2018年12月10日

◆日本文明の核であり続けてきた皇室と天皇

櫻井よしこ


「日本文明の核であり続けてきた皇室と天皇 民族の記憶に刻まれた伝統
を大切にすべきだ」

11月27日、都内で「天皇陛下御即位三十年奉祝委員会の設立総会」が開か
れた。政府を代表して菅義偉官房長官が「憲政史上初の、天皇陛下のご退
位と皇太子殿下のご即位」に向けて、万全の準備を整えると語り、政財
界、言論界からも藤原正彦氏らが、御代替わりについての思いを語った。

江戸時代の光格天皇以降、譲位による御代替わりは今上陛下が初めてだ。
今上陛下は30年間、国民と触れ合い、戦跡地を訪れ、国民に勇気を与え慰
めをもたらして下さっている。各地へのおでましがどれ程多くの人々の心
をあたたかく包んで下さったことか。互いに労り合いながら行幸啓を続け
られる両陛下には、深い感謝の念を抱かずにはいられない。

日本の長い歴史の中で、皇室と天皇は日本文明の確固とした核であり続け
ている。恵まれないときもあったが、皇室は常に権力ではなく権威とし
て、日本国の揺るぎない基盤であり続けた。日本が危機に陥る度、皇室が
中心になって、国民をまとめ、国を守り通してきた。明治維新のときや大
東亜戦争の終戦時に果たしたお役割が記憶に残る事例である。

直近では、東日本大震災のときの天皇陛下の「お言葉」を思い出せばよ
い。1000年に一度の大災害に打ちひしがれていた国民は、「お言葉」に
よってどれ程元気づけられたことか。

このような天皇のお役割とその意義、国民の心にもたらす「効果」は、お
一人お一人の天皇のお力だけから生まれるものではないだろう。天皇の背
景に長い歴史があって、初めてお言葉に万人の心に訴えかける力が生まれ
るのではないか。

皇室は、早くも聖徳太子の時代、つまり七世紀初めには貧しい人、親のい
ない子供たち、身寄りのないお年寄りのための救済施設を造っていた。そ
れらは聖武天皇の后、光明皇后の力によって施薬院、悲田院となり、病と
貧困に苦しむ民の救済施設として定着し、やがて全国に広がった。その善
き伝統は、平成の現在も藤楓協会として連綿と続いている。

天皇と皇室が民の幸福と国家の安寧のために祈り続けて下さっているお姿
が、長い歴史を通して浮かび上がってくるのが日本であり、このような背
景が日本民族の記憶に深く刻まれているからこそ、天皇陛下のお言葉は、
国民の心にスッと沁み込んでくる。大切にするべきはこうした伝統である。

皇室の伝統と価値観は紛れもなく日本の神話と一体化したものだ。御代替
わりの儀式は、これら神話の時代の伝統にのっとるのがよい。昭和天皇崩
御のときの「大喪の礼」では、反皇室の人々が憲法20条3項を盾に、政教
分離と称して、儀式の簡略化や変更を求めた。

だが政教分離は宗教に対する圧迫や干渉を禁じているのであり、政治に一
切の宗教色を持たせてはならないという意味ではない。そもそも神話の時
代からの伝統を宗教だと断じて切り捨てること自体、間違いである。200
年振りの御代替わりの儀式は、大喪の礼のときよりもまともに伝統を踏ま
えるべきだと考える。

もうひとつ大事なことは、今上陛下に残り数カ月の内に、靖国神社にご親
拝いただくことだ。春や秋の例大祭で陛下は勅使を靖国神社にお遣わしに
なっている。しかし、30年間にわたる平成の御世で、一度も陛下ご自身が
靖国神社にお運びにならないとは、どういうことかと思う。

幾百万の兵は、日本国に殉じた命である。彼らの霊が眠る靖国神社には、
いまや、首相も真榊料で済ませ、閣僚の誰一人参拝せず、天皇のご親拝も
ない。このようなことでは、日本国は長く持つまい。御代替わりの前に、
天皇、皇后両陛下のご親拝をお願いし、その道を開くために、安倍晋三首
相以下、全閣僚の参拝を実現すべきだと考える。

『週刊ダイヤモンド』 2018年12月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1259
                    

◆木津川だより 高麗寺跡 @ 

                  白井繁夫


古代の仏教寺院「高麗寺(こまでら)」の創建は不明ですが、「高麗寺跡」の発掘調査から飛鳥時代に創建された日本最古の寺院「飛鳥寺(法興寺)」と同笵の軒丸瓦(十葉素弁蓮華文:じゅうようそべんれんげもん)が発掘されました。

飛鳥寺と同笵の瓦の出土は、この寺院跡「高麗寺跡」は蘇我氏創建の飛鳥寺(日本最古の本格的仏教寺院)と同時期頃の創建か?と歴史的な注目を集めました。

「高麗寺跡」は木津川市山城町上狛高麗、JR奈良線上狛駅より東へ約600m、木津川の右岸の棚田の中に位置しています。

「高麗寺跡」は昭和13年(1938)から本格的な発掘調査(第T期調査)が行われ、回廊に囲まれた主要な堂塔(塔跡、金堂跡、講堂跡)など含む伽藍の一部が75年前の昭和15年(1940)8月30日、国の史跡に認定されました。

(高麗寺は飛鳥時代に創建され白鳳時代に最盛期をむかえ平安時代の末期(12世紀)頃まで存続していた国内最古の寺院の一つ(京都府内では最古の寺院)と推察されています。)

「史跡高麗寺跡」の発掘調査はその後、第V期調査(平成22年度の第10次調査)まで実施され、平成22年史跡地の追加指定を受け、現在は20100m2の指定地です。調査内容については後述しますが、まず寺名(高麗寺)の「由来」からスタートします。

朝鮮半島と日本列島の九州は距離的にみると近畿と九州の数分の一であり、古代、5世紀の初めごろまではあまり強い国家意識を持たずに朝鮮半島南部の百済.新羅.加羅から渡来人が来ました。渡来氏族では漢氏(あやし)や秦氏(はたし)の氏族が優勢でした。

5世紀半ば過ぎからは北部の高句麗が強大化し南部の百済.新羅が戦場化し、戦火を逃れて日本列島に渡る人々が増加しました。

5世紀の後半は日本の古代国家形成にとって重要な時期であり、大王権力を拡大し、畿内政権を支える官司制の構成員として渡来人を採用し、彼等の文筆を持って官吏に執りたて、国家組織の整備や先進的技術の導入に役立てようとしました。

山城国への渡来人:秦氏は北部に多くの史跡を持ち、氏寺は京都の広隆寺(秦河勝が聖徳太子から下賜された仏像:弥勒菩薩半跏思惟像が有名です。)その他、商売の神様、稲荷神社(稲荷大社)、酒の神様、松尾神社(松尾大社)や嵐山の桂川周辺(大堰川)など。

山城国の南部では高句麗系の渡来氏族高麗(狛)氏が相楽.綴喜の南部2郡に集中しています。高麗寺は地名にもなっている高麗(狛)氏の氏寺です。しかし、南部以外でも有名な八坂神社の「祇園さん」(京都市東山区)は高句麗系渡来人の八坂氏の氏神です。

朝鮮半島からの渡来ルートは一般的には九州へ渡り、瀬戸内海を経て難波に来るルートを採りますが、高句麗から北西の季節風を利用して日本列島に渡るルートもありました。
古代の交通は主として水路を利用した結果、大和は木津川と深く関わりました。

木津川市は大阪市内から直径30kmの圏内です。

古代の水路の場合は、難波から淀川を遡上して八幡市(宇治川、木津川、桂川が合流)を経由する約60kmの道程です。別途、日本海の敦賀から近江の琵琶湖北岸に達し、水路で大津から宇治川経由木津に到着し、大和へ向うルートもありました。

『古事記』の仁徳天皇条、皇后石之日売命が天皇の浮気に嫉妬して難波高津宮から木津川の舟旅で出身地(大和の葛城)への途次の詩に「山代河:木津川」が詠まれています。

6世紀継体天皇が樟葉宮から弟国宮(おとくに)へ遷宮(518年)の頃、朝鮮諸国と畿内政権とは関係が緊張状態でした。
欽明天皇31年(570)条、高句麗の使節のため、南山城に高楲館(こまひのむろつみ)や相楽館(さがらかのむろつみ)を設けた。(木津川沿いに渡来人が多く居住していた。)

6世紀末、廃仏派の物部守屋が敗れ、用明天皇2年(587)、蘇我馬子が飛鳥寺(法興寺)の建立発願。飛鳥寺は日本最古の本格的仏教寺院であり、創建は6世紀末〜7世紀初、蘇我氏の氏寺、本尊は重文の飛鳥大仏(釈迦如来)です。

「高麗寺跡」の発掘調査から、南側土檀で仏舎利を祀る塔跡は東側、本尊仏を祀る金堂跡は西側、伽藍は南面しており、北側の土檀が講堂跡の伽藍配置です。

出土した瓦は年代の古い順から第1期は飛鳥寺と同笵の瓦、第2期は天武天皇が崇敬した寺、川原寺式瓦「種類.数量が最多」白鳳時代、第3期は平城宮式瓦、8世紀の修理、「多種.少量」、第4期は高麗寺独特の修理用瓦「少量」、平安時代前期と4時代の瓦でした。

出土品から高麗寺は新興勢力狛氏の氏寺として飛鳥時代(7世紀前半)に創建され、白鳳時代(7世紀後半)に本格的な造営が成されたが、都が平安京に遷都後は平安時代前期の修理が最後で12世紀末から13世紀初期まで高麗寺は存続していたと思われます。


<国の史跡「高麗寺跡」に付いては、新しい想いを込めて、新規に続編を掲載致します。
筆者の「木津川だより」にご関心を頂き、有り難う御座います。これからは以前の本編を、折を見て再掲させて頂きます。>

参考資料:山城町史 本文篇 山城町、
史跡 高麗寺跡 第V期(第8−10次発掘調査)発掘調査報告 木津川市教育委員会


at 05:00 | Comment(0) | 白井繁夫

2018年12月09日

◆患者自己注射物語

渡部 亮次郎


日本で糖尿病患者が治療薬「インスリン」を患者自身で注射して良いと決
断した厚生大臣は園田直(そのだ すなお)である。インスリンの発見か
ら既に60年経っていた。逆に言えば患者たちの悲願を歴代厚生大臣が60年
も拒否するという残虐行為をしてきたのである。

園田自身も実は重篤な糖尿病患者であった。しかしインスリンの注射から
逃れていたために大臣在任中、合併症としての腎臓病に罹り、1週間ほど
緊急入院したくらい。大変な痛がり屋。引きかえに命を落とした。

政治家にとって入院は命取り。大臣秘書官として事実を伏せるために余計
な苦労をしたものである。にも拘らず園田はそれから僅か3年後、人工透
析を途中で拒否したため、腎不全により70歳で死亡した。昭和59(1984)年
4月2日のことだった。

その直後、私が糖尿病を発症した。全く予期せざる事態に仰天した。糖尿
病は現時点の医学では絶対治らない病気、いうなれば不治の病というから
業病(ごうびょう)ではないか。絶望的になった。

検査などの結果、私の母方の家系に糖尿病のDNA(かかりやすい遺伝子)が
有り、弟は発症しないできたが、上2人の男兄弟は暴飲暴食による肥満が
契機となって発症したものと分かった。

しかし、あれから40年近く、私は毎朝、ペン型をしたインスリン注射を繰
り返すことによって血糖値を維持し、今のところ合併症状も全く無い。普
通の生活をしていて主治医からも「文句の付けようがありません」と褒め
られている。お陰で園田の年を超えた。

これの大きな理由は注射針が極細(0・18mm)になって殆ど痛みを感じなく
なったからである。あの時、園田が自己注射を決断したお陰で医療器具
メーカーが、患者のためと自社の利益をもちろん考え、針を細くし、簡単
に注射できるよう研鑽を積んでくれたからである。

逆に言えば、厚生省が自己注射を許可しないものだから、医療器具メー
カーは、それまで全く研鑽を積まないできてしまったのである。自己注射
で注射器や針がどんどん売れるとなって初めて研鑽を積む価値があるとい
うものだ。

つまり役人や医者の頭が「安全」だけに固まっている限り医療器具は1歩
たりとも前進しないわけだ。患者たちを60年も苦しめてきた厚生省と日本
医師会の罪こそは万死に値するといっても過言ではない。

そこで常日頃、昭和56年までの糖尿病患者たちの苦しみを追ってきたが、
最近、やっとそれらしい記事をインターネット上で発見した。

「インスリン自己注射への長い道のり」(2001/05/28 月曜日)と題するも
ので、とある。
http://www.geocities.jp/y_not_dm/insurin2.html



東京女子医科大学名誉教授 福岡白十字病院顧問 平田 行正氏へのイン
タビュー記事「インスリン自己注射の保険適用から15周年を迎えて…」よ
り抜粋と要約

<インスリンが発見されたのは、1921年(大正10年)です。欧米では供給
のメドがつくとすぐに患者の自己注射が認められました。しかし、日本で
は60年もの間、自己注射が認められず、また、保険の適用もありませんで
した。

当時の日本では、医療は医師の占有物だとする古い考え方が根強く、医師
会はもちろん、厚生省の役人の中にも、何もインスリン注射をしなくとも
飲み薬があるではないか、と平気で発言する人もありました。

インスリン注射が必要不可欠な糖尿病患者は、インスリンを自費で購入
し、自ら注射するという違法行為でもって、生命をつないでいました。

インスリン発見50周年にあたる昭和46年、糖尿病協会は全国的な署名運動
を行い、3ヶ月足らずで11万4,000名の署名を集めましたが、厚生省から
は、「国としては、正面きってこれを取り上げるのは難しい」という回答
が繰り返されました。(佐藤内閣で厚生大臣は内田常雄に続いて齋藤昇)。

中央官庁の理解が得られず、困り果てた医療側や自治体はあの手この手で
知恵を絞り、自己注射公認まで持ちこたえました。

昭和56年(厚生大臣 園田)、各種の努力によりインスリンの自己注射が
公認され、その5年後には血糖値の自己測定が公認されました。保険適用。

医療は医師だけのものではなく、患者と共に手を携えて行うべきものだと
いうことが公認された、医療史上最初の出来事です。

インスリン自己注射公認までの悪戦苦闘

長野県・浅間病院と県の衛生課や医師会などが協議して、生み出した苦肉
の策。患者の来院時にインスリンを1本処方し、その一部を注射して、残
りを渡して自己注射する。毎月1〜2回患者から直接電話で報告を受ける
ことで、電話再診料として保険請求した。

新聞が長野方式として報じたため、厚生省から中止命令。

バイアル1本を処方して、注射後捨てたものを患者が拾って使用した、と
いう言い逃れ。来院時に400単位を1度に注射したことにして、1〜2週
間は効いている形にした>。


1986年、研究のスタートから10年目、
血糖自己測定が健保適用に  (2003年9月)
 血糖自己測定を導入した糖尿病の自己管理がスタートした頃(1976
年〜)、今では誰もがあたりまえと思っているインスリン自己注射は、医
師法に違反するという非合法のもとで行なわれていた。

日本医事新報 (1971年)の読者質問欄ではインスリン自己注射の正当性
について、当時 の厚生省担当官は「自己注射は全く不可であり、代わり
に経口血糖降下剤 の使用があるではないか」と回答している。

これが1970年代の実態だった のである。このような状況に対して、当時
の「日本糖尿病協会」は、イン スリン発見50年を迎えて、なおインスリ
ン自己注射が認められない現状を 打破すべく10万人の署名を集めた。そ
して厚生大臣をはじめ関係各方面 に、インスリン自己注射の公認と健保
給付を陳情したが全く受け入れられ なかった。

正当化されたインスリンの自己注射(1981年)

このような状況だったため、インスリンの自己注射容認と、インスリン
自己注射に関わる諸費用の健保適用までには、なお多くの人の尽力と歳月
を要した。そして結果が出たのは1981年(昭和56年)。

この年ようやくイ ンスリン自己注射の正当性の認知とこれの健保適用が
得られた。その内容 は当時行なわれていた慢性疾患指導料200点に、もう
200点加算するという ものであった。これはその後の医療のあり方に大き
な影響をもたらし、血 糖自己測定も含め、患者を中心にした医療の実践
の必要性と有用性の実証 へと繋げられていった。

<血糖自己測定の健保適用(1986年)(園田死して2年後)

C:\Documents and Settings\Owner\My Documents\血糖自己測定25年.htm

インスリン自己注射の健保適用から5年後、私たちが血糖自己測定研究を
スタートさせてから10年目、大方の予想を上回る速さで血糖自己測定の健
保適用がなされた。これはインスリン自己注射指導料に加算する形で設定
された。

以後、何度かの改定を経て、保険点数には血糖自己測定に必要な簡易血糖
測定機器、試験紙(センサー)、穿刺用器具、穿刺針、消毒用アルコール
綿など必要な機器や備品の全ても含まれるようになっている>。

1人の政治家の柔軟な頭脳による1秒の決断が日本の歴史を変えたといって
もいい決断だった。この事実を厚生省は大げさに発表しなかったが、元秘
書官として責任をもって報告する。(文中敬称略)2007・05・24

◆カタカナ語は英語の勉強に悪い影響を与えていないか

前田 正晶


私がここで採り上げたいことは何かといえば「英語」と言うよりも、私が
日頃から批判してきた「学校教育における科学としての英語」また
は”English”と表現する方が適確かも知れない。私はそもそも我が国の学
校教育における英語の在り方を評価していない。改革が必要だと長年論じ
てきた。

私の持論は「英語の勉強だけではなく自国語であろうとなんだろうと『耳
から入ってくる言葉の影響が最も大きく且つ効果があることが多い』と固
く信じている」というものである。ところが、何事につけても「全ての硬
貨には両面がある」ので、耳から入ってくるだけで学習効果があるが、効
果はそれだけに止まらず日常的にテレビ等から流れてくるものと、新聞や
雑誌で読まされているカタカナ語は受け手というか視聴者や読者に悪影響
を与えるものなのである。

私の主張は「かかるカタカナ語の氾濫と濫用が我が国における正し
い”English”の学習の仕方と実力の向上乃至は改善に好ましくない影響を
与えている」というものだ。私が特に遺憾に思っていることは「自分が思
うこと自国語=日本語での表現力の成長を妨げているだけではなく、英語
で自分の思うことが言えなくなってしまうことにもなっている」点なので
あると考えている。

テレビで多用されるカタカナ語:

ここから思い付くものを少しだけ挙げることから入っていこう。下記をご
参照願いたい。

トラブル、シンプル、フリップ、タッグを組む、オープンするか、させる
(応用編にリニューアル・オープンやグランド・オープンがある)、コン
パクト、パワー、パワハラ、コラボ、タッグ、プライベート、スタッフ、
キャプテンシー、スリッピー、インフル、ゲットする、チョイスする、
ジューシー、フルーテイー、クリーミー、スパイシー、プラ−べーと・ブ
ランド(
PB)、バトンタッチ等々枚挙に暇がない。

私はこういうカタカナ語が大量生産される背景にあるのが「我が国の学校
教育の英語における単語重視がある」と決めつけている。私は「英語の部
品である単語をバラバラに覚えるのではなく、流れの中でどのように使わ
れているかを覚えることを優先すべきだ」を持論にしております。その教
育で覚えさせられた単語を「口語」か「文語」か、「慣用句」かを全く配
慮せずに覚えているので、元の英語とかけ離れた使い方になるのだと指摘
する。
例えば、上記の「フリップ」などは誠に恥ずべき使い方で、本来の英語で
は恐らく“flip chart”のことだと思うが、何故か頭の「フリップ」を
「表」か「図表」の意味で使ってしまったのだと推理している。それを所
謂有識者たちが本来ならば「チャート」というべきものを堂々と「フリッ
プ」と言っているのなどはまるで漫画だ。また、「タッグ(=“tag”)も
おかしな使い方で、これはそもそもプロレスで「タッグ・レスリング」と
いう2人で組んで試合をする方式の名称だった。

因みに、“flip”には「めくる」という意味があり、綴じられた大きな紙を
めくっていく事を指している。私が長年お世話になっていたラジオ局の担
当者は見識がある方で、「うちではチャンと『チャート』というようにし
ているから心配なく」と知らせて下さったのだ。「こう来なくっちゃーと
我が意を得たり」の思いだった。

そうである以上「タッグ・テイームを組む」というのが本当の言い方であ
る。これはリング上にいる者が形勢不利と見るや外にいる仲間の手に触れ
て(これが“tag”である)交代する仕組みになっているのだ。そ「タッ
グ」が「触れる」という意味だと気付かずに「タッグを組む」なという意
味不明なカタカナ語を創ってしまったのだ。このように頭だけ採っている
例には「インフルエンザ」を「インフル」としてしまった例もあるのを忘
れてはならない。

私は「こういう言葉を使うことを止めよと言わないし、使うことは勝手だ
が、本当の英語ではこのような言葉の使い方はないと認識した上で使って
欲しい」と繰り返し指摘してきた。さらにカタカナ語の代わりに本当の英
語(“English”でも良いか)ではどういう言葉が使われるかも述べてき
た。そして、こういう言葉を使うと、我々の国語での思考力と表現力が弱
まる危険性があることも繰り返し指摘してきた。故に、本稿では上記のカ
タカナ語を英語にすればどうなるかの解説はしない。

カタカナ語の表記の難しさ:

この点は、先日”security”と”fury”を挙げてジーニアス英和とOxford
の間に存在していた発音記号に混乱とでも言いたい違いがあったことも指
摘した。私はこの違いを見て、我が国で最初にカタカナ表記をした人(会
社というか法人も入るか)がどのような基準で大胆にもカタカナを使った
のかが解らなくなってきた。即ち、私はこれまでにこういう表記をする人
は英和辞典も英英辞典も参照していないのだと推定してきた。いや、学校
で正しい発音を教えられてこなかった気の毒な方々だとすら考えている。

私は彼等がただ単に素直に英語の言葉を見て「ローマ字読み」をしていた
だけか間違った表記をしただけで、それ以上でも以下でもなかったのだろ
うと思い込んでいた。要するに我が国の学校教育における英語の教え方の
欠陥が出ただけだと見ている。

そこに何気なく聞いたテレビのCMで、恐らく何とか言うデイズニーのアニ
メ(これだってカタカナ語だ)の主題歌(なのだろう)を松田聖子と松た
か子が歌っていて、”I will follow you .”を「フォロー」と言っていた
のを聞いた。これは「ローマ字読み」で、正確な英語の発音ではない。英
語で歌うのならば「ファロウ」か「ファーロウ」となるべきだ。彼女らは
学校で”O”は「オ」と読むとしか教えられていなかったのか、早い時点で
親しんだローマ字読みをしているので、罪はないと解釈しては置くがね。

学校教育の問題点:

同様な例に”holiday”がある。これは我が国では躊躇うことなく「ホリデ
イ」とカタカナ表記され、且つ発音されている。だが、ジーニアスでも
Oxfordでも「ハラディ」であり、USA式では「ハーラディ」に近い記号が
出ている。話しを”follow”に戻せば「ファロー」と「ファーロー」であ
る。細かい揚げ足をとるなと言いたい向きもあるだろうが、私にはそんな
考えなどなく「如何なる根拠があってこういうカタカナ表記にしたのか」
という疑問があるだけだ。

私自身でこの疑問に答えれば「彼女らと一般に我が国の学校で英語を教え
ておられる先生方、特に中学で”O”は「オ」と読めて教えているだけのこ
とで、一般の生徒と同様に素直に従っているだけではないのだろうか」で
ある。念のために付け加えておけば、「フォロー」だろうと「ファロウ」
だろうと「ホリデー」だろうと、恐らく我が国で最も関心が高いという気
がする「外国人に通じるのか」という点では問題ないだろうということ。
だが、経験上も言えるが、「中にはカタカナ語式の発音を理解してくれな
いアメリカ人はいる」のである。

自説を曲げるかの如きことを言えば「実際にはフォローでもファーロウで
どちらでも良いのであり、自分が思うことと言いたいことを正確に、文法
を間違えることなく表現出来る力を養うのが肝腎なことなのである」と
なってしまうのだ。だが、発音が正確であるのに超したことはいのは言う
までもない。

私が言いたいことは「だからと言って、おかしなカタカナ語を作って普及
させて良いものなのか。いや、良くはない」という点と「学校教育では正
しい正しくない発音を教える事も良くないは当然であるがUK式とUSA式の
違いを教える事を何故しないのか」なのだ。同時に何処かの官庁と英語教
師の方々の中には「未だに『アメリカ語は下品』で『クイーンズ・イング
リッシュが最高』と思い込んでいるんで教えておられる方が多いのではな
いか」と本気で疑っている。

私は学校教育では何処かの時点で少なくとも「UKとUSAの英語の間には明
らかな違いがあること」を明確に教えるべきだと思っている。私はどちら
が上品であるとか、格が上とか下という違いはないと信じている。国が違
えば言葉だって変わるのだ。アメリカのアッパーミドルの人たちの自国語
に対する厳格さなどは、その環境の中に入ってみなければ知り得ないだろ
うと、私はこれまでに何度も指摘して来た。

UKにもLondon Cockneyのようなある一定の階層以下で使われているアクセ
ントだったあると知るべきだ。


at 09:00 | Comment(0) | 前田正晶

◆日本文明の核であり続けてきた皇室と天皇

櫻井よしこ


「日本文明の核であり続けてきた皇室と天皇 民族の記憶に刻まれた伝統
を大切にすべきだ」

11月27日、都内で「天皇陛下御即位三十年奉祝委員会の設立総会」が開か
れた。政府を代表して菅義偉官房長官が「憲政史上初の、天皇陛下のご退
位と皇太子殿下のご即位」に向けて、万全の準備を整えると語り、政財
界、言論界からも藤原正彦氏らが、御代替わりについての思いを語った。

江戸時代の光格天皇以降、譲位による御代替わりは今上陛下が初めてだ。
今上陛下は30年間、国民と触れ合い、戦跡地を訪れ、国民に勇気を与え慰
めをもたらして下さっている。各地へのおでましがどれ程多くの人々の心
をあたたかく包んで下さったことか。互いに労り合いながら行幸啓を続け
られる両陛下には、深い感謝の念を抱かずにはいられない。

日本の長い歴史の中で、皇室と天皇は日本文明の確固とした核であり続け
ている。恵まれないときもあったが、皇室は常に権力ではなく権威とし
て、日本国の揺るぎない基盤であり続けた。日本が危機に陥る度、皇室が
中心になって、国民をまとめ、国を守り通してきた。明治維新のときや大
東亜戦争の終戦時に果たしたお役割が記憶に残る事例である。

直近では、東日本大震災のときの天皇陛下の「お言葉」を思い出せばよ
い。1000年に一度の大災害に打ちひしがれていた国民は、「お言葉」に
よってどれ程元気づけられたことか。

このような天皇のお役割とその意義、国民の心にもたらす「効果」は、お
一人お一人の天皇のお力だけから生まれるものではないだろう。天皇の背
景に長い歴史があって、初めてお言葉に万人の心に訴えかける力が生まれ
るのではないか。

皇室は、早くも聖徳太子の時代、つまり七世紀初めには貧しい人、親のい
ない子供たち、身寄りのないお年寄りのための救済施設を造っていた。そ
れらは聖武天皇の后、光明皇后の力によって施薬院、悲田院となり、病と
貧困に苦しむ民の救済施設として定着し、やがて全国に広がった。その善
き伝統は、平成の現在も藤楓協会として連綿と続いている。

天皇と皇室が民の幸福と国家の安寧のために祈り続けて下さっているお姿
が、長い歴史を通して浮かび上がってくるのが日本であり、このような背
景が日本民族の記憶に深く刻まれているからこそ、天皇陛下のお言葉は、
国民の心にスッと沁み込んでくる。大切にするべきはこうした伝統である。

皇室の伝統と価値観は紛れもなく日本の神話と一体化したものだ。御代替
わりの儀式は、これら神話の時代の伝統にのっとるのがよい。昭和天皇崩
御のときの「大喪の礼」では、反皇室の人々が憲法20条3項を盾に、政教
分離と称して、儀式の簡略化や変更を求めた。だが政教分離は宗教に対す
る圧迫や干渉を禁じているのであり、政治に一切の宗教色を持たせてはな
らないという意味ではない。そもそも神話の時代からの伝統を宗教だと断
じて切り捨てること自体、間違いである。200年振りの御代替わりの儀式
は、大喪の礼のときよりもまともに伝統を踏まえるべきだと考える。

もうひとつ大事なことは、今上陛下に残り数カ月の内に、靖国神社にご親
拝いただくことだ。春や秋の例大祭で陛下は勅使を靖国神社にお遣わしに
なっている。しかし、30年間にわたる平成の御世で、一度も陛下ご自身が
靖国神社にお運びにならないとは、どういうことかと思う。

幾百万の兵は、日本国に殉じた命である。彼らの霊が眠る靖国神社には、
いまや、首相も真榊料で済ませ、閣僚の誰一人参拝せず、天皇のご親拝も
ない。このようなことでは、日本国は長く持つまい。御代替わりの前に、
天皇、皇后両陛下のご親拝をお願いし、その道を開くために、安倍晋三首
相以下、全閣僚の参拝を実現すべきだと考える。

『週刊ダイヤモンド』 2018年12月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1259

◆痰の話で思い出す支那

石岡 荘十(ジャーナリスト)


‘35京都で生まれ、そのすぐ後から敗戦2年後まで中国(当時は支那)に
留め置かれた。幼い頃の記憶はもちろんないが、物心ついて以降、見聞
きしたかの国の“文化”といまの日本のギャップを、本メルマガの反響
欄が思い起こさせた。 

幼い頃の記憶はこうだ。

その1。

夏の日、父の仕事が休みのある日、「支那人と犬入るべからず」という
立て札が入り口にある公園に家族そろって出かけ、公園の中の、支那人
以外のためのプールで家族で泳ぐ。ある日、帰りに天津市内でも最高級
の中華料理店でそろって子豚の丸焼きを食った。

糞をしたくなって、用を足そうと便所へ行くと便器のはるか暗い、深い
底にうごめく動物がいて、驚いて下を見ると、数匹の豚が新鮮な私の排
泄物をむさぼっていた。今思えばここでは完璧な“食の循環”が実現し
ている。

だが、これで私は完全に食欲を失った。これがトラウマになって、決し
て宗教上の理由ではなく、長い間、私はブタが食えなかった。

その2。

小学校の同級生に、当時の天津領事の息子(小山田あきら?)がいて、
放課後、いつも領事館へ遊びにいっていた。ほとんどは広大な領事公邸
の中で遊んでいたが、ある日、門の外に来る物売りの声に誘われて外に
出た。

天秤にかけた台に切り分けた瓜が載っていた。それが喰いたくて「どれ
がうまい?」と私たちに付き添ってきた領事館の守衛に聞いた。守衛は
「ツエーガ(これだよ)」と指差したのは、ハエが一番多く群がってい
る瓜だった。

“動物学的”に言ってそれはそうだろうと納得したのはずっと後のこと
だが、ハエがたかっているのは汚いという考え方は彼らにはないらしい。

いつだったか大分昔、多分、日中国交回復の頃、「中国にいまや1匹の
ハエもいなくなった」という提灯記事をどこかの新聞で読んだ記憶があ
るが、決して信じなかった。私の幼い頃の確かな記憶が記事のウソを見
破った。

その3。

父が勤めていた会社の管理職住宅は鉄筋コンクリートの一戸建ての“豪
邸”で、玄関を入ったところに、日本流で言うと、女中部屋があった。
女は阿媽(アマ)と私たちが呼んでいた纏足の小柄な女だったが、時々、
旦那が小さな女の子を連れて泊まりに来ていた。

女中部屋は6畳ほどの小さな部屋だったが、遊びに行くと、部屋の隅に
花瓶のような形の壷が置いてあって、そこに時々、「ペッ」と痰を吐く、
というか飛ばす。

それがまた結構遠くから正確に痰壷のど真ん中に命中するのを、何の不
思議もなく見ていたのを思い出した。ホールインワンどころではない。
アルバトロス級である。北京オリンピックで「痰飛投」などという種目
が出来たら間違いなく金だろう。

人前での屁は慎むが、食事中、げっぷは割と平気でやる。屁は平気だけ
ど、げっぷは禁忌という国もあると聞く。生活習慣がそんなに違う民が
十数億人もすぐそこにいる。

痰。さてどうするか。

話題はそれますが、昭和18・9年当時、幼馴染の父、小山田天津領事
とその家族の消息を知りたいと思っています。その頃、いつもアイスキ
ャンディーを作ってくれた、髪の長い、美しいお姉さまがいました。確
か、「たえ」さんでした。

2018年12月08日

◆台湾の民主主義とは何か

Andy Chang


エドワード・ルトワックは民主化とは権力の分散であると言った。だ
が台湾は特別状況である。民進黨政権が台湾の敵である中国の手先機
関である国民党を温存した結果が今回の選挙の惨敗の原因である。

国民党は台湾の政党ではなく中国の台湾併呑の手先である。国民党を
残して現政権が現状維持を固持して政治が停頓したまま選挙に臨み、
民衆がダメな民進黨を捨てて国民党の復活に投票した結果、台湾併呑
の危機を迎えたのである。

民主主義、デモクラシーほど曖昧なものはない。人民に権力や言論自
由を与えても人民が民主を理性的に活用しなければ混乱を増すだけで
ある。民主とは何かを考えれば考えるほど定義ができない。

投票の自由は民衆主義の一環だが独裁国でも形式的な投票が出来るし、台
湾人民には投票権があっても今回の投票で四千件もの買票事件が発生し、
人民は民進黨政権に失望したから国民党に投票した結果、台湾滅亡の
危機を招いたのだ。国民党が台湾を滅亡させるという認識がないから
敵である国民党に投票する。台湾民主が未熟である証拠である。

アメリカの国会議員が台湾を訪問するとタイワン・デモクラシーを謳
歌して台湾人を喜ばす。これはお世辞だけでアメリカが台湾を守るの
とは違う。台湾人は台湾が民主国家で中国は独裁国だから統一は出来
ないという。ではもし中国が民主化すれば台湾は統一されるか。「台湾
は民主国家」と言うだけでは危険である。

最大の危険は人民も政治家も国民党が敵だとわかっていないことだ。
台湾と中国は人種、歴史的に古い関係があり、商売関係もあるし、外
省人と言う台湾に同化するのを拒んで中国を祖国とする人が15%も
いる。台湾は民主国家であると言えば外省人の自由言論も保証しなけ
ればならないという。敵に民主を与えてはならない。事情が複雑だか
ら統一意識が根強く、独立意識がなかなか普及しない、そして多くの
人民はどっちでもいい、戦争にならなければいいと思っている。

●台湾の国情分析

台湾の国情を政党政治、政治家の素質、人民の政治意識の三つの方面
から見てみよう。政治、政治家、人民である。

台湾は70年も国民党独裁だった。二年前に台湾人総統が台湾総統とな
り、民進黨が国会過半数を制して「完全執政」と凱歌を上げた。

とこ
ろが蔡英文総統は現状維持を主張して政治は停頓し、中国の外交は活
発で台湾と国交のあった国が23国から18国まで減少したのに蔡英文
は「台湾は民主国家である」と言うのみである。

中国の軍用機が台湾沿岸を回って示威飛行し、漁船が境界線を犯しても政
府は何もせず、あまつさえ国民党の政治家を閣僚に起用するなど、完全執
政とは程遠い状態を2年も続けてきた。

国民が最も期待していた司法正義と国民党の違法財産処理も有耶無耶で進
まない。国民党を温存したため改革が進まない。蔡英文の現状維持は独立
反対なのだ。

民進黨の完全執政なのに国会、司法部、軍部など改革が進まず、政治家は
自己の栄達と党派闘争に明け暮れ、民進黨議員の8割は中国に投資してい
る、賄賂政治は相変わらず、こんな政権で政治が停頓し正義が通るはずが
ない。

政府が軍備革新計画を立てても軍備購買で汚職が数件起きただけだった。
軍の訓練をなおざりにして士気は低迷し、国防意識は存在せず、新式装備
を買っても兵士の訓練を怠っているのが現状である。軍の上級幹部が外省
人で中国に機密を携えて亡命する事件も起きるし、海軍は今でも中国の青
幇が上層部全体を占めている。機密漏洩など日常茶飯事だし、機密をもっ
て中国に逃亡する事件が絶えない。台湾の軍隊は台湾軍ではなく中国人の
軍隊である。

台湾人の政治意識は長年の国民党の中国教育から抜け出していない。
これは蔡英文政権の怠慢である。外省人及び最近入国した百万人の中
国人は国内に巣食っている「第五列」である。台湾人の中国投資(民
進黨の政治家を含む)が一般だから危機意識がない。

民進黨に失望したから二年だけで国民党に政権を渡すような台湾人は
亡国の危機意識が希薄である。アメリカが守ってくれるから中国の侵
略はないと思って現状に甘んじ、国防は政府と米国に任せ、独立運動
に無関心な人が大多数である。つまり人民と政治の乖離が明らかで、
人民は政府に頼り政府に不満だが政治家になったら自己の栄達と選挙
しか考えない。

●海外台湾人の努力と援助

国外に住む台湾人が台湾に帰って政治活動をすべきという人もいる。
これまでたくさんの海外台湾人が台湾に戻って政治に参加したが在台
政治家は海外から戻った人物が彼らの勢力と利権を犯すのを恐れて海
外人士の参加を歓迎しない。

台湾は既に民主国家であるとする李登輝、蔡英文など中華民国体制を
維持する体制内派と、中華民国を認めない体制外派、革命ではなく国
民投票で現政権を台湾国とする運動、台湾名義で国連加盟など、いろ
いろな主張があるが、台湾人民の賛同は少ないのが現状である。

●どうすべきか今後の台湾

中間選挙の結果8割の地方政治は国民党の手中に陥り台湾の民主化は
大きく後退し中国の併呑脅威が増した。これから2年間の間は中国と
地方政権の有形無形の侵略が進み、統一の危機が進むと同時に独立運
動を抑止する地方政権とそれを放置する中央政権が台湾人の独立願望
を妨げるようになるかもしれない。

海外台湾人に頼らず国民全体が亡国の危機を実感し対策を講じなけれ
ばならない。海外からの応援、アメリカの保護や援助に期待してはな
らない。中国の台湾併呑は台湾が第2の香港になるのではなく、台湾
は第二の新疆(東トルキスタン)のように百万人が逮捕され教育と称
する監獄入りとなる。

中国の台湾併呑は軍事攻撃だけではない。中国の経済発展は既に台湾
の経済を破綻させる能力を持っているし、すでに発動したかも知れな
い。商業と農業においても台湾を凌いでいる。台湾は全面的に中国依
存経済をストップし、アジア諸国との合作を発展すべきである。

国民党の地方政権と中国が合作して経済侵略を推進し、気が付いた時
には中国の一部となってしまう恐れがある。台湾人の危機意識、国民
党の政治介入を阻止する国民教育が現政権の急務である。


at 09:00 | Comment(0) | Andy Chang

◆強まる中国の脅威、必要な台湾人の団結

櫻井よしこ


米中貿易戦争が展開され、私たちは米国的自由と民主主義の世界を維持す
るのか、それとも中国共産党的全体主義の世界に突入するのか、せめぎ合
いの中にある。米国が単なる経済的な損得の争いをはるかに超える、価値
観の戦いを意識して対中政策を強めるいま、台湾の持つ意味はこれまで以
上に大きい。

11月24日の地方選挙で台湾の与党、蔡英文総統が党主席を務める民進党が
大敗したことの意味は深刻だ。22の県及び市のうち、民進党は13の首長を
確保していたが、半分以下の6になった。人口の約7割を占める6大都市で
も、民進党は4から2に半減した。総得票数は民進党が490万票にとどまっ
たのに対し、国民党は610万票を取り、120万票の差をつけた。

24日夜、選挙結果を受けて記者団の前に現れた蔡氏は、いつものように地
味なパンツスーツに身を包み、メモに書かれたメッセージを読み上げた。

「努力不足で、支持者を失望させた」

蔡氏は大敗の責任をとって党主席を辞任したが、表情はかたく、質問も受
けずに退席した。

2016年1月の総統選挙で大勝利をおさめ、集った群衆に「台湾の新時代を
共に迎えよう!」と呼びかけたあの蔡氏が、なぜ、いま、大敗なのか。評
論家の金美齢氏は、台湾の有権者が台湾の置かれている立場を理解してい
ないからだと批判する。

「2年前、台湾人は蔡英文に台湾の運命を担わせた。それは中国と対峙す
るという意味で、非常にきつい仕事ですよ。それなのに、皆でつまらない
ことを批判したのです。有権者が愚かですよ」

日本に住んでいると、台湾が中国の脅威にさらされていることは客観的に
見てとれる。脅威に打ち勝つために台湾人がしなければならないことも、
よく見える。それは、台湾自身の力をつけ、台湾人が一致団結して、国家
の危機に当たることだ。

台湾の本省人の政権を守り通さなければ、台湾の現状は守りきれない。外
省人、つまり国民党による政権奪取を許せば、前総統の馬英九氏のよう
に、中国との統一に傾いていくだろう。従って、今回のような民進党の大
敗、国民党の大勝は、台湾の未来を思う立場からは、大変な衝撃なのである。

住民投票に疑いの目

台湾の人々はどんな未来を望んでいるのだろうか。地方選挙と同時に行わ
れた10件の住民投票から幾つか大事なことが読みとれる。住民投票の対象
になったテーマのひとつは、「台湾」名義で東京五輪に参加を申請するこ
とだった。

結果は、反対が577万票、賛成が476万票で、結局否決された。実は日台間
の水面下の話し合いの中で、東京五輪には、「台湾」名義で参加できるよ
うに工夫が重ねられていた。国際オリンピック委員会の意向もあるため、
結果がどうなるかは必ずしも予想できないが、台湾に強い親近感を抱く日
本人としては、台湾人が望めば「チャイニーズ・タイペイ」ではなく「台
湾」名で五輪に参加できるようにしてあげたいと思うのは自然であろう。

だが、住民投票で否決されたいま、中国を刺激することを恐れている人々
が半分以上で、「台湾」名での参加の可能性はなくなった。それにして
も、なぜ、このテーマが住民投票にかけられたのか。

もう一点、福島など原子力災害関連地域の食品輸入禁止措置を継続するか
否かも住民投票のテーマにされた。福島の食品は、米であろうと果物であ
ろうと海産物であろうと、厳格な検査を受けて合格して初めて出荷とな
る。福島の食品は世界一安全なのである。しかし、そのような厳しい検査
が実施されていることを、台湾の消費者は知らないだろう。

蔡氏自身は福島の食品の輸入解禁に前向きだったとの情報もある。ただ、
決断できずにいる内に、住民投票のテーマとされた。安全性についての情
報が伝えられない中で住民投票になれば、否定的な結果になるのは予想の
範囲内だ。輸入禁止続行への支持が779万票、反対は223万票、大差で否決
された。

台湾側に熱心に働きかけてきた日本人の気持ちは失望と落胆にとどまらな
い。非科学的な結論に不満も高まる。日台関係を冷え込ませようと考える
勢力にとっては歓迎すべき結果であろう。

台湾では大陸中国からの情報工作要員が暗躍している。メディアやビジネ
ス分野のみならず、軍にも工作員が浸透していると考えてよいだろう。彼
らは、台湾を日米両国から引き離すのに役立つと思われるすべての事をす
るだろう。そう考えれば、住民投票にも疑いの目を向けてしまうのである。

外交でも中国の圧力

16年5月の総統就任から2年半、蔡氏は、内政において少なからぬ中国の妨
害を受けてきたが、外交でも中国の圧力に苦しんできた。

中国はひとつであると中台双方が1992年に認めたとする、いわゆる「92年
コンセンサス」を受け入れない蔡氏に、中国は猛烈な圧力をかけ続ける。
国際社会で台湾を国として認めてくれる国を、次から次に台湾との断交に
誘い、中国との国交樹立に向かわせた。蔡氏の総統就任以降、5か国が中
国の巨大援助を受けるなどして、台湾を見捨てた。今、台湾と国交を持つ
国は17を数えるだけだ。

台湾を国際的孤立に追い込むことで、中国は台湾人や台湾軍の士気を奪
い、中国への恐怖心を植え付ける。中国が得意とする心理戦だ。

こうした背景の下、中国は台湾侵攻を念頭に軍事力の構築に余念がない。
米国防総省は例年、「中国の軍事情勢」に関する年次報告書で中国と台湾
の戦力比較を行っているが、中台の軍事力の差は年ごとに拡大し続けている。

米国は、今年に入って、台湾旅行法を定め、国防権限法を成立させた。両
法を通じて、台湾への外交、軍事両面からの支援を明確に打ち出した。

日本にとってアジアの地図はどのように変化していきつつあるのか。民進
党が大敗したとはいえ、台湾人が簡単に国民党の政権復帰を許し中国へ傾
斜していくとは思えない。それでも、台湾の動揺と、その先の台湾有事は
十分にあり得ると見ておくべきだろう。

朝鮮半島もまた危うい。韓国はさらに迷走を続けると見ておかなければな
らない。北朝鮮に従属する結果、大韓民国が消滅することさえ考えておか
ねばならない。

台湾と朝鮮半島に予想される大変化に備えて外交、安全保障上の担保を確
保しておきたい。なんとしてでも力をつけることだ。トランプ大統領が
NATO加盟国に要求するように防衛費をGDP比2%に引き上げ、自衛
隊の力を倍増する必要があるが、それは短期間では不可能だ。であればこ
そ、憲法改正の気概を見せることが欠かせない。

『週刊新潮』 2018年12月6日号 日本ルネッサンス 第830回

◆人工関節手術で歩ける喜び

小池 達也(医者)


整形外科の分野ですばらしい発展を遂げていると考えられているのは、人工関節分野です。現在では、肩・肘・股・膝・足関節に人工関節手術が施されますし、手や足の指関節にも応用が始まっています。

特に、股関節と膝関節に関しては膨大な数の手術が毎年日本中で行われています。
成績も安定しており、それほど高度な手術でもなくなりつつあります。

しかし、本当に人工関節は進歩したのでしょうか。

1962年にチャンレイという先生が人工股関節手術を初めて実施されました。 今から振り返ってみても、良く考え抜かれたデザイン・材質・手術方法でした。やっぱりパイオニアと呼ばれる人たちには何か光るものがあります。

このチャンレイ型人工股関節は長期成績も良く、スタンダードとなりましたが、もちろん完璧ではないので、チャンレイ自身を含め様々な改良が加えられました。

ところが、それらの改良、良かれと思ったデザインや材質の変更は逆に長期成績を悪化させました。

そうすると、また改良が加えられ、猫の目のようにくるくるとデザインや果てはコンセプトまで変わっていきました。最近ようやく、コンセプトも成熟し成績も安定してきました。しかし、改良が加えられ続けていた時代に人工股関節手術を受けてしまった人は恩恵を受けることが出来なかったわけです。

最先端のものが最良とは限らない好例ではないでしょうか。これは人工関節の性格上、結果がすぐに出ないことが一番の理由です。そして、この危険性は今後も出てくる可能性はあります。

では、人工関節手術などすべきではないのでしょうか。

そうではありません。歩くことさえ大変な方が、人工関節手術を受けて痛みなく歩けるようになった時の喜びは、本人でない我々でさえ感じることの出来る大きなものです。
「人生が変わった」・「旅行に行けるようになった」・「歩くのって楽しい」など、多くの喜びの声を聴かせていただける、医者にとっては実にやりがいのある手術です。これを永続する喜びに変えるために、いくつかの合併症を克服してゆくのが、我々の今後の使命でしょう。

人工関節の合併症で厄介なのは感染とゆるみです。ゆるみの方は、多くの研究により克服されつつありますが、異物を体の中へ入れる手術であることから、感染の危険性はなかなか解決されそうにはありません。また、スポーツも可能になるような丈夫な人工関節もまだ存在しません。真の人工関節出現はもう少し先になりそうです。
 
ところで、最近ではナビゲーションといって、コンピュータが人工関節を入れる方向を指示するシステムやロボットが人工関節を入れる方法も実用化されています。
あなたは、ロボットと人とどちらに手術して欲しいですか?(再掲)
         
大阪市立大学大学院医学研究科リウマチ外科学 

2018年12月07日

◆トリプルプル選は危険な賭けー来年の政局

杉浦 正章


失敗すれば自民党に大打撃

 五里霧中の改憲成否 来年の干支は己亥(つちのとい)で足元を固めて
次の段階を目指す年だが、国内政局は首相・安倍晋三の推進する「憲法改
正路線」をめぐって与野党が激突ムードを高めるだろう。

しかし改憲に関する国内の論議はまだ定まるに至っていない。なぜなら改
憲は戦後自民党が結党して以来の悲願だが、これまで「お題目」として唱
えても、国民の間に現実論として定着していないからだ。よほどの説得力
がない限り、改憲展望は五里霧中であり、失敗すれば自民党に大打撃とな
ると言わざるを得まい。

自民党は自衛隊の根拠規定の明記など改憲四項目については今国会の提出
を断念したが、来年の通常国会には提示する方針であり、政府・与党がま
なじりを決した対応ができるかどうかが成否を決める。  

既に実態から見れば、現行憲法第9条2項の「陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない」などはいまや空文に等しい。なぜなら米軍事力評価機
関の「Global Firepower」一つとっても、自衛隊を世界7位と位置づけて
おり、いざというときの工業力を計算に入れれば、日本の潜在的軍事力が
もっと高位に入るのは常識だからだ。

もはや吉田茂の言う「戦力なき軍隊」の時代はとっくに終わり、野党が仏
壇の奥からはたきをかけて、改憲反対論を持ち出しても、説得力に欠ける
傾向を強めているのだ。

安倍首相は「自衛隊が違憲かも知れないという議論が生まれる余地をなく
すべきと考える」と発言しているのは、保守派政治家としてイロハのイを
説いているにすぎない。

そのための改憲について安倍は「2020年を新憲法が施行される年にしたい」
と言い切り、期限まで区切っている。

憲法改正の手続きは、衆院は100人以上、参院は50人以上の賛成で改正原
案を国会に提出して始まる。その後、衆参両院の憲法審査会で審査し、そ
れぞれの本会議で総議員の3分の2以上の賛成を得れば、憲法改正を発議で
きる。発議後60〜180日以内に国民投票を実施し、有効投票総数の過半数
の賛成を得れば承認される。  

自民党保守派が現在を改憲の絶好のチャンスと判断するのは、衆参で3分
の2の改憲勢力を糾合し得ることから、来年の通常国会で改憲を発議し、
参院選挙と同時に国民投票にかけるという戦術があり得るからだ。

同党の一部には、参院だけの民意を問うのではなく、衆院の解散で衆院の
民意も問うべきだという“スジ論”が存在しており、そうなれば「衆院選・
参院選・改憲国民投票」という「トリプル選挙」の可能性が浮上しても不
思議はない。
過去1980年と86年に行われた衆参同時選挙は与党自民党に有利に作用して
いる。衆参の候補が補完し合う傾向が生じたからだ。これに改憲が加わっ
ても与党有利は変わらないという判断が自民党内には存在する。

しかし、来年春は地方選挙が行われるが、地方議員らは自分の選挙が終わ
れば、他人事の参院議員の選挙に身が入らない傾向が生じかねない。おま
けに亥年の参院選挙は過去5回行われているが、なぜか自民党は1勝4敗
で不利な戦いを強いられている。

12年前の参院選に至っては過半数割れ の惨敗をきっしている。民主党代
表小沢一郎が、小泉政権下で自民党に見 捨てられたと感じた地方層に訴
える戦略を活用して07年の参議院選挙に勝 利、参院の多数を握って「ね
じれ国会」をもたらした。  

自民党改憲案 は@自衛隊の根拠規定の明記A緊急事態対応条項B参院選の合
区解消C教育の 充実ーなどの項目となっており、保守層にとっては自衛隊
の根拠規定は悲 願とも言える。

来年の政治日程を見れば1月に通常国会召集、改憲案の提 示。4月に統
一地方選挙、予算成立後は参院選に向けて対決ムードが高ま る。5月1
日に新天皇即位、6月28,29日大阪でG20首脳会合。6月 か7月に参院選
挙、10月1日に消費税引き上げーなどとなっている。  

このうち与野党対決必死の改憲案発議は、戦後まれに見る保革対決の核
となり得るが、公明党が参院選前の発議に否定的なのは、「衆院議員の任
期半ばでの衆参同日選挙をやる以上は、必ず勝つ選挙でなくてはならな
い」(党幹部)と言う現実政治上の判断があるからだ。  

確かに「同日 選先にあり」の政局判断は無理筋の部分があり、負けた場
合には政権を直 撃する要素となり得る。 己亥(つちのとい)で足元を固
めて次の段階を 目指すこととは、ほど遠い結果になりかねない。

安倍首相の任期はまだ3年弱 あり、政治も経済も安定状態に入ったよう
な状況が続いている。これと 言った後継者も育っていないことから、場
合によっては中曽根康弘のケー スのように、総裁任期延長の可能性もな
いわけではあるまい。あえてトリ プル選挙という危険な“賭け”に出る必
要は、よほどのことがないかぎりあ るまい。