2019年01月17日

◆いもち病(稲熱病)の怖さ

渡部亮次郎


「蓑(みの)着て笠(かさ)着て鍬(くわ)持って お百姓さんご苦労さ
ん」という童謡がNHK第1放送から流れていた時代がある。明治でも大正で
もない、昭和も敗戦直後、1947、8年ごろだった。食糧難の時代、国民みん
なして百姓にゴマをすったのである。

蓑や笠を着る百姓は今やどこにも存在しない。すべて機械化して田圃から
は女性が姿を消した。田植えも稲刈りも機械がやるし、除草は農薬が解決
してくれた。結果、農村からは猫背、蟹股、腰曲がりが居なくなって久しい。

しかし、その代わり、田圃から女性と共に居なくなったのが泥鰌(どじょ
う)とトンボである。稲作の大敵「いもち病」を防除すべく禁じ手「水銀
系農薬」を使ったからである。「いもち」はそれほど恐ろしい。今でも恐
ろしい。

「いもち」とはイネに対する最も普通の病気で,穂,葉,茎などに発生し
て大害を与える。とくに山間,北部地域では,いもち病との闘いが稲作の
大きな課題であった。この事情を反映して,日本植物病理学の分野では最
も多く,また深く研究されてきた病害である。

穂に発生すると発病部位から先の方は実らないので、「穂首いもち」は被
害が深刻である。「葉いもち」、穂いもちとも同じ菌によって起こるが、
発生の様相としては、比較的葉いもちが多くて穂いもちの少ない南日本型
と、逆に葉いもちよりも穂いもちの多い北日本型がある。

若いイネに激発すると株全体が萎縮して枯れてしまう。この病状を「ずり
込みいもち」という。防除に失敗すれば収穫ゼロ。

防除薬剤としては,戦前はボルドー液万能であったが,戦後一時期有機水
銀剤が脚光を浴び目覚ましい効果を挙げた。これが禁じ手と気付いて止め
たものの遅かりし。泥鰌は死滅した。

現在では抗生物質剤(ブラストサイジンS、カスガマイシンなど)や有機リ
ン粒剤などが使われている。

いもちは一般に,日照不足,多雨,低温のときに病気が多く,またイネの
体内に遊離の窒素成分が多く,ケイ酸が少ないときに発生が多い。

いもち病の発生程度は年次によっても異なり,ほぼ10年周期で大発生が記
録されている。昭和年代に入ってからは,1934(昭和9)年の稲作冷害が
有名で,東北地方では娘の身売など深刻な社会問題が発生した。

陸軍のクーデター「2・26事件(1936年)」の背景であるが、この不作には純
冷害のほかにいもち病による被害が大きかった。

戦後では,53(昭和28)年,63(38)年,74(49)年に大発生をみている。

的確な防除を行うには発生を予察することが肝要である。以前から気象条
件,イネの体質,胞子の飛散などを知って穂いもち病の発生を予測してい
たが,近年コンピューター導入で,大量のデータからの予察も試みられて
いる。

日本ではじめてこの病気が記録されたのは,1679年(延宝7)の《永禄以来当
院記録年鑑》(広積院祐栄書)とされるが,その後の《耕稼春秋》(1707ごろ)
の記載が人口に膾炙(かいしや)している。

イネ品種によってかなり抵抗性に違いがみられる。外国イネには強度の抵
抗性のものがあるが,日本在来の品種は概してかかりやすい。

従って日本にいける稲の品種改良は、収穫量、食味の追及とともにいもち
など稲の病害虫に対する抵抗力の研究に重点が置かれてきた。

最近は外国イネの強い抵抗性因子を導入した品種も育成されている。しか
しせっかく抵抗性品種ができても突然ひどく罹病してしまうことがある。
これはレース新生のためであることが多い。

レースrace とは形態が同じでありながら病原性の異なる菌で,日本には
今16以上のイネいもち病菌レースが知られている。

ここ数年 Pyricularia属菌の菌学的な研究が進み,イネいもち病菌とシコ
クビエいもち病菌の交配によって有性胞子が形成され,またイネいもち病
菌がタケに寄生性のあることが知られるなどして,菌の所属について検討
される時機にある。資料 世界大百科事典(C)株式会社日立システムアン
ドサービス 2008・07・07


◆見えないトランプ大統領

櫻井よしこ


「「同盟重視論」が見えないトランプ大統領 米国の攻勢に中国・習政権
は後退の1年か 

2018年は最後まで気の抜けない1年だった。19年の今年はその延長線上
で、より大きな変化と試練が生じるだろう。そうしたことを念頭に置いて
決断を下せば、逆に日本にとっては好機の年になる。世界情勢に油断なく
気を配り、気概を持ち続けることが必須だ。

昨年12月、ジェームズ・マティス米国防長官はドナルド・トランプ米大統
領に辞任の意向を伝えた。トランプ氏のシリアからの米軍撤退に同意でき
ず、2月末に政府を去るとしたマティス氏をトランプ氏は、今年1月1日を
もって辞任させた。

日本が注目しておくべきことは、マティス氏が「米国は自由世界に不可欠
の国だが、強い同盟関係を維持し同盟国に敬意を示さなければ国益を守る
ことはできない」として、同盟関係の重要性を説いたのに対し、トランプ
氏にその気がないことだ。

昨年10月にマイク・ペンス副大統領が行った激烈な中国批判の演説を、日
本は歓迎した。確かに日本にとって基本的に歓迎すべき内容だった。しか
しここでも注目したいのは、ペンス氏の演説には、トランプ氏同様、「同
盟重視論」がないことだ。

シリアで米軍と共に戦ったクルド人勢力を見捨てる決定をしたトランプ氏
の立場で見れば、米国大統領として自分はかねてシリアからの撤退を明言
していた。それは自分の公約だという思いがあるのだろう。

トランプ氏の特徴は、ひとつひとつの公約をその善し悪しは別として、実
行することだ。氏の価値観はあくまでも「米国第一」で、同盟国は大事だ
が、米国の国益を揺るがせにすることはない。日米同盟に大きな比重を置
く日本にとって、自力を強めることなしに米国に依存し続けることの危険
は承知しておいた方がよいだろう。

中国の現状をよく伝えていたのが習近平中国国家主席のブレーンの一人、
ヤン・スウエトン氏が「フォーリン・アフェアーズ」の2019年1〜2月号に
書いた論文だ。題名は「容易ならざる平和の時代 分断世界における中国
の力」である。明らかに中国政府の意向を反映していると思われる論文で
目を引くのは「中国はジュニア・スーパーパワーの役割を果たす」という
表現だ。

この件りは、中国のあらゆる側面を厳しく批判し敵対視した10月のペンス
演説を「誤解を招く」としながらも、「一面の真実がある」と評価した中
で出てきたものだ。そこにはこう書いている。

「ポスト冷戦期の米国一強時代は終わり、二極時代が戻ってきた。中国が
ジュニア・スーパーパワーの役割を果たす時代だ」

確かに米国一強時代は終わった。その点では米国が抱く脅威には理由があ
る。しかし、中国は米国を排除するのでなく、米国をいわば兄貴分と見做
す。中国は弟分でよいと、言っているのである。中国はかつてのように米
国に対して弱者としての立場を強調する外交に転じようとしていると読み
とれる。

12月21日に「ニューヨーク・タイムズ」紙に、コーネル大学のエスワー・
プラサド教授が「中国は米国と妥協したがっている」と書いていた。

中国での広範な意見交換の結果、指導者の多くが中国経済の先行きに非常
に深刻な懸念を抱いており、改革志向の人々はトランプ氏の強圧を、中国
の改革を進める上での追い風として評価さえしているとの内容だ。

習氏は本来なら昨年中に開催していなければならない中国共産党中央総会
を遂に開催できずに年を越した。その年毎の基本政策を決める中央総会が
開かれなかったのは毛沢東時代以来約60年振りの異常事態だ。米国の攻勢
の前に習政権がじりじりと後退する1年になるのか。日本にとっても難し
い外交が待っている。だから覚悟が必要だ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年1月12日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1262 

◆古寺旧跡巡礼 当麻寺 A

石田 岳彦


当麻寺は、境内の南側に2つの三重塔があり、その北側に金堂、更にその北側に講堂があるという、薬師寺と同じ伽藍の配置ですが、スペースが足りなかったのか、敷地の南側は丘になっていて、2つの塔は斜面を削り取って造成された高台に建てられています。

しかも、金堂と講堂の西側に本堂が東向きに建っていて(講堂と金堂は南向き)、大門(正門)が南ではなく、東側にあり(金堂ではなく、本堂に合わせているようです。)、更に金堂と東西の塔の間に2つのお坊が割り込み、西塔と東塔の間にもやはりお坊が建てられるなど、平地に整然と建物が並んでいる薬師寺に比べて、かなりのカオス状態です。

そこに見えている2つの三重塔に境内案内図で通路を確認しながらでないと辿り着けないというのですから、何時か、何処かで、何かを間違えてしまったに違いありません。

 金堂とはその寺のご本尊となる仏像がまつられているお堂で、本堂とはその寺の中心的なお堂をいいます。講堂は仏法についての講話を聴くための場所となるお堂です。

 古代からの寺院の場合、法隆寺、東大寺、興福寺、薬師寺、唐招提寺等のように、金堂はあっても、本堂とはされていない(つまり、その寺院に「本堂」と呼ばれる建物がない)ことが多いようです。仏舎利をまつった塔が伽藍の中心という考えが強かったためでしょうか。

 他方、比較的新しい時代のお寺では、金堂=本堂で、単に「本堂」と呼ぶことが多く、いずれにしても、金堂とは別に本堂があるという当麻寺のようなお寺は珍しいです(ざっと調べた範囲では、有名な寺院だと、他に室生寺くらいです)。

 もともと当麻寺は、聖徳太子の異母弟の麻呂古王(日本書紀によると当麻氏の祖とされています)が開いた寺を、当麻国見(たいまのくにみ)が現在の地に移したとされる(あくまでも寺伝で、実際のところはよく分かっていないようです)、金堂を中心とするお寺でした。

 しかし、後世に中将姫伝説が有名になってしまい、もとから存在した金堂とは別に、中将姫お手製の曼荼羅をまつったお堂(曼荼羅堂)が「本堂」に昇格してしまったため、「金堂」と「本堂」が並存するという珍しい状態になったようです。

本堂にある受付にいって、本堂、金堂、講堂の拝観共通券を買います。国宝の本堂は瓦葺で、寄棟造(屋根の形状で、棟から4方向に傾斜する屋根面を持つもの)、平入り(床が長方形の建物で、広い辺の側に入り口があることをいいます)と、仏教寺院の本堂としては、オーソドックスな形をしています。

上記のように中将姫の織った曼荼羅をまつるお堂で、奈良時代末から平安時代初期に建てられたものが、平安時代末期に改造されて現在の姿になったということです。

 本堂の中央に立派な須弥檀(しゅみだん)があり、その上にやたらとでかい厨子が載っています。奈良時代末から平安時代の初期に作られたものといわれているそうです。

 厨子の中に飾られている曼荼羅(約4m×4mというでかさです。厨子がでかくなるのも当然です)は、まさしく中将姫により織られた伝説の曼荼羅・・・ではなく、残念ながら、室町時代に作られた複本ですが、それでもかなりの古さを感じさせます。というか、相当に傷んでいます。

ちなみにオリジナルは更に傷みが激しいらしく、原則として非公開になっていて、私もいまだに実物にお目にかかったことがありません。オリジナルの写真を見ましたが、思わず「傷み」を「悼み」と誤植したくなるくらい、相当に傷んでいます。

 阿弥陀様が中央に座っていて、その周囲を多くの菩薩が囲み、後方に描かれた横長の建物は平等院鳳凰堂のモデルになったということですが、退色に加え、曼荼羅の上に金網が張られているので、細かな部分までは分かりません。

ちなみに厨子の蓋(現在残っているのは鎌倉時代に作られた後補のものですが)は取り外されていて、時々、奈良国立博物館に展示されています。黒漆の地に金蒔絵というシンプルながら豪華な一品です。

 厨子の右側には中将姫の念持仏と言われる十一面観音像がまつられており、弘仁時代(平安前期。810年−823年)の作といわれています。

「奈良時代に亡くなったお姫様が、何故、平安時代に作られた観音様を拝めたのだろう?」という素朴な疑問は忘れて、素直な心でお参りしましょう。歴史考証というものは、少なからずロマンと対立するものす。   <弁護士>               

2019年01月16日

◆さぁ次はオマーンの漁場を狙え

宮崎 正弘


平成31年(2019年)1月12日(土曜日)弐 通巻第5952号  

さぁ次はオマーンの漁場を狙え、中国「一帯一路」の罠
  470隻の近代漁船が2万3000の小舟、零細漁師の漁場を直撃

ホルムズ海峡の隘路、対岸がイランのバンダル・アッバース。サウジアラ
ビア半島側はオマーン(旧国名はマスカット・オマーン)の飛び地である。

ドバイに滞在していたおり、オマーンの国境まで4WDを疾駆させて行っ
たことがあるが、荒れた台地に茶褐色に岩肌、農地にもならない曠野。そ
れが国境だった。

オマーン本国は、ホルムズ海峡を扼する飛び地から東南東。アラビア海と
インド洋に「7」のような地形でせり出している。海岸線が3165キロのも
及ぶ。

海洋地政学にとって、要衝となるのは当然だろうと思える。首都のマス
コットから南西南へ500キロ。ここがインド洋に面するドクムという漁村
である。

つい昨今まで、ドクムを中心とする5万人の漁師たちは2万3000といわれ
る小舟にヤマハのモーターを駆動させて漁場を移動し、漁獲類は「干し
物」にしてから駱駝の背にのせ、首都マスカットまで500キロ、月の砂漠
をキャラバンで運搬していた。

俄かに、この寒村に焦点が当たった。

「一帯一路」を標榜する中国が舌なめずりしながら大々的に進出してきた
からだ。中国はこう言った。「ドクムを中東最大の漁業基地にして東アフ
リカ一帯の漁業センターにしよう」。

オマーンを取り込む「一帯一路の」の罠が仕掛けられたのだ。

2017年、中国はこのドクムを「免税特区」「輸出工業区」として開発する
ために107億ドルを投資する、条件は25「年の租借で、更新可能としたい
と提案した。この降って湧いたような巨額投資にオマーンはすぐ合意に達
した。

オマーンは歳入の55%を石油に依存しているため、ほかの産業育成による
収入源の確保に魅力がある。

しかし中国の隠された企図とは、いずれ漁場拠点の軍港転用であり、ジブ
チに海軍基地をつくったように、長期戦略に基づいている。

オマーンは絶対君主制、サィード国王の独裁政治だが、一応、議会があ
る。大政翼参会的な議会はすぐに中国の案件を諒承し、2020年完成を目指
して工事が始まった。すでに10の漁場に冷凍倉庫、魚介類加工、製氷製造
工場などが建設された。

中国は合計470隻の近代的漁船を投入するとしており、10の工場がすでに
稼働している(アジアタイムズ、1月11日)。

怒ったのは地元の漁民、零細で小舟による釣りで生計を立ててきたが、大
型漁船、冷凍設備をもつ近代船などが近海から魚を収獲すると、地元漁民
の生活が成り立たなくなるではないか。

オマーン政府は漁民の怒りをいかに静めるか注目が集まっている。

        
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1842回】     
 ――「只敗殘と、荒涼と、そして寂寞との空氣に満たされて居る」――諸橋
(15)
諸橋徹次『遊支雜筆』(目?書店 昭和13年)

              ▽

長江を遡り諸橋の旅は続く。

よくもまあ、と思えるほどに丁寧に名勝旧跡を回り、関連する故事来歴を
記しながら、時の流れの中で惨澹として珍妙に変わり果てた姿を綴ってい
る。だが、これまで見て来た惨状と大同小異なので敢えて割愛するが、や
はり大冶鉄山については日本人として記憶しておくべきと思うので、手短
に綴っておく。

じつは大冶が全山鉄鉱山であることを発見したのは、清末に近代化を進
めた代表的指導者の張之洞の秘書だった。彼は古書の記述から一帯には鉄
鉱山があると推測する。そこでドイツ人技師に調査を依頼すると、はたせ
るかな豊富な鉄鉱脈を発見したものの、「其の技師は張之洞に先立つて、
本國の公使に知らせた。獨乙公使は素知らぬ顔で其の邊りの土地を讓與し
て欲しひ」と張之洞に申し出る。

すると「此のくせものと、張は一喝の下に技師を解雇した」。なんともド
イツ人の振る舞いはセコイ。やはりドイツ人はセコイのだ。

陶淵明の墓に詣でるべく旅を続ける。某村に着く。「夕日輝きて心地よ
し」。農家に宿を頼むと「殊勝にも御泊りなされ」と。「地獄に佛な
り」。だが「室に入れば汚きこと限りな」く、「戸障子とては一枚もな
し」。「先ず伴へる苦力に飯を炊かせて」、諸橋は「其の家より芋と葱と
を買求め」て調理して食事とした。

疲労の余りかバタン、キュー。「一睡の後醒むれば、予の伴へる苦力と宅
の主人とは、尚頻りに酒を呑みて興がる」。苦力は得意げに諸橋は老朋友
だと説明している。「可笑い」。

そこまではよかったが、そのうちに「苦力小便せまほしと云ふ」。すると
「主人自ら導いて至れる」のは諸橋の寝ている部屋だった。「南無三寶、
臭氣鼻を撲ちて堪へ難し。點燈して見れば汚き便器四疊半にも足らぬ我が
室にあるなり」。かくて我慢ならなくなった諸橋は「苦力を呼び、命じて
其の便器を取去らしむ」。

あの謹厳実直を絵に描いたような漢学者の諸橋が、なんと「汚き便器」の
隣で「臭氣鼻を撲ちて堪」い思いを抱きながら寝ていたとは。古人の言う
ように、確かに艱難汝ヲ玉ニスルものらしい。

某地でのこと。「最上の旅館なりと馬夫の案内」に誘われると、「狹隘
湫隘殆ど馬小屋にも劣る處」だった。しかも「室外には馬糞積んで山の如
し」。

また或る所では。「此の地旅館なし。驛長に一宿を乞うへば、近來土匪
猖獗にして、城外の地は保證し難し、日の暮れざる間に」、早く市街地
行って衙門(やくしょ)を訪ねよ、と。

その土匪だが「居民に課する強制徴収は甚だ苛酷」であり、支払いに応じ
な場合は「立ちどころに之を殺す」。当時、一帯に土匪が多かったのは、
北京中枢の一角を占めていた段祺瑞麾下の軍が敗北したからであり、兵士
たちは「段軍の潰散と共に今郷に歸り、土匪とな」ったからである。

そこもと左様にして食いっぱぐれれば流民になり、流民は匪賊になり、匪
賊が兵士になり、運よく戦で軍功を挙げればトントン拍子に出世して、将
軍となり政府の役人に。破れた兵士は匪賊になり、匪賊は流民に。やがて
流民から乞食に。これが「好い鉄は釘にならない。好い人は兵にならな
い」人々の、人生双六ということになる。

曲阜の孔子廟を訪ねた時のこと。「今朝來土匪の猖獗を傳ふる事頻りな
り。曰く尼山に五百人の土匪あり、首領を于三?と云ふ。久山に二千五百
の土匪あり、首領を劉某と云ふ。之に對して濟南第五師團歩兵の一營千五
百人之に當り居れども、官軍戰毎に利あらず、今は曲阜を去る遠からざる
姚村まで土匪の襲來あり」。どうやら孔子サマの有難さもご利益も、土匪
の前では役には立たなかったようだ。

やはり小人は閑居して不善を為すものだ。

数多くの奇天烈な体験も、また『大漢和辞典』作りの下地になったのだろ
うか。


◆見えないトランプ大統領

櫻井よしこ

 
「「同盟重視論」が見えないトランプ大統領 米国の攻勢に中国・習
政権は後退の一年か」


2018年は最後まで気の抜けない1年だった。19年の今年はその延長線上
で、より大きな変化と試練が生じるだろう。そうしたことを念頭に置いて
決断を下せば、逆に日本にとっては好機の年になる。世界情勢に油断なく
気を配り、気概を持ち続けることが必須だ。

昨年12月、ジェームズ・マティス米国防長官はドナルド・トランプ米大統
領に辞任の意向を伝えた。トランプ氏のシリアからの米軍撤退に同意でき
ず、2月末に政府を去るとしたマティス氏をトランプ氏は、今年1月1日を
もって辞任させた。

日本が注目しておくべきことは、マティス氏が「米国は自由世界に不可欠
の国だが、強い同盟関係を維持し同盟国に敬意を示さなければ国益を守る
ことはできない」として、同盟関係の重要性を説いたのに対し、トランプ
氏にその気がないことだ。

昨年10月にマイク・ペンス副大統領が行った激烈な中国批判の演説を、日
本は歓迎した。確かに日本にとって基本的に歓迎すべき内容だった。しか
しここでも注目したいのは、ペンス氏の演説には、トランプ氏同様、「同
盟重視論」がないことだ。

シリアで米軍と共に戦ったクルド人勢力を見捨てる決定をしたトランプ氏
の立場で見れば、米国大統領として自分はかねてシリアからの撤退を明言
していた。それは自分の公約だという思いがあるのだろう。

トランプ氏の特徴は、ひとつひとつの公約をその善し悪しは別として、実
行することだ。氏の価値観はあくまでも「米国第一」で、同盟国は大事だ
が、米国の国益を揺るがせにすることはない。日米同盟に大きな比重を置
く日本にとって、自力を強めることなしに米国に依存し続けることの危険
は承知しておいた方がよいだろう。

中国の現状をよく伝えていたのが習近平中国国家主席のブレーンの一人、
ヤン・スウエトン氏が「フォーリン・アフェアーズ」の2019年1〜2月号に
書いた論文だ。題名は「容易ならざる平和の時代 分断世界における中国
の力」である。明らかに中国政府の意向を反映していると思われる論文で
目を引くのは「中国はジュニア・スーパーパワーの役割を果たす」という
表現だ。

この件りは、中国のあらゆる側面を厳しく批判し敵対視した10月のペンス
演説を「誤解を招く」としながらも、「一面の真実がある」と評価した中
で出てきたものだ。そこにはこう書いている。

「ポスト冷戦期の米国一強時代は終わり、二極時代が戻ってきた。中国が
ジュニア・スーパーパワーの役割を果たす時代だ」

確かに米国一強時代は終わった。その点では米国が抱く脅威には理由があ
る。しかし、中国は米国を排除するのでなく、米国をいわば兄貴分と見做
す。中国は弟分でよいと、言っているのである。中国はかつてのように米
国に対して弱者としての立場を強調する外交に転じようとしていると読み
とれる。

12月21日に「ニューヨーク・タイムズ」紙に、コーネル大学のエスワー・
プラサド教授が「中国は米国と妥協したがっている」と書いていた。

中国での広範な意見交換の結果、指導者の多くが中国経済の先行きに非常
に深刻な懸念を抱いており、改革志向の人々はトランプ氏の強圧を、中国
の改革を進める上での追い風として評価さえしているとの内容だ。

習氏は本来なら昨年中に開催していなければならない中国共産党中央総会
を遂に開催できずに年を越した。その年毎の基本政策を決める中央総会が
開かれなかったのは毛沢東時代以来約60年振りの異常事態だ。米国の攻勢
の前に習政権がじりじりと後退する1年になるのか。日本にとっても難し
い外交が待っている。だから覚悟が必要だ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年1月12日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1262
            

◆古寺旧跡巡礼 当麻寺 @

石田 岳彦


<私は大阪で弁護士をしています。大学生時代からの趣味で、社寺、名勝、旧跡から、明治以降のいわゆる近大遺産まで、九州から東北まで(そのうち北海道にも行きたいです)、「歴史的なもの」を見て回っています。今回「私の古寺旧跡巡礼」と題して綴ってみました>。
 

さて本題―。奈良県葛城市(旧当麻町)にある「当麻寺」というのは、不思議なお寺です。

国宝の仏像、曼荼羅、厨子、本堂、2基の三重塔、梵鐘、重要文化財多数を持っているという文化財の宝庫で、「古寺巡礼」、「日本の寺院100選」といった書籍、雑誌の特集があれば、必ず名前のあがるという古寺巡りや古文化財のファンの間では常識というか、知らない人はもぐり扱いされるという有名なお寺ですが、世間一般の知名度は高くないようです。

おそらく、奈良、飛鳥、斑鳩という奈良県内のメジャーな観光地から離れたところにあるので、観光客が少ないことが原因でしょう。観光ガイドの扱いも微々たるものです。

もし、奈良市内にあれば、東大寺や興福寺は無理でも、薬師寺や唐招提寺なみにはメジャーになれたであろうという、ある意味とても不運なお寺といえます。

もっとも、奈良市内にあったならば、上記の文化財の少なからずが、戦火に巻き込まれて灰になった可能性もありますが。

ところで、当麻寺の最大の売り物(?)は、中将姫伝説です。

中将姫は、奈良時代の貴族のお姫様で、継母に度々、命を狙われるという苦難を乗り越え、阿弥陀如来の導きによって極楽浄土の光景を描いた曼荼羅を織り上げ、極楽浄土へ旅立ったとされる伝説上の人物です。

これが、「本当は怖いグリム童話」なら、シンデレラのように、継母の目を鳩がほじくったり、或いは、白雪姫のように、継母に焼けた鉄の靴を履かせたりといった感じのハッピーエンドになるところですが、そういう物騒な展開はありません。仏教説話ですから。

継母がその後、地獄に落ちて、閻魔様に舌を抜かれるという因果応報的な後日談はあるかも知れません。仏教説話ですから。

近鉄南大阪線の当麻寺駅を出て、まっすぐ西を目指します。駅から出発してまも無く、右側路傍に当麻蹴速(たいまのけはや)の墓、とされる五輪塔があります。

 この蹴速は、垂仁天皇の時代の人で、天下最強を宣言して挑戦者を募っていたところ、垂仁天皇の命で、出雲からやってきた野見宿禰(のみのすくね)と相撲をとることになり、宿禰に蹴り殺された(当時の相撲は今よりもかなりバイオレンスなルールだったようですね。)という、色々な意味で「痛い」人です。

もっとも、垂仁天皇(日本書紀等の記述によると紀元前1世紀から1世紀にかけて在位。卑弥呼よりも前です。)自体、実在が危ぶまれている状況ですので、この話も歴史というより、伝説の部類です。

この蹴速と宿禰の対戦が、わが国の相撲の始まりとされているそうです。すぐ近くに相撲館という、相撲資料館まで建てられています。中将姫と当麻蹴速とおぼしき男女のかわいらしいキャラクターのイラストがポスターに載っていました。今、はやりのユルキャラというやつでしょうか。余計なお世話だと思いますが、かなり幸の薄そうなカップルです。

駅から歩いて15分ほどで大門に着きます。境内の東端に建っている楼門で、古寺にふさわしい風格です。大門を入ってすぐ、正面には鐘楼があります。国宝の梵鐘を「吊ってある」お堂です。

「吊ってある」というのは、一見、梵鐘が吊られているように見えますが、実は下に台が設けられていて、梵鐘はその上に置かれているからです。以前にお寺の方から聞いた話では、十数年前まで当麻寺には鐘楼は存在せず、梵鐘もいずれかのお堂に置かれていたそうです。

その後、鐘楼が再興され、それに合わせて梵鐘を鐘楼に吊るすことになったものの、いざ、吊るそうという段になって、龍頭(梵鐘を吊るすための上部にある輪状の突起)にひびがあるのが発見され、吊るすことができなくなってしまいました。

にもかかわらず、「せっかく再建したのだから鐘楼に梵鐘を飾りたい」ということで、こうなったようです。観光ガイドにも載っていない、思いっきりどうでもよいトリビアといえます。(つづく)

         <福岡県福岡市出身、大阪弁護士会・弁護士>

2019年01月15日

◆見えないトランプ大統領

櫻井よしこ

 
「「同盟重視論」が見えないトランプ大統領 米国の攻勢に中国・習政
権は後退の一年か」

2018年は最後まで気の抜けない1年だった。19年の今年はその延長線上
で、より大きな変化と試練が生じるだろう。そうしたことを念頭に置いて
決断を下せば、逆に日本にとっては好機の年になる。世界情勢に油断なく
気を配り、気概を持ち続けることが必須だ。

昨年12月、ジェームズ・マティス米国防長官はドナルド・トランプ米大統
領に辞任の意向を伝えた。トランプ氏のシリアからの米軍撤退に同意でき
ず、2月末に政府を去るとしたマティス氏をトランプ氏は、今年1月1日を
もって辞任させた。

日本が注目しておくべきことは、マティス氏が「米国は自由世界に不可欠
の国だが、強い同盟関係を維持し同盟国に敬意を示さなければ国益を守る
ことはできない」として、同盟関係の重要性を説いたのに対し、トランプ
氏にその気がないことだ。

昨年10月にマイク・ペンス副大統領が行った激烈な中国批判の演説を、日
本は歓迎した。確かに日本にとって基本的に歓迎すべき内容だった。しか
しここでも注目したいのは、ペンス氏の演説には、トランプ氏同様、「同
盟重視論」がないことだ。

シリアで米軍と共に戦ったクルド人勢力を見捨てる決定をしたトランプ氏
の立場で見れば、米国大統領として自分はかねてシリアからの撤退を明言
していた。それは自分の公約だという思いがあるのだろう。

トランプ氏の特徴は、ひとつひとつの公約をその善し悪しは別として、実
行することだ。氏の価値観はあくまでも「米国第一」で、同盟国は大事だ
が、米国の国益を揺るがせにすることはない。日米同盟に大きな比重を置
く日本にとって、自力を強めることなしに米国に依存し続けることの危険
は承知しておいた方がよいだろう。

中国の現状をよく伝えていたのが習近平中国国家主席のブレーンの一人、
ヤン・スウエトン氏が「フォーリン・アフェアーズ」の2019年1〜2月号に
書いた論文だ。題名は「容易ならざる平和の時代 分断世界における中国
の力」である。明らかに中国政府の意向を反映していると思われる論文で
目を引くのは「中国はジュニア・スーパーパワーの役割を果たす」という
表現だ。

この件りは、中国のあらゆる側面を厳しく批判し敵対視した10月のペンス
演説を「誤解を招く」としながらも、「一面の真実がある」と評価した中
で出てきたものだ。そこにはこう書いている。

「ポスト冷戦期の米国一強時代は終わり、二極時代が戻ってきた。中国が
ジュニア・スーパーパワーの役割を果たす時代だ」

確かに米国一強時代は終わった。その点では米国が抱く脅威には理由があ
る。しかし、中国は米国を排除するのでなく、米国をいわば兄貴分と見做
す。中国は弟分でよいと、言っているのである。中国はかつてのように米
国に対して弱者としての立場を強調する外交に転じようとしていると読み
とれる。

12月21日に「ニューヨーク・タイムズ」紙に、コーネル大学のエスワー・
プラサド教授が「中国は米国と妥協したがっている」と書いていた。

中国での広範な意見交換の結果、指導者の多くが中国経済の先行きに非常
に深刻な懸念を抱いており、改革志向の人々はトランプ氏の強圧を、中国
の改革を進める上での追い風として評価さえしているとの内容だ。

習氏は本来なら昨年中に開催していなければならない中国共産党中央総会
を遂に開催できずに年を越した。その年毎の基本政策を決める中央総会が
開かれなかったのは毛沢東時代以来約60年振りの異常事態だ。米国の攻勢
の前に習政権がじりじりと後退する1年になるのか。日本にとっても難し
い外交が待っている。だから覚悟が必要だ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年1月12日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1262

◆次はオマーンの漁場を狙え

宮崎 正弘


平成31年(2019年)1月12日(土曜日)弐 通巻第5952号    

さぁ次はオマーンの漁場を狙え、中国「一帯一路」の罠
  470隻の近代漁船が2万3000の小舟、零細漁師の漁場を直撃

ホルムズ海峡の隘路、対岸がイランのバンダル・アッバース。サウジアラ
ビア半島側はオマーン(旧国名はマスカット・オマーン)の飛び地である。

ドバイに滞在していたおり、オマーンの国境まで4WDを疾駆させて行っ
たことがあるが、荒れた台地に茶褐色に岩肌、農地にもならない曠野。そ
れが国境だった。

オマーン本国は、ホルムズ海峡を扼する飛び地から東南東。アラビア海と
インド洋に「7」のような地形でせり出している。海岸線が3165キロ
のも及ぶ。

海洋地政学にとって、要衝となるのは当然だろうと思える。首都のマス
コットから南西南へ500キロ。ここがインド洋に面するドクムという漁村
である。

つい昨今まで、ドクムを中心とする五万人の漁師たちは2万3000といわれ
る小舟にヤマハのモーターを駆動させて漁場を移動し、漁獲類は「干し
物」にしてから駱駝の背にのせ、首都マスカットまで500キロ、月の砂漠
をキャラバンで運搬していた。

俄かに、この寒村に焦点が当たった。

「一帯一路」を標榜する中国が舌なめずりしながら大々的に進出してきた
からだ。中国はこう言った。「ドクムを中東最大の漁業基地にして東アフ
リカ一帯の漁業センターにしよう」。

オマーンを取り込む「一帯一路の」の罠が仕掛けられたのだ。

2017年、中国はこのドクムを「免税特区」「輸出工業区」として開発する
ために107億ドルを投資する、条件は25年の租借で、更新可能としたい
と提案した。この降って湧いたような巨額投資にオマーンはすぐ合意に達
した。

オマーンは歳入の55%を石油に依存しているため、ほかの産業育成にる収
入源の確保に魅力がある。

しかし中国の隠された企図とは、いずれ漁場拠点の軍港転用であり、ジブ
チに海軍基地をつくったように、長期戦略に基づいている。

オマーンは絶対君主制、サィード国王の独裁政治だが、一応、議会があ
る。大政翼参会的な議会はすぐに中国の案件を諒承し、2020年完成を目指
して工事が始まった。すでに10の漁場に冷凍倉庫、魚介類加工、製氷製造
工場などが建設された。

中国は合計470隻の近代的漁船を投入するとしており、10の工場がすでに
稼働している(アジアタイムズ、1月11日)。

怒ったのは地元の漁民、零細で小舟による釣りで生計を立ててきたが、大
型漁船、冷凍設備をもつ近代船などが近海から魚を収獲すると、地元漁民
の生活が成り立たなくなるではないか。

オマーン政府は漁民の怒りをいかに静めるか注目が集まっている。

       
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1842回】     
 ――「只敗殘と、荒涼と、そして寂寞との空氣に満たされて居る」――諸橋
(15)
諸橋徹次『遊支雜筆』(目?書店 昭和13年)

             ▽

長江を遡り諸橋の旅は続く。

よくもまあ、と思えるほどに丁寧に名勝旧跡を回り、関連する故事来歴を
記しながら、時の流れの中で惨澹として珍妙に変わり果てた姿を綴ってい
る。だが、これまで見て来た惨状と大同小異なので敢えて割愛するが、や
はり大冶鉄山については日本人として記憶しておくべきと思うので、手短
に綴っておく。

 じつは大冶が全山鉄鉱山であることを発見したのは、清末に近代化を
進めた代表的指導者の張之洞の秘書だった。彼は古書の記述から一帯には
鉄鉱山があると推測する。そこでドイツ人技師に調査を依頼すると、はた
せるかな豊富な鉄鉱脈を発見したものの、「其の技師は張之洞に先立つ
て、本國の公使に知らせた。獨乙公使は素知らぬ顔で其の邊りの土地を讓
與して欲しひ」と張之洞に申し出る。
すると「此のくせものと、張は一喝の下に技師を解雇した」。なんともド
イツ人の振る舞いはセコイ。やはりドイツ人はセコイのだ。

 陶淵明の墓に詣でるべく旅を続ける。某村に着く。「夕日輝きて心地
よし」。農家に宿を頼むと「殊勝にも御泊りなされ」と。「地獄に佛な
り」。だが「室に入れば汚きこと限りな」く、「戸障子とては一枚もな
し」。「先ず伴へる苦力に飯を炊かせて」、諸橋は「其の家より芋と葱と
を買求め」て調理して食事とした。
疲労の余りかバタン、キュー。「一睡の後醒むれば、予の伴へる苦力と宅
の主人とは、尚頻りに酒を呑みて興がる」。苦力は得意げに諸橋は老朋友
だと説明している。「可笑い」。

 そこまではよかったが、そのうちに「苦力小便せまほしと云ふ」。する
と「主人自ら導いて至れる」のは諸橋の寝ている部屋だった。「南無三
寶、臭氣鼻を撲ちて堪へ難し。點燈して見れば汚き便器四疊半にも足らぬ
我が室にあるなり」。かくて我慢ならなくなった諸橋は「苦力を呼び、命
じて其の便器を取去らしむ」。
あの謹厳実直を絵に描いたような漢学者の諸橋が、なんと「汚き便器」の
隣で「臭氣鼻を撲ちて堪」い思いを抱きながら寝ていたとは。古人の言う
ように、確かに艱難汝ヲ玉ニスルものらしい。

 某地でのこと。「最上の旅館なりと馬夫の案内」に誘われると、「狹
隘湫隘殆ど馬小屋にも劣る處」だった。しかも「室外には馬糞積んで山の
如し」。
 また或る所では。「此の地旅館なし。驛長に一宿を乞うへば、近來土
匪猖獗にして、城外の地は保證し難し、日の暮れざる間に」、早く市街地
行って衙門(やくしょ)を訪ねよ、と。

 その土匪だが「居民に課する強制徴収は甚だ苛酷」であり、支払いに
応じな場合は「立ちどころに之を殺す」。当時、一帯に土匪が多かったの
は、北京中枢の一角を占めていた段祺瑞麾下の軍が敗北したからであり、
兵士たちは「段軍の潰散と共に今郷に歸り、土匪とな」ったからである。
そこもと左様にして食いっぱぐれれば流民になり、流民は匪賊になり、匪
賊が兵士になり、運よく戦で軍功を挙げればトントン拍子に出世して、将
軍となり政府の役人に。破れた兵士は匪賊になり、匪賊は流民に。やがて
流民から乞食に。これが「好い鉄は釘にならない。好い人は兵にならな
い」人々の、人生双六ということになる。

 曲阜の孔子廟を訪ねた時のこと。「今朝來土匪の猖獗を傳ふる事頻り
なり。曰く尼山に五百人の土匪あり、首領を于三?と云ふ。久山に二千五
百の土匪あり、首領を劉某と云ふ。之に對して濟南第五師團歩兵の一營千
五百人之に當り居れども、官軍戰毎に利あらず、今は曲阜を去る遠からざ
る姚村まで土匪の襲來あり」。どうやら孔子サマの有難さもご利益も、土
匪の前では役には立たなかったようだ。

やはり小人は閑居して不善を為すものだ。
 数多くの奇天烈な体験も、また『大漢和辞典』作りの下地になったのだ
ろうか。

◆認知症には「散歩」が効果

向市 眞知


以前、住友病院神経内科先生の「認知症」の講演を聴きに行きました。その時、「こんな症状があったら要注意!」という話から始まり、下記の11の指摘がありました。

1、同じことを何度も言ったり聞いたりする
2、ものの名前が出てこない
3、置き忘れやしまい忘れが目立つ
4、時間、日付、場所の感覚が不確かになった
5、病院からもらった薬の管理ができなくなった

6、以前はあった関心や興味が失われた
7、水道の蛇口やガス栓の閉め忘れが目立つ
8、財布を盗まれたといって騒ぐ
9、複雑なテレビドラマの内容が理解できない
10、計算のまちがいが多くなった
11、ささいなことで怒りっぽくなった

「これらがいくつかあったり、半年以上続いている時は、専門病院へ行きましょう」といわれました。

私自身、同じことを言ったり、物の名前が出てこなかったり、置き忘れやささいな事で怒りっぽくなったなあと思い当たるフシがいくつもありました。専門診療の対象といわれてしまうと本当にショックです。

「認知症」というと周りの人に迷惑をかけてしまう問題行動がクローズアップして、その印象が強いのですが、新しいことが覚えられない記憶障害もそうです。また、やる気がおこらない意欲の低下もそうですし、ものごとを考える思考力や判断する力、そして手順よくし処理する実行力の低下も「認知症」の症状です。

「認知症高齢者」のかた自身の不安は、時間や場所がわからなくなったり、体験そのものを忘れていく中で暮らしているのですから、自分以外の外界のすべてが不安要因になってしまうのです。

ご本人は真剣に外界を理解しようとしているのですが、家族は「ボケ」「痴呆」ということばの印象から、「認知症だからわからないだろう、理解できないだろう」と思い込んでいる例が多くみられます。
 
診察室でなんとご本人を目の前にして「認知症高齢者」の失態を平気でドクターに訴えたり、「母さんがボケてしまって」とはばかりもなく言ってしまったりします。

その瞬間に、ご本人はその家族に対してまた不安をつのらせてしまいます。また話を向けられたドクターも、ご本人を前にしてウンウンとうなづくべきか、ほんとうは困っているのです。

うなづけば家族は安心しますが、ご本人はドクターへの信頼感をなくしてしまいます。

よく「まだらボケ」とか言いますが、「正気の時もあるからやっかいだ」と表現されるご家族もあります。しかしそれは逆で、やっかいと考えるのではなく正気の部分があるのならその正気の部分を生かして日常生活を維持するようにしむけてみませんか。
 
「認知症」があっても、くりかえし続けている一定の日常生活はできるはずです。老年期以前の過去の生活を思い出させてあげると、高齢者は自分の価値を再発見し、意欲も湧いてくるとききました。

高齢者にとって脳機能の低下だけではなく、視覚や聴覚、味覚や嗅覚などの感覚もおとろえてきていることを理解してあげてください。

すべてを「認知症」の一言でかたづけてしまわないで下さい。見えやすくする、聞こえやすくするというような場面の工夫で問題行動が小さくなることもあります。
 
「認知症だからわからないだろう」と思い込むのは大まちがいです。「言ってもしかたない」と決めつけるのは悪循環です。「認知症」の方の感じる外界への不安を考えると、情報が遮断されると余計に不安が大きくなります。

どしどし情報を与えることが不安の軽減につながります。そのために外出しましょう。

「認知症」には「散歩」の効果があります。外界の空気は聴覚、視覚、嗅覚への刺激になり、脳の活性化につながります。
                       医療ソーシャルワーカー

2019年01月14日

◆台湾の将来に危険信号

Andy Chang


正月2日、中国の習近平が台湾に向けた談話を発表して「習五条」を
強調した上で、彼の主張する「92共識」とは「一国二制度」つまり香
港方式に外ならないことを明らかにした。台湾の蔡英文総統は直ちに
習近平の発言に反撥し、台湾は絶対に92共識を受け入れない、中国が
民主化し、台湾の主権と2300万人の自由民主を受け入れることが必要
であると発表した。蔡英文が習近平の圧力に反応を示したのは就任し
て以来、初めてである。

習近平の発言のあと正月8日にアメリカ、カナダ及びオーストラリア
の学者、John Tkacik、Joseph Bosco、Gordon Chang、Jerome Cohen、
BruceJacobsや、William StantonとStephen Young の元駐台湾AIT大使を
含めた台湾問題に詳しい学者44名が台湾の蔡英文総統及び台湾人民に公
開状を発表し、蔡英文総統への激励と共に、台湾人民が中国の脅威を
正しく認識し、輿論論争による政治主張の分裂を戒めた。

今まで国際学者が連名で台湾人民に警告したことは一度もなかった。
去年11月の中間選挙で惨敗した蔡英文政権に対し、中国の台湾併呑に
危機感を覚える民衆が増えたのは当然だが、国際問題の権威である学
者たちが連名で台湾政府や人民に公開状を発表したことは、諸国が台
湾の将来に危機を覚えて台湾人民に警告を発したのである。

同時に国際学者の公開状は米国その他の国々が(20年前に私が名付け
た)「台湾丸の沈没」を憂慮し、台湾問題に介入する決心をした証拠で
ある。

台湾を失えば太平洋を失う。地球の三分の一が中国に制圧される。中
国の南シナ海における覇権進出よりはるかに厳重な問題である。

●台湾の危機は台湾人民の責任

去年の中間選挙で地方政権の八割を失ったのは蔡英文の責任だけでな
く、「蔡英文に失望した」から国民党に投票した愚かな民衆の責任であ
る。蔡英文は馬英九の親中国路線を踏襲し、中国が台湾の国際的地位
を圧縮し続け、外交と内政ですべて無策無為だった。これに対し民衆
が統一を主張する国民党に投票した。責任は蔡英文と民衆の両方にあ
るが、台湾に多数いる台湾独立派も民衆を動かすことが出来なかった。

蔡英文の現状維持と呼ぶ無為無策に失望した民衆が中国の台湾統一の
脅威を軽視して国民党に投票したのは人民の危機感の欠如と国際政治
に無知である証拠、八割の政治地盤を失った民進黨の責任である。こ
の選挙の結果は人民が蔡英文に徹底失望した証拠である。

●「四大元老」の蔡英文公開状

正月年頭に台湾の元老と呼ばれる李遠哲、高俊明、彭明敏、呉?培の
四名が新聞に蔡英文に対する公開状を発表し、(1)蔡英文は来年の選
挙で総統再選を考慮せず、(2)政治の第一線から第二線に退き、(3)
行政院長に政治を任せることなどを要求した。

この四名のうち二名は蔡英文の総統府顧問である。総統の顧問が蔡英
文に対し政治から引退し再選を考えるなという厳しい勧告をしたので
ある。現職の総統に政治から引退せよと勧告するのは前代未聞だが、
この公開状は民衆から歓迎されたと同時に蔡英文の支持者や民進黨幹
部は彼らを「老いぼれは黙れ」と批判した。

蔡英文個人も「再選に出馬するかどうかは個人問題だ」と反発した。
但しこのことからわかるように、蔡英文が再選に出ても落選するのは
殆ど確実である。蔡英文が勧告を拒絶したことも彼女には顧問の勧告
を受け入れず反省の気配がないことで人民はさらに失望した。民衆は
蔡英文再選を歓迎せず国民党候補に投票するだろう。国民党が再び政
権を取ったら中国の台湾併呑は実現する。まさに台湾丸の沈没である。

台湾には民進黨と国民党の二大政党の外に第三政党の時代力量党もあ
る。しかし時代力量党は泡沫政党に近く人材が少ないし民衆の支持も
ない。台湾独立は人民の精神的支持だけで投票に立候補する主張も明
確でなく、独立理論が分裂しリーダーがいない。外国の学者が指摘し
たように今の台湾は運命の岐路に立っているのに、人民は中国の威嚇
を恐れても対応策がないし覚醒と覚悟が見られない。

●台湾の将来は人民の覚醒にかかっている

外国の学者が発表したように台湾の将来は危険信号で出ている。台湾
は独立しなければ何時までも中国の脅威に怯えるだけである。しかし
台湾独立はかなり困難で、諸外国の支持と台湾人民の一致団結と努力
が必要だ。米国は「レーガンの六か条保証」があるので台湾独立を支
持する表明をだせないが、中国の台湾併呑は世界諸国の危機だから米
国は絶対に台湾を放棄することはない。それではどうなるかと言うと
米国は台湾が中国の一部であることを拒否しても独立を援助して中国
と戦争になることは避けたい。米国は中国の覇権進出を抑えて台湾を
保護する曖昧政策だけだ。

今回外国学者が発表した公開状は米国やカナダが台湾問題に介入し、
台湾の国際的地位の発展を支持することだと思われる。それは来年の
総統選挙の候補者を育てること、民間人の国際政治意識を推進し、国
民党を打倒することなどだ。米国はもはや蔡英文に期待していないが
民衆の覚醒と団結に期待している。

トランプの対中国政策は中国が敵であると明確にし、諸国と連合して
中国を孤立させ中国の軍事、外交、経済の発展をストップさせること
である。米国は中国の武力行使に反対し、台湾の国際的地位を高めて
台湾が国際的に独立国である政策を推進するだろう。台湾の将来は既
に危険区域に入っている。人民の覚醒と団結が必要である。

at 09:00 | Comment(0) | Andy Chang