2018年11月21日

◆問題の背後に広がる深い闇

櫻井よしこ


「韓国の徴用工問題の背後に広がる深い闇 ネット媒体も駆使して実態を
伝えたい」

ネット配信の「言論テレビ」を始めてよかったと思うことがふえている。
本が好きで、雑誌も新聞も紙で読むことが一番しっくりする私でさえも、
ネットの力、その可能性に驚かされる毎日である。

11月2日に配信した言論テレビの2時間の特別番組では韓国大法院(最高
裁)判決を論じ、多くの視聴者に届けた。元徴用工問題に関する韓国側の
判決は周知のとおり、日本企業(新日鐵住金)に戦時中、非人道的で不法
な労働を強要されたと訴え出ていた労働者4人に4億ウォン(約4000万円)
の支払いを命ずるものだった。

1965年の協定によって、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」の
であり、日本にとっては受け入れられない判決だ。

加えて、安倍晋三首相が国会で明言したように、原告4人は元徴用工では
ない。これは朝鮮問題専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」の研
究員である西岡力氏が、韓国大法院の資料を読み解く中で発見した。

朝鮮半島の人々を日本企業が募集し始めたのは1939年である。徴用は44年
9月に始まり、翌年3月頃まで約半年間続いた。注目すべきことは、この間
ずっと、募集枠を大きく超えて万単位の労働者が日本に働きに来ていたこ
とだ。統計を見ると、少なくとも1万6000人の労働者が不正渡航を理由に
朝鮮半島に送り返されている。それだけ日本における労働条件がよかった
ということであろう。

今回の裁判の原告四人も企業の募集広告を見たり、役場から勧められて応
募したりして、民間企業の賃金、待遇の諸条件に納得して働きに来た。彼
ら全員が徴用の始まる44年9月以前に渡日しており徴用とは無関係だ。

だが、韓国の司法は民間企業の募集で渡日した労働者も含めて全員を「徴
用」と見做す。その理論構成の少なからぬ部分を、日本の知識人が担って
きたと、西岡氏は語る。

「60年代に日本の朝鮮統治は犯罪だったという研究が始まっているので
す。その典型が『朝鮮人強制連行の記録』という朝鮮大学校の教員だった
朴慶植氏が書いた本です。彼の弟子だった人が、いま東京大学の先生に
なったりしています」

彼らは日本の朝鮮半島統治が如何に不法であり犯罪的であったかを研究
し、そうした主張に共鳴する弁護士や運動家が90年代に韓国に渡り、日本
を訴えるための原告を探した。この構図は慰安婦問題と酷似している。西
岡氏は語る。

「日本に来て、日本で裁判を起こす。費用は日本側が持ち、手続きも全て
日本側が行う。日本も旅行できるということで始まったのが戦後補償裁判
でした。しかし、日本では全て敗訴だった。この原告たちは言っていま
す。日本の運動家の皆さんが励ましてくれて、もう一回、韓国で裁判を起
こした、と」

日本は法治国家であり、条約も法律も厳格に守られるために、韓国の原告
が勝利する余地はなかったが、韓国での裁判となると、今回の事例に見ら
れるように状況は異なってくる。

関連して、菅直人氏が首相の時、怪し気な動きがあったと、西岡氏は言う。

「左派的な日韓知識人の連帯の中で、菅氏に談話を出させ、日朝併合条約
は無効、つまり日韓併合は非合法的だったと言わせようとしたのです。こ
れは実現しませんでしたが、併合条約が無効だとされれば、日韓関係の根
本は崩れます。それが彼らの狙いです」

韓国には常に、日本による併合は違法で無効だと決めつけようとする勢力
が存在する。しかし、反日政権だった盧武鉉氏でさえ日韓請求権協定の内
容は否定できなかった。それがいま最高裁で否定される次元にきてしまっ
た。この背後にある深い闇の実態を、紙媒体だけでなく大きな広がりを持
つネットを駆使して伝えていきたい。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1256

◆指導者としての資質を考える

眞鍋 峰松


最近の中国やロシア、さらに北朝鮮などのニュースに接する度に思うことがある。

どうも日本の優秀と言われる人物とりわけ政権中枢にいる方々の、不測事態へ対応する能力が本当に大丈夫なのか、不足しているのではないか、という危惧である。また、幾ら事前の準備に怠りがなくても、肝心の決断力がなくてはどうにもならない。
 
これに関連し、思い出すのが昔、昔の話。 阪神・淡路大震災の経験から、毎年恒例として行われる地震災害へ備えた、防災訓練について、である。 
地方自治体や国の出先機関などの行政を始め地元自治会など幅広い方面を巻き込んで大々的に実施されてきた。
 
だが、毎年恒例の行事として行われる故もあってか、災害発生時の住民への避難誘導や救急医療体制の初動活動などが中心で、その当時からマンネリ化の懸念を感じていた。

仄聞するところでは、アメリカでのこの種の訓練では、対策本部における非常事態へのギリギリの判断。例えば、A地点とB地点とに危機が迫っている場合に、如何に防災力を適正分散するべきか、最悪の場合にはどちらか一方に優先して防災力を振り向け、どちらか一方を犠牲にするかなど、指揮を執る人物の決断力が試されるようなケースまで想定し訓練しているとのことだった。
 
最近ようやく我が国においても、この実例として、負傷者多数の場合における負傷程度による治療優先順位の決定問題が、ギリギリの決断訓練の一つとして採り上げられている。

ところが、である。過去に一度、ある都道府県で、このアメリカの方式を採り入れて、水防訓練の中で破壊的水量を抑制するために人為的に堤防決壊させ、水量分散を計るというギリギリの決断を想定したことがある。
 
決壊した場所では、当然なにがしかの被害が発生するのだが、その時、当時の知事は激怒し、そのシュミレーションの場を立ち去ってしまったというのである。要は、彼は逃げたのである。だが、このような決断力こそが、本来のトップ・リーダーに求められる能力、不測事態への対応能力である。              
以前読んだ書物の中に「孤独は全ての優れた人物に課せられた運命」との表題で、
@トップには同僚がいない 
A最終意思決定には誰の助力を求められない 
B自由に意思の伝達がし難い 
C正しい情報を得ることが稀である 
Dしかも、なお、最終的な責任を負っている、
と記述されていたのを思い出す。
 
まさに、これがトップ・リーダーに課せられた運命なのだろう。また、これは、塩野七生氏の著書「日本へ 〜国家と歴史篇」からの引用だが、人間の優秀さについての記述で、その一つが、色々な事態に対し、原則を変えずに、如何に例外を設け、さらにその例外事項を他に類を及ぼさないようにするか。
 
さらにもう一つ。日本的秀才は、予期していた事態への対処は上手いが、予期していなかった事態への対処は、下手なのが特質であるらしい。

しかし、予め分かっている質問に答えるのに、人並み優れた頭脳は必要ない。真正面から答えるか、それともすり抜けるかの違いはあっても、予期していなかった質問に対処して初めて、頭脳の良し悪しが計れるのである、というである。

私が思うに、前半の部分は、むしろ上級公務員の優劣の判断基準に向いおり、後半の部分は政治家を始めとする、組織のトップの資質の判断基準に向いているように思われる。
 
要は、決断するのは難しい作業である。決断に際して、十分に情報を集め、徹底して分析したから万全だ、ということは絶対にない。考える材料が全部そろい、やるべきことが自ずと分るのなら、リーダーは何もしなくてよい。つまり、決断するための情報収集と分析は程度問題である。
 
信頼を繋ぎ止めたるためなら、「ここまでは考えたけれど、これ以上は運を天に任せる」と踏み切るのがリーダーの役割だ。
 
それを検討会議や関係閣僚会議の設置ばかりで逃げてばかりではどうにもなるまい、と思う。日本語で上手い表現があるではないか。“腹をくくる”と。
 
少々穏当でない言い方だが、それこそ、判断を過てば腹を切ればよい、ではないか。 塩野 七生氏は言う。「たとえ自分は地獄に落ちようと国民は天国に行かせる、と考えるような人でなくてはならない。その覚悟のない指導者は、リーダーの名にも値しないし、エリートでもない」と。これができないなら潔く職を辞するしかあるまい。

2018年11月20日

◆カンボジア西海岸に軍港建設が 

宮崎 正弘


平成30年(2018年)11月17日(土曜日)通巻第5894号  

 カンボジア西海岸に軍港建設が中国の本命のようだ
 フンセン独裁の実質は中国の傀儡政権。4万5000ヘクタールを99年貸与

カンボジアのタイ国境に位置するコーン地方は、未開発の荒れ地。地図に
さえ地名がない。プノンペンから直線で西へ、タイランド湾に面したあた
りがコーン洲。カンボジアの海岸線はかなり長いが、西南部のシアヌーク
ビル以外は未開発である。

タイとの山岳国境地帯にはクメール建築の「ブエア・ビヒア寺院」が世界
遺産に登録されたため、タイと激しい国境紛争が起こり、まだ決着が付い
ていない。ただし、この場所はシュムリアップの真北で、沿岸部とは関係
がない。
 
拠点はシアヌークビルということになる。

深海で、すでに日本の援助でコンテナターミナルもあり、輸出港の役割を
果たしているが、シアヌーク港湾公社の25%株式は日本のジャイカが所有
している。中国の進出に対抗するためだった。

カンボジアに対しての支援は日本がトップで、これまでに(1)有償資金
協力約1,168億円(2016年度までの累計)。(2)無償資金協力約1,972億
円(2016年度までの累計)。(3)技術協力約871億円(2016年度までの累計)

カンボジア和平会議は日本が主導権を握り、その後もPKOに自衛隊が派
遣され、大きな犠牲を出しながらも、一応の治安回復はなされた。橋梁工
事、道路工事なども、日本が貢献したが、近年、中国が大規模にインフラ
建設に進出した。

プノンペンの豪華マンション、とくにガードマン付きの億ションは殆どが
中国のデベロッパー、学校は中国語を教えるところもあり、華僑の「活
躍」が目立つ。

さて前記コーン州の現状だが、その後、シアヌークビルは周辺の孤島がリ
ゾートとして開発され、旧宗主国のフランスが注目し、あちこちにリゾー
トヴィラが出現するようになった。日本の海水浴客も多少は目立つように
なった。

プノンペンとの間には航空路が開かれるや、案の定、ドッとやって来たの
は、例によって中国人ツアーだった。治安が悪化し、環境が汚染され、不
満が昂じているが、フンセン政権は中国の傀儡、国民の声などまったく聞
く耳を持たない。

▼フンセン独裁政権にとって興味の対象はチャイナマネー

フンセンにとっての関心事は中国が持ちかけてきたタイランド湾に面する
コーン州の開発である。すでに4万5000ヘクタールは中国系に99年の租借
を認めてという情報もある。

ただしカンボジアは立憲君主国、いちおう憲法では外国人の1万ヘクター
ル以上の土地所有は認められていない。このため、カンボジア国籍の華僑
の会社と中国資本の合弁というかたちで、第1期工事は1万ヘクタール。
ここに中国の謳い文句は、リゾート、病院、学校、高層ビル、ショッピン
グ・モールに国際空港、そして港湾施設の開発。。。。。。

2008年、カンボジア政府は、正式に中国の天津ユニオン開発会社に38億ド
ルの対価に99年の租借を認める、これはカンボジア全海岸線の2割をしめる。

中国は、ジブチにひきつづき、ここに海外海軍基地を造成するのが最終目
標であると推定される。

カンボジアは12万の軍隊を持つが、設備が貧弱な海軍。タイの沿岸警備隊
にとっても、ものの数ではなかった。

しかし、カンボジアのタイランド湾沿岸に海軍基地が整備され、中国海軍
の駆逐艦、フリゲート官が寄港するとなると、安全保障上の大問題となる。

さきのパプアニューギニアにおけるASEAN会議で、この問題はタイか
ら提議されなかったが、一方でタイ政府は中国が持ちかけている夢の構想
「クラ運河」の壮大なプロジェクトという甘言におどらされているからだ
ろう。

◆お邪魔虫共産党

渡部 亮次郎


中国では幹部でも汚職がばれれば死刑になる。それでも幹部の汚職が引き
もきらない。いくら共産主義に共鳴しても、私欲とは人間の本能に等しい
ものだからである。

こうした目で中国を見ていれば、共産党が政権を掌握している限り人権尊
重や政治の民主化なぞは絶対実現しないと思うのが普通だが、経済の改革
開放が進むのに比例して民主化が進むはずだと考える人々がいる。特にア
メリカの人たちに多い。

中国が何故、共産革命に成功したか。それは国家権力を手中にしようとし
た毛沢東の策謀が成功したからである。国家の形態は何でも良かったが、
とりあえず貧民が国民の大多数だったので、「金持ちの財産を分捕り、皆
で平等に分配しよう」と言う呼びかけに合致したのが共産主義だった。

共産主義政府の樹立が毛沢東の望みではなかった。真意は権力の奪取だっ
た。日中戦争の終結で、日本軍の放棄して行った近代兵器を手中にして蒋
介石と国内戦争を続けた結果、蒋介石は台湾に逃亡した。毛沢東は昭和
24(1949)年10月1日、中華人民共和国建国を宣言した。

人民も共和も中国語には無い。日本語だ。畏友加瀬英明氏の説明だと、中
国語には人民とか共和と言う概念が無いのだそうだ。北朝鮮はそれに民主
主義が加わって嘘が深化している。

権力は掌握したが、人民への約束を果たす手段が無い。とりあえず人民公
社と大躍進政策が当時のソ連をモデルに実施されたが、農民は生産意欲の
低下とサボタージュで抵抗。

結果として食糧不足に陥って各地で飢饉が発生。餓死者は1500万人から
4000万人と推定されている(「岩波現代中国事典」P696)。

毛沢東の死(1976年)後2年、失脚から3度目の復活を遂げていたトウ小平が
経済の開放改革を断行。開放とは日本など外国資本の流入を認め、改革と
は資本主義制度への転換を意味した。

4つの近代化を掲げたのだ。工業、農業、国防、科学技術の近代化であ
る。今のところ実現に近付いているのは軍事の近代化である。

トウ小平は政治の近代化だけは断乎として拒否した。肥大化した経済が政
治(共産政府)を圧倒する危険を回避したのである。だから第2天安門事件
には反革命の匂いを嗅ぎ、断乎、弾圧した。

しかし発展する資本主義にとって共産党政府による様々な統制は邪魔以外
の何物でも無い。工場用地の確保一つとってみても、土地すべての国有は
障害でしかないが、自由にならない以上、共産党幹部を「買収」する以外
に方法が無い。

したがって多発する共産党幹部による汚職事件はいわば構造的なことで
あって、客観的にみれば「事件」ではなく「日常茶飯事」に過ぎない。

しかも冒頭に述べたように「私欲」は本能のようなものだ。所有を否定す
るのが共産主義の思想でも「本能」には勝てっこない。つまり共産主義体
制化で経済だけを改革開放すれば汚職簸自動的に起きるし、共産党幹部に
すれば、現状を変更するメリットは全く無いわけだ。

汚職は時たましか発覚しない。摘発で死刑になるのは不運な奴で政府の知
るところではないのだ。かくて中華人民共和国政府は汚職にデンと腰を下
ろした政権。民主化を抑え、人権無視の批判など絶対耳に留めない。耳が
左右に付いているのは右から聞いたら左から逃す為にあるのだ。

2010・12・5(再掲)



◆韓国の徴用工問題の背後に

櫻井よしこ


「韓国の徴用工問題の背後に広がる深い闇 ネット媒体も駆使して実態を
伝えたい」

ネット配信の「言論テレビ」を始めてよかったと思うことがふえている。
本が好きで、雑誌も新聞も紙で読むことが一番しっくりする私でさえも、
ネットの力、その可能性に驚かされる毎日である。

11月2日に配信した言論テレビの2時間の特別番組では韓国大法院(最高
裁)判決を論じ、多くの視聴者に届けた。元徴用工問題に関する韓国側の
判決は周知のとおり、日本企業(新日鐵住金)に戦時中、非人道的で不法
な労働を強要されたと訴え出ていた労働者4人に4億ウォン(約4000万円)
の支払いを命ずるものだった。

1965年の協定によって、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」の
であり、日本にとっては受け入れられない判決だ。

加えて、安倍晋三首相が国会で明言したように、原告4人は元徴用工では
ない。これは朝鮮問題専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」の研
究員である西岡力氏が、韓国大法院の資料を読み解く中で発見した。

朝鮮半島の人々を日本企業が募集し始めたのは1939年である。徴用は44年
9月に始まり、翌年3月頃まで約半年間続いた。注目すべきことは、この間
ずっと、募集枠を大きく超えて万単位の労働者が日本に働きに来ていたこ
とだ。統計を見ると、少なくとも1万6000人の労働者が不正渡航を理由に
朝鮮半島に送り返されている。それだけ日本における労働条件がよかった
ということであろう。

今回の裁判の原告4人も企業の募集広告を見たり、役場から勧められて応
募したりして、民間企業の賃金、待遇の諸条件に納得して働きに来た。彼
ら全員が徴用の始まる44年9月以前に渡日しており徴用とは無関係だ。

だが、韓国の司法は民間企業の募集で渡日した労働者も含めて全員を「徴
用」と見做す。その理論構成の少なからぬ部分を、日本の知識人が担って
きたと、西岡氏は語る。

「60年代に日本の朝鮮統治は犯罪だったという研究が始まっているので
す。その典型が『朝鮮人強制連行の記録』という朝鮮大学校の教員だった
朴慶植氏が書いた本です。彼の弟子だった人が、いま東京大学の先生に
なったりしています」

彼らは日本の朝鮮半島統治が如何に不法であり犯罪的であったかを研究
し、そうした主張に共鳴する弁護士や運動家が90年代に韓国に渡り、日本
を訴えるための原告を探した。この構図は慰安婦問題と酷似している。西
岡氏は語る。

「日本に来て、日本で裁判を起こす。費用は日本側が持ち、手続きも全て
日本側が行う。日本も旅行できるということで始まったのが戦後補償裁判
でした。しかし、日本では全て敗訴だった。この原告たちは言っていま
す。日本の運動家の皆さんが励ましてくれて、もう一回、韓国で裁判を起
こした、と」

日本は法治国家であり、条約も法律も厳格に守られるために、韓国の原告
が勝利する余地はなかったが、韓国での裁判となると、今回の事例に見ら
れるように状況は異なってくる。

関連して、菅直人氏が首相の時、怪し気な動きがあったと、西岡氏は言う。

「左派的な日韓知識人の連帯の中で、菅氏に談話を出させ、日朝併合条約
は無効、つまり日韓併合は非合法的だったと言わせようとしたのです。こ
れは実現しませんでしたが、併合条約が無効だとされれば、日韓関係の根
本は崩れます。それが彼らの狙いです」

韓国には常に、日本による併合は違法で無効だと決めつけようとする勢力
が存在する。しかし、反日政権だった盧武鉉氏でさえ日韓請求権協定の内
容は否定できなかった。それがいま最高裁で否定される次元にきてしまっ
た。この背後にある深い闇の実態を、紙媒体だけでなく大きな広がりを持
つネットを駆使して伝えていきたい。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1256

◆足の血管にもステント

石岡 荘十


数十メートル歩くと左足がだるくなって歩行困難になる。で、数分立ち止まって休むとまた歩けるようにはなるが、またすぐだるくなる。

このような症状を専門的には「間欠性跛行」という。「跛行」はビッコを引くという意味だ。こうなった経緯については、本メルマガ「齢は足にくる」

http://www.melma.com/backnumber_108241_4132433/

で述べたとおりだが、先日、閉塞した足の大動脈にステントを入れる治療を受け、ビッコは解消し、元通り颯爽と歩けるようになった。

はじめ、「これはてっきり腰をやられた」思い込んで、近所の接骨院に駆け込んだら、「典型的な脊柱管狭窄症の症状だ」と断言する。つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、電気治療、針を数回やってもらったが、はかばかしくない。

業を煮やして、行きつけの大学病院の整形外科で腰のレントゲン、さらにMRIを撮ってみると、確かに、腰椎のひとつがずれているが、神経には触っていないことが確認できた。脊柱の管にはどこも狭くなっているところはない。ビッコの原因はほかにあるというのが整形外科医の診断だった。

考えられるのは、足に血液を供給する血管、動脈がどこかで狭くなっていて、血液や栄養補給が足の筋肉の運動量に追いつかないのではないか。血管の動脈硬化ではないかというのが循環器内科の医師のお見立てだった。

となると、検査法はPWV(脈波伝達速度)。両腕、両足に幅広のベルト(カフ)を巻いて四肢同時に血圧を測定する検査法である。この検査をすると、動脈の詰まり具合と動脈の硬さ(柔軟性)手足の動脈などの比較的太い動脈の高度狭窄の有無がわかる。

結果は、左足だけが標準値に遠く及ばない。病名は閉塞性動脈硬化症。左足へ行く動脈のどこかが詰まっている疑いが強まった。

血流が詰まる動脈硬化は典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば脳梗塞になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると狭心症、詰まると心筋梗塞になる。私の場合は足にきたというわけである。

造影剤を使ったCTで診ると、左足付け根から動脈を15センチほど遡ったところで90パーセント狭窄していることが確認できた。左足へは最大、通常の7割ほどしか血が流れていない。これではビッコになるわけだ。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを挿し込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、etc。

心臓カテーテル室でカテーテル台に横になると、若くて美形の看護婦さんが何の躊躇もなくパラリとT字帯をはずし、左足の付け根周辺の陰毛を電気かみそりで刈る(剃毛という)。慣れたものだ。

局所麻酔の後、この治療では実績も多い腕利きの医師が、モニター画面を見ながらカテーテルを挿入。先端には、中心部に細くすぼめたバルーンを仕込んだステントがある。

ステントはステンレスで出来た金網のチューブである。これを狭窄部分まで持っていってバルーンを膨らますと、すぼめてあったステントの内径も同時に拡がって、狭窄した血管を見事に押し広げた。

ステントは内径8ミリ、長さ40ミリ。心筋梗塞の治療に使うステントは内径2ミリほどだから、それに較べると大型だ。治療時間は1時間ほど、治療費86万円、自己負担9万円ほどだった。

心筋梗塞でステントを使う治療法はよく知られているが、足の大動脈狭窄にステントを使うケースはまだそれほど多くない。

下肢(足)へ行く動脈が詰まると、下肢が腐ってしまい、痛いだけでなく、命にかかわるケースもある。そうなると「命には代えられない」とやむを得ず下肢を切断しなければならなくなる。日本では毎年1万人以上が足を切断されているという報告もある。高齢化で症例は増えている。

足にもステントを入れるという治療法は、循環器内科ならどこでもやっているわけではない。リスクもある。医師の選択には慎重でありたい。

元京都大学心臓血管外科部長・米田正始(こめだまさし)医師を中心とする研究グループは新しい血管を作って下肢切断を救う「血管再生法」という試みを行なっていて、再生医学のひとつとして注目されている。

「なんとなく足の先が冷たい」

これが、アラームだ。接骨院では治らない。専門の医師を選んで、治療を受ける必要がある。(再掲)

2018年11月19日

◆カンボジア西海岸に軍港建設 

宮崎 正弘


平成30年(2018年)11月17日(土曜日)通巻第5894号  

カンボジア西海岸に軍港建設が中国の本命のようだ
 フンセン独裁の実質は中国の傀儡政権。4万5000ヘクタールを99年貸与

 カンボジアのタイ国境に位置するコーン地方は、未開発の荒れ地。地図
にさえ地名がない。プノンペンから直線で西へ、タイランド湾に面したあ
たりがコーン洲。カンボジアの海岸線はかなり長いが、西南部のシアヌー
クビル以外は未開発である。

タイとの山岳国境地帯にはクメール建築の「ブエア・ビヒア寺院」が世界
遺産に登録されたため、タイと激しい国境紛争が起こり、まだ決着が付い
ていない。ただし、この場所はシュムリアップの真北で、沿岸部とは関係
がない。
 
拠点はシアヌークビルということになる。

深海で、すでに日本の援助でコンテナターミナルもあり、輸出港の役割を
果たしているが、シアヌーク港湾公社の25%株式は日本のジャイカが所有
している。中国の進出に対抗するためだった。

カンボジアに対しての支援は日本がトップで、これまでに(1)有償資金
協力約1,168億円(2016年度までの累計)。(2)無償資金協力約1,972億
円(2016年度までの累計)。(3)技術協力約871億円(2016年度までの累計)

カンボジア和平会議は日本が主導権を握り、その後もPKOに自衛隊が派
遣され、大きな犠牲を出しながらも、一応の治安回復はなされた。橋梁工
事、道路工事なども、日本が貢献したが、近年、中国が大規模にインフラ
建設に進出した。

プノンペンの豪華マンション、とくにガードマン付きの億ションは殆どが
中国のデベロッパー、学校は中国語を教えるところもあり、華僑の「活
躍」が目立つ。


さて前記コーン州の現状だが、その後、シアヌークビルは周辺の孤島がリ
ゾートとして開発され、旧宗主国のフランスが注目し、あちこちにリゾー
トヴィラが出現するようになった。日本の海水浴客も多少は目立つように
なった。

プノンペンとの間には航空路が開かれるや、案の定、ドッとやって来たの
は、例によって中国人ツアーだった。治安が悪化し、環境が汚染され、不
満が昂じているが、フンセン政権は中国の傀儡、国民の声などまったく聞
く耳を持たない。


 ▼フンセン独裁政権にとって興味の対象はチャイナマネー

フンセンにとっての関心事は中国が持ちかけてきたタイランド湾に面する
コーン州の開発である。すでに4万5000ヘクタールは中国系に99年の租借
を認めてという情報もある。

ただしカンボジアは立憲君主国、いちおう憲法では外国人の1万ヘクター
ル以上の土地所有は認められていない。このため、カンボジア国籍の華僑
の会社と中国資本の合弁というかたちで、第1期工事は1万ヘクタール。
ここに中国の謳い文句は、リゾート、病院、学校、高層ビル、ショッピン
グ・モールに国際空港、そして港湾施設の開発。。。。。。

2008年、カンボジア政府は、正式に中国の天津ユニオン開発会社に38億ド
ルの対価に99年の租借を認める、これはカンボジア全海岸線の2割をしめる。

中国は、ジブチにひきつづき、ここに海外海軍基地を造成するのが最終目
標であると推定される。

カンボジアは12万の軍隊を持つが、設備が貧弱な海軍。タイの沿岸警備隊
にとっても、ものの数ではなかった。

しかし、カンボジアのタイランド湾沿岸に海軍基地が整備され、中国海軍
の駆逐艦、フリゲート官が寄港するとなると、安全保障上の大問題となる。

さきのパプアニューギニアにおけるASEAN会議で、この問題はタイか
ら提議されなかったが、一方でタイ政府は中国が持ちかけている夢の構想
「クラ運河」の壮大なプロジェクトという甘言におどらされているからだ
ろう。

◆韓国の徴用工問題の背後

櫻井よしこ


「韓国の徴用工問題の背後に広がる深い闇 ネット媒体も駆使して実態を
伝えたい」

ネット配信の「言論テレビ」を始めてよかったと思うことがふえている。
本が好きで、雑誌も新聞も紙で読むことが一番しっくりする私でさえも、
ネットの力、その可能性に驚かされる毎日である。

11月2日に配信した言論テレビの2時間の特別番組では韓国大法院(最高
裁)判決を論じ、多くの視聴者に届けた。元徴用工問題に関する韓国側の
判決は周知のとおり、日本企業(新日鐵住金)に戦時中、非人道的で不法
な労働を強要されたと訴え出ていた労働者4人に4億ウォン(約4000万円)
の支払いを命ずるものだった。

1965年の協定によって、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」の
であり、日本にとっては受け入れられない判決だ。

加えて、安倍晋三首相が国会で明言したように、原告4人は元徴用工では
ない。これは朝鮮問題専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」の研
究員である西岡力氏が、韓国大法院の資料を読み解く中で発見した。

朝鮮半島の人々を日本企業が募集し始めたのは1939年である。徴用は44年
9月に始まり、翌年3月頃まで約半年間続いた。注目すべきことは、この間
ずっと、募集枠を大きく超えて万単位の労働者が日本に働きに来ていたこ
とだ。統計を見ると、少なくとも1万6000人の労働者が不正渡航を理由に
朝鮮半島に送り返されている。それだけ日本における労働条件がよかった
ということであろう。

今回の裁判の原告4人も企業の募集広告を見たり、役場から勧められて応
募したりして、民間企業の賃金、待遇の諸条件に納得して働きに来た。彼
ら全員が徴用の始まる44年9月以前に渡日しており徴用とは無関係だ。

だが、韓国の司法は民間企業の募集で渡日した労働者も含めて全員を「徴
用」と見做す。その理論構成の少なからぬ部分を、日本の知識人が担って
きたと、西岡氏は語る。

「60年代に日本の朝鮮統治は犯罪だったという研究が始まっているので
す。その典型が『朝鮮人強制連行の記録』という朝鮮大学校の教員だった
朴慶植氏が書いた本です。彼の弟子だった人が、いま東京大学の先生に
なったりしています」

彼らは日本の朝鮮半島統治が如何に不法であり犯罪的であったかを研究
し、そうした主張に共鳴する弁護士や運動家が90年代に韓国に渡り、日本
を訴えるための原告を探した。この構図は慰安婦問題と酷似している。西
岡氏は語る。

「日本に来て、日本で裁判を起こす。費用は日本側が持ち、手続きも全て
日本側が行う。日本も旅行できるということで始まったのが戦後補償裁判
でした。しかし、日本では全て敗訴だった。この原告たちは言っていま
す。日本の運動家の皆さんが励ましてくれて、もう一回、韓国で裁判を起
こした、と」

日本は法治国家であり、条約も法律も厳格に守られるために、韓国の原告
が勝利する余地はなかったが、韓国での裁判となると、今回の事例に見ら
れるように状況は異なってくる。

関連して、菅直人氏が首相の時、怪し気な動きがあったと、西岡氏は言う。

「左派的な日韓知識人の連帯の中で、菅氏に談話を出させ、日朝併合条約
は無効、つまり日韓併合は非合法的だったと言わせようとしたのです。こ
れは実現しませんでしたが、併合条約が無効だとされれば、日韓関係の根
本は崩れます。それが彼らの狙いです」

韓国には常に、日本による併合は違法で無効だと決めつけようとする勢力
が存在する。しかし、反日政権だった盧武鉉氏でさえ日韓請求権協定の内
容は否定できなかった。それがいま最高裁で否定される次元にきてしまっ
た。この背後にある深い闇の実態を、紙媒体だけでなく大きな広がりを持
つネットを駆使して伝えていきたい。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1256

◆ノロウイルス食中毒の予防

柴谷涼子

老人保健施設などでノロウイルスの集団発生が報じられておりますが、ノロウイルスについて正しく理解し、ご自身も感染しないよう予防しましょう。

★ノロウイルス感染症とは・・・
 ノロウイルスが人の小腸で増殖して引き起こされる急性胃腸炎です。@カキや貝類を十分に加熱せず食べた場合A生ガキや貝類で汚染された調理器具で調理した生野菜などを食べた場合Bウイルスに感染したヒトの便や吐物に触れた手で調理をした場合・・・などに感染する可能性があります。

★症状
 年齢に関係なく感染は起こりますが、高齢者や抵抗力の弱ったヒトでは重症化する例もあります。嘔気・嘔吐・下痢が主症状です。
 腹痛、頭痛、発熱、悪寒、筋痛、咽頭痛などを伴うこともあります。 高齢者の場合、症状が出て、水分摂取ができなくなるとすぐに脱水症状を起す可能性がありますので、早めに病院の診察を受けて下さい。

★予防
生のカキや貝類は内部まで十分に加熱してから食べるようにしましょう。
カキの処理に使用したまな板などは、よく水洗いし、熱湯消毒をしてから使用しましょう。

★ 感染予防としてもっとも重要なのは、普段からの手洗いやうがいです。
外から帰ったあとは必ず手洗いとうがいをする習慣をつけましょう。

 <参考文献;>

1.国立感染症研究所 感染症情報センター感染症発生動向調査週報 感染症の話
 http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k04/k04_11.html
2.大阪府食の安全推進科    http://www.pref.osaka.jp/shokuhin/noro/
3.厚生労働省ノロウイルス食中毒の予防に関するQ&A
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/tobou/040204-1.html

          (大阪厚生年金病院 看護部 看護ケア推進室 )

2018年11月18日

◆マーシャル群島に中国が照準

宮崎 正弘


平成30年(2018年)11月16日(金曜日)参 通巻第5893号  

 そして次は? マーシャル群島に中国が照準
  中国からのマネー乱舞を警戒。「金融センターを南太平洋につく
る」って本気か

南太平洋のマーシャル群島に「オフォショア市場」を創設しよう、という
のが中国の狙いらしい。同国のヒルダ・ハイネ大統領は「そうした動きに
反対する私の政権に介入し、(中国が間接的に)排除しようとしている」
と爆弾発言を繰り出した。(アジアタイムズ、11月14日。シドニー発)。

マーシャル群島は1914年から1945まで日本の信託統治だった時代があり、
長老のなかには、まだ日本語が流暢なひとがいて人々は親日的といわれ
る。そのうえ国連で一票を持ち、台湾とは外交関係があるという不思議な
政治位置にある。

焦点があたっているのはラリック列島のロンゲリック環礁だ。

ここに「ドバイのような金融センターを建設しよう」というのである。実
際に議会は、元議長や元首相ら有力者が推進チームを組んで、ハイネ大統
領の解任を緊急動議、16v16となって結論は持ち越された。

「中国のカネがマーシャル群島の政治安定を損ねようとしている」と彼女
は訴えた。事情通は「仮想通貨の導入をめぐる混乱」と弁明したが、ハイ
ネ大統領は、その説を否定し、「ひとつの珊瑚礁の環境を破壊し、中国が
金融の特区を造ろうとしているのだ」と訴えた。

ロンゲリック環礁は住民がわずか22 人。ところが、この環礁にある日、
突然、中国資本がやってきて、1000戸の別荘を建てたのだ。

しかも永住権が付与される投資ヴィザを要求した、マーシャル群島の憲法
では別の法律が適用される島は認められないとして、経済特区のプロジェ
クトさえ、建設は難しいのが現実である。

ビキニ環礁を思い出しませんか。

マーシャル群島は南北に長く、ビキニはやや北東。1954年、ここで米軍は
水爆実験を行い、ビキニは久しく核汚染のため未開発だった。ロンゲリッ
ク環礁は、その近くに位置する。

僅か5万3000人のミニ国家ゆえに、親戚とか部族の依怙贔屓が政治の駆
け引きお基軸となりやすく、理想やイデオロギーは程遠い論争、もっとも
外交安全保障は、独立後もアメリカ任せであり、米軍基地がある。

今回の動きには大統領選挙で捲土重来を期そうとするカステン・ネムラ前
大統領が、「経済特区」という薔薇色の青写真を示して仲間に呼びかけ、
議員連中を組織した結果だと言われる。背後には中国系住民の動きが濃厚
ともいう。

  
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1820回】               
 ――「支那の國ほど近付いてあらの見ゆる國は無し」――關(4)
關和知『西隣游記』(非売品 日清印刷 大正7年)

              ▽

清朝の復辟運動、満蒙独立運動、袁世凱の洪憲皇帝即位とその直後の死、
対華二十一カ条要求と反日運動など――やがては1919(大正8)年の五・四
運動に収斂し、再び混乱を拡大させることになる1910年代後半の激動を、
日本はどう捉え、どのように対応したのか。

以上は、その後の中国大陸における日本の振る舞いに繋がる問題だけに、
『西隣游記』とは別に、いずれ本腰を入れて考えてみたい。そこで、いま
は簡単に当時の日本陸軍支那通の考えを簡単に押さえるに止めておく。

『日本陸軍と中国 「支那通」にみる夢と蹉跌』(戸部良一 ちくま学芸
文庫 2016年)によれば、袁世凱に通じていた坂西利八郎は対華二十一カ
条要求をめぐる交渉が最終段階に差し掛かった時点で「支那併呑論」を論
じたという。

同書は『坂西利八郎書簡・報告集』に基づいて、「『支那愚民』は支配者
が満洲族の清朝であろうと、漢族であろうと、善政さえ布いてくれれば構
わないので、日本が統治しても大した面倒は起きないだろう」と考える坂
西は、「第一次世界大戦の発生で欧米列国が東アジアをかえりみる余裕が
ないことに乗じて、いずれはしなければならない『支那併呑』をこの際に
断行すべきだ」と主張したと記す。

同書は続けて、「日本がイギリスの圧力に屈したと見られることが、中国
の日本に対する『軽侮心』『蔑視的態度』を生み、それが今後の日中関係
に多大の影響をもたらすだろう」という坂西の「憂慮」は、彼だけには止
まらなかった。

たとえば対中政策に関して坂西とは意見を異にする青木宣純は日本側の要
求が貫徹されなければ、「支那は益々増長し、我帝国の面目威厳は愈々低
落して今後の対支関係の改善さるる理由も、東洋の覇者とか支那の指導な
ど一の空言に終わるべし」と、

また高山公通も「保護し指導し誘掖をなすに先だち一大威力を眼前に提示
することの支那人に必要なる」と論じているとする。

総じていえることは陸軍支那通は東亜保全論という考えで共通しており、
その大前提として日本の保護下に置かれた中国がある。であればこそ日本
による「支那の指導」は貫徹されなければならなかったわけだ。かくして
坂西の「支那は日本に頼らざれば何事も順当には行い得ざるものなりとの
観念を国民に刻む」べしという考えに行き着くことになるわけだ。
この辺りになると、明治34(1901)年に上海に設立された東亜同文書院
(昭和14=1939年、大学昇格。昭和20=1945年、敗戦に伴い廃止)の代表
的寮歌とされる「長江の水」(大正6=1917年)に重なってくるように思
える。

「長江の水天を尽き 万里の流れ海に入る」と唱いだされる「長江の水」
は全部で7番まであるが、「惨たる東亜の風雲に 凄愴の眉あがるか
な」、「中華千古の光褪せ むなしく空に消えてゆく」、「亡国の恨汝知
るや 巨象の病篤くして 外豺狼の牙とげど 岳飛天祥逝いてより 憂国
の士なし世をあげて」、「緑の大野にたゝずみて 光瞳に空高く かの星
雲を仰ぐとき 天籟声あり汝立ちて 東亜の光かゞやかせ」と続き、「人
生意気に感じては 功名誰かあげつらふ 見よ九天の雲を呼び 乾坤一擲
高飛せん 燃ゆる血潮にいざ歌へ 歌はゞ血潮のなほ燃えむ」と結ぶ――

「病篤」い「巨象」を前に、西洋勢力という「豺狼の牙とげど」も、清国
には「憂国の士なし」。そこで志ある両国の若者が「血潮」を燃やして立
ち上がり、「東亜の光かゞやかせ」というのだ。

あるいは坂西に代表される陸軍支那通や「長江の水」などの考えの対極
に、日本は中国の民族主義を見誤ったという竹内好などの主張が位置づけ
られるとも思える。
《QED》