2019年03月21日

◆1億総白痴化は成った

渡部 亮次郎


<1億総白痴化(いちおくそうはくちか)とは、社会評論家の大宅壮一(故人)がテレビの急速な普及を背景に生み出した流行語である。「テレビというメディアは非常に低俗な物であり、テレビばかり見ていると、人間の想像力や思考力を低下させてしまう」という意味合いが強い。

元々は、1957(昭和32)年2月2日号の「週刊東京」(その後廃刊)における、以下の詞が広まった物である。

「テレビに至っては、紙芝居同様、否、紙芝居以下の白痴番組が毎日ずらりと列んでいる。ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億総白痴化』運動が展開されていると言って好い。」

又、朝日放送の広報誌『放送朝日』は、1957年8月号で「テレビジョン・エイジの開幕に当たってテレビに望む」という特集を企画し、識者の談話を集めた。ここでも、作家の松本清張が、「かくて将来、日本人一億が総白痴となりかねない。」と述べている。

このように、当時の識者たちは、テレビを低俗な物だと批判しているが、その背景には、書物を中心とした教養主義的な世界観が厳然としてあったと考えられる。

書物を読む行為は、自ら能動的に活字を拾い上げてその内容を理解する行為であり、その為には文字が読めなければならないし、内容を理解する為に自分の頭の中で、様々な想像や思考を凝らさねばならない。

これに対して、テレビは、単にぼんやりと受動的に映し出される映像を眺めて、流れて来る音声を聞くだけである点から、人間の想像力や思考力を低下させるといった事を指摘しているようである。>『ウィキペディア』

都会でもいわゆる井戸端会議を聞くとも無く聞いていると、テレビが放った言葉や映像はすべて「真実」と受け取られて居る。だから納豆を朝夕食べれば痩せる、といわれれば、ちょっと考えたら嘘と分りそうなものなのに、納豆買占めに走ってしまう。

識者はしばしばマスメディアが司法、立法、行政に次ぐ「第4の権力」というが、実態は、マスメディア特にテレビを妄信する視聴者と称する国民の「妄信」こそが4番目の権力ではないのか。

手許に本がないので確認できないが、若い頃読んだものに「シオンの議定書」と言うのがあり、権力(政府)がヒモのついた四角い箱を各家庭に配置し、政府の都合の良い情報で国民を統一操作するという条項があった。

<シオン賢者の議定書
『シオン賢者の議定書』(しおんけんじゃのぎていしょ、The Protocolsof the Elders of Zion)とは、秘密権力の世界征服計画書という触れ込みで広まった会話形式の文書で、1902年に露語版が出て以降、『ユダヤ議定書』『シオンのプロトコール』『ユダヤの長老達のプロトコル』とも呼ばれるようになった。

ユダヤ人を貶めるために作られた本であると考えられ、ナチスドイツに影響を与え、結果的にホロコーストを引き起こしたとも言えることから『最悪の偽書』とも呼ばれている。

1897年8月29日から31日にかけてスイスのバーゼルで開かれた第一回シオニスト会議の席上で発表された「シオン24人の長老」による決議文であるという体裁で、1902年にロシアで出版された。

1920年にイギリスでロシア語版を英訳し出版したヴィクター・マーズデン(「モーニング・ポスト」紙ロシア担当記者)が急死(実際は伝染性の病気による病死)した為、そのエピソードがこの本に対する神秘性を加えている。

ソビエト時代になると発禁本とされた。現在、大英博物館に最古のものとして露語版「シオン賢者の議定書」が残っている。>『ウィキペディア』

議定書は19世紀最大の偽書とはされたが、19世紀末に既にテレビジョンの装置を予測し、しかもテレビを通じた世論操作を描いていたのだから、偽書を作った人物なり組織は天才的というほかは無い。

実際、日本では昭和28年のテレビ本放送開始とともに、大衆は力道山の空手チョップを通じて、電波の魔力にしびれていたが、あれから数十年、いまでは「テレビこそ真実」という妄想を抱くに至った大衆と言う名の「妄想」が権力と化している。

たとえばテレビがそれほど普及していなかった時代、政治を志す人間にとって知名度と言うものが、最大のウィークポイントとされた。名前を有権者にどれだけ知れ渡っているかが、勝敗の分かれ目であった。

しかし、今ではそれはテレビに出演することで大半を解決できる。まして出演を繰り返すことが出来れば「露出度満点」でたちまち知名度は上がる。大衆がとっくに白痴化してしまって「テレビは真実」と妄想しているから万全だ。

かくて政治はテレビ制作者に合わせた政治を展開するようになった。国会の予算委員会がNHKテレビのタイムテーブルどおりに運営されていることを見るだけで明らかであろう。

その実態に気付きながら自身は気付いてないフリをして5年間も政権を維持したのは、誰あろう小泉純一郎氏である。

成果が上がらないまま、大衆の人気が落ちてくると、テレビは「総理の支持率が落ちた」と放送し、大衆は更にテレビを信じて支持率を下げる、という何とか循環に陥りながら気付かない。自分自身で考えることを何故しないの。

なんで支持しないか、テレビがそういっていたから。どこがいけないかなんて、私分らない、テレビに聞いて、が実態じゃないか。

このように、大宅壮一や松本清張の指摘したテレビによる「1億総白痴化」はとうの昔に完成しており、日本と言う国はテレビに振り回される低級国家に成り下がってしまっているのだ。

したがって政治は真実からはなれてテレビを妄信する大衆の白痴状態に合わせた流れを辿ってゆくはずである。また若いも中年も思い描くと言う「痩せればもてる」信仰がある限り、関西テレビがいくら止めても「痩せる偽情報」はどっかのテレビから永遠に流れるはずである。

◆最近の泌尿器科腹腔鏡手術

坂本 亘  医師


最近の泌尿器科領域の腹腔鏡手術をご説明します。

腹腔鏡手術とは、1cmぐらいの小さな穴をお腹に数箇所あけて、ガスで膨らませたお腹のなかを、小さな穴から挿入した内視鏡を使ってテレビ画面に写し、テレビ画面を見ながら、別の小さな穴から挿入した鉗子やはさみを使って行われる手術です。
 
最大のメリットは、小さな傷で手術が行われるため、術後の痛みが少ないこと、早期離床や早期退院が可能です。 問題は、手術は難しく一定の技術が必ず要求されることです。
 
泌尿器科で初めて主な腹腔鏡手術がなされたのは1991年の腹腔鏡下の腎摘出術です。

その後、十数年の間に瞬く間に世界中に広まり、現在では、多くの施設で、さまざまな泌尿器科手術が、腹腔鏡で行われるようになっています。

例を挙げますと、悪性腎腫瘍に対する腎全摘出術、腎部分切除術、腎尿管全摘除術、副腎腫瘍摘除術、睾丸腫瘍に対する後腹膜リンパ節郭清術、前立腺癌に対する前立腺全摘除、小児領域では腹腔内停留睾丸、水腎症に対する腎盂形成術、膀胱尿管新吻合術などがあります。

前立腺全摘除、腎部分切除、腎盂形成術など、腹腔鏡では特に難しいとされてきた縫合操作を必要とする手術も、普及してきています。

2004年に泌尿器科腹腔鏡手術の技術認定制度が発足しました。この制度は、認定を希望するものは、自ら執刀した腹腔鏡手術をビデオに撮影し、そのビデオを数名の審査員が全行程を審査し、この手術技術が妥当か否かを判定するというものです。

一定基準をクリアーしなければ、技術認定を受けることはできません。

技術認定者は、日本内視鏡外科学会のインターネット上で公開されています。

このように、腹腔鏡手術が持つ多くのメリットを損なうことなく、安全かつ確実で患者さんの体に優しい負担の少ない腹腔鏡手術が多くの施設で行われるようになってきているのが最近の泌尿器科手術の傾向です。

大阪市立総合医療センター  泌尿器科・小児泌尿器科

◆(友人がこの腹腔鏡手術で「前立腺癌に対する前立腺全摘除」を受け、無事快癒しましたので、改めて再掲)   

2019年03月20日

◆米国はベネズエラ政権の崩壊に備え

宮崎 正弘


平成31年(2019年)3月19日(火曜日)弐 通巻第6022号  

米国はベネズエラ政権の崩壊に備え、全ての外交官、大使館員を引き揚げ
  340万人の難民はシリアより多い。迷惑顔の周辺諸国もマドロゥ退陣
を切望

マドロゥ大統領が「国家非常事態緊急宣言」をだしたのが1月15日だった。

2ヶ月の期限が設定され、すでに3月15日も過ぎたが、状態は悪化するば
かりとなった。とくに難民の出国を制限するために国境を封鎖した結果、
食糧、医薬品、生活用品が不足し、ハイパーインフレが拡大し続け、停電
のために医療が中断、たとえば人口透析が出来なくなって死者も続出して
いる。

紙おむつが80ドルもする異常な事態の到来はマドロゥ政権の末期的症状を
現している。周辺国さえ、マドロゥ大統領の退陣を公言しているほどだ。

UNHCR(国連高等弁務官事務所)に拠れば、2018年までに難民はコロ
ンビアに50万人、ペルーに29万人、ブラジルに10万人とされたが、現時点
(19年3月)の推計で合計340万人のベネズエラ人が国を離れた。

この数、内戦とISの跳梁で血の海となった祖国を捨て、「難民」となっ
たシリア人より多い。深刻な問題である。

各地でマドロゥ大統領の退陣要求デモが展開され、とくに国境付近での抗
議行動は暴力化した。警備側はベネズエラ人道支援のトラックを国境で食
い止め、トラックに放火した。医薬品や食糧を燃やしたのだ。

コロンビアとブラジル国境ではデモ隊と警官隊(軍隊?)が衝突し、死者
がでた。

米国は大使館員すべてを引き揚げ、コロンビアも米国に倣った。ペンス副
大統領がコロンビアを訪問した。その前にベネズエラ政府は内外ジャーナ
リスト70名以上を国外追放としている。報道写真などはベネズエラ国民
からツィッターなどで送られてくる。

ポンペオ国務長官は「残る日数が数えられる」(マドロゥの政治的運命は
先が見えた)。議会でも与党の重鎮マルコ・ルビオ上院議員ばかりか、民
主党のサンダースもヒラリーも、マドロゥ退陣の声を挙げ、国際世論もベ
ネズエラの非民主的政治を非難した

こういう環境下、まだ未練がましくマドロゥ大統領の支援を言っているの
が、中国とロシアだ。いかなる思惑があるのだろうか?        

◆「しょっつる」は苦手?

渡部 亮次郎


「しょっつる」は秋田の冬を代表する名物鍋。標準語でいえば「塩汁」。
秋田弁では「汁」が「つゆ」になり「つる」に訛る。ただし私の生まれた
旧八郎潟沿岸では材料の海魚が獲れないから「しょっつる」は造らない。

だから、おかしな事に秋田生まれの私が「しょっつる」を初めて食べたの
は40歳を過ぎてから、秋田市川反(かわばた)の料亭だった。もう塩辛も食
べられるようになっていたから結構、「美味い」と思った。

「しょっつる」の「汁」だけは瓶詰めで東京・日本橋「三越」でも売って
いて、向島(下町)生まれの家人が好物のようで、冬になると「東京しょっ
つる鍋」を食べる。秋田では名物ハタハタを使うが、無い時は適当な魚を
入れる。

「しょっつる」は秋田の冬の名物、伝統的にはハタハタで作る魚醤。現在
作られている「しょっつる」はハタハタに限らず色々な魚で作られてい
る。ハタハタ料理にも付き物。

一般的にはハタハタもしくはタラと豆腐、長ネギと一緒に鍋で煮る
「しょっつる鍋」が有名。「きりたんぽ鍋」など、他の料理の味付けにも
用いられ、ラーメンのスープに(特に隠し味として)使われる場合もある。

創作和食の店ではドレッシングや付けダレなどに混ぜる(いずれも隠し味
として)などの工夫も見られる。

しょっつる=魚醤は魚を塩とともに漬け込み、自己消化、好気性細菌の働
きで発酵させて出た液体成分が魚醤。黄褐色〜赤褐色、暗褐色の液体である。

熟成により、特有の香りまたは臭気を持つが、魚の動物性タンパク質が分
解されてできたアミノ酸と魚肉に含まれる核酸を豊富に含むため、濃厚な
うま味を有しており、料理に塩味を加えるとともに、うま味を加える働き
が強い。また、ミネラル、ビタミンも含んでいる。

日本では、近代的な食生活において、塩分濃度が高く風味が独特な魚醤
は、醤油やうま味調味料の普及により一般家庭での使用は減っているが、
いくつかの地方には魚醤を用いる文化が残っており、郷土料理などに利用
されている。

主なものでは、秋田で「しょっつる」(塩汁)のほか、能登で「いしる」
(魚汁)、香川で「いかなご醤油」が製造され、地元を中心に使用されて
いる。この他1990年代後半ころから伝統的製法とは異なる製法が開発さ
れ、商品が製造販売されている。

そのひとつに「ほっけ醤油」がある。北海道・寿都(すっつ)町 北海道
日本海、寿都名産のほっけを塩漬けにし、じっくり自然発酵させた天然発
酵・本醸造の調味料(魚醤)。

ほっけ醤油「寿都のだし風」は地元商工会・寿都水産加工業組合所属メー
カーで組織する寿都魚醤醸造委員会が立ち上げ、製造販売している。ほっ
け醤油を使った各種一夜干しなども販売。また、伊豆諸島でくさやを製造
する際に用いられるくさや液も魚醤の一種であると考えられる。

アジア、特に東南アジアの沿岸部を中心に、日本、中国なども含め、いく
つかの文化圏で用いられており、特にタイをはじめとする東南アジアで
は、塩を除けば、ほぼ唯一の塩味の調味料で、非常に多くの料理に用いら
れる。また、これらの文化圏の中には、なれずしを作る伝統を残している
地域もある。

東南アジアでは、タイのナンプラー、ベトナムのヌックマム(ニョクマム
とも) が世界的に有名である。他にも、フィリピンのパティス(patis)、
カンボジアのトゥック・トレイ、ラオスのナンパー(nam paa)、ミャン
マーのンガンピャーイェー(ngan-pya-ye)、インドネシアのケチャップ・
イカン (kecap ikan) などがある。中国の広東省やマカオの魚露(ユーロ
ウ)も地元で広く使われている。

これらの言葉はおおむね「魚の水」という意味である。福建省福州で?露
(キエロウ、1文字目は魚編に奇)といい、厦門のケチャップ(鮭汁)の
「鮭」と同じく塩辛を意味する語と、「露」を組み合わせている。


歴史的には、古代ローマにおいてもガルム(ラテン語: garum)と呼ばれ
る魚醤が使われていた。現在でもアンチョビーペーストやサーディンペー
ストがある地帯は、かつてはアンチョビやサーディンの魚醤油が使われて
いた痕跡である。

ケチャップは、トマトから作られるトマトケチャップが有名になっている
が、ケチャップの語源は、福建省や台湾の「鮭汁」 (kechiap) という魚
醤をさす言葉であるとする説が有力である。

もともとの製法は地域によりかなり異なっており、生の魚を塩漬けにした
り、干物にして用いるもの、特定の魚種だけを使う場合や網にかかった魚
をみな使う場合、オキアミなどを原料とする場合がある。

基本的に、用いる魚の種類によって、大きな魚の場合には内臓、頭、ヒレ
などを、アンチョビなど利用価値の低い小型の魚の場合には、丸ごとを用
いる場合が多い。

原則として、魚を大量の塩とともに漬け込み、そのまま数ヶ月以上発酵さ
せる。熟成が進むと、魚の形が崩れ、全体が液化してくる。その液化が進
んだものを、漉して用いる。

熟成の度合いは地域によって異なり、熟成度が少なく、魚の香りの強いも
のから、熟成が進みチーズのような発酵した匂いが中心のものもある。魚
と塩だけで熟成させるものの他に、これに野菜や香草類を加えて味を調え
るものもある。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008・11・11


◆前向きな報じ方が多かった韓国大統領演説

櫻井よしこ


「私の印象はむしろ底意地の悪い日本非難だ」

文在寅韓国大統領の「3・1運動記念式」での演説を前向きに報じたメディ
アが多かった。

「時事通信」は「日本批判を控えた」とし、「毎日新聞」は「文大統領
『協力の未来』強調、対日批判避ける」の見出しで「直接の対日批判を控
え、『朝鮮半島の平和のため、日本との協力も強化する』と日韓協調を呼
びかける内容」だと伝え、「朝日新聞」は「外交摩擦を避ける姿勢を示し
た」と報じた。

私の印象は異なる。文演説を貫く思想と論理に「対日批判を控えた」など
の論評は当たらない。むしろ、まつわりつく底意地の悪い日本非難だった
と感ずる。

氏はざっと次のように語っている。

「日帝(大日本帝国)は独立軍を『匪賊』、独立運動家を『思想犯』と見
做し弾圧した。このときに『アカ』という言葉もできた。これは民族主義
者からアナキストまで、全ての独立運動家にレッテルを貼る言葉で、日帝
が民族を引き裂くために用いた手段だった」

日本の敗戦で朝鮮は独立した。彼らはそれを「解放」と呼ぶが、文氏は
「解放された祖国で『日帝警察の出身者』が『独立運動家をアカとして追
及し、拷問』した」と演説している。

日本が「民族を引き裂く手段」を朝鮮社会に埋め込み、それが独立後も生
き続けたと主張したのだ。「多くの人々が『アカ』と規定され」「家族と
遺族は反社会的の烙印を押された中で不幸な人生」を送り、現在もその呪
いが続いているというのが文氏の非難だ。

「今も、攻撃する道具としてアカという言葉が使われており、変形した
『イデオロギー論』が猛威をふるっている。一日も早く清算すべきは、こ
のような代表的な親日残滓です」

どう読んでもこれは、「対日批判を控え」「日韓協調を呼びかける内容」
ではないだろう。文氏の批判は反日にとどまらず反米にも通ずる。朝鮮半
島を巡る国際政治の力学を、従来の「日米韓vs中北」から「日米vs中
北韓」の構図に変える意図が読み取れる。

3月1日のインターネットの「言論テレビ」で朝鮮問題の専門家、西岡力氏
が解説した。

「文演説に先立つ2月27日に、韓国の第一野党である自由韓国党の代表選
挙が行われました。3人の候補者は、文政権は安全保障で北への武装解除
を進め、経済では社会主義政策を取る亡国政権だ、これでは韓国も自由民
主主義体制も滅びると、激しく非難しました。彼らは文政権の思想的基盤
は共産主義に近いと疑っています。そのような中で展開される『アカ』批
判は日帝そのものだという反撃が、先の文氏の3・1演説なのです」

文氏が訴えたのは、日本統治が終わっても憎むべき親日派は清算されずに
韓国に残り、反共勢力、親米勢力に化けて(朴正煕元大統領のような)軍
事政権を作った。自分がその勢力を一掃するのだという決意に他ならない。

それに対して、保守派は文氏の動きの背後には結局、北朝鮮、「アカ」が
いると突きつける。さらにそれに対して、その表現こそ日帝の影響を受け
た親日派の証拠だというのが、文演説の真意だ。文氏は決して日本に配慮
しているのではない。西岡氏の指摘だ。

「文氏は一方で、大きな嘘もついています。1919(大正8)年の3・1独立
運動の参加人数を202万人、死者は7500人だったと演説しました。実は韓
国の国立機関、国史編纂委員会が2月20日に最新の研究成果として、デモ
参加者は103万人、死者は934人と発表しました。文氏は国立機関の調査結
果を無視して、それに倍、または8倍の大きな数字を言ったわけです。対
日歴史戦はまだまだ続ける執念深さがあるのです」

ちなみに朝日新聞も専門家で構成する国史編纂委員会報告を無視して文氏
同様、死者7500人と報じた。こちらは間違いか、大嘘か。教えてほしい。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1271

◆歳は足に来る (続)

石岡 荘十


数十メートル歩くと左足がだるくなって歩行困難になる。で、数分立ち止まって休むとまた歩けるようにはなるが、またすぐだるくなる。


このような症状を専門的には「間欠性跛行」という。「跛行」はビッコを引くという意味だ。こうなった経緯については前回述べた。今回はその続編である。


先般、閉塞した足の大動脈にステントを入れる治療を受け、ビッコは解消し、元通り颯爽と歩けるようになった。


はじめ、「これはてっきり腰をやられた」思い込んで、近所の接骨院に駆け込んだら、「典型的な脊柱管狭窄症の症状だ」と断言する。つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、電気治療、針を数回やってもらったが、はかばかしくない。

血流が詰まる動脈硬化は典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば脳梗塞になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると狭心症、詰まると心筋梗塞になる。私の場合は足にきたというわけである。

造影剤を使ったCTで診ると、左足付け根から動脈を15センチほど遡ったところで90パーセント狭窄していることが確認できた。左足へは最大、通常の7割ほどしか血が流れていない。これではビッコになるわけだ。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを挿し込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、etc。

8/23、心臓カテーテル室でカテーテル台に横になると、若くて美形の看護婦さんが何の躊躇もなくパラリとT字帯をはずし、左足の付け根周辺の陰毛を電気かみそりで刈る(剃毛という)。慣れたものだ。

局所麻酔の後、この治療では実績も多い腕利きの医師が、モニター画面を見ながらカテーテルを挿入。先端には、中心部に細くすぼめたバルーンを仕込んだステントがある。ステントはステンレスで出来た金網のチューブである。

これを狭窄部分まで持っていってバルーンを膨らますと、すぼめてあったステントの内径も同時に拡がって、狭窄した血管を見事に押し広げた。

ステントは内径8ミリ、長さ40ミリ。心筋梗塞の治療に使うステントは内径2ミリほどだから、それに較べると大型だ。治療時間は1時間ほど、治療費86万円、自己負担9万円ほどだった。

心筋梗塞でステントを使う治療法はよく知られているが、足の大動脈狭窄にステントを使うケースはまだそれほど多くない。

治療を受けた東京女子医大では、ステントを使った心筋梗塞治療が今年すでに数百件に上るのに対して、足に使った症例は筆者でまだ56件目だという。

下肢(足)へ行く動脈が詰まると、下肢が腐ってしまい、痛いだけでなく、命にかかわるケースもある。そうなると「命には代えられない」とやむを得ず下肢を切断しなければならなくなる。日本では毎年1万人以上が足を切断されているという報告もある。高齢化で症例は増えている。

足にもステントを入れるという治療法は、循環器内科ならどこでもやっているわけではない。リスクもある。医師の選択には慎重でありたい。

元京都大学心臓血管外科部長・米田正始(こめだまさし)医師を中心とする研究グループは新しい血管を作って下肢切断を救う「血管再生法」という試みを行なっていて、再生医学のひとつとして注目されている。が、成功症例はまだそれほど多くない。

「なんとなく足の先が冷たい」

これが、アラームだ。接骨院では治らない。歳は足にくる。専門の医師を選んで、治療を受ける必要がある。(再掲)

2019年03月19日

◆「16 プラス 1」は機能不全か

宮崎 正弘


平成31年(2019年)3月18日(月曜日)通巻第6020号  

早くも暗礁、BRIめぐり、「16 プラス 1」は機能不全か
 EUと中国プラス東欧の首脳サミットも、中国への疑心暗鬼でいっぱい

4月初旬の政治日程。欧州では中国主導のBRI(一帯一路)をめぐって
重要な会議が2つ連続する。

まずブラッセルでEUと中国の経済協力会議が開催される。ブラッセルに
は李克強首相が飛ぶ。次にクロアチアのドブロクニクで「16プラス1」が
開催される。

昨今、欧州政治に激震が加わっている。EUから抜けでる英国は、ハモン
ド財務相が北京訪問を正式にキャンセルした。かわりに英国は南シナ海へ
空母を派遣する。独仏もファーウェイ排除に急速に傾きつつある。

ポーランドとチェコは決然とファーウェイ排除を決めた。旧東欧諸国で中
国の投資にまだ期待しているのはハンガリーくらいである。オルバン首相
はEUメンバーでありながらも、ブラッセル主導の政策決定にかねてから
不満を表明し、ドイツなどの批判をよそに難民の流入阻止のため、トラン
プより先に国境に高い壁を築き挙げた。

そのうえでフランスのルペン、ドイツの「ドイツのための選択肢」、イタ
リアの五つ星運動との連携を強めながら、中国の経済力を逆に国内経済活
性化のために梃子にしようというナショナリズムを進める。

ブラッセルで4月初旬に開催されるEUと中国の議題は、BRIへの協力
を推進し、お互いのウインウインに繋げる腹づもりだが、たとえばポーラ
ンドの対中不満は次のようである。

シルクロードの夢に期待してワルシャワと中国とは列車で繋がっている
が、「来る貨車は中国の産品で山、帰りの貨車は空っぽだ」とポーランド
の貿易業者がいう。

事実、ポーランドの対中貿易赤字は2012年に103億ドルだったが、18年に
は284億ドルにも及んだ(数字はサウスチャイナモーニングポスト、2019
年3月20日)。この偏在的貿易構造の解消に中国はほとんど熱意を示さな
いのである。


 ▲CEEU(中国・東欧経済協議)って絵に描いた餅

クロアチアの観光地ドブロクニクで開催されるのは「16プラス1」で、中
国のBRI(一帯一路)プロジェクトの要となる。

だが、EUが資金を出し、中国企業が請け負うという海上橋の建設が進ん
でいたりで、EU側も不満を鬱積させてきた。ペルジュダク橋は2020
年完成を目指して、クロアチアの海を跨ぐ橋を架けている。

東チモールへ行った折、首都マーレから第2の都市の間に架橋工事をして
いたが、まさに「JICAが金を出し、中国が工事を請け負い、労働者は
中国から、現地の雇用は殆どなし」という典型例になっていた。

CEEUは、中国が主として東欧の経済建設に積極的に協力し、有利な条
件での融資、廉価の工事請負などが主軸だが、2012年に温家宝首相が音頭
を取って初回はポーランドで開催された。参加国は次の通りである。

EUから11ヶ国、バルト三国とポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガ
リー、ルーマニア、ブルガリア。これにオブザーバとしてセルビア、ボス
ニア、モンテネグロ、アルメニア、北マケドニア。コソボは中国が未承認
なので、仲間に入れて貰えない。

チェコはすでに「中国が約束したプロジェクト案件は、なにも具体化して
いない」と述べ、ポーランドと一緒にファーウェイ排除を決めたが、バル
ト三国も様子をうかがっている。
 
かくして中国の欧州進出も、政治環境の激変によって壁にぶつかった。フ
ランスも南シナ海へ空母を派遣して、米、豪、NZ、インドとの軍事協力
に加わり、中国の政治的立場はますます不利となってきた。
 
習近平は22日からイタリア、フランスを訪問するが、3月27日に予定して
いた訪米を延期し、その替わりにボーイング事故直後から、一斉にボーイ
ング機の飛行を中止してトランプ政権への嫌がらせにでた。
     
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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いまさらだが「近隣の悪友とは絶交しよう」と提言した福沢諭吉の冷徹な目

こんな朝鮮に、まだ「対話を呼びかけ理解を示す」おかしなメディアが残
存している

  ♪
高山正之『韓国への絶縁状』(新潮社)
@@@@@@@@@@@@@@@

『週刊新潮』に連載されている名物コラム「変見自在」シリーズから韓国
批判だけを集め直した本。だが韓国批判というより、やっぱり朝日新聞批
判になるところが著者らしい筆運びになる。

日本人をこれ以上不愉快にさせる国は、ほかに大中華の国があるが、習近
平は経済が破綻してにっちもさっちもいかず、日本に擦り寄る姿勢をみせ
ている。

だが、中国より劣勢の経済に陥没しているにもかかわらず、相変わらず日
本を貶め、天皇に謝れと言い続ける国とは、もう付き合いはやめようとい
うのが日本国民の合意となった。

誰からも相手にされなくなると、ちゃんと相手にして欲しいというメッ
セージが反日言辞の過激化である。

レーダー照射事件は「日本が仕掛けてきた」と反対のことを平然と言って
のけ、慰安婦の捏造もさりながら、徴用工問題でのたかり、いくらお人好
しの日本人でも本当に縁を切りたくなるだろう。

しかし嘘を嘘と思っていないところが、朝鮮民族の特質なのである。
 言語的にみると朝鮮半島には独自の言語があったようだ。外的要因に感
化され、ほとんどなくなり、「中国の支配が始まると、オリジナル語はど
んどん消え」(中略)、つぎにモンゴルが入ってきた。

「李氏朝鮮をひらいた李成桂は満州人だが、かれがのしあがった切っ掛け
は倭寇との戦い」による。

15世紀になって李氏朝鮮四代目がハングルを制定したが、その後の紆余曲
折を経て、古代朝鮮語は200語に満たない。発音こそ違うが「交渉」も
「停戦」も日本語からきた。

「貧しい言語世界ゆえに日本の情感ある歌を理解できない」。
ところが万葉集時代の日本人は朝鮮語を話したと、ウリジナルな歴史観を
披瀝して恥じないのである。

日本文化は朝鮮の猿真似と言ってふんぞり返るのも、言語状況の貧困さを
ちょっとでも冷静に客観的に考えれば分かるだろうに、ね。

「ロス暴動」は黒人を不当に差別した白人警官を糾弾する筈だったが、暴
徒が襲撃したのはロスのコリアンタウンだった。

韓国系商店街を狙い撃ちし、4日間、放火、略奪がつづきコリアンタウン
は灰燼に帰した。アメリカにおいて少数民族が共生する地区でさえ、韓国
人は日頃から恨まれていたからだ。黒人差別云々は切っ掛けに過ぎなかっ
たとも言える。

 っぱり韓国とは縁を切ろう。

        
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1873回】              
 ――「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(13)
 東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

                 ▽

若者は排日の心情の淵源を考える。

日清戦争は已むをえぬことではあったが、「兩國親善の爲めには何れほど
の邪魔になつたか知れぬ」。それというのも「戰後支那に於ては復讐の爲
め敵慨心喚起に何程努力したか知れぬ」。

これに対し勝利した日本では「戰捷を記念しそれ等に備ふるの方策は幼い
時から支那人蔑視の觀念を腦底に印してしまつた」。つまり敗者は勝者へ
の復仇を誓い、勝者は敗者を軽んじ続けた。

その後、両国の発展振りは余りにも違い過ぎた。それゆえに「日本人が
彼等を馬鹿にするのも無理はない」。先進国の日本を学ぼうと「支那の留
學生が澤山日本に來る」。バカにされる「不快を忍んで規定の年限だけ勉
強するのだらう。日本人と取引する支那人もたゞ物質的打算の爲め他に一
切を我慢するだらう」。

だが、次のようには考えられないだろうか。

「我々は永遠の國家なる立場に着眼して、もう一廻り度量を大きくして彼
等を完全に抱擁したいものだ、抱擁できないまでも彼等のいやがる事はや
めてやりたい」。つまり少なくともバカにすることは止めようということ
だろう。
 
じつは日本及び日本人に対し、「斯くの如くして一般支那人の胸に根深い
怨みがつまれた」ものの、「弱國の悲哀は、この鬱憤を晴らすべき機會」
を持たなかった。そこに起こったのが「山東問題」――1915年の大隈内閣に
よる「二十一カ条要求」――であり、これを「導火線として果然學生の排日
運動が開始された」のである。

しかも、あろうことか、その中核が日本への留学生だったのだ。
これは、何故か。

「一度米國へ留學したる支那學生が非情の感謝と思慕とを形見として歸る
に同じ支那學生が我國に留學するや憤悶と反感を抱いて故國に歸ると云ふ
のは一體何したことだらう」。

日本滞在中、「下宿や學校で甚だ冷遇」され、「路上の子供にまで嘲笑
される」。これには、「如何に支那人とは云へ(中略)無神經、無感覚で
居れやう筈がない」。

彼ら留学生は「やがて支那共和國の各方面に於て首腦の斑に列すべき有用
の材」である。たしかに「眠れる大國と人は云ふ、併し現在の支那は昔の
支那ではない」。「歐米の新空氣を呼吸し、今や自由の鐘に覺醒の響きを
撞き送る」のが現在の学生だ。彼らの「支那人民に對する影響は吾人想像
の外にある」。「僅か一人の大道演説はよく數百千人の無學の同胞をして
亂暴狼藉を働かしむ」のである。

かくして排日は慢性化するばかりか、「今や政爭の具に供され野心家の餌
に使はれるやうになつ」てしまった。

「排日を稱する學生はやがて支那の政府實業を繼承する」。「同時に年々
殖えゆく幾千萬の學生」が排日感情を抱くことになれば、その結果は明ら
かだ。排日運動で我が国が被る被害が多大であることは否定のしようがな
い。「今以て全然取引休止の状態なのが澤山ある」。たとえば運動勃発以
前は船腹不足であった海運業界など、取引は「今は一轉して僅に其四分の
一」といった窮状である。

ヴェルサイユにおける講和会議が日本の要求を認める方向で進むや、学生
らは中国(中華民国)から参加した「講和委員の應援を兼て親日黨排除の
烽火を揚げ、先づ國賊を排除せよ、と絶叫し」、政府部内の親日派閣僚の
自宅を襲撃した。

「然して其目的を達するや餘勢を驅つて排日の聲を揚げた」。だが過去の
失敗から直接日本人の生命財産に手を付けるのではなく、「日貨排斥を叫
ぶやうになつた」。

外交問題にまで発展しないよう彼らの行動は自己規制され極端に奔ること
はないなどという意見もあるが、日貨排斥は「可愛想な弱者の呪ひの叫び
だと思ふ。

 当時の日本の若者は日貨排斥の背後に「可愛想な弱者の呪ひの叫び」を
聞いた。《QED》

◆4人目の金日成

渡部 亮次郎


金日成が偽者だったこと、金正日の生地が実は白頭山なんかで無い事は、
はたして定説化しているといえるか。いや、初耳だと言う人のほうが圧倒
的に多いのではなかろうか。嘘は何時までも繰り返すと真実になってしま
うのだ。

ある日本の外務大臣経験者が、生前、口癖のように言っていた。北朝鮮の
今の金日成というのは別人じゃないのかね、本物はとっくの昔に死んでい
るはずだよ、と。

この人は、日華事変から大東亜戦争に掛けて11年間もアジア各地で戦って
いたという猛者で特に満洲(今の中国東北部)での戦歴が長かった。

彼によると、金日成は昭和10年代に既に50代であったはず。激しい抗日戦
を仕掛けてきていたが、1945年8月15日までには死んだとされていた。

ところが1948年9月9日に成立した朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)の初代首
相として登場したのが死んだはずの金日成だったので偽者だとピンときた
というのである。

日本外務省外交資料館などの編集による「日本外交史辞典」の金日成の項
では「この人の経歴については、不明な部分が多く、いわゆる4人目の金
日成といわれるが・・・」と逃げを打ちながら「普通に言われる経歴に従っ
て」として「まとめて」いる。

ところが、ここに大変なことを経験してきたライター萩原遼(ペンネー
ム)が登場する。昭和12年、高知県生まれの日本共産党員。長じて朝鮮語
に通じ、日本共産党の機関紙「赤旗」の平壌特派員となるが、国外追放処
分に遭った後、退職。

その後米国ワシントンに滞在、国立公文書館に秘蔵されている北朝鮮の文
書160万ページを3年がかりで読破した。その結果を「朝鮮戦争―金日成と
マッカーサーの陰謀」(文芸春秋)として刊行。

この中では朝鮮動乱はやはり北が仕掛けたものだったこと、マッカーサー
はそれを事前に知っていたが、韓国には知らせなかったことを明らかにした。

更に改題した「朝鮮戦争と私 旅のノート」(文芸春秋文庫)で偽者金日
成の経緯を明らかにしているのである。

ソ連(当時)軍幹部らによると、金日成の本名は金成柱。名乗っていた仮
名が金一星(キムイルソン)と発音が金日成将軍と一緒なだけ。日本軍に
追われてソ連のハバロフスクに逃げ、息子金正日もそこで生まれた。

多くの生き証人がいる。特に金正日に母乳を与えていた女性は北京に健在
である(2000年4月10日現在)という。

それなのに金星一を金日成将軍だと偽って北朝鮮建国の日に平壌に連れて
行ったのはスターリンソ連である。

だが50歳以上のはずが壇上の首相は僅か33歳の若造だったので
「偽者だ!」と人々は叫んで帰りかけたものだという。また息子をわざわ
ざ生地をハバロフスクではなく白頭山としたのは、そこが聖地であり、将
来の後継者として権威付けるためだったという。  2011・10・11執筆

◆前向きな報じ方が多かった韓国大統領演説

櫻井よしこ


「前向きな報じ方が多かった韓国大統領演説 私の印象はむしろ底意地の
悪い日本非難だ」

文在寅韓国大統領の「3・1運動記念式」での演説を前向きに報じたメディ
アが多かった。

「時事通信」は「日本批判を控えた」とし、「毎日新聞」は「文大統領
『協力の未来』強調、対日批判避ける」の見出しで「直接の対日批判を控
え、『朝鮮半島の平和のため、日本との協力も強化する』と日韓協調を呼
びかける内容」だと伝え、「朝日新聞」は「外交摩擦を避ける姿勢を示し
た」と報じた。

私の印象は異なる。文演説を貫く思想と論理に「対日批判を控えた」など
の論評は当たらない。むしろ、まつわりつく底意地の悪い日本非難だった
と感ずる。

氏はざっと次のように語っている。

「日帝(大日本帝国)は独立軍を『匪賊』、独立運動家を『思想犯』と見
做し弾圧した。このときに『アカ』という言葉もできた。これは民族主義
者からアナキストまで、全ての独立運動家にレッテルを貼る言葉で、日帝
が民族を引き裂くために用いた手段だった」

日本の敗戦で朝鮮は独立した。彼らはそれを「解放」と呼ぶが、文氏は
「解放された祖国で『日帝警察の出身者』が『独立運動家をアカとして追
及し、拷問』した」と演説している。

日本が「民族を引き裂く手段」を朝鮮社会に埋め込み、それが独立後も生
き続けたと主張したのだ。「多くの人々が『アカ』と規定され」「家族と
遺族は反社会的の烙印を押された中で不幸な人生」を送り、現在もその呪
いが続いているというのが文氏の非難だ。

「今も、攻撃する道具としてアカという言葉が使われており、変形した
『イデオロギー論』が猛威をふるっている。一日も早く清算すべきは、こ
のような代表的な親日残滓です」

どう読んでもこれは、「対日批判を控え」「日韓協調を呼びかける内容」
ではないだろう。文氏の批判は反日にとどまらず反米にも通ずる。朝鮮半
島を巡る国際政治の力学を、従来の「日米韓vs中北」から「日米vs中
北韓」の構図に変える意図が読み取れる。

3月1日のインターネットの「言論テレビ」で朝鮮問題の専門家、西岡力氏
が解説した。

「文演説に先立つ2月27日に、韓国の第一野党である自由韓国党の代表選
挙が行われました。3人の候補者は、文政権は安全保障で北への武装解除
を進め、経済では社会主義政策を取る亡国政権だ、これでは韓国も自由民
主主義体制も滅びると、激しく非難しました。彼らは文政権の思想的基盤
は共産主義に近いと疑っています。そのような中で展開される『アカ』批
判は日帝そのものだという反撃が、先の文氏の3・1演説なのです」

文氏が訴えたのは、日本統治が終わっても憎むべき親日派は清算されずに
韓国に残り、反共勢力、親米勢力に化けて(朴正煕元大統領のような)軍
事政権を作った。自分がその勢力を一掃するのだという決意に他ならない。

それに対して、保守派は文氏の動きの背後には結局、北朝鮮、「アカ」が
いると突きつける。さらにそれに対して、その表現こそ日帝の影響を受け
た親日派の証拠だというのが、文演説の真意だ。文氏は決して日本に配慮
しているのではない。西岡氏の指摘だ。

「文氏は一方で、大きな嘘もついています。1919(大正8)年の3・1独立
運動の参加人数を202万人、死者は7500人だったと演説しました。実は韓
国の国立機関、国史編纂委員会が2月20日に最新の研究成果として、デモ
参加者は103万人、死者は934人と発表しました。文氏は国立機関の調査結
果を無視して、それに倍、または8倍の大きな数字を言ったわけです。対
日歴史戦はまだまだ続ける執念深さがあるのです」

ちなみに朝日新聞も専門家で構成する国史編纂委員会報告を無視して文氏
同様、死者7500人と報じた。こちらは間違いか、大嘘か。教えてほしい。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1271

◆歳は足にくる(前) 

   石岡 荘十


学生時代から体育会系で足腰には自信があるつもりだったが、古希を過ぎる頃から歳が足にきた。

ことの始まりは、高校の友人と花見がてら玉川浄水伝いの小道を小金井公園まで数キロ歩いたときだった。暫く歩くと左足がだるく、重くなって思うように歩けない。しばらく(数分)休むと回復してまた歩けるようになるのだが、また、だるく重くなる。

こういうのを間欠性跛行(かんけつせいはこう)といい、腰部脊柱管狭窄症の典型的な症状だとされている。跛行とはビッコを引くということだ。

人間の脊椎骨は上から頚椎(7個)、胸椎(12個)、腰椎(5個)、仙骨(1個)、それに数個の尾骨から成っている。脊椎骨の中心を走る脊柱管の中に神経の柱がある。

一つひとつの脊椎と脊椎の骨の間には椎間板というクッションの役割を果たす軟骨組織がある。そしてさらにこれらは靭帯や背筋などの筋肉で支えられている。

ところが、40代後半になってデスクワークが増えたせいか、足に痺れや傷みが来た。背筋が脊椎を支えきれなくなって5番目の腰椎がずれていると診断された。それから、少なくとも一キロ/週、泳ぐ習慣をつけて今日に至っているので、重い足を引きずってビッコを引くようになろうとは思いもしなかった。

脊柱管狭窄症、つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、腰のレントゲン、さらにMRIを撮ってみると、確かに、5番目の腰椎がずれている。が、神経には触っていないことが確認できた。脊柱管はどこも狭くなっているところはない。

しかし、MRIをよく見ると、3番目と4番目、4番目と5番目の間の椎間板がほかの椎間板より白く写っていて、炎症を起こしていると認められ、そのせいでごくわずか椎間板がはみ出して、脊柱管を押している。

治療法としては、腰椎を引っ張る、固定装具を使う、消炎鎮痛剤や飲み薬を使う、重症でそれでもダメなら外科手術をするということになる。みのもんたさんは手術をしたといわれるが、そこまでひどい症状は患者の一割程度だそうだ。

私の場合は軽症で、椎間板の炎症は飲み薬でなおる、ビッコの原因はほかにあるというのが整形外科医の診断だった。

では、ビッコの原因は何か。

考えられるのは、足に血液を供給する血管、動脈がどこかで狭くなっていて、栄養補給が足の筋肉の運動量に追いつかない動脈硬化ではないかと循環器内科の医師は考えた。

これを立証するのが、「血圧波検査」だ。両腕、両足に幅広のベルトを巻いて一斉に血圧を測定する検査法である。この検査をすると、動脈の詰まり具合と動脈の硬さ(柔軟性)がわかる。

結果は、左足だけが標準値に達していない、(専門的には「閉塞性病変の疑い」という)左足の血流は右足の7割しかないことが分かった。左足へ行く動脈のどこかが詰まっていた。

血流が詰まる動脈硬化は典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば脳梗塞になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると、狭心症や心筋梗塞になる。私の場合は足にきたというわけである。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを入れ込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、などなど。

診療科の選択は大事だ。教訓は、大雑把に言うと、足が「痛むとき」は腰の神経になにかが触っているのだから、整形外科へ、「だるい・重いとき」は循環器内科へ、である。

多くの病気は、原因が分かり適切な治療が行なわれれば治るし、治療が適切でなければ治るものも治らない。癌の多くが治らないのは、原因が分かっていない。原因はわかっても治療法がそこまでいっていないか、誤った治療法がまかり通っているためだ、と私は思っている。

いわゆる「難病」といわれるものは、原因が明らかでなく、従って治療法もわからないものをいう。

と、考えると、足がだるくなる間欠性跛行は難病ではない。脳や心臓の梗塞と同じ加齢疾病だと考えればいい。治療法はあり、医師を選び抜けば高い確率で治る。調べてみて“悲観”は飛んだ。

ただ、このような治療法は対症療法に過ぎない。創造主に逆らって老いを押しとどめる智恵はヒトにもない。例外はない。

ガキは頭にくる、なにかというとキレるらしいが、歳は足にくる。(続く)