2018年03月31日

◆安倍政権“イメージダウン作戦”は失速

                    杉浦 正章


森友問題は「幕引き」をはかれ 空振りの反安倍報道
 
事前の騒ぎばかりが大きくて、実際の結果が小さいことを大山鳴動ネズミ
一匹というが、証人喚問はそのネズミすら出なかった。パフォーマンス野
党の面目躍如というところか。

加えて朝日、TBS、テレ朝の3大反安倍報道機関も、煽りに煽ったが見事
空振りとなった。前国税庁長官佐川宣寿への喚問は、これを機会に安倍政
権を退陣に追い込もうとする野党の思惑がことごとく外れた。改竄(かい
ざん)の解明が進まない原因は、野党や一部マスコミが無理矢理安倍官邸
に改竄問題を直結させようと狙ったところにあり、それが挫折したという
ことだ。

共産党の小池晃書記局長は「証人喚問の意味がない。これ以上聞いても意
味がない」と声を荒らげたが、もともと意味のないものを、1日3億円と
いう膨大な国費を使って国会で取り上げることの愚かさをかみしめるべき
ではないか。

「意味がない」ことが分かっていながら喚問して人目を引く演技をするパ
フォーマンス自体が「意味がない」のだ。そもそも立憲民主、希望、民進
など6野党の議員はわざわざ大阪拘置所に出向き、詐欺罪で拘置中の「森
友学園」の前理事長、籠池泰典被告と接見、さも隠し球を入手したかのよ
うなそぶりを見せた。

しかし、質疑を見れば新味のある発言を聴取できなかっただけでなく、蟻
の一穴も開けられない体たらくであったことが分かる。刑事被告人とタッ
グを組む野党という“負のイメージ”が、これまたばかな民放テレビで度々
流布され、パフォーマンスしか行えない野党を露呈した。

筆者が予言したとおり、前国税庁長官佐川宣寿は野党の追及に「刑事訴追
の恐れのある話であるのでコメントを差し控える」との答弁に終始した。

トップバッター自民党の丸川珠代の質疑応答で全てを語り、以後のの質疑
はその繰り返しでしかなかった。佐川は丸川に、首相・安倍晋三や昭恵夫
人、今井秘書官らの関与については「一切ない」と明確に否定した。

さらに国有地の売却について安倍や昭恵の影響があったかどうかも「全く
ない」と全面否定した。「守りの決意」が相当のものであることを伺わせ
た。逆に「問題は理財局の中で対応した」とあくまで理財局トップとして
責任を負う姿勢を鮮明にさせた。

安倍は昨年2月から、森友学園への国有地売却に自らや昭恵夫人が関わっ
ていた場合、「政治家として責任を取る」と国会で答弁してきたが、佐川
の答弁は関わっていないことを裏付けるものだ。議院証言法に基づく答弁
は、虚偽の答弁をすれば偽証罪に問われるものであり、佐川にしても“命
がけ”の側面がある。

それにしても佐川は何も証言らしい証言をしなかったが、安倍らが関係し
ていないことだけは、ちゃっかりと答えた。その“度胸”は相当なものであ
る。丸川と佐川の質疑応答は実にスムーズであり、“出来レース”をうかが
わせるほどで、野党も質問したが、否定された。闇の中だ。

 勢い込んで質問に立った立憲民主党の福山哲郎は成果ゼロの結果につい
て「前から過剰期待はしないでくださいと言ってきた」と言い訳をした
が、後悔先に立たずとはまさにこのことであろう。人権上限界のある証人
喚問で突破口を開こうとする野党戦略は稚拙で当初から無理があったのだ。

野党はさらに昭恵を始め、夫人付職員谷査恵子、前理財局長迫田英典らの
喚問などを要求しているが、悪乗りもいいかげんにした方がよい。昭恵が
国有地の取引に直接関与していないことは明白であり、関与した証拠もな
い。真相は解明されたのであり、野党は改竄の核心には迫れなかったのだ。

つまらぬ偽疑惑で政権の足を引っ張るときではない。安倍政権イメージダ
ウン作戦は失敗したのだ。

改竄問題は財務省内の調査や大阪地検に委ねるべきであり、佐川が「当時
の担当局長として責任はひとえに私にある」と明白に発言している以上、
財務相麻生太郎の辞任問題も遠のいた。

自民党内は反安倍勢力萌芽の気配はあるが、石破茂や村上誠一郎、小泉進
次郎の反安倍3羽ガラスでは力量不足で政権を揺さぶるところまで仕掛け
を出来まい。折から北東アジア情勢は風雲急を告げており、安倍を外交に
専念させた方がよほど国益に資することは言うまでもない。もう森友問題
は「幕引き」をはかるべきだ。


◆9条の2加憲条文の熟議を

宝珠山  昇


3月25日、自民党の「自衛隊を明記する自民党案:改正案の軸となる執行
部案(以下「執行部案」という。)(注)が報道された。

この執行部案は、九条の規定と現実態の矛盾を解消し、自衛隊を正当に位
置づけるものとは評価し難いものである。

安倍総裁が期待した、国会の発議の可能性が見込めるたたき台とはなり難
いものであろう。むしろ、自衛隊加憲反対勢力の、疑心暗鬼を煽り、歩み
寄りを困難にし、反対勢力に塩を送るに等しいものとさえ思われるもので
ある。

(注)9条の2(新設):前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国
及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、その
ための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣
総理大臣を最高の指揮監督権とする自衛隊を保持する。 (2項 引用を
省略)

24 日の読売新聞の社説は「自民9条改憲案・明快な条文へ熟議が必要だ」
として、次の趣旨の懸念等を述べている。いずれも至当なものである。

△党内の一任を取り付けた細田博之本部長が、他党との協議で示すという
憲法改正推進本部執行部案は、次のような難題を孕んでいる。

(1) 戦力の不保持などを定める2項を残せば、自衛隊が「戦力」に当
たるのか、という長年の不毛な議論に終止符は打てないことが懸念される。

(2) 執行部案にある「自衛の措置」は、集団的自衛権の全面的な行使
を意味するのかどうか、今後、議論が続くだろう。

(3) 2項を削除し、「陸海空自衛隊」を保持するとの案は、「軍隊」
であるとの位置付けを明確にし、「戦力」との整合性は問われず、あいま
いさがない。一方、現行解釈の撤廃であり、防衛政策の全面的な転換と受
け取られかねない。国民の理解を得るのは容易ではないだろう。

このような意図や効果の異なる複数の9条改正案を、自民党が示せば、混
乱を招き、合意形成の妨げになりかねない。自民党案の一本化は欠かせな
い。自民党は分かりやすい条文案を早期にまとめ、国民の理解を得る努力
を尽くすべきだ。

各党は、(森友学園に関する決裁文書の書き換え問題等とは切り離し
て)9条に関する見解をまとめ、衆参両院の憲法審査会で、建設的な議論
を深めるべきだ。

執行部案が、自衛隊を「戦力」と認めないものであれば、「自衛隊を正当
に位置づける」ことにはなるまい。自衛隊は、戦力であってこそ「自衛の
措置をとるための実力組織」である。実態も、世界有数の通常兵器による
武力・実力組織、戦力として内外で認知されている。戦力として公認すべ
きである。

補足説明:言うまでもないことであるが、占領下の、昭和21年(1946
年)11月3日公布の憲法9条は、「国権の発動たる戦争と、武力による威
嚇又は武力の行使ができる陸海空軍その他の戦力の保持」と「交戦権」を
否認している。

しかし、これは、昭和27年(1952年)4月28日の対日講和・日米安保条約
の発効、極東委員会・対日理事会・GHQ廃止、即ち、占領状態が終わ
り、わが国が独立・主権を回復したことに伴い、憲法改正の手続きをとる
暇などがないまま、国権の最高機関の議決により実質的に改正されている。

現在の自衛隊は、国際法的には、憲法98条2項により「誠実に遵守するこ
とを必要とする」日米安全保障条約第3条の規定に従って「締約国は、個
別的に及び相互に協力して、継続的かつ効果的な自助及び相互援助によ
り、武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条
件として、維持し発展させ」てきたものである。

国内法的には、昭和29年(1954年)6月9日公布の防衛庁設置法及び自衛隊
法により、「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため直接侵略及
び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、
公共の秩序の維持に当たるもの」として、国力国情に応じ漸進的に、公然
に整備されてきたものである。

これらの歴史的事実は、自衛隊が、自衛権の武力による行使手段、戦力、
軍隊、交戦権を持つ主体として、内外において、六十余年にわたり認めら
れ続けている、合憲の実力組織、国際法上の軍隊であることを証明している。

安倍総裁が提案した「自衛隊加憲」の条文案は、これらの歴史的事実を、
これまでの憲法九条に関連する政府統一見解などを踏まえて、追認する、
素直に憲法の条文に移せば、前述の読売新聞社説が提示している懸念等は
解消ないし軽減できるはずである。

例えば、(執行部案の注釈的表現は避けて)、「9条の2 前条に規定す
る正義と秩序を基調とする国際平和が実現するまでは、前条の規定にかか
わらず、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つため必要最
小限の実力組織として、法律の定めるところにより(以下執行部案と同
じ)」などとすればよいはずである。

執行部案は、「必要最小限の実力組織」の表現は「理解しにくい」などと
し「自衛の措置をとる実力組織」の表現を選択しているという。しかし、
この方が、必要最小限よりはるかに質・量、行動ともに広い印象を持たれ
るもので、無用の誤解を招き、国民の合意を得られ難くするものと思われる。

防衛省(庁)・自衛隊は、「必要最小限」の用語の下で、六十余年にわた
り、安全保障環境の変転に対応しつつ、整備、充実されてきている。例え
ば、要撃戦闘機の「空中給油装置」を、戦闘行動範囲が必要最小限度を超
える恐れがあるなどとして一時期は撤去され、その後防衛環境の激化が進
むと、必要最小限の範囲内のものとして再装備されるなどして来ている。

必要最小限の用語は、関連する政府統一見解などの各所で使用され、定着
しているものであり、自衛隊の質、量、行動などを縛りすぎるもの等の懸
念は誤解に発するものである。

自衛権の行使は、国民の意思、保有する自衛力の質・量及び生存環境に
よって限界づけられるものである。国際社会もこれを必要最小限度に抑制
することを要請している。

国は、自衛権行使の必要最小限度を、常々論じて準備して行かなければな
らない。その判断を誤れば国を滅亡に導きかねない。

「自衛隊は憲法9条2項の戦力ではないのか」とか、「集団的自衛権の行
使は憲法違反ではないか」などと言った、憲法を守って国が亡びることも
厭わないに等しい、本末転倒した、国益・国防を軽視した、不毛・非生産
的な論議はやめるべきである。日本国民とその代表の良識は、自衛権の過
剰行使、乱用などを許容することはないと信じている。

時々の安全保障環境、国益等を踏まえ、「それは、自衛のための必要最小
限度のものであるか」を中心に、普通の国の防衛・安全保障論議ができる
環境を整えられる自衛隊加憲案が、提示され、速やかに実現することを希
求する。  (2018年3月28日 記)

〇以上の老生の呟きについてご興味をお持ちいただける方は、2017年6月
19日以降の「頂門の一針」、「国際平和戦略研究所」(CISS)のHP
の「提言」欄や、老生のHP[ 
http://natdef.exblog.jp ]の憲法改正の項などを参照いただければ幸い
です。また、これらは、これまでに掲載されたものと重複があることをお
許し願います。

◆慰安婦像を韓国のキャンペーン・レベルを超えて

宮崎 正弘


平成30年(2018年)3月27日(火曜日)弐 通巻第5647号 

慰安婦像を韓国のキャンペーン・レベルを超えて
  中国が情報戦の効果的武器として活用、「超限戦」の道具に

先月、マニラの幹線道路ロハス・ブルーバードの海岸沿いの遊歩道に、突
如建立された「慰安婦像」を撮影してきた。付近の散歩者や釣り人は誰一
人、その像が何を意味するかを知らなかった。

フィリピンは米軍によって四十万人が虐殺され、さらには韓国人がフィリ
ピン女性を騙して生ませた子供を放置し、大きな社会問題となっている。
 
そのフィリピンとほとんど関係のない「慰安婦像」を建てたのは華人グ
ループだが、かれらが北京とつながって国際的規模で謀略を展開している
と、アジアタイムズ(3月24日)に鋭い分析を寄稿したのはジェイソン・
モーガン麗澤大学準教授である。

モーガン準教授は早稲田大学に留学、日本史で博士号を持つ学究だが、次
の分析を続ける。

「中国の情報戦略の一環として、韓国がはじめた慰安婦像キャンペーン
を、韓国の思惑を超えて中国が国際的に展開する謀略に着手した。

韓国の動機は短絡的な『反日』で国民を糾合する手段でしかないが、中国
はこれを在外華僑の政治集団に指令し、カナダで、米国で反日キャンペー
ンを展開し、従来の国連での反日工作や東南アジアでの反日キャンペーン
から、さらに北米、とりわけリベラルの多い西海岸、反意地メディアが集
中する被害海岸で、南京問題の展示やら慰安婦問題でのキャンペーンを急
増させた」という。

目的は明らかである。

「中国がアメリカで慰安婦キャンペーンを展開するのは日米離間が戦略的
目的である」。

そうした背景を軽視して、徒らに、或いは感情的に中国を批判しても始ま
らない。謀略には謀略をもって対応するという戦略性が日本に求められて
いるのではないか。
      

◆木津川だより 高麗寺跡 A

白井繁夫


「史跡 高麗寺(こまでら)跡」は木津川の右岸の棚田の中(山城町上狛)で、建物がないためか、観光客も少なく、飛鳥時代に創建された国内最古の仏教寺院「飛鳥寺」と同笵の瓦が出土した国の史跡の古代寺院跡と思われずに千年の時が経って来たのです。

この高麗寺跡の第T期発掘調査(昭和13年)から第V期(平成22年度の第10次発掘調査)までの調査で出土した遺物や伽藍跡から皆様と高麗寺の建立の様子や歴史を観て行こうと思います。

高麗寺は渡来氏族の狛氏の氏寺として7世紀初(610年頃)には存在していただろうが、出土遺物などから、12世紀末から13世紀初期ごろに消滅したと推察されています。

高麗寺跡の出土遺物には金銅製の破風(はふ)拝み金具、円盤等の建造物の装飾金具、南
門の屋根の鴟尾や最古の築地塀などがあり、更に各時代を現す文様の瓦や三層基壇の講堂など高麗寺の伽藍は驚嘆するような荘厳さで、文明の先端を行く寺院と推察されます。

最初に年代を調べるために、高麗寺の出土遺物で数量が多くて比較的に年代を決めやすい文様瓦(軒丸瓦.軒平瓦)を中心に4期に分けた瓦から始めます。

T期の瓦 飛鳥時代の瓦(軒丸瓦:十葉素弁蓮華文じゅうようそべんれんげもん)
   
  日本最古の寺院「飛鳥寺」の創建時の瓦と同じ型で作られている。京都府下では当然
  最古の瓦ですが、高麗寺から4点しか出土していません。(飛鳥時代に瓦葺の建物が確実に存在していたのか?堂宇は萱葺だったのか?)

U期の瓦 白鳳時代の瓦(軒丸瓦:八葉複弁ふくべん蓮華文、軒平瓦:重弧じゅうこ文)
     川原寺式の瓦と同笵でもあり出土量が圧倒的に多種大量です。

  川原寺式の瓦:古代瓦では最も文様が華麗で日本各地に普及した。地域文化の指標にもなった瓦ですが、高麗寺の瓦は原初的な川原寺創建時と同じ型の瓦から始まり、さらに発展した瓦など多種類が出土しています。(高麗寺は660年頃本格的に造営された伽藍建築の寺院となったのです。)

(川原寺は天智天皇が母(斉明天皇)の冥福を祈るため建立した寺で、飛鳥4大寺の一つ、
 壬申の乱で勝利した天武天皇が崇敬していた寺院であり、天武天皇に味方した各地の豪
族に恩賜として瓦の使用許可が与えられました。山城国では南山城に集中しており、地方では尾張、美濃、伊勢などが特に多い。)

南山城:木津川市の古代寺院では高麗寺と蟹満寺が有名です。
(前代の古墳時代:各豪族は氏族の権威の象徴として大古墳を築きましたが、飛鳥時代以降は氏族の権威となるモニュメントが大寺院の建立に変化しました。)

壬申の乱では渡来氏族の狛氏一族が大海人皇子に味方して大変貢献したため、高麗寺が
最初に川原寺の創建時の瓦(同笵瓦)の使用許可を得たのです。その後、川原寺式瓦は
高麗寺を核として南山城の3郡にも広がりました。

「蟹満寺:国宝の白鳳仏が有名」から川原寺式瓦の破片が出土したことから、白鳳時代
末期(7世紀末から8世紀初)に創建されたと云われているのです。
蟹満寺は前代に平尾城山古墳.稲荷山古墳を築いた豪族の後裔氏族が建立したのでは?と云われています。

V期の瓦 奈良時代の瓦(軒丸瓦:蓮華文、軒平瓦:均整唐草文)平城宮式瓦や「中臣」
   と文字がある平瓦、恭仁宮式軒瓦など恭仁京造営時に製造した瓦も出土しました
が多種少量のため、高麗寺の修理用として八世紀に使用した瓦と思われます。

W期の瓦 平安時代前期の瓦(軒丸瓦:蓮華文、軒平瓦:唐草文)修理用に高麗寺独特の瓦が少量作られた。(この時代以降の瓦は出土していないので、高麗寺の大伽藍は平安時代以降修理など出来ずに荒廃にまかされたか? 法蓮寺の棟札では金堂などが室町時代まで存在していたようですが?)

高麗寺を軒瓦から観た場合、飛鳥時代(610年頃)萱葺の堂?が創建され、白鳳時代、
川原寺式に準じた七堂伽藍の本格的寺院の造営(7世紀後半)が施工され、法起寺式伽
藍建築へ繋がって行きました。

奈良時代(8世紀)に聖武天皇が恭仁京(木津川市)へ遷都(740年)して都城の造営
時には高麗寺も独特の瓦を作り、他寺院にも供給しました。

しかし、平安時代初期の修理用の瓦の出土が最後でそれ以降の瓦の出土は有りません。
瓦から調べた高麗寺の創建時期の推測や隆盛時代は分りますが、歴史(終焉)は何世紀
か判断は困難です。

瓦以外の出土遺物や伽藍跡の発掘調査、昭和13年の第T期からV期(平成22年の10
次調査)まで、から高麗寺の概要を視ようと思います。(つづく)

参考資料:山城町史 本文篇 山城町、
南山城の寺院.都城 京理セミナー資料No.0106−327
史跡 高麗寺跡 第10次発掘調査概報 木津川市教育委員会
   

2018年03月30日

◆安倍政権“イメージダウン作戦”は失速

杉浦 正章


森友問題は「幕引き」をはかれ 空振りの反安倍報道
 
事前の騒ぎばかりが大きくて、実際の結果が小さいことを大山鳴動ネズミ
一匹というが、証人喚問はそのネズミすら出なかった。パフォーマンス野
党の面目躍如というところか。

加えて朝日、TBS、テレ朝の3大反安倍報道機関も、煽りに煽ったが見事
空振りとなった。前国税庁長官佐川宣寿への喚問は、これを機会に安倍政
権を退陣に追い込もうとする野党の思惑がことごとく外れた。改竄(かい
ざん)の解明が進まない原因は、野党や一部マスコミが無理矢理安倍官邸
に改竄問題を直結させようと狙ったところにあり、それが挫折したという
ことだ。

共産党の小池晃書記局長は「証人喚問の意味がない。これ以上聞いても意
味がない」と声を荒らげたが、もともと意味のないものを、1日3億円と
いう膨大な国費を使って国会で取り上げることの愚かさをかみしめるべき
ではないか。

「意味がない」ことが分かっていながら喚問して人目を引く演技をするパ
フォーマンス自体が「意味がない」のだ。そもそも立憲民主、希望、民進
など6野党の議員はわざわざ大阪拘置所に出向き、詐欺罪で拘置中の「森
友学園」の前理事長、籠池泰典被告と接見、さも隠し球を入手したかのよ
うなそぶりを見せた。

しかし、質疑を見れば新味のある発言を聴取できなかっただけでなく、蟻
の一穴も開けられない体たらくであったことが分かる。刑事被告人とタッ
グを組む野党という“負のイメージ”が、これまたばかな民放テレビで度々
流布され、パフォーマンスしか行えない野党を露呈した。

筆者が予言したとおり、前国税庁長官佐川宣寿は野党の追及に「刑事訴追
の恐れのある話であるのでコメントを差し控える」との答弁に終始した。

トップバッター自民党の丸川珠代の質疑応答で全てを語り、以後のの質疑
はその繰り返しでしかなかった。佐川は丸川に、首相・安倍晋三や昭恵夫
人、今井秘書官らの関与については「一切ない」と明確に否定した。

さらに国有地の売却について安倍や昭恵の影響があったかどうかも「全く
ない」と全面否定した。「守りの決意」が相当のものであることを伺わせ
た。逆に「問題は理財局の中で対応した」とあくまで理財局トップとして
責任を負う姿勢を鮮明にさせた。

安倍は昨年2月から、森友学園への国有地売却に自らや昭恵夫人が関わっ
ていた場合、「政治家として責任を取る」と国会で答弁してきたが、佐川
の答弁は関わっていないことを裏付けるものだ。議院証言法に基づく答弁
は、虚偽の答弁をすれば偽証罪に問われるものであり、佐川にしても“命
がけ”の側面がある。

それにしても佐川は何も証言らしい証言をしなかったが、安倍らが関係し
ていないことだけは、ちゃっかりと答えた。その“度胸”は相当なものであ
る。丸川と佐川の質疑応答は実にスムーズであり、“出来レース”をうかが
わせるほどで、野党も質問したが、否定された。闇の中だ。

 勢い込んで質問に立った立憲民主党の福山哲郎は成果ゼロの結果につい
て「前から過剰期待はしないでくださいと言ってきた」と言い訳をした
が、後悔先に立たずとはまさにこのことであろう。人権上限界のある証人
喚問で突破口を開こうとする野党戦略は稚拙で当初から無理があったのだ。

野党はさらに昭恵を始め、夫人付職員谷査恵子、前理財局長迫田英典らの
喚問などを要求しているが、悪乗りもいいかげんにした方がよい。昭恵が
国有地の取引に直接関与していないことは明白であり、関与した証拠もな
い。真相は解明されたのであり、野党は改竄の核心には迫れなかったのだ。

つまらぬ偽疑惑で政権の足を引っ張るときではない。安倍政権イメージダ
ウン作戦は失敗したのだ。

改竄問題は財務省内の調査や大阪地検に委ねるべきであり、佐川が「当時
の担当局長として責任はひとえに私にある」と明白に発言している以上、
財務相麻生太郎の辞任問題も遠のいた。

自民党内は反安倍勢力萌芽の気配はあるが、石破茂や村上誠一郎、小泉進
次郎の反安倍3羽ガラスでは力量不足で政権を揺さぶるところまで仕掛け
を出来まい。折から北東アジア情勢は風雲急を告げており、安倍を外交に
専念させた方がよほど国益に資することは言うまでもない。もう森友問題
は「幕引き」をはかるべきだ。


◆米中貿易戦争勃発、日本円が上昇、豪ドルは下落

宮崎 正弘


平成30年(2018年)3月28日(水曜日)通巻第5648号 

 米中貿易戦争勃発、日本円が上昇、豪ドルは下落
  低金利の通貨が、なぜ高くなるかの不思議なメカニズム

トランプ政権が鉄鋼に制裁関税を課すと発表したとき、なぜか主敵の中国
より、世界で一番下落した株式市場は日本だった。
<?>。

なぜなら米国へ輸出されている高級鋼板、自動車鋼板は中国では作れな
い。日本製である。

約1500品目の中国製品に最大600億ドルの知的財産権の損害を回収するた
めの報復関税を米国は用意したとするや、上海株式は激しく下落した。米
中貿易戦争が本格化すれば、通貨で影響が出るのは日本円と豪ドルだろ
う、と市場関係者は見ている。

為替相場は、通常の場合、金利と経常収支で決まるが、政治相場となる
と、経済原則と激しく乖離した、不思議な為替レートに変化する。そもそ
も金利が世界一低い日本の通貨が買われる筋合いはないが、経済が世界的
規模でリスクに遭遇すると、金利状況を無視して、もっとも安全な通貨に
逃げ込む。

今回も世界の投機集団は、日本に照準を当てて、日本円への投機を行った
フシが濃厚にある。

他方、石炭と鉄鉱石を中国に輸出して潤ってきたオーストラリアは、全輸
出の30%が、じつは中国向けであり、この方面での暗転が予測されるた
め、豪ドルが売られ続けている。

豪ドル相場は過去一年で1豪ドル90・27円から80・46円へ、逆に日本円は
1ドル=118・54円から104・64円に(27日午後3時比較)
 この面妖な為替相場はしばし継続されるだろう。

       
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 1710回】              
――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(17)
  内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

               △

財政基盤が脆弱である以上、反対勢力との戦いに勝ったとしても、統一
した中華民国の安定的経営は無理である。加えて袁世凱が中華民国を担い
うる人物かどうかも疑わしい。

「一体袁世凱という人物を日本の当局も買い被っておるという評判が専
らであるが、これは日本のみならず、列国とも大分買い被っておる傾きが
あると思う」とする内藤は、清末を代表する指導者の李鴻章を取り上げ袁
世凱と比較しながら、「西洋文明採用の仕方は」李鴻章の方が「一段と組
織立っておるように見える」ものの、「文明の意義というものを十分に呑
み込まずに、やはり有形上の利器を採用しさえすればよろしいと思う点に
おいては、やはり同一ではないかと思われる」。

だが袁世凱には李鴻章の持つ「誠実さ」も「度胸」もない。「何でも外見
を都合よく見せ掛けることだけに骨折って、そうして根柢の仕事というも
のは、一向にこれをする積りがない」というから、袁世凱という人物は一
国の、しかも建国直後の混乱する国家を纏める統領としては相応しくない
ということだろう。

 話を先に進める前に考えさせられるのが、「文明の意義というものを
十分に呑み込まずに、やはり有形上の利器を採用しさえすればよろしいと
思う点」という指摘だ。これをいいかえるなら「有形上の利器」(=ハー
ド)は「文明」(=ソフト)という培養土によって育ち創造されるという
意識を、袁世凱も李鴻章も持ち合わせてはいなかったことになる。

これを改革・開放政策に踏み切った1978年末を挟んだ時期の共産党政 権
首脳の動きに合わせると、不思議と重なってしまう。ともかくも彼らは
日本や欧米の最新技術を求めた。


 訪日したと小平にしてから、当時世界最新の新日鉄君津工場の導入を
熱望したのだ。ここで我が明治殖産興業時代を思い出してもらいたい。当
時の明治政府指導者は超破格好条件で『お雇い外人』を招聘し、とにもか
くにも文明の培養土作りに励んだ。
時代に差はあれ、「有形上の利器」と「文明」の関係を考える時、彼我の
指導者の違いに改めて注目したいと同時に、我が先人の先見性に深い敬意
を表したい。

 内藤に戻るが、清朝を倒して中華民国という共和制の新国家が誕生し
たが、それは名義上に過ぎない。
中華民国の政権を維持しているのは袁世凱を筆頭に清朝政権中枢であり、
「それがために支那数千年来の積弊を掃除することはとうてい出来な
い」。その典型が「政治上の事すべてが尾大掉わざる形に陥って、どこに
も責任を持つ人間がなく、それから官吏になると、一種の貴族生活をなし
て、非常の収入を得るということ、あらゆる官吏の無能にしてそうして私
を営む」のである。この「私を営む」ことを取り除くことが困難至極なのだ。

 「とにかく一口で云えば官場の習気というものを一洗しなければ、い
かなる政体であっても、いかなる政府であっても決して完全に支那を統一
するということは出来ぬのである」と内藤は説く。蓋し名言というべきだ
ろう。この内藤の明言を『拳々服膺』するゆえに、習近平は長期独裁に突
き進み、「私を営む」輩を退治しようとでもいうのだろうか。

 時代が前後して申し訳ないが、いわば「政治上の事すべてが・・・そ
うして私を営む」式の政治を率先してきた「清朝の政権を受け継いだ姿に
ある袁世凱をして、その弊害の掃除に任ぜしむるということが、とうてい
出来得べからざる」ということだ。これをいいかえるなら、旧体制の禄を
はみ、「私を営む」を率先垂範してきた人物による軍事的勝利によって
「威力上の統一が行われても、結局根本の改革というものは」出来そうに
なく、「これが出来なければ共和国になっても、結局支那というものがま
すます衰減に向って行くより外ない」ということになる。

 やはり「根本の改革」は「官場の習気というものを一洗」するに尽き
る。昔も今も。《QED》

◆反安倍の印象報道に既視感あり

櫻井よしこ


財務省が発表した「決裁文書の書き換えの状況」(以下報告書)を読ん
だ。78頁にわたる報告書から読み取るべき点は二つである。第一は決裁文
書の書き換えという許されないことを、誰が指示したのかだ。

次に、野党は安倍晋三首相夫妻の責任を問うが、果たして首相は森友学園
に関係する土地売却や財務省の決裁文書書き換えに関わっていたのかとい
う点である。政治への信頼がかかっているだけにはっきりさせなければな
らない。

そのようなことを念頭に報告書を精査したが、どう見ても、これは財務省
の問題である。報告書から、森友学園が近畿財務局に少なからぬ要求を出
していたことが伝わってくる。森友学園には近畿財務局が対処しており、
彼らは大事な局面で本省の理財局に報告している。

本省と相談し、許可及び指示を得て、森友側の要請に応えた構図が報告書
では浮き彫りとなっている。そこに安倍首相や昭恵夫人が関わり得る余地
はないと断じてよいだろう。

にも拘わらず、主要メディアはすでにおどろおどろしい印象操作報道に
走っている。他方野党は同問題を安倍政権潰しの政局にしようとしている。

政治には権力闘争が付き物だとしても、去年、日本列島に吹き荒れた根拠
なき反安倍の嵐は、日本の政治をかつての旧い体制に引き戻そうとするも
のだった。野党も多くのメディアも、反安倍路線に走る余り、岩盤規制を
守る側に、事実上立ったではないか。

いま耳にする批判は、安倍首相の「一強体制」が悪い、それが官僚を萎縮
させ、忖度させているというものだ。だが、民主党も政権を取った時には
政治主導を主張したのではなかったか。事務次官も含めて官僚の意見をき
かず、大臣がおよそ全てを主導しようとしたのが民主党政権ではなかった
か。その彼らがいま、内閣人事局が官僚を萎縮させ、首相の言葉などを忖
度させると論難する。だが、そもそも内閣人事局の設置は、民主党政権で
も目指したものではないのか。

民主党も望んでいたこと

内閣人事局の権限は強大ではあるが制限もある。審議官級以上の人事の最
終決定権は内閣人事局にあるが、内閣人事局が次の局長や次の事務次官を
指名することはできない。人事構想はまず各省が決める。その案を内閣人
事局は拒否できるが、そうするには相当の理由を示さなければならない。

それでも各省人事の最終決定権を政治家が握ることで、国益よりも省益を
優先していた霞が関の官僚たちを、省益より国益重視へと変えさせる要素
になった。それは民主党も、望んでいたことだった。それをいま、非難す
るのは筋違いである。

いま、メディアは、報告書の内容を読者にきちんと伝える責任がある。報
告書から窺えるのは森友学園側の要請に抗いきれず、妥協する近畿財務局
の姿であり、それを承認していた本省理財局の姿でもある。たとえば、
「本地の地盤について」の項には当初次のような記述があった。

「(学園は)本地(森友学園が小学校を建設しようと考えた大阪府豊中市
の土地)は軟弱地盤であり貸付料に反映されるべきものと主張し、併せて
校舎建設の際に通常を上回る杭工事(建物基礎工事)が必要であるとし
て、国に工事費の負担を要請した」

森友学園側が近畿財務局に貸付料を安くせよと迫ったわけだ。対して近畿
財務局は地質調査会社に意見を求めたが、この社は、特別に軟弱であると
は思えないとした上で、「通常と比較して軟弱かどうかという問題は、通
常地盤の定義が困難であるため回答は難しい」と、あやふやな見解を示した。

困った近畿財務局は「当局及び本省で」相談した結果、杭工事費用等は負
担しないが、「貸付料及び将来の売払時の売却価格を評価する際には当該
調査結果等により地盤の状況を考慮する」と決めた。

近畿財務局が森友側の要求に困り果て、「本省」の了承を得て森友の要求
を受け容れたのだ。しかし右の記録は一部削除され、次のように書き換え
られた。

「ボーリング調査結果について、専門家に確認するとともに、不動産鑑定
評価を依頼した不動産鑑定士に意見を聴取したところ、新たな価格形成要
因であり、賃料に影響するとの見解があり、価格調査により、鑑定評価を
見直すこととした」

「軟弱であるとは思えない」、「軟弱」の定義も不明だとの分析を却下し
て、新たな価格形成(値引き)に応じたのが本省、即ち財務省だった。し
かし文書からは本省の関与も、地盤の軟弱さが否定されていた事実も削除
され、軟弱地盤故に価格調整は当然だという理屈が書かれていた。

官僚と政治家の闘い:前田正晶

もうひとつの事例である。森友学園は小学校開設予定地を国から借り受
け、8年以内に買い取りたいと要請した。だが、国有地に関する事業用定
期借地の設定期間は、「借地借家法第23条において、10年以上50年未満と
されて」いる。それでも森友側は諦めない。結果、近畿財務局は大阪航空
局、財務省理財局の承認を得て特例措置を取った。

建前上、10年間は借地だが、10年を待たずして売却する予定という「予約
契約書」をつくったのだ。この「特例的な内容」に至るまでに理財局長の
承認を得ているとの記述が、複数回登場する。

書き換え前の文書には右の「特例的な内容」、或いは「標準書式では対応
できない」などの表現が度々登場するが、書き換え後の文書ではそれらは
すべて削除されている。

森友側と交渉していたにも拘わらず、佐川宣寿前理財局長は、昨年3月、
衆議院財務金融委員会で「価格を提示したこともないし、先方からいくら
で買いたいと希望があったこともない」などと説明した。

一連の削除或いは書き換えはおよそすべて、佐川前理財局長の国会証言に
合わせたものだと言ってよい。佐川氏や財務省を守るためだったのであろう。

それでも立憲民主党の幹部らは、安倍首相が自身や夫人がかかわっていれ
ば政治家も首相もやめると発言したから、財務官僚たちが忖度して文書を
書き換えたのだと、論難する。

果たしてそうか。首相発言は昨年2月だ。財務省はその2年前、2015年6月
にも文書を書き換えている。ひょっとして財務省は恒常的に文書を書き換
えていたのではないか。そのことを麻生太郎財務相にも安倍首相にも、さ
らには他の政治家たちにも知らせずにきたのではないのか。だとすればこ
の問題の本質は官僚の暴走であり、官僚と政治家の闘いにあるといえる。
メディアはこうした点にこそメスを入れるべきだ。安倍憎しの印象操作に
終わることは、あらゆる意味で国益を損なうものだ。

『週刊新潮』 2018年3月29日号 日本ルネッサンス 第796回

◆奈良木津川だより 高麗寺跡 @ 

                白井繁夫


古代の仏教寺院「高麗寺(こまでら)」の創建は不明ですが、「高麗寺跡」の発掘調査から飛鳥時代に創建された日本最古の寺院「飛鳥寺(法興寺)」と同笵の軒丸瓦(十葉素弁蓮華文:じゅうようそべんれんげもん)が発掘されました。

飛鳥寺と同笵の瓦の出土は、この寺院跡「高麗寺跡」は蘇我氏創建の飛鳥寺(日本最古の本格的仏教寺院)と同時期頃の創建か?と歴史的な注目を集めました。

「高麗寺跡」は木津川市山城町上狛高麗、JR奈良線上狛駅より東へ約600m、木津川の右岸の棚田の中に位置しています。

「高麗寺跡」は昭和13年(1938)から本格的な発掘調査(第T期調査)が行われ、回廊に囲まれた主要な堂塔(塔跡、金堂跡、講堂跡)など含む伽藍の一部が75年前の昭和15年(1940)8月30日、国の史跡に認定されました。

(高麗寺は飛鳥時代に創建され白鳳時代に最盛期をむかえ平安時代の末期(12世紀)頃まで存続していた国内最古の寺院の一つ(京都府内では最古の寺院)と推察されています。)

「史跡高麗寺跡」の発掘調査はその後、第V期調査(平成22年度の第10次調査)まで実施され、平成22年史跡地の追加指定を受け、現在は20100m2の指定地です。調査内容については後述しますが、まず寺名(高麗寺)の「由来」からスタートします。

朝鮮半島と日本列島の九州は距離的にみると近畿と九州の数分の一であり、古代、5世紀の初めごろまではあまり強い国家意識を持たずに朝鮮半島南部の百済.新羅.加羅から渡来人が来ました。渡来氏族では漢氏(あやし)や秦氏(はたし)の氏族が優勢でした。

5世紀半ば過ぎからは北部の高句麗が強大化し南部の百済.新羅が戦場化し、戦火を逃れて日本列島に渡る人々が増加しました。

5世紀の後半は日本の古代国家形成にとって重要な時期であり、大王権力を拡大し、畿内政権を支える官司制の構成員として渡来人を採用し、彼等の文筆を持って官吏に執りたて、国家組織の整備や先進的技術の導入に役立てようとしました。

山城国への渡来人:秦氏は北部に多くの史跡を持ち、氏寺は京都の広隆寺(秦河勝が聖徳太子から下賜された仏像:弥勒菩薩半跏思惟像が有名です。)その他、商売の神様、稲荷神社(稲荷大社)、酒の神様、松尾神社(松尾大社)や嵐山の桂川周辺(大堰川)など。

山城国の南部では高句麗系の渡来氏族高麗(狛)氏が相楽.綴喜の南部2郡に集中しています。高麗寺は地名にもなっている高麗(狛)氏の氏寺です。しかし、南部以外でも有名な八坂神社の「祇園さん」(京都市東山区)は高句麗系渡来人の八坂氏の氏神です。

朝鮮半島からの渡来ルートは一般的には九州へ渡り、瀬戸内海を経て難波に来るルートを採りますが、高句麗から北西の季節風を利用して日本列島に渡るルートもありました。
古代の交通は主として水路を利用した結果、大和は木津川と深く関わりました。

木津川市は大阪市内から直径30kmの圏内です。

古代の水路の場合は、難波から淀川を遡上して八幡市(宇治川、木津川、桂川が合流)を経由する約60kmの道程です。別途、日本海の敦賀から近江の琵琶湖北岸に達し、水路で大津から宇治川経由木津に到着し、大和へ向うルートもありました。

『古事記』の仁徳天皇条、皇后石之日売命が天皇の浮気に嫉妬して難波高津宮から木津川の舟旅で出身地(大和の葛城)への途次の詩に「山代河:木津川」が詠まれています。

6世紀継体天皇が樟葉宮から弟国宮(おとくに)へ遷宮(518年)の頃、朝鮮諸国と畿内政権とは関係が緊張状態でした。
欽明天皇31年(570)条、高句麗の使節のため、南山城に高楲館(こまひのむろつみ)や相楽館(さがらかのむろつみ)を設けた。(木津川沿いに渡来人が多く居住していた。)

6世紀末、廃仏派の物部守屋が敗れ、用明天皇2年(587)、蘇我馬子が飛鳥寺(法興寺)の建立発願。飛鳥寺は日本最古の本格的仏教寺院であり、創建は6世紀末〜7世紀初、蘇我氏の氏寺、本尊は重文の飛鳥大仏(釈迦如来)です。

「高麗寺跡」の発掘調査から、南側土檀で仏舎利を祀る塔跡は東側、本尊仏を祀る金堂跡は西側、伽藍は南面しており、北側の土檀が講堂跡の伽藍配置です。

出土した瓦は年代の古い順から第1期は飛鳥寺と同笵の瓦、第2期は天武天皇が崇敬した寺、川原寺式瓦「種類.数量が最多」白鳳時代、第3期は平城宮式瓦、8世紀の修理、「多種.少量」、第4期は高麗寺独特の修理用瓦「少量」、平安時代前期と4時代の瓦でした。

出土品から高麗寺は新興勢力狛氏の氏寺として飛鳥時代(7世紀前半)に創建され、白鳳時代(7世紀後半)に本格的な造営が成されたが、都が平安京に遷都後は平安時代前期の修理が最後で12世紀末から13世紀初期まで高麗寺は存続していたと思われます。


<国の史跡「高麗寺跡」に付いては、新しい想いを込めて、新規に続編を掲載致します。
筆者の「木津川だより」にご関心を頂き、有り難う御座います。これからは以前の本編を、折を見て再掲させて頂きます。>

参考資料:山城町史 本文篇 山城町、
史跡 高麗寺跡 第V期(第8−10次発掘調査)発掘調査報告 木津川市教育委員会

   2015年8月23日 (再掲)

2018年03月29日

◆北の“非核化”にある「疑似餌」の側面

                     杉浦 正章


“核カード”は北の遺伝子 日本「置き去り」の指摘は荒唐無稽

金正恩の中国電撃訪問は、すべて5月に予定されるトランプとの米朝首脳
会談対策に集約される。世界の孤児のまま対米会談に臨むことのリスクを
やっと気がついたのだ。逆に中国にしてみれば、極東における“蚊帳の外”
の状況を改善するメリットがある。

金正恩は「後ろ盾」、中国は「存在感回復」を獲得することになった。双
方にメリットがある会談だったし、中国が影響力を取り戻したことは事実
だ。これにより冷え込んでいた中朝関係は一気に改善し、“死に体”であっ
た中朝の血の同盟である中朝友好協力相互援助条約は再び息を吹き返しつ
つある。

ただし非核化と言っても様々だ。過去2度あった北の“疑似餌”に3度ひっ
かかる馬鹿はいない。

中朝の首脳会談では、朝鮮半島の非核化については大まかなスケジュール
や考え方を確認したものとみられる。しかし、単に「非核化」といって
も、日米と中国のスタンスは大きく異なる。

日米は核の即時全面的放棄を求めるが、中国は時間をかけて解決しようと
する立場だ。金自身の発言を分析しても怪しげな空気を感ずる。北朝鮮は
日米の求める非核化対応をよしとしているようには見えない。

非核化に対する金正恩の発言は「我が国の善意に応え、平和実現のため段
階的かつ同時に措置を講ずれば、朝鮮半島の非核化の問題は解決すること
が出来るだろう」というものだ。

この「段階的かつ同時に」の表現がくせ者なのだ。それは段階的手順を
追ってということであり、手放しでの非核化ではさらさらない。

非核化と言えば北朝鮮が一方的に核を放棄するような印象を受けるが、こ
れまで北が主張してきたことは「米国の行動あっての行動」なのであり、
米軍の核が朝鮮半島に存在すれば成り立たない論理なのである。これは核
兵器の「即時放棄」を唱える日米の要求ではなく、「時間をかけて解決」
という中国の方針に添って金正恩が球を投げたと受け止めることも可能だ。

北朝鮮はきょう南北閣僚級会談、来月には南北首脳会談、5月には米朝首
脳会談を控えているが、電撃訪問は金正恩が米朝首脳会談の“失敗”を極度
に恐れている可能性があることも露呈した。

トランプは「米朝会談は楽しみだが、残念ながら最大限の制裁と圧力は何
があっても維持されなければならない」と述べるとともに、米朝協議がう
まくいかなかった場合について「アメリカは全ての選択肢がテーブルの上
にある」とどう喝しているのだ。

金正恩は常にリビヤのカダフィー暗殺未遂事件が脳裏をよぎっているとい
われている。アメリカは1986年にカダフィーの居宅を狙って空爆する強硬
手段を取り、暗殺しようとした。カダフィーは外出しており危うく難を逃
れた。この恐怖が金訪中の原動力となっているといってもよい。

 トランプの言うように米朝首脳会談が破綻すれば、米国による軍事行動
の可能性が一気に高まる。米国を“けん制”するにも孤立状態では手も足も
出ない。そこで金正恩は習近平に泣きついて、関係を改善し“後ろ盾”の存
在を誇示する必要に駆られたのだ。

中国を通じて米国の軍事行動をけん制してもらうしか方策は無いのだ。中
国は朝鮮戦争の休戦協定の当事者でもあり、金正恩は米朝関係改善が出来
なければ中国にすがりつくしか生きる道はないと考えたに違いない。

 中国にしてみれば、極東における日米韓の軍事協力の可能性をひしひし
と感じているのであり、朝鮮半島の非核化や平和の定着などを進めるため
にも、北の独走を防ぐ必要がある。そのための電撃訪問の受け入れである
が、これは父親の総書記金正日訪中と酷似している。

1992年の中韓国交正常化により、中朝関係は極度に悪化したが、今回同様
に、金正日は2000年5月29日の電撃訪中で世界をあっと言わせた。

金日成が死去してから初の外国訪問であった。韓国大統領金大中との首脳
会談を直前に控えていたことまで日程を模写したかのようにそっくりだ。
また北がロシアと連携をする場合もあり得る。北がロシアと結べば、極東
に中露北と日米韓の対峙の構図が出来る可能性がある。ロシアは欧米から
総スカンを受けており、極東に突破口を求める可能性が大きい。

問題は北の非核化のプロパガンダを真に受けて、国際社会が性急な対応を
することだ。非核化と言っても即時全面放棄を北がするわけがないからだ。

世界は核問題で金日成にだまされ、金正日にだまされてきた。金日成は
1980年代から核開発に着手したとみられる。1994年の金日成死後に権力の
座を継いだ金正日は、「先軍政治」を掲げて核開発に専念した。

北の政権は経済的に困窮すると“核カード”を切り、援助を達成するのが
“遺伝子”に組み込まれているかのようである。紛れもなく金正恩も“遺伝
子”の指図で動いている。従って、北の核放棄の意図はうさんくさいのだ。

実質的な進展もないうちは「北の病気がまた始まった」くらいの対処が適
切だ。日本政府の置き去りを指摘する浅薄な新聞もあるが、ここは慌てる
必要はない。公明党の議員から参院予算委で「国民は日本だけ置いていか
れると懸念している」との指摘があったが、国民とは誰だ。素人の見方で
あり、慌てる乞食はもらいが少ない。

誰も日本を置いていこうなどとは思っていない。中国からも米国からもパ
イプを通じて連絡は来ている。北が厳しい経済事情を背景に、やがては日
本にすり寄ることは目に見えている。ここは、北の非核化の本質をじっく
り見極めてから対応しても遅くはない。


◆慰安婦像を韓国のキャンペーン・レベルを超えて

宮崎 正弘


平成30年(2018年)3月27日(火曜日)弐 通巻第5547号 

 慰安婦像を韓国のキャンペーン・レベルを超えて
  中国が情報戦の効果的武器として活用、「超限戦」の道具に

先月、マニラの幹線道路ロハス・ブルーバードの海岸沿いの遊歩道に、突
如建立された「慰安婦像」を撮影してきた。付近の散歩者や釣り人は誰一
人、その像が何を意味するかを知らなかった。

フィリピンは米軍によって四十万人が虐殺され、さらには韓国人がフィリ
ピン女性を騙して生ませた子供を放置し、大きな社会問題となっている。
 そのフィリピンとほとんど関係のない「慰安婦像」を建てたのは華人グ
ループだが、かれらが北京とつながって国際的規模で謀略を展開している
と、アジアタイムズ(3月24日)に鋭い分析を寄稿したのはジェイソン・
モーガン麗澤大学準教授である。

モーガン準教授は早稲田大学に留学、日本史で博士号を持つ学究だが、次
の分析を続ける。

「中国の情報戦略の一環として、韓国がはじめた慰安婦像キャンペーン
を、韓国の思惑を超えて中国が国際的に展開する謀略に着手した。韓国の
動機は短絡的な『反日』で国民を糾合する手段でしかないが、中国はこれ
を在外華僑の政治集団に指令し、カナダで、米国で反日キャンペーンを展
開し、従来の国連での反日工作や東南アジアでの反日キャンペーンから、
さらに北米、とりわけリベラルの多い西海岸、反意地メディアが集中する
被害海岸で、南京問題の展示やら慰安婦問題でのキャンペーンを急増させ
た」という。

目的は明らかである。」

「中国がアメリカで慰安婦キャンペーンを展開するのは日米離間が戦略的
目的である」。

そうした背景を軽視して、徒らに、或いは感情的に中国を批判しても始ま
らない。謀略には謀略をもって対応するという戦略性が日本に求められて
いるのではないか。