2017年05月31日

◆自衛隊は違憲のまま放置すべきでない

櫻井よしこ



「自衛隊は違憲のまま放置すべきでない 国際情勢の厳しい今こそ改正へ
歩みを」



安倍晋三首相が、憲法改正の直球を投げた。現実主義の極みを行くその提
言で、停滞しきっていた憲法改正論議が賛否両論共に、俄かに活性化した。
 
首相は5月3日の「読売新聞」紙上で単独インタビューとして改正への斬新
な考えを披瀝した。同日午後には「民間憲法臨調」などが主催する「公開
憲法フォーラム」へのビデオメッセージで、「読売」に語ったのと同じ内
容を繰り返した。
 
首相が自民党総裁として述べた点は3点である。(1)東京五輪の行われる
2020年までに憲法改正のみならず、改正憲法を施行したい、(2)9条1項
と2項を維持しつつ、自衛隊の存在を明記したい、(3)国の基は立派な人
材であり、そのための教育無償化を憲法で担保したい、である。
 
発言の主旨はこうだ。災害救助を含め、命がけで24時間、365日、領土領
海、日本国民の命を守り抜く任務を果たしているのが自衛隊である。9割
を超える国民が信頼している。他方、多くの憲法学者や政党の一部に、自
衛隊は違憲の存在だと主張する議論がある。「自衛隊は違憲かもしれない
けど、何かあれば命を張って守ってくれ」というのは、余りに無責任だ。
 
こう述べて首相は、「私の世代が何をなし得るかと考えれば、自衛隊を合
憲化することが使命ではないか」と強調した。自衛隊違憲論が生まれる余
地をなくすために、自分の世代で自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置
づけたい。ただし、9条1項と2項をそのまま維持するという提案は大方の
意表を突くものだったはずだ。
 
9条1項は、周知のように「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武
力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
という平和主義の担保である。
 
2項は、「前項の目的を達するため」、即ち、国際紛争解決のための武力
行使はしないという確約のために、「陸海空軍その他の戦力は、これを保
持しない。国の交戦権は、これを認めない」であり、軍事力の不保持、即
ち非武装を明確に謳っている。
 
大半の改憲派にとっても1項の維持に異論はないであろう。むしろ1項に
込められた日本国の平和志向を、1項を残すことで積極的に強調すべきだ
と考える。
 
注目すべきは2項である。「前項の目的を達するため」、つまり侵略戦争
をしないためとはいえ、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない」と定めた2項を維持したままで、いかに
して軍隊としての自衛隊の存在を憲法上正当化し得るのかという疑問を、
誰しもが抱くだろう。
 
矛盾を含む発言を「読売」で読んだとき、既視感が生まれた。私の主宰す
るインターネット配信の「言論テレビ」で、昨年暮れ、首相に最も近い記
者の一人といわれる「産経新聞」の石橋文登氏が、自衛隊の存在を3項と
して書き加えることも選択肢の内であると語っていた。
 
憲法で認められない存在という形を、とにかく解消すべきであり、公明党
がどこまで歩みよれるかが、最大の焦点であると氏は指摘し、具体的に3
項のつけ加えに言及したのだ。私は「言論テレビ」でのその発言を、今年
1月14日号の「週刊ダイヤモンド」で報じているが、首相発言と通底する。
 
少々の矛盾は大目的の前には呑み込むのが政治家であり、大目的を達成す
ることが何よりも大事なのだという現実主義が際立つ。
 
国際情勢の厳しさは私たちに現実を見よと教えている。「ウォール・ス
トリート・ジャーナル」紙は「憲法9条が日本の安全を妨げる」と書い
た。自衛隊を違憲の存在として放置し続けるのは決して国民の安全に資す
ることではない。今、改正に取り組みたいものだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年5月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1183 



◆お邪魔虫共産党

渡部 亮次郎



中国では幹部でも汚職がばれれば死刑になる。それでも幹部の
汚職が引きもきらない。いくら共産主義に共鳴しても、私欲とは人間の本
能に等しいものだからである。

こうした目で中国を見ていれば、共産党が政権を掌握している限り
人権尊重や政治の民主化なぞは絶対実現しないと思うのが普通だが、経済
の改革開放が進むのに比例して民主化が進むはずだと考える人々がいる。
特にアメリカの人たちに多い。

中国が何故、共産革命に成功したか。それは国家権力を手中にしようとし
た毛沢東の策謀が成功したからである。国家の形態は何でも良かったが、
とりあえず貧民が国民の大多数だったので、「金持ちの財産を分捕り、皆
で平等に分配しよう」と言う呼びかけに合致したのが共産主義だった。

共産主義政府の樹立が毛沢東の望みではなかった。真意は権力の奪取だっ
た。日中戦争の終結で、日本軍の放棄して行った近代兵器を手中にして蒋
介石と国内戦争を続けた結果、蒋介石は台湾に逃亡した。毛沢東は昭和
24(1949)年10月1日、中華人民共和国建国を宣言した。

人民も共和も中国語には無い。日本語だ。畏友加瀬英明氏の説明だと、中
国語には人民とか共和と言う概念が無いのだそうだ。北朝鮮はそれに民主
主義が加わって嘘が深化している。

権力は掌握したが、人民への約束を果たす手段が無い。とりあえず人民公
社と大躍進政策が当時のソ連をモデルに実施されたが、農民は生産意欲の
低下とサボタージュで抵抗。

結果として食糧不足に陥って各地で飢饉が発生。餓死者は1500万人から
4000万人と推定されている(「岩波現代中国事典」P696)。

毛沢東の死(1976年)後2年、失脚から3度目の復活を遂げていたトウ小平が
経済の開放改革を断行。開放とは日本など外国資本の流入を認め、改革と
は資本主義制度への転換を意味した。

4つの近代化を掲げたのだ。工業、農業、国防、科学技術の近代化であ
る。今のところ実現に近付いているのは軍事の近代化である。

トウ小平は政治の近代化だけは断乎として拒否した。肥大化した経済が政
治(共産政府)を圧倒する危険を回避したのである。だから第2天安門事件
には反革命の匂いを嗅ぎ、断乎、弾圧した。

しかし発展する資本主義にとって共産党政府による様々な統制は邪魔以外
の何物でも無い。工場用地の確保一つとってみても、土地すべての国有は
障害でしかないが、自由にならない以上、共産党幹部を「買収」する以外
に方法が無い。

したがって多発する共産党幹部による汚職事件はいわば構造的なことで
あって、客観的にみれば「事件」ではなく「日常茶飯事」に過ぎない。

しかも冒頭に述べたように「私欲」は本能のようなものだ。所有を否定す
るのが共産主義の思想でも「本能」には勝てっこない。つまり共産主義体
制化で経済だけを改革開放すれば汚職簸自動的に起きるし、共産党幹部に
すれば、現状を変更するメリットは全く無いわけだ。

汚職は時たましか発覚しない。摘発で死刑になるのは不運な奴で政府の知
るところではないのだ。かくて中華人民共和国政府は汚職にデンと腰を下
ろした政権。民主化を抑え、人権無視の批判など絶対耳に留めない。耳が
左右に付いているのは右から聞いたら左から逃す為にあるのだ。2010・12・5


◆馬脚を現した北のミサイル精度

杉浦 正章



「7メートルの誤差」はあり得ない
 

狙いは「日米分断」
 

大口を開けて馬鹿笑いをする金正恩のどアップは見飽きたが、今度ばかりは馬脚を現した。「7メートルの誤差」と「フェーク映像」である。朝鮮中央テレビは29日のスカッド改良型ミサイル打ち上げを報じて「操縦翼や小型エンジンでの速度制御で目標点に7メートルの誤差で正確に命中した」と報じた。しかし、軍事専門家の共通した分析では「7メートルの誤差はあり得ない」のだという。なぜなら米国の最新鋭ミサイルでも誤差は50mから80mであるからだ。


本当かどうかは疑問だが、中国の対艦弾道ミサイル東風でも誤差は30mから40mだといわれる。7mをGPS衛星利用による誘導で将軍様が達成したのだというが、だいいち軍事利用できる人工衛星そのものを北は所有していない。商業用のGPSの“盗用”ではミサイル制御は不可能とされる。
 

なぜ7メートルとしたかというと、米空母打撃群の駆逐艦でも狙う能力があることを示したかったというのだ。さらに北は地球の地形の中でミサイルが命中するコンピューター映像を放映したが、専門家は「あのような軌跡は間違いなく合成画像によるもの」だという。だいいち金正恩がミサイル発射を見物している部屋には、テレビのスクリーンは映っていない。軌跡を見るなら大きなスクリーンをいくつも設置したミサイル制御室で見るのが普通である。
 

こうしたフェーク映像の放出はかえって北の“背伸び” を世界に露呈する結果となった。問題は北の側近技術者たちが、他国の技術者がみれば即座に見抜く稚拙な公表をなぜ行ったかだ。おそらく無知な金正恩に誇大性能を報告して、「将軍様のお手柄」とおだて上げ、自らの地位の保全を図ろうとしているに違いない。金正恩政権内部のごますり合戦が手に取るように分かる。
 

一方北の外務省は対日どう喝のレベルを一段と引き揚げた。「これまでは再日米軍基地を照準に合わせてきたが、日本がアメリカに追随して敵対的になるなら、我々の標的は変わるしかない」とすごんでいる。しかし今のミサイル精度では横須賀を狙っても八丈島に向かうレベルであり、東京駅を狙っても朝鮮総連に当たるレベルになるにはまだまだの水準だろう。
 

金正恩の狂ったような中・小型ミサイル連発の背景には、米国がオスロの米北接触などを通じて、対話の働きかけをしたといわれることがその理由ではないかと思われる。ミサイルもICBMと受け取られるものの発射は避け、核実験も先延ばしにしている。ICBMや核実験を米国がレッドラインとしているのは暗黙の事実とされており、金正恩はそれが恐ろしいのだ。これは将来米国との会談へと発展した場合に備えて高値をふっかける戦術でもあろう。対日どう喝も、いざ瀬戸際という事態になれば、日本が米国に「ミサイル攻撃を受けてはたまらない。ミサイル発射をやめてくれ」と泣きつくように仕向ける意図であろう。


日本への攻撃は米軍事基地ばかりでなく大都市を狙う可能生を改めて示して、日本の世論を誘導し、日米分断を図ろうとしているのだ。しかし、もともと北は朝鮮労働党機関紙で攻撃対象を東京、大阪、横浜、名古屋、京都の5箇所を挙げ、また在日米軍基地として横須賀、三沢、沖縄を挙げてきている。いまさらうろたえる者はいない。見え透いた対応の背景には、米空母3艦隊に囲まれて、自らの寝首をかかれることを恐れる、小心な金正恩の姿が浮かびあがるのだ。ミサイル発射でもしないと夜も眠れない心理状態ではないか。故金正日が得意としてきた「瀬戸際外交作戦」を臆面もなく継承しても、もはや通用しないことを金正恩は一刻も早く悟るべきだろう。
 

こうした中で首相・安倍晋三が、韓国の大統領文在寅と電話会談で、「北朝鮮とは対話のための対話では意味がなく、今は北朝鮮に圧力をかけていくことが必要だ」と主張した。これは対話路線を重視する文にクギを刺したことを意味する。これに対し、文は先の先進7カ国首脳会議で北朝鮮に対する強い姿勢を示した首脳宣言が採択されたことに触れ、「安倍首相が主導的役割を果たしたことに感謝し、評価する」と答えている。当分文の公約である北朝鮮訪問はあり得ない情勢となっている。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆子宮頸がんワクチン適齢期

石岡 荘十



欧米先進国では女の子どもが11歳になると親はまず、子宮頸がんから守るためのワクチン打つ。

11歳は、肉体的に成長の早い欧米ではセックスを始めて体験する“セックス・デビュー”の年齢だと考えられている。「うちの子に限って---」と考えたいところだが、現実は、そうはいかない。11歳は子宮頸がんワクチンを打つ“適齢期”であり、このタイミングでワクチンを打つのが、多くの先進国では常識となっている。

子宮頸がんはすべての女性の80パーセントが一生に一度は感染しているという。子宮の入り口である頸部に発生する上皮性の悪性腫瘍であり、世界では年間約50万人が子宮頸がんを発症し、約27万人が死亡していると推計されている。

2分間に1人が子宮頸がんで命を落としている計算になる。日本では毎年約1万5000人の女性が子宮頸がんを発症し、約3500人が死亡している。

原因は、ほぼ100パーセントが性交渉、つまり皮膚と皮膚の粘膜の接触でヒトパピローマウイルス(HPV)というありふれたウイルスの感染することによることが1983年、明らかになっている。パピローマウイルスを発見した独がん研究センターのハラルド・ツア・ハウゼン名誉教授には、2008年度ノーベル生理学医学賞が授与されている。この研究成果をもとに予防ワクチンが開発され、現在、世界100カ国以上で使われている。

子宮頸がんはいろいろながんの中でも例外的に原因が特定されているだけでなく、ワクチンによる予防法が確立されている。アメリカでは2006年ワクチンの使用を承認、昨年10月には日本でも使用が承認されたものだ。

成人になって、検診を受けずワクチンの接種もしない場合、がんは進行し、子宮をすべて摘出する手術が必要になることもある。

妊娠、出産の可能性を失い、女性だけでなく家族にとっても心身ともに大きな痛手となる。また、子宮のまわりの臓器にがんが広がっている場合には、卵巣やリンパ節などの臓器もいっしょに摘出しなければならなくなり、命にかかわる。


ワクチン普及のためのシンポジウムで、「子宮頸がんは予防ができるがんです。また、定期的に検診を受けることで、がんになる前に発見し、子宮を失わずに治療もできます。そのことを知らなかった私は、こどもを産むどころか妊娠することも出来ない体になってしまいました。死ぬではないかとこわかった。1人でも多く女性がワクチンを打ってください」と切々と訴えた。

子宮頸がんは、初期には全く症状がないことがほとんどで、自分で気づくことはほとんどない。このため、不正出血やおりものの増加、性交のときの出血などに気がついたときには、がんが進行しているということも少なくない。

進行するにつれ性交時の出血などの異常がみられ、さらには悪臭を伴う膿血性の不正性器出血、下腹痛や発熱などが認められるようになるという。

子宮頸がんは遺伝などに関係なく、性交経験がある女性なら誰でもなる可能性のある病気である。近年では20代後半から30代に急増、若い女性の発症率が増加傾向にある。子宮頸がんは、がんによる死亡原因の第3位、女性特有のがんの中では乳がんに次いで第2位を占めており、特に20代から30代の女性では、発症するすべてのがんの中で第1位となっている。

一度ワクチンを接種しておけば、その効果が20年は持つといわれる。だから、11歳という“適齢期“にワクチンを打った上で、定期的に検診を受け、早期に発見・手術を受ければ、術後に妊娠・出産が可能だという。

85パーセントに女性がワクチンを打っていれば、95パーセントの女性が助かるという研究報告もある。

ワクチンは3回に分けて打つ。初回、2回目がその1ヶ月後、さらに6ヶ月後に3回目。問題は費用が高額なことだ。

セックス・デビュー前の“適齢期“の女の子(11〜14歳)全員に公費でワクチンを打っても、費用はわずか200億円ほどと計算されている。今のまま放置しておくと、いずれこれを上回る医療費がかかる計算もあり、充分に元は取れるという。

地方自治体では、「健康・医療・福祉都市構想」を掲げ、在住の小学校6年生〜中学校3年生(12〜15歳)を対象に5〜6万円を補助することを決めている所もある。このワクチン接種費用が高額なことを解消するために、地方自治体は急ぎ対応を期すべきだろう。

2017年05月30日

◆朝日は「破廉恥次官」が正義の味方か 一部修正送信

杉浦 正章

 

読売を「御用紙」扱い


左傾化民放もいいかげんにせよ
 

朝日新聞が読売をなんと安倍政権べったりの「御用紙」呼ばわりしていることが分かった。前文科次官前川喜平の売春防止法違反疑惑に、川柳欄で「御用紙は印象操作で操たて」を選んだうえに、「出会い系報道」のコメントを付けている。たかが川柳ではない。川柳の選者は朝日の編集局内の読売批判の風潮を見事に詠んだから選んだのだ。極めて政治的な選考なのだ。前川の行動を“擁護”に出ていることを如実に物語る。


一方NHKは朝日と同様に「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向」という文科省内のメモを入手しながら、破廉恥な前次官の疑惑に丸乗りして、首相を追及することは控えたという。民放はTBSとテレビ朝日がここを先途とばかりに朝日に同調、前川をまるで「正義の人」扱い。マスコミは朝日、TBS,テレビ朝日対読売、産経、NHKの構図がくっきりと浮かび上がっている。
 

まず朝日が25日夕刊の素粒子蘭で「前次官が出会い系バーに出入りの報道。個人の醜聞に矮小(わいしょう)化しようとするか。『共謀罪』後の監視社会恐ろし。」と論評した。朝日がまともに前川のバー通いを論評したのはこの素粒子欄だけだが、かなり読まれているとみえて、「何が何でも反安倍」路線をひた走る評論家片山善博が28日のフジテレビの真報道2001で同様の見解を述べたあげく「人事を官邸が握っていて物言えば唇寒しだ」と宣うた。これは、いかに朝日が反安倍のコメンテーターのよりどころとなっているかを物語る。
 

ひどいのは毎度のことだがテレビ朝日。テレ朝は、かつて報道局長の椿貞良が「なんでもよいから反自民の連立政権を成立させる手助けになるような報道をしようではないか」と他局に偏向報道を働きかけ、再免許が危うくなった経緯がある。そんなことなどとっくに忘却の彼方とみえて、コメンテーターを使って反安倍キャンペーンだ。一方TBSも29日午後のラジオ番組「デイキャッチ」で前川を出演させ、司会が官邸が出会い系通いを戒めた問題についてなんと「どう喝ではないか」とごまをすった。


これに前川も「どう喝、威喝、脅迫とみようと思えばみえる」と悪乗りした。さらに加えて前川は「とにかく全く私的な行動であり、興味関心で話を聞いた」と弁明したが、本当だろうか。これに先立つ記者会見で前川は出会い系通いを「女性の貧困の調査」と臆面もなく発言したが、開いた口が塞がらないとはこのことだ。いま銀座のバーでは客がドアを開けると「女性の貧困の調査に来た」とママを喜ばすのがはやっている。ママはこのギャグに食傷気味だが、笑うふりをする。
 

さすがに普段は冷静な官房長官・菅義偉が憤って「『女性の貧困』には強い違和感を覚えた。常識的に言って教育行政の責任者がそうした店に出入りして、小遣いを渡すことなど到底考えられない」と発言したのは至極もっともだ。菅の指摘するように1度や2度の「調査」ならまだしも、審議官時代から次官時代を通じて毎週、時には毎日入り浸っていて、「調査」が聞いてあきれる。東大法学部というのは先にも指摘したが、本当に変わった人間を“輩出”する。
 

前川発言の核心は「行政がゆがめられた」と官邸の圧力で獣医学部の新設を認めさせられたことを指摘した点にある。蓮舫もこれに飛びついて「行政がゆがめられていないかを国会で問うべきだ」と発言した。しかしこれも蓮舫発言の常で、ブーメラン返しにあった。安倍は29日の本会議で「民主党政権時代の平成22年に閣議決定した新成長戦略で獣医教育のあり方について新戦略として行うことになった」ことを明らかにした。確かに、獣医学部の新設は、当時の民主党の鳩山内閣で実現に向けて検討が始まり、安倍内閣は、それをさらに前進させたものであり「行政がゆがめられた」と言う指摘は全く当たらない。江戸っ子なら「おととい来やがれ」だ。
 

こうした中で、大傑作なのは朝日の世論調査で内閣支持率が変化していないことが分かったことだ。朝日は29日の3面全てを使って「それでも崩れぬ安倍支持の理由」と大特集を組んでいる。この見出しから見る限り、これだけ加計問題で叩いてやったのに、支持率が変わらないと悔しがっている様が正直に現れている。


「朝日新聞が24〜25日に実施した緊急世論調査でも内閣支持率は47%になり、ほとんど動かなかった。相次ぐ閣僚の失言、森友学園や加計(かけ)学園の問題が噴出しても大きく崩れていない。」のだそうだ。そして「有権者は『他よりよさそう』という意識が広がるあまり『中身』の評価が甘くなってはいないか。異論に耳を傾けず、幅広く納得を求めない姿勢を許すことにつながらないか」と解説した。安倍政権の「中身」に目を向けよと、例によって“教育的指導臭”がふんぷんたる記事だ。しかし、この記事は読者を馬鹿にしている。


朝日の「安倍潰しキャンペーン」に、読者は自らの判断力で踊らされないことが分かっていない。そこには唯我独尊のみがあって、真の分析がなされていないのだ。だから発行部数がどんどん下がっているのが分かっていない。
 

スクープだとばかりに報道した「総理の意向」文書にしても、「だからどうした」と言いたい。贈収賄疑惑があるのなら別だが、そのかけらもない。文科省の公文書でもない単なるメモだ。安倍長期政権で官僚はどの省でも「総理の意向」で物事を成就させる傾向にあるだけの話だ。そこを見分ける能力を国民はもっているのであり、もういいかげんにばかなミスリードは辞めた方がいい。


北朝鮮が3週連続でミサイルを発射し、朝鮮半島を米空母3隻が取り囲む事態に、マスコミも国会もつまらん議論をしているときか。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆日本を守るのは誰かの意味

加瀬 英明



「日本を守るのは誰か」という特集の意味するもの

これから、いったい日本がどうなるのか、暗然とせざるをえなかった。

今日の日本の保守論壇をリードする、月刊誌『正論』6月号の特集のタイ
トルを新聞広告で見て、あらためて狼狽(うろた)えた。

「総力特集 迷走するアメリカ 日本を守るのは誰か」というものだった。

5月はじめに、アメリカ・インディアナ州の予備選挙で、ドナルド・トラ
ンプが共和党の大統領候補として指名されることが、ほぼ確定した。

そのかたわら、民主党はインディアナ州で、バーニー・サンダース上院議
員が勝った。ヒラリー・クリントン夫人の優位は動かないものの、サン
ダースが善戦したことによって、11月に誰が大統領となっても、トラン
プ、サンダースの主張が来年からアメリカの進路に大きな影響を及ぼすこ
とになる。

“トランプ現象”とは、何か。1980年にロナルド・レーガンが大統領を目指
して、予備選挙に挑んだ時に、カリフォルニア州知事をつとめたことが
あったものの、俳優あがりのシロウトでしかないと嘲けられた。

レーガンは「アメリカに朝を招こう(モーニング・イン・アメリカ)」と、
呼びかけた。レーガンが楽観主義者(オプティミスト)であるのに対して、
トランプは悲観主義者(ペシミスト)だ。

私は1ヶ月前にCNNのニュースで、トランプが集会で演説するのをみ
た。トランプは、こう訴えていた。

「アメリカは数百億ドルも投じて、イラクにつぎつぎと新しい小学校を
造ってきたが、造るごとにテロリストによって、破壊されてきた。そのか
たわら、(マンハッタンの隣りにある)ブルックリンでは、小学校の校舎
が老朽化して、われわれの子供たちの生命を危険にさらしている。もはや
アメリカは、豊かな国ではない。アメリカの力を、アメリカのなかで使おう」

サンダースはアメリカをスウェーデンや、デンマーク型の福祉国家につく
り変えようとしている。若い男女の圧倒的な支持を、獲得している。

アメリカのヨーロッパ化が、始まっているのだ。

かつてヨーロッパは、世界の覇権を握っていた。しかし、その重荷を担う
のに疲れ果てて、内に籠るようになった。

日本は昭和27(1952)年に、サンフランシスコ講和条約が発効して、独立
を回復して以来、“吉田ドクトリン”のもとで、国家の基本である国防を、
アメリカに委ねて、経済を優先させる富国強兵ならぬ、富国弱兵の道をた
どってきた。

これは、日本国憲法、あるいは平和憲法踏線と呼ぶものだった。自衛隊は
いまだに心もとない、擬い物の軍隊でしかない。国軍を欠く国家は、擬い
物の国家でしかない。

アメリカにひたすら縋(すが)ってきたというのに、そのアメリカが迷走を
はじめた。それよりも、日本が独立を回復してから、平和憲法という偽物
憲法を柱として恃(たの)んで、日本が迷走してきたのではないのか。

それにしても、アメリカは3億人以上の人口を抱えているというのに、ヒ
ラリーとトランプの2人しか、大統領候補者がいないのは、どういうこと
なのか。

マスコミが政治家を興味本位から、異性関係をはじめとして一挙一動を、
24時間中、監視するために、まともな人は政治家を志さない。日本でも同
じことが起っている。


◆92歳になっても運転しよう!

馬場 伯明



高齢者のみなさん、まだ自動車の運転をしていますか?2017/1/8千葉市の
千葉劇場で仏映画「92歳のパリジェンヌ」を鑑賞した。

92歳の老女マドレーヌ(サンドリーヌ・ボネール主演)が、尊厳死という
重いテーマを演じ悠然と自死した。帰宅後に不思議な感動が込みあげてき
た。(フランス元首相の母の実話から生まれた作品だという)

運転中に交差点で立ち往生し途方にくれるマドレーヌ。周りの多くの車か
ら警笛を浴びる。娘に説得され自家用車を売るはめになってしまう。愛車
が倉庫の中へ消えていく瞬間の彼女の何とも言えないさびしく、恨めし
く、悲しそうなその顔を見て心から同情した。

私も車は手放したくない。これまで乗用車(セダンのみ)を8台乗りかえ
てきた。92歳になっても絶対に運転したい。

昨年末に72歳になり70歳以上に義務付けられた運転免許高齢者講習を10/8
に受講し10/9に免許を更新した。75歳までの3年間のゴールド免許である。

高齢者のみなさん、講習は受けましたか?次は概略。《座学(運転事故統
計等)30分、適性検査(視力・聴力・運動神経・判断力・体力・筋力)60
分、実車講習60分(3人合同で)、討議(実車等の反省・検討30分)。講
習費5,600円》。講師は免許証の自主返納を強く要請した。

千葉市の自動車学校での実車講習のこと。1人の指導員車に受講者3人が乗
り課題をクリアしつつコースを周回した。まず一人目が一旦停止違反の指
導を受けながらも無事に済んだ。次の私は問題なく合格した。

3人目の女性(70歳とか)は危なかった。S字カーブで脱輪、車庫入れがで
きず大型車(トラック等)用の幅広の車庫でお目こぼし・・。それでも彼
女は「この車が悪い。不慣れだから!」と捨て台詞。2017/3から改正道路
交通法が施行され75歳以上で認知症と診断されれば免許停止や取り消しと
なる。

高齢者の増加を見据え国の安全運転対策が進む。自動車メーカーは情報産
業と連携しAi技術等を活用した自動運転システムの実用化に熱心だ。と言
うよりも待ったなしの感がある。2016年11月には千葉の高級団地でHONDA
のプレゼン&体験ショーがあり参加した。腰掛型移動車、一人乗り自家用
車など。完全自動運転車の実用化はもう遠くない。

科学が人間をサポートする。心(精神)と身体の劣化、すなわち認知症と
ロコモ(ティブシンドローム)への進行必至を防ぐ。代替交通手段、地域
や家族のサポート方法などの開発と適用が急がれる。

そうなると、進んだ自動運転車の運転に「運転免許」が必要なのかとな
る。交通法規の知識は必要であるが、運転の技術・技能の習得と熟練はほ
ぼ不要になるのだ。

NHKの日曜討論(2016/12/11)で自動車評論家の桃田健史氏は免許証がい
らない電動車椅子(蓄電器搭載4輪車)がしばらくは市場を席巻するので
はないかと話した。そう、免許がはく奪されても利用できる。

電動車椅子の話を続ける。南串山町の門前天満宮の秋の例祭のあと公民館
で直会(なおらい)がある。女性らの故郷手料理が長机に並ぶ。

2008年の主役は100歳の宅島好孝さんだった。電動車椅子を操り早朝ゲー
トボールを楽しみ、例会に出て、昼の直会ではビール大ビン1本を空け
た。「まだ、飲むるばってん(飲めるが)、帰る!」と挨拶された。

「だれか連れて行け!」という声に、この爺さまは「よかよか、どがんも
なか(どうもない)!」と。桃田氏の「電動車椅子主力論」を先取りする
時代の先端にいた。そして、悠々と105歳で大往生した。(なお、自慢の
息子は元長崎県小中学校長会長であり、私の小中高の同級生だ)。

自慢じゃないが私はぶっ飛び運転手である。2016/12/7には8:30スタート
の多摩カントリークラブへ74kmを千葉から70分で到着した(平均時速
68.3km、高速道路部分は120km)。goo地図の標準速度が49kmだから相当速
い。でも、渋滞のため復路は安全運転でゆったり走った。

また、2016/12/25、ホキ美術館からの帰途の東金道路では「100km以下
で」と隣の妻から指摘された。「(今後も)ぶっ飛ぶ私を捕えないで」と
同級生の警視庁OBに頼んだが「それは無理、ダメ」と一蹴された。

それでも、私の七不思議の一つが無事故無違反記録である。35歳までに10
数回スピード違反で捕まったのにそれ以降は不思議なことに(速度を出し
ているのに)捕まっていない。

自動車安全運転センターから2枚の「無事故無違反の証」を得た。昭和55
年(36歳)起点の「証」は平成15年8月4日で途切れた。平成15年8月6日〜
平成23年9月27日の証(カード)は手元にある。そして〜平成29年1月13日
の今日まで続いている。合計36年間である。

では、平成15年8月5日は何?駐車違反で捕まった日だ。だが、これは故
あって深夜の新宿で知人の駐車違反を肩代わりしたものである。今思えば
つまらないことをしたと猛省している(時効ではあるが)。

ところで、2017/1/8朝日新聞。《「高齢者は75歳から」一般的に65歳以上
とされている高齢者の定義について、日本老年学会と日本老年医学会は5
日、75歳以上とすべきだとする提言を発表した。65〜74歳は「心身とも元
気な人が多く、高齢者とするのは時代に合わない」として、新たに『准高
齢者』と位置づけた。90歳以上は「超高齢者」とした》。

そう、65歳はまだ元気なチンピラだ。75歳までは「准」の文字も本来は不
要であろう。賛成である。しかし、政府の衣の下には基礎年金支給開始年
齢(65歳)や医療費自己負担区分(70歳以上)を見直すという「鎧」が隠
れているようにも思われる。

本来、老化の程度には大きな個人差があるから年齢による定義だけではだ
めなのだ。でも、どうしても必要ならば5歳毎がいいかも。私が定義して
みよう。〜65歳から順番だ。「小全准正進超絶祝・・神!(しょうぜん
じゅんせい しんちょうぜつしゅく・・かみっ!)」を提案する。

つまり、〜65歳を小高齢者、〜70歳を前、〜75歳を准とし、〜80歳が正高
齢者、〜85歳を進、〜90歳を超高齢者、〜95歳は絶、〜100歳は祝高齢
者、そして、100歳超えは神(かみ)高齢者と奉る。「洒落ている」と自
画自賛したい(笑)。

72歳の免許更新からあと20年、私は、92歳のドライバーの高みを目指す。
愛車を奪われた「92歳のパリジェンヌ」マドレーヌの無念を晴らす精神的
な仇討ちも兼ねている。

その後は、応援しているカープの「神ってる」鈴木誠也選手にあやかり
100歳超えの「神」高齢者を遠望したいものだ。(了)

(本拙稿はウソをついている訳ではないけれども、冗談が多い。ご了承く
ださい。
2017/1/13千葉市在住)


◆「生誕与謝蕪村祭」を毛馬で催したい

毛馬 一三



江戸時代中期の大阪俳人で画家であった与謝蕪村は、享保元年(1716年)、摂津国東成郡毛馬村(大阪市都島区毛馬町)で生まれた。

ところが、その生誕地が大阪毛馬村だと余り周知されていない。

蕪村は、17歳〜20歳頃、生誕地毛馬を飛び出て江戸に下っている。なぜ江戸へ下ったのか。これすら未だはっきりしない。しかも蕪村は出奔以来、極度な望郷は感じながらも、実際は生誕地「毛馬」に一歩も足を踏み入れていない。なぜだろう。

京都丹後与謝から毛馬村の商屋の奉公人として来た母親が、庄屋と結ばれて蕪村を産んだものの、母親が若くして死去したため、蕪村が庄屋の跡継ぎにも成れず、周囲から私生児扱いの過酷ないじめに遭わされたことから、意を決して毛馬村を飛び出したに違いない。

蕪村が飛び出した先が、江戸の日本橋石町「時の鐘」辺に住む俳人早野巴人だった。だが、この超有名な師匠との縁がどうして出来たのか、しかも師事として俳諧を学ぶことが、どうしてできたのか、江戸下りの旅費・生活費はどうやって賄ったのか、等々ミステリーだらけだ。

蕪村は、師の寓居に住まわせて貰い、宰鳥と号している。

<寛保2年(1742年)27歳の時、師が没したあと、下総国結城(茨城県結城市)の砂岡雁宕(いさおか がんとう)のもとに寄寓し、松尾芭蕉に憧れてその足跡を辿り東北地方を周遊した。その際の手記を寛保4年(1744年)に編集した『歳旦帳(宇都宮歳旦帳)』で、初めて「蕪村」と号したのである。

その後丹後、讃岐などを歴遊し、42歳の頃京都に居を構えた。 45歳頃に結婚し、一人娘くのを儲けた。島原(嶋原)角屋で句を教えるなど、以後、京都で生涯を過ごした。明和7年(1770年)には、夜半亭二世に推戴されている。

京都市下京区仏光寺通烏丸西入ルの居宅で、天明3年12月25日(1784年1月17日)未明68歳の生涯を閉じた。> 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

さて、蕪村は定住していた京都から船で淀川を下り、生誕地毛馬村をすり抜けて、頻繁に大阪にやって来ていた。

京都から淀川を船でやって来て大阪に上ったのは、生誕地毛馬村と少し離れている淀川(現在は大川)下流の源八橋の検問所があった船着き場だった。ここから上がって大阪市内に居る数多くの門人弟子らを訪ねて回っている。

また蕪村は、俳人西山宗因のお墓(大阪市北区兎我野町 西福寺)を訪ねたり、蕪村の門下人の武村沙月、吉分大魯(よしわけ・たいろ)のほか、西山宗因の門下の上島 鬼貫(伊丹の人)の処を回るなど、大阪市内いたる所を巡回している   

特に、吉分大魯は、阿波の出身で、安永2年 (1773)から6年まで大阪「蘆陰舎」に滞在(安永7年、兵庫で没)しており、この「蘆陰舎」に蕪村は足繁く立ち寄っている。逆に大魯をつれて、淀川を船で上り、京都の蕪村門下を代表する高井几董に会わせるなど、京都―大阪往復行脚は活発だったようだ。(大阪市立大学文学部)

ところで、蕪村の活躍の主舞台は、絵画・俳諧で名を上げた京都だとされている。だが実際は、大阪も上記の通り活躍の場だったのだ。これもあまり知られていない。

船着き場の源八橋から生誕地の毛馬まで歩こうとすれば、30分ほどしかかからない。それなのに蕪村は、生涯毛馬には一歩も足を踏み入れなかった。

やはり母の死後、家人から苛められ過ぎ、出家まで決意させられた辛い思いが、大坂に帰郷すれば脳裏を支配し、終生「怨念化」して立ち寄りを阻んだのだろう。それが「信念」だったとしたら、蕪村の辛さは過酷すぎるものだったと思える。

とは云うものの、蕪村の「望郷の念」は、人一倍あったのは間違いない。

自作の「春風馬堤曲」の中で、帰郷する奉公人娘になぞらえて生誕地毛馬への自己の想いを書き綴っている。この「春風馬堤曲」を弟子に送った時、「子供の頃、毛馬堤で遊んだ」と回顧する記述を付して、望郷の気持ちを伝えていることからも、「蕪村の悲痛な心境」が伺える。

蕪村の心の奥底に去来していたのは、「故郷は遠くにありて想うもの」であり、毛馬生誕地に一度も立ち寄らなかった理由が、故郷毛馬での生き様と深く結びつくだけに、蕪村人生の輪郭が、際立って浮かび上がってくる。

こうした蕪村の郷里願望を叶えてやる為、芭蕉・一茶の諸行事より華やかな「蕪村生誕祭」を敢行したい気を必死に満たして、地元淀川連合町会や蕪村通り商店街、地元俳句愛好家ともに、いま準備を進めている。

この「生誕蕪村祭」を遂行することで、「望郷の念」に浸されていた蕪村の「夢」を実現させることこそ、筆者の人生最後の願いでもある。(了)

2017年05月29日

◆「措置入院」精神病棟の日々(44)

“シーチン”修一 2.0




狂気じみた人は珍しくないだろうが、正真正銘のキチ○イで刃物を振り回
して緊急措置入院させられ、退院後も懲りずに、恥ずかしげもなく、せっ
せとキーを打っている小生のような人は稀少動物ではないか。

レア、rare、珍奇、生焼き・・・Call me Rareってどうか。キラキラネー
ムで「麗阿」と書いて「れあ」と読ませるのはありそうだ。「阿(あ、
お)」は「女子の名の上につける愛称」でもあり、「おたまちゃん/阿
玉」「おゆきちゃん/阿雪」はその類だそうだ。

5/23は4週おきの通院。カウンセラー“ピーコック”とおしゃべりを楽しん
だが、「保育園に行っている長女の息子が来年小学校に入学するけど、長
女夫婦は毎朝7時頃に家を出るから、通学時刻まで息子をどうしようか
困っている」と言えば、「それ“小1の壁”って言いますよ」。なるほど。

「老人の壁」もある。病気ではなくても体力が衰え、ヨボヨボする。「歳
をとると、目はかすむ、耳は遠くなる、“我”ばかり強くなって嫌われる」
と国定忠治は嘆いたが、考えてみれば人生は壁の連続だ。夫にとっては
「妻の壁」もありそうだ。

「アベさんもアキエさんには手を焼いているんじゃない? 余計な苦労を
させられて気の毒だ」という話になり、“ピーコック”も「モリトモの奥さ
ん見ました? すごい顔ですよ」。

小生は知らないが、大阪のオバチャン風なのかもしれない。

ま、どうでもいい話なのだが、カウンセラーは雑談の中でもしっかり観察
しているのだ、「自分のことだけではなく、家族や社会に関心を持つよう
になったんですね、前回とはずいぶん違ってきましたよ」と言われた。さ
すがプロ、と大いに関心、感銘を受けた。

小生は「うん、脳ミソが回復してきた感じがある、と言っても元のエキセ
ントリックに戻りつつある感じだけれど」。そしてともに笑うのだが、当
事者のカミサンには言えないこと、言わないことをカウンセラーには言え
て、結構心が楽になる。

Dr.には「晴れたり曇ったり、ときどき雷雨だったけれど、今は雷雨は
めったにないし、ほとんど晴れになりました、ついては薬を減らしていき
たい」と申し入れた。

カミサンもこのところ明るくなってきたし、多分、わだかまりも徐々に消
えていくと思うが・・・残念ながら現実は多分、そうはならないだろう。
女は概ね感情の動物であり、常にフラッシュバックし、般若のごとく憎悪
を新たにするから、韓国人と一緒、謝罪も合意も無意味という真実(多
分)を知らなかった初心な小生の病棟日記から。

【2016/12/2】*カミサンにいかに謝罪するか・・・これが問題だ。以
下、草案。

<永年にわたり苦労をかけた上に、また迷惑をかけて申し訳ない。会話が
苦手のため、以下、文書にしたので子供たちにも見せてほしい。

「謝罪と誓い」

沢山の幸せをもらいながら、良き夫、良き父から転落して、手の付けられ
ない酒乱になってしまい、皆の気持ちを傷つけ、悲しい思いをさせたこと
を心から詫びる。

入院治療により心も体もリフレッシュされ、徐々に自分の弱さ、至らなさ
を知るようになった。もう一度チャンスをもらい、生まれ変わり、良きヂ
イヂとして皆の幸せに貢献したい。

ここに断酒を決意し、恩に報いる生活に邁進することを誓う>

*職場復帰を目指す“マジメ”は不眠症のようで今朝も暗いうちに目覚め
た。21:00〜6:30までは部屋で横になっている決まりなので6畳ほどの室
内をウロウロしている。読書の習慣もないからウロウロ、モンモンするし
かない。

朝食後に廊下で運動をしていたら、60歳ほどの“令夫人”から声を掛けられた。

「ずいぶん熱心ですね、運動したり、読書したり、少しも退屈しないみた
いですね」

「はい、一日があっという間に過ぎていきます」

彼女は「私には一日がとても長く感じる」と表情を暗くした。

その後、洗面所で見かけると、彼女は洗濯ものを抱えながらプリペイド
カード式洗濯機の前で困惑しており、「洗剤は別なの?」と聞く。

小生はいつも手洗いなので洗濯機は使ったことがなく、近くの女子に訊く
と「洗剤は自分で用意します」とのこと。小生は使い切れないほどの洗剤
を持っているので、「好きなだけ使って」と提供し、その後、10回分くら
いの洗剤をビニール袋に入れて彼女の部屋に届けてあげた。

「昨日入院したばかりで勝手が分からず・・・どうもありがとうございま
す」と喜んでいた。人の役に立つのは良いこと。お互いさま、だ。

10:00〜11:00、今日の作業療法はラヂオ体操第一、第二、柔軟運動、
ゲーム。ゲームは2連敗、急性期病棟は弱い!

作業療法士の話では「冬季うつ」という病名が近年創られたようだ。日射
しが不足し、脳が1日=24.7時間と認識するために、毎日0.7時間=42分ず
つ遅れ、2週間もすれば昼夜逆転の生活になったりするらしい。

「罹患率は北国が高いの?」と聞けば、「北極圏の人の罹患率が高い。九
州と関東を比べても、関東の方が高い」そうだ。

エスキモーとか、アラスカに追いやられたインディアンなどネイティブア
メリカンは、アルコール依存症で寿命は短いが、ロシアなど旧ソ連邦の男
はウォッカで命を縮めている。北欧は大丈夫なのか。

米国ユタ州はスキーのメッカだから冬はずいぶん冷える。州都のソルトレ
イクシティは酒、タバコはもちろんコーヒーもダメダメのモルモン教徒の
聖地で、指導者のブリガム・ヤング牧師に率いられた信者が西へ西へと幌
馬車での苦難の旅の果て、聖地に至ったのだ。

街はタバコの臭いがしなかったが、ドラッグストアの店先ではホームレス
が酔っ払って寝ていた。モルモン教も彼の救いにはならなかった。

神は己を助く者を助く・・・自助努力をしない者は神にも人にも見放され
る。「善人は往生する、(救いが必要な)悪人はさらに往生する」という
具合には、まあ行かないだろう。世の中は甘くない。(つづく)2017/5/28


◆ものは言い様(よう)

渡部 亮次郎



「奴は仕事はよく出来るが大酒呑みだ」と「奴は大酒呑みだが仕事はよくできる」、あんたが人事課長だったら、どっちを採用するかね、と問われたら、どうしますか。

○仕事はよく出来る
○大酒呑みである

要素はこの2つ。どちらを最初に言うかだけである。当然、後者、つまり、大酒呑みだけど仕事はよくする、といわれた方を採用するに決まっている。そう、ものは言いようなのだ。

秘書官として仕えた外務大臣園田直(そのだ すなお)さん(故人)が出張先のホテルで諭してくれた話である。彼は特攻隊「天雷特別攻撃隊」の隊長(パイロット)として死ぬはずが、突然、敗戦になって「死に損なった」という人。

それまで陸軍落下傘部隊第1期生、パイロットなどとして、1935年から野戦に11年いた猛者である。しかし士官学校を出ているわけじゃないから、戦争の最先端では相当、苦労したようだ。

それだけに、人間研究が進み、世間を渡る智恵が集積された。冒頭の話も、戦場での体験に基づくものだった。問題にする要素は2つしかないが、どれを先にいうか、後にするかで運命は暗転するというのだ。

別のところでも書いたのだが、戦場では士官学校を出た若者が隊長として着任する。いきなり戦闘に巻き込まれ、若者は興奮する。飛んでくる敵弾に身を曝そうとする。士官学校ではそう教えられて来たからだ。

しかし、弾の撃ち方ぐらいは習っただろうが、撃たれ方は習ってない、当然だ。それが着任早々、撃たれかかって舞い上がる。古参兵たちにしてみると、隊長戦死とは不名誉なことだから「隊長殿、其処では危のう御座います」と叫ぶ。隊長、名誉に拘わると思うものだから、逆に更に危険な地点に出ようとする。困った。

そこで園田さんが出て行って言った。「隊長殿、其処では敵情がよく見えません、どうぞこちらへ」と叫んで岩陰に案内したら、隊長殿、ふっと息を吐いた。

記者時代から12年の付き合いを経て秘書官になった。記者時代は政治家といえども対等な付き合いをした。私は生意気な記者ではなかったが、実力者の河野一郎さんが、毎日曜の昼ごろ、リンカーンでアパートに来て、下から「亮次郎、競馬行こう」と叫んだものだ。

園田さんはその河野派の一員だから、私のほうが威張っていたかも知れない。だが秘書官となれば従者だから、立場は逆転。ところが外国へ出張すると、夜は大臣は孤独になって私が勝つ。

外務省の役人は皆、夜の巷に出かけるから、残りは私と2人だけ。私は酒呑みだが、大臣は下戸。そこで夜は立場が逆転し、大臣が私の水割りを作り、昔話を聞かせる、という場面になるわけだ。

ドアの外には警視庁から附いてきてくれた警護官が立っているが、大臣は気を利かせて、彼をも招き入れて、警察用語で言うところの「教養」の時間となる、という風だった。

園田さんは実は痛がりで小心な少年時代だったそうだ。そこで剣道に励み7段という高段者だった。加えて代議士になってから合気道もやり8段だった。これに居合道8段、空手(名誉)も加えると二十数段という武道家だった。

しかも武道の呼吸を政治に生かしていた。自民党では国会対策委員長を2度も務めて名を高めた。その功績の理由は合気道にあった。野党がいきり立っている時は説得しても無駄。相手が落ち着いた頃を見計らって説得して初めて効き目がある、これは合気道だ、というのだ。

上がる手を無理に抑えようとすれば相手は抵抗するが、手は何時までも挙げたままで居られるわけがない。やがて下がってきた時にこちらの手を添えて下げてやれば相手はつんのめって転ぶよ。タイミングを間違えたら転ぶ相手が転ばずに、こちらも怪我をする。

こんな話を色々と山ほど聞いた。どれだけ実になっているか全く自信はないが。

「若者並み頑張るのだから立派だわね、おじいちゃんなのに」と後輩の女性に言われて立腹した。生まれて初めておじいちゃんと言われたからだ。

「よく頑張るわね、現役がかなわないわね」と言って欲しかった。それを思って冒頭の話を思い出したのだ。ものは言いよう。間違うと命がかかる。