2018年06月10日

◆お家騒動の真っ只中にある文藝春秋

櫻井よしこ


「お家騒動の真っ只中にある文藝春秋 論壇の中心を形成する日はくるだ
ろうか」

月刊「文藝春秋」は「中央公論」と共に輝くような雑誌だった。物書きを
目指す者たちが、その両方に毎月でも記事を書きたい、書かせてもらえる
力量を身につけたいと願っていたはずだ。

私はいま、物書きの端くれに連なっているが、私の物書き人生は文藝春秋
から始まっている。初めて記事を載せてもらったのは34年前の1984年だっ
た。「微生物蛋白について」という記事である。それ以前、私は英語で海
外新聞用に記事を書いていたため、微生物蛋白の報告は日本語で書く最初
の大型記事だった。

微生物蛋白は元々、日本の技術で生まれ、海外で家畜の飼料として本格的
に生産されていた。だが、日本では「石油蛋白」として報道されたため
に、印象も評判も悪く、各方面で集中砲火を浴び製品化には至らなかった。

なぜ、この記事を書いたのかといえば、当時私は米ボストンを本拠地とす
る月刊新聞の仕事をしており、その編集会議がルーマニアで開かれた。
チャウシェスク専制政治の下にある社会主義国に初めて行くのであれば、
何かこの国について記事を書こうと考え調査したら、日本と社会主義国間
の合弁事業の第一号がルーマニアにあった。それがこの微生物蛋白だった
のだ。

結論からいえば、先述のように日本発の技術はルーマニアでは活かされて
いたが、日本では潰された。潰したのは、「朝日新聞」だった。松井やよ
り氏の記事を発端として、反微生物蛋白のキャンペーンが展開されたのだ。

私は日本での取材に加えてルーマニアの現地取材を行い、当時シンガポー
ルの特派員になっていた松井氏にも電話で話を聞いた。幅広く網をかけ、
読み込んだ資料は大きな山となっていた。

それらを基に私は80枚の原稿を書いた。文藝春秋の当時の編集長は岡崎満
義氏だ。彼は原稿をバッサバサと切り60枚に縮めた。赤の入った原稿を、
私はまじまじと読んだものだ。あの詳細もこの描写も切られている。この
情報はとても苦労して確認したのに、跡形もなく消されている……。

しかし、ゲラになった文章を読んで深く反省した。スラスラと読める。読
み易くなっている。全体の4分の1が削除されたが、言いたいことは見事に
全部入っている。私の文章が下手だっただけのことなのだ。

大いに反省した後、題について納得できない言葉があった。「朝日新聞が
抹殺した“微生物蛋白”」という題の、「抹殺」は強すぎると言って、私は
抗議した。

だが、編集長は「その言葉がこの記事の本質なんだ」と言って譲らない。
私は編集長を説得できずに引き下がったのである。

その後、堤堯氏など名編集長と呼ばれた多くの編集者に多くのことを教え
てもらって、私は今日に至る。文藝春秋という媒体と、そこで知り合った
編集者諸氏はいわば本当の友人だ。

その文藝春秋がお家騒動の真っ只中だ。現社長は松井清人氏で、6月に退
任するらしい。松井氏が後任に選んだ社長はじめ役員に対して、文藝春秋
の幹部たちが異を唱えている。

人間関係の詳細については、私より詳しい人に任せたい。ただ松井氏に対
する批判が社内にあるのは当然だと思う。松井氏の下で文藝春秋はかつて
の大らかな総合雑誌であることをやめ、イデオロギー色の強いつまらない
雑誌になってしまったからだ。

このところどの号を見ても反安倍政権を謳う記事ばかりだ。安倍晋三氏を
「極右の塊」と呼んで「打倒安倍政権」を目指すと、会合でのスピーチで
語ったのも松井氏だ。文藝春秋が左右の論客を大らかに抱えて日本の論壇
の中心を形成する日はくるのだろうか。6月末に文藝春秋の株主総会が開
かれる。そのとき彼らは新しい出発点に立てるのだろうか。
『週刊ダイヤモンド』 2018年6月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1234 


◆木津川だより 7世紀の木津川流域

白井 繁夫


7世紀になると朝鮮半島の3国(百済.新羅.高句麗)は再び戦乱の時代となりました。
隋が(612年)110万余の兵力で高句麗遠征を始め614年まで続きました。

その後、隋から唐(618)になり、太宗.高宗の時代、再び高句麗出兵(644年から3度)が実行されました。唐と同盟を結んだ新羅は、百済も攻めて、660年に百済を滅ぼし、更に、唐.新羅連合軍は668年に懸案の高句麗をも滅亡させたのです。

隋.唐の侵略戦争から逃れて、我国に渡来した人達が「木津川流域」にも住むようになりました。倭国は、百済と伝統的に親密な関係があったので、660年までに救援軍を出兵すべきだったのでしょう。その間の大和朝廷の状況をいま少し振り返って見ようと思います。

6世紀末頃の蘇我氏は皇族との婚姻を通じて勢力を拡大し、蘇我馬子は587年政敵であり対立する非仏派の大豪族物部守屋を倒して絶大な権勢を得ました。

593年には日本史上、初の女帝:推古天皇を擁立し、政治の補佐役に甥の厩戸皇子(聖徳太子)を起用して皇太子にしました。

聖徳太子は蘇我馬子と協調して、仏教を重視し、天皇を中心とする中央集権国家を目指し、
冠位十二階や十七条憲法を制定しました。

『日本書紀』によると、崇峻天皇元年(588)、百済から倭国へ仏舎利や僧6名とともに技術者「寺工(てらたくみ)2名、鑢盤(ろばん:仏塔の相輪の部分)博士1名、瓦博士4名、画工1名」派遣されました。

法興寺(飛鳥寺)は、馬子が開基(596年)した蘇我氏の氏寺です。本尊の釈迦如来坐像(飛鳥大仏)は、6世紀作の重要文化財です。588年に百済からきた技術者「寺工や瓦博士など」によって造営された日本最古の本格的な仏教寺院であったと云われています。

都が飛鳥から平城京への遷都(710)に伴い、法興寺(飛鳥寺)は元興寺(がんごうじ)として718年に奈良市へ移りました。(現在の元興寺極楽坊本堂と禅室の屋根の一部に現在も1400年前の創建当時の「古瓦」が混じっていると云われています。)

推古34年(626)蘇我馬子が没し、蘇我蝦夷(えみし)が本宗家を継いでから17年後、皇極2年(643)11月、蘇我入鹿(いるか)が、斑鳩(いかるが)の上宮王家を襲撃して一族を悉く滅亡させたのです。蘇我本家の専横著しい行為に対して大反発が起りました。(上宮王家:聖徳太子の遺子、有力な皇位継承資格者:山背大兄王の一族)

2年後の皇極4年6月12日、中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌子(後の藤原鎌足)等により、入鹿は飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)において謀殺されました。(乙巳「イッシ」の変)、翌日(6月13日)父の蘇我蝦夷も自害し、4代続いた蘇我氏本宗家が滅し、6月14日、皇極天皇は軽皇子(孝徳天皇)に譲位しました。

孝徳2年(646)正月に改新の詔を発して、政治改革に乗り出し、宮(首都)を飛鳥から難波宮(大阪市中央区)へ移し、飛鳥の豪族中心政治を天皇中心の中央集権国家に変え、
孝徳天皇は皇太子を中大兄皇子(天智天皇)とする体制を採りました。大化の改新です。
改新の詔の内容:公地公民制、令制国、税(租.庸.調)などの内容説明は省略します。

その後、孝徳天皇と皇太子(中大兄皇子)との政策の相違があり、皇太子が難波長柄豊碕宮から飛鳥へ遷るとき、皇祖母尊(皇極天皇)と皇后、皇弟(大海人皇子)や、臣下の大半を連れて大和に赴きました。(翌年:654年孝徳天皇は病により崩御されました。)

36代孝徳天皇が次代天皇を定めず逝去したため、35代皇極天皇が重祚(ちょうそ:1度退位した君子が再び位に就くこと:再祚)して、37代斉明天皇(655年)となり、皇太子は中大兄皇子(天智天皇)に決まったのです。

斉明天皇時代に百済から救援の要請もありましたが、北方征伐が優先され、658年〜660年に蝦夷と粛慎(しゅくしん:狩猟民族)を討伐したのです。

その後、660年に百済敗北後の百済遺民の百済復興運動の要請に応じて、斉明天皇は百済救援軍の派遣を決定しました。

661年5月、第1派1万余の兵員九州筑紫に集結しますが、斉明天皇急死して仕舞ったのです。

そこで、朴市秦造田来津(いちはたのみやつこたくつ)を司令官に任命し、3派にわけて663年までに約4万2千人、倭船約8百隻派遣して、百済遺民約5千人との連合軍が朝鮮半島の白村江(はくすきえ:はくそんこう:現在の錦江河口付近)で唐.新羅連合軍(唐約13万人、新羅約5万人、唐船約170隻)と663年(天智2年)8月戦いました。白村江の戦いです。

倭国兵約1万人戦死、船約4百隻火災破損の大敗を喫した。倭国水軍は残った船に倭国兵や百済遺民兵の倭国希望者も乗船して、新羅連合軍に追われながらやっとの思いで帰国しました。

その後、668年には首都の平壌城が唐軍により攻略され高句麗は滅亡しました。唐にとっては北の勢力である突厥に続き高句麗にも勝利し、北方の脅威を排除でき、675年に唐が撤収して、新羅により朝鮮半島が統一されました。

天智天皇は「白村江の戦い」に敗れた結果、朝鮮半島の権益を失い、大陸の強大な唐.新羅連合軍の報復と侵攻に防備した国家体制の整備と国内に防衛網を早急に築くことに傾注しました。

北九州の太宰府に水城(みずき)砦、瀬戸内や西日本各地(長門城、屋島城など)に古代山城の防衛砦を築き、九州の沿岸には防人(さきもり)を配備したのです。

667年には都を内陸の近江大津(近江京)へ移し、668年即位して「近江朝廷之令」(近江令:おうみりょう)を発しました。律令制導入の先駆的法令です。

天智天皇10年(671)に新しく大友皇子を太政大臣として、蘇我赤兄.中巨金を左右大臣、蘇我果安.巨勢人.紀大人を御史大夫とする官職が制定されました。しかし、大海人皇子(後の天武天皇)は圧迫感を感じて、11月に吉野に退隠することにしたのです。

木津川流域を挟んで難波(淀川)、飛鳥.大和(木津川)、近江(宇治川)が話題となる
「壬申の乱」は日本の古代史最大の内乱(戦争)で、地方の豪族を味方につけた反乱者(皇弟)が勝利する歴史となります。
        
(郷土愛好家)

2018年06月09日

◆シンガポール会談はプロセスの出発点

                                杉浦 正章



「戦争終結宣言」のあとは日本の支援が焦点

12日の米朝首脳会談で最優先となるのは、安全保障と引き換えに、北
朝鮮の朝鮮労働党委員長金正恩に核兵器開発を放棄する用意があるという
確約をとりつけることだろう。

事態は戦争勃発以来70年ぶりの「朝鮮戦争の終結宣言」に向かう。拉致問題
はトランプが取り上げる方向だが環境整備にとどまるだろう。安倍自身が
金正恩との直接会談で話し合うしかない。トランプはシンガポール会談
を、「複数の首脳会談へのプロセスの出発点」と位置づけており、解決は
長期化するだろう。

シンガポール会談では終戦宣言を発出することで一致するだろう。しか
し、具体的には当事国が米朝に加えて中国、韓国の4か国による調印とな
る必要があるから、早くても秋以降となる可能性が高い。

トランプも「シンガポールでは戦争終結に関する合意で署名できる」と述
べている。1950年に始まった朝鮮戦争は53年に米国と北朝鮮、中国に
よって休戦協定が結ばれたが、平和協定が締結されていないため、現在も
法的には戦争が継続状態となっている。

4月27日の韓国と北との板門店宣言では「今年中に終戦を宣言、休戦協定
を平和協定に転換して恒久的で堅固な平和体制の構築に向けた南北米の3
者または南北米中の四者会談を開催する」方針が確認されている。

北の非核化で米国が理想とするのは南アフリカの例だ。南アは1989年の
F・W・デクラーク大統領の就任後、自主的に6つの核兵器を解体。核不拡
散条約(NPT)に加盟し、自国施設に国際原子力機関(IAEA)の査察団を
受け入れた。 

北朝鮮の場合には、兵器や技術が隠されている可能性があり、北が申告し
た施設だけでなく大々的な査察が必要になる。ただ金正恩は「段階的かつ
同時的」アプローチを呼び掛けており、そこに北のトリックがあるという
見方もある。北朝鮮が核兵器放棄を正直に進めるのか、可能な限り非核化
を先延ばしする“策略”なのかは分からないからだ。過去の例から見れば信
用出来ない最たるものなのだ。

トランプは秋の米中間選挙に北朝鮮問題を結びつけようとしていることが
歴然としており、そのための象徴となるのが「朝鮮戦争の終結宣言」とな
ることは間違いない。まさにこれといった成果のないトランプにとって、
北朝鮮問題はアピールするにうってつけの材料だが、事実上終結している
戦争終結を改めて宣言しても、米国のマスコミが成果として認めるか疑問
だ。 

日本にとって核問題と並んで重要なのは拉致問題だが、トランプと金正恩
との会談での優先順位はどうしても非核化に置かれるだろう。おそらく金
正恩もそれを見抜いており、従来の「解決済み」との方針から離脱するの
は難しいかも知れない。

4月29日に韓国大統領文在寅は安倍に電話で「金正恩委員長は日本と対話
の用意がある」と伝えてきたが、北との融和の過程としての日朝首脳会談
は極めて重要なものとなることは確かだ。

なぜならトランプがたとえ拉致問題を取り上げても、それは「交渉」には
なりにくいからだ。交渉はあくまで日朝間で行うことになる。トランプは
「拉致問題が解決すれば日朝関係が劇的に変わる」と述べているが、これ
は3人の米国人の解放と米国の変化を重ね合わせたものだろう。安倍もそ
の辺は認識しており、「最終的には金正恩委員長との間で解決しなければ
ならないと決意している」と述べている。

一方、経済問題が密接な関わり合いを持つが、国務長官ポンペオは、「経
済支援は北朝鮮が真の行動と変化を起こすまであり得ない。日本による経
済支援も同じだ」と述べており、一挙に経済支援に結びつける方針は示し
ていない。安倍も「国交正常化の上で経済協力を行う用意がある」とクギ
を刺している。

しかし、最終的には日本の経済支援を、北朝鮮ばかりか米国も当てにして
いることは間違いないことだ。総書記金正日が日本人拉致を認めた2002年
には、首相小泉純一郎が、北朝鮮に100億ドルを支払う構想があったが、
実現していない。気をつけなければならないのは北による“やらずぶった
くり” であろう。


◆神社に宿る日本人の「和の心」

加瀬 英明


4月24日に、カナダ最大の都市トロントで、男がバンを運転して、歩行者
を次々とはね、多くの死傷者が発生する事件が起った。まだ、犯人の動機
が判明していないが、イスラム国(IS)がかかわるテロ事件ではない
か、疑われている。

ヨーロッパも、イスラム過激派のテロに戦(おのの)いている。中東では、
シリア、イエメン、リビアをはじめとする諸国で、イスラムの2大宗派の
スンニー派と、シーア派による凄惨な抗争に、出口が見えない。宗教戦争だ。

もっとも、アフリカ、アジアに目を転じると、イスラム教徒がキリスト教
徒を迫害しているだけでなく、中央アフリカ共和国では大多数を占めるキ
リスト教徒が、ミャンマー、タイでは多数を占める仏教徒が、弱者のイス
ラム教徒を圧迫して殺害している。

ミャンマーでは、事実上の最高指導者である、アウンサン・スーチー女史
が黙認するもとで、イスラム教徒のロヒンギャ族を迫害している。70万
人のロヒンギャ族が国外に脱出し、数百人が虐殺されている。

タイでは、分離独立を求める南部のイスラム教徒を弾圧して、この1年5
だけで、7000人以上のイスラム教徒が殺害されている。

スリランカでも、人口の70%を占める仏教徒が、17%に当たるイスラム教
徒を迫害して、多くの生命が失われている。

日本では、仏教は平和の宗教だと思っているが、日本の中だけで通用する
ことだ。

インドは平和国家として知られているが、毎年、多数派のヒンズー教徒が
イスラム教徒を襲撃し、多数の死者が発生している。イスラム教徒が、ヒ
ンズー教の聖牛である牛を殺して、食べることから敵視されている。

アメリカでも、人権が高らかに謳われているのにかかわらず、人種抗争が
絶えない。「個人」が基本とされている社会だから、人々が対立しやす
く、人と人との和を欠いている。銃による大量殺戮事件が多発している。

中国では、漢民族が新疆ウィグル自治区でイスラム住民を、世界の屋根の
チベットでジェノサイド(民族抹殺)をはかっている。

そこへゆくと、日本は幸いなことに、太古の時代から宗教戦争と、無縁で
あってきた。

「宗教」という言葉は、明治に入るまで漢籍に戴いていたが、使われるこ
とがなかった。

明治初年に、キリスト教の布教が許されるようになると、それまで日本に
は他宗を斥ける、独善的な宗派が存在しなかったために、古典から「宗
教」という言葉をとってきて、あてはめたのだった。

それまで、日本には「宗門」「宗旨」「宗派」という言葉しかなく、宗派
は抗争することなく、共存したのだった。

「宗教」は、英語の「レリジョン」(宗教)を翻訳するのに用いた、明治
訳語である。

英語の「レリジョン」、フランス語の「ルリジオン」、ドイツ語の「レリ
ジオン」の語源であるラテン語の「レリギオ」は、「束縛」を意味している。

「個人」も、明治訳語だ。日本人は世間によって生かされ、そのなかの一
人だった。

日本人の中で、日本人は年末になると、クリスマスを祝い、7日以内に寺
の“除夜の鐘”を謹んで聴いて、夜が明けると初詣に急いで、宗教の梯子を
するからいい加減だと、自嘲する者がいる。

だが、これが日本の長所であり、力なのだ。古代から「常世(とこよ)の国
信仰」といって、海原の彼方から幸がもたらされると信じた。日本では何
でも吸収して、咀嚼して役立てるのだ。

神道は私たちが文字を知る前に生まれた、心の信仰であって、文字と論理
にもとづく宗教ではない。人知を超える自然を崇めるが、おおらかで、他
宗を差別せず、中央から統制する教団も、難解な教義も、戒律もない。

神社を大切にしたい。私たちは、心の“和”の民族なのだ。

◆北をめぐる米中の闘いが激化

櫻井よしこ


6月12日の米朝首脳会談はどうやら開催されそうだ。劇的な展開の中で、
はっきりしなかった展望が、少し明確になってきた。米国が圧倒的優位に
立って会談に臨み、拉致問題解決の可能性にも、安倍晋三首相と日本が一
歩近づくという見込みだ。

5月24日夜、トランプ大統領は6月の米朝会談中止を宣言した書簡を発表
し、朝鮮労働党委員長、金正恩氏の鼻っ柱を叩き潰した。9日にポンペオ
国務長官が3人の米国人を連れ戻してから2週間余り、トランプ氏の考えは
どう変化したのか。

まず、5月16日、北朝鮮の第一外務次官・金桂寛氏が、ボルトン国家安全
保障問題担当大統領補佐官を個人攻撃し、米国が一方的に核放棄を要求す
れば「会談に応じるか再考せざるを得ない」と警告した。

1週間後の23日、今度は桂寛氏の部下の崔善姫外務次官がペンス米副大統
領を「政治的に愚鈍」だと侮蔑し、「米国が我々と会談場で会うか、核対
核の対決場で会うか、米国の決心と行動次第だ」と語った。

トランプ氏は23日夜に暴言を知らされた後就寝し、翌朝、ペンス、ポンペ
オ、ボルトン各氏を集めて協議し、大統領書簡を作成したそうだ。

内容は首脳会談中止と、核戦力における米国の圧倒的優位性について述べ
て、「それを使用する必要のないことを神に祈る」とする究極の恫喝だっ
た。24時間も待たずに正恩氏が音を上げたのは周知のとおりだ。

首脳会談が開催されるとして、結果は2つに絞られた。➀北朝鮮が完全に核
を放棄する、➁会談が決裂する、である。これまでは第三の可能性もあっ
た。それは米本土に届くICBMの破棄で双方が合意し、北朝鮮は核や
中・短距離ミサイルなどについてはさまざまな口実で時間稼ぎをする、そ
れを中韓両国が支援し、米国は決定的な打開策を勝ち取れず、年来のグズ
グズ状態が続くという、最悪の結果である。

不満だらけの発言

今回、第三の可能性はなくなったと見てよいだろう。米国は過去の失敗に
学んで、北朝鮮の自分勝手な言動を許さず、中国への警戒心も強めた。ト
ランプ氏は22日の米韓首脳会談で語っている。

「北朝鮮の非核化は極めて短期間に一気に実施するのがよい」「もしでき
なければ、会談はない」

トランプ氏は米国の要求を明確にし、会談延期の可能性にも言及しなが
ら、正恩氏と会うのは無条件ではないと明確に語ったわけだ。

中国関連の発言は次のとおりだ。

・「貿易問題を巡る中国との交渉においては、中国が北朝鮮問題でどう助
けてくれるかを考えている」

・「大手通信機器メーカー中興通訊(ZTE)への制裁緩和は習(近平)
主席から頼まれたから検討している」

・「金正恩氏は習氏との2度目の会談後、態度が変わった。気に入らな
い。気に入らない。気に入らない」
 トランプ氏は3度繰り返して強い嫌悪感を表現している。

・「正恩氏が中国にいると、突然報道されて知った。驚きだった」

・「習主席は世界一流のポーカー・プレーヤーだ」

北朝鮮問題での中国の協力ゆえに貿易問題で配慮しているにも拘わらず、
正恩氏再訪中について自分には通知がなく、米国が求める短期間の完全核
廃棄に関して、習氏は北朝鮮同様、段階的廃棄を主張しているという、不
満だらけの発言だ。

この時までに、トランプ氏は自分と習氏の考えが全く異なることを実感し
始めていたであろう。中国は国連の制裁決議違反とも思える実質的な対北
朝鮮経済援助を再開済みだ。中朝国境を物資満載のトラックが往き交い、
北朝鮮労働者は通常ビザで中国の労働生産現場に戻っている。

こんな中国ペースの首脳会談はやりたくない、だが、米国の対中貿易赤字
を1年間で約10兆円減らすと中国は言っている。2年目にはもう10兆円減ら
すとも言っている。どうすべきか。こうした計算をしていたところに、善
姫氏によるペンス副大統領への攻撃があり、トランプ氏はこれを利用した
のではないか。

いま、米国では民主、共和両勢力において対中警戒心が高まっている。米
外交に詳しい国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏が指摘した。

「米国の中国問題専門家、エリザベス・エコノミー氏が『中国の新革命』
と題して、フォーリン・アフェアーズ誌に書いています。習氏の中国を、
『自由主義的な世界秩序の中でリーダーシップを手にしようとしている非
自由主義国家である』と的確に分析し、国際秩序の恩恵を大いに受けなが
ら、その秩序を中国式に変え、自由主義、民主主義を押し潰そうとしてい
ると警告しています」

中国に厳しい目

エコノミー氏は、習氏の強権体制の下、あらゆる分野で共産党支配の苛烈
かつ非合法な、搾取、弾圧が進行中で、米国は中国との価値観の闘いの
真っ只中にあると強調する。

米国は本来の価値観を掲げ、同じ価値観を共有する日豪印、東南アジア諸
国、その他の発展途上国にそれを広げよと促している。
「もう一つ注目すべきことは、米国のリベラル派の筆頭であるカート・
キャンベル氏のような人物でさえも中国批判に転じたことです。彼はオバ
マ政権の、東アジア・太平洋担当の国務次官補で、非常に中国寄りの政策
を推進した人物です」

キャンベル氏は、これまで米政府は中国が米国のような開かれた国になる
と期待して助力してきたが、期待は裏切られた、もっと中国の現実を見て
厳しく対処すべきだという主張を同誌で展開している。

米国が全体として中国に厳しい目を向け始めたということだ。米中間経済
交流は余りに大規模なために、対中政策の基本を変えるのは容易ではない
が、変化は明らかに起きている。

5月27日には、米駆逐艦と巡洋艦が、中国とベトナムが領有権を争ってい
る南シナ海パラセル諸島の12海里内の海域で「航行の自由」作戦を実施し
た。同海域で、中国海軍と新たに武装警察部隊に編入された「海警」が初
めて合同パトロールを実施したことへの対抗措置だろう。

それに先立つ23日、米国防総省は環太平洋合同軍事演習(リムパック)へ
の中国軍の招待を取り消した。18日に中国空軍が同諸島のウッディー島
で、複数の爆撃機による南シナ海で初めての離着陸訓練を行ったことへの
対抗措置か。

中国の台湾への圧力を前に、トランプ政権は3月16日、台湾旅行法を成立
させ、米台政府高官の交流を可能にした。トランプ政権の対中認識は厳し
さを増しているのである。

シンガポールで、中国はいかなる手を用いてでも北朝鮮を支えることで、
朝鮮半島の支配権を握ろうとするだろう。それをトランプ氏はもはや許さ
ないのではないか。許さないように、最後の瞬間まで、トランプ氏に助言
するのが安倍首相の役割だ。
『週刊新潮』 2018年6月7日号 日本ルネッサンス 第805回

◆心筋梗塞は予知できる

石岡 荘十


まず、死因について。

私の父親も死因は「心不全」とされていたが、長い間、この死亡診断書に何の疑問も感じなかった。しかし、よく考えてみれば「心不全」というのは単に「心臓が動かなくなった」という意味であるから、病気の「結果」そのものであり、死のトリガー、「原因」ではない。

<最初は背中が痛いと言われたと報じられていた。亡くなった後では容易に心筋梗塞だったとは解らないのではないか。誰でも経験して学習し教訓に出来る病ではないので、発症した場合の対処は困難だろう>、これこそが「死因」となった心筋梗塞を疑わせる症状だ。

私も大動脈弁がうまく開閉しなくなり、10数年前人工の弁に置き換える手術を受けているが、そこに至る症状として<背中が痛い>を何年にもわたって、何度も経験している。

心臓の血流が途絶えると、背中が重苦しくなる。痛いと感じる人もいる。この苦しさは、血流が滞った程度(狭心症)の場合は、15分程度で回復する。不整脈のひとつ心房細動の時もそうだ。

私が何度も経験したが、それ以上自覚症状が長く、30分とか続くのは血管(冠動脈)が完全に詰まっている(心筋梗塞)だと考えた方がいい。ほっておけば死に至る。

胸が痛くなるという症状だと、「心臓がおかしいのではないか」と分かりやすいが、心筋梗塞になると左の奥歯がうずいたり痛くなったり、肩が凝ったりすることもある。歯医者や整形外科に駆け込む人もいるが、これは心筋梗塞の症状のひとつなのである。

歯医者で鎮痛剤をもらって「一丁上がり」となるが、じつは心筋梗塞の症状だ。こういうのを「放散痛」という。

不幸にして、こんな知識がなく死んでしまった後、患者を解剖すると死因が心筋梗塞であったことは明らかになる。

<発症した場合の対処は困難だろう>といっておられるが、心臓疾患の9割は、対処の仕方を誤らなければ、決して「死に至る病」ではないのである。

本誌常連の前田正晶さんが書いておられる記事が見事にそのポイントを突いている。
その要点をまとめると、

<失神するほどの、激痛と胸部に圧迫感があった。自分で119番に電話して症状を説明していた>

<放っておけば治るとかとは思ったが、何故かこれは「一過性の痛みではない」と判断した>

<救急患者を受付けてくれる大病院が多いこと、救急車が搬送してくれた先が国立国際医療センターだったこと、最も偉い先生が日曜日の当直だった>

<心筋梗塞に対応する準備が整っていたのだった。処置も素早かった>

<その判断が正しかったと後で解るのだが、私の場合は幸運の連続だった>

つまり、前田さまのケースは<幸運が重なった>結果であり、誰でもがこううまくいくわけではない。

年間の死者5千人を切る交通事故死にあの大騒ぎで安全運動を展開している。なのに、心臓疾患で年間15万人以上が死ぬ。なぜか。前田さんのような幸運の女神の恩寵に浴する人はそんなに多くない、それだけ啓蒙が行きわたっていないということだ。

<時間との争いであるなどとは知る由もないだろう。知識は皆無だった>とおっしゃるが、そんな人に幸運が訪れることは滅多にない。

この歳になったら、天下国家の危機を憂うる高邁な論議をする前に、わが身の危機管理に少しのエネルギーを注ぐべきだというのが私からのアドバイスだ。心臓病は<誰でも経験して学習し教訓に出来る病>なのである。

2018年06月08日

◆北をめぐる米中の闘いが激化

櫻井よしこ


6月12日の米朝首脳会談はどうやら開催されそうだ。劇的な展開の中で、
はっきりしなかった展望が、少し明確になってきた。米国が圧倒的優位に
立って会談に臨み、拉致問題解決の可能性にも、安倍晋三首相と日本が一
歩近づくという見込みだ。

5月24日夜、トランプ大統領は6月の米朝会談中止を宣言した書簡を発表
し、朝鮮労働党委員長、金正恩氏の鼻っ柱を叩き潰した。9日にポンペオ
国務長官が3人の米国人を連れ戻してから2週間余り、トランプ氏の考えは
どう変化したのか。

まず、5月16日、北朝鮮の第一外務次官・金桂寛氏が、ボルトン国家安全
保障問題担当大統領補佐官を個人攻撃し、米国が一方的に核放棄を要求す
れば「会談に応じるか再考せざるを得ない」と警告した。

1週間後の23日、今度は桂寛氏の部下の崔善姫外務次官がペンス米副大統
領を「政治的に愚鈍」だと侮蔑し、「米国が我々と会談場で会うか、核対
核の対決場で会うか、米国の決心と行動次第だ」と語った。

トランプ氏は23日夜に暴言を知らされた後就寝し、翌朝、ペンス、ポンペ
オ、ボルトン各氏を集めて協議し、大統領書簡を作成したそうだ。

内容は首脳会談中止と、核戦力における米国の圧倒的優位性について述べ
て、「それを使用する必要のないことを神に祈る」とする究極の恫喝だっ
た。24時間も待たずに正恩氏が音を上げたのは周知のとおりだ。

首脳会談が開催されるとして、結果は2つに絞られた。➀北朝鮮が完全に核
を放棄する、➁会談が決裂する、である。これまでは第三の可能性もあっ
た。それは米本土に届くICBMの破棄で双方が合意し、北朝鮮は核や
中・短距離ミサイルなどについてはさまざまな口実で時間稼ぎをする、そ
れを中韓両国が支援し、米国は決定的な打開策を勝ち取れず、年来のグズ
グズ状態が続くという、最悪の結果である。

不満だらけの発言

今回、第三の可能性はなくなったと見てよいだろう。米国は過去の失敗に
学んで、北朝鮮の自分勝手な言動を許さず、中国への警戒心も強めた。ト
ランプ氏は22日の米韓首脳会談で語っている。

「北朝鮮の非核化は極めて短期間に一気に実施するのがよい」「もしでき
なければ、会談はない」

トランプ氏は米国の要求を明確にし、会談延期の可能性にも言及しなが
ら、正恩氏と会うのは無条件ではないと明確に語ったわけだ。

中国関連の発言は次のとおりだ。

・「貿易問題を巡る中国との交渉においては、中国が北朝鮮問題でどう助
けてくれるかを考えている」

・「大手通信機器メーカー中興通訊(ZTE)への制裁緩和は習(近平)
主席から頼まれたから検討している」

・「金正恩氏は習氏との2度目の会談後、態度が変わった。気に入らな
い。気に入らない。気に入らない」
 トランプ氏は3度繰り返して強い嫌悪感を表現している。

・「正恩氏が中国にいると、突然報道されて知った。驚きだった」

・「習主席は世界一流のポーカー・プレーヤーだ」

北朝鮮問題での中国の協力ゆえに貿易問題で配慮しているにも拘わらず、
正恩氏再訪中について自分には通知がなく、米国が求める短期間の完全核
廃棄に関して、習氏は北朝鮮同様、段階的廃棄を主張しているという、不
満だらけの発言だ。

この時までに、トランプ氏は自分と習氏の考えが全く異なることを実感し
始めていたであろう。中国は国連の制裁決議違反とも思える実質的な対北
朝鮮経済援助を再開済みだ。中朝国境を物資満載のトラックが往き交い、
北朝鮮労働者は通常ビザで中国の労働生産現場に戻っている。

こんな中国ペースの首脳会談はやりたくない、だが、米国の対中貿易赤字
を1年間で約10兆円減らすと中国は言っている。2年目にはもう10兆円減ら
すとも言っている。どうすべきか。こうした計算をしていたところに、善
姫氏によるペンス副大統領への攻撃があり、トランプ氏はこれを利用した
のではないか。

いま、米国では民主、共和両勢力において対中警戒心が高まっている。米
外交に詳しい国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏が指摘した。

「米国の中国問題専門家、エリザベス・エコノミー氏が『中国の新革命』
と題して、フォーリン・アフェアーズ誌に書いています。習氏の中国を、
『自由主義的な世界秩序の中でリーダーシップを手にしようとしている非
自由主義国家である』と的確に分析し、国際秩序の恩恵を大いに受けなが
ら、その秩序を中国式に変え、自由主義、民主主義を押し潰そうとしてい
ると警告しています」

中国に厳しい目

エコノミー氏は、習氏の強権体制の下、あらゆる分野で共産党支配の苛烈
かつ非合法な、搾取、弾圧が進行中で、米国は中国との価値観の闘いの
真っ只中にあると強調する。

米国は本来の価値観を掲げ、同じ価値観を共有する日豪印、東南アジア諸
国、その他の発展途上国にそれを広げよと促している。
「もう一つ注目すべきことは、米国のリベラル派の筆頭であるカート・
キャンベル氏のような人物でさえも中国批判に転じたことです。彼はオバ
マ政権の、東アジア・太平洋担当の国務次官補で、非常に中国寄りの政策
を推進した人物です」

キャンベル氏は、これまで米政府は中国が米国のような開かれた国になる
と期待して助力してきたが、期待は裏切られた、もっと中国の現実を見て
厳しく対処すべきだという主張を同誌で展開している。

米国が全体として中国に厳しい目を向け始めたということだ。米中間経済
交流は余りに大規模なために、対中政策の基本を変えるのは容易ではない
が、変化は明らかに起きている。

5月27日には、米駆逐艦と巡洋艦が、中国とベトナムが領有権を争ってい
る南シナ海パラセル諸島の12海里内の海域で「航行の自由」作戦を実施し
た。同海域で、中国海軍と新たに武装警察部隊に編入された「海警」が初
めて合同パトロールを実施したことへの対抗措置だろう。

それに先立つ23日、米国防総省は環太平洋合同軍事演習(リムパック)へ
の中国軍の招待を取り消した。18日に中国空軍が同諸島のウッディー島
で、複数の爆撃機による南シナ海で初めての離着陸訓練を行ったことへの
対抗措置か。

中国の台湾への圧力を前に、トランプ政権は3月16日、台湾旅行法を成立
させ、米台政府高官の交流を可能にした。トランプ政権の対中認識は厳し
さを増しているのである。

シンガポールで、中国はいかなる手を用いてでも北朝鮮を支えることで、
朝鮮半島の支配権を握ろうとするだろう。それをトランプ氏はもはや許さ
ないのではないか。許さないように、最後の瞬間まで、トランプ氏に助言
するのが安倍首相の役割だ。
『週刊新潮』 2018年6月7日号  日本ルネッサンス 第805回

◆フェイスブック、中国との危ないデータシェア

宮崎 正弘


平成30年(2018年)6月7日(木曜日)通巻第5719号 

 フェイスブック、中国との危ないデータシェアを認める
  華為ばかりか、レノボ、OPPO、TCLのスマホとも

 米議会が燃えるようにいきりたって、フェイスブックを糾弾している。
同社は世界60のデバイス・メーカーと契約し、データシェアをしてい
る。このなかに中国の華為技術(フアウェイ)、レノボ、OPPO、
TCLのスマホが加わっていた。

 すでに米国連邦政府ならびに軍、公務員は華為(フアウェイ)、
ZTE(中興通訊)の使用を禁じられており、また米軍兵士は華為、
ZTEのスマホの使用を禁止されている。

 議会で「中国制裁」を騒いでいるのはなにも共和党の対中強硬派だけで
はなく、民主党とのシューマー上院議員(ニューヨーク選出)、ペロシ院
内総務など、どちらかといえばリベラルな議員のほうが、この問題では過
激である。フェイスブック問題は連邦議会で超党派の合意がある。

 おりしもトランプ政権は中国との貿易戦争でロス商務長官と劉?副首相
との会談が数回なされ、そして物別れに終わり、報復関税の出動が近いと
される。
 中国が土壇場で出してきた妥協案は「もし、関税強化を引っ込めるのな
ら」という条件付きで、米国から700億ドルの買い物をするなどという
曖昧な風呂敷だった。

 もっともフェイスブックに関しては、十代の利用者が離れつつあり、
『ニューズウィーク』(6月12日号、日本版)によれば、13−17歳
の利用率はユーチューブが85%、インスタグラムが72%、スナップ
チャットが69%で、フェイスブックは51%、ツィッターは32%に落
ち込んでいることがわかった。
        ▽◎◎み□△◎や◇◎□ざ▽◎○き○□▽
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  

 不思議な独裁者、習近平が現代中国にどうして生まれたのか
  あの日中友好ムードが、何故とげとげしい日中関係に陥没したのか

  ♪
石平v 矢板明夫『私たちは中国が世界で一番幸せな国だと思っていた』
(ビジネス社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 じつにスリルに富んだ体験談に溢れた本である。
ともに文革時代を中国で生きて、目の前で起きた惨劇を体験しただけに全
ての経験談が迫真に満ちているのだ。
 「子供の時分からこのような密告社会に身を置いていると、結論として
は誰もホンネを言わなくなる。嘘しかつかなくなる」(矢板)という実体
験が身に染みる。
 誰も信用しない社会は表面上、のっぺらぼうのシステムに見える。
 残留孤児として天津で育った矢板氏は、日本人であることがすなわち
「外国のスパイ」だとしていじめにあった。
ところが田中訪中があって、日中国交回復がなると、途端にちやほやされ
始め、その豹変ぶりになんとも言えない違和感を抱く。

対談相手の石平氏のほうはと言えば、両親は大学教授だったがために「知
識青年」として下放され、少年期を石さんは祖父の元で育った。漢方医
だった祖父は論語を教え、世間の常識を教える人だった。
 それでも周囲の環境を見ながら育つから、世の中はこんなものだと認識
していた。
 毛沢東の写真が掲載された新聞に芋を包んだだけで処刑されたおばさん
がいた。肉は配給で週に一度。極貧のなかにあっても、アメリカはもっと
貧しいと洗脳され、中国は世界一幸せな国民と信じてきた。
あの時代、情報が閉鎖され、操作されてきたからである。

 地獄の十年といわれた「文革」が終息し、やっとこさ大学が再開される
と、一斉に統一試験が行われたが、高校の先生と現役の生徒と、そして老
齢のひとも一斉に試験を受ける有様だった。生徒が合格し、先生が落ちた
という悲喜劇もあった。
 日本の映画が解禁されるや『君は憤怒の河を渡れ』と『幸せの黄色いハ
ンカチ』が凄まじいブームとなって、中国では高倉健がヒーローになっ
た。中野良子がヒロインだった。
 当時は日本を批判する社会的ムードは皆無に近く、友好友好と叫んで、
すこしでも日本に近付こうという社会風潮になった。
 北京大学をでて「配給された」仕事場が四川大学。そこで教鞭をとるこ
とになった石平氏は、本当のことを教えると周りから疎まれ、やがて日本
留学中の友人から『日本に来たら』と誘いを受けた。
じつに衝動的に日本語も出来ないのにふらりと日本に留学を決めたという。

 天安門事件で批判の嵐に直面した中国共産党は、突如『反日』に舵取り
を換え、爾後、中国において日本は敵となった。
無知蒙昧の大衆を統治するには、つねに仮想敵を必要としているからだ。
 なにしろ日本の温泉ブームにあやかった中国で、ならば一儲けと温泉発
見のために、日本から専門家を呼び寄せたが、それが『スパイ』とイチャ
モンをつけられて、まだ一年以上も勾留されている。我が物顔で中国にい
た「日中友好屋」も、なぜかスパイといわれ、まだ拘束されている。不思
議な国である。
 習近平がいかに無能であるかを、両人はその体験を踏まえて、実例を具
体的に挙げて描き出す。じつに示唆に富んでいる。
           ○○ ○○○○○ ○○○○○
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
宮崎正弘の新刊『アメリカの「反中」は本気だ』!   
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 
 ●○●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●○●
            \\ 宮崎正弘の最新刊 //
        ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
     ◎◎◎ 『アメリカの反中は本気だ』(ビジネス社) ◎◎◎
        ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ 
  ♪♪♪
宮崎正弘『アメリカの「反中」は本気だ』(ビジネス社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 ――アジア市場争奪の深刻な米中貿易戦争が始まった
――南シナ海は「中国の海」となり、「一帯一路」はアジア諸国への間侵略
ではないのか?
――AIIBは「阿漕な高利貸し」。親米だった国のなかには中国シフトが鮮明に。
――インドは反中に米国とともに立ち上がったが、日本はどうするのか?
――トランプは歴史的な同盟の組み替えを行っている。TPP離脱、
NAFTA見直し、パリ協定離脱、イラン核合意離脱。なにもかも、その
グランドデザインは、中国を同盟国から敵国への認定替えにある
 ――現況を世界史的視点から見ると世界とアジアの近未来はこのように見
えてくる
 https://www.amazon.co.jp/dp/4828420320/
 (AMAZONから購入は上記サイト。定価1404円)
       

◆春日局は光秀重臣の娘

                                                    毛馬 一三


春日局(かすが の つぼね)は、本名斎藤福(さいとう ふく)と云い、江戸幕府の3代将軍・徳川家光の乳母。「春日局」との名は、朝廷から賜った称号である。
ところが、福の父は本能寺の変で織田信長を暗殺した、明智光秀の重臣・斎藤利三で、福はその娘だった。
斎藤利三は捕えられ斬首されたが、そんな本能寺の変の主役の娘・福をどうして江戸幕府の大奥に招き入れ、大奥の頭の「春日局」にまで優遇したのだろうか。「謎」の一つだ。

<福は父斎藤利三の所領のあった丹後国の黒井城下館(興禅寺)で生まれる。丹波は明智光秀の所領であり、利三は重臣として丹波国内に、光秀から領地を与えられていた。
光秀の居城を守護するため、福知山城近郊の要衝である黒井城を与えられ、氷上群全域を守護していたものと思われる。福は、黒井城の平常時の住居である下館(現興禅寺)で生まれたとされている。

こうして福は、城主の姫として、幼少期をすごした。
その後、父は光秀に従い、ともに本能寺の変で織田信長を討つが、羽柴秀吉に山崎の戦いで敗戦し、帰城後に坂本城下の近江国堅田で捕らえられて斬首され、他の兄弟も落ち武者となって各地を流浪していたと考えられている。

そうなって福は、母方の実家の稲葉家に引取られ、成人するまで美濃の清水城で過ごしたとみられ、母方の親戚に当たる「三条西公国」に養育された。これによって、公家の素養である書道・歌道・香道等の教養を身につけることができた。>ウイキペディア
このような歴史背景から見て行くと、明智光秀の重臣だった父親の血を惹く実の娘が、江戸幕府に召し上げられて、「春日局」となるとは、首を傾げたくなる訳だ。

大阪堺の歴史家によると、徳川家康は本能寺の変の前に、織田信長を訪ね酒杯を頂きながら戦況を交わしている。明智光秀はこの酒杯のお世話を担務したが、段取りを信長に嫌悪されて過激の叱責を受け、信長側近の地位を剥奪された。
そこで信長を将来の身を絶望恨み、本能寺の変を決意したという。

ここで重要なことだが、重臣斎藤利三を遣って、徳川家康に信長暗殺を秘かに伝え、本能寺の変に突入したのだそうだ。そして徳川家康には、無事に京都から大阪を経て、堺まで逃げ込む方策を告げたのだという。

密告通り、京都で「変」が起こったことを知った家康は、迎えに駆けつけてきた斎藤利三の強力家来に誘導されて方策通り、堺に向けて脱出。そのあと伊賀の多数の忍者に擁護されながら、本拠城の三河城に苦労して辿りついたという。
この行動は、恰も本能寺の変とは「無縁」であり、むしろ「被害者」たる姿勢を世間に見せ付ける行動を敢えて披露したように見える。堺にはそれを裏付ける資料もが少々あるというのだ。

つまり、家康にとって、斎藤利三は命の恩人ということになる。秀吉にとってもゆるせない反乱重臣の一人斎藤利三こそ、家康にとっては恩返しをしなければならない重要人物であることは間違いないことになる。つまり、「福」は紛れもない命の恩人の娘だったのだ(歴史家)。
ところが、もう一つの見方もある。「謎」の二つ目である。

つまり、家康がすみやかに京都を脱出出来たのは、家康と光秀の間で、信長を暗殺する方策を事前から立案し合っていたものではないか。その脱出方策の実行を斎藤利三に任せ、家康の身の安全と、信長後任の詰めまでも、申し合わせていたのではないかと云う見方もある。つまり、家康こそ「暗殺首謀者」だとの見方だ。

方策は見事に成功した。ところが斎藤利三は斬首された。となれば上記と同様、家康は、紛れもない命の恩人の娘だった「福」に、父親の恩を返してやることを考えたに間違いないと考えられる。

さて、<福は、将軍家の乳母へあがるため、夫の正成と離婚する形をとった。慶長9年(1604年)に2代将軍・徳川秀忠の嫡子・竹千代(後の家光)の乳母に正式に任命される。このとき選考にあたり、福の家柄及び公家の教養と、夫・正成の戦功が評価されたといわれている。
家光の将軍就任に伴い、「将軍様御局」として大御台所・江の下で大奥の公務を取り仕切るようになる。寛永3年(1626年)の江の没後からは、家光の側室探しに尽力し、万や、楽、夏などの女性たちを次々と奥入りさせた。

また将軍の権威を背景に老中をも上回る実質的な権力を握る。
寛永6年(1629年)には、家光のほうそう治癒祈願のため伊勢神宮に参拝し、そのまま10月には上洛して御所への昇殿を図る。
しかし、武家である斎藤家の娘の身分のままでは御所に昇殿するための資格を欠くため、血族であり(福は三条西公条の玄孫になる)、育ての親でもある三条西公国の養女になろうとしたが、既に他界していたため、やむをえずその息子・三条西公条と猶妹の縁組をし、公卿三条西家(藤原氏)の娘となり参内する資格を得ている。

そして三条西 藤原福子として同年10月10日、後水尾天皇や中宮和子に拝謁、従三位の位階と「春日局」の名号及び天酌御盃をも賜るのである。
その後、寛永9年(1632年)7月20日の再上洛の際に従二位に昇叙し、緋袴着用の許しを得て、再度天酌御盃も賜わる。よって二位局とも称され、同じ従二位の平時子や北条政子に比定する位階となる。
寛永11年に正勝に先立たれ、幼少の孫正則を養育、後に兄の斎藤俊宗が後見人を務めた。寛永12年には家光の上意で義理の曾孫の堀田正敏を養子に迎えた。

寛永20年(1643年)9月14日に死去、享年64。辞世の句は「西に入る 月を誘い 法をへて 今日ぞ火宅を逃れけるかな」。法号は麟祥院殿仁淵了義尼大姉。墓所は東京都文京区の麟祥院、神奈川県小田原市の紹太寺にある〉。  ウイデペディア。
このように「福」の奇跡的な生涯を見て行くと、上記に<武家である斎藤家の娘の身分のままでは御所に昇殿するための資格を欠くため>とあって、これを秘匿した工作がはっきりしてくる。「謎」の一つは解けそうだ。

しかも、素晴らしい殿中での政治的画策の実現を図る、「福」の明晰な頭脳が分かる。

しかし、家康と明智光秀が共謀者同士だったかの、二つ目の「謎」は分からない。
                                        
この「春日局」の生涯には、誠に興味が深い。
以上

2018年06月07日

◆1億総白痴化は成った 

渡部 亮次郎


<1億総白痴化(いちおくそうはくちか)とは、社会評論家の大宅壮一(故人)がテレビの急速な普及を背景に生み出した流行語である。「テレビというメディアは非常に低俗な物であり、テレビばかり見ていると、人間の想像力や思考力を低下させてしまう」という意味合いが強い。

元々は、1957(昭和32)年2月2日号の「週刊東京」(その後廃刊)における、以下の詞が広まった物である。

「テレビに至っては、紙芝居同様、否、紙芝居以下の白痴番組が毎日ずらりと列んでいる。ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億総白痴化』運動が展開されていると言って好い。」

又、朝日放送の広報誌『放送朝日』は、1957年8月号で「テレビジョン・エイジの開幕に当たってテレビに望む」という特集を企画し、識者の談話を集めた。ここでも、作家の松本清張が、「かくて将来、日本人一億が総白痴となりかねない。」と述べている。

このように、当時の識者たちは、テレビを低俗な物だと批判しているが、その背景には、書物を中心とした教養主義的な世界観が厳然としてあったと考えられる。

書物を読む行為は、自ら能動的に活字を拾い上げてその内容を理解する行為であり、その為には文字が読めなければならないし、内容を理解する為に自分の頭の中で、様々な想像や思考を凝らさねばならない。

これに対して、テレビは、単にぼんやりと受動的に映し出される映像を眺めて、流れて来る音声を聞くだけである点から、人間の想像力や思考力を低下させるといった事を指摘しているようである。>『ウィキペディア』

都会でもいわゆる井戸端会議を聞くとも無く聞いていると、テレビが放った言葉や映像はすべて「真実」と受け取られて居る。だから納豆を朝夕食べれば痩せる、といわれれば、ちょっと考えたら嘘と分りそうなものなのに、納豆買占めに走ってしまう。

識者はしばしばマスメディアが司法、立法、行政に次ぐ「第4の権力」というが、実態は、マスメディア特にテレビを妄信する視聴者と称する国民の「妄信」こそが4番目の権力ではないのか。

手許に本がないので確認できないが、若い頃読んだものに「シオンの議定書」と言うのがあり、権力(政府)がヒモのついた四角い箱を各家庭に配置し、政府の都合の良い情報で国民を統一操作するという条項があった。

<シオン賢者の議定書
『シオン賢者の議定書』(しおんけんじゃのぎていしょ、The Protocolsof the Elders of Zion)とは、秘密権力の世界征服計画書という触れ込みで広まった会話形式の文書で、1902年に露語版が出て以降、『ユダヤ議定書』『シオンのプロトコール』『ユダヤの長老達のプロトコル』とも呼ばれるようになった。

ユダヤ人を貶めるために作られた本であると考えられ、ナチスドイツに影響を与え、結果的にホロコーストを引き起こしたとも言えることから『最悪の偽書』とも呼ばれている。

1897年8月29日から31日にかけてスイスのバーゼルで開かれた第一回シオニスト会議の席上で発表された「シオン24人の長老」による決議文であるという体裁で、1902年にロシアで出版された。

1920年にイギリスでロシア語版を英訳し出版したヴィクター・マーズデン(「モーニング・ポスト」紙ロシア担当記者)が急死(実際は伝染性の病気による病死)した為、そのエピソードがこの本に対する神秘性を加えている。

ソビエト時代になると発禁本とされた。現在、大英博物館に最古のものとして露語版「シオン賢者の議定書」が残っている。>『ウィキペディア』

議定書は19世紀最大の偽書とはされたが、19世紀末に既にテレビジョンの装置を予測し、しかもテレビを通じた世論操作を描いていたのだから、偽書を作った人物なり組織は天才的というほかは無い。

実際、日本では昭和28年のテレビ本放送開始とともに、大衆は力道山の空手チョップを通じて、電波の魔力にしびれていたが、あれから数十年、いまでは「テレビこそ真実」という妄想を抱くに至った大衆と言う名の「妄想」が権力と化している。

たとえばテレビがそれほど普及していなかった時代、政治を志す人間にとって知名度と言うものが、最大のウィークポイントとされた。名前を有権者にどれだけ知れ渡っているかが、勝敗の分かれ目であった。

しかし、今ではそれはテレビに出演することで大半を解決できる。まして出演を繰り返すことが出来れば「露出度満点」でたちまち知名度は上がる。大衆がとっくに白痴化してしまって「テレビは真実」と妄想しているから万全だ。

かくて政治はテレビ制作者に合わせた政治を展開するようになった。国会の予算委員会がNHKテレビのタイムテーブルどおりに運営されていることを見るだけで明らかであろう。

その実態に気付きながら自身は気付いてないフリをして5年間も政権を維持したのは、誰あろう小泉純一郎氏である。

成果が上がらないまま、大衆の人気が落ちてくると、テレビは「総理の支持率が落ちた」と放送し、大衆は更にテレビを信じて支持率を下げる、という何とか循環に陥りながら気付かない。自分自身で考えることを何故しないの。

なんで支持しないか、テレビがそういっていたから。どこがいけないかなんて、私分らない、テレビに聞いて、が実態じゃないか。

このように、大宅壮一や松本清張の指摘したテレビによる「1億総白痴化」はとうの昔に完成しており、日本と言う国はテレビに振り回される低級国家に成り下がってしまっているのだ。

したがって政治は真実からはなれてテレビを妄信する大衆の白痴状態に合わせた流れを辿ってゆくはずである。また若いも中年も思い描くと言う「痩せればもてる」信仰がある限り、関西テレビがいくら止めても「痩せる偽情報」はどっかのテレビから永遠に流れるはずである。