2019年03月18日

◆「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第26章

“シーチン”修一 2.0


ムショからムッシュー・ゴーンが奇抜なファッションで出てきた。それだ
け見てもタダモノじゃないなあと思う。泣く子も黙る、情け知らずのコス
ト・カッター、切れ味抜群、死屍累々、それでも「下請けの 涙の池で 
イチニッサン」、どん底泥沼の日産を蓮の華のように甦らせたのだから、
何妙法蓮華経、神様、仏様、ゴーン様。永遠に「中興の祖」として記憶さ
れるだろう。その功を私たちは忘れない、日本電装そっくりのファッショ
ンとともに・・・

刑務所や拘置所、留置所では「3」が結構な意味を持つ。3日、3週間、30
日、3か月、300日、3年、30年・・・3日耐えれば3週間はもつ、3週間耐え
れば30日、30日耐えれば3か月はもつということだが、この3か月≒100日目
あたりは独房暮らしでは結構しんどい。

逮捕後の最初の3週間は新聞も本も読めず、カレンダーと「房内心得」し
か読むものがないので辛いが、まだ戦意はあるからどうにか凌げるが、
100日頃には戦意喪失、“拘禁ブルー”になり、娑婆が恋しくなって、とに
かく保釈されたいなあと思いが募って、無実なのに検事のシナリオに沿っ
てゲロったり、同志を売ったりすることは結構多いようだ。

(裏切りは自責で一生苦しむから割が合わない。新宿騒乱事件(1968年)
で逮捕された道浦母都子の短歌に「爪立てて 同志よ黙秘をと 刻みきし
 独房の壁 今宵誰が見む」とかいうのがあったが、その同じ事件でパク
られたN(某企業の御曹司)は分離公判でいち早く執行猶予になった。そ
の後のNは友人をほとんど失い、事件にはまったく触れず、まるで世捨て
人のようだった。同志を売るとろくなことはない。

なお、房の壁はカチカチで、運動場で拾って頭髪に隠して持ち込んだ釘で
も歯が立たなかった。道浦の爪は相当硬度が高いようだ)

ゴーンさんは容疑を否認したままで“保釈を勝ち取った”。裁判では一審で
ケリがつくのではないか。氏は年齢を考えると、さっさとお仕舞にしてビ
ジネス界に復帰したいだろう。実刑でも功績を考えると懲役あるいは禁固
3か月、罰金20億円で、3か月拘留されていたから実際に刑務所に収監され
ることはないし、保釈金プラス10億円で罰金は賄える。

必殺無罪請負人のヤメ検もずるずる最高裁まで持ち越すことは勧めないだ
ろう。ゴーン氏は娑婆でまだまだニーズはあろうから、10億円なんぞすぐ
に稼げるだろう。不動産のいくつかを売ればいいし・・・

まあ、ちょっと公私混同して脱線しただけよ、実業家にはよくあることだ
わ、禊をすればOK、引きこもりするより、社会のためにあなたの桁違いの
能力を発揮すべきだと私は思うわ。ガンガン稼いで、ジャンジャン遣うの
よ、貯め込むと嫉妬を買うから、アドバイスをしておくわ、良くって?

カネと無縁の小生は3月6日に確定申告の書類を税理士に送った。40年近く
確定申告をしているが、今年は税務署から申告用紙が届かず、「歳だし、
キチ〇イだし、骨折もして廃車寸前だから納税免除なのかもしれない」と
思ったりしたが、情け容赦しない泣く子も黙る税吏がそんな温情をするわ
けはないわなあと考えていたら、「そうか、税理士が小生に代わって去年
からネット申告し、それで用紙が来ないのだろう」と思い至った。

で、慌てて書類と数字をまとめて簡易書留で税理士に送ったというわけ。
ゴーン氏と違って納税額はクズみたいなものだが、決まりは決まりだから
仕方がない。税理士は小生が起業した時からお世話になった先代の息子さ
ん。先代は亡くなってしまったが、息子さんがクライアントを引き継いで
おり、生前贈与などでもお世話になっている。

確定申告は小生でもできるが、書類に「税理士のハンコ」があれば、税理
士と税吏はグル(税吏は退職後に税理士になったりする。取材でお世話に
なった四谷税務署の署長さんとは仲良しになったが、退職後に四谷で税理
士事務所を開業した。記者はいろいろな人と仲良しになれるのがいい)だ
から、すんなりいくのだ。ハンコの威力は抜群。2代目の税理士には以下
のことも書き添えた。

<昨秋9月3日に自転車でこけて左膝を複雑骨折し、酷い目に遭いました。
腰痛もあってヨタヨタ、ヨロヨロです。3月10日には「生前葬」(お別れ
の会 or 感謝の集い)を催します。

相続は家内一人にし、孫1人につき100万円の教育費を与えようと思ってい
ます。手続きをお願いできますか。

確定申告もあと1、2年でしょう。家内は「古稀まで生きて」と言っており
ます。DIYで棺を作り、セレモニー業界をアッ!と驚かせ、My Coffinブー
ムを世界に広めたら、もう満足です。ハハハハハ・・・>

古稀までは コキコキシコシコ 生きてみる(修)

相変わらずの愚作だ。

隔離部屋と庭園の掃除、パノラマ展望台の修繕を終え、3月9日は墓掃除、
10日は法事。どこかへ消えてしまったビートルズの3枚組CDの代わりにベ
ストヒット27曲を1枚に収めたCDを8日にブックオフで入手したから、なす
べきことの95%は終わった。キャロルの火事付き解散コンサートCDを残す
だけで気に入りのCDは全部そろった。

いい気分で生前葬を迎えられそうだ。長くなったので今回はこれで終わり
にします。(つづく)2019/3/9

       

◆前向きな報じ方が多かった韓国大統領演説

櫻井よしこ

「前向きな報じ方が多かった韓国大統領演説 私の印象はむしろ底意地の
悪い日本非難だ」

文在寅韓国大統領の「3・1運動記念式」での演説を前向きに報じたメディ
アが多かった。

「時事通信」は「日本批判を控えた」とし、「毎日新聞」は「文大統領
『協力の未来』強調、対日批判避ける」の見出しで「直接の対日批判を控
え、『朝鮮半島の平和のため、日本との協力も強化する』と日韓協調を呼
びかける内容」だと伝え、「朝日新聞」は「外交摩擦を避ける姿勢を示し
た」と報じた。

私の印象は異なる。文演説を貫く思想と論理に「対日批判を控えた」など
の論評は当たらない。むしろ、まつわりつく底意地の悪い日本非難だった
と感ずる。

氏はざっと次のように語っている。

「日帝(大日本帝国)は独立軍を『匪賊』、独立運動家を『思想犯』と見
做し弾圧した。このときに『アカ』という言葉もできた。これは民族主義
者からアナキストまで、全ての独立運動家にレッテルを貼る言葉で、日帝
が民族を引き裂くために用いた手段だった」

日本の敗戦で朝鮮は独立した。彼らはそれを「解放」と呼ぶが、文氏は
「解放された祖国で『日帝警察の出身者』が『独立運動家をアカとして追
及し、拷問』した」と演説している。

日本が「民族を引き裂く手段」を朝鮮社会に埋め込み、それが独立後も生
き続けたと主張したのだ。「多くの人々が『アカ』と規定され」「家族と
遺族は反社会的の烙印を押された中で不幸な人生」を送り、現在もその呪
いが続いているというのが文氏の非難だ。

「今も、攻撃する道具としてアカという言葉が使われており、変形した
『イデオロギー論』が猛威をふるっている。一日も早く清算すべきは、こ
のような代表的な親日残滓です」

どう読んでもこれは、「対日批判を控え」「日韓協調を呼びかける内容」
ではないだろう。文氏の批判は反日にとどまらず反米にも通ずる。朝鮮半
島を巡る国際政治の力学を、従来の「日米韓vs中北」から「日米vs中
北韓」の構図に変える意図が読み取れる。

3月1日のインターネットの「言論テレビ」で朝鮮問題の専門家、西岡力氏
が解説した。

「文演説に先立つ2月27日に、韓国の第一野党である自由韓国党の代表選
挙が行われました。3人の候補者は、文政権は安全保障で北への武装解除
を進め、経済では社会主義政策を取る亡国政権だ、これでは韓国も自由民
主主義体制も滅びると、激しく非難しました。彼らは文政権の思想的基盤
は共産主義に近いと疑っています。そのような中で展開される『アカ』批
判は日帝そのものだという反撃が、先の文氏の3・1演説なのです」

文氏が訴えたのは、日本統治が終わっても憎むべき親日派は清算されずに
韓国に残り、反共勢力、親米勢力に化けて(朴正煕元大統領のような)軍
事政権を作った。自分がその勢力を一掃するのだという決意に他ならない。

それに対して、保守派は文氏の動きの背後には結局、北朝鮮、「アカ」が
いると突きつける。さらにそれに対して、その表現こそ日帝の影響を受け
た親日派の証拠だというのが、文演説の真意だ。文氏は決して日本に配慮
しているのではない。西岡氏の指摘だ。

「文氏は一方で、大きな嘘もついています。1919(大正8)年の3・1独立
運動の参加人数を202万人、死者は7500人だったと演説しました。実は韓
国の国立機関、国史編纂委員会が2月20日に最新の研究成果として、デモ
参加者は103万人、死者は934人と発表しました。文氏は国立機関の調査結
果を無視して、それに倍、または8倍の大きな数字を言ったわけです。対
日歴史戦はまだまだ続ける執念深さがあるのです」

ちなみに朝日新聞も専門家で構成する国史編纂委員会報告を無視して文氏
同様、死者7500人と報じた。こちらは間違いか、大嘘か。教えてほしい。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1271

◆バングラデシュへ200億ドルを投資

宮崎 正弘

平成31年(2019年)3月16日(土曜日)通巻第6019号  

 サウジ、パキスタンに続き、バングラデシュへ200億ドルを投資
  中国とのバランス回復が主目的。イスラム圏の安定目指す

バングラデシュの主力産業は繊維、縫製加工、中国資本の工場が約500
社、100万人のミシン女工を雇用している。バングラデシュは世界最貧国
の一つだが、出稼ぎ労働者による送金で外貨収入の30%近くを占める。

 最大の援助国は日本である。しかしJICAの職員10人がダッカでテロ
リストに殺害されて以来、バングラへの派遣を尻込みする日本人若者が増
え、次々と投資を拡大する中国とは対比的である。

バングラデシュからサウジアラビアへの出稼ぎは2017年ピーク時に280万
人。ついでインド、フィリピンと続いたが、原油代金下落によるサウジの
不況入りによって陸続と出稼ぎ組は帰国しはじめた。とくにフィリピンで
は出稼ぎ組の帰国をドゥテルテ大統領自らが空港に出向き慰労した。

2016年10月、習近平はBRICS会議の帰路、バングラデシュを公式訪問
し、1320メガワットの発電所建設に16億ドルなど、合計260億ドルのプロ
ジェクトをぶち挙げて大歓迎された。そのなかにはチッタゴン港の近代化
も含まれていたが、後者のプロジェクトはバングラデシュ政府が断ったと
いう。

直前にインドはバングラデシュに対して20億ドルの信用供与を約束してい
たが、中国はいきなりインドの10倍以上の金額を提示し、ハシナ政権の度
肝を抜いた。しかし例によってプロジェクトは遅々として進まず、大半は
具体化せず、中国の誠意のなさに苛立って、サウジアラビアと水面下の交
渉を続けてきたのだ。

カショギ事件のほとぼりも冷め、ハシナ首相は2月にリヤドを訪問し、サ
ルマン国王と会見した。

100メガワットの太陽光発電への投資、チッタゴン近郊の工業特区建設と
バイオ薬品の共同開発プロジェクトなどおよそ200億ドルの投資が決まった。

 地政学的にはチッタゴンが最重要であり、インド洋を扼し、ベンガル湾
航路の死活を制することが出来る。中国海軍にとってはマラッカからミャ
ンマーの西海岸に港を建設し(チャウッピューが最有力候補)、ついで
チッタゴン、スリランカのハンバントタはすでに海軍基地化が進み、モル
ディブからパキスタンのグアイダール、その先がてジブチに造成した中国
軍初の海外基地へと繋げる。


▲バングラの頭痛のタネはロヒンギャ避難民だ

ミャンマーから逃げてバングラデシュに入ったロヒンギャはおよそ90万
人、スーチー政権は国際的な非難に晒され、窮地に陥った。孤立したミャ
ンマーの政治空白に入り込んだのは中国だった。

ところでロヒンギャ難民をかかえるバングラデシュは、国連や支援団体を
通じて、いまのところ53万人を難民キャンプに収容している。不衛生で下
水設備などあるはずがなく伝染病で死亡する犠牲が絶えず、急ごしらえの
墓所もあちこちに出来た。

この事態に対処するためバングラデシュ政府は、新しいキャンプ兼職業訓
練センターを建設し、雇用に活用する方針に切り替えた。そのためベンガ
ル湾の無人島を開発し、ここに10万人の難民を収容して、工業団地とす
る。すでに造成工事は開始されている。

ジュネーブの国連、人権ウォッチ委員会は14日に人権状況の年次報告を発
表し、ロヒンギャ問題を引き続き深刻な問題としたが、同時に中国新彊
ウィグル自治区における100万人の強制収容所を人権侵害の典型として報
告した。
https://www.state.gov/j/drl/rls/hrrpt/humanrightsreport/index.htm#wrapper

国連ジュネーブのキュリエ米大使は、イスラム諸国に対して「同胞が虐待
されている現実を前に、なぜ中国非難に立ち上がらないのか」とし、最
近、エルドアン大統領が中国の遣り方を「人類の恥」と非難したが、この
トルコの路線変更を高く評価した。

     
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評BOOKREVIEW
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 孔子の「心」は中国になく、日本にあった
  日本人は『論語』の「愛」を体現し、中国人は「儒教」に「権力」を
求めた

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石平『なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか』(PHP新書)
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渋沢栄一は「右手に算盤、左手に『論語』」と言った。

二宮尊徳は「経済のない道徳は戯事だが、道徳なき経済は犯罪だ」と書き
残した。

出光佐三は「道徳には美がある、モラルには美がない」との箴言を残した。

意味するところはモラルはルールでしかなく、道徳は不文律の人間のみち
である、ということだろう。

儒教はたしかに道徳を説いたが、それはルールの強制であり、モラルの法
化とも言える。

『論語』は心のあり方、人間の精神を説いた。つまり儒教と論語は基本の
ところが異なるのである。

しかし学校でも家庭でも道徳を教えなくなったため現代日本人は道徳どこ
ろか、モラルさえなくした。典型例を挙げれるなら、地下鉄やバスの「優
先席」である。身体障害者、妊婦、老人が優先する座席とは、本来なら一
般席であっても、尋常な人間なら席を譲った。いまはルールを設け、優先
席を人工的に作ったが、すると若者は一般席では老人に席を譲らない。い
やいや、そればかりか優先席にふんぞりかえる若者は老人が前に立ってい
ても平然としている。

日本人に道徳がいまも生きているとは思えない。情けない世情である。

 さて本書の著者、石平氏の大活躍については、いまさら記述する必要は
ないだろう。次々とアイディアが沸き出ずるように、旺盛な創作意欲の噴
出がある。それも新作毎に新しい分野への挑戦があり、おろそかにして読
み飛ばすことが出来ない。論壇で重要な位置をしめるようになったことは
慶賀に堪えない。

石平氏は「聖徳太子は仏教を取り入れたが、同時に輸入された儒教は日本
で定着しなかった」と『なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか』
で述べ、また前作(『中国人の「善」と「悪」はなぜ逆さまなのか』)で
は、中国人の精神の基軸になるのは一族(宗族)イズムであると説かれた。
 
本書の急所は、「儒教」と『論語』は別々の存在であり、孔子の心を体現
したのは日本であって、中国では儒教は、残酷な「礼教」に化け、人々を
暴力的に支配し、また儒教に「権力」を求めた。この箇所が中国人の認識
する儒教の本質である。

文革の煽りで石さんの両親は田舎へ下放され、幼年時代の石少年は四川省
の田舎、祖父の下で育った。祖父は漢方医で、『論語』を徹底的に石少年
に教え込んだ。暗記するほどにそれを覚えたが、文革最中の或る夜、祖父
が秘かに『論語』を燃やしていた。後難を怖れたからで、『論語』を持っ
ているだけでもつるし上げの対象となったからだ。

四川省から北京大学へ入学した頃、中国には自由の風が吹き始めていた。
 「哲学専攻の私たちは当然のように、孔子や儒教などよりも、ルソーや
フランス革命の理想、そしてサルトルに心酔していた。儒教でいう『仁義
礼智信』よりも、『自由平等人権』などの言葉がわれわれの心を捉えた」
(20p)

「『論語』には、人間性の抑制や人間の欲望の否定を唱える言葉など何一
つなく、ましてや女性の『守節』や『殉節』を(礼教のように)奨励する
ような表現はどこにも見あたらない。そのかわりに、孔子が『論語』の中
で盛んに語っているのは『愛』(仁)であり『恕』(思いやり」であり、
親の気持ちを大事にする意味での『孝』なのである」(29p)。
 日本留学を思い立ち、神戸で生活し始める。

「日本にきてからわずかひと月で、私は『礼』に満ちている社会の中で生
きる実感を得」た。日本では礼節、こころのぬくもりがあり、「故子供の
頃に祖父から教わった「論語の言葉と同じような暖かさを(市井の人々
が)持っていた」(35p)。

すなわち「儒教とは結局、孔子が没してから三百数十年後に、孔子とは
まったく関係のないところで作られた一種の政治的イデオロギーであり、
権力の奉仕するための御用教学なのである」(142p)。

だから儒教は論語とは無縁であり、「「論語」は大いに読まれるべきであ
るが、儒教とは単なる過去からの負の遺産であり、廃棄物として捨ててお
くべき」であると、ハッとするような指摘がある。
 中国および中国人の理解に大いに役に立つ。

       
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1872回】            
 ――「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(12)
東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

            △

この若者は「何ぞその臥薪嘗胆の悲痛なる」と綴り、「主として支那が直
接關係する領土方面」における「國耻」に同情を寄せている。

さらには「各種の方面に於て或は鐵道の敷設經營、鑛山の採掘事業の投
資、かうした場合にも歐米人なら必ず利?折半で隱當だが日本人は大抵の
場合四分六分だといふ、しかもいろんな有利な密約なんかを劍を以て強迫
して定めると訴へられた時僕はむしろ彼らに同情したくなる」と、日本の
強圧姿勢を前にして受け身になる中国側に同情を示す。

若者が2つの同情を寄せてから12年が過ぎた昭和6(1931)年の春――数か月
後には満州事変勃発する――、日本における英語学の祖とされる市川三喜は
北平(北京)を旅し、「北平で新教育によって名高い孔徳学校を参観」し
た際の思いを次のように綴った。

「日本に対しては国恥地図が小学四年の室にかけてある」のを見て、「阿
片戦争やなんかはおかまい無しの、日本を目標としたものだ。よき支那人
を作る為には、其自尊心養成に必要なら、国恥地図も是非無いとしても、
そんなら各国からうけた恥を大小の順に並べるがいい。さしあたって突か
かる目標なる日本に対しての反感を養うべく琉球までを、奪われた、此恨
不倶戴天なんて焚きつける事は、教育をして人間を作る機関から切り離
し、国家の道具製造場と化す苦々しい態度だと思う」のであった。

若者が「國耻」に同情を寄せたのは大正8(1919)年。一方、壮者の市川
が学校は「国家の道具製造場と化」し、「さしあたって突かかる目標なる
日本に対しての反感を養うべく琉球までを、奪われた、此恨不倶戴天なん
て焚きつける」と憤慨したのは昭和6(1931)年――同情から憤慨へ。一介
の若者に対するに第一級の英語学者である。経験、識見、社会的影響力に
大きな違いはあれ、同じような事象を捉えながらも、真反対の反応を示
す。この間に過ぎた年月は僅かに12年に過ぎないものの、やはり12年の間
に両国を取り巻く内外状況が激変したということだろう。

だが、こうは考えられないだろうか。同情も憤慨も支那=中国に対する過
度の思い入れに起因している。そうなって欲しくないから同情し、そうで
はないだろうと思うから憤慨する。どちらにしても心情的には根っ子は同
じだ。

ここで甚だ飛躍するが第2次世界大戦、ことに中国戦線において重要な役
割を演じたアルバート・C・ウェデマイヤー将軍が綴った『第二次大戦に
勝者なし  ウェデマイヤー回想録(上下)』(講談社学術文庫 1998
年)の冒頭に掲げたアメリカ初代大統領のJ・ワシントンの「訣別の辞」
を挙げておきたい。

「国家政策を実施するにあたってもっとも大切なことは、ある特定の国々
に対して永久的な根深い反感をいだき、他の国々に対しては熱烈な愛着を
感ずるようなことが、あってはならないということである。(中略)他国
に対して、常習的に好悪の感情をいだく国は、多少なりとも、すでにその
相手国の奴隷となっているのである。

これは、その国が他国に対していだく好悪の感情のとりこになることで
あって、この好悪の感情は、好悪2つのうち、そのいずれもが自国の義務
と利益を見失わせるにじゅうぶんであり、(中略)好意をいだく国に対し
て同情を持つことによって、実際には、自国とその相手国との間には、な
んらの共通利害が存在しないのに、あたかも存在するかのように考えがち
になる。一方、他の国に対しては憎悪の感情を深め、そこにはじゅうぶん
な動機も正当性もないのに、自国をかりたて、常日ごろから敬意をいだい
ている国との闘争にさそいこむことになる・・・(以下略)」。

大正8年の同情から昭和6年の憤慨へ・・・「熱烈な愛着」から「根深い反
感」へ。《QED》
    
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 読者の声 READERS‘ OPINIONS  どくしゃのこえ 
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  ♪
(読者の声1) 貴誌通巻第6018号(読者の声2)で稲村正治氏が、「ま
た、なぜ天皇を名乗ったのかは、云われているように中国の皇帝に対抗し
て名乗ったのではなく、本当に人間が神になるものと捉えていたからこ
そ、天皇と名乗ったのです」とお書きになられました。

気持ちは理解しますが、私は以下の宮崎市定氏の説が正鵠を射ていると思
います。

1.「おおきみ」(大王または王)は尊称、つまり現代日本語での「殿
下」、「陛下」に相当するものである。
2.「天皇」は称号である。

3.「天皇」は、元々は「天王」であったものが、「天皇」と書き改めら
れた。根拠は、以下のとおりである。

(1)もともと「天皇」なら読み方が「てんこう」のはずである。
(2)三国時代と隋王朝の時代の間は、中国が小国に分れた南北朝時代で
あり、中原全体を支配した王がいなかった。
   そのため、諸王の内で最も有力な王を「天王」と呼んだ。「天王」
はもともと仏教用語で仏教の守護者である王のことを言った。
   南北朝時代は仏教が有力であったためこの呼び名が流用されたので
あろう。
(3)隋の時代になり、皇帝という呼び名が復活し、皇の方が王より格が
上なので、日本では「天王」を「天皇」と書き方を改めたが、読み方は変
えなかった。

この説を宮崎先生は昭和40年頃に提唱されましたが、一般には認められま
せんでした。

この説を傍証するものとして、大宝律令で、「すめらみこと」を内政では
「天皇」、宮中祭祀では「天子」、外交では「皇帝」と呼ぶと規定しました。
 日清戦争開戦の詔勅でも日露戦争開戦の詔勅でも「大日本帝國皇帝」の
名で渙発されています。三つの呼び方を天皇で統一したのは昭和になって
からです。(當田晋也)

◆認知症には「散歩」が効果

向市 眞知


以前、住友病院神経内科先生の「認知症」の講演を聴きに行きました。その時、「こんな症状があったら要注意!」という話から始まり、下記の11の指摘がありました。

1、同じことを何度も言ったり聞いたりする
2、ものの名前が出てこない
3、置き忘れやしまい忘れが目立つ
4、時間、日付、場所の感覚が不確かになった
5、病院からもらった薬の管理ができなくなった

6、以前はあった関心や興味が失われた
7、水道の蛇口やガス栓の閉め忘れが目立つ
8、財布を盗まれたといって騒ぐ
9、複雑なテレビドラマの内容が理解できない
10、計算のまちがいが多くなった
11、ささいなことで怒りっぽくなった

「これらがいくつかあったり、半年以上続いている時は、専門病院へ行きましょう」といわれました。

私自身、同じことを言ったり、物の名前が出てこなかったり、置き忘れやささいな事で怒りっぽくなったなあと思い当たるフシがいくつもありました。専門診療の対象といわれてしまうと本当にショックです。

「認知症」というと周りの人に迷惑をかけてしまう問題行動がクローズアップして、その印象が強いのですが、新しいことが覚えられない記憶障害もそうです。また、やる気がおこらない意欲の低下もそうですし、ものごとを考える思考力や判断する力、そして手順よくし処理する実行力の低下も「認知症」の症状です。

「認知症高齢者」のかた自身の不安は、時間や場所がわからなくなったり、体験そのものを忘れていく中で暮らしているのですから、自分以外の外界のすべてが不安要因になってしまうのです。

ご本人は真剣に外界を理解しようとしているのですが、家族は「ボケ」「痴呆」ということばの印象から、「認知症だからわからないだろう、理解できないだろう」と思い込んでいる例が多くみられます。
 
診察室でなんとご本人を目の前にして「認知症高齢者」の失態を平気でドクターに訴えたり、「母さんがボケてしまって」とはばかりもなく言ってしまったりします。

その瞬間に、ご本人はその家族に対してまた不安をつのらせてしまいます。また話を向けられたドクターも、ご本人を前にしてウンウンとうなづくべきか、ほんとうは困っているのです。

うなづけば家族は安心しますが、ご本人はドクターへの信頼感をなくしてしまいます。

よく「まだらボケ」とか言いますが、「正気の時もあるからやっかいだ」と表現されるご家族もあります。しかしそれは逆で、やっかいと考えるのではなく正気の部分があるのならその正気の部分を生かして日常生活を維持するようにしむけてみませんか。
 
「認知症」があっても、くりかえし続けている一定の日常生活はできるはずです。老年期以前の過去の生活を思い出させてあげると、高齢者は自分の価値を再発見し、意欲も湧いてくるとききました。

高齢者にとって脳機能の低下だけではなく、視覚や聴覚、味覚や嗅覚などの感覚もおとろえてきていることを理解してあげてください。

すべてを「認知症」の一言でかたづけてしまわないで下さい。見えやすくする、聞こえやすくするというような場面の工夫で問題行動が小さくなることもあります。
 
「認知症だからわからないだろう」と思い込むのは大まちがいです。「言ってもしかたない」と決めつけるのは悪循環です。「認知症」の方の感じる外界への不安を考えると、情報が遮断されると余計に不安が大きくなります。

どしどし情報を与えることが不安の軽減につながります。そのために外出しましょう。

「認知症」には「散歩」の効果があります。外界の空気は聴覚、視覚、嗅覚への刺激になり、脳の活性化につながります。
                       医療ソーシャルワーカー

2019年03月17日

◆ビタミンの取りすぎにご用心

大阪厚生年金病院 薬剤部


ビタミンは健康のためにいいし、食品の中に入っていて害のないものだからたくさん飲んでも大丈夫だと思っている方はいませんか?

実は、ビタミンにも取りすぎると体に悪い影響がでるものがあります。

ビタミンには、脂溶性ビタミンと水溶性ビタミンがあります。

脂溶性ビタミンは、ビタミンA,D,E,Kで、その他が水溶性ビタミンになります。
水溶性ビタミンは取りすぎたものは排泄されますが、脂溶性ビタミンは体内に蓄積され、過剰症が起こることがあります。
 
ビタミンAを取り過ぎると、頭痛、顔面紅潮、筋肉痛や食欲不振などの症状が現われます。
また、ビタミンDを取り過ぎると、食欲不振、吐き気、頭痛などが現われます。
 
脂溶性ビタミンとナイアシン、ビタミンB6、葉酸は1日に摂取してよい量が決められています。

通常の食生活でビタミンを取りすぎてしまうことはありませんが、ビタミン剤やサプリメントを飲んでいる方は注意が必要なので決められた量を守って飲むようにしましょう。 
                

2019年03月16日

◆「大学からファーウェイ排除法案」

宮崎 正弘


平成31年(2019年)3月15日(金曜日)通巻第6018号  

 米連邦議会に「大学からファーウェイ排除法案」上程。英国でも。
  ファーウェイ、ZTE、カルペンスキー(ロシア)も追い出せ

ジム・バンクス下院議員(共和党)ら3人の連邦議会議員は3月12日、
「大学擁護法案」を議会に提出した。これは米国のアカデミズムから、
ハッキングによる情報盗取や、学者間の交流によるハニー・トラップ、人
材引き抜き、中国からの招待旅行など甘い手口によって次世代技術の研究
成果を盗まれないようにする目的がある。

バンクス議員はファーウェイのみならず、ZTE、ロシアのカルペンス
キーなどの米国の大学への浸透、ラボなど大学施設への購入や敷設禁止、
個人の使用禁止などを織り込んだ。同議員は昨夏にも、大学への寄付行為
監視などを強化する法案を上程し、26人の議員と共同提案をなした中心人
物である。

英国でも同様な動きがあり、「情報自由法」が議会に上程されている。こ
れによれば、米国で既にスタンフォード大学、プリンストン大学がファー
ウェイ排除をきめているように、英国のロンドン王室大学、マンチェス
ター大学、グイーンメアリー大学、帝国大学などが、大学施設の設備など
からも排除、学生のメールに関してもファーウェイなどとの接続に慎重な
取り扱いをするなどの措置がとられている。

ところで3月14日、米民主党のベト・オルーク元下院議が2020年大統
領選への出馬を表明した。昨秋の中間選挙で「保守王国」と言われるテキ
サス州で、共和党現職のテッドクルーズを苦境に追い込んで、全米が注目
した若手。民主党のホープとしてメディアの脚光を浴びた。

これで民主党の候補者は16名ほどとなり、ますます混戦の模様。次の注
目は世論調査でつねにトップをつけているジョセフ・バイデン前副大統領
の去就である。
     
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読者の声 READERS‘ OPINIONS  どくしゃのこえ 
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  ♪
(読者の声1) 投資家のジム・ロジャースが日本経済はもはや望みがな
く、衰退、自滅に向かうなどと悲観的見解をのべているそうです。

腹立たしいけれども、入管法改悪、働き方改革などを見ていると、日本人
が美徳としてきた「勤勉」がタブーとなり、働かなくても食べていける、
汚い仕事は外国人に任せようなどとする風潮があります。

日本の未来は暗澹としていますから、この現実を見ているとロジャースの
言うことは、或る意味正しいかも。

 元気を取り戻す日本にするにはどうしたら良いかと思案するこの頃で
す。(水戸の老人)


(宮崎正弘のコメント)嘗ての欧州病、いまの日本を蔽っている空気は
「働かない」という、あのヨーロッパの気質に似てきたのです。
 
しかし中国も深刻、こちらは働きたくても職がないという全体主義特有の
ビョウキ。
 
鳴り物入りのEVですが、リコールが相次ぎ、消費者の評判は最低です。
補助金やら奨励策で無理矢理購買させられているのが実情でしょう。

ちなみに2018年に261万台のEVが中国で生産され、そのうち中国製EV
のリコールは1満3500台、テスラが8905台。ジャガーが3300台という、ま
るで目立たない中国初の報道があります。

   ♪
(読者の声2)私は、以前の投稿で、次のように述べておきました。

「じつは、人類の歴史上、その統一を見事に成し遂げた唯一の国が日本で
す。日本は、「カタカムナ」の昔から、対自的な本質の世界と、即自的な
現象の世界との、世界の二重構造を自覚していました。つまり日本人は、
即自ばかりでなく対自的な認識も、早くから持っていたということです。
だから、共存共栄の精神が育まれたのです。」

ここで私は、日本の古代の書「カタカムナ」について言及しております
が、この時はまだ直感レベルでしかなかったのですが、最近その直感・直
観がまったく正しいものであったことを確認することができました。

それは、具体的には、「カタカムナ」で説かれている内容が、ヘーゲルの
学問の構造とぴったりと一致したからです。これは凄いことです。ヘーゲ
ルがこれを知ったら驚嘆したことであろうと思います。

これによって、なぜ日本だけが、神話が現実の国家と直接的に結びつい
て、しかも、それが21世紀の今日に至るまで連綿とつながる国家として存
在しえたのはなぜか?という謎を解くことができるようになったのです。
さらに言えば、これまでの天皇という呼称が生まれた謎も正しく解けるよ
うになると思います。

では、早速その「カタカムナ」の中の一節を見てみましょう。
 
カタカムナウタヒ第5首
「ヒフミヨイ
 マワリテメクル
 ムナヤコト
 アウノスヘシレ
 カタチサキ」

第6首
「ソラニモロケレ
 ユエヌオヲ
 ハエツヰネホン 
 カタカムナ」

第7首
「マカマタノ
 アマノミナカヌシ
 タカミムスヒ
 カムミムスヒ
 ミスマルノタマ」

解説しましょう。

これをヘーゲルの学問論と比較して見ますと、次のようになります。
まず、第5首は有論・現象論に相当し、第6首は本質論、第7首は概念論に
匹敵します。では何故そう云えるのか具体的に見ていきましょう。まず、
第5首の内容は、「マワリテメクル ムナヤコト」すなわち万物は流転す
る「カタチサキ」の即自的な現象的世界を詠っています。

 次に第6首は、「ソラ」すなわち対自的な天上から捉えた、「ハエツヰ
ネホン」すなわち物事の発生・発展・消滅の根本論理、つまり本質の世界
である「カタカムナ」を詠っています。

 そして、極めつけは「タカミムスヒ」すなわち八百万の神々が住む「カ
タチサキ」の現象的世界と、「カムミムスヒ」すなわち八百万の神の大本
となる神そのものの棲む「カタカムナ」の本質の世界、との統一によっ
て、現象的世界にも本質的世界にも「ミスマ」って自由に行き来する魂と
なって躍動する、世界の「ミナカヌシ」すなわち絶対精神の概念論の世界
を詠っているのです。

 これは驚くべきことです。日本人は太古の昔から、ヘーゲル的な学問的
精神を持っていたということです。だから、日本人は、世界の中で唯一、
高等な対自即自の、弁証法的な言語を創り上げ、対自即自の共存共栄の精
神を創り上げ、対自即自の国家の歴史を創り上げてきたのです。

これまで、何故それが可能となったのかについて、いろいろ環境要因など偶然的
な要素で説明されてきましたが、何よりも決定的な必然性としての、この
主体的な要因にこそが、本質的な要因であったと思います。

 ヘーゲルの学問は、人間が神になる道を説きましたが、古代の日本人も
同じく人間が神になる道・方法を見出しておりました。
だから神話が現実の国家とつながるのです。

また、なぜ天皇を名乗ったのかは、云われているように中国の皇帝に対抗
して名乗ったのではなく、本当に人間が神になるものと捉えていたからこ
そ、天皇と名乗ったのです。さらに言えば、日本の古代の言霊の意味も、
この観点からしますと全く違ったものとなります。それは、人間が絶対精
神になる道として行われていたということです。

そして、それは、現代においても有効な道なのですが、このことは、ヘー
ゲルの学問を否定してしまったマルクスによって汚染されてしまった、現
代の多くの学者先生方には、到底理解の及ばない問題のようです。 
(稲村正治)

◆米朝決裂、追い詰められた金正恩

櫻井よしこ


2月28日、ベトナムの首都ハノイで米朝首脳会談が決裂した。北朝鮮の大
いなる誤算による決裂を、わが国の拉致問題解決の糸口にするには何をす
べきか。首脳会談初日から2日目朝まで、うまくいっていた会談が突然決
裂したのは何故か。

3月1日夜、私は「言論テレビ」特別番組で、前防衛大臣で自民党安全保障
調査会会長の小野寺五典氏、朝鮮問題で第一線をひた走る「国家基本問題
研究所」研究員の西岡力氏、気鋭の作家である門田隆将氏、毎号完売の実
績を続ける「月刊Hanada」編集長の花田紀凱氏と共に、大いに語っ
た。決裂の主因を小野寺氏が喝破した。

「金正恩氏がトランプ氏を甘く見ていたのです。両氏はハノイ到着後の27
日に短いテタテ(一対一の会談)をし、その後夕食会に臨んでいます。翌
朝、再びテタテをした。その時点まで金氏は、トランプ氏を経済制裁解除
に導けると読んでいたと思われます。ところがその後に人数をふやして会
議に入った。そこから雰囲気が変わったのです」

全体会議の写真には、米国側にトランプ大統領、ポンペオ国務長官らと共
に、国家安全保障問題担当大統領補佐官のジョン・ボルトン氏の姿があ
る。小野寺氏が続けた。

「それまで参加していなかったボルトン氏が交渉の席に入ったことが、ト
ランプ氏の『急いでやるより正しくやる方がずっといい』というコメント
につながったのだと思います」

ボルトン氏はブッシュ政権で国務次官として国家安全保障及び軍備管理を
担当、リビアの大量破壊兵器の放棄を実行した。国連大使を務め、拉致問
題にも理解が深い。氏は核、ウラン濃縮、ミサイル開発などの専門家で、
それだけに北朝鮮に騙されはしない。また、原則を重視し、希望的観測に
基づく安易な妥協を嫌う、米国保守派の中核的存在と言ってよい。

ボルトン氏の出席が米国側の原則堅持の姿勢を強めたとして、首脳会談決
裂の具体的理由は何か。トランプ氏は28日午後2時(現地時間)からの記
者会見で、北朝鮮は寧辺の核施設破壊の見返りに、経済制裁の全面解除を
求めた、それは受け入れられない条件だったと述べている。

異例の会見

同会見から約10時間後、未明の0時43分に、北朝鮮の李容浩外相と崔善姫
外務次官が茫然自失の体で異例の会見に臨んだ。

「我々が要求したのは全面的制裁解除ではなく、一部の解除だ。国連制裁
決議11件の内、2016年から17年に決定された5件で、民需経済と人民生活
に支障をきたすものだけだ」と、李氏は説明した。

同じ会談にいた片方の国の大統領と、もう一方の国の外相が異なる主張を
する。正しいのはどちらかと迷うのは当然だが、ある意味、両方共、正し
いのだ。西岡氏が説明した。

「国連制裁決議は李氏の言うように11項目にわたります。最初の頃の制裁
は、北朝鮮への贅沢品の輸出禁止などで金王朝にとって痛くも痒くもな
い。鮪でも高級車でも金一家は手に入れていました。いま彼らを追い詰め
ているのは17年に決定された制裁です。これで輸出の9割までが止められ
ました。だから、これらを解除せよというのは実質的に全て解除せよとい
うことなのです」

17年に採択された制裁の骨子は➀石炭・海産物の全面輸出禁止、➁繊維製品
の輸出禁止、➂加盟国による北朝鮮労働者受け入れの禁止である。北朝鮮
の主要輸出品目が全て禁輸となった。制裁違反の国や企業は、米国の第二
次制裁の対象として米銀行との取引停止などの処分を受けかねない。

中露も賛成せざるを得なかったこれらの制裁の結果、北朝鮮の輸出総額は
29億ドル(3190億円)から4億ドル(440億円)に減少した。それがどれ
程の痛手か、制裁は効いていないとして強気で通してきた北朝鮮が遂に2
月21日、国連に人道支援を求めたことからも明らかだ。

明らかに金氏は、寧辺の核兵器製造施設の恒久的破壊でトランプ氏が満足
すると考えていた。だが、米国を甘く見ていた金氏を震えあがらせるよう
なことをトランプ氏が語っている。

「我々は北朝鮮を1インチ単位でくまなく知っている。必要なことはやっ
てもらわなければならない」「まだ知られていないことで我々が掴んでい
ることがある」

記者が、2か所目のウラン濃縮施設以外にもあるということかと尋ねる
と、「その通りだ」、「我々は多数のことを取り上げた。彼らは我々がそ
んなことまで知っているのかと驚いたと思う」と答えた。

「木を森の中に隠した」

「言論テレビ」で西岡氏が明らかにした情報も、トランプ氏の自信を支え
る米国の情報力の一端を示している。

「米国を含む西側の情報機関は濃縮ウラニウムの設備として、3か所を
疑っていました。原子炉はなかなか地下ではできませんが、濃縮ウラニウ
ムの製造には電気があればよいので、衛星写真で見つかりにくい地下に作
るはずだと考えたのです。そこで西側情報機関は疑わしい3か所の砂や土
を取らせて分析した。しかし、何も兆候はない。周辺の住民にそれらしい
怪しいことを言わせていたのですが、全てダミーだったのです。

ところが、平壌に近い地上の製鉄所の建物群の中に濃縮施設があることを
米国はつきとめました。降仙の千里馬製鉄所内です」

衛星写真に写る製鉄所の敷地に何気ない建物がひとつ増えた。北朝鮮は
「木を森の中に隠した」のだ。それでも米国はこの中で何がなされている
かを正確につきとめた。

「ヒューミント(人的諜報)を持っているのです。地下工場だと疑った3
か所の土や砂を運び出させて分析し、ダミーだと判断できたのも、ヒュー
ミントゆえです」と西岡氏。

まんまと欺きおおせたと考えていたであろう金氏の耳に届くのを意識し
て、トランプ氏は、先述のように、まだ公にされていない施設を米国は掴
んでいると語ったのだ。金氏にとってどれ程の恐怖だったか。

「時間は間違いなく北朝鮮に不利に働きます。中国の支援を受けることも
容易でない。習近平氏の中国は、貿易や先端技術問題で米国から尋常なら
ざる圧力を受けており、米国に非常に気を遣わなければならない局面で
す。北朝鮮は、あまり擦り寄ってこられても困る厄介な存在になっている
と思います」と小野寺氏。

金氏は習氏に会わずに帰国した。そうした状況下で金氏が米国との対決に
向かえば命取りになる。

金氏の選択肢は限られている。米国と平和裡に交渉を行い非核化を進める
こと、拉致被害者の即時一括帰国を実現して日本の経済援助を受けること
だ。日本は米国と共に、結果が出なければ制裁解除なし、という堅い路線
を続けることが大事だ。

『週刊新潮』 2019年3月14日号 日本ルネッサンス 第843回


◆安珍・清姫伝説で有名な「道成寺」(御坊市)

石田 岳彦  弁護士

長い階段を数えながら登ると確かに62段でした。上りつめたところには仁王門があり、当然のことながら仁王さんが立っています。門をくぐって左側には金属製の手水鉢が置かれていました。
 
小学校の音楽の時間に教わった童謡「道成寺」にある「62段の階(きざはし)をあがりつめたら仁王さん 左は唐銅(からかね)手水鉢」との歌詞は事実でした。しばしば追憶と感傷にふけります。

安珍・清姫伝説で有名な道成寺です。

大阪からJRの特急で御坊駅まで。そこから普通電車に乗り換え(本数が少ないので、時間的余裕と人数に応じてタクシーを利用するのがよいかと思います)、1駅行くと道成寺駅です。

改札を通り、踏切を渡って、駐車場と土産物屋(兼食堂)に挟まれた短い参道を通り抜けると冒頭の階段へ至ります。

62段の階段を登りつめ、仁王門をくぐると、正面に本堂、その右側(東側)には三重塔。いずれも江戸時代の建物で、相応に貫禄があります。

もっとも私の(おそらく、ほとんどの参拝客の)お目当ては、境内西側にある鉄筋コンクリート製の宝仏殿・縁起堂の中で待っています。

宝仏殿・縁起堂は1つ繋がりの建物で、仁王門から見て、手前の、入り口のある建物が縁起堂、奥が宝仏殿です。

縁起堂では、和尚さんが絵巻物(のコピー)を拡げ、安珍・清姫伝説についてユーモアを交えながら、絵解き説法をしてくださいます。説法は頻繁に繰返し行われるので、そう待たされることはないでしょう。

次に述べるように、安珍と清姫の伝説は、事件それ自体は極めて陰惨で後味の悪いものですが、和尚さんの語りのお蔭で、全く暗くなりません(それはそれで問題な気もしますが)。

時は平安時代前期の醍醐天皇の御世。安珍という若い僧侶が、熊野三山の巡礼のために奥州から紀伊の国にやってきました。

ところが、道中、安珍が土地の有力者の屋敷に泊まった際、その屋敷の娘である清姫は安珍に惚れてしまい、還俗して自分と結婚してくれるよう強く迫ってきたのです。

結果から見ると、ここで安珍はきっぱりと断るべきだったのでしょうが、清姫の執拗な懇願を拒絶し切れず、結局、巡礼を終えたら帰り道にまた清姫に会いに来ると嘘をつき、屋敷を後にしました。

その後、清姫は首を長くして安珍を待ちますが、約束の日になっても安珍は訪れません。清姫は屋敷を抜け出し、安珍を探し出しましたが、安珍は人違いだと嘘をつき、清姫を相手にしようとしません。

これも結果論ですが、安珍はここできちんとした謝罪のうえ、清姫と一緒になるなり、きっぱりと拒絶するべきだったのでしょう。清姫は悲しみの余り、半狂乱になってしまい、やがて蛇の化け物になり、安珍を猛追します。

安珍は死に物狂いで逃げ、道成寺に逃げ込み、寺の僧侶らに事情を話しました。僧侶らは鐘楼に吊ってあった梵鐘を下ろし、その中に安珍を隠しますが、清姫の化けた大蛇は梵鐘に撒きつき、火を噴いて安珍を焼き殺してしまい、自身は入水自殺してしまいました。お終い(実際の説法では、この後、夫婦円満その他の在り難い和尚さんのお話が続きます。)。

この事件は、記録(?)に残っている限り、日本で最古・・・かは知りませんが(未遂でよければ、イザナギ、イザナミの黄泉比良坂の件が最古の事例として挙げられそうです)、おそらく最も有名なストーカー殺人事件でしょう。

歌舞伎、謡曲等、様々な芝居の題材になっていて、道成寺ものというジャンルを形成しており、縁起堂にも様々な道成寺もののポスターが張っていました。

和尚さんの絵解き説法を聴き終えたら奥の宝仏殿に進みます。

道成寺の創建には複数の伝承があり、時期についてもはっきりしないそうですが、遅くとも奈良時代前半には建立されていて、古い寺宝・仏像も少なからず残っています。

その中で最も有名で、かつ特筆するべきものは、やはり国宝に指定されている平安時代の千手観音立像・伝日光菩薩立像、伝月光菩薩立像の仏像3体でしょうか。

肉付きのよい、がっしりとした体躯の堂々たるお姿です(ご多聞にもれず、写真撮影禁止なので残念ながら画像はありません。)。ここで、あれっと思われた方もいるかも知れません。

というのも、日光菩薩、月光菩薩は本来、薬師如来の左右を守る脇侍であり、他の如来や菩薩につくことは基本的に無く、また、千手観音は単体で祀られることがほとんどで、脇侍がつくことは、まず無いからです。
   
そういうこともあり、実のところ、この3体が1つのセットとして作成されたものか否かについては確証がなく、争いがあるとのことでした。

ちなみに奈良市の東大寺の法華堂では、千手観音ではありませんが、不空羂索観音と日光菩薩・月光菩薩という組み合わせが見られます。

こちらについては、日光菩薩と月光菩薩が後になってから余所のお堂より移されてきたのではないかとの説が有力なのだそうです。

大阪からはやや遠いですが、早起きをすれば余裕をもって日帰りできるはずです。白浜温泉への行き帰りに途中下車をして立ち寄るのもよいかもしれません。

2019年03月15日

◆EU委員会、「対中新政策」を提示

宮崎 正弘


平成31年(2019年)3月14日(木曜日)弐 通巻第6017号  

EU委員会、習近平、李克強の訪欧直前に「対中新政策」を提示
  初めて「中国はシステム上のライバル」と認定。対中強硬路線に転換

これまでEUは中国を「発展途上国」と位置づけてきた。

ファーウェイの進出と市場寡占状況にも、対抗措置をとらなかった。米中
貿易戦争では、ビジネス拡大のチャンスと捉え、中国進出を抜け目なく加
速させた欧州企業もあった。

3月12日、EU委員会が発表した「EU・中国戦略的概観」は21日のEU
議会で採択される予定だが、22日からの習近平イタリア、フランス訪問直
前というタイミング、しかも4月9日にはEU委員会と中国との共同会議
が開催され、ブラッセルに李克強首相もやってくる。

もっとも効果的な政治的タイミングを選んで、外交通商政策の一大転換を
謳うペーパーを準備したことになる。

EU委員会ペーパーは「双務主義に立脚した関係を重視し、中国の外国企
業に対する抑圧的政策を改めさせる」ことを第一に謳い、また「中国は発
展途上国ではなく競合国であり、システム上のライバルである」と米国の
強硬路線と同様な内容となった。
 
米中貿易協議の過程で中国は米国の圧力により「外商投資情報報告」と言
われる法体系の見直しに入った。具体的には米国が要求する『知財の強制
移転』をやめさせる。中国での利益を送金できるようにするなどシステム
の改善を強く求めていたもので、中国は渋々「法律に従って」という文言
と「企業内に共産党労働組合を組織する」という条項をするりと挿入した
うえで、知財強制移転や外国への利益還元の制度化を約束した。

いつものように口約束、その場しのぎの手段ではないかと批評が強い。

中国外務省はEU委員会の提言発表直後の記者会見で、即座に反応し、
「中国に対する正しい理解を。対立は回避すべきである」などと釈明に終
始した。

EU委員会においても親中ムードは色褪せたようだ。

     
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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ここまで解明された縄文時代。実証主義による緻密さで追求

日本の縄文研究の最前線を、世界史の関連で客観的事実を比較すると

  ♪
山田康弘『縄文時代の歴史』(講談社現代新書)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

本書での縄文土器の初見を1万6500年前としている。これが現段階の考古
学会の定説のようである。
 日本の考古学の最前線。縄文の文化と文明がここまで解明されたこと
が、本書の緻密な報告と各々の遺跡の研究成果の集大成から分かる。縄文
ブームは静かに、しかし広汎な読者の関心を惹きつけながら浸透しつつあ
るようだ
 本書はアカデミズムの立場を貫いて、あくまでも冷徹に、極端なほど客
観的に縄文時代を論じている。読んでいて苛立つほどに恬淡なのである。
古代の浪漫を漂わせるような、ロマンティックな表現は強く抑制され、あ
くまでも科学的に、実証主義的に、明らかになった事柄だけに絞りこん
で、縄文時代を論ずるのだから、それはそれで宜しいとしよう。
 だが日本の考古学の病理と限界が同時に露呈された。
 病理とは科学的実証主義、あくまでも合理主義の視点で古代を裁断する
ために、当時の人々の心理、集団としての戦闘性、奥に潜む浪漫ティズム
が軽視されがちになる。とくに呪術に関して、この非合理な儀式を縄文人
が行っていたが、科学的合理主義では説き明かせないだろう。
つまりイマジネーションが枯渇している。だがそれがアカデミズムの鉄則
なのだ。
 縄文期には黎明期、前期、全盛期、後期があるが、後期には農耕文明が
取り入れられ弥生時代との明確な区切りがない。地域によっては同時並行
的に縄文人が農耕を取り入れていたからだ。 
 縄文の土器とは鍋のことだ。火を使って料理をなし、植物から狩猟、漁
業を通して、食糧を加工し、保存していた。狩りにつかった石斧や鏃、そ
のうえ発掘された土器、石器は、当時の縄文人の生きる知恵が結集されて
いる。
 この点で重要な指摘を山田氏はしている。
 「北海道においては草創期の土器がほとんど見つからないことである。
これほど発掘調査がおこなわれているにもかかわらず、草創期の土器が見
つからない。しかも最古級の事例が見つからないということは、土器が北
回りルートで伝播してきたことに対して否定的にならざるをえない。ま
た、同様に朝鮮半島においても一万六千年をさかのぼる土器文化は見つ
かっていない。朝鮮半島域で最古の事例は済州島の高山里遺跡出土例でお
よそ一万年前であり、中国南部からの西回りルートによる日本列島域への
伝播を考えることは今のところ難しい。となると、縄文土器は日本列島域
内で誕生した可能性がきわめて高くなる」ということなのである。
 このポイントが一等重要である。縄文土器は日本独自のものである、と
いうこと。

 ▲縄文土器、定住生活、貝塚の発見

 もっと人類の淵源をたどり、縄文人は何時、いったい何処から来たのか。
 ホモ・サピエンスの誕生はアフリカ、20万年前とされる。その末裔が
日本にも渡来したのは氷河期の終わりの時期であって、現在の間宮海峡も
千島列島の南部も樺太とは陸続きだった。だから縄文遺跡の多くが北海道
と東北に集中している。なにゆえにこれほどの遠距離を?と問えば、それ
はマンモスやシカを追ってきたからだ。
 また本州、四国、九州は陸続きで、海面は50ないし100メートルほ
ど低かった。瀬戸内海は陸地だった。氷河期の終わり、地球の温暖化が併
行して、人類の食物採取空間が拡大し、縄文時代の日本列島の人口はおよ
そ26万人と推定されるという。
 縄文人は小集団で暮らし、移動した。三内丸山遺跡にみられるように、
大規模な竪穴式住居も建造する能力があった。
「1メートルにも及ぶ柱材を使用するような大型建物をつくる建築技術が
あり、クリ林の管理や漆工芸などをはじめとするきわめてすぐれた植物利
用技術があり、各地の環状列石(ストーンサークル)や土偶などに見られ
るように複雑な精神文化があった」のである。
 当時、使用された黒曜石は、かなり遠くから運ばれた。翡翠、琥珀など
が装飾品として使われているが、これらの産地も信州や富山などに限定さ
れており、すでに縄文人は丸太船を超える造船と航海技術があった。
山田氏が言う。「当時の人々が強い海流を横断するほどの航海技術を有し
た」。
 ならば縄文人は「原日本人」なのか?
北回りから北海道へ入ってきたのは、シベリアのヨーロッパ系ではなく
DNA分析の結果、むしろ東アジアの人々が北回りで渡来した可能性が強
いとする。それが四万年から三万八千年前のことだった。石器時代以前の
こととなる。
 そして土器、定住、貝塚という三つの縄文文化の要素が五千年ほどの時
間をかけて、ゆっくりと日本に定着していった。

 ▲石器時代の暮らしが残る地球上最後の土地がある

 林房雄はアンデスの学術調査団に加えて貰い、ペルーなどのインカ、ア
ステカ文明の遺跡発掘作業の一団に加わって、そのとき体現したのは、ス
ペインに滅ぼされた古代文明の復活が、かれらの「国学」の蘇生につなが
ると直感した(『緑の日本列島』、『神武天皇実在論』など)。
 評者(宮崎)はそこまで広汎な国際比較は出来ないが、現在の世界に秘
境、なぞの邦、自給自足で、周囲の集落とは隔絶し、しかも呪術による社
会が、つまり石器時代の未開社会が残る地域がある。ロックフェラー・
ジュニアが行方不明となったパプア・ニューギニアである。ここが「世界
でいちばん石器時代に近い国」である。

 その紀行は別の機会に譲るが、パプア・ニューギニアの奥地では黒呪
術、仮面、妖怪(これらがラバウルから奇跡の生還を遂げた漫画家・水木
しげるの世界だ)がいまも頑固なほどの風習として残り、お祭りでは仮面
をつけ、鰐のような背中や、入れ墨をした現地人が踊り、それはまるで石
器時代の再現のごとしである。
 祭祀が重視された。族長がでるのは自然の流れであろう。本書でも、山
田氏は、この点を重視して次のように言う。
 「縄文人も様様なアクセサリーを身につけていた。たとえば頭飾りとし
て、漆塗りの櫛や骨角製の笄(こうがい)、耳飾りとして、石製のけつ状
耳飾りや土製耳飾り、多種多様な素材による首飾り、鹿角製の腰飾り、ト
リの長管骨や猪の犬歯による足飾りなどである。(中略)ボディ・ペイン
ティングなどの装身」も。「入れ墨、身体変工」。抜糸技術もあった。し
かもこれらは個人的嗜好や趣味ではなく、その集団の習慣であり、強制力
を伴ったのである。集団社会には秩序が必要であり、かつ指導者が出てく
る。魔術師、呪術師も出てくる必然性がある。
 だから合理主義的な実証主義では、この縄文の精神文化の骨格を形成し
た呪術と祭祀の核心部分には迫れないのである。
 しかし縄文時代の文明的な謎解き、考古学の世界における解明作業の最
前線が、ここまできていることが本書によって理解できた。
                     ◎
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 読者の声 READERS‘ OPINIONS どくしゃのこえ 読
者之声
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(読者の声1)3月12日(火曜日)に放映された「フロント・ジャパン」
(ホスト福島香織、ゲスト宮崎正弘)の「中国の経済統計、ここがおかし
い」は下記のユーチューブでご覧頂けます。
https://www.youtube.com/watch?v=DpkmqpYWqoM
 なお、次回の宮崎正弘先生の登場は3月18日(月曜)2000からの
同番組です。出演は鈴木邦子さん等。
   (日本文化チャンネル櫻)



  ♪
(読者の声2)3月13日付「PRESIDENT Online」で、前大阪市長・元大
阪府知事橋下徹氏が、「『大阪クロス選挙の理由はこれだ』維新の必死さ
が他党にあるか」と題して、次のような論を述べている。
https://president.jp/articles/-/27998?page=2
 (引用始め)
「たとえ10段目の階段を上れるかどうか分からなくても、目の前の1段目
を上ることに全力を尽くす。もしかすると、その後10段目をやはり上れず
に結局ゴールにたどり着けないかもしれない。しかし、まずは目の前の1
段目を上り、そして次に10段目に挑戦する。その繰り返しによってやっと
1000段目にたどり着く。」
「道を拓くには行動しかない。目の前の階段を上り続けるしかない。」
「大阪維新の会は公約を実現するために、とにかく必死に階段を上ってき
た。その姿勢が有権者に強く支持されているということを野党は理解でき
ないのか。」
(引用終り)

これを読んでも、橋下氏の主張は、衆愚政治家によるものの典型であるよ
うに私には思える。橋下氏は何が言いたいのだろうか。
政治、政策とは、「理」に基づいた判断を基底においた長期的目標を着実
に実現していくものだと私は考える。「政治とは情熱と判断力の二つを駆
使しながら堅い板に力をこめて少しずつ穴をあけていく作業である」
(ウェーバー『職業としての政治』)はずである。

橋下氏が言う「必死の姿勢」とは、ウェーバーが以上の定義に続いて「こ
の世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ
可能なことの達成も覚束ない」と述べているのと一見して相似しているよ
うにも見えるが、私には、まったく相反しているように思える。
橋下氏の言には「修練によって生の現実を直視する目をもつこと、生の現
実に耐え、これに内的に打ち勝つ能力をもつこと」というウェーバーが言
う「何としても欠かせない条件」が認められない。

私には、橋下氏が「結果に対するこの責任(自分の負っている責任)を痛
切に感じ、責任倫理に従って行動する成熟した人間」(ウェーバー)だと
はとうてい思えない。
彼は「長期的な判断はともかくとして、必死の選挙活動によって、目先の
選挙に勝つ、そうすれば次の道は開けていく」と言っているだけだとしか
私には思えない。

そもそも責任政治家に求められるべきは、「必死の姿勢」などではなく、
「冷静で着実な判断」ではないのか。
   (CAM)


◆米朝決裂、追い詰められた金正恩

櫻井よしこ


2月28日、ベトナムの首都ハノイで米朝首脳会談が決裂した。北朝鮮の大
いなる誤算による決裂を、わが国の拉致問題解決の糸口にするには何をす
べきか。首脳会談初日から2日目朝まで、うまくいっていた会談が突然決
裂したのは何故か。

3月1日夜、私は「言論テレビ」特別番組で、前防衛大臣で自民党安全保障
調査会会長の小野寺五典氏、朝鮮問題で第一線をひた走る「国家基本問題
研究所」研究員の西岡力氏、気鋭の作家である門田隆将氏、毎号完売の実
績を続ける「月刊Hanada」編集長の花田紀凱氏と共に、大いに語っ
た。決裂の主因を小野寺氏が喝破した。

「金正恩氏がトランプ氏を甘く見ていたのです。両氏はハノイ到着後の27
日に短いテタテ(一対一の会談)をし、その後夕食会に臨んでいます。翌
朝、再びテタテをした。その時点まで金氏は、トランプ氏を経済制裁解除
に導けると読んでいたと思われます。ところがその後に人数をふやして会
議に入った。そこから雰囲気が変わったのです」

全体会議の写真には、米国側にトランプ大統領、ポンペオ国務長官らと共
に、国家安全保障問題担当大統領補佐官のジョン・ボルトン氏の姿があ
る。小野寺氏が続けた。

「それまで参加していなかったボルトン氏が交渉の席に入ったことが、ト
ランプ氏の『急いでやるより正しくやる方がずっといい』というコメント
につながったのだと思います」

ボルトン氏はブッシュ政権で国務次官として国家安全保障及び軍備管理を
担当、リビアの大量破壊兵器の放棄を実行した。国連大使を務め、拉致問
題にも理解が深い。氏は核、ウラン濃縮、ミサイル開発などの専門家で、
それだけに北朝鮮に騙されはしない。また、原則を重視し、希望的観測に
基づく安易な妥協を嫌う、米国保守派の中核的存在と言ってよい。

ボルトン氏の出席が米国側の原則堅持の姿勢を強めたとして、首脳会談決
裂の具体的理由は何か。トランプ氏は28日午後2時(現地時間)からの記
者会見で、北朝鮮は寧辺の核施設破壊の見返りに、経済制裁の全面解除を
求めた、それは受け入れられない条件だったと述べている。

異例の会見

同会見から約10時間後、未明の0時43分に、北朝鮮の李容浩外相と崔善姫
外務次官が茫然自失の体で異例の会見に臨んだ。

「我々が要求したのは全面的制裁解除ではなく、一部の解除だ。国連制裁
決議11件の内、2016年から17年に決定された5件で、民需経済と人民生活
に支障をきたすものだけだ」と、李氏は説明した。

同じ会談にいた片方の国の大統領と、もう一方の国の外相が異なる主張を
する。正しいのはどちらかと迷うのは当然だが、ある意味、両方共、正し
いのだ。西岡氏が説明した。

「国連制裁決議は李氏の言うように11項目にわたります。最初の頃の制裁
は、北朝鮮への贅沢品の輸出禁止などで金王朝にとって痛くも痒くもな
い。鮪でも高級車でも金一家は手に入れていました。いま彼らを追い詰め
ているのは17年に決定された制裁です。これで輸出の9割までが止められ
ました。だから、これらを解除せよというのは実質的に全て解除せよとい
うことなのです」

17年に採択された制裁の骨子は➀石炭・海産物の全面輸出禁止、➁繊維製品
の輸出禁止、➂加盟国による北朝鮮労働者受け入れの禁止である。北朝鮮
の主要輸出品目が全て禁輸となった。制裁違反の国や企業は、米国の第二
次制裁の対象として米銀行との取引停止などの処分を受けかねない。

中露も賛成せざるを得なかったこれらの制裁の結果、北朝鮮の輸出総額は
29億ドル(3190億円)から4億ドル(440億円)に減少した。それがどれ
程の痛手か、制裁は効いていないとして強気で通してきた北朝鮮が遂に2
月21日、国連に人道支援を求めたことからも明らかだ。

明らかに金氏は、寧辺の核兵器製造施設の恒久的破壊でトランプ氏が満足
すると考えていた。だが、米国を甘く見ていた金氏を震えあがらせるよう
なことをトランプ氏が語っている。

「我々は北朝鮮を1インチ単位でくまなく知っている。必要なことはやっ
てもらわなければならない」「まだ知られていないことで我々が掴んでい
ることがある」

記者が、2か所目のウラン濃縮施設以外にもあるということかと尋ねる
と、「その通りだ」、「我々は多数のことを取り上げた。彼らは我々がそ
んなことまで知っているのかと驚いたと思う」と答えた。

「木を森の中に隠した」

「言論テレビ」で西岡氏が明らかにした情報も、トランプ氏の自信を支え
る米国の情報力の一端を示している。

「米国を含む西側の情報機関は濃縮ウラニウムの設備として、3か所を
疑っていました。原子炉はなかなか地下ではできませんが、濃縮ウラニウ
ムの製造には電気があればよいので、衛星写真で見つかりにくい地下に作
るはずだと考えたのです。そこで西側情報機関は疑わしい3か所の砂や土
を取らせて分析した。しかし、何も兆候はない。周辺の住民にそれらしい
怪しいことを言わせていたのですが、全てダミーだったのです。

ところが、平壌に近い地上の製鉄所の建物群の中に濃縮施設があることを
米国はつきとめました。降仙の千里馬製鉄所内です」

衛星写真に写る製鉄所の敷地に何気ない建物がひとつ増えた。北朝鮮は
「木を森の中に隠した」のだ。それでも米国はこの中で何がなされている
かを正確につきとめた。

「ヒューミント(人的諜報)を持っているのです。地下工場だと疑った3
か所の土や砂を運び出させて分析し、ダミーだと判断できたのも、ヒュー
ミントゆえです」と西岡氏。

まんまと欺きおおせたと考えていたであろう金氏の耳に届くのを意識し
て、トランプ氏は、先述のように、まだ公にされていない施設を米国は掴
んでいると語ったのだ。金氏にとってどれ程の恐怖だったか。

「時間は間違いなく北朝鮮に不利に働きます。中国の支援を受けることも
容易でない。習近平氏の中国は、貿易や先端技術問題で米国から尋常なら
ざる圧力を受けており、米国に非常に気を遣わなければならない局面で
す。北朝鮮は、あまり擦り寄ってこられても困る厄介な存在になっている
と思います」と小野寺氏。

金氏は習氏に会わずに帰国した。そうした状況下で金氏が米国との対決に
向かえば命取りになる。

金氏の選択肢は限られている。米国と平和裡に交渉を行い非核化を進める
こと、拉致被害者の即時一括帰国を実現して日本の経済援助を受けること
だ。日本は米国と共に、結果が出なければ制裁解除なし、という堅い路線
を続けることが大事だ。

『週刊新潮』 2019年3月14日号 日本ルネッサンス 第843回