2019年03月15日

◆「南京大虐殺」はなかった

早川昭三

南京大虐殺の情報が、中国から伝わって来る。『南京大虐殺は30万人』だったというのが中国の歴史感で、これに基づいて慰霊祭も行われた。
このことが本当に真実なのかという思いが、日本では広がっていることは否めない。
そんな空気が広がりを見せる中で、『南京30万人大虐殺はなかったという厳然たる事実を未来に伝えたい』という映画を作製した脚本・監督の水島総氏の講演と、制作映画の試写会のことを思い出した。

監督の水島総氏が来阪し講演・試写会をしたのは、2008年2月とかなり以前の事になる。当時の大阪八尾市文化会館プリズムホールに1400人収容の会場がほぼ満席の中で、同監督の映画制作意図の講演と、制作の「南京の真実」第一部『七人の死刑囚』の試写会が行われた。
先ず水島監督の講演からはじまった。

<「東京裁判(極東国際軍事裁判)の原点は、でっち上げ「南京大虐殺」の告発から始まったものだ。いい加減な証拠と証人で、7人が死刑に処せられた。

だから歴史のウソを正し、南京大虐殺の真実を後世に伝えるために、史実と1aも違わないリアルシーンを再現し、撮影した」とのべた。

そして「この映画によって、『南京30万人大虐殺』はなかったという厳然たる事実を、未来のこども達に伝えなければならない」と、映画製作意図を強調した。>

「試写会」が始まった。

<映画ストリーは、巣鴨プリズンに収監されていた「東京裁判」の戦争指導者「7人(A級戦犯6名とBC級戦犯1名)の死刑囚」に死刑執行が告知された瞬間から、執行までの24時間をドキュメンタリータッチで描いたものだった。

ドラマは、執行時刻が刻々と切迫する中、一組の寝具と一脚の座り机しかない3畳ほどの独房で居ずまいを正す7人の実像を、際立った表情のクローズや強烈なノイズを折り混ぜながら、新事実セットの中で展開した。

映画の主人公は、死刑判決を受け処刑された松井 石根中支那方面軍司令官兼上海派遣軍司令官、陸軍大将(浜畑賢吉役)。

このでっちあげの「南京大虐殺事件」の告発で、「東京裁判」での死刑判決が出されたと見方にもとづき、主役松井大将の証言を主軸に、「東京裁判」そのものの不当性を暗示する手法で進めていった。

ところで、映画の中で目を見張ったのは、南京陥落の翌日の昭和12年12月14日、「東宝映画撮影隊」が南京現場に踏み入り、その翌15日から正月にかけて南京状況を、実際に撮影した「記録シーン」が映画の中に組み込まれていたことだった。

恐らく、多くの日本人が未だ見たことが少ない「貴重な記録フイルム」だろう。

この中で、まず南京城内で「兵を民に分離」する登録風景が映し出されている。

仮に30万人の大虐殺があったのなら、憎しみのある日本軍に、中国人民間人がにこやかな表情で長蛇の列を作り、穏やかに「登録署名」に応じる筈はあるまい。

第一、日本兵が強姦・殺戮を平気でやる奴らだと思っていたら、憎しみと恐怖心から中国人が進んで集うことも、まず考え難い。

現場と名指される南京では、子供たちが爆竹に笑顔で興じているシーンも記録されていた。もしその風景撮影のために、強制、もしくは偽装演技させたてものだったら、あんなに愉快に飛び跳ねる楽しい仕種をさせることは、親も許さないだろう。

極めつけは、正月前の「餅つき」や「門松飾り」の行事だ。正月とは、日本における厳粛な行事だからだ。この正月の東宝映画撮影隊の記録映画も、まさに「大虐殺」があったといわれる同時期のものだが、そんな雰囲気は南京では微塵も感じさせない。

虐殺があった後、累々と横たわる死骸の近くで、日本軍が平気で正月準備ができるはずもない。

水島総監督は、なぜ「南京大虐殺」が捏造されたかについて、下記の様に主張した。

i)中国共産党政権が繰り返してきた自国民に対する「大虐殺」を隠蔽するため。
i)一党独裁体制の内部矛盾への人民の怒りを日本に転嫁するため。
i)日本に対して常に精神的優位に立つための決定的「歴史カード」設定するため。

上記3理由をあげたのだ。(映画「南京の真実」製作委員会・広報誌)

同監督が、「南京大虐殺」は、絶対に存在しなかったとの明言を思い出す。

このことを世界に知らしめ、日本と日本人の名誉と誇りを守るため、これから第二部「検証編」、第三部「米国編(英語版)」を製作したいとしていると主張された。>

確かに、この映画第一部「7人の死刑囚」試写会を見て、検証された歴史事実に感動し、「南京大虐殺捏造」に怒りを覚えたことを今でも思い出す。

それだけに水島監督が日本の誇りの保持のために挑むこれからの第二部「検証編」の製作に期待しているのだが、残念にも筆者はその第二部を見ていない。

いずれにせよ、当時南京現場で撮影された記録フイルムを組み入れて「南京大虐殺捏造」を制作された同映画には心を動かされた。

中国の「南京大虐殺」歴史感には納得出来ない。要はねつ造で、在り得なかったからだと、この実録映画をみてから、今でもそう思う。
                                              (了)


2019年03月14日

◆欧州における「ファーウェイ戦争」が激化

宮崎 正弘


平成31年(2019年)3月13日(水曜日)通巻第6015号

ヨーロッパにおける「ファーウェイ戦争」が激化
  「安全保障でアメリカを選ぶのか全体主義を選ぶのか」(ポンペオ)

ポンペオ米国務長官が足繁く欧州を訪問している。

ファーウェイ(華為技術)の製品、地上局設備排除という政治圧力をかけ
る目的であり、これを不快とするドイツのオルトマイヤー産業・エネル
ジー相は、「もしドイツが5Gを選ぶと、米国はこれまでの米独インテリ
ジャンス協力関係を打ち切ると言っている」(まるで脅しだというニュア
ンスを籠めて)と記者会見した。

ポーランドは、親米派がもっとも多い旧東欧の大国だが、ファーウェイ
社員(じつは大使館員だった)とポーランド人のインテリジャンスのベテ
ランだった2人を「スパイ容疑で逮捕した。

「濡れ衣、無実だ」と中国は外交筋を挙げて反論を展開しているが、
ファーウェイの悪イメージは急速に欧州全体を覆っている。旧東独でも、
ポーランドを拠点にファーウェイは、チェコ、ハンガリー市場に食い入
り、とくにチェコなどは税務署が所得比率から税額を割り出す計算書作り
などにも活用してきた。

 もしポーランドがファーウェイ排斥に踏み切ると、設備投資のやり直
しなどで96億ドルの損出になる」と専門家で、コスト重視のエコノミス
トなどはファーウェイの廉価を強調する。

ポンペオの反論は「国家安全保障において米国とのパートナーシップを
継続する選択をするのか、それとも全体主義国家の情報網に自ら加盟し
て、安全保障を台無しにするのか、二者択一だk」とするもの。

欧州における「ファーウェイ戦争」、激化の一途だ。
     
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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 神武天皇の実在は左翼とGHQによって抹殺されかけた
  神武天皇は存在しなかったという改竄は何故おこなわれたのか?

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渡部昇一『古事記の読み方』(WAC文庫)
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「殷」は中国史において、長らく作り話と考えられてきた。

ところが河南省鄭州で、殷の遺構が発掘され、『史記』が描いたまぼろし
の王朝の実在が証明された。

評者は15年ほど前に、この殷の遺構を現地に見に行ったことがある。草
ぼうぼうの土手のなかに作業中の看板があったが、当時、見学者は少な
かった。というより庶民は古代史なんぞに興味を抱いていないし、いまの
中国人の大半はそうである。

秦の始皇帝の宏大な陵墓は、西安の兵馬踊(へいまよう)発見地の近所
に存在が確かめられ、発掘作業が延々と続いている。阿房宮跡も特定された。
 シェリーマンは、ホーマーの叙事詩に書かれたトロイ戦争があったこと
を、トルコ北西部の海辺の草原で跡地を見つけ出し、ホーマーの描いた歴
史が本当に起きた出来事だったことを証明した。

ロゼッタストーンの幾何学的文字を25年かけて解読した学者がでた。

このような経過、事実を踏まえれば、神武天皇の実在は、『古事記』や
『日本書紀』に書かれた「神話」が、実際の歴史的事実を踏まえた記述で
あることが容易に理解できるだろう。

あれほど膨大な人名、地名が具体的に頻出してくるには、それなりの背景
があり、数百年、あるいは数千年の長きにわたって口承で伝えられた物語
に基づいているからである。

渡部昇一氏はソ連共産党の歴史の改竄ぶりを、ここに被せる。

シュリアプニコフという人物がソ連共産党の創始者であり、レーニンが
党史から抹殺した。

「革命初期の共産党中央委員会のメンバーは亡命知識人であった」。彼
らは労働者の蜂起をしって慌ただしく海外から帰ってきたが、労働者の指
導者がシュリアプニコフだった。ところが彼は革命同士によって「牢獄で
処刑され」、歴史から抹消された。

中国共産党の創始者は毛沢東ではなく、陳独秀である。だが、共産党の歴
史教材はながらく陳独秀の名前を抹消してきた。世界的に共産主義の研究
が進み、隠しおおせなくなって、中国共産党はしかたなく陳独秀を創始者
として復活させた。上海の新天地には共産党第一回大会の記念すべき場所
として記念館があるが、毛沢東が主要メンバーの蝋人形がある。

「?」

当時、幹部の使い走りに過ぎず、毛沢東主導が確立されるのは1935 年、
敗走(これを共産党は「長征」と言い換えたが)途中の貴州省の遵義 会
議以後である。現場に立つと分かるが、この会議場跡地は学習地区に指
定され、毛沢東の神格化が行われている。

評者(宮崎)は、魯迅の孫の周令飛が台湾に亡命したとき、まっさきに
台北にインタビューに行ったことがある。

かれは文豪・魯迅の嫡孫という名声の下、特権階級の暮らしぶりだった
が、文革時代に父親が西洋のレコードを庭でたたき壊している現場を見つ
めていた。最初に彼が職を得たのは解放軍の機関誌の写真斑で、まいにち
何をやっていたのかと言えば、写真の改竄だったという。

つまりこの集会に映っている某某を抹消し、替わりに某某を入れろ、とい
う指令だ。政治情勢と権力闘争の過程で、都合の悪い人物は重要会議に出
席していなかったことになり、当時無名だった人物が、とつじょ重要会議
にでていたという、歴史の創作がおこなわれた。その写真の「修正作業」
をしていたと魯迅の孫が語った。

周令飛自身が書いた『北京よ、さらば ――魯迅の孫が語る中国の30 年』
(産経新聞社)のなかでも明記されている。

「オーエルの『1984年』には真理省の記録係が、絶えず過去の文献
をーー詩までもーー改竄し続けている光景が描写されている」として渡部
昇一が思い至るのは、戦後歴史教育の悲惨さだ。

教育現場では、驚くなかれ、「神武天皇から第25代の武烈天皇まで ない
ことになっている」。

たまたまこの稿を綴りながら開いた産経新聞「正論」欄で、楊海英・静
岡大学教授が次のように言う。

「(共産党は)辛亥革命を賛美した。満州人が中国を268年間にわたっ て
長期支配できたのは、限りなく『漢化』つまり『中国化』したためだと
いう。この言説には中国人の歪んだ心理が内包されている。(中略)中国
人の文化力のほうが優れているという空想だ」(2019年3月12日、 正論
コラム「中国の跋扈する歴史修正主義」)。

本書で、渡部昇一教授は、こうまとめる。

「日本では敗戦前には古代史を扱うことがタブーに触れやすかったため
に、それが解禁されたとたんに、一挙に記録紀の歴史的価値を一切否定し
た」(中略)「しかし(左翼暦学者がいうように)「権力の座についた天
皇家がその政権を正当化するために記紀を捏造させた」というのは、あま
りにも20世紀のソ連の発想法である。第一、ソ連は現政権に都合の悪い
シェリアプ二コフを抹殺したが記紀のほうには、天皇家に都合の悪そうな
話も随分たくさんかかれている」。

おおらかに天皇家のあからさまな行状を述べている箇所が幾つもあるこ
とは多くの読者にとって周知の事実だろう。

つまり捏造はあり得ない。神武天皇は実在したのである。

        
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1871回】             
――「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(11)
 東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

         △

そのチグハグ振りの背景を考える。「朴訥眞摯なしかも進取的氣象に富
んでゐる在青中國人」と比較して、「此處へ來て孜々と働いてゐるといふ
二萬の邦人は」「健全なる分子が大多數を占めてゐるのであらうか」と自
問した後、「自分は否と斷言するに憚らない」と記している。
 
その背景を「對外人となつたといはるる取引が今尚對邦人的の境界を脱し
得てゐないのではないか」と見た。つまり外地に在りながら、商売のみな
らず生活全般――貨幣、警察、衛生設備などに至るまで――が余りにも日本的
に過ぎるのである。そういった生活環境から生まれる「ルーズな空氣の一
般にみなぎつてゐる青島を見て、痛く失望せざるを得なかつたのである」と。

その後、大連を経て旅順へ回り、日露戦争の戦跡の訪ねた後、「ツズラ
折る山路を舊市街を斜に馬車を走らせて海邊の太和ホテル」において、
「我が東亞倶樂部支那旅行の解散式」を挙行。「東亞倶樂部萬歳の聲は濕
めつた旅順の山々にこだまして長く長く響いて行く・・・・・」。

これで旅行は終わるが、現地で異国の若者が進める排日・排日貨の動き
に対し、日本の若者として関心を示さないわけにはいかないとも考えたの
であろう。末尾に特に「排日問題」の一章を設け詳細に綴っている。

「排日といふ字はもう目なれて何等の注意も惹かぬ程になつたが、我日
本にとつてこれほど末恐ろしい事はあるまいと思ふ」と書き出した若者に
とっては、「今回渡支した主要目的の一つ」こそ「末恐ろしい事件」の
「眞相を多少なりとも究め」ようとすることだった。

 「近來の日本の發展は實に大したもの、殊に實業方面に於て著し
い」。だが、それを支えているのは中国からの原材料である。

「日支の貿易に於ては(双方を益するが)日本は支那がなければ立つてゆ
けないとふのも過言ではない」。たとえば日本の製鉄を支えている「大冶
の鐵が來なかつたらどうする」。たとえば「日露戰爭の最後通牒は、この
大冶の鐵が買へるか買へないかで決定したといふではないか」。

「つひこの間の米國との船鐵交換問題などほとに日本が可愛想になる」。

つまり何らかの要因で中国からの原材料が来なくなったら、日本の発 展
に支障を来すことになる。「また日本は今貿易で一躍成金國のやうなつ
もりで居るが、その大切なお得意は支那ぢやないか」。加えて「よく東洋
の平和といふが支那が全く日本から離れたら東洋の平和はおろか、日本そ
れ自身さへ安全では居られない」。

その一方、「勿論支那としても日本を離れては確立出來ない、確立はお
ろか一日の平和も得られまい」。にもかかわらず、「眼前の利害に迷うて
永遠の歸結を辨へぬ哀れむべき迷ひ子」がいる。それが「排日を稱へて自
滅を誘起し、或いは動もすれば頼むべからざる他の力を頼らんとする輩」だ。

では、彼らは「なぜ日本がいやか」。それは「侵略主義だからだ」とい
うことになる。

たとえば「支那の高等小学校の讀本に『日本』といふ題のもとに『日本
は島国也、明治維新以來國勢驟に盛になり、我琉球を縣とし、我臺灣を割
き、我旅順大連を租借し、朝鮮を併合し、我奉天吉林に殖民し、航業商務
を我國各地に擴張す、膠州灣は我重要軍港たり、日本歐戰に乘じて之を奪
ふ、我國力弱きを以て未だ戰ふべからず、乃ち隱忍之を承認す(中略)我
國の人苟も能く自ら強ければ即ち國耻時あつて雪ぐ』と何ぞその臥薪嘗膽
の悲痛なる」。

「我國力弱き」がゆえに日本に奪われた「我琉球」「我臺灣」「我旅順大
連」「我奉天吉林」「我重要軍港」を取り返せ。日本の若者は排日の背景
に「臥薪嘗膽の悲痛」を見た。《QED》

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読者の声 READERS‘ OPINIONS どくしゃのこえ 読
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(読者の声1) 貴誌前号の投書欄にあった「大阪都構想」ですが、私は、
まったく無意味な「改革」案だと思っています。

当初の構想のように、堺市をはじめとする周辺都市も含めた府の相当部
分を特別区化し、府の権限を強化することによって府と市の二重行政を解
消するという案なら、相当の意義もあったでしょうが、指定都市である堺
市も再編成に含まれないような現行案では、単なる「大阪市の解体」に過
ぎない。

歴史的に見ても、明治の始め、東京・大阪・京都の三府では市長が設置
されず、府知事が市長を兼任していたのであり、その状態にもどるという
だけに過ぎない。

「都民の日」というのは、(東京府知事と東京市長の兼任が解かれ)新
たに民選の東京市長が設置されたことを記念する日であることが示すよう
に、大阪市を統括する市長の存在はプラス要素であり、(戦前では、知事
が官選であったから、市長が存在することが現在と多少は意味が異なると
しても)無くすことにプラスの効果があるわけもなく、これを「改革」と
称する意味を理解できない。

そもそも、市を解体すれば、現行では市事業である水道事業なども、特
別区から構成される一部事務組合管理となるわけで、市による統合管理が
改悪されることにこそなれ、改善される要素など考えられない。

 前回の市民投票で市の解体策が否決されたのは、保守的な高齢層や意識
の低い(?)南部地域の反対によるものなどという妄論があったが、とん
でもない論である。

「改革」とは、変えるべき部分を変えることにより、それにともなうコ
スト、デメリットの側面を上回る効果、メリットがあってこそ意義がある
のであって、現行制度を変えることそのものが改善になるというわけでは
ない。(CAM)

◆韓国の現政権は事実上の敵対勢力

櫻井よしこ


「韓国の現政権は事実上の敵対勢力 日本はあらゆる面から備えるべきだ」

韓国大統領の文在寅氏が、1919(大正8)年3月1日に起きた反日独立の
「3・1運動」の100周年記念日を前に、2月26日、独立運動の活動家、金九
の記念館で閣議を開いた。戦時を除き、政府庁舎以外での閣議開催は初め
てだ。

文氏は、「国家的な意味を込め」た同閣議に先立ち、金九の墓をはじめ、
日本の初代首相、伊藤博文公を暗殺した安重根や日本の要人2人を殺害し
死刑になった尹奉吉ら、日本から見ればテロリストらの墓を続けて参拝し
たと、「産経新聞」が2月27日付で報じている。

他方、康京和韓国外相もスイスの国連人権理事会で異例の演説をした。
2015年に日韓両政府が慰安婦問題で最終的な合意をしたのは周知のとおり
だ。だが康氏は、その内容は「不十分」で、「被害者中心の取り組みを進
める必要がある」と、自国の前政権が誓約した合意を全面的に否定した。

日本側は菅義偉官房長官が「慰安婦問題の最終的で不可逆的な解決を日韓
政府間で確認した。政権が代わっても責任を持って実施されないといけな
い。合意の着実な実施は、わが国はもとより国際社会に対する責務だ」と
述べた。岩屋毅防衛相も自衛隊と韓国軍の関係について「韓国軍から緊張
を高めるような発信がなくなってきている」「緊張は徐々に解消に向かっ
ている」と語ったが、これ以上事を荒立てたくないとの思いで日本側が発
信するこれら警告や見方は通用していない。

戦時朝鮮人労働者問題、自衛隊機へのレーダー照射とその後も続く対日対
立姿勢、慰安婦問題での卓袱台返し、安重根ら礼讃の異例の閣議などは文
在寅政権の反日路線の表明だ。韓国全体の路線でなくとも、軌道修正は非
常に困難だと心得ておくべきだろう。

朝鮮半島全体を、歴史を縦軸とし、現在進行形の国際情勢を横軸として眺
めさえすれば、文氏がこれから直面する深刻な問題も、日本が進めるべき
対策も、明らかだ。

まず、文氏が直面する問題である。文氏は反日を意識する余り、日本を貶
め、日本に協力した人々(たとえば朴正煕元大統領やその長女の朴槿恵前
大統領)を貶め、「親日派」の清算に力を注ぐ。また現在の大韓民国の起
源を前述の100年前の反日独立運動に求め、そのときの政府は大韓民国臨
時政府だとの立場をとる。

文氏はそのうえで、北朝鮮との連邦政府構築に向けて走りたいと考えてい
る。だが、北朝鮮に求愛する文政権に対して、朝鮮労働党委員長の金正恩
氏は全く異なる考えを持つ。

金氏は3・1運動の意義など全く認めていない。従って、その日を祝ったり
もしない。金氏にとって記念すべきは故金日成主席の樹立した朝鮮民主主
義人民共和国の足跡である。祝うべき建国は1948年9月なのであり、1919
年も3・1運動も無意味だ。

この北朝鮮の主張及び公式の立場と、自らのそれをどのように整合させて
いくのかが、文氏の問題だ。文氏は金氏の持論を受け入れて、従来の自ら
の主張や現在の「パフォーマンス的な反日」を放棄するのだろうか。でき
るのだろうか。金氏に認めてもらうのに、そこまで自身を否定し、卑下で
きるのだろうか。そこまでできるのであれば逆に、文氏の大韓民国を滅ぼ
すという信念は本物だと言ってよいだろう。

朝鮮半島の現政権は、ここまで反日である。国民の半分は政権と激しく対
立してはいるが、現政権は日本にとって事実上の敵対勢力であることを日
本は冷静に見て取り、この新たな事態に軍事面を含めてあらゆる面で備え
ることだ。

米国はかつて米国の安全を守る防衛線として、朝鮮半島を除いたアチソン
ラインを引いた。その歴史が繰り返される体制がつくられていく可能性に
具体的に対応するときだ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1270

◆犬について理解出来ないこと

渡邊 好造

京都山科の疎水にそって造られているのは幅2メートルの3,3キロにわたるウオ-キングとジョギング用の歩道である。そして犬の散歩道としても最適のコ-スで、犬好きの人にとっては恰好の社交場でもあり、犬連れ同士の会話はじつに楽しげである。

しかし、犬を飼ったことがない者にとっては、犬好きの人の犬に対する気持ち、態度、習慣で理解出来ないことが数多い。本誌では、犬に対する愛情あふれた文章を見てきたが、今回敢えて逆らわせていただく。

1)犬にシャネルの服を着せている。本物なら犬とどちらが高価。
2)車の後部窓に貼付されたシール「dog in car」。後続車はどうする。
3)犬に手綱を強く引っ張られている。飼い始め時になぜ躾ない。
4)手綱を犬の動きにあわせて巻尺のように伸びるようにしている。手綱を考えた人 、利用する人のどちらも悪い。

5)「うちの子は、、、」と、犬のことを自分の子供のようにいう。
6)犬とベッドで添い寝する。
7)「銀のさら」なるブランドの”回転寿司屋”と”犬のえさ”がともに競争でテレビ広告。寿司に違和感あり、、。

8)犬と一緒に食べる”おせち料理”の販売。どちらの好みに合わせる。
9)犬の散歩中に喋り続ける飼い主。
10)「犬は人間の子のように不良少年にならない」と自慢する。
11)吠え続ける犬。「いつも可愛い声で鳴いてますでしょ」。

12)「うちの犬は怖い顔して吠えますが、外には出ませんし噛み付いたりもしません」。
13)我が家の道路前を通過する車、人、動物に対して24時間吠え続ける大型犬。
14)犬のエサがおいしいかどうか試食して、一食代浮かせるアルバイト。食べる気がしない。
15)介護、介助犬は、法律で去勢または避妊の義務あり。可愛そうに、、。

16)腕にモンモンをいれたいかにもその筋の若い兄ちゃんが、犬の墓の前でオイオイと泣いていた。
17)犬の寿命のギネス記録は21年、平均10〜15年。飼い主は生涯数回泣くことになる。
18)犬の葬儀屋がある。墓より高価なのもあるらしい。

19)犬の販売店で売れ残って成長したのはどうするのだろう。
20)犬を可愛がる人がいる一方で捨てる人があとを絶たないらしい。年に犬10数万匹が保健所経由で殺処分とか。

補)"犬好きの人はこんな事考えないのかな〜"と言ったら、「君は犬を番犬にしかみていない」と友人に怒られた。犬好きの人ごめんなさい。(完  再掲)

2019年03月13日

◆イタリアの連立政権が習近平訪問を前に

宮崎 正弘


平成31年(2019年)3月12日(火曜日)通巻第6014号

イタリアの連立政権が習近平訪問を前に「BRI」で分裂含み。
   コンテ首相は前向き、外務省、内務省は中国との協力を危険視

イタリアの保守政権は一枚岩ではない。

第一党にいきなり躍進した「五つ星運動」は必ずしもナショナリストでは
なく、心理的な合意の基盤にあるのは「反EU」である。政治綱領はな
く、そのときそのときに場当たりで対応するポピュリスト集団、確乎たる
プリンシプルが不在である。

連立の主柱「同盟」は以前の「北部同盟」である。ミラノからトリノ中心
のナショナリストが中核にあり、くわえてベルルスコーニ元首相の保守勢
力が背後で支持しているものの、現在の連立政権は政策的に対立する場面
が多い。

内閣は首相にそれほど強い権限が与えられておらず、内閣管理政権とも言
われる。

フィレンツェ大学教授だったジョセッペ・コンテが、政治の実戦経験ゼロ
で首相に選ばれた経緯は周知の通りで、したがって閣内統一が容易ではない。

3月22日から3日間、習近平がイタリアを訪問する。

習近平は、ローマ訪問のあと、24日にフランスへ入り、ついで3月26日に
訪米、フロリダ州のトランプの別荘で、27日にトランプ大統領と会談し、
貿易戦争に最後の決着をつける段取りだ。

さて、イタリア政界、中国をめぐる激烈な意見対立が表面化した。

論点は「中国の一帯一路の協力するのか、しないのか」である。レンツェ
前政権は、比較的に対中融和、いまのコンテ首相も、4月に北京で開催さ
れる「シルクロード・フォーラム」(BRI世界会議)にG7のなかで唯
一、首相の参加を表明している。

米国は「イタリアの国際的名誉の問題でもあり、シルクロードへの協力は
いかがなものか」と警告しており、イタリア外務省もコンテ路線に反対、
もっと露骨に反対するのが内務省という対立的構造となっている。

ミラネシ外相は1月に訪米してポンペオ国務長官と会談、BRI非協力、
ファーウェイ排斥に積極姿勢を見せたほど。またガレット・マルキス内相
も「先進国イタリアの威信に傷が付く」として、国家安全保障の点からも
トリエステ港の開発を中国に委ねるべきではないと強く反対している。


▲ポピュリズム右派には致命的弱点がある。

ところが最大会派「五つ星運動」は、中国の経済協力は「疲弊した伊太利
亜経済にプラス」であると、まるで呑気な、目先の利益を優先するポピュ
リスト集団だから、賛成、前向きである。国際的戦略という視点から物事
を見ていない。

つまりポピュリズム右派には致命的弱点があることが明らかになったのだ。

中国が狙う地政学的理由はアドリア海の突き当たりトリエステ港の拡大工
事と近代化によって、EUへの玄関口にしようとしていることだ。

トリエステはスロベニア国境に近く、ながらく開発から取り残されていた
が、コンテナ取扱量はEU域内8位あたりで、重要な港湾である。

イタリアはフィアットを量産する工業国家である。

北部は産業地帯、南部は農業と選別されるが、イタリア人の心意気は反ブ
ラッセル、つまりEU中央にはいつも逆らう。したがって心意気をしめす
政治的ジェスチャーとしても親中路線を突っ走る側面があるのかも知れない。

そのうえイタリアは債務危機が燻り続け、若者の失業率が高く、近年はア
フリカ諸国からの経済難民を抱えて、金欠病である。だから目先にちらつ
くマネーには目が輝くというわけだ。

中国はイタリアと?インフラ建設?トリエステ港湾整備、近代化?エネル
ギー?運輸?通信の分野での協同が謳い、習近平のローマ訪問に併せて、
経済協力文書の署名がおこなわれる予定という。中国はEUの団結を各個
撃破で突き崩し、BRIへのEUの理解を深めようとしていることになる。
     
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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 財務省の人事シフトが、日本を決定するという視点
  悪戯な揶揄や酷評ではなく、財務省の何たるかを私たちは知る必要が
ある。

   ♪
山村明義『財務省人事が日本を決める』(徳間書店)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

財務省批判が氾濫している。急先鋒が三橋貴明、田村秀男、田中秀臣、高
橋洋一の各氏。なかでも辛口批判の高橋氏は財務省出身だ。

よくも悪くも日本を動かすのは東大卒エリート集団の財務省である。もと
大蔵省と言ったが、米国風に改称したところで中味は同じ。その人事のシ
フトによって日本の財政、金融政策が決められ、政治家と組むか、対決す
るかによって右か左に別れる。

典型例が『消費税』だった。

財務省としては『使いやすい政治家』と『使いにくい政治家』がいる。財
務省路線を突っ走ったのが、むしろ民主党、とくに極左出身の管直人が、
あろうことか内閣総理大臣になったときだった。この時代、日本経済には
嘗てないほどの暗黒が訪れ、デフレ脱却は不可能となった。

財務省はフェイク・ニュースを垂れ流し、情報を財務省有利に、かなり悪
質に操作する。なにしろGDP比で赤字が大変だから、まず「増税あり
き」なのだ。このために「工作員」がIMF世銀に出向し、日本の財政赤
字というフェイクを植え付け、国際世論が消費税増税の圧力を日本にかけ
るという芸当もこなす。

秋に消費税が10%になると、日本経済はもはや復活する力を失うだろうと
危惧されるのに、省益優先の財務省幹部には通じない。結局、エリートは
所詮、枝葉に拘るエリートであっても木を見て森を見ざる類いと批判され
るのだ。
 
さて本書だが、冒頭に掲げた一般的批判とは距離をおいて、むしろ著者の
山村氏は、省内の人事抗争、その出世レースという極めて人間くさい視点
から、消費税がいかなる過程で決まっていったかを克明に辿る。展開はド
キュメント風であり、近年の金融政策の歴史を人物の確執劇を基軸に綴っ
ているから興味が深まる。

 また財務省内部にも親中派とそうでない派とがあり、黒田日銀総裁、中
尾ADB理事長らはどちらかと言えば親中派だろうが、土壇場でAIIB
入りを阻止した財務省には、国益を考える見識ある人もいるという事実も
抑えておく必要がある。

ところで評者(宮崎)には、本書に出てくる人名一覧などを眺めながら、
一種の感慨があった。


消費税導入は尾崎護・次官時代だった。尾崎さんは、西尾幹二氏の同級
生。学生時代は小説も書いた文学青年だった。路の会のメンバーなので、
よく顔を会わせたが、穏健そのものの紳士である。

「隠然たる影響力のあった」(127p)のが、嘗ての長岡実次官。氏は写
真入りで本書に登場するが、三島由紀夫の同級生だった。

 また次官に行く前に政治家になった人も多い。とくに浜田卓二郎氏。
時々、飲むことがあるが、この人の頭脳の冴えは凄いものがある。財務官
では行天豊氏が国際的に有名だったが、もう一人「ミスターYEN」こと
榊原英資氏は西部邁氏のよき友人だったことも思い出しながら読んだ

◆「青い山脈」の頃

渡部 亮次郎


恥かしい話を書く。多分生まれて初めて観た劇映画が「青い山脈」であ
り、昭和26(1951)年の早春、新制中学を卒業寸前の15歳、教師引率で、町
の映画館で観た。

もちろん白黒。公開されて既に2年経っていたらしいが、それは今になっ
て調べて分かった事。町と言いながらド田舎だったのである。

昭和の御世。15歳まで映画も観られなかったとは万事、貧しかった。
もっとも戦争中は見ようにも映画が製作されてなかったらしい。

映画「青い山脈」(あおいさんみゃく)は石坂洋次郎原作の日本映画。
1949年・1957年・1963年・1975年・1988年の5回製作されたが最も名高い
のは1949年の今井正監督作品である。私の観たのがこれだ。

主題歌の『青い山脈』は日本映画界に於いて名曲中の名曲ともいえる作品
で、過去の映画を紹介する番組などでは定番ソングともなている。2007年
10月24日のラヂオ深夜便で久しぶりに聴いたので映画の事を思い出したの
である。

西條八十(やそ)作詞、服部良一作曲の名曲。映画を見たことが無い人でも
歌だけは歌える人が多い。また映画ではラブレターで「戀(恋)しい戀し
い」というところを「變(変)しい變しい」と誤記してしまうエピソード
は大いに笑わせた。

長編小説『青い山脈』は1947年に「朝日新聞」に連載。

東北の港町を舞台に、高校生の男女交際をめぐる騒動をさわやかに描いた
青春小説。また、民主主義を啓発させることにも貢献した。
私は新憲法は中学生ながらに全文を読んだが、民主主義の実際については
「青い山脈」に教えられた。

1949年に原節子主演で映画化され、大ヒットとなった。その3ヶ月前に発
表された同名の主題歌も非常に高い人気を得た。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

石坂洋次郎(いしざか ようじろう 1900年1月25日―1986年10月7日)は、
小説家。青森県弘前市代官町生まれ。戸籍の上では7月25日生まれになっ
ているが、実際は1月25日生まれ。

弘前市立朝陽小学校、青森県立弘前中学校(現在の青森県立弘前高等学校
の前身)に学び、慶應義塾大学国文科を卒業。1925年に青森県立弘前高等
女学校(現在の青森県立弘前中央高等学校)に勤務。

翌1926年から秋田県立横手高等女学校(現在の秋田県立横手城南高等学
校)に勤務。1929年から1938年まで秋田県立横手中学校(現在の秋田県立
横手高等学校)に勤務し教職員生活を終える。

『海を見に行く』で注目され、『三田文学』に掲載した『若い人』で三田
文学賞を受賞。しかし、右翼団体の圧力をうけ、教員を辞職。戦時中は陸
軍報道班員として、フィリピンに派遣された。

戦後は『青い山脈』を『朝日新聞』に連載。映画化され大ブームとなり、
「百万人の作家」といわれるほどの流行作家となる。数多くの映画化、ド
ラマ化作品がある。

他に、『麦死なず』『陽のあたる坂道』『石中先生行状記』『光る海』など。

「青い山脈」では作者は青森県立弘前高等女学校(現在の青森県立弘前中
央高等学校)の教師であった。当時疎開中の女子学生達から聞いた学校生
活をこの小説の題材にしたと思われる(「東奥日報」2005年8月15日新聞
記事による)。

この記事は間違っている。現在の青森県立弘前中央高等学校の教師であっ
たのは1925年(大正14年)であって「当時疎開中の女子学生達」とは何の
ためにどこから疎開してきたのか。東奥日報の我田引水もいい加減にしろ。

閑話休題。1949年版映画のスタッフ。監督:今井正、脚本:今井正、井手
俊郎、音楽:服部良一。作曲を電車の中で、数字で作曲していたら、折か
らの闇物資を売買する闇商人に間違えられた、という作り話のようなエピ
ソ−ドがある。

主なキャスト 島崎先生(女学校の教師):原節子、沼田校医:龍崎一郎
、金谷六助(旧制高校生):池部良、寺沢新子(女学生):杉葉子、 ガン
ちゃん(旧制高校生):伊豆肇、 笹井和子(女学生):若山セツ子、梅太
郎(芸者):木暮実千代だった。

2007年、『映画俳優 池部良』が出版される。2007年2月、東京池袋の新
文芸座のトークショーにて、その本の編集者から「青い山脈の時に31歳で
したが…」と池部が質問され、

実は1916年生まれで当時33歳なのに『青い山脈』の18歳の高校生の役を
渋々受けたことや原節子先輩からガリガリに痩せていたため「豆モヤシ」
という迷惑なあだ名をつけられたり、原節子の尻をデカイと本人の目の前
で口を滑らせたために 張り手を食らいそうになったりといったエピソー
ドを話している。

「ウィキペディア」による誕生日は1918年2月11日(建国記念の日)89歳
 血液型B型となっているが、池袋の新文芸座のトークショーでの「実は
1916年生まれ」だとすると92歳(2008年6月現在)になってしまう。映画俳
優協会の理事長としてご活躍中ということで不問にしよう。

この作品は藤本プロと東宝の共同作品となっている。著作権の保護期間が
終了したと考えられることから現在激安DVDが発売中(但し監督没後38年以
内なので発売差し止めを求められる可能性あり)。出典: フリー百科事典
『ウィキペディア(Wikipedia)』

この映画を観た当時は大東亜戦争の敗戦から未だ6年。人口数千人の町に
よく劇場があったものだが、小中学生の映画鑑賞は禁じられていたし、カ
ネも持っていなかったから観たいとも考えなかった。

出来て間もない中学校では野球に夢中。3年になったら主将に指名され
た。投手で4番打者。校舎の中では生徒会長でもあったから忙しかった。
家では教科書を広げる事はなかった。

中学校も間もなく卒業という春、秋田は3月と言っても当時は雪の降る日
があった。ゴム長靴にアメリカ軍払い下げのオーバーを着て寒さに耐えな
がらの映画鑑賞。

生まれて初めて観る映画だったはずだが、あらすじも画面も、未だに思い
出せるところをみると興奮はしていなかったようだ。後年、父親を映画に
誘ったら「暗くて厭だ」との感想。

明るくとも見える映画といえるテレビがド田舎にも普及したのは「青い山
脈」を見てから10年以上経っていた。ましてあの頃、テレビ会社(NHK)に入
社(記者)するとは夢にも思わぬことだった。

恥かしくて退屈な思い出話。御退屈様。2007・10・25執筆


◆韓国の現政権は事実上の敵対勢力

櫻井よしこ


「韓国の現政権は事実上の敵対勢力 日本はあらゆる面から備えるべきだ」

韓国大統領の文在寅氏が、1919(大正8)年3月1日に起きた反日独立の
「3・1運動」の100周年記念日を前に、2月26日、独立運動の活動家、金九
の記念館で閣議を開いた。戦時を除き、政府庁舎以外での閣議開催は初め
てだ。

文氏は、「国家的な意味を込め」た同閣議に先立ち、金九の墓をはじめ、
日本の初代首相、伊藤博文公を暗殺した安重根や日本の要人2人を殺害し
死刑になった尹奉吉ら、日本から見ればテロリストらの墓を続けて参拝し
たと、「産経新聞」が2月27日付で報じている。

他方、康京和韓国外相もスイスの国連人権理事会で異例の演説をした。
2015年に日韓両政府が慰安婦問題で最終的な合意をしたのは周知のとおり
だ。だが康氏は、その内容は「不十分」で、「被害者中心の取り組みを進
める必要がある」と、自国の前政権が誓約した合意を全面的に否定した。

日本側は菅義偉官房長官が「慰安婦問題の最終的で不可逆的な解決を日韓
政府間で確認した。政権が代わっても責任を持って実施されないといけな
い。合意の着実な実施は、わが国はもとより国際社会に対する責務だ」と
述べた。岩屋毅防衛相も自衛隊と韓国軍の関係について「韓国軍から緊張
を高めるような発信がなくなってきている」「緊張は徐々に解消に向かっ
ている」と語ったが、これ以上事を荒立てたくないとの思いで日本側が発
信するこれら警告や見方は通用していない。

戦時朝鮮人労働者問題、自衛隊機へのレーダー照射とその後も続く対日対
立姿勢、慰安婦問題での卓袱台返し、安重根ら礼讃の異例の閣議などは文
在寅政権の反日路線の表明だ。韓国全体の路線でなくとも、軌道修正は非
常に困難だと心得ておくべきだろう。

朝鮮半島全体を、歴史を縦軸とし、現在進行形の国際情勢を横軸として眺
めさえすれば、文氏がこれから直面する深刻な問題も、日本が進めるべき
対策も、明らかだ。

まず、文氏が直面する問題である。文氏は反日を意識する余り、日本を貶
め、日本に協力した人々(たとえば朴正煕元大統領やその長女の朴槿恵前
大統領)を貶め、「親日派」の清算に力を注ぐ。また現在の大韓民国の起
源を前述の100年前の反日独立運動に求め、そのときの政府は大韓民国臨
時政府だとの立場をとる。

文氏はそのうえで、北朝鮮との連邦政府構築に向けて走りたいと考えてい
る。だが、北朝鮮に求愛する文政権に対して、朝鮮労働党委員長の金正恩
氏は全く異なる考えを持つ。

金氏は3・1運動の意義など全く認めていない。従って、その日を祝ったり
もしない。金氏にとって記念すべきは故金日成主席の樹立した朝鮮民主主
義人民共和国の足跡である。祝うべき建国は1948年9月なのであり、1919
年も3・1運動も無意味だ。

この北朝鮮の主張及び公式の立場と、自らのそれをどのように整合させて
いくのかが、文氏の問題だ。文氏は金氏の持論を受け入れて、従来の自ら
の主張や現在の「パフォーマンス的な反日」を放棄するのだろうか。でき
るのだろうか。金氏に認めてもらうのに、そこまで自身を否定し、卑下で
きるのだろうか。そこまでできるのであれば逆に、文氏の大韓民国を滅ぼ
すという信念は本物だと言ってよいだろう。

朝鮮半島の現政権は、ここまで反日である。国民の半分は政権と激しく対
立してはいるが、現政権は日本にとって事実上の敵対勢力であることを日
本は冷静に見て取り、この新たな事態に軍事面を含めてあらゆる面で備え
ることだ。

米国はかつて米国の安全を守る防衛線として、朝鮮半島を除いたアチソン
ラインを引いた。その歴史が繰り返される体制がつくられていく可能性に
具体的に対応するときだ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1270

◆心筋梗塞は予知できる

石岡 荘十


まず、死因について。

私の父親も死因は「心不全」とされていたが、長い間、この死亡診断書に何の疑問も感じなかった。しかし、よく考えてみれば「心不全」というのは単に「心臓が動かなくなった」という意味であるから、病気の「結果」そのものであり、死のトリガー、「原因」ではない。

<最初は背中が痛いと言われたと報じられていた。亡くなった後では容易に心筋梗塞だったとは解らないのではないか。誰でも経験して学習し教訓に出来る病ではないので、発症した場合の対処は困難だろう>、これこそが「死因」となった心筋梗塞を疑わせる症状だ。

私も大動脈弁がうまく開閉しなくなり、10数年前人工の弁に置き換える手術を受けているが、そこに至る症状として<背中が痛い>を何年にもわたって、何度も経験している。

心臓の血流が途絶えると、背中が重苦しくなる。痛いと感じる人もいる。この苦しさは、血流が滞った程度(狭心症)の場合は、15分程度で回復する。不整脈のひとつ心房細動の時もそうだ。

私が何度も経験したが、それ以上自覚症状が長く、30分とか続くのは血管(冠動脈)が完全に詰まっている(心筋梗塞)だと考えた方がいい。ほっておけば死に至る。

胸が痛くなるという症状だと、「心臓がおかしいのではないか」と分かりやすいが、心筋梗塞になると左の奥歯がうずいたり痛くなったり、肩が凝ったりすることもある。歯医者や整形外科に駆け込む人もいるが、これは心筋梗塞の症状のひとつなのである。

歯医者で鎮痛剤をもらって「一丁上がり」となるが、じつは心筋梗塞の症状だ。こういうのを「放散痛」という。

不幸にして、こんな知識がなく死んでしまった後、患者を解剖すると死因が心筋梗塞であったことは明らかになる。

<発症した場合の対処は困難だろう>といっておられるが、心臓疾患の9割は、対処の仕方を誤らなければ、決して「死に至る病」ではないのである。

本誌常連の前田正晶さんが書いておられる記事が見事にそのポイントを突いている。
その要点をまとめると、

<失神するほどの、激痛と胸部に圧迫感があった。自分で119番に電話して症状を説明していた>

<放っておけば治るとかとは思ったが、何故かこれは「一過性の痛みではない」と判断した>

<救急患者を受付けてくれる大病院が多いこと、救急車が搬送してくれた先が国立国際医療センターだったこと、最も偉い先生が日曜日の当直だった>

<心筋梗塞に対応する準備が整っていたのだった。処置も素早かった>

<その判断が正しかったと後で解るのだが、私の場合は幸運の連続だった>

つまり、前田さまのケースは<幸運が重なった>結果であり、誰でもがこううまくいくわけではない。

年間の死者5千人を切る交通事故死にあの大騒ぎで安全運動を展開している。なのに、心臓疾患で年間15万人以上が死ぬ。なぜか。前田さんのような幸運の女神の恩寵に浴する人はそんなに多くない、それだけ啓蒙が行きわたっていないということだ。

<時間との争いであるなどとは知る由もないだろう。知識は皆無だった>とおっしゃるが、そんな人に幸運が訪れることは滅多にない。

この歳になったら、天下国家の危機を憂うる高邁な論議をする前に、わが身の危機管理に少しのエネルギーを注ぐべきだというのが私からのアドバイスだ。心臓病は<誰でも経験して学習し教訓に出来る病>なのである。

2019年03月12日

◆韓国の現政権は事実上の敵対勢力

櫻井よしこ


「韓国の現政権は事実上の敵対勢力 日本はあらゆる面から備えるべきだ」

韓国大統領の文在寅氏が、1919(大正8)年3月1日に起きた反日独立の
「3・1運動」の100周年記念日を前に、2月26日、独立運動の活動家、金九
の記念館で閣議を開いた。戦時を除き、政府庁舎以外での閣議開催は初め
てだ。

文氏は、「国家的な意味を込め」た同閣議に先立ち、金九の墓をはじめ、
日本の初代首相、伊藤博文公を暗殺した安重根や日本の要人2人を殺害し
死刑になった尹奉吉ら、日本から見ればテロリストらの墓を続けて参拝し
たと、「産経新聞」が2月27日付で報じている。

他方、康京和韓国外相もスイスの国連人権理事会で異例の演説をした。
2015年に日韓両政府が慰安婦問題で最終的な合意をしたのは周知のとおり
だ。だが康氏は、その内容は「不十分」で、「被害者中心の取り組みを進
める必要がある」と、自国の前政権が誓約した合意を全面的に否定した。

日本側は菅義偉官房長官が「慰安婦問題の最終的で不可逆的な解決を日韓
政府間で確認した。政権が代わっても責任を持って実施されないといけな
い。合意の着実な実施は、わが国はもとより国際社会に対する責務だ」と
述べた。岩屋毅防衛相も自衛隊と韓国軍の関係について「韓国軍から緊張
を高めるような発信がなくなってきている」「緊張は徐々に解消に向かっ
ている」と語ったが、これ以上事を荒立てたくないとの思いで日本側が発
信するこれら警告や見方は通用していない。

戦時朝鮮人労働者問題、自衛隊機へのレーダー照射とその後も続く対日対
立姿勢、慰安婦問題での卓袱台返し、安重根ら礼讃の異例の閣議などは文
在寅政権の反日路線の表明だ。韓国全体の路線でなくとも、軌道修正は非
常に困難だと心得ておくべきだろう。

朝鮮半島全体を、歴史を縦軸とし、現在進行形の国際情勢を横軸として眺
めさえすれば、文氏がこれから直面する深刻な問題も、日本が進めるべき
対策も、明らかだ。

まず、文氏が直面する問題である。文氏は反日を意識する余り、日本を貶
め、日本に協力した人々(たとえば朴正煕元大統領やその長女の朴槿恵前
大統領)を貶め、「親日派」の清算に力を注ぐ。また現在の大韓民国の起
源を前述の100年前の反日独立運動に求め、そのときの政府は大韓民国臨
時政府だとの立場をとる。

文氏はそのうえで、北朝鮮との連邦政府構築に向けて走りたいと考えてい
る。だが、北朝鮮に求愛する文政権に対して、朝鮮労働党委員長の金正恩
氏は全く異なる考えを持つ。

金氏は3・1運動の意義など全く認めていない。従って、その日を祝ったり
もしない。金氏にとって記念すべきは故金日成主席の樹立した朝鮮民主主
義人民共和国の足跡である。祝うべき建国は1948年9月なのであり、1919
年も3・1運動も無意味だ。

この北朝鮮の主張及び公式の立場と、自らのそれをどのように整合させて
いくのかが、文氏の問題だ。文氏は金氏の持論を受け入れて、従来の自ら
の主張や現在の「パフォーマンス的な反日」を放棄するのだろうか。でき
るのだろうか。金氏に認めてもらうのに、そこまで自身を否定し、卑下で
きるのだろうか。そこまでできるのであれば逆に、文氏の大韓民国を滅ぼ
すという信念は本物だと言ってよいだろう。

朝鮮半島の現政権は、ここまで反日である。国民の半分は政権と激しく対
立してはいるが、現政権は日本にとって事実上の敵対勢力であることを日
本は冷静に見て取り、この新たな事態に軍事面を含めてあらゆる面で備え
ることだ。

米国はかつて米国の安全を守る防衛線として、朝鮮半島を除いたアチソン
ラインを引いた。その歴史が繰り返される体制がつくられていく可能性に
具体的に対応するときだ。

◆ポスト安倍候補は奮起を

阿比留 瑠比


2日の自民党役員・内閣改造人事で要職に就いた面々、なかんずく安倍晋
三首相の後を襲う「ポスト安倍候補」には、一層の奮起を促したい。何し
ろ、立憲民主党の枝野幸男代表は9月30日の党大会演説で、こう言い放っ
ているのである。

「自民党総裁選が終わったことで、『ポスト安倍』という話が出ている。
しかし、野党第一党の党首である私が『ポスト安倍』だ」

「私の責任は政権を得ることではなくて、長期政権を作ることだ」

野党第一党トップの心構えとしては正しいとしても、自民党内で現在名前
が挙がっている「ポスト安倍」候補など眼中にないと言っているに等しい。

岸田文雄政調会長も茂木敏充経済再生担当相も河野太郎外相も、役職に就
いていない石破茂元幹事長も含め、相手にされていないということにな
る。「人材の宝庫」(安倍首相)であるはずの自民党としては、不本意で
あるはずだ。

「現在の内外の情勢を見たとき、『安倍首相の方がよい』ではなく、『安
倍首相でなければ務まらない』のです」

今回、党選挙対策委員長に就任した甘利明元経済再生担当相は総裁選中、
繰り返しこう訴えていた。仮にそうだとしても、3年後には別の誰かが首
相の重責を担わなければならない。

先の総裁選は、初めから安倍首相の勝利自体は確定的で、石破氏がどこま
で健闘するかが焦点だったが、今度は混戦となるかもしれない。今後、ポ
スト安倍候補同士のせめぎ合いは、徐々に激しさを増していく。

ただ、そうした政局的な動きや駆け引きよりも、ポスト安倍候補には何よ
り、それぞれの役職や立場の中で、政治家としての力量を示してもらいた
い。外交・安全保障、憲法改正、少子化対策、経済政策…と、腕の見せ場
はたくさんある。

安倍首相自身も、小泉純一郎内閣の官房副長官時代に拉致問題、靖国神社
参拝問題、教科書問題などで発信力を発揮して頭角を現し、幹事長、官房
長官と次々に要職に起用された。

その意味で、まだ当選回数6回の加藤勝信前厚生労働相が、党四役の一角
である総務会長に抜擢された意味は大きい。安倍首相はかねて加藤氏のこ
とを「将来の首相候補の一人」と語っており、枢要な地位に就けることで
その資格を与えたといえる。

防衛相時代の不祥事で、いったん無役となっていた稲田朋美元政調会長
を、党総裁特別補佐兼筆頭副幹事長として再び表舞台に上げたのも、稲田
氏を「初の女性首相」候補と考えてきた安倍首相の配慮だろう。

党憲法改正推進本部長に起用された下村博文元文部科学相を含め、与えら
れた場所で結果を出せば評価が高まり、将来につながっていく可能性がある。

「人物になると、ならないのとは、畢竟(ひっきょう)自己の修養いかん
にあるのだ。決して他人の世話によるものではない」

江戸城無血開城の立役者である勝海舟は、こう説いた。安倍首相も9月の
産経新聞のインタビューで、全く同趣旨のことを述べていたのが印象に
残っている。(論説委員兼政治部編集委員 阿比留瑠比)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】