2017年04月19日

◆加齢疾病連発に悩まされた夏

石岡 荘十

今日書こう、明日こそはと思いながら、胸や背中を孫の手で掻くのに忙し
くて今日に至ってしまった。何の話か。すでに畏友毛馬一三氏が本誌で報
告しているように帯状疱疹“事件”の経緯についてである。

夏は、典型的な加齢疾病といわれる病につぎつぎと襲われ、悪戦苦闘した
3ヶ月だった。この間、私を襲ったのは帯状疱疹。発症から3ヶ月、やっと
終息にこぎつけたと思ったら今度は、加齢黄班変性といわれる眼球の疾病
である。これについては今なお加療の真っ只中であり、別稿で報告したい。

帯状疱疹の兆しが現れたのは6月の末のことだった。「夏バテ」というの
は夏だけの症状だと思われがちだが、気候の変化が激しい梅雨時や初夏に
も起こりやすい。

気温の乱高下に老体がついていけず、何もする気がしない。全身がともか
くけだるい。にもかかわらず梅雨明けの7月、以前からの約束もあって、
猛暑の中、秩父盆地のど真ん中にあるゴルフ場に出陣。疲労困憊、這うよ
うにして帰宅した。完全に体力を消耗していた。これが祟った。

思い返すと、その数日前すでに左胸の皮膚に違和感があり肋骨のあたりに
ピリピリ感があった。間もなく胸から左肩甲骨下にかけて赤い斑点がぽつ
ぽつ。ゴルフの後から左側の神経に沿って激痛が走るようになった。

にもかかわらず、まだ帯状疱疹とは気がつかず、市販のかゆみ止め軟膏
(レスタミン)を塗ったり、サロンパスの湿布を患部に張ったりして凌ご
うと試みていた。無知は恐ろしい。

そうこうしているうちに、赤い斑点は水ぶくれとなり、夜はベッドの上で
転々。背中を孫の手で掻きまくったものだから水ぶくれが破れ、かさぶた
へと変わったがかゆみと痛みは治まらなかった。

遂にたまらず、行きつけの病院の皮膚科に駆け込んだのはゴルフから3週
間を過ぎていた。

「帯状疱疹です。ずいぶん我慢強い方ですねぇ。もうかさぶたになり始め
ていますから、ペインクリニックに行きなさい」という。

帯状疱疹は、幼児に経験した水ぼうそうのウイルスが原因だ。ウイルスは
長い間体内の神経節に潜んでいて、加齢(50歳代〜70歳代)やストレス、
過労などが引き金となってウイルスに対する免疫力が低下すると、潜んで
いたウイルスが再び活動を始める。ウイルスは神経を伝わって皮膚に達
し、帯状疱疹として発症するとされている。

東京女子医大の統計によると、発疹する部位は、一番多いのが私のケー
ス。上肢〜胸背部(31.2%)、次いで腹背部(19.6%)、そして怖いのは
頭部〜顔面(17.6%)などとなっており、高校の友人が右顔面に発症。何
年か前のことだが、今でも顔面の筋肉がこわばっている。

最悪、失明をしたケースも報告されている。頚部〜上肢にも発症する。い
ずれの場合も体の左右どちらか一方に現れるのが特徴だ。

発症してすぐ気づき、すぐ適切な治療を受けた場合でも3週間は皮膚の痛
みや痒みが続く。痛みがやや治まってからも神経の痛みは容易に治まらな
い。数年間、痛みが消えなかったと言う症例もある厄介な加齢疾病である。

まして、私のケースは、初期治療のタイミングを逸した。その祟りで、い
まだにときどき、肋間や背中にピリピリと痛みが走る。

さて治療法である。皮膚科では坑ヘルペスウイルス薬を処方する。ウイル
スの増殖を抑える飲み薬で初期の痛みや痒みを抑える効果があるが、私は
そのチャンスを逃し、我慢強く無為に苦しんだ。

ペインクリニックでは、飲み薬と塗り薬を処方される。

【飲み薬】、

・鎮痛剤リリカプセル:今年4月、保健が適用されることとなった帯状疱
疹の最新特効薬だ。

・セレコックス:リリカカプセルが効かない場合に飲む頓服錠剤。炎症に
よる腫れや痛みを和らげる。
・メチコバール:末梢神経のしびれ、麻痺、痛みを改善する。

【塗り薬】、

・強力レスタミンコーチゾンコーワ(軟膏)

ペインクリニックでの治療5週間。月初旬にくすりの処方が終わった。発
症から3ヶ月の闘病であった。この間体力をつけようと金に糸目をつけず
美食に走った結果、太ってしまった。

毛馬一三氏が先日レポートしたとおりで、初動がこの病気治療の決め手で
ある。他山の石とされたい。



2017年04月18日

◆中国金融当局、経済成長路線を修正

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月17日(月曜日)通算第5266号>    

〜中国金融当局、経済成長路線を修正し、貸し出しを抑制
  「このままでは失われた二十五年の日本の二の舞だ」と自省〜

4月10日に中国の銀行監査委員会((CBRC)は貸しだし政策の修正を
銀行に通達した。

つまり不動産への無謀なローンを抑制し、もっと有望な成長分野、さらに
は公害対策など社会生活に有益な分野への「大胆にして中立的な」貸し出
しへの移行を奨励する路線への切り替えである。

庶民からあがっている声は「もはや不動産価格は追いつける水準ではな
い」とする不満で、上海で高級マンションは2億円、3億円の時代。東京
の三倍近いレベルに高騰している。

誰も住んでいないゴーストタウンは中国全土に8500ケ所あると言われ、中
国が世界のエコシティのモデルになると呼号して、邦貨換算10兆円を投じ

天津新都心は、工事を中断し、廃墟と化けた。

それにも関わらず、習近平は河北省に新都市を建設すると豪語している。

「このままでは日本のように『失われた25年』は、次に中国にやってく
る」という危機意識の基づいた警告だが、実態をみれば、この中国金融当
局の政策転換は遅すぎる。まずは間に合わないと言えるが、当局はそのよ
うな認識を抱いていても、おそらく公表は出来ないだろう。

2017年第1四半期の新規貸し出しは4兆4200万元で、これは前年同期比で
4・6%のマイナス。とくに3月は1兆200億元で、顕著な減少を示した。
  
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 

 〜中国と北朝鮮はサイバー作戦で共同することもある
  気をつけるべきは日本人を装っての、左派のネット攻撃と書き込みだ〜

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高永吉『韓国左派の陰謀と北朝鮮の擾乱』(KKベストセラーズ)
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 タイミングは絶妙である。まさに韓国左派が優勢にすすめる韓国大統領
選はどちらが勝とうと、親北左翼であり、これかもの政治混乱はますまる
続くことになる。保守系が勝つ望みは現時点ではきわめて薄い。

 内政干渉に当たるのでアメリカも、日本も発言を控えているが、反日路
線は変わらないだろうし、突然変異的に日本に政治的にすり寄ることは
あっても、それは一時的な思惑と計算が働くからで、左派は中国を向いて
おり、その文脈から北朝鮮を重視し、保守派はアメリカを向いているとい
うことである。自力更生という基本姿勢がない、つねに事大主義な韓国の
政治には救いがない。

冒頭に高氏と佐藤優氏との対談が収録されている。

これも読みごたえがあるのだが、このなかで、佐藤氏が某国情報機関の話
として、金正恩は「腎臓病とか膵臓病、あるいは癌ではないのです。じつ
は一つは痛風で、もう一つは痔ろうです。痛風の発作というのはものすご
い痛みだそうです。そのときに判断を誤る可能性がある」
と指摘している。

この情報の信憑性は分からないが、なにしろ国際社会の無法者ゆえに、何
をしでかるのかは予測不能である。

他方、韓国の大統領選挙はたしかに民意の表れであるけれど、北の情報工
作という見えない戦術で振り回される部分が強いのである。ネット空間に
現れてくる不思議な「民意」なるものは、実態は「民意」などではなく、
北の情報工作、攪乱情報の類いであることが多く、基本的には日韓米離反
を狙う。

実例として北の情報作戦にやられたのは米国肉の狂牛病騒ぎだったと高氏
は続ける。

これは米韓離間の心理戦争の一環として北が仕掛けた

「韓国はインターネットの普及率が非常に高いですから、一般の若者達は
ネットを通して騙される」。

最高の成功例は盧武鉉当選だった。

「中国の瀋陽から日本人や韓国人になりすまして、盧武鉉が当選しなけれ
ば、再び南北の戦争に陥る怖れがあるというようなことを書き込んで左
派、親北朝鮮の雰囲気を煽りました」

かく指摘する高氏は重大な情報をいくつも、本書の中で紹介しているが、
それは読んでのお楽しみ。一気に読んだ。

(註 高永吉氏の「吉」は2つ重なります「吉吉」で一文字)
           
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◆樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1555回】         
  ――「彼等の體力は實に野生である、獸性である」――(高瀬15)
   高瀬敏?『北清見聞録』(金港堂書籍 明治37年)

   ▽
高瀬は「わが輩は、我國民が支那經營の如何にも手緩きをみてもどかしさ
に堪えへざるなり」と結ぶ。そこで知りたいのは「如何にも手緩」い実態
であり、「手緩き」がゆえに起る問題の解決策になるわけだが、残念なが
ら、その点に高瀬は言及することを避けた。

じつは「學校經營」「宗?傳道」「滿洲移民」「鐵道敷設」「鑛山開掘」
「製造所設立」「航海運搬業の擴張」「日清銀行設立」などの「諸般の經
營の如きは、今此處に詳論するの暇なし」としたままに、この本は唐突に
終わってしまう。決して「暇なし」とも思えない。「詳論」を知りたいが
ゆえに、肩透かしを喰らったような思いだ。

そこで考えてみた。

「支那人民を精神的に啓發して、世界文明の好伴侶たらしめんとする?育
家、宗教家」に向って、「清國に於て、大いに訓化の爲めに力を盡さん
は、困難と雖も、今の時を以て最好の時」だと訴え、いまこそ可能な限り
に力を注がなければ、「他日各國の國旗の東西南北に翩翻たらん時、遂に
その力を盡すべき道なきに至らん」と忠告する高瀬は、政治家、実業家を
含む「諸般の事業を經營して、大に支那に於ける我國の利權を獲得せんと
する人々に向つて」は、「もし我輩の論ずる所」が「大いに謬る所」がな
いとするなら、「わが國民が支那に向つて大に活動すべきは、今の時を以
て最も急なり」と主張する。それというのも、「露、獨、佛の三國」は日
本人の想定を遥かに超えた深度で清国に食い込んでいるからである。

「支那人民を精神的に啓發して、世界文明の好伴侶たらしめん」ために
も、いまこそ力を尽くさなければ、いずれ中国は西欧列強に分断され、我
が「?育家、宗教家」が「その力を盡すべき」余地はなくなってしまい、
彼らが掲げたであろうアジアを一つにして西欧に対するという大理想は絵
に描いたモチに終わる。

その一方で、「諸般の事業を經營して、大に支那に於ける我國の利權を獲
得せん」がためには、「今の時を以て最も急なり」。このままノンベンダ
ラリと「諸般の事業を經營し」ていたなら、猛然・狡猾に進出している西
欧列強の前では「支那に於ける我國の利權を獲得」することなどは無理と
いうことになる。

はたして高瀬は、「支那人民を精神的に啓發して、世界文明の好伴侶たら
しめん」ことを目指したのか。それとも西欧列強に伍して「諸般の事業を
經營して、大に支那に於ける我國の利權を獲得」することを狙っていたの
か。はたまた両者を併せたものなのか。

ここで『北清見聞録』の冒頭に掲げられた「今や北京は殆んど世界外交の
中心であるかの觀がある。少なくとも日本外交の中心點は北京である。若
しわが日本が、北京外交の舞臺に於て敗を取ることがあるならば、大日本
の理想は遂に一個の空想に過ぎない」との一節を思い起こす。

時は日露戦争前夜、「今や北京は殆んど世界外交の中心」だった。「少な
くとも日本外交の中心點は北京であ」った。それから現在までの1世紀余
の時の流れを振り返るなら、「若しわが日本が、北京外交の舞臺に於て敗
を取ることがあるならば、大日本の理想は遂に一個の空想に過ぎない」と
の高瀬の予言は、悲しい話だが見事に的中したといえるだろう。 

では、なぜ無惨にも「大日本の理想は遂に1個の空想」に終わってしまっ
たのか。ここで勇猛果敢な断言を軽々に下すつもりはない。だが、次の一
点だけは言っておきたい。

文久2年の千歳丸以来の日本人が残した記録を読むにつけて、その多くの
主張――中国と中国人、それに対する日本と日本人の振る舞い――は真実を衝
いている。だが結果として「大日本の理想」は夢物語に終わった。
やはり、先人の考えを現実の国内政治、外交政策に反映されることができ
ないところに問題が潜んでいたように思えるのだ。
《QED》

◆「措置入院」精神病棟の日々(26)

“シーチン”修一 2.0



カフカの「城」のような“どうしても辿り着けない”と焦燥感にあえぐ夢で
起きた。以前は“締め切りに追われる”夢をよく見たが、発狂以来、「城」
もどきが多いようだ(どういうわけか浅草あたりで迷う。一葉女史、荷風
散人、吉原などの印象が強いためかもしれない)。悪夢で目覚めるとしば
らく呆然とするが、それにしてもなぜ「城」なのだろう。

「不条理」「夢と現実の混在」「困惑と焦り」・・・カフカの作品はそん
な風に語られているようだが、彼は父親へのコンプレクス(複雑な思い)
がトラウマになっているとか。

彼は肺結核だったが、小生のような発狂経験はなく、キチ○イではない。
なぜ彼は「城」や「変身」を書いたのだろう。WIKIから。

<精神分析的解釈の代表的なものはヘルムート・カイザーの『フランツ・
カフカの地獄』(1931年)であり、カイザーはここで『変身』や『流刑地
にて』などの作品を、父に対する息子のエディプス・コンプレックスが表
れた作品として論じている。

新フロイト派のエーリヒ・フロムは『夢の精神分析』(1951年)で『審
判』を取り上げ、この作品を心理的事実が表れた一つの夢として読むべき
だとした。

また精神分析の発想を応用しているものとしてジョルジュ・バタイユのカ
フカ論(『文学と悪』所収、1957年)があり、ここではジークムント・フ
ロイトの快感原則の理論などを踏まえつつ、父親の権威が支配する世界に
対して小児的な幸福を追求した者としてカフカを論じている>

カフカは父から自分という人格を認めてもらいたいが、父は理解しようと
もせずに、自分を難じる、共通の言葉もない・・・これはデュガールの
「チボー家の人々」でも父と次男の葛藤として描かれている。

小生の場合、カミサンに理解されたい、「ああ、修一はこういう人格なの
だ、ずいぶん変わっているけれど、それだから修一なのだ」と。しかし、
カミサンは小生に常に疑い深い視線を向けるし、「彼は彼、私は私、考え
や価値観、嗜好は全然違うけれど尊重はする、個人主義でいいのではない
か」とは思わない、思えない、思いたくない。

このあたりが小生の緊張や欲求不満、ストレスとなり、「城」的なもどか
しさや悪夢になっているのではないか。カミサンは永遠に変わらないから
小生のストレスも溜まり続けるのか。

今朝は発狂して壊したドアを修繕する。まるで新品のようになったが、こ
れで発狂の物理的痕跡は表面的には消えたことになる。憂さ晴らしにビー
ル瓶を叩き割る奥さんの話を聞いたことがあるが、奥さんなりの発狂防止
策だったのかもしれない。田舎ならそれもできるが、街中では難しいだろ
う。ストレスを上手く発散しないと爆発に至る。

発散をしくじった人々の集う病棟日記から。

【2016/11/24】統合失調症のYさんはずーっと軽いいびきをかきながら気
持ちよさそうに寝ていた。眠っているときだけが落ち着けるのだろう。起
きているときは幻覚、幻聴でぶつぶつ言ったり、朦朧とし、フラフラした
り。まだ40歳前後だろうに、顔の筋肉が衰えてドローンとした表情だ。

社会復帰は到底無理で、一生を障害者、患者として生きるのだろう。服装
を見ても着た切り雀で、近親者から見捨てられているようだ。

80歳過ぎのおばあちゃんのTさんは、「娘が一人いるけれど離れて暮らし
ているから、家に帰っても自分一人では(気力体力的に?)何もできな
い」と意見交換会で言っていた。彼女はホールで塗り絵にはまっていた
が、実に上手だった。どう見ても精神疾患ではない。

介護施設の機能はすべての精神病院が引き受けられる。前者は深海(まる
で死後の世界)のようにひっそりとしていたが、後者は若い女性も多く、
ホールではおしゃべりで賑やかだ。彼女も10代の孫のような女の子とお
しゃべりをしていた。どちらが老人にとっていいかは明らかだ。精神病院
は積極的に介護事業に取り組むべきではないか。

30歳ほどの美女の歩きっぷりが素晴らしい。歩幅は大きいし、とても力強
く、男でも見ない歩き方だ。“ボス”と仲良しなので、誰も手を出さない
が、声をかけてみた、「ちょっと伺いたいんですけど、とても歩き方がい
いですね、何かスポーツをやっていたんですか?」。

「小学校と中学校でバスケットをやっていました」

ナルホド、納得。ボールを持たせたらダムダムダムとドリブル、一気に
ダッシュし、スラムダンクでゴールに叩き込みそうな感じだ。通称“バス
ケ”でいこう。このパワーで家庭内で暴れまくったら両親は警察に助けを
求めるしかないな・・・

小生の息子はマッチョ、キン肉マンで、4、5歳から剣道を習っていたが、
消防官に採用された。一芸に秀でることは人生にプラスになる。年長の知
人は剣道5段で、学校やビルの警備員として優先的に採用されている。剣
士は棒を持たせるとまったくスキがなく、びしっと決まる。剣道4段のカ
ミサンは暴れる統失患者にもひるまない。

中姉と長女の連れ合いは高校まで球児で、ともにゴルフが上手い。スポー
ツは趣味の範囲でもいいからやっておくほうがいい。小生は一升瓶の火炎
瓶を室伏のごとくに投擲する迷人で、千葉刑務所へ送られたから、投げる
のが好きなら火炎瓶や石はやめておいたほうがいい。

今朝の産経コラム「だからリベラルは嫌」(加納宏幸記者)は面白かっ
た。彼らリベラルは口先ではきれいごとを言うが、オバマ(イスラム教か
ら白人を憎悪する過激プロテスタントに転向したりした)やメルケル(穏
健プロテスタントの牧師の娘、自分は正義だと思い込んでいるお節介オバ
サン)のように国家を棄損する。

リベラルは宗教のようなものだから棄教は難しい。論稿で理路整然と叩き
まくり、選挙で落としていくしかないが、あと10年もすればリベラルはほ
とんど消えているのではないか。カトリックも中絶、離婚、同性婚などに
寛容にならざるを得ないし、イスラム教は永遠に殺し合いを続けるから、
どちらもパワーは衰えていくだろう。

中韓を未だに拘束している儒教の「朱子学」は人民統治にはすこぶる有効
だが、頑迷固陋のガチガチの保守でありイノベーションにはまったく不向
きである。英仏さらには見下していた日本にも負けた支那は、明治維新の
チャイナバージョン「洋務運動」を始めたが、半分は自滅、半分は保守派
に潰されてしまった。

世界は、というか先進国はIndustry 4.0(第4次産業革命=情報通信技
術、人工知能などによる生産性の飛躍的向上)に取り組んでいるが、支那
にはインターネットさえない。人民は世界の情報から遮断されたままだ。

そして支那、朝鮮は基本的に強者が弱者を支配する朱子学秩序のままで、
ロシアも同様だろう。有能な人材はどんどん流出するばかりだ。習近平曰
く「マルクス主義を学べ、俺の言葉を暗記しろ」だと。現代版の科挙によ
り大失敗した共産主義を延命させようというのだろうが、滑稽を通り越し
て痴呆症の域だ。暗記ではなく創造がミソ、キモなのに・・・

才あるものは沈没船から逃げ出すから、グズグズしているのはクズばか
り。弱体化は免れない。

日本の場合、改革を唱えるのが保守派で、既存秩序維持を叫ぶのがリベラ
ルを含めたアカという、実に奇妙なことになっている。リベラルはとっく
の昔に粗大ゴミになり、廃品回収車も避けて逃げる汚染物に堕してしまっ
た。「壊れていてもかまいません」が、腐臭ふんぷんの汚物には誰も手を
出さない。

長興寺蔵の「織田信長像」は優しげな美男で、巷間伝えられる残虐過酷な
イメージとはまったくそぐわない。天安門の毛沢東像も、1949年の建国以
降だけでも(餓死を含めて)4000万人を殺した独裁者とは思えない。

プーチンやドゥテルテは人殺しの人相をしている。トランプは狡猾かつ有
能なビジネスマンの顔で、選挙中はタフガイを演じていたのだろう。

中共は公式見解で毛沢東は「貢献7割、誤り3割」とされており、それ以上
の詮索を禁止しているが、まったくの善人も、まったくの悪人もいないの
なら、英雄・偉人も善7:悪3あたりかもしれない。英雄の自宅でのくつろ
いだ姿、たとえば褌一丁で夕涼みをしているとかを間近に見る下男にすれ
ば「下男の目に英雄なし」となるわけだ。

小生は自分を5:5あたりかと思うのだが、カミサンから見れば4:6、3:7
で悪の方が目立つのかもしれない。

14:00〜16:20、立て続けに心理面接。1人目は「両方が納得する解を得
るために奥様にもヒアリングする」、2人目は「奥様の良いところ、感謝
することを書いてみたら」とアドバイスを受けた。

精神病院には臨床心理士、精神保健福祉士、作業療法士などがいて、彼ら
カウンセラーはコメディカル部に所属していた。「コメディー・・・患者
を楽しませるからなのかなあ」などと奇異な感じを受けていたが、Co-
Medical部、訳せば「医療支援部」に所属しているという。「二度と病院
に来ないで済むよう、患者と家族が平穏に暮らせるようにするのが仕事」
だそうだ。

17:00、夕薬に整腸剤のビオフェルミンが追加された。20:00、就寝前薬
としてこれまでのフルトラムゼパムに加えて「グッドミン」が加わった
が、深く眠り過ぎないか。トイレで目が覚めないと大事になるが、大丈夫
なのか・・・心配だ。(つづく)2017/4/16

◆エンパイア・ステート・ビル

渡部 亮次郎



「エンパイア・ステート」はニューヨーク州の愛称である。そのニューヨークを生まれて初めて訪れたのは1978(昭和53)年2月のこと。国際問題評論家の友人加瀬英明に案内してもらっての贅沢な旅だった。もう40年近く前だ。

最初がロス・アンジェルス。折から解禁されて間もないポルノ映画を鑑に入ったが、観客は我々だけというのに驚いた。なるほどポルノは一度は珍しいが、そんなに見るのは変質者なのだ。

その夜、本場?でステーキを食べようと所望したが、硬いし、味が拙い。醤油とか或いは大根おろしでもなけりゃ食えたもんじゃない。以後何十回と無く訪れる事になるが、アメリカでステーキは食べない。

さりとて海岸縁のレストランで焼き魚を注文したら、蒸した白身の魚が出てきた。何しろ大振りで味が無い。それこそ醤油でもあれば御の字だが、当時は醤油が殆ど普及してなかった。塩だけ。

その後、日本駐留体験の帰還兵を通じて飛躍的に普及。どんなレストランでも「キッコマン」は備えるようになった。キッコーマン社にとって米国はドル箱のはずである。

問題はNYを象徴する超高層のエンパイア・ステート・ビル。話のタネだからと最上階までエレベーターで昇った。最上階102階部分は地上381mの高さにある。不思議な事に加瀬氏が中心部に突っ立ったまま展望鏡も覗こうとしない。元はといえば私は高所恐怖症者。「ナベさん、このビル、最上階は風で40Cmずつ揺れているんだよ」といわれたら、もう怖くて壁のふちへは行けなくなった。

加瀬氏の従姉オノ・ヨーコさんとその夫ジョン・レノンにイタリア街でご馳走になったら、窓の外に黒山の人だかり。彼らがそれほどの有名人である事を私は知らなかった。ビートルズを知らない政治記者だった。

翌日、世界貿易センターの最上階のレストランへ知人に招待された。エンパイア・ステートより高いビル。窓の下をヘリコプターが飛んで行く。途端に怖くなった。出されたムール貝を急いで口に入れて帰ろうとしたら「そんなにお好きならもう一皿」という奨めには参った。帰り道、加瀬氏「ボクも高所恐怖症なんだよ」。

エンパイア・ステート・ビルディングは、同じくマンハッタンを代表する高級ホテルであるウォルドルフ=アストリアが建っていた跡地に建設された。

工事はクライスラービルから「世界一の高さのビル」の称号を奪うために急いで行われ、1931(昭和6)年5月1日に年に竣工した。私の生まれる5年も前だ。当時、わが国のビル高さ制限は100尺(30m=8階)。

ところが折からの世界恐慌の影響でオフィス部分は1940年代まで多くの部分が空室であり、「エンプティ(空の)ステートビルディング」と揶揄されたこともあった。

その後は約1万のテナントが入り,約2万5000人を収容。世界最高の建物として約40年間王座を保ってきたが,今日ではさして高さは誇れない時代になった(世界大百科事典)

73基のエレベーター(貨物用の6基を含む)、1860個の階段などで構成されている。

ビルの、1950年代に付け加えられた電波塔をあわせると443・2mになる。頂上部分では電飾がされており、日によって色が変化する。

日本との戦争が終わる寸前の1945年7月28日の午前9時49分に、深い霧の中ニュージャージー州のニューアーク国際空港に着陸しようとしたアメリカ陸軍のB-25爆撃機が、79階の北側に衝突して機体が建物に突入、搭載エンジンが衝突の衝撃で機体から脱落し、エレベーターシャフトを破壊した。

この際に79階と80階で火災が発生したが約40分で消火した。 着陸直前で燃料の搭載量が少なかった上、比較的小型の機体であったことから、14人の死者を出したものの建物自体への損害は比較的少なかったこともあり事故後2日で営業を再開した。

日本の建築基準法は英国法に倣って作成されたもので、建物の高さについては、原則として100フィート(百尺、約31m)という制限が課されていた。

この制限は、関東大震災を教訓として長い間維持され、これが撤廃される1962(昭和37)年まではおよそ9階建て程度の建物しか建てられなかった。この当時、日本で最も高い建物は国会議事堂の中央塔(65m)であった。

60年代には、隆盛していたメタボリズムの建築家から、超高層ビル建築を伴った丹下健三の築地再開発計画や磯崎新の新宿計画などの様々なプランが提案されたが、いずれも実現には至らなかった。

しかし、1963年および1970(昭和45)年(佐藤栄作内閣)の建築基準法改正により、高さ制限が「無制限」とされたために、高さ60mを超える超高層ビルが次々に建てられるようになった。

東京ではビジネス街の中心たる皇居濠端のビルは軒並み8階建てだったが、このところ建て替えられるのがすべて超高層なのは以上の経緯があるためである。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

◆米中結託で北朝鮮説得に動く

杉浦 正章

 

北の体制維持で“米中密約”か


金正恩に軟化の兆候も


まるで北朝鮮をめぐって米中結託の様相である。トランプは「習近平主席を気に入った。尊敬する。素晴らしい人だ。どうなるかを見ていよう。努力をしてくれると思う」と臆面もなく秋波を送った。脅したうえで、なだめすかすトランプ流の「手口」が垣間見える。


これに対して中国は「対話による平和的解決」(外務省報道官)と応え、水面下で核実験、ICBM実験中止へと動く。中国の対北政策は一変したかのように見える。中国の北に対する基本政策は、米国への防波堤としての存在価値を利用する点にあったが、トランプ・習近平会談がこれを微妙に変化させたのだ。北の体制維持を米国が認めたとされる「密約」があることが大きく作用していると言われる。


しかし、中国の北への説得工作が短期的には奏功しても、北が核とミサイルを永久に放棄することはあり得ないだろう。したがって、金正恩体制を崩さない限り、極東の緊張緩和は達成できない。
 

米中間の接触は極めて頻繁である。6,7日の首脳会談に続いて、12日には電話首脳会談。16日には国務委員楊潔チと国務長官ティラーソンが電話会談している。こうした会談を通じて、米側は「中国がやらなければ米国がやる」(トランプ)を基本姿勢に、習近平を揺さぶった。空母カール・ビンソンを朝鮮半島に近い西太平洋に展開、中東でシリアへの巡航ミサイル攻撃、ISへの大規模爆風爆弾(MOAB)使用など、明らかに北朝鮮と中国をけん制する軍事行動に出た。これが中国の尻をたたいた。


こうしたムチに加えて中国のアキレス腱である対米貿易黒字に関しても、為替操作国指定を見送るなどのアメも提供した。
 

トランプ政権の狙いは、とりあえず北の核とICBMの実験を中止させるところにある。こうして中国は水面下での対北説得工作を展開し始めたのだ。その説得材料は、現体制を潰さないとする密約をもとに、場合によっては原油パイプラインを止めることや、中朝友好協力相互援助条約の「中国参戦条項」の不履行をほのめかしながらの脅しだろう。


原油パイプラインのストップは環球時報が「中国は北への原油供給を制限するなどかつてない制裁を考えている」と報じた。一方、中朝条約不履行は有事における北の壊滅を意味するだけに大きい。同条約第2条は「一方の国が戦争状態に陥った場合、他方の国は全力で軍事援助を与える」と規定しているが、第1条では「両国は世界平和を守るためあらゆる努力を払う」と規定されている。


中国は北の核開発は1条に反しているという立場だ。さらに中国にしてみれば、北の核を認めれば、日本や韓国の核武装へと極東情勢が誘導される可能性があり、そうなれば中国一国が極東で「核優位」に立つ戦略上のアドバンテージを失うことになる。これも避けなければならないという事情がある。
 

中国による最大限の圧力に北がどう反応しているかは定かではない。その一挙手一投足から推理するしか方法はない。一つは金日成生誕105周年記念式典で、西側の記者団を人質に取るかのように招待して、米国のピンポイント攻撃を回避したうえで姿を表した金正恩が、軍服ではなく背広姿であったことだ。精一杯の「平和志向」のシグナルと解釈できる。

さらに党副委員長崔竜海は15日、式典での演説で「全面戦には全面戦で、核戦争には我々式の核打撃で対応する」と述べた。その一方で、「我々は平和を愛する」とも付け加えたのだ。こうした北の反応は、一見強気にみえる金正恩が、相当な圧力を感じていることを物語る。米国と全面戦争をすることは避けたいというのが本音であろう。


問題は中国と米国が現在予定されている核実験や、ICBMの実験を中止させることに懸命であるかのようであることだ。米中が唱える朝鮮半島の永続的な非核化は現実問題として極めて難しいといわなければなるまい。なぜなら、北朝鮮の伝統的な基本戦略は核ミサイル保有国として米国と対等の対話が出来る国になることであり、その戦略に何が何でもしがみつこうとするからだ。


韓国に亡命した元駐英北朝鮮公使太永浩が昨年12月「1兆ドル、10兆ドルを与えると言っても北朝鮮は核兵器を放棄しない」と述べたが、まさにその通りであろう。これまでの6か国協議が結局失敗に終わったのは、何をしようと北の核ミサイル願望は消滅しないのだ。従って極東の危機は米国が金正恩を“除去”するまで続かざるを得ないのだろう。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆「おきゅうと」って知ってる?

毛馬 一三



郷里福岡の友人が、初めて案内してくれた大阪の博多料理屋で、「おきゅうと」が出た。

エゴノリという海藻から作った食品で、生姜、ゴマ、かつおぶしなどを振りかけ、それにポン酢を注いで食する。涼感を誘うツルッとした味わいと、磯の香りの食感が口内いっぱい広がった。

久し振りの味は、淡泊ながら旨みと滋味に溢れた、福岡特産の食感を十分に嗜め、郷愁を身近に感じた。

ところが、この「おきゅうと」を知る人は意外に少ない。筆者自身も、福岡出身でありながら、福岡から僅か離れた筑後・久留米で育ったので、「おきゅうと」の名前すら幼少の頃は耳にしたこともなく、食膳に上った記憶も無い。

筆者が、料理の一品として魅せられたのは、社会人になってからだ。以来、「おきゅうと」の愛好者になった。下戸なので、お酒のつまみではなく、専ら深みのある味を、ゆっくり箸を付けながら食する楽しみ方だ。

エゴノリが生育する日本海側の秋田、山形、新潟、長野の各県では「えご」、宮崎県では「キリンサイ」などと呼ばれて食用にされているらしいが、「おきゅうと」とは言わない。食べ方も福岡とは全く異なる。

さて、肝腎の「おきゅうと」の名前の由来だが、
1.「沖の独活(ウド)」説。エゴノリはウドの木の様に早く育つので、沖のウドが転訛した。
2.沖からやってきた漁師が作り方を伝授したから「沖人」(おきうど)説。
3.飢饉の際に簡単で大量に作られ多くの人を救ったから「救人」。
などの諸説あるらしい。

「おきゅうと」の食べ方だが、
・真空パックの中に5枚入っている添加物不使用
・厚さ約3mmの「おきうと」を、水洗いして、幅2〜3mmくらいに切る。
・それを器に盛りつけ、生姜、ゴマ、かつおぶしなどをふりかけ、醤油またはポン酢で食べる。また、酢味噌などでもおいしい。

いとも簡単に食することができる。しかもふりかけ材の工夫では、味付けが自分の好みに合わせられるだけに,楽しみも倍増だ。

大阪人でも初めて食べた時は、独特な味覚と触覚に戸惑うらしい。しかし2度目からは、仄かな磯の香り・海苔の風味、涼感を誘う喉ごし、溢れる旨みと滋味に魅せられて、愛好者は増えていると云う。

「おきゅうと」は「めんたいこ」と共に、数百年の昔から朝食の一品を占め続けて来た福岡・博多の食文化の代表であり、福岡・博多の人々はその重みを了知している。

残念なことに大阪では、「飲み屋」か「博多料理店」に行かないと「おきゅうと」には、お目にかかれない。近郊スーパーにはその姿が消えてから長い。情けない話だ。

郷里福岡に帰省した福岡高校同窓会の先輩が、地元でしか味合えない特製「おきゅうとの店に立ち寄り、味わいを実感してきた」と述懐していた。

こればかりは、郷里特性の「おきゅうと」だから、羨ましい限りだった。(了)  
参考:ウィキペディア       

2017年04月17日

◆「措置入院」精神病棟の日々(26)

“シーチン”修一 2.0



カフカの「城」のような“どうしても辿り着けない”と焦燥感にあえぐ夢で
起きた。以前は“締め切りに追われる”夢をよく見たが、発狂以来、「城」
もどきが多いようだ(どういうわけか浅草あたりで迷う。一葉女史、荷風
散人、吉原などの印象が強いためかもしれない)。悪夢で目覚めるとしば
らく呆然とするが、それにしてもなぜ「城」なのだろう。

「不条理」「夢と現実の混在」「困惑と焦り」・・・カフカの作品はそん
な風に語られているようだが、彼は父親へのコンプレクス(複雑な思い)
がトラウマになっているとか。

彼は肺結核だったが、小生のような発狂経験はなく、キチ○イではない。
なぜ彼は「城」や「変身」を書いたのだろう。WIKIから。

<精神分析的解釈の代表的なものはヘルムート・カイザーの『フランツ・
カフカの地獄』(1931年)であり、カイザーはここで『変身』や『流刑地
にて』などの作品を、父に対する息子のエディプス・コンプレックスが表
れた作品として論じている。

新フロイト派のエーリヒ・フロムは『夢の精神分析』(1951年)で『審
判』を取り上げ、この作品を心理的事実が表れた一つの夢として読むべき
だとした。

また精神分析の発想を応用しているものとしてジョルジュ・バタイユのカ
フカ論(『文学と悪』所収、1957年)があり、ここではジークムント・フ
ロイトの快感原則の理論などを踏まえつつ、父親の権威が支配する世界に
対して小児的な幸福を追求した者としてカフカを論じている>

カフカは父から自分という人格を認めてもらいたいが、父は理解しようと
もせずに、自分を難じる、共通の言葉もない・・・これはデュガールの
「チボー家の人々」でも父と次男の葛藤として描かれている。

小生の場合、カミサンに理解されたい、「ああ、修一はこういう人格なの
だ、ずいぶん変わっているけれど、それだから修一なのだ」と。しかし、
カミサンは小生に常に疑い深い視線を向けるし、「彼は彼、私は私、考え
や価値観、嗜好は全然違うけれど尊重はする、個人主義でいいのではない
か」とは思わない、思えない、思いたくない。

このあたりが小生の緊張や欲求不満、ストレスとなり、「城」的なもどか
しさや悪夢になっているのではないか。カミサンは永遠に変わらないから
小生のストレスも溜まり続けるのか。

今朝は発狂して壊したドアを修繕する。まるで新品のようになったが、こ
れで発狂の物理的痕跡は表面的には消えたことになる。憂さ晴らしにビー
ル瓶を叩き割る奥さんの話を聞いたことがあるが、奥さんなりの発狂防止
策だったのかもしれない。田舎ならそれもできるが、街中では難しいだろ
う。ストレスを上手く発散しないと爆発に至る。

発散をしくじった人々の集う病棟日記から。

【2016/11/24】統合失調症のYさんはずーっと軽いいびきをかきながら気
持ちよさそうに寝ていた。眠っているときだけが落ち着けるのだろう。起
きているときは幻覚、幻聴でぶつぶつ言ったり、朦朧とし、フラフラした
り。まだ40歳前後だろうに、顔の筋肉が衰えてドローンとした表情だ。

社会復帰は到底無理で、一生を障害者、患者として生きるのだろう。服装
を見ても着た切り雀で、近親者から見捨てられているようだ。

80歳過ぎのおばあちゃんのTさんは、「娘が一人いるけれど離れて暮らし
ているから、家に帰っても自分一人では(気力体力的に?)何もできな
い」と意見交換会で言っていた。彼女はホールで塗り絵にはまっていた
が、実に上手だった。どう見ても精神疾患ではない。

介護施設の機能はすべての精神病院が引き受けられる。前者は深海(まる
で死後の世界)のようにひっそりとしていたが、後者は若い女性も多く、
ホールではおしゃべりで賑やかだ。彼女も10代の孫のような女の子とお
しゃべりをしていた。どちらが老人にとっていいかは明らかだ。精神病院
は積極的に介護事業に取り組むべきではないか。

30歳ほどの美女の歩きっぷりが素晴らしい。歩幅は大きいし、とても力強
く、男でも見ない歩き方だ。“ボス”と仲良しなので、誰も手を出さない
が、声をかけてみた、「ちょっと伺いたいんですけど、とても歩き方がい
いですね、何かスポーツをやっていたんですか?」。

「小学校と中学校でバスケットをやっていました」

ナルホド、納得。ボールを持たせたらダムダムダムとドリブル、一気に
ダッシュし、スラムダンクでゴールに叩き込みそうな感じだ。通称“バス
ケ”でいこう。このパワーで家庭内で暴れまくったら両親は警察に助けを
求めるしかないな・・・

小生の息子はマッチョ、キン肉マンで、4、5歳から剣道を習っていたが、
消防官に採用された。一芸に秀でることは人生にプラスになる。年長の知
人は剣道5段で、学校やビルの警備員として優先的に採用されている。剣
士は棒を持たせるとまったくスキがなく、びしっと決まる。剣道4段のカ
ミサンは暴れる統失患者にもひるまない。

中姉と長女の連れ合いは高校まで球児で、ともにゴルフが上手い。スポー
ツは趣味の範囲でもいいからやっておくほうがいい。小生は一升瓶の火炎
瓶を室伏のごとくに投擲する迷人で、千葉刑務所へ送られたから、投げる
のが好きなら火炎瓶や石はやめておいたほうがいい。

今朝の産経コラム「だからリベラルは嫌」(加納宏幸記者)は面白かっ
た。彼らリベラルは口先ではきれいごとを言うが、オバマ(イスラム教か
ら白人を憎悪する過激プロテスタントに転向したりした)やメルケル(穏
健プロテスタントの牧師の娘、自分は正義だと思い込んでいるお節介オバ
サン)のように国家を棄損する。

リベラルは宗教のようなものだから棄教は難しい。論稿で理路整然と叩き
まくり、選挙で落としていくしかないが、あと10年もすればリベラルはほ
とんど消えているのではないか。カトリックも中絶、離婚、同性婚などに
寛容にならざるを得ないし、イスラム教は永遠に殺し合いを続けるから、
どちらもパワーは衰えていくだろう。

中韓を未だに拘束している儒教の「朱子学」は人民統治にはすこぶる有効
だが、頑迷固陋のガチガチの保守でありイノベーションにはまったく不向
きである。英仏さらには見下していた日本にも負けた支那は、明治維新の
チャイナバージョン「洋務運動」を始めたが、半分は自滅、半分は保守派
に潰されてしまった。

世界は、というか先進国はIndustry 4.0(第4次産業革命=情報通信技
術、人工知能などによる生産性の飛躍的向上)に取り組んでいるが、支那
にはインターネットさえない。人民は世界の情報から遮断されたままだ。

そして支那、朝鮮は基本的に強者が弱者を支配する朱子学秩序のままで、
ロシアも同様だろう。有能な人材はどんどん流出するばかりだ。習近平曰
く「マルクス主義を学べ、俺の言葉を暗記しろ」だと。現代版の科挙によ
り大失敗した共産主義を延命させようというのだろうが、滑稽を通り越し
て痴呆症の域だ。暗記ではなく創造がミソ、キモなのに・・・

才あるものは沈没船から逃げ出すから、グズグズしているのはクズばか
り。弱体化は免れない。

日本の場合、改革を唱えるのが保守派で、既存秩序維持を叫ぶのがリベラ
ルを含めたアカという、実に奇妙なことになっている。リベラルはとっく
の昔に粗大ゴミになり、廃品回収車も避けて逃げる汚染物に堕してしまっ
た。「壊れていてもかまいません」が、腐臭ふんぷんの汚物には誰も手を
出さない。

長興寺蔵の「織田信長像」は優しげな美男で、巷間伝えられる残虐過酷な
イメージとはまったくそぐわない。天安門の毛沢東像も、1949年の建国以
降だけでも(餓死を含めて)4000万人を殺した独裁者とは思えない。

プーチンやドゥテルテは人殺しの人相をしている。トランプは狡猾かつ有
能なビジネスマンの顔で、選挙中はタフガイを演じていたのだろう。

中共は公式見解で毛沢東は「貢献7割、誤り3割」とされており、それ以上
の詮索を禁止しているが、まったくの善人も、まったくの悪人もいないの
なら、英雄・偉人も善7:悪3あたりかもしれない。英雄の自宅でのくつろ
いだ姿、たとえば褌一丁で夕涼みをしているとかを間近に見る下男にすれ
ば「下男の目に英雄なし」となるわけだ。

小生は自分を5:5あたりかと思うのだが、カミサンから見れば4:6、3:7
で悪の方が目立つのかもしれない。

14:00〜16:20、立て続けに心理面接。1人目は「両方が納得する解を得
るために奥様にもヒアリングする」、2人目は「奥様の良いところ、感謝
することを書いてみたら」とアドバイスを受けた。

精神病院には臨床心理士、精神保健福祉士、作業療法士などがいて、彼ら
カウンセラーはコメディカル部に所属していた。「コメディー・・・患者
を楽しませるからなのかなあ」などと奇異な感じを受けていたが、Co-
Medical部、訳せば「医療支援部」に所属しているという。「二度と病院
に来ないで済むよう、患者と家族が平穏に暮らせるようにするのが仕事」
だそうだ。

17:00、夕薬に整腸剤のビオフェルミンが追加された。20:00、就寝前薬
としてこれまでのフルトラムゼパムに加えて「グッドミン」が加わった
が、深く眠り過ぎないか。トイレで目が覚めないと大事になるが、大丈夫
なのか・・・心配だ。(つづく)2017/4/16



◆自国の繁栄ばかり優先する米中

櫻井よしこ



「自国の繁栄ばかり優先する米中により世界情勢の先行きに大きな不安要
素続出」

北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、シリアでは猛毒サリンと見られる化学兵
器が使用された。世界情勢の先行きに大きな不安要素が続出している。
 
諸国の蛮行を抑制するには、力のある国が力を背景に説得しなければなら
ない。力のある国といえば、米国である。無論、中国もロシアも、その中
に入る。だが中国は本気で北朝鮮の核・ミサイル開発を止めようとはして
いない。ロシアはむしろシリアの蛮行を支持する姿勢である。
 
北朝鮮がミサイル4発を発射した時、中国は北朝鮮からの石炭輸入を止め
ると発表したが、日本海を舞台に数百隻の船が中国・北朝鮮間で物資を運
び続けているという現実がある。船は北朝鮮籍だが、2年契約で中国が
チャーターしたものが大半だ。
 
日本政府は日本海での船の動きを発表していないが、中国の対北朝鮮制
裁破りは明らかだ。中国が本気で北朝鮮を牽制し、制裁している事実はな
いと考えるべきだろう。
 
米国はどうか。シリアで毒ガスが使用された件について、米国の国連大
使、ニッキー・ヘイリー氏は英国、フランスと共にシリア非難を強め、
「アサド政権防護に手を貸している」とロシアも非難した。国連では米国
は正しい議論をしている。
 
レックス・ティラーソン米国務長官は、当初、「(アサド政権の存続に関
しては)シリア国民が決定することだ」と語った。共和党の大御所で米上
院軍事委員会の長、ジョン・マケイン上院議員は「現代のシリアでまとも
な自由選挙が行われる可能性があると信じるなど、愚かなことだ」とティ
ラーソン氏を批判、ティラーソン氏は「ロシアとイランは(化学兵器使用
による犠牲者への)道義的責任がある」と、発言を事実上修正した。
 
一方、ドナルド・トランプ米大統領の反応が的外れだ。大統領は化学兵器
の使用は「大いに非難すべき」(reprehensible)で「許せ
ない」(intolerable)とツイートしたが、その後、原因を
作ったシリアでなくオバマ前米大統領を批判したのだ。

「バッシャール・アル・アサド政権のこうした極悪非道の行動は過去の
(米国の)政権の不決断と弱腰さが招いた結果だ」として、オバマ氏を攻
撃する一方で、肝心のアサド大統領、その背後にいるプーチン・ロシア大
統領には全く言及しなかった。
 
ヘイリー国連大使は、自身の発言と大統領発言のギャップを問われて、
「大統領も私も同じ目標を目指している点については何ら相違はない」と
弁明せざるを得なかった。
 
浮かび上がってくるのは、米国外交の統一性のなさである。中東、ロシア
などの重要事案に関する基本的方針がいまだ確定されていない。閣僚人事
はようやく決まったが、副大臣も局長も、その下の部長クラスの人事もほ
とんど進んでいない。掛け声を上げるトップリーダーはいても、実務を取
り仕切る人材が揃わない。これではまともな外交はできない。
 
一方、トランプ大統領はあくまでも、「世界はアメリカのために何ができ
るか」を最重視する。無論、指導者が自国の国益を第一にするのは当然
だ。しかし、米国の歴代大統領は、「世界益」も考えた。トランプ大統領
はそのことを考えているだろうか。疑問である。
 
シリアにおける人権蹂躙を非難する言葉にも、犠牲者への思いは伝わって
こない。世界は米国の役に立ってこそ意味があり、その余のことは殆ど気
にしないとしたら、大変である。
 
習近平氏の掲げる中華思想は他国の資源、水、領土を奪い、中国共産党
の繁栄につなげることを重視するばかりだが、その習氏の考え方とトラン
プ大統領のそれが意外なほど似ているのではないかということだ。実に不
確実な時代に、私たちは入っている。

『週刊ダイヤモンド』 2017年4月15日号

◆インスリン注射不要の夢

渡部 亮次郎



2006年8月、京大の山中伸也教授が、人の皮膚から採った細胞に4つの遺伝
子を入れて培養したら、万能細胞ができた。iPS細胞=人工多能性幹細胞
と言うそうだ。

万能細胞から、神経細胞、心臓細胞、臓器細胞、血液細胞、軟骨などが作
られ糖尿病や心臓病に使えるとされている。

自分の皮膚から採った細胞だから、自分の体に入れても拒否反応がない。
ノーベル賞だという声が上がって本当に受賞した。細胞や臓器の再生へ、
万能細胞の研究競争が激化するだろう。

山中教授は、何年かしたら、人工細胞ができると言う。激しい競争がある
からだ。

しかし、4つの遺伝子は、癌細胞から採っているので、人に応用すると思
わぬ事故になる可能性があると言う。

山中氏は、神戸大→大阪市立大→カリフォルニア大と研究を続けて、世界初
の万能細胞を作った。

人工細胞は、糖尿病、心筋梗塞(しんきんこうそく)、脊髄損傷(せきず
いそんしょう)などの治療に使える。
http://www2.ocn.ne.jp/~norikazu/Epageh3.htm

このうち糖尿病治療への展望について専門家に聞いて見ると、うまくすれ
ばインスリン注射が要らなくなる可能性があるという明るい見通しがある
らしい。

糖尿病は、食べたものを血肉にするホルモン「インスリン」が膵臓から十
分に出てこないため、溢れた栄養(ブドウ糖)が血管を内部から攻撃した
末に小便に混じって出る病気である。小便が甘くなるから糖尿病。

糖尿病それ自体ではなかなか死なないが、内部から血管を糖分で攻撃され
ると、脳梗塞、心筋梗塞、盲目、足の切断、癌多発といった
「合併症」を招いて、寿命より10年は早く死ぬ。

栃木県にある自治医科大学内分泌代謝科の石橋俊教授によると、駄目に
なった膵臓や膵頭を何らかの方法で丈夫なものを移植すれば問題は一挙に
解決し、インスリン注射も要らなくなる。

しかし日本ではドナーが不足し、膵頭を調整する試薬の供給がストップし
たりして、こうした治療を受ける患者は2桁どまりだ。

そこで注目されたのが、インスリン「製造工場」ともいえる膵ベーター細
胞の再生治療だったがヒトの受精卵の仕様に付随する倫理的制約や拒否反
応が壁になって進んでいなかった。

そこへ登場したのが山中教授の万能細胞。ヒトES細胞から膵ベーター細胞
を作る研究は壁に突き当たったが、山中教授のiPS細胞なら、自分の皮膚
から出来た物だから拒否反応も倫理的な問題も起きない。

問題は今回できた4つの遺伝子が、がん細胞からとっているので、人に応
用すると思わぬ事故になる可能性があることだ。石橋教授は「この問題が
解消されれば、実用化は意外に早いかも知れない」と言っている。

資料:(社)日本糖尿病協会関東甲信越地方連絡協議会機関紙「糖友
ニュース」91号(2008・7・1)  


◆命名「スシロー」

川原 俊明 (弁護士)



 ご自分で店を始めるとき、自由に店の名前や商品の名前をつけることはできるのでしょうか?

 例えば、個人でお寿司屋さんを経営しようとしたときに、店の名前を「スシロー」と名付けることは、自分の店なので自由に決められて当然であり、違法とは言えないのでしょうか!?

 商品名や役務の提供について、保護する権利が「商標権」であり、商標権について規定するのが商標法です。
 
 商標権は、店名や商品が全国的に有名かどうかは関係なく、商標法上の登録さえすれば、全国的な保護を受けることが可能です。

 冒頭の事案では、すでに株式会社あきんどスシローが「スシロー」を商標登録しているため、「スシロー」という名で寿司を客に提供する行為は、株式会社あきんどスシローの商標権を侵害することになってしまいます。 ((-ω-。)(。-ω-))フルフル

 そして、商標権を侵害又は侵害されるおそれがある場合、商標権者は侵害の停止予防を請求することができます。

このような請求は、相手方の故意・過失を問題としないため、無過失の侵害者に対しても認められます。

 また、商標権の侵害者に対しては、損害賠償請求を行うことも可能であり、その際には、侵害者には過失が推定され、損害額の算定方法についても、特別に規定されています。

 これに対し、以前からある商標を使っていたにもかかわらず、商標の登録をしないままでいる場合に、知らない間に他人がその商標を登録してしまった場合には、従前からの使用者は、登録異議申立てや商標登録無効審判を、特許庁に対して申し立てることができます。

 これらの手続は、専門的、技術的な知識が必要だということで、裁判所ではなく、まずは特許庁に申し立てるという制度になっています。

 このような商標権については、ネットを通じて無料で簡単に検索が可能です。
 というわけなので、もし店名や商品名をつけるようなことがある場合には、まずは検索をかけることをおすすめします。

 スシローは検索するまでもありませんが。(笑)