2018年09月18日

◆目が離せない中国共産党内の権力闘争 

櫻井よしこ


「人権は軽視されるのか改善に向かうのか 目が離せない中国共産党内の
権力闘争」

「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が、ノーベル平和賞受賞者で中国政
府に弾圧され、昨年7月に事実上獄死した劉暁波氏について『私たちは中
国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(ビジネス社)で書いている。

文化大革命の最中、都会の「知識青年」たちは農民に学べと指示され農村
に下放された。毛沢東に心酔し紅衛兵として暴れまわった血気盛んな若者
たちを、毛は当初は利用し、後に体よく農村に追い払ったのだ。下放され
た約2000万人の中に劉氏、今や国家主席の習近平、首相の李克強、外相の
王毅の各氏らもいた。

毛の死で文革が終わり、知識青年は都市に戻り、大学への入学をようやく
許された。しかし戻るには下放された村の革命委員会主任である村長の許
可が要る。それには賄賂が必要だった。

劉氏も親戚中からおカネを掻き集めて200元もする高級時計を村長に贈っ
たというので、あの劉氏も賄賂を使ったのかと、私は意外の感に打たれ
た。ところが、許可をもらい、全ての荷物を馬車に積み込み、出発する段
になって、劉氏は村長の家に取って返し、斧を手に村長に迫った。

「あなたには3つの選択肢がある。1つ目はこの斧で私を殺す。2つ目は私
がこの斧であなたを殺す。3つ目は時計を返せ」(『世界で一番幸せ』)

感動した。この烈しさ、芯の強さ。劉氏のかもし出すおだやかな人物像と
はまた別の姿がある。長く産経新聞北京特派員として幾度も劉氏と語り
合ってきた矢板氏は語る。

「彼は非常に温厚な人間です。吉林省なまりが強くて喋りは巧くない。少
し発音が不自由なために言葉が出てこない。しかし、秘めた闘志を感じさ
せる落ち着いた人でした」

天安門事件後、厳しく弾圧され始めた一群の民主化リーダーの中で劉氏が
突出して人々の支持を得ている理由は、単に彼がノーベル平和賞を受けた
からではない。彼は決して中国から逃げ出さず、現場で闘ったからだ。

劉氏にも海外に逃避する機会は幾度もあった。中国当局はむしろ、劉氏を
海外に追い払いたいと考えた時期もあった。だが、劉氏は拒否し続けた。
矢板氏はあるときなぜ逃げないのか、尋ねたそうだ。

「子供たちが殺されたのに、ヒゲの生えたやつが生き残っているのは理不
尽だ」と、劉氏は答えたという。

天安門事件で拘束される前、彼は北京師範大学の人気者の教授だった。彼
の講義を聞くために他大学からも学生が集まった。学生たちに向かって彼
は中国の民主化を説き、感化された学生らは天安門でのデモに参加し、多
くが殺害された。そのことに責任を感じていたのだ。

長い獄中生活で癌を患う中、劉氏はそれまで拒絶していた海外行きを当局
に訴えるようになる。それはずっと自宅で軟禁されている妻の劉霞さんを
自由にするためだった。

暁波氏の死から約1年、今年の7月、劉霞さんは突如、出国を許されドイツ
に渡った。両親は亡くなっているが、弟の劉暉氏は北京にとどめられ逮捕
された。劉霞さんの出国で、人質にされたのはほぼ間違いない。

矢板氏は言う。

「いま、中国は米国との貿易戦争の真っ只中です。以前から人権問題に強
い関心を示していたドイツに譲歩し、関係を深めることで、対米関係を有
利に進めたいという思惑でしょう。加えて習主席の力が少し弱まり、李首
相の立場が少し強まっています。つまり、中国共産党の内部の権力争いが
劉霞さんへの出国許可の背景にあるのです」

習氏が勢力を盛り返せば、人権は軽視される。李氏が力を手にすれば、中
国の人権状況も少しは改善される。この意味からも中国共産党内の権力闘
争から目が離せない。
『週刊ダイヤモンド』 2018年9月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1246 

◆健康百話 「感染症の簡単な予防法」

大阪厚生年金病院 薬剤部


Q.近頃、感染に関係するニュースをよく耳にしますが、簡単な予防法を教えてください。

A.まず、 「消毒」ということについて考えましょう。
「消毒」とは、人の体に害を与える細菌などの微生物の数を十分に減らすか、それらがまったく生きていけない状態をつくることを言います。

消毒には、熱を加えてやっつけてしまう方法や、消毒薬などの薬を使ってやっつけてしまう方法があります。

どちらにしても、細菌などの微生物の数を十分に減らす事を一番の目的としています。
細菌などが原因で病気になってしまう(感染する)のは、体の中に入り込んだ細菌などの数が増えすぎて、ある量を超えてしまった時です。

つまり、細菌の数を減らしてさえしまえば感染を防ぐことができるということです。
風邪の予防に手洗いやうがいが効果的と言われるのは、流水によってウィルスや細菌を洗い流し、体の中に入ってくるそれらの量を減らしているからなのです。

同じように、すり傷などの軽いけがをしてしまったら、消毒薬による消毒も必要なのですが、まず流水を使ってこまめに傷を洗ってあげることが大切です。

この流水で傷を洗ってあげるということは、傷の中にいる細菌を水で流し出して菌の数を減らすことで、もっとも身近で簡単な感染を防ぐ方法なのです。(再掲)   

2018年09月17日

◆米国、ウィグル族の弾圧に

宮崎 正弘


平成30年(2018年)9月14日(金曜日)通巻第5829号  

 米国、ウィグル族の弾圧に「新しい制裁」を準備
  キリスト教会も圧迫の被害。十字架は壊され、聖書が焼かれた


「信仰の自由は憲法で保障されており、米国は中国の主権に介入するな」
というのが中国の公式的反論である。

外国留学からかえると強制収容所(中国は「再教育センター」と呼ぶ)に
ぶち込まれ、共産党の正しさをみっちりとたたき込まれ、ウィグル語の会
話は小学校から禁止されている。

最近はウィグルの女性はウィグル人男性を結婚を認められないという。ま
さに手の込んだ「エスニック・クレンジング」(民族浄化)だ。。

新彊ウィグル自治区では、辻ごとに検問所があり、IDカード提示を求め
られ、わすれると買い物にも行けない不便な生活環境に落とし込まれた。

最近は、留学生ばかりか、米国にいる兄妹を訪ねて帰国すると、やはり強
制収容所にぶち込まれたという(『ザ・タイムズ・オブ・インディア』、
9月13 日号)。

北京のシオン教会(プロテスタント)が監視され、信者の抗議行動が断続
しておきているが、河南省などでは「政府の認めない地下教会」の取り壊
しが進んでいる。中には十字架も破壊され、聖書は積み上げられて焼かれた。

こうした人権弾圧に怒りの声をあげたのはキリスト教の信徒ばかりではな
かった。米議会が大統領府にタイして、中国へのつよい制裁を求める法案を
近くまとめる。中国政府の公式発表ではプロテスタントの信者がおよそ
3600万人で、アジア最大のキリスト教市場でもある。

バチカンは、カソリック信者をおよそ1千万人と見積もり、この巨大市場
を前に、台湾との断交を考慮しているとされる。

またカザフスタンでは、となりのウィグル自治区から逃げてきた元政府職
員の不法入国裁判に関心が集まった。

この女性職員は、さきにカザフスタンへ移住した夫と子供を頼って国境を
無断で越えたのだが、「強制送還をしないで欲しい」と訴え、強制収容所
の実態を暴き、「強制収容所には2500人のカザフ人がいる」と証言した。
このため、俄に国際的注目を集めた。

AFP報道は下記の通り。

http://www.afpbb.com/articles/-/3182923?utm_source=msn_general_multi_photos&utm_medium=news&utm_campaign=txt_link_r2

もともとウィグル人とカザフ人は同じチュルク系であり、国境を自由に行
き来していた。ウィグル自治区は20万人のカザフ人が生活しているという。

◆「軍事同盟」で退陣した内閣

渡部 亮次郎

若い頃、NHK記者として4年間駐在した岩手県には、後に総理大臣になる
鈴木善幸(ぜんこう)のほか小沢佐重喜(さえき)、椎名悦三郎ら、錚々
たる政治家がいた。言うまでも無く佐重喜は小沢一郎の父、椎名は副総裁
として田中角栄の後継首相に三木武夫を推して大失敗した。

そうした中で目立つようで目立たなかった男が鈴木善幸だった。三陸沿岸
の漁民の出。はじめは日本社会党から代議士になったが、間違いに気付い
て保守党に鞍替え、とうとう自民党総裁、総理大臣になった。

だが日米安保条約の何たるかも知らずに過ごし、自民党内のバランスに
のっていただけだったので総理大臣にまつり上げられたものの、「能力不
足」を晒して途中退陣した。

日本大百科全書(小学館)にはこう書かれている。

<国内では自民党の絶対多数を背景に、軍事力増強、実質的な靖国(やす
くに)神社公式参拝、参議院の比例代表制導入、人事院勧告凍結を実現し
た>。

鈴木善幸内閣]は1980(昭和55)年7月成立した。前任の大平正芳が総選挙
中、糖尿病の合併症たる心筋梗塞で急死したところ、「闇将軍」といわれ
て評判の悪かった田中角栄が裏で動いて、突如、鈴木善幸を後任として指
名した。私はその現場に居合わせた。

昭和55(1980)年6月12日未明、大平が死んだ。それに先立って、ホテルに
いた私に園田直(当時は無役)から電話。「大平さんが亡くなったらしい、
調べてくれ」で確認。弔問の為、虎ノ門病院で落ち合う。

彼も当時、糖尿病が悪化。減量の為服用していた利尿剤が効き過ぎてゲッ
ソリしていたので、マスコミの目を引いたことを覚えている。
病室から出てきた園田。車に乗ると「ナベしゃん、これからどうした方が
いいかな」。すかさず「目白へ行きましょう」「そうだワシもそう考えて
いた」。

角栄は先に弔問から戻っていたが、客は園田がその朝は初めてだった。約
1時間して出てきた園田。車中「善幸に決まった」と。「それは妥当なと
ころでしょう。大平派の後継者でもあるし」と私。

大平の死で有権者の同情は自民党に集まって総選挙は、大勝。分裂寸前
だった自民党を結束させ、抗争なしで鈴木政権は成立したのだった。

<「増税なき財政再建」を公約とし、1981年3月には臨時行政調査会を設
置し行政改革を最大の課題とした>。(同)

9月になって厚生大臣齋藤邦吉の不正献金がばれて辞職。その後任に園田
が推されたのは、多分に角栄の押しがあったと思われた。

<1981年1月鈴木首相が東南アジア諸国を歴訪、5月には日米首脳会談を開
き日米「同盟関係」を明記し、西側陣営の一員としてアメリカの対ソ戦略
に協力していく姿勢を明らかにした>。

しかし鈴木首相は首脳会談では、そんなことは話題にならなかったと一旦
は否定。共同声明から軍事同盟云々を消そうとした。日米の首脳が会談す
るという事は要するに日米安保体制を確認し、軍事同盟を再確認する事だ
という外交上の初歩的知識に首相は欠けていたのだ。

この混乱で鈴木首相は党内で孤立感を深めた。同一派閥であった外相伊東
正義が辞任した後を埋めるのに、厚生大臣のピンチヒッターだった園田を
またピンチヒッターにした。

しかし、園田は糖尿病が悪化。外遊しても飛行機から車まで歩けない場面
がしばしばとなった。マニラではとうとう日米首脳会談の共同声明なんて
どうでもいい軽い問題でしかない、といった趣旨の問題発言をして政権の
足を引っ張った。

事後になって鈴木は日米首脳会談について「オレは踊り(外交)の素人なん
だから、手ぶり身振りの最後まで教えないと踊れないよ。教えない外務省
が悪い」といった。外務省側は「初歩知識をお教えするのは失礼に当る
か、と」。

政治における知識や情報の扱い方はビジネスの世界とまるで異なる。ビジ
ネス界は「儲け」で一丸となっているが、政治の世界では役人と政治家の
間に抗争が隠されていたり、遠慮がはさまれたりして要は単純ではない。

しかし1982年6月2兆円以上の歳入欠陥が明らかとなって「増税なき財政再
建」は破綻し、行政改革も自民党・官僚の抵抗で後退を余儀なくされた。

さらに日米経済摩擦、日韓経済協力、教科書記述に対するアジア各国から
の批判といった難問を適切に処理できず、内外ともに手詰まりの状態のな
か、1982年10月12日突如退陣を表明した。

鈴木政治は難問を先送りにして解決を図るといった消極的姿勢を特徴とし
ていた。また党幹事長に二階堂進を起用するなど田中角栄の影響力を強く
受け「角影内閣」との異名をとった。>
日本大百科全書(小学館) (文中敬称略) 2010・4・4

◆報ステは福島の風評被害を煽るのか

櫻井よしこ


8月30、31の2日間、福島第一原発(1F)から出るトリチウムを含んだ水
の処分について、福島県富岡町などで公聴会が開かれた。地元在住で、
NPO法人ハッピーロードネット理事長の西本由美子さんが心穏やかなら
ずといった風情で語った。

「マスコミ報道は今回も表面的で事態の混乱を煽り立てるだけでした。地
域の実情や地元の思いを知っているかのように報じる彼らに、何度も苦い
思いをしてきました。原発事故そのものよりも、マスコミが作り出し、い
まも煽り続けている風評に私たちは苦しみ続けています」

実は私は、8月30日のテレビ朝日「報道ステーション」(以下報ステ)の
トリチウム汚染水を巡る報道振りを見て、その一方的な内容に憤ってい
た。報ステは汚染水の処理問題を理解するのに必要な基本的情報を全く伝
えなかった。視聴者に、事柄の全体像の把握と最も重要な問題点の理解に
つながる情報を伝えずして、報道番組たり得るのか。

事の本質を切り出して見せることもなく、表面的な批判に終始するので
は、井戸端会議的なワイドショーと同じではないか。そんな無責任な報道
が、原発問題を乗り越え、地域を再活性化し生活を立て直そうとしている
地元の人達の努力を潰す。西本さんはそのことを「マスコミによる風評被
害」と喝破したのである。

その日、報ステは汚染水問題の公聴会と、高速増殖炉「もんじゅ」で始
まった核燃料取り出し作業を、ひとつの項目で報じた。以下は公聴会の部
分の要旨である。

まずスタジオで女子アナが、1Fの汚染水が「どんどん増え続けている」
「処理された水が入ったタンクは900基」「これを薄めて海に流す案につ
いて、公聴会が開かれた」というリードを読んで、VTRに入った。

トリチウムは事実上無害

冒頭、漁師の小野春雄氏のコメントが炸裂した。

「福島県の海に放出することだけは、絶対に、反対です」

ナレーションで、1Fに大量保管されているトリチウム水は現在100万dを
超えて増え続けており、保管場所の確保は難しく、薄めて海に流す案が検
討中であると伝え、「海洋投棄が経済的にも一番優れた方法だ」という研
究者の見解を紹介。その直後、小野氏がまたもや激しく感情的に、こう語
るのが紹介された。

「トリチウムを海洋放出して、それが安全で(あろうと)なかろうと、そ
れを放出した時点から、さらに風評被害を上乗せされます。賠償金をもら
いたくて賛成するなんて、絶対、そんなことありえません」

別の出席者と傍聴人の、「風評被害は拡大する。そういった海産物を口に
したくない」「いわきに避難中だが、そういうことをやられると、帰って
くるという認識がまた遠のく」という批判が続いて公聴会の報道はここで
一区切りとなった。

こうしてみると、報ステが全く触れていないのが、➀トリチウムを含む汚
染水を日本を含む全世界がどのように処理しているか、➁トリチウムは有
害か無害か、という点である。

➀について、1Fから排出される汚染水は多核種除去装置で62種類の危険な
放射性物質を取り除いてトリチウムだけにし、十分に希釈して海に放出す
る。これが国際社会の基準で、中国、韓国、ロシア、米国など、どの国も
その基準で海に放出中だ。過去現在を含めて日本も同様だ。例外が福島な
のである。

➁について、トリチウムは元々、自然界に存在する核種でわずかに放射線
を出すが、水と同じ性質であるため生体内で濃縮されず、十分に薄めれば
人体には全く無害だ。雲などの大気中の水分に、空から降ってくる宇宙線
が衝突して、トリチウムが生まれ、その中で私たちは暮らしているが、ト
リチウムが人体に外部被曝を起こすこともない。体内に入っても体外から
降り注いでも、トリチウムは事実上無害だ。

こうしたことを伝えない報ステの意図は一体何か。トリチウム水の真実か
ら視聴者の目を逸らし、世界の基準である海洋放出という解決策をつぶ
し、反原発運動に弾みをつけさせる試みではないかと疑いたくなる。

もうひとつ、報ステが知らん顔をしていたのが、賠償金欲しさに放出に賛
成することは絶対にないと断じた小野氏の言葉である。現在も続く福島の
混乱と、結果として復興を妨げている後ろ向きな言動は、賠償金問題と密
接に絡み合っている。

東京電力は3.11以降今年7月末までに約8兆3000億円という膨大な額の賠償
を実行済みだ。その多くが福島県に集中している。

メディアに対する警戒心

大災害によって生じる損失への補償に関して、国はその実施期間を、商工
業は2年、農業は3年、漁業は4年以内としている。東電は福島県内の避難
指示区域内等に対して、商工業は国の基準の倍の4年に、将来分としてさ
らに2年間、農業も国の基準の倍の6年に加えてさらに3年間支払い、漁業
については現時点で終期を定めることなく賠償を継続中である。

漁業者への補償は終わりがないのだ。漁業者は商工業者、農業者に較べて
手厚く補償されているといえる。だが事情はもう少しこみ入っており、地
元に行くと、漁業補償が二つの型に大別されていることに気づく。

➀現在も完全に休業している漁民に、3.11以前の漁獲高(収入)と見合う
額を全額賠償しているケース、➁すでに漁に出ているが、以前の漁獲高に
較べて売り上げが不足な場合、その差を賠償するケースである。

3.11から7年余が過ぎたいま、多くの漁師が➁のパターンに戻っていて欲し
いと思うのは当然だろう。元気に働くことによって困難を乗り越える力も
出てくるからだ。しかし、現在も➀のパターンにとどまっている人々がい
る。漁業協同組合は、➀群、➁群の双方を守りつつ、東電との交渉の窓口に
なっている。漁に出ないで補償で暮す生活を続けるケースも、こうした状
況の中で許容されてきた。賠償目当てではないとの主張は、漁業者への手
厚い補償が多くの人の目に明らかな事実として映っているだけに、現地で
さえも必ずしも全面的に支持されていない。こうした微妙な背景も含め
て、報ステは現場取材により公平に伝えるべきだろう。

西本さんは、トリチウム水の放出に反対する福島の本心はメディアに対す
る警戒心だと語る。海への放出をメディアが危険だと煽り、福島産魚介類
が買い控えられ、福島の漁業が再起不能になることを避けてほしいという
メッセージだと言うのだ。
「マスコミは正しく報道することで風評被害をなくしていく責任を果た
せ、という問題提起です。政治がそこから逃げているならば、政治に風評
をなくすよう対応しろと要求する。それがマスコミがすべき『権力との対
峙』なのではないですか」

さて、報ステはどう答えるか。

『週刊新潮』 2018年9月13日号 日本ルネッサンス 第817回

◆私の「古寺旧跡巡礼」住吉神社(福岡)

石田岳彦


一)福岡市博多区の博多駅の近くにある住吉神社が、住吉神を祀る神社として最古のものだと考えられているそうです。

日本書紀によれば、仲哀天皇が后の神功皇后とともに、熊襲(九州南方の反朝廷勢力)を攻めようと筑前国(現在の福岡県北部)香椎宮(今の福岡市東区香椎にあった仮の宮殿)にあった際、住吉神が神功皇后に乗り移り、熊襲ではなく、朝鮮半島を攻めるようにとの神託を下したことになっています。

記録に残っている限りでは、住吉神が人間とコンタクトをとったのはこれが最初です。

結局、仲哀天皇はこの神託に逆らったために祟り殺され(おっかないですね。)、未亡人となった神功皇后が朝鮮半島に遠征して勝利を収めました。

また、同じく日本書紀によると、それより遡る神代のころ、イザナギノミコトが黄泉国から命からがら逃げ帰ってきた後、「筑紫(現在の福岡県の大半。北部の筑前と南部の筑後に分かれます)の日向の橘の小戸の阿波伎原」で禊をし、その際、他の神々と一緒に住吉神が生まれたことになっています。

これらの話は、勿論、歴史というより、神話、伝説の類ですが、このような伝説が残り、日本書紀にまで記載されていることは、住吉神が古代より筑紫国、特に筑前国と深く関わる神と考えられてきたことの証拠といえるでしょう。

ということで、福岡市博多区の住吉神社が最古です。本家です。本元です。福岡市出身者としてはよい気分です。

もっとも、ご存知のように、現在、住吉神を祀る神社の総本社は大阪市内にある住吉大社とされています。

これは、住吉大社の方が、摂津国にあり、都に近く、天皇や貴族が参拝しやすいので、都を遠く離れた筑前の住吉神社よりも、朝廷から重く扱われるようになったということでしょうか。

とはいえ、同じ九州にある宇佐神宮(大分県宇佐市)が、石清水八幡宮(京都府八幡市にあります。

数多くの八幡宮の中で実質的にNo2です。)が建立された後も八幡宮の総本社の地位を守っていることを思うと、宇佐神宮の持っていた政治力(東大寺の大仏建立に協力したり、道鏡事件でポイントを稼いだり)を筑前の住吉神社が持っていなかったといえるのかも知れません。

二)住吉神社の境内の南端には小さいとも大きいともいい難いサイズの池が1つあります。昔、この池は海と繋がっていたそうで、上でも述べた「筑紫の日向の橘の小戸の阿波伎原」もこの地ではないかと言われているそうです。

もっとも、現在残っているのは上記のように大して広くもなく、水も綺麗とはいい難い池で、しかも、現在(平成22年1月現在)、工事中で水が抜かれていますが、そのあたりは想像力で補うべきでしょう。名所・旧跡マニアには想像力は不可欠のスキルといえます。

ちなみに、イザナギノミコトの禊の際、住吉神と一緒に生まれたのは、天照大神(アマテラスオオミカミ)、スサノオノミコト、月読命(ツクヨミノミコト)等の極めて有名な神々です。

つまり、天照大神も、スサノオノミコトも、月読命も、住吉神もみんな私と同じ福岡市出身です。博多っ子です(無論、神代には福岡市も、博多の町も博多っ子もありませんでしたが。)。福岡市出身者として、すごくよい気分です。

それはさておき、参道を北へと進むと、間も無く、石鳥居の向こうに門と回廊が見えてきます。
門をくぐると、拝殿の後方に重要文化財の本殿が見え・・・といいたいところですが、残念ながら、こちらも現在、工事中です。

住吉神社の由緒書によると、本来、博多の住吉神社には住吉3神(山口の住吉神社の回で触れましたが、住吉神は3柱の神の総称です。)のそれぞれに1棟ずつ、計3棟の本殿があったそうですが(なお、大阪の住吉大社には、+神功皇后で本殿が4棟あります。)、戦国時代に火災で失われ、江戸時代初期の1623年に福岡藩の初代藩主の黒田長政が本殿を再建することになったものの、財政上の理由から1棟だけで終了ということになったようです。

・・黒田52万石が泣きます。

本殿は、住吉造と呼ばれる、住吉神を祀る神社に特有の形式です(ただし、長門の住吉神社が九間流造だったように、住吉神社だからといって、必ずしも住吉造というわけでもありません。)。具体的には、切妻屋根で妻入(平面図が長方形の建物の短い方の辺に入り口があること)。壁は白く、他方、柱、垂木(棟から延びる屋根を支える部材)等が朱塗りで、白と赤のコントラストが綺麗です。

また、本殿の周囲にびっしりと赤い板(上端のみ黒に塗られ、先が丸まっている)を並べた玉垣がめぐらされています。本殿が玉垣に囲まれているのは他の形式の社殿にもありますが、住吉造りの場合、玉垣が本殿に密着して設けられ、本殿の一部のようになっているのが特色です。

実のところ、ここの本殿は、住吉造の建物としても、やはり、現存最古なのですが、住吉大社の本殿が国宝に指定されているのに対して、こちらは重要文化財止まり(?)となっています。

確かに、客観的に見て、住吉大社の本殿の方がはるかに立派で、金のかかっていそうな建物です。

しかし、福岡の方が180年以上も古い(住吉大社の現存の本殿は1810円の建立です)わけですし、田舎の方の小さな神社で「△△形式では現存最古」という理由で本殿が国宝に指定されているところもあるので、愛郷心が旺盛な者としては、総本社の地位も含め、美味しいところを住吉大社に持っていかれているようで複雑な気分になります。

博多駅(駅のどこにいるかにもよりますが)から徒歩10分未満。日本神話に心惹かれるという方にお勧めです。(終)

2018年09月16日

◆憲法は何度改正してもよい

阿比留 瑠比


20日投開票の自民党総裁選では、憲法改正が大きな争点となってい る。
特に焦点の9条をめぐっては、安倍晋三首相(党総裁)は現行条文は そ
のまま残し、新たに自衛隊を明記することを主張し、石破茂元幹事長は
戦力の不保持を定めた2項の削除を求めるなど、両者の隔たりは一見大きい。

憲法学者を中心に、自衛隊違憲論が今も幅を利かす根拠でもある9条2
項は、次のように定める。

「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを
認めない」

この条文について産経新聞は昭和56年元日の「年頭の主張」で、こう 率
直に記している。

「日本語を正しく理解し、素直に解釈しようと努力すればする程、違憲
論者にならざるをえないのではないだろうか」

 その意味では、石破氏の考えは理解できるし、石破氏に同調する声が少
なくないのも当然だろう。とはいえ、そもそも安倍首相と石破氏の意見
は、どちらか一つを選ぶともう一つは捨てなければならない二者択一の問
題ではないと思う。

ドイツは60回改正

まずは、実現性が高い自衛隊明記の憲法改正を行った後、それでも矛盾
が生じたり、時代の要請で機運が高まったりすれば、改めて2項削除の改
憲を実施すればいいだけではないか

世界を見回せば、憲法改正は珍しいことでも特別なことでも何でもない。
日本同様、敗戦国だったドイツは戦後、憲法に当たる基本法を約60回改
正している。

憲法改正は1度きりだと勘違いしてはいけない。日本国憲法は施行から
70年以上がたっても全く改正されていない「世界最古の憲法」と呼ばれ
る。時代に合わない部分や足らざるところは今後、どんどん変えていくべ
きである。

前文の主語、述語が分かりにくい極端な悪文や、抽象的で意味不明な
「人間相互の関係を支配する理想」「政治道徳の法則」などの言葉もぜ
ひ、まともな日本語に書き改めたい。

「全てか無か」でなく

また、識者の中には、憲法に自衛隊を書き込むよりも、防衛費を大幅に
増額すべきだという意見もある。だが、これも二つに一つの問題ではな
い。両方やればいいだけではないか。

 1日の自民党総裁選立候補者の共同記者会見で、石破氏は9条に関し
て安倍首相にこう問うていた。

 「総裁が幹事長当時に言っていたことと、私どもは全く一緒だった。そ
れがなぜ変わったのか」

 おそらく当時は安倍首相も2項削除論だったと言いたかったのだろう。
一方、首相は記者会見後、周囲にこう語っていた。
「何で考えが変わったかって、それは公明党がのまないからに決まってい
る。2項削除は残念ながら、どんなに努力しても、自民党内にも反対者が
いる現状では難しい」

 平和の党を標榜(ひょうぼう)してきた公明党は、9条の条文に手を入
れることに拒否感を持つ。それならば、憲法に足らざるを書き足す「加
憲」を掲げる同党が受け入れ可能な案にしなければ、改憲発議に必要な3
分の2議席を確保できない。

 安倍首相はこれまでも、「全てか無か」の政治手法は採らず、一歩ずつ
着実に進む姿勢を貫いてきた。  「この問題は今回の総裁選で決着をつ
けたい」

 安倍首相はこうも述べ、総裁選に大勝することで自身の案の正当性を高
め、党を一つにまとめたい決意を示した。総裁選が、改憲論議が前進する
大きな契機となることを期待したい。(論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース阿比留瑠比の極言御免

◆マドゥロ(ベネズエラ大統領)が北京訪問

宮崎 正弘


平成30年(2018年)9月15日(土曜日)弐 通巻第5831号   

 マドゥロ(ベネズエラ大統領)が北京訪問
  「あと50億ドル融資して呉れ、これまでの返済は半年待って」

8月4日、マドゥロ大統領の再任式典。ドローンが爆薬を積み込んで会場
に飛来した。
会場となったテント近くで爆発し、十数名が怪我をしたというが、ジョ
ン・ボルトン補佐官は「自作自演ではないか」と言った。

ワシントンではベネズエラの旧軍人等がトランプ政権と接触し、クーデ
ター計画が進んでいるという情報も飛び交った。

2008年9月14日、マドゥロ大統領は北京空港に降り立った。テロ未遂事件
以来、初めての外遊先を中国としたのは当然だろう。中国からチャバス前
政権はベネズエラの石油を担保に500億ドルを借りだし、これまでにも石
油輸出で返済してきたとはいえ、あと200億ドルの債務を負っている
(「200億ドル」というのは中国の公式発表で、実際は中国輸出入銀行が
別枠でもっと貸している)。

マドゥロ大統領が北京で真っ先に訪れたのは人民大会堂脇の毛沢東記念
館。そのミイラを拝んで「毛沢東主席は偉大な革命家。21世紀の人類史を
見通した偉大な指導者」などと礼賛した。これはCCTVでも報じられた
が、中国国民は「大虐殺の魔王」を「偉大な指導者」などという、その時
代錯誤の感覚にゾッとなったのではないか。

習近平との会合では「両国は相互信頼、相互裨益の友好関係にあり、もっ
ともっと2国間の関係を深めたい」と原則論をぶった。

引き続き李克強首相との面談で、李首相は「可能な限りの支援を中国は続
けるが、法治の回復と社会の安定に努力して欲しい」と釘を刺したそうな。

さらに王毅外相との会談でマドゥロは「BRIのさらなる発展にベネズエ
ラは協力するし、ラテンアメリカ諸国は全体で中国の支援を熱望してい
る」と述べた。

要するにマドゥロ大統領の北京訪問の目的とは「あと50億ドル融資して呉
れ、これまでの返済は半年待って」という緊急の要請だった(『サウス
チャイナ・モーニング・ポスト』、9月15日)。

IMFは、ベネズエラのハイパー・インフレーションが年内にも100万
パーセントに達すると警告している。すでにベネズエラ国民は、およそ
150万人がコロンビアやブラジルに避難し、これは欧州におけるシリア難
民の数に匹敵する。

中国のカネに依存してシルクロード構想に飛びつき、原油代金が1バーレ
ル=100ドル時代に、有り余る外貨を、医療無料、大学無料などバラマキ
をやって大衆迎合政策をとった結果、原油代金の激減と同時に経済は失速
した。ベネズエラもまた中国の「一帯一路」プロジェクトの大きな荷物に
化けたのだった。
    
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1789回】                  
――「支那人は不可解の謎題也」・・・徳富(14)
  徳富蘇峰『支那漫遊記』(民友社 大正7年)

               △

「ブルス氏は、英國倫敦大學の出身にして、支那山東省にある約30年、自
由に支那語を操り、頗る事務に練達したるものに似たり。而して該校の
諸?授、外人と支那人とを問はず、何れも支那語にて?授しつゝあり」。

斉魯大学に付設された「廣智院を見たり。院は一種の博物館にして、實
物標本によりて支那人を?育す可く、特設せられたるもの」である。ここ
は1887(明治10)年に英人のリチャードによって青州に創立され、その
後、済南に移された。現在の院主であるホワイトライトは「青州にある20
年、濟南にある16年、通計36年を、山東に送」る。「氏も亦英人にして、
如何にも篤厚、温雅の君子の風采あり」。

廣智院が民生教育に果たしている役割に注目した徳富は、翻って「惟ふ
に我邦の各宗?家にして、果して一生の歳月を、支那傳道の爲めに投没す
る決心ある者ある乎」と問い返す。「予は英米其他の宣?師の隨喜者にあ
らざるも、彼等の中に、此の如き献身的努力者あるの事實は、縱令暁天の
星の如く少きも、猶ほ暁天の星として認めざるを得ざる也」。

どうやら徳富は「英米其他の宣?師」の献身的姿勢に甚く感心するあま
り、彼らが何十年にも亘って現地生活を送る目的については関心がない。
それとも思い到らなかったのか。

たしかに「我邦の各宗?家」であれ「英米其他の宣?師」であれ、「支
那傳道の爲めに投没する」点は同じだろう。だが、「支那傳道」の先に何
を見据えていたのか。

明治初年、兵要地誌作りの目的で天津から満洲を旅行したと思われる曾根
俊虎は『北支那紀行』(出版所不詳 明治8・9年)で、旅先で目にした
西欧勢力の進出ぶりと亡国への道をひた走る清国の惨状を前に、「東洲を
振はし西洲を壓する」ための日中双方による「合心合力」のが急務だと
語っていたが、「我邦の各宗?家」による「支那傳道」の目的は、精々が
「東洲を振はし西洲を壓する」ために「合心合力」を訴えることではな
かったか。これに対し「英米其他の宣?師」は大陸を舞台にして列強間で
展開されていた利権争奪戦の先兵役を担っていたと考えるべきだろう。

青島の手前の坊子の停車場で徳富が目にした光景は、あるいはそのことを
物語っていたのではあるまいか。

停車場で徳富は「一團の支那人、胸に赤紐を著け、整列したるを見た
り」。さては観光団かと尋ねると、駅員が「西歐戰地行きの苦力」と応え
る。つまり「英佛人が、山東苦力を後方勤務に使用する」ための動員であ
る。かりに欧州での戦争が長引けば、「恐らくは軍隊として、之を使用す
るの日あらむ」。

英米両国は民衆教化のために高等教育施設やら博物館を設けるばかりか、
何十年も現地に居ついている人々を擁す。加えて民衆教化のための先兵と
して宣教師を位置づける。なら洗脳戦の『絨毯爆撃』といったとこだろ
う。片や「東洲を振はし西洲を壓する」ために「合心合力」を目指し、片
や山東苦力を「恐らくは軍隊として、之を使用するの日あらむ」のであろう。

やがて到着した青島を一瞥して、徳富は「如何に獨逸人が、天然を征服し
得たかを知」り、「蓋し青島は、獨逸人がが日本人に與へたる、寶物?育
也。吾人は此の標本に就て、深く窮め、切に學ぶ」べきだと考える。「獨
逸人は、其の巖石に穴を穿ち、土を生めて、樹を栽ゑ、今は立派なる翠松
の茂れるあり、兎群も棲息すと云ふ。一事が萬事也。吾人は獨逸人の堅忍
不抜なる精神と、其の綿密周匝にして、初心を貫徹せずんば止まざる努力
とに對しては、眞に多大の敬意を拂はざるを得ず」とする一方で、「徒に
眼前の小利を貪り、遠大の長計を閑却する」ような在青島日本人の振る舞
いを「深く戒め」るのであった。
     

◆支離滅裂に映る細川元首相

櫻井よしこ


「支離滅裂に映る細川元首相のインタビュー 闇雲な政権批判はメディア
の真価にあらず」

雑誌「選択」があらぬ方向に迷走中だ。巻頭インタビューは控え目に言っ
て無意味である。明らかな誤報や歪曲報道も目立つ。

選択の誇りは日本の大戦略を示し、論ずることで言論界に重きをなすこと
だったのではないか。闇雲な政権批判が物言うメディアの真価だと考えて
いるとしたら、無責任な野党並みだ。

9月号の細川護煕元首相の巻頭インタビューはどう読んでも支離滅裂だっ
た。氏は安倍晋三首相は「無私の心がない」「指導者として最も重要な歴
史観を明確に語っていない」などとしたうえで、「地球温暖化防止の『パ
リ協定』に本気で取り組んでいるとは言い難い」とも批判した。

氏は自身の言動の意味を、全くわかっていない。小泉純一郎元首相と共に
氏自身が推進する原発ゼロ政策や再生可能エネルギーをベース電源にする
という主張自体が、日本をパリ協定から遠ざけていることに思いが至らない。

細川氏の「原発再稼働反対と自然エネルギーへの転換」宣言は、実は猛暑
に見舞われた今夏、日本各地で事実上、実現されていた。原発再稼働が進
まない中で、私たちは太陽光発電と火力発電でなんとか乗り切ったのだ。

だが、大きな代償も払っている。太陽光発電の出力は午後4時には半減
し、日没時にはゼロになる。急激な出力低下を他電源で瞬時に補わなけれ
ば大停電を引き起こす。原発が使えないいま、火力発電の登場となる。必
然的にCO2が大量に排出される。かくしてわが国はいま、1キロワット時
の電気を生み出すのに540グラムのCO2を発生させている。スウェーデン
は11グラム、フランスは46グラムだ。わが国は先進国の中の劣等生なのだ。

それでも火力電源で太陽光電源を補えたのは奇跡的だった。太陽光の出力
低下を瞬時に補うには、戦闘機の緊急発進のような緊張のオペレーション
が必要で、その神経をすりへらす操作を、たとえば九州電力では優秀な現
場職員が担った。結果、現場はヘトヘトで、九電は遂に太陽光電力の買い
取り制限を発表した。

将来に向けての再生可能エネルギーの研究開発は無論大事である。そのう
えで強調したいのは、いま日本がCO2排出量を大幅に増やしてパリ協定
に逆行している現象は、細川氏らの主張がもたらす結果でもあるのだ。

細川氏はまた、安倍首相が拉致問題解決を「自分の時代の成果」にした
がっていると論難したが、自己反省に欠ける同発言に、「選択」は全く斬
り込めていない。

20年以上拉致問題を取材した立場から、細川氏を含めて歴代首相の中で安
倍首相ほど拉致解決に向けて力を尽くし続けている政治家はいないと断言
できる。細川内閣の中枢を占めていた社会党系の閣僚や衆参議長は拉致問
題に背を向け、解決に向けての協力など一切しなかったではないか。

1988年、梶山答弁で北朝鮮が日本国民を拉致していると国会で明らかにさ
れたにも拘わらず、細川氏も関心を示したことなどなかったではないか。

自身の責任は棚に上げて安倍首相を非難する細川氏に、その矛盾を質しさ
えしない「選択」の姿勢は一体、何なのだ。同じ9月号の99ページには横
田滋氏を病院に見舞った首相への批判記事がある。滋氏の容態悪化で、横
田家は首相の見舞いを「断りたかった」が「仕方なく受け入れた」と書い
ている。取材に妻の早紀江さんが語った。

「ご多忙の中、総理は主人の手を握って、政府も頑張っていますから、
待っていて下さいと励まして下さった。主人は笑顔を見せました。総理の
お見舞いを仕方なく受け入れたとか嫌がったなど、絶対にありません。私
も拓也も哲也も本当に総理には感謝していると、雑誌の方にはっきりとお
伝え下さい」

ニュースの判断基準を単なる反権力、反安倍の地平に置いては漂流する。
「選択」の存在価値の全否定ではないか。
『週刊ダイヤモンド』 2018年9月15日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1247

◆お邪魔虫共産党

渡部 亮次郎


中国では幹部でも汚職がばれれば死刑になる。それでも幹部の汚職が引き
もきらない。いくら共産主義に共鳴しても、私欲とは人間の本能に等しい
ものだからである。

こうした目で中国を見ていれば、共産党が政権を掌握している限り人権尊
重や政治の民主化なぞは絶対実現しないと思うのが普通だが、経済の改革
開放が進むのに比例して民主化が進むはずだと考える人々がいる。特にア
メリカの人たちに多い。

中国が何故、共産革命に成功したか。それは国家権力を手中にしようとし
た毛沢東の策謀が成功したからである。国家の形態は何でも良かったが、
とりあえず貧民が国民の大多数だったので、「金持ちの財産を分捕り、皆
で平等に分配しよう」と言う呼びかけに合致したのが共産主義だった。

共産主義政府の樹立が毛沢東の望みではなかった。真意は権力の奪取だっ
た。日中戦争の終結で、日本軍の放棄して行った近代兵器を手中にして蒋
介石と国内戦争を続けた結果、蒋介石は台湾に逃亡した。毛沢東は昭和
24(1949)年10月1日、中華人民共和国建国を宣言した。

人民も共和も中国語には無い。日本語だ。畏友加瀬英明氏の説明だと、中
国語には人民とか共和と言う概念が無いのだそうだ。北朝鮮はそれに民主
主義が加わって嘘が深化している。

権力は掌握したが、人民への約束を果たす手段が無い。とりあえず人民公
社と大躍進政策が当時のソ連をモデルに実施されたが、農民は生産意欲の
低下とサボタージュで抵抗。

結果として食糧不足に陥って各地で飢饉が発生。餓死者は1500万人から
4000万人と推定されている(「岩波現代中国事典」P696)。

毛沢東の死(1976年)後2年、失脚から3度目の復活を遂げていたトウ小平が
経済の開放改革を断行。開放とは日本など外国資本の流入を認め、改革と
は資本主義制度への転換を意味した。

4つの近代化を掲げたのだ。工業、農業、国防、科学技術の近代化であ
る。今のところ実現に近付いているのは軍事の近代化である。

トウ小平は政治の近代化だけは断乎として拒否した。肥大化した経済が政
治(共産政府)を圧倒する危険を回避したのである。だから第2天安門事件
には反革命の匂いを嗅ぎ、断乎、弾圧した。

しかし発展する資本主義にとって共産党政府による様々な統制は邪魔以外
の何物でも無い。工場用地の確保一つとってみても、土地すべての国有は
障害でしかないが、自由にならない以上、共産党幹部を「買収」する以外
に方法が無い。

したがって多発する共産党幹部による汚職事件はいわば構造的なことで
あって、客観的にみれば「事件」ではなく「日常茶飯事」に過ぎない。

しかも冒頭に述べたように「私欲」は本能のようなものだ。所有を否定す
るのが共産主義の思想でも「本能」には勝てっこない。つまり共産主義体
制化で経済だけを改革開放すれば汚職簸自動的に起きるし、共産党幹部に
すれば、現状を変更するメリットは全く無いわけだ。

汚職は時たましか発覚しない。摘発で死刑になるのは不運な奴で政府の知
るところではないのだ。かくて中華人民共和国政府は汚職にデンと腰を下
ろした政権。民主化を抑え、人権無視の批判など絶対耳に留めない。耳が
左右に付いているのは右から聞いたら左から逃す為にあるのだ。2010・12・5