2019年03月08日

◆「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第25章

“シーチン”修一 2.0


兼高かおるさん(1928年生、本名:兼高ローズ)が1月に亡くなり、2月末
に海外旅行業界有志による「偲ぶ会」が開かれたそうだ(フェイスブック
で知った。たまには役立つ)。兼高さんは戦後の海外旅行ブームの火付け
役、種まく人、パイオニアだった。

1945年の敗戦、占領で明治以降に盛んになった「洋行」=海外旅行は途絶
えた。戦前、日本人は支那大陸だけでも年間1500万人が渡航していた。戦
後は衣食住の「食」の確保から始まり、ようやくどうにか生き延びたとい
う1960年、政府は「もはや戦後ではない」と国民に宣言した。(さあ、反
転攻勢へ出よう!という鬨の声か)

それでも渡航に必要なドルを買えるのは海外で金を稼ぐ輸出業者(業務渡
航)や留学生などごく一部だった。「観光、物見遊山で海外旅行(ドルの
流出=輸入)なんてとんでもない」、業務渡航だって外貨持ち出し制限が
あり、こっそり腹巻にドル札を忍ばせて持ち出していた時代だった。銃の
代わりにソロバンと商品サンプルをもって海外へ派遣されたのは多くが元
皇軍兵士だった。

それに先立つ1958年、兼高さんはトキの声を上げた。この年から平成天皇
皇后のご結婚を祝うミッチーブーム、パレードをテレビで見たいというTV
ブームが高揚してきた。米国留学帰りで英字紙などの記者をしていた兼高
さんは「TVの時代」と同時に「1964年の東京五輪で海外旅行が盛んにな
る」ことを確信したのだろう。

まずは話題作り、名を挙げるためだろう、「スカンジナビア航空が主催し
た『世界早回り』に挑戦し、73時間9分35秒の新記録を樹立」「1959年よ
り『兼高かおる世界の旅』がはじまった」(WIKI)。

海外観光旅行ができない時代に「海外の今」を紹介してくれるのだから、
たちまち人気番組になった。「〇〇ですのよ」といった彼女の気品あるナ
レーション、解説は大変優れていたが、聞き役のアナウンサー、芥川隆行
が彼女の知性、感性を刺激して語らせる、その実に微妙な合いの手と言う
かツッコミが良かった。彼女は嬉しそうに「そうなんですのよ!」と楽し
く話をするのだった。

兼高さんには一度、対談に出ていただいた。その時の彼女の言葉で忘れら
れないのは「天に倉を置け」だった。「世のために善い行いをしなさい、
徳を積みなさい、あなたの現世利益、金銀財宝の倉はこの地でなく、天の
倉に積みなさい」といった意味だろう。

彼女が学んだ香蘭女学校(東京)は英国系プロテスタントで、マタイによ
る福音書には「天に富を積みなさい」とある。「あなたが最も心を込めて
大事にしているものこそがあなたの富である」ということらしい。

大東亜戦争中は日英は互いに敵であり、同校は敵性機関扱いされたが、そ
れを体験しただろう兼高さんは「相互理解が平和を担保する」と確信した
のではないか。父(インド人)母の信仰も影響したろう。兼高さんは観光
旅行、物見遊山であれ、諸国間の草の根交流が必要だ、その時代は間もな
く来ると確信していたに違いない。

1964年の春、観光渡航でもドルを海外へ持ち出せるようになった。欧州旅
行が人気だったが、日数は3週間とか1か月が当たり前の時代で、ツアー価
格は初任給の2年分ほどもした。今なら500万、600万円あたり、高嶺の花
だった。それでも旅行者は右肩上がりで伸びていった。篠山紀信など大志
を抱いた若者は借金してでも世界に雄飛した。

(これを機に有名になった篠山は20歳の小生のアイドルだった南沙織(深
夜の歩哨の時ラヂオで聴くだけだったが)をGETして小生のハートを壊し
たが、今でも門外不出で大事に保管しているそうだから、まあ許す。で
も、ちょっとだけでも拝みたいなあ)

1970年前後からジャンボ機が普及し、運賃が劇的に下がり(バス1台=40
人用運賃登場)、海外旅行は庶民の手が届く娯楽になり、パンアメリカン
航空がスポンサーになっていた兼高さんの番組は1990年、「取材国は約
150か国、距離にして地球を180周」の記録を残して終わった。兼高さんは
日本の海外旅行復活、発展の大功労者だった。

<1990年7月31日、芥川隆行は体調不良を訴え入院、末期の肺がんだっ
た。9月4日、「兼高かおる世界の旅」最終回のナレーション収録時点では
胸を押さえながら必死で挑んだが声が響いておらず、「芥川節」は本調子
ではなかった。10月2日、死去、71歳。

10月3日、入院中の9月6日に書き下ろした、兼高との思い出を振り返った
「一つの旅の終焉」は、雑誌『鳩よ!』に絶筆掲載された>(WIKI)

戦死・・・大和男児の最期はこうありたいね。

ところで河内桃子さん(1932年生、本名:久松桃子、旧姓:大河内)は女
優である。小生にとって彼女はカトリック布教のラジオ番組「心のともし
び」の朗読者だった。河内さんは小生が大好きな生田緑地に近い日本女子
大学附属高等学校を卒業して女優になった。日本女子大はプロテスタント
牧師の成瀬仁蔵が創設した。

(成瀬は新教、旧教の違いにこだわらなかった。今の日本人も「宗教、宗
派の違いなんぞは些事、みんなで仲良くやろうぜ」、これが初期設定。日
本人に生まれてよかった思わないこと?)

河内さんは1998年11月5日に亡くなる直前の10月29日、病床でカトリック
神父より洗礼を受け「マリア」の洗礼名が与えられた。1980年にヨハネ・
パウロ2世から聖十字架章を親授されたほか、1996年にはバチカン市国勲
章も授与されている。

兼高さんと河内さんは、ほぼ同時代を生き、同時期に米国にいたこともあ
り、共にキリスト教にも通じている。時代が「暗いと不平を言うよりも、
すすんで明かりをつけましょう」とか「置かれた場所で咲きなさい」と
いった風潮だったのだろうか。政府は「飢えをなくした、経済は追い風
だ、後は国民の努力次第、3C(カー、クーラー、カラーテレビ)を目指
せ!」という感じだったようだ。

60年安保騒動の1960年から70年代は戦後リベラル≒アカモドキの残照がま
だあった。80年代はバブルに代表されるように「カネ」がボディコンを着
て踊りまくっていた。「♪骨まで溶けるようなテキーラみたいなキスをし
て 夜空もむせかえる 激しいダンスを踊り」まくったのだ。資本主義万
歳!てな感じ。

ところがマスコミなどの出版界は今でもジメジメしてまだ赤い。不思議に
思わないこと?

実は出版界の求人募集は「朝日の月曜朝刊」求人欄に集中していたのであ
る。今はどうかは知らないが、少なくとも70年代はそうだった。だから出
版界を目指す若者は朝日を購読せざるを得ないし、学校の先生たちは日教
組の影響もあって朝日を読み、記事を試験問題にも起用していたから、生
徒たちも朝日を読むという、何やら永遠的に赤いタスキが渡されていくと
いう輪廻駅伝が続いているのかもしれない。

このためにマスコミ、出版は欧米を含めて、多分7〜8割はアカかピンクの
フィルターをつけている。彼らはリベラル(良識と知性ある穏やかな人、
小生にとっては福翁、岩波茂雄、陸羯南など)を自称しているが、戦後は
基本的にはML(マルクス・レーニン)教徒だ。

ひと頃(角栄バッシング前後、立花隆や赤坂“頂門”太郎が元気だった
頃)130万部を誇った「文藝春秋」は今は30万部ほどだろう(雑誌協
会)。昔のリベラル、多分今はほとんど痴呆症的な読者層に迎合している
みたいで、根っからの反日的な保阪正康なんぞの論は胡散臭い。半藤一利
も怪しい感じがするから読んだ記憶はない。

岩波「世界」は寄らば大樹の中共もEUもへたってきたから絶滅危惧種、名
もないML狂徒の公衆便所みたいでレッドブック入りだ。1万部出ているの
かどうか。原稿料が払えずに「そのうち新書にするから印税で」なんて綱
渡り的なことをやっているんじゃないか。「世界」に掲載されるんだか
ら、ま、いいか、なんてML狂徒の学者は思っているかもしれないが、飯を
食えんと戦争できへんで。

モード・モンゴメリは一種の女傑、時代が時代ならサッチャーのような宰
相になっていたのではないか。市井の素朴なクリスチャンのご婦人方を煙
に巻いて熱烈な支持者にする才能を持っている。彼女は大宰相と言われる
チャーチル(1874年11月30日 - 1965年1月24日)が生まれた時に、プリン
ス・エドワード島で生まれた。モードはそれを時に楽しんでいたという。

モリー・ギレン著「運命の紡ぎ車」によると、父方のモンゴメリ家、母方
のマクニール家はともに名家で、エドワード島立法府の議員を務めている
先祖も多い。初代モンゴメリ家はカナダ移住を決めて故国を後にしたが、
エドワード島を目指していたわけではない。ただ、寄港しただけだが、船
酔いに苦しんだ夫人が「もう船は嫌!ここに住む!」と主張して梃子でも
動かない。旦那は「もうしょうがない」と折れるしかなかった。昔も今
も・・・男はつらいよ!なあ、同志諸君!

モリー曰く「モードの家系には気性の激しい婦人が何人もいたのである」

気性の激しさ、繊細な感覚、豊かな知性を抑えながらモードは牧師の良き
妻、母親、作家を演じる。手抜きしないから大変だ。

<忙しさに煩わされ続けた年月を通じて、モードは何とか毎日2、3時間の
時間を工面して執筆の時間を確保したのである。

「母は早朝に書きものをしていました」と息子のスチュアートは言っている。

「そして夜遅くに読書をしていました。私が覚えている限りでは、母の睡
眠時間は5時間、時には6時間でした。母は乱読家で、また、読心術を心得
ていました。

イギリス文学の古典は、すべて何度も読み返していましたし、それに信じ
られないほどの記憶力で、シェイクスピア、ワーズワース、バイロンばか
りか、有名なイギリス詩人の作品はすべて大部分の個所を引き合いに出す
ことができました。

そればかりか、同時代の本、雑誌、新聞のすべてを読み、また、毎日1、2
冊の推理小説を読みこなしていたのです」

牧師のご主人の神経症的な憂鬱状態(小生のような抑うつ症、自殺願望、
引きこもりとかかも知れない)がどれほど深いものなのかをモードはすぐ
に感知したが、会衆にはあずかり知らぬことであった。モードは時折友人
(ペンフレンド♂)たちに夫の思わしくない健康――神経衰弱、不眠症、意
気消沈――について書き送っている。

晩年もどん詰まりになって初めてモードは、夫と共に生活した期間の大部
分、彼女の心を重くしていた夫の精神状態に対する絶望を打ち明けたので
あったが、その時まで、他の重みとからみ合ってモードを打ちひしいでい
たのである>

モードは牧師の妻として笑顔を絶やすことなく、実は必死で夫を支え、夫
の至らぬところを補っていた。

<とはいえ(牧師の妻として)職務を果たすことで、モードがどれほど疲
れ切っていたかをよく分かっている人はいないであろう。一面では職務を
楽しんでいたが、一面ではその進入を不快に思っていたのである>(つづく)

まったく人生は皆、初心者だから想定外のことばかりだ。「これだ」と
思っていても、いつの間にか別の線路になっていたりして、「ここはど
こ? 戻りたいんだけど・・・えーっ、一方通行?! 廃車置き場行
き?!って・・・」。

だから人生は面白いとも言えるし、アホくさいとも言えるのだが、ま、こ
の際は笑った方がよさそうだな。ハッピーカムカムってことでさあ。

さてさて、米朝会談、半島情勢は「大山鳴動、文在寅失禁」というだけ
で、どうもパッとしなかった。中共にとっても半島はただの「ババ」で、
使い道がないんじゃないか。ナイナイヅクシの北は包囲網が継続/強化さ
れ、そのうち中共が見捨てれば自壊するしかないのでは。あるいは核施設
を空爆ですべて破壊されたり。文在寅らの夢見る南北赤化統一はどうもあ
りそうもないような・・・

北の軍隊はどう動くのだろう。金北豚神輿を担いでもじり貧になるだけ
で、中共の了解を受けてクーデターで金王朝をつぶし、ミャンマーみたい
に徐々に前進した方がいいと思うが。

前回に続いて「正論」2005年2月号「大島信三編集長インタビュー 元朝
鮮総連活動家の懺悔録『未来のために私の過去を話します』元朝鮮青年同
盟中央本部副委員長兼組織部長:全京千」から要約する。

<――北との連絡は密にしていましたか。

全 あまりしなかった。向こうから言ってきましたよ、「上の人物と会
え」と。その人と井之頭公園で会って指令書(暗号)を貰ったんです。

――(橋梁専門家の)Fさんを北へ連れて来いということですね。

全 咄嗟に、これはやるべきじゃないと思いました。しかし、とにかく韓
国へ行ってFさんに接触してみようという気にはなったのです。

だけれど韓国にツテがない。さ、どうするか。知り合いの(韓国居留)民
団系の在日に、生まれ故郷の韓国へ行きたいが、どうしたらよいかと相談
しました。そうしたら、祖国訪問団というのがあるから、それにと申し込
んだらいいと。で、団体の一員として訪韓しました。1979年4月です。

――韓国ではマークされていましたか。

全 されていました。当局の人間が2人も尾行していました。総連系なの
に韓国へ来たのはおかしいというわけです。

Fさんがどこにいるのか、いろいろ調べたら、ソウルの名門大学にいる
と。大学に電話して「今、韓国に来てるよ」って言ったらびっくりしてい
ました。それからまた付き合いが始まり、Fさんが日本に来る時は私の家
に寄るんです。

――F先生の結末はどうなったのですか。

全 結論から言えば、北の望み通りにはならなかった、ということです。
この件はFさんにも誰にも話したことはありません。旧友の人生を狂わせ
ることもなく、本当に良かったと思っています。

これは人間のやることじゃないと思ったんです。相手は家庭を持っていま
す、子供もいます。父親がいなくなったら、子供はどんなにさみしがるで
しょう。私は小さい時に両親を亡くしました。親のいない子供の気持ちは
よく分かっています。

その後、総連との関係はありませんでしたが、総連の暗い部分を知る機会
は何度もありました。帰国者が残していった不動産などが総連幹部の個人
名義になっているんですね。

総連がわが同胞に行った罪は大きいと思います。罪滅ぼしとして、世間の
疑問にきちんと答える説明責任があると思います。

――その通りだと思います。全さんのように勇気ある人たちがどんどん出て
きて、明るい未来を構築するためにも真実解明に向けて貴重な証言をされ
ることを期待しています。(この稿おわり)

上記の記事から15年経っても、拉致問題は一向に解決していない。子を奪
われた親の心、親・きょうだいを奪われた家族の心に寄り添う政治家、官
僚、公務員、識者は、ほとんど増えていないのではないか。むしろ「北に
寄り添う」ような人々、あるいは無関心な人々が増えているような感じが
する。

今、北は経済制裁で苦しんでいる。制裁緩和のカードとして拉致被害者解
放を北の権力者は考えているかもしれない。米国トランプに振られた北は
アカの文在寅や中共の支援に頼るだろうが、それだけではとても足りな
い。やがて日本に秋波を送り、被害者解放をネタに支援を求めるかもしれ
ない。

しかし、今さら「拉致しました、解放します、ごめんなさい」とは北は言
えない。彼らの公式見解は「拉致問題は解決済み」であり、公式に拉致を
認めることは権力基盤を弱めかねない。

正攻法では一歩も前進しないのであれば、裏の秘密交渉で「第三国(例え
ば豪州)で被害者発見、保護」というあらすじでもいいのではないか。政
府認定の被害者以外を含めた全員を奪還してから身代金を払うということ
で手を打つ・・・北は暴力団であり、善を説いたところで無駄。銭、燃
料、食糧、政体保障で手打ちをするしかないと思うのだが。

人質を奪還してからのことは、別に策を練っておけばよい。今はとにもか
くにも救出だ。これは安倍政権の今だからこそできる禁じ手、裏取引だろ
う。「狂」がなければ突破できないことはある。

発狂亭“昨日も狂、今日も狂”雀庵の病棟日記から。

【「措置入院」精神病棟の日々(116)】【2016/12/25】承前【産経】四
番手は井伊重之「アパート建設の過熱に潜む罠」。30年一括借り上げ保
証、自己資金ゼロでOK・・・建設会社やデベロッパーの甘言に乗る地主さ
んが増えているとか。甘い言葉で釣る企業が倒産したらオシマイ。土地建
物は地主が銀行から借金する際に担保に差し出しているから、蓄財どころ
か身上破綻して地獄へ落ちる。

小生の親戚の4家(父方の轟家、菅家、末永家、母方の久保家)は前回
1986〜1991年のバブル景気で「百姓なんてやってられん」とマンションを
建ててすべて消滅した。

それから四半世紀、喉元過ぎてまたぞろアパマン経営。企業が破産するこ
とを知らない善人というか、無知蒙昧の強欲爺さん、世間知らずの長男坊
がまたまた騙されるのだ。

五番手は坂本鉄男(父親が鉄道関係?)「イタリア便り 田舎にある有名
店」、曰く「日本でも、場所は不便でも味で勝負するレストランがもっと
できても良いのではないか」。地代などが安いため値段はリーズナブルだ
という。

フランスに赴任していた先輩が「道路事情がいいので、1日に1000キロ走
ることもある」と言っていた。米国同様に欧州も車社会なのだろう。日
本、特に都市部は鉄道社会である。仕事を終え友人知人、お客さんと食事
をして、ほろ酔い加減で電車で帰宅するのが日本流だ。

いくら美味いレストランでも、ローマから100キロのところ、多分獣でも
出そうなド田舎のレストランへ行くのはイタリア流なのだろう。フェラー
リなどスーパーカーでぶっ飛ばすのがオシャレとか。日本でそういうレス
トランを造れば1年もつかどうか。日本のペンションオーナーで成功した
話は聞かないなあ。

商売の成否は、日本の都市部では立地が大きく作用する。観光地なら温泉
に入って浴衣を着て夕飯。すべて金太郎飴みたいで、美味いと言えば美味
いが、経験を積むと「ま、こんなもん」と感激は薄くなる。近隣に一流レ
ストランもあるだろうが、地元料理の方が人気だろう。翌日の昼飯は「石
和温泉ってなんか風情がないよなあ、葡萄と信玄だけみたいでさあ、せっ
かくだからホウトウ鍋でも食っていこうぜ」とか。

並んでありついたホウトウ鍋・・・期待が膨らみ過ぎたか、まあ、名物に
何とか、ではあるね。(つづく)2019/




◆「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第24章

“シーチン”修一 2.0


ヨタヨタと散歩していたら、春の静かな、遠慮がちな訪れを見つけた。

可愛い黄色の花をつけたカタバミ、蝋梅、紅梅、白梅、さらに紅白ミック
スのしだれ梅、緑化センターではクリスマスローズやスミレなど多彩な
花々、温室にはコバルトブルーのヒスイカズラが女王様然として目を引
く。町会の花壇には感動的な菜の花がいっぱい、桜並木のつぼみは日々膨
れ始めた。

小生の屋上庭園にはいろいろな小鳥が来るが、餌を食べて小生の無聊を慰
めてくれる鳥として初めてツグミ、アカハラ、ムクドリが来た。ウグイス
は「わたし、こんなもの好かないわ」とすぐに消えてしまったが、木の実
が好みのようだ。ツグミはつがいで薄ピンクの花をおいしそうにパクパク
食べてしまったが、そのうち小生も味見をしてみよう。

スズメたちは、ツグミなど鋭いくちばしの大きな体の新参者を歓迎はしな
いが、恐れずに一緒に食べている。肉食で残酷なモズは見かけただけで50
羽のスズメが一斉に逃げる。ザーッというすごい羽音で、文字通りの一目
散だ。遅れたのか賢いのかは分からないが、草木やプランターの陰に隠れ
る奴もいる。

モズは標的に向かって凄い速さで一直線に向かってくる。まるで矢のよ
う、弾道ミサイルだ。ほとんど攻撃力のないスズメは三十六計逃げるにし
かずだが、実に小回りが良く、パッと身をひるがえしてモズの攻撃をかわ
すのだ。鳥の中で恐らくスズメは一番繁殖しているだろうが、この類を見
ないほどの「小回り力」が大いなる武器になっているのかもしれない。

韓国はモズのような北の攻撃圧力を、カネとスマイルでかわしている。ヤ
クザに殺されたり暴れられたくなければミカジメ料を払って、へらへらす
るのと同じだ。昔から強い者とは喧嘩をしない、三跪九叩頭の朝貢外交で
圧力をかわしてきたのだから、カネとスマイルでその場の緊張が解ければ
いいのだろう。

日米が「暴排条例を守れ」といくら言ったところで、スズメに「逃げてば
かりいないで戦え」と言うようなものだ。

スズメは可愛いが、まったくキンバエのような韓国からすればこう反論す
るだろう。

「余計なお世話や! うちは『長い物には巻かれろ』でずっとやってきた
んやで。相手が弱ったらすかさず豹変して掠奪、強姦、傷害、殺害するの
がうちの伝統的なやり方や。ま、日本には舌戦、脅し、レーダー照射で嫌
がらせをしておるレベルやけどな、そのうちに南北共同で叩き潰してやる
で。それは国民感情法で決められている国民の正義、義務でな、国民感情
法はすべての法律、条約を上回る最高法やねん。そやさかい、それを遵守
するのがうちらの務めや。チョッパリはよー覚悟するこっちゃ」

まあコリアン半島人は「コリナイ/懲りない」から、ウェノムへの劣等感
を罵倒に転化することで留飲を下げているのだろう、これまでも、これか
らも。

韓国のアカ新聞「ハンギョレ」2019/2/10、「寄稿/キム・ヌリ中央大教授
『大韓民国100年、清算なき歴史』」から。

<2019年は歴史的な年だ。2・8独立宣言、3・1革命、上海臨時政府樹立が
すべて100周年をむかえる。“大韓民国”が、自主独立運動の火の手に乗っ
て遠い他国で誕生してから1世紀を迎えたということだ。

大韓民国が経てきた過去の1世紀は、実に残酷な時代だった。

韓国現代史を振り返り最も驚くべき点は、苛酷な歴史による多くの悲劇に
もかかわらず、過去がまともに清算されたことがただの一度もないという
事実だ。大韓民国ほどに、過去が清算されなかった国が他にあるだろうか?

日帝の高等警察の刑事が解放後にも独立闘士を尋問した国、日本軍の将校
が解放された国の大統領になり、それでも足りずにその娘までが大統領に
なる国、ファシスト親日派が作った歌を“愛国歌”として歌う国―それが大
韓民国だ。

親日の過去清算と関連してみれば、解放された空間で親日派が民族主義者
を制圧した「反民特別委」の武装解除が歴史の行方を決定づけた分岐点
だった。

問題は親日の過去だけではない。良民虐殺の過去、軍事独裁の過去、司法
殺人の過去、拷問犯罪の過去、御用学問の過去…。何一つまともに清算さ
れたことがない。今も変わらず多くの盧徳述、宋堯讚、朴正煕、梁承泰、
李根安、葛奉根が、この社会を支配しているのが私たちの現実だ>

「過去清算」・・・って何よ。過去の延長として今があり、そこから学ん
でこれからどんな国を創るのかが今人の仕事だろう。韓国にははっきりし
たビジョンがない。近代化と赤化の間で大きく揺れ動いている。「感情と
気分と妄想とバックミラー」だけで「理性と知性と計算とコンパス」がな
い。まるでカンカラ菅と鳩ポッポしか人材がいないみたいだ。

小生は「♪過去はどんなに暗くても」未来は明るいだろう、明るくするぞ
と思ってきたが、コリアンは相変わらず「バックミラーしか見ない」、つ
くづく「恨/ハン」の民族だ。病膏肓、永遠にそうだろう、永遠の「悪
夢」。御先祖様は彼らを「バ〇チョン」と呼んだが・・・前方不注意でそ
のうち事故るだろう。反省しない、自浄機能なし・・・未来はないわなあ。

良き隣人を持てば君は幸せになれる、悪しき隣人を持てば君は哲学者にな
れる? 凡人のままでもいいから半島人とは関わりたくないなあ、と思わ
ない? なあ、同志諸君!

そうだわ、気分一新、「赤毛のアン」のお話よ、良くって?

こういう言葉遣いは1917年のロシア革命に影響された「大正デモクラ
シー」が生んだものだと山本夏彦翁は書いていたが(不倫、親不幸、核家
族もそう)、アンを日本に紹介した訳者の村岡花子はクリスチャンで、女
権拡張運動家、不倫もしているという(大正語では「自由恋愛ね、ずいぶ
んご発展ね!」か)。彼女の翻訳はもろ「大正デモクラシー」言葉で埋め
尽くされているような気分になるわよ、ちょっとレトロで素敵じゃない?

著者のモード・モンゴメリは不倫はしなかったろうが、当時で言えば「翔
んでる女」だったろう。彼女は仮面をかぶって、あるいは役になりきって
「牧師の妻」を演じたのだが、その忙しさ、心身への負担は尋常ではな
い。モリー・ギレン著「運命の紡ぎ車」から。

<(モード)が大人になった時には(教義に)疑問を持ち、反抗心を抱く
ようになっていた。正真正銘の(牧師の)伴侶として夫に忠実であるこ
と、社会生活のなかで彼女が引き受けた役割に忠実であること、若い人々
に愛読される作家としての立場に忠実であること、こういうことがすべて
相まって、モードは心のうちで、義務感と本心との間の良心の葛藤を鎮め
るのは並大抵のことではなかった。

彼女は「自分を取り巻く環境のために、無理やり芝居をさせられている」
ことに気付いていたのである。この止むことのない内面の葛藤の気配すら
もモードの周りの人々には届かなかったということは、彼女の性格の強さ
を示す印である。

(教区員や周囲の人々は)うんざりする仕事に延々と力を注ぎ続けたり、
みんなから逃げ出して孤独に浸りたいという彼女の気持ちなど決して理解
できなかったのである>

モードはペンフレンド(ともに♂)のウィーバー(在加州、後に教師、作
家)とマクミラン(在英、後に著名ジャーナリスト)宛に典型的な1週間
の退屈きわまりない細目を一覧表にして送っている。

今晩:青年団の劇のリハーサル。
昨夜:お茶の会で外出。
日曜夜:讃美歌詠唱集会。
土曜夜:(教区内にあるもう一つの教会で)礼拝集会。会衆の前であいさ
つし、教区を去っていく伝導夫人会員に贈り物を贈呈。
金曜夜:青年親睦会の指導。
木曜夜:例の劇の練習。
水曜:ロイド・ジョージの演説を聞くためトロントに出かける。
火曜夜:牧師の訪問。
月曜夜:劇の練習。

さぞウンザリするだろう。1920年のある結婚披露宴に「一種の義務」で出
席した際のこと。

<私は午前2時までその席に連なり、部屋のあちこちにずらりと居並ぶ何
十人という女の人たちとおしゃべりをしなければならなかったのです。と
うとう私はまったく意志を持たずにいつまでもしゃべる続ける機械になっ
たような気分になりました>

モードの筆跡は一葉女史の草書体のように非常に美しく、かつ個性的だ
が、若い時に筆跡鑑定をしてもらったことがある。結果は――

<「あなたはかなり傲慢な性格ですが、他の人々のみならず自分自身もよ
く知っているので、そういう性格が非常によく抑えられています。優美な
もの、贅沢なもの、さらに、品のいい作法、等々を大いに好みます。『あ
なたは、本当の自分とは全く違って見えるほどに、自分の内面の考えや感
情を押さえつけ、隠すすべを知っています』。

非情に愛想よく、丁寧で親切な態度を取ることができます。あなたは自分
の意思を持っています。安楽と気楽さを好みます。非常な倹約家であり、
とても慎重であると同時に外交的手腕に優れ、猜疑心が強く、容易に人を
信じません・・・>

『 』内はモード自身によるが、マクミランに「このくだりは私が牧師の
妻となるべく運命づけられていたことを示しています!!」と書き送って
いる。

静かに自然を鑑賞したり、夢想したり、執筆したり、読書したり、家事に
没頭したり・・・モードはそういった「自分の時間」「クールダウンの時
間」を持ちたくても、思うようにできなかった。悲劇と言えば悲劇だが、
天はモードに試練を課したのか・・・「艱難人を玉にす」とは言うもの
の、試練は時に人を押しつぶす。

「運命が もしもあるなら 捕まえて 絞め殺したき わが人生」

40年以上前に知った短歌(朝日歌壇らしい)だが、モードもそんな気分に
落ち込むこともあったのではないか。まあ、順風満帆の人生なんて珍しい
のかもしれず、グロッキーになってもグレンバスターで逆転勝利とか、と
にもかくにも完走したとか・・・モードはどうやって乗り越えたのだろ
う。(つづく)

さてさて、前回に続いて「正論」2005年2月号「大島信三編集長インタ
ビュー 元朝鮮総連活動家の懺悔録『未来のために私の過去を話します』
元朝鮮青年同盟中央本部副委員長兼組織部長:全京千」から要約する。

<――日本国内での拉致を含めて何らかの対日工作の指示はありましたか。

全 拉致などについては何も言われていません。「あなたが日本に帰った
ら、ラジオで暗号を送ります。モランボン(牡丹峰)があなたの暗号名で
す」とは言われました。ラジオでモランボンとくれば、自分あてなので数
字を聞き取って書くわけです。それを乱数表で解読します。

帰る時に活動資金として現金で30万円渡されました。超短波の通信機器な
どもそれで買えということですね。洋服もくれました。

――乱数表は向こうで貰ったのでしょう。

全 いや、日本に帰ってから、ある人物から預かりました。その人は新潟
へ来る万景峰号で渡されたようです。

――極秘に出国し、極秘に戻ってくる。そんなことが日常茶飯事に繰り返さ
れていたんですね。戻る時も接線ポイントは須佐ですか。

全 下関です。その時、いろいろ注意を受けました。日本に上陸したら
酔っ払いの振りをしろとか、官憲に尋問された時の答え方とか。

――ひょっとしたら北に留め置かれる可能性もありました。戻れてよかった
ですね。

全 下関に着いたときはホッとしました。(帰る際の指示は)朝鮮労働党
との連絡を密にして欲しい、何か危険な時があったとしても一切ばれない
ように始末してほしい、乱数表などは最初から地下に埋めときなさいと。

――当然、帰国後も全さんの行動はずっと見張られてますよね。

全 恐らくそうでしょう。私に指令を出した人間の上に、さらにまた命令
を出す人物がいるんですよ。これが司令塔であり、ほんとのくせ者です
よ。(つづく)

「北、中共、南は敵」という認識がない人はゴロゴロいるだろう。社会
党、社民党、民主党、共産党などの人々ばかりでなく、マスコミの多くも
そうだろう。共産主義幻想=憎日・反日の人はカネも絡んでいるのだろ
う、まず転向はしない。新左翼小児病だった団塊世代が消えればずいぶん
世の中は浄化されるのではないか。

「連合」(日本労働組合総連合会)は加盟組合員が700万人。弱体の野党
が野合でドタバタしており、連合は支持政党をどこにするのか困っている
ようだ。賃上げや労働環境を良くしたいのなら自民党を支持すればいいの
に、労組=野党(ほとんど時代錯誤のアカ、ピンク、アホ)支持の悪しき
伝統から離脱できないでいる。専従(夏彦翁曰く「どんなに落ちぶれても
君、専従になるなかれ」)も野党もカネが命だから変身、変心、改革がで
きないでいる。

キチ〇イ頭になるもアカ尾になるなかれ、だな。同じアカオでも赤尾敏先
生の姪、赤尾由美氏が元気なのは結構なことである。

【「措置入院」精神病棟の日々(115)】庭の枯れ草を掃除していたら、
その下に緑の葉が育っていた。枯れ草が次代の命を冬の寒さから守り、育
んでいたのだ。人もそうありたいね。

身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂(松陰)

松陰先生曰く「志士は溝壑(こうがく)に在るを忘れず、勇士は其の元
(かうべ)を喪うことを忘れず」 。志士たらんとする者は野垂れ死にや
首を斬られることを覚悟しておけ、と。小生の辞世の句も用意しておかな
ければ。

狂に病み 夢は昔の あの娘やこの娘 逢いたく思えど 今は婆さん(修一)

こちらは爺さん・・・全然カッコヨクないなあ、救いがないよ。有島武郎
の不倫心中は梅雨時の別荘の庭で、発見が遅れたので目も当てられない状
態だったという。ヂイヂには心中する相手もいやしない。ぜんぜん素敵
じゃないわよ、いやーね! 発狂亭“非大正ロマン”雀庵の病棟日記から。

【2016/12/25】【産経】今朝もすこぶる充実していた。一番手は“キラ星”
古森義久「未来への祈り 首相に願う」、曰く「米側の戦争への認識を見
ると、日本軍と実際に激しく戦った人たちほど、あの戦争は両国が国益を
衝突させ、国運をかけて雌雄を決した対決であり、そこには道義的な善悪
の入る余地が少ないという態度を保つように映る。その決戦に米国が勝
ち、日本が敗れたのである」

「日米間の戦争での怨讐の時代はとっくに終わったのだ。首相の真珠湾訪
問を機会に、今また謝罪や釈明を求める動きは米国自体ではなく、中韓の
反日勢力や日本内部の反体制からの政治策動だと言えよう」

大ベテランがいきなりレフトに弾丸ライナー性のホームラン、オーエ信者
数名負傷。

二番手は河崎真澄「中国、相続税導入へ 格差深刻 3月にも審議」。中
共の国庫は枯渇し、庶民をなだめるアメの原資が枯渇しそうなのだ。固定
資産税の本格導入も始まりそうだという。左中間を抜く3塁打。

「上に政策あれば下に対策あり」の国柄だから、カネはますます国外へ流
れ出て、習近平の党内基盤は弱まるしかない。

その分を庶民からの「熱烈支持」で補うという大衆動員ポピュリズムは、
選挙で決着をつけるというシステムがないから暴力による「第二次文化大
革命」にならざるを得ない。習は最大最強の利権集団、7大軍区の反発も
引き起こすから、中共の一党独裁は終わり、連邦制にならざるを得まい。

これは小生の妄想なのか? 20世紀にソ連が消えるなんて誰も予測できな
かったが、1989年末で崩壊した。築城70年、落城2年だった。1949年の中
共独裁国家建国から来年(2017)で68年。落城へのカウントダウンが始
まっている。

三番手は松浦肇「トランプ氏は新興企業が嫌い?」。曰く「ITなどの企業
は伝統企業の半分しか雇用を生んでいず、トランプ氏は『雇用を米国に取
り戻す』と訴える。労働集約的なダウ平均株価銘柄企業に有利な政策を打
ち出し、シリコンバレーの企業群を敵視するのは自然の流れだ。

例えばトランプ氏は大型の法人減税を約束しているが、新興企業は減税の
メリットを享受しにくい。税法上の利益をほとんど生んでいない銘柄多い
ためだ。(上昇中の)株式相場は次期政権の政策効果を先読みしているの
である」

さすが元日経のベテラン、センター前の二塁打で一点追加だ。
(つづく)2019/3/2

◆パキスタン政界に衝撃

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月28日(木曜日)弐 通巻第6008号

 パキスタン政界に衝撃。中国はパキスタンの空爆報復を支持しない
  庇護者だった筈が、なぜインドの言い分も聞き分けるのか?

インド、パキスタン国境が騒がしい。

もともとカシミールの領有をめぐって激しい国境紛争、軍事衝突を繰り
返してきたが、1999年以来、目立った動きはなかった。

インドに自爆テロをしかけ40人を殺害した過激派はパキススタンから 出
撃したため、インド空軍は武装集団の拠点を空爆した。「テロリストの
拠点だったからだ」と主張するインドに対して、パキスタンは「民間人が
多く死傷した」と激怒した。死者は6人といわれる。

インド空軍機が再びパキスタン領空を侵犯した。すぐにパキスタンが撃
墜し、インド空軍のパイロットひとりを捕虜とした。

インドはミグ21,対抗したパキスタンはF16で迎撃した。

米国は「エスカレートするな」と両国に警告した。インド軍は、ただち
に次の軍事作戦を協議するため、モディ首相の自宅に軍幹部が深夜に集合
し緊急対策を協議した。

イムラン・カーン(パキスタン首相)は、「このままでは核戦争に突入
する。早急にデリーと話し合う」としたが、インドは無反応。パキスタン
は中国の介入を期待したが、北京は冷淡にも、「今次の軍事衝突に中国は
介入しない」としてパキスタンを弁護せず、イスラマバードに衝撃が走った。

パキスタンの有力紙『ザ・ドーン』は、4月に北京で開催予定の
「BRI国際フォーラムに、初回ボイコットしたインドを何としても参加
させたいからだ」と報じた。

BIR国際フォーラムとは「一帯一路」(Belt Road 
Initiative)の関係国130ヶ国を招いて、国際協力を要請す る
という習近平の目玉である。米国も同会議にはオブザーバーを派遣する
としている。インドは、はじめからこのフォーラムを無視してきた経緯が
ある。

それにしてもインド vs パキスタンの軍事衝突。ベネズエラが燃
え、米朝首脳会議が開催されているときに、不適切なタイミングで起きた
ものである。
          
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ニッキー・ヘイリー(前米国国連大使)が政治活動を再開

 「中国はアメリカにとって外国の最悪最大の脅威」だ
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「米国の経済、文化、国家安全保障」を強力に推進させるための助言グ
ループを主導し、提言活動を開始したのは、あのニッキー・ヘイリー(前
国連大使)だ。

最初のパンチ。

「共産主義独裁の中国は、おそらく世界一の、人間性を踏みにじる悪魔
的存在である」

「米国民にとっての安全、利害、価値観に多子弟最大のそとか らの脅威
である」として、共和党保守派の「ロシア、イランと同列に論じ る」趣
きに釘を刺した。

ヘイリー女史は2016年の大統領選挙でサウス・カロライナ州知事と して
の著名度もあって、最初はマルコ・ルビオ上院議員を、ついでテッ ド・
クルーズ上院議員を推薦し、トランプを終始批判し続けた。ところが ト
ランプの当選直後、最初の指名がニッキー・ヘイリー国連大使だった。
電撃的ショックをワシントンにもたらした。

これはレーガンが政敵だったブッシュ陣営からベーカーを首席補佐官に
任命したような人事上の椿事でもあった。

その後の2年間、ヘイリーは、「アメリカ・フォースト」を掲げるトラ
ンプのナショナリズムに基づく外交を着実に推進し、中国とロシアを批判
し、国連人権委員会からは脱退し、米国の国連分担金を3億ドル弱も削減
し、それでいて「この2」年間、国連は変貌した。米国の主張への理解が
増 えた」と自画自賛した。

ヘイリーはインド系アメリカ人女性として、初の国連大使であり、その
タカ派発言に世界は注目した。

国連大使辞任の理由を「休暇を取りたい」などとしたのは下手な芝居で
あって、誰も信じておらず、ホワイトハウスの権力闘争が絡んだ。とくに
クシュナー・イバンカ夫妻との確執が伝えられた。

さて、彼女が助言集団を形成し、政治発言を再開した背景は何か?

ヘイリーは明らかに2024年の大統領選挙を視座に入れている。その政 治
キャリアから言っても、発言記録からみても、資格は十分。今後の仕事
は、様々な政治的機会を利用してつねに提言をし続けながら著名度を保ち
つつ、共和党内での地歩を磐石にすることにある。

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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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―「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(5)
  東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

         △

折から起こる反日運動の背景を、若者は考えた。

たとえば上海租界の「義勇隊などの御厄介になるのは日本人が一番多い
癖に志願者は一人もないそう」であり、フランス租界にあるフランス経営
の公園に「休日など行つて見たら、日本人が大部分を占領してゐ」たり、
軽快な服装をした西洋人親子が楽しんでいる中に、その輪に加わることな
く「汚れた着物を着流して時代後れの深ゴムの靴、眞?い3年越しの麥藁
帽を阿彌陀に被つて腰には烟草入れを下げてゐ」たり――上海在留日本人の
姿は「外人のそれと比較して何たる對照だらう」。

極め付きは蘇州で街頭での体験になる。彼ら日本人学生が「30人も騒 が
しく鈴を鳴してこの狹い道を通つて行くと、兩方の家の内から皆んなが
飛出して來て、色?く陽に焦げけた東夷の學生が馬上顧眄の豪傑振り乍
ら、しかも、落馬せんとし乍ら往くのを眺めた。この大勢は少なからず蘇
州の排日氣勢を昂めたことゝと思うはれる」。

日本人自らの無自覚な振る舞いもまた「排日氣勢を昂めた」と考える
「若者の感覚」と、「序」に記された「拝日問題で注意すべき一事は」、
「歐米の商品を扱つて居るものが故意にやる外は支那で相當名のある實業
家や多數商人は一般に日貨排斥の意志を眞から持つては居ないので唯學生
の危害を惧れるのと民衆への氣兼から形式的にやつて居る仕事である云ふ
點である」と指摘する「大人の思考」の間の落差は、いったい何に起因す
るのか。

それが世代の、人生経験の、あるいは世間知の違いに直接的に結びつい
ているとも思えない。

この時から現在にまで続く中国における排日、あるいは反日の動きを振り
返るなら、「(上海共同租界の)義勇隊などの御厄介になるのは日本人が
一番多い癖に志願者は一人もない」ことへの疑問、大正時代の若者が上海
の公園で感じたであろう気恥ずかしさ、「東夷の學生」が蘇州の街路で皮
膚感覚で直感したであろう一種の蔑みの視線は、やはり軽視すべきではな
かったのではないか。

この時の義憤が「政治家や實業家は恕す可しと雖も、考のあると云はれ
る學者までが浮れて日支親善なぞと眞面目くさつてるのは言語同斷だ」と
の思いに繋がっているように思えて仕方がないのだが。

もう少し、日本人の振る舞いに対する若者の考えを追ってみたい。そ こ
で、漢口の租界を訪ねた際の感想を見ておくことにする。

「何處でもそうだが、殊に支那などに於ては、未だ一般に外國の事情に通
ぜぬので、多くは服装の良否や、建物の大小美醜などで、其國の優秀貧富
などを、きめる傾向があるから、列強と相對峙して、威勢を張り、發展を
策するには、どうしても此點に於て、大なる注意を要し、居留地には他國
に劣らぬ設備をなすと共に」、在留者であれ旅行者であれ服装から立ち居
振る舞いにいたるまで、やはり「他國人に劣らぬだけの心掛けが大切」
だ。それというのも、「既に體格に於て、歐米人は無論、支那人よりも見
劣りのする我々が、服装でも醜かつたらば、彼等の蔑視を受けるのは當然
である」からだ。

言わば見た目がイチバン。

嘗められたら最後で、トコトン嘗められてしまう。

ところが「昨夏來遊した向陵の健兒」――東大の前身である第一高等学校の
学生――は、やってはイケナイことをヤッチまった。日本では超エリートで
あればこそ許される弊衣破帽というバンカラスタイルも、外地では一切通
用しない。

だが、彼らは「矢張内地そのまゝの蠻から姿でやつて來たので、事情を知
らぬ外人や支那人から、日本で最も有名な學校の生徒があの姿では、と少
なからぬ侮蔑や指彈を受けて、在留邦人も大いに迷惑した」。
「之れは尤もの事で日本人たるものゝの深く省みねばならぬ事柄である」
ことは確かだ。《QED》

◆世界は本当に変わるぞ

櫻井よしこ


「米欧の距離拡大、世界は本当に変わるぞ」

2月15〜17日の3日間、ドイツのミュンヘンで開催された安全保障会議は米
欧関係のただならぬ軋轢を世界に示す場となった。米欧露中など多くの国
が集うこの会議は、世界の安全保障を協議する権威ある会議のひとつだ。
年来、同会議では米欧が相互に同じ立場に立って協調関係にあることを世
界に示してきた。それがいま、空中分解に近い形で、両者の溝の深さを曝
け出した。

世界情勢の分析における第一人者が田久保忠衛氏だ。氏は、ミュンヘン安
保会議で明らかになった米欧の亀裂の深さを、とりわけ日本は厳しく認識
しなければならないと説く。日米同盟が最重要なのは変わらないが、米国
一国とだけの緊密な関係では不十分な時代になっているというのである。

ドイツ首相アンゲラ・メルケル氏と、米副大統領マイク・ペンス氏の演説
から、重要な点を引いてみよう。

メルケル氏は、「国際関係は全て相互作用だ」、「世界は大いなる困惑
(パズル)」の中にあると語り始めた。

「欧州にとって、今年最悪のニュースは中距離核戦力(INF)全廃条約
の終結だ。何年にもわたるロシアの条約違反ゆえに、終結は不可避だっ
た。しかし、米ソ(露)はそもそも欧州のために同条約に合意したのでは
なかったか」

INF離脱を宣言したトランプ大統領を非難しながらも、ロシアの条約違
反にも言及するなど、バランスをとろうとしているのが見て取れる。

メルケル氏は中国も参加する新たなINF条約を作るべきだと訴えたが、
その後に演説したペンス氏はINF条約でロシアを非難した。さらにその
後に演説した中国共産党政治局員、楊潔篪氏は、メルケル提案に明確に反
対した。

イギリスのシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)によれば、中国保
有の核兵器の95%がINF条約違反に当たる。拡大INF条約ができたと
しても、中国の加盟はあり得ない。まさにその点こそが米国離脱の理由で
ある。楊氏はこの点を問われ、素っ気なく「中国は自国防衛の必要性にお
いて核兵器の開発をしており、他国の脅威にはなっていない。INF全廃
条約の多国間化には反対だ」と答えた。

凄味のある指摘

INF条約に入るはずのない中国に参加を要請するなど、メルケル氏は親
中国である。なぜ、そうなのか。氏が演説後半で中国について語った非常
に興味深い部分は、氏の親中国の要因のひとつでもあろうか。

その話は後述するとして、欧州の安全保障について、ペンス氏は、2年前
の自身の演説を振りかえり、「アメリカ第一」は「アメリカ独り」を意味
するのではないと強調した。北大西洋条約機構(NATO)防衛に対する
「固い誓い」は米国の変わらぬ政策だと明言した後、NATO加盟国の国
防費問題をもち出した。経済活性化策を成功させ、歴史的な大減税と大幅
規制緩和を実行し、貿易における相互原則を打ち立て力をつけた米国は、
いまや世界最大の石油・天然ガスの輸出国でもある、その米国がNATO
を守ると確約しているのだと強調した。

だが、それにはNATO諸国の自助努力も必要だとして、加盟諸国は
GDPの2%を国防費に充て、2024年には国防費の20%を装備購入に充て
るよう期待すると述べた。ペンス氏の発言は、NATO諸国が敵対国から
武器装備を輸入するのを、米国は見逃しはしないという発言と対であるか
ら、米国の武器装備を買えということだ。

メルケル氏も負けてはいない。そのひとつが「ノルドストリーム2」であ
る。ロシアの天然ガス輸出のためのパイプラインを、これまで中継国とし
て自国領土に通していたウクライナを迂回し、バルト海の海底に敷設して
ドイツが中継国になった。

ペンス氏は、全ての欧州諸国に独露パイプライン計画に反対するよう強く
呼びかけたが、メルケル氏はこう反論した。

「ウクライナを置いてけぼりにはしない。東ドイツは冷戦の時代、ロシア
のガスを買っていた。後に西独も大量に買った。いまなぜ、とやかく言わ
れるのか」、「私の左にウクライナ大統領のポロシェンコ氏、右には中国
代表の楊潔篪氏がいる前で言いにくいが、我々はロシアを中国に依存させ
てよいのか。ロシアのガス輸入を中国頼りにしてよいのか。それが欧州の
利益だとは思えない」。

米国への堂々たる反論である。中国依存にロシアを追いやってよいのか、
とは凄味のある指摘ではないか。

それでもペンス氏は、メルケル氏のノルドストリーム2を強く批判した。
対してメルケル氏は、米国の貿易赤字解消のために車に関税をかける、欧
州車が米国の安全保障の脅威になっていると主張したことを、鮮やかに
斬って捨てた。

メルケル氏の中国観

「ドイツ車は我々の誇りだ。だがBMWの最大の工場はドイツにはなく、
米国のサウス・カロライナにある。米国はそこからBMWを中国に輸出し
ているではないか!」

米国にとっては抗弁の余地のない批判をメルケル氏は舌鋒鋭く展開し、大
西洋同盟を維持する気があるのなら、このような無理な批判はするなと反
撃したのだ。

メルケル氏とペンス氏の間の溝は中国のファーウェイの脅威についても、
イランとの核合意についても全く埋まらなかった。その中でメルケル氏の
中国観は、日本人の私たちこそ記憶にとどめておくべきだろう。彼女は
ざっと以下のように語った。

中国を訪れたとき、中国政府要人はこう語ったという。「紀元後の2000年
間の内、1700年間は我々が世界最大の経済大国だった。驚くことではな
い。これから起こることは、我々が以前の場所に戻るというだけだ。(中
国が大国でなかった)過去300年間、あなたにその経験と記憶がないだけ
の話だ。この300年間は、まずヨーロッパ人が支配し、次に米国人が、そ
していま我々が共に支配している」。

次の段階で中国は以前の地位に戻ると、中国要人がドイツの現役首相に
語ったというのだ。

「我々は中国が立ち上がり、駆け上がってくるのを、見ているのだ」

メルケル氏はこう語った。つまり中国要人の主張が現実になると考えてい
るのであろう。米欧の距離はすでに遠く、なお遠くなるだろう。

ペンス氏は、メルケル氏とは対照的に中国の知的財産の窃盗から南シナ海
での侵略、債務の罠まで手厳しく非難した。この中国批判は正しいが、米
国に関する深刻な懸念は、米欧同盟の戦略的重要性を十分把握しないトラ
ンプ大統領が、いま中国と厳しく向き合うことの重要性を理解できず、妥
協してしまうことである。

『週刊新潮』 2019年3月7日  日本ルネッサンス 第842回

◆ボールペンの今昔

渡邊 好造


ボールペンは昭和25年(1950年)頃にアメリカから渡来したと、全国版メルマガ「頂門の一針」主宰の渡部亮次郎氏が書いておられた。そう言えば、私もボールペンについて思い至ることが多い。

今でこそボールペンは筆記具の代名詞といわれるほどの高い地位を占めているが、私が広告代理店調査部に勤務し、調査報告書作成に取り組んでいた昭和40年(1965年)前後は、まだそれほど普及していなかった。

主流は鉛筆、万年筆、カブラペン(ペン先をインク壺にその都度つけるつけペン)で、ボールペンはあまり使われていなかった。ボールペンのインクがボタおちしたり、途中でかすれて書けなくなったりなど、性能が良くなかったこともその理由であった。

あるボールペン・メーカーの依頼で、いまひとつ普及しない「ポイント」を探るよう調査依頼があった。

結果は、性能もさることながら正式な文書、手紙には不向きで、受取った相手に対して失礼にあたるというのが、大半の意見であった。

その後約15年経って、金融会社に転職した頃のこと。多額の融資をしてくれていた生命保険会社・明治生まれの会長(当時85歳位)から、わが社社長宛に筆書き巻紙のクレームが届いた。

「○○社長さん、手紙にボールペンはよくありません、、、」とのこと。

ボールペンの手紙は秘書の代筆であったが、秘書は次の詫び状をワープロでうち、末尾に社長自筆のサインをつけた。ところが、相手の会長からより以上のお叱りの言葉。

「ワープロはボールペンよりもより以上に失礼ですよ」、「筆書きが駄目なら、せめて万年筆にしなさい」であった。

実は、ワープロの原稿が私のつくったものであったため、以後先方の会長宛ペン書きの手紙と署名の仕事が回されてきた。

その後約10年程、社長の手紙は、全部私の癖字が使われた。「○○社長はなかなか味のある字を書かれますね、、」との返書を寄こした人物もいたらしい。とても褒め言葉とはおもえないが、、。

私はある時、件の会長と銀座の料亭でお会いする機会があり大変な歓待を受けた。「今日は若いオネーサンを大勢よんでいます、、」ということで楽しみしていたところ、宴席に侍ったのはみなさん60歳以上のオネーサンばかりだった。90歳以上の会長からすれば若いオネーサンには違いなかった。

もちろんお礼状を会長宛にださなければならない。私の字ではまずいので部下に万年筆を買ってこさせて代筆させた。

私が使用中のボールペンは、パーカー、モンブラン、ランセル、テイファニーなどブランドものだが、普段は10本袋入り105円のグリップが透明のいわゆる”見える見える”という代物である。(完  再掲)

2019年03月07日

◆中国はパキスタンの空爆報復を支持しない

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月28日(木曜日)弐 通巻第6008号

パキスタン政界に衝撃。中国はパキスタンの空爆報復を支持しない
  庇護者だった筈が、なぜインドの言い分も聞き分けるのか?

インド、パキスタン国境が騒がしい。

もともとカシミールの領有をめぐって激しい国境紛争、軍事衝突を繰り返
してきたが、1999年以来、目立った動きはなかった。

インドに自爆テロをしかけ40人を殺害した過激派はパキススタンから出撃
したため、インド空軍は武装集団の拠点を空爆した。「テロリストの拠点
だったからだ」と主張するインドに対して、パキスタンは「民間人が多く
死傷した」と激怒した。死者は6人といわれる。

インド空軍機が再びパキスタン領空を侵犯した。すぐにパキスタンが撃墜
し、インド空軍のパイロットひとりを捕虜とした。

インドはミグ21,対抗したパキスタンはF16で迎撃した。

米国は「エスカレートするな」と両国に警告した。インド軍は、ただちに
次の軍事作戦を協議するため、モディ首相の自宅に軍幹部が深夜に集合し
緊急対策を協議した。

イムラン・カーン(パキスタン首相)は、「このままでは核戦争に突入す
る。早急にデリーと話し合う」としたが、インドは無反応。パキスタンは
中国の介入を期待したが、北京は冷淡にも、「今次の軍事衝突に中国は介
入しない」としてパキスタンを弁護せず、イスラマバードに衝撃が走った。

パキスタンの有力紙『ザ・ドーン』は、4月に北京で開催予定の「BRI
国際フォーラムに、初回ボイコットしたインドを何としても参加させたい
からだ」と報じた。

BIR国際フォーラムとは「一帯一路」(Belt Road 
Initiative)の関係国130ヶ国を招いて、国際協力を要請す
るという習近平の目玉である。米国も同会議にはオブザーバーを派遣する
としている。インドは、はじめからこのフォーラムを無視してきた経緯が
ある。

それにしてもインド vs パキスタンの軍事衝突。ベネズエラが燃え、
米朝首脳会議が開催されているときに、不適切なタイミングで起きたもの
である。
          
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ニッキー・ヘイリー(前米国国連大使)が政治活動を再開
  「中国はアメリカにとって外国の最悪最大の脅威」だ
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「米国の経済、文化、国家安全保障」を強力に推進させるための助言グ
ループを主導し、提言活動を開始したのは、あのニッキー・ヘイリー(前
国連大使)だ。

最初のパンチ。

「共産主義独裁の中国は、おそらく世界一の、人間性を踏みにじる悪魔的
存在である」

「米国民にとっての安全、利害、価値観に多子弟最大のそとからの脅威で
ある」として、共和党保守派の「ロシア、イランと同列に論じる」趣きに
釘を刺した。

ヘイリー女史は2016年の大統領選挙でサウス・カロライナ州知事としての
著名度もあって、最初はマルコ・ルビオ上院議員を、ついでテッド・ク
ルーズ上院議員を推薦し、トランプを終始批判し続けた。ところがトラン
プの当選直後、最初の指名がニッキー・ヘイリー国連大使だった。電撃的
ショックをワシントンにもたらした。

これはレーガンが政敵だったブッシュ陣営からベーカーを首席補佐官に任
命したような人事上の椿事でもあった。

その後の2」年間、ヘイリーは、「アメリカ・フォースト」を掲げるトラ
ンプのナショナリズムに基づく外交を着実に推進し、中国とロシアを批判
し、国連人権委員会からは脱退し、米国の国連分担金を3億ドル弱も削減
し、それでいて「この2年間、国連は変貌した。米国の主張への理解が増
えた」と自画自賛した。

ヘイリーはインド系アメリカ人女性として、初の国連大使であり、そのタ
カ派発言に世界は注目した。

国連大使辞任の理由を「休暇を取りたい」などとしたのは下手な芝居で
あって、誰も信じておらず、ホワイトハウスの権力闘争が絡んだ。とくに
クシュナー・イバンカ夫妻との確執が伝えられた。

さて、彼女が助言集団を形成し、政治発言を再開した背景は何か?
ヘイリーは明らかに2024年の大統領選挙を視座に入れている。その政
治キャリアから言っても、発言記録からみても、資格は十分。今後の仕事
は、様々な政治的機会を利用してつねに提言をし続けながら著名度を保ち
つつ、共和党内での地歩を磐石にすることにある。

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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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―「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(5)
東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

         △

折から起こる反日運動の背景を、若者は考えた。

たとえば上海租界の「義勇隊などの御厄介になるのは日本人が一番多い癖
に志願者は一人もないそう」であり、フランス租界にあるフランス経営の
公園に「休日など行つて見たら、日本人が大部分を占領してゐ」たり、軽
快な服装をした西洋人親子が楽しんでいる中に、その輪に加わることなく
「汚れた着物を着流して時代後れの深ゴムの靴、眞?い三年越しの麥藁帽
を阿彌陀に被つて腰には烟草入れを下げてゐ」たり――上海在留日本人の姿
は「外人のそれと比較して何たる對照だらう」。

極め付きは蘇州で街頭での体験になる。彼ら日本人学生が「30人も騒がし
く鈴を鳴してこの狹い道を通つて行くと、兩方の家の内から皆んなが飛出
して來て、色?く陽に焦げけた東夷の學生が馬上顧眄の豪傑振り乍ら、し
かも、落馬せんとし乍ら往くのを眺めた。この大勢は少なからず蘇州の排
日氣勢を昂めたことゝと思うはれる」。

日本人自らの無自覚な振る舞いもまた「排日氣勢を昂めた」と考える「若
者の感覚」と、「序」に記された「拝日問題で注意すべき一事は」、「歐
米の商品を扱つて居るものが故意にやる外は支那で相當名のある實業家や
多數商人は一般に日貨排斥の意志を眞から持つては居ないので唯學生の危
害を惧れるのと民衆への氣兼から形式的にやつて居る仕事である云ふ點で
ある」と指摘する「大人の思考」の間の落差は、いったい何に起因するのか。

それが世代の、人生経験の、あるいは世間知の違いに直接的に結びついて
いるとも思えない。

この時から現在にまで続く中国における排日、あるいは反日の動きを振り
返るなら、「(上海共同租界の)義勇隊などの御厄介になるのは日本人が
一番多い癖に志願者は一人もない」ことへの疑問、大正時代の若者が上海
の公園で感じたであろう気恥ずかしさ、「東夷の學生」が蘇州の街路で皮
膚感覚で直感したであろう一種の蔑みの視線は、やはり軽視すべきではな
かったのではないか。

この時の義憤が「政治家や實業家は恕す可しと雖も、考のあると云はれる
學者までが浮れて日支親善なぞと眞面目くさつてるのは言語同斷だ」との
思いに繋がっているように思えて仕方がないのだが。

もう少し、日本人の振る舞いに対する若者の考えを追ってみたい。そこ
で、漢口の租界を訪ねた際の感想を見ておくことにする。

「何處でもそうだが、殊に支那などに於ては、未だ一般に外國の事情に通
ぜぬので、多くは服装の良否や、建物の大小美醜などで、其國の優秀貧富
などを、きめる傾向があるから、列強と相對峙して、威勢を張り、發展を
策するには、どうしても此點に於て、大なる注意を要し、居留地には他國
に劣らぬ設備をなすと共に」、在留者であれ旅行者であれ服装から立ち居
振る舞いにいたるまで、やはり「他國人に劣らぬだけの心掛けが大切」
だ。それというのも、「既に體格に於て、歐米人は無論、支那人よりも見
劣りのする我々が、服装でも醜かつたらば、彼等の蔑視を受けるのは當然
である」からだ。

言わば見た目がイチバン。

嘗められたら最後で、トコトン嘗められてしまう。

ところが「昨夏來遊した向陵の健兒」――東大の前身である第一高等学校の
学生――は、やってはイケナイことをヤッチまった。日本では超エリートで
あればこそ許される弊衣破帽というバンカラスタイルも、外地では一切通
用しない。

だが、彼らは「矢張内地そのまゝの蠻から姿でやつて來たので、事情を知
らぬ外人や支那人から、日本で最も有名な學校の生徒があの姿では、と少
なからぬ侮蔑や指彈を受けて、在留邦人も大いに迷惑した」。

「之れは尤もの事で日本人たるものゝの深く省みねばならぬ事柄である」
ことは確かだ。《QED》

◆「大紀元」を知ってますか

渡部 亮次郎


大紀元(だいきげん、英: The Epoch Times)は、新聞とインターネット
を報道媒体とする華僑系報道機関である。

2000年5月、ニューヨークで“中国共産党言論統制を突破する”華人たちに
よって設立された。2011年1月現在、新聞では9ヶ国語、ウェブサイトでは
17ヶ国語でそれぞれ各国支局により運営されている。

日本では東京都台東区に事務所を置き、中国語版を2001年、日本語版を
2005年から発行している。

数年前、私は東京での社員集会に招かれて講演したことがある。社員の多
くは来日後「反共」になった女性が大部分だった。

アメリカ国内に11の支社を持ち、日本やカナダ、イギリス、ドイツなど、
世界30カ国にグループ社がある。

ワシントンD.C.やニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ボス
トン、カナダ、オーストリア、香港、台湾では日刊で、他の国・地域では
週刊で発行している。 全世界での中国語版の発行は週120万部。他に英語
版、ドイツ語版、フランス語版、ロシア語版、韓国語版、日本語版を発行。

紙面およびウェブサイトで、「中国共産党の圧力に屈せずいかなる検閲も
受けていない」ことを売りにしており、「中国国内では発信されない自由
民主に基づく視点」で、中国時事や文化記事を中心に報道している。

中国大陸以外で生活する中国人向けに記事は書かれており、中国共産党の
内政や外交問題を報道し続けている。特に中国共産党に対する報道姿勢は
非常に批判的である。

特に中国大陸における法輪功迫害問題(例:大量虐殺罪と拷問罪で中国前
江沢民国家主席がスペインおよびアルゼンチン裁判所で民事告訴されるな
どについては、他メディアが取り上げない事実を報道している。

他にもチベット民族、ウイグル民族やモンゴル等の少数民族に対する虐殺
や人権蹂躙に関する問題、中国共産党員の国外スパイ活動、中国大陸の環
境問題、中国の民主化運動などについて盛んに報じている。

『九評共産党(共産党についての九つの論評)』という社説を発表し、こ
の中で大紀元は中国共産党の暴政を糾弾し、同党の解体要因を指摘した。

九評共産党について中華民国元総統・李登輝は、「人も山河もみな、本源
へ帰る。奥の細道にたたずむ平安のみなもとを希求するすべての人々に、
この本を薦める」と評価し、「道徳的覚醒を促す」と出版社博大書店へ
メッセージを送った。

中国臓器狩り問題 の追究に熱心だ。2006年3月、中国人ジャーナリストR
氏は大紀元の単独取材の中で、東北部の瀋陽市近郊にある大型刑務所に数
千人の法輪功学習者が監禁され、当局が彼らを殺害した後、販売目的で臓
器を摘出している事を暴露した。

同問題が世界に明るみになった後、カナダの著名人権弁護士デービッド・
マタスと、カナダ政府元内閣大臣デービッド・キルガーは中国の臓器狩り
問題について調査依頼を受け、2007年7月、法輪功学習者が生きたまま臓
器を摘出されるというショッキングな内容を含んだ報告書「血塗られた臓
器狩り」を発表した。

この問題は世界のメディアや人権団体が注視している。この件でアルゼ
ンチンやオランダ、スペインなどで江沢民らを「人道に対する罪」で起
訴する動きがある。

受賞  2005年8月、アジア系アメリカ人ジャーナリスト協会の全国報道
賞、アジア・アメリカ問題ネット報道部門で優秀賞を受賞。 2005年9月、
カナダ全国マイノリティーメディア協会の2005年メディア賞を受賞。

2006年4月20日、アメリカのホワイトハウスで行われた中国の胡錦濤国家
主席の歓迎式典で、大紀元の女性記者・王文怡(ワン・ウェンイ)が式
典中、ジョージ・ブッシュ大統領の目前で胡錦濤を批判する発言(中国
共産党による臓器狩り問題に対して抗議する内容)を叫んだとして、国
際問題になった。その後、大紀元はアメリカ政府に謝罪し、王記者は解
雇された。2012・4・9

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://www.epochtimes.jp/

◆日本人がキリスト教と出会った戦国時代

櫻井よしこ


「日本人がキリスト教と出会った戦国時代 私たちは真の歴史を知ってお
くべきだ」

三浦小太郎氏が『なぜ秀吉はバテレンを追放したのか』(ハート出版)
で、戦国の武将たちが目指した国造りの理想と苦労をじっくり描いている。

豊臣秀吉らのキリスト教排斥を理解するには、日本人がキリスト教と初め
て出会った戦国時代より前の中世の日本の実態を知らなければならないと
し、三浦氏は当時の日本を「乱暴狼藉の時代」と定義する。室町時代から
戦国時代は、中央権力弱体化と個人の自立と都市共同体の自治確立に向か
う時代であり、自由と変革の時代だからこそ、浄土真宗、日蓮宗、禅宗な
ど新しい信仰が生まれ、人々はキリスト教伝来もその次元で受け入れたと
いう。

「乱暴狼藉」の実態を、三浦氏は上杉謙信を攻めた武田信玄の事例を通し
て描いた。農民も含めた武田の雑兵たちは、敵を倒せば刀や武具を奪い、
馬や女性などを「乱取」した。武田領内で待つ雑兵たちの家族や村人は、
略奪品によって豊かになった。

これが社会の実態だったのであり、「戦国時代、大名同士の戦争を(中
略)傍観者的に眺めていたという、よくある歴史小説的な風景は、現実と
はかけ離れたものだった」「戦場に略奪に赴かねば飢餓に襲われるような
危機的状況が、戦国時代には日常として存在していた」のであり、このよ
うな状態を改め、平和で秩序ある国を目指したのが織田信長や秀吉だっ
た、それを阻んだのがキリスト教伝道者だったという指摘はそのとおりで
あろう。

日本と西洋の最初の出会いはポルトガル人だった。彼らは恐ろしい人々
だ。アフリカ西岸のプラヴァで、ポルトガル兵は、住民の女性の銀の腕輪
が抜き取れなかったため腕ごと切断した。その数800に近かったという。

貿易と共にキリスト教も伝来した。ポルトガル人宣教師ルイス・フロイス
の長崎上陸は1563年だ。フロイスらのイエズス会は日本をキリスト教国に
するには大名による上からの改宗運動が重要だと考え、まず大名を改宗さ
せた。しかしこう書いている。

「布教事業がこのように進展した後にもまた、寺社を破壊し絶滅するにつ
いてなお困難があった」

神道や仏教を絶滅させたいと切望したフロイスは伊勢神宮について1585年
8月27日の書簡に書いた。

「我らの主が彼(キリシタン大名で伊勢の国の領主になった蒲生氏郷)
に、天照大神を破壊する力と恩寵を与えるだろうと、我らは期待している」

キリシタン大名で肥前(長崎県)の城主だった有馬晴信の領地の小島に、
多くの仏像が置かれた洞窟があり、人々の礼拝の対象になっていたことに
ついて、フロイスは、「悪魔は何年も前から、この恐ろしくぞっとするよ
うな場所を、おのれを礼拝させるための格好の場として占有していた」と
も語っている。ある宣教師は日本人の信者に、「あなたの罪の償いとして
考えられることの一つは」「通りすがりに最初の人としてどこかの寺院を
焼き始めることです」とそそのかしている。

秀吉は天下統一を成し遂げた1590年に日本全土の平和構築に向けて、
(1)浪人停止令、(2)海賊停止令、(3)喧嘩停止令を出した。その2年
前には武器なき社会を目指して刀狩りも行った。

平和と秩序を目指す秀吉が宣教師らに憤るのは当然だ。秀吉は1587年6
月、大名は領国内でキリシタン門徒に寺社を破壊させてはならない、大名
は領地を一時的に預かっているのであり、天下の法に従わねばならない、
宣教師たちの仏教寺院攻撃も、破壊することで信者をふやそうとするのは
許されないとして、キリシタンを「邪法」とし、宣教師たちに20日以内の
退去を命じた。

彼らは多くの日本人を奴隷にし、国外に売りとばしもした。日本をキリシ
タン弾圧で批判する前に、私たちは真の歴史を知っておくべきだ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月2日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1269 


◆安珍・清姫伝説で有名な「道成寺」(御坊市)

石田 岳彦

長い階段を数えながら登ると確かに62段でした。上りつめたところには仁王門があり、当然のことながら仁王さんが立っています。門をくぐって左側には金属製の手水鉢が置かれていました。
 
小学校の音楽の時間に教わった童謡「道成寺」にある「62段の階(きざはし)をあがりつめたら仁王さん 左は唐銅(からかね)手水鉢」との歌詞は事実でした。しばしば追憶と感傷にふけります。

安珍・清姫伝説で有名な道成寺です。

大阪からJRの特急で御坊駅まで。そこから普通電車に乗り換え(本数が少ないので、時間的余裕と人数に応じてタクシーを利用するのがよいかと思います)、1駅行くと道成寺駅です。

改札を通り、踏切を渡って、駐車場と土産物屋(兼食堂)に挟まれた短い参道を通り抜けると冒頭の階段へ至ります。

62段の階段を登りつめ、仁王門をくぐると、正面に本堂、その右側(東側)には三重塔。いずれも江戸時代の建物で、相応に貫禄があります。

もっとも私の(おそらく、ほとんどの参拝客の)お目当ては、境内西側にある鉄筋コンクリート製の宝仏殿・縁起堂の中で待っています。

宝仏殿・縁起堂は1つ繋がりの建物で、仁王門から見て、手前の、入り口のある建物が縁起堂、奥が宝仏殿です。

縁起堂では、和尚さんが絵巻物(のコピー)を拡げ、安珍・清姫伝説についてユーモアを交えながら、絵解き説法をしてくださいます。説法は頻繁に繰返し行われるので、そう待たされることはないでしょう。

次に述べるように、安珍と清姫の伝説は、事件それ自体は極めて陰惨で後味の悪いものですが、和尚さんの語りのお蔭で、全く暗くなりません(それはそれで問題な気もしますが)。

時は平安時代前期の醍醐天皇の御世。安珍という若い僧侶が、熊野三山の巡礼のために奥州から紀伊の国にやってきました。

ところが、道中、安珍が土地の有力者の屋敷に泊まった際、その屋敷の娘である清姫は安珍に惚れてしまい、還俗して自分と結婚してくれるよう強く迫ってきたのです。

結果から見ると、ここで安珍はきっぱりと断るべきだったのでしょうが、清姫の執拗な懇願を拒絶し切れず、結局、巡礼を終えたら帰り道にまた清姫に会いに来ると嘘をつき、屋敷を後にしました。

その後、清姫は首を長くして安珍を待ちますが、約束の日になっても安珍は訪れません。清姫は屋敷を抜け出し、安珍を探し出しましたが、安珍は人違いだと嘘をつき、清姫を相手にしようとしません。

これも結果論ですが、安珍はここできちんとした謝罪のうえ、清姫と一緒になるなり、きっぱりと拒絶するべきだったのでしょう。清姫は悲しみの余り、半狂乱になってしまい、やがて蛇の化け物になり、安珍を猛追します。

安珍は死に物狂いで逃げ、道成寺に逃げ込み、寺の僧侶らに事情を話しました。僧侶らは鐘楼に吊ってあった梵鐘を下ろし、その中に安珍を隠しますが、清姫の化けた大蛇は梵鐘に撒きつき、火を噴いて安珍を焼き殺してしまい、自身は入水自殺してしまいました。お終い(実際の説法では、この後、夫婦円満その他の在り難い和尚さんのお話が続きます。)。

この事件は、記録(?)に残っている限り、日本で最古・・・かは知りませんが(未遂でよければ、イザナギ、イザナミの黄泉比良坂の件が最古の事例として挙げられそうです)、おそらく最も有名なストーカー殺人事件でしょう。

歌舞伎、謡曲等、様々な芝居の題材になっていて、道成寺ものというジャンルを形成しており、縁起堂にも様々な道成寺もののポスターが張っていました。

和尚さんの絵解き説法を聴き終えたら奥の宝仏殿に進みます。

道成寺の創建には複数の伝承があり、時期についてもはっきりしないそうですが、遅くとも奈良時代前半には建立されていて、古い寺宝・仏像も少なからず残っています。

その中で最も有名で、かつ特筆するべきものは、やはり国宝に指定されている平安時代の千手観音立像・伝日光菩薩立像、伝月光菩薩立像の仏像3体でしょうか。

肉付きのよい、がっしりとした体躯の堂々たるお姿です(ご多聞にもれず、写真撮影禁止なので残念ながら画像はありません。)。ここで、あれっと思われた方もいるかも知れません。

というのも、日光菩薩、月光菩薩は本来、薬師如来の左右を守る脇侍であり、他の如来や菩薩につくことは基本的に無く、また、千手観音は単体で祀られることがほとんどで、脇侍がつくことは、まず無いからです。
   
そういうこともあり、実のところ、この3体が1つのセットとして作成されたものか否かについては確証がなく、争いがあるとのことでした。

ちなみに奈良市の東大寺の法華堂では、千手観音ではありませんが、不空羂索観音と日光菩薩・月光菩薩という組み合わせが見られます。

こちらについては、日光菩薩と月光菩薩が後になってから余所のお堂より移されてきたのではないかとの説が有力なのだそうです。

大阪からはやや遠いですが、早起きをすれば余裕をもって日帰りできるはずです。白浜温泉への行き帰りに途中下車をして立ち寄るのもよいかもしれません。 再掲

2019年03月06日

◆「専守防衛」ほど無意味なものはない

加瀬 英明


日本は世界のなかで、自国の憲法が安全保障の最大の脅威となっている、
唯一つの国だ。

憲法はその国の精神を、表わしている。

前文が、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにす
る」と述べて、日本だけに先の大戦の全責任を、一方的に負わせて、日本
が悪い国だときめつけている。

この憲法のもとで、日本は自虐的な態度をとってきたために、国外から軽
くみられ、虐げられる原因をつくってきた。

前文はさらに、一国の安全を世界の「諸国の公正と信頼して、われらの安
全と生存を保持」すると、宣言している。

日本国憲法が世界の現実を歪めてきたために、国民が危険な幻想に浸って
きた。

日本は人にたとえれば、幻視、幻聴を病んできたために、人格が崩壊し
て、正常な社会的関係を結ぶことができない統合失調症を患っている。

このところ、韓国が日本を好き放題に嬲(なぶ)っているために、日本で嫌
韓感情が沸騰している。 

書店に嫌韓本が並び、雑誌も韓国に呆れ果てて、韓国を憐れむ記事で埋
まっている。

慰安婦(ウイアンプ)など両国間の合意を踏み躙ったうえで、徴用工(ジン
ヨンゴン)、火器管制レーダーの照射問題など、常軌を逸した振舞いがと
まらない。

韓国は現実を無視して妄想にとらわれているから、とうてい国家と呼べな
い。日本中が韓国を疫病のように、みるようになっている。

韓国は国として体をなしていない。政府もどう対応したらよいか、途方に
暮れている。

だが、いったい日本に韓国を見下したり、嘲る資格があるものだろうか。

昨年、政府が3万トン級の“いずも型”ヘリコプター搭載護衛艦を空母に改
装して、F35Bステルス戦闘機を搭載すると発表すると、岩屋防衛相が
「状況に応じて戦闘機を載せるから、他国への脅威とはならない」と述
べ、自公与党が「専守防衛の枠内で運用する」という確認書を交換した。

だが、危機が迫ってから、艦載機を載せるのでは、訓練や運用に支障はな
いのだろうか。

テレビのワイドショーで、識者が真顔をして「攻撃空母を保有するのは、
憲法違反だ」と述べていたが、番組の他の出演者は誰も非常識な発言だ
と、思わなかった。多くの視聴者も同じことだったろう。

中国の国防支出は中国政府の発表によっても、1988年以後、毎年2桁で増
して、日本の10倍以上もあり、アメリカにつぐ軍事大国となっている。
 
私には“いずも級”護衛艦を、F35B戦闘機を8機か、10機搭載する小型空
母に改装しても、どうして中国に脅威を与えることになるのか、理解でき
ない。

「専守防衛」という言葉は、日本国憲法と同じように、日本の国内にだけ
通用して、外国語に訳することが、まったくできない。「専守」という概
念自体が、世界のどこにも存在していない、無意味な言葉だ。

日本語でも、具体的に何を意味しているのか、分からない。

いったい「専守に徹する」スポーツ競技が、あるものだろうか。読者諸賢
のなかで、説明できる方がいられるだろうか。「必要最小限の防衛力」
も、意味がない言葉だ。

日本の独立と国民の生命を、わけが分からない言葉に託して、よいはずが
ない。

 人体の健康と同じように、平和は努力して守らねばならない。平和を守
る努力をしないのでは、平和を大切にしているといえない。