2017年06月03日

◆田中首相訪中同行記

渡部 亮次郎




将来の近きライバルと予想
   

以下は初の訪中から帰国直後、あるミニコミ紙(発行:昭和47年10月28日)
に執筆したものである。書棚の中から33年ぶりに取り出してみて「中国は
将来の"近きライバル“」と既に分析していたのを発見した。今月29日が
日中国交正常化への共同声明の調印日である。わたしはNHKを代表して同
行した。以下、同行記である。

『百聞は一見に如かず』と言うが、『群盲、象を撫でる』ともいう。
「中国見たまま」といったところで滞在期間がわずか6日間。目的が田中
首相の「同行」であってみれば私の「一見」が「百聞」以上のものだとは
いえない。

まして、同行記者80人の一員として、ぞろぞろ田中首相に従って歩いただ
けであってみれば「象を撫でない盲」にも劣る「訪中記」である。

しかも共産国ならどこでもそうであるように、猛烈な取材規制を受けなが
らの取材だったのであるから、お恥しい次第ではある。

端的にいって、田中訪中同行記者について中国側が初め言ってきたのは60
人。このうち首脳に3メートルまで近づける「近距離」の記者、カメラ記
者、 TVカメラマン、政府公式カメラマン、TV中継カメラマンは各2人で
計10人。それ以外(大部分)は会談場の玄関口でシャットアウトされる
「遠距離組」と言うものだった。

時として、いま西山事件【注】にもある如き方法さえ用いて、嘗て大平外
相をして「人の腹の中に手を突っ込む奴ら」と言わしめたほどの「マスコ
ミ・アニマル」である当方としては大いなる不満を表明し、外務省情報文
化局(当時)を通じて規制緩和を要求した。

その結果、「推測記事がある程度、書かれるのは仕方がない。同行記者数
は20人増の80人とする」という最終回答があっただけで、“規制“は緩ま
なかった。

パズルを解く記者たち

共産国のことだから、さらに「公共建造物の撮影、人民へのインタ
ビュー、家庭訪問、指定区域以外への外出について事前許可なくして行っ
てはならない」のは当然であった。

帰国後、週刊誌が「林彪事件や台湾問題について人民の反応も取材でき
なくて、何が同行記者か」と叩かれたが、事情も知らずして、80人の怠け
者が北京や上海をブラブラしただけと言う論評にはハラが立った。

正直な話「テメエ、やってみろよ」と言いたい。尤も例によって中国礼賛
が先に立って、規制を受けた取材であることなど、少しも書かなかった方
にも罪がある。

このように、田中訪中同行記者団は「見ざる聞かざる言わざる」の3重苦
に悩まされての取材だったが、中国の現状を見れば、こうした規制も止む
を得ざる措置だった、と言えなくもない。

テレビは白黒方式!のが全土に10万台(公式)しかない。7,500人に1台の
割合。1人民公社に1台あるかないか、というのが現状である。しかも放
送時間は夜7時から3時間だけ。

今日の事象は翌日の夜でなければ放送されない。中国側も「歴史の新しい
始まり」と高く評価した日中共同声明の調印式という「大ニュース」でさ
え、たしか翌日の夜まで放送されなかったはずだ。

中国人にとって、日本で言えば天皇以上である毛沢東主席と田中首相との
”世紀の会見“でさえ翌28日の夜7時にならなければ放送されなかったの
だから。

ラジオはかなりある。だが日本のように実況放送されてない。今日のニュ
ースを今日中に伝える事はない。新聞はどうか。まず各戸配達は無い。昼
ごろスタンドに買いに行けば朝刊(人民日報)が手に入る。(だが面白い
記事などどこにも無い)

革命(建国)以来23年経ってこの有様であるから,以前はもっと低水準だっ
たと思われる。その間に人民と言う名の大衆は「ニュースとは翌日になら
なければ分からぬもの」と思い込むようになった。

だからニュースに餓えるということも無くなったのではなかろうか。そう
いうふうにまた指導者たちも思い込んでいるから、日本から80人もの記者
が来ることさえ驚きなら、相手のハラに手を突っ込むほど、手を変え品を
かえて接近取材をするなんて、思いもよらないことなのである。

万里の長城で、この規制を乱し「総理!そこで止まって、こっちを向いて
笑って」とカメラマンたちが田中首相に注文をつけるのを見ていた中国人
たちは「日本のマスコミというのは政治家を"指導“するのか」と驚く、
というよりもあきれていた。

田中、周恩来による首脳会談が4回、大平、姫鵬飛による外相会談が3回。
特別番組として田中の毛沢東"謁見”があった。しかしこれらの内容は誰
1人新聞記者が見ても聞いてもいたわけじゃない。

例外を除いては「発表することは何もありません」という二階堂官房長官
の"発表"をもとに、ああでもないこうでもないと組み立てた"推理小説“
である。

とはいっても前もって相当に勉強はして行ったから、発表の後交わされる
二階堂氏とのやり取りから、さながらクロスワード・パズルを解くように
会談内容を組み立てて行ったから”小説"とも言えない。

4回に及んだ首脳会談は、その都度、何を議題にしたのかは、もちろんい
まだに明らかにされていない。だから現地にいるときも、しつこく聞き出
すわけだが、首相をして「この人はなんでもしゃべる」と言わせた二階堂
氏も「なんとも申し上げられません」という返事を繰り返すのみ。

二階堂氏の顔色や目つきや、口許を見てのパズル解きであった。東京にい
るときなら、会見の後の夜討ち朝駆けの奇襲取材はお手の物なのだが、北
京では、二階堂氏は会見が終わるや否や雲を霞と迎賓館に閉じこもってし
まう。

仮に迎賓館に追いかけようにもタクシーが無い(制度としてない)し、お
っかけたところで門前の衛兵に阻止されてお終い。それでは電話でと言っ
ても、電話番号は公開されていない。

諦めず、夜の公式宴会で近付こうとしても不可能。テレビでご覧の通り、
丸テーブルに座ったまま誰も動けないからこれまた不可能。仮に立って行
ったって、3メートル以上は近づけない。

日本が得た成果は?

こんな状態であるから、例えば共同声明の調印式が予定より15分も遅れた
理由が帰国まで分からなかった。日本と現場中継のマイクロ回線が繋がっ
ているから、東京から、どうしたんだと、やいのやいのと言ってくるがど
こにも聞きようが無い。

やっと、上海から帰国の途についた機中で田中首相から「中国側が3軍へ
の了解連絡に手間取ったため」と説明されてやっと分かった(政府が軍に
了解をとる、共産主義国家ならではだ)。

ついでながらもう富士山が見えるころになって田中首相は「会談は到着当
日、25日午後の1回目がヤマだった」と明かした。つまり過去における日本
軍国主義の残虐行為を水に流して再出発という日本。

対する中国は深い反省を要求して、初めから激しくぶつかりあった(のち
に明らかになったことだが、過去の反省については、この日の夜に開かれ
た招宴での田中挨拶の淡白さに中国側が激怒)結局「反省」の一札をとら
れたのだった。

そう言われて共同声明を読めば、日本が得た成果は皆無である。なるほど
戦時賠償請求の放棄を得た事は成果だろうか。この事は1954{昭和29)年
7月、園田直、中曽根康弘、西村直己の各氏が強行訪中した際、中国首脳
から既に明かされてれていたものだ。

まさに「加害者の敗戦国」が「被害者たる戦勝国」にこてんぱんにやっつ
けられた正常化だったといえよう。もちろん日中正常化とはこういうもん
だとは予め分かっていた。だから慎重派と言う反対派があったのは当然だ
った。

それを「それ急げ、やれ急げ」とマスコミが叫び、「いや、もっと慎重に
考えながら・・・」と言う慎重派がさながら非平和愛好家のように見られる
と言う今の風潮は一考を要しよう。

熱しやすく冷めやすい大和民族の気風に乗っかって、戦後27年の懸案をあ
っという間に処理して見せた田中内閣ではあるが、後世の史家がこれをな
んと評価するか、興味深いところである。

日本人よ目を開け

中国について私は本だけで36冊読んで行った。忙しい取材の合間であるか
ら4年ぐらいかけて読んだ。担当した自民党の派閥や領袖も中国問題につ
いては、取材でいわばハト派の河野一郎派から中間的な森、園田派、タカ
派の福田赳夫派(旧)やら賀屋興宣、岸信介、重宗雄三の各氏と言った幅広
い体験をして行った。

今(1972年)の日本人の主婦はマイホームととか電子レンジとか別荘を欲し
がっているが、中国の家庭の3種の神器は1に自転車、2にミシン、3がラ
ジオだと言うことだった。

着ているものも婦人ですら一種の国民服とでも言うのか嘗ての日本陸軍の
上着の色をグレイにしたものに同色のズボン。化粧は誰もしていない。膨
らみの足りない人は男と区別がつかない。

街に首都と言えどもタクシーは無い。バスはどれも満員。飛行機はおろか
汽車にさえ乗ったことの無い人も多いはずである。まさに何十年前の日本
だろう。北京の中心部から少し行くと人糞を担いだ農民を何人も見た。

しかしまた泥棒はもちろん犯罪ない(ことになっていたか)。高望みしな
ければ明日への心配は無いかもしれない。しかし人間は高望みがいわば本
能である。(中略)

それよりもこれからの中国はどうなるか、日本との将来はどうなるかを考
えてみることの方が大事だろう。「資源の輸出国にも、消費物資の輸入国
にもならない」と周恩来首相は言った。

当面は日本の工業技術を輸入して近代工業国の建設に邁進するであろう。
技術知識の吸収は旺盛である。砂に水を吸わせる如くである。それはさな
がら明治維新の先輩たちが西欧列強から知識を吸収しながら建国した日本
と同様であろう。

だが、知識を吸収した中国は遠からず世界市場で日本の強敵となって立ち
はだかるはずである。その時の用意はいま美酒に酔いしれている日本国民
にあるだろうか。疑問である。(了)

主宰者談:この後すぐ、周恩来、毛沢東の順にこの世を去った。見透かし
たようにトウ小平が復活して4つの現代化政策と開放経済体制と、事実上の
資本主義体制に切り替え、異常な経済発展と軍の膨張を進めている。田中
首相の予想を上回った。

(注)西山事件とは毎日新聞政治部記者西山太吉氏による、沖縄返還交渉
にからむ外務省機密漏洩事件。西山記者が、かねて肉体関係を結んでいた
外務省外務審議官付き女性職員から交渉にからむ機密文書のコピーを入手。

記事にせず、社会党(当時)横路孝弘議員に渡して衆議院予算委員会で政
府を追及させた。蓮見女史と共に西山記者は逮捕、起訴され執行猶予付き
の有罪判決が確定した。

事件をモデルにして『大地の子』『白い巨塔』『盆地』などの著作のある
小説家山崎豊子氏(毎日新聞出身)が『運命の人』を平成17年1月号から
月刊誌「文藝春秋」に連載した。

他方、西山氏は逮捕から33年経った2005年4月に行動を開始した。

<1972年の沖縄返還交渉に伴う日米間の密約を示す文書を入手して報道し
有罪判決を受けた元毎日新聞記者の西山太吉さん(73)が2005年4月25日「密
約を否定した当時の判決は誤りで不当な起訴で名誉を棄損された」とし、約
3400万円の国家賠償を求め東京地裁に提訴した。

密約は「沖縄返還に伴う土地の復元補償費400万ドルを、米国に代わって日
本が肩代わりする」というもの。西山さんは71年、当時の外務省職員から
文書を入手して一部を報じ、72年に同職員とともに国家公務員法違反で逮
捕・起訴され、最高裁で懲役4月、執行猶予1年の有罪判決が確定した(1審は
無罪)。

しかしその後、00年に日米間の合意事項を示す文書が米公文書館で見つか
り、02年には密約が発覚しないよう、沖縄返還協定発効後に日米政府が口
裏合わせをした公文書も見つかっていた。> (毎日新聞のサイト)
                       NHK政治部(当時)


◆企業合併は計画的に

川原 俊明(弁護士)



 会社が事業規模を拡大しようとするとき、もっとも早く実現する手段の一つとして、他の会社を吸収合併する、という方法があります。当該他の会社の事業をそのまま引き継げるからです。

 合併のメリットとしては、消滅する会社の権利を包括的に承継するという点や、追加の資金を必要としないという点があります。

 つまり、消滅する会社と取引会社間の契約関係については、個別の同意を取らなくても、吸収する会社が引き継げますし、その対価として自社の株を発行すれば追加資金も必要ありません。

 他方、デメリットとしては、原則として株主総会決議や債権者保護手続が必要となることや、反対株主買取請求権が発生する場合があることなどがあります。債権者保護手続においては、会社の債権者に会社の決算書等を開示しなくてはなりません。

 また、消滅する会社の債務を包括的に承継するため、簿外債務・偶発債務を遮断できないという問題があります。

 単純に、他の会社の一事業が欲しければ、「合併」ではなく「事業譲渡」や「会社分割」という手段がありますし、他の会社すべてが欲しいときでも「合併」の他に「子会社化」という手段もあります。

 企業が成長を続けるためには、どこかで組織再編を行う必要がありますが、どの形態(合併なのか事業譲渡なのか等)で行うかについては、各形態のメリットデメリットを吟味しなければなりません。

その際には当事務所にご相談下さい。

530-0047 大阪市北区西天満2丁目10番2号 幸田ビル8階  
弁護士法人 川原総合法律事務所      
弁護士 川 原 俊 明 

2017年06月02日

◆安倍「次官なら私に直接言うべきだ」

杉浦 正章



事務次官OBらも前川批判で一致
 

マスコミは「異次元の人」を英雄視するな


 前文科事務次官前川喜平が漏らし、朝日新聞が煽り、「盲目民放」が興味本位に追随する虚構の「加計学園疑惑」に対して、ようやく安倍政権は本格的な反論を展開し始めた。首相・安倍晋三自らが説明、閣僚や党幹部も積極的かつ具体的に反論し始めた。前川批判の焦点は何で次官在職中に身を賭して反対しなかったかに集中している。政治家ばかりではない事務次官OBらによる会合がこのほど開かれたが「疑問があるならなぜ在職中に首相と会って反対しなかったのか。


後でマスコミに向かって発言することは次官経験者がやることではない」との見解で完全に一致したという。心ある次官経験者らは前川総スカンなのであろう。確かにまっとうな官僚なら筋を通すはずではないか。一部マスコミも次官在職中に売春を斡旋するようなバーに足繁く通い、「女性の貧困」を調査したと言ってはばからない「異次元の人」の発言を、まるで権力に立ち向かう英雄であるごとく報道し続けるのは、心ある国民の新聞離れと、民放蔑視(べっし)につながるばかりであることに気付くべきだ。
 

まず安倍は1日、ニッポン放送の番組収録で「私の意向かどうかは確かめようと思えば確かめられる。次官なら大臣と一緒に私のところに来ればよい。そしてその場で反対すべきだった」と前川の姿勢を戒めた。そして「(加計学園の)理事長が友人だから私の国政に影響を与えたというのは、まさに印象操作だ」と厳しく断定した。

自民党国対委員長竹下亘も「問題があるのならなぜ現職の時に発言しなかったのか」と批判した。筆者もこの問題の根底には、天下り問題で辞任を迫られた前川の“逆恨み”があると思えて仕方がない。そこにはマスコミの操縦を心得た前川の巧みな世論誘導術がある。文科省のメモの漏洩に始まって、一見新しい疑惑のように見える事柄を毎日のように少しずつ漏らして、安倍内閣を政局に追い込もうとする。「次官の野望」が垣間見えるのだ。しかし、その発言の内容たるや「総理のご意向」メモに始まって、決定的な打撃力に欠ける話ばかりだ。
 

「総理のご意向」が犯罪につながるような証拠は一切提示せずに、矛盾にあふれ、まるで「引かれ者の小唄」のような発言ばかりだ。前川は16年9月に首相補佐官に呼ばれて「総理は自分の口からは言えないから」と獣医学部増設を求められたと主張する。しかし、学部新設は15年6月に閣議決定済みであり、閣議で決めた問題を、「自分が言えない」として、首相が人を介して次官の了承を求めることなどあり得ない。


さらに言えば加計学園獣医学部新設は民主党政権が推進した問題でもある。今治市は2007年以来、特区指定申請を15回も却下されたていたが、民主党が10年に「対応不可」から「実現に向けて検討」に格上げの閣議決定をしている。従って前川が「行政がゆがめられている」と主張し、民進党がこれに口裏を合わせているのは天に唾するものだ。


何をやっても「安倍の疑惑」と指摘するなら、当然民主党の疑惑も指摘され得る事態ではないのか。規制改革担当相の山本幸三が「(文科官僚が)既得権のことばかりを考えて行政をゆがめてきたのを正しただけだ」と反論しているのが正解だ。
 

そもそもこの前川対官邸の確執の本質は、規制改革を推進する官邸と既得権にしがみつこうとする文科省、応援議員団、獣医団体などとの戦いなのだ。反対派は50年も続けられてきた獣医学部新設却下が、時代の変遷と共に実情に合致しなくなってきていることを無視しているのだ。鳥インフルエンザや口蹄疫などという新事態は、獣医学部の新設却下と明らかなる矛盾を示している。旧態依然として岩盤を守ろうとする文科官僚は、その新事態に気付いていなかっただけのことだ。


その固い岩盤に安倍がダイナマイトを仕掛けなければ事は動かなかったのであって、政治は時に荒療治をしなければ官僚の既得権擁護を突破出来ないのだ。もともと朝日などマスコミの多くは規制改革推進論であったはずだが、なんとしてでも政局に結びつけたいという“邪心” が先行して「報道をゆがめる」結果を招いているのだ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆中国国家統計局前局長の王保安に無期徒刑

宮崎 正弘



<平成29年(2017)6月1日(木曜日)通算第5311号 >  

 〜中国国家統計局前局長の王保安に無期徒刑
  河北省張家口地方裁判所に70人の記者が押しかけ、判決をまった〜

5月31日、河北省張家口の地方裁判所傍聴席は70人の記者で埋まった。 
中国国家統計局前局長の王保安に対する判決は無期徒刑。全財産没収だっ
た。彼が不正に得た賄賂は1億5428万元(25億円弱)だった。王保
安の「邯鄲の夢」は無惨な結末となった。

王保安は国家統計局長という立場を利用して、地方政府からあがってくる
「経済データ」の誤魔化しに協力し、その見返りを得ていた。

なにしろ中央政府が「ことしのGDP成長は6・5%」と言えば、地方政
府幹部はその二倍の数字を報告するのは常識であり、その数字を統計局が
認めるには、賄賂が必要というのが中国のシステムである。

王保安は身の危険を察知し、北京空港からパリかフランクフルトへ脱出す
る計画を練り、実際に偽名のパスポートを用意した上、その偽名でファー
ストクラスの航空券を買い(それも愛人と2人分)、飛行場へ向かおうと
していたときに、当局によって逮捕された。愛人は空港待合室で逮捕された。

この事件は何を意味するのか。

筆者は近刊『米国混迷の隙に覇権を狙う中国は必ず滅ぼされる』(徳間
店)のなかで、次の指摘をしている。

 (引用開始)
「2011年に中国のGDPは日本を抜いて世界第2位となったと発表
された。庶民の感情と期待も高揚していた。大きな夢を語ったのも、北京
五輪の成功があり、つづけての上海万博、広州アジア大会と連続的なイベ
ントの成功が手伝って「大国意識」が急速に拡大していた。「日本は相手
にしない。これからは米国をしのぐのだ」と稀有壮大な幻想を信じた人も
多かった。しかし同時にガンが進行していたのだ。

GDP世界第2位さえ誇大な宣伝であり、数字の信憑性はほとんどないの
である。例によって中国では歴史が政治プロパガンダであるように外国か
らの直接投資を維持するために大嘘を吐き続ける必要があった。

中国経済がゾンビ化しているのに、なお延命しているのは壮大な嘘にだま
されて外国企業が投資を続けたからである。

ソ連の経済統計が革命から70年間、まったくのデタラメだったことは広
く知られる。ノルマ達成だけが目的の数字をそのまま経済統計に用い、あ
とは作文と辻褄合わせだった。たとえば或る製鉄所では原材料の鉄鉱石の
割り当てが100トンなのに、生産が200トンと報告される。

アルミが原材料から50トン精製されるとすれば100トンと平気で報告され
る。在庫を確認しにくる係官は賄賂を貰って口をつぐむ。そもそも炭鉱事
故があると現場に飛ぶ新聞記者が会社幹部に「書かない原稿料」を請求す
るのが中国のジャーナリストの特徴であるように。

人気作家の余華が比喩している。

「ありゃあ売春しながら、忠孝貞節の札をかかげてるってもんじゃねえか?」

「良心は犬にかじられ、狼に食われ、虎にかみ砕かれ、ライオンの糞に
なってしまった」(余華『兄弟』文藝春秋)

システム全体は腐敗によって悪性の腐蝕が進み、制度が疲労を音を軋ませ
る。嘘を繰り返すうちに、嘘が一人歩きをはじめ、収拾がつかないばかり
か、誰も本当のことを把握できなくなってソ連は突然死のような終末を迎
えた」(引用止め)

もっと詳しくは前掲拙著を参照されたし。
『米国混迷の隙に覇権を狙う中国は必ず滅ぼされる』(徳間書店。1080円)
https://www.amazon.co.jp/dp/4198643660/
      
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 

 〜西郷隆盛はときに陰謀をめぐらすダークサイドもあったが
   革命家が策略を用いるのは古今東西、歴史の鉄則である〜

  ♪
渡部昇一『南洲翁遺訓を読む  わが西郷隆盛論』(到知出版社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

渡部さんに西郷を論じた本があるのは納得できる。

なぜなら氏は山形県鶴岡出身。幕末、庄内藩は?川に忠実で、三田の薩摩
屋敷を襲撃し、焼き討ちにした。

官軍と戦った「東北列藩同盟」では、会津落城後も闘いつづけ、ついに降
伏したときは、苛烈な処分を覚悟していたところ、「寛大な措置を」とい
う西郷の決断のもと、会津がやられたような非道い処分がなかった。

感激した藩士らが明治になってから、鹿児島へ何回も通い、西郷の訓話を
集めて編纂されたのが『大西郷遺訓』(南洲翁遺訓)の初版の由来であ
る。この旧庄内藩士の本は千部印刷されて、その後、いろいろな解釈本も
出回り、どれほどの影響力を後世にもたらしたか計り知れず、平成の御代
においても、岩波文庫版のほか、数種類が上梓されているほどである。

渡部氏は、このなかで幾つかの重要なポイントを指摘され、原文と現代語
訳のあとに、独自の解釈を付け加えているのだが、ここでは二つのことを
採り上げたい。
 
第一は革命家としての西郷の陰謀である。

およそ戦時において軍事行動に謀略はつきものであり、これを冷徹に行え
る者が勝利を導く。つまり英雄にはつねにダークサイドがある。

西郷の陰謀、じつは沢山あってきりがない。薩摩藩邸焼き討ちにしても、
背後で庄内藩士を焚きつけたし、公武合体から倒幕に急変するや、坂本龍
馬が邪魔になったため、隠れ家を内通させたのも、西郷と考えられている。

渡部昇一氏はこういう。

「若き日の西郷は策略軍略に長けた大軍師、大参謀でした」。(中略)そ
の典型が「薩摩屋敷を根城にした関東攪乱です。西郷は相楽総三、伊牟田
尚平などを使って、江戸中に火をつけたり強盗をしたりして、不安に陥
れ」、「江戸取り締まりの庄内藩まで攻撃したので、(報復として)庄内
藩は薩摩屋敷を焼き、それが鳥羽伏見の戦いに結びついた」

相楽ら「赤報隊」の残虐非道も、用済みとなるや、「官軍にあるまじき非
道」といって処刑している。

その良心の呵責と反省から、西郷は「遺訓」のなかに、「一事の詐謀を用
うべからず」という表現を披瀝していると渡部氏は解釈している。
 もう一点が税金である。

『租税を薄くして、民を豊かにする』というのが西郷の基本信条である。
 それは「南洲は若い頃、取りたてられて郡方書役助(こおりかたかきや
くすけ)という農村を見回って村役人を指導する役目でありました。給料
は四石です。(中略)十年間、この仕事をしました。

すなわち薩摩藩の一番底辺の世界に直接ふれたわけです。当時、日本中ど
こでも百姓が過酷な年貢で苦しめられていたと思いますが、薩摩藩はとく
にひどくて、元来、同情心の強い」西郷は税金問題に鋭敏で、減税をなし
国力を富ますという、政治テーゼが産まれた、とする。
全体に、やさしい解説がなされ、西郷の人となりを学ぶ本となっている。

◆「和の国 日本」。これだけで十分だ

MoMotarou



馬淵睦夫元ウクライナ大使は定年を迎えた防衛大学で考えました。「自分
は日本の為に何をしてきたのだろうか」その強い思いが現在の大活動に結
びついております。外務省を辞めて防衛大学教授になった事が、その思い
を表しております。

「和の国 日本」
https://www.youtube.com/watch?v=npbJKhWUL4E

なかなかテレビでは見られません。現在のマスメディアは所謂戦後左翼の
洗礼を受けた連中が上にいるから。小和田という東京裁判史観のドンが外
務省OBトップにいる限り、外務省の若き日本男児の栄光は見られない。そ
れどころか男女共同参画思想を使い、サヨク教育のDNAに詰まった蓮舫風
女子隊を形成していくだろう。

世界で多発するテロは米国等からみると自由への迫害だが、テロリストか
ら見ると米国が200年前に戦った対英独立戦争とどこが違うのかぐらいか
もしれない。要するに勝った方が王様で、後はそれに従うか否か。

昔から強い勢力になびくのは同じだ。日本でも同じ。民主主義では自分た
ちの要求の伝達者が闘うのが選挙だ。これを疎かにするのは間違い。

江戸時代の幕府の政策は面白い。賄賂貢物を多くして自分の藩に大型公共
事業のご指名が、なんとか係らない様にしていた。なぜなら金も人も自前
だから。薩摩藩が名古屋の地の事業を仰せつかった。整備と薩摩の国力減
が狙いだった。幕府も政策思想が巧みだ。現代の政府もかなわない。

突然ですが、しばらくお休みになります。随分皆様にはお世話になりまし
た。記憶にのこるのは「鉄腕アトム」の誕生日が2003年の4月7日。現役の
航空自衛隊の教導隊の方から、それは戦艦大和が沈んだ日、アトムはヤマ
トの蘇りだと、ロマンあるご指摘メールを頂いて感激した事でした。もう
将軍でしょうね。手塚さんも凄かった。!


◆安倍「次官なら私に直接言うべきだ」

杉浦 正章



事務次官OBらも前川批判で一致
 

マスコミは「異次元の人」を英雄視するな


 前文科事務次官前川喜平が漏らし、朝日新聞が煽り、「盲目民放」が興味本位に追随する虚構の「加計学園疑惑」に対して、ようやく安倍政権は本格的な反論を展開し始めた。首相・安倍晋三自らが説明、閣僚や党幹部も積極的かつ具体的に反論し始めた。前川批判の焦点は何で次官在職中に身を賭して反対しなかったかに集中している。政治家ばかりではない事務次官OBらによる会合がこのほど開かれたが「疑問があるならなぜ在職中に首相と会って反対しなかったのか。


後でマスコミに向かって発言することは次官経験者がやることではない」との見解で完全に一致したという。心ある次官経験者らは前川総スカンなのであろう。確かにまっとうな官僚なら筋を通すはずではないか。一部マスコミも次官在職中に売春を斡旋するようなバーに足繁く通い、「女性の貧困」を調査したと言ってはばからない「異次元の人」の発言を、まるで権力に立ち向かう英雄であるごとく報道し続けるのは、心ある国民の新聞離れと、民放蔑視(べっし)につながるばかりであることに気付くべきだ。
 

まず安倍は1日、ニッポン放送の番組収録で「私の意向かどうかは確かめようと思えば確かめられる。次官なら大臣と一緒に私のところに来ればよい。そしてその場で反対すべきだった」と前川の姿勢を戒めた。そして「(加計学園の)理事長が友人だから私の国政に影響を与えたというのは、まさに印象操作だ」と厳しく断定した。

自民党国対委員長竹下亘も「問題があるのならなぜ現職の時に発言しなかったのか」と批判した。筆者もこの問題の根底には、天下り問題で辞任を迫られた前川の“逆恨み”があると思えて仕方がない。そこにはマスコミの操縦を心得た前川の巧みな世論誘導術がある。文科省のメモの漏洩に始まって、一見新しい疑惑のように見える事柄を毎日のように少しずつ漏らして、安倍内閣を政局に追い込もうとする。「次官の野望」が垣間見えるのだ。しかし、その発言の内容たるや「総理のご意向」メモに始まって、決定的な打撃力に欠ける話ばかりだ。
 

「総理のご意向」が犯罪につながるような証拠は一切提示せずに、矛盾にあふれ、まるで「引かれ者の小唄」のような発言ばかりだ。前川は16年9月に首相補佐官に呼ばれて「総理は自分の口からは言えないから」と獣医学部増設を求められたと主張する。しかし、学部新設は15年6月に閣議決定済みであり、閣議で決めた問題を、「自分が言えない」として、首相が人を介して次官の了承を求めることなどあり得ない。


さらに言えば加計学園獣医学部新設は民主党政権が推進した問題でもある。今治市は2007年以来、特区指定申請を15回も却下されたていたが、民主党が10年に「対応不可」から「実現に向けて検討」に格上げの閣議決定をしている。従って前川が「行政がゆがめられている」と主張し、民進党がこれに口裏を合わせているのは天に唾するものだ。


何をやっても「安倍の疑惑」と指摘するなら、当然民主党の疑惑も指摘され得る事態ではないのか。規制改革担当相の山本幸三が「(文科官僚が)既得権のことばかりを考えて行政をゆがめてきたのを正しただけだ」と反論しているのが正解だ。
 

そもそもこの前川対官邸の確執の本質は、規制改革を推進する官邸と既得権にしがみつこうとする文科省、応援議員団、獣医団体などとの戦いなのだ。反対派は50年も続けられてきた獣医学部新設却下が、時代の変遷と共に実情に合致しなくなってきていることを無視しているのだ。鳥インフルエンザや口蹄疫などという新事態は、獣医学部の新設却下と明らかなる矛盾を示している。旧態依然として岩盤を守ろうとする文科官僚は、その新事態に気付いていなかっただけのことだ。


その固い岩盤に安倍がダイナマイトを仕掛けなければ事は動かなかったのであって、政治は時に荒療治をしなければ官僚の既得権擁護を突破出来ないのだ。もともと朝日などマスコミの多くは規制改革推進論であったはずだが、なんとしてでも政局に結びつけたいという“邪心” が先行して「報道をゆがめる」結果を招いているのだ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆真正面からの言葉・教えほど尊い(後編)

眞鍋 峰松



中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 

その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。

最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
  〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。 辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。 要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。

        ・凡庸な教師は しゃべる。
        ・良い教師は  説明する。
        ・優れた教師は 示す。
        ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)

2017年06月01日

◆悔しがる朝日新聞

大江 洋三



5月29日の朝日朝刊に、安倍内閣に対する世論調査記事が載っている。主
題「阿部一強」崩れぬ支持率。副題「若者・労働者層にも広がり」
3面全部使っての記事だから、朝日の危機感の表れである。

世代毎の支持率グラフまで載っていて、それに依ると、世代に関係なく大
凡50%が阿部内閣を支持している。但し、朝日教養世代の60歳以上が、や
や下がり支持率約45%になっている。

回答者は、質問者の聞き方や意思を忖度するから産経新聞が調査すると、
支持率はもっと上がるだろう。

5月3日に安倍総裁・総理が憲法9条改正を促進すると公言したから、世
論を測るために、実施した世論調査だと思われる。

編集委員の堀江浩氏の解説が付いていて、阿部内閣支持率の高さへの残念
さが滲み出ている。

支持する人の主な理由は「他よりよさそうが半数を占め、政策で選んだ人
は2割にすぎない」そうだ。

これは当り前の事で、特に現役世代は小難しい政策を勉強する暇が無い。
我々年活・暇人でも国会討論を聴いたり、法案概要を読んだりと手間暇か
かる。という訳で、テレビや街頭演説を聞いてもインチキそうで無い人や
党に投票する。

「政策がいいから」は稀である。

従って、若者の「他よりよさそう」はベストアンサーの事である。
氏は、それがよく分かっているようで、解説の最後の方で警鐘を鳴らして
いる。

高支持率に関係なく、副題は「中身の評価が大切」

「有権者は(他より良さそう)という意識が広がるあまり(中身)の評価
が甘くなっていないか」

「異論に耳を傾けず、幅広く納得を求めない姿勢を許す事につながらないか」

堀江氏は、現代民主主義の「民意の成立過程」がよく分かっていないよう
だから、氏に講釈しておきたい。

選挙で多数を得た政党が与党になり内閣を組織する。つまり民意の方向性
が決まる。一本の法案も、与党内で甲乙議論した上で内閣が採用するし、
逆の場合もある。つまり、選挙争いと与党内の議論が先行する。

内閣においては、各省庁とよく協議した上で、閣議決定(政策や法案の国
会提出)する。その後で、内閣は野党の異論に耳を傾けるために、国会に
法案を提出する。国会には、それぞれの専門委員会があり、与野党が内閣
案を廻り激しく論争する。与党が野党の異論と修正妥協する事もあるが、

最終的には、国会の多数決により政策が決定する。

漠然とした民意は、このように各段階で議論と手間暇かけて制度化あるい
は法案化される。

氏は、世論調査の結果がよほど悔しいのだろうが、最後に、東大先端科学
技術センターの槇原教授の言を借りている。

「国民は気を抜いてはならない。破局的結末を招かないよう、しっかり
チェックする必用がある」

国民とは我々の事であろうが、立派過ぎて冗談に聞こえる。国民の多くは
は日々の生活に一生懸命で、専門用語が多発する内閣案を全て理解できる
ほど暇がない。それが健全な国民生活である。

だから選挙で公平に、代議士先生を選んでいるのだ。

それに、何をもって破局というのだろうか。憲法9条改正の事であろう。
編集委員なら、人の言葉を借りず、自分の言葉で具体的意思を表さなけれ
ばならない。

折角の署名記事が泣くというか卑怯に映る。朝日諸君の立場は周知だか
ら、何を遠慮する事があろうか。


            

◆パリ協定離脱で米欧の亀裂深刻

杉浦 正章

 

「トランプVsメルケル紛争」の現状
 

日本は双方の過剰反応を戒めよ
 

トランプ対メルケルの対立で、ただでさえ離反が目立った米欧関係に、「米パリ協定から離脱」という報道の追い打ちである。もはや亀裂は決定的なものとなりつつある。「アメリカ第一」を掲げるトランプの唯我独尊姿勢は、イギリスの欧州連合(EU)離脱でメルケルが牽引しているEUとの関係悪化を増幅し、抜き差しならぬ段階にまで至った。


幸い対ロシア軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)にひびが入る気配はないが、防衛費分担をめぐってギクシャクし始めたことは否めない。米欧の内輪もめにプーチンが小躍りしている事は確かだろう。日米関係はかってなく良好だが、首相・安倍晋三はサミットでも果たしたように米欧離反への接着剤として、双方の「過剰反応」を戒める必要があろう。
 

「トランプVsメルケル紛争」は根が深い。3月の米独首脳会談でもトランプはメルケルに視線も向けず、そっぽを向き握手すらしなかった。トランプの欧州訪問とこれに続くG7サミットでも激しく対立した。とりわけメルケルは、オバマが任期最終年に署名したパリ協定をトランプが受け入れなかったことに腹を立てたようだ。メルケルは「気候変動に関しては、非常に満足のいかないものだった。サミットでもパリ協定支持、不支持は6対1で、EUを加えるなら7対1の状況だった」とトランプへの不満を述べている。
 

このメルケルの不満が爆発したのが28日、ミュンヘンで開催されたパーティー形式の選挙集会での演説だ。ビール片手にメルケルは演説のボルテージを上げ、「私はこの数日で、ヨーロッパが他国に完全に頼れる時代はある程度終わったと感じた」と述べ、米国への不満を表明した。そのうえで、メルケルは、アメリカとの友好関係の重要性を指摘しつつも、「ヨーロッパは、自分たちの運命を自分たちで切り開いていくしかない」と述べ、ヨーロッパが地球温暖化対策などを主導していく必要性を訴えた。
 

発言について米国のNATO大使であったイボ・ダールダーはニューヨークタイムズ紙に「米国が導き欧州はついてきた時代の終末が来たようだ。米国は主要イシューで欧州と反対方向に向かっていて、メルケルの発言はこうした現実認識から出たもの」と論評した。さらにニューヨークタイムズ紙はG7サミットを論評して「過去ドイツおよび欧州は、自動的に米国に依存してきたが、もはやトランプは信頼すべきパートナーではないと結論づけた」と言い切っている。またワシントンポスト紙は「メルケル首相が米欧関係に新たなページが開かれたことを宣言した」と分析している。
 

一方米欧双方にトランプが、トルーマン以来歴代大統領が言及してきたNATO条約第5条への言及がなかったことへの懸念が生じている。5条は「NATO同盟の一つの国への攻撃を同盟全体への攻撃と見なし、集団的に防衛する」とし条約の要である。懸念の発信源はハーバード大学教授のニコラス・バーンズのようだ。バーンズは「歴代の米大統領は全て第5条への支持を表明した。米国は欧州を防衛するということだ。トランプ氏は、NATOでそうしなかった。これは大きな間違いだ」と指摘した。


これにメディアが乗った結果大きな問題となった。しかしウオールストリートジャーナル紙は社説で、トランプはNATO本部で開かれた「第5条とベルリンの壁」に関する記念式典で、「この式典は記憶と決意のためにある。われわれは2001年9月11日にテロリストによって残忍な方法で殺害された約3000人の罪なき人々をしのび、追悼する。われわれNATO加盟国は歴史上初めて第5条の集団防衛条項を発動し、迅速かつ断固たる態度で対応した」と述べた点を指摘している。直接的ではないが間接的には5条を支持したというのだ。さすがのトランプもNATOを全面否定すればどうなるか位のことは分かっているものとみられる。
 

メルケルは1次、2次世界大戦の敗戦国としてドイツがあえて米国に異論を唱えることのなかった長い間の慣習を打ち破り、米国の“独善”に勇気を持って発言したことになる。国内はこれを歓迎する空気が濃厚だが、ドイツが直ちに欧州の平和にとっての脅威として登場することはあるまい。しかし、長期的にみれば、大きな曲がり角と見るべきだろう。背景には9月の総選挙で4回連続で首相の座を狙うメルケルが、トランプに批判的な国内世論に訴えようとする意図もないとは言えない。ドイツの野党は「メルケルがトランプに寛容すぎる」と批判しており、トランプ批判は国内の政情に対応するメッセージでもあった。
 

こうした中で日米関係は安倍が昨年12月にトランプタワーで就任前のトランプといち早く会談したことが効を奏して、極めて良好である。とりわけ北朝鮮の「核・ミサイル亡者」が暴発している現状において、日米同盟の結束は不可欠だ。トランプにとっても欧州との亀裂が極東にまで及んでは米国の完全孤立になり、日米関係の堅持は基本戦略だろう。


一方、欧州も安倍がサミットでパリ協定の順守と、保護主義否定に回ったことで一目置いている。安倍は機会を捉えて双方に過剰反応を戒めるべきだろう。トランプも選挙戦のときのような「NATOは時代遅れだ」といった発言は控え、G7の首脳宣言に「保護主義と闘う」との文言を盛り込むことにも同意した。メルケルも基本的には親米的である。


トランプが数日以内にパリ協定脱退を宣言すれば、当面の米欧関係はこじれにこじれるだろうが、次回G20サミットが7月7日から8日にかけて、ハンブルグで開催される予定であり、こうした場を活用して米欧双方をなだめることも必要だろう。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆真正面からの言葉・教えほど尊い(前編)

眞鍋 峰松




最近、マスコミ上に登場する方々を拝見していると、どうも物事を斜めに見て論じる人が多いように感じられてならない。 多分、論じておられるご本人は、それが正しいと信じ切っておられるのだろう。 

これは何も最近になって起こった現象とは限らない事なのかも知れないが、まさにマスコミ好みの人種ということなのだろう。

 例えば、靖国神社参拝問題についても、国のために尊い命を捧げた旧日本軍将兵の御霊に感謝の念を表すことは大事な筈だが、その方々はこれに対して、「中国・韓国の国民感情に配慮し外交関係・国益を考えるべし」とおっしゃる。 それでは、どうするのか。

 物事を斜めに見ると、その二本の線はそれぞれが独立した線の衝突の側面しか見えない。 

A級戦犯合祀の問題も含め、人により立場により色々な考え方があるのだろうが、私には真正面から考えると、この二つの命題はそもそも両立できないことではないと思える。 

歴史的な経緯があるにせよ、また諸外国から如何に言われようが、日本国にとっては本来一方が他方を排除したり、相容れない事柄ではないはずだ。 

それより戦後60年間以上もこれまで避けられてきた国内論議の決着の方が先決だろう、と思える。 だからこそ、外交面では未来志向型の解決しかないのだろうという気がする。
   
過去を振り返ると、私の学校時代の教員にも、物事を斜めに見る性癖のある人達が結構多かった。

とりわけ「己を高く持する人物」に多々見られる事柄でもある。それはそれ、その御仁の生き方・信条そのものの問題だから、他人である私が、眼を三角にしてトヤカク言う必要のないことではある。 

ところが、教員という職業に就いている人間がそういう性癖を持ち、日頃児童・生徒に接しているとしたら、そうはいかない。
   
私の経験でも、「物事を斜めに見る性癖のタイプ」の教員が結構多かった。

結論から言えば、そういうタイプの教員は教育現場では有害無益な人間と言わざるを得ないのではないか。
  
実社会においても一番扱いの難しいのが、こういうタイプの人間だろうし、往々にして周辺の人間からも嫌われてもいる。 

多情多感な青少年にとって、こういうタイプの先生に教えられることには「百害あって一利なし」である。
   
教育の本質はむしろ逆で、もっと「真正面からの言葉・教え」ほど尊いと 私の体験からも、そう思える。
          <後編へ>