2018年09月13日

◆脳梗塞 2時間59分だとOK!

                            安井敏裕 (大阪市立総合医療センター 医師)
 

脳卒中とは、脳に酸素やブドウ糖などの栄養を送る血管が「詰まったり、切れたり、破裂して」、にわかに倒れる病気の総称である。脳卒中には、脳梗塞(詰まる)、脳出血(切れる)、くも膜下出血(破裂)の三種類ある。

 この病気の歴史は古く、「医学の父」と言われているヒポクラテスは既に今から2400年前の紀元前400年頃に、この脳卒中の存在を認識し「急に起こる麻痺」という表現で記載している。脳卒中による死亡率は日本では癌、心臓病に次ぎ、第三位で、毎年15万人程度の人が亡くなっている。

 しかし、本当に問題となるのは、脳卒中が原因で障害を持ち入院あるいは通院している人たちが、その約10倍の150万人もいることである。現在、脳卒中の中では、脳梗塞の発生頻度が突出して多い。2分20秒に一人が脳梗塞になっていると言うデータもあり、全脳卒中の70%程度を占めている。

 この最も多い脳卒中である「脳梗塞」について、大きな治療上の進歩があったので紹介する。

脳梗塞は、脳の動脈が血栓や塞栓という血の固まりのために詰まることで起こる。この血の固まりで閉塞さえた血管から血流を受けていた部分の脳は、いきなり脳梗塞という不可逆的な状態になってしまうのではなく、数時間の猶予があり、徐々に脳梗塞になる。

 この数時間の間に血流を再開してやれば、再度、機能を回復できることになる。いわば、「眠れる森の美女」のような状態で、医学的には、このような状態の部分の脳を「ペナンブラ」と言う。見方を変えると、この部分は、血流が再開しないと数時間後には脳梗塞という不可逆的な状態となってしまう訳である。

 このペナンブラの部分に血流を再開する方法として、古くは開頭手術をして、目的の血管を切開し、中に詰まっている血の固まりを取り除く方法を行っていたこともあるが、それでは、多くの場合に時間がかかりすぎ、再開通させた時には、ペナンブラの部分は既に脳梗塞になっている。また、間に合わないばかりか、出血性梗塞というさらに悪い状況になってしまうことさえある。

 開頭術の次に登場した再開通法は、カテーテルという長い管を血管の中に通し、その先端を詰まった部分にまで誘導して、血栓を溶かす薬を注入する方法である。

この方法では開頭手術よりも早く、血管を再開通させることができるが、この方法であっても、血管が閉塞してから6時間以内に再開通させないとペナンブラが脳梗塞になってしまうことが防げないし、間に合わずに血流を再開させた場合には、やはり脳出血が起こってしまう。

 このようなことから、一時、我々脳卒中に関わる医師は、口には出さないが、最も理屈にあった治療法である「急性期に閉塞血管を再開通させて脳梗塞になることを防ぐ」と言う治療を諦め、虚無的になっていた時期がある。再開通させることを諦め、梗塞に陥ってしまった脳自体の治療として、脳保護薬や低体温療法へと興味が移行していた時期もあった。

 しかし、米国で1996年から特別な手技や道具が不要で、ただ静脈内注射するだけで詰まった血管の血栓を溶かしてくれるアルテプラーゼと言う薬の使用が始まり、2002年にはヨーロッパ連合(EU)でもこの薬剤による血栓溶解療法が認可された。

わが国でも日本脳卒中学会を中心にこの薬の早期承認を厚生労働省に求めたが、「日本人を対象とした治験で良い結果が出ない限り承認できない」という厚生労働省の方針に答える準備のために時間がかかり(drug lag)、米国から遅れること約10年の2005年10月11日に漸く承認された。

 この薬は血管に詰まった血栓を溶かしてくれる血栓溶解剤で、発症後3時間以内に静脈内注射するだけで良好な予後が得られる。

しかし、この薬剤は両刃の剣で、39項目に渡る使用基準を尊守しないと、脳出血の危険性が著しく増大することが分かっている。従って、厚生労働省も非常に厳しく市販後調査(2.5年間に3000例以上の全例調査)を課している。現在は、言わば試運転ないしは仮免状態と心得て、慎重に使用する必要がある。

 そして、この薬剤を用いるためには、一定の講習を受ける必要があり、全国で130回以上行われ、8000人以上が受講した。実際に、この薬剤を発症後3時間以内に注射するには、患者さんには、遅くとも発症後2時間以内に病院へ到着してもらう必要がある。

 すなわち、病院へ到着しても、患者の診察、一般検査、脳のCT検査、家族への説明など、最低1時間は必要であるためである。そのために、最初にこの薬剤の使用を始めた米国では、脳梗塞を“ブレインアタック(brain attack)”と言い直し、社会全体に向かって、その緊急性を啓発した。

すなわち、“Time is brain. Time loss is brain loss.”などの標語で注意を喚起した。日本においても脳梗塞を“ブレインアタック”という緊急を要する疾患として一般の方々に認識していただくために、学会や医師会などの啓発運動も行なわれるようになっている。

 さらに、平成9年3月に創設された日本脳卒中協会においても、毎年5月25日〜5月31日までの一週間を脳卒中週間と定め啓発運動に努めるようになっている。脳卒中週間をこの時期にしたのは、とかく脳卒中は冬に多いと思われがちであるが、脳卒中の中で最も多い脳梗塞は、最近の研究では6−8月に増えだすため、脳卒中予防は夏から気をつけなければならないことを啓発するためである。

 この週間で使用される標語も、昨年(2006年)はアルテプラーゼの使用が認められたことを念頭において「一分が分ける運命、脳卒中」であった。2001年の日本での脳梗塞急性期来院時間調査の結果では36.8%の患者が3時間

以内に来院している。この中の一部の方がアルテプラーゼ治療を受けることになるが、この割合をさらに増やして、本薬剤の恩恵を受ける人を増やす必要がある。

 この治療では10年の経験を持つ米国では、この治療を受けるためには、@患者の知識、A救急車要請、B救急隊システム、C救急外来、D脳卒中専門チーム、E脳卒中専門病棟、とういう六つの連鎖の充実と潤滑な流れを推奨している。
 
一般市民への啓発や行政への働きかけなどが必要である。一方で、来院から治療までの時間も1時間以内にする努力が病院側に求められている。いつでも、3人程度の医師が対応できなければならないし、他職種(レントゲン部門、検査部門、看護部門)の協力も不可欠である。(了)

2018年09月12日

◆世界を席巻する“トランプ現象”の猛威

加瀬 英明


トランプ政権があと数ヶ月で、2年になる。

トランプ大統領の下で世界のありかたが、劇的に変わろうとしている。と
いうよりも、世界の仕組みが大きく変わりつつあったから、トランプ大統
領が2年前の11月に登場したというのが、正しいと思う。

トランプ候補が、大手のマスコミによって本命だとされた、ヒラリー・ク
リントン候補を破って、ホワイトハウス入りを遂げてからも、トランプ大
統領が「暴言」を乱発し、衝動的、気紛れであって、大統領として不適格
だという非難を、浴びせ続けている。

だが、このような“トランプ現象”は、アメリカに限られているのだろうか?

トランプ候補は「アメリカ・ファースト」を約束して当選したが、アメリ
カが未来永劫にわたって、世界の覇権を握り続けるという、神話を覆すも
のだった。「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン」という呼び掛け
は、アメリカの国益を世界よりも、優先させようというものだった。

トランプ政権が誕生する前に、イギリスが国民投票を行って、EU(ヨー
ロッパ共同体)から脱退することを、決定していた。

このところ、EUは箍(たが)が緩んで、蹌踉(よろ)めいている。EUは
ヨーロッパを一つに統合しようと、目論んだものだったが、ヨーロッパで
は、ハンガリー、ポーランド、スイス、オーストリア、イタリア、ラトビ
ア、ノルウェー、ブルガリア、ギリシアで、自国の利益を優先する“右翼
政党”が、次々と政権を担うか、連立政権に加わるようになっている。

アメリカや、ヨーロッパの大手メディアは、このような動きを「ポピュリ
ズム」と呼んで蔑み、これらの政党を「右翼政党」ときめつけて、貶(お
とし)めている。

「ポピュリズム」は、エリートと既成政党が支配していた“良識的”で、
“真っ当”な体制に対して、大衆を煽動して、誤った方向へ向かわせること
を、指している。

トランプ政権の登場も、イギリスのEU脱退も、ポピュリズムによるもの
とされている。

ヨーロッパでナショナリズムが復活しているのは、イスラム難民が大量に
流入したためだというが、それだけではない。

アメリカが、よい例だ。アメリカの勘定高い大企業の経営者は、“グロー
バリズム”と自由貿易体制を礼讃してきたが、製造部門などを中国などの
低賃金の諸国へ移して、自国の労働者の職場を奪ってきた。

トランプ候補はアウトサイダーとして、“良識ある”体制に果敢に挑戦した。

アメリカでは“弱者”を尊重するあまり、オバマ政権下ではLGBT(レズ
ビアン、ゲイ、両性愛者、性転換者)に、「自分が信じる性に従って、男
女どちらのトイレを使ってもよい」という大統領令――法律を発した。

日本でも同様なことがみられるが、“良識ある”体制が押しつけてきた、
いっさいの“差別語”を追放しようとする、行き過ぎた“言葉狩り”が暴走し
て、先祖伝来の生活環境を破壊するようになっている。

大手マスコミや学者が、「ポピュリズム」と呼んで貶めているが、“グ
ローバリズム”を信奉する富裕層やエリートに対して、大衆が伝統的な、
落ち着いた生活を守ろうとして立ち上がったと、考えるべきである。これ
は、大都市対地方の戦いだ、といってよかろう。

大手マスコミや、著名研究所(シンクタンク)、有名大学は、巨大企業に
よって養われてきたために、ナショナリズムを嫌って、“グローバリズム”
を支持している。

だが、“グローバリズム”を支えてきた国際秩序は、アメリカが自由貿易体
制を通じて、巨額な貿易赤字を負担して世界を潤(うるお)し、ヨーロッパ
や、アジアの同盟諸国の防衛の重荷を担ってきたことによって、成り立っ
てきた。

トランプ現象や、ヨーロッパ諸国のナショナリズムを「ポピュリズム」と
呼んで、敵視すれば、すむことではあるまい。



◆ロシアが中国から800億ドルで金塊を購入

宮崎 正弘


平成30年(2018年)9月11日(火曜日)通巻第5823号  <前日発行>

 摩訶不思議、なぜ? ロシアが中国から800億ドルで金塊を購入
  外貨減少のロシアが米国債を売却した分に相当する巨額だが、この話
は本当か?

ロシアが中国中央銀行から800億ドル相当の金塊を購入したという。この
報道はプラウダ(英語版、9月6日)で、同紙はフェイクニュースも多い
ため、全幅の信頼は出来ないメディアだが、興味津々である。

第一になぜ中国が虎の子の金塊を売るのか

第二になぜロシアは虎の子のドルで支払ったのか?

すでにドイツは数年前にアメリカに預託してきた金塊を引き揚げ、その金
保有量は3000トンを超えている。

過去10年、世界一の金購入は中国であり、ついでインド、サウジ、UAE
と続くが、日本は先進国中最低であるうえ、日本が保有するはずの金塊は
ニューヨーク連銀の倉庫に保管されたまま。日本政府は返還要求をしてい
ない。

最近、ロシアのモスクワ証券取引所と中国上海の金取引所は協定に署名し
ているが、これは通貨スワップとは無関係である。ロシアが2018年1
月から5月までに保有してきた米国債を売却したことは、米国の財務省速
報で明らかとなった。

もし、ロシアが中国から金塊を購入していたとすれば、ロシアの外貨準備
の5分の1が、金の保有となる。これはルーブルの価値を強めこそすれ、
弱めることはない。

となると最後の推量は以下のごとし。

中国は表向き3兆1000億ドルあると豪語している外貨準備が、事実上底を
ついており、したがってドルを得るために、金塊を売却して当座の外貨の
手当をした。それで米中貿易戦争激化にともない当面の応戦態勢を整え
た、ということかも知れない。あるいはロシアから原油、ガスならびに武
器輸入の代金に振り替えた可能性もある。
     
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒ 書評 しょひょう  
BOOKREVIEW  書評 BOOKREVIEW 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  

 切支丹大名はなぜ戦後、評価が一転して美化されたのか?
   日本の女を奴隷として売り飛ばし、内乱を企てた過激派が?
 
 高山正之『マッカーサーは慰安婦がお好き』(新潮文庫)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 本書は辛口コラムの文庫化第八弾。ほぼ朝日新聞批判に費やされている
が、一箇所、切支丹伴天連のことを書いた説があるので、このコラムで
は、そこだけを切り取って紹介する。

 「日本にきた宣教師にいい人は少なかった。例えばイエズス会のルイ
ス・デ・アルメイダらは布教地の神社仏閣をぶち壊させた。キリスト教以
外に神は要らない」
 率先したのは高山右近で、彼の治めた高槻では僧侶と神官を迫害して、
神社仏閣は廃墟と化した。仏像など仏教美術の文化遺産は燃やされた。
 評者(宮崎)は、この八月にも高槻を歩いたが、市内の教会には白亜の
高山右近像が建立されていて、なんだか悲劇の主人公のように祭られてい
る。右近が追放されたマニラにも、カソリックの土地であるため、パコ駅
前(その昔、この一帯は日本人町だった)の公園に高山右近像が聳えてい
て、なんだか違和感がある。近年、高槻とマニラは姉妹都市である。
 アルメイダはユダヤ教の両親がカソリックに改宗したため、強い感化を
受けゴアからマカオに渡り、それから日本にやってきた。病院などを私財
を投じて建設した美談が強調されているが、彼の医術は呪術であって、キ
リスト教の奇跡をもって布教の武器としたフシが濃厚である。かれはとり
わけ九州全域での布教に尽くした。
 ところがアルメイダ布教地の大村家(長崎)や大友家(大分)では藩内
の女を無理矢理つれてきて奴隷として売った。彼の臨終地は天草だった。
 「火薬一樽を女五十人と引き換えにした。日本の女は高く売れた」と高
山氏は続ける。
 天正少年遣欧使節一行は、欧州の各地で日本の娘らが裸にされ、秘所丸
出しのママ、思い鎖で?がれて奴隷として売られている現場を目撃して衝
撃を受けたと報告している。
 「秀吉は怒った。元締めのガスパール・コエリヨに売った女を連れ戻せ
と命じた。世に言う伴天連追放令だ。対してコエリヨは切支丹大名に秀吉
を潰せと唆し、奴隷商売も一向にやめようとしなかった」
 著者の高山氏とは同じ名前だが、考え方が百八十度も異なる高山右近
は、秀吉の寵臣だった蒲生氏郷や、荒木村重麾下の中川清秀らをキリスト
教に改宗させ、その宗教的指導性は黒田官兵衛にも及んだ。
 のちの島原の乱は敗残兵らが「まるで支那人みたいに徒党を組み、野盗
と化して民を襲っては略奪して、ついには原城に籠もった。攻めあぐむ幕
府にオランダ人が海からの砲撃を申し出た。こちらは新教。原城の旧教徒
をやっつけるのに何の痛痒もありませーん。日本人は呆れ、以後ずっとキ
リスト教を邪宗門と呼んで、その布教を禁じた」(同書
211p−212p)のである。

◆山科だより 「赤穂浪士、龍馬の人気」

渡邊好造



NHKテレビの大河ドラマで”坂本龍馬”は大好評であった。

龍馬がなぜこんなに人気があるのか。そこには赤穂浪士の人気と共通するものがあるように思う。大衆芸能で人気を博し、「英雄」となる人物には およそ次の4つの共通の条件が備わっているのではないだろうか。
                                            
1)逆境に陥る。
2)人から侮られる。
3)努力して大成功を収める。
4)悲劇的最後をとげる。

赤穂藩主の浅野内匠頭が江戸城中で吉良上野介に切りかかり、即日切腹させられ、藩は取り潰し。大石内蔵助を初めとする藩士47人が吉良への仇討を果たす物語が”赤穂義士伝”である。

周知のように、製塩で裕福であった藩の家老大石は、主君の不始末で生活はたちまち暗転。仇討をするのかしないのかグズグズと日時が経過し、昼行灯とまで揶揄され侮られたが、その後仇討を無事達成し一躍英雄となった。

しかし全員死罪の悲劇的最後を遂げる。まさにこの4条件にピッタリである。

もし、義挙だから救済するべしとの世評通り47人が赦免になって生きながらえていたら、彼らを称える毎年の赤穂、山科での「義士祭」は行われていないに違いない。

坂本龍馬は、土佐藩の下級武士の出で、脱藩して薩長同盟に尽力、海援隊の隊長として活躍したのち大政奉還に寄与するも、慶応3(1867)年刺客に襲われ明治政府の実現直前で死去。

同じように、この4つの条件に合致する大衆受けのする「英雄」を拾うと、

源義経は平家に預かりの身で苦労を重ねた後、不運な境遇から抜け出し平家壊滅の端緒をつくる大功績をあげた。しかし、兄頼朝の不興をかい奥州平泉で滅ぼされる。

豊臣秀吉は、織田信長の家来としてサルと馬鹿にされながらも人一倍の努力を重ねて這い上がり天下を取るに至るが、わが子秀頼は母淀君とともに徳川家康にしてやられる。

織田信長も英雄の一人にあげることができる。”ウツケモノ”として侮られ、その後天下統一の一歩手前で明智光秀の謀反で挫折し、自害する。ただ織田家を継ぐまでにこれといった逆境に陥ってはいないのでやや条件に欠ける。

新撰組の近藤勇、土方歳三は剣の腕前はすごいものを持っていたがもともとの身分が低く、中心人物になって組織をつくりあげるまでにはかなりの苦労を重ねたらしい。最後はともに若くして打ち首と戦死の運命をたどる。

いずれの人物もNHK大河ドラマに登場する「大英雄」である。

反対に、源頼朝、徳川家康らは天下を取ったものの、頼朝は非情な兄であり、家康は腹に一物のタヌキ親父、桂小五郎(木戸考允)も功績はあるが殺されもせず、3人とも最後は大往生をとげているから英雄の資格に欠ける。その意味では秀吉は病死であり条件にそぐわない面もあるが、次代での悲劇が待っていた。

もちろん、これらの筋立てはいずれも江戸時代の歌舞伎や浄瑠璃作家が客うけするストーリーにしたり、あるいは明治政府を正当化するために創りあげられたものであったりで、史実とは異なる部分が多いことは言うまでもない。

坂本龍馬に至っては、一説によると梅毒に侵され、斬殺されていなくてもそんなに長くは生きられなかったともいわれている。梅毒で死んだ坂本龍馬だと大衆芸能で人気を得るはずがない。もちろん、NHK大河ドラマに登場することも、銅像が建てられることもなかったに違いない。(完)

◆<本日の原稿は、一昨年、「山科だより・義士祭」でとりあげたことがあるテーマを膨らませたものです。    >

2018年09月11日

◆党員・党友票でも安倍が優勢

杉浦 正章


石破「正直・公正」撤回でつまずく

次期首相を狙う以上、安倍政治の欠陥をつき、自らの主張を鮮明にすべき
だと思うが、石破の10日の発言からはそれがうかがえなかった。むしろ
主張があいまいで「挑戦の限界」すら感ずる立ち会い演説会であった。

肝腎の改憲論にしても自衛隊条項新設の姿勢を鮮明にさせた首相・安倍晋
三に対して、石破茂は参院選の合区解消など緊急性の薄い問題を取り上げ
9条問題の本質に迫ることを避けた。相次ぐ災害など緊急事態を前にし
て、挑戦者が首相交代という“政争” ばかりにうつつを抜かせない現状を
鮮明にさせた演説会であった。

首相の座に挑戦する政治姿勢について石破は「なにものも恐れずただ国民
のみを恐れて戦っていく」と意気込みを述べたが、当初の「正直・公正」
をキャッチコピーとして打ち出すことには陣営内で個人攻撃に対する異論
が生じ、結局採用を避けた。安倍のどこが不正直でどこが不公平なのかは
指摘しにくく、もともとこのコピーには無理があり、最初からつまずいた
形だ。

安倍の「現職がいるのに総裁選に出るというのは現職にやめろと言うのと
同じだ」という主張に対しても、石破からは明確な理由の説明がなかっ
た。石破の「政治の信頼を取り戻す」と言う発言からは、意気込みばかり
が先行して、具体策に欠ける姿勢が鮮明になるだけだった。

石破は記者会見で「安定した政権運営は特筆すべきだ」と安倍政権をたた
えたが、賞賛しながら立候補という矛盾は総裁選の歴史から見ても珍しい。

焦点の憲法改正について、安倍は「あと3年間でチャレンジしたい」と、
任期中の9条改正に意欲を表明。これに対し、石破は「丁寧に説明してい
かないといけない」と拙速な動きをけん制、首相との対立軸を明確にした。

改憲論議は、もともと安倍が昨年5月、9条1項(戦争放棄)、2項(戦
力不保持)の規定を維持して自衛隊を明記する案を提起したことから始
まっている。

石破は従来「9条改正が緊急性があるとは考えていない。9条改正は国民
の理解を得て行うべきであり、スケジュールありきで行うべきではない」
との立場である。

しかし、安倍は「いよいよ憲法改正に取り組むときがきた。自衛隊が憲法
違反ではないと言いきることができる憲法学者はわずか2割に過ぎない。
自衛隊員が誇りを持って任務をまっとうできる環境を作るのは政治家の使
命だ」と9条の改正に踏み込んでおり、石破の姿勢とは異なる。憲法改正
をめぐって、安倍が意欲を示す「自衛隊の明記」について、石破は、かね
てから「緊急性があるとは思わない」と指摘している。

石破は「憲法改正は必要なもの急ぐものから取り組むべきだ」として参院
選での合区の解消や、大規模災害など非常事態の際に政府に権限を集中さ
せ、国民の権利を制限する緊急事態条項などを「喫緊の課題」とした。石
破は従来から9条改正について「国民の理解を得て世に問うべきだ。理解
なき改正をスケジュールありきで行うべきではない」と、その緊急性を否
定している。しかし、9条改正は自民党の結党以来の党是であり、改憲す
る以上は9条に取り組むべきであろう。

石破が主張している「防災省」の設置についても、安倍は「防災省を作っ
ても、自衛隊や海上保安庁、厚生労働省を動かすには総理大臣が指示しな
ければならない。そこをどう考えるかだ」と指摘するとともに、「スピー
ディに政府を糾合できるのは首相だけだ」と屋上屋を重ねることに否定的
な考えを示した。

総裁選の進展状況は、まず国会議員票で安倍が石破を圧倒的にリードして
いる。選挙は議員票405票と地方票405票で争われる。安倍陣営には党内7
派閥中、安倍の出身である細田派など5派と竹下派の一部が参加。国会議
員405人の85%は安倍支持に回るとみられている。

一方、石破に接近しているのは参院竹下派。尾辻秀久元参院副議長が選対
本部長として旗振り役を演ずる。尾辻は「武士道を真ん中に据え、正々
堂々、真正面から戦おう」と宣言しているが、広がりが見られないようだ。

石破が唯一活路を見出そうとしている地方党員・党友票についても首相が
先行しているとみられている。6年前は石破を大きく下回ったが、今回は
完勝を目指して安倍は47都道府県のうち7割超の地方議員と面会するなど
先行している。

安倍選対の事務総長を務める元経済再生担当相甘利明は10日、党員・党
友票について「6年前に石破茂元幹事長が取った得票率は超えたい」と述
べ、55%以上の得票率を目指す考えを示している。安倍の圧勝は動かない
情勢だ。

◆パキスタン新政権

宮崎 正弘


平成30年(2018年)9月10日(月曜日)通巻第5822号  

 パキスタン新政権、はやくもIMF救済回避策に対案なし
  「なぜ高級車や、輸入チーズが必要?」とイムラン・カーン首相

 パキスタン下院議員選挙で想定外のハプニングはクリケット選手(ワー
ルドカップ優勝)から政治家に転じたイムラン・カーンが新首相となった
ことだ。新たに有権者となった2000万人の若者と、背後では軍の支持が
あった。

すぐに直面したのは債務危機だった。1980年以来、すでにパキスタンは
15回もIMFに救済を仰いできた。今次、またまたIMF管理となる
と、さらに経済は貧窮化するため、緊急に中国の融資を仰いだが、焼け石
に水だった。

中国が主導するCPEC(中国パキスタン経済回廊)も、570億ドルの予
算が、いつの間にか620億ドルに膨らみ、しかもあちこちで工事中断して
いるため、大幅な遅延が生じている。

9月9日、イムラン・カーン首相は「高級車、輸入チーズ、スマホの輸入
制限を検討中だ。なぜ外貨不足の現在、贅沢な輸入チーズが必要なの
か」。しかし、これら贅沢品243品目に対してパキスタンはすでに50%の
関税をかけている。

それでも2018年上半期の貿易赤字は43%増の180億ドルに達しており、主
として原油代金値上がりが原因とはいえ、ますますパキスタン通貨は下落
し、外貨準備は底をついている。同時期にパキスタン中央銀行は3回も利
上げを繰り返しているが、通貨は40%の値下がりを示した。

「スマホ、高級車、そしてチーズの輸入を自粛すれば外貨を45億ドル節
約でき、さらに輸出を増やせば30億ドルの経常収支の改善に繋がる」とイ
ムラン・カーン首相は、空しい展望を語った。

IMF救済、通貨、金利、経済政策の管理体制に入ると、もっとも嬉しく
ない国は中国になる。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評BOOKREVIE 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  

 時代の雰囲気は信長という覇王の排除を念願していた。
仏教界。公家、町衆は強烈に信長の死を望んでいた

橋場日月『明智光秀 残虐と謀略』(祥伝社新書)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

豊橋市金西寺に伝わる『當寺御開山御真筆』は2014年に発見され、島田大
介(豊橋創造大学教授)と高崎俊幸住職によって解読が進められてきた。
2017年2月4日の『毎日新聞』報道に拠れば、そこには光秀を礼賛し、信
長は悪人と記されていた。

当時の仏教界は本能寺の変をなした光秀は「勇士」であり、その行為を快
挙として喝采し、信長は「黒ネズミの平清盛の再来」と、後智恵で解釈し
がちな現代人には理解しがたかった当時の雰囲気がリアルに伝わった。
 この古文書は江戸初期に編まれたもので、同寺を開いた月令(山冠に
今)和尚が書いたものだが、当該文書の冒頭に京都東福寺住持だった集雲
守藤(別号「江湖散人」)の詩文が引用されている。

この詩文は本能寺の変の翌月に書かれたことが判明しており、時代の雰囲
気がそのまま余韻を残しているのである。そこには「信長は京都を鎮護し
て二十余国を領したが、公家を蔑ろにして万民を悩まし、苛政や暴虐は数
えきれず、信長の死を人々は拍手した」云々とあった。 
つまり信長は嫌われていた。

朝廷、公家ばかりか京都の民、仏教界、堺衆からも、そして末端の庶民に
到るまで、魔王を早く排除せよとする声が満ちていたことを如実に示唆し
ている。この意味で、有益な古文書である。後の世に出た『信長公記』
『明智軍記』はあまりにも後智恵が多く、これらを根拠として書かれた芝
居も小説も歴史評論も、時代的雰囲気を掴みきれない弱点があると言える
だろう。

時代の雰囲気は信長という覇王の排除を念願していた。仏教界は強烈に信
長の死を望んでいた。公家も、町衆も、要するに周辺の総意だったことが
分かる。

さて本書は、題名はともかくとして、冒頭に上の『當寺御開山御真筆』文
章の紹介があるので、光秀を正当に評価するものかと期待して読んだが、
結論は一言で言うと光秀野心論。高柳光寿の現代バージョンである。

明智光秀はぬきんでた能力を発揮し、戦闘の陣形の取り方、鉄砲隊の配置
とタイミングの絶妙、強引な駆け引きと陰謀、調略に富んでいた。武将と
してぬきんでた存在だった。

この点は著者の橋場氏も高く評価している。

光秀は卓越した指導者だった。だから信長軍団にあって一番乗りの城持ち
大名となり、惟任日向守という官名も一番先に、しかも一等上のランク
だった。秀吉が勝家が恒興が長秀が一益ら周囲が羨望と嫉妬を燃やすのは
当然である。

だが、誰もが明智に叶わなかったのは、その識見だった。並外れた教養を
前に、武将達は超えられない存在と認識していた。だから失敗を待っていた。

光秀は娘らの婚姻を政略の道具として進めたため細川とも長宗我部とも親
戚であり、西国から瀬戸内海の富を得ようとする野心があったとする。
 だが本能寺の変で誰も呼応せず、瀬田の橋を落とされて安土城攻略に三
日の後れを取り、山?の合戦では鉄砲隊の配置で勝てる布陣をなしたが、
不運にも雨にたたられて鉄砲は役にたたなかった。

騎虎の勢いで光秀を撃破した秀吉だったが、いきなり天下人になれたので
はなく、彼の野望に立ちはだかる武将が何人もいた。?川、毛利、伊達、
島津。。。。。。。

その前に織田軍団の内ゲバを片付ける必要があった。

秀吉が跡目相続で織田の権力を簒奪することは眼に見えていたが、それを
許せないと思うのも、信長麾下にあった鎬を削ってきた仲間から見れば当
然であり、なぜ自分が猿の風下に立たなければならないのかを考えただけ
でも腹立たしいだろう。

だから先輩格として猿ごときとさげずんだ柴田勝家が立って、前田利家と
佐々成政は従ったが、同じ先輩格でも丹羽長秀は秀吉に付いた。滝川一益
は遠く厩橋にあって間に合わず、同格と考えてきた池田恒興にとっては秀
吉についたほうが裨益すると思ったまでのことであり、賤が岳の一戦では
武将等の思惑と打算が動いた。

また戦争とは謀略と残虐がともなうのであって、光秀に限らず誰もが突っ
走った。残虐非道をいうなら一向一揆を皆殺しにした信長が一番であり、
同時に野心をいうなら誰もが天下を夢見るのは当たり前の心理だろう。

ところで本書はフロイスの言を多用しているのも腑に落ちない。
 『日本史』でフロイスはこう書いた。

「(光秀は)裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷で、独裁的でもあっ
たが、己を偽装するのに抜け目なく、戦争に置いては謀略を得意とし、忍
耐力に富み、計略と策謀の達人であった」

この表現の本当の読み方とは、戦国にあって裏切りは世の常、密会は茶
会、連歌会、刑に厳格なのは法治主義の萌芽ともとれ、また異教徒を前に
おのれをさらけ出すのはバカである。謀略が得意の武将は、この時代の絶
対必要条件である。 

イエズス会とは、誤訳であり、これは「イエズス軍」と翻訳するべきで、
こんにちのアルカィーダ、IS、タリバンの類いの狂信者集団と同じ狂信
的使命感と狭窄なドグマを信じている。独善的で侵略的で、それこそ他国
を侵略し、民を洗脳し、奴隷貿易で肥えた。

アルカィーダがキリスト教を高く褒める報告を作成するだろうかと考えた
だけでも、フロイスの譬喩は、その宗教的組織の意図を割り引く必要があ
るのだ。フロイスの報告書が明智をぼろくそに酷評するのは、おそらく切
支丹大名の入れ智恵、あるいはイエズス会の正体をはやくから見破ってい
た明智に対しての悪意からくる意地悪い報告書で、全幅の信頼には値しな
いのである。
        
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 1786回】        
――「支那人は不可解の謎題也」・・・徳富(11)
  徳富蘇峰『支那漫遊記』(民友社 大正7年)

       △
 杭州から引き返した上海で、徳富は3人の政客を訪れた結果、「支那の
現時と思想界」の状況を「要するに支那の現時は、猶ほ戰國の當時の如
く、思想混亂、鼎の沸くに似たり」と把握した。

政治勢力は北京を拠点し「軍國主義を主とする北派」、革命派の伝統を継
ぎ南方に基盤を置き「民權自由主義を主とする南派」、それに清朝再興を
目指し「從來の孔孟主義を主とする復辟派」の3派が鼎立しているが、
「若し支那の分裂を以て、單に思想の分裂より來るものと」するなら、そ
れは早合点というものだ。

それというのも「凡そ世界に支那人の如く不思議なる人種なし。極めて
現實的にして、且つ極めて空想的也。極めて物質的にして、且つ極めて理
想的也。儉約者にして、浪費者也。無頓着者にして、拘泥者也。損得勘定
以外に、何物もなしと思へば、却て體面抔と鹿爪らしく、持ち出だす
也」。国家としても個人としても「幾多の矛盾せる性格あり。若し支那人
を見て、單に其の一端を捉へ、之を以て百事を律し去らん乎」。

かくして「蓋し支那人は、複雜したる心理學的の資料也」。であればこ
そ、「其の眞面目を知るの難きは、恐らくは廬山の面目を知るの難きより
も難からむ」。

とにもかくにも相手は人口比で日本の11、12倍で、その上に複雑怪奇極
まりない振る舞いを見せるわけだから一筋縄でいく訳がないことを、先ず
もって肝に銘じておくべきだ。

その辺りを宮崎滔天は「一氣呵成の業は我人民の得意ならんなれども、
(中略)急がず、噪がず、子ツツリ子ツツリ遣て除ける支那人の氣根には
中々及ぶ可からず」(「暹羅に於ける支那人」)と記し、勝海舟は「支那
には機根の強い人が多いからネ。ズツト前を見通して何が起つたつてヂツ
トして居るよ。これはかういふ筋道を行つて終ひはかうなるものだくらゐ
の事はチヤンと心得てやつてるんだよ。そこをこちらから宜い加減に推量
して、自分の周囲よりほかに見えない眼で見て、教へてやらうとかどうし
ようとか言つてサ。向ふぢやかへつて笑つて居るよ」(「戊戌の政変に際
して」)と語ったのではなかろうか。

「李鴻章の實子にして、其の面目宛然小李鴻章」の李經邁を訪問した徳
富は、「其の機略、權數、人を呑むの慨、往々其の應接、言論の端に暴露
す」るを感じたようだ。李は「共和政治は、支那に於て尚ほ三百年早し
と」した後、日本との関係に就いて「歐亞に於ける、帝國的大同盟を夢
想」している風であった。

どうやら「議論は、當否は姑らく措き、極めて痛快」な李の振る舞いに感
動したのだろう。上海滞在中に面会した「支那各方面の人物中、尤も多く
予に印象を與へたる」2人にうちの1人が李經邁だったとのこと。李とは
「極めて流麗なる英語にて對話せり」とのことである。

上海滞在中、徳富は蔵書家で知られた何人かを訪ね書庫を覗いている
が、その感想を「支那は流石に文字の國也。一方には革命騒動の眞中に
も、他方には古書珍籍を蒐集して、自から樂しも者あり。而して流石に、
書物の本家本元丈ありて、幾多の爭亂、兵火を經つゝも、尚ほ舊槧、舊鈔
尠からず。所謂る古川水多しとは、此事也」と綴る。

数日の上海滞在の後、北上して曲阜、泰山を見物の後、青島から帰国の途
に就くわけだが、徳富は上海を「南方の要衝にして、然も列國合同の小共
和國たり、四圍の壓迫なく、高天厚地、自由の空氣充滿したるが爲乎」と
表現した。

その上海で日本人は「一大勢力たり」。「兎も角も從前に比し、日本人
は上海を?行闊歩しつゝあり。是れ現時に於ける、戰爭の影響なる可き
も、亦國運増進の賜たる可し」。

また上海は「支那に於ける、殆んど唯一の安全地帶」であるがゆえに、
「支那に一事變ある毎に、上海は必ず膨張す」る。

だから「日本の工業が、此地に勃興する暁とならば、更らに其の隆盛を見
るの時あらむ」と将来を予想するのであった。

◆目が離せない中国共産党内の権力闘争

櫻井よしこ



「人権は軽視されるのか改善に向かうのか 目が離せない中国共産党内
の権力闘争」

「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が、ノーベル平和賞受賞者で中国政
府に弾圧され、昨年7月に事実上獄死した劉暁波氏について『私たちは中
国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(ビジネス社)で書いている。

文化大革命の最中、都会の「知識青年」たちは農民に学べと指示され農村
に下放された。毛沢東に心酔し紅衛兵として暴れまわった血気盛んな若者
たちを、毛は当初は利用し、後に体よく農村に追い払ったのだ。下放され
た約2000万人の中に劉氏、今や国家主席の習近平、首相の李克強、外相の
王毅の各氏らもいた。

毛の死で文革が終わり、知識青年は都市に戻り、大学への入学をようやく
許された。しかし戻るには下放された村の革命委員会主任である村長の許
可が要る。それには賄賂が必要だった。

劉氏も親戚中からおカネを掻き集めて200元もする高級時計を村長に贈っ
たというので、あの劉氏も賄賂を使ったのかと、私は意外の感に打たれ
た。ところが、許可をもらい、全ての荷物を馬車に積み込み、出発する段
になって、劉氏は村長の家に取って返し、斧を手に村長に迫った。

「あなたには3つの選択肢がある。1つ目はこの斧で私を殺す。2つ目は私
がこの斧であなたを殺す。3つ目は時計を返せ」(『世界で一番幸せ』)

感動した。この烈しさ、芯の強さ。劉氏のかもし出すおだやかな人物像と
はまた別の姿がある。長く産経新聞北京特派員として幾度も劉氏と語り
合ってきた矢板氏は語る。

「彼は非常に温厚な人間です。吉林省なまりが強くて喋りは巧くない。少
し発音が不自由なために言葉が出てこない。しかし、秘めた闘志を感じさ
せる落ち着いた人でした」

天安門事件後、厳しく弾圧され始めた一群の民主化リーダーの中で劉氏が
突出して人々の支持を得ている理由は、単に彼がノーベル平和賞を受けた
からではない。彼は決して中国から逃げ出さず、現場で闘ったからだ。

劉氏にも海外に逃避する機会は幾度もあった。中国当局はむしろ、劉氏を
海外に追い払いたいと考えた時期もあった。だが、劉氏は拒否し続けた。
矢板氏はあるときなぜ逃げないのか、尋ねたそうだ。

「子供たちが殺されたのに、ヒゲの生えたやつが生き残っているのは理不
尽だ」と、劉氏は答えたという。

天安門事件で拘束される前、彼は北京師範大学の人気者の教授だった。彼
の講義を聞くために他大学からも学生が集まった。学生たちに向かって彼
は中国の民主化を説き、感化された学生らは天安門でのデモに参加し、多
くが殺害された。そのことに責任を感じていたのだ。

長い獄中生活で癌を患う中、劉氏はそれまで拒絶していた海外行きを当局
に訴えるようになる。それはずっと自宅で軟禁されている妻の劉霞さんを
自由にするためだった。

暁波氏の死から約1年、今年の7月、劉霞さんは突如、出国を許されドイツ
に渡った。両親は亡くなっているが、弟の劉暉氏は北京にとどめられ逮捕
された。劉霞さんの出国で、人質にされたのはほぼ間違いない。

矢板氏は言う。

「いま、中国は米国との貿易戦争の真っ只中です。以前から人権問題に強
い関心を示していたドイツに譲歩し、関係を深めることで、対米関係を有
利に進めたいという思惑でしょう。加えて習主席の力が少し弱まり、李首
相の立場が少し強まっています。つまり、中国共産党の内部の権力争いが
劉霞さんへの出国許可の背景にあるのです」

習氏が勢力を盛り返せば、人権は軽視される。李氏が力を手にすれば、中
国の人権状況も少しは改善される。この意味からも中国共産党内の権力闘
争から目が離せない。

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1246

◆蕪村公園横の「毛馬の閘門」

石田 岳彦 弁護士


阪急千里線の柴島駅(本筋から思い切り離れますが「柴島」を初見で「くにじま」と読める人がどれだけいるでしょうか。)から天神橋筋六丁目駅へ向かい、淀川にかかる鉄橋を渡る際、左側奥、淀川大堰の向こう側に大きな「水門」が見えますが、その水門には「毛馬こうもん」と白抜きで大きく書かれています。

「こうもん」を漢字で書くと「閘門」です(ちなみに「毛馬」は地名で「けま」と呼びます)。

最近は警察署にも建物の壁に「けいさつ」と平仮名で大きく書いているところがありますが、「閘門」と書いても読めない人が多いので、「こうもん」と平仮名で書いているのでしょうか。

もっとも、警察署と違い、読みだけ知ったところで何をやっている施設かは分からないと思いますが。

それはさておき、阪急千里線を通勤経路にしている私にとって、毛馬の閘門は見慣れた存在でしたが、近くにまで行く機会はありませんでした。

平成20年春、毛馬の閘門が国の重要文化財に指定されることになったというニュースを聞いた私は、これをよい機会と毛馬の閘門に行ってみました。我ながらミーハーです。

毛馬の閘門に行くには、天神橋筋六丁目駅(阪急千里線、地下鉄堺筋線・谷町線)から北上し、淀川にかかる長柄橋の南詰めから河川敷に出て、更に5分ほど東へ歩きます。

河川敷は公園になっていて、堤防上には歩道も整備されていて、歩いていて楽しい道ですが、天神橋筋六丁目駅からは20分以上の歩きになり、大阪市内ということを考えると交通の便の悪い場所といえるでしょう(私がなかなか行く気になれなかった理由もこれです。)。
 
現地に設けられていた説明板によると、閘門というのは、水位の異なる川、運河等の間で船を行き来させるため、両側に水門を設けた水路で、毛馬の閘門の場合、大川(低)と淀川(高)との間の高低差を調整して船を通すために建造されたものです。

淀川から大川に入る場合、まず、水路内の水位を淀川に合わせたうえ、淀川側の水門のみを開けて船を水路に入れたうえで閉じ、水路内の水を抜いて、水面の高さを大川と同水位に下げた後、大川側の水門を開けて船を通過させるという仕組みになっています。

逆に大川から淀川に行く場合には、大川側から水路に船を入れたうえ、水を補充して水路面を淀川と同水位にまで上げてから、淀川側の水門を開放することになります。

なお、そもそも隣り合っている2つの川の水面に何故、極端な高低差があるかといえば、本来の淀川の流れは大川の方で、現在の淀川のうち毛馬よりも河口側の部分(新淀川)は明治時代に治水上の必要で人工的に作られたためだそうです。

ちなみに現在の毛馬の閘門は3代目で、私が毎朝見かけている「毛馬こうもん」もこの3代目にあたります。今回、重要文化財に指定されたのは、初代と2代目(今は船溜になっているそうです)で、このうち初代の閘門は、3代目のすぐ近くに見学用として整備されていました。

初代閘門の水門は2つの扉が観音開きになる方式で(なお、現役の3代目の閘門は門扉が上下して開閉するシャッター方式だそうです。)、現在は半開きの状態で固定されています。最近になって塗りなおされているようで、水色の大きな扉が鮮やかです。

北側の淀川側の水門は、近くにある堤防から一段低いところにあり、階段で下まで降りることもできますが、降りたところに柵が設けられていて、その先の水門をくぐることはできません。

もっとも、南側にある大川側の水門(淀川側に比べてかなり小型です)は開放されていて、そちら側から(旧)水路(当然のことながら現在では水路に水は流されていません。)の中に入ることができ、更に進んで淀川側の水門をくぐることもできます。北側の柵はいったい何のためでしょうか。

水路の中央に見学用の通路が設けられていて、その両側は何故か芝生になっていました。先ほどの柵といい、「こうもん」のペイントといい、この芝生といい、大阪市はよく分からないことに、金と手間を使います。

水路といっても船が通り抜けることができるだけのスペースですから、幅もそれなりにあり、スペース自体はちょっとした広場並みです。両側の側壁はレンガ造りになっていて、ところどころに鎖が取り付けられています。係船環と呼ばれる船を繋ぐためのものだそうです。水路に水を注入または排出するときに船が動かないようにするためでしょうか。

近くには初代閘門の付属施設として建設された洗堰(水が堰の上を越えて流れるタイプの堰)も残っています。淀川(新淀川)から大川に流れ込む水の量を調節するためのものだそうです。なかなかシックなデザインですね。

大阪市やその近郊にお住まいの方であれば、天気のよい休日にでも、広々とした淀川の河川敷や与謝蕪村公園の横を歩きつつ、ちょっと「毛馬の閘門」に寄ってみられるのも悪くないでしょう。(終)

2018年09月10日

◆国民から憲法改正の権利奪うな

阿比留 瑠比


国民から憲法改正の権利奪うな インタビューで強調した安倍晋三首相

「国民には貴重な一票を行使していただきたい。国民が(憲法改正の是非
を問う)国民投票をする権利を奪うことは、国会のサボタージュ(怠業)
となる」

安倍晋三首相は、1日の産経新聞のインタビューでこう強調した。現行憲
法が施行されて71年余がたつが、国会はいまだに一度も憲法改正の発議
をしておらず、国民は固有の権利をいまだに行使できずにいる。首相はそ
うした不正常な現状に対し、改めて問題意識を表明したといえる。

憲法は改正条項(96条)を備えており、社会の必要や時代の要請に応じた
改正を当然の前提としているにもかかわらず、国会審議は遅々として進ん
でいない。

ここ数年にわたり、野党からは「安倍政権の間は憲法改正の議論はできな
い」との意味不明な主張が繰り返し聞こえる。だが、国の根幹をなす憲法
の議論を、属人的な理由や単なる好悪の情で忌避してどうするのか。首相
は、そうした無責任な態度をこう牽制した。

 「安倍晋三が嫌だとかではなくて、議論すべきは、憲法のどの条文をど
ういう必要性があって変えるかということのみだ」

 国民の権利や国の義務にもかかわる憲法の論議が、国会運営の駆け引き
や政敵批判の材料に利用される現状にも警鐘を鳴らした。

 「それ(憲法の議論)が政局のために、この政権を倒すとか自分たちが
政権を取るということで行われるのは避けるべきだ」
ただ、憲法9条の条文を残した上で、自衛隊の存在を明記するという首相
の提案には当初、自民党内にも異論が少なくなかった。現に総裁選を争う
ことになる石破茂元幹事長は、戦力の不保持を定めた9条2項の削除を求
めているほか、9条改正自体について「緊要性があるとは考えていない」
とも主張している。

 この点に関して首相は、次のように説明した。

 「激動する安全保障環境の中にあるからこそ、憲法に自衛隊を明記する
ことで、国民のために命をかける自衛隊の正当性を明確化し、誇りを持っ
て任務に専念できる環境を整える」

 8月には、埼玉県の共産党市議らが、子供用迷彩服の試着体験などの自
衛隊イベントを中止させたり、自衛隊の航空ショーの中止を求めたりした
ことが議論を呼んだ。首相は、憲法に自衛隊を位置づけることで「そうい
う議論に事実上、終止符を打つことにつながっていく」とも述べた。

 9条2項の削除は一つの道理ではあるが、連立を組む公明党が受け入れ
ることは考えにくい。公明党抜きでは、衆参両院で国会発議に必要な3分
の2の議席は確保できない。昨年5月、石破氏が2項を残す首相案を批判
した際、首相は周囲に「だったら石破さんは、公明党を説得してから言え
ばいい」と語っていた。

 1日のインタビューで首相は、改めて石破氏にこう反論した。

 「そもそも昨年10月の衆院選で自民党は、9条2項を削除する案では
なく、自衛隊の明記を公約に掲げて国民の審判を仰いだ」

 首相は最後に「政治は現実であり、具体的な結果を出していくことが求
められている」と決意を示した。産経ニュース(論説委員兼政治部編集委員)

◆ニカラグアでゼネスト

宮崎 正弘


平成30年(2018年)9月8日(土曜日)通巻第5821号  

 ニカラグアでゼネスト、オルテガ大統領の専横に市民連合が抗議
  あの中国のニカラグア運河開発はどうなったのだろう?

中国が香港企業のダミーを駆使して「ニカラグア運河」の建設をぶち挙げ
た時、米国はせせら笑っていた。世紀の大工事、パナマ運河を凌ぐ?
 パナマ運河を実質的に運営する米国にとって中庭を泥靴で汚されるよう
な、脅威と思われるプロジェクトである。にもかかわらず、なぜか米国は
余裕綽々でみていた。

ニカラグア運河は東西259・4キロ、このうち105キロが湖部分なので、実
際の運河掘削工事は105キロ弱。大型コンテナ船、40万トン級のタンカー
も通行可能とされ、総工費500億ドル(ちなみにニカラグアのGDPは80
億ドル)。

ニカラグア運河建設に応札した香港企業は、いわくつきの面妖なIT産業
で、有利子負債が巨額、ニカラグアの弁護士事務所に会社登記をしただけ
の、実態はペーパーカンバニィだった。背後には中国鉄道建設が控えてい
ると噂があった。だからニカラグアのオルテガ政権は建設契約に合意した。

この事業主はHKNC(香港ニカラグア運河開発投資会社)ともったい
ぶった名称だが、実態は香港の信偉通信産業集団を率いる王靖(45
歳)。おそらく中国共産党のダミーだろう。最近も宇宙衛星ビジネスに
打って出るなどと豪語している。

起工式は2014年に行われ、鍬入れセレモニーまで済ませたが、たちまち環
境破壊、生態系に悪影響とばかり環境活動家などが現地入りし、住民に土
地が奪われても良いのかと宣伝活動を始めた。

今から考えると、中国はカネで釣ろうとしていたのだ。中米ベリーズに続
いて、8月にエルサルバドルをプロジェクトの餌で釣り上げ、台湾と断交
させた。その前にコスタリカには、3億ドル総統の同国國際購入を条件に
台湾と断交させた。
 
ニカラグアは反米国家だが、台湾と外交関係をつなぎ止める不思議な国、
米国とは疑心暗鬼の相互関係、イランコントラ事件でお馴染み、オルテガ
大統領は旧ソ連時代にモスクワと極めて親しい時代があった。キューバと
も親密な関係だった。

貧窮状況下では石油高騰に湧いたベネズエラから、緊急融資を受けた。そ
れでも、IMFはニカラグアを重度の債務超過国としている。だから米国
は冷淡に時代の推移を監察していたのだ。「どぅせ出来っこないさ。パナ
マ運河だって半世紀を要したし。。。」

実際にパナマ運河は百年どころか、400年の夢、1880年にレセップスがフ
ランスの支援で着工したが、事業体は2度倒産し、1902年に中止を宣言。
翌年に米国が開発に乗り出し、10年かけて造成した。

パナマ運河の全長は80キロ。だからニカラグア運河は、その3倍以上の距
離であり、世紀の難工事となることは確実であり、工事ノウハウも実績も
ない香港企業が乗り出すなんて、そもそも怪しいと睨んでいたのだ。
そして2018年2月、ニカラグア運河建設は正式に中止となった。


▲ニカラグアは「第2のシリア」か「第二のベネズエラ」になる怖れ

さて、そのニカラグアでゼネストが起きた。

2018年9月7日、首都マナグアの商店街すべてがシャッター通りと化け、
人通りもない死の町となった。反オルテガで団結した野党勢力がストを呼
びかけたからである。

かつては反米サンディニスト率いて戦ったオルテガはニカラグアの英雄
だった。その輝かしい過去は過去のものとなって、2007年以来、11年に亘
る専制政治は国民から飽き飽きされ、しかも野党指導者を一日200人の
ペースで拘束し牢獄にぶち込むという中国も青ざめるような恐怖政治を敷
いた。

4月18日の抗議デモでは軍が出動し、350人が虐殺されたと人権ウォッチ
委員会は言う(英紙ガーディアン、9月8日)。

オルテガは「暴動の鎮圧であり、かれらはテロリスト、外国から資金がき
ており、国民を煽動しているだけだ」と、これまた中国共産党と同じ詭弁
を弄した。

ニッキー・ハーレー米国国連大使は、「ニカラグアの暴動と弾圧はいずれ
『第2のシリア』か『第2のベネズエラ』になる怖れがある」とした。