2018年07月16日

◆NATO首脳会議をかき荒らした

宮崎 正弘


平成30年(2018年)7月13日(金曜日)通巻第5759号 

NATO首脳会議をかき荒らしたトランプとエルドアン
  プーチンは「敵ではないが、友人でもない。競合相手だ」とトランプ

NATO首脳会議(7月11日―12日。29ヶ国のNATO加盟国首脳が参
加)を終えて、トランプ大統領はつぎに英国を公式訪問する。

ロンドンでは歓迎ムードはなく、メイ政権は内紛の最中。非常に冷淡にト
ランプを迎えるだろう。

その後、ヘルシンキへ飛んでロシアのプーチン大統領と米露首脳会談を行う。

ブラッセルで記者会見に臨んだトランプは、「プーチンは敵ではないが、
友人でもない。いつか友人になりたいものだ。いまは、競合相手として見
ている」とした。その理由は「クリミア併合とウクライナの混乱は気分を
害したが、しかしあれを許したのはオバマ前政権の不手際だ」とオバマ攻
撃を忘れなかった。

ロシアとは、新しいSTART(戦略核兵器削減条約)と、INF(中距
離核戦略)違反に関して討議し、軍備管理を議題とすると述べた。ロシア
制裁を強化するのか、緩和するのかの見通しは語らなかったようだ。

NATO首脳会議では「防衛分担をちゃんと加盟国は増大し、アメリカの
一方的負担を軽減するべきである」と、防衛費分担に背中を向ける諸国を
非難した。しかも「もし米国の要求が受け入れないなら、米国はNATO
から撤退する」とやや脅迫じみたニュアンスを籠めたのだった。

この会議で、もう一人の主役はエルドアン(トルコ大統領)だった。
 NATO首脳会議に乗り込んだエルドアンは、EU諸国のトルコへの態
度が気に入らないらしく、トランプとぴったり寄り添い、それをNATO
加盟国に見せつけた。

トルコの情報機関は、その直前にウクライナとアゼルバイジャンで、ギュ
ラン師の反政府集団の工作活動を展開していた2人のスパイを拘束し、自
家用ジェット機でイスタンブールに連れ帰った。

これは換言すれば、主権国家に侵入し、容疑者を拉致していったことにな
り(金大中事件と同じ)、国際的非難を浴びることを意味するのに、ウク
ライナも、アゼルバイジャンも沈黙している。
 
エルドアンはNATO首脳会議で、朝から晩まで精力的に動き回り、イタ
リアの新首相、フランスのマクロン大統領、ギリシアのツィピラス首相ら
と意見を交換したばかりか、ブラッセルにあるNATO司令部のトルコ連
絡事務所に、ウクライナのポロシェンコ大統領、アゼルバイジャンのアリ
エフ大統領、ボスニアのイゼトビゴビッチ大統領などを招いて会談している。

エルドアンがNATOに要求しているのは、イスタンブールにあるトルコ
軍司令部をNATOの新しい陸軍司令部として組織再編するという大胆な
提案だ。

くわえてイラクにおけるNATOの訓練部隊副司令官をトルコが派遣する
ことが決まっているが、NATO軍司令本部にトルコ軍の役割を増大させ
ることも要求した。

       
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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  ♪
樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 1759回】                 
――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(15)
中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政?社 大正4年)

    △

以後、中野の満洲改造論が詳細に展開されるが、要は満州経営の拠点を長
春に移せということ。それというのも「長春は大連、釜山より哈爾濱に至
る大線路と、清津より蒙古に入る大線路との交叉點となり、優に經濟上の
大中心地となり得」るだけではなく、「露國の哈爾濱と相對立するを得」
ることで、「日露の勢力境界線」と位置づけることができるからだ。
中野にとって満蒙経営は、やはり対露戦略上の重要課題であった。

中野は北上し吉林に至る。「嗚呼京都に似たる吉林」「連なる屋甍も甚だ
麗はしく揃ひて、毫も所謂支那街の穢らしき形體を有せず」と記している
ところからして、吉林に魅せられたらしい。

吉林在住日本人は400人余で、「中に七十餘人は忌まはしき醜業婦なり
と云ふ」。400人中70人とは6人に1人になるから、日本にとっての最前線
における彼女らの『役割』は「醜業」の2文字では表現し尽くすことは出
来ないだろう。

吉林に領事館が設置されたのは明治40年以降。だから「日本人の活動地
としては、滿洲中最新」である。

鉄道の附属地が設置されていないから、「滿鐵の行政なく、都督府の干渉
なく、又我一兵をも有せずして、住民は直接支那人及び支那官憲と相對し
て、或は彼等の保護を受け、或は彼等に向つて權利を主張」しなければな
らない。そこで日本側は「官民一致して相助け相倚り、支那人に對しても
却て良好の關係を持續しつゝあり」。

「領事あり、附屬地あり、滿鐵あり、都督府あり、守備兵ある滿鐵沿線
に於て、却て住民の怨嗟の聲あるに反し、何等我行政權の及ばざる吉林に
於て、住民相助け、外は支那側との交渉さへ、遺憾なきに近し」というこ
とは、やはり満鉄(政府)、都督府(陸軍)、領事館(外務省)の「三頭
政治の、如何に惡政なるかを察すべきなり」とした後、中野は「惡く治む
るは、寧ろ治めざるに如かざるなり」と綴った。

満洲各地を歩き「大陸の雄大を感」じた中野は、一方で「滿鐵の遺利を
拾ひ、或は同胞と共喰ひする日本人は、小さくして鼠の如き」姿に、「地
形の雄大なるに比して、日本男兒の齷齪たるを情けなく思」ったのである。

この街で偶々、徒手空拳ながら「支那を遊?して利源を調査せんと欲
し」て北海道を発ち、上海に上陸し「南清北滿を經廻り」ながら調査を続
ける福島生まれの青年に出会う。

言葉も出来ないし資金もない。行く先々で働き口を見つけては最低限の生
活を続けながら日本の将来を考える若者に接した中野は、「新日本の前途
は此徒の肩に懸る所多し」とした後、資産家が資金を与え海外に送り出し
前途有為の若者を鍛えるドイツの姿を紹介し、『この一瞬のカネ儲け』に
腐心する日本の資産家を嘆き、さらには「今日滿蒙に於ける我利權確立せ
ずとて、面白半分に狂躁する徒輩」が「日比谷松本樓の酒に醉ひな」がら
オダを挙げる姿を嘆く。つまり国内に留まって、国威発揚・国益擁護を
『酒の肴』にしているようでは国益の伸張は覚束ないということだ。

「露國は實に久しき以前より」、福島生まれの青年のような有為の若者を
「外蒙一帶の要地に派出し、土地、風俗、人情、物産、交通等を詳らかに
調査せしめ、公然の談判を開きて蒙古を支那より分離せしむる以前、夙に
其内を露國化せしめたるなり」と、ロシアの用意周到な外蒙取り込み策を
示したうえで、「日本は東亞の君子國、固より虎狼の國に學ぶべきに非ず
と雖も、軍國主義と稱せらるゝ露國すら、其政治的に蒙古に進むに先だち
ては、第一に風俗、?育、習慣の移植に於て、支那に勝ち、支那を壓し、
支那を驅逐せしを思はざる可からず」。現在、外蒙人が内蒙に送り込ま
れ、その後方にロシアが控えている。

であればこそ「内蒙を維持するは支那の急務」であるばかりか、「日本の
權利なり」。

◆国会は一日も早い憲法改正の実現に

櫻井よしこ


「国会は一日も早い憲法改正の実現に向け国民の意思問う機会をつくる
のが責務だ」

7月5日付の「産経新聞」が、与党は憲法改正手続きを定めた国民投票法改
正案の、いまの国会での成立を断念する方針だと報じた。5日の衆議院憲
法審査会で趣旨説明は行うが、実質審議には入らずに、継続審議にすると
いう。

改正案の内容は、一昨年成立した改正公職選挙法をそのまま国民投票法に
反映させるもので、これによって駅や商業施設に共通投票所が設置され、
より多くの人が投票に参加し易くなる。

自公与党は、共産、社民を除く野党と、前述の共同投票所の設置に加えて
テレビCMの規制なども検討することを前提に、5月時点では大筋で合意
していた。それが6月27日、自公と日本維新の会、希望の党などと共に共
同提出した改正案につながった。

だが、いま、枝野幸男氏の立憲民主党、玉木雄一郎氏らの国民民主党など
は憲法審査会の幹事懇談会にさえ、まともに出席しない状況が続いてい
る。こうして時間がなくなり、与党はいまの国会への提出を諦めるに至った。

背景に、憲法審査会は「全会一致」の運営が原則とされているという事情
がある。立民や共産党らは、この原則を盾に、「モリ・カケ」問題などの
説明が不十分だなどとの理由をつけて、審査会の開催そのものを妨げた。

結果としていまの国会では審査会は衆院ではたった1回、参議院では3回開
かれたのみだ。そのうち衆院と、参院における2回の開催は理事の選任手
続きのためで、憲法の内容についての議論は参院での1回だけという。な
んというお粗末さか。

なぜこんなことになるのか。無論、国会議員の「やる気のなさ」が第一の
原因であろう。とりわけ維新と希望を除く野党は支離滅裂である。彼らは
「立憲主義」を唱えながら、憲法改正が必要だという政党が、憲法に定め
たルールをきちんと守って改正案を提出し、国民の判断を問おうとする
と、そのプロセス自体を阻止する。自分たちが改正をしたくないために、
国民の意思を問う機会そのものを潰してしまおうとしている。

格好の道具となっているのが前述の憲法審査会だ。「全会一致」の原則を
自分たちで作り、それを盾に審査会の開催に応じない。審査会さえ開かせ
なければ改正案の国会提出を妨げることができる。発議自体ができないわ
けで、国民に問うまでもなく、改正を阻止できるという計算であろう。

本当に古い話だが、私は美濃部亮吉氏の都政を思い出す。たった一人でも
反対者がいたら、公共工事をはじめ、何もしないという都政だった。圧倒
的多数の人々の意思であっても一人の反対者が阻止できるという極端な路
線だった。いまの野党の一部と体質的に通底するものを、私は感じている。

こんな事態に陥っているのは、「憲法審査会が動かなければ、改正原案の
国会提出さえできない」という誤解があるからではないか。

憲法改正のカギは、ひとりひとりの国会議員が握っているのである。改正
案を上程するのは、政府ではなく、国会議員の役割である。国会法68条の
2は、衆議院で100人以上、参議院で50人以上の賛成で提出できると定めて
いる。いったん改正案が国会に提出されれば、国会法102条の6によって、
憲法審査会には審査を行う責務が生じる。

憲法という国のもといを決めるのは、国民の総意である。国民ひとりひと
りが日本をどのような国にしたいのかを深く考え、決めるのが、まさに民
主主義の真髄であろう。

いま日本はかつてない危機に直面している。日本周辺の状況に対応するに
は、いまのままの日本では力不足だと感じている人は少なくない。1日も
早く、憲法改正を実現するために、国民の意思を問う機会をつくるのが、
国会の責務である。

『週刊ダイヤモンド』 2018年7月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1239

◆メディアはいつも二重基準

阿比留 瑠比


一方、今年3月の同社調査で、安倍晋三内閣の支持率が31%となった
ときはどうだったか。1面トップに4段見出しで「安倍内閣支持 最低
31%」「第2次政権以降 不支持は48%」、3段見出しで「改ざん
『首相に責任』82%」と大々的に報じていた。

 安倍政権は青息吐息で今にも力尽きそうな印象を受けるが、福田政権時
の報じ方と比べると違和感を禁じ得ない。世論調査結果をどう取り上げる
かはもちろん自由だが、首相が誰であるかによってメディアの姿勢はこれ
ほど変わる。二重基準は付きものである。

 記事の扱いだけではない。調査の際の質問の仕方や順番、「モリカケ問
題で追及を受けている政権」うんぬんの前置きのあるなしで調査結果自体
も変動することだろう。本紙も含めメディアは今、世論調査を恣(し)意
(い)的に用い、世論を誘導しようとしているとの疑いを持たれている。

 メディアは文部科学省の違法な天下り斡(あっ)旋(せん)問題では、
「元締」を務めていた前川喜平前文科事務次官をたたいたが、前川氏が安
倍政権批判を始めると一転、前川氏を正義のヒーローだと持ち上げた。

 現在、大学に便宜を図る見返りに、自分の息子を合格させてもらった文
科省科学技術・学術政策局長だった佐野太容疑者の問題が騒がれている。
野党もメディアも問題は深刻だと息巻いているが、一つはっきりと予想で
きることがある。

 もし佐野容疑者が「安倍政権に行政がゆがめられた」と言い出したら、
野党もメディアも途端に佐野容疑者に同情的になり、擁護し始めることだ
ろう。
(論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】


◆健康百話・「睡眠薬はくせになる?」

大阪厚生年金病院 薬剤部

Q.夜、布団に入ってもなかなか眠れません。睡眠薬を勧められましたが,睡眠薬は飲み始めると癖になってやめられなくなることが心配です。飲んでも大丈夫でしょうか?

A.睡眠薬といえば、「やめられなくなる」、「大量に飲むと死んでしまう」などという怖いイメージを持っている方も多いのではないでしょうか?
確かに昔の睡眠薬ではそのようなこともありましたが、最近の睡眠薬ではそのような心配はほとんどありませんので安心してください。

ただし、継続して睡眠薬をのんでいる場合、眠れるようになったからといって、突然飲まなくなると、かえって眠れなくなってしまいます。自分の判断で服用を中止するのではなく、必ず医師・薬剤師に相談することが大切です。

また、「ぬるめのお湯でゆっくりとお風呂にはいる」、「寝る前のコーヒーや紅茶を控える」といったことでも不眠を改善できることがありますので一度ためしてみてください。(完)

2018年07月15日

◆メディアはいつも二重基準

阿比留 瑠比


一方、今年3月の同社調査で、安倍晋三内閣の支持率が31%となった
ときはどうだったか。1面トップに4段見出しで「安倍内閣支持 最低
31%」「第2次政権以降 不支持は48%」、3段見出しで「改ざん
『首相に責任』82%」と大々的に報じていた。

 安倍政権は青息吐息で今にも力尽きそうな印象を受けるが、福田政権時
の報じ方と比べると違和感を禁じ得ない。世論調査結果をどう取り上げる
かはもちろん自由だが、首相が誰であるかによってメディアの姿勢はこれ
ほど変わる。二重基準は付きものである。

 記事の扱いだけではない。調査の際の質問の仕方や順番、「モリカケ問
題で追及を受けている政権」うんぬんの前置きのあるなしで調査結果自体
も変動することだろう。本紙も含めメディアは今、世論調査を恣(し)意
(い)的に用い、世論を誘導しようとしているとの疑いを持たれている。

 メディアは文部科学省の違法な天下り斡(あっ)旋(せん)問題では、
「元締」を務めていた前川喜平前文科事務次官をたたいたが、前川氏が安
倍政権批判を始めると一転、前川氏を正義のヒーローだと持ち上げた。

 現在、大学に便宜を図る見返りに、自分の息子を合格させてもらった文
科省科学技術・学術政策局長だった佐野太容疑者の問題が騒がれている。
野党もメディアも問題は深刻だと息巻いているが、一つはっきりと予想で
きることがある。

 もし佐野容疑者が「安倍政権に行政がゆがめられた」と言い出したら、
野党もメディアも途端に佐野容疑者に同情的になり、擁護し始めることだ
ろう。
(論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】

◆NATO首脳会議をかき荒らした

宮崎 正弘


平成30年(2018年)7月13日(金曜日)通巻第5759号 

NATO首脳会議をかき荒らしたトランプとエルドアン
  プーチンは「敵ではないが、友人でもない。競合相手だ」とトランプ

NATO首脳会議(7月11日―12日。29ヶ国のNATO加盟国首脳が参
加)を終えて、トランプ大統領はつぎに英国を公式訪問する。

ロンドンでは歓迎ムードはなく、メイ政権は内紛の最中。非常に冷淡にト
ランプを迎えるだろう。

その後、ヘルシンキへ飛んでロシアのプーチン大統領と米露首脳会談を行う。

ブラッセルで記者会見に臨んだトランプは、「プーチンは敵ではないが、
友人でもない。いつか友人になりたいものだ。いまは、競合相手として見
ている」とした。その理由は「クリミア併合とウクライナの混乱は気分を
害したが、しかしあれを許したのはオバマ前政権の不手際だ」とオバマ攻
撃を忘れなかった。

ロシアとは、新しいSTART(戦略核兵器削減条約)と、INF(中距
離核戦略)違反に関して討議し、軍備管理を議題とすると述べた。ロシア
制裁を強化するのか、緩和するのかの見通しは語らなかったようだ。

NATO首脳会議では「防衛分担をちゃんと加盟国は増大し、アメリカの
一方的負担を軽減するべきである」と、防衛費分担に背中を向ける諸国を
非難した。しかも「もし米国の要求が受け入れないなら、米国はNATO
から撤退する」とやや脅迫じみたニュアンスを籠めたのだった。

この会議で、もう一人の主役はエルドアン(トルコ大統領)だった。
 NATO首脳会議に乗り込んだエルドアンは、EU諸国のトルコへの態
度が気に入らないらしく、トランプとぴったり寄り添い、それをNATO
加盟国に見せつけた。

トルコの情報機関は、その直前にウクライナとアゼルバイジャンで、ギュ
ラン師の反政府集団の工作活動を展開していた2人のスパイを拘束し、自
家用ジェット機でイスタンブールに連れ帰った。

これは換言すれば、主権国家に侵入し、容疑者を拉致していったことにな
り(金大中事件と同じ)、国際的非難を浴びることを意味するのに、ウク
ライナも、アゼルバイジャンも沈黙している。
 
エルドアンはNATO首脳会議で、朝から晩まで精力的に動き回り、イタ
リアの新首相、フランスのマクロン大統領、ギリシアのツィピラス首相ら
と意見を交換したばかりか、ブラッセルにあるNATO司令部のトルコ連
絡事務所に、ウクライナのポロシェンコ大統領、アゼルバイジャンのアリ
エフ大統領、ボスニアのイゼトビゴビッチ大統領などを招いて会談している。

エルドアンがNATOに要求しているのは、イスタンブールにあるトルコ
軍司令部をNATOの新しい陸軍司令部として組織再編するという大胆な
提案だ。

くわえてイラクにおけるNATOの訓練部隊副司令官をトルコが派遣する
ことが決まっているが、NATO軍司令本部にトルコ軍の役割を増大させ
ることも要求した。

       
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【知道中国 1759回】                 
――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(15)
中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政?社 大正4年)

    △

以後、中野の満洲改造論が詳細に展開されるが、要は満州経営の拠点を長
春に移せということ。それというのも「長春は大連、釜山より哈爾濱に至
る大線路と、清津より蒙古に入る大線路との交叉點となり、優に經濟上の
大中心地となり得」るだけではなく、「露國の哈爾濱と相對立するを得」
ることで、「日露の勢力境界線」と位置づけることができるからだ。
中野にとって満蒙経営は、やはり対露戦略上の重要課題であった。

中野は北上し吉林に至る。「嗚呼京都に似たる吉林」「連なる屋甍も甚だ
麗はしく揃ひて、毫も所謂支那街の穢らしき形體を有せず」と記している
ところからして、吉林に魅せられたらしい。

吉林在住日本人は400人余で、「中に七十餘人は忌まはしき醜業婦なり
と云ふ」。400人中70人とは6人に1人になるから、日本にとっての最前線
における彼女らの『役割』は「醜業」の2文字では表現し尽くすことは出
来ないだろう。

吉林に領事館が設置されたのは明治40年以降。だから「日本人の活動地
としては、滿洲中最新」である。

鉄道の附属地が設置されていないから、「滿鐵の行政なく、都督府の干渉
なく、又我一兵をも有せずして、住民は直接支那人及び支那官憲と相對し
て、或は彼等の保護を受け、或は彼等に向つて權利を主張」しなければな
らない。そこで日本側は「官民一致して相助け相倚り、支那人に對しても
却て良好の關係を持續しつゝあり」。

「領事あり、附屬地あり、滿鐵あり、都督府あり、守備兵ある滿鐵沿線
に於て、却て住民の怨嗟の聲あるに反し、何等我行政權の及ばざる吉林に
於て、住民相助け、外は支那側との交渉さへ、遺憾なきに近し」というこ
とは、やはり満鉄(政府)、都督府(陸軍)、領事館(外務省)の「三頭
政治の、如何に惡政なるかを察すべきなり」とした後、中野は「惡く治む
るは、寧ろ治めざるに如かざるなり」と綴った。

満洲各地を歩き「大陸の雄大を感」じた中野は、一方で「滿鐵の遺利を
拾ひ、或は同胞と共喰ひする日本人は、小さくして鼠の如き」姿に、「地
形の雄大なるに比して、日本男兒の齷齪たるを情けなく思」ったのである。

この街で偶々、徒手空拳ながら「支那を遊?して利源を調査せんと欲
し」て北海道を発ち、上海に上陸し「南清北滿を經廻り」ながら調査を続
ける福島生まれの青年に出会う。

言葉も出来ないし資金もない。行く先々で働き口を見つけては最低限の生
活を続けながら日本の将来を考える若者に接した中野は、「新日本の前途
は此徒の肩に懸る所多し」とした後、資産家が資金を与え海外に送り出し
前途有為の若者を鍛えるドイツの姿を紹介し、『この一瞬のカネ儲け』に
腐心する日本の資産家を嘆き、さらには「今日滿蒙に於ける我利權確立せ
ずとて、面白半分に狂躁する徒輩」が「日比谷松本樓の酒に醉ひな」がら
オダを挙げる姿を嘆く。つまり国内に留まって、国威発揚・国益擁護を
『酒の肴』にしているようでは国益の伸張は覚束ないということだ。

「露國は實に久しき以前より」、福島生まれの青年のような有為の若者を
「外蒙一帶の要地に派出し、土地、風俗、人情、物産、交通等を詳らかに
調査せしめ、公然の談判を開きて蒙古を支那より分離せしむる以前、夙に
其内を露國化せしめたるなり」と、ロシアの用意周到な外蒙取り込み策を
示したうえで、「日本は東亞の君子國、固より虎狼の國に學ぶべきに非ず
と雖も、軍國主義と稱せらるゝ露國すら、其政治的に蒙古に進むに先だち
ては、第一に風俗、?育、習慣の移植に於て、支那に勝ち、支那を壓し、
支那を驅逐せしを思はざる可からず」。現在、外蒙人が内蒙に送り込ま
れ、その後方にロシアが控えている。

であればこそ「内蒙を維持するは支那の急務」であるばかりか、「日本の
權利なり」。

◆国会は一日も早い憲法改正の実現に

櫻井よしこ


「国会は一日も早い憲法改正の実現に向け国民の意思問う機会をつくる
のが責務だ」

7月5日付の「産経新聞」が、与党は憲法改正手続きを定めた国民投票法改
正案の、いまの国会での成立を断念する方針だと報じた。5日の衆議院憲
法審査会で趣旨説明は行うが、実質審議には入らずに、継続審議にすると
いう。

改正案の内容は、一昨年成立した改正公職選挙法をそのまま国民投票法に
反映させるもので、これによって駅や商業施設に共通投票所が設置され、
より多くの人が投票に参加し易くなる。

自公与党は、共産、社民を除く野党と、前述の共同投票所の設置に加えて
テレビCMの規制なども検討することを前提に、5月時点では大筋で合意
していた。それが6月27日、自公と日本維新の会、希望の党などと共に共
同提出した改正案につながった。

だが、いま、枝野幸男氏の立憲民主党、玉木雄一郎氏らの国民民主党など
は憲法審査会の幹事懇談会にさえ、まともに出席しない状況が続いてい
る。こうして時間がなくなり、与党はいまの国会への提出を諦めるに至った。

背景に、憲法審査会は「全会一致」の運営が原則とされているという事情
がある。立民や共産党らは、この原則を盾に、「モリ・カケ」問題などの
説明が不十分だなどとの理由をつけて、審査会の開催そのものを妨げた。

結果としていまの国会では審査会は衆院ではたった1回、参議院では3回開
かれたのみだ。そのうち衆院と、参院における2回の開催は理事の選任手
続きのためで、憲法の内容についての議論は参院での1回だけという。な
んというお粗末さか。

なぜこんなことになるのか。無論、国会議員の「やる気のなさ」が第一の
原因であろう。とりわけ維新と希望を除く野党は支離滅裂である。彼らは
「立憲主義」を唱えながら、憲法改正が必要だという政党が、憲法に定め
たルールをきちんと守って改正案を提出し、国民の判断を問おうとする
と、そのプロセス自体を阻止する。自分たちが改正をしたくないために、
国民の意思を問う機会そのものを潰してしまおうとしている。

格好の道具となっているのが前述の憲法審査会だ。「全会一致」の原則を
自分たちで作り、それを盾に審査会の開催に応じない。審査会さえ開かせ
なければ改正案の国会提出を妨げることができる。発議自体ができないわ
けで、国民に問うまでもなく、改正を阻止できるという計算であろう。

本当に古い話だが、私は美濃部亮吉氏の都政を思い出す。たった一人でも
反対者がいたら、公共工事をはじめ、何もしないという都政だった。圧倒
的多数の人々の意思であっても一人の反対者が阻止できるという極端な路
線だった。いまの野党の一部と体質的に通底するものを、私は感じている。

こんな事態に陥っているのは、「憲法審査会が動かなければ、改正原案の
国会提出さえできない」という誤解があるからではないか。

憲法改正のカギは、ひとりひとりの国会議員が握っているのである。改正
案を上程するのは、政府ではなく、国会議員の役割である。国会法68条の
2は、衆議院で100人以上、参議院で50人以上の賛成で提出できると定めて
いる。いったん改正案が国会に提出されれば、国会法102条の6によって、
憲法審査会には審査を行う責務が生じる。

憲法という国のもといを決めるのは、国民の総意である。国民ひとりひと
りが日本をどのような国にしたいのかを深く考え、決めるのが、まさに民
主主義の真髄であろう。

いま日本はかつてない危機に直面している。日本周辺の状況に対応するに
は、いまのままの日本では力不足だと感じている人は少なくない。1日も
早く、憲法改正を実現するために、国民の意思を問う機会をつくるのが、
国会の責務である。

『週刊ダイヤモンド』 2018年7月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1239

◆いちごの生産者だった私 

石岡 荘十


「頂門の一針」主宰・渡部亮次郎氏が、本誌に掲載した「いちごの話」を読んで思い出したことがある。小学5年生だった一夏、私はいちごの生産者の端っくれだった。

敗戦翌年5月、私たち一家は中国の天津から引揚げ、父親の生家である秋田県・八森村へ落ち着いた。秋田音頭のしょっぱなに出てくる「八森ハタハタ、男鹿でオガブリコ〜」のあの寒村だ。

生家は父が若くして東京に出た後、弟(叔父)が家を継いで百姓をやっていたが、赤紙一枚で徴兵され満洲(中国東北部)の最前線へ。終戦と共に、シベリアへ持って行かれ、留守宅は祖母と叔母が幼い子ども2人を抱えてほそぼそと稲作百姓をやっていた。そこへ、われわれ一家4人が転がり込んだのである。

ご多聞に洩れず、農家も食糧難だった。畑で芋やナス、キュウリ、トマトを作り、山に入って山菜を採り、新米の収穫まで食いつなぐこととなった。

間もなく、生まれて初めての田植えにも駆り出される。父と母は、元を質せば百姓の生まれだから昔取った杵柄、手際はいい。慣れないとはいえ、小学5年生の私と中学生の兄、も立派な労働力だった。

夏。小柄だが目端の利く祖母が、そのころはまだ珍しかったいちごの栽培を始めた。ビニールハウスなどまだない。夜明けと共に、学校へ行く前に畑でいちごを摘む。

取立てのいちごを大きな背負い駕籠いっぱいに入れてこれを担ぎ、学校へ行く途中集荷所まで運ぶのが私の役目だ。集荷所までは子どもの足で小1時間。その日の売り上げを受け取り、空になった駕籠を担いで学校へ行く毎日だった。

草鞋を履くのも初めてなら、駕籠を背負って学校へ行くのも生まれて初めての経験であった。荷は肩に食い込み、草鞋の緒で足の指の間からは血が滲んだ。

何より恥ずかしかった。紺サージの制服にぴかぴかの革靴で学校に通っていた天津での生活は、いまやここでは別世界の出来事だった。そのうえ、学校の行き帰りには、「引揚者、引揚者」と蔑まれ、いじめにもあった。

それでも田植えで泥まみれになり、田の草をとり、秋には稲刈りもした。そうこうしているうちに秋。11月には父の仕事先が群馬。・高崎と決まり、半年過ごした秋田を後にしたのだが、この頃には、ずーずー弁もまあまあ操れるようになり、いじめっ子たちとの間にも友情が芽生えていた。

高台の集落を去る日、その日は日曜日だったが、10人ほどのガキが口々に大声で「まだ、こらんしぇ」(また、来いよ)といつまでも手を振ってわが一家を見送ってくれたのだった。

高校を卒業するまで高崎で過ごした。その後東京へ進学、就職。で、ここまで想い返してみると、報道に関わった日々を含めて、ニュース原稿は腐るほど書いたが、秋田を去った後、モノを生産したことは一度もなかったことに気がつく。

80年を越える今日まで、形のあるモノを生産した経験はいちご作りだけだった。あの夏、私はいちごの生産者の端くれだった。幼い肩に食い込むいちご駕籠の重みを懐かしく思い出す。

それにしても、いまどきの季節外れの、ビニールハウス育ちのいちごの味の薄いこと。自分が作って売ったあの本物のいちごの味覚に出会うことは二度とないのかもしれない。    

2018年07月14日

◆君が世完成記念日

渡部 亮次郎


国歌「君が代」は1999(平成11)年に国旗及び国歌に関する法律で公認さ
れる以前の明治時代から国歌として扱われてきた。

この曲は、平安時代に詠まれた和歌を基にした歌詞に、明治時代になって
イギリス歩兵隊の軍楽長ジョン・ウィリアム・フェントンが薩摩琵琶歌
「蓬莱山」から採って作曲を試みたが海軍に不評。

海軍から「天皇を祝うに相応しい楽曲を」と委嘱された宮内省が雅楽課の
林廣守の旋律を採用(曲はイギリスの古い賛美歌から採られた)。

これにドイツ人音楽教師エッケルトが和声をつけて編曲。1880(明治13)
年10月25日に海軍軍楽稽古場で試演された。だから10月25日が「君が代」
完成記念日とされている。

明治2(1869)年に当時薩摩藩兵の将校だった大山巌(後の日本陸軍元帥)
により、国歌あるいは儀礼音楽を設けるべきと言うフェトンの進言をいれ
て、大山の愛唱歌の歌詞の中から採用された。

当時日本の近代化のほとんどは当時世界一の大帝国だったイギリスを模範
に行っていたため、歌詞もイギリスの国歌を手本に選んだとも言われている。

九州王朝の春の祭礼の歌説というものがあり、説得力はある。九州王朝説
を唱えるのは古田武彦氏で、次のように断定している。

<「君が代」の元歌は、「わが君は千代に八千代にさざれ石の、いわおと
なりてこけのむすまで・・・」と詠われる福岡県の志賀島の志賀海神社の
春の祭礼の歌である。

「君が代」の真の誕生地は、糸島・博多湾岸であり、ここで『わがきみ』
と呼ばれているのは、天皇家ではなく、筑紫の君(九州王朝の君主)である。

この事実を知っていたからこそ、紀貫之は敢えてこれを 隠し、「題知ら
ず」「読人知らず」の形での掲載した>

文部省(現在の文部科学省)が編集した『小学唱歌集初編』(明治
21(1881)年発行)に掲載されている歌詞は、現在のものよりも長く、幻
と言われる2番が存在する。

「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで うごきな
く常盤かきはにかぎりもあらじ」

「君が代は千尋の底のさざれ石の鵜のゐる磯とあらはるゝまで かぎりな
き御世の栄をほぎたてまつる」

後半の「さざれ石の巌となりて」は、砂や石が固まって岩が生じるという
考え方と、それを裏付けるかのような細石の存在が知られるようになった
『古今和歌集』編纂当時の知識を反映している。

明治36(1903)年にドイツで行われた「世界国歌コンクール」で、『君が
代』は1等を受賞した。

後は専ら国歌として知られるようになった『君が代』だが、それまでの賀
歌としての位置付けや、天皇が「國ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬」していた
(明治憲法による)という時代背景から、戦前にはごく自然な国家平安の
歌として親しまれていた。

敗戦で事情は全く変わった。日本国衰退を目指すアメリカ占領軍は。それ
まで聖職者とされてきた教職員に労働者に成り下がって権力に抵抗させる
べく日教組を結成させた。

占領した沖縄では国旗の掲揚と君が代の斉唱を禁止したことでも明確なよ
うに、マッカーサーの本心は日の丸掲揚と君が代斉唱に反対であった。日
本国民が一致団結、再度、アメリカに挑戦することを恐れたのである。

それを組合の統一闘争精神に掲げたのが日教組なのである。いつの間にか
天皇を尊敬する事とか君が代を歌うことが戦争に繋がると論理を摩り替え
て、正論を吐く校長を自殺に追い込んだといわれても反論できないような
状況を招いたのである。

君が代支持の世論を背景に平成8年(1996年)頃から、教育現場で、当時
の文部省の指導により、日章旗(日の丸)の掲揚と同時に『君が代』の斉
唱の通達が強化される。

日本教職員組合(日教組)などの反対派は憲法が保障する思想・良心の自
由に反するとして、旗の掲揚並びに「君が代」斉唱は行わないと主張し
た。先生の癖に論理のすり替えの得意な人が日教組に所属する?

平成11年(1999年)には広島県立世羅高等学校で卒業式当日に校長が自殺
し、君が代斉唱や日章旗掲揚の文部省通達とそれに反対する教職員との板
挟みになっていたことが原因ではないかと言われた。

これを一つのきっかけとして日教組の意図とは反対に『国旗及び国歌に関
する法律』が成立した。法律は国旗国歌の強制にはならないと政府はした
ものの、反対派は法を根拠とした強制が教育現場でされていると主張、斉
唱・掲揚を推進する保守派との対立は続いている。

平成16年(2004年)秋の園遊会に招待された東京都教育委員・米長邦雄
(将棋士)が、(天皇)に声をかけられて「日本の学校において国旗を揚
げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と発言し「やはり、
強制になるということでないことが望ましいですね」と言われている。

なお、天皇が公式の場で君が代を歌ったことは1度もないと言われてい
る。成人前の家庭教師ヴァイニング夫人による何がしかを勘繰る向きがな
いわけではない。08・10.25{再掲)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

◆中国が進めるパックス・シニカの道

櫻井よしこ


7月1日、東京で東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の閣僚会合が開
催され、年内の大筋合意を目指すとの点で一致した。

RCEPは日中韓豪印にニュージーランドと東南アジア諸国連合
(ASEAN)10か国の、計16か国で構成される。実現すれば世界人口の
約半分、GDPで約3割を占める巨大広域経済圏となる。

日本がRCEPに求めるのは高水準の自由化、知的財産権の保護に代表さ
れる国際法の順守に加え、公正さや透明性だ。すでに米国が知財権侵害で
中国を世界貿易機関(WTO)に提訴したように、世界の知財権窃盗の8
割は中国によると言われる。悪質な知財権侵害は、とりわけ先進国にとっ
て共通の深刻な問題である。

今回、RCEPでは年内合意を目指すとされたが、日本と中国の価値観は
大きく異なる。中国の価値観に引っ張られることなく、RCEPをいかに
自由な経済圏にしていくかが死活的に重要だ。中国に譲ることになれば彼
らの価値観に基づく彼ら主導の大経済圏が出現する。日本人も世界も望ま
ない形になりかねないRCEPに日本は非常に慎重だった。

環太平洋経済連携協定(TPP)をまとめ上げた日本は、TPP並みとま
ではいかなくとも、RCEPにも公正な自由貿易体制の確立を求めてき
た。日本の要求は中国の思惑とは正面からぶつかる。そこで日本や米国は
まずTPPで公正さや透明性、国際法順守といった点で高い水準の枠組み
を作り、そこに中国も入らざるを得ないような広域経済圏を作ることを目
指した。まず自由主義陣営の側の体制を作り、私たちの側が主導権を握る
という構想だ。

だが米国のトランプ大統領の反乱で状況が逆転した。トランプ氏はTPP
は勿論、RCEPにも背を向け、保護主義的政策に走る。氏が多数の国で
話し合って決める多国間協定よりも、一対一の交渉を好んできたのは周知
のとおりだ。世界の最強国が一対一の交渉で強い要求を出せば、大概の国
は屈服せざるを得ないだろう。「アメリカ第一」の強硬路線は米国の眼前
の国益は守るかもしれない。しかし、すでに米国の誇るハーレーダビッド
ソンが、製造拠点の一部を海外に移そうとしているように、眼前の利益だ
けを見詰める政策は米国自身をも傷つける。

米国の影響力が低下

もっと深刻なのは米国に対する国際社会の信頼や敬意が殺がれ、米国の影
響力が低下することだ。自由主義陣営にとって決してよいことではない。

中国は昨年10月の第19回中国共産党大会で高らかに謳い上げたように、建
国100年の2049年までに経済的にも軍事的にも米国を凌駕し、「中華民族
はますます潑剌として世界の諸民族の中にそびえ立つ」ことを目指す。

その目的達成のために中国が準備してきた国際的枠組みの代表例が、昨年
の共産党大会で党規約に正式に盛り込まれた一帯一路構想だ。今世紀半ば
までに世界最強の民族になると誓った中国共産党は全地球に中国による網
を張り巡らせようと、あらゆる分野に手を広げてきた。その結果、もはや
「一帯一路」ではなく、「三帯五路」だなどの声もある。

駒澤大学教授の三船恵美氏の分析は明快だ。一帯一路はパックス・シニカ
(中国による世界の平和維持)を目指す構想であり、もはや明確な地図や
地域はなく、シルクロードの地域を超えて中国の勢力がグローバルに展開
しているというのだ(「中国外交のユーラシア的展開」JFIR
WORLD REVIEW)。

米国による世界秩序の維持、パックス・アメリカーナを脅かす具体例が一
帯一路構想である。その実態を三船氏はざっと以下のように説明する。中
国が各国や各組織(たとえば欧州連合)などと、➀政策面で意思の疎通を
はかり、➁中国と同じ規格のインフラを整備し、➂貿易を円滑に振興し、➃
資金を融通し、➄国民を相互に結びつけることによって、世界の政治経済
秩序を中国が主導する。地球全体に影響を及ぼし「朋友圏」(友邦圏)を
形成し、「人類運命共同体」として、中国が主導していくことを目指して
いる。

中国は影響力拡大のために地政学を見据えた戦略を進めている。たとえ
ば、中国と中欧、東欧の16の国々が構成する国際的枠組み、「中国・中東
欧諸国首脳会議」 (16+1)である。

中国は欧州諸国との2国間関係、欧州連合との関係に加えて「16+1」を構
築した。16か国の内11か国がEUの加盟国だが、中国はそれらの国々をも
含めて、インフラ事業を共に推進し、投資を行い、多層的複層的な関係を
築いて影響力を浸透させていく。地政学的、政治学的な陣取り合戦を巧み
に進めてきたのである。

世界制覇の道

他方、南アジアにおいて中国にとって大事なことはインドを超大国にさせ
ず、地域大国におさえておくことだ。そのために中国はインド包囲網を築
いてきた。「真珠の首飾り」と呼ばれた海からの包囲網は、いま、安倍晋
三首相が提唱した「インド・太平洋戦略」で打ち消されたかに見える。

三船氏はしかし、陸上での事象に注意を促す。ブータンの高原ドクラムに
中国人民解放軍が駐屯地を建設し、1600人とも1800人とも言われる軍人が
駐留していると指摘する。

中国には、ミャンマーもバングラデシュも従順だ。ドクラムの中国軍と共
にこの2か国が手を結べば、挟み打ちになるのがインド東部7州だというの
だ。インド本土と切り離される形になる7州には、水源の州で、中国が自
国領だと主張するアルナチャル・プラデーシュもある。

7つもの州が孤立させられ奪われる危険が生じるとしたら、軍事的に中国
に劣るインドは外交交渉に軸足を置くだろう。そのとき日本が提唱し、ト
ランプ政権も外交戦略に取り入れたインド・太平洋戦略に、インドがどれ
だけ協力するだろうか、という三船氏の問いはもっともだ。

中国は北極海への野心も隠さない。プーチン大統領をパートナーとする氷
のシルクロード構想は発表済みだ。中国の北極海進出には日本海、津軽海
峡、宗谷海峡といった地点における拠点が必要である。日本はこのような
変化の中で一体どういう道を選べるだろうか。

中国が着実に世界制覇の道を進んでいるのである。全世界に張り巡らされ
た一帯一路の網は、世界がすでにパックス・アメリカーナからパックス・
シニカに移ろうとしていることを示していないか。日本にとってこの上な
く深刻なこの状況の前で、政治家のみならず日本人全員が考えなければな
らない。
『週刊新潮』 2018年7月12日号  日本ルネッサンス 第809回