2017年12月31日

◆日韓議連を反面教師に

阿比留 瑠比

訪中団、邦人解放要求せねば「子供の使い」と変わらぬ…日韓議連を反面
教師に

「訪中しては日本の時の首相の悪口などを言いふらす2人を、中国側は表
向きは歓待しつつ、実は軽蔑していた」

外国に行って自国や自国の指導者をおとしめるような人物は、都合よく利
用はされても決して尊敬はされない。むしろ、自国の主張を堂々と展開し
てこそ、一目置かれるものだろう。

平成18年から開かれている日中与党交流協議会をめぐっては、もともと幹
事長級が団長を務める日本側メンバーに比べ、中国側団員の地位が低いア
ンバランスが指摘されてきた。

近年は日本世論もだいぶ様変わりしてきたものの、日本は昭和47年の日中
国交正常化以降、過去への贖罪意識も手伝って「日中友好」という4文字
に呪縛され、言うべきことも言えずにいた歴史がある。

「日本外交は日中友好至上主義といってもいい。そして友好に反すること
は何かというと、それは専ら中国が決めてきた」

安倍晋三首相は、首相再登板前にこう語っていた。中国に「位負け」して
いたかつての議員外交とは、とっくの昔に決別すべき段階を迎えている。

(論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】


◆「措置入院」精神病棟の日々(79)

 “シーチン”修一 2.0

12/24はXマスパーティで賑やかだった。毛沢東曰く「政権は銃口から生ま
れる」、古人からの教えは「子供はピストルから生まれる」・・・

ヨセフが鍬を担いであぜ道を畑に向かっていると従妹のヘレンが急ぎ足で
やってきた。吐く息が白い。

「おはよ、ヨセフ、あんた足が速いな、もう鋤起こしかいな」
「まあな、日が沈むのが早いさかい、早起きせにゃならん」

「早起きね・・・あんた早起きし過ぎ、手も速過ぎるんやないんか、マリ
アちゃん、『ヘレン、どないしよう、うちジャムパンが4か月もないん
や』言うて嘆いておったで」

「ジャムパン? なんやそれ」

「月のもん、生理のことや。あんたも多少は知っとるやろ」

「まあ・・・しっかし“ジャムパン”言うんはえげつない感じやなあ・・・
マリアから生理が3か月ないさかい、一緒に産婆さんに行ってくれる?と
言われておってたんやが、もう4か月もないんか・・・どないしたらええ
んか、うちも決断つかんで困っとるところや」

「“ジャムパン”はなあ、マリアちゃんが言い出したんや、おもろい言い方
やなあてうちの村の若い子はあのことをみんな“ジャムパン”言うんや。
“ジャムパン”はどうでもよろしが、4か月もないっちゅうことは確実にヤ
ヤコができているっていうことやで。どないするんや」

「許婚や言うても挙式前にハラボテやとまずいのは分かっておるんや
が・・・」
「伯父さん・・・あんたのお父ちゃんに相談したらどうや、伯父さんは頭
がいいし、篤農家としても有名やさかい、長老を説得してくれるんやないか」

「そやなあ・・・それしかあらへんか・・・」
・・・

「というわけでなあ、父ちゃん、わてどないしたらええんやろ」

「今さらあれこれグチったところで仕方ないわい・・・お前来年18で赤紙
やろ、わての親友、お前もよう知ってるメロスが軍に顔が効くさかい、来
年早々に挙式して、すぐに徴兵、1年間の遠洋航海で村を離れる、という
んはどうや。赤ん坊はカアチャンかバアチャンに預けておけばええやら」

「大丈夫やろか」

「人の口に戸は立てらへんから悪く言うもんもあるやろが・・・そやな
あ、『赤ん坊は神様の子や、それで処女のマリアが見もごったんや』とい
うことにしておけばええやろ。

この辺の人は信心深いさかい、宮司さんに『この子は神の子や、天照大神
の弟の須佐之男命の子や』言うてもらったらええやろ。たっぷり寄進すれ
ばちゃんと言うてくれはるわ。なーに、宮司も今は偉そうにしておるが、
わしの幼馴染やさかい問題はないわ」

「父ちゃん、ほんまに助かったわ、これからはちゃんと親孝行しますわ」
「親孝行なんぞええから、マリアと赤ん坊のために必死で働くことや。え
えか、お前は神の子と聖母を預かったんやで。

わしは一篤農家で終わるやろうが、それでも必死でやらないかん、怠け心
を押さえ込んでいるんや。お前もな、必死で神の子と聖母を守り抜くんや
で。そうすることで2人の名もお前の名も歴史に刻まれるんや。

人のやらんことをやる、それをやり通す、それでなければ生まれた甲斐が
ないやろうて。まあ、父ちゃんとしてはそういう生き方をしたいと思って
るんやが、お前も自分の信じた道を一途に生きたらよかろうとは思うがな」

「わて、やってみますわ・・・マリアと赤ん坊がもしかしたら世界を変え
るかも知れまへんなあ、なんやワクワクしてきましたわ」

・・・

ま、瓢箪から駒、かくしてキリスト教は繁栄し、ついでイスラム教、その
他もろもろの宗教も生まれて繁栄(あるいは消滅)し、それを信じている
信徒は世界を覆ったのである。

宗教(含:〇〇主義)を絶対的価値観と信じる信徒は幸福になったり不幸
になったり、社会を前進させたり後退、沈滞させたり、平和を得たり戦争
をもたらしたりしたから、宗教は概ね功罪相半ばなのだろう。

幕末/維新当時に来日したフランス軍将校のスエンソンは、浅草寺の賑わ
いに驚き、「日本では神社仏閣などの宗教施設は観光地であり、日本人に
は真の意味で宗教心はない」(「江戸幕末滞在記」)と腰を抜かすほど驚
いているが、大方の日本人にとってはそんなものだろう、イワシの頭も信
心から、と。

フランス革命で政教分離、世俗主義なり、スエンソンによるとXマスでも
軍隊としてはまったく行事がないので、内輪で飲み会をするそうだ。今、
「海に浮かぶ教会」として世界中から観光客を呼び寄せているモンサン
ミッシェルも革命後は永らく倉庫だったという。坊主憎けりゃ袈裟まで憎
い、となったようだ。

小生の菩提寺が庫裏の新築で1億円の寄付を募ったが、1億4000万円集まっ
た。小生も10万円寄進したが、小生は檀家ではあっても信者ではない。先
祖代々この寺に墓を持っていたから、「いつもお世話になっています」と
いう感謝の気持から寄進したに過ぎない。他の檀家もそうだろうと思う。

宗教心はたとえなくとも歴史、伝統を重んじるのが日本の善男善女で、
あっという間に1億4000万円。地元のヂヂババは金持でケチで質素だが、
使うときは使うのだ。

大体、自分自身さえ信じていない小生にとって社会も他者も自分さえも胡
散臭い存在である。曹洞宗の寺の長男坊が札ビラをひけらかし、真っ白の
ベンツを乗り回して遊び歩いているのを見ていたから、今は住職になって
偉そうなこと(「住職なのにベンツを乗り回すなんて許せない!」だと)
を言っていても小生には「バカが何言ってやがる」としか感じない。悲観
論者というか、自分と社会に愛想をつかした変人なのだ、小学生の昔から。

横浜市立大学の学友“Sam”から以下のメールをいただいた。

<その後リハビリはどうですか?

以前行った自動車部OB会でのメンバーから、かつての部誌のコピーデータ
が送られてきました。中のごく一部ですが、君の書いた自己紹介のページ
の部分だけ送ります>

そこにはこうあった。

<僕が自動車部に入ったのは、遠征がしたいためといっても過言ではあり
ません。大学へ入ったら一生懸命に勉強しようと思っていましたが、市大
では興味の持てるような授業が見つからないので、せめてアルバイトとク
ラブ活動で暇をつぶそうと思っています。

高校の時は応援団に入っていて、大変窮屈な思いをしましたが、大学のク
ラブは何か落ち着きがあって、というより甘く暇でとても楽です。

高校の時は雨が降っている日はたとえ試験の日でもサボったものでした
が、大学では少しでも眠い日は休むことにしています。僕は静かに読書で
きさえすれば満足ですから、バリケード封鎖で授業ができなくても苦にな
りません。まったくのノンポリで、全共闘の連中はやりたいだけやればい
いと思っています。

「他人に迷惑をかけない」というのが僕の主義ですが、これは実際にはな
かなか難しいことだと最近、しみじみ思います。人生なんてつまらぬもの
ですから、せいぜい楽しく過ごしたいとは思うものの、こんな生き方は
「仕方がない」と思いつつも「嫌だ」とも思います。それが僕の本性です>

18歳の自分と半世紀ぶりに出会って、複雑な気持ちである。厭世的であり
ながらも何か光明を模索して揺れている。「人生とは何か」「生きる意味
は何か」「どう生きるべきか」・・・ま、永遠のテーマで解があるわけで
はないだろう。「栴檀は双葉より芳し」とは逆に「漆は双葉より危う
し」、油断していると手や顔がかぶれるぜ、小生は子供の頃から怪しい奴
なのだ。

せいぜい「ファーブルのように老いて貧しくても誇り高く毅然として最期
を迎えたい」と最近は思っている。が、今朝はKと娘2人が義母の見舞いで
奄美へ旅立った。孫も旦那の実家で正月を過ごす。今わが家には誰もいな
い、小生一人だけ、久し振りに静かな年末年始を迎えられる。ものすごい
解放感、まったく塞翁が馬。人生、捨てたものじゃない、いい晦日、いい
正月になりそうだ。皆さん、良いお年を!

料理を含めて飽きもせずに作業療法にいそしむ発狂亭雀庵の病棟日記から。

【2017/1/14】13:00〜14:20、荻野川沿いの未舗装路を下流に向かって
散歩。2つの町内会が「どんど焼き」をやっていた。懐かしいなあ。「ど
んど」は「火や水の勢いが盛んな様子」という意味だ。

*14:20〜15:20、長男が末っ子とともに来。圏央道の「幸手IC」から2
時間ほどのようだ。消防官の長男は現場勤務から事務に異動したため、か
なりの減収の上に、夫婦とも夜勤などもある変則勤務のため、子供2人を
保育園から引き取って家でケアするお手伝いさんを雇わにゃいかんとか。
悩ましい問題だ。

*15:30、Dr.面談、「快復しつつあるね」と喜んでもらった。16日にはK
と面談するとか。

*16:00、風呂。ちょっと喉が痛い、風邪か? うがいを2回し、コー
ヒー、紅茶を飲む。

【1/15】*昨日は寒波だっというが、昨日、息子が「埼玉は朝方に雪が
降った」と言っていたっけ。住民によるとこの辺では丹沢山系が北からの
寒気団をブロックしているそうで、そのために農業が発展したのだろう。

*13:20〜14:20、荻野川沿いに散歩。この辺りには源氏河原、源氏橋、
清源村など源氏ゆかりの地名が多い。清源は「清和源氏」のことだろう。

壇ノ浦で敗れた平氏は九州や南西諸島に逃れたようだが、奄美諸島も平家
落人伝説があるのかもしれない。古い日本語のようなもの(原語?)が多
いし、Kが生まれ育った奄美本島の瀬戸内町には平家を祀った神社もある
とか。Kの叔父さんの名は「和麻呂」で、平家由来ではないのか。時代が
時代ならKは「姫」と呼ばれていたかもしれない。

【1/16】*9:30、同室の“コンチャン”退院。その準備で夕べは一晩中ゴ
ソゴソやっており、小生は熟睡できなかったが、彼はとてもうれしそう
だ。拍手で見送ると皆もつられて拍手した。退院といっても唯一の家族は
85歳ほどの父親だけだから、“コンチャン”は生活保護で介護施設に転院す
るだけなのだろうが、病棟よりはノビノビできるのではないか。

*13:00、K来。あーだこーだの後ろ向きの話なので、渡辺和子著「置か
れた場所で咲きなさい」の一説を読んでもらった。

<(相手への)信頼は98%、あとの2%は相手が間違った時の許しのため
にとっておく。この世に完璧な人間などいない。心に2%のゆとりがあれ
ば、相手の間違いを許すことができる>

「2%か・・・」、Kは少しは気持ちが和らいだようだ。

Dr.、カウンセラー、ナース同席でK面談、その後小生も呼ばれたが、「自
信がないし不安もあるが、悪くなる前に家族に相談するようにしていく」
と言っておいた。自分で自分をまったく信用していない、いつ自爆するか
分かったものではない。老いても心はハラハラ時計、怪人20面相・・・

面談後、Kと二人で荻野川沿いを1時間散歩。退院後、しばらくは月1回通
院することになりそうだが、Kが運転してくれるらしい。(小生は母の介
護のために車を運転していたが、母が老衰で亡くなってからすぐに動体視
力&反射神経の衰えを痛感したのでまったく運転していない)

散歩中に「奄美に平家落人伝説はあるの?」と問うと、K曰く「西郷さん
もそうだけれど、奄美は元々が流人の島だから平氏が逃げてきてもおかし
くない」。

源氏と平氏は皇室、公家を巻き込み100年間も覇権争いをしたが、源氏に
よる平家殲滅戦は熾烈を極めたようだ。なぜなのか・・・清盛が憐憫の情
で幼い頼朝、義経を処刑せずに追放しただけにしたから平家は殲滅され
た。恩を仇で返されたわけだ。頼朝はその轍を踏まぬために平氏を皆殺し
にし、平氏的な価値観(貴族>武士)を持つ義経さえ殺したのだろう。

戦争は過酷だが、戦争が新時代の幕を開ける。雨降って地固まる、か。小
生の晩年は悠々自適どころか逼塞、流刑、隔離あたりになりそうだ。他者
から見れば自業自得だろうが、異常な人、キチ〇イが歴史を先導してきた
のではないか。(つづく)2017/12/29


◆「措置入院」精神病棟の日々(79)

 “シーチン”修一 2.0

12/24はXマスパーティで賑やかだった。毛沢東曰く「政権は銃口から生ま
れる」、古人からの教えは「子供はピストルから生まれる」・・・

ヨセフが鍬を担いであぜ道を畑に向かっていると従妹のヘレンが急ぎ足で
やってきた。吐く息が白い。

「おはよ、ヨセフ、あんた足が速いな、もう鋤起こしかいな」
「まあな、日が沈むのが早いさかい、早起きせにゃならん」

「早起きね・・・あんた早起きし過ぎ、手も速過ぎるんやないんか、マリ
アちゃん、『ヘレン、どないしよう、うちジャムパンが4か月もないん
や』言うて嘆いておったで」

「ジャムパン? なんやそれ」

「月のもん、生理のことや。あんたも多少は知っとるやろ」

「まあ・・・しっかし“ジャムパン”言うんはえげつない感じやなあ・・・
マリアから生理が3か月ないさかい、一緒に産婆さんに行ってくれる?と
言われておってたんやが、もう4か月もないんか・・・どないしたらええ
んか、うちも決断つかんで困っとるところや」

「“ジャムパン”はなあ、マリアちゃんが言い出したんや、おもろい言い方
やなあてうちの村の若い子はあのことをみんな“ジャムパン”言うんや。
“ジャムパン”はどうでもよろしが、4か月もないっちゅうことは確実にヤ
ヤコができているっていうことやで。どないするんや」

「許婚や言うても挙式前にハラボテやとまずいのは分かっておるんや
が・・・」
「伯父さん・・・あんたのお父ちゃんに相談したらどうや、伯父さんは頭
がいいし、篤農家としても有名やさかい、長老を説得してくれるんやないか」

「そやなあ・・・それしかあらへんか・・・」
・・・

「というわけでなあ、父ちゃん、わてどないしたらええんやろ」

「今さらあれこれグチったところで仕方ないわい・・・お前来年18で赤紙
やろ、わての親友、お前もよう知ってるメロスが軍に顔が効くさかい、来
年早々に挙式して、すぐに徴兵、1年間の遠洋航海で村を離れる、という
んはどうや。赤ん坊はカアチャンかバアチャンに預けておけばええやら」

「大丈夫やろか」

「人の口に戸は立てらへんから悪く言うもんもあるやろが・・・そやな
あ、『赤ん坊は神様の子や、それで処女のマリアが見もごったんや』とい
うことにしておけばええやろ。

この辺の人は信心深いさかい、宮司さんに『この子は神の子や、天照大神
の弟の須佐之男命の子や』言うてもらったらええやろ。たっぷり寄進すれ
ばちゃんと言うてくれはるわ。なーに、宮司も今は偉そうにしておるが、
わしの幼馴染やさかい問題はないわ」

「父ちゃん、ほんまに助かったわ、これからはちゃんと親孝行しますわ」
「親孝行なんぞええから、マリアと赤ん坊のために必死で働くことや。え
えか、お前は神の子と聖母を預かったんやで。

わしは一篤農家で終わるやろうが、それでも必死でやらないかん、怠け心
を押さえ込んでいるんや。お前もな、必死で神の子と聖母を守り抜くんや
で。そうすることで2人の名もお前の名も歴史に刻まれるんや。

人のやらんことをやる、それをやり通す、それでなければ生まれた甲斐が
ないやろうて。まあ、父ちゃんとしてはそういう生き方をしたいと思って
るんやが、お前も自分の信じた道を一途に生きたらよかろうとは思うがな」

「わて、やってみますわ・・・マリアと赤ん坊がもしかしたら世界を変え
るかも知れまへんなあ、なんやワクワクしてきましたわ」

・・・

ま、瓢箪から駒、かくしてキリスト教は繁栄し、ついでイスラム教、その
他もろもろの宗教も生まれて繁栄(あるいは消滅)し、それを信じている
信徒は世界を覆ったのである。

宗教(含:〇〇主義)を絶対的価値観と信じる信徒は幸福になったり不幸
になったり、社会を前進させたり後退、沈滞させたり、平和を得たり戦争
をもたらしたりしたから、宗教は概ね功罪相半ばなのだろう。

幕末/維新当時に来日したフランス軍将校のスエンソンは、浅草寺の賑わ
いに驚き、「日本では神社仏閣などの宗教施設は観光地であり、日本人に
は真の意味で宗教心はない」(「江戸幕末滞在記」)と腰を抜かすほど驚
いているが、大方の日本人にとってはそんなものだろう、イワシの頭も信
心から、と。

フランス革命で政教分離、世俗主義なり、スエンソンによるとXマスでも
軍隊としてはまったく行事がないので、内輪で飲み会をするそうだ。今、
「海に浮かぶ教会」として世界中から観光客を呼び寄せているモンサン
ミッシェルも革命後は永らく倉庫だったという。坊主憎けりゃ袈裟まで憎
い、となったようだ。

小生の菩提寺が庫裏の新築で1億円の寄付を募ったが、1億4000万円集まっ
た。小生も10万円寄進したが、小生は檀家ではあっても信者ではない。先
祖代々この寺に墓を持っていたから、「いつもお世話になっています」と
いう感謝の気持から寄進したに過ぎない。他の檀家もそうだろうと思う。

宗教心はたとえなくとも歴史、伝統を重んじるのが日本の善男善女で、
あっという間に1億4000万円。地元のヂヂババは金持でケチで質素だが、
使うときは使うのだ。

大体、自分自身さえ信じていない小生にとって社会も他者も自分さえも胡
散臭い存在である。曹洞宗の寺の長男坊が札ビラをひけらかし、真っ白の
ベンツを乗り回して遊び歩いているのを見ていたから、今は住職になって
偉そうなこと(「住職なのにベンツを乗り回すなんて許せない!」だと)
を言っていても小生には「バカが何言ってやがる」としか感じない。悲観
論者というか、自分と社会に愛想をつかした変人なのだ、小学生の昔から。

横浜市立大学の学友“Sam”から以下のメールをいただいた。

<その後リハビリはどうですか?

以前行った自動車部OB会でのメンバーから、かつての部誌のコピーデータ
が送られてきました。中のごく一部ですが、君の書いた自己紹介のページ
の部分だけ送ります>

そこにはこうあった。

<僕が自動車部に入ったのは、遠征がしたいためといっても過言ではあり
ません。大学へ入ったら一生懸命に勉強しようと思っていましたが、市大
では興味の持てるような授業が見つからないので、せめてアルバイトとク
ラブ活動で暇をつぶそうと思っています。

高校の時は応援団に入っていて、大変窮屈な思いをしましたが、大学のク
ラブは何か落ち着きがあって、というより甘く暇でとても楽です。

高校の時は雨が降っている日はたとえ試験の日でもサボったものでした
が、大学では少しでも眠い日は休むことにしています。僕は静かに読書で
きさえすれば満足ですから、バリケード封鎖で授業ができなくても苦にな
りません。まったくのノンポリで、全共闘の連中はやりたいだけやればい
いと思っています。

「他人に迷惑をかけない」というのが僕の主義ですが、これは実際にはな
かなか難しいことだと最近、しみじみ思います。人生なんてつまらぬもの
ですから、せいぜい楽しく過ごしたいとは思うものの、こんな生き方は
「仕方がない」と思いつつも「嫌だ」とも思います。それが僕の本性です>

18歳の自分と半世紀ぶりに出会って、複雑な気持ちである。厭世的であり
ながらも何か光明を模索して揺れている。「人生とは何か」「生きる意味
は何か」「どう生きるべきか」・・・ま、永遠のテーマで解があるわけで
はないだろう。「栴檀は双葉より芳し」とは逆に「漆は双葉より危う
し」、油断していると手や顔がかぶれるぜ、小生は子供の頃から怪しい奴
なのだ。

せいぜい「ファーブルのように老いて貧しくても誇り高く毅然として最期
を迎えたい」と最近は思っている。が、今朝はKと娘2人が義母の見舞いで
奄美へ旅立った。孫も旦那の実家で正月を過ごす。今わが家には誰もいな
い、小生一人だけ、久し振りに静かな年末年始を迎えられる。ものすごい
解放感、まったく塞翁が馬。人生、捨てたものじゃない、いい晦日、いい
正月になりそうだ。皆さん、良いお年を!

料理を含めて飽きもせずに作業療法にいそしむ発狂亭雀庵の病棟日記から。

【2017/1/14】13:00〜14:20、荻野川沿いの未舗装路を下流に向かって
散歩。2つの町内会が「どんど焼き」をやっていた。懐かしいなあ。「ど
んど」は「火や水の勢いが盛んな様子」という意味だ。

*14:20〜15:20、長男が末っ子とともに来。圏央道の「幸手IC」から2
時間ほどのようだ。消防官の長男は現場勤務から事務に異動したため、か
なりの減収の上に、夫婦とも夜勤などもある変則勤務のため、子供2人を
保育園から引き取って家でケアするお手伝いさんを雇わにゃいかんとか。
悩ましい問題だ。

*15:30、Dr.面談、「快復しつつあるね」と喜んでもらった。16日にはK
と面談するとか。

*16:00、風呂。ちょっと喉が痛い、風邪か? うがいを2回し、コー
ヒー、紅茶を飲む。

【1/15】*昨日は寒波だっというが、昨日、息子が「埼玉は朝方に雪が
降った」と言っていたっけ。住民によるとこの辺では丹沢山系が北からの
寒気団をブロックしているそうで、そのために農業が発展したのだろう。

*13:20〜14:20、荻野川沿いに散歩。この辺りには源氏河原、源氏橋、
清源村など源氏ゆかりの地名が多い。清源は「清和源氏」のことだろう。

壇ノ浦で敗れた平氏は九州や南西諸島に逃れたようだが、奄美諸島も平家
落人伝説があるのかもしれない。古い日本語のようなもの(原語?)が多
いし、Kが生まれ育った奄美本島の瀬戸内町には平家を祀った神社もある
とか。Kの叔父さんの名は「和麻呂」で、平家由来ではないのか。時代が
時代ならKは「姫」と呼ばれていたかもしれない。

【1/16】*9:30、同室の“コンチャン”退院。その準備で夕べは一晩中ゴ
ソゴソやっており、小生は熟睡できなかったが、彼はとてもうれしそう
だ。拍手で見送ると皆もつられて拍手した。退院といっても唯一の家族は
85歳ほどの父親だけだから、“コンチャン”は生活保護で介護施設に転院す
るだけなのだろうが、病棟よりはノビノビできるのではないか。

*13:00、K来。あーだこーだの後ろ向きの話なので、渡辺和子著「置か
れた場所で咲きなさい」の一説を読んでもらった。

<(相手への)信頼は98%、あとの2%は相手が間違った時の許しのため
にとっておく。この世に完璧な人間などいない。心に2%のゆとりがあれ
ば、相手の間違いを許すことができる>

「2%か・・・」、Kは少しは気持ちが和らいだようだ。

Dr.、カウンセラー、ナース同席でK面談、その後小生も呼ばれたが、「自
信がないし不安もあるが、悪くなる前に家族に相談するようにしていく」
と言っておいた。自分で自分をまったく信用していない、いつ自爆するか
分かったものではない。老いても心はハラハラ時計、怪人20面相・・・

面談後、Kと二人で荻野川沿いを1時間散歩。退院後、しばらくは月1回通
院することになりそうだが、Kが運転してくれるらしい。(小生は母の介
護のために車を運転していたが、母が老衰で亡くなってからすぐに動体視
力&反射神経の衰えを痛感したのでまったく運転していない)

散歩中に「奄美に平家落人伝説はあるの?」と問うと、K曰く「西郷さん
もそうだけれど、奄美は元々が流人の島だから平氏が逃げてきてもおかし
くない」。

源氏と平氏は皇室、公家を巻き込み100年間も覇権争いをしたが、源氏に
よる平家殲滅戦は熾烈を極めたようだ。なぜなのか・・・清盛が憐憫の情
で幼い頼朝、義経を処刑せずに追放しただけにしたから平家は殲滅され
た。恩を仇で返されたわけだ。頼朝はその轍を踏まぬために平氏を皆殺し
にし、平氏的な価値観(貴族>武士)を持つ義経さえ殺したのだろう。

戦争は過酷だが、戦争が新時代の幕を開ける。雨降って地固まる、か。小
生の晩年は悠々自適どころか逼塞、流刑、隔離あたりになりそうだ。他者
から見れば自業自得だろうが、異常な人、キチ〇イが歴史を先導してきた
のではないか。(つづく)2017/12/29


◆資金潤沢なNHKの受信料判決に失望

                        櫻井よしこ

「資金潤沢なNHKの受信料判決に失望 立法府を動かすには国民の意識
が重要に」

12月6日、最高裁判所大法廷がNHKの受信料について初の判断を示し
た。一言でいえば、判決には失望した。

テレビを所有していながら、受信料支払いを拒否していた男性に、NHK
は受信料を請求できるか、受信設備を持ったらNHKと契約しなければな
らないと定めた放送法64条1項は合憲か、が争われていたケースだった
が、寺田逸郎裁判長は「表現の自由を実現する放送法の趣旨にかなう。
NHKが受信料を請求することは合憲」と判断した。

「テレビを設置したからといって、NHKと受信契約を結ばなければなら
ないのは、契約の自由を侵すものだ」という原告側の主張は完全に退けら
れたわけだ。

これでNHKは、テレビを設置する人々全員に受信料を請求、徴収するこ
とが可能になる。私のようにテレビはあるが、NHKは見たくない、或い
は事実上見ていない人々も、支払いを法的に迫られることになる。

原告男性の代理人の一人、高池勝彦弁護士は、インターネット配信の「言
論テレビ」で12月1日、NHK受信料制度の欠陥についてこう語った。

「公共の福祉という視点では、サービスはそれを求める人が要求すると
き、サービスを供給する側は承諾しなければならないというのが基本です。

たとえば、私が家を建てたとします。水道が要ります。水道会社は私の要
請に応じて、水道を引かなくてはいけません。ところがNHKのやり方
は、私の家に井戸があって豊富な水が湧きでているため、水道は要らない
と断っているのに、絶対に水道を引けと要求しているに等しいのです。
NHKの手法、それを支えている放送法の精神は、あるべき姿と逆です」

現在NHKは年間売り上げ(受信料など)7547億円、民放の、たとえば日
本テレビの3054億円に較べると、2.5倍である。民放よりもはるかに潤沢
な資金がある。

NHKの受信料について今年3月29日に、東京地方裁判所がビジネスホテ
ルチェーン大手の「東横イン」に19億円余の支払いを命じた判決は見逃す
ことができない。

NHKは東横インに、全客室分の受信料を払え、過去2年間の3万4000室分
の未払い料金を払えと要求していたが、裁判所はNHKの主張をほぼ全面
的に認めたのだ。

NHKの新たな受信料大獲得作戦に通ずる右の支払い要求の原理は、ホテ
ルや旅館に対しては、テレビを備えている客室毎に受信料を徴収するとい
うものだ。

言論テレビで作家の門田髀ォ(かどたりゅうしょう)氏が次のように語った。

「いま受信料は地上波とBSで合わせて月額3590円です。旅館とホテルを
合わせて現在約160万の客室があります。各々テレビがついている。
NHKはその全室から月額3590円を取ろうと言うのです。これは年額689
億円になります」

NHKは強欲だ。今回の裁判の原告側代理人の一人、林いづみ弁護士が警
告した。

「今回の最高裁判決はテレビについてですが、今後インターネット端末に
もこの理論が適用されれば重大な影響がでます。時代に合う徴収のあり方
はもはや立法の問題だと私は考えます。国民がどう考えるかが重要です」

最高裁は「表現の自由」と「知る権利」の重要性を指摘した。ならば問わ
なければならない。NHKは放送者として国民の知る権利を真に満たして
いるか、と。彼らは放送の公正さを規定した放送法四条を全く満たしてい
ないと、私は強調したい。

NHKの偏向報道振りは加計学園問題の事例からも明らかだ。放送の公正
さを求めるには、やはり立法府を動かすしかない。それには私たち国民の
意識が何よりも大事だと実感する。

『週刊ダイヤモンド』 2017年12月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1211


◆言語論か私の英語論になってしまったか

前田 正晶

国文学者のKS氏から「英語ネイティヴではない英語ユーザー」が飛躍的に
増え、英語ネイティブを数的に圧倒していく流れは止められないよう印象
も受けます。そこのあたりを、貴方がどのようにお考えなのかお教えいた
だけると嬉しく存じます」との難しい質問が来てしまった。

そこで、何とか答えて見ましたが結局は「言語論」か「私の英語論」に
なってしまったかのように纏めてみたのだった。一寸長くなってしまった
が、敢えてご紹介する次第。

第1部:

私は自分から言うのもどうかと思いつつも、敢えて言わせて貰えれば日本
人には珍しい部類に入るかも知れない高校や大学の頃からの「英語の実践
的ユーザー」の1人として、アメリカ人の会社の中でも20年以上を過ごし
てきました。

その間では何度か申し上げたように「英語で話す時には頭の中のギアを日
本語→英語のようにシフトして一切日本語で考えることなく、極力英語だ
けで考えるようにしていました。

ここでは仕事上で通訳という仕事が入った時が最も面白くもあったと同時
にtressful でしたし、疲労したと思います。面白いという意味は「通訳
という仕事は結局は自己陶酔であり、他の誰にこういうことができるかと
でも思っていないと出来ない仕事だと思っていた」だからです。

話が本筋から逸れるかも知れませんが「通訳は実は楽な仕事である。それ
は自分で考える必要はなく、誰かが考えた事を別な言語に入れ替えれば済
むのだから」とも言っていましたが、そういう状態が何日も続くと
frustration を起こして「好い加減に俺にも考えさせてくれ」となって、
精神状態が不安定になります。

即ち、通訳では頭の中を完全に空白というか真っさらにしておいて、話し
手が言うことを素直に受け入れるようにしないと直ちに別な言語に変えら
れません。それは、如何なる矛盾がある発言でも、その矛盾のままで別な
言語にしてあげるというのは、かなり面倒な作業だからです。自分の感情
を入れたり、反応してはならないという意味です。

そこで英語ユーザーに話を戻せば、私は東南アジア、韓国、中国、アメリ
カ、欧州ではUK、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア(バチカ
ン)、オランダ(Netherlands)、スペインと歩きましたが、南米とアフ
リカにはついぞ行く機会がありませんでした。

結論めいたことを言えば、「ある程度以上英語で自分の思うことが言える
ユーザーになっていれば、兎に角何とかなると言えるだろう」でしょうか。

ここに当てはまる英語の表現は I know how to express myself in
English. であって、I can speak English. とは次元が違うと思います。

欧州では街の中で英語が通じなくて困った経験はドイツのデユッセルドル
フだけでした。フランスでは俗説の「フランス人は英語が出来ない」とい
うのは真っ赤な嘘だと知りました。パリでお世話になった船社の支店長の
秘書さんとは、何不自由なく英語で話していました。

彼女は「フランス政府が外来語の混用を禁じたのは誤りである。フランス
語は言葉の数が少ないので、圧倒的に多い英語から借用しないことには上
手く表現が出来なくなるのだ」という意見を堂々と披露しました。その見
識に感心して聞きました。

イタリア、スペインの両国では買い物でもレストランでも「誰か英語が解
る人は?」と英語で言い続けていれば、必ず誰か出てきて対応してくれま
した。Netherlandsのアムステルダムでは何処に行っても全く英語だけで
通用する国だと知りました。

ラテン系の言語は英語を知っていて形容詞が名詞の後ろに付くという特徴
が解れば、何とか看板や標識の意味が取れるようになりますし、スペイン
語には英語のような不規則な発音がないので比較的真似しやすい言葉だっ
たと思っています。

中国では上海で地下鉄の駅で青年男子に「どの電車に乗るべきか」を路線
図を見せただけで無言で尋ねたら、Are you Japanese? と聞かれて、目的
の駅まで案内してくれる間「英語」での会話の練習台にさせられました。

しかし、彼は別れ際に See youlater. と言ったのには、我が国では教え
ていないだろう事が言えていると、遺憾ながら印象的でした。彼の英語力
は我が国の教育では達し得ない領域にありました。

同じ上海でレストランでまさかと思いつつも「英語が解る人はいるか」と
言っていたら、若いウエイトレスが現れて最後まで我々のテーブルに付き
添ってくれました。彼女は光栄にも私をアメリカ人と勘違いして英会話の
練習の絶好の機会だと思った由でした。彼らは度胸がありましたが、これ
は会話上達の一つの条件でしょう。

韓国人には英語力が高い者たちが海外に出ていますが、ソウルでも何処で
も日本語の方が使い勝手が良いようで、高齢者には日本語で話が出来るの
は歴してから考えて当然でしょう。

韓国では財閥や会社のオウナーたちが子弟を米国に留学させているし、
国家的に英語の教育をする機関を設けていると聞きましたが、市中では余
り英語は普及していないという印象。一般論としては、遺憾ながら我が国
の水準を超えた英語力がある者が多いようです。私は問題点は「我が国の
英語教育の至らなさにある」と断じざるを得ないと思っております。

ここまでで申し上げたことは「世界中何処に行っても英語が話せれば何と
かなる」のは事実だと思うが、その英語が続に侮蔑的に言う車夫馬丁のそ
れか、支配階級にも通じるものかで、その有効性(有用性)が大きく変
わってくると思います。

下層階級が如何なる言葉を使っているかを全く教えていない様子の我が国
から、例えば米国に行くと、私が繰り返して指摘してきた「沢尻エリカの
Oh, shit!」 のように、swearwordに飛びつく結果になるのです。

でなければ、何度も採り上げてきた「例えば grow という言葉を知らずに
Children become big. のような表現をした人がいたように無知か無教養
をさらけ出す英語になる危険性があります。

要するに「学校教育でキチンとしたものを教えていない限り、『何とか通
じた』と喜んでいるような、およそ native speaker とは縁遠いような恥
さらしの英語を English だと思い込んで自信を持って世界中に出歩く結
果のなる」と思うのです。

でも、我が国では「通じれば良い」と思っているようだと、アメリカで軽
蔑されるpidgin English のような英語擬きを話す傾向は続く気がしま
す。それに忘れてはならないことは「native speaker の英語が支配階層
か、トランプ様の支持層のようなプーアホワイト以下かどうかを見抜ける
ように勉強できていないと、海外に出て恥をかく結果になる」というのが
結論かと思います。

第2部:

ここで方向を変えて「駄目な英語」を採り上げてみます。それはJRを始め
として多くの鉄道会社が採用している車内放送のアナウンスをしているク
リステル・チアリ(フランス人で日本生まれか)の酷くて品格に欠けた英
語です。

具体的には Please change your trains here for 何処何処 と言う時に
彼女は for に強烈なアクセントを置いて「フォアー」と言うことです。
冗談じゃありません。ここにはクセントはなく、精々「フ」程度にするの
が本当の英語のイントネーションです。

こんな程度の常識もないフランス人を雇ったJRの英語知らずも問題だと思
いますが、追随した私鉄も英語に関しては無学であり無教養だと思いま
す。この点は私が常連の投稿者の如きである渡部亮次郎氏主宰のメルマガ
「頂門の一針」にヨーロッパに住んでおられる日本の方が一時帰国されて
投稿されて「酷い英語」と酷評されました。

しかしながら、我が国の英語教育では for のような前置詞にアクセント
は来ないとか、動詞の前に来る to にもアクセントを付けずに精々 「t」
だけを言うといったことを教えていないようですから、仕方がないのだと
思っております。これらのアクセントを知らないことが「下層階級の英
語」と見做されかねない危険性があることになる訳です。アメリカ人だっ
て、ここまで心得ている者は支配階層にのみにいると言って誤りではない
と思うのです。

あのクリステル・チアキのアナウンスを聞かされて「国辱的だ!」と思う
者が増えてくるような英語教育が出来る教師がどれほどいるのでしょう
か。尤も、私はあれを真剣に聞いておられる同胞がどれほどおられるかと
思っていますが。

これ以外には「連結音」を知らないことも「英語を知っているか知らない
かの程度」を示します。韓国語には連結音があって、例えば「5千元」は
「オ・チョン・ウオン」なのですが、話す時には「オチョノン」に聞こえ
ます。我が国ではラグビーではturn over を、アナウンサーも解説者も一
様に「ターン・オーバー」と言っています。だが、英語ではnとo を連結
させて「ターン・ノーバー」と聞こえるように言うのが常識です。

この連結音も学校教育では教えていない模様です。例えば、There is 〜.
は「eの前のrとI を繋いで「デアリイズ」のように聞こえるのが普通で
す。これは同じ連結音でも r-linkingと呼ばれています。私は往年の上智
大学で千葉勉教授に「連結音やr-linking を知らないとは無教養を示す」
と厳しく指導されたものでした。

こういう細かいことをnative speaker たちに尋ねても、答えられない場
合が多いと思います。私は彼らに「お前は学者だから知っていると思う
が」と言ってこういう事柄を尋ねられたことが何度かありました。

これは自慢ではなく、自国語の細かい点は教えて貰う機会などなく育った
ということでしょう。私がもしもアメリカ人に「日本語の動詞の活用を教
えてくれ」と言われたら謝ります。

故に、私は「英語をnative speakerに教わるよりも、私のような現場で苦
しんだ経験者に尋ねる方が意味がある。何故ならば、native speakerたち
は日本人が如何なる事で悩んでいるかは解らないから」と主張するのです。


◆「名所・旧跡だより」葛井寺(藤井寺市)

                           石田岳彦(弁護士)

関西に住んでいる方、若しくは古株のプロ野球ファンの方、特に旧・近鉄バファローズファンであれば、大阪府の南部に藤井寺市という街があることはご存知でしょう。

もっとも、この街に葛井寺(ふじいでら)という寺があり、そもそも街の名前がこの寺から来ているということは案外知られていないかも知れません。
 
とはいえ、葛井寺は決して無名のお寺ではありません。少なくとも、社寺巡りを趣味とする者の間では。かの西国三十三番観音霊場の五番霊場ですし、ご本尊として(少なくとも、仏像ファンの間では)有名な国宝の千手観音菩薩像がいらっしゃいますので。

近鉄南大阪線を藤井寺駅で降りて、商店街を抜け、5分足らずで葛井寺の境内に辿り着きます。

寺伝によれば、葛井寺は、聖武天皇の命を受けた行基が建立したとされているそうですが、この手の話はほとんどの場合、眉唾で、実際には渡来人系の豪族の葛井(ふじい)氏が建てたという学説が有力なのだそうです。

もっとも、度々、戦火や天災の被害にあっているため、現在、境内に建ち並んでいるのは安土桃山時代に建てられた西門(重要文化財)を除けば、江戸時代の建物となります。



境内は広くなく、西門をくぐれば、すぐに本堂です(なお、正門は南側にある楼門の南大門で、なかなか立派なものです。)。

千手観音菩薩とは、観音菩薩の姿の1つで、広く衆生を救いたいという観音菩薩の慈悲の心を千本の腕で象徴しているわけですが、流石に千本も腕をこさえて、かつ、取り付けるのは至難の技であり、彫刻にするときは、普通、42本の腕で「千手」ということにしています。普通は。
 
そう。葛井寺のご本尊は「普通」に飽き足らず、敢えて至難の技に挑み、実際に千本の腕(実際には1000本を若干越えているようです。)を取り付けるという偉業(誤変換で「異形」と出てきましたが、ある意味正解です)を達成した「本物の千手観音菩薩」像なのです。

実際に千本以上の腕を取り付けた千手観音菩薩像の他の作例としては、唐招提寺金堂のもの(国宝)や、壽宝寺(京都府京田辺市)のもの(重要文化財)がありますが、これらは後年幾らかの腕が失われ、現存する腕は千本を切ってしまっており、そういう意味では、葛井寺のご本尊は現存唯一の「本当の千手観音菩薩像」ということになります(どこかのお寺なり、新興宗教団体が近年になって作成しているかも知れませんけど、ここでは無視します。)。

このご本尊は毎月18日のみ拝観が可能で、いわゆる秘仏です。

余談ですが、一概に「秘仏」といっても、毎月特定の日に公開されるというライトなものから、毎年特定の数日間のみ公開されるもの、数年から数十年に一度のみ公開されるもの、一般どころか文化庁のお役人にさえ絶対に公開されないもの(いわゆる「絶対秘仏」。

文化庁による審査を受けていないので、国宝や重要文化財にも指定されていません。)、果ては、ご本尊は絶対秘仏、その代わりを務める前立ち本尊(その名のとおり、ご本尊を納めた厨子の前に立つ、ご本尊の代行です)でさえ7年に1度しか公開されない善光寺(長野市)と、「秘され具合」のギャップには激しいものがあります。

葛井寺の本堂では参拝客が入ることができるのは外陣までで、そこから内陣奥のご本尊までは少し離れており、残念ながら、細部まではよく見えません。

観音様は坐像で(なお、上記の唐招提寺と壽宝寺の千手観音菩薩像は立像です。)、千本の腕のうちメインの2本は普通に両肩から伸びていて体の正面で合掌しています。

残りの腕は背中から左右に胴体を包み込むように放射線状に伸びていて(うち40本は比較的大きく、千手観音御用達の各種法具類を持っています)、少し離れた外陣から見ると、半分に分かれた巨大なボウルが、観音様の胴体を左右から挟みこんでいるようにも見えます。

写真撮影禁止のため(一般的に、名のある仏像の大半は撮影禁止です。国宝の仏様で撮影禁止でないのは、奈良と鎌倉の大仏様と東大寺南大門の仁王様、臼杵の石仏群くらいでしょうか。)、画像はありませんが、藤井寺市のホームページに写真が載っていますので、ご覧になってください。

写真を見て感じるところがあったら、18日に葛井寺に行ってください。仏像にそれほど関心のない方でも、話の種として一見の価値ありです。

同じ藤井寺市内、近鉄南大阪線の道明寺駅から徒歩5分足らずのところに道明寺と道明寺天満宮が隣り合わせで建っています。もとは1つだったのが、明治初期の神仏分離の折に強引に分離させられたようです。

天満宮といえば、当然、菅原道真公を祀っているわけですが、この道明寺のあたりは、菅原氏の先祖にあたる土師(はじ)氏の根拠地だったところで、太宰府に流される途中の道真公が、道明寺にいた叔母を訪ね、形見の品を遺したという伝説があります。

なお、この近辺は大阪夏の陣の激戦地の1つでもあり、豊臣方の勇将・後藤又兵衛が壮絶な戦死を遂げたその合戦は、その名も「道明寺の戦い」です。

道明寺のご本尊は国宝の十一面観音菩薩立像で(当然のことながら写真はなしです)、小さいながらも表情もプロポーションも端正です。葛井寺と異なり、かなり近くまで寄ってお姿を拝見できるのは嬉しいですね。

こちらも一応は秘仏で、毎月18日と25日に限り公開されます。葛井寺の千手観音様もそうですが、曜日さえ問わなければ毎月お目にかかれるので、秘仏の「秘され具合」としてはかなりライトな方といえます。

なお、お隣の道明寺天満宮には菅原道真公の遺品(上で述べた叔母さんに道真公が託したものですね)と伝えられる硯、櫛、銅鏡、石帯等が伝わっていて、一括して、やはり国宝に指定されています。毎年、梅の開花シーズンに合わせて宝物館で特別公開されていて、今年は2月11日から3月10日までの土日祝だそうです。

藤井寺市という一般観光客的にはノーマークな町に、国宝の仏様が2件いらっしゃるというのは驚くべきことで(国宝の仏像が2件以上存在する市町村は奈良市、京都市、斑鳩町、大津市(三井寺)、宇治市(平等院)、宇陀市(室生寺)等と数えるほどです。)、この地が古代から拓けていたということを実感させられます。

関西にお住まいの方は、休みの日にでも足をのばしてはいかがでしょうか(仏像ファンならば、たとえ九州・沖縄、北海道からでも来る価値はあります)。

2017年12月30日

◆中国最大財閥いよいよ経営危機

宮崎 正弘

平成29年(2017)12月29日(金曜日)通巻第5560号   

 中国最大財閥・王健林率いる万達集団、いよいよ経営危機
        万達科学技術(子会社)の従業員95%をいきなり解雇へ

中国最大財閥・王健林率いる万達集団が、いよいよ経営危機に陥った様相
である。

夏頃から危機が囁かれていたが、投資家が「危ない」と感得したのは、プ
ライベート・ジェットで、王健林がロンドンへ向かおうとして、空港で足
止めされた事件が報じられて以降である。

保有する映画館チェーンと娯楽施設、ホテルチェーンなどを売却しはじ
め、回転資金を捻出した。

秋になって香港へ現れた王健林は秘密行動に徹したが、「博訊新聞網」な
どは、香港で共産党有力者の子弟、親戚が経営する面妖な企業が山のよう
にあり、海外資産の処分などを協議したのではないか、なぜなら直前に肖
建華が滞在中の香港のホテルで拉致された事件が発覚し、当局が必死で、
これら新興財閥の海外資金流出を警戒していた時期と重なるからだ。

タイミングが符合する。肖建華は、香港を拠点に、NYへ逃亡した郭文貴
らと組んでインサイダー取引をコントロールし、太子党関連の資産運用に
関わった。現在、北京で勾留中の人物で、王健林も習近平の姉たち(香港
で不動産企業などを経営)と深い絆があったことは知れれている。

さて万達集団の有利子負債およそ13兆円(孫正義とほぼ同額、ダイエーも
有利子債務が12兆円前後だった)、このため7月に、保有した77のホテ
ル、13の娯楽施設を急遽、売却し、当座の銀行返済(およそ638億元=1
兆円強)に充当した(博訊新聞網、2017年12月29日)。

保有財産の処分、売却が済めば、次は企業規模の圧縮が時間の問題とされた。

事情通によれば、万達集団の子会社「万達科学技術」(未上場)の従業員
を6000人から300人に削減するとし、11月末から解雇に踏み切った。突然
の解雇を通告され、退職金が給与の2ヶ月。5%の社員が残るものの、こ
れではテクノロジー開発など出来るわけもなく、いずれ整理に踏み切るだ
ろう。

習近平の「中国の夢」は一帯一路の挫折で「悪夢」と化しつつあり、王健
林の描いた壮大な夢は「邯鄲の夢」で幕引きとなりそう。

          

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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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 いま、日本の思想状況で憲法学が劣悪の最たるものだ
  安倍政権の加憲論には賛成できないこれだけの理由


杉原誠四郎 v 小山常美『憲法及び皇室典範論』(自由社)
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近代憲政史、外交史にくわしい2人の論客の共通点は「新しい歴史教科
書」の「公民教科書」執筆メンバーであること、現行憲法を認めない改憲
論者であることだ。

だから全ての論点で合意かと思われたのだが、ページを捲っていく裡に、
この二人が幾つかの論点で対立し、あるいは異論をとなえて併記する場面
に何回も出くわす。ふたりとも自説には自信を持ち、相手に譲らないから
一徹である。

したがって本書の外見から想像する新しい公民教科書作りへ合意、同士が
なす対立点も、微妙に本書の議論の展開を面白くし、また時代的思想状況
を反映している。

つまり、2人が言いたいのは教科書の偏向ぶりであり、その是正をめぐる
国民運動が、いかにメディアによってねじ伏せられ、なおかつ教科書採択
権をもつ教育委員会が権利行使を放棄して、教員組合に採択を丸投げし、
担当教員は教科書会社から謝礼を受け取っているという堕落した現実である。

ましてや、この事実を知ってか、知らずか、教科書の危機に無頓着の官僚
主義が蔓延る文科省という、絶望的な日本のシステム上の欠陥にある。

歴史教科書、道徳教科書の左翼偏向が強まる一方なのである。

おどろくべし、文科省は聖徳太子を教科書から外そうとした。左翼が巣く
う「高校大学連携歴史教科書委員会」とかは、吉田松陰、高杉晋作を削除
する方向にあり、楠木正成はとうに歴史教科書から削除されている。
こんなことで驚いてはいけない。

公民教科書は「公共の精神」を教えないばかりか、「家族」を教えない方
向にあり、もちろん「愛国心」のアの字もでてこなくなった。

こうした複合的な教科書の腐敗堕落、とてつもない左翼の「計画闘争」が
なぜ生まれたのか、それは日本の「憲法学」が劣悪な上に、ますます劣化
しているからだと、ふたりの鋭角的な指摘には瞠目させられた。

杉原氏と小山氏の対立は憲法論から派生した伊藤博文への評価。皇室典範
に関しては、伊藤博文の間違いがこんにちの憲法学貧困状況の元凶である
とするあたりだが、評者(宮崎)から言えば、皇室典範はそもそも国会議
員ごときが議論するべきことではない。マッカーサー憲法の誤謬が最大の
元凶であろう。

占領軍が非占領国の基本法を強要した事実だけでも、現行憲法は否定され
るべきで、改憲とは現行憲法の無効宣言から行うべきであるとするのが国
際法の原則から言っても正しい。

しかし、こうした議論は現在日本ではすっかり少数派となった。
 
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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 「約束」ってナンじゃらホイ。反日は韓国のカルト
  文在寅は北朝鮮を崇拝するカルトの教祖、もっとも危険は大統領だ

  ♪
室谷克実 v 加藤達也『韓国リスク』(産経新聞出版)
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2人には共通点がある。

ともに韓国報道で真実を書いたら、国外退去を命じられたと言う『名誉』
に輝く点である。

韓国の司法は政治から独立していないことは百も承知だが、このくにの司
法は論理ではなく感情が優先して判決が、その国民感情を判定材料として
いる。法律はいくらあっても、無力である。だから「幼稚で無責任」で、
井の中の蛙というより、独立独歩のカルト集団が国家を名乗っていると譬
喩した方が現実的であろう。

両国が合意したはずの「慰安婦問題」を韓国はまた蒸し返した。このとこ
ろの韓国報道といえば、そればかり。さすがの安倍首相周辺も「平昌五輪
に行くことは困難」と発言している。

約束は果たされなかったばかりか、慰安婦像はソウルのバスや電車にのっ
てちょこまかと走り、外国にも建立し始める始末だ。悪質な政治プロパガ
ンダがあちこちに展開されている。


韓国の政治にとって「約束」って、なんじゃらほいの世界だ。

一方の日本はと言えば、愚直と言われるほどに約束事は必ず守る、身を賭
してでも法律を守る日本人からみると、韓国人の姿勢には驚きを通り越し
て呆然とすることが多い。北朝鮮が核兵器をこしらえ、ミサイルを飛ばし
て世界から非難されているのに、ソウルの政権は「当事者意識セロ」。

米朝対立では「仲介の労を執りましょうか?」などと妄言を吐くのだ。
戦後、「独立」「安保」の恩人であるアメリカにTHAADは不要と言っ
てみたり、トランプが訪韓すれば、トランプ人形を踏みつけ、アメリカ国
旗を焼き、反米集会に数万の人が集まるという忘恩行為を目撃したトラン
プも韓国の態度にムッとしたはずで、文在寅との会談は、僅か26分だった

この対談本のふたりは慰安婦象問題は「韓国の国教」であるとする。なる
ほど合点がいく。

だから朴裕河(『帝国の慰安婦』の著者)の裁判は「宗教裁判」、つまり
魔女狩りであった、という。

本書ももう一つの特色がある。

日本のメディアが韓国の真実を書かなかったこと、その原因が奈辺にあっ
たかを鋭く抉っている最後のチャプターでは、ぞっとするほどの日本人記
者のメンタリティと新聞、テレビの企業体質が了解でき有益だ。

   
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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  ♪
樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1679回】               
――「早合點の上、武勇を弄ぶは、先ず先ず禁物とせねばならぬ」――(川田3)
  川田鐵彌『支那風韻記』(大倉書房 大正元年)
      
              ▽

川田によれば、「大日本帝國の一大任務」は「人種繁殖力の盛なる彼の國
人に、(列強による)經濟的蠶食の畏るべきを知らしめ、國民的自覺の念
を惹起せしむる」こと。また「我が商工業の發展上より考ふるも、隣國四
億の顧客は、之を忘れてはなら」ないし、「自衞上よりも、道義上より
も、其の他何れの方面より見るも、我が國人は支那人の師友となり、先覺
者となり、彼を導き、彼を?へ」、かくて「宇内の平和を、永久に保つこ
とに努めねばならぬ」ということになる。

川田の考えは、おそらくアジアへの野望を逞しくする西欧列強の覇道に
憤り、アジアの王道に拠って立ち向かおうとした当時のアジア主義者の間
の共通認識だったように思う。

であればこそ「大日本帝國の一大任務」であったとしても、「人種繁殖力
の盛なる彼の國人」を、どのように「導き」「?へ」れば、「國民的自覺
の念を惹起せしむる」ことが可能であると考えていたのか。

たしかに「我が商工業の發展上より考ふるも、隣國四億の顧客は、之を忘
れてはなら」ないが、だからといって心の底から「我が國人は支那人の師
友とな」ることを願っていたのか。「人種繁殖力の盛なる彼の國人に、經
濟的蠶食の畏るべきを知らしめ、國民的自覺の念を惹起せしむる」ことは
壮大なるロマンでこそあれ、現実問題として所詮は無理だと考えることは
なかったか。

仮令川田の主張に間違いがないにしても、相手側からするなら『要らぬお
節介』ではなかっただろうか。「國民的自覺の念」を他国の人間が教え導
くことなど所詮はムリな相談というものだろう。

とどのつまり「國民的自覺の念を惹起せしむる」ための唯一確実な方途
は、その国民が自ら「國民的自覺の念を惹起」するしかないはずだ。


アジア主義から征韓論、はては脱亜論までの論議は後日に譲ることとし
て、川田の旅の先を急ぎたい。

「のぼる朝日に照されて、帝都を発ち、新領土朝鮮の勝地を探り、満洲の
古蹟を訪ひ、奉天より、京奉鐵路を利用して」南下した川田は、「今は野
蠻人とて、牛馬の如く見做されたる、簡易生活に慣れし苦力の類、最後の
勝利を占むるものなるか」と考え、「何れにしても、支那人の眞價を見誤
れるものゝ多きを、不思議に感じつゝ、自ら問ひ答へながら」、天津、青
島、曲阜、北京、漢口、武昌、洛陽、長安、長沙、鎮江、揚州、杭州、上
海を廻っている。

旅を締め括るに当たり、「矢張り、百聞は一見に如かずで、實地調査の
上、支那研究の趣味が加は」って、川田は数多くの疑問を持った。「其中
特に自分の腦を刺激した」という「支那に關する疑問」のいくつかを記し
ている。

「其一」=「支那の事情を多少研究した人々の頭腦に起る、第一の疑
問」は、「現在の支那に、利己主義以外、多少話せる人物があるであろう
か」ということ。

たしかに辛亥革命は「遠くの人に豪い勢いの如くに見せかけ」ながらも、
「兎に角物になつたが」、国難に際して「靜に大事を料理せらるゝ程の人
物は、先ずまず一人もいないように思はれる」。こういった惨状にあるに
もかかわらず各国が干渉しているのだから、危険極まりない。

「其二」=「既に人物は乏しい」うえに、「4億の國民が、苦力同樣の、
眼中一丁字もなき、憐むべき輩である」。彼らに「多少の國民?育を施
し、言語の統一など計るは、一朝一夕の仕事でない」。

「其三」=「水陸の動脈とも仰ぐべき水陸の交通機關は、何れも列國に奪
はれ」ている状況だが、これら権利をどうやって「回収」するのか。具体
策がみられない。

「其四」=借款、借款、また借款。借款に次ぐ借款に先行きの見通しは
立つのか。
《QED》

◆日欧EPAで拓く日本の未来

櫻井よしこ

安倍政権の外交の巧みさを実感したのが、12月8日の日欧EPA交渉の妥
結だった。この日本と欧州連合との経済連携協定は、来年夏にも署名さ
れ、再来年春にも発効する。

ドナルド・トランプ米大統領は、12か国がギリギリの妥協を重ねてようや
くまとめた環太平洋経済連携協定(TPP)を、今年1月、いとも容易に
反故にすると発表した。これによって自由主義陣営の結束が危ぶまれた
が、今回の日欧EPAの合意には、TPP頓挫の負の影響を着実に薄める
力がある。

日欧EPAは世界の国内総生産(GDP)の約3割、貿易総額の約4割を扱
う。日本が参加する自由貿易協定(FTA)としては最大規模で、日欧間
貿易では最終的に鉱工業製品、農産品の関税がほぼ全廃される。

たとえばいま自動車輸出には10%の関税がかけられているが、これが協定
発効から8年目にゼロになる。韓国はすでにEUと自由貿易協定を結んで
いるため、関税ゼロで自動車や部品を輸出している。日本は10%の関税を
かけられる分、不利な闘いを強いられてきたが、これで対等に競い合える。

日欧EPAのこの条件は、アメリカも無視できないだろう。アメリカとは
TPPで2.5%の関税を25年目に撤廃することで合意しているが、それに
較べても、ずっと有利な協定を日本は勝ちとったのである。

自動車輸出では目に見える大きなメリットを日本は確保したが、EUから
の輸入について問題がないわけではない。キヤノングローバル戦略研究所
の研究主幹、山下一仁氏の指摘によると、EUの対日輸出では、ワインも
チーズも関税はゼロになるものの、チーズに関しては輸入枠をオークショ
ンで業者に売るために、価格は下がらないというのだ。従って日本の酪農
家にも影響は及ばない。本来なら、より厳しい競争に晒されて日本の酪農
産業の基盤を強化する好機とすべきだが、必ずしもそうならない。長い将
来を展望するとき、日本の酪農産業はこのままでよいのかという深刻な疑
問が残る。

双方に大きなメリット

日欧EPAで日本の対EU輸出は約24%、EUの対日輸出は約33%増える
と見られ、双方に大きなメリットがある。だが、日欧EPAの意義はそこ
にとどまらない。より注目すべき点は協定の内容の透明度の高さにある。

たとえば知的財産の保護、電子商取引の透明性、鉄道など政府調達分野へ
の市場アクセスの拡大、サービス貿易、企業統治などがより公正なルール
で行われるよう、高い水準の規則が設けられた。

中国やロシアが貿易や取引においてルールの透明性を欠く国であること
は、今更指摘するまでもない。彼らは力に任せて自国有利の状況を作り出
そうとする。他方イギリスはEUを脱退し、アメリカはTPPを否定する。

そうした中で達成された今回の合意は、自由貿易を後戻りさせてはならな
いという日欧の決意であり、今後の国際的メガ協定の先駆けとなる。これ
から起きるであろうアメリカの変化を予測すれば、今、安倍首相がしてい
ることは、自由主義陣営を支える経済活動のルールをまさに日本が主軸と
なってEUと共に作ったということだ。これからの世界の自由貿易を日本
が主導する可能性が強まったということなのだ。

次に日本が目指すべきはTPPの合意だ。トランプ大統領のTPPへの強
い忌避感は、氏が多国間協定よりも2国間交渉を好むからというだけでな
く、TPPは前任者のオバマ氏が手掛けたものだからと言われている。

感情的要因が強いのであれば、トランプ大統領を説得するのは非常に難し
い。それでも安倍首相がアメリカ抜きの11か国でTPPをまとめたら、或
いは、新たな要求を持ち出して異論を唱えるカナダを除いて10か国でまと
めたらどうなるか。

11月に、ベトナム中部のダナンで参加11か国の閣僚会合において合意が確
認された際、カナダの新たな強い要求があって合意は流れそうになった。
土壇場での変心を茂木敏充経済再生担当相は「こういうことを詐欺と言う
んじゃないか!」と怒ったそうだが、安倍首相は、カナダ抜きの10か国で
も合意を成立させ、年明けにも署名式を行う方針だ。

それが実現した場合を山下氏が予測した。

「TPPが成立すれば、日本はオーストラリアの牛肉を9%の関税で輸入
することになります。他方、TPPに入らないアメリカの牛肉には38.5%
の関税が続きます。明らかにアメリカンビーフは不利です。マーケットか
ら排除されかねない。乳製品でも小麦でも、その他でも同じことが起こり
ます」

豚肉も小麦も

氏はさらに続けた。

「アメリカは日欧EPAの影響も受けます。豚肉も小麦も、TPPで起き
る現象と同じようなことが次々に起きると言ってよい。トランプ大統領が
どれほどTPPはいやだと言っても、アメリカの国益を考えれば入らざる
を得なくなります。逆にアメリカが入れて欲しいと言う立場に立たされる
でしょう」

TPPはオリジナルの12か国が参加すれば世界のGDPの約38%を占める
規模だ。アメリカ抜きなら約13%、カナダも抜ければ約11%である。それ
でも日本が主軸となってまとめるのは、前述したように大変重要な意味が
ある。

実利面からアメリカも参加せざるを得ない場面が生ずることに加えて、自
由主義陣営の大事な価値観を守り抜く意味合いがある。何と言っても、自
由貿易、公正なルール、民主主義、国際法による問題解決などといった価
値観を尊重する国々のメガFTAが、ふたつ出来るのだ。合わせると世界
貿易の約半分が、透明性の高いルール圏で取引されることになるのだ。

日欧の今回の合意内容は、中国が世界に発信した彼らなりの経済のあり方
とは明確に異なる。中国は10月の共産党大会で、人口13億人以上の社会主
義大国を指導するには国民全員が優れた本領を身につける必要がある、優
れた本領はマルクス主義の学習によって養われると宣言した。党の指導を
徹底させるために、外国資本の民間企業も含めて、企業内に共産党の支部
を設けよと指導する。

すでに外国企業の70%が共産党の「細胞」組織を設置しており、各企業の
情報は中国共産党に筒抜けになっていると考えた方がよい。知的財産の窃
盗も含めて、何でもありの経済体制が中国で公に強化される傍らで、日本
主導の日欧EPAが合意に至ったのだ。非常に心強い。

安倍首相は、いまこそ、自らの考える地球儀を俯瞰した外交戦略を推し進
めるのがよい。そのときに、忘れてはならないのは、経済活動にも強さが
必要で、憲法改正こそが全ての根本にあるという点だ。
『週刊新潮』 2017年12月21日号 日本ルネッサンス 第783回


      

◆華国鋒は毛沢東の息子

渡部 亮次郎

死んだ元党主席の華国鋒。忽然と現れた彼、華国鋒は毛沢東の庶子
だった。

思い起こせば、日中平和友好条約の締結・調印のため北京を訪れていた日
本の外務大臣園田直は1978年8月12日午後5時36分から6時まで人民大会堂
で華国鋒主席と会見、私も秘書官として立ち会ったが。印象に残る言葉は
皆無だった。

むしろ影が薄かった。<後の政権内部の権力争いで故・トウ小平氏に負
け、1980年に首相を、翌年には党主席と軍のトップを退任、事実上政権か
ら退く>ことを予感させた。

【大紀元日本8月23日】中国の華国鋒・元党主席が2008年8月20日午後零時
50分、病気のため北京で死去した。死因は伝えられていない。享年87。中
国当局の官製メディア「新華社」が報じた。華元党主席は政権から退いた
後、離党届を提出していたと伝えられた。

華元党主席は、1949年の中国共産党政権確立後、故毛沢東国家主席に「忠
実な部下」として認められ、湖南省第一書記、副首相と地位を高めた。
1976年、死去した周恩来・元首相の後任として首相に就任、故毛国家主席
から後継者に指名され、1976年9月に共産党主席、軍のトップにも就任し
た。>

このような「ヘリコプター」出世について中国は1度も正式に認めた事は
無いが、当代随一の中国ウオッチャーたる日本人宮崎正弘氏は「華国鋒は
毛沢東の庶子」と断定する。

1920年代、湖南省で農民運動を展開していた毛沢東が「姚」という女性に
産ませた。戸籍上は「蘇祷」と名乗った」と断定している。
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成20年(2008年)8月18日(月
曜日)通巻第2293号)

後の政権内部の権力争いで故・トウ小平氏に負け、1980年に首相を、翌年
には党主席と軍のトップを退任、事実上政権から退いた。

香港誌「争鳴」の2001年報道によると、華元党主席は1998年の第9回全人
大会議で2つの議案を提出した。

全人代常務委員会に対し、@憲法の職権を公正に履行、政府機構と幹部の
腐敗を監督A中央政府の高級幹部およびその家族の財産を公開の2点を求め
た。結局、その議案は取り上げられることがなかった。

翌99年から、同氏はすべての中央会議を健康上の理由で欠席するようにな
り、07年10月の第17回党大会には特別代表として姿を見せたのが最後だった。
C:\Documents and Settings\Owner\My Documents\大紀元時報−日本華国
鋒.htm
 
また、同誌によると、2001年9月中旬、華元党主席は最高指導部に離党届
を提出した。1ヶ月後に開かれた特別会議で、離党の理由について、「今
日の共産党は昔の国民党とどこが違うのか」と幹部の汚職などに強い怒り
を示した。

その言葉の背景には、1940年代、中国共産党が内戦で「反腐敗、反専制」
のスローガンを掲げて国民党から政権を奪取した経緯がある。

その席で、華元党主席は最後の党費として、5万元(約80万円)を納め、
「貧困で、医療治療が必要とする党員のために使ってほしい」という言葉
を添えたという。

当時の報道によると、同年には計87人の共産党幹部が脱党を宣言、政治局
の元委員、国務院元委員、将軍なども含まれている。当局は「脱党の連鎖
反応を起こさないため、できるだけ慰留する」との方針で説得を続けたよ
うだが、結果は不明だという。


◆リハビリって、再び生きること

向市 眞知 (ソーシャルワーカー)

「リハビリ」という用語は訳さなくてもよいくらい、日本語になってしまいました。しかし、この用語がとてもくせものです。皆がこの用語の前向きなところにごまかされ、便利に安易に使ってしまいます。


医師は最後の医療としてリハビリにのぞみをつなげる言い方をします。家族は家にもどるためにはリハビリを頑張ってほしいと期待をかけます。患者様もリハビリを頑張れば元どおりになれると思います。リハビリとは「再び生きる」という用語と聞きました。この概念で考えるととても幅広い概念です。


病院にはリハビリテーション科があり、そのスタッフには理学療法士、作業療法士、言語聴覚訓練士という、国家資格をもった専門技師がそろっています。身体機能回復訓練に携わるスタッフです。医師が「リハビリ」という用語を使う場合にはこのようなリハビリテーション科のスタッフによる訓練をさすだけではなく、「再び生きる」心構えをもちましょう、という意味を含んでいる場合が多いのです。


しかし、患者様、家族様のほうは、リハビリは療法士がするものと思い込んでいるケースが多いように思います。よく言われるのに「リハビリが少ない」、「リハビリをしてもらえない」というクレームがあります。療法士がするものだけがリハビリなら、診療報酬上点数がとれるのは一日20分から180分です。


「リハビリを受けさせたいから入院させてほしい」とよく言われますが、一日の何分の1かの時間のリハビリだけで「再び生きる」道のりを前に進むことはむずかしいものです。あとの時間をベッドに寝ているだけでは何の意味もありません。「リハビリのために入院している」というだけの安心感の意味しかありません。


いくら日本一の理学療法士の訓練をうけたといっても、患者本人が「リハビリをする(再び生きる)」心構えになっていなければ、空振りに終わってしまいます。マヒした身体に対して、拘縮してしまわないように理学療法士が外から力を加え訓練をすることはできます。でも、訓練が終わって身体を動かさなければもとのもくあみです。


しかし、言語訓練はそうはいきません。本人が声を出そう、話そうとしなければ訓練になりません。「絶対話すものか!」と口をつぐんでいる患者様に訓練は意味をなしません。まずは声を出してみよう、話してみようという気持ちになるように心理的にリラックスしてもらうことから訓練を始められると聞きました。


このことからわかるように、リハビリは本人次第なのです。そしてやはりリハビリも療法士と患者様の協同作業です。療法士さんの訓練の20分が終われば、患者様自らがもう一度リハビリのメニューをくりかえしてやってみることや、家族が面会時間に療法士に家族ができるリハビリを教えてもらい、リハビリの協力をしてみるなど、何倍にもふくらませていくことがリハビリの道のりなのです。


療法士さんまかせにしないこと、繰り返しやっていくこと、退院しても療法士さんがいなくてもリハビリ、再び生きる道のりは続いていること、それを実行するのは自分であることを忘れないでいてほしいと願っています。


2006年4月の診療報酬改定で更にこの認識が重要になってきています。療法士による機能回復訓練が継続してうけられる回数の上限が疾病により90日〜180日と定められました。これ以上の日数の訓練を続けても保険点数がつかないことになりました。医療機関は保険がきかなくなればリハビリを打ち切らざるをえません。

患者様も10割自費で料金を支払ってまでリハビリを続けることはできないでしょう。リハビリは入院の中でしかできないものではなく、退院しても自宅でもリハビリを続けていくいきごみが大切です。