2018年05月08日

◆先を見通せる時代はあったのか

眞鍋 峰松


まもなく6月。 カレンダーに、ふと眼をやると、そこには芭蕉「 あらとうと 青葉若葉の 日の光 」の一句。 そこで初めて、ここ1、2ヵ月の間の、樹木の緑の移り変わりにも気付かぬ己の心の余裕の無さに驚いた。 

「驚きを抱く者は幸いである」 世の中には、立派なもの、美しいもの、鮮やかなものが確かに存在する。 

しかし、それをああ美しい、鮮やかだと、受け止めるのは自分の心であって、その心があるからこそ、その存在を認めることができる、と民芸運動を起こした思想家 柳 宗悦(1889〜1961)が書いている。

確かに、このような自然の移り変わりにも新鮮な驚きの心が無くなれば、それは毎年の単なる季節変動にしか見えない。陽に輝く鮮やかな緑青の木の葉に、ああ素晴らしいと驚く。 

驚くとは出会った事に対する肯定的評価であり、心に新鮮なものに出逢った喜び。そのような気持を持ち続けている限り、心は老いることはないのだろう。 

目下、テレビなどマスコミの伝えるところでは、気象庁のエルニーニョ監視速報で、今年の夏は5年ぶりにエルニーニョ現象が発生する可能性が高いとの見通しを発表したとのこと。 


夏にエルニーニョ現象が発生すると、日本付近では太平洋高気圧の張り出しが弱くなり冷夏になる傾向があり、前回、エルニーニョ現象が発生した2009年の夏には、北・東・西日本は日照不足となり、7月に中国・九州北部豪雨が発生したほか、多くの地域で梅雨明けが遅れ、九州北部と近畿、東海は梅雨明けが8月にずれこんだ、とのことである。



とすれば、今年の夏は異常気象であり、数多の悲惨なニュースを生み出すことになるのだろうか、危惧される。しかし、マスコミの手にかかれば、こと気象現象に限らず、様々な社会事象、国内政治、外交に限らず、何事も先読みができない・異常・想定外の驚きの事柄になってしまう。

だが、過去に先の読めた、異常な事も想定外の事も全く起こらない時代はあったのか。 むしろ、先の読めた時代など一度もなかったのではないだろうか。 

特に、激動の時代ともなれば、一寸先は闇であって、とうてい先などよめない。 先が読めないのは、何も現代特有の現象ではない。 いつの時代でもそうだった。 

過去、様々な歴史的な事件が繰り返されてきた。ことに、色々な人間による様々な興亡の歴史の中では、ある者は途中で挫折し、ある者は勝ち残りに成功した。 

かれらの失敗と成功の跡を辿っていくと、自ずから、そこに勝ち残りの条件といったものを見出せる。 それらを強いて纏めると、それは能力、人徳、運・不運の三つ、とある書物で指摘されていた。 

その中でも、何と言っても能力ということになるが、これをさらに分析すると、智慧と勇気ということになる。智慧とは先見力・洞察力である。 人より一歩でも先を読んで、適切な対策を講じられる能力。 

また、勇気とは決断力、「まさに断ずべきくして断ぜざれば、反ってその乱を受く」の中国古典の通りである。 さらに、「徳は事業の基なり(采根譚)」と称せられるが、徳とは何か。 

そこには寛容、謙虚、思いやりの三つを挙げることができるのかも知れない。 そして、運・不運。 こればかりは定義もその誘因も曰く言い難いが、私なりに解釈すれば、時の勢いと言うしかないだろう。

何事につけ、ここ一番では、やらないよりやるに越したことはない。 昨今のニュースで言えば、現在報道されている日朝協議などはその好例なのかもしれない。

が、果たして、「徳は事業の基なり」という言葉が通じる相手なのかどうか、最も懸念されるところではある。
 
いずれにしても、歴史は繰り返すと同時に、一つとして全く同じ原因と結果が生み出されることもないことも事実である。 そこで成功の条件を考えるとしたら、やはり、能力、人徳、とりわけ時の勢い(運)が必須だということになるのだろう。


2018年05月07日

◆トランプ大統領の「在韓米軍の規模縮小」指示

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月5日(土曜日)弐 通巻第5692号 

 トランプ大統領の「在韓米軍の規模縮小」指示はどこまで本気か?
  韓国には在韓米軍経費全額を要求し、韓国から去っても「日本がある
サ」。

ニューヨークタイムズの推測記事が大きな波紋を巻き起こした。
同紙は5月3日付けで「トランプ大統領はペンタゴンに対して在韓米軍

の縮小という選択肢への準備を始めるよう指示した」と報じた。

すぐさまジョン・ボルトン国家安全保障担当大統領補佐官は「そういうシ
ナリオはあり得ない」とニューヨークタイムズの報道を否定した。

すでにトランプが言い出すまでもなく、在韓米軍の規模は1990年代からお
よそ三分の一に削減されている。しかも板門店付近からは撤退しており、
北朝鮮の火砲の射程に入らない南方へ米軍は兵力を下げている。

そもそも在韓米軍の撤退を言い出したのはカーター政権のときからであ
る。90年代に米軍は韓国に配備していた戦術核を撤去している。

2004年にはラムズフェルト国防長官の判断により、およそ1万名のアメリ
カ兵を韓国からイラクへ移動させ、イラク戦争に投入したこ。

近年には北朝鮮のミサイル射程内から、太平洋艦隊所属の潜水艦ならびに
長距離爆撃機の配備をグアムへと後退させている。

 トランプは選挙キャンペーン中に、在韓米軍を撤退させ、日本と韓国が
独自に核武装するかもしれないが、それはそれで構わないと発言している。

ことを改めて騒ぐ必要はなく、しかも米朝首脳会談を前にして、金正恩は
在韓米軍の「撤退」を前提条件とは言わなくなった。
 
 
 ▲トランプ自身が「在韓米軍の存在は不要」論なのだ

南北朝鮮の画期的な首脳会談を受けて、トランプが金正恩と会うときに在
韓米軍の撤退ではなく、規模の縮小はバーゲニングチップになりうるだろ
うが、それを事前の示唆するのは愚策である。

しかし両国は「朝鮮戦争は終結した」と宣言したわけだから、いずれ
228500名の在韓米軍兵士が不要となる。トランプ自身は、かねてから在
韓米軍の費用の無駄を指摘してきた人間である。

トランプは在韓米軍が半島の現状維持を固定化し、平和を維持してきた事
実を渋々ながら認識してはいるものの、北朝鮮の核武装を阻止できなかっ
たし、周辺諸国を喝してきた効果に対して在韓米軍が無力だった。これら
をもって重大な意議を見いだせないとしている。

「われわれは北朝鮮のミサイルの性能向上を、半島に駐在しながら観察し
てきただけなのか」とトランプはニューヨークタイムズの2016年7月のイ
ンタビューで語っているのである。

そうした疑問をトランプはマクマスター補佐官(当時)らとの議論でも
常々、口にしていたという。

なかでも平昌五輪直前に米朝間の軍事緊張が高まったとき、トランプは
「危険だから在韓米軍を退避させるべきでは?」と問うので、マクマス
ターは「そんなことをしたら却って北の攻撃チャンスを与える」と取り下
げさせたこともあるとニューヨークタイムズの記事は言う。

まとめてみると、 以下のような条件付きの推測記事だったことが分かる。

第一に在韓米軍は抑止力たりえても、北朝鮮の核武装をとめるまでのもの
ではなかった。

第二に2019年までの協定で在韓米軍経費の半分は韓国の負担となっている
が、以後は全部の経費を韓国が負担することをトランプは要求している。

第三にいきなりの縮小となるとペンタンゴン上層部は混乱に陥り、米韓同
盟を弱体化させてしまう怖れが拡大するばかりか、周辺国とくに日本には
強い懸念を生じさせる。

第四に大規模な縮小をペンタゴンは考慮にいれておらず、もし北朝鮮との
合意が成立しても急な縮小には到らない

第五にしかしながらトランプ大統領は過去の過度な韓国への関与の効果を
疑問視しており、予測できない行動に出る大統領ゆえに、北朝鮮との話し
合いいかんでは、急激で大規模な在韓米軍の縮小もまったく考えられない
シナリオではない。

したがってマティス国防長官が述べたように、在韓米軍の縮小プランは、
将来の選択肢として卓上にあるという意味である。

現段階で交渉の事前条件や前提予測を提示することは、不適切である。
しかし近未来を展望するなら、もし平和条約が締結されれば在韓米軍が半
永久的に朝鮮半島に駐屯することも不合理であるというのがトランプの考
え方の基底だということである。

◆米国が求める形の非核化目指す北朝鮮問題

櫻井よしこ



「米国が求める形の非核化目指す北朝鮮問題 「リビア方式」による解決
可能性を示唆か」

4月17日の日米首脳会談で、ドナルド・トランプ米大統領は安倍晋三首相
に、「極めて高いレベルで北朝鮮と直接対話している」と語り、その後記
者団が「金正恩氏と直接話しているのか」と問うと、「イエス」と答え
た。マイク・ポンペオ中央情報局(CIA)長官が3月30日から4月1日の
復活祭の連休を利用して訪朝したのだという。

いま米国の対北朝鮮外交はトランプ氏の意向を汲むポンペオ氏に加えて、
国家安全保障問題担当大統領補佐官のジョン・ボルトン氏が軸となって構
築されている。3氏共に、非核化の話し合いが失敗すれば、軍事オプショ
ンもあり得るとの考え方だ。

ポンペオ氏は正恩氏と話し合いをした後の4月12日、上院外交委員会で行
われた国務長官への指名承認公聴会で、正恩体制の転換は考えていないと
明言すると同時に、非核化に関して、「見返りを与える前に恒久的かつ不
可逆的な成果を得ることを確実にする」と述べた。

米国側の一連の動きは北朝鮮問題が「リビア方式」による解決に向かう可
能性を示唆するのではないか。

これはリビアの最高指導者、カダフィ大佐が選んだ非核化の道である。カ
ダフィ氏は秘密裏に大量破壊兵器の製造を進めていたが、2003年12月にイ
ラクのサダム・フセイン元大統領が地中に潜んでいたところを米軍に拘束
されたのを見て、震え上がった。カダフィ氏はその3日後に大量破壊兵器
を放棄する意思を世界に宣言した。

CIAと英国の秘密情報組織、MI6の要員を含む専門家集団がリビア入
りし、核兵器、核製造に必要な関連物資、核運搬用のミサイル、製造施
設、一連の計画に関する書類など全てを押収、化学物質はリビア国内で米
英作業部隊の監視の下で破壊され、書類は全て国外に持ち出された。

カダフィ氏は全てを受け入れて生き延びた。但し、彼は10年にチュニジア
でいわゆる中東の春と呼ばれる民主化運動が始まり、その広がりの中で11
年に群衆に殺害された。

正恩氏が核を放棄すれば、カダフィ氏やフセイン氏のように命を奪われる
という言説があるが、右の2つのケースが伝えているのは全く別の教訓で
はないか。フセイン氏は核兵器を持っていなかったが持っている振りをし
て査察を拒否し、米軍に殺害された。カダフィ氏は核兵器製造を明らかに
し、査察を受け入れ、8年間生き延びた。氏を殺害したのは前述したよう
に、リビアの国民であり、それはカダフィ一族による専制恐怖政治が招い
た結果だ。

2人の指導者の異なる運命を正恩氏が把握すれば、どちらを選べば氏の命
脈が守られるかわかるはずだ。

トランプ氏は安倍首相との共同記者会見でも「成果が期待できなければ米
朝首脳会談は実現しない。会談が実現しても実りがなければ退席する」と
語っている。正恩氏に圧力をかけ続け、米国の求める形の非核化実現を促
しているのだ。

安倍首相とトランプ氏は19日午前の共同記者会見で拉致問題についても
語った。トランプ氏は拉致被害者について、「日本に帰れることを大事に
考えている。私はこのことをシンゾーに約束した」と語った。救う会会長
の西岡力氏は語る。

「CIAは北朝鮮の情報当局にも接触しており、拉致被害者についても語
り合っていると思われます。その中で拉致被害者生存情報を得ているので
はないでしょうか。その上で拉致被害者の帰国に言及しているのです。勿
論、甘い期待はできませんが、拉致問題解決に向けてよい兆しだと思います」

国際政治は動いている。多くの日本人の命と運命がかかっている。国とし
てどう動くべきか、正念場である。日本の国会はもっとこうした大事な問
題に向き合うべきだ。
『週刊ダイヤモンド』 2018年4月28日・5月5日合併号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1229

◆トランプ政治の成果は着々と挙がっていると見る

前田 正晶


私は昔の同僚たちと米国の事情に精通した友人たちと、トランプ大統領の
統治能力に疑問を呈してきた部類に入ると思っている。その一方では藤井
厳喜氏や産経の古森義久記者のように反トランプのfake newsを集中的に
流してトランプ大統領の評価を低くしているアメリカ東部の有力地方紙の
報道に依存している我が国のマスメディアを厳しく批判し、トランプ大統
領を正当に評価すべきだという確固たる論陣を張っている所謂専門家 も
おられるのだ。だが、私は我が国の多くの国民はその種のfakenewsに惑
わされていると思っている。

今日までのトランプ政権と言うべきかトランプ大統領独特の言わば独断専
行とも見える選挙公約を中心に掲げてきた政策を、単純素朴にして強引と
も言える手法で「アメリカファースト」と「アメリカを再び偉大に」を旗
印にして実行されてきたやり方は、毀誉褒貶相半ばするとは申せ、確実に
その歩みを進めていると見る方が適切だろうと思っている。

但し、その推し進め方がやや強引であり、我がW社パンOBで私如きが遠く
及ばないアメリカ通の長老がいみじくも「トランプ大統領は本当は何かも
かも承知でありながら、何も知らないかの如くに装っているのか、あるい
は知らぬが故の強みで未だ嘗てどの大統領にも出来なかった難題を次々に
実行しているのかが、遺憾ながらこの俺にも読み切れない」と指摘された
ように、あの単純明快な実行力と強引とも見える政治手法は買えってメリ
カという国の事情に精通されている人ほど読み切れないような事態を招い
ているのである。

私自身もその説に与していたが、「ビジネスという面では不動産業界だけ
で長年過ごして来られたトランプ大統領には、如何に努力されようと就任
以来の短期間に政治・経済・軍事・外交・貿易の世界の現状と歴史を把握
されて、適切な政策を打って行かれることは難しいのではないか」との懸
念は抱いていた。だが、実際に就任以来強引とも見えるやり方で打ってこ
られた政策は特に経済面では着実に実を結びつつあるのだ。

特に選挙キャンペーン中から唱えてこられた「金正恩との会談も辞さな
い」という一見無謀のような外交政策は着実に実現の方向にあるのだ。こ
れを「功績」か「実績」と言わずして何が成果かとまで思わせられるの
だ。だが、敢えて留保条件を付ければ「その会談でCVIDを完全に金正恩委
員長に納得させ、過去にあったような騙される結果にならないという保証
は未だ無い」辺りになるだろうか。私はトランプ大統領は十分な理由を以
て成功させる自信がおありだと推察しているが。

ここで一寸、トランプ政権と文在寅政権が誕生後の外交面における世界の
情勢の変化が、極めて大きく且つ早くなったことに注目してみたい。私は
多くのと言うか一部の専門家たちは「文在寅大統領はただ単に左傾してい
るだけで、南北統一がその悲願で何れはアメリカの庇護の下を離れて核な
き朝鮮半島のリーダーの一人として習近平の傘下に入っていくのではない
か」との声が聞こえていた。

だが、実際に文在寅大統領が働きかけ且つ実現に限りなく近いところまで
持って行った実績はと言えば「兎に角金正恩委員長との南北首脳会談を実
現させ、世界でなければ北アジアの情勢に大いなる変化をもたらしそうな
南北融和を実現させ、更にトランプ大統領と金正恩委員長とのそれこそ歴
史的な会談の下準備を整えたと言って誤りでは無い」と思う。私は敢えて
反省すれば「文在寅大統領を過小評価は出来ない」ことがあると思っている。

現実にはトランプ大統領と金正恩委員長の会談は未だ日取りと場所がどう
やら内定した段階にあるようだし、トランプ大統領が当面する課題である
中間選挙や ロシア疑惑と女性とのスキャンダルの解決は今後の展開に待
たねばなるまい。

だが、 私は思うところでは、果たしてトランプ大統領が就任前から思い
描いておられたのか どうかは上述の長老の嘆きが示すように読み切れな
いが、トランプ大統領の強引と見 える解りやすい諸政策が結実していけ
ば、世界は変わって行かざるを得ないだろう。

問題だと長老も私が疑問に思わざるを得ないことは「果たしてトランプ大
統領は何もかも読み切って、あれほど積極果敢な政治・経済・軍事・外
交・貿易面で の政策を打ってこられたのか」なのである。その大きく投
網を打ったような政策の 先にある大命題は「中国との関係」であろう。
決定的に対立して抑えにかかるのか、 互恵的な関係を確立することを視
野に置いておられるのかが、我が国に対する影響が 極めて多き
なるだろう辺りが、私の関心事であり寒心事でもある。

安倍総理との間の関係は他国の首脳と比較しても極めて親密かそれ以上に
も見えるが、自国と自らの利益と安全を第一義に考えているアメリカ人で
あるトラ ンプ大統領が何処まで同盟国であり親友でもある安倍総理との
関係を尊重して行かれ るかにも、私は重大な関心があるのだ。少なくと
もFTAを推進しようとされる動きに は疑問を感じざるを得ないのだが。


◆取り留めのない話ですが・・

眞鍋 峰松



“ヨイショ”“ヨイショ”。 今朝の我が家の会話で、「家の中で、この言葉があちらこちらで、コダマしている」の言葉に、家族全員が大爆笑。 

先月末から現在まで、常は独り暮らしを続ける86歳の家内の母親が連休中とのことで同居中での出来事。 現状が4人家族で、うち3人が65歳超の高齢者。 その3人が何らかの行動を起そうとする度に、ヨイショ!ヨイショ!の掛け声である。 

なるほど一定の年齢を超えると、人間、行動を起こすには、何かの切っ掛けがいるものか、と妙に感心した。

私も既に70歳超。 5年前に、ある事件に関わり、以来その処理に没頭し、有り体に言えば、最近やっと紛争の末に、最高裁判所の決定を得てその解決に至った。 その抑々の切っ掛けというのは、昔々の職場の元上司からの依頼を受けた事柄。 

事件の詳細は、いずれまた機会があればとして、抽象的にその結末を申し上げれば、5年越しで紛争解決に完全に成功したものの、最後には全くの第三者からの一発逆転劇で、最終処理に失敗のお粗末。

それは兎に角、この切っ掛けとなったのが、当時、年齢的にいよいよ人生の最終章に差し掛かって来たという焦りにも似た想いを抱いていた折も折に、飛び込んできた依頼ごと。 

昔、中国の禅者が、洗面器に「日に新たに 日々に新たに、又日に新たなり」と刻し、毎朝顔を洗うように、毎日新しい意識で、新しい世界に生きてこそ、人生の意義と価値と幸福が発見されるであろう、と思われたそうだ。 

この教えが丁度その時期に私の念頭に常時有ったことが、抑々の切っ掛けである。 

これからの己の人生、日々新しい意識で、済んだことはさっさと忘れて、つねに前向きで、新しく新しくと生きて行くことが、真実生き甲斐というものであろう、この先もこれで行こう、と考えていた折りも折りのことである。
    
今から省みると、この事件への関与も、自らの能力と力量を弁えない行動だったか、とも思う。 だが、人間、自分に都合良いものだけを選ぶことなど、できないのが人生。 大抵の出来事は,良さと悪さが抱き合わせで現れるのだろう。 

簡単な話、何か善いことをしょうとすると、人間は疲れることも覚悟しなければならない。人によっては、疲れるからしない、と言う。それも各人それぞれの選択。 

が、しかし、これはやはり実行するべきだと考え、我われは計画を遂行し、後でへとへとになって後悔することも多々ある。 

私もこの事件後へとへとになったが、それはそれで良かったのではないか、と今では思っている。 人間は時には悧巧なこともするが、馬鹿なこともする。 悧巧なことができたら運が良かったと喜び、馬鹿なことをしてしまったら家で布団をかぶって眠る。 

いずれにしても、後々考えれば、そのどちらにしても大きな差はないと思うことなのだろうと明らめた。
    
以上、ここ暫くの本誌への投稿を中断していた原因であり、釈明ならぬ、弁解の言葉です。

2018年05月06日

◆自由社教科書のデジタル版は、

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月5日(土曜日)通巻第5691号 

<特報>
自由社教科書のデジタル版は、現在NPO法人「次世代の教科書を考える
会」で無料でダウンロード閲覧できます。
https://www.nextgen-textbook.org/%E7%84%A1%E6%96%99%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89/

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 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫の
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1725回】           
――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(26)
  内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

               ▽

内藤は「金人で成吉思汗の参謀になった耶律楚材」の献言によって「漢人
というものも蒙古人のために役に立つものであるということ」が証明され
たからこそ、「支那の土地を牧場にするということも成り立たなかった」
とする。

これを言い換えるなら、漢人に牧畜を強要することなく農耕に生 きるこ
とを許したということになる。ここで考える。かりに「漢人という もの
も蒙古人のために役に立つもので」ないと証明されていたら、「支那 の
土地を牧場に」されていたといえるのだろうか。

その後の歴史を概観すると、漢人は膨大な人口を養うために蒙古人の土地
へ流れ込むようなった。農耕を至上の文明と見做す漢人の目には、果てし
なく広がる蒙古の草原は壮大なムダに映ったはずだ。

彼らは草原の緑を引 き剥がし、そこに壮大な畑地を作り出した。だが、
そのことによって蒙古 人は自らの文化(《生き方》《生きる姿》《生きる
形》)を奪われてしまった。 漢人の農耕文化が蒙古人の牧畜文化を侵食する。

かくして楊海英は「牧畜と遊牧を環境破壊の元凶だと認定」する漢人が内
モンゴルのオルドス高原に続々と送り込まれた結果、経済基盤である牧畜
を奪われた「モンゴル人に残された唯一の道は文化的な安楽死のみ」と慨
嘆する楊海英は、「現在、開発と発展という圧倒的な政治力と経済力で最
後の完成、すなわちあらゆる民族の中華化=文化的ジェノサイドの完成に
むけて中国は突進している」と糾弾の声を挙げる。(『墓標なき草原(上
下)』2009年)、『続 墓標なき草原』2011年。共に岩波書店)

ここで内藤に還る。

元朝に続く異民族王朝である清朝は、「支那の文明を標準として、そこま
で満洲人の文化の度を達しさせたいという考えが本になって」いた。飽く
までも「支那の文明が本位になって」いたというころは、じつは「蒙古人
のごとく種々なる民族を皆自分の手で支配して、各その特色を持たせなが
ら、世界を統一して行こうというような、雄大な規模が無かったといって
よい」そうだ。

たしかに清朝盛時の版図は巨大だが、せいぜいが西は新疆、北は極東シベ
リアの南東部、南西はチベットで、南は雲南・広西で止まっている。やは
りユーラシア大陸を席捲しただけではなく、失敗したとはいえ日本やジャ
ワまで攻め寄せた元朝に較べれば「雄大な規模が無かったといってよい」
だろう。

内藤によれば、「東洋において異種族間の感情を基礎にして、大なる領
土を統轄した思想というものは」、元と清に対照的に見られるように、
「ある文明国を基礎として、そうして他のものをそれに同化させようとい
う考えの下に起ったのと」、「各種族の文明を独立させて、そうしてそれ
を同化させようという考えから起ったのと」の「二つに分けてみることが
出来る」のだが、辛亥革命によって生まれた中華民国の根本は――孫文ら革
命派にせよ袁世凱にせよ「とにかく漢人本位で成り立った」のである。

そ れというのも19世紀末から革命活動の根本は「満洲人に対して反抗す
ると いうのが一つの主張であった」からだ。中華民国とは、「つまると
ころ漢 人を中心として、それに外の民族が附属して、統轄されていくべ
きもので あるというものであるというような理想になっておるに過ぎな
い」のだ。

漢人、満洲人、蒙古人、「土耳其民族すなわち回々教人」、西蔵人で構
成される「五族共和という説を立てるけれども」、「今度新しく興った国
の政治というものを、異種族と一致してやって行こうという考えはないの
である。やはり「古い蒙古人などのように」「雄大な規模を持った人は、
とうてい今日の中華民国の主たる人物間にはないことが明らかである」。
「そうしてみると、どうしても漢人中心というやり方」に帰着することに
なる。

かくして「五族共和」という理想は、絵にかいたモチに終わる運命にあった。

◆米国が求める形の非核化目指す北朝鮮問題

櫻井よしこ



「米国が求める形の非核化目指す北朝鮮問題 「リビア方式」による解決
可能性を示唆か」

4月17日の日米首脳会談で、ドナルド・トランプ米大統領は安倍晋三首相
に、「極めて高いレベルで北朝鮮と直接対話している」と語り、その後記
者団が「金正恩氏と直接話しているのか」と問うと、「イエス」と答え
た。マイク・ポンペオ中央情報局(CIA)長官が3月30日から4月1日の
復活祭の連休を利用して訪朝したのだという。

いま米国の対北朝鮮外交はトランプ氏の意向を汲むポンペオ氏に加えて、
国家安全保障問題担当大統領補佐官のジョン・ボルトン氏が軸となって構
築されている。3氏共に、非核化の話し合いが失敗すれば、軍事オプショ
ンもあり得るとの考え方だ。

ポンペオ氏は正恩氏と話し合いをした後の4月12日、上院外交委員会で行
われた国務長官への指名承認公聴会で、正恩体制の転換は考えていないと
明言すると同時に、非核化に関して、「見返りを与える前に恒久的かつ不
可逆的な成果を得ることを確実にする」と述べた。

米国側の一連の動きは北朝鮮問題が「リビア方式」による解決に向かう可
能性を示唆するのではないか。

これはリビアの最高指導者、カダフィ大佐が選んだ非核化の道である。カ
ダフィ氏は秘密裏に大量破壊兵器の製造を進めていたが、2003年12月にイ
ラクのサダム・フセイン元大統領が地中に潜んでいたところを米軍に拘束
されたのを見て、震え上がった。カダフィ氏はその3日後に大量破壊兵器
を放棄する意思を世界に宣言した。

CIAと英国の秘密情報組織、MI6の要員を含む専門家集団がリビア入
りし、核兵器、核製造に必要な関連物資、核運搬用のミサイル、製造施
設、一連の計画に関する書類など全てを押収、化学物質はリビア国内で米
英作業部隊の監視の下で破壊され、書類は全て国外に持ち出された。

カダフィ氏は全てを受け入れて生き延びた。但し、彼は10年にチュニジア
でいわゆる中東の春と呼ばれる民主化運動が始まり、その広がりの中で11
年に群衆に殺害された。

正恩氏が核を放棄すれば、カダフィ氏やフセイン氏のように命を奪われる
という言説があるが、右の2つのケースが伝えているのは全く別の教訓で
はないか。

フセイン氏は核兵器を持っていなかったが持っている振りをして査察を拒
否し、米軍に殺害された。カダフィ氏は核兵器製造を明らかにし、査察を
受け入れ、8年間生き延びた。氏を殺害したのは前述したように、リビア
の国民であり、それはカダフィ一族による専制恐怖政治が招いた結果だ。

2人の指導者の異なる運命を正恩氏が把握すれば、どちらを選べば氏の命
脈が守られるかわかるはずだ。

トランプ氏は安倍首相との共同記者会見でも「成果が期待できなければ米
朝首脳会談は実現しない。会談が実現しても実りがなければ退席する」と
語っている。正恩氏に圧力をかけ続け、米国の求める形の非核化実現を促
しているのだ。

安倍首相とトランプ氏は19日午前の共同記者会見で拉致問題についても
語った。トランプ氏は拉致被害者について、「日本に帰れることを大事に
考えている。私はこのことをシンゾーに約束した」と語った。救う会会長
の西岡力氏は語る。

「CIAは北朝鮮の情報当局にも接触しており、拉致被害者についても語
り合っていると思われます。その中で拉致被害者生存情報を得ているので
はないでしょうか。その上で拉致被害者の帰国に言及しているのです。勿
論、甘い期待はできませんが、拉致問題解決に向けてよい兆しだと思います」

国際政治は動いている。多くの日本人の命と運命がかかっている。国とし
てどう動くべきか、正念場である。日本の国会はもっとこうした大事な問
題に向き合うべきだ。
『週刊ダイヤモンド』 2018年4月28日・5月5日合併号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1229


◆いま必要な「サラダ・ボウル理論」

石岡荘十


日本では小さいときから障害を持つ子ども達を、特殊な存在として特別な学校で教育をすることが当然のように行われている。障害を持ち、盲・聾・養護学校で特別な教育を受けている児童・生徒は約10万人に上る。

「普通の学校へ通わせたい」
親がこう希望しても、障害を持つ子が一般の学校への入学を果たすには多くの困難を伴う。

受け入れられると、上記の地裁決定のように、それが美談風なニュースになるほど稀である。さすがに最近では、障害を持つ子どもが、障害を持たない同じ年代の仲間と一緒に学び成長していくことが、双方の人格形成に大きな意味を持つとして、障害児が一般の小・中学校で教育を受けるケースが増えているそうだ。しかし、まだまだ十分とはいえない。

私たちは障害を持った人をどのような存在として考えたらいいのだろうか。福祉国家として知られるデンマークで「ノーマライゼーション」という考え方が生まれたのはいまから半世紀以上前のことで、社会福祉を考える上で極めて重要な理念だといわれてきた。

ノーマライゼーションの理論は、はじめは、障害者が社会に適応していく手助けをする、そのことによって障害者が出来るだけ普通の社会に適応できるようにする、障害者をノーマルにするという考え方だった。

道路の段差を無くす、駅にエレベーターを設置する、車椅子の購入費を補助する------「まだまだ」と批判されながら、国や自治体の行政レベルで進められてきた様々な支援策の根拠になっている思想だと言ってもいいだろう。

このような施策は「同化主義」、つまり健常者を基準にして作られている社会のバリアーをなくし、障害者が健常者主導の社会に同化できるよう手助けをしようという考え方だ。

しかし、そこには多数の健常者がノーマルな存在で、障害者は「特異な存在」だという偏見がある。このような初期のノーマライゼーション理論には限界がある、と批判された。

そこに登場したのが、「多元主義」という考え方である。障害者を特異な存在としてではなく、当たり前の存在としてありのまま受け入れ共に生きていこうというものだ。

このような考え方を、「サラダ・ボウル理論」と言っている。一つひとつの野菜の個性をそのまま残しながら、いろいろな種類のナマの野菜をサラダの入れ物(ボウル)に盛りつけることで、別の味覚を創造する。そんな社会をイメージした理論だ。

障害者が健常者に近づくのではなく、目が見えない、耳が聞こえない、歩けなくとも、手助けは必要だが、そのままノーマルな存在として受け入れられるという考え方である。

重要な認識は、障害者をノーマライズするのではなく、健常者がひそかに持っている偏見をノーマライズするということだ。このような認識でいうと、現実は、明らかに健常者サイドに問題がある。

障害を持つ子どもは特別の教育施設に“隔離”されている。そんななかで、“普通”の学校で育った子どもに、大人になって突然、「障害者を特異な存在と思うな」と言っても、長年、無意識のうちに刷り込まれてきた差別意識や偏見を拭い去ることが出来るだろうか。

ノーマライズされなければならないのは、むしろ健常者と言われる人々が抱いている差別意識や偏見だと言えるのではないか。

自宅近くに聾学校があり、手話で話す生徒とバスに乗り合わせることがよくあるが、健常者と見られるほかの乗客が彼(彼女)らを「当たり前の存在」と受け入れている様にはとても見えない。

中には、見てはいけないものに出逢ったとでも言うように、ことさら目線を外らす気配さえ感じさせる。手話に興味津々の子どもの手を引っ張って、顔を無理やりそむけさせる親もいる。

「何で自分が-----」「まさか自分が------」
大きな病気になると、誰もがそう思う。ある調査では、障害者と認定された人、心臓病と診断された人は、100パーセントそう思うという。

だが人は経験して学習する。心臓手術の後、私は身体障害者となった。その経験は、身障者のことを改めて考えさせる “絶好”の大事件であった。よく言われるように「障害はその人の個性」である。自分もその個性を与えられたことで、別の世界が見えてきたような気がする。

日本は猛スピードで高齢社会に突き進んでいる。だから養老院、高齢者向け養護施設が盛んに造られている。それも空気のいい郊外に多い。

2018年05月05日

◆加計問題巡る首相への「嘘つき」批判

櫻井よしこ


「加計問題巡る首相への「嘘つき」批判 重要政策の反転こそ天に唾する
ものだ」
4月10日、「朝日新聞」が朝刊1面に「加計巡り首相秘書官」「面会記録に
『首相案件』」の見出しを掲げて報じた。3年前の2015年4月2日、愛媛県
及び今治市の職員と加計学園の幹部が(首相官邸で)柳瀬唯夫首相秘書官
(当時)と面会し、その際柳瀬氏が「本件は、首相案件」と述べたという
のだ。
4月11日、国会ではこの「職員メモ」を巡って激しい質問が飛んだ。「希
望の党」代表の玉木雄一郎氏は、安倍晋三首相を「嘘つき」と批判した。

尋常な批判ではない。安倍首相が、「嘘つきと言うからには、その証拠を
挙げていただきたい」と反論したのは当然である。こうした国会の状況
を、前愛媛県知事の加戸守行氏は憤りを込めて批判する。

「加計学園獣医学部新設問題の本質をなぜ見ないのでしょうか。岩盤規制
を切り崩そうとした安倍政権と、それを守ろうとした文部科学省や日本獣
医師会の闘いだったのです」

中村時広愛媛県知事は冒頭のメモは確かに県の職員が作成したもので、自
分は職員を信じていると述べた。一方県庁の役人に「首相案件」と述べた
とメモに書かれた柳瀬氏は、これを明確に否定した。「朝日」に寄せた氏
の反論のポイントは以下の通りだ。

●2015年4月当時は50年余りも新設が認められていなかった獣医学部の新設
をどうするかという制度が議論されており、具体的にどの大学に適用する
かという段階ではなかった。

●実際、その後「石破4原則」が決定、具体策の検討が開始された。

●翌、16年11月に獣医学部新設が国家戦略特区の追加規制改革事項として
決定された。

●具体的地点(大学)の選定は自分が首相秘書官の職を離れてかなり時間
が経って始まった。

●従って、自分が(15年4月段階で)首相案件だという具体的な話をするこ
とはあり得ない。

獣医学部新設を申請していた当事者の加戸氏は次のように語る。

「私たちは政府に獣医学部新設を15回も申請して15回全てはねられた。内
5回は、安倍内閣によってはねられたのです。安倍さんに『首相案件』だ
という気持ちが少しでもあれば、加計学園の獣医学部新設はもう何年も前
に実現していたはずです。

加計学園が獣医学部新設を認めてもらえたのは、国家戦略特区諮問会議に
民間の有識者が委員として参画し、彼らが既得権益にしがみつく獣医師会
と文科省の抵抗を打ち砕いたからです」

諮問会議は一連の審議には一点の曇りもないと発表している。では「職員
メモ」をどうとらえればよいのか。加戸氏の説明だ。

「面会日は2日、メモ作成は4月13日、実際の面会日の11日後です。記憶に
基づいて作成したことがうかがえます。実際の会話のニュアンスがどの程
度正確に反映されていたかも考える必要があります。柳瀬氏は否定してい
ます。私も官僚でした。その体験から考えて、柳瀬氏はどぎついことなど
言っていないだろうと思います」

この職員メモには下村博文氏が、安倍首相、加計孝太郎氏と食事をした際
に語ったとされる言葉も出てくる。それを下村氏は「迷惑だ」と否定した。

「『職員メモ』には首相や加計氏と私が三人で食事したと書かれています
が、そのようなことは一度もありません。従って発言もありません」

玉木氏らは首相を「嘘つき」と国会で非難したが、玉木氏以下、全員が、
小池百合子氏の下に走ったとき憲法改正にも安保法制にも賛成すると誓約
した。いま彼らは民進党に戻る中で、これら重要な政策について再び反転
しようとしている。もしそのようなことが現実となるならそれこそ、「嘘
つき」であろう。玉木氏の首相非難は、まさに天に唾するものであろう。
『週刊ダイヤモンド』 2018年4月21日号
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◆安珍・清姫伝説で有名な「道成寺」(御坊市)

石田 岳彦


長い階段を数えながら登ると確かに62段でした。上りつめたところには仁王門があり、当然のことながら仁王さんが立っています。門をくぐって左側には金属製の手水鉢が置かれていました。
 
小学校の音楽の時間に教わった童謡「道成寺」にある「62段の階(きざはし)をあがりつめたら仁王さん 左は唐銅(からかね)手水鉢」との歌詞は事実でした。しばしば追憶と感傷にふけります。

安珍・清姫伝説で有名な道成寺です。

大阪からJRの特急で御坊駅まで。そこから普通電車に乗り換え(本数が少ないので、時間的余裕と人数に応じてタクシーを利用するのがよいかと思います)、1駅行くと道成寺駅です。

改札を通り、踏切を渡って、駐車場と土産物屋(兼食堂)に挟まれた短い参道を通り抜けると冒頭の階段へ至ります。

62段の階段を登りつめ、仁王門をくぐると、正面に本堂、その右側(東側)には三重塔。いずれも江戸時代の建物で、相応に貫禄があります。

もっとも私の(おそらく、ほとんどの参拝客の)お目当ては、境内西側にある鉄筋コンクリート製の宝仏殿・縁起堂の中で待っています。

宝仏殿・縁起堂は1つ繋がりの建物で、仁王門から見て、手前の、入り口のある建物が縁起堂、奥が宝仏殿です。

縁起堂では、和尚さんが絵巻物(のコピー)を拡げ、安珍・清姫伝説についてユーモアを交えながら、絵解き説法をしてくださいます。説法は頻繁に繰返し行われるので、そう待たされることはないでしょう。

次に述べるように、安珍と清姫の伝説は、事件それ自体は極めて陰惨で後味の悪いものですが、和尚さんの語りのお蔭で、全く暗くなりません(それはそれで問題な気もしますが)。

時は平安時代前期の醍醐天皇の御世。安珍という若い僧侶が、熊野三山の巡礼のために奥州から紀伊の国にやってきました。

ところが、道中、安珍が土地の有力者の屋敷に泊まった際、その屋敷の娘である清姫は安珍に惚れてしまい、還俗して自分と結婚してくれるよう強く迫ってきたのです。

結果から見ると、ここで安珍はきっぱりと断るべきだったのでしょうが、清姫の執拗な懇願を拒絶し切れず、結局、巡礼を終えたら帰り道にまた清姫に会いに来ると嘘をつき、屋敷を後にしました。

その後、清姫は首を長くして安珍を待ちますが、約束の日になっても安珍は訪れません。清姫は屋敷を抜け出し、安珍を探し出しましたが、安珍は人違いだと嘘をつき、清姫を相手にしようとしません。

これも結果論ですが、安珍はここできちんとした謝罪のうえ、清姫と一緒になるなり、きっぱりと拒絶するべきだったのでしょう。清姫は悲しみの余り、半狂乱になってしまい、やがて蛇の化け物になり、安珍を猛追します。

安珍は死に物狂いで逃げ、道成寺に逃げ込み、寺の僧侶らに事情を話しました。僧侶らは鐘楼に吊ってあった梵鐘を下ろし、その中に安珍を隠しますが、清姫の化けた大蛇は梵鐘に撒きつき、火を噴いて安珍を焼き殺してしまい、自身は入水自殺してしまいました。お終い(実際の説法では、この後、夫婦円満その他の在り難い和尚さんのお話が続きます。)。

この事件は、記録(?)に残っている限り、日本で最古・・・かは知りませんが(未遂でよければ、イザナギ、イザナミの黄泉比良坂の件が最古の事例として挙げられそうです)、おそらく最も有名なストーカー殺人事件でしょう。

歌舞伎、謡曲等、様々な芝居の題材になっていて、道成寺ものというジャンルを形成しており、縁起堂にも様々な道成寺もののポスターが張っていました。

和尚さんの絵解き説法を聴き終えたら奥の宝仏殿に進みます。

道成寺の創建には複数の伝承があり、時期についてもはっきりしないそうですが、遅くとも奈良時代前半には建立されていて、古い寺宝・仏像も少なからず残っています。

その中で最も有名で、かつ特筆するべきものは、やはり国宝に指定されている平安時代の千手観音立像・伝日光菩薩立像、伝月光菩薩立像の仏像3体でしょうか。

肉付きのよい、がっしりとした体躯の堂々たるお姿です(ご多聞にもれず、写真撮影禁止なので残念ながら画像はありません。)。ここで、あれっと思われた方もいるかも知れません。

というのも、日光菩薩、月光菩薩は本来、薬師如来の左右を守る脇侍であり、他の如来や菩薩につくことは基本的に無く、また、千手観音は単体で祀られることがほとんどで、脇侍がつくことは、まず無いからです。
   
そういうこともあり、実のところ、この3体が1つのセットとして作成されたものか否かについては確証がなく、争いがあるとのことでした。

ちなみに奈良市の東大寺の法華堂では、千手観音ではありませんが、不空羂索観音と日光菩薩・月光菩薩という組み合わせが見られます。

こちらについては、日光菩薩と月光菩薩が後になってから余所のお堂より移されてきたのではないかとの説が有力なのだそうです。

大阪からはやや遠いですが、早起きをすれば余裕をもって日帰りできるはずです。白浜温泉への行き帰りに途中下車をして立ち寄るのもよいかもしれません。