2019年01月03日

◆こんなリスク、日本企業にマネが

                          宮崎 正弘


平成30年(2018年)12月30日(日曜日)弐 通巻第5934号  

 こんなリスク、日本企業にマネが出来るだろうか
  米軍シリア撤退のあと、中国は150社、20億ドル投資で再建プロジェクト

すでに中国では「シリア再建プロジェクト・フェア」が開催されている。
驚き桃の木山椒の木。

習近平の目玉「シルクロード」の一環である。

フェアにはじつに200社の中国企業が参加し、その投下を予定しているプ
ロジェクト費用は20億ドル。道路改修工事、ハイウェイ工事、もちろん抜
け目なく光ファイバー網設置等々。

米軍はシリア撤退を表明しており、その空白は地域の不安定化をもたらす
ことになるが、さて、こうしたリスクもなんのその、中国は空白市場へ
真っ先に乗り込んでビジネスを展開する構えにある。

中東石油に依存する中国と、中東への興味を希釈させて、「インド太平
洋」へ目を向けた米国の姿勢の違いは明瞭である。

米軍の撤退日程は未定とはいえ、安全保障面からの対応を急いでいるトル
コ、イスラエルの動きを横目に、シルクロードの一環として、中国はシリ
アへの再進出を虎視眈々とねらうわけだ。

内戦勃発前の中国とシリアの貿易は往復で24億ドルだった。

内戦中、中国はシリアと距離を置いたものの、ロシアのアサド梃子入れに
間接的に協力しつつ、裏でのISに武器供与を続けていた。

同時にISに加わったウィグル族の若者達の動向に神経を配らせ、ISと
は裏の連絡網があったと言われる。

リビアでカダフィ政権が転覆したとき、中国は3万6000人の労働者、エン
ジニアを引き揚げたが、なぜそれほどの人数が紛争地域にいたかといえ
ば、リビアで100ものプロジェクトを請け負っていたからだった。
 このような冒険的リスクを取ることに躊躇しない中国。日本企業にマネ
が出来るだろうか?
        
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1835回】            
 ――「只敗殘と、荒涼と、そして寂寞との空氣に満たされて居る」――諸橋
(8)
諸橋徹次『遊支雜筆』(目?書店 昭和13年)

                 △

もう少し、新文化運動に対する諸橋の考えを追ってみたい。

諸橋は、これまでみてきた「新文化運動を社會的に實現する方法」とは別
に、「實はもう一つの運動がある」と指摘する。それを「消極的の運動」
とし、「新文化運動の精神に反對するものを破壞すると云ふ運動であ」る。

 「其の一は、過去の?――孔子の?に對する所の反對で」、「其の二は、
支那の擬制、就中家族を主とした擬制の破壞であ」る。

 先ず「其の一」だが、「支那の?」は断固として「孔子の?」であると
いう考えに反対するもので、その中心は後に共産党創立者の1人で初代総
書記の陳独秀など。孔子批判は陳独秀が初めていうわけではなく、代表例
としては明代の李卓吾――吉田松陰を大いに刺激した『焚書』を著す――が挙
げられるが、彼らは歴史的・文化的には異端者として扱われている。如何
に極端な振る舞いであれ、それは個人の範囲に止まっていた。だが諸橋が
「彼地で遭遇した事は、少なくとも個人的ではない」。団体、それも「或
る一部分の大きな團體の勢力」による動きだった。

たとえば1920年の「10月にありました陝西省の孔?問題」と「11月浙江省
の全國?育會に起こつた讀經の問題であります」。前者は孔子の誕生日に
陝西女子師範学校の新文化運動論者の教頭が、偶像崇拝は無意味で孔子は
時代に合わないから恒例の孔廟参拝を中止した。また陝西省で多くの学校
で教員が反孔子ストライキを敢行し、これに同調した学生を当局が「炮烙
の刑に處したと云ふ」。

後者は全国教育会議における浙江省による「毎週日曜日に學生に經學の本
を讀ませよう」との提案に対し、同省の学生が会場に押しかけて「(伝統
的な学問である)經學は奴隷?育である、復辟教育である、君臣教育であ
る。之を復活するは新文化運動の精神に反する」と気勢を挙げたというのだ。

こういった「從來の?史も何も無視して、只五四以來風氣が一變したと信
ずる新文化の諸君の態度は」程なく「取消」ということになった。新文化
運動に対し諸橋は、「兎に角、如何に新文化と云ふものと過去の??と云
ふものが衝突して居るかと云ふ一面が是で分かるかと思ひます」と。

「新文化の消極運動の他の一つは、新文化運動の中核」であり、それは
「過去の擬制、家族を中心として居る擬制に對する猛烈な反對」である。
「支那は御承知の通りに世界一の家族國」であり、美点もあれば「又幾多
の缺點も確かにあ」る。「家族問題の中心と申せば必然的に婦人の問題が
關係」し、婦人解放・男女同権に突き当たり、勢い現実離れした議論・運
動が展開されてしまう。その中には「不眞面目な部分もありますが」、
「家族を中心とした擬制に對する反對、即ち家族の問題」に対しては「兎
に角眞劍」ではある。

かくして諸橋は新文化運動を、「新文化運動の中核の問題は個人の解放、
人權の擁護、人格の尊重――一言で申せば個人の解放を絶叫するのであ
り」、そのことが「英米の文化が新文化運動に歡迎せられる最大の原因で
あります」と総括する。

遠い昔を振り返るまでもなく、辛亥革命から続く社会の混乱を見れば
「??、政治、一として固定する所がない中に、獨り完全に固定して昔か
ら今に大した變化のないのは家族を中心とした擬制、隨つて其の擬制によ
つて維持さられてゐる家族制度の強さ」である。

ところが「新文化運動の鋭鋒は正にこの一番健全である一番固定的である
家族制に向つて突貫して居る」。

その結果は「自分の矛を以て自分の盾を破る」、つまりは「支那社會を崩
壞して了」う危険性を孕んでいる――これが新文化運動に対する諸橋の見解
だった。

      
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者
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(読者の声1)「西郷隆盛の征韓論と日露関係」

19世紀の日本の日韓関係は日露関係の反映と云えるでしょう。西郷はその
ために警鐘を鳴らしたのです。

彼は亡くなりましたがその予想は当たり、日本は独立を守ることが出来ま
した。

日本は米国使節の来訪で開国したと云いますが実際は17世紀から北方か
らロシアの侵略を受けていました。

ロシアのピーター大帝は、東方へ遠征隊を送り、一部はロサンゼルス近辺
にまで達しました。しかし沿海州では清朝の勢力が強かったので、カム
チャッカ半島にペトロパブロフスカ市を建設し、そこから千島経由で南下
してきました。そしてゴローニン事件、高田屋嘉兵衛事件などを起こした
のです。

樺太は既に間宮林蔵が大陸から切り離された島であることを確認し、日本
国の領土の標柱を立てています。この時間宮林蔵は対岸の清朝の警備司令
官と会い、ロシア人がまだ現れていないことを確認しました。

しかしその後、清朝が衰退するとロシア人が南下し、樺太島に上陸し、日
本人と争いになったのです。その結果が1875年の樺太千島交換条約です。
なお1861年にはロシア軍艦が対馬を占領しましたがこれは大英帝国が軍艦
を出して威嚇し追い払ってくれました。

こうした状況で明治を迎えたのです。ロシアは清朝の弱体を見て満洲に目
を付け、朝鮮半島経由で日本を狙ってきました。南北からの挟撃です。

西郷隆盛の征韓論は、朝鮮がロシアの手に落ちることを恐れたからといい
ます。朝鮮半島は大陸から日本に突きつけられた短刀と云われた地政学的
な要衝です。

西郷の心配は的中します。日本はその後清朝が属国朝鮮をロシアに与える
ことを恐れて日清戦争を戦い朝鮮を独立隔離しました。それでもロシアが
国王幽閉など朝鮮に手を伸ばしたので戦争を避けるための満韓交換を提案
しました。

これは満洲全土はロシアが支配し、その代わり日本は朝鮮を勢力下に入れ
るというものでした。しかしロシアは拒否しました。やはり日本侵略を
狙っていたのです。

しかしロシア政府高官は戦後後悔しています。

そして最後は日露戦争となりました。当時の日本の軍事力はロシアに比べ
ると、大人と赤ん坊で問題にならなかった。だから国民は富国強兵を大方
針とし全国民は驚くほど一致団結したのです。その裏に対ロシア恐怖が
あったことを忘れてはなりません。

それが明治人の精神だと思います。その独特の気概が中村草田男の「降る
雪や明治は遠くなりにけり」であったのでしょう。

したがって西郷は国際的な視野を持っていたと思います。彼の最後の言葉
は、「もうよか」だったそうですが、当時の日本社会には巨大な情報
ギャップがあったのです。

彼はそれを埋めるための人柱になったのです。戦死した薩摩の勇敢な青年
達と共に惜しまれることでした。

今再び国難を迎えた日本人は明治の先人の対外警戒一致団結を想起して頑
張らなければなりません。(落合道夫)

  ♪
(読者の声2)貴著『青空の下で読むニーチェ』(勉誠出版)ですが、評
判が良ろしいようですね。愛読者としても嬉しいことです。

『月刊日本』に宮崎さんへのロングインタビューがありましたが、『正
論』の今月号でも二ページの書評が出ていました。

 読みかけだった貴書の、読み方のヒントになりました。
   (KY生、京都)




◆中性脂肪が気になる人の食事療法

庄司哲雄


<中性脂肪とは>

血液中の中性脂肪(トリグリセリドともいう)には二つの由来があり、食事で摂取した脂肪が小腸から吸収され血液中に現われたものと、肝臓で炭水化物から脂肪に作り変えられて血液中に放出されたものがあります。

いずれも、体の組織でエネルギーとして利用されるのですが、血液中の濃度が極端に(1000mg/dL以上)増えすぎますと、急性膵炎を引き起こすことがありますし、それほどでない場合でも(150mg/dL以上)動脈硬化の原因のひとつになります。

<中性脂肪を下げる食事の第一歩>

食事療法の基本は、摂取エネルギーの適正化です。脂肪の摂りすぎのみならず、炭水化物の過剰も中性脂肪を増やしてしまいますので、全てのトータルを適正にする必要があります。

身体活動度にもよりますが、標準体重1Kgあたり25〜30kcal/日程度が適切です。肥満気味の方は少なめにし、減量を目指します。アルコール多飲や運動不足は中性脂肪の大敵です。

<炭水化物と脂肪のどちらをひかえるか>
各人の食習慣により異なる場合がありえますが、炭水化物1グラムで4kcal、脂肪1グラムで9kcalですから、脂肪摂取を控えることが大変効果的です。

<ジアシルグリセロールとは>

少し難しくなりますが、中性脂肪とはグリセロールという物質に脂肪酸が3つ結合した構造(TAG)をしており、いわゆる「油」です。これに対して、脂肪酸が2つだけ結合した油もあり、これをジアシルグリセロール(DAG)といいます。同じような油であっても、小腸で吸収されてからの代謝が異なるため、中性脂肪の値や体脂肪への影響の程度に差があります。

通常の油TAGは、小腸で膵リパーゼという酸素のはたらきで、脂肪酸が2つはずれ、脂肪酸ひとつだけが結合したモノアシルグリセロール(MAG)に分解されます。それぞれは吸収された後、小腸でまた中性脂肪に再合成され、血液中に放出されます。

一方、DAGは中性脂肪へ再合成されにくいため、食後の中性脂肪の上昇が小さく、また体脂肪の蓄積も少ないといわれています。最近、DAGを利用した機能性食品が開発されています。しかし、DAGの取りすぎもカロリー 過剰につながりますので、通常の油TAGとの置き換え程度にすべきでしょう。

<脂質低下作用のある機能性食品>

動物に含まれるステロールという脂質の代表はコレステロールですが、
植物には植物ステロールという脂質が含まれます。これは小腸でのコレステロール吸収を抑制する働きがあります。

<専門医に相談すべき病気>

中性脂肪の増加する病態には、糖尿病やある種のホルモン異常、稀には先天的な代謝障害もありますので、一度は専門の先生にご相談いただくのも大切だと思います。(再掲)
        <大阪市立大学大学院代謝内分泌病態内科学>

2019年01月02日

◆毛馬を出奔した蕪村の理由

石岡荘十

インフルエンザというか、「はやり風邪」の記述を歴史の中にたどると、今で言う「新型インフルエンザ」はじつは昔から繰り返し起きていたことがわかる。だからいまさら「新型」というネーミングは「いかがなものか」と首をかしげる感染症や公衆衛生の専門家が少なくない。

南北朝時代を描いた歴史物語、「増鏡」にこんな記述がある。

「ことしはいかなるにか 、しはぶきやみはやりて、ひとおおくうせたまふ」「しはぶき」は咳のことだから「咳をする病で多くの人が死んだ」ということだ。また、「大鏡」には、1006年前の寛弘8年(1011年)6月、一条法皇が「しはぶきやみ」のため死亡したと書かれている。

ずっと時代を下って享保18年(1733年)、大阪市中で33万人が流行性感冒にかかり、2,600人が死亡。

注(蕪村が庄屋を引き継げず、庄屋:問屋・宿屋を売却して、毛馬を出奔した。家族も
身内も、蕪村に家督を継ぐがさせようとしたが、父親が死んだ以上、絵だけに頼って
江戸へ下り、俳人巴人を訪ねて、弟子となった。インフルエンザが人生を変えたI

この流行は江戸へ蔓延し、人々は藁人形で疫病神を作り、鉦(かね)や太鼓を打ち鳴らし、はやし立てながら海辺で疫病神を送った、とある。

これらの出来事は、いずれも6月、7月の暑い季節に起きており、疫学的に証明されたわけではないが、どうも、寒い時期に起きるいわゆる季節性の風邪とは違うようだ。

さらに、江戸時代には天下の横綱・谷風がはやり風邪にかかり本場所を休んで、連勝記録が止まってしまった。世間では「谷風もかかったはやりかぜ」と怖れ、四股名にひっかけて、はやりかぜのことを「たにかぜ」と呼んだそうだ。

天保6年(1835年)の「医療生始」という書物には「印弗魯英撒(いんふりゅえんざ)」の言葉が早くも見える。

そして1918年春から翌年にかけて、第1次世界大戦の最中、海の向こうではアメリカに端を発した史上最悪のインフルエンザ「スペイン風邪」がヨーロッパに持ち込まれて猛威をふるい、やがて全地球に蔓延する。

感染者は当時の全地球人口の三分の一の6億人、いろいろな説があるが死者は5000万人に達したといわれる。日本では、大正7年のことだ。当時の人口5500万人に対し最新の研究では死者は48万人に達していたと推定する説もある。当時の新聞の見出しはこうだ。

「西班牙風邪遂に交通機関に影響(東京朝日新聞 大正7年10月31日)」。「電信事務も大故障(読売新聞 大正8年2月6日)」---。

スペイン風邪については↓。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4570052/

これらは明らかに、季節性のインフルエンザとは違った。スペイン風邪の病原体が「新型インフルエンザ」と同じA型インフルエンザH1N1と分かったのは、1933年になってからのことである。

つまり、いま問題になっている新型インフルエンザはじつは「新型」でもなんでもなく、「旧型」のリバイバルなのである。その後1997年、アラスカの凍土の中から発見された4遺体から、肺組織の検体が採取され漸くスペイン風邪の病原体の正体が科学的に裏付けられた。

スペイン風邪だけでなく、6月や7月の湿気の多い梅雨のむし暑い季節に流行った「しはぶきやみ」もじつはいまの新型インフルエンザのご先祖様の仕業だったかもしれない。

「新型インフルエンザは時々現れる。1580年以来10〜13回パンデミック(世界規模の蔓延)が発生している」(国立感染症研究所の岡部信彦情報センター長)のである。

アジア風邪は1956年に中国南西部で発生し、翌年から世界的に流行した。ウイルスはA型のH2N2亜型である。H、Nの詳しい説明は素人には手に負えないのでここでは省くが、新型インフルエンザH1N1の親戚筋、「いとこ」か「はとこ」だ。死者はスペインかぜの1/10以下であったが、抗生物質の普及以降としては重大級の流行であった。

40年ほど前、前回の「パンデミック」である香港風邪(H3N2)が1968年に発生。6月に香港で流行を始め、8月に台湾とシンガポールに、9月には日本に、12月にはアメリカに飛び火する。結局、日本では2,000人、世界では56,000人が死亡したと言われている。日本では3億円事件のあの年である。

10年前、1998年にも香港風邪が流行った。このときはH3N2ウイルスだったが、アジア風邪(H2N2)のフルチェンジだったといわれる。

一昨年2007年に流行ったAソ連型インフルエンザの先祖は、30年前の1977年のソ連風邪(H1N1)だ。因みに、ソ連と名前が付いているが、“原産地”、つまり発祥地は中国だといわれている。1977年5月に中国北西部で流行をはじめ、同年12月にシベリア、西部ロシア、日本へ、さらに翌年1978年6月にはアメリカへと飛び火。

ウイルスがスペイン風邪と同型だったということで、研究室に保存されていたスペイン風邪のウィルスが何かの理由で漏れ出したという憶測もあるくらいよく似ている。

これらスペイン、香港、ソ連の風邪は、いずれも近年も流行を繰り返しているA香港型インフルエンザのご祖先、鳥インフルエンザから変異した新種のウィルスによるものだといわれている。

「新型インフルエンザ」とは、人間はまだ感染したことがない新種のインフルエンザのことを言い、新種のウィルスであるため、人間にとっては免疫が働かないとされているが、じつは中にはリバイバル、ちょっと“化粧直し”をして姿を現すものもあることがわかる。

いま大騒ぎしている新型インフルエンザは英語では‘Swine Flu’という。

‘New Type Influenza’などとは言わない。「新型」とまったく別のインフルエンザのような印象を与えるネーミングをしているのは日本だけのようだ。いま流行っているのはブタ由来のインフルエンザなのだが、死亡率が高く本当に怖いのは鳥由来のインフルエンザ(’Avian Flu’ Bird Flu’)である。

過去にも何度か鳥インフルエンザの“震源地”となった中国大陸の関連情報について業界では、今ひとつマユツバだという見方もある。ことによったら香港風邪のリバイバル型が周辺国を窺っているかもしれない。

軍事的な脅威ばかりが声高に議論されているが、ウイルスに対する警戒を怠ってはならない。


2019年01月01日

◆日本企業にマネが出来るか

宮崎 正弘


平成30年(2018年)12月30日(日曜日)弐巻第5934号  

 こんなリスク、日本企業にマネが出来るだろうか
  米軍シリア撤退のあと、中国は150社、20億ドル投資で再建プロジェクト

すでに中国では「シリア再建プロジェクト・フェア」が開催されている。
驚き桃の木山椒の木。

習近平の目玉「シルクロード」の一環である。

フェアにはじつに200社の中国企業が参加し、その投下を予定しているプ
ロジェクト費用は20億ドル。道路改修工事、ハイウェイ工事、もちろん抜
け目なく光ファイバー網設置等々。


米軍はシリア撤退を表明しており、その空白は地域の不安定化をもたらす
ことになるが、さて、こうしたリスクもなんのその、中国は空白市場へ
真っ先に乗り込んでビジネスを展開する構えにある。

中東石油に依存する中国と、中東への興味を希釈させて、「インド太平
洋」へ目を向けた米国の姿勢の違いは明瞭である。

米軍の撤退日程は未定とはいえ、安全保障面からの対応を急いでいるトル
コ、イスラエルの動きを横目に、シルクロードの一環として、中国はシリ
アへの再進出を虎視眈々とねらうわけだ。

内戦勃発前の中国とシリアの貿易は往復で24億ドルだった。

内戦中、中国はシリアと距離を置いたものの、ロシアのアサド梃子入れに
間接的に協力しつつ、裏でのISに武器供与を続けていた。

同時にISに加わったウィグル族の若者達の動向に神経を配らせ、ISと
は裏の連絡網があったと言われる。

リビアでカダフィ政権が転覆したとき、中国は3万6000人の労働者、エン
ジニアを引き揚げたが、なぜそれほどの人数が紛争地域にいたかといえ
ば、リビアで100ものプロジェクトを請け負っていたからだった。
 このような冒険的リスクを取ることに躊躇しない中国。日本企業にマネ
が出来るだろうか?
        
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【知道中国 1835回】            
 ――「只敗殘と、荒涼と、そして寂寞との空氣に満たされて居る」――諸橋
(8)
諸橋徹次『遊支雜筆』(目?書店 昭和13年)

                 △

もう少し、新文化運動に対する諸橋の考えを追ってみたい。

諸橋は、これまでみてきた「新文化運動を社會的に實現する方法」とは別
に、「實はもう一つの運動がある」と指摘する。それを「消極的の運動」
とし、「新文化運動の精神に反對するものを破壞すると云ふ運動であ」る。

「其の一は、過去の?――孔子の?に對する所の反對で」、「其の二は、支
那の擬制、就中家族を主とした擬制の破壞であ」る。

先ず「其の一」だが、「支那の?」は断固として「孔子の?」であるとい
う考えに反対するもので、その中心は後に共産党創立者の1人で初代総書
記の陳独秀など。孔子批判は陳独秀が初めていうわけではなく、代表例と
しては明代の李卓吾――吉田松陰を大いに刺激した『焚書』を著す――が挙げ
られるが、彼らは歴史的・文化的には異端者として扱われている。如何に
極端な振る舞いであれ、それは個人の範囲に止まっていた。だが諸橋が
「彼地で遭遇した事は、少なくとも個人的ではない」。団体、それも「或
る一部分の大きな團體の勢力」による動きだった。

たとえば1920年の「10月にありました陝西省の孔?問題」と「11月浙江省
の全國?育會に起こつた讀經の問題であります」。前者は孔子の誕生日に
陝西女子師範学校の新文化運動論者の教頭が、偶像崇拝は無意味で孔子は
時代に合わないから恒例の孔廟参拝を中止した。また陝西省で多くの学校
で教員が反孔子ストライキを敢行し、これに同調した学生を当局が「炮烙
の刑に處したと云ふ」。

後者は全国教育会議における浙江省による「毎週日曜日に學生に經學の本
を讀ませよう」との提案に対し、同省の学生が会場に押しかけて「(伝統
的な学問である)經學は奴隷教育である、復辟?育である、君臣?育であ
る。之を復活するは新文化運動の精神に反する」と気勢を挙げたというのだ。

こういった「從來の歴史も何も無視して、只五四以來風氣が一變したと信
ずる新文化の諸君の態度は」程なく「取消」ということになった。新文化
運動に対し諸橋は、「兎に角、如何に新文化と云ふものと過去の??と云
ふものが衝突して居るかと云ふ一面が是で分かるかと思ひます」と。

「新文化の消極運動の他の一つは、新文化運動の中核」であり、それは
「過去の擬制、家族を中心として居る擬制に對する猛烈な反對」である。
「支那は御承知の通りに世界一の家族國」であり、美点もあれば「又幾多
の缺點も確かにあ」る。「家族問題の中心と申せば必然的に婦人の問題が
關係」し、婦人解放・男女同権に突き当たり、勢い現実離れした議論・運
動が展開されてしまう。その中には「不眞面目な部分もありますが」、
「家族を中心とした擬制に對する反對、即ち家族の問題」に対しては「兎
に角眞劍」ではある。

かくして諸橋は新文化運動を、「新文化運動の中核の問題は個人の解放、
人權の擁護、人格の尊重――一言で申せば個人の解放を絶叫するのであ
り」、そのことが「英米の文化が新文化運動に歡迎せられる最大の原因で
あります」と総括する。

遠い昔を振り返るまでもなく、辛亥革命から続く社会の混乱を見れば
「??、政治、一として固定する所がない中に、獨り完全に固定して昔か
ら今に大した變化のないのは家族を中心とした擬制、隨つて其の擬制によ
つて維持さられてゐる家族制度の強さ」である。

ところが「新文化運動の鋭鋒は当にこの一番健全である一番固定的である
家族制に向つて突貫して居る」。

その結果は「自分の矛を以て自分の盾を破る」、つまりは「支那社會を崩
壞して了」う危険性を孕んでいる――これが新文化運動に対する諸橋の見解
だった。

◆横暴中国に抗議し、日本人を取り戻せ

                          櫻井よしこ


中国共産党機関紙「人民日報」系で、国際版もある「環球時報」のもの凄
い社説から、中国の正体が見える。

12月1日、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の副会長、孟
晩舟(もうばんしゅう)氏が米国の要請によってカナダで身柄を拘束され
た。11日に保釈されたが、現在も24時間監視態勢下に置かれ、カナダから
出国もできない。米国への引き渡し手続きはこれからだろうが、中国は政
府を挙げて引き渡し阻止に動いている。

「環球時報」は孟氏逮捕当初から非常に強い関心をもって何本もの社説を
掲げているが、直近の12月15日のそれは中国得意の政治的恫喝の典型だった。

一連の主張から読みとれる中国の特性こそ、彼らが世界で力を確立すれば
するほど国際社会に浸透させようとする価値観であろう。私たちはいま、
その正体をじっくりと見つめる好機を与えられている。その第一の点が、
中国の司法は米国やカナダの司法とは異なるという主張だ。

たとえば環球時報はこう書いた。

「中国がカナダ人二人を拘束したことを、米加両国はどういう理由で違法
だと言えるのか。結局我々の司法は全く異なる。米国やカナダで違法だか
らといって中国でもそうだとは言えないだろう」

続いて、環球時報は次のように警告する。

「司法権は一国の主権の重要な構成要素だ。中国にいるすべての外国籍の
者は、その母国の法律によって守ってもらえるなどという幻想を抱くかわ
りに、中国の法律に従わなければならない」

中国の体制は外の世界とは異なるのだ、米国流もカナダ流も欧州流も日本
流も、中国には一切通じない。そのことを外国人は認識せよ、というこの
強い自我意識は、昨年10月の共産党大会で、中国が世界最強の国になる
2049年には、中華民族が世界の諸民族の中にそびえ立ち、中国共産党の教
えで世界を指導するとしたあの宣言に通ずる考えだ。それを彼らは「人類
運命共同体」と表現したが、その本心は中国主導の世界の確立ということだ。

21世紀の大中華思想の恐さ

12月13日の社説は、孟氏が拘束されたあと、まるで報復のような形でカナ
ダ人二人が拘束された件について、こんな主張も展開する。

「中国で拘束されたカナダ市民二人に関しては保釈請求の審理を開催して
やるなど、開かれた透明な司法手続きが行われるべきだと米加両国は考え
ている。中国では法体系も情報発信の在り方も異なる。そのようなことは
できないと、彼らはよく知っているはずだ。従って(米加両国と同件につ
いて)意思の疎通をはかるのは困難だ」

なるほど、だから彼らは、南シナ海の島々の領有権問題でハーグの常設仲
裁裁判所が下した、フィリピンの訴えを全面的に支持し中国の領有権を全
否定した判決を「紙クズ」だと言って無視したのであろう。

そもそも司法制度が異なるのだから、米国ともカナダとも、さらに国際社
会とも解り合うことは不可能だと言っているのである。そのうえで彼らは
要求する。

「カナダ及び米国の外相は中国のこうした原則を十分に弁(わきま)えてお
くべきだ」(15日社説)

彼らの中・長期的目標である21世紀の大中華思想の恐さを肝に銘じておこ
う。威嚇したかと思えば、「環球時報」は同じ社説で恥ずかし気もなく、
こうも言う。

「異なる国々の間の意思の疎通は相互尊重に基づくべし」

全く同感だ。そうしてほしいが、中国には相互尊重の考えが欠落していて
自国尊重しかない。だから結局最後は予想どおり恫喝で終わる。

「カナダは米国の支持があるからといって何かが変わると思ってはならな
い。台湾問題での火遊びは北京には何の圧力にもならない。オタワよ、中
国の手には何枚ものカードがあることを覚えておけ。北京の意向に逆らえ
ばいいことはないぞ。米中問題には距離を置くのが一番だと弁えろ」

人口約3600万人、GDP1兆6530億ドル(約187兆円)と、中国と比べれば
小振りとはいえ、カナダはG7の一員だ。立派な民主主義の国をこんなふ
うに脅すのである。裏を返せば、中国は死に物狂いだということだ。

なんと言ってもファーウェイは中国を代表するハイテク企業だ。「産経新
聞」の報道によると、世界170か国・地域で事業を展開中だが、現在も非
上場を貫いている。創業者は人民解放軍出身の元軍人で、74歳の任正非
(にんせいひ)氏だ。人民解放軍、さらには共産党と一体化している人物
だ。その娘が孟氏で現在46歳、事実上、任氏の後継者と見られている。

世界一の国にはなれない

ファーウェイをはじめ、中国の通信大手企業が世界に張り巡らせつつある
のが、第5世代の移動通信システム(5G)だ。中国はすでに5Gの基地局
を世界各地に張り巡らし、その数は米国のそれの10倍にもなるとの数字も
ある。米国は必死に巻き返しており、欧州諸国も日本も、米国と共に
ファーウェイ及びもうひとつの中国のハイテク通信企業、中興通訊
(ZTE)の排除に乗り出した。国や社会の在り方、自由や民主主義の擁
護を考えれば、当然だろう。

10月4日に米国のペンス副大統領が凄まじい演説をした。その直後に共和
党上院議員のマルコ・ルビオ氏らが民主・共和両党の合意の下で対中非難
の声明を出した。その中で中国の不公正、非人道的な体質を非難し、中国
社会はジョージ・オーウェルの小説「1984」のようだと論難した。米中の
戦いは単なる貿易戦争ではなく、次の時代の世界の在り方をめぐる戦い
だ。米国は行政府も立法府も、「1984」のような国になり果てようとする
中国の意図を挫きたいのである。

5Gのハイテク通信で世界を制覇すべく、中国共産党はファーウェイや
ZTEを国ぐるみで後押しするが、ハイテク通信で世界の最前線を走った
としても、世界一の国にはなれないだろう。彼らはハイテク通信を何のた
めに利用するのか。自国民を支配するのと同様に世界を支配する道具にす
るのではないか。ハイテク通信で自由な情報の流れを実現するわけでもな
い。自由な発想も創造も許さない。その反対に、21世紀の今日、いわば終
身皇帝を誕生させるなどバカバカしい所業を許している。

人間を抑圧する中国は、米国や日本、欧州諸国のように人間を羽ばたかせ
る陣営には金輪際、勝てない。米中のせめぎ合いは日中の戦いでもある。
そのことを念頭に、安倍晋三首相も菅義偉官房長官ももっと発言してよい
のである。中国にスパイ容疑で拘束され、情報開示もないまま、有罪判決
を下されていく日本人8人の即時釈放を要求すべきだ。中国の蛮行を許し
てはならない。大きな声で抗議すべきなのだ。

◆リハビリって、再び生きること

向市 眞知(ソーシャルワーカー)


「リハビリ」という用語は訳さなくてもよいくらい、日本語になってしまいました。しかし、この用語がとてもくせものです。皆がこの用語の前向きなところにごまかされ、便利に安易に使ってしまいます。

医師は最後の医療としてリハビリにのぞみをつなげる言い方をします。家族は家にもどるためにはリハビリを頑張ってほしいと期待をかけます。患者様もリハビリを頑張れば元どおりになれると思います。リハビリとは「再び生きる」という用語と聞きました。この概念で考えるととても幅広い概念です。

病院にはリハビリテーション科があり、そのスタッフには理学療法士、作業療法士、言語聴覚訓練士という、国家資格をもった専門技師がそろっています。身体機能回復訓練に携わるスタッフです。医師が「リハビリ」という用語を使う場合にはこのようなリハビリテーション科のスタッフによる訓練をさすだけではなく、「再び生きる」心構えをもちましょう、という意味を含んでいる場合が多いのです。

しかし、患者様、家族様のほうはリハビリは療法士がするものと思い込んでいるケースが多いように思います。よく言われるのに「リハビリが少ない」、「リハビリをしてもらえない」というクレームがあります。療法士がするものだけがリハビリなら、診療報酬上点数がとれるのは一日20分から180分です。

「リハビリを受けさせたいから入院させてほしい」とよく言われますが、一日の何分の1かの時間のリハビリだけで「再び生きる」道のりを前に進むことはむずかしいものです。あとの時間をベッドに寝ているだけでは何の意味もありません。「リハビリのために入院している」というだけの安心感の意味しかありません。

いくら日本一の理学療法士の訓練をうけたといっても、患者本人が「リハビリをする(再び生きる)」心構えになっていなければ、空振りに終わってしまいます。マヒした身体に対して、拘縮してしまわないように理学療法士が外から力を加え訓練をすることはできます。でも、訓練が終わって身体を動かさなければもとのもくあみです。

しかし、言語訓練はそうはいきません。本人が声を出そう、話そうとしなければ訓練になりません。「絶対話すものか!」と口をつぐんでいる患者様に訓練は意味をなしません。まずは声を出してみよう、話してみようという気持ちになるように心理的にリラックスしてもらうことから訓練を始められると聞きました。

このことからわかるように、リハビリは本人次第なのです。そしてやはりリハビリも療法士と患者様の協同作業です。療法士さんの訓練の20分が終われば、患者様自らがもう一度リハビリのメニューをくりかえしてやってみることや、家族が面会時間に療法士に家族ができるリハビリを教えてもらい、リハビリの協力をしてみるなど、何倍にもふくらませていくことがリハビリの道のりなのです。

療法士さんまかせにしないこと、繰り返しやっていくこと、退院しても療法士さんがいなくてもリハビリ、再び生きる道のりは続いていること、それを実行するのは自分であることを忘れないでいてほしいと願っています。2006年4月の診療報酬改定で更にこの認識が重要になってきています。

療法士による機能回復訓練が継続してうけられる回数の上限が疾病により90日〜180日と定められました。これ以上の日数の訓練を続けても保険点数がつかないことになりました。医療機関は保険がきかなくなればリハビリを打ち切らざるをえません。

患者様も10割自費で料金を支払ってまでリハビリを続けることはできないでしょう。リハビリは入院の中でしかできないものではなく、退院しても自宅でもリハビリを続けていくいきごみが大切です。