2018年09月07日

◆EV開発に狂奔する中国

宮崎 正弘


平成30年(2018年)9月5日(水曜日)通巻第5816号 

 EV開発に狂奔する中国、便乗するトヨタ、日産
  はたして電気自動車(EV)が次世代カーのメインとなるのか?

まず連想することは中国における太陽光パネルと風力発電の現在の無惨な
姿だ。

中国は太陽光パネルを奨励し、政府は巨額の補助金をつけた。雨後の筍、
あちこちに太陽光パネルの製造メーカーが出現し、補助金もあって廉価で
輸出してきた。そういたウハウハ時代は終わった。というより死んだ。

ダンピング訴訟をWTO加盟国の多くからおこされた上、中国政府の手厚
い補助金がストップ。当該産業は壊滅状態である。

風力発電も補助金がつくと訊くや70以上の即席メーカーが乱立し、風の吹
かない場所にも風力発電を建てた。ところが、その3分の1が送電線に繋
がっていなかった。マンガのようなお粗末。いま数社が残って、細々と製
造を続けているが、ほかのメーカーは倒産、或いは異業種へ転換した。

さてEV(電気自動車)である。中国はこれを次世代カーのトップに位置
づけた。

最初の頃、お手並み拝見だった日欧米も、巨大市場が全体主義国家ゆえに
トップダウンでEVを目指すとなると、座視するわけにはいかなくなっ
た。というのも、「戦争は発明の母」という。ガソリン輸入を一日に900
万バーレルという消費大国のチャイナとしては、脱ガソリンを目指す強い
動機があり、また次世代技術競争を日米欧との「戦争」と認識しているが
ゆえに開発にかける意気込みは熾烈だ。

中国でEV自動車開発には既存メーカー北京汽車集団のほか、後発の吉利
(ジーリー)とBVDがある。ほかのメーカーもEVカーに参入した。生
産能力6000万台、販売が3000万台に迫る中国の自動車市場を勘案すれば、
世界の自動車メーカーがEV開発に眼の色を変えるだろう。

現況では48万台のEV試作車が中国で売れたそうな。米国はテスラの大ブ
レークが手伝って、11万台の販売実績。欧州で14万台。ところが日本では
僅かに2万台だった(2017年度販売速報)。

日本がなにゆえに冷淡だったかと言えば、省エネ・エンジンで世界のトッ
プ、そのうえにハイブリット車が市場を席巻したからだ。

EVは、充電に時間がかかり、電池は容積が大きいので車内は窮屈になる。

中国の第一号となったBVDの試作車は一人しか座れず、アクセルに足が
届かないほど電池の体積が大きかった。そのうえ最大200キロの航続距
離というが、クーラーなどを使用すれば、実際には80キロくらいで充電
の必要性が産まれる。


 ▲数あるアキレス腱を克服できるのか?

充電スタンドが圧倒的に不足しており、平均8時間。急速充電でも2時間
を要し、家庭での充電は14時間以上かかる。不便極まりないが、なにしろ
習近平政権が、「目玉」として奨励している。

となれば中国市場だけに限定して、トヨタも日産も製造に動き出した。は
たして勝算はあるのか、といえば話は別である。自動車メーカーには世界
シェア競争という別の競争があるのだ。

トヨタは上海汽車集団と共同生産し、2020年販売を目指す。日産は年内に
新ブランド「リーフ」を投入する。ホンダは現地合弁でEV生産に踏み切る。

トラック業界もいすず、三菱ふそう、日野が前向きで、一番乗りのいすゞ
は2018年内にEVトラックを試作し、20年に量産体制に移行するとしてい
る。ただし軽量級3トンのエルフが投入される。

トラックはディーゼルが主流で、出力と重量の関係からガソリンは不向き
とされる。その上に急速充電でも100キロしか走れないという弱点を、い
かに技術的に超えるか。今後の課題である。

三菱ふそうはリチウム・イオン電池六個のパッケージを搭載し、急速充電
と併行で、すでに試走車はコンビニの配送に実験的に投入されている。こ
れは巨大な中国市場を狙うボルボ、ダイムラーなどの動きを睨んでの動き
と言える。

とりわけ注目されるのは、EV充電規格を日中が2020年を目処に統一し、
世界シェアの90%を担うようにするという日中協同の動きである。日本は
急速充電「チャデモ」規格をすでに開発し、設置もしている。

しかし充電スタンドは、全国1万8000箇所デしかない。EVが普及してい
ないからだ。対して中国の急速充電規格は「GB・T」で、技術は劣る
が、中国はEVブームがあるため設置箇所はダントツの22万箇所。欧州勢
の「コンボ」はまだ7000ケ所に過ぎない。

出遅れた日本の思惑は、充電器の規格で中国と規格を統一すれば、中国市
場が拡大すると見込んでいる。これはしかも中国側から規格統一がよびか
けられてきた。中国と共同作業というのはリスクの森である。

実情は次のようである。

中国単独での開発には無理がある上、基本特許を欧米日に押さえられてい
て、開発上の隘路がある。

充電装置は日本とドイツに依拠せざるを得ない。電池は原料のリチウムと
コバルト鉱区は確保したが、肝腎の電池開発は、日本に頼らないと先へ進
めない。

AIは米国、インドが頼りであり、さらに半導体はインテル、
TSMC(台湾)、サムソン、そして日本である。


 ▲中国は巧妙な規制をかけ、外国勢の開発を義務づける。磁力か、魔力か

2019年に中国はNEV(新エネルギー車)と総称する自動車シェアの規制
に乗り出すようである。自国に都合の良い、身勝手な措置だが、外国勢
は、この規制を無視できない。まさに中国の磁力か、魔力か、いや催眠術か。

具体的には輸入車の10%がNEVでなければならないという、中国でしか
有効性がないが、強制力を伴う法的規制で対応する。この場合、NEVの
範疇には、EV(電気自動車)、FCV(燃料電池車)、PHV(プラグ
イン・ハイブリッド車)が含まれるが、日本が特異のプリウスなどの「ハ
イブリッド車」は除外される。2030年にはガソリン車は全体の3分の1に
まで減少すると予測されている。

このためトヨタはスポーツ多目的EVを中国で2020年に投入し、ホンダは
中国専用EVとして「理念」(現地ブランド)を投入する
 
欧米勢もテスラが新工場を上海に、中国最大の販売台数を誇る独フォルク
スワーゲンは、1000億ドルを投じて新工場などで対応する。
 
とくに米国のテスラだが、上海に車と電池の一貫工場を立ち上げ、年間50
万台を目指すというのだが、テスラ自体が有利子負債の巨額に経営がふら
つき、また同社の電池を米ネバタ州で生産しているパナソニックが、この
中国作戦を首肯するか、どうかも定かではない。フォルクスワーゲンは、
もっと鼻息が荒く年間250万台を豪語している。確かな裏付けは今のとこ
ろない。


 ▲自動運転開発も中国が先頭を走るようだが。。。

自動運転はどうか。

EVと併行して研究開発が世界の主要メーカーで猛烈に進んでいるが、自
動運転は、自動車産業の「産業地図」を変革するダイナミズムをともなう
リスクが存在する。

自動運転は、第一にAI、第二に半導体、第三に部品制御システムとなっ
て、従来のようにエンジンから車体ボディ、窓ガラスなどと系列メーカー
が基軸の「ピラミッド型の構造」が、系列を飛び越えた産業構造に変化する。

トヨタ系はデンソー、アイシンなど4社が連合し、自動運転のために合従
連衡を組むことが決まった。

AIは米グーグル、百度などが一歩リードしているが、日本は出遅れが目
立つ。

ところが中国はシリコンバレーに研究センターをつくって優秀な人材を米
国でも集めているばかりか、重慶に焦点を絞り込んで、習近平の大々的な
支援政策の下、紫光集団、百度、アリババ、テンセント、華為技術などが
重慶に開発センター、半導体工場などを新設することが決まっている。

半導体は米インテルが先頭を走り、サムソン、TSMCが並ぶが、日本は
東芝のスキャンダルなどがあって相当に出遅れた。ようやくNEC、日
立、三菱電機が組んだ「ルネサス」が戦列に加わった。

ルネサスは米IDT(インタグレーテッド・デバイス・テクノロジー社)
を6600億円で買収し、一気に第一線への復帰を目指す。これも自動運転絡
みである。

ただしトランプ政権が、このルネサスのIDT買収にGOサインを出す
か、どうかは不透明である。 

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 AIの無機質的機能と人間のパトスはいかに結びつくのだろう
若者のガッツ喪失の底に流れるのは合理主義的ニヒリズムではないのか?

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高橋洋一『愛国のリアリズムが日本を救う』(育鵬社)
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「右も左も真っ暗闇じゃぁ、ござんせんか」と鶴田浩二が陰鬱に謳った。
昭和30年代の終わりから40年代を通して全共闘、ノンセクト・ラジカルの
シンボルは鶴田と高倉健だった。しかしもっと心情的共鳴が深かったのは
保守・民族派だった。

昭和40年に燃え尽きた学生運動。そこには左右を問わず、合理主義は稀薄
で、熱情と正義感、論理的思考を伴わない使命感を、徒らに燃やす何かが
あった。

高度成長期を終え、安定的な社会に突入すると、精神の弛緩が始まり、情
熱を失った日本は「空白の精神、哲学不在」のまま、現在の精神的貧困、
創造的枯渇という悲哀な状況を迎えた。

少子高齢化、人手不足、経済の停滞。スマホ依存症。このふがいなさは政
治の貧困というよりも、精神の枯渇によるものではないのか。

なぜ学生運動が下火となり、若者は蹶起しないのか。その意識の底流を流
れるのは合理主義という名のニヒリズムである。

だから、本書の著者のように、日本を再活性化させるには「愛国のリアリ
ズム」が重要と説かれることになる。

高橋氏は左右の観念論を排し、学者やマスコミのいうことは正しくなく、
財政再建に消費税が必要というのは嘘、同時に中国が経済大国化すること
はないと近未来を冷徹に見通すのである。

本書の最後の章立てのなかに、独特のAI未来図を高橋氏は演繹され、次の
指摘をされている。

AI導入は、たとえば金融業はフィンテックによって従業員半減、窓口はほ
とんど不要になった。証券会社はもっとリアルで、窓口がない支点がある。

AIで、じつは銀行を監督する官庁も人員削減ができる。固定的な書式をう
め、決まり切ったことを尋問しながら貸借対照表、資産バランス、決算報
告書などを監査、検証するのは、AIで可能だからだ。

役所の窓口はロボットでも可能だが、高橋氏の指摘で面白いのは国会答弁
である。

当該官庁のエリートが徹夜して仕上げるのが大臣らの国会答弁だが、「ほ
とんどのものが過去にあった答弁を焼き直したもので、作成自体も難しい
作業ではない。もちろん答弁をつくるだけが官僚の仕事ではないが、国会
答弁の作成は過去の質問や答弁を多く流用するだけの定型的な『ルーティ
ンワーク』である。(中略)これらの作業をAIに代替してもら」えば良い
のである。

こういう合理主義的行政改革は賛成である。

しかし今後の課題はAIの無機質的機能と人間のパトスがいかに結びつく
のかという難題であり、現在の日本の若者のガッツ喪失の底に流れるの
は、合理主義的ニヒリズムであって、愛国リアリズムとは無縁に近いもの
ではないのか?
        

◆「中国は世界一」の幻想を脱した二人

櫻井よしこ



題名を見て思わず笑い、中身を読んで慄然とする。いま、盛んに日本に微
笑み、「日中友好」を印象づける習近平国家主席の甘い罠に誘われ、前の
めりになっている日本の政治家や経営者全員に読んでほしい警告の書が、
『私たちは中国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(石平、矢板明夫
著、ビジネス社)である。

周知のように中国人だった石氏は天安門事件などを機に中国への疑問が決
定的になり日本国籍を取得した。矢板氏は中国残留孤児2世で15歳の時に
日本に引き揚げた。慶應大学国文科で和歌を学び、松下政経塾、中国社会
科学院などを経て産経新聞の記者となった。

一定の年齢まで中国人として育ち中国を見詰めた両氏の中国理解と、両氏
が打ち出す対中政策は、日本の中国研究者のおよそ誰よりも本質を突いて
いる。

それにしても、何という書名か。悪い冗談だと思って手に取ったが、両氏
は本当に自分たちが中国に生まれ育って世界一幸せだと信じていたのである。

人が餓死するのを目の前で見ても、ゴミ箱から拾った毛沢東の写真が載っ
た新聞紙で大根を包んだだけのお婆さんが、「反毛主席」の大罪で公開銃
殺されても、中国は世界一素晴らしいと信じきっていた。中国は世界一と
幼い頃から繰り返し教え込まれ、情報がコントロールされている国家で
は、いとも簡単に人々は騙される。

お婆さんの命を奪った公開処刑は娯楽のない民衆にはストレス発散の好機
だったという指摘も恐ろしい。文化大革命の頃は、共産党創立記念日など
祝日の前日には全国の大小都市で必ず公開処刑が行われ、石氏のいた成都
では50人の処刑をローマのサーカスを見る形で群衆が見物した。

「殺人ショーを見た翌日は祝日です。国慶節には特別にひとり0.5キロの
豚肉を供給されました。(中略)0.5キロの豚肉を口に入れて『ああ、こ
れで幸せ』という世界だったのです」と石氏は語っている。

中国当局の色メガネ

毛沢東の死で文革が終わりケ小平の時代になると、公開処刑は一旦中止さ
れた。だが矢板氏はそれが習政権下で復活していると指摘する。現在の中
国のおぞましさである。

矢板氏は幼い頃から国際政治に興味があったという。1979年のイランの米
大使館人質事件、その翌年のイラン・イラク戦争、80年のジョン・レノン
射殺事件などを、氏は中国で見ている。中国当局の色メガネを通している
ため、中国共産党と同じ見方になる。

それは「どんどん中国が強大化する一方で、米国が駄目になっていく」と
いう感覚だったという。少年だった矢板氏にそう感じさせたニュースの送
り手、中国共産党のエリートたちは、まさにより強くそのように理解して
いるはずだと氏は感想を語っているが、恐らく正しいのであろう。

日本に引き揚げた矢板氏は中国で抱いていた見方を修正できた。しかし習
主席を含む共産党幹部はずっとそのままなのではないか。その「自信」が
米国との軋轢の背景にあるのではないか。

オバマ前大統領が5年前に、米国はもはや世界の警察ではないと宣言した
ときから、中国の侵略行為は顕著になった。南シナ海の環礁を奪い、軍事
拠点化した。フィリピンの訴えを仲裁裁判所が全面的に支持し、中国の領
有権を否定したとき、判決を「紙クズ」だと斬り捨てた。トランプ大統領
の「アメリカ第一」を逆手にとり、中国こそが「民主主義」「自由貿易」
「環境重視」の旗手だと宣言し、米国に取って代わる姿勢を強調した。昨
年秋の共産党大会では、世界に君臨するのは中国だと事実上宣言した。そ
れが現在進行中の米国との貿易摩擦につながっているのではないか。

米中の貿易戦争をきっかけに、8月の北戴河会議では習氏の対外強硬路線
への批判が起きた。これ以上の摩擦回避のために習氏は米国に対し、した
たかな妥協策を繰り出すのか。展望は読みにくいが、中国共産党幹部の中
に、米国は衰退する、中国は強大化する、時間は中国に有利に働くとの確
信があるであろうことは肝に銘じておかなければならない。この種の誤解
ほど危険なものはない。

中国経済が確実に悪化し、一帯一路に代表される大戦略もほころび始めた
中で、習氏にとって経済回復の手立ては全く見えていない。

経済回復が不可能なら、民族主義が次なる求心力にならざるを得ない。そ
れは自ずと対外拡張路線につながる。石氏は、習氏が「国内矛盾を克服す
るためにも、戦争を仕掛ける可能性がある」と指摘し、矢板氏は、台湾が
ターゲットだと断言する。台湾奪取のシナリオのために、習氏は、専門家
をロシアに派遣し、2014年にロシアが如何にしてクリミア半島を奪った
か、詳細に研究中だと明かす。

台湾、沖縄が狙われる

サイバーテロから始まり、フェイクニュースを流し、種々の工作で敵側を
混乱に陥れる。クリミアで親ロシア勢力に蜂起させ、政権を取らせる。間
髪を入れずにロシア軍が出兵する。プーチン大統領のシナリオを参考に、
台湾を窺う習氏。20年から25年の間に何らかの行動を習氏は起こす、その
ための準備がすでに台湾ヤクザを利用して始まっている、との矢板氏の明
言を正面から受けとめるべきだ。

台湾の後には沖縄が狙われる。中国の沖縄に対する目論見は日本からの独
立だ。沖縄を中国の朝貢外交に組み入れ、日本を牽制するためだと矢板氏
は説明する。沖縄独立論を唱えるのは少数の日本人だ。彼らと中国側の連
携で、中国や国連で「琉球独立」に関するシンポジウムや会見が行われて
いることを、本欄で私も報じてきた。沖縄独立論者がごく少数派だからと
言って過小評価していてはとんでもないことになる。

両氏は、中国にとっての日本を北京ダックにたとえている。皮は餅皮に包
み少しタレをつけて、肉は炒めて、骨はスープにして食べ尽くす。三度満
喫できる。その心は、第一に中国共産党は日本と国民党を戦わせて政権を
とった。第二に改革開放で日本の資金と技術で中国の経済成長を支えさせ
た。最後に愛国反日教育を徹底して国民を束ねた。骨までしゃぶられてき
たこと、現在も危うい情勢であることに、好い加減気づくべきだろう。

両氏の対話は米中の究極のディールにも及ぶ。米中間で台湾と北朝鮮の交
換、即ち北朝鮮の核とICBMをやめさせる代わり、中国の台湾侵攻に米
国は介入しないというものだ。

まさかと考えてはならない。最悪の可能性をも頭に入れた上で、日本は自
力を強化する以外に生き残れない。北朝鮮が実質核保有国になる場合を想
定して、日本も核武装の是非まで含めた議論をすべきだという主張には、
十分正当性があると思う。
『週刊新潮』 2018年9月6日号  日本ルネッサンス 第816回

◆トウ小平の刺身以後

渡部 亮次郎

中華人民共和国の人は、肝臓ジストマを恐れて,生の魚は食べないが、ト
ウ小平氏は初来日(1978年)して刺身を食べたかどうか、従(つ)いて来
た外相・黄華さんが1切れ呑み込んだのは現認した。そんな中国が最近は
刺身の美味さを知り、マグロの大消費国になった。

元は琵琶湖に次ぐ大湖沼だった秋田県の八郎潟。今はその殆どが干拓され
て水田になっているが、私の少年時代はこの八郎潟が蛋白質の補給源だった。

鯉、鮒、鯰(なまず)、白魚など。またそこに注ぐ堰で獲れる泥鰌や田螺
(たにし)も懐かしい。但し、これら淡水魚には肝臓ジストマがいて危険
だとは都会に出て来るまで知らなかったが、地元では理由もなしにこれら
淡水魚を生では絶対食わさなかった。

そのせいで私は中年を過ぎても刺身が食べられず、アメリカへ行って日本
食好きのアメリカ人たちに「変な日本人」と言われたものだ。

62歳の時、突如食べられるようになったのは、久しぶりで会った福井の漁
師出身の友人・藤田正行が刺身しかない呑み屋に入ったので、止むを得ず
食べたところ、大いに美味しかった。それが大トロというものだった。そ
れまでは、鮨屋に誘われるのは責め苦だった。

ところで、肝臓ジストマ病は「広辞苑」にちゃんと載っている。「肝臓に
ジストマ(肝吸虫)が寄生することによって起こる病。淡水魚を食べるこ
とによって人に感染し,胆管炎・黄疸・下痢・肝腫大などを起こす。肝吸
虫病」と出ている。

そんな記述より、実話を語った方がよい。九州の話である。著名な街医者
が代議士に立候補を決意した直後、左腕の血管から蚯蚓(みみず)のよう
な生き物が突き出てきた。

びっくりしてよく見たら、これが昔、医学部で習った肝臓ジストマの実物
であった。おれは肝臓ジストマ病か、と悟り立候補を突如、断念した。

「おれは、川魚の生など食べたことはないぞ」と原因をつらつら考えても
心当たりは無かったが、遂につきとめた。熊を撃ちに行って、肉を刺身で
食った。

熊は渓流のザリガニを食っていて、そのザリガニに肝臓ジストマがくっつ
いていたとわかった。しかしもはや手遅れ。体内のジストマを退治する薬
はない(現在の医学ではどうなのかは知らない)。夢は消えた。

中国人は福建省など沿岸部のごく一部の人を除いて、魚は長江(揚子江)
をはじめ多くの川や湖の、つまり淡水魚だけに頼っていて、肝臓ジストマ
の恐ろしさを知っているから、生の魚は絶対、食べなかった。

トウ小平と一緒に来た外相・黄華さんが東京・築地の料亭・新喜楽で鮪の
刺身1切れを死ぬ思いで呑み込んだのは、それが日本政府の公式宴席であ
り、そのメイン・デッシュだったからである。外交儀礼上食べないわけに
いかなかったのである。

後に黄華さんも海魚にはジストマはおらず、従ってあの刺身は安全だった
と知ったことだろうが、恐怖の宴席をセットした外務省の幹部はジストマ
に対する中国人の恐怖を知っていたのか、どうか。

中国残留日本人孤児が集団で親探しに初めて来日したのは昭和56年の早春
だった。成田空港に降り立った彼らに厚生省(当時)の人たちは昼食に寿
司を差し出した。懐かしかろうとの誤った感覚である。

中国人が生魚を食べないのは知っているが、この人たちは日本人だから、
と思ったのかどうか。いずれ「母国でこれほど侮辱されるとは心外だ」と
怒り、とんぼ返りしようと言い出した。

中国の人は冷いご飯も食べない。それなのに母国は冷いメシに生の魚を
乗っけて食えという、何たる虐待か、何たる屈辱かと感じたのである。

最近では、中国からやってきた学生やアルバイトの好きな日本食の一番は
寿司である。ジストマの事情を知ってしまえば、これほど美味しい物はな
いそうだ。催促までする。奢るこちらは勘定で肝を冷やすが。

よく「この世で初めて海鼠(なまこ)を食った奴は偉かった」といわれ
る。それぐらい、何でも初めてそれが毒でないことを確かめた人間は偉
い。だとすれば淡水魚を生で食っちゃいけないと人類が確認するまで、犠
牲者はたくさん出たことだろう。感謝、感謝である。

1972年9月、日中国交正常化のため、田中角栄首相が訪中した時、中国側
が人民大会堂で初めて出してきたメニューは海鼠の醤油煮だった。田中さ
んより前に来たニクソン米大統領にも提供しようとしたのだが、アメリカ
側に事前に断られたと通訳の中国人がこっそり教えてくれた。

以上を書いたのが確か2003年である。あれから中国は驚異的な経済発展を
遂げた。それに応じて食べ物も変化し、都市では今まではメニューに無
かった牛肉が盛んに消費されるようになった。それに伴って過食から来る
糖尿病患者が相当な勢いで増えて━いる。

問題の魚の生食についても2007年3月1日発売(3月8日号)の「週刊文春」57
ページによると中国のマグロ販売量は、中国農業省の調査によると、2006
年上半期だけで50%から60%も伸びている。

経済発展著しい中国が異常なスピードで鮪の消費量を増加させている事実
は意外に知られていない。日本料理店ばかりでなく、北京や上海の高級
スーパーにはパック入りの刺身や寿司が並ぶ、という。

共産主義政治でありながら経済は資本主義。物流が資本主義になれば食べ
物は資本主義になる。肝臓ジストマが居ないと分れば中国人がマグロだけ
でなく生魚を食べるようになるのは当然だ。とう小平の現代化には5つ目
があったのか。2007.03.06


◆「認知症」には「散歩」が効果

向市 眞知

以前、住友病院神経内科先生の「認知症」の講演を聴きに行きました。その時、「こんな症状があったら要注意!」という話から始まり、下記の11の指摘がありました。

1、同じことを何度も言ったり聞いたりする
2、ものの名前が出てこない
3、置き忘れやしまい忘れが目立つ
4、時間、日付、場所の感覚が不確かになった
5、病院からもらった薬の管理ができなくなった

6、以前はあった関心や興味が失われた
7、水道の蛇口やガス栓の閉め忘れが目立つ
8、財布を盗まれたといって騒ぐ
9、複雑なテレビドラマの内容が理解できない
10、計算のまちがいが多くなった
11、ささいなことで怒りっぽくなった

「これらがいくつかあったり、半年以上続いている時は、専門病院へ行きましょう」といわれました。

私自身、同じことを言ったり、物の名前が出てこなかったり、置き忘れやささいな事で怒りっぽくなったなあと思い当たるフシがいくつもありました。専門診療の対象といわれてしまうと本当にショックです。

「認知症」というと周りの人に迷惑をかけてしまう問題行動がクローズアップして、その印象が強いのですが、新しいことが覚えられない記憶障害もそうです。また、やる気がおこらない意欲の低下もそうですし、ものごとを考える思考力や判断する力、そして手順よくし処理する実行力の低下も「認知症」の症状です。

「認知症高齢者」のかた自身の不安は、時間や場所がわからなくなったり、体験そのものを忘れていく中で暮らしているのですから、自分以外の外界のすべてが不安要因になってしまうのです。

ご本人は真剣に外界を理解しようとしているのですが、家族は「ボケ」「痴呆」ということばの印象から、「認知症だからわからないだろう、理解できないだろう」と思い込んでいる例が多くみられます。
 
診察室でなんとご本人を目の前にして「認知症高齢者」の失態を平気でドクターに訴えたり、「母さんがボケてしまって」とはばかりもなく言ってしまったりします。

その瞬間に、ご本人はその家族に対してまた不安をつのらせてしまいます。また話を向けられたドクターも、ご本人を前にしてウンウンとうなづくべきか、ほんとうは困っているのです。

うなづけば家族は安心しますが、ご本人はドクターへの信頼感をなくしてしまいます。

よく「まだらボケ」とか言いますが、「正気の時もあるからやっかいだ」と表現されるご家族もあります。しかしそれは逆で、やっかいと考えるのではなく正気の部分があるのならその正気の部分を生かして日常生活を維持するようにしむけてみませんか。
 
「認知症」があっても、くりかえし続けている一定の日常生活はできるはずです。老年期以前の過去の生活を思い出させてあげると、高齢者は自分の価値を再発見し、意欲も湧いてくるとききました。

高齢者にとって脳機能の低下だけではなく、視覚や聴覚、味覚や嗅覚などの感覚もおとろえてきていることを理解してあげてください。

すべてを「認知症」の一言でかたづけてしまわないで下さい。見えやすくする、聞こえやすくするというような場面の工夫で問題行動が小さくなることもあります。
 
「認知症だからわからないだろう」と思い込むのは大まちがいです。「言ってもしかたない」と決めつけるのは悪循環です。「認知症」の方の感じる外界への不安を考えると、情報が遮断されると余計に不安が大きくなります。

どしどし情報を与えることが不安の軽減につながります。そのために外出しましょう。

「認知症」には「散歩」の効果があります。外界の空気は聴覚、視覚、嗅覚への刺激になり、脳の活性化につながります。
                       医療ソーシャルワーカー

2018年09月06日

◆「正直、公正」か「責任、実行」か

 阿比留 瑠比


当時、石破氏が就任打診を断った理由は、安倍首相との安保政策に関する
考え方の相違だった。首相は集団的自衛権の制限行使論を唱えていたが、
石破氏は全面的行使が可能だと主張していた。

「だったら、石破さんは自分が首相になってから全面行使のための法整備
をやればいいじゃないか」

安倍首相は周囲にこう話していた。控えめな限定行使論でも大きな反発が
予想できるのに、いきなり全面行使をいっても現実的ではないとみてい
た。結局、石破氏はこの時は地方創生担当相を受諾して入閣したが、28年
8月の内閣改造時には閣内残留を峻拒(しゅんきょ)した。

 その際、周囲からは「閣内にとどまらず無役になれば、権限もなくな
り、政治家としてやりたいこともできなくなる」との忠告も受けたが、石
破氏自身はこう自嘲してみせた。

 「私みたいな馬鹿が、1人ぐらいいたっていいじゃないか…」

 これ以上、考え方の異なる安倍首相の下では働きたくないという意志を
貫いたのは確かに自分自身に対して「正直」で「公正」だったとはいえる。

 それと同時に、安倍首相の政治手法とは対照的でもある。首相は17年
の小泉純一郎首相による郵政選挙の際、郵政民営化関連法案に反対票を投
じて「刺客」を送られた保守派の同志議員らについて、こううめくように
話していた。

 「彼らは間違っている。自分のやりたいことを実現しようと思うなら、
権力の近くにいなければならない。郵政民営化なんて本来、われわれが目
指していることに比べたら、どうでもいいことではないか」

 安倍首相は、憲法改正をはじめ大きな目標を「責任」を持って「実行」
していくためには、小異は捨てる覚悟だった。2人が選んだスローガン
に、それぞれの個性が浮かび上がる。

(論説委員兼政治部編集委員)
.産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】

◆EV開発に狂奔する中国

宮崎 正弘


平成30年(2018年)9月5日(水曜日)通巻第5816号 

 EV開発に狂奔する中国、便乗するトヨタ、日産
  はたして電気自動車(EV)が次世代カーのメインとなるのか?

まず連想することは中国における太陽光パネルと風力発電の現在の無惨な
姿だ。

中国は太陽光パネルを奨励し、政府は巨額の補助金をつけた。雨後の筍、
あちこちに太陽光パネルの製造メーカーが出現し、補助金もあって廉価で
輸出してきた。そういたウハウハ時代は終わった。というより死んだ。
ダンピング訴訟をWTO加盟国の多くからおこされた上、中国政府の手厚
い補助金がストップ。当該産業は壊滅状態である。

風力発電も補助金がつくと訊くや70以上の即席メーカーが乱立し、風の吹
かない場所にも風力発電を建てた。ところが、その3分の1が送電線に繋
がっていなかった。マンガのようなお粗末。いま数社が残って、細々と製
造を続けているが、ほかのメーカーは倒産、或いは異業種へ転換した。

さてEV(電気自動車)である。中国はこれを次世代カーのトップに位置
づけた。

最初の頃、お手並み拝見だった日欧米も、巨大市場が全体主義国家ゆえに
トップダウンでEVを目指すとなると、座視するわけにはいかなくなっ
た。というのも、「戦争は発明の母」という。ガソリン輸入を一日に900
万バーレルという消費大国のチャイナとしては、脱ガソリンを目指す強い
動機があり、また次世代技術競争を日米欧との「戦争」と認識しているが
ゆえに開発にかける意気込みは熾烈だ。

中国でEV自動車開発には既存メーカー北京汽車集団のほか、後発の吉利
(ジーリー)とBVDがある。ほかのメーカーもEVカーに参入した。生
産能力6000万台、販売が3000万台に迫る中国の自動車市場を勘案すれば、
世界の自動車メーカーがEV開発に眼の色を変えるだろう。

現況では48万台のEV試作車が中国で売れたそうな。米国はテスラの大
ブレークが手伝って、11万台の販売実績。欧州で14万台。ところが日本で
は僅かに2万台だった(2017年度販売速報)。

日本がなにゆえに冷淡だったかと言えば、省エネ・エンジンで世界のトッ
プ、そのうえにハイブリット車が市場を席巻したからだ。

EVは、充電に時間がかかり、電池は容積が大きいので車内は窮屈になる。

中国の第1号となったBVDの試作車は1人しか座れず、アクセルに足が
届かないほど電池の体積が大きかった。そのうえ最大200キロの航続距離
というが、クーラーなどを使用すれば、実際には80キロくらいで充電の必
要性が産まれる。


 ▲数あるアキレス腱を克服できるのか?

充電スタンドが圧倒的に不足しており、平均8時間。急速充電でも2時間
を要し、家庭での充電は十四時間以上かかる。不便極まりないが、なにし
ろ習近平政権が、「目玉」として奨励している。

となれば中国市場だけに限定して、トヨタも日産も製造に動き出した。は
たして勝算はあるのか、といえば話は別である。自動車メーカーには世界
シェア競争という別の競争があるのだ。

トヨタは上海汽車集団と共同生産し、2020年販売を目指す。日産は年内に
新ブランド「リーフ」を投入する。ホンダは現地合弁でEV生産に踏み切る。

トラック業界もいすず、三菱ふそう、日野が前向きで、一番乗りのいすゞ
は2018年内にEVトラックを試作し、20年に量産体制に移行するとしてい
る。ただし軽量級3トンのエルフが投入される。

トラックはディーゼルが主流で、出力と重量の関係からガソリンは不向き
とされる。その上に急速充電でも100キロしか走れないという弱点を、い
かに技術的に超えるか。今後の課題である。

三菱ふそうはリチウム・イオン電池6個のパッケージを搭載し、急速充電
と併行で、すでに試走車はコンビニの配送に実験的に投入されている。こ
れは巨大な中国市場を狙うボルボ、ダイムラーなどの動きを睨んでの動き
と言える。

とりわけ注目されるのは、EV充電規格を日中が2020年を目処に統一し、
世界シェアの90%を担うようにするという日中協同の動きである。日本は
急速充電「チャデモ」規格をすでに開発し、設置もしている。

しかし充電スタンドは、全国1万8000箇所デしかない。EVが普及してい
ないからだ。対して中国の急速充電規格は「GB・T」で、技術は劣る
が、中国はEVブームがあるため設置箇所はダントツの22万箇所。欧州勢
の「コンボ」はまだ7000ケ所に過ぎない。

出遅れた日本の思惑は、充電器の規格で中国と規格を統一すれば、中国市
場が拡大すると見込んでいる。これはしかも中国側から規格統一がよびか
けられてきた。中国と共同作業というのはリスクの森である。

実情は次のようである。

中国単独での開発には無理がある上、基本特許を欧米日に押さえられてい
て、開発上の隘路がある。

充電装置は日本とドイツに依拠せざるを得ない。電池は原料のリチウムと
コバルト鉱区は確保したが、肝腎の電池開発は、日本に頼らないと先へ進
めない。

AIは米国、インドが頼りであり、さらに半導体はインテルTSMC(台
湾)、サムソン、そして日本である。


 ▲中国は巧妙な規制をかけ、外国勢の開発を義務づける。磁力か、魔力か

2019年に中国はNEV(新エネルギー車)と総称する自動車シェアの規制
に乗り出すようである。自国に都合の良い、身勝手な措置だが、外国勢
は、この規制を無視できない。まさに中国の磁力か、魔力か、いや催眠術か。

具体的には輸入車の10%がNEVでなければならないという、中国でしか
有効性がないが、強制力を伴う法的規制で対応する。この場合、NEVの
範疇には、EV(電気自動車)、FCV(燃料電池車)、PHV(プラグ
イン・ハイブリッド車)が含まれるが、日本が特異のプリウスなどの「ハ
イブリッド車」は除外される。2030年にはガソリン車は全体の3分の1に
まで減少すると予測されている。

このためトヨタはスポーツ多目的EVを中国で2020年に投入し、ホンダは
中国専用EVとして「理念」(現地ブランド)を投入する
 
欧米勢もテスラが新工場を上海に、中国最大の販売台数を誇る独フォルク
スワーゲンは、1000億ドルを投じて新工場などで対応する。
 
とくに米国のテスラだが、上海に車と電池の一貫工場を立ち上げ、年間
50万台を目指すというのだが、テスラ自体が有利子負債の巨額に経営が
ふらつき、また同社の電池を米ネバタ州で生産しているパナソニックが、
この中国作戦を首肯するか、どうかも定かではない。フォルクスワーゲン
は、もっと鼻息が荒く年間250万台を豪語している。確かな裏付けは今
のところない。


 ▲自動運転開発も中国が先頭を走るようだが。。。

自動運転はどうか。

EVと併行して研究開発が世界の主要メーカーで猛烈に進んでいるが、自
動運転は、自動車産業の「産業地図」を変革するダイナミズムをともなう
リスクが存在する。

自動運転は、第一にAI、第二に半導体、第三に部品制御システムとなっ
て、従来のようにエンジンから車体ボディ、窓ガラスなどと系列メーカー
が基軸の「ピラミッド型の構造」が、系列を飛び越えた産業構造に変化する。

トヨタ系はデンソー、アイシンなど4社が連合し、自動運転のために合従
連衡を組むことが決まった。

AIは米グーグル、百度などが一歩リードしているが、日本は出遅れが目
立つ。

ところが中国はシリコンバレーに研究センターをつくって優秀な人材を米
国でも集めているばかりか、重慶に焦点を絞り込んで、習近平の大々的な
支援政策の下、紫光集団、百度、アリババ、テンセント、華為技術などが
重慶に開発センター、半導体工場などを新設することが決まっている。

半導体は米インテルが先頭を走り、サムソン、TSMCが並ぶが、日本は
東芝のスキャンダルなどがあって相当に出遅れた。ようやくNEC、日
立、三菱電機が組んだ「ルネサス」が戦列に加わった。

ルネサスは米IDT(インタグレーテッド・デバイス・テクノロジー社)
を6600億円で買収し、一気に第一線への復帰を目指す。これも自動運転絡
みである。

ただしトランプ政権が、このルネサスのIDT買収にGOサインを出す
か、どうかは不透明である。 

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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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 AIの無機質的機能と人間のパトスはいかに結びつくのだろう
  若者のガッツ喪失の底に流れるのは合理主義的ニヒリズムではないのか?

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高橋洋一『愛国のリアリズムが日本を救う』(育鵬社)
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「右も左も真っ暗闇じゃぁ、ござんせんか」と鶴田浩二が陰鬱に謳った。
昭和30年代の終わりから40年代を通して全共闘、ノンセクト・ラジカルの
シンボルは鶴田と高倉健だった。しかしもっと心情的共鳴が深かったのは
保守・民族派だった。

昭和40年に燃え尽きた学生運動。そこには左右を問わず、合理主義は稀薄
で、熱情と正義感、論理的思考を伴わない使命感を、徒らに燃やす何かが
あった。

高度成長期を終え、安定的な社会に突入すると、精神の弛緩が始まり、情
熱を失った日本は「空白の精神、哲学不在」のまま、現在の精神的貧困、
創造的枯渇という悲哀な状況を迎えた。

少子高齢化、人手不足、経済の停滞。スマホ依存症。このふがいなさは政
治の貧困というよりも、精神の枯渇によるものではないのか。

なぜ学生運動が下火となり、若者は蹶起しないのか。その意識の底流を流
れるのは合理主義という名のニヒリズムである。

だから、本書の著者のように、日本を再活性化させるには「愛国のリアリ
ズム」が重要と説かれることになる。

高橋氏は左右の観念論を排し、学者やマスコミのいうことは正しくなく、
財政再建に消費税が必要というのは嘘、同時に中国が経済大国化すること
はないと近未来を冷徹に見通すのである。

本書の最後の章立てのなかに、独特のAI未来図を高橋氏は演繹され、次の
指摘をされている。

AI導入は、たとえば金融業はフィンテックによって従業員半減、窓口はほ
とんど不要になった。証券会社はもっとリアルで、窓口がない支点がある。

AIで、じつは銀行を監督する官庁も人員削減ができる。固定的な書式をう
め、決まり切ったことを尋問しながら貸借対照表、資産バランス、決算報
告書などを監査、検証するのは、AIで可能だからだ。

役所の窓口はロボットでも可能だが、高橋氏の指摘で面白いのは国会答弁
である。

当該官庁のエリートが徹夜して仕上げるのが大臣らの国会答弁だが、「ほ
とんどのものが過去にあった答弁を焼き直したもので、作成自体も難しい
作業ではない。もちろん答弁をつくるだけが官僚の仕事ではないが、国会
答弁の作成は過去の質問や答弁を多く流用するだけの定型的な『ルーティ
ンワーク』である。(中略)これらの作業をAIに代替してもら」えば良い
のである。

こういう合理主義的行政改革は賛成である。

しかし今後の課題はAIの無機質的機能と人間のパトスがいかに結びつく
のかという難題であり、現在の日本の若者のガッツ喪失の底に流れるの
は、合理主義的ニヒリズムであって、愛国リアリズムとは無縁に近いもの
ではないのか?

◆沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図

櫻井よしこ


「沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図 『不都合な真実』の予見は説得
力がある」

沖縄県が熱い政治の渦の中にある。翁長雄志知事の死去で、知事選挙が9
月30日に繰り上がった。氏の後継者として小沢一郎氏の同志で、自由党幹
事長の玉城デニー氏が出馬する可能性が濃厚だ。

自民・公明の候補者は普天間飛行場を擁する宜野湾市の前市長、佐喜眞淳
氏である。宜野湾市議、沖縄県議を経て宜野湾市長に至る足跡は、激しく
ぶれた翁長氏の経歴とは対照的だ。

両氏の一騎打ちが予想される中、沖縄では「弔い合戦」「オール沖縄」な
どの言葉が飛び交う。現地紙の「琉球新報」「沖縄タイムス」は、翁長氏
が辺野古の海を守るべく本土政府と鋭く対立し、命懸けで闘ったと熱く報
じ、知事選挙を氏の遺志を継ぐ弔い合戦だと印象づける。2紙は沖縄県人
が一致して「オール沖縄」で本土政府と闘うという形づくりに懸命である。

しかし、「オール沖縄」は本当に保革両勢力を束ねる政治基盤なのか。翁
長氏はかつての自民党県連幹事長で、普天間飛行場の県内移設を容認して
いた。その保守の政治家が共産党主導の革新勢力と手を結んだために保革
両勢力が結集したかのような印象を与えたが、真実はどうか。翁長氏はな
ぜ突如、辺野古移設に反対し始めたのか。

こうしたことを本土側の思い込みで理解しようとすると、必ず間違う。で
はどうしたら沖縄を理解できるのか。

田久保忠衛氏は沖縄返還の前、時事通信那覇支局長だった。氏は沖縄理解
の基本として「沖縄学の父」とも言われる伊波普猷(いはふゆう)を読む
ことだと語る。沖縄・久米島にゆかりのある佐藤優氏も伊波の『おもろさ
うし』を読み通したと、どこかに書いていた。ちなみに伊波は誰も研究す
る人のいなかった時代から琉球の万葉、「おもろ」を研究し『おもろさう
し』をまとめた。

伊波の膨大な著作に加えて、手軽な新潮新書『沖縄の不都合な真実』(大
久保潤、篠原章著)を読めば、かなり沖縄のことがわかる。『不都合な真
実』は現在進行形の事象を中心にしたジャーナリスティックな著述だ。

大部の専門書である伊波の全集と、小振りな新書は沖縄理解の根本におい
て重なっている。両者に通底するのは沖縄へのあたたかな想いと、沖縄の
暗部への深い斬り込みである。

『不都合な真実』は、誰も反論しにくい「沖縄の被害者の立場」を前面に
出した「沖縄民族主義」を冷静に批判し、補助金依存型経済と公務員優位
の社会構造にメスを入れない限り、基地縮小は進まないと断ずる。同批判
は伊波がざっと以下のように指摘した「沖縄人の最大欠点」と本質的に重
なる。

〈日支両国に従属した歴史の中で沖縄人は二股膏薬主義を取らざるを得
ず、生きるために友も師も、場合によっては国も売るという性質を育んだ〉

弱者の立場ゆえに、生存のためにはどっちにも転ぶというのだ。

結論を急げば、翁長氏を支える勢力は「オール沖縄」と称されるようなも
のではない。4年前の知事選挙の得票率は、翁長氏ら辺野古移設反対派が
52.7%、容認派が47.4%だった。実態は「オール沖縄」ではなく「沖縄二
分」なのだ。

『不都合な真実』は翁長氏の突然の変心は「カネと権力」を巡る覇権争い
ゆえだと分析し、本土の私たちのように、翁長氏変心の原因を辺野古移設
を巡る立場の違いに求めるのは「まったく的外れ」だと斬って捨てる。

沖縄問題は難しい。基地縮小の施策はおよそいつも現地の反対で妨げられ
る。同時に、基地負担の見返りに膨大な額の補助金が要求され、政府が応
じる。それが基地縮小へのブレーキとなる。この壮大な矛盾の中で、今
後、沖縄の自衛隊誘致運動が海兵隊の縮小に伴って一大勢力に発展すると
の『不都合な真実』の予見には、十分な説得力がある。表面的な考察での
み沖縄問題を論ずると間違うのである。

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1245

◆京都「和歌に登場する山科」

渡邊好造


百人一首など平安、鎌倉時代の和歌集に登場する山科の代表地は、「これやこの行くも帰るも分かれては 知るも知らぬも逢坂の関」と、蝉丸が詠んだ"逢坂の関"である。

清少納言や藤原定方ら有名歌人もこの地を取上げているのは以前に紹介した。行政的には隣の滋賀県大津市になるが、現地に立ちその地形をみれば山科エリアだと十分頷けるはず、、。今回はそのすぐ隣りの"音羽山"など、和歌に詠まれた古都京都の奥座敷、山科の優雅な雰囲気を感じとっていただきたい。
 
音羽山は高さ593メートル、逢坂の関の南西、山科四ノ宮の南東に位置し、山科盆地を囲む山の一角にある。音羽山が登場する和歌として有名なのは次の2首。

紀貫之(平安時代の歌人・土佐日記の作者・原典は古今集)= 「秋風の吹きにし日より音羽山 峰のこずえも色づきにけり」。貫之の従兄弟にあたる紀友則(歌人・古今集)= 「音羽山けさ越えくれば時鳥 梢はるかに今ぞ鳴くなる」。
逢坂の関と音羽山の両方を詠んだ和歌も多い。

代表例をあげると、、
・源実朝(鎌倉幕府3代将軍・金槐集)=「逢坂の関やもいづら山科の 音羽の滝の音にききつつ」。
・後鳥羽院(鎌倉時代第82代天皇・原典不明)=「逢坂の関の行き来に色変わる 音羽の山のもみぢ葉」。
・源俊頼(平安時代歌人・金華和歌集)=「音羽山もみぢ散るらし 逢坂の関の小川に錦織りかく」。
・慈円(慈鎮・鎌倉時代天台宗の僧・原典不明)=「音羽山卯の花垣に遅桜 春を夏とや逢坂の関」。
・在原元方(平安時代歌人・古今集)=「音羽山音にききつつ 逢坂の関のこなたに年をふるかな」。

この他、当時の和歌集には小野、花山(かざん)、栗栖野、日の岡といった山科の地名が、いくつも登場する。

・藤原権中納言長方(平安時代公家、歌人・続古今集)=「見渡せば若菜摘むべくなりにけり 栗栖の小野の萩の焼原」。
・後鳥羽院(平安・鎌倉時代の天皇・夫木和歌抄)=「秋はけふくるすの小野のまくずはら まだ朝つゆの色ぞにほひぬ」。
・藤原定家(鎌倉時代公家、歌人・定家の歌集拾遺愚草)=「花山の跡を尋ぬる雪の いろに年ふる道の光をぞみる」。
・土御門院(鎌倉時代の天皇、後鳥羽天皇の皇子・続古今集)=「はし鷹のすすしの原 狩りくれて 入り日ノ岡にききす鳴なり」。

和歌に登場する1千年程前の山科の眺望は想像し難いが、現在の山科の絶景はと問われたなら筆者は次の3つを挙げる。
@東山ドライブウエー将軍塚辺りから見下ろす京都中心部の眺望(京都タワーは目障りだが、、)。
A山科疎水道からの山科の展望(写真・左にJR琵琶湖線、白い土手の右下は京阪電車京津線、後方は東山連峰)。
B音羽山から眺める東山連峰に沈む夕陽。

夕陽については、朝陽のような眩しさや暑さを感じさせないのでじいっと見つめるうち、両手を合せてつい願い事を呟きたくなる。

平安・鎌倉時代の歌人達が眺めた山科の夕陽は、三方を山に囲まれた盆地にあって、今とはまったく異なる自然が一杯の目を見張らせる光景だったはずだが、各種の資料をひっくり返してもこの夕陽を詠んだ和歌は発見できなかった。

京都古人、宮廷人、天上人の視点は、大地、天空、山脈、天下の情勢、庶民生活などを大きく広く見渡すことよりも、恋人、愛人(不倫)、片想い(失恋)、鳥、植物など目前の夢の世界にのみ向けられているかにみえる。

こうした天上人のお気楽な暮らしぶりに対し不満がくすぶり、やがては積重なって鎌倉時代以降の武家社会へと変革していく、そうした様が和歌には窺える。(完)

2018年09月05日

◆抑圧と分断に翻弄された民族の愛国心と反日感情

加瀬 英明

 
ロシアで行われたワールド・サッカー世界大会で、韓国代表チームが敗れ
て、5月にインチョン(仁川)空港に帰国したところを、出迎えたファン
が罵声を浴びせて、卵を投げつけた。

韓国チームは2敗したあとで、前回の世界大会の覇者だったドイツに勝っ
たから、誉められるべきだったと思うが、韓国社会は結果だけを重んじる
から、日本のように努力したことを評価しない。

日本では食物は大切で、神聖なものであるから、人に食物を投げつけるこ
とは、絶対にしない。韓国と日本は隣国だというのに、人々の価値観が
まったく異なっていることに、驚かされる。

だが、韓国も、日本も長いあいだにわたって貧しい国で、しばしば飢饉に
も見舞われたから、食べ物は尊いものだったはずだ。

それなのに、韓国では人を罵って、卵をぶつけることが珍しくない。

卵は貧しかった時代には、韓国でも、日本でも貴重な滋養源だった。日本
では幼い時から、親から食物を粗末にしたら罰(ばち)が当たるといって、
厳しく躾けられた。

私の親しい韓国のO教授が日韓の違いを説明して、「韓国人はみんな見栄
を張るからです。卵も貴重なものであったから、自分は卵を投げることが
できるほど、豊かだということを、見せるためですよ」と、教えてくれた。

韓国語では、「ホーセプリダ」(虚勢(ホーセ)を張る)とか、「ホーヨン
プリダ」(虚栄(ホーヨン)を飾る)という。誰もが空ら威張りする天性
が、あるのだ。

ちなみに、韓国の1人当りのGDP(国内総生産)は、日本の3分の2に
みたないのに、韓国では卵1ケがほぼ200ウオン(日本円で30円)である
のに対して、日本では20円あまりだ。韓国のほうが金利も物価も高いが、
昔から社会が安定しなかったために、貯蓄する習慣がなく、全員が借金癖
に取りつかれているためだ。

日本では誰もが、謙虚であることを求められる。自己を抑えて、互に譲り
合わなければならないが、韓国では自己主張が強く、人を押しのけながら
力のある者に、諂(へつ)らわなければ、生き残ることができない。韓国人
誰もがそろって認めるように、住みづらい社会なのだ。弱い者は惨めな落
伍者になってしまう。

嘘をつくのも、自己防衛のために必要だから、そうするうちに嘘が真実に
なってしまう。

 
嘘はしばしば、家族や、一族、自分が属している党派を守るために、必要
な手段となる。先の大戦中の慰安婦(ウイアンプ)が、職業的な売春婦だっ
たのが事実であるのに、日本によって拉致された性奴隷(ソンノーイエ)
だったという嘘を、事実としてつくりかえて、国内外に慰安婦像を次々と
建てているのは、その典型的な例である。

 過酷な歴史ゆえの自分本位

韓国では嘘と真実のあいだに、境がない。

 慰安婦(いあんふ)は日本語だが、戦後独立した韓国の国軍は、旧日本軍
の将校経験者が中心となったので、日本軍の多くの制度に倣った、慰安婦
を「ウイアンプ」と、朝鮮語読みにして引き継いたために、韓国軍に慰安
婦が存在した。

駐留米軍にも、慰安婦(ウイアンプ)を提供していた。(もっとも「性奴
隷」は、日本の偏向左翼の造語で、「セックス・スレイブ」として、世界
を風靡している。)

今年から韓国では、政府が8月14日を『ウィアンプ・ギリムウィ・ナル』
(慰安婦を称える日)として制定したが、世界史で売春婦(メチュンプ)を
賛美する唯一つの国となった。じつに、個性的な民族だとしかいえない。

8月が巡ってくると、日本ではテレビが定番のように、先の大戦と、広
島、長崎への原爆投下を回想する番組で埋まるが、韓国では日本軍によっ
て虐待された慰安婦を取りあげた番組が、放映される。今年も、文在寅
(ムンジェイン)大統領と金正淑(キムジョンスク)大統領夫人が、高齢の慰
安婦を見舞った。

韓国人には、愛国心が無い。日本は1億2000万人が同質だと思い込んでい
る、世界できわめて珍しい国民だ。ところが、韓国人は家族の結束と家族
愛が、日本よりはるかに強いものの、国民として一体感が欠けている。

韓国人は富裕層から極貧層まで自分本位だから、韓国を捨てて、自由で豊
かな海外に移住することが、全員の夢(クム)となっている。もっとも、李
朝のもとで500年にわたった朝鮮王朝(1392年〜1910年)が、あまりにも
苛酷な時代だったから、自分本位にならざるをえなかった。

 分断国家と反日感情

日本神話が一つしかないのと較べて、韓国には朝鮮北部の檀君(タンクン)
神話をはじめ、高句麗(コクリヨ)、百済(ペクチュ)、新羅(シルラ)、伽那
(カヤ)それぞれにその国がどのようにして産まれたのか、異った始祖神話
が存在する。

檀君神話は、天帝桓因(ファニン)の子の桓雄(ファヌン)が地上に天降っ
て、雌熊(クンニヨ)と結婚して生まれた檀君が、檀君朝鮮として知られる
古朝鮮を建国して、王となったというものだ。ところが、高句麗、百済、
新羅と伽那の神話は、それぞれ物語が大きく違っているものの、すべて卵
から生まれたという、卵生神話である。

天帝の子の恒因が天上から天降ったというのは、日本神話に似ているが、
なぜか、卵から生まれたという4つの国の神話は、日本神話と共通すると
ころが、まったくない。

韓国は古い歴史があるといって誇るが、しばしば王朝が交替したから、そ
のつど歴史が断絶されてしまった。

中国の歴史も、習近平国家主席が「偉大な5000年の中華文明」を自慢して
も、王朝が頻繁に代わるたびに、歴史が大きく書き改められたから、ズタ
ズタの歴史であって、韓国の歴史に一貫性がないのと、同じことだ。

韓国では、新しい王朝が支配者となるたびに、かならずその前の王朝の業
績を、頭から否定した。高麗朝(コリヨジョ)の将軍だった李成桂(イソン
ゲ)が、1388年に反乱して高麗朝を倒し、朝鮮王朝(チョソンワンジョ)と
して知られる李朝を樹てると、高麗朝の国教だった仏教(プルギヨ)を禁じ
て、儒教(ユギョ)を国教とした。

李朝のもとで、仏寺はみな山の奥深く逃げ込み、僧侶は強制労働に服する
奴婢(ヌビ)の身分に落された。今日、韓国の骨董屋にゆくと、五体満足な
仏像が、一つもない。日韓併合後、日本が仏教を復活させることによっ
て、仏寺が平地に戻ることができた。

アメリカの占領下で、1948年に韓国が独立を回復すると、その前の日韓併
合時代が完全に否定されるようになったが、国家をあげての「反日(パン
イル)」は、何のことない、韓国の歴史で繰り返されてきただけのことだ。

それに韓国は、李朝が終わるまで国民を苛め抜いて、支配階級が富を収奪
する、苛斂誅求(ガリヨムジュグ)の酷(むご)い歴史しかないので、誇れる
ことがないために、「反日」が愛国心の源(みなもと)となった。

産経新聞のソウル駐在客員論説委員として、韓国における生活が長く、私
と同じ親韓派の黒田勝弘氏が、韓国の「反日」について、「韓国民の反日
感情というのは、日本による朝鮮半島支配が終わった後、日本においては
戦後、彼らにおいては、いわゆる解放後に形成されたものである」(『そ
れでも私はあきらめない』あとがき、黒田福美著、WAC株式会社)と、断
じている。

日本の朝日新聞社をはじめとする、偏向左翼による自虐的な「反日」も、
敗戦後に形成されたものだから、韓国を笑うことができない。

私が長年にわたって、親しくしている韓国のS元新聞論説委員は、「いま
の韓国の“反日”は、日本が戦争に負けたのがいけないのですよ」といっ
て、嘆いてくれる。

私は日韓基本条約によって、日韓国交平常化が行われた前年の1964年
に、時事通信社特派員の肩書を貰って、韓国に短期滞在したが、ポージャ
ンマチャ(屋台)を訪れても、深夜、ソウルへ戻るバスに乗っても、日本
人だとわかると、人々から握手攻めになった。

屋台では人々が懐しがって、つぎつぎとマッコリ(どぶろく)を奢(お
ご)ってくれ、満員のバスでは、全員が日本の歌を合唱してくれた。

私は27歳だったが、当時の韓国の代表的な企業の経営者が、若い私を上座
にすわらせて、妓生(キーセン)を侍らせた宴席を設けてくれた。

日韓併合時代が遠ざかって、日本時代を体験した人々が減るにしたがっ
て、「反日」が暴走して、喜劇的なものとなっている。

 事大主義を生んだ儒教の受容

韓国では前政権の大統領が、かならずといってよいほど逮捕され、投獄さ
れるが、前政権を否定することが、慣(なら)わしとなっている。前政権の
幹部が記念植樹した木があれば、引き抜いてしまうことが、珍しくない。

韓国民の思考様式を解明する、もう一つの鍵は、「サデチュイ」である。
漢字で「事大主義」と書く。日本では「事大(じだい)」という言葉が使わ
れることがないから、馴染(なじ)みがないが、漢和辞典で「事」をひく
と、「仕える」という意味がでてくる。「事大(サデ)」は、力の強い者に
仕えることだ。

 韓国は歴史を通じて、中国からしばしば侵略を蒙ったために、中国に臣
従して、中国の属国となった。

 韓国の歴代の国王は、中国によって册封(任命)される地方長官のよう
なものだったから、皇帝のみに許される「陛下(ペーハ)」とい敬稱を用い
ることができず、「国王(ククウォン)殿下(チョンハ)」と呼ばれた。

 歴代の韓国の王朝は、ひたすら中国に仕えることによって、生き伸びて
きた。中国に追従(ついしよう)して、諂(へつら)うあまり、自立心も何も
捨てて、儒教から科挙制度まで、すべて中国を真似して、中国の「大中華
(デチュンファ)」に対して「小中華(ソチュンファ)」と稱して、悦に浸る
ようになった。

 ヨーロッパに、「ロシアの隣国となるほど、不幸なことはない」という
諺(ことわざ)があるが、中国の隣国となるほど、不運なことはない。

 今でも韓国では「大国(デグク)」といったら、中国一国だけを指す言葉
となっている。アメリカも、ロシアも、「大国」とはいわない。

 それでいながら、韓国人は中国に対して屈折した感情をいだいており、
中国人が不潔だといって、昔から「テンノム」(垢野郎)といって、軽蔑
してきた。今日でも「テンノム」といったら、中国人の蔑稱となっている。

 もう一つの韓国人の思考様式を解く鍵は、韓国人全員が英語でいうが、
「ウインナー・テイクス・オール」(勝った者が、すべてを一人占めにす
る)のだ。日本のような“和の社会”ではなく、常時、熾烈な競争を強いら
れている社会なのだ。

 そこで、子どもを学校に送り出す時には、日本であれば「みんなと仲良
くしなさい」というが、韓国では「チヂマ!」(負けるな)、「イルテン
イ・テウォラ!」(一番になれ)「イルテンヘラ!」(同)といって励ま
すというより、脅(おど)かす。

 このために、韓国では少数の財閥(チェボル)と呼ばれる大企業が、経済
の3分の2以上を独占して、中小企業が育つことがない。

 韓国の悲劇は、韓国社会が小型の中国となってしまったことだ。

 中国人も苛酷な歴史のなかで生きてきたから、不正を不正と思わない。
自己本位で、自分を守るために、いくらでも嘘をつく。畏友の宮崎正弘氏
が、「中国人は息を吐くたびに、嘘をつく」と述べているが、嘘が呼吸と
同じ生きる術となっている。

 中国の儒教は支配階級が、美辞を並べて人民を支配するためのハウツウ
の統治思想であるが、日本に伝わると、精神修養哲学につくりかえられ
て、今日に至っている。ところが、韓国では中国の儒教をそのまま取り入
れたために、中国産の猛毒によって冒された。

 『論語』には、孔子の言葉として、「身内の不祥事を、外に洩してはな
らない」という、日本人なら目を剥(む)く教えがある。

 日本は“和の社会”であるから、心は相手が誰であれ、配るものとされて
いるが、中国、韓国では、家族と一族のあいだに限られる。そのかわりに
言葉が、主役の座についている。

 韓国では朝鮮王朝を通じて、儒教の朱子学の取るに足りない、些細な解
釈をめぐって、国王を取り巻く両班(ヤンバン)たちが党派を組んで、凄惨
な生命の遣(や)り取りを、繰り返した。

 言葉はもっぱら自己主張と、弁解に使われるために、日本では古代から
言葉を多用して、「言挙(ことあ)げ」することを戒しめてきた。日本の歴
史を通じて信仰されている神道では、言葉に「言霊(ことだま)」という霊
力が籠っていると信じられたので、よい言葉だけを発することを求めてきた。

 言葉と現実は、2つの異っているものである。日本人は、言葉のうえに
成り立っている論理が万能な、中国、韓国と違って、言葉を乱用すること
を嫌って、感性による美と心を尺度としてきた。

 そこで、中国と韓国では、贋物の論理をつくっては、振りまわす。心は
分かち合えるが、論理は対立を招く。日本社会の“和”は、理屈を嫌ってい
るうえに、成り立っている。

 これからの日韓関係と日本人の行方

 日韓関係は、どうあるべきなのだろうか?

 いま、日本では「嫌韓」という言葉が、流行っている。韓国の理不尽な
行いに対して、日本国民が憤っているのは、よく理解することができる。

 韓国は事大主義(サデチュイ)の国だから、強い者に媚び、自分よりも弱
い者に対して、居丈高に振舞う。 
 
 ところが、日本が韓国に対して毅然たる態度をとるべきところを、河野
洋平官房長官(当時)が、日本人らしい善意からだろうが、慰安婦につい
て謝罪したり、韓国に対して卑屈な姿勢をしばしばとってきたために、侮
(あなど)りを招くことになった。これは、日本の責任だ。

 私は「嫌韓」というよりは、読者に韓国を哀れむ、「憐韓(れんかん)
論」を勧めたい。“悪の文明”である中国に臣従することを強いられたうえ
に、中国を模倣した苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)の政治が行われたため
に、韓国の国民性が大きく歪められてしまった。気の毒な国民なのだ。

 韓国人にはよいところが、多くある。私たちは韓国を善導することに、
努めるべきである。韓国政府があれだけ反日教育を行っているのに、日本
を訪れる韓国観光客にレピーターが多いのは、本音では日本を好きなのだ。

 韓国のテレビでは、いまでも日本のドラマを、日本語で放映することが
禁じられ、日本の演歌を日本語で流すことができない。韓国民が日本を好
きになってしまうからである。

 だが、いったい私たちに「憐韓」だ、「嫌韓」だといって、韓国を見下
ろして、嘲笑する資格があるだろうか。

 あと8ヶ月あまりで元号が改まって、戦後3回目の御代になるというの
に、私たちはいまだに自立する精神を、まったく欠いている。

 北朝鮮からのミサイル攻撃だけではなく、中国が尖閣諸島、沖縄を奪い
にきても、アメリカに縋るほかないでいる。事大主義ではないか。   

◆ドゥテルテ大統領がイスラエルを電撃訪問

宮崎 正弘


平成30年(2018年)9月3日(月曜日)弐 通巻第5814号 

 フィリピンの暴れん坊=ドゥテルテ大統領がイスラエルを電撃訪問
  欧米の対フィリピン武器供与中断に対応、イスラエルから武器購入

 ドゥテルテ大統領が実践した麻薬撲滅、密売人射殺が7000人、仲買人
など数万を刑務所にぶち込んだ。欧米はそれが非人道的だと批判し、とく
に米国はフィリピン武器供与を中断した。

米比関係冷却の隙に乗じて中国が入り込んだが、これも口だけで実行が伴
わず、一時の中国フィーバーは醒めた。棚上げしてきた國際仲裁裁判所の
判決(フィリピンの完全勝訴、中国の言い分には幾ばくの根拠もない)
を、ドゥテルテ大統領は外交カードの再活用する道も探り始めた。

9月2日、ドゥテルテ大統領はイスラエルを電撃訪問し、3日間滞在し
て、次にヨルダンへ向かう。いずれもネタニヤフ首相、アブドラ国王の招
待に応じたものだが、フィリピン大統領が両国を訪問するのは初めて。

フィリピンの出稼ぎはイスラエルに2万8000名、ヨルダンに4万8000名、
中東全域に合計100万人が働いて、母国に仕送りをしている。フィリピン
経済の15−20%が、この海外への出稼ぎの仕送りで成立している。ドゥテ
ルテ大統領は両国のフィリピンコミュニティの歓迎集会にも出席する。

さて、イスラエルの新聞『ハーレツ』(9月2日)が伝えた。「ドゥテル
テ大統領のイスラエル訪問の隠された目的」とは石油と武器にあり、と言
うのである。しかしフィリピンは既にイスラエルから、レーダーや対戦車
砲など2017年実績でも2100万ドルを輸入している。

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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1783回】           
 ―「支那人は不可解の謎題也」・・・徳富(8)
 徳富蘇峰『支那漫遊記』(民友社 大正7年)

                 △
次が馮国璋である。

「質素なる一小室」に入ると、「一見六十恰當の、好々爺の如き者立つあ
り」。それが馮だった。「總統は能く談じ、能く聽く、所謂る老練、熟達
の人なる可し。兎も角も現在に於ては最も安全なる一人として、支那の政
治界に調法がらるゝならむ」。

ここで徳富は「少なくとも、今後の北方に於ける問題は、馮と段との離
合如何に決せらる」とした後、「武人出身にして、且つ何れも袁世凱の門
下生」である馮と段とを比較して、「馮は調和性に饒む、其弊や優柔不斷
也」。これに対し段は「勇壮」だが「多く敵を作る」。馮は「兵權を有し
て、學識を有せざる馮道」のような人物で、その振る舞いは「アスキスの
『姑く待て』主義」。対するに段は「王安石より學問と、經綸とを控除し
て、更に若干の武事的修練を加味した」といったところで、「ロイド・
ジッジの『直ちに行へ』主義也」。現状は両者は「同舟遭風の境遇中に
あ」るところから、「兩人契合」している。

この徳富の観察に従うなら、馮総統・段総理のコンビは互いに凭れ合いな
がら現在の地位に在るだけであり、指導力のも調整力の期待できず将来に
対する構想も持っているわけでもなさそうだから、早晩、政治の表舞台か
ら消える運命にあるということだろう。

「支那に於ける、唯一の新聞記者」である梁啓超は、「今や大蔵大臣の
劇職にあ」り。旧知の間柄の梁は「足下の文、一として通覽せざるなし」
と言った後、「何ぞ新感想はなき乎」と。そこで敢えて言わせてもらうな
ら、「貴國には米屋、薪屋、酒屋、餅屋と同様に、錢屋ありて、錢も貨物
同樣、一種の商品として取扱ふ。此丈が新來の旅客には、閉口也」と答え
ている。

次いで「40年輩の男にして、善く日本語を操」り、「段内閣の花形役者に
して、即今日の日の出の勢いあ」る曹汝霖である。「對外、特に對日本の
交渉抔には、毎に其衝に當りつゝあ」る。早稲田在学中は熱心な読者で
あったことを知り、徳富は「支那の新知識諸君に、貢献したる所ありと
は」と満更でもなさそうだ。

「進歩黨の代表者」であり現内閣にあって「黨人としては、重きを做」す
湯化龍は「文治が武斷の桎梏を脱する迄は、内務行政の擧ることは、到底
駄目なり」と嘆息気味に語っている。「日本語に嫻はざるも、讀むには差
支なし」である湯もまた、徳富の熱心な読者であると口にした。

翌日、招かれた梁啓超邸での午餐会でのことである。徳富の前に進みでて
両手を合わせる彼ら独特の挨拶をした官人が、「御身は日本の梁啓超にし
て、梁氏は支那の徳富蘇峰なりとは、我等同人間の評判」だが、「御身の
初見奈何と」。そこで徳富は「未だ其の当否を知らず、但だ日本の梁啓超
は、不幸にして未だ此の如き、佳邸宅に住するを得ざるのみ」と応えている。

梁啓超、曹汝霖、湯化龍、それに午餐会での官人の賛辞は、徳富は彼ら一
流の口から出任せの「拍馬屁(おべんちゃら)」と受け取ったのか。はた
また満更でもなく心地よく感じたのか。どう考えても前者と思うのだが。

徳富は北京滞在を切り上げるに当たり「古今一切の征服者が、却て事實に
於て、征服せられたる」「支那の魔力」について綴る。

「支那人の辭令は、人を魅うるに餘あり、支那の料理は、人を?かしむる
に足る。予或る支那人に向て、餘事は兎も角、口に關しては、貴國は世界
第一ならんと云へり。蓋し辭令の妙と料理の精とを意味する也。此の御馳
走と、此の御世辭とに取り捲れて、尚ほ懷柔せられざる者あらば、そは所
謂る強者の一人なる可し」と。

さて徳富は自らを「所謂る強者の一人」と認めたのだろうか。「此の御馳
走と、此の御世辭」は彼らの武器なのだ。