2018年10月26日

◆国連は諸国の権力闘争の場

加瀬 英明


「国連」は諸国の権力闘争の場 「平和の殿堂」にあらず

自民党総裁選挙が終わったが、石破茂氏が立候補したことを、多としたい。

野田聖子氏でも、誰でもよかったが、もし、安倍首相が無競争で選出され
たら、安倍政権のイメージが損なわれたところだった。

安倍首相は憲法改正に取り組むことを鮮明にしてきたが、安倍首相が第9
条の「戦力は、これを保持しない」という二項をそのままにして、自衛隊
を書き加えようと主張しているのに対して、石破氏は2項を残して、自衛
隊を挿入するのは、論理に反すると反対した。

安倍首相は9月に自衛隊高級幹部会同で、「諸君の自衛隊員としての歩み
を振り返るとき、時には心ない批判にさらされたこともあったと思う。同
じ時代を生きた政治家として、忸怩(じくじ)たる思いだ。すべての自衛隊
員が強い誇りを持って、任務を全うできる環境を整えるのが、政治家の責
任だ」と、訓示している。

石破氏が憲法の整合性を云々するのなら、「平和を愛する諸国民の公正と
信義に信頼して、われらの安全を保持」するという、前文を削除すること
も、説くべきだった。

私は憲法第9章「改正」の第96条が「改正の手続」とうたっているが、
「改正」というと全面的に改めるような印象を与えるから、「憲法修正」
と呼ぶべきだと、親しい国会議員たちを促してきた。多くの国民が現実に
適うよう修正する必要があることを、感じているはずだ。

自衛隊は国際的に軍として認められているが、国内では軍でないという
が、日常生活でこのような詭弁は許されないだろう。

現行憲法は冒頭から、大嘘によって始まっている。日本国民は作り事の世
界に生きてきたために、現実を直視する力を失っている。

ニューヨークに「ジ・ユナイテッド・ネーションズ」と呼ばれる国際機関
がある。

もともと「ジ・ユナイテッド・ネーションズ」は、ルーズベルト大統領が
真珠湾攻撃直後の1942年1月1日に、日本と戦っていた26ヶ国の代表をワ
シントンに集めて、同盟諸国を「ジ・ユナイテッド・ネーションズ(連合
国)」と呼ぶことにしたものだ。

私たちが誤まって呼んでいる「国際連合」は、先の大戦中に日本が沖縄戦
を戦っている時に、連合国が戦後世界を経営するために、サンフランシス
コで創設され、軍事同盟の名をそのまま受け継いだ。国際連合という国際
機関は、どこにも存在していない。

今日の「ジ・ユナイテッド・ネーションズ」の5つの公用語の1つの中国
語では、「連合国(リエンホーグオ)」だし、韓国、北朝鮮でも「連合国
(ヨナブグク)」だ。

同じ敗戦国のドイツでは、国際連盟が「ディ・フルカーブンド」だったの
に対して、ドイツが戦った連合国と変わらない「ディ・フェアインテ・ナ
ツィオネン」(連合国)と呼んでいる。イタリア語でも「レ・ナツィオ
ニ・ウニテ(連合国)」だ。

憲法を「平和憲法」と呼んで現実を目隠してきたように、日本国民を骨抜
きにするために、「連合国」を戦前の国際連盟をもじって、「国際連合」
と誤訳したものだ。このために、日本国民は「国連」が諸国の権力闘争の
場なのに、憲法の前文が描いている「平和の殿堂」なのだと思って、ひた
すら崇めてきた。

今日の日本は嘘っぱちというと、無いものをあるように信じていること
が、多すぎる。

日本社会が、このようにモラルハザード漬けになっているために、健全で
あるべき国防意識が欠けてしまっているのだ。

◆蕪村公園横の「毛馬の閘門」

石田 岳彦


阪急千里線の柴島駅(本筋から思い切り離れますが「柴島」を初見で「くにじま」と読める人がどれだけいるでしょうか。)から天神橋筋六丁目駅へ向かい、淀川にかかる鉄橋を渡る際、左側奥、淀川大堰の向こう側に大きな「水門」が見えますが、その水門には「毛馬こうもん」と白抜きで大きく書かれています。

「こうもん」を漢字で書くと「閘門」です(ちなみに「毛馬」は地名で「けま」と呼びます)。

最近は警察署にも建物の壁に「けいさつ」と平仮名で大きく書いているところがありますが、「閘門」と書いても読めない人が多いので、「こうもん」と平仮名で書いているのでしょうか。

もっとも、警察署と違い、読みだけ知ったところで何をやっている施設かは分からないと思いますが。

それはさておき、阪急千里線を通勤経路にしている私にとって、毛馬の閘門は見慣れた存在でしたが、近くにまで行く機会はありませんでした。

平成20年春、毛馬の閘門が国の重要文化財に指定されることになったというニュースを聞いた私は、これをよい機会と毛馬の閘門に行ってみました。我ながらミーハーです。

毛馬の閘門に行くには、天神橋筋六丁目駅(阪急千里線、地下鉄堺筋線・谷町線)から北上し、淀川にかかる長柄橋の南詰めから河川敷に出て、更に5分ほど東へ歩きます。

河川敷は公園になっていて、堤防上には歩道も整備されていて、歩いていて楽しい道ですが、天神橋筋六丁目駅からは20分以上の歩きになり、大阪市内ということを考えると交通の便の悪い場所といえるでしょう(私がなかなか行く気になれなかった理由もこれです。)。
 
現地に設けられていた説明板によると、閘門というのは、水位の異なる川、運河等の間で船を行き来させるため、両側に水門を設けた水路で、毛馬の閘門の場合、大川(低)と淀川(高)との間の高低差を調整して船を通すために建造されたものです。

淀川から大川に入る場合、まず、水路内の水位を淀川に合わせたうえ、淀川側の水門のみを開けて船を水路に入れたうえで閉じ、水路内の水を抜いて、水面の高さを大川と同水位に下げた後、大川側の水門を開けて船を通過させるという仕組みになっています。

逆に大川から淀川に行く場合には、大川側から水路に船を入れたうえ、水を補充して水路面を淀川と同水位にまで上げてから、淀川側の水門を開放することになります。

なお、そもそも隣り合っている2つの川の水面に何故、極端な高低差があるかといえば、本来の淀川の流れは大川の方で、現在の淀川のうち毛馬よりも河口側の部分(新淀川)は明治時代に治水上の必要で人工的に作られたためだそうです。

ちなみに現在の毛馬の閘門は3代目で、私が毎朝見かけている「毛馬こうもん」もこの3代目にあたります。今回、重要文化財に指定されたのは、初代と2代目(今は船溜になっているそうです)で、このうち初代の閘門は、3代目のすぐ近くに見学用として整備されていました。

初代閘門の水門は2つの扉が観音開きになる方式で(なお、現役の3代目の閘門は門扉が上下して開閉するシャッター方式だそうです。)、現在は半開きの状態で固定されています。最近になって塗りなおされているようで、水色の大きな扉が鮮やかです。

北側の淀川側の水門は、近くにある堤防から一段低いところにあり、階段で下まで降りることもできますが、降りたところに柵が設けられていて、その先の水門をくぐることはできません。

もっとも、南側にある大川側の水門(淀川側に比べてかなり小型です)は開放されていて、そちら側から(旧)水路(当然のことながら現在では水路に水は流されていません。)の中に入ることができ、更に進んで淀川側の水門をくぐることもできます。北側の柵はいったい何のためでしょうか。

水路の中央に見学用の通路が設けられていて、その両側は何故か芝生になっていました。先ほどの柵といい、「こうもん」のペイントといい、この芝生といい、大阪市はよく分からないことに、金と手間を使います。

水路といっても船が通り抜けることができるだけのスペースですから、幅もそれなりにあり、スペース自体はちょっとした広場並みです。両側の側壁はレンガ造りになっていて、ところどころに鎖が取り付けられています。係船環と呼ばれる船を繋ぐためのものだそうです。水路に水を注入または排出するときに船が動かないようにするためでしょうか。

近くには初代閘門の付属施設として建設された洗堰(水が堰の上を越えて流れるタイプの堰)も残っています。淀川(新淀川)から大川に流れ込む水の量を調節するためのものだそうです。なかなかシックなデザインですね。

大阪市やその近郊にお住まいの方であれば、天気のよい休日にでも、広々とした淀川の河川敷や与謝蕪村公園の横を歩きつつ、ちょっと「毛馬の閘門」に寄ってみられるのも悪くないでしょう。(終)


2018年10月25日

◆サウジの米、トルコとの軋轢深刻化

杉浦 正章


トランプは二律背反状態

なんともはやアラビアンナイトの千夜一夜物語を読むような凄惨さであ
る。サウジ人記者ジャマル・カショギ殺害事件は、サウジ皇太子ムハンマ
ド・ビン・サルマンの意向と深い関係なしでは考えられない。

本人は「下の者がやった」と日本のヤクザの弁明のような発言をしている
が、信ずる者はいまい。目撃者も多く真相はやがて確実に日の光を見るだ
ろう。当然国連でも採り上げるべき問題だろう。

サウジは最も重要な同盟国である米国、および中東で有数の軍事力を誇る
トルコ双方との間で大きな軋轢を抱えることとなった。米国はサウジとの
同盟関係を維持しつつ、皇太子の暴挙を批判しなければならない二律背反
状態に陥っている。

サウジ側の声明ではカショギが「けんかと口論の末殺された」としている
が、59歳の分別あるジャーナリストが、多勢に無勢のけんかを本当にした
のか。トルコ当局によると「殺害されその場で死体はバラバラにされた」
としているが、死体の解体によって隠ぺいできるという判断自体が幼稚で
度しがたい。実行犯は15人でそのうち5人が皇太子の護衛であったとい
う。護衛と言えば戦闘訓練を積んだプロであり、素人の殺人事件とは性格
を異にする。

外相アデル・ジュペイルは「皇太子はもちろん情報機関の幹部も感知して
いない」と関与を頭から否定しているが、信ずる者はいない。カショギは
従来から皇太子の独裁的な手法を非難してきており、殺害はその報復と見
て取れるからだ。ムハンマドも「自分は事件とは関係なく、下のレベルで
行われた」と述べているがこの発言も語るに落ちた。「下のレベル」とは
部下だからだ。

大使館内とはいえ国内で事件を起こされたトルコの大統領エルドアンは
「情報機関や治安機関に責任を負わせるのでは誰も納得しない」と、サウ
ジ側の発表に強い不満を表明している。加えてエルドアンは「殺害は偶然
ではなく、計画的なものだ。我々は動かぬ証拠を握っている」とも発言し
ている。

米大統領トランプも「目下のところ現地では皇太子が取り仕切っている。
上層部の誰が関与したかと言えば彼だろう。史上最悪の隠ぺいを行った」
と述べていたがその姿勢は揺れに揺れてる。

関係者のビザ取り消しなど厳しい対応を示唆したかと思うと、サウジへの
武器輸出は推進。しまいには「下の者がやったと皇太子は言っていた」皇
太子を擁護までした。

まさに右往左往の醜態を示した。米CIA(中央情報局)は、まさに活躍
の場を得たとばかりに、膨大な情報をホワイトハウスに送り込んでいるに
違いない。トランプは皇太子の発言を信ずるかCIAを信ずるかと言え
ば、いうまでもなくCIAだ。

一方米議会からは「米国の基本的な価値観は自由を守り民主主義を維持す
ることであり、マスコミ関係者を殺害するという行為を認めるわけにはい
かない」とのスジ論が巻き起こっている。

米国にもジレンマがある。もし制裁で武器輸出を禁止した場合には、喜ぶ
のはプーチンと習近平だからだ。サウジをロシアや中国からの武器輸入に
追いやることはなんとしても避けなければならないのだ。

なぜなら中東安定の構図にマイナスの要素が入り込むからだ。しかし、米
国内世論は圧倒的に皇太子への何らかの制裁を求める空気が濃厚であり、
トランプは中間選挙を目前にして苦しい選択を強いられる状況だろう。 

ムハンマド皇太子は24日、国際社会から激しい批判を浴びる中、サウジ政
府として、犯人を裁く考えを示した。皇太子は、「忌まわしい出来事で、
正当化されるものではない」と語っているが、今後国連などでのサウジ批
判噴出は避けられず、皇太子は外交面で困難な状況に直面した。


◆海外には恐ろしい事件が多い

前田 正晶


ジャマル・カショーギ氏(Jamal Khashoggi)の殺害:

最初に「かショーギ」と聞いた時には、一瞬サウジアラビアには同じよう
な名字が多いのかなと思った。と言うのは、17年の6月だったかに亡なっ
たと聞いた有名な大富豪で武器商人だった人物がアドナン・カショーギ氏
(Adnan Khashoggi)だったからだ。

このカショーギ氏はその最盛期にはヨーロッパ中の保養地を豪華な自家用
ジェット機で飛び回って優雅に暮らしていると報じられていた。

ところが、矢張り今回大きな話題になっているジャマル・カショーギ氏は
アドナン・カショーギ氏の甥御さんだったと報じられている。そのような
華麗なる一族の方が、反政府的な記事を書くジャーナリストだったという
のはやや意外だった。

私が恐ろしいと言うのは、そういう記事の事ではなく、イスラム教なのか
イスラム教国のサウジアラビアという国そのものの方針なのかは知らない
が、反政府的な人物を如何に治外法権があるとはいえ、自国の総領事館内
で殺害してしまうような事を敢えてする点である。

私が僅かに大学時代に勉強した宗教学では世界3大宗教であるイスラム教
とは、そのような恐ろしい事を敢えてさせるような教義ではなかったとい
う微かな記憶しかない。だが、近年においては現実にISのような集団が現
れて乱暴狼藉のやりたい放題であったと報じられていた。私には「イスラ
ム」と名乗っているあの集団が、果たして「イスラム教」という宗教を代
表しているのかという疑問を抱かざるを得なかった。

ここ新宿区の実態を見れば、誰が名付けたか知らないが新大久保駅のすぐ
前に「イスラム横町」が出現し、ハラルフードを商うイスラム教が運営す
る店が陳腐な言い方で恐縮だが、それこそ雨後の竹の子のように増えてき
たし、あのサウジアラビアの長くて白い衣装を身にまとった者まで闊歩し
ているのだ。未だ現実にイスラム教徒による刑事的犯罪こそ発生していな
いが、正直に言って薄気味悪い事は確かだ。

政府はそんな一市民の恐れを知らないのだろうが、労働力としての移民の
増加であるかとか滞在期間の延長を言い出している。私には彼らが現状を
知らないのか、あるいは人手不足解消策の前には何事が起きても関知しな
いとでも言うのかと、不安感を覚えさせられている。

中国へのODAを終了:

これが40年も続けられ、漸くこの度の総理の中国訪問で「終わりにする」
と李克強首相と合意する事になったと報じられている。以前に聞かされた
話で、北京 (だったと思うが)の空港は我が国のODAによって建設された
が、空港の何処に行っ てもそういう表示は無いのだそうだ。如何にも
「大国」中国ならばやりそうな事だと 思って聞いた。そのODAの恩恵を受
けていた国がGDPでは我が国を追い越して世界第2 の経済大国になってし
まったのだ。

その成り上がった経済大国且つ軍事大国をトランプ大統領は徹底的に叩く
決意を示、既にマスコミ的に言えば関税賦課の応酬による「貿易戦争」と
いう事 態に突入していた。先日聞く機会があった産経新聞前副社長の斉
藤勉氏はその講演で 「アメリカは中国が駄目になるまで叩く方針であ
る」とまで言われていた。そのよう な「叩くべし」、「潰すべし」とい
う存在になり果せた中国に、我が国は40年にもわ たってODAを続けていた
のでは、トランプ様もさぞかしお怒りかなどと考えてしま う。安倍総理
に李克強氏は感謝の意を表明するのだろうか。そこが疑問だ。


台湾の列車の脱線事故:

24日辺りから報じられるようになった事は「あの脱線は運転士が安全装置
を切っていた事」が原因であったようだという点である。何処のテレビ局
だったかは 失念したが、事故の一報では「車両は日本製で名古屋の日本
車輌製造が納入したも の」と嬉しそうに報じた。

彼らはかかる自虐的な報道の仕方が好みらしいのだ。私に 言わせて貰
えば、「何も真っ先に如何にも日本製の車両が原因であったかの如き事を
言う必要があるのか」なのである。

彼らがこんな事を言うはずもないが「当該車両は日本製だが、恐らく運転
士が何らかの誤った運転をしてこの大事故を引き起こしたものと推察して
いる」と 言って見ろという気がした。近頃の我が国の一部の製造業では
「製品の物性値を改竄す る」などという論外な不正を犯すところが増え
たのは極めて遺憾だが、いきなり日本 製の車両までを疑うかのような自
虐的な報道の姿勢にはウンザリである。

at 09:00 | Comment(0) | 前田正晶

◆ハマナスはナシの訛り

渡部 亮次郎


「ハマナス」の名は、浜(海岸の砂地)に生え、果実がナシに似た形を
していることから「ハマナシ」という名が付けられ、それが訛ったもの
である。ナス(茄子)に由来するものではない。

ハマナス(浜茄子、浜梨、、学名:Rosa rugosa)は、バラ科バラ属の落
葉低木。夏に赤い花(まれに白花)を咲かせる。根は染料などに、花は
お茶などに、果実はローズヒップとして食用になる。皇太子妃雅子のお
印でもある。晩夏の季語。


東アジアの温帯から冷帯にかけて分布する。日本では北海道に多く、南
は茨城県、島根県まで分布する。主に海岸の砂地に自生する。

1-1.5mに成長する低木。5-8月に開花し、8-10月に結実する。

現在では浜に自生する野生のものは少なくなり、園芸用に品種改良され
たものが育てられている。

果実は、親指ほどの大きさで赤く、弱い甘みと酸味がある。芳香は乏し
い。ビタミンCが豊富に含まれることから、健康茶などの健康食品として
市販される。

のど飴など菓子に配合されることも多いが、どういう理由によるものかそ
の場合、緑色の色付けがされることが多い。中国茶には、
花のつぼみを乾燥させてお茶として飲む?瑰茶もある。


バラの一種であり、多くの品種が存在する。北米では観賞用に栽培され
る他、ニューイングランド地方沿岸に帰化している。イザヨイと呼ばれ
る園芸品種は八重化(雄蕊、雌蕊ともに花弁化)したものである。

日本においては、ハマナスは北海道襟裳岬や東北地方の海岸部、天橋立
などが名所として知られる。

都道府県の花に指定 北海道
市町村の花に指定北海道 - 石狩市、紋別市、稚内市、浦幌町、江差町、
雄武町、奥尻町、興部町、寿都町、斜里町、標津町、天塩町

岩手県 - 野田村
青森県 - 青森市、鰺ヶ沢町、大間町、風間浦村、野辺地町
福島県 - 相馬市

茨城県 - 鹿嶋市
新潟県 - 村上市、聖籠町
石川県 - かほく市、内灘町
福井県 - 高浜町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

<ハマナス(浜梨)、ナシが訛ってナスとなったとのことですが、よく見
ると実はトマトのようです。

トマトはナス科のナス属です。食べたら梨のようだから、「浜梨」と書
いてあるものが多いのですが、中国語ではトマトのことを「番茄」とい
い、意味は「外国のナス」、ですので「浜茄」で「ハマナス」と言うの
も、「ハマナシ」よりも洒落ているかもしれません。ちなみに、ハマナ
スはバラ科バラ属です。ハマナスの実を乾燥させたローズヒップティー
もなかなか美味しいですよ。>(唸声)2011・6・13

◆米中対立は中長期にわたり本格化する

櫻井よしこ


「米中対立は中長期にわたり本格化する 日米の連携を一層強めていくの
がよい」

米国が遂に中国の本性に気づいた──。10月4日、マイク・ペンス米副大統
領が有力シンクタンク「ハドソン研究所」で行った演説のメッセージがこ
れだった。

米国の「覚醒」は遅すぎるとも思えるが、それでも彼らが中国の長期的国
家戦略の意図を正しく認識するのは日本にとって歓迎すべきことだ。

ペンス氏は約1時間、およそ全分野にわたって中国批判を展開した。不公
正貿易、知的財産の窃盗、弱小国への債務の罠、狡猾な米中間選挙への介
入、豊富な資金による米言論機関、シンクタンク、大学、研究者への影響
力行使、米国世論を動かす中国メディアの一方的情報、さらに、南シナ
海、インド洋、太平洋での軍事的席巻など、ペンス氏は果てしなく具体例
を挙げた。

諸外国だけでなく自国民にも苛烈な圧力を中国共産党は加え2020年までに
ジョージ・オーウェル的社会の実現を目論んでいるとも非難した。

この一連の異常な中国の行動を見逃す時代はもはや終わりだと、トランプ
政権の決意を、ペンス氏は語ったのだ。米国はいまや対中新冷戦に突入し
たと考えてよいだろう。

とりわけ印象深いのは、演説でペンス氏がマイケル・ピルズベリーという
名前に二度、言及したことだ。現在ハドソン研究所の中国戦略センター所
長を務めるピルズベリー氏は1969年、大学院生のときにCIA(米中央情
報局)にスカウトされ、以来、CIA要員として中国問題に関わってきた。

親中派の中の親中派を自任する氏は3年前、ベストセラーとなった
『China 2049』を書いて、自分は中国に騙されていたと告白し、氏
がそのほぼ一生を費やして研究した中国人の考え方を詳述した。中国人
は、米国を横暴な暴君ととらえ、中国の最終決戦の相手だと認識している
が、米国はそのことをほとんど理解しておらず、むしろ中国は米国のよう
な国になりたいと憧れていると勝手に思い込み、結果として騙され続けて
きたというのだ。

一例として氏は米中接近の事例を示している。私たちは、米中接近はニク
ソン大統領が旧ソ連を孤立させるために中国を取り込んだ大戦略だと理解
してきた。しかしピルズベリー氏の見方は異なる。60年代末に中国は国境
を巡ってソ連と対立、新疆国境でソ連軍と大規模な衝突を起こした。軍の
タカ派の元帥らはソ連に対して米国カードを使うべきだ、台湾問題を不問
にしても米国に接近すべきだと毛沢東に進言、毛はそれを受け入れたという。

ニクソン大統領の訪中で、米中関係は劇的に改善されたが、それは中国が
支援と保護を必要とする無力な嘆願者を装い、武器装備をはじめ、中国が
対立していたインドやソ連の情報まで、世界が驚く程の貴重な支援を米国
から手に入れた構図だったと、ピルズベリー氏は明かしている。

明らかに中国は米国の力を借りて力をつけた。それは彼らが日本から膨大
な額のODA(政府開発援助)をせしめ、鉄鋼をはじめとする基幹産業技
術を移転してもらって力をつけたのと同じ構図だ。

ピルズベリー氏はさらに中ソ関係も分析した。中国はソ連に対しても米国
に対するのと同様に弱い国を演じて最大限の援助を受け、力をつけ、最終
的に米国の側につくことでソ連と訣別し、ソ連を潰したというのだ。

そしていま、中国は米国に対しても覇権を目指す意図を隠さなくなった。
米国がもはや太刀打ちできないところまで、状況は中国有利に変化したと
中国が判断した結果だというのだ。ペンス氏もそのピルズベリー氏の分析
を共有しているのであろう。それがハドソン研究所でのスピーチではない
か。米中の対立は中・長期にわたり本格化していくと考えるひとつの理由
である。導き出される結論は日米連携を一層強めるのが日本の国益だとい
うことだ。

週刊ダイヤモンド 2018年10月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1252

◆今の大阪城は「太閤城」ではない

                                     毛馬 一三


国の特別史跡に指定されている大阪城が、実は「太閤秀吉築城の大阪城」ではなく、総てが「徳川大阪城」だと知る人は、意外に少ない。

では秀吉が、織田信長から引継ぎ築城した元々の「大阪城」は一体どこに姿を消したのか。それは追々―。

「聳える天守閣は昭和初期に再建され、城の堀は徳川方によって埋められたことは承知していたが、だからと言って秀吉大阪城の城跡が些かも無いとは全く知らなかった」という人が多い。大阪城へ朝散歩する人々から異口同音に同様の返事が返ってくる。


天満橋から大手前、森の宮、新鴨野橋と城郭を一周する道筋を車で回ると、「大阪城の高い石垣と深い堀」が、雨滴の葉が陽光を跳ね返す樹林の間からと、大きく広がり、歴史の威容を誇らしげに見せ付ける。特に大手前周辺の高さ32mもある幾重もの「反りの石垣」には、当時の石垣構築技術の進歩の姿を覗かせる。

大阪夏の陣で豊臣家を滅亡させた徳川家康は、同戦いの2年後(1616)死ぬが、家康遺命を受けた秀忠が、元和6年(1620)から寛永6年(1629)までの10年3期にわたり大阪城を大改築する。

その時徳川の威令を示すために、「太閤大阪城」の二の丸、三の丸を壊し、その上、総ての「堀」を埋め、「石垣」は地下に埋め尽して、「豊臣の痕跡」を意図的にことごとく消し去った。

では「太閤大阪城」は、地下に眠ったままなのか。

「大阪城石垣群シンポジウム実行委員会」の論文をみると、そこに「太閤大阪城」が地下に埋められたままになっていた遺跡の一部を発掘した調査記録が、下記のように書かれている。

<地下に埋蔵された「太閤大阪城」の石垣を最初に見つけたのは、大阪城総合学術調査の一環として大阪城本丸広場で行われたボーリング調査だった。昭和34年(1959)のことである。天守閣跡の南西にあたる地下8m から「石垣」が見つかったの
だ。

4m以上も積まれた石垣で、花崗岩だけでなく、様々な石を積み上げた「野面積み」だった。「野面積み」は、石の大小に規格がなく、積み方にも一定の法則が認められないもの。当時城郭作りの先駆者だった織田信長が手掛けた安土城の「野面積み」工法と同じだったことから、秀吉がその工法を導入して築いた「石垣」と断定された。

それから25年後の昭和61年(1986)になって、再び天守閣跡の南東部の地表1mの深さから地下7mまで、高さ6mの「石垣」が発見されている。

この石垣も「野面積み」だったうえ、その周辺で17世紀初頭の中国製の陶磁器が火災に遭って粉々の状態で見つかったことから、大阪夏の陣で被災した「太閤城」の「石垣」であると断定される2回目の発見となったのである。

両「石垣」の発見場所の位置と構造を頼りに、残された絵図と照合していくと、この「石垣」は本丸の中で最も重要な天守や、秀吉の家族が居住していた奥御殿のある「詰め丸」と呼ばれる曲輪(くるわ)の南東角にあたることが明らかになったのである。

地下に消えた「石垣」は、切り石が少なく、自然石や転用石を沢山積み上げたもので、傾斜が比較的ゆるい、「徳川城」とは異なる「反り」の無い直線だった>。

第3の発見は偶然が幸いした。現在の「大阪城・西外堀」の外側の大阪城北西で、大阪府立女性総合センター建設の際の発掘調査で、地下から長さ25m に亘る「太閤大阪城の石垣」が出現したのだ。同石垣は、いま同センターの北の道沿いに移築復元されている。

「大阪城の石垣」の痕跡も、堀の外側にある学校法人追手門学院大手前センターの校庭で見つかり、保存されている。

何よりもこの発掘の価値が大きかったのは、今の大阪城郭から離れた外側の場所から「石垣」が現れたことだ。それは「徳川城」よりも「太閤城」の方が遥かに規模の大きかったことの証であり、今後の調査で城郭外から新たな「太閤大阪城」が出現する可能性を引き出したことだった。

地下に眠る遺跡の発掘調査は、エジプトやイタリアなど文明発祥地でブームになっているが、現在進められている大阪市の大阪城発掘調査で、「天下の台所」の基礎を築いた「太閤大阪城」の遺跡が、今の城郭外から見付かることを大いに期待したい。

余談ながら、私が主宰した前NPO法人近畿フォーラム21活動の「蕪村顕彰俳句大学講座<学長 川原俊明学長(弁護士)>は、徳川秀忠が創り代えた、高く聳える「大阪城天守閣」と、傾斜作りの幾つもの「石垣」を見ながら進めている。眺めは季節に応じて樹木により彩りが代わり、美景に包まれる。

しかし、その全景はあくまで「徳川城」の遺跡であって、「太閤大阪城」でないと思うと、寂しさがこころの中を翳める。(修正加筆・再掲)

2018年10月24日

◆世界が称賛する 国際派日本人(5)

伊勢雅臣


■■■ JOG Wing ■■■ 国際派日本人の情報ファイル■■■
皇太子殿下の祈り−世界の水問題に取り組む人々の連帯の「象徴」

 日本の皇太子殿下は、民の幸せを無私の心で祈る、という皇室の伝統精
神を通じて、水問題に取り組む世界の人々の連帯の「象徴」となっています。
■■ 転送歓迎 ■■ No.2820 ■■ H30.10.22 ■■ 7,836部■■


■1.「殿下への高い評価は日本人だけが知らないのでは」■

皇太子殿下は国連「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉総裁をお務め
になり、また平成15(2003)年の京都、平成18(2006)年メ キシコ、平
成19(2007)年大分、平成20(2008)年スペイ ン、平成21(2009)年ト
ルコで行われた世界の水問題に関わる国 際会議で、講演をされている。

日本のジャーナリストが、水問題の海外の専門家に「海外での殿下の評
価はどうか」と質問したところ、「どうしてそんな質問をされるのか。そ
れは愚問というものだ。殿下の高い評価は言わずもがな。日本人だけが知
らないのでは」と、やり込められる場面があった。

世界水フォーラムを運営している世界水会議のロイック・フォーション
会長は、記者との会見で、「皇太子殿下のご存在は、水の分野におけるオ
ム・デタ (Homme d'Etat) だ」と述べた。

フランス語のオム・デタは英語で言えば“Statesman”、無私の心で国家 公
共のことを案ずる元首や政治家を意味する。日本語で言えば、天皇が日
本国民統合の象徴であるように、皇太子殿下が水問題に取り組む世界の
人々の連帯の「象徴」となっている、という意味で捉えてもよいのではな
いか。

無私の心で国民の幸せを祈られるのが我が皇室の伝統であるから、殿下
は水問題で、皇室の伝統的精神を発揮されている。こうしたことをあまり
報道しないのも日本のマスコミの偏向と言うべきか。

■2.世界の諸問題の根幹にある水問題■

貧困や飢餓の問題を辿ると、水問題にぶつかる。たとえば、アフリカに
は広大な土地があるのに、なぜ飢餓や貧困で多くの幼い命が失われている
のか。水がないからである。水さえあれば広大な荒れ地や砂漠が、緑の農
地に生まれ変わる。

中国のように乱開発から砂漠化が進み、黄河が一年の半分近くも干上が
り、大都市では飲料水ですら危機的状況にある国もある。

水は足りなければ問題だが、多すぎても問題を起こす。地球温暖化や異
常気象も、海面上昇や集中豪雨による河川氾はん濫らんなどの水の問題を
通じて災害を引き起こす。津波もその一つである。

平成21(2009)年3月にトルコ・イスタンブールで行われた第5回世界水
フォーラムでは基調講演で、徳川家康が当時の江戸湾にそそい でいた利
根川を銚子から太平洋に出るようにして江戸の洪水を防いだ事例 を紹介
され、こう述べられた。

平地の少ない日本では、時には猛威をふるう河川を流域全体で適切に管
理することが、国民生活の持続可能な発展に必須の条件でした。そのため
の努力が日本では継続的に続けられてきたのです。……

水関連災害については、災害直後には盛んに議論されますが、しばらく
経つと忘れ去られがちです。日本には、「災害は忘れたころにやってく
る」ということわざがありますが、災害が起こってからでは遅すぎます。

災害を起こさないような備えこそが求められているのです。そのために
は、昔も今も変わることなく、絶え間ない努力によって、一歩一歩、地道
に歩みを進めていくしかないのでしょう。
(『皇太子殿下││皇位継承者としてのご覚悟』明成社編より)


(続きは下記の書籍でご覧下さい)


■リンク
a. 伊勢雅臣『世界が称賛する 国際派日本人』、育鵬社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594075681/japanonthegl0-22/
アマゾン「日本史一般」カテゴリー1位 総合61位(H28/9/13調べ)


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■『世界が称賛する 国際派日本人』に寄せられたカスタマー・レビュー 
62件、5つ星のうち4.9

★★★★★自分が生まれた国の文化、歴史、伝統を再発見出来る(ともちゃん)

 同一作者の著書「世界が賞賛する日本人が知らない日本」を読んで感動
し、同書をすぐに購入しました。時代を追って偉人達を紹介するとばかり
思っていたのが、ここ数年の記憶に新しい偉人達からの紹介で、とても新
鮮で分かり易く身近で同じ時代を生きる方々に感動しました。自分が生ま
れた国の文化、歴史、伝統を再発見出来る素晴らしい一冊です。

◆米中対立は中長期にわたり本格化する

櫻井よしこ


「米中対立は中長期にわたり本格化する 日米の連携を一層強めていくの
がよい」

米国が遂に中国の本性に気づいた──。10月4日、マイク・ペンス米副大統
領が有力シンクタンク「ハドソン研究所」で行った演説のメッセージがこ
れだった。

米国の「覚醒」は遅すぎるとも思えるが、それでも彼らが中国の長期的国
家戦略の意図を正しく認識するのは日本にとって歓迎すべきことだ。

ペンス氏は約1時間、およそ全分野にわたって中国批判を展開した。不公
正貿易、知的財産の窃盗、弱小国への債務の罠、狡猾な米中間選挙への介
入、豊富な資金による米言論機関、シンクタンク、大学、研究者への影響
力行使、米国世論を動かす中国メディアの一方的情報、さらに、南シナ
海、インド洋、太平洋での軍事的席巻など、ペンス氏は果てしなく具体例
を挙げた。

諸外国だけでなく自国民にも苛烈な圧力を中国共産党は加え2020年までに
ジョージ・オーウェル的社会の実現を目論んでいるとも非難した。

この一連の異常な中国の行動を見逃す時代はもはや終わりだと、トランプ
政権の決意を、ペンス氏は語ったのだ。米国はいまや対中新冷戦に突入し
たと考えてよいだろう。

とりわけ印象深いのは、演説でペンス氏がマイケル・ピルズベリーという
名前に二度、言及したことだ。現在ハドソン研究所の中国戦略センター所
長を務めるピルズベリー氏は1969年、大学院生のときにCIA(米中央情
報局)にスカウトされ、以来、CIA要員として中国問題に関わってきた。

親中派の中の親中派を自任する氏は三年前、ベストセラーとなった
『China 2049』を書いて、自分は中国に騙されていたと告白
し、氏がそのほぼ一生を費やして研究した中国人の考え方を詳述した。中
国人は、米国を横暴な暴君ととらえ、中国の最終決戦の相手だと認識して
いるが、米国はそのことをほとんど理解しておらず、むしろ中国は米国の
ような国になりたいと憧れていると勝手に思い込み、結果として騙され続
けてきたというのだ。

一例として氏は米中接近の事例を示している。私たちは、米中接近はニク
ソン大統領が旧ソ連を孤立させるために中国を取り込んだ大戦略だと理解
してきた。しかしピルズベリー氏の見方は異なる。60年代末に中国は国境
を巡ってソ連と対立、新疆国境でソ連軍と大規模な衝突を起こした。軍の
タカ派の元帥らはソ連に対して米国カードを使うべきだ、台湾問題を不問
にしても米国に接近すべきだと毛沢東に進言、毛はそれを受け入れたという。

ニクソン大統領の訪中で、米中関係は劇的に改善されたが、それは中国が
支援と保護を必要とする無力な嘆願者を装い、武器装備をはじめ、中国が
対立していたインドやソ連の情報まで、世界が驚く程の貴重な支援を米国
から手に入れた構図だったと、ピルズベリー氏は明かしている。

明らかに中国は米国の力を借りて力をつけた。それは彼らが日本から膨大
な額のODA(政府開発援助)をせしめ、鉄鋼をはじめとする基幹産業技
術を移転してもらって力をつけたのと同じ構図だ。

ピルズベリー氏はさらに中ソ関係も分析した。中国はソ連に対しても米国
に対するのと同様に弱い国を演じて最大限の援助を受け、力をつけ、最終
的に米国の側につくことでソ連と訣別し、ソ連を潰したというのだ。

そしていま、中国は米国に対しても覇権を目指す意図を隠さなくなった。
米国がもはや太刀打ちできないところまで、状況は中国有利に変化したと
中国が判断した結果だというのだ。ペンス氏もそのピルズベリー氏の分析
を共有しているのであろう。それがハドソン研究所でのスピーチではない
か。米中の対立は中・長期にわたり本格化していくと考えるひとつの理由
である。導き出される結論は日米連携を一層強めるのが日本の国益だとい
うことだ。

週刊ダイヤモンド 2018年10月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1252


◆恐るべきカタカナ語の氾濫

前田正晶


日本語を破壊しつつある恐るべきカタカナ語の氾濫:

これは16年の10月18日に一度発表したもの。しかしながら、その後でもマ
スコミの世界で余りにカタカナ語の語彙の拡張と濫用が続くので、それは
余りにも好ましくないと痛感したので、ここに再度加筆・訂正してご高覧
に供したいと思うに到った次第だ。こういう主張は何度でも繰り返してお
くべきだと信じている。

レガシーって何:

これはカタカナ語排斥論者を憂鬱にさせてくれた現象の一つである。16年
の小池都知事の就任以降“legacy”という難しいというか文語的な言葉がカ
タカナ語化されて普及し始めて、独り歩きをしているのだ。残念ながら私
のW社在職中の英語力を以てしても、仕事の面でも日常的な会話の中で使
う必要もなかったし且つまた使った記憶がない言葉である。それがカタカ
ナ語化されてスラスラと出てきて、テレビでも新聞でも当たり前のように
オリンピック関連の施設について使われるようになったのだった。

本当に恐れ入る我が国の学校教育の英語における単語重視の笑うに笑えな
い無意味な成果であると切り捨てたい。「貴方はこの単語を使って何か英
語の文章が書けるのか」と問いかけられて「出来る」と言える人がいたら
お目にかかりたいほどだ。

Oxfordを見ると、“money or property that is given to you by 〜 when
they die.となっていた。「何方かが亡くなった後で貴方に与えられる金
銭か資産」のことのようだ。ジーニアス英和には「(遺言によって譲られ
る)遺産(inheritance)、《一般に「相続財産」はheritage》」となって
いた。次には「受けつがれたもの、名残、遺物」と出ていた。何となく元
の英語の意味からすると違和感を覚える使われ方だが、最早誰も止められ
ない形で普及したようだ。

このように目下濫用しまくられているカタカナ語を使った文章を戯れに
作ってみたら、このようになった。

“「イベント」の「キーワード」は「チャレンジ」であり「リアル」に
「インパクト」があって「パワー」を感じるので「シリアス」に「コメン
ト」することも「イメージする」ことも出来ない”という具合になった。

これを読まれた多くの方はこの例文の意味がお解りになるだろうと思う。
私は解ってしまうのはかえって困ったことだと本気で考えている。

近頃テレビ等に登場する無知蒙昧な輩や有識者風の先生方のご愛用のカタ
カナ語を冗談半分で使って作文してみるとこうなっただけのことなのだ。
私は「これでは最早日本語ではなく、何か異質の言語である」と言いたい
思いである。

試みに漢字と熟語を使って日本語に焼き直してみれば「この催し物の鍵と
なる言葉は挑戦であり本当に衝撃的で勢いを感じるので、本気で論評する
ことも何かを思い描くことも出来ない」辺りになるかと思う。

私が恐れ且つ嫌っていることは「何処まで漢字文化を避けるのか、あるい
は無視し日本語を破壊すれば気が済むのか」という点なのである。更に
「そもそも、英語の言葉をカタカナ語化することで、漢字本来の意味を表
現できると思うの誤りである」のだ。

だが、それだけではなく、恐らく彼らカタカナ語乃至は借用語崇拝者ども
は最早漢字文化が理解できないので、格好を付ける為に習い覚えさせられ
た(自発的に習い覚えたのではないと敢えて断じる)英語の単語の意味の
一部だけを切り取って代替しているに過ぎないのではないのか。

その意味を取り違えないで使われていれば未だ救いがあるが、誤解か誤認
識している例が多いのが甚だ宜しくないのだ。だからこそ、私は「単語は
流れの中でその使い方をと意味を覚えよ」と主張するのだ。

このままにカタカナ語の濫用が進めば、私が危惧するところは「漢字文化
を排除して全てハングルに置き換えてしまった韓国にも似た事態になりは
しないか」なのである。仮令無意識であろうとも、決して真似るべきこと
ではないと断言する。だが、私には「現実はその方向に進んでいる」かの
ように見えるのだ。

死語と化しつつある漢字の熟語:

テレビ局がおかしなカタカナ語を濫用し続けると「耳から入る言葉の影響
力は読むよりも強烈だ」という私の持論が現実となりつつあり、最早「催
し物」という熟語は死語と化し「イベント」にされた、「挑戦」も「チャ
レンジ」に置き換えられた。ここには採り上げなかったが、松坂大輔が使
い始めた「リベンジ」も「仕返し」を消し去ってしまう猛威を振るってい
る。“
revenge”は他動詞であり目的語が必要だとだけ言っておこう。英語では
“retaliate”という言葉があって、この方が適切であると思うが、多分、
難しすぎて誰も覚えていられなかったのだろう。

「思い描く」は「イメージする」にされてしまった。「パワー」も困った
もので「身体能力に優れ、力があること」を全てこれで置き換えてしまっ
た。Oxfordに始めに出て来るのは“the ability to control people or
things”とあるし、次でも”political control of a country or an
area”であるに拘わらず。

「シリアス」という表記も細かいことを言えば困ったもので、発音記号を
見るまでもなく「シアリアス」と表記する方が原語に近いのだが、例に
よって例の如くにローマ字読み式に準拠してしておかしな表記にしてし
まった。何処かに英和辞書すら持っていない通信社が何かがカタカナ語化
したのだろうと疑っている。

因みに、Oxfordを見ると、いきなり出てくるのは“bad or dangerous”で、
次が“needing to be thought about carefully; not only for
pleasure”と出てきて、間違った言葉を引いたかの感すらある。

英語での日常会話では“Are you serious?”などと言えば「君は本気か
い?」という意味になるのだが、「シリアス」は「深刻」という意味で使
われているようだ。

兎に角、ここで声を大にして指摘しておきたいことは「単語帳的知識に基
づいて英語の言葉を漢字の熟語の代わりに、格好付けて使うのを好い加減
に止めろ」なのである。こんなことを続けていれば、我が国の漢字文化を
破壊するだけではなく、国語自体を訳の解らない代物にしてしまうだろう
と危惧する。その結果で英語に訳そうとしても意味を為さない言葉にして
しまいかねないとシリアスに案じているのだ。また、おかしなカタカナ語
を読んだり聞いたりする方たちも、解ったように気分になっては貰いたく
ない。

「カタカナ語は元の英語の言葉の意味と使い方を正しく理解できていない
為に、誤用された上に濫用されて日本語を破壊しているのであり、無闇に
格好を付けて使うべきではない」と認識して欲しいのだ。


at 09:00 | Comment(0) | 前田正晶