2018年01月31日

◆庭に猛禽類飛来の大事件

櫻井よしこ


「庭に猛禽類飛来の大事件 愛でる小鳥が狩られた自然の摂理」

わが家の庭には水溜まりのような小さな池がある。竹の樋からチロチロと
流れ込む水がヤゴやおたまじゃくしの寝床をつくる。小鳥たちは樋に止
まって小さな嘴で流水を掬い上げ、喉を潤し、浅い池に飛び込んで水浴び
をする。

このところ度々飛来するのが一群の目白である。無駄のない素早い動きや
抹茶色の美しい姿はいつまで見ていても飽きない。だが、私は締め切りだ
と思い直してまた、原稿に戻る。

そんなのどかな庭で大事件が起きた。1月15日、猛禽類の鳥が突然飛来し
たのだ。

私は夕方の校了時間を目指して原稿を急いでいた。突然、コツンと音がし
た。鳥が書斎のガラス窓にぶつかったのだ。目を上げると、鋭い目をした
その鳥はすでに獲物を足下に捕らえていた。見たこともない鳥だ。目は丸
く、黄色のワッカの真ん中に、意思の強さを思わせる不敵な黒目が光って
いる。

私はその目に吸い寄せられた。少しも恐れていない。なぜだ。じっと見
た。秘書も一緒にじっと見た。鳥も視線を外さずにじっと見返す。

真っ正面からこちらを見続けるその鳥の嘴は鋭く、曲がっている。小型だ
が立派な猛禽類だ。首筋からお腹にかけての羽は美しい白黒模様、太い脚
は羽毛に被われ、先端の足指と爪が黄色だった(ような気がする)。背中
の羽と尾羽は黒味がかった褐色で、尾羽には縞模様が浮き上がっていた。

微動だにしない姿には風格が漂う。足下にはがっしりと獲物を掴み続けて
いる。水浴びに来ていた雀や目白はこの怖ろしい光景に飛び去ってしま
い、もうどこにもいない。捕らえられた小鳥は声もあげない。猛禽が鋭い
嘴で獲物をひとつつきした。思わず目を覆ったが、羽がパッと飛び散った。

それでも小鳥はもはや鳴かない。すでに息絶えているのか。小鳥が抵抗で
きなくなったことを確信したのか、猛禽は両脚で獲物を掴んでさっと飛び
去った。

一体彼は何者なのだ。こんな都会の真ん中に飛んでくる猛禽類がいるの
か。すぐさま、鳥類図鑑で調べてみた。図鑑では、あの鳥の特徴に一番近
そうなのがチゴハヤブサだ。チョーゲンボーにも似ている。がっしりした
脚はチゴハヤブサに近い。だが、喉元の羽毛が白くなっている。あの鳥の
喉元は美しい白黒模様だった。喉から胸にかけての羽の色合いを重視すれ
ば、チョーゲンボーだということになる。都会に飛来する猛禽類で調べる
とツミが浮上した。いろいろ考え合わせると、どうもこれが一番正解に近
いようだ。

いずれにしても彼は人間の家の庭で、人間が見ている前で、素早く狩りを
し、見事に獲物を仕とめてみせた。

犠牲になったのは、雀にしては大きく、鳩にしては小さい鳥だった。とな
れば、いつも果物をついばみに来るひよ鳥が捕まったのだろうか。

ひよ鳥は庭の常連だ。常に1羽で飛んできて雀たちの上に君臨する。尾長
やカラスの前では早々に退散するが、自分の体の3分の1程の雀なら、どれ
だけいても1羽で追い散らす。

その日もひよ鳥は事件の起きる少し前まで、池で水浴びをしていた。ひよ
鳥は頭から水に飛び込んで水浴びをするおかしなところがある。彼はその
日も雀たちを追い散らしていた。

「また小さな雀を苛めてる」──そう思いながらも、私は、庭の果物をつい
ばむひよ鳥の姿を愛でていたのだ。それなのに彼はもういない。とても悲
しかった。だが、これは自然の摂理だ。私は原稿に戻った。

こうして締め切りを終えてふと見ると、柿の木の枝にひよ鳥が1羽止まっ
ているではないか。帰ってきたのか!いや違うだろう。あれだけがっしり
掴まれて逃れられるはずがない。ならば、一体このひよ鳥は、どのひよ鳥
なのだろうか。
『週刊ダイヤモンド』 2018年1月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1216 


◆王岐山、湖南省で「潜水艦」的浮上

宮崎 正弘

平成30年(2018)1月30日(火曜日)通巻第5600号  特大号

 王岐山、湖南省で「潜水艦」的浮上
  全人代湖南省代表選挙第2位、3月の全人代で「国家副主席」へ

1月29日に開催された湖南省全人代において、王岐山(前政治局常務委
員)が高得票で選出され(博訊新聞は第2位と報道)、中国のメディアが
特大で報じた。

 王岐山は「ミスター消防夫」という渾名が示すように、危機管理に卓越
したリーダーシップを発揮する。
 SARS騒ぎの時は北京市長のリリーフに送り込まれ、動揺を防いだ。

 習近平政権の発足とともに、反腐敗キャンペーンのトップとして、「虎
も蠅も」をスローガンに軍トップから大物政治家まで、大幹部だけでも数
百名を取り調べて失脚させ、その辣腕は国民から拍手喝采、軍からは恨み
骨髄、党幹部からは煙たい存在というより恐怖と尊敬が掻き混ざった雰囲
気の中で迎えられた。

 三月の全人代では国家機構の役職人事があり、国家主席は習近平、国務
院総理は李克強は動かないが、注目をあつめてきたのは「国家副主席」の
ポストだった。

 第十九回中国共産党大会では定年制に従い、王岐山(69歳)の引退は
決まった。王は政界から引退するとされた。直後から王岐山の親戚筋が深
いコネクションがあるとされた海航集団の経営が躓きはじめ、この事象が
同時並行したため、王岐山が返り咲くのは難しいのではないかと北京の情
報筋が囁き合った。

 湖南省の全人代で王岐山の潜水艦的浮上があったため、やはり定年に拘
らない国家機構人事では、王岐山が国家副主席に選ばれる道筋が示された
ことになる。
            
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 

 不都合な真実を伝えず、偏った事実を選別し印象操作に加担
  彼らは「考えることが嫌い」か、その能力がない左翼が「リベラル」
を名乗っている

  ♪
岩田温『「リベラル」という病』(彩図社)
@@@@@@@@@@@@@@@@

 副題が「奇怪すぎる日本型反知性主義」とある。
 保守論壇の若き旗手、岩田温氏の新作は「リベラル」を名乗る(左翼の
仮面だが)、おかしな人々を俎上にのせて、知的に大胆に、しかし冷静に
斬ってのける。その刀裁きが新鮮なのだ。

反知性主義とは指摘する必要もなく、インテリジェンスがないか、イデ
オロギーに凝り固まって視野狭窄に陥った思考能力の低い人々をさす。
日本では本来のリベラルとは異なった「リベラル」を名乗る人に、反知性
主義があてはまる。この点ではアメリカにおける反知性主義とは異なる
(詳しくは評者の『トランプ熱狂、アメリカの反知性主義』、海竜社を参
照)。

アメリカの保守系の人々の集まりに行くと「リベラル」というのは左翼
という意味でしかなく、アメリカの左翼は、そう呼ばれることを嫌って
「進歩主義者」と自称する。
 岩田氏はこう言う。
 
「全く現実を無視したような奇怪な言説を展開する人々がリベラルを自
称することに強い憤りを感じている」。彼らには「顕著な特徴がある。そ
れは現実を見つめようとはせず、愚かな観念論に固執することだ」。
かれらは冷静な議論を避ける特徴がある。そのうえ、「自分たちの虚構、
妄想の世界を否定するような冷静で論理的な批判に対して、正面から返答
することができないから、『リベラル』は大袈裟な表現で国民を脅す」の
である。

平和憲法を改正すれば戦争になるとか、第九条を替えると徴兵制になる
とか、こうなるとアジテーションいがいの何物でもない。

東京新聞、朝日新聞などの奇怪な論調を批判するに次いで、ブンカジン
批判に転じて、岩田氏は加藤典洋、内田樹、白井聡ら『ガラパゴス左翼』
を徹底的に批判している。あいにく評者(宮崎)は、この3人の著作を読
んだことがない。読むに値しないだろうし、時間がもったいないですから。

その「ガラパゴス左翼」の典型が池上彰であるという。

この名前、記憶がある。子供がまだ小さかった頃、「こどもニュースの司
会者」だったはずだ。

その池上氏が、つねに中立を装いつつ、よくよく行間も吟味してみると、
氏は明らかに左翼である。真実に言及しないのは、「不勉強であるがゆ
え」か、それとも「不誠実であるがゆえに言及がないのか」。

池上氏が一見して国際情勢を深いような分析をして「情報通」などと左翼
メディアから褒められても、本当の知識人は池上氏の「本性」を見抜いて
いる。

彼は「偏った本ばかり読んでしまった」がゆえに知性にかける言説を 吐
き続けるわけである。

「要するに、池上氏は虚偽を伝えることはしないが、きわめて巧妙に多数
事実の中から、自分にとって都合の良い事実を選別し、視聴者への印象操
作を行って」いるのだ。つまり、池上は「視聴者を知らず知らずのうちに
左へと牽引するガイド」というのが正体である、と筆法鋭く偽ブンガジン
の正体を暴く。

まことに威勢の良い、文章も若い書物である。

     
 

◆リベラルという痴呆/狂気

“シーチン”修一 2.0

【措置入院」精神病棟の日々(86)】櫻井よしこ先生の論稿を初めて読ん
だのは1995年の薬害エイズ問題あたりだったと思う。著書は「何があって
も大丈夫」「日本が犯した七つの大罪」を読んだが、「何があっても大丈
夫」は「ああ、この母にしてこの娘あり、すごいお母さんだなあ」と大い
に感動し、「日本が犯した七つの大罪」では「人斬り以蔵もかくや」とい
うほど悪党を情け容赦なく斬りまくっていた。大勲位・中曽根もズタズタ。

「そこまでやらんでもええやろに・・・」と気の弱い小生は思ったが、写
真でご尊顔を拝すると大層な別嬪で、才色兼備とはこういうものか、いい
なあ、お近づきになりたいなあと夢を見たものだ。

その後、TVで加藤“チャイナスクール”紘一を「天皇を政治利用したのはあ
なたじゃないですか」と半白眼の凄い目つきで睨みつけ、そこには心底キ
ツーイ侮蔑が込められており、加藤はひたすらオタオタして一言も言い返
せなかった。TV観戦ながら小生も怖かった。加藤は間もなく儚くなった。

氏は豪州の記者と結婚したが、多分この記者も最後には凄い目つきで睨ま
れたのではないか。

昔から「頭のいい女には男が5人10人がかりでも勝てない」というが、氏
はその代表格かもしれない。「君は人殺しを好んでいるように見える。改
めた方がいい」と勝海舟が用心棒の岡田以蔵をたしなめると、以蔵曰く
「でも先生、私がいなかったら先生の頭と胴はとっくの昔に離れてます
ぜ」。「さすがの俺もこれには反論できなかったよ」と海舟は苦笑してい
る。海舟は愛嬌があり、ゆるキャラ的なところが好かれるのだろう。

着物を着てもびしっと決める櫻井先生は以蔵のようで怖いなあ、容赦しな
いなあと小生は知って淡い恋の夢は朝露と消えてしまったのは残念だが、
あの超弩級の「視殺」には小生は耐えられずに即死しそうだ。

安部譲二の府中刑務所体験記にオカマの喧嘩が紹介されているが、力は男
並み、容赦なしのシツコサは女並みで、凄絶なものになるそうだ。才媛は
怖い。櫻井先生は元ニュースキャスター、これがホンマのアナ恐ろしや。

先生はそっと距離を置いて見るのがいいのだろう、触ると1万ボルトで死
んでしまう。曽野綾子先生も怒ったら大層怖そうだ。真っ黒、精悍な犬ボ
クサーに睨みつけられ、ウーっと唸られたら皆フリーズしてしまうだろう。

相手に恐怖感を与えるような論客は男にはいない。せいぜい柴犬で、唸っ
たり吠えたりはしても噛みつくことはあまりないだろう。もしかしたら商
売としての右、あるいは左というのもありそうだ。

朝日/産経から稿料を貰っているのなら朝日/産経に迎合する記事を書く
し、たまたま米国大使館から仕事を貰った小生は「アメリカ人はいい奴
だ」と急に親米になった。「個々の米国人が悪党というわけじゃない
し・・・」なんて理屈を言いながら・・・結構男は(多分女も)空気次第
で「昨日日の丸、今日赤旗」になりやすい(その逆もある)。

ま、人間というか男というか、動物も基本的にはそういうものかもしれ
ず、兼好法師も「ものをくれる人はいい人だ」と書いている。「節操がな
い」と言われればそうかも知れないが、節操でメシが食えるわけじゃない
し、嫁さんも持てない。時流が右なら右へ、左なら左へと行くのが凡夫凡
婦、群を作る動物で、孤高を保つのはなかなかできることではないだろ
う。メシの食い上げ、餓死する。

右の連中は、人間の不確かさ、「下部構造が上部構造を規定する」とか、
「哀しくも人間はメシファースト」を知っているが、左の連中はそれを知
らない、知りたくないだろう、リアルとはかけ離れた「お花畑の地球市
民」的夢しか見ていない。この辺りが先進国でのリベラル≒アカモドキの
退潮になっているのではないか。自己中でボヤボヤしているとノックアウ
トを食らうぜよ。

発狂亭“必殺ラリアット”雀庵の病棟日記から。

【2016/11/24】木曜日、雪。山麓は雪国みたいに美しい。

*今朝の産経「だからリベラルは嫌」(加納宏幸記者)は面白かった。口
先でキレイゴトを言うが、オバマやメルケルのように国家を棄損する。リ
ベラルは宗教のようなもので、棄教は難しいから、論稿で理路整然と叩き
まくり、選挙で落としていくしかない。あと10年もすればリベラルは少な
くとも先進国からは消えるのではないか。

カトリックも中絶と離婚に寛容にならざるを得まい。イスラム教は相変わ
らず殺し合っているだろうが、石油市場が低迷を続けそうだから政治的な
影響力はかなり小さくなっているに違いない。

儒教朱子学は相変わらず中韓北を拘束しているが、教義は民の統治にはす
こぶる有効だが、頑迷固陋のガチガチズムはイノベーションにすこぶる不
向きである。完全に行き詰まるだろう。

英仏、さらに日清戦争に敗れた支那は、その反省から明治維新の支那版で
ある洋務運動を始めたが、拙速で混乱し、結局保守派=西太后派に潰され
てしまった。

世界は、というか先進国は今、第4次産業革命=インダストリー4.0(情報
通信技術、AIなど)に取り組んでいるが、支那にはインターネットさえな
い。国内だけの検閲付き“インナーネット”だけだ。人民は世界の情報から
遮断されている。

支那、朝鮮は基本的に強者が弱者を支配する1000年前からの朱子学のまま
だ。ロシアも似たようなものだが、いずれも民主、自由、人権、法治とは
無縁の世界で、有能な人材はどんどん逃げだしている。弱体化は免れない。

習近平は「マルクス主義を学べ、俺の言葉を暗記しろ」と、完全に時代錯
誤に陥っている。滑稽を通り越して痴呆、狂気、やがて要介護5になるだ
ろう。

日本の場合は、改革を唱えるのが保守派、既成秩序維持を唱えるのがアカ
という、実に不思議なことになっている。保守派が旧態依然のアカずーっ
と前に追い越してしまったのだ。先頭グループからアカは後れを取り、も
う追いつけない。アカは消滅するだろう(修一:隠れ革マルの立憲民主党
を含めてアカの未来はない)。

*長興寺蔵の「織田信長像」は優しげな美男で、巷間に伝えられる残虐、
過酷のイメージとはまったくそぐわない。天安門の毛沢東像も1949年の建
国以降だけでも4000万人を殺した独裁者とは思えない。

プーチンやドゥテルテは人殺しの人相をしているし、トランプはそつのな
い、狡猾かつ有能な実業家の顔をしている。トランプは選挙中はタフガイ
を演じていたのだろう。

中共の公式見解では毛沢東は「貢献7割、誤り3割」で、それ以上の詮索を
禁止している。まったくの善人もまったくの悪人もいないのなら、英雄偉
人も善悪は7:3、8:2あたりかもしれない。

(修一:「織田が搗き 羽柴が捏ねし 天下餅 一人食らうは 徳川家
康」といった狂歌があるが、座布団5枚だな)

英雄の自宅での姿、たとえば褌一丁で夕涼みとか、それを間近に見ている
下男にすれば「下男の目に英雄なし」となるのだろう。

小生は5:5あたりと思うのだが、Kによると4:6だそうだ。

【12/1】木曜日、微雨→まあまあの晴。

*産経のチラシに「神奈川県営水道 さがみの水」という広報誌が入って
おり、日々、150超の項目で水質検査をしているそうだ。

<採取してきた水道水を職員自らの鼻や口で確かめることも欠かせませ
ん。どこの原水か、どこの浄水場の水道水かを匂いと味で特定できるベテ
ラン職員もいるほどです>

カリスマだな。江戸時代からの技能の積み重ねが安心、安全な水を作って
いる。

フランスに初めて行ったとき、上半身デブ、下半身ヤセの老人が多いの
で、ガイドに尋ねたら「水道水に石灰分が多いので、ああいう体形にな
る」とのこと。それを避けるためにボトル入りの水を買っているわけだ。

水道水をそのまま飲める国は世界200か国のうち、ほんの一握りだ(修
一:15か国ほど。インフラを造り、維持するよりもペットボトル入りを
買った方がコストが低い、という事情の国もあるとか)。山紫水明の国に
生まれてよかった。(つづく)2018/1/20

◆極東情勢を見据えた訪韓決断

                              杉浦 正章

 米WHからの働きかけも考慮
 
「恨」を背景に“ちゃぶ台返し”の文
 
首相訪韓に否定的であったお膝元の官邸の思いと安倍は、180度違う決断である。安倍が9日のオリンピック開会式に出席の方針を明らかにした。韓国大統領文在寅にとっては思わぬ順風が吹いたことになる。文は日米中露の「周辺4強国」に出席を求めたが、米中露はトップが出席しないため、安倍の訪韓でメンツが立つからだ。日韓関係のみならず、日米関係にとってもプラスになる。しかし、安倍にとって注意が必要なのは、保守系の支持者のコアの部分を毀損しかねない要素があることだ。

自民党合同部会は反対が圧倒的で、賛成の声はゼロ。首相就任以来始めて“反乱”が起きたことになる。一般議員らは、その判断において、幹事長ら幹部と大きな温度差を見せている。リスクをとる訪韓自体も、首脳会談の重要ポイントでは事実上の平行線に終わる公算が高く、場合によっては訪韓の意義を問われる。安倍にしてみれば「虎穴に入らずんば虎児を得ず」の心境だろうが、韓国の虎穴に虎児はいるかと言えば、見つけるのは難しい。「寅」はいる。


まず、訪問される側の韓国の新聞論調は歓迎一色かといえば、むしろ裏を読んで懐疑的だ。中央日報は24日、「安倍首相が平昌行きを決めるうえでの最後の障害物は、自身を支持する保守層の強い反対論だったはずだ。

24日の朝刊で安倍首相の平昌行きを報じたのは保守系の産経新聞と読売新聞だけだった。その中でも特に産経新聞のインタビューを通じて自身の決断を詳しく明らかにしたことについては、保守層の支持者に向けて一種の説得を試みたと解釈出来る」と分析。朝鮮日報も「安倍首相が述べたように、文大統領との会談で慰安婦合意をめぐる韓国政府の新方針に抗議することで韓日関係が今以上に悪化するのか、または関係改善の糸口となるのか」と懐疑的だ。
 
たしかに、安倍は「会談で言うべきことはいう」旨宣言している。その言うべきこととは、「慰安婦問題をめぐる日韓合意について韓国が一方的にさらなる措置を求めることは受け入れることはできない。」である。また、在ソウル日本大使館前の慰安婦像撤去についても「当然強く主張することになる」としている。日本国民としては当然支持するだろう。しかし、韓国民はその民族的な性格の根底に「恨(はん)」というゆがんだ感情をもっており、周辺の大国よりおおらかではない。従って首相発言がこの反日感情をかき立てる側面は否定出来ない。

韓国紙も手ぐすね引いて待ち構えており、安倍発言は、感情的な反発を煽る可能性がある。それをすり抜けるのはラクダを針の糸に通すほどむづかしい。知恵の出しどころだ。
 
安倍が決断に至った、重要な要素はトランプからの働きかけがあったとされる。トランプ周辺から、「アメリカは副大統領を出席させる。安倍さんも出席して韓国大統領を北になびかせないように一緒に警告と説得をしようとの話があった。」という事のようだ。日韓のみならず、日米関係も視野に入れた決断であった。背景には極東情勢全般を見据えた総合判断があったような気がする。
 
しかし、安倍が訪韓して何を言おうと、朴槿恵との間でかわした日韓合意順守の線にまで文が戻ることはないかもしれない。「最終的不可逆的合意」などは文にしてみればどこ吹く風だ。文の新方針は、日韓合意には内容及び手続き面で重大な欠陥があるとして、「日韓合意では問題の解決がなされない」との立場だ。ただ「日韓合意は公式な合意だった事実は否定できない」として日本政府に合意の再交渉を求めないとししつつ、慰安婦の尊厳の回復や心の傷を癒す努力を続けることを日本政府に要求している。

さらに日本政府が支払った10億円は韓国政府の予算から充当するという。施しは受けないというわけだ。文は「日本が心をこめて謝罪してこそ被害者も日本を許すことができ、それが完全な慰安婦問題の解決だと思う」と述べている。要するに日韓合意をちゃぶ台返しして、またも「謝れ」と言っているのだ。
 
このスタンスは文の支持率が73%と高い最大の要素となっており、安倍の訪韓で、方針を変えることはあり得ない。これは、文が確信犯的な左翼思想の持ち主であり、北との和解で、日米韓連携にあえてひびを入らせている事実から見ても分かる。したがって両者の会談は平行線をたどる可能性が高い。韓国側からすれば安倍の訪韓が韓日関係正常化の証拠となり、国内的にもプラスの要素が多い。
 
ただし、両者共、首脳会談を失敗に終わらせる印象となることは避けるだろう。その打開策としては日韓首脳の対話の継続だろう。既に両者は昨年7月の会談で相互にトップが訪問するシャトル外交を決め、最初は文が同年中に訪日することになっていた。にもかかわらず安倍訪韓が先行するのは文にとっても悪い気はしまい。日韓シャトル外交は2004年7月の済州島を手始めに始まったが、中断している。今度は文に訪日の時期を明示させることが肝要だ。

さらに安倍は、文を北朝鮮への傾斜から日米韓の連携に戻したいのだろう。内容はともかく「連携重視」といった“合い言葉”ではまとまるだろう。
 
皮肉なことに韓国側は、安倍が産経に開会式出席を表明した23日に、女性家族部長官の鄭鉉栢が「慰安婦合意」によって組織された「和解・癒やし財団」を年内に解散させ、「慰安婦歴史館」を発足させる方針を表明するなど、政府レベルでの反日行動を維持する方針を明らかにしている。これを知っていたら安倍は訪問をちゅうちょしたかも知れない。官邸の情報収集機能の問題でもある。要するに一筋縄ではいかないのだ。

こうした状況を自民党の一般議員らは、親韓の二階ら幹部と異なりよく理解しており、24日に開いた「日本の名誉と信頼を回復するための特命委員会」と外交部会の合同会議では、五輪開会式への安倍の出席について反対意見が噴出した。

席者からは「国民の多くが慎重論なのに首相が訪韓すると、国民の支持が離れていく」との発言が出された。確かに、安倍の支持率にとっては訪韓はマイナスに作用するだろう。保守層のコアの部分の神経を逆なでする可能性が高いからだ。さらに部会では「訪韓の成果が見込まれない。国民を説得できない」との声が上がったが、これももっともだ。安倍の文への大接近を選挙民に説得する事は難しい。「政治利用されるだけだ」との認識も説得力がある。

出席した約40人から訪韓を支持する意見は出なかった。安倍は二階や公明党の訪韓論に惑わされて、一般議員らの慎重論を見逃していることになる。官邸は今後一般議員との接触を密にして、説得に力を傾注すべきだろう。


2018年01月30日

◆「反NATO」のゼマン氏が再選

宮崎 正弘

平成30年(2018)1月29日(月曜日)通巻第5599号  

チェコ大統領に「反移民」、「反EU」、「反NATO」のゼマン氏が再選
  中欧に政治の地殻変動が始まっている。

チェコは、もともとドイツ経済圏だが、移民問題がもつれた。

ゼマン大統領は移民流入阻止を謳い、国境にバリケードを築いて流入を阻
止した。またEU、NATOへの加盟継続をよしとするか、否かを国民投
票で問うとして大統領選挙を戦い抜き、51・8%の得票を得た。

野党候補は48・2%と接戦だった。次の問題はドイツと同様に野党と「連
立」が組めるか、どうかにある。

ゼマン政権に協力姿勢を強めているのは日系人オカムラ・トミオで、彼が
率いる政党(「自由と直接民主党」)は22議席を占める(チェコ議会の定
員は200)。そのうえオカムラはゼマン再選に協力したうえ、フランスの
ルペン、オランドのワイルダーら保守系政治家をプラハに一堂にあつめて
決起集会的な国際会議を主催した。

ゼマンはプーチンを称賛している政治家でもあるが、72歳。大酒飲み、愛
煙家。

この結果に不愉快な顔をしたのはメルケル独首相だが、総選挙後3ヶ月し
てもまだ連立政権を組めないという国内政治状況のため発言を控えた。

チェコの北側に控えるのはポーランドが揉めている。
 
ポーランドは連帯のワレサが大統領となって以来、自由主義を選択してき
たが、少数政党乱立時代を経て、最近は保守系の「法と正義」党が第1党
となった。チェコと同様に、ポーランドはNATOのメンバーだが「ユー
ロ」には加わらず、しかしチェコと異なるのは、ポーランドは反ロシア、
親米である。トランプはすでにワルシャワを訪問し演説している。

じつは英国へ100万人のポーランド人が移民したが、逆にウクライナから
百万人がポーランドに職を求めてやってきた。ややこしい。

あまつさえポーランドでは、いまアウシェビッツ収容所問題、すなわち実
際のホロコーストは過剰なプロパガンダであり、真実の歴史を知ろうとい
う「歴史戦」が開始されており、国会は人数への疑問などを言うと五年以
下の懲役とするという法律を通したばかりだが、国民の声は別のところに
あるようだ。

真っ先にポーランド批判に立ち上がったのは、もちろんイスラエルであ
り、独メルケル首相もポーランドの動きには批判的だ。

          
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 

 キルケゴールに触発され、スペイン独自の宗教文化、神秘主義を背景に 
  実存主義の魁となった思想家ウナムーノが甦った

 ♪
佐々木孝著、執行草舟監修『情熱の哲学』(法政大学出版会)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

日本でももっとも有名なスペインの哲学者といえば、オルテガ・イ・ガ
ゼットだろう。なにしろ西部遭氏の著作には必ずオルテガからの引用が
あった。

ミゲル・デ・ウナムーノは同世代人、オルテガに少なからぬ影響を与え、
また与えられた。ウナムーノはサラマンカ大学総長に36歳の若さで就任
し、数年後には突然解任され、六年間外国で亡命生活を余儀なくされた。
帰国後は大統領に擬せられたこともあるほどに、その影響力は甚大だった。

彼が生涯かけて挑んだ作品の一つがドンキホーテの思想的解明だった。
 ウナムーノは思想家であり、同時に詩人であり、作家でもあった。
生きることの意味、死ぬことの意味、燃えさかる魂とは何かを追求し、西
洋の思想界に巨大な足跡を残した。

著者の佐々木孝氏はムナムーノの思想的背景をこう説かれる。

「現代のわれわれは、理性を神として崇めたりはしない。また、合理的で
あることが必ずしも人間を真の幸福に導くものでないことも承知してい
る。いくたびかの苦い経験によって、人類はコント流の楽観主義がまやか
しであり、理性神の支配する楽園がユートピアであることも知っている。

しかしそのかつての理性崇拝から無数の『小さな神』が誕生し、それらが
われわれの日常をいかに不自由に縛っていることか。『小さな神』とは、
たとえばスピード、能率、効率、利潤など人間を時間性あるいは彼岸性に
縛り付ける卑小な神々である」(13p)

いきなり現代文明批判、本来の思考を喪失した現代人の知性批判から始まる。

ウナムーノは「民族のうちに眠っている無意識的なるもの、内――歴史的な
るものは言語のうちに具体化され、そしてその民族の意識された理念は文
学のなかに具現されると考える」

だから彼はセルバンテスのドンキホーテの考察に立ち向かったのだ。


ウナムーノはデンマークの思想家キルケゴールの哲学に惹かれた。
 
2人は「キリスト教が形骸化して、ほとんど死に瀕していることを認めな
いではいられなかった。人間は神との直接的、個別的繋がりを回復しなけ
ればならない。かくしてキルケゴールは、硬化したデンマーク教会を激し
く糾弾する」(81p)。

なぜなら神は検証される対象ではなく、心に感じられるもの、である。
 「キルケゴールは、生暖かい遵奉主義よりもむしろ熱情的な異端を選ぶ
ことで、また苦しい自己探求の道を進むことで、何よりも、危険を内包す
る新約のあの根源的反抗精神とはまったく対蹠的な惰弱な精神を弾劾する
ことで、ウナムーノの精神的先達であった」のである。

つまりスペインのニヒリズムとは「激しい精神の運動であり、燃え上がる
魂のダイナミズムである」

ニーチェは一世代前の人だが、まだこの時代、欧州ではまっとうに評価さ
れていない。

正統と異端を峻別する一点は「教会への恭順と従順の拒否」であるとウナ
ムーノは『生粋主義をめぐって』に書いた。

ドンキホーテの哲学とは「存在することは存在することを欲することであ
る」。

これを佐々木氏は「生は夢もしくは現実ごときものである。そして今まさ
に過去の薄明のなかに消失してゆくその現在の瞬間を、絶えず超え出るこ
とによって生は成り立つ。すなわち存在は、現実的にあることではなく、
あり続けようと欲することなのだ」と言う。


ウナムーノは『生の悲劇的感情』のなかで書いた。

「夢見るのだ。生を夢見るのである。なぜなら人生は夢だからだ」と。
 本書にはスペイン独特の歴史と宗教の神秘主義思想、そして伝統主義と
は一線を画した生粋主義などの説明が縷々なされているが、ウナムーノ哲
学の神髄は、難しく考えるとややこしくなり、つまりは情熱への希求、本
書の題名にある『情熱の哲学』なのである。

ことしは日本とスペインの外交関係樹立150年、またウナムーノが総長を
つとめたサラマンカ大学創立800年を記念したイベントが行われるが、本
書は、その記念事業の一環でもある。

    
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 

「腐敗した儒者」と呼ぶべきは左翼だと西部氏は言う。そうしたニッポン
ジンの夥しきは、「グローバリズム」とか「規制撤廃」とかの怪しげな米
国製思想に洗脳されたからである。 

  ♪
西部遭『どんな左翼にもいささかも同意できない18の理由』(幻戯書房)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

「快刀乱麻を斬る」というより「『妖刀』乱麻を斬る」ですかね。いささ
か長い題名だが、中味はまさに腐敗儒者=左翼への挑戦状である。
 基本的に左翼は思考停止の愚か者が多いという指摘は正確ではないのか。
 
文中に出でてくる、その豊饒な語彙力と多彩な比喩力による辛辣批評を展
開させて、この人の右に出る批評家はいない。言葉の原義、その語彙の魔
力と同一視反応、その魅力と愚かさと明瞭に提示する。そしてそれを悪用
するのが左翼だ。

極左のノーム・チョムスキーが唱えた「一般意味論」は逆説的に言えば、
言葉によっていかに相手を騙すかのテクニックである。

そもそも「冷戦」に勝ったのは自由陣営ではなかったのか。マルクスも
レーニンも毛沢東も思想的には死滅したのではないのか。

それなのに冷戦終結以後も、日本ばかりか欧米でも、左翼の天下が続き、
政治はマヒし、マスコミは依然として左翼に乗っ取られ、経済はグローバ
リズムに逃げ 込んだ左翼の跳梁跋扈、文化は怪しげな国際主義とやらに
おかされて、日本人は脳幹をおかされ、日本の政治も経済も本当におかし
くなった。西部氏はあえて 「日本人」と述べず、本書では「ニッポンジ
ン」と意図的に表現している。

じつは西部氏の前作『金銭の咄噺』(NTT出版)をようやく読み終えて
ホッとしたのも束の間、早くも西部氏は新作を出された。前者は金銭と無
縁の人生を淡々と振り返る西部氏の心的風景の切なさが、いかにも私小説
的であったため、読むのに時間を要した。人生の総決算のように思えた。
こうした物語を しんみりと読むのが好きである。

本書は心的風景はそのまま、舞台は日米関係を視座にした哲学風景である。

ともかく冷戦以後も敗北を続けるのは保守陣営ではないのか?その貧困な
思想状況に切れ味の良い、正宗ならぬ面妖な日本刀をひっさげて、西部さ
んは果てしなきサヨク病原菌に挑む。

「反左翼を名乗るものがむしろ多数となっている、という時代認識は完全
に狂っている」とまず西部氏は挑戦的言辞を駆使しつつ独自の分析をする。

つまり「反左翼は、左翼のアンチテーゼを述べ立てているに過ぎません。
自称左翼の空疎な理想主義が無視している事実を、フェクチュアリズム
(事実主義)とでも名付けるべき無思想ぶりで、丹念に列挙しているだけ
なのが反左翼です」(41p)。

シュペングラーが『中世の秋』で言ったように「文明の秋から冬にかけて
流行るのは『新技術への異常な関心』と『新宗教への異様な熱狂』だとい
いました。今見られるのは『テクノロジズム』(技術主義)というカルト
(邪教)の大流行なのです」(220p)

 ▼IT革命は左翼の逃げ場所だったか

そして「左翼が、個人主義はと社会主義派とにかかわらずIT革命に簡単
に飛びついて、いったのは専門主義における合理への過剰なり歪曲なり
が、テクノロジ ズム(技術主義)に、テクノマニアック(発明狂)に、
そしてテクノカルト(技術邪教)にまでおちたことの現れ」であるとい
う。(248p)

だから構造改革とか規制撤廃とか、アメリカから価値観をごり押しされ
て、見るも無惨な非日本化のために執念を燃やした現代の政治家と官僚と
マスコミは、 「数百年、数千年の歴史を持つ日本国家を、大して知識も
経験も能力もない」人たちがムードに便乗して破壊した結果であり、「日
本および日本国家がアメリカ から受け取った構造改革のイメージは、さ
すがアメリカの属国、もっと(悪い意味で)理想主義的なものでした。
 
『日本的なるもの』のすべてを、つまり経済における(談合を含めた)日
本的経営法、政治における(派閥をはじめとする)政党間協調体制や(天
下りを含む) 政官癒着(というより政官協調)、社会・文化における地
域共同体保存のための規制体系や地域間格差是正のための所得再分配など
を一掃せよと叫ばれたのです。それが規制撤廃の運動でした」(63p)
 さらに西部氏は強調する。

「その造反を自由や平等の価値によって正当化しようとするのは『弱者の
ルサンチマン』(ニーチェ)に他なら」ず(中略)「自由、平等、友愛、
合理といった 価値で偽装すると、やがて、責任なき自由が拡がって放縦
放埒な社会となり、平等が行きすぎて能力や努力と関係なしに分配が平準
化され、友愛のキレイゴトが まき散らかされて偽善的な世論が幅を利か
し、合理のみが追求されて技術主義が蔓延します。こういう価値の堕落に
深入りするにつれ、日本に限らず世界中の左 翼陣営はイデオロギーとし
ての力を失っ」た(80p)。

戦後欺瞞の最大のものは第一に生命尊重主義という欺瞞だとする西部氏は
続ける。

「自由平等友愛合理の理想が次第に色褪せ、その理想喪失の空虚感を埋め
ようとして、生命尊重が理想の玉座に押し上げられた」。

かくして「腐儒としての左翼思想が身に染みついたニッポンジンがわんさ
かいて、日本の国語を穢し壊しすてている」(258p)のである。

    
        (この書評は小誌2012年12月からの再録です)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 1695回】         
――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(2)
  内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

                 ▽

「支那でやる立憲政治はどういうものであるか、支那人はそういう細かい
考えはない」。「ただ立憲政治をやりさえすれば国が盛んになると思って
おる」。だが「立憲政治が順当に行われる基礎」である「中等階級の健全
ということ」に彼らは考えを及ぼさないというのが、内藤の主張である。

 振り返れば?小平が「4つの現代化」――工業、農業、国防、科学技術
――を掲げて対外開放に踏み切った際、先ず目指したのは重厚長大産業だっ
た。その象徴ともいえる上海の宝山製鉄所を建設するに当たって、当時の
世界最先端技術を駆使した新日鉄の君津製鉄所級の施設を日本側に求めた
と聞く。いわば世界最先端技術を取り入れさえすれば、君津製鉄所を同じ
ような質と量の鋼鉄が生み出されると考えたわけだろう。

ここで内藤の考えを援用するなら、当時の中国のレベルで動かす製鉄所は
どういうものであるか、中国人はそういう細かい考えはなかった。ただ世
界最高レベルの製鉄所さえ建設すれば君津並みの最高品質の鉄鋼を大量に
生産できると思っておった。だが最先端技術を駆使した製鉄所を十全に稼
働させるためには、「中等階級の健全」、つまりは一定レベルの科学技術
と民度が不可欠だった。にもかかわらず?小平以下の当時の共産党首脳
は、なにがなんでも君津級の最新製鉄所を求めた――となろうか。

当時を思い出せば、たしか京都大学で国際政治学者を講じていた高坂正堯
が近代化とは、技術もさることながら、その近代化を支えるヒト(ノーハ
ウ)が必要不可欠と説き、?小平が性急に進めた近代化を戒めていたと記
憶する。

そういえばアヘン戦争敗北後、清国指導層と知識人は敗北の原因を清国の
貧しさと弱さに求め、かくて富強を目指すことになったが、最初に思いつ
いたのが「中体西用」策だった。中華の理念は正しい(中体)。ただ西洋
の近代的な機器(西用)――具体的には西洋の兵器に敗れただけ。

だから、「中体」に「西用」を組み合わせれば、蛮族に近い西洋列強に敗
れるわけがない。「中体」は絶対的に正しいのだから、と考えた。そこで
西洋の最新兵器(西用)をセッセと取り入れ第2次アヘン戦争(アロー号
事件)となるわけだが、敢え無くもイギリス・フランス軍に惨敗を喫して
しまう。

かくて次に考え付いた富強策が「洋務運動」ではなかったか。つまり機器
というハード面のみを取り入れてもダメ。やはりハードを支える社会の仕
組みと人材を養成することが肝要だというわけで、近代的な兵器工場を作
り、翻訳体制を整え西洋から最新技術を導入し、軍隊の近代化を図り、多
くの留学生を送り出した。

この時、彼らを多くアメリカが受け入れたことから、中国社会に親米感情
が根付く。同時並行的にアメリカが意図的に大量の宣教師を送り込んだこ
とも、親米感情の涵養に大いに与ったといえる。

たとえばルーズベルト大統領の母方の実家は対中貿易(アヘン?)で財を
成し、第2次大戦後のアメリカにおける一貫して主導したJ・K・フェアバ
ンクは父親が宣教師だったことから幼少時を中国で過ごしているはずだ。

孫文夫人の宋慶齢や蒋介石夫人の宋美齢の父親である宋嘉樹(チャーリー
宋)はアメリカ人宣教師の知遇を得て留学し、メソジスト派宣教師として
帰国した後、聖書印刷を手始めに財を成していった。

このように、中国の親米感情はアメリカにおける親中感情と共鳴し、現在
につながり、米中関係の底流に一貫していることを忘れるべきではないだ
ろう。

本題に戻る。

かく「洋務運動」に励んだわけだが、また戦争して敗北を喫した。然も相
手が日本であるから、さぞや愕然としたはず。

そこで彼らは敗北の要因を、日本にありながら清国に備わっていないもの
――憲法と議会、つまり立憲主義に求めたのである。《QED》
        
  


◆「軍事同盟」で退陣した内閣

渡部 亮次郎

若い頃、NHK記者として4年間駐在した岩手県には、後に総理大臣になる
鈴木善幸(ぜんこう)のほか小沢佐重喜(さえき)、椎名悦三郎ら、錚々
たる政治家がいた。言うまでも無く佐重喜は小沢一郎の父、椎名は副総裁
として田中角栄の後継首相に三木武夫を推して大失敗した。

そうした中で目立つようで目立たなかった男が鈴木善幸だった。三陸沿岸
の漁民の出。はじめは日本社会党から代議士になったが、間違いに気付い
て保守党に鞍替え、とうとう自民党総裁、総理大臣になった。

だが日米安保条約の何たるかも知らずに過ごし、自民党内のバランスに
のっていただけだったので総理大臣にまつり上げられたものの、「能力不
足」を晒して途中退陣した。

日本大百科全書(小学館)にはこう書かれている。

<国内では自民党の絶対多数を背景に、軍事力増強、実質的な靖国(やす
くに)神社公式参拝、参議院の比例代表制導入、人事院勧告凍結を実現し
た>。


鈴木善幸内閣]は1980(昭和55)年7月成立した。前任の大平正芳が総選挙
中、糖尿病の合併症たる心筋梗塞で急死したところ、「闇将軍」といわれ
て評判の悪かった田中角栄が裏で動いて、突如、鈴木善幸を後任として指
名した。私はその現場に居合わせた。

昭和55(1980)年6月12日未明、大平が死んだ。それに先立って、ホテルに
いた私に園田直(当時は無役)から電話。「大平さんが亡くなったらしい、
調べてくれ」で確認。弔問の為、虎ノ門病院で落ち合う。

彼も当時、糖尿病が悪化。減量の為服用していた利尿剤が効き過ぎてゲッ
ソリしていたので、マスコミの目を引いたことを覚えている。

病室から出てきた園田。車に乗ると「ナベしゃん、これからどうした方が
いいかな」。すかさず「目白へ行きましょう」「そうだワシもそう考えて
いた」。

角栄は先に弔問から戻っていたが、客は園田がその朝は初めてだった。約
1時間して出てきた園田。車中「善幸に決まった」と。「それは妥当なと
ころでしょう。大平派の後継者でもあるし」と私。

大平の死で有権者の同情は自民党に集まって総選挙は、大勝。分裂寸前
だった自民党を結束させ、抗争なしで鈴木政権は成立したのだった。

<「増税なき財政再建」を公約とし、1981年3月には臨時行政調査会を設
置し行政改革を最大の課題とした>。

9月になって厚生大臣齋藤邦吉の不正献金がばれて辞職。その後任に園田
が推されたのは、多分に角栄の押しがあったと思われた。

<1981年1月鈴木首相が東南アジア諸国を歴訪、5月には日米首脳会談を開
き日米「同盟関係」を明記し、西側陣営の一員としてアメリカの対ソ戦略
に協力していく姿勢を明らかにした>。

しかし鈴木首相は首脳会談では、そんなことは話題にならなかったと一旦
は否定。共同声明から軍事同盟云々を消そうとした。日米の首脳が会談す
るという事は要するに日米安保体制を確認し、軍事同盟を再確認する事だ
という外交上の初歩的知識に首相は欠けていたのだ。

この混乱で鈴木首相は党内で孤立感を深めた。同一派閥であった外相伊東
正義が辞任した後を埋めるのに、厚生大臣のピンチヒッターだった園田を
またピンチヒッターにした。

しかし、園田は糖尿病が悪化。外遊しても飛行機から車まで歩けない場面
がしばしばとなった。マニラではとうとう日米首脳会談の共同声明なんて
どうでもいい軽い問題でしかない、といった趣旨の問題発言をして政権の
足を引っ張った。

事後になって鈴木は日米首脳会談について「オレは踊り(外交)の素人なん
だから、手ぶり身振りの最後まで教えないと踊れないよ。教えない外務省
が悪い」といった。外務省側は「初歩知識をお教えするのは失礼に当る
か、と」。

政治における知識や情報の扱い方はビジネスの世界とまるで異なる。ビジ
ネス界は「儲け」で一丸となっているが、政治の世界では役人と政治家の
間に抗争が隠されていたり、遠慮がはさまれたりして要は単純ではない。

しかし1982年6月2兆円以上の歳入欠陥が明らかとなって「増税なき財政再
建」は破綻し、行政改革も自民党・官僚の抵抗で後退を余儀なくされた。

さらに日米経済摩擦、日韓経済協力、教科書記述に対するアジア各国から
の批判といった難問を適切に処理できず、内外ともに手詰まりの状態のな
か、1982年10月12日突如退陣を表明した。

鈴木政治は難問を先送りにして解決を図るといった消極的姿勢を特徴とし
ていた。また党幹事長に二階堂進を起用するなど田中角栄の影響力を強く
受け「角影内閣」との異名をとった。>
日本大百科全書(小学館) (文中敬称略) 2010・4・4




◆「措置入院」 精神病棟の日々(84)

“シーチン”修一 2.0

前回、資産家の「ウメダのオジサン」の話を書いたが、わが街の大地主た
ちが皆「苦虫を嚙み潰したような」顔つきをしている理由が「ははーん、
そうだったのか」と合点がいった。

つまり彼らは、細切れで貸した土地をいつかは返して欲しいのだが、借地
人は「お貸し下され」で、返却するつもりなんてまったくないのだ。昭和
30年(1955)、今から60余年も前にわが家はこの街に越してきたのだが、
駅前は畑と原っぱで、店は米屋、豆腐屋、菓子屋、文房具屋、駅の売店し
かなく、民家がぽつぽつあるくらいだった。

新築のわが家は桃畑の中で、秋にはガチャガチャなどの虫の声が大きく、
母は「うるさくて眠れない」とこぼしていたものである。

土地は溢れるほどあり、地主=農家は「キャッシュが入るのなら」と、ま
ともな賃貸借契約書などを交わすことなく、細切れで安く貸したのだ。敗
戦からまだたったの10年で、借りてくれるのなら御の字、という時代だった。

(わが街は昭和初期(1930年頃)に国鉄の旅客駅ができたことで発展の芽
が吹き始めたのだが、祖父などが「無償で土地を提供するから」と誘致し
たのである。それから半世紀余を過ぎて国鉄が民営化された折(1987
年)、駅前広場の所有者が祖父たちの名儀のままになっていたのでひと悶
着あった。昔は土地取引ものんびりしていたのだ。境界線の杭なんて「♪
おら、見たことねえ」。)

1960年あたりから経済成長が始まり、1964年の東京五輪特需で高度経済成
長に火がついた感じだった。わが街では東名高速建設で農地が高額で買収
されたことで街の経済が一気に加速された。首都圏の郊外は多分そんな風
にして発展していったに違いない。

農林水産業などの第一次産業しかなかったところに、アパート、工場、戸
建てなどがどんどんできていった。農家は大小あれど地主になっていった
のだ。そして今はバブルの時のようにすさまじいほどの勢いで大きなマン
ションが生まれている。

今、祖父から数えると2代目(80歳代)、3代目(70〜60歳代)、4代目
(60歳未満)の時代で、大地主は細切れで貸し出した土地を一つにまとめ
てビルを建てたいから、きっちりと賃貸借契約を交わしたいのだが、借地
人は「契約書を作れば返済期日が明記されるから嫌だ」とまったく話に乗
らないし、会計士や税理士は「出て行ってもらうには土地代と同額の補償
金を払わないと、まず無理ですね」と言うから、地主たちはウーンとう
なって、苦虫顔になるのである。

小生はミニ地主でもあるが、借地人に契約書を作りましょうと声をかけた
が「なしのつぶて」。借地人は東京工大出の国交省官僚、その兄貴は弁護
士、小生がいくらワーワーやったところで勝てるわけがない。今の法律は
借りた者勝ちなのだ。小生が何十年も世話になっている税理士も「出て
行ってもらうには結構なカネがかかりますから・・・」と、暗喩で「諦め
なさい」という顔つきだ。

地方を含めて全国の駅前はそんな事情で、地主は動きたくても動けず、借
地人は跡継ぎもなく、シャッター通りと化し、権利関係がすっきりしてい
る郊外には大型店舗ができ、駅前はますます閑散としていくという、どう
しようもない状況だろう。

今さら駅前再開発を叫んだところで、車の普及もあって消費者の動線は郊
外の大型店舗に向かっているのだから、もう駅前の賑わいなんてとても取
り戻せやしない。第一、跡継ぎがいないのだからどうしようもない。

♪白樺 青空 南風 こぶし咲く あの丘 北国の ああ北国の春

それは大層美しいだろうが、都会に出た人々にとって故郷はもはやとっく
に「遠くにありて思うもの」なのだ。山本夏彦翁曰く「なったらなった
で、ならなかった昔には戻れない」。

戦後の農業政策は独立自営農家の発展を基礎にしていたが、企業が農業分
野にどしどし進出しない限り地方はひたすら寂れるばかりだろう。AI、ロ
ボットなどが発展するからそれほどの雇用にはならないだろうが、優秀な
若者が地元にとどまる可能性はある。あるいは「地方でやってみよう」と
いう若者が都会から来るかもしれない。

何かをやるには狂気じみた信念と行動力が必要で、お行儀のよい政治家や
官僚ではできない。「あんたは個人農家を殺す気か!?」と非難されても
「そうだ、お前ら死ね、死屍累々の中から日本の新しい農業が生まれるの
だ」と強引に事を進めるリーダーが求められている。

反原発で頭がおかしくなっている純ちゃんみたいなキャラ、HISの澤田と
かSBの孫、ユニクロの柳井・・・トランプやプーチン、高杉晋作、西郷
翁、大村益次郎、後藤新平みたいな剛腕、鉄腕、辣腕、泣く子も黙る士、
非常のときの非常の人、泣いて馬謖を斬るくらいの非情の人でないと地方
再生、郊外の街の発展などはできないだろう。

まずは東北全体を農業特区にしてはどうだろう。

ま、以上はキチ〇イの思い付きで、日本の農業どころか自分自身のことさ
え持て余しているのだ。まったくウンザリするほど悩ましい。晴れたり
曇ったりで躁鬱を繰り返す発狂亭“揺れまくり”雀庵の病棟日記から。

【2017/1/28】土曜日、快晴。

*9:50〜10:50、山すそを多分、最後の散歩。二度と入院したくない。
酒を止め続けるしかない。一升瓶換算で6000本飲んだのだから「もういい
や」と思う一方で、「せめてコップ1杯ぐらいなら」と思う心もある。こ
の1杯が命取りになるのだが、「分かっちゃいるけどやめられない」のが
人間であり、煩悩だから、よほど気張らないと悲惨な晩年になる。これは
確かだ。

あな怖ろしや、一度アル中、一生アル中、今が年貢の納め時だが・・・
「別れても好きな人」ああ・・・未練タラタラ・・・

散歩の山中でオレンジ色のベストを着た老人2人と出会い、話を聞いたと
ころ、この辺は猿の被害が多く、「今の時期は大根や白菜がやられる」と
のこと。

――猟友会では撃たないんですか?

「同じヒト目だし、昔から猿は物語にもいっぱい登場するし・・・桃太郎
の鬼退治とか・・・身近過ぎるので猟友会は昔から猿を撃たないよ、嫌がる」

――この冬は秋からのいい天気が続いているから、山にはエサが十分あるん
じゃないですか?

「ドングリや椎の実なんかエサになるものは、天気が良ければ豊作という
わけではなく、波があるのよ。それに猿はゴミをあさって『人間の残飯は
旨い』と知っちゃったから山から下りてくる」

――どうやって駆除するんですか?

「捕まえた猿は発信機をつけて放してあり、群が麓に近づくのが分かるよ
うにしている。近づかないようにパンパンパンと音を立てて追い返すわけ
だ、云々」

猿蟹合戦ならぬ猿ヒト合戦だ。猿は生き残りと子育てで必死。猿が増えす
ぎたというのは人の勝手過ぎるだろうが、食物連鎖で言えば、猿を食べな
かったのは正しかったのかどうか。

猿を食べる民族はそこそこあるだろう。支那では脳ミソを食べるし、南シ
ナ海あたりの島民はカレーなどにして猿肉を珍味として食べるとか。「猿
の丸焼きにはさすがに手が出なかった」という話を読んだことがあるが、
形が人に似すぎているからだろう。

アマゾン流域では昔(1960年頃)は猿を見つけるとやたらと銃撃したが、
これは害獣駆除のためで、つまり人間と猿は縄張りを争っているわけだ。

今は寿司や刺身は世界中へ広まりつつあるが、40年前は米国でもそれは少
数派のセレブに“ヘルシー”と支持されていたものの、一般には敬遠されて
いた。その頃西海岸の人から「ウナギはどんな味か?」と聞かれたことが
ある。ウナギ≒ヘビ≒ゲテモノと思われていたようだが、今やかば焼きは世
界中に広まりつつあるのではないか(修一:アナゴのように主に寿司ネタ
として普及)。

*13:00、K来、退院手続きで会計や薬をもらったり、Dr.、ケースワー
カー、ナースからアドバイスを受けたりしてようやく15:00退院、病院発。

ここまでは良かったが、車内でKはノンストップであーだこーだ言うの
で、「脳ミソが回復していないので今は考えられない」と答えたら静かに
してくれた。

海老名SAで小休止し16:10、帰宅。3か月ぶりで、まるで他人の家みた
い。小生の隠居所になった3Fの15畳間はきれいに片付いており、PCは使え
るようになっていた。「頂門」渡部氏と学友のSAM、先輩のTOMYから安否
を問うメールが来ていたので退院を伝えた。

どっさりの洗濯物を洗って干し、ボーゼンとして過ごした。

【1/29】日曜日、快晴。わが部屋は隠居所、避難所、隠れ家、引きこもり
部屋というよりもリトリート、リゾートと考えた方がいいだろう。荷物を
整理したり、部屋を使い勝手がいいようにしたり、散歩したり。

散歩中に「責めるより 許す心と 思いやり」というスローガンを見つけ
た。「うん、その通りだ」と思ったが、これは非行少年/触法少年の再生
を願うスローガンで、非行老人向けではなかった。小生は見捨てられては
いないから大いに恵まれているのだろうが、これからのことはどうなるの
か、全然分からない。

夕食は退院祝いで孫・子も集合し、オデン、稲荷寿司、刺身、サラダな
ど。Dr.、カウンセラーの教えに従って謝罪と感謝の挨拶をすると、皆は
納得したようだ。退院時にナースの“女帝”が「女はね、文書で書いても通
じないの。言葉で言わなきゃダメよ」と言っていたが、その通りで、皆は
小生の挨拶にうなづいていた。何か嫌な予感が・・・

【1/30】月曜日、快晴。夕べは就寝中に下痢、パッドをしていたので良
かったが、体調は相変わらずパッとしない。

心の整理がつかず、入院中の書類、メモ、日記類を整理する。近く「頂
門」渡部氏に新シリーズの掲載をお願いしよう。
・・・

<読者諸兄姉の皆さまへ>

本シリーズの第1章「病棟編」はこれでひとまず終わりです。一般的には
見聞する機会のない精神病棟での日々をざっくりスケッチしただけのもの
ですが、「ふーん、こんなものか」と分かってもらえれば幸甚です。

今年も大学センター試験が終わりましたが、早朝に17歳の青年が病棟から
試験会場へ向かっていました。小生はほぼなすべきことは終え、今はロス
タイム消化状態ですが、青年はこれからの人です。精神病が残酷なのは完
治しないことです。いつ再発症するか分からない。大丈夫だと思っている
と道が陥没して転落したりする・・・患者の多くはいつも不安に思ってい
るでしょう。

再入院する人は70%ほどではないかと思います。早い人は1か月で出戻
り、3か月、6か月で戻る人は珍しくありません。患者は「また来たよ」と
躁状態の人(働き盛り、40前後の男が多い)もおり、知り合いと久闊を叙
したり、わが家(落ち着ける場所)に帰ってきて安心しているような感じ
の人もいますが、大体は「また来てしまった」と、自信喪失でしおれてい
る人が、特に年配の女性には目立ちます。

ナースも「また来たの!?」という顔つき、雰囲気で、「こんなに悪化す
る前に外来で治療しなけりゃダメよ」などと言いつつ、なんとなく「もう
しょうがないわね」と結構優しく受け入れています。

市民社会、さらに家族から見離される患者は多いでしょう。身体障碍者へ
の社会的理解は進んでいるようですが、精神障碍者/患者へのそれはあま
り進んではいないようです。小生には静かな環境、作業療法、臨床心理士
によるカウンセリング、薬がとても有効ですが、“見えない病気”なので
「これぞ」という治療法や社会的受け皿は進んでいないように思われます。

作業療法では、軽度の言語・知的障碍の山下清画伯が得意とした「ちぎり
紙細工」がとても人気のようで、毎月、グループで大作を発表、展示して
います。ビックリするほどの芸術作品もあり、なぜだろうと考えたのです
が、貼り絵/油絵は「やり直しが効く」のです。人生はやり直しがなかな
かできない。それを癒すために患者は貼り絵/油絵に没頭するのかもしれ
ない。ゴッホが自死の1年前あたりから膨大な作品を描いたのはそういう
ことだったのかなあなどと思っています。

次回から本シリーズは第2章「政治経済社会編」になり、病棟で考えたそ
の分野のことを綴っていきたいと思います。テーマの多くは産経新聞に刺
激されたもので、ちょうどトランプ氏が大統領に選出される時期を挟んで
いますので、書いていてとても興奮しました。結構、普遍的な「正論」で
はないかと自分では思っていますが、他者から見れば「キチ〇イの妄想」
かもしれません。

英キャメロン、仏オランドが消え、独メルケルは失速、習近平は軍を掌握
できずイライラ状態・・・歴史の大きな転換点を実感します。

引き続きお目通しをお願い申し上げます。(つづく)2018/1/19

◆名所旧跡だより 住友活機園(滋賀県大津市)

石田岳彦

お久しぶりです。
滋賀県大津市石山に「住友活機園」という施設があります。重要文化財に指定されたお屋敷とその庭園で、毎年5月ころに2日ほど一般に特別公開されている他は、住友グループの社員しか見学できません。

しかも、この特別公開も事前に往復はがきで申し込む必要があり、かつ定員を超過すれば、抽選となります。実際には毎年定員を超過するので、毎年抽選です。

私の場合、最初の申し込みは抽選で外れ、翌年は当選したものの、妻の体調不良で行けず(号泣。冗談抜きに妻と一緒に寝込みました。)、数年の前の春、3度目の正直で見学の機会を得ました。今回はその際の話です。

京阪電鉄石山坂本線の東側の終点である石山寺駅から、来し方に向かって5分ほど歩き、新幹線の高架をくぐって、すぐ左側に高い塀で囲まれた森が見えてきます。

苔生した石段を登り、門で見学証(当選を伝える往復はがき)を示して中へ。
入って早々、鬱蒼と葉の茂った木の枝が歩道に垂れかかって、緑の幕のようになっています。

このような演出なのでしょうか。それとも雨で濡れて重くなり、垂れてきたのでしょうか(そう、せっかくの3年越しだというのに見事な雨です。)。坂道を蛇行し、左側に池を見下ろしつつ進んでいくとやがて2階建ての洋館が見えてきます。


洋館の外壁の下半分は鱗のような板で飾られています。
鱗といえば、神戸市北野の異人館街にも「鱗の館」というのがありますが、石製のスレートで葺かれた「鱗の館」と異なり、こちらの洋館の鱗は木製なので、「鱗の館」に比べて、見た目にも柔らかな雰囲気です。

洋館の左隣には和館も見えます。明治のころのお屋敷には洋館と和館を併設したものが少なくありません。

洋館で公務或いはビジネス関係の客と会い、プライベートな時間は和館で過ごすという使い分けになります。まだまだ、西洋風の生活様式になじめない人が多く、和館の方がくつろげたということでしょう。明治天皇もプライベートな時間は服装その他で和風を好んだという話です。

この屋敷自体は基本的に隠居所なのですが、住友財閥の元・総理事(住友財閥の筆頭番頭。住友家が王家で、総理事が首相というイメージでよいでしょうか。)ともなると、隠居先にもそれなりにグループ各社の幹部がやってきたのでしょう。

遅くなりましたが、この屋敷の本来の主は、伊庭貞剛(いば・ていごう)といい、上記のように住友財閥で総理事を務めたという超大物財界人です。

貞剛が晩年、故郷、滋賀の地(もっとも、大津市ではなく、現在の近江八幡市の出身のようですが)に建てた隠居所がこの屋敷であり、現在は住友グループの研修施設となっています。

見学者は我々の他、30人弱のようです。このグループで屋敷を見学して回ることになります。(やや記憶が曖昧になっていますが)一日3グループほどで、2日間ですから、特別公開に参加できるのは1年で180人くらいでしょうか(30人×3回×2日)。

一般的な旅行ガイドにはまず記載がないし、滋賀県内でも一般的な知名度が高いとは言い難いのですが、(人のことは言えませんが)世の中には結構マニアックな人が多いです。

案内の方の話によると、例年10倍近い抽選になるところ、今年は東日本大震災後の自粛ムードもあってか、応募数がかなり低く、競争率は2倍程度にとどまったとのこと。

「皆さん運が良いです。」というのが締めくくりの言葉でしたが、「空気の読めない野郎共(の中で相対的にくじ運のよい者)が集まった」と聞こえてしまうのは被害妄想でしょうか。

それはさておき、屋敷の中に入りましょう。
洋館と和館の間は廊下で繋がっていて、中央に玄関があり、そこでスリッパに履き替えて、まず、洋館に進みます。残念ながら室内撮影禁止のため、画像はありません。

壁紙は真っ白、階段も(彫刻はされているものの)白木のままで飾り金具も無い、シャンデリアもシンプル。実に装飾控え目の上品な雰囲気です。

貞剛が設計者に「清楚に」との注文を出していたとのこと。私のような小市民からすれば、洋館のお屋敷という時点で「豪華」と思えてしまうのですが、確かに、少なくとも派手ではありません。

窓ガラスに微妙に歪みがあり、外の光景が若干屈折して見えます。昔の製法で作成されているため、現在のガラスのように均一にはなっていないのです。

現代では再現が難しいとのことで、慣れてしまえば、この歪みも味があるように感じます。古い洋館に入る際には注意して見てください。

2階に登ると貞剛の事績に関するパネルが置かれています。案内の方が特に触れなかったので(奥ゆかしさというところでしょうか。)、自分で読むことにします。

貞剛は別子銅山(愛媛県)の経営の任にあたって成功を収めた人物であり、しかも、精錬場からの煙害を解決するため、これを四国本土から島に移し、或いは銅山開発によって荒れ果てた山に植林を実施した云々。

開発と環境保全の両立を目指す、この時代の人物としてはかなり先見的だったようです(足尾鉱毒事件の解決に尽力した田中正造が、別子銅山については賞賛していたとのこと。)。

大財閥のトップに立つ程の人物となれば、やはり、単に事業家として優秀なだけではなく、自分の哲学を持ち、社会に対して利益を還元できるようでなくてはいけないということでしょうか。なるほど。

廊下を渡って、和館に回ります。こちらは平屋です。



 素人の私には、それなりに広いものの一般的な和室に見えますが、案内の方によると、かなり珍奇で高価な木材を所々に使っているとのことで、幾つか、解説してくださいました。

説明されても素人の私には「そうなんだ。」としか思えませんが。
「分かる人だけ、分かってくれればよい」という、成金趣味とは対極的な趣向です。
 
奥の座敷の襖を開けたところ、暖炉が出てきたのは少々びっくりしました。

庭をのんびりと眺めていると、時々、轟音が響きます。実は、活機園の敷地に入る前から何度と無く響いているのですが。

上でも書きましたが、新幹線の高架橋が活機園の敷地のすぐ傍を通っている(というよりも、本来、新幹線の線路を含め、その向こう側まで活機園の敷地だったのが、新幹線を通す際に分断されてしまい、敷地面積が大幅に減少してしまったそうです。)ので、新幹線が通過する度、耳を劈く騒音が活機園の敷地全域に響き渡ります。

史跡の中にわざわざ新幹線を通さずともよかろうと思わなくもありませんが、「一般人の住宅を何棟も立ち退かせるより、本来の主を既に失った屋敷の広い敷地の一部を割く方がよい」という発想は民主国家としては、おそらく健全なものでしょうね。多分。

来年以降はおそらく競争率もいつもどおり高くなると思いますが、今回の記事を読んで興味を持たれた方は、今年4月ころに往復はがきを用意のうえ、住友活機園のホームページを覗いてみてください。(終)
                          <弁護士>

2018年01月29日

◆揺れる世界、トランプが地震源に

“シーチン”修一 2.0

【措置入院」精神病棟の日々(85)】<第2章:政治経済社会編>

1945年の第2次大戦後に始まった米国主導の「戦後体制」が揺るぎ続けて
いる。今の世界秩序は震度3は当たり前になった。冷戦時代のキューバ危
機は震度5弱、今の北の脅威は震度4強あたりか。

地震大国の日本では一応震度5強まで建物はもつようだが、自販機メー
カーによると「そこまでは転倒を防止できるようにしているが、震度6で
は建物自体がもたないから震度6以上の耐震対策はしていない」とのこ
と。ナルホド。

震度6ならかなりヤバイ、7では潰滅的のようである。関東大震災の体験
者によると、「つぶれた家から人を助け出すのに一番役立ったのは長い
バール、次いで大型のノコギリだった」と昔聞いた。木造家屋ならそれで
いいだろうが、5階建て、10階建て、15階建てなどのマンションがつぶれ
たらどうしようもない。

道路も橋も壊れており、自動車は路上に散乱しているから、消防車、救急
車、重機は動けない。ヘリコプターは校庭には降りられるだろうが、避難
民で混雑しているから、食糧などを上から落とすしかない。大津波がきた
ら日本の港を基地にする日米海軍は十分には動けない。滑走路もかなり傷
んでいるだろう。ヘリと歩兵しか頼りにならないのではないか。

ただ、大地震は地域が限られているから、日本が壊滅的被害に遭っても欧
米などから支援はあるだろうが、大型貨物機は着陸できないから空母にヘ
リを乗せて日本の港に近づき、そこからヘリを飛ばすのだろう。それは多
分震災から1か月後だろう。

中韓が自国の被害が軽微なら日本に救援隊、緊急物資を送ってくるだろ
う。中共は記念撮影してさっさと帰り、韓国は小田原評定で、「まず謝罪
しろ」「救援が先だ」と国論が二分して、日本に来たとしても早くて半年
後、恐らく次期大統領選で親日派が選ばれてからだから、数年後になるは
ずだ。被災地に慰安婦婦像を作って「チョッパリは心から謝罪し、拝むが
いい」と被災者を慰安してくれるかもしれない。ま、その頃まで韓国があ
るかどうかは不確かだが。

ISテロは中東とその周辺では震度5強あたりの大きな揺れだった。北の核
ミサイルの日本への脅威は震度5弱だが、いつ震度6になるか分からない。

普通の人は(小生のようなキチ〇イもいるが)地政学的な大地震に備える
べきだと思うが、野党の政治家は「自分がどうしたら選挙に勝って収入を
得られるか」が最大の関心事だから、中共同様に瓦礫を背景に写真を撮っ
て広報誌に載せ、「モリカケ」後のテーマを探し、安保法制廃止、改憲は
ダメと昔からのテーゼを繰り返すだけだろう。

野党がどんな国づくりをしたいのか、全然見えない。そもそも思想も理想
も何もないのだ。食欲、金銭欲、性欲だけ。

与党の公明党も怪しい。主力部隊の婦人部≒緑のオバサンは小池に恋して
しくじったが、信心に濁りがないから狸に騙されやすいのだ。リアルを見
ないで理想を夢見る。

公明党の幹部からすれば、こんな思いではないか。

すやすやと 腕を枕に 眠る君 いかにせんとや 党の行く末(修一)

かつて池田教と公明党の関係は「宗高政低」で、公明党議員は教徒から
「誰のお陰で議員になれたのか、お前のために教団があるんじゃない、教
団のためにお前がいるんだ!」と叱られてしおれていたものだが、どうも
最近は「政高宗低」になりつつあるような感じがする。先生がお隠れ遊ば
したからテンデバラバラになりかねない。

公明党の存在感を強化しないと少子高齢化で支持者は減るばかりで、自民
党のコバンザメでしかない。ぐずぐずしていると自民党から三行半を食ら
いかねない。緑のオバサンを覚醒させるためにどうするのか、「困ったな
あー」と思っている党幹部が結構いるんじゃないか。震度5レベルの
ショックを与えないと緑の葉は枯れて濡れ落ち葉になりかねない。

「うちを捨てんといて」

「捨てとうはないんやが・・・時代の変化に応じていくためにはわてらが
変わらんと、どないもならん。いつまでも平和平和とお題目を唱えても
“井戸を掘った人を忘れる”のが今の中共流やで、このままやったら永久に
支那では広宣流布はできんし、ましてや国立戒壇も夢のまた夢や・・・そ
の、なんやカメレオンみたいな緑のネッカチーフな、それを取って、まず
はリアルをよーく見てほしいねん。このままならじり貧やで、新聞配る人
もいなくなるで」

池田教・公明党幹部の男どもは優秀であればあるほど「変わらにゃなら
ん」と悩んでいるはずだ。彼らの初期設定は「巨大教団を利用して儲け
る」だから、必要なら外科手術もいとわない。おばはん、婦人部やゆうて
偉そうにやれた時代は終ったんやで。

本ブログ「政治経済社会編」では、リベラル≒アカモドキを挑発して、頭
を持ち上げたところを叩くのが主要な作戦だ。感情に流されずに冷静、冷
酷に卑怯で下劣なイイ子ブリッ子「吉野コペル君」的な党、議員、支持
者、前川のような「面従腹背」の下司をノックアウトしていきたい。

天気はイマイチだが、陰気な「病棟編」を終えて心は晴れ晴れの発狂亭
“バックドロップ”雀庵の病棟日記から。

【2016/11/11】金曜日、木枯らしの強い風、微雨、寒そう。

*「産経」によると米民主党支持者は通夜・告別式の様相とか。マネー
ゲームのインチキ野郎どもめ、ザマーミロだ。プアホワイトの怒りを知っ
たろう。

(修一:2016年11月8日、2016年アメリカ合衆国大統領選挙一般投票が行
われ、開票の結果、トランプは一部の州を除き、全米で過半数の選挙人を
獲得する見通しとなったため、第45代アメリカ合衆国大統領に就任するこ
とが確実となった/ウィキ)

安倍氏はちょっと前にヒラリー・クリントンとのみ面談し、外交的失策と
非難されたが、同時にトランプにも面談を申し入れていたが、会えなかっ
たものの側近とは会っていたそうな。安倍氏は近くトランプと会談する。

民主党/ヒラリー支持者はニューヨークで反トランプデモ&略奪をしたと
か。選挙で決まったことがデモでくつがえるはずもないのに、文句タラタ
ラ。「我々はトランプを受け入れない!」と負け犬の遠吠えをしている。
民主党の懲りない人々。なぜ敗けたのか、少しは考えるがいい。

【11/12】土曜日、快晴。

*産経1面トップは苦虫をかみつぶしたオバマとにこやかなトランプが握
手する写真を載せていた。歴史的写真になるだろう。中面ではリベラルの
米国メディアと世論調査機関のバカさ加減を伝えていた。

米国メディアは元々が民主党支持、応援団だから色眼鏡というバイアスが
かかっているので、真実、リアルが見えない。世論は電話調査であり、多
分、固定電話に出るのは年配女性で、当然ヒラリー支持だ。

他にもいろいろな要素があるが、上記2つの相乗効果で「ヒラリー圧勝」
という予測になったわけだ。全米の100紙中、ヒラリー支持は57紙、トラ
ンプ支持はたったの2紙だけだったとか。

日本の世論調査員は男の標本集めに四苦八苦しているが、米国でも同様だ
ろう。政治に絶望し、酒とクスリに逃避していたサイレントマジョリティ
のプアホワイトは、食うために昼間は働いている。彼らの声はついに世論
に反映されなかったというしかない。リアルを見ない、見えない、見たく
ないリベラルの大敗北である。日本もそうなる。

【11/13】日曜日。

*オバマの8年間が否定された。加瀬氏は「米国は対外的に伸びたり縮ん
だりのアコーディオンだ」と書いていたが、オバマのリバランス(アジア
重視)は結果的に何の効果もないどころか、中共の軍事的実効支配を進め
てしまうという失策になった。縮み、萎縮、引きこもりでは世界秩序は安
定しない。

【11/15】火曜日。

*米国選挙は「もしかしたら」が現実となった大サプライズだった。出口
調査で白人女性の53%がトランプ支持、非大卒白人女性に限ればトランプ
支持はヒラリーの倍だったという。胡散臭い民主党、ヒラリーに白人女性
もウンザリしていたのだろう。

【11/22】火曜日、快晴、ポカポカ陽気、朝方地震。

*このところ産経のネタはトランプとクネだ。クネは小生が論評するまで
もなく完全に死に体。韓国は次期大統領が誰になろうと経済は復活しない
だろう。遅ればせの「中進国の罠」だ。

トランプはビジネスマンだから、米国に利があればどんな政策でも進める
だろう。「米国益ファースト」だ。(つづく)2018/1/17

◆フィリピン国軍6個旅団が残留

宮崎 正弘

平成30年(2018)1月28日(日曜日)通巻第5598号  

 マラウィ制圧から弐ヶ月。フィリピン国軍6個旅団が残留
  ISのテロリストは何処へ去ったか? 住民の半分が復帰

 2017年10月23日、ドゥテルテ大統領はマラウィを訪れ、テロリストを退
治したと宣言した。「さぁ、復興を始めよう」。

マラウィはイスラム教徒の多い、ミンダナオの中央に位置する都市で、人
口は40 万だった。

IS系のマウテ集団がマラウィの主要な建物を占拠し、武装闘争を開始し
たため、政府軍、警察が動員され、半年にわたる戦闘がつづいた。ISは
「第二のシリア」を狙っていた。

武装グループ、政府軍兵士、警察、市民等およそ1800人が犠牲となり、街
の大半が廃墟と化した。

近郊へ逃れた避難民40万人、国際赤十字、ボランティア団体が救援活動に
従事したが、難民の多くはテント村、寝具もないので地べたに寝て暮らした。

制圧から2ヶ月を経て、現地入りした『ストレート・タイムズ』の記者
は、病院が再開され、大学キャンパスも平常に戻り、モスクでは人々が集
まり、タクシーが街を走っている様子を伝えた。

およそ20万人の市民は自宅に戻った。家財道具はあらかたが消えていて、
生活必需品が不足していた。金目の物はすべて盗まれていた。それでも自
宅が残っていた市民は幸いだった。

爆撃で廃墟と化した地区の住民は依然として難民キャンプで不自由な生活
を余儀なくされ、政府が呼びかける復興事業を待っている。

マラウィ復興には10億ドルが必要だが、貿易赤字、財政赤字に悩むフィリ
ピン政府には余裕もなく、長期間の事業展開になることが予想されている。

          
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 

 なぜ中国の民主化運動は分断されてしまったのか
  スパイの工作に免疫がなかったのか、それとも中国人のDNAか

  ♪
陳破空著、高口康太訳『カネとスパイとジャッキー・チェン』(ビジネス社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

天安門事件の時に学生指導者の一人だった著者は、2回の牢獄体験を経
て、米国へ渡った。ノーベル平和賞の劉暁波氏が獄中で死去したときは
ニューヨークで各派団体に呼びかけ追悼集会を開催した。陳氏の書籍は日
本でも相当数の翻訳が出たため、知っている読者もきっと多いだろう。
 この新作の題名はリズム感がある。

まるでジョン・ルカレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』
(邦訳は早川書房)のリズムを連想してしまった。

さて中国の民主化運動はどこへ消えたのか?

魏京生は、王丹と仲が悪く、口も聞かない間柄になっているという。些玲
はフォンドの経営者となって「天安門のマドンナ」の面影はなく、ひとり
気を吐くのは台湾で活躍するウアルカイシ(吾爾開希)だろうか。

1982年に「中国の春」を立ち上げ、世界三十数ヶ国の留学生を鼓舞して
ネットワークを短時日裡に組織し、海外にでた知識人、学生を糾合した
「中国民主党」の主席として活躍した王丙章博士は、囮捜査に引っかかっ
て、江西省チワン自治区で拘束され、無期懲役のまま監獄にある。オバマ
政権は、彼の釈放要求をしなかった。

1989年6月4日、天安門広場で沸騰した、あの中国人ヤング、知識人
らの民主化運動は、雲散霧消する運命に陥った。

なぜ、こうなったのか。

組織に潜り込んできた中国共産党のスパイ、党の命令による情報操作、裏
工作、謀略と罠によって組織は内紛状態に陥落し、裏切りが出る。まさに
孫文の辛亥革命前後と同じ、ま、これは中国人のDNAだろうけれど、み
ごとに民主化運動は分断されてしまったのだ。

 支持者のふりをして民主団体に入り込み、「そうしたスパイ達は、ただ
情報を収集するにとどまらない。海外民運内部の亀裂を作り出す。『離間
の計』をも仕掛けて。派閥を作り、別の派閥と争うように仕向けた」
(150p)

本書はこの裏工作の視点のほか、陳氏が独自に集めた極秘情報を駆使して
の習近平政権内部の動きを詳細に分析している。

特に「太子党の消滅」などという独自な分析は、日本のチャイナウォッ
チャーとはひと味もふた味も異なる。

もうひとつ、なぜジャッキー・チェンか?

彼はマーケットとして巨大な中国大陸を狙い、中国共産党とずるずると妥
協した信念のない俳優であり、香港では彼の名を口にすると軽蔑されると
いう。