2017年05月24日

◆どこへ消えたのか320兆円(20兆元)

宮崎 正弘

<平成29年(2017)5月23日(火曜日)通算第5302号 >

 〜「中国金融界の核弾頭」。どこへ消えたのか320兆円(20兆元)
    共産党の内部機密文書が3月に危機を報告していた〜

 3月の全人代に幹部だけに報告されていた機密文書がある。
 それによれば、「2000年から2015年までに国有企業、金融、証券、保険
業界で極秘に処分された不良債権は20兆元(邦貨換算で320兆円)に達す
る」とされていた。

これは香港の『動向』5月号がすっぱ抜いた記事で、中国社会科学院と国
務院発展研究センターが調査した結果に基づく報告とされた。20兆元とい
う数字は、2007年の中国のGDP総額に匹敵する。

 香港の『東方日報』は、四月に「上海株暴落以後、影の銀行による貸し
出しで表面的に穏健にみえる中国金融界は、巨額が海外へ流出した事実か
らも判別できるように空前の危機に直面している。これは『経済政変』で
ある」としたうえで、「中国の金融界の腐敗はいずれ国家安全保障ならび
に社会の安定に対して極めて剣呑な爆弾となる」と書いた。
 中国金融界が抱える『核弾頭』だというのだ。

 香港の豪華ホテルにボディガードに囲まれて滞在していた肖建華が中国
に拉致され、取り調べをうけているが、以後も保険監督委員会主任、中国
輸出入銀行北京支店長などが落馬し、芋づる式に黒幕への捜査に迫っている。

 すでに国務院、中央銀行、証券、銀行、保険の監査委員会は「未曾有の
金融危機が近い」という認識で共通しており、いずれ黒幕とされる劉雲山
の息子、江沢民の孫ら、香港で妖しげなファンドとの結び付きが深い、こ
れまで「アンタッチャブル」とされた高官一族への捜査が、もし、行われ
ると、市場は一挙に爆発するだろう。
         

◆缶詰はナポレオン命令

渡部 亮次郎



1795年フランス革命の最中に,ナポレオンはヨーロッパ戦線を東奔西走し
ていた。当時のヨーロッパは新鮮な食物が不足し,一般市民に栄養不良に
よる病気が流行していた。

その時代の食品の保存法は昔ながらの乾燥,塩蔵および薫製によってなさ
れていたが,長い航海をする船員は塩蔵肉や乾パンで我慢しなければなら
なかったため,海軍部内には壊血病が蔓延していた。

ナポレオンは軍隊の士気を高め戦闘力を維持するためには,栄養豊富で新
鮮美味な食糧を大量に供給する必要性を痛感し,従来の方法によらない食
品貯蔵法を懸賞金つきで募集することを政府に命じた。

懸賞にこたえ、1804年にフランスのニコラ・アペールにより長期保存可能
な瓶詰めが発明され賞金1万2000フランを与えられた。

たが、ガラス瓶は重くて破損しやすいという欠点があった事から、1810年
にイギリスのピーター・デュランド(Peter Durand)が、金属製容器に食品
を入れる缶詰を発明した。これにより、食品を長期間保存・携行すること
が容易になった。

ただし、初期のものは殺菌の方法に問題があり、たびたび中身が発酵して
缶が破裂するという事故を起こした。これはのちに改良された。

また、1833年にはフランスのアンシルベールによって、缶のふたの回りを
はんだ付けし、熱で溶かして缶を開ける方式が考案された。その後、1860
年代にブリキが発明されてからは、缶切りが登場するようになった。

当初、缶切りは発明されず、開封は金鎚と鑿を用いる非常に手間のかかる
ものだった。戦場では缶を銃で撃って開けることもあったが、撃たれた衝
撃で中身が飛び散ってしまい使い物にならなくなることも多々あったという。

このため内容物が固形物に限られ、液状のドリンク類は入れられなかっ
た。缶切りが発明されると液体なども入れられるようになり、内容物のバ
リエーションが広がった。さらに缶切りが無くても開けられる様にプル
トップ(イージーオープン缶)が発明された。

缶詰は、初期には主に軍用食として活用された。特に、アメリカ合衆国の
南北戦争で多く利用された。のちに一般向けにも製造されるようになり、
現在では、災害対策用の備蓄用食品(非常食)としても利用されている。

現在作られている缶詰は日本で約800種類,世界では約1200種類といわれ
ている。原料の種類別では魚介類,果実類,野菜類,畜肉類に大別される。

加工調理方法の別では魚介類は水煮・塩水漬・油漬・味付け・みそ煮・蒲焼き・
薫製油漬・トマト漬・香辛料漬・その他の調味料漬が,果実類はシロップ漬・
水煮(固形詰)・ジャム・ゼリーなどがある。

果実類として大きな地位を占めるのは果汁である。野菜類としては料理の
原材料となる水煮が主体であるが,味付け,漬物などもある。畜肉類は水
煮,味付け,ハム,ベーコン,ソーセージや各種の調理食品がある。

特殊に入るものとしては,各種の調理食品,米飯類,ソース,めん類のか
け汁,しるこ,甘酒などの飲物などがある。食品缶詰の規定には当てはま
らないが,コーヒー,紅茶,緑茶の真空パックや不活性ガス(おもに窒素
ガス)を充てんし,香りや味を保持させるための缶詰もある。

ペット用のペットフード缶詰の生産も多い。そのほか食品ではないが培養
土に種子を入れ,開缶後水をやれば花の咲く缶詰,おもちゃの缶詰,下着
類の缶詰も作られている。

1812年にイギリスのドンキンにより缶詰製造は企業化されたが,その後イ
ギリス,アメリカなどで企業化が進んだ。1890年には自動製缶機械に一大
進歩をみたことにより,1901年に容器のみを作るアメリカン・キャン社が
設立され,缶詰製造業界に一紀元を画した。

製造量は南北戦争後の1870年で約4000万函といわれているが,第1次・第2
次世界大戦の軍用食としての需要の増大により,缶詰産業も各種の技術革
新とともに発展をとげた。

国別の生産量では,1970年ころまではアメリカが全世界の70〜75%を占め
ていたが,80年には世界の総生産量(約20億函)の40%を占めるだけとなった。

またイギリスが主要生産国から脱落し,発展途上国の進出が目だってきて
いる。この主な理由としては,作業員の人件費の高騰,原料確保の困難
(漁業の200カイリ問題など)などがあげられる。なお,アメリカに次ぐ生
産国はドイツ,フランス,イタリア,日本などの先進諸国である。

資料:世界大百科事典及び『ウィキペディア』 

◆TPPはベトナム・マレーシア説得がカギ

杉浦 正章



11か国結束で米国復帰を目指せ
 

日本は「橋渡し」と「防波堤」のジレンマ
 

菊池寛の「父帰る」は、かつて家族を顧みずに家出した父が、落ちぶれ果てた姿で戻って来たことをテーマに据えた戯曲だが、まるで環太平洋経済連携協定(TPP)のアメリカの姿を見るようである。やがて帰らざるを得ないと見る。捨てられそうになった家族である11か国は、長兄日本の努力で漂流気味の状態から離脱して、命脈を保つことが出来た。


今後の焦点は、アメリカへの輸出拡大ができると国有企業改革や、外資規制の緩和などで譲歩したベトナムやマレーシアが、「アメリカ抜きでは話が違う」と強い不満を抱いていることだ。日本としては11月のTPP閣僚会合までにあの手この手で両国を説得して「TPP11」の結束を保って発足にこぎ着け、将来の米国復帰を待つという両面作戦を展開することになる。レベルの低い自由貿易協定で発足させようとしている中国主導の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に、席巻される事はなんとしてでも回避して、TPPの高い理想を維持しなければなるまい。
 

首相・安倍晋三はかつてからトランプの離脱表明について「日本が意思を示さなければTPPは完全に終わってしまう」と危機感を募らせ「TPPは決して終わっていない。アジア太平洋の発展に大きな意義があり、なんとか推進したい」と前向き姿勢を堅持してきた。その根底にある戦略は@11か国でスクラムを組み、高いレベルの自由貿易協定を維持すれば、たとえトランプがTPP以上の自由化要求をしてきてもはねつけることが出来るA中国主導のRCEPは国有企業改革や投資の自由化に消極的であり、日本としてはTPPを先行させてRCEPの水準を引き揚げる必要があるーという対米対中両にらみのものである。
 

この基本構想に対してTPP11内部は大きく3つに割れた。オーストラリア、ニュージランドは対日農産物輸出増をにらんで賛同し、カナダ、メキシコはトランプの北米自由貿易協定(NAFTA)反対に忙殺され傍観、ベトナムマレーシアは前記の理由で消極的であった。


今後の焦点は米市場を重視して慎重姿勢をとるベトナムやマレーシアをいかにして説得するかだ。ベトナムなどは現在の協定内容の大幅な変更を求めかねない状況にあり、協定内容の大幅な変更を避けつつ、いかに意見の相違点を克服できるかがポイントだ。


日本の主導権が問われる場面だが、ここは視点を広く持って日本とベトナム・マレーシアとの経済的な結びつきを深め、経済援助や技術者研修制度の拡充なども推進して良好な関係を構築することだろう。例えば両国首脳を個別に日本に招待して、安倍との首脳会談で根回しをすることも考えられる。
 

もう一つの焦点は対米関係である。21日の閣僚声明では、アメリカを念頭に、「原署名国の参加を促進する方策も含む選択肢」を検討することが盛り込まれた。TPP11の本当のゴールは、11か国にとどまるのではなく、最終的にアメリカの復帰を促して、もとのTPPの形を復元することであり、これこそが、日本がTPP11の実現に力を入れる真の狙いと言ってもよい。


これは一見荒唐無稽に見えるが、米国の政局を見忘れてはなるまい。筆者は米国の政局が政権発足早々からロシアゲート事件を軸に流動性を帯びており、トランプの支持率も35%と最低水準にあり、政権は長くて4年の任期を全うすることが精一杯ではないかと思う。場合によっては来年の中間選挙前に副大統領マイク・ペンスに代わる政変すらないとは言えない。従って新大統領がかたくななトランプの保護貿易主義を転換させる公算もあり得るのだ。
 

保護貿易主義の流れが世界経済を停滞させて、マクロで見れば自国にブーメランとして帰ってくることは戦前の歴史が証明している。トランプはTPP11が結束し、日本が欧州とも自由貿易協定を結び、ある意味で対米包囲網を実現させれば、自らの主張する2国間協定に影響が出ることは避けられないことを悟るだろう。関税にしても多国間協定以上に下げられなければ、2国間協定にこだわるメリットがなくなるからだ。
 

こうしていまや日本は好むと好まざるとにかかわらず自由貿易を推進する旗手の役割を果たさざるを得ない状況になりつつある。TPP11と米国との橋渡し役になると同時に、トランプ保護主義の防波堤になるという、二律背反の役目を演ずることになるのだ。


まずは日本の提唱で、7月に高級事務レベル会議が開催される。11カ国の中で経済規模が最大の日本がリーダーシップを発揮する機会でもある。安倍は週末のサミットでも会議をリードする役割を果たす必要があり、時にはトランプに「友情ある説得」をする必要も出てこよう。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆ゴーストライター問題

川原 俊明(弁護士)

 佐村河内守氏が実際には新垣隆氏に報酬を支払って作曲をさせていた事件が巷を賑わせています。

 この事件について著作権法上の問題はないかという視点で考えてみましょう。
 結論から言うと、佐村河内氏あるいは新垣氏の行為が著作権違反になることはなさそうです。

 著作権には、大きく分けて、著作人格権と狭義の著作権とがあります。
 
本来の作曲者である新垣氏には、著作者として著作者人格権が認められます。
著作者人格権には、著作物の公衆への提供等に際し自己の名称を表示する権利(氏名表示権)などがあります。
 
もっとも、新垣氏は、もともと佐村河内氏から報酬を受けてゴーストライターを務めることを承諾しているわけですので、著作者人格権については放棄していると解釈するのが自然です。
 
また、佐村河内氏は、新垣氏の作曲した曲をあたかも自己が作曲したものとして公衆に提供しており、一見、新垣氏の狭義の著作権を侵害しているように思えます。
 
もっとも、この点についても、新垣氏の承諾があることから、新垣氏から佐村河内氏に対して狭義の著作権は譲渡されているものと考えられます。

 したがって、狭義の著作権を有する佐村河内氏が著作権侵害をすることはありません。

530-0047 大阪市北区西天満2丁目10番2号 幸田ビル8階  
弁護士法人 川原総合法律事務所      
弁護士 川 原 俊 明 



2017年05月23日

◆中国で18〜20人以上のCIAスパイが

宮崎 正弘



<平成29年(2017) 5月22日(月曜日)通算第5300号 <5300号記念特大号>>

 〜中国で18〜20人以上のCIAスパイが殺害、拘束されていた
  オバマ政権下で、CIAの不手際がつづき、米国に「もぐら」がいた〜

CIAの士気の低下はオバマ政権下で顕著だった。
 殆ど機密情報が取れず、また重要な亡命希望者(王立軍)らをオバマは
放置した。

2010年から2012年にかけて、18人から20人のCIA協力者(中国人)が逮
捕され、殺害もしくは刑務所に送られていた。

かつてCIA、FBIの内部にロシアのスパイが紛れ込んでいた。オルド
リッチ・アーメス(CIA)とロバート・ハンセンン(FBI)事件は米
国のインテリジェンス機能に大きなマイナスとなった

CIAが、米国の情報漏洩と中国の工作員ネットワークの消滅に気付いた
のは、協力者の北京における中枢からの情報が途絶え、工作員らが消えて
しまったことだった。そのうえ、類似の機密が中国のハッカーと推定でき
るルートからウィキリークスに漏洩していた。


CIAの高層部の内部にモグラが潜んでいたのだ。

「その男」(The man)は永年にわたってトップの機密、暗合のマ
トリックス、スパイの落ち合う場所や方法などCIAテクニックを、中国
に漏らしていた。CIAが、その男を疑い始めたことに気付くと、かれは
さっとCIAを退職し、アジアに移住して企業経営を始めた。その資金は
おそらく中国が用意したのだろう。

以上の衝撃的なニュースは『ニューヨークタイムズ』(電子版、5月21
日)のトップ記事。BBCなどが後追いで報道し始めており、在米中国語
新聞も大きく採り上げている。「中国逮捕殺害20名美国間諜」(博訊新聞
網、5月21日)。

CIA、FBIはともに、この情報に関して一切のコメントを出していな
い。中国もこのニュースをまったく伝えていない。

       
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆樋泉克夫のコラム 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
【知道中国 1573回】       
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富12)
   徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

            ▽

さて「觸目偶感」の冒頭を「清國の将來抔と申す問題は、餘りに面倒にし
て、且つ重大なれは、氣輕く思ひ切りて、愚存開陳致す程の勇氣も、出兼
申候」と切り出したうえで、「通り掛かに觀察し、若しくは感得したる一
二を、略述可致候」と執筆の意図を記す。但し、通りすがりの観察にすぎ
ないゆえに「自から慚認する所に候」とも。

やはり外国を理解するのは「其の國民に化する位に深入り」すべきだ
が、そうできない以上は「寧ろ其の觸目したる一刹那の印象と感興とを、
其儘に複生せしむるを以て、却て其眞實を得るに庶幾かる可しと存候」。
だから以下の記述は「皮相は則ち皮相に候得共、皮相の見、亦た取るべき
ものなきにあらす」とする。

自分は清国の「國民に化する位に深入り」しているわけではないから、
これから開陳する意見は「皮相の見」に過ぎないかもしれない。だが、
「却て其眞實」を抉っているに違いない――こんな徳富一流の“自負の念”が
行間に垣間見える。そこで、以下、記述順に従って徳富の「皮相の見」を
考えてみたい。なお、表題は【 】で示し、番号を付しておく。

 (01)【支那に國家なし】=「支那には家ありて、國なく、支那人に
は、孝ありて忠なし」。過去を振り返っても現在をみても、「國家的觀念
らしきものは、殆と見出兼候」。その背景を探れば、「幾多の獨立國を爲
すには地理的に、餘りに便宜多く。統一の國家を爲すには、地理的に餘り
に廣大なりしか爲めには非さりし乎」。つまり地理的条件からして、近代
的な国家の枠組みでは捉えきれない、ということだろう。

 (02)【寂寞たる除外例】=「支那人とても、絶對に愛國心か、無き筈
も無之候」。古来、史書や文学には復仇やら「故土の恢復を絶叫」する文
字が残されてはいるが、「別段何等の反響を見出し不申候」。彼らの意識
は一族内の外に出るものではなく、であればこそ抽象的な国家を想定する
ことはできそうにない。

(03)【共通性】=「一言に支那人と云ふ」が、「其の4億の人種は、必
すしも同一模型より、打ち出たるものにはあらす」。人種にも異同があ
り、「或は滿洲國、或は北支那國、或は長江國、或は廣東國」といえるほ
どに、「幾多の地理的分野」もある。

だが「此の多き人と、廣き土地とを、通して、其の一貫したる特色も、多
少可有之候」。そこで、これから説くところは、彼らの「共通性に候。共
通性らしく見ゆる點」である。

(04)【文弱】=「支那の古今を通して、最も著明なるは文弱の一事に
候」。「支那の通患」は「積弱不振」である。

(05)【文弱的國民】=「支那人は、平和的人民なりと申せとも、如何
に平和的なれはとも、力を以て防禦する位の事は、做しても差支え」ない
だろう。

だが、彼らはそうしない。「議論は、立派に聞へ」はすうるが、とどのつ
まりは「平和さへ購ひ得れは、足れりとの了見に外なら」ない。彼らは決
して「平和的人民」ではなく、「寧ろ文弱的人民と云ふを、精當となす所
以に候」。

(06)【女らしき男の國民】=古来、英雄豪傑の類には事欠かないが、
「其の國柄か、元來文弱國に候、其の人柄か、元來文弱人に候」。だから
「今日に於ても、其の容貌、風采」において男らしい男を見い出すことは
できそうにない。「個人にも此の如く候。國家にも此の如く候」。

(07)【附景氣の戰爭】=「支那流の戰爭は、唯た景氣を附けて、人を
畏すのみに候」。「支那の戰爭は、支那の芝居」と同じで、「唯た騒騒敷
迄に候」。個人の喧嘩も同じで、騒ぐだけ。
「彼は容易に劍を抜かす、然も一たひ抜けは、打たすんは已ますとの要語
は、到底個人にも、國家にも、支那には實踐覺束なく候」。
とどのつまりは見掛け倒し…ヤレヤレ。
《QED》

      
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 ★グローバル・イッシュー・フォーラムから宮崎正弘先生の特別講演会
のお知らせ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
ペマ・ギャルポ先生が主催のフォーラムです。5月26日に宮崎正弘先生を
お招きしての特別講演会があります。
定員になり次第、締め切りますので、お早めに御予約下さい。あと少し余
席があります。

              記

とき    5月26日(金曜) 18:30−20:30
ところ   市ヶ谷「アルカディア市ヶ谷」
講師    宮崎正弘先生
演題    「国際情勢の読み方」(北朝鮮問題と米中の角逐、ロシアの
介入。韓国の赤化)
討議    講演終了後、ペマ先生がコーディネータとなって質疑応答、
意見交換。
会費    一般3000円(学生2000円)
申し込み  FAX(042)679−3636
      メール globalissues_gift@yahoo.co.jp
定員になり次第、申し込みを締め切ります
◎お申し込みの方は(1)お名前(2)御住所(3)電話番号(4)メー
ルアドレス(5)「宮崎メルマガで知った」(6)懇親会(下記)の出
欠。などを書かれて申し込んで下さい。
◎終了後、同会館二階のラウンジで、講師を囲んでの懇親会があります。
これは、別途会費3千円です。
             以上
          

◆「措置入院」精神病棟の日々(43)

“シーチン”修一 2.0



わが家の営繕の仕事で一番困難なのは3F軒下のペンキ塗りである。体力が
少しずつ戻ってきたし、十分な長さの脚立も買ったから着手すべきだ、と
理性では思う。「困難な仕事だからこそ真っ先にやるべきだ」とも思う。

しかし現実はどうか。「今日は暑くなりそうだから・・・」「今日は天気
が悪いし、雨も降りそうだから・・・」「雨漏りしているわけではないか
ら・・・」、あれこれ理屈をつけて先送りするのだ。

要は好き嫌いで、「やらない、やろう、やります、やる、やる時だ、やれ
ば、やれ」といろいろ考えるものの感性で「やりたくねー」となってしま
う。結局、締め切りが迫って、尻に火がついて大慌てで取り組むことにな
る、徹夜したりして。

「さっさとやっていればいいものを・・・先憂後楽と古人も言っているだ
ろう」と理性では分かっちゃいるけど、生命体を守ることを至上命題とす
る脳ミソの無意識層では「後回しにできるのならそうしろ、いつポックリ
逝くか分からないのだから面白そうで簡単な仕事からやっていけ」と初期
設定されているに違いない。

「人は困難な問題ほど避けたがる、先送りしたがる」、これは真理だな。
憲法改正?面倒くさい、票になるのかよ、別に今やらなくてもいいんじゃ
ね、そのうちいい手が浮かぶだろうから後進の叡智に託そうぜ、とか。

「酒やめますか、それとも人生やめますか」・・・難題に心が揺れ続け、
尻に火が付いた日々を綴る病棟日記から。(“狂人日記”を書いていてよ
かった、自分で言うのもなんだが、結構面白い)

【2016/12/1】*神無月の末に拘束され、霜月を経て、いよいよ師走だ。
昔は12月にお坊さんが檀家を訪ねお経をあげていたから大忙し、江戸時代
ならカゴ、明治からは人力車を使っていたのだろう。一年の無事を感謝
し、来年も良い年でありますようにと祈願したに違いない。

盆暮は菩提寺に奉賛費を納めることになっていたからお坊さんも一所懸命
だったろう。

小生は大晦日に墓参りをしていたが、今年はカミサンが行ってくれるだろ
うか。今度の面会の時に言ってみよう。「いろいろ迷惑をかけて申し訳な
かった」とも言うことにしよう。

完敗、無条件降伏、占領、主権喪失、言論統制、WGIP(間違った戦争をし
たお前が悪いという洗脳)、家訓第9条「酒、ダメ、絶対!」。“酒権”放
棄だな。長生きしそうで嫌な感じ。

♪はーやくこいこい おでむかえ

「健康」に意識的に留意した嚆矢は、日本では家康、欧州ではヒトラー
か。「健全な精神は健全な肉体に宿る」などと、健康な人は不健康な人を
蔑んだりすることがままあるのだろう。夏彦翁曰く「健康(崇拝)は嫌な
ものである」。

健康だと本来は脳ミソに向かう血が五臓六腑に回り過ぎて、物欲、色欲、
不老長寿欲に取りつかれはしまいか。それを戒めた古人は「長生きすれば
恥多し」と訓導したのではないか。

夕べは眠剤2錠だけだったが、副作用で排尿センサーが劣化したのだろ
う、2回もオネショをし、真夜中の洗濯になった。1錠に減らしてもらお
う。モンローもプレスリーも眠剤中毒になったそうだが、気を付けないと
廃人になりかねない。長命の廃人・・・最悪だ。そうならないように祈る
しかないが、まずは断酒だな。

*クネクネ韓国はオシマイだ。次の大統領がハンキブンでも北寄りだろう
とも、ひたすら漂流するだけ。中共はこのポンコツを拾うことは絶対ない
し、北は金欠病で米軍も怖いから手を出すまい。

日本は破綻した朝鮮を救うため1910年に日韓合邦し、国家予算の3分の1を
注いでインフラ整備、殖産興業に努めたが、日本が連合国に負けると朝鮮
人は一挙に反日になり、「植民地にされ収奪された、少女は性奴隷にされ
た」などと難癖をつけるようになったから、さすがにお人好しの日本も助
け舟は出さないだろう。

つまり韓国は再びIMF管理国になるしかないが、「トップがアホやから政
治にならへん」、再生には長い年月がかかるだろう。情緒不安定で短兵急
に目先の利益を追う半島人にできるかどうかは不明だ。

*通常の屋内散歩の後、数年ぶりにジョギングしてみたら100メートルで
きた。スキップはどうかとやってみたらコケそうになった。無理をすると
間違いなく骨折か捻挫をするだろう。

*“コンチャン”は檻の中の動物のように部屋とホールの間をひっきりなし
に行き来している。ホールでは誰も相手にしてくれないから部屋に戻る
が、寝る以外にやることがないから5分後にはまたホールへ行く。その繰
り返しで、気の毒だ。

昼食時に“コンチャン”曰く「呆け始めて忘れっぽくなった。飯を食ったの
も忘れちゃう」。小生は、

「歳をとったら皆そうだよ、大病とか怪我をしないだけでも幸せだよ」
「そうだな」

思考力が緩んだり戻ったり「まだらボケ」のようだ。“コンチャン”曰く、

「本を読んだり書くのが好きみたいだね」
「勉強とか遊びとかで、まあ暇つぶしだよ」

*15:45〜16:00、‟ピーコック”による心理面接。カミサンに謝罪し、カ
ミサン及び社会との接点を探しなさいとの課題。

*16:15、Dr.来、12月中旬にカミサンを交えて面談するとのこと。確か
布施明が歌っていたと思うが、

♪もしもどちらか もっと強い気持ちで いれば 愛は続いていたのか・・・

失って 初めて分かる 大切さ 家庭カミサン 子・孫八人(修一)

今ならやり直しが効く、まだ回復力はある。“ノンアル修ちゃん”でいくし
かない。考えようによっては「一粒で二度おいしい」とか・・・一度目の
人生はややほろ苦かったが、二度目の人生はグリコキャラメルのように甘
くて200メートル徒競走で一等賞をとれるかもしれない。「かもしれな
い」
(つづく)2017/5/22



◆「軍事同盟」で退陣した内閣

渡部 亮次郎



若い頃、NHK記者として4年間駐在した岩手県には、後に総理大臣になる
鈴木善幸(ぜんこう)のほか小沢佐重喜(さえき)、椎名悦三郎ら、錚々
たる政治家がいた。言うまでも無く佐重喜は小沢一郎の父、椎名は副総裁
として田中角栄の後継首相に三木武夫を推して大失敗した。

そうした中で目立つようで目立たなかった男が鈴木善幸だった。三陸沿岸
の漁民の出。はじめは日本社会党から代議士になったが、間違いに気付い
て保守党に鞍替え、とうとう自民党総裁、総理大臣になった。

だが日米安保条約の何たるかも知らずに過ごし、自民党内のバランスに
のっていただけだったので総理大臣にまつり上げられたものの、「能力不
足」を晒して途中退陣した。

日本大百科全書(小学館)にはこう書かれている。

<国内では自民党の絶対多数を背景に、軍事力増強、実質的な靖国(やす
くに)神社公式参拝、参議院の比例代表制導入、人事院勧告凍結を実現し
た>。


鈴木善幸内閣]は1980(昭和55)年7月成立した。前任の大平正芳が総選挙
中、糖尿病の合併症たる心筋梗塞で急死したところ、「闇将軍」といわれ
て評判の悪かった田中角栄が裏で動いて、突如、鈴木善幸を後任として指
名した。(私はその現場に居合わせた)。

昭和55(1980)年6月12日未明、大平が死んだ。それに先立って、ホテルに
いた私に園田直(当時は無役)から電話。「大平さんが亡くなったらしい、
調べてくれ」で確認。弔問の為、虎ノ門病院で落ち合う。

彼も当時、糖尿病が悪化。減量の為服用していた利尿剤が効き過ぎてゲッ
ソリしていたので、マスコミの目を引いたことを覚えている。
病室から出てきた園田。車に乗ると「ナベしゃん、これからどうした方が
いいかな」。すかさず「目白へ行きましょう」「そうだワシもそう考えて
いた」。

角栄は先に弔問から戻っていたが、客は園田がその朝は初めてだった。約
1時間して出てきた園田。車中「善幸に決まった」と。「それは妥当なと
ころでしょう。大平派の後継者でもあるし」と私。

大平の死で有権者の同情は自民党に集まって総選挙は、大勝。分裂寸前
だった自民党を結束させ、抗争なしで鈴木政権は成立したのだった。

<「増税なき財政再建」を公約とし、1981年3月には臨時行政調査会を設
置し行政改革を最大の課題とした>。(同)

9月になって厚生大臣齋藤邦吉の不正献金がばれて辞職。その後任に園田
が推されたのは、多分に角栄の押しがあったと思われた。

<1981年1月鈴木首相が東南アジア諸国を歴訪、5月には日米首脳会談を開
き日米「同盟関係」を明記し、西側陣営の一員としてアメリカの対ソ戦略
に協力していく姿勢を明らかにした>。

しかし鈴木首相は首脳会談では、そんなことは話題にならなかったと一旦
は否定。共同声明から軍事同盟云々を消そうとした。日米の首脳が会談す
るという事は要するに日米安保体制を確認し、軍事同盟を再確認する事だ
という外交上の初歩的知識に首相は欠けていたのだ。

この混乱で鈴木首相は党内で孤立感を深めた。同一派閥であった外相伊東
正義が辞任した後を埋めるのに、厚生大臣のピンチヒッターだった園田を
またピンチヒッターにした。

しかし、園田は糖尿病が悪化。外遊しても飛行機から車まで歩けない場面
がしばしばとなった。マニラではとうとう日米首脳会談の共同声明なんて
どうでもいい軽い問題でしかない、といった趣旨の問題発言をして政権の
足を引っ張った。

事後になって鈴木は日米首脳会談について「オレは踊り(外交)の素人なん
だから、手ぶり身振りの最後まで教えないと踊れないよ。教えない外務省
が悪い」といった。外務省側は「初歩知識をお教えするのは失礼に当る
か、と」。

政治における知識や情報の扱い方はビジネスの世界とまるで異なる。ビジ
ネス界は「儲け」で一丸となっているが、政治の世界では役人と政治家の
間に抗争が隠されていたり、遠慮がはさまれたりして要は単純ではない。

しかし1982年6月2兆円以上の歳入欠陥が明らかとなって「増税なき財政再
建」は破綻し、行政改革も自民党・官僚の抵抗で後退を余儀なくされた。

さらに日米経済摩擦、日韓経済協力、教科書記述に対するアジア各国から
の批判といった難問を適切に処理できず、内外ともに手詰まりの状態のな
か、1982年10月12日突如退陣を表明した。

鈴木政治は難問を先送りにして解決を図るといった消極的姿勢を特徴とし
ていた。また党幹事長に二階堂進を起用するなど田中角栄の影響力を強く
受け「角影内閣」との異名をとった。>
日本大百科全書(小学館) (文中敬称略) 2010・4・4

◆G7は「北朝鮮集中討議」が不可欠

杉浦 正章
 


中国に「行動」を求めよ
  

安倍は大演説を行うべきだ
 

朝鮮半島を米空母艦隊が取り囲むというサミット史上にない異常事態でのシチリア・サミットである。首相・安倍晋三はとかく中東、ウクライナ情勢に集中しがちなサミット参加国首脳の目を朝鮮半島に向ける大演説を展開すべきである。G7は一定時間を朝鮮半島情勢に割いて集中討議をする必要があるのではないか。もちろんかつてない事態にはかつてない取り組みをG7が一致して表明する必要があることは言うまでもない。


安倍はソウルと東京を人質に取った金正恩のどう喝戦術の実態、金正恩の性格分析、韓国新政権の動向などを各国首脳らにレクチャーする役割を担う必要がある。ことは軍事機密が絡むから、公表しないオフレコベースの話でもよい。北の真の姿を浮き彫りにすべきであろう。
 

お座なりというと外務省がカンカンになって怒るかもしれないが、少なくとも事前準備のG7外相会談を見る限り、北朝鮮問題の扱いは二の次三の次であった。岸田文雄が「最古参」として臨んで、北朝鮮情勢をめぐる議論で口火を切って、軍事的挑発を繰り返す北朝鮮を「新たな段階にある」と認定し、各国の賛同を取り付けた事は確かだ。


しかし、焦点は米のシリア攻撃容認、アサド政権を支援するロシア問題など中東情勢に集中したのが実態だ。声明も北朝鮮については、「最も強い表現で非難」することと、自制を求めることにとどまった。拉致問題の早期解決に向けた対処も付けたりだった。岸田外交は、どこか理詰めなだけでかったるいのだ。
 

26日からのサミット加盟国を見渡せば米、英、仏が新首脳の登場となり、メルケルと安倍が古参である。これまで朝鮮半島情勢は西欧首脳らの関心が低く、前回の伊勢志摩サミットですら、長時間の集中討議にはいたらなかった。しかし、半島一触即発の状況は、G7にも大きな関わりをもたらす。なぜなら朝鮮戦争は休戦状態にあるのであり、国連軍対北朝鮮・中国の対峙の構図に変化はないからだ。G7では米軍50万人、英軍1万5千人、仏軍7400人が戦っている。その大戦争の後方司令部は現在でも米軍横田基地にあり、3か月に一度駐在武官による会合が行われている。
 

そして北の指導者は「偏執病」(米国連大使)の異常度を日々深めており、ミサイルの発射を繰り返す。さすがに核実験とICBMの実験は、米国の攻撃を恐れて控えているが、隙あらばのどう喝姿勢の度を強める。最近では日米分断を狙って、しきりに在日米軍基地への攻撃を放送や新聞などを使って表明させるようになった。米国が圧力を掛けても金正恩の態度に変化はなく、あまり有能とは言えないティラーソンら米国首脳はお手上げの状況と言ってもおかしくはない。金正恩はともかくその側近らは米国に打つ手がないことを経験則から熟知しているのだ。
 

その最たる経験則がクリントン政権時代の94年に行われようとした北への攻撃を断念したケースである。当時の国防長官ペリーの回顧録によれば、断念の理由は米国が核施設を攻撃し、38度線を越えた戦争に発展した場合は米軍の死者5万2千人、韓国軍の死者49万人、民間人の死者100万人とでた。ペリーは驚がくして、着手しようとしていた作戦を中止に至らしめたのだ。この事実はトラウマとなって、米国内に対北主戦論の火の手が上がるたびに、消火される結果を導いている。
 

しかし専門家によれば作戦次第ではやってやれないことはないという。38度線に沿って地下などに展開されている前近代的な野砲陣地などは大規模爆風爆弾(MOAB)で粉砕し、金正恩の中枢やミサイル基地はトマホークミサイルや空爆などで徹底的に潰す作戦だ。


しかし、その場合はソウルや東京が1発や2発のミサイル攻撃に遭うことは覚悟しなければならない。原爆や化学兵器、細菌兵器のミサイルなら被害は甚大だ。金正恩だけを殺害できても、それより比較にならないほど大切な一般市民を多数犠牲にすることになり、これもまず不可能な選択だ。
 

従って、G7では戦争の選択肢は極めて困難であることを安倍は主張すべきであろう。もちろん秘密裏にだ。これはトランプに向けてのけん制にもなる。ではどうするかだが、現在考えられる唯一の選択肢は中国が、中途半端な制裁でなく本格的な制裁にむけての行動することを促すことだろう。


中国は北の体制が崩壊することは避けたいが、金正恩はどうなってもいいという姿勢が感じ取られる。金正恩の息の根を止めるには、北の外貨収入源を断ち、石炭だけでなく鉄鋼の輸入停止、2006年に実施したような北の金融取引に対する締め付け、北と取引関係がある中国企業への制裁などで、真綿で首を絞める戦術しかないのだろう。この方向でG7の考えを一致させて、中国に「行動」をG7の一致した考えとして求めることだろう。


安倍は21日夕、北朝鮮による弾道ミサイル発射について「国際社会の強い警告にもかかわらず、一週間のうちに、またもや弾道ミサイル発射を強行した。国際社会の平和的解決に向けた努力を踏みにじるもので、世界に対する挑戦だ」「サミットでは明確なメッセージを発出したい」と述べるとともに、「国際社会と連携して毅然と対応していく」と強調した。

確かにいまほどG7が金正恩に明確なメッセージを表明する必要があるときはない

       <<今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

◆健康百話・「切らずに治せるがん治療」

田中 正博(医師)




 がん治療の3本柱といえば、手術、化学療法(抗がん剤)と放射線療法です。副作用なく完治する治療法が理想ですが、現実にはどの治療法も多かれ少なかれ副作用があります。

がんの発生した部位と広がりにより手術が得意(第一選択)であったり、化学療法がよかったりします。
 
また病気が小さければ、負担の少ない内視鏡手術で治ることもあります。 放射線療法は手術と化学療法の中間の治療法と考えられています。 手術よりも広い範囲を治療できますし、化学療法よりも強力です。

昔から放射線療法は耳鼻咽喉科のがん(手術すると声が出なくなったり、食事が飲み込みにくくなる、など後遺症が強い。)や子宮頚がん(手術と同じ程度の治療成績)は得意でした。 最近は抗がん剤と放射線療法を同時に併用することで、副作用は少し強くなりますが、治療成績が随分と向上しています。

食道がんでは手術と同程度の生存率といわれるようになってきました。手術不可能な進行したがんでも治癒する症例がでてきました。

また、手術と放射線療法を組み合わせることもしばしば行われています。 最新鋭の高精度放射線療法装置や粒子線治療装置を用いれば、副作用が少なく、T期の肺がん、肝臓がん、前立腺がんなどは本当に切らずに治るようになってきました。

また、残念ながら病気が進行していたり、手術後の再発や転移のため、今の医学では完治が難しいがんでも、放射線療法を受けることで、延命効果が期待できたり、痛みや呼吸困難などの症状が楽になることが知られています。

放射線療法以外の治療が一番いいがんも沢山ありますので、この短い文章だけで放射線療法がよいと判断することは危険ですが、がん治療=手術と決めつけずに、主治医の先生とよく相談されて、必要に応じてセカンドオピニオン(他病院での専門医の意見)を受けられて、納得できる治療を受けられることをお勧めします。(完)      

大阪市立総合医療センター 中央放射線部


2017年05月22日

◆「平和憲法」では守れない 北朝鮮のミサイル攻撃

加瀬 英明



今年は、明治元年から数えて150年、日清、日露戦争の開戦から、それぞ
れ123年と113年になる。

明治維新はアジアを侵略していた西洋の脅威に対して、日本が結束して立
ち上った偉業だった。また、日清、日露戦争の前夜には、全国民の眼が、
朝鮮半島において刻々と募る危機に集まった。

3月6日に、北朝鮮が4発のミサイルを同時に発射した。その直後に北朝
鮮当局が、「在日米軍基地を標的とした演習だった」と、声明した。その
うち3発が、秋田県の沖合に落下した。

おそらく4発とも、日本のすぐわきに撃ち込むことを、狙ったと思われる。

トランプ政権は「北朝鮮に限定的な軍事攻撃を加えることも、検討してい
る」と、言明している。いま、日本は戦後かつて体験したことがない重大
な危機に、直面している。

朝鮮半島において、軍事衝突が起る可能性がたかまっていると、考えねば
ならない。

それにもかかわらず、国会は与野党がもう50日以上も、連日、森友学園
問題に没頭している。どのようにして北朝鮮の脅威に備えるべきなのか、
まったく論じられない。

民進党も、共産党も、社民党も、マスコミも、日本国民の生命と安全は、
すべてアメリカに任せておけばよいという、属国根性丸出しだ。

いつ、日本国民は独立国としての気概を失ってしまったのだろうか。

アメリカが痺(しび)れを切らして、北朝鮮に対して軍事力を用いることに
なれば、北朝鮮の核施設とミサイルを摘出する、限定的な攻撃を加えよう。

金正恩政権はアメリカから攻撃を蒙った場合に、全面戦争に発展すること
は望まないが、中国や、国連が介入して停戦が成立する前に、体制の威信
を賭けてソウルを砲撃し、韓国にミサイルを撃ち込むかたわら、日本へ向
けてもミサイルを発射しよう。

その場合に、韓国の原子力発電所が破壊されれば、放射能が偏西風に乗っ
て、日本全国を覆うこととなろう。

日本は北朝鮮から同時に多数のミサイルが飛来する時には、迎撃して破壊
する能力を持っていない。

1991年の湾岸戦争の時に、イラクのサダム・フセイン政権がイスラエルへ
向けて、38発のミサイルを発射した。イスラエルは最先端のミサイル迎撃
システムによって迎撃したが、撃ち洩らしたミサイルによって、多くの死
傷者がでた。

この5月に、私たちは憲法記念日の70周年を迎えた。

護憲派が全国にわたって、憲法記念日を祝う集会を開くことになるだろ
う。だが、私たちはこの「平和無抵抗憲法」によって、アメリカに国防を
丸投げして、自ら両腕を固く縛ってきたために、北朝鮮のミサイル基地を
攻撃する手段を、何一つ持っていない。

迎撃するだけではなく、敵基地を攻撃する能力を合わせて保有すること
が、どうしても必要だ。それでも万全だといえないが、被害を少なくする
ことができる。

マスコミも、国民も、毎日のように“森友劇場”と、東京の豊洲市場移転を
めぐる“小池劇場”に、熱中している。そのわきで“金正恩劇場”――クアラル
ンプール空港における異母兄暗殺事件が、テレビを賑わしている。ところ
が、国民は北朝鮮の核やミサイルになると、関心がない。

「“平和”憲法」というのは、前後2つの言葉が一致しない、矛盾した撞着
(どうちゃく)語だ。

どの国の憲法も国民の安全と生命を守るために、戦うことを規定している。

それとも、「平和無抵抗憲法」の妖夢をみつづけるのだろうか。国民の安
全と生命を守るために、1日も早く属国幻想を捨てなければならない。