白鵬を破った貴ノ岩がいたか
らこそ叶った。

玉鷲:モンゴル出身。32歳だがインタビューの時は童顔のような可愛らし
い一面を見せる。ここ数場所は三役を守っており、横綱大関陣を倒す力強
さがある。

大関、横綱陣は割愛する。ただ、親方3人に触れておきたい。

1人目は鳴戸親方(琴欧洲)で未だに人気は衰えず、場所中も人だか
り。しかし、何より落ち着いて的確に説明できる解説が素晴らしい。必ず
語尾が、『〜ですね』と柔らかくなる。

2人目は大島親方(旭天鵬)。モンゴル出身だが日本国籍取得。とにか
く、そこらへんのおっちゃんのような喋り方で、どうやったら身につくの
だろうと思うほどの日本語力。1年ほど前、稀勢の里が誰かに負けた際、
解説で『やっぱし、なぁんか少しモヤモヤぁっとしたものが、あったん
じゃないですかねぇ!?』ってコメントしたのが忘れられない。

3人目は、昨年小生より若くして亡くなられた間垣親方(時天空)。悪性
リンパ腫で無念の引退後、闘病生活をしながらもNHKの解説をされてい
た。すごい精神力。合掌。


◆おでん風土記

渡部 亮次郎



大人になって上京して初めて食べたものは数々ある。おでんもその1つ。吉祥寺北口駅前の具が爾来、好きになって、今の下町のには馴染めない。時々は1時間もかけて吉祥寺へ行く。

それにしても東京でおでんを肴にして呑んだのは専ら日本酒だったせいいか、焼酎党の今でも、おでんの時は日本酒が欲しくなる。郷里秋田の冬は鍋の町だからおでんは無かった。今はどうだろう。

おでんは元来は日本でだけ食べられていたが、併合時代に台湾や朝鮮半島などにも広まり、現地では今でも日本語の「おでん」の名称で親しまれているそうだ。

台湾語では「?輪」と書いて「オレン」と発音する(台湾語には濁音のダがなく、ラと訛った)。なお、現在の台湾のコンビニエンスストアや屋台などでは、大阪風の「關東煮」という表記で広く売られている(台湾のセブンイレブンでは「関東煮」と日本の新字で表記)。

韓国では練り物そのものを一般にオデンといい、醤油ベースの出汁で煮込んだり(日本のように他の具が入ることはまずない)、辛子味噌で炒めたりする。

上海の日系コンビニエンスストアなどでもおでんが売られているが、日本のコンビニおでんと異なり、串に刺し、使い捨てのコップに入れて売るという違いがある。

上海では「熬点」と書いて発音するが、語源は日本語の「おでん」で、煮込んだスナックというような字義をかけてある。

タイの日系コンビニエンスストアでもおでんが人気となっており、ほぼ日本と変わらないスタイルで供され、好評を博している。

おでんは室町時代(1392-1573年)に出現した味噌田楽、田楽と言われる食物が原型である。

古く田楽と呼ばれた料理には、具を串刺しにして焼いた「焼き田楽」のほか、具を茹でた煮込み田楽があった。

のち、煮込み田楽が女房言葉で田楽の「でん」に接頭語「お」を付けた「おでん」と呼ばれるようになり、単に田楽といえば焼き田楽を指すようになった。

その後、江戸時代に濃口醤油が発明され、江戸では醤油味の濃い出汁で煮た「おでん」が作られるようになり、それが関西に伝わり「関東炊き」、「関東煮(「かんとだき」と発音される)」と呼ばれるようになった。

関西では昆布や鯨、牛すじなどで出汁をとったり、薄口醤油を用いたりと独自に工夫され変化していった。NHK大阪放送局の食堂にはおでんが年がら年中置いてあったが、白っぽいのが気持悪かった。

おでんは明治時代、関東では廃れていくが、関東大震災(1923年)の時、関西から救援に来た人たちの炊き出しで「関東煮」が振る舞われたことから東京でもおでんが復活することになる。

しかし本来の江戸の味は既に失われていたために、味付けは関西風のものが主流となった。現在東京で老舗とされる店の多くが薄味であるのはこのような理由によるものである。地震の被害の最も大きかった下町が関西風なのはこのためだろう。

もともとの「関東炊き」(濃い醤油味)は、老舗の味として関西で残っていることもあるし、東京でも一度は消えたが江戸の味はこうだったらしい、ということで作っている店はある。


日本では麺類のつゆに代表されるように、一般的に関東では濃い味付け、関西では薄い味付けが好まれるとされているが、おでんに関しては別で、上記のような複雑な発展の経緯があったために関東では薄味、関西では濃い味が伝統的とされる。

ただし、現在の東京やその近郊のおでん屋の味は、関東人好みの濃い味のほうが優勢のようである。

また関西では、濃い味のものを関東煮、薄味のものをおでんと呼び分ける傾向もある。

薬味は全国的に練り辛子が主流だが、味噌だれやネギだれなどを用いる地域もある。名古屋を中心とする中部地方でも関東風のおでんが一般的ではあるが、こんにゃくや豆腐などに八丁味噌をベースにしたたれを付けて焼いたり、それらを湯掻いて味噌だれをつけて食べる田楽(味噌田楽)も健在である。

青森県青森市
ツブ貝、ネマガリタケノコ、大角天(薩摩揚げの一種)など独特の具が入ったおでんに生姜味噌だれをかけて食べる。2005年には「青森おでんの会」が発足。

2010年予定の東北新幹線新青森駅開業へ向けて、生姜味噌おでんの全国ブランド化を図るべく、「B-1グランプリ」という食の祭典への出展等、PR活動が行われている。

長野県飯田地方
醤油の出汁で煮た一般的なおでんに、ネギダレ(みじん切りにしたネギを醤油に漬け込みネギのエキスにより粘り気の出たタレ)をかけて食べる。人気の具は豆腐である。

富山県
塩と昆布の出汁で煮たおでんに、玉子、焼きちくわ、焼き豆腐、かまぼこなど入れて煮込み練り辛子かおぼろ昆布を添えて食べる。

静岡県静岡市
葵区の繁華街にはおでん店だけが軒を連ねる飲食店街があったり、多くの駄菓子屋でもおでんを販売している。

また静岡県のおでん自体も濃口醤油を使い牛スジ肉で出汁を取った黒いつゆが特長で、はんぺんは焼津産の黒はんぺん、すべての具に竹串を刺してあるのが特徴で、上に「だし粉」と呼ばれるイワシの削り節や鰹節、青海苔をかけて食べる。

これは「静岡おでん」(発音は静岡市周辺での「静岡」の読み方にならって「しぞーかおでん」)と呼ばれている。2007年には「静岡おでんの会」という団体が「B-1グランプリ」という食の祭典に静岡おでんを出展し、3位となった。

愛知県
八丁味噌をベースとした甘めの汁で、ダイコン、こんにゃく等の定番の具を煮込んだ「味噌おでん」が有名。

味噌の煮汁には豚のモツやバラ肉を入れてどて煮にしたり、味噌カツのたれにされることも多い。また、だし汁ではなく湯で茹でた後、味噌をつけて食する味噌田楽もある。

醤油味の汁のおでんについては「関東煮(かんとに)」と呼び、おでんといえば味噌おでんや味噌田楽を指す場合が珍しくなかった。

また、具材でも薩摩揚げのことを「はんぺん」と呼ぶことが一般的だったが、最近ではテレビメディアや全国展開するコンビニなどの影響で、関東煮(かんとに)をおでんと言い換え、わずかながらも薩摩揚げとはんぺんを区別するようになった。

しかし全てが同じという訳ではなく、通常の醤油味のおでんにも甘い味噌だれを付けて食べることもあるため、コンビニではからしの他に甘い味噌だれの小袋を付けて販売している。

兵庫県姫路市
薄味だが、関東煮ともいう。からしは使わず、しょうが醤油に付けて食べる。きざみ葱を散らすこともある。

香川県
讃岐うどん店では、必ずと言っても良いほど副食として販売されている。

コンビニのおでんカウンターのような保温器で煮込まれている竹串刺しのおでんを、客はセルフサービスで取ってきて、注文したうどんが出来上がるまでの間などに食べる。

香川のうどん店のおでんは、セルフサービスのうどん店だけでなく一般店(店員がうどんを上げ下げしてくれる店)であっても大抵はセルフサービスである。おでんには茶色く甘い味噌だれ、黄色い辛子味噌などを添える。

愛媛県
からしの代わりにおでん用の味噌を付けて食べる。

沖縄県
沖縄のおでんは「てびち」(豚足)をメインとしており、旬の葉物野菜が添えられるのが特徴である。 コンビニでは本土と同様の一般的なおでんと共に「てびち」も販売されている。

アメリカ施政権下の頃、ちょっと駐在(NHK特派員)したが、「おでんに茶飯」の昼食が一番高かった。薩摩揚げを憎っくき薩摩ではなく博多から空輸しているため、原価が高くなるとの説明だった。出典:「ウィキペディア」

◆激腰痛で、歩けない

毛馬 一三



激腰痛等に悩まされ出して8年が経つ。歩行が100b位しか出来ず道路で座り込んで仕舞う。バス・地下鉄には立ったまま乗車はできない。ましてや、地下鉄の階段は手すり棒にすがって上り降りをするが、激痛みに襲われている。

家でも、椅子に座ってパソコンに向かい合うのも、30分とはもたない。どうしてこんな腰痛に絡む激痛が起こったのだろうか。昼間、やむを得ない所要で外出先から帰宅すると、激痛のため、布団に寝転ぶしかない。

腰痛といえば、6年前に脊髄部の「すべり症」に見舞われ、下半身が痺れて倒れる症状が起き、大阪厚生年金病院で手術をした。手術は成功し、「すべり症」からは完全回復したので、以後腰痛には何の懸念も抱かないつもりだった。

ところが、冒頭記述のように、突然8年2か月前から、激腰痛が始まったのだ。そこで、今毎日、整形外科診療所に通って診察とリハビリを受けている。リハビリを受ければ次第に回復すると思っているが、今でも中々痛みが減らない。

整形外科診療医院での診察で、まずレントゲンを撮影し、「すべり症手術の後遺症」の障害有無を調べてもらったが、それは無しとの診断だった。

しかし、痛みは、腰だけでなく、時間が経過するにつれて、右足の臀部、右下肢ふくらはぎに広がり、1年前からは左右の腕・両足筋肉にまで痛みが出だした。

腰痛だけでなく、右足・下肢の筋肉に痛みが広がり出したため、改めて診療所の院長に「病名」を質した。すると「仙腸関節炎」だと伝えられた。ではこの痛みの原因は何であるかを尋ねた処、「分からないです」との回答。

一体「仙腸関節炎」とは何か。日本仙腸関節研究会によると下記の様の記述されている。
<仙腸関節は、骨盤の骨である仙骨と腸骨の間にある関節であり、周囲の靭帯により強固に連結されている。仙腸関節は脊椎の根元に位置し、画像検査ではほとんど判らない程度の3〜5mmのわずかな動きを有している。
仙腸関節障害は決して稀ではない。仙腸関節障害で訴えられる“腰痛”の部位は、仙腸関節を中心とした痛みが一般的だが、臀部、鼠径部、下肢などにも痛みを生じることがある。
仙腸関節の捻じれが解除されないまま続くと慢性腰痛の原因にもなる。長い時間椅子に座れない、仰向けに寝れない、痛いほうを下にして寝れない、という症状が特徴的。
腰臀部、下肢の症状は、腰椎の病気(腰部脊柱管狭窄症・ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう や 腰椎椎間板ヘルニア・ようついついかんばん など)による神経症状と似ているので、注意が必要。
また、腰椎と仙腸関節は近くにあり、関連しているので、腰椎の病気に合併することもあり得る。>

上記説明で、筆者の「仙腸関節炎」の症状や痛み箇所が一致し、神経症状と似ているとの指摘があったことからも、院長の病名診断に納得出来た。

しかし肝腎の「仙腸関節炎」の原因が何処から発生しているのかが分からないのでは、不安が増幅する。

どうすればこの激腰痛から脱出できるのだろうか。整形外科の分野で、「腰痛」の原因は、総じて分からないことが多いという説もある。

当診療医院で、1週間に1度、痛み止め注射(トリガーポイント注射、ノイロトロピン注射、ジプカルソー注射)を打ってもらい、1日3回・薬剤ザルトプロフェン錠80mgを飲んでいる。痛みの各局部には湿布も貼る。

また頼らざるを得ないのは、毎日の主軸治療の「リハビリ」だ。柔道整復師による局部マッサージのあと、ホットパック(タオルによる温め)、干渉波(電気)、腰の牽引の物理療法の4リハビリを40分間行っている。しかし局部の痛み緩和には余り効果はない。

「仙腸関節炎」の原因が分からない以上、対象療法しかないのは事実だ。だとすれば、歩けない、立てない、座れないのが強度になっていくばかりなので、日常寝たきりしかない。

残念で仕方がない。諦めしか無いのだろうか。
(了)

2017年04月02日

◆日本と中国はどう違うのか

加瀬 英明



今年は明治元年から、150年目に当たる。明治維新は、“御一新”と呼ばれ
た。「維新」は中国の古典から借りてきた言葉だったが、もし大政維新が
行われなかったとすれば、今日の日本がありえなかった。

江戸が東京と改称されてからも、150年目に当たる。

日本は国をあげて文明開化を進めることによって、西洋諸国に対抗するこ
とができた。

だが、私たちの隣にある中国と朝鮮は、西洋の列強が海嘯(つなみ)のよう
に押し寄せるなかで、近代化することができなかった。

私は150年前を懐古するつもりはない。今日でも、日本、中国、韓国は変
わっていないと思う。3つの国を2000年以上も前からつくってきた雛型か
ら、少しも変わっていない。

もっとも、韓国は中国の属国として“小中華(ソチュンファ)”と称して、中
国を崇めた“ミニ中国”だったから、これ以上触れないことにする。

中国が陸の文明であってきたのに対して、日本は海の国であってきた。

私は父が転勤になったので、生後6ヶ月でイギリスへ渡った。3年後にヒ
トラーがポーランドに侵攻して戦争が始まったために、母とともに日本郵
便の客船で東京へ戻った。

毎日、煌(きらめ)く海を甲板から見ていたのを覚えている。帰国後、両親
に連れられて、しばしば鎌倉の浜で遊んだ。山幸彦海幸彦伝説や、浦島太
郎の物語を聞かされて育った。

私たち日本人は、幼い頃から口遊(くちずさ)んだ「我は海の子白浪の 騒
ぐ磯部の松原に」、「千里寄せくる海の気を 吸いて童(わらべ)になりに
けり」(『われは海の子』)というように、海の子なのだ。

 中国と易姓革命

中国は秦王朝(紀元前221年〜206年)によってはじめて統一された が、
その後、王朝が易姓革命によって、せわしく交替した。

天帝が地上でもっとも徳が高い人物を、全世界を統治する天子――皇帝とし
て選んだ。皇帝が徳を失うと、また地上で徳がもっとも高い者を選んで、
王朝を交替させた。

中国は中華と自称しているが、世界の中心だと信じてきた。ライオンが頂
点にいて、最下位に鼡がいる、アリストテレスの動物界のピラミッドのよ
うに、中国が世界の頂点にあって、中国の支配を受け容れた属国――朝貢国
が続き、最下部に蛮族――夷狄がいる華夷秩序として、知られるピラミッド
があった。

中国は海に関心を持つことが、ほとんどなかった。海に背を向けた文明で
ある。

日本は古来、海の幸により形成されたと信じていた

日本人は古代から、海から幸がもたらされると信じた。『古事記』『日本
書紀』に常世の国が登場するが、海の彼方に理想郷があった。日本神話は
日本人の世界観を表すものである。

日本人にとって、海辺は神と人が接するところだった。今でも、渚(なぎ
さ)に打ち寄せる波は、常世の国とつながっている。恵比須(えびす)神は
海神として親しまれてきたが、外来の神とか、渡来の神、漂着神、客神な
どと呼ばれた。

中国では「仙」という字が、人と山を組み合わせているように、山に仙境
があると信じてきた。

私は漢詩に親しんできたが、日本の多くの詩歌が『万葉集』をはじめとし
て、海を描いているのに対して、漢詩に海をうたったものがほとんど無い。

山水画は道教思想がもとになっているが、神仙山水画と呼ばれるように、
山の風景が多い。中国人の精神を表している。

中国の庭園は、道家の理想の人物である仙人が住むことから、奇怪な石灰
石をあしらった仮山奇石の築山があるので、私たちになじめない。

中国は華夷思想に取り憑かれているから、外界と対等な関係を結ぶことが
できないできた。このような傲りが、19世紀に西洋の脅威が迫ると、災
いした。

 漢籍に夜郎自大という言葉がある。夜郎は南西夷の小国だったが、自ら
を強大だと思って、漢の使者を侮った故事を嘲ったものだ。清朝は圧倒的
な力を持った西洋に遭遇した時に、まさに夜郎自大になった。

 日本は常世の国信仰を持ち続けたから、渡来の神や客神を歓迎して、拒
むことがなかった。海は幸をもたらしてくれる。

 大陸の中原の文明と日本の島の文化

 中原の文明である中国が傲慢であるのと対照的に、日本は島の文化だか
ら謙虚だ。

 私は十数年前に、南太平洋のフィジーに講師として招かれたが、フィ
ジーにキリスト教が渡ってくると、在来の信仰と混淆するなど、日本によ
く似ているのに感心した。

 日本は大陸において唐の脅威がつのると、豪族が全国を治めていたの
を、皇極天皇のもとで、645年に唐の中央集権制度を模倣して、大化の
改新として知られる大改革を行った。明治元年に始まった御一新と、よく
似ている。

 皇極天皇は女帝だったが、大化の改新に当たって、「独り治むるべから
ず。民の扶(たす)けを待つ」という詔を発している。日本の天皇は祭り主
であって、中国の皇帝のような専制主ではなかった。元号が大陸に倣っ
て、はじめてこの時に採用され、大化元年と定められた。

 平田篤胤(1776年〜1843年)といえば、江戸後期の国学者で、
激しい排外主義者として知られる。

 平田でさえ、「外国(とつくに)々より万(よろ)ずの事物の我が大御国に
参り来ることは、皇神(すめらみこと)たちの大御心にて、その御神徳の広
大なる故に、善きも悪しきの選みなく(略)皇国に御引き寄せる趣を能
(よ)く考え弁えて、外国より来る事物はよく選み採りて用つべきこと」
(『静の岩戸』)と、説いている。

 私は今日の中国の指導部は、愚かだと思う。

 尖閣諸島をはじめ、フィリピン、ベトナム、マレーシアなどの小さな
島々を「核心的利益」だといって、領有権を主張するのをやめるべきだ。
大海軍の建設に狂奔するかたわら、南シナ海の7つの人工島を造成して軍
事化することによって、孤立化を招いている。

 もし、そのようなことをせずに、巨大な経済力を用いて、日本をはじめ
とする太平洋諸国に気前よく投資し、大量の観光客を送り込んでいたとす
れば、太平洋諸国は中国に魅せられて、いまごろ中国によって取り込まれ
ていたはずだ。

 中国は陸の文明だから、海をまったく理解することができない。

 大陸国家が大海軍を建設して、成功した験しがない。16世紀のスペイ
ン、ナポレオンのフランス、清の末期、20世紀のロシア、ドイツ帝国が
その例である。

 習近平体制が南シナ海に造った人工島は面積を合計すると、東京の千代
田区よりも大きいが、軍事的には役に立たない。航空母艦も、人工島も、
京劇の舞台装置のようなものだ。

 吃、喝、嫖、賭、去聴戯

中国人は昔から、「吃(チュ)」(食)「喝(フー)」(酒)「嫖(ピァ
オ)」(淫らな遊女)「賭(ドウ)」(博打)「去聴戯(チーティンシ)」
(京劇)の5つを、生き甲斐にしているといわれてきた。

京劇は清朝に発しているが、歴代の皇帝も、西大后も、毛沢東、周恩
来、江青も、京劇の虜となっていた。江沢民主席は微醺をおびると、大声
で京劇の歌曲を吟じることによって知られた。習近平主席にも去聴戯の血
が流れているに、ちがいない。

中国は3月に開幕した全国人民代表大会において、国防費を7%増や
し、史上はじめて1兆元(約17兆円)を超すことを発表した。

中国はこの大きな部分を、海軍力の拡張に投資しようが、清朝末期の北
洋艦隊のようなものだから、役に立つまい。

中国人は臆病な商人だから、全面戦争を戦うことはしない。

だが、「5000年の偉大な中華文明の復興」を呼号して、国民の愛国 心を
煽ることによって、揺らぐ体制を維持しているから、日本から尖閣諸 島
を奪おうと試みる可能性がある。


◆セントラルヒーティング

馬場 伯明




職場で花見の話になった。東京では4月1日の開花はほとんど見られない。
それに雨の予想だから外は寒いだろう。「町内会の花見を翌日(4.2)に
延期しました(Aさん)」「明日は花見の席をハシゴの予定ですが、すぐ
飲みに行こうと話し合いました(私)」などと、早々に花見を諦めた人が
多かった。

そこで、私が言った。「寒い花見には『セントラルヒーティング』です。
酒を飲み体の中心から温めるのがいいですよ」と。座布団は出なかったけ
れども「うまい言い方」であると、けっこう、うけた!

飲酒を「セントラルヒーティング」と表現するのは以前から本誌でも使っ
ている。Googleで“セントラルヒーティング、馬場伯明”を検索したら、本
誌への投稿文が3件出た。ご紹介する。

第一.「阪神淡路大震災人間模様」(297号2006/1/13)。大震災
(1995.1.17)の11年後に書いた文章である。そうか、当時、本誌もまだ
300号未達だったのだ。

大阪勤務だった私は大震災後の大阪や神戸の粉塵と瓦礫の街を仕事(とボ
ランティアのお手伝い)で走り回っていた。そして、いつもみんなと酒を
飲んだ。その箇所を引用する。

(単身赴任者らが独身寮に集まった夜)《「セントラルヒーティング」:
(大震災の被害で)暖房のない夜は寒く長い。こんな時にはまず部屋に多
くの人間が入り「吐息暖房」。それから何といっても酒、酒、酒。こいつ
は芯から温まる。セントラルだが、ジャイアンツじゃないぞ(私はカープ
ファンだ)。

レロレロ。おい、いいもんがあるぞ。無修正の本番ビデオだとA君。どれ
どれとみんな息を潜めてスタンバイ。なるほどフムフム、血流はセントラ
ルへ、熱くなってきたぞ。さあ、自家発電だ・・・》。う〜ん、若いな。

第二.「岡山西大寺会陽(裸祭り)」(2171号2011/2/3)。この奇祭:裸
祭りに参加したときのことを記したもの。この直後に東北大震災・大津波
がやって来たのだ。

《・・・力自慢の相撲部やラグビー愛好者ら20人が、・・・4人1組で宝木
(しんぎ)を狙おうと申し合わせた。23:00私も素っ裸に晒しの褌を締め
る。褌は巾1尺(33センチ)長さ数メートル。濡らした褌で凹ませた腹を
きつく締めた。白足袋を履き準備は完了した。

御酒の一升瓶を回し飲む。あっという間に一升瓶が空く。厳寒の深夜。セ
ントラルヒーティング。(腹の)中心から温めるのが一番である。隊列を
組み西大寺(観音院)境内まで早足で行進する。寒い。沿道の観光客が
「ワッショ!ワッショ!」と囃す。「ワッショ!」と応える。・・・》。

第三.「靖国神社で花見」2916号2013/4/2。毎年恒例の靖国神社での花見
の報告である。この年もずいぶん寒かったことを覚えている。

《・・・花冷えだが無風である。両手の花(赤坂の美女)と語らいなが
ら、はらはらと散りゆく染井吉野の花びらを愛でた。北側の桟敷の一角に
24人の男女が陣取った。寿司、煮込み、おでん、焼きそば・・・。酒は、
ビール、日本酒、焼酎など飲み放題である。

この夜は底冷えがする寒さであった。それなら、「セントラルヒーティン
グ(中央暖房central heating)」だ。つまり「酒を流し込み腹の中央か
ら温める」という我流の解釈である(笑)。熱燗が2本3本と腹の中へ滲み
入る。「おうおう!温まってきたぞ!」》。

じつは、今年(2017年)の靖国神社の花見には桟敷がない。テキ屋のオッ
チャンの店もない。工事があるから・・・と言う。でも解せないなあ。
「参詣・桜・酒の3点セット」から酒がなくなれば、靖国神社の花見の価
値が半減するというか、3分の2になる。私たちは花見の場所を変更した。

職場の話にもどる。ところで、「セントラルヒーティング(中央暖房
central heating)」というのは、れっきとした空調設備用語である。

《 セントラルヒーティングとは、1箇所に給湯器熱源装置(ボイラーな
ど)を設置して、熱を暖房が必要な各部へ送り届ける暖房の方式である。
全館集中暖房、中央暖房ともいう。日本においては石油(重油)ボイラー
が主として用いられてきたが、建物の種類や規模(民家など)によって
は、ガスボイラーも使われている》(Wikipedia)。

それなら、転じて(私が言う)「酒を流し込み腹の中から温める」という
意味の「造語」とした場合、どんな漢字熟語(四字熟語)にすればいいの
だろうか。いろいろ考えてみた。次の10個の漢字熟語。これで酒がうまく
なれば言うことはない。

1.「体芯温響」:「耐震補強」のもじり。2.「体芯暖化」:「耐震強
化」。3.「身芯酒温」:酒で温まる。4.「身芯快暖」:芯まで気持ち良
い。5.「身中暖化」:体が暖まる。6.「身中温暖」:ほかほか・・・。

7.「集中体温」:食道や胃袋から温める。8.「集中熱中」:集中し熱中
する。9.「酒流腹温」:♪酒は流れて腹温まる。素直な定義である。10.
「酒流重畳(ちょうじょう)」:満足である! 

私見を申せば、私の独断の好みの「四字熟語」は、3.「身芯酒温」:酒
で温まる。>6.「身中温暖」:ほかほか・・・。>9.「酒流腹温」:♪
酒は流れて腹温まる。素直な定義である。・・・の順番である。読者のみ
なさんも好みの四字熟語をつくってください。

さて、明日(2017/4/1)は、確実に、桜も咲かず寒い雨天である。桜の
木々や枝も花も見ることもなく、夕刻から、赤羽橋(和食・肉)から渋谷
(洋食・牡蠣)の美味い店へと移動する。気楽な仲間と、もちろん、主題
は潤いのセントラルヒーティング(!)である。

そして、花冷えや底冷えも何のその。「身芯酒温」「身中温暖」「酒流腹
温」の流れに身を任せ、その奔流を乗り切って「酒流重畳(ちょうじょ
う)、余は満足じゃ〜〜」となるであろう(笑)。

花はなくとも酒はある。さあ、花の都の真ん中を、セントラルヒーティン
グを唱えながら闊歩しようではないか。(2017/3/31 千葉市在住)