2019年03月06日

◆「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第24章

“シーチン”修一 2.0


ヨタヨタと散歩していたら、春の静かな、遠慮がちな訪れを見つけた。

可愛い黄色の花をつけたカタバミ、蝋梅、紅梅、白梅、さらに紅白ミック
スのしだれ梅、緑化センターではクリスマスローズやスミレなど多彩な
花々、温室にはコバルトブルーのヒスイカズラが女王様然として目を引
く。町会の花壇には感動的な菜の花がいっぱい、桜並木のつぼみは日々膨
れ始めた。

小生の屋上庭園にはいろいろな小鳥が来るが、餌を食べて小生の無聊を慰
めてくれる鳥として初めてツグミ、アカハラ、ムクドリが来た。ウグイス
は「わたし、こんなもの好かないわ」とすぐに消えてしまったが、木の実
が好みのようだ。ツグミはつがいで薄ピンクの花をおいしそうにパクパク
食べてしまったが、そのうち小生も味見をしてみよう。

スズメたちは、ツグミなど鋭いくちばしの大きな体の新参者を歓迎はしな
いが、恐れずに一緒に食べている。肉食で残酷なモズは見かけただけで50
羽のスズメが一斉に逃げる。ザーッというすごい羽音で、文字通りの一目
散だ。遅れたのか賢いのかは分からないが、草木やプランターの陰に隠れ
る奴もいる。

モズは標的に向かって凄い速さで一直線に向かってくる。まるで矢のよ
う、弾道ミサイルだ。ほとんど攻撃力のないスズメは三十六計逃げるにし
かずだが、実に小回りが良く、パッと身をひるがえしてモズの攻撃をかわ
すのだ。鳥の中で恐らくスズメは一番繁殖しているだろうが、この類を見
ないほどの「小回り力」が大いなる武器になっているのかもしれない。

韓国はモズのような北の攻撃圧力を、カネとスマイルでかわしている。ヤ
クザに殺されたり暴れられたくなければミカジメ料を払って、へらへらす
るのと同じだ。昔から強い者とは喧嘩をしない、三跪九叩頭の朝貢外交で
圧力をかわしてきたのだから、カネとスマイルでその場の緊張が解ければ
いいのだろう。

日米が「暴排条例を守れ」といくら言ったところで、スズメに「逃げてば
かりいないで戦え」と言うようなものだ。

スズメは可愛いが、まったくキンバエのような韓国からすればこう反論す
るだろう。

「余計なお世話や! うちは『長い物には巻かれろ』でずっとやってきた
んやで。相手が弱ったらすかさず豹変して掠奪、強姦、傷害、殺害するの
がうちの伝統的なやり方や。ま、日本には舌戦、脅し、レーダー照射で嫌
がらせをしておるレベルやけどな、そのうちに南北共同で叩き潰してやる
で。それは国民感情法で決められている国民の正義、義務でな、国民感情
法はすべての法律、条約を上回る最高法やねん。そやさかい、それを遵守
するのがうちらの務めや。チョッパリはよー覚悟するこっちゃ」

まあコリアン半島人は「コリナイ/懲りない」から、ウェノムへの劣等感
を罵倒に転化することで留飲を下げているのだろう、これまでも、これか
らも。

韓国のアカ新聞「ハンギョレ」2019/2/10、「寄稿/キム・ヌリ中央大教授
『大韓民国100年、清算なき歴史』」から。

<2019年は歴史的な年だ。2・8独立宣言、3・1革命、上海臨時政府樹立が
すべて100周年をむかえる。“大韓民国”が、自主独立運動の火の手に乗っ
て遠い他国で誕生してから1世紀を迎えたということだ。

大韓民国が経てきた過去の1世紀は、実に残酷な時代だった。

韓国現代史を振り返り最も驚くべき点は、苛酷な歴史による多くの悲劇に
もかかわらず、過去がまともに清算されたことがただの一度もないという
事実だ。大韓民国ほどに、過去が清算されなかった国が他にあるだろうか?

日帝の高等警察の刑事が解放後にも独立闘士を尋問した国、日本軍の将校
が解放された国の大統領になり、それでも足りずにその娘までが大統領に
なる国、ファシスト親日派が作った歌を“愛国歌”として歌う国―それが大
韓民国だ。

親日の過去清算と関連してみれば、解放された空間で親日派が民族主義者
を制圧した「反民特別委」の武装解除が歴史の行方を決定づけた分岐点
だった。

問題は親日の過去だけではない。良民虐殺の過去、軍事独裁の過去、司法
殺人の過去、拷問犯罪の過去、御用学問の過去…。何一つまともに清算さ
れたことがない。今も変わらず多くの盧徳述、宋堯讚、朴正煕、梁承泰、
李根安、葛奉根が、この社会を支配しているのが私たちの現実だ>

「過去清算」・・・って何よ。過去の延長として今があり、そこから学ん
でこれからどんな国を創るのかが今人の仕事だろう。韓国にははっきりし
たビジョンがない。近代化と赤化の間で大きく揺れ動いている。「感情と
気分と妄想とバックミラー」だけで「理性と知性と計算とコンパス」がな
い。まるでカンカラ菅と鳩ポッポしか人材がいないみたいだ。

小生は「♪過去はどんなに暗くても」未来は明るいだろう、明るくするぞ
と思ってきたが、コリアンは相変わらず「バックミラーしか見ない」、つ
くづく「恨/ハン」の民族だ。病膏肓、永遠にそうだろう、永遠の「悪
夢」。御先祖様は彼らを「バ〇チョン」と呼んだが・・・前方不注意でそ
のうち事故るだろう。反省しない、自浄機能なし・・・未来はないわなあ。

良き隣人を持てば君は幸せになれる、悪しき隣人を持てば君は哲学者にな
れる? 凡人のままでもいいから半島人とは関わりたくないなあ、と思わ
ない? なあ、同志諸君!

そうだわ、気分一新、「赤毛のアン」のお話よ、良くって?

こういう言葉遣いは1917年のロシア革命に影響された「大正デモクラ
シー」が生んだものだと山本夏彦翁は書いていたが(不倫、親不幸、核家
族もそう)、アンを日本に紹介した訳者の村岡花子はクリスチャンで、女
権拡張運動家、不倫もしているという(大正語では「自由恋愛ね、ずいぶ
んご発展ね!」か)。彼女の翻訳はもろ「大正デモクラシー」言葉で埋め
尽くされているような気分になるわよ、ちょっとレトロで素敵じゃない?

著者のモード・モンゴメリは不倫はしなかったろうが、当時で言えば「翔
んでる女」だったろう。彼女は仮面をかぶって、あるいは役になりきって
「牧師の妻」を演じたのだが、その忙しさ、心身への負担は尋常ではな
い。モリー・ギレン著「運命の紡ぎ車」から。

<(モード)が大人になった時には(教義に)疑問を持ち、反抗心を抱く
ようになっていた。正真正銘の(牧師の)伴侶として夫に忠実であるこ
と、社会生活のなかで彼女が引き受けた役割に忠実であること、若い人々
に愛読される作家としての立場に忠実であること、こういうことがすべて
相まって、モードは心のうちで、義務感と本心との間の良心の葛藤を鎮め
るのは並大抵のことではなかった。

彼女は「自分を取り巻く環境のために、無理やり芝居をさせられている」
ことに気付いていたのである。この止むことのない内面の葛藤の気配すら
もモードの周りの人々には届かなかったということは、彼女の性格の強さ
を示す印である。

(教区員や周囲の人々は)うんざりする仕事に延々と力を注ぎ続けたり、
みんなから逃げ出して孤独に浸りたいという彼女の気持ちなど決して理解
できなかったのである>

モードはペンフレンド(ともに♂)のウィーバー(在加州、後に教師、作
家)とマクミラン(在英、後に著名ジャーナリスト)宛に典型的な1週間
の退屈きわまりない細目を一覧表にして送っている。

今晩:青年団の劇のリハーサル。
昨夜:お茶の会で外出。
日曜夜:讃美歌詠唱集会。
土曜夜:(教区内にあるもう一つの教会で)礼拝集会。会衆の前であいさ
つし、教区を去っていく伝導夫人会員に贈り物を贈呈。
金曜夜:青年親睦会の指導。
木曜夜:例の劇の練習。
水曜:ロイド・ジョージの演説を聞くためトロントに出かける。
火曜夜:牧師の訪問。
月曜夜:劇の練習。

さぞウンザリするだろう。1920年のある結婚披露宴に「一種の義務」で出
席した際のこと。

<私は午前2時までその席に連なり、部屋のあちこちにずらりと居並ぶ何
十人という女の人たちとおしゃべりをしなければならなかったのです。と
うとう私はまったく意志を持たずにいつまでもしゃべる続ける機械になっ
たような気分になりました>

モードの筆跡は一葉女史の草書体のように非常に美しく、かつ個性的だ
が、若い時に筆跡鑑定をしてもらったことがある。結果は――

<「あなたはかなり傲慢な性格ですが、他の人々のみならず自分自身もよ
く知っているので、そういう性格が非常によく抑えられています。優美な
もの、贅沢なもの、さらに、品のいい作法、等々を大いに好みます。『あ
なたは、本当の自分とは全く違って見えるほどに、自分の内面の考えや感
情を押さえつけ、隠すすべを知っています』。

非情に愛想よく、丁寧で親切な態度を取ることができます。あなたは自分
の意思を持っています。安楽と気楽さを好みます。非常な倹約家であり、
とても慎重であると同時に外交的手腕に優れ、猜疑心が強く、容易に人を
信じません・・・>

『 』内はモード自身によるが、マクミランに「このくだりは私が牧師の
妻となるべく運命づけられていたことを示しています!!」と書き送って
いる。

静かに自然を鑑賞したり、夢想したり、執筆したり、読書したり、家事に
没頭したり・・・モードはそういった「自分の時間」「クールダウンの時
間」を持ちたくても、思うようにできなかった。悲劇と言えば悲劇だが、
天はモードに試練を課したのか・・・「艱難人を玉にす」とは言うもの
の、試練は時に人を押しつぶす。

「運命が もしもあるなら 捕まえて 絞め殺したき わが人生」

40年以上前に知った短歌(朝日歌壇らしい)だが、モードもそんな気分に
落ち込むこともあったのではないか。まあ、順風満帆の人生なんて珍しい
のかもしれず、グロッキーになってもグレンバスターで逆転勝利とか、と
にもかくにも完走したとか・・・モードはどうやって乗り越えたのだろ
う。(つづく)

さてさて、前回に続いて「正論」2005年2月号「大島信三編集長インタ
ビュー 元朝鮮総連活動家の懺悔録『未来のために私の過去を話します』
元朝鮮青年同盟中央本部副委員長兼組織部長:全京千」から要約する。

<――日本国内での拉致を含めて何らかの対日工作の指示はありましたか。

全 拉致などについては何も言われていません。「あなたが日本に帰った
ら、ラジオで暗号を送ります。モランボン(牡丹峰)があなたの暗号名で
す」とは言われました。ラジオでモランボンとくれば、自分あてなので数
字を聞き取って書くわけです。それを乱数表で解読します。

帰る時に活動資金として現金で30万円渡されました。超短波の通信機器な
どもそれで買えということですね。洋服もくれました。

――乱数表は向こうで貰ったのでしょう。

全 いや、日本に帰ってから、ある人物から預かりました。その人は新潟
へ来る万景峰号で渡されたようです。

――極秘に出国し、極秘に戻ってくる。そんなことが日常茶飯事に繰り返さ
れていたんですね。戻る時も接線ポイントは須佐ですか。

全 下関です。その時、いろいろ注意を受けました。日本に上陸したら
酔っ払いの振りをしろとか、官憲に尋問された時の答え方とか。

――ひょっとしたら北に留め置かれる可能性もありました。戻れてよかった
ですね。

全 下関に着いたときはホッとしました。(帰る際の指示は)朝鮮労働党
との連絡を密にして欲しい、何か危険な時があったとしても一切ばれない
ように始末してほしい、乱数表などは最初から地下に埋めときなさいと。

――当然、帰国後も全さんの行動はずっと見張られてますよね。

全 恐らくそうでしょう。私に指令を出した人間の上に、さらにまた命令
を出す人物がいるんですよ。これが司令塔であり、ほんとのくせ者です
よ。(つづく)

「北、中共、南は敵」という認識がない人はゴロゴロいるだろう。社会
党、社民党、民主党、共産党などの人々ばかりでなく、マスコミの多くも
そうだろう。共産主義幻想=憎日・反日の人はカネも絡んでいるのだろ
う、まず転向はしない。新左翼小児病だった団塊世代が消えればずいぶん
世の中は浄化されるのではないか。

「連合」(日本労働組合総連合会)は加盟組合員が700万人。弱体の野党
が野合でドタバタしており、連合は支持政党をどこにするのか困っている
ようだ。賃上げや労働環境を良くしたいのなら自民党を支持すればいいの
に、労組=野党(ほとんど時代錯誤のアカ、ピンク、アホ)支持の悪しき
伝統から離脱できないでいる。専従(夏彦翁曰く「どんなに落ちぶれても
君、専従になるなかれ」)も野党もカネが命だから変身、変心、改革がで
きないでいる。

キチ〇イ頭になるもアカ尾になるなかれ、だな。同じアカオでも赤尾敏先
生の姪、赤尾由美氏が元気なのは結構なことである。

【「措置入院」精神病棟の日々(115)】庭の枯れ草を掃除していたら、
その下に緑の葉が育っていた。枯れ草が次代の命を冬の寒さから守り、育
んでいたのだ。人もそうありたいね。

身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂(松陰)

松陰先生曰く「志士は溝壑(こうがく)に在るを忘れず、勇士は其の元
(かうべ)を喪うことを忘れず」 。志士たらんとする者は野垂れ死にや
首を斬られることを覚悟しておけ、と。小生の辞世の句も用意しておかな
ければ。

狂に病み 夢は昔の あの娘やこの娘 逢いたく思えど 今は婆さん(修一)

こちらは爺さん・・・全然カッコヨクないなあ、救いがないよ。有島武郎
の不倫心中は梅雨時の別荘の庭で、発見が遅れたので目も当てられない状
態だったという。ヂイヂには心中する相手もいやしない。ぜんぜん素敵
じゃないわよ、いやーね! 発狂亭“非大正ロマン”雀庵の病棟日記から。

【2016/12/25】【産経】今朝もすこぶる充実していた。一番手は“キラ星”
古森義久「未来への祈り 首相に願う」、曰く「米側の戦争への認識を見
ると、日本軍と実際に激しく戦った人たちほど、あの戦争は両国が国益を
衝突させ、国運をかけて雌雄を決した対決であり、そこには道義的な善悪
の入る余地が少ないという態度を保つように映る。その決戦に米国が勝
ち、日本が敗れたのである」

「日米間の戦争での怨讐の時代はとっくに終わったのだ。首相の真珠湾訪
問を機会に、今また謝罪や釈明を求める動きは米国自体ではなく、中韓の
反日勢力や日本内部の反体制からの政治策動だと言えよう」

大ベテランがいきなりレフトに弾丸ライナー性のホームラン、オーエ信者
数名負傷。

二番手は河崎真澄「中国、相続税導入へ 格差深刻 3月にも審議」。中
共の国庫は枯渇し、庶民をなだめるアメの原資が枯渇しそうなのだ。固定
資産税の本格導入も始まりそうだという。左中間を抜く3塁打。

「上に政策あれば下に対策あり」の国柄だから、カネはますます国外へ流
れ出て、習近平の党内基盤は弱まるしかない。

その分を庶民からの「熱烈支持」で補うという大衆動員ポピュリズムは、
選挙で決着をつけるというシステムがないから暴力による「第二次文化大
革命」にならざるを得ない。習は最大最強の利権集団、7大軍区の反発も
引き起こすから、中共の一党独裁は終わり、連邦制にならざるを得まい。

これは小生の妄想なのか? 20世紀にソ連が消えるなんて誰も予測できな
かったが、1989年末で崩壊した。築城70年、落城2年だった。1949年の中
共独裁国家建国から来年(2017)で68年。落城へのカウントダウンが始
まっている。

三番手は松浦肇「トランプ氏は新興企業が嫌い?」。曰く「ITなどの企業
は伝統企業の半分しか雇用を生んでいず、トランプ氏は『雇用を米国に取
り戻す』と訴える。労働集約的なダウ平均株価銘柄企業に有利な政策を打
ち出し、シリコンバレーの企業群を敵視するのは自然の流れだ。

例えばトランプ氏は大型の法人減税を約束しているが、新興企業は減税の
メリットを享受しにくい。税法上の利益をほとんど生んでいない銘柄多い
ためだ。(上昇中の)株式相場は次期政権の政策効果を先読みしているの
である」

さすが元日経のベテラン、センター前の二塁打で一点追加だ。
(つづく)2019/3/2

◆日本人がキリスト教と出会った戦国時代

櫻井よしこ


「日本人がキリスト教と出会った戦国時代 私たちは真の歴史を知っ
ておくべきだ」

三浦小太郎氏が『なぜ秀吉はバテレンを追放したのか』(ハート出版)
で、戦国の武将たちが目指した国造りの理想と苦労をじっくり描いている。

豊臣秀吉らのキリスト教排斥を理解するには、日本人がキリスト教と初め
て出会った戦国時代より前の中世の日本の実態を知らなければならないと
し、三浦氏は当時の日本を「乱暴狼藉の時代」と定義する。室町時代から
戦国時代は、中央権力弱体化と個人の自立と都市共同体の自治確立に向か
う時代であり、自由と変革の時代だからこそ、浄土真宗、日蓮宗、禅宗な
ど新しい信仰が生まれ、人々はキリスト教伝来もその次元で受け入れたと
いう。

「乱暴狼藉」の実態を、三浦氏は上杉謙信を攻めた武田信玄の事例を通し
て描いた。農民も含めた武田の雑兵たちは、敵を倒せば刀や武具を奪い、
馬や女性などを「乱取」した。武田領内で待つ雑兵たちの家族や村人は、
略奪品によって豊かになった。

これが社会の実態だったのであり、「戦国時代、大名同士の戦争を(中
略)傍観者的に眺めていたという、よくある歴史小説的な風景は、現実と
はかけ離れたものだった」「戦場に略奪に赴かねば飢餓に襲われるような
危機的状況が、戦国時代には日常として存在していた」のであり、このよ
うな状態を改め、平和で秩序ある国を目指したのが織田信長や秀吉だっ
た、それを阻んだのがキリスト教伝道者だったという指摘はそのとおりで
あろう。

日本と西洋の最初の出会いはポルトガル人だった。彼らは恐ろしい人々
だ。アフリカ西岸のプラヴァで、ポルトガル兵は、住民の女性の銀の腕輪
が抜き取れなかったため腕ごと切断した。その数800に近かったという。

貿易と共にキリスト教も伝来した。ポルトガル人宣教師ルイス・フロイス
の長崎上陸は1563年だ。フロイスらのイエズス会は日本をキリスト教国に
するには大名による上からの改宗運動が重要だと考え、まず大名を改宗さ
せた。しかしこう書いている。

「布教事業がこのように進展した後にもまた、寺社を破壊し絶滅するにつ
いてなお困難があった」

神道や仏教を絶滅させたいと切望したフロイスは伊勢神宮について1585年
8月27日の書簡に書いた。

「我らの主が彼(キリシタン大名で伊勢の国の領主になった蒲生氏郷)
に、天照大神を破壊する力と恩寵を与えるだろうと、我らは期待している」

キリシタン大名で肥前(長崎県)の城主だった有馬晴信の領地の小島に、
多くの仏像が置かれた洞窟があり、人々の礼拝の対象になっていたことに
ついて、フロイスは、「悪魔は何年も前から、この恐ろしくぞっとするよ
うな場所を、おのれを礼拝させるための格好の場として占有していた」と
も語っている。ある宣教師は日本人の信者に、「あなたの罪の償いとして
考えられることの一つは」「通りすがりに最初の人としてどこかの寺院を
焼き始めることです」とそそのかしている。

秀吉は天下統一を成し遂げた1590年に日本全土の平和構築に向けて、
(1)浪人停止令、(2)海賊停止令、(3)喧嘩停止令を出した。その2年
前には武器なき社会を目指して刀狩りも行った。

平和と秩序を目指す秀吉が宣教師らに憤るのは当然だ。秀吉は1587年6
月、大名は領国内でキリシタン門徒に寺社を破壊させてはならない、大名
は領地を一時的に預かっているのであり、天下の法に従わねばならない、
宣教師たちの仏教寺院攻撃も、破壊することで信者をふやそうとするのは
許されないとして、キリシタンを「邪法」とし、宣教師たちに20日以内の
退去を命じた。

彼らは多くの日本人を奴隷にし、国外に売りとばしもした。日本をキリシ
タン弾圧で批判する前に、私たちは真の歴史を知っておくべきだ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月2日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1269 

◆ビタミンの取りすぎにご用心

大阪厚生年金病院 薬剤部


ビタミンは健康のためにいいし、食品の中に入っていて害のないものだからたくさん飲んでも大丈夫だと思っている方はいませんか?

実は、ビタミンにも取りすぎると体に悪い影響がでるものがあります。

ビタミンには、脂溶性ビタミンと水溶性ビタミンがあります。

脂溶性ビタミンは、ビタミンA,D,E,Kで、その他が水溶性ビタミンになります。
水溶性ビタミンは取りすぎたものは排泄されますが、脂溶性ビタミンは体内に蓄積され、過剰症が起こることがあります。
 
ビタミンAを取り過ぎると、頭痛、顔面紅潮、筋肉痛や食欲不振などの症状が現われます。
また、ビタミンDを取り過ぎると、食欲不振、吐き気、頭痛などが現われます。
 
脂溶性ビタミンとナイアシン、ビタミンB6、葉酸は1日に摂取してよい量が決められています。

通常の食生活でビタミンを取りすぎてしまうことはありませんが、ビタミン剤やサプリメントを飲んでいる方は注意が必要なので決められた量を守って飲むようにしましょう。 
                

2019年03月05日

◆パキスタン政界に衝撃

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月28日(木曜日)弐 通巻第6008号

 パキスタン政界に衝撃。中国はパキスタンの空爆報復を支持しない
  庇護者だった筈が、なぜインドの言い分も聞き分けるのか?

インド、パキスタン国境が騒がしい。

もともとカシミールの領有をめぐって激しい国境紛争、軍事衝突を繰り返
してきたが、1999 年以来、目立った動きはなかった。

インドに自爆テロをしかけ40人を殺害した過激派はパキススタンから出撃
したため、インド空軍は武装集団の拠点を空爆した。「テロリストの拠点
だったからだ」と主張するインドに対して、パキスタンは「民間人が多く
死傷した」と激怒した。死者は6人といわれる。

インド空軍機が再びパキスタン領空を侵犯した。すぐにパキスタンが撃墜
し、インド空軍のパイロットひとりを捕虜とした。

インドはミグ21,対抗したパキスタンはF16で迎撃した。

米国は「エスカレートするな」と両国に警告した。インド軍は、ただちに
次の軍事作戦を協議するため、モディ首相の自宅に軍幹部が深夜に集合し
緊急対策を協議した。

イムラン・カーン(パキスタン首相)は、「このままでは核戦争に突入す
る。早急にデリーと話し合う」としたが、インドは無反応。パキスタンは
中国の介入を期待したが、北京は冷淡にも、「今次の軍事衝突に中国は介
入しない」としてパキスタンを弁護せず、イスラマバードに衝撃が走った。

パキスタンの有力紙『ザ・ドーン』は、4月に北京で開催予定の「BRI
国際フォーラムに、初回ボイコットしたインドを何としても参加させたい
からだ」と報じた。

BIR国際フォーラムとは「一帯一路」(Belt Road 
Initiative)の関係国130ヶ国を招いて、国際協力を要請する
という習近平の目玉である。米国も同会議にはオブザーバーを派遣すると
している。インドは、はじめからこのフォーラムを無視してきた経緯がある。

それにしてもインド vs パキスタンの軍事衝突。ベネズエラが燃え、
米朝首脳会議が開催されているときに、不適切なタイミングで起きたもの
である。
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ニッキー・ヘイリー(前米国国連大使)が政治活動を再開
  「中国はアメリカにとって外国の最悪最大の脅威」だ
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 「米国の経済、文化、国家安全保障」を強力に推進させるための助言グ
ループを主導し、提言活動を開始したのは、あのニッキー・ヘイリー(前
国連大使)だ。

最初のパンチ。

「共産主義独裁の中国は、おそらく世界一の、人間性を踏みにじる悪魔的
存在である」

「米国民にとっての安全、利害、価値観に多子弟最大のそとからの脅威で
ある」として、共和党保守派の「ロシア、イランと同列に論じる」趣きに
釘を刺した。

ヘイリー女史は2016年の大統領選挙でサウス・カロライナ州知事としての
著名度もあって、最初はマルコ・ルビオ上院議員を、ついでテッド・ク
ルーズ上院議員を推薦し、トランプを終始批判し続けた。ところがトラン
プの当選直後、最初の指名がニッキー・ヘイリー国連大使だった。電撃的
ショックをワシントンにもたらした。

これはレーガンが政敵だったブッシュ陣営からベーカーを首席補佐官に任
命したような人事上の椿事でもあった。

その後の2年間、ヘイリーは、「アメリカ・フォースト」を掲げるトラン
プのナショナリズムに基づく外交を着実に推進し、中国とロシアを批判
し、国連人権委員会からは脱退し、米国の国連分担金を3億ドル弱も削減
し、それでいて「この2年間、国連は変貌した。米国の主張への理解が増
えた」と自画自賛した。

ヘイリーはインド系アメリカ人女性として、初の国連大使であり、そのタ
カ派発言に世界は注目した。

国連大使辞任の理由を「休暇を取りたい」などとしたのは下手な芝居で
あって、誰も信じておらず、ホワイトハウスの権力闘争が絡んだ。とくに
クシュナー・イバンカ夫妻との確執が伝えられた。

さて、彼女が助言集団を形成し、政治発言を再開した背景は何か?

イリーは明らかに2024年の大統領選挙を視座に入れている。その政治キャ
リアから言っても、発言記録からみても、資格は十分。今後の仕事は、
様々な政治的機会を利用してつねに提言をし続けながら著名度を保ちつ
つ、共和党内での地歩を磐石にすることにある。

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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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―「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(5)
  東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

         △

折から起こる反日運動の背景を、若者は考えた。

たとえば上海租界の「義勇隊などの御厄介になるのは日本人が一番多い癖
に志願者は一人もないそう」であり、フランス租界にあるフランス経営の
公園に「休日など行つて見たら、日本人が大部分を占領してゐ」たり、軽
快な服装をした西洋人親子が楽しんでいる中に、その輪に加わることなく
「汚れた着物を着流して時代後れの深ゴムの靴、眞?い3年越しの麥藁帽
を阿彌陀に被つて腰には烟草入れを下げてゐ」たり――上海在留日本人の姿
は「外人のそれと比較して何たる對照だらう」。

極め付きは蘇州で街頭での体験になる。彼ら日本人学生が「30人も騒がし
く鈴を鳴してこの狹い道を通つて行くと、兩方の家の内から皆んなが飛出
して來て、色?く陽に焦げけた東夷の學生が馬上顧眄の豪傑振り乍ら、し
かも、落馬せんとし乍ら往くのを眺めた。この大勢は少なからず蘇州の排
日氣勢を昂めたことゝと思うはれる」。

日本人自らの無自覚な振る舞いもまた「排日氣勢を昂めた」と考える
「若者の感覚」と、「序」に記された「拝日問題で注意すべき一事は」、
「歐米の商品を扱つて居るものが故意にやる外は支那で相當名のある實業
家や多數商人は一般に日貨排斥の意志を眞から持つては居ないので唯學生
の危害を惧れるのと民衆への氣兼から形式的にやつて居る仕事である云ふ
點である」と指摘する「大人の思考」の間の落差は、いったい何に起因す
るのか。

それが世代の、人生経験の、あるいは世間知の違いに直接的に結びついて
いるとも思えない。

この時から現在にまで続く中国における排日、あるいは反日の動きを振り
返るなら、「(上海共同租界の)義勇隊などの御厄介になるのは日本人が
一番多い癖に志願者は一人もない」ことへの疑問、大正時代の若者が上海
の公園で感じたであろう気恥ずかしさ、「東夷の學生」が蘇州の街路で皮
膚感覚で直感したであろう一種の蔑みの視線は、やはり軽視すべきではな
かったのではないか。

この時の義憤が「政治家や實業家は恕す可しと雖も、考のあると云はれ學
者までが浮れて日支親善なぞと眞面目くさつてるのは言語同斷だ」との思
いに繋がっているように思えて仕方がないのだが。

もう少し、日本人の振る舞いに対する若者の考えを追ってみたい。そこ
で、漢口の租界を訪ねた際の感想を見ておくことにする。

「何處でもそうだが、殊に支那などに於ては、未だ一般に外國の事情に通
ぜぬので、多くは服装の良否や、建物の大小美醜などで、其國の優秀貧富
などを、きめる傾向があるから、列強と相對峙して、威勢を張り、發展を
策するには、どうしても此點に於て、大なる注意を要し、居留地には他國
に劣らぬ設備をなすと共に」、在留者であれ旅行者であれ服装から立ち居
振る舞いにいたるまで、やはり「他國人に劣らぬだけの心掛けが大切」
だ。それというのも、「既に體格に於て、歐米人は無論、支那人よりも見
劣りのする我々が、服装でも醜かつたらば、彼等の蔑視を受けるのは當然
である」からだ。

 言わば見た目がイチバン。
嘗められたら最後で、トコトン嘗められてしまう。
ところが「昨夏來遊した向陵の健兒」――東大の前身である第一高等学校の
学生――は、やってはイケナイことをヤッチまった。日本では超エリートで
あればこそ許される弊衣破帽というバンカラスタイルも、外地では一切通
用しない。

だが、彼らは「矢張内地そのまゝの蠻から姿でやつて來たので、事情を知
らぬ外人や支那人から、日本で最も有名な學校の生徒があの姿では、と少
なからぬ侮蔑や指彈を受けて、在留邦人も大いに迷惑した」。
「之れは尤もの事で日本人たるものゝの深く省みねばならぬ事柄である」
ことは確かだ。《QED》

◆陸山は何処から来たか

渡部 亮次郎


小澤一郎さんの政治資金団体の名前が「陸山会」だという。「多分」これ
小澤一郎の「雅号」だろう。雅号を「越山」といったのは師匠田中角栄。
田中の親分佐藤栄作は「周山」と号した。派閥名が周山会だった。

「素准」は吉田茂の雅号。シゲル・ヨシダの頭文字SYを漢字で書いたとい
うわけ。明治の人、吉田ワンマンらしい洒落だ。

吉田茂とは比ぶべくも無い小澤一郎氏が、雅号を名乗ったのは角栄氏の越
山に倣ったものだろうが、選挙区岩手県の三陸(陸前、陸中、陸奥)の
山々を陸山と統一呼称し自らの雅号としたのだという説がある。

雅号(がごう)は、文人・画家・書家などが、本名以外につける風雅な名
のことである。わが国の場合、政治家は花押と雅号を持って初めて一人前
とされる。特に花押は閣議での署名に使用するものだから、花押を持って
いる事は入閣済みを意味するから大事だ。

雅号の風習は中国から伝わった。特に、俳人であれば俳号、吟詠家であれ
ば吟号などともいう。

江戸時代までは、個人の名前は姓と諱(いみな)、名字と通称、さらには
字など、複数の名前を一人が持つことが認められてきた。しかし、明治時
代になると氏名が戸籍に記録され、それ以外の名前を持つことは禁じられた。

これに反発する形で、「雅号」が当時の知識人にもてはやされる。明治初
期の文人に夏目漱石や森鴎外のような雅号を使用している者が多いのはそ
のためである。

雅号は知識人以外にももてはやされ、軍人や商人などおよそ文化とは関係
ない者まで使用する流行となった。

これが逆に知識人の反発を招き、堺利彦のように「『枯川』といふ号は使
用しません」と雅号の使用をやめるものが増え、大正期には雅号の流行は
終わり、一部の使用にとどまっている。

字よりも雅号でもっぱら知られる人物

素行:山鹿素行で知られる 山鹿義矩。
白石:新井白石で知られる 新井勘解由君美。
松陰:吉田松陰で知られる 吉田寅次郎矩方。
海舟:勝海舟で知られる 勝安房守義邦 / 勝安芳。
漱石:夏目漱石で知られる 夏目金之助。
鴎外:森鴎外で知られる 森林太郎。
哲山:田村哲山で知られる 田村哲夫。

雅号で呼ばれることもある人物

南洲:西郷隆盛 (南洲神社で有名)
甲東:大久保利通
松菊:木戸孝允
東行:高杉晋作
世外:井上馨
木堂:犬養毅
顎堂:尾崎行雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2010・2・5

◆日本人がキリスト教と出会った戦国時代

櫻井よしこ


「日本人がキリスト教と出会った戦国時代 私たちは真の歴史を知ってお
くべきだ」

三浦小太郎氏が『なぜ秀吉はバテレンを追放したのか』(ハート出版)
で、戦国の武将たちが目指した国造りの理想と苦労をじっくり描いている。

豊臣秀吉らのキリスト教排斥を理解するには、日本人がキリスト教と初め
て出会った戦国時代より前の中世の日本の実態を知らなければならないと
し、三浦氏は当時の日本を「乱暴狼藉の時代」と定義する。室町時代から
戦国時代は、中央権力弱体化と個人の自立と都市共同体の自治確立に向か
う時代であり、自由と変革の時代だからこそ、浄土真宗、日蓮宗、禅宗な
ど新しい信仰が生まれ、人々はキリスト教伝来もその次元で受け入れたと
いう。

「乱暴狼藉」の実態を、三浦氏は上杉謙信を攻めた武田信玄の事例を通し
て描いた。農民も含めた武田の雑兵たちは、敵を倒せば刀や武具を奪い、
馬や女性などを「乱取」した。武田領内で待つ雑兵たちの家族や村人は、
略奪品によって豊かになった。

これが社会の実態だったのであり、「戦国時代、大名同士の戦争を(中
略)傍観者的に眺めていたという、よくある歴史小説的な風景は、現実と
はかけ離れたものだった」「戦場に略奪に赴かねば飢餓に襲われるような
危機的状況が、戦国時代には日常として存在していた」のであり、このよ
うな状態を改め、平和で秩序ある国を目指したのが織田信長や秀吉だっ
た、それを阻んだのがキリスト教伝道者だったという指摘はそのとおりで
あろう。

日本と西洋の最初の出会いはポルトガル人だった。彼らは恐ろしい人々
だ。アフリカ西岸のプラヴァで、ポルトガル兵は、住民の女性の銀の腕輪
が抜き取れなかったため腕ごと切断した。その数800に近かったという。

貿易と共にキリスト教も伝来した。ポルトガル人宣教師ルイス・フロイス
の長崎上陸は1563年だ。フロイスらのイエズス会は日本をキリスト教国に
するには大名による上からの改宗運動が重要だと考え、まず大名を改宗さ
せた。しかしこう書いている。

「布教事業がこのように進展した後にもまた、寺社を破壊し絶滅するにつ
いてなお困難があった」

神道や仏教を絶滅させたいと切望したフロイスは伊勢神宮について1585年
8月27日の書簡に書いた。

「我らの主が彼(キリシタン大名で伊勢の国の領主になった蒲生氏郷)
に、天照大神を破壊する力と恩寵を与えるだろうと、我らは期待している」

キリシタン大名で肥前(長崎県)の城主だった有馬晴信の領地の小島に、
多くの仏像が置かれた洞窟があり、人々の礼拝の対象になっていたことに
ついて、フロイスは、「悪魔は何年も前から、この恐ろしくぞっとするよ
うな場所を、おのれを礼拝させるための格好の場として占有していた」と
も語っている。ある宣教師は日本人の信者に、「あなたの罪の償いとして
考えられることの一つは」「通りすがりに最初の人としてどこかの寺院を
焼き始めることです」とそそのかしている。

秀吉は天下統一を成し遂げた1590年に日本全土の平和構築に向けて、
(1)浪人停止令、(2)海賊停止令、(3)喧嘩停止令を出した。その2年
前には武器なき社会を目指して刀狩りも行った。

平和と秩序を目指す秀吉が宣教師らに憤るのは当然だ。秀吉は1587年6
月、大名は領国内でキリシタン門徒に寺社を破壊させてはならない、大名
は領地を一時的に預かっているのであり、天下の法に従わねばならない、
宣教師たちの仏教寺院攻撃も、破壊することで信者をふやそうとするのは
許されないとして、キリシタンを「邪法」とし、宣教師たちに20日以内の
退去を命じた。

彼らは多くの日本人を奴隷にし、国外に売りとばしもした。日本をキリシ
タン弾圧で批判する前に、私たちは真の歴史を知っておくべきだ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月2日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1269 

◆紫式部と蕪村の「和紙」

毛馬 一三


書き出しは、大阪俳人与謝蕪村のことからだ。蕪村(幼名:寅)は、生誕地大阪毛馬村で幼少の頃、母親から手ほどきをうけて高価な「和紙」を使って「絵」を描いて、幼少時期を楽しんでいたことを、知った。

寅は、庄屋の子供だったから、高価な「和紙」を父から自在に貰って、絵描きに思いのままに使ったらしい。

その幼少の頃の絵心と嗜みが、苦難を乗り越えて江戸に下り、巴人と遭遇してから本格的な俳人となったのも、この幼少の頃「和紙」に挑んだ「絵心」とが結び付いたらしい。

さて、本題―。

高貴な「和紙」の事を知った時、ジャンルは違うが、紫式部が思い切り使って「和紙」を使って「世界最古の長編小説・源氏物語」を書いたことを思い出した。

そのキッカケは、福井県越前市の「和紙の里」を訪ねてからである。

越前市新在家町にある「越前和紙の里・紙の文化会館」と隣接する「卯立の工芸館」、「パピルス館」を回り、越前和紙の歴史を物語る種々の文献や和紙漉き道具の展示、越前和紙歴史を現す模型や実物パネルなどを見て廻った。

中でも「パピルス館」での紙漉きを行い、汗を掻きかき約20分掛けて自作の和紙を仕上げたのは、今でもその時の感動が飛び出してくる。

流し漉きといって、漉舟(水槽)に、水・紙料(原料)・ネリ(トロロアオイ)を入れてよくかき回したあと、漉簀ですくい上げ、両手で上下左右に巧みに動かしていくと、B5くらいの「和紙」が出来上がる。まさにマジックの世界だ。

ところでこの越前和紙だが、今から約1500年前、越前の岡太川の上流に美しい姫が現れ、村人に紙の漉き方を伝授したという謂れがある。

山間で田畑に乏しかった集落の村人にとり、紙漉きを伝授されたことで、村の営みは豊かになり、以後村人はこの姫を「川上御前」と崇め、岡太神社(大瀧神社)の祭神として祀っている。

<その後大化の改新で、徴税のため全国の戸籍簿が作られることとなり、戸籍や税を記入するために必要となったのが「和紙」である。そのために、越前では大量の紙が漉かれ出したという。

加えて仏教の伝来で写経用として和紙の需要は急増し、紙漉きは越前の地に根ざした産業として大きな発展を遂げてきている>。

さて長編小説「源氏物語」の作者紫式部は、執筆に取り掛かる6年前の24歳の時(996年)、「和紙」の里・越前武生に居住することになり、山ほどの「和紙」に囲まれて、存分に文筆活動に励んだ。

当時、都では「和紙」への大量の需要があったらしく、宮廷人も物書きも喉から手が出る程の「和紙」だったが、手には入らなかった。

ではどうして都にいた紫式部が、遥か離れた「和紙」の里越前の武生に移住してきたのか。それはご当地の国司となった父の藤原為時の“転勤”に関わりがある。文才だけでなく、商才に長けた為時の実像が浮かび上がる。

<為時は、中級の貴族で、国司の中で実際に任地へ赴く“転勤族”だったそうで、996年一旦淡路の国(下国)の国司に任命されるが、当時の権力者・藤原道長に賄賂の手を使って、転勤先を越前の国(上国)の国守に変更してもらっている。はっきり言えば為時は、淡路の国(下国)には赴任したくなかったのだ。何故なのか。

当時、中国や高麗からの貿易船が日本にやってくる場合、海が荒れた時や海流の関係で、同船団が「越前や若狭」の国を母港とすることが多く、このため海外の貴重な特産品が国司のもとに届けられ、実入りは最高のものだったという>。

藤原為時一族は、中級の貴族ながら文才をもって宮中に名をはせ、娘紫式部自身も為時の薫陶よろしく、幼少の頃から当時の女性より優れた才能で漢文を読みこなす程の才女だったといわれる。

これも商才に長けたばかりでなく、父親の愛情として、物書きの娘に書き損じに幾らでも対処できる「和紙」提供の環境を与えたものといわれる。

<この為時の思いは、式部が後に書き始める「源氏物語」の中に、武生での生き様が生かされている。恐らく有り余る「和紙」を使い、後の長編小説「源氏物語」の大筋の筋書きをここで書き綴っていたのではないだろうか。平安時代の歌集で、紫式部の和歌128 首を集めた「紫式部集」の中に、武生の地で詠んだ「雪の歌」が4 首ある。

越前武生の地での経験が、紫式部に将来の行き方に影響を与えたことはまちがいない。と同時に式部は、国司の父親のお陰で結婚資金をたっぷり貯め込むことも成し遂げて、約2年の滞在の後、京都に戻り、27歳になった998年に藤原宣孝と結婚している>。

越前武生の生活は、紫式部にとり「和紙」との出会いを果たして、後の世界最古の長編小説への道を拓くことに繋げた事は、紛れもない事実であろう。

<紫式部の書いた「源氏物語」の原本は現存していない。作者の手元にあった草稿本が、藤原道長の手によって勝手に持ち出され外部に流出するなど、「源氏物語」の本文は当初から非常に複雑な伝幡経路を辿っていたという。

確実に平安時代に作成されたと判断できる写本は、現在のところ一つも見つかっておらず、この時期の写本を元に作成されたと見られる写本も、非常に数が限られているという>。
 
この歴史の事実と筆者の推論を抱きながら、「紫式部公園」に回り、千年前の姿をした高い式部像に対面してきた。

北京五輪の開会式の時、中国の古代4大発明の一つとして「紙」を絵画の絵巻をCGで描き、国威を高らかに示した。

この紙が7〜800年後に日本に渡り、「和紙」となった。その後、「世界最古の長編小説を書いた女性が日本にいた」ということは、中国は勿論諸外国は知らない。

参考:ウィキペディア、: 青表紙証本「夕顔」 宮内庁書陵部蔵 
(加筆再掲) 

2019年03月04日

◆基礎疾患に注目しよう 

石岡 荘十


「基礎疾患」は医学用語で「病気の大元の原因となる疾患」と定義される。

例えば、よく言われるのが心筋梗塞や脳梗塞の基礎疾患として挙げられる「死の四重奏」。

内臓脂肪型肥満(リンゴ型肥満)、高血圧、高脂血症、糖尿病の4つが揃っていることを言い、死亡率は、そうでない人に比べて30倍以上も高くなるという調査結果がある。これにさらに喫煙習慣を加えた五つ揃い文で「死の五重奏」という。

リンゴ型肥満というのは中高年男性の典型的な体型で、写真などで見る金正日氏がその典型的な体型である。女性の場合は、体脂肪が引力に逆らえず臀部に下がってくるので「(西洋)ナシ型肥満」ということになる。


内臓脂肪型肥満の人は動脈硬化になりすく、心臓病や脳卒中へと進んでいくリスクが高まるからだ。

メルマガ「頂門の一針」主宰の渡部氏が治療の経緯を述べておられる。一応、犯人は脳血栓の予防薬プレタールの副作用ということになったようだ。渡部氏は数十年前に禁煙を実行しておられるし、お見掛けしたところ、内臓脂肪もそれほど大量に溜め込んでいる様子はない。しかし糖尿がある。

高血圧、高脂血については伺ったことはないが、もし該当するような疾患の症状があるとすれば、末永く健筆を振るわれるためにも基礎疾患を撃退するよう心がけて頂きたい。

一口に「撃退」といっても、そのほとんどが、長年のいわゆる生活習慣病の結果なのでそう簡単にはいかない。例えば禁煙。簡単に決別できる人もいるが、懲りるような事態、例えば片肺切除に追い込まれてやっと、止めることが出来たという友人もいる。

心臓手術は不整脈の基礎疾患だ。

筆者は、13年前、心臓の大動脈弁が機能しなくなり人工の機械弁に置換する手術を受けた。10歳の頃から大動脈弁がうまく閉じない障害がありながら、手術までの50余年間放置しておいた結果、心臓の筋肉が正常な人の2倍近い厚さ(1.7ミリ)に肥厚し、弾力性を失いかかっていた。

手術後、不整脈の一つである心房細動に悩まされたのは、心臓手術によって傷つけられ弾力性を失った心筋が基礎疾患となって、時々、心臓の細胞があちこちで異常な動きを見せるためだと診断された。そこで、術後8年目(‘07年)、心房細動の根治治療に踏み切った。

カテーテル(ビニールの細い管)を腿の付け根から差し入れて、心臓まで押し進め、異常行動を起こす細胞を捜索・特定し、高周波で焼き切る。

カテーテル・アブレーション(電気焼妁)といわれる最先端の不整脈治療法だ。その上、術後、何種類かの薬の服用を強いられ、辛うじて心房細動の再発を阻止している。

心臓手術を経験すると、心房細動を起こしやすくなる。橋本龍太郎元首相は、心臓の弁(僧帽弁)がうまく閉じなくなり、私と同じように人工の機械弁に取り替える手術を受けた。

その3年後(‘06)、同じように心房細動を起こし、心臓で出来た血栓(血の塊)が飛んで腸に栄養を送る動脈を詰まらせ、どんな鎮痛剤も効かない激痛を訴えながら死亡した、といわれる。

死因は「腸管虚血を原因とする敗血症ショックによる多臓器不全」だが、この場合の基礎疾患は心臓手術→心房細動である。しかし、いまさら手術経験をなかったことには出来ない。

そこで、薬で心房細動を抑え込むことになるのだが、「すべての薬は毒」である。大学の薬学部で教鞭をとっている友人は、学生にまずこのことを教えるという。

だから種類と量の処方にはくれぐれも慎重でなくてはならないのだが、日本では2万種類の薬が使われている。この中からピタリ鍵穴に合う一本の鍵のような薬を処方するのは、至難の技である。

マスターキーはない。そう考えると、副作用が出ないほうがおかしいともいうことが出来る。私もプレタールを服用しているが、渡部氏のような副作用は今のところない。鍵穴の型が異なるということだろう。

アメリカには「5種類以上の薬を処方する医者にはかかるな」というのが常識だそうだが、日本では65歳以上の高齢者は平均して6種類の薬を服用しているといわれる。

が、薬はあくまでその場しのぎの対症療法に過ぎない。その中で一番多いのは複数種の降圧剤だ。ほとんどの降圧剤には性的機能を不能にする副作用があることはあまり知られていない。「そのお歳でもういいでしょう」と、医者はなめて処方しているのかもしれない。なめるな! 

基礎疾患である生活習慣病の克服こそが根治治療法であり、それができれば “毒”をのまなくてよくなる理屈である。“夜明けのテント”も夢ではなくなるかもしれない。        


2019年03月03日

◆マッケイブ元FBI長官の新書発表

Andy Chang


司法省監察長官に嘘を吐いた廉で免職されたマッケイブ(Andrew
McCabe)元FBI長官が“The Threat”と言うタイトルの本を出した。本
の副題は「How The FBI Protects American in The Age of Terror and
Trump」、つまりDOJ/FBIの上層部のトランプ罷免陰謀を正当化するために
書いた本である。

マッケイブはFBI副長官だったがコーメイ長官が免職になったので繰
り上げて代理長官となった。彼自身は引退する予定だったけれど、司
法省の監察長官に対し四回もウソを吐いた廉で引退直前(26時間前)
に免職になった男である。2016年の大統領選挙の際にFBIがトランプ
に不利な情報を意図的にメディアに洩らした事実を4度も監査官に聞
かれ4度とも否認した嘘吐きである。

「トランプに不利な情報」とはヒラリーの金ででっち上げたスティー
ル文書のことである。この文書に信憑性がない事は2016年5月と10
月に司法省のBruce Ohrが説明したのでわかっていたが、ウソとわか
っていたにも拘らずDOJ/FBIはスティール文書をWall Street Journal
のほか二か所に洩らし、この文書を使って法廷にFISA(外国スパイ調
査許可)の申請を提出したあと、トランプが当選したあとも3回ほど調
査の延期を申請したのである。コーメイFBI長官はトランプが当選し
た後の2017年1月4日にトランプと会見して「スティール文書は信憑
性に欠ける代物だ」と述べたにも拘らず会見後もスティール文書を使
ったFISAの延長を3回申請した。

DOJ/FBIの反トランプ陰謀の外にも国会はトランプの就任後もスティ
ール文書を理由にしてマラー氏を特別検察官に指名してトランプのロ
シア癒着を調査した。マッケイブの新書はトランプの罷免陰謀につい
ての弁解書である。トランプがロシアのスパイ要員(Asset)である可
能性を調査したとして正当性を主張しているのである。

この本はDOJ/FBIの上層部数人がトランプを罷免する証拠を研究して
いた、つまりトランプを罷免する陰謀の経緯が書かれていたのである。
新書発表のあともマッケイブはCBSの60Minutes とMSNBCのテレビ対談
で、ローゼンシュタイン司法副部長とFBI職員たちと一緒にどうやっ
てトランプを罷免する方法と証拠集めを討論していた。トランプ罷免
の秘密会談だがローゼンシュタインが首謀者だと陰謀の責任をなすり
付けている。

マッケイブはテレビ対談で、トランプ大統領がコーメィFBI長官を罷
免した8日後、マッケイブFBI長官、ローゼンシュタイン司法省副長
官やその他DOJ/FBIの職員数人がトランプ罷免の相談を行ったと話し
た。つまりクーデターの相談をした事実を発表したのである。

この集会でローゼンシュタインはトランプを罷免するには憲法改正第
25条を使えばよい、「大統領が日常の責務を果たせなくなったと認定
された場合、国会及び上院の両方で3分の2以上の賛成を得て副大統
領を大統領に繰り上げることが出来る」と述べた。

トランプが大統領の責務を果たせない証拠は、ローゼンシュタインや
DOJ/FBI職員が身体に録音機を隠してホワイトハウスに赴き、トランプ
大統領との会談を録音し、録音を国会議員に提供し、国会議員が憲法
改正第25条を行使してトランプを罷免すればよいと述べたと言う。

つまりトランプが正常な人間でない証拠を秘密録音し、国会議員に渡
して罷免に持ち込むという陰謀である。これが事実であればトランプ
罷免を画策したグループ全員が国家転覆罪で有罪判決を受けることに
なる。たとえローゼンシュタインを首謀者に仕立ててもマッケイブそ
の他の参加者も同罪である。

憲法改正第25条はDOJ/FBIの公務員が使うことができない。国会議員
のみがこれを行使できる。大統領を罷免する権限を持たない公務員が
大統領が不能者である証拠を作るのは明らかにクーデターである。ま
してやホワイトハウスでトランプとの会談を秘密録音するのは明らか
に違法であり国家転覆を図る大罪である。

ローゼンシュタインが秘密録音をすることはメディアが二カ月前に報
道したことでローゼンシュタインはこのニュースが発表されると直ち
にトランプと会見して「秘密録音は冗談で言ったことだ」と釈明した。
但し憲法改正第25条を行使することは冬至のニュースに報道されて
おらず、彼もトランプに釈明しなかった。

マッケイブは新書出版のあとMSNBCのChris Hays記者との対談で「コ
ーメイ長官が罷免された8日後にDOJ/FBIの数人が集まって相談した
際にローゼンシュタインが秘密録音をする提案をした」と述べた。つ
まりローゼンシュタインが首謀者と言うマッケイブの責任逃れである。

マッケイブは免職され裁判にかけられるはずだが裁判の前にFBIがト
ランプのロシアのスパイ嫌疑調査を正当化するためにこの本を書いた
のである。しかし自分の責任逃れのために仲間も同罪に引き込む結果
となったのも確かである。

この本、“The Threat”はマッケイブFBI長官がトランプのロシアのス
パイ嫌疑を調査した事を正当化することが出来なかった。しかし
DOJ/FBIのトップが共謀してトランプ大統領を罷免しようとしたこと
で「闇の帝国(Deep State)」が如何に巨大であるかが明らかになった。

トランプのロシア癒着の証拠は一つも見つかっていない。しかしトラ
ンプ陣営の5人以上が起訴された。その反面、「闇の帝国」のマッケイ
ブ、ローゼンシュタイン、コーメイ、クラッパー元NSA長官、ブレナ
ン元CIA長官などは一人も起訴されていない。ヒラリーは犯罪が18件
以上証明されたのに一度も起訴されていない。「闇の帝国」は巨大、し
かも健在である。

at 09:00 | Comment(0) | Andy Chang

◆パキスタン政界に衝撃

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月28日(木曜日)弐 通巻第6008号

パキスタン政界に衝撃。中国はパキスタンの空爆報復を支持しない
  庇護者だった筈が、なぜインドの言い分も聞き分けるのか?

インド、パキスタン国境が騒がしい。

もともとカシミールの領有をめぐって激しい国境紛争、軍事衝突を繰り返
してきたが、1999年以来、目立った動きはなかった。

インドに自爆テロをしかけ40人を殺害した過激派はパキススタンから出撃
したため、インド空軍は武装集団の拠点を空爆した。「テロリストの拠点
だったからだ」と主張するインドに対して、パキスタンは「民間人が多く
死傷した」と激怒した。死者は6名といわれる。

インド空軍機が再びパキスタン領空を侵犯した。すぐにパキスタンが撃墜
し、インド空軍のパイロットひとりを捕虜とした。

インドはミグ21,対抗したパキスタンはF16で迎撃した。

米国は「エスカレートするな」と両国に警告した。インド軍は、ただちに
次の軍事作戦を協議するため、モディ首相の自宅に軍幹部が深夜に集合し
緊急対策を協議した。

イムラン・カーン(パキスタン首相)は、「このままでは核戦争に突入す
る。早急にデリーと話し合う」としたが、インドは無反応。パキスタンは
中国の介入を期待したが、北京は冷淡にも、「今次の軍事衝突に中国は介
入しない」としてパキスタンを弁護せず、イスラマバードに衝撃が走った。

パキスタンの有力紙『ザ・ドーン』は、4月に北京で開催予定の「BRI
国際フォーラムに、初回ボイコットしたインドを何としても参加させたい
からだ」と報じた。

BIR国際フォーラムとは「一帯一路」(Belt Road 
Initiative)の関係国130ヶ国を招いて、国際協力を要請する
という習近平の目玉である。米国も同会議にはオブザーバーを派遣すると
している。インドは、はじめからこのフォーラムを無視してきた経緯がある。

それにしてもインド vs パキスタンの軍事衝突。ベネズエラが燃え、
米朝首脳会議が開催されているときに、不適切なタイミングで起きたもの
である。
          
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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
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  ♪
ニッキー・ヘイリー(前米国国連大使)が政治活動を再開
  「中国はアメリカにとって外国の最悪最大の脅威」だ
**********************************

「米国の経済、文化、国家安全保障」を強力に推進させるための助言グ
ループを主導し、提言活動を開始したのは、あのニッキー・ヘイリー(前
国連大使)だ。

最初のパンチ。

「共産主義独裁の中国は、おそらく世界一の、人間性を踏みにじる悪魔的
存在である」

「米国民にとっての安全、利害、価値観に多子弟最大のそとからの脅威で
ある」として、共和党保守派の「ロシア、イランと同列に論じる」趣きに
釘を刺した。

ヘイリー女史は2016年の大統領選挙でサウス・カロライナ州知事としての
著名度もあって、最初はマルコ・ルビオ上院議員を、ついでテッド・ク
ルーズ上院議員を推薦し、トランプを終始批判し続けた。ところがトラン
プの当選直後、最初の指名がニッキー・ヘイリー国連大使だった。電撃的
ショックをワシントンにもたらした。

これはレーガンが政敵だったブッシュ陣営からベーカーを首席補佐官に任
命したような人事上の椿事でもあった。

その後の2年間、ヘイリーは、「アメリカ・フォースト」を掲げるトラン
プのナショナリズムに基づく外交を着実に推進し、中国とロシアを批判
し、国連人権委員会からは脱退し、米国の国連分担金を3億ドル弱も削減
し、それでいて「この2年間、国連は変貌した。米国の主張への理解が増
えた」と自画自賛した。

ヘイリーはインド系アメリカ人女性として、初の国連大使であり、そのタ
カ派発言に世界は注目した。

国連大使辞任の理由を「休暇を取りたい」などとしたのは下手な芝居で
あって、誰も信じておらず、ホワイトハウスの権力闘争が絡んだ。とくに
クシュナー・イバンカ夫妻との確執が伝えられた。

さて、彼女が助言集団を形成し、政治発言を再開した背景は何か?

ヘイリーは明らかに2024年の大統領選挙を視座に入れている。その政治
キャリアから言っても、発言記録からみても、資格は十分。今後の仕事
は、様々な政治的機会を利用してつねに提言をし続けながら著名度を保ち
つつ、共和党内での地歩を磐石にすることにある。

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樋泉克夫のコラム
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―「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(5)
  東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

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折から起こる反日運動の背景を、若者は考えた。

たとえば上海租界の「義勇隊などの御厄介になるのは日本人が一番多い癖
に志願者は一人もないそう」であり、フランス租界にあるフランス経営の
公園に「休日など行つて見たら、日本人が大部分を占領してゐ」たり、軽
快な服装をした西洋人親子が楽しんでいる中に、その輪に加わることなく
「汚れた着物を着流して時代後れの深ゴムの靴、眞?い3年越しの麥藁帽
を阿彌陀に被つて腰には烟草入れを下げてゐ」たり――上海在留日本人の姿
は「外人のそれと比較して何たる對照だらう」。

極め付きは蘇州で街頭での体験になる。彼ら日本人学生が「30人も騒 が
しく鈴を鳴してこの狹い道を通つて行くと、兩方の家の内から皆んなが
飛出して來て、色?く陽に焦げけた東夷の學生が馬上顧眄の豪傑振り乍
ら、しかも、落馬せんとし乍ら往くのを眺めた。この大勢は少なからず蘇
州の排日氣勢を昂めたことゝと思うはれる」。

日本人自らの無自覚な振る舞いもまた「排日氣勢を昂めた」と考える
「若者の感覚」と、「序」に記された「拝日問題で注意すべき一事は」、
「歐米の商品を扱つて居るものが故意にやる外は支那で相當名のある實業
家や多數商人は一般に日貨排斥の意志を眞から持つては居ないので唯學生
の危害を惧れるのと民衆への氣兼から形式的にやつて居る仕事である云ふ
點である」と指摘する「大人の思考」の間の落差は、いったい何に起因す
るのか。

それが世代の、人生経験の、あるいは世間知の違いに直接的に結びつい
ているとも思えない。

この時から現在にまで続く中国における排日、あるいは反日の動きを振り
返るなら、「(上海共同租界の)義勇隊などの御厄介になるのは日本人が
一番多い癖に志願者は一人もない」ことへの疑問、大正時代の若者が上海
の公園で感じたであろう気恥ずかしさ、「東夷の學生」が蘇州の街路で皮
膚感覚で直感したであろう一種の蔑みの視線は、やはり軽視すべきではな
かったのではないか。

この時の義憤が「政治家や實業家は恕す可しと雖も、考のあると云はれ
る學者までが浮れて日支親善なぞと眞面目くさつてるのは言語同斷だ」と
の思いに繋がっているように思えて仕方がないのだが。

もう少し、日本人の振る舞いに対する若者の考えを追ってみたい。そ こ
で、漢口の租界を訪ねた際の感想を見ておくことにする。

「何處でもそうだが、殊に支那などに於ては、未だ一般に外國の事情に通
ぜぬので、多くは服装の良否や、建物の大小美醜などで、其國の優秀貧富
などを、きめる傾向があるから、列強と相對峙して、威勢を張り、發展を
策するには、どうしても此點に於て、大なる注意を要し、居留地には他國
に劣らぬ設備をなすと共に」、在留者であれ旅行者であれ服装から立ち居
振る舞いにいたるまで、やはり「他國人に劣らぬだけの心掛けが大切」
だ。それというのも、「既に體格に於て、歐米人は無論、支那人よりも見
劣りのする我々が、服装でも醜かつたらば、彼等の蔑視を受けるのは當然
である」からだ。

言わば見た目がイチバン。

嘗められたら最後で、トコトン嘗められてしまう。

ところが「昨夏來遊した向陵の健兒」――東大の前身である第一高等学校の
学生――は、やってはイケナイことをヤッチまった。日本では超エリートで
あればこそ許される弊衣破帽というバンカラスタイルも、外地では一切通
用しない。

だが、彼らは「矢張内地そのまゝの蠻から姿でやつて來たので、事情を知
らぬ外人や支那人から、日本で最も有名な學校の生徒があの姿では、と少
なからぬ侮蔑や指彈を受けて、在留邦人も大いに迷惑した」。
「之れは尤もの事で日本人たるものゝの深く省みねばならぬ事柄である」
ことは確かだ。《QED》