2019年04月28日

◆文在寅、親北反米路線で確信犯

櫻井よしこ


南北両朝鮮が米国に追い詰められている。とりわけ韓国の文在寅大統領へ
の米国の圧力は巧妙である。

4月11日、文氏は“建国”を祝う予定だったが、米韓首脳会談のため、大事
なその記念式典を諦めて訪米した。にも拘わらず、ホワイトハウスでのト
ランプ大統領との会談は、前代未聞の哀れな結果に終わった。

文氏は10日にソウルを出発し、同日夕方にワシントンに到着したが、米国
側との予定は一切組まれていなかった。翌11日午前中に、ポンペオ国務長
官、ボルトン大統領補佐官、ペンス副大統領とそれぞれ面会したが、3氏
共に文氏の北朝鮮寄りの姿勢に批判を加えたと見られる。北朝鮮に非核化
の意思は読みとれず、制裁緩和はあり得ない、米国はむしろ制裁強化を考
えていることなどが強調されたと考えてよいだろう。

その後、トランプ、文両首脳は夫人を伴って首脳会談を行った。夫人同伴
の首脳会談など通常はあり得ない。トランプ氏は文氏と二人で語り合う必
要を認めていなかったのだ。現に会談冒頭、メディアからゴルフのマス
ターズトーナメントの勝者は誰になると思うかと問われ、トランプ氏は文
氏を横においたまま延々と語った。結局27分間もトランプ氏の話が続き、
文氏との会談時間は驚きの2分間、しかも通訳つきだ。その後に他の閣僚
たちも参加しての昼食となった。4月12日、ネット配信の『言論テレビ』
で元駐日韓国大使館公使の洪熒(ホンヒョン)氏が語った。

「2月末にベトナムの首都ハノイで米朝会談が決裂した後、文氏は康京和
(カンギョンファ)外相や鄭景斗(チョンギョンドゥ)国防部長官を米国に送
り、三度目の米朝首脳会談の開催や対北朝鮮制裁の解除を要請させまし
た。対北経済援助で米国には負担をかけない、韓国が負担するので開城
(ケソン)工業団地も金剛山(クムガンサン)観光も再開させてほしい、など
とも言わせました。米国側は全て拒否し、そのような話題であれば、米韓
首脳会談はなしだと、通告したのです」

一人飯

朝鮮問題の専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」研究員の西岡力
氏も『言論テレビ』で語った。

「朝鮮語で『一人飯』をホンバプといいます。韓国の若者の間で一人でご
飯を食べるのが増えていて、ホンバプという言葉が流行っているのです。
文氏は米国到着の10日夜がホンバプ、11日朝もホンバプ、11日昼にようや
く米国側との食事にあり付いた。本当に相手にされなかったのです」

米国の厳しい態度は文政権の裏切りに対する冷遇だと洪氏が断じる。文氏
の裏切りとは、米朝首脳会談を実現させるために、文氏が金正恩氏は北朝
鮮の非核化を決意していると米国に伝えたことだ。正恩氏が表明したのは
北朝鮮の非核化ではなく、朝鮮半島の非核化である。これは韓国を守るた
めに米国の核を使うという発想自体もなくしてしまうこと、即ち米韓同盟
の破棄を目指す言葉であり、北朝鮮が所有する全ての核や関連施設の一掃
とは、全く異なる。

当初、北朝鮮の非核化に希望を抱いたトランプ政権は、やがて正恩氏に非
核化の意思がないこと、文氏の嘘を確信したと思われる。国連制裁に違反
してでも北朝鮮支援に動こうとする文氏を牽制するために、米国政府は文
政権の頭越しに韓国の経済界に働きかけ始めた。

昨年9月には、ニューヨークにある韓国の七つの銀行の支店に米財務省が
直接電話をして、米国が北朝鮮に制裁をかけていることを承知しているか
と警告した。西岡氏が語った。

「韓国系の銀行は現在、送金業務を止めているといわれます。もし送金に
北朝鮮と関係する資金が入っていれば、米国の副次的制裁(secondary
sanction)を受け、一切のドル決済が停止されるやもしれない。そうなっ
たら銀行は潰れます」

昨年4月27日の板門店での南北首脳会談にも、9月18日の平壌での南北首脳
会談にも、文氏は多くの韓国企業代表と開城工業団地の組合長らを同行さ
せた。文氏は金正恩氏と共に白頭山に登ったが、そのとき正恩氏に開城工
業団地組合長を紹介し、組合長に直訴させた。「委員長様、何とか開城工
業団地を再開させて下さい」と。

正恩氏は今年新年の辞で「南朝鮮の人民の要望に応えて、無条件で開城工
業団地を再開する」と演説し、それを受けて文氏は開城工業団地再開で米
国を説得すると公言した。だが、北朝鮮を利するだけの工業団地再開に
は、前述のように米国が完全拒絶の姿勢を貫いた。

支持率は下がる一方

その間、ソウルの米大使館の専門官は文氏に同行した財閥や企業に直接電
話攻勢をかけた。米政府が北朝鮮に制裁をかけているのは承知か、と警告
したのである。洪氏が強調した。

「米国は朝鮮半島での70年間に多くの教訓を得ています。そしていま、文
在寅と韓国企業を切り離しているのです。文は米国の警告を聞かない。な
らば企業や韓国国民に直接働きかけようというわけです。核を諦めない北
朝鮮に送金を続けるのか、米国との貿易や自由社会との絆を選ぶのか、と
米国は迫っています」

韓国国民も文氏の危うさを実感しているに違いない。支持率は下がる一方
だ。経済は停滞し失業率は高まり続けている。にもかかわらず、文氏は最
低賃金をこの2年間で約30%も引き上げた。残業を規制し労働時間を大幅
に短くした。人件費は高騰し、倒産は急増、失業率がさらにはね上がる悪
循環である。笑い話のような現実を西岡氏が紹介した。

「統計上失業者が増えると困るので、文氏は60歳以上の失業者に週1回大
学に行って電気を消す、又はゴミ拾いをするなどの仕事を作り、役所が賃
金を払うことにしました。税金で失業率の統計に化粧を施しているのです」

支持率低下や米国の警告にもめげず、親北路線を変えない強い反米の意思
が文氏の人事から読みとれる。一例が統一部長官に指名された金錬鉄(キ
ムヨンチョル)氏である。この人物は米国が韓国に要請した
THAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備に反対し、開城工業団地の早
期再開を主張する反米主義者である。

同人事は韓国議会の反対にも拘わらず、文氏は考えを変えなかった。文氏
は米国に公然と対立姿勢を見せたに等しく、米国を欺く手法で開城工業団
地再開をはじめ北朝鮮支援に走り出しかねない。

暴走の気配を見せる文氏に、米国が対決姿勢を強め、韓国国内では対抗勢
力が力をつけつつある。2月27日、自由韓国党の代表に黄教安(ファンギョ
アン)氏が選ばれた。朴槿恵政権で法務部長官や首相を務めた公安検事出
身の62歳は、文政権の安保政策と経済政策を「亡国政策」と批判する。

野党勢力はまだ弱いが、それでも文氏の足下は決して盤石ではない。韓国
はいつ何が起きてもおかしくない緊張の中にある。

『週刊新潮』 2019年4月25日号 日本ルネッサンス 第849回

◆法律コラム

川原 俊明 弁護士


「法務局における自筆証書遺言の保管制度」

2018年7月6日、配偶者居住権の創設、遺産分割前における預貯金
債権の行使、遺産の一部分割、自筆証書遺言の方式の緩和、自筆証書遺
言保管制度の創設、遺言執行者の権限の明確化、等の相続関係の法改正
が行われました。

その中でも、私たちに最も身近なものといえば、やはり、2020年7
月10日から施行される自筆遺言書保管制度の創設です。
これは、自筆証書遺言書を法務局で保管することによって相続開始後、
家庭裁判所による検認が不要となるものです。

従来は、公正証書遺言書によるものだけが、家庭裁判所による検認を不
要とされていたものが、自筆証書遺言書の場合にも認められたのです。
ただし、ここで注意しなければならなのは、この制度によって、法務局
が内容まで確認しないので遺言書の有効性が担保されないことです。

内容が無効であれば、せっかくこの制度を利用しても遺言書の内容が実現
されない場合が出てきます。

この点を考えれば、やはり、公証人に内容を確認してもらえる公正証書
遺言書を選択するのが、賢明だと思います。

どれだけの人が、この新しい制度を利用することになるのか楽しみでは
あります。

2019年04月27日

◆日本語は私と台湾の架け橋

     Andy Chang 


台中の喜早天海さんからメールが来て、今年1月の忘年会を最後に
「台日会」(台日交流聯誼会)を解散することになった、以後は食事
会だけとすることにしたとのことだった。

「台日会」は1999年10月に喜早天海さんが世話人となって立ち上げた「台
中会」(台湾中部地区聯誼会)を2005年に「台日会」に変えた日本語世代
と日本人の聯誼会である。

つまり喜早さんはこの20年来、台湾中部における台湾人日本語世代と在台
日本人、及び在日湾生(台湾生まれ日本人)の聯誼会の発起人、世話人で
ある。20年にわたる台湾と日本の架け橋、まこと
にご苦労様でした。

1945年に太平洋戦争が終わってから74年たって台湾人の日本語世代が
少なくなり会員も減ってしまったので台日会の解散は当然の成り行き
だった。

日本語世代とは戦争が終わるまで日本語教育を受けた人たちのことであ
る。戦争前に台湾に生まれ、ある程度の日本語教育を受けた世代は昭和一
桁までである。日本語を聞いてわかる、話せる、書けるという3階段を自
在にこなせる世代とは少なくとも終戦までに中学3年ぐらいの日本語教育
をうけた人達のことだから90歳前後で、今ではほとんど居なくなった。

私は昭和9年、つまり昭和一桁最後の年に台湾嘉義市に生まれた。旭
小学校で四年まで日本語教育を受けたことになっているが実際には4
年に上がってまもなくアメリカの飛行機が毎日のように爆弾を落とす
ようになったので二学期が始まるとまもなく田舎に疎開した。

つまり私が正式に受けた日本語教育は小学校3年プラス1学期だけである。

戦争が終わって中学、大学と中国語の教育を受け、1年半の兵役のあ
と1959年に24歳でアメリカに留学し、博士号を取得した後就職してア
メリカに帰化した。それから2019年の今日まで60年余りアメリカで暮
らしている。台湾に生まれて24年、アメリカで60年、日本に住んだこ
とはない。それでも私の母語は日本語で、日本語のお蔭で台湾との繋
がりが続いている。

60年もアメリカに住んでアメリカで仕事をしていた約40年間は台湾の
父母が健在だったが、父母が亡くなり、アメリカの職を引いた後の20
年は個人的な台湾と繋がりである。

アメリカに住んでいながら台湾との繋がりがあったのは、一つには台北俳
句会に加入したこと、もう一つは日本のメルマガでAC通信を立ち上げて日
本語で記事を書き、日本語世代の先達が記事をコピーして友人に送った
り、宮崎正弘さん、渡部亮次郎さん、金谷譲さんなどがそれぞれのブログ
に転載してくれたおかげで台湾と日本の読者や友人が増えた。

つまり台北俳句会とAC通信で書き続けたおかげ、日本語が私と台湾、私と
日本の架け橋となったのである。アメリカで英語で暮らしている私が日本
語の物書きとなったおかげで日本や台湾に友人知人がたくさん出来たのは
誠に不思議な縁と言える。

台北俳句会に入会したのはひょんな出来事からだった。中学の先輩
で私と兄弟付き合いをしていた陳錫恭さんが台北俳句会で披講役をし
ていて、ときどき句会報を送ってくれるので、92年の夏に私が「台北
俳句、みんなうまくなった。

以前はオレの方が…と思っていたのが、やがてオレだって…となり、今では
オレよりも…となった」と冗談メールを送ったところ、錫恭さんが「生意
気なことを言うな。それなら自分でやってみろ」と言って無理やり入会さ
せられ、アメリカから台北俳句会にファックスで投句していたのである。

それから間もなく母がボケて、父も白内障と難聴で日常生活が困難
になったので兄弟に助けを求めた。ところが日本の兄弟たちいろいろ
口実をつけて親の世話をしないので仕方なく私が引退してアメリカと
台湾を行き来して親の世話をすることになった。

こうして俳句会に出席する機会もあるようになり友人も増えた。俳句会で
仲良くなった陳蘭美さんは新竹高女の出身で、96年ごろに彼女の同窓生
だった台中の鄭順娘さんを紹介された。鄭さんは有名な台中県霧峰の林献
堂氏の後裔で、社会奉仕に熱心な方で画家でもある。順娘さんのお宅を訪
問するようになったお陰で喜早さんと知り合ったのは98年ごろである。

劉丕さんとも仲良くなってときどき鄭順娘さんのところで一緒になって
いた。

父母の世話をしていた頃はまだパソコンの日本語ソフトが普及して
いなかったので、ワープロで「フライディ・ランチクラブ」を書き、
1996年に日本の新風舎で出版した。このあと兄弟のあまりにもひどい
親不孝を書き綴った「不孝のカルテ」を1999年に東京図書出版会から
出版した。

2000年になってパソコンでメールマガジンを発行するようになり、
メール通信で私の記事を読んだ神保隆見さんに誘われて、神保さんと
田中宇と私の三人でMicrosoft Magazineに「国際通信」を立ち上げた
が数か月で解散になったので、Melma!から私個人の「AC通信」を立ち
上げ今日で19年目になる。

AC通信に登録した読者は今では805人だが、「宮崎正弘の国際ニュース」
と渡部亮次郎氏のメイ ル・マガジン「頂門の一針」が私の記事を転載し
てくれるので日本の読者は多い。
以前は金谷譲氏も転載していたが最近の事情は知らない。他にも二
三、転載許可を求めた来たブログがあったが転載は自由なので確かな
読者数は知らない。

 台湾の日本語世代はパソコンが出来ない人が多いので台北の「友愛
会」の張文芳主宰が「AC通信」をコピーして頒布していた。友愛会の
ほかに品川淳さんがパソコンを指導した台中一中の先輩たちと知り合い、
親しく付き合っていたが今ではみんな亡くなった。日本語世代は台湾
にもアメリカにもいるのでAC通信のお蔭で友人がずいぶん増えた。日本
語は私と台湾と日本の架け橋なのだ。日本語世代の人たちが記事をコ
ピーして友人に分けているので知らない読者も多い。

 AC通信を始めた2000年はちょうど陳水扁が台湾総統に当選して新政
権を始めたばかりだったが、国民党の陳水扁政権に対する迫害があま
りにも酷いので、台湾丸の沈没?」シリーズを書き始めた。

このシリーズが日本と台湾で非常に受けて、読者から中国語で書けと言わ
れるようになった。私には日本語で書く方が早いし中国語のワープロが複
雑で不便である。それでもなんとか中国語の手書きワープロで翻訳して
「台湾号会沈没?」を前衛出版社から出したのが2002年。

続けて日本語の記事「ガンバレ台湾丸」を翻訳して2004年に「台湾号加
油!」を発表した。日本語版に続けて中国語版を作る作業は二重の労苦で
ある。

2004年に陳水扁の第2回総統選挙で狙撃事件が起きた。もちろん国
民党の陰謀だが、国民党はこれを陳水扁の自作自演の陰謀と言い張っ
て大々的なでっち上げ調査を行ったので、国民党の嘘を暴くためAC通
信で狙撃事件を追及し、2005年に前衛出版社から「連宋之乱的真相」
を出版した。

これに続けて「台湾丸の難航」(日本語)と「台湾号的難航」(中国語)
を2005年、「台湾丸的航向(台湾丸の針路)」を2009年に発行した。メル
マガの「台湾丸」記事を中国語に訳して台湾で発行する仕事は2009年限り
で止めた。

台湾丸シリーズの外に私が国民党の汚職の真相を追求した事件がラ
ファイェット事件である。1987年に台湾の海軍がフランスからラファ
イェット型巡洋艦を6隻購入する計画を立てたが、同じ巡洋艦6隻をシ
ンガポール海軍が12.5億ドルで購入したのに、台湾の中華民国海軍は
予算をどんどん追加して最終的に26億ドル余で契約し、おまけに18%
のリベートと言うとんでもない契約である。

ところが契約を結んだ直後に中国が抗議し反対したのでフランス政府は販
売を一時中止し、デュマ外相がラファイェットの設計図を中国に「進呈」
したあと、台湾の海軍は巡洋艦の武器系統全部を中国に献上し、空になっ
た船の武器装備のために新たに20億ドルの武器購買予算を組んだのである。

12.5億ドルから26億ドルに膨れ上がった予算のうち13億ドルを台湾海
軍、フランスと中国の三国で分けたのである。新しい武器購買のため
にフランスに赴いた尹清楓海軍大佐が台湾海軍のとんでもない汚職の
事実を発見し、告発しようとして93年12月に殺害された。これがラフ
ァイェット疑獄である。

ラファイェット疑獄は海軍のチンパン(青幇)と竹聯幇が中国と繋
がっているので、調査が進むと台湾では尹清楓大佐の外に12人ほどの
関係者が不審死を遂げたし、フランスでも関係者12人ほどが不審死を
遂げている。

私はAC通信で2005年12月年から2006年12月までラファイェット疑獄を
追及し、まとめて「拉法葉弊案的研究」を2006年に出版した。続いて
2008年にはラファイェット疑獄のスライドを作って台北の楊基詮中心
で台湾語で講演、友愛会で日本語の講演をしたあと日本に赴き靖国会
館で日本語、東京の外人記者クラブで英語の講演を行った。

日本での講演は宮崎正弘先生と東海子さんのお世話になった。

日本と台湾の繋がりはアメリカでもいろいろな会合を作って行われた。
2003年ごろからロスアンゼルスの台湾人十数人と「南加州台湾会」を立
ち上げ、定期的に会合があった。当時の台湾問題についてスライドを
作り、年に3回ほど台湾に行き、台北の楊基詮中心、新竹や台中、嘉義
などで講演していた。

また、台湾人の会合とは別にロス在住の日本人と台湾人数人で「緑の会」
を作り、台湾の現状や独立問題について講演会を開いていたが2011年に解
散した。

台湾独立宣言については有名な1964年に有名な彭明敏の「台湾自救
運動宣言」がある。これは台湾独立運動の重要な文献で彭明敏、謝
聰敏、魏廷朝の3人がコピーを作成した時点で逮捕された。

私はこの独立宣言を読んだあと、2009年9月に南加州台湾会で「彭明敏の
独立宣言は台湾人に向けて書かれたものだが、台湾人が外国に向けて書
いた宣言ではない。よって我々が外国に向けた独立宣言を発表したら
どうだろう」と提案したところ全員が大賛成、我われの宣言を作るこ
とになった。これで12人が原稿作りを始めたが、10月に私が英語、
日本語、中国語の原稿を作成したものの、もう一つの原稿は外国向けと
台湾向けの内容となり、私の「外国向け宣言」とその他の「外国と
台湾人民向け」の2つの原稿で論争が起きた。

2010年4月に二つの原稿を台湾に持ち帰って鄭自才氏と2人で6箇所
ほどの団体を訪問して意見を聞いて回ったところ、台湾の諸団体は
みな「台湾向けの独立主張は我われがやっている」と言い、「外国
向け宣言」に賛成だった。この結果をアメリカに持ち帰って報告し
たが賛成を得ることが出来なかったので、やむなく私が一人で資金
を集め、2010年7月10日にニューヨークタイムスで「台湾人民独立
宣言」を発表した。この発表は親友の郭さん、林さん、呉さんの援
助で発表したのである。このように台湾人には独立願望があるにも
拘らず意見がなかなか纏まらないのが実情である。

台湾独立は政府に頼ることが出来ない。今の台湾政府は中華民国
政府で台湾国政府ではない。人民団体は意見がまとまらず実践行動
が少ない。中国の金銭と武力外交によって台湾とが外交関係のある
国はどんどん減っていく。政府がやらないなら国民外交をやるべき
だが意見が一致しない。

2011年に私が「東南アジア平和聯盟」(PASEA:Peace Assosiation
of SouthEast Asia)を提案し、南加州台湾会では全員賛成だった。
PASEAはマハティールが提案したASEAN、2012年に安倍首相が提案し
たダイアモンド構想と同じだが、違うのは台湾の民間団体が主導し
て行うことである。ところが台湾で幾つかの民間団体にPASEAを説明
したら誰も賛成しなかった。台湾の民間団体は国民外交に興味が
なく政府もやらない。これでは国際的に孤立した台湾の状況を改善
できない。私の提案も机上の空論となった。

思いつくままこの20年間の私と台湾の繋がりを書いてみた。この
20年のあいだAC通信を通じていろいろな人と知り合い、いろいろな
人に大変お世話になった。感謝の心でいっぱいである。

室生犀星は「ふるさとは遠くにありて思ふもの、そして悲しくうたふ
もの」と書き、「よしや うらぶれて異土の乞食となるとても 帰ると
ころにあるまじや」と続けた。そうだろうか?

私にとって「骨は異郷に朽ちるとも、こころは故郷台湾に」である。
遠くカリフォルニアに居ても台湾を思うこころは変わらない。
私と台湾の架け橋は日本語であることにも変わりはない。
台北俳句会は続けるし、AC通信も可能な限り続ける。


at 09:00 | Comment(0) | Andy Chang

◆「風立ちぬ」の命日

渡部 亮次郎

5月28日。名作「風立ちぬ」の作者。20世紀の業病(号病)肺結核をモ
チーフにし、肺結核に倒れた堀辰雄の命日である。今から61年前、
1953(昭和28)年のことだった。

「風立ちぬ」という松田聖子のアルバムもあるが「立ちぬ」という感傷的
な語感を借りただけで、堀の作品とは無関係である。

堀 辰雄(ほり たつお)のことを知ったのは中学生の頃で、兄が読んでい
たのを勝手に読んだのかも知れない。死去した時は既に高校2年生。関心
は別のところに変わり、その死は知らなかった。

堀 辰雄は 明治37(1904)年12月28日、東京市麹町区平河町(現在は東京
都千代田区)で生まれた。 最終学歴は東京帝国大学国文科。

東京府立三中から第一高等学校へ入学。入学とともに神西清と知り合い、
終生の友人となる。

高校在学中に室生犀星や芥川龍之介とも知る。一方で、関東大震災の際に
母を失うという経験もあり、その後の彼の文学を形作ったのがこの期間で
あったといえる。

東京帝国大学文学部国文科入学後、中野重治や窪川鶴次郎らと知り合うか
たわら、小林秀雄や永井龍男らの同人誌にも関係し、プロレタリア文学派
と芸術派という、昭和文学を代表する流れの両方とのつながりをもった。

1930(昭和5)年に『聖家族』で文壇デビュー。 このころから肺結核を
病み、軽井沢に療養することも多く、そこを舞台にした作品を多くのこし
たことにもつながっていく。

1934年、矢野綾子と婚約するが、彼女も肺を病んでいたために、翌年、
八ヶ岳山麓の富士見高原療養所にふたりで入院する。しかし、綾子はその
冬に死去。この体験が、堀の代表作として知られる『風立ちぬ』の題材と
なった。

この『風立ちぬ』では、ポール・ヴァレリーの『海辺の墓地』を引用して
いる。このころから折口信夫から日本の古典文学の手ほどきを受ける。

王朝文学に題材を得た『かげろふの日記』のような作品や、『大和路・信
濃路』(1943年)のような随想的文章を書き始める。また、現代の女性の
姿を描くことにも挑戦し、『菜穂子』(1941年)のような、既婚女性の家
庭の中での自立を描く作品にも才能を発揮した。

戦時下の不安な時代に、時流に安易に迎合しない堀の作風は、後進の世代
の中にも多くの支持を得た。また、堀自身も後進の面倒をよく見ており、
立原道造、中村真一郎、福永武彦などが弟子のような存在として知られて
いる。

戦争末期からは症状も重くなり、戦後はほとんど作品の発表もできずに、
信濃追分で闘病生活を送った。

代表作「風立ちぬ」は1936(昭和11)年から執筆、『改造』などに分載さ
れたのち38年4月野田(のだ)書房より刊行。

「風立ちぬ、いざ生きめやも」とバレリーの詩句の引用をもって始め、リ
ルケの『鎮魂歌(レクイエム)』をエピローグに置く。

高原療養所とそこから山一つ隔てた「K村」とを舞台に、婚約者節子の病
床に寄り添い、やがて彼女に先だたれていく「私」が、死にさらされた自
分たちの生の意味と幸福の証(あかし)とを模索し、ついにそれらについ
ての確信を得ていく過程を描く。

婚約者矢野綾子の死という自らの痛切な体験を、詩情あふれることばのな
かで昇華し永遠の生の思想を訴えかけてくる点において、堀文学の代表的
名作となっている。
昭和28( 195年5月28日信濃追分(現・長野県北佐久郡軽井沢町)で死去
(満48歳没)2010・5・26
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

◆文在寅、親北反米路線で確信犯

櫻井よしこ


南北両朝鮮が米国に追い詰められている。とりわけ韓国の文在寅大統領へ
の米国の圧力は巧妙である。

4月11日、文氏は“建国”を祝う予定だったが、米韓首脳会談のため、大事
なその記念式典を諦めて訪米した。にも拘わらず、ホワイトハウスでのト
ランプ大統領との会談は、前代未聞の哀れな結果に終わった。

文氏は10日にソウルを出発し、同日夕方にワシントンに到着したが、米国
側との予定は一切組まれていなかった。翌11日午前中に、ポンペオ国務長
官、ボルトン大統領補佐官、ペンス副大統領とそれぞれ面会したが、三氏
共に文氏の北朝鮮寄りの姿勢に批判を加えたと見られる。北朝鮮に非核化
の意思は読みとれず、制裁緩和はあり得ない、米国はむしろ制裁強化を考
えていることなどが強調されたと考えてよいだろう。

その後、トランプ、文両首脳は夫人を伴って首脳会談を行った。夫人同伴
の首脳会談など通常はあり得ない。トランプ氏は文氏と二人で語り合う必
要を認めていなかったのだ。現に会談冒頭、メディアからゴルフのマス
ターズトーナメントの勝者は誰になると思うかと問われ、トランプ氏は文
氏を横においたまま延々と語った。結局27分間もトランプ氏の話が続き、
文氏との会談時間は驚きの2分間、しかも通訳つきだ。その後に他の閣僚
たちも参加しての昼食となった。4月12日、ネット配信の『言論テレビ』
で元駐日韓国大使館公使の洪熒(ホンヒョン)氏が語った。

「2月末にベトナムの首都ハノイで米朝会談が決裂した後、文氏は康京和
(カンギョンファ)外相や鄭景斗(チョンギョンドゥ)国防部長官を米国に送
り、三度目の米朝首脳会談の開催や対北朝鮮制裁の解除を要請させまし
た。対北経済援助で米国には負担をかけない、韓国が負担するので開城
(ケソン)工業団地も金剛山(クムガンサン)観光も再開させてほしい、など
とも言わせました。米国側は全て拒否し、そのような話題であれば、米韓
首脳会談はなしだと、通告したのです」

一人飯

朝鮮問題の専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」研究員の西岡力
氏も『言論テレビ』で語った。

「朝鮮語で『一人飯』をホンバプといいます。韓国の若者の間で一人でご
飯を食べるのが増えていて、ホンバプという言葉が流行っているのです。
文氏は米国到着の10日夜がホンバプ、11日朝もホンバプ、11日昼にようや
く米国側との食事にあり付いた。本当に相手にされなかったのです」

米国の厳しい態度は文政権の裏切りに対する冷遇だと洪氏が断じる。文氏
の裏切りとは、米朝首脳会談を実現させるために、文氏が金正恩氏は北朝
鮮の非核化を決意していると米国に伝えたことだ。正恩氏が表明したのは
北朝鮮の非核化ではなく、朝鮮半島の非核化である。これは韓国を守るた
めに米国の核を使うという発想自体もなくしてしまうこと、即ち米韓同盟
の破棄を目指す言葉であり、北朝鮮が所有する全ての核や関連施設の一掃
とは、全く異なる。

当初、北朝鮮の非核化に希望を抱いたトランプ政権は、やがて正恩氏に非
核化の意思がないこと、文氏の嘘を確信したと思われる。国連制裁に違反
してでも北朝鮮支援に動こうとする文氏を牽制するために、米国政府は文
政権の頭越しに韓国の経済界に働きかけ始めた。

昨年9月には、ニューヨークにある韓国の七つの銀行の支店に米財務省が
直接電話をして、米国が北朝鮮に制裁をかけていることを承知しているか
と警告した。西岡氏が語った。

「韓国系の銀行は現在、送金業務を止めているといわれます。もし送金に
北朝鮮と関係する資金が入っていれば、米国の副次的制裁(secondary
sanction)を受け、一切のドル決済が停止されるやもしれない。そうなっ
たら銀行は潰れます」

昨年4月27日の板門店での南北首脳会談にも、9月18日の平壌での南北首脳
会談にも、文氏は多くの韓国企業代表と開城工業団地の組合長らを同行さ
せた。文氏は金正恩氏と共に白頭山に登ったが、そのとき正恩氏に開城工
業団地組合長を紹介し、組合長に直訴させた。「委員長様、何とか開城工
業団地を再開させて下さい」と。

正恩氏は今年新年の辞で「南朝鮮の人民の要望に応えて、無条件で開城工
業団地を再開する」と演説し、それを受けて文氏は開城工業団地再開で米
国を説得すると公言した。だが、北朝鮮を利するだけの工業団地再開に
は、前述のように米国が完全拒絶の姿勢を貫いた。

支持率は下がる一方

その間、ソウルの米大使館の専門官は文氏に同行した財閥や企業に直接電
話攻勢をかけた。米政府が北朝鮮に制裁をかけているのは承知か、と警告
したのである。洪氏が強調した。

「米国は朝鮮半島での70年間に多くの教訓を得ています。そしていま、文
在寅と韓国企業を切り離しているのです。文は米国の警告を聞かない。な
らば企業や韓国国民に直接働きかけようというわけです。核を諦めない北
朝鮮に送金を続けるのか、米国との貿易や自由社会との絆を選ぶのか、と
米国は迫っています」

韓国国民も文氏の危うさを実感しているに違いない。支持率は下がる一方
だ。経済は停滞し失業率は高まり続けている。にもかかわらず、文氏は最
低賃金をこの2年間で約30%も引き上げた。残業を規制し労働時間を大幅
に短くした。人件費は高騰し、倒産は急増、失業率がさらにはね上がる悪
循環である。笑い話のような現実を西岡氏が紹介した。

「統計上失業者が増えると困るので、文氏は60歳以上の失業者に週1回大
学に行って電気を消す、又はゴミ拾いをするなどの仕事を作り、役所が賃
金を払うことにしました。税金で失業率の統計に化粧を施しているのです」

支持率低下や米国の警告にもめげず、親北路線を変えない強い反米の意思
が文氏の人事から読みとれる。一例が統一部長官に指名された金錬鉄(キ
ムヨンチョル)氏である。この人物は米国が韓国に要請した
THAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備に反対し、開城工業団地の早
期再開を主張する反米主義者である。

同人事は韓国議会の反対にも拘わらず、文氏は考えを変えなかった。文氏
は米国に公然と対立姿勢を見せたに等しく、米国を欺く手法で開城工業団
地再開をはじめ北朝鮮支援に走り出しかねない。

暴走の気配を見せる文氏に、米国が対決姿勢を強め、韓国国内では対抗勢
力が力をつけつつある。2月27日、自由韓国党の代表に黄教安(ファンギョ
アン)氏が選ばれた。朴槿恵政権で法務部長官や首相を務めた公安検事出
身の62歳は、文政権の安保政策と経済政策を「亡国政策」と批判する。

野党勢力はまだ弱いが、それでも文氏の足下は決して盤石ではない。韓国
はいつ何が起きてもおかしくない緊張の中にある。

『週刊新潮』 2019年4月25日号 日本ルネッサンス 第849回

◆子宮頸がんワクチン適齢期

石岡 荘十

欧米先進国では女の子どもが11歳になると親はまず、子宮頸がんから守るためのワクチン打つ。

11歳は、肉体的に成長の早い欧米ではセックスを始めて体験する“セックス・デビュー”の年齢だと考えられている。「うちの子に限って---」と考えたいところだが、現実は、そうはいかない。11歳は子宮頸がんワクチンを打つ“適齢期”であり、このタイミングでワクチンを打つのが、多くの先進国では常識となっている。

子宮頸がんはすべての女性の80パーセントが一生に一度は感染しているという。子宮の入り口である頸部に発生する上皮性の悪性腫瘍であり、世界では年間約50万人が子宮頸がんを発症し、約27万人が死亡していると推計されている。

2分間に1人が子宮頸がんで命を落としている計算になる。日本では毎年約1万5000人の女性が子宮頸がんを発症し、約3500人が死亡している。

原因は、ほぼ100パーセントが性交渉、つまり皮膚と皮膚の粘膜の接触でヒトパピローマウイルス(HPV)というありふれたウイルスの感染することによることが1983年、明らかになっている。パピローマウイルスを発見した独がん研究センターのハラルド・ツア・ハウゼン名誉教授には、2008年度ノーベル生理学医学賞が授与されている。この研究成果をもとに予防ワクチンが開発され、現在、世界100カ国以上で使われている。

子宮頸がんはいろいろながんの中でも例外的に原因が特定されているだけでなく、ワクチンによる予防法が確立されている。アメリカでは2006年ワクチンの使用を承認、昨年10月には日本でも使用が承認されたものだ。

成人になって、検診を受けずワクチンの接種もしない場合、がんは進行し、子宮をすべて摘出する手術が必要になることもある。

妊娠、出産の可能性を失い、女性だけでなく家族にとっても心身ともに大きな痛手となる。また、子宮のまわりの臓器にがんが広がっている場合には、卵巣やリンパ節などの臓器もいっしょに摘出しなければならなくなり、命にかかわる。


ワクチン普及のためのシンポジウムで、「子宮頸がんは予防ができるがんです。また、定期的に検診を受けることで、がんになる前に発見し、子宮を失わずに治療もできます。そのことを知らなかった私は、こどもを産むどころか妊娠することも出来ない体になってしまいました。死ぬではないかとこわかった。1人でも多く女性がワクチンを打ってください」と切々と訴えた。

子宮頸がんは、初期には全く症状がないことがほとんどで、自分で気づくことはほとんどない。このため、不正出血やおりものの増加、性交のときの出血などに気がついたときには、がんが進行しているということも少なくない。

進行するにつれ性交時の出血などの異常がみられ、さらには悪臭を伴う膿血性の不正性器出血、下腹痛や発熱などが認められるようになるという。

子宮頸がんは遺伝などに関係なく、性交経験がある女性なら誰でもなる可能性のある病気である。近年では20代後半から30代に急増、若い女性の発症率が増加傾向にある。子宮頸がんは、がんによる死亡原因の第3位、女性特有のがんの中では乳がんに次いで第2位を占めており、特に20代から30代の女性では、発症するすべてのがんの中で第1位となっている。

一度ワクチンを接種しておけば、その効果が20年は持つといわれる。だから、11歳という“適齢期“にワクチンを打った上で、定期的に検診を受け、早期に発見・手術を受ければ、術後に妊娠・出産が可能だという。

85パーセントに女性がワクチンを打っていれば、95パーセントの女性が助かるという研究報告もある。

ワクチンは3回に分けて打つ。初回、2回目がその1ヶ月後、さらに6ヶ月後に3回目。問題は費用が高額なことだ。

セックス・デビュー前の“適齢期“の女の子(11〜14歳)全員に公費でワクチンを打っても、費用はわずか200億円ほどと計算されている。今のまま放置しておくと、いずれこれを上回る医療費がかかる計算もあり、充分に元は取れるという。

地方自治体では、「健康・医療・福祉都市構想」を掲げ、在住の小学校6年生〜中学校3年生(12〜15歳)を対象に補助することを決めている所もある。このワクチン接種費用が高額なことを解消するために、地方自治体は急ぎ対応を期すべきだろう。

2019年04月26日

◆グラムシの予言に慄然 衰弱する愛国心

加瀬 英明


アメリカ鷲と中国龍が、アジア太平洋の未来を賭けて争っている。

かつての米ソ間の冷戦になぞらえて、「第2の冷戦」といわれている。

といって、自由主義対共産主義の抗争ではない。

今日の中国は毛沢東時代と違って、共産主義と呼べない。

中国共産党による専制下にあるが、習近平主席の中国は「5000年の偉大な
中華文明の復興」を呼号しており、独裁制とナショナリズムである中華主
義が結びついている。

習主席の中国は、春秋時代(紀元前722年〜前481年)に生きた孔子を称え
ているが、「5000年の中華文明」は19世紀に生まれた共産主義と、まった
く無縁なものだ。

そのかたわら、豊かな先進自由諸国ではグローバリズムによって愛国心が
蝕まれて、ナショナリズムが衰弱するようになっている。

共産主義の脅威はもはや暴力革命や、一党独裁によるものではなく、伝統
社会と国家を破壊しつつあるグローバリズムとなって、私たちを襲っている。

昨秋ワシントンを訪れた時に、アントニオ・グラムシ(1891年〜1937年)
の著作集を求めて、久し振りに読んだ。読みなおすと、この異端で鬼才
だった共産主義者による予言が当たっていることに、慄然とした。

グラムシといえば、日本で2960年代から70年代にかけて、新左翼の青年た
ちによってひろく読まれたものだった。

グラムシはイタリア共産党のイデオローグとしてグローバリストであり、
「ヘゲモニー(指導)装置」と呼ぶ「国家の消滅」を目標としたが、階級
闘争によって歴史の必然として革命が成就して、共産社会が実現するとい
うマルキシズムの理論を否定して、第2次大戦前に、粗暴で権威主義だと
みたロシア(ソ連、中国、北朝鮮など)モデルの社会主義体制が、瓦解す
ることを予見していた。

グラムシは先進国において科学技術が進み、豊かさが増した結果、上部構
造に従属してきた社会集団が分解して、ヘゲモニーが理論も、革命への自
覚も欠き、まったく組織されることがない一般の人々に移ることによっ
て、国家が消滅してゆくことを、見透した。

伝統が培った生活慣習を、「歴史的堆積物」と呼んで、滓(おり)とみなし
た。人々が在来文化の鎖に繋がれてきたが、古い鎖が溶解してゆくと説いた。

グラムシは個人に何よりも高い価値が与えられることによって、慣習に
よって束縛されてきた従属社会集団が、解体することを予見した。

私たちの身の回りでも、社会を統べてきた人と人のあいだの絆や、日常用
いられてきた言葉に託されてきた意味や、伝統的な儀礼などの慣習が、
人々を束ねてきた機能を急速に失うようになっている。

 年を追うごとに、新年が新年らしくなくなっている。一つの例にしかす
ぎない。日本が日本らしくなくなっているのだ。

 人も企業も、全世界に通用する金(かね)を崇めるようになっている。金
(かね)はグローバリズムそのものだ。

人々はつい昨日まで、先人から受け継いできた社会の伝統文化や、徳目を
尊んできたが、精神的に無国籍な若者や、LGBTなど、個人が聖なる存
在となったために、私たちのすぐ目の前に無政府状態がある。

◆英国のファーウェイ排除は微温的

宮崎 正弘


平成31年(2019)4月25日(木曜日)通巻第6053号 

英国のファーウェイ排除は微温的。外相がBRIフォーラム出席
中枢部品は排除。中国製を使うとスパイされる上、バックドアが仕掛けら
れている

レイムダック入りしている英国のメイ政権。23日に国家安全保障閣僚会議
を開催し、5G技術適用の次世代通信設備に関して、「中枢部品から
ファーウェイ排除」を決めた。中枢以外の部品などは、ファーウェイ製品
を使用する姿勢を示した。

この決定はハモンドGCHQ(政府通信本部)長が25日開催の「第3回シルク
ロート国際フォーラム」に出席する直前のタイミングで慌ただしく決定さ
れたが、全面禁止を主張する閣僚もいたという。

国家安全保障閣僚会議はメイ首相に加えて、ハンド外相、ウィリアムソン
国防相、シビット内務相、モウダウント國際発展相ら五人の閣僚が出席
し、ハッカー対策なども話合われた。

とくに英国は2017年5月の北朝鮮と見られるハッカー攻撃(ワナクライ)
で病院などが機能不全に陥り、一部は身代金を支払うなどした。

米国は全面禁止に加えて先週には中国移動通信(チャイナモバイル)の米
国市場参入も拒否した。トランプ政権はファーウェイをスパイ機関と認定
している。

英国は米国と安全保障の基本情報を共有しており、ハッカーは中国のみな
らず、ロシア、北朝鮮、そしてイランからも攻撃が集中した。

その英国は大幅な景気後退にくわえてBREXITの話し合いが難航、あ
まつさえ日産もホンダも英国工場を縮小もしくは撤退するため、さらなる
景気後退は避けられず、中国との全面対決に至れないのも、背に腹は替え
られないからだろう。

     
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 1884回】           
 ――「『私有』と言ふ點に絶大の奸智を働かす國である」――竹内(10)
竹内逸『支那印象記』(中央美術社 昭和2年)

                 ▽
南京を歩く。「この北京城よりも廣域を抱有する九十五支里餘の南京城に
圍はれた現在の南京」を、竹内は「單に『不潔』の二文字に終る」と小気
味よく斬り捨てる。

初期の明朝によって築かれた善美を極めた壮麗な宮殿も、太平天国軍に
よって破壊され尽くした。古来、新たな王朝を打ち立てるためには「戰火
に依つて雌雄を決するまでだ。勝てば官軍だ。思う存分ぶッ毀はし置いて
また新しい善美の都を建設する。それが今に續く支那文化史中の特質ある
一箇条だ」。敗れ去った「賊軍の雄圖遺骸を少しでも多く遺し置くこと
は、新しい官軍治世の邪魔をする」。

だから「毀はせるものだけは毀はし置く」のである。

「支那と日本とでは、確かに、慘忍に對する解釋なり聯想感は常識的見解
がひどく相違してゐる」。考古学者や美術史家の仕事を考えているようで
は、天下を我が物にできるわけがない。天下取りを前にしては「縁やゆか
りなどはまかり間違えば何の役にも立たないこと」は世界共通ではある
が、この国では殊に突出している。「都合が惡るければ、親父だつて息子
だつて遠慮なく方づけて了ふ」のである。

そう、毛沢東だって。

何事も斜に構えて皮肉っぽく眺めがちの竹内だったが、やはり乞食の大群
には驚く。

それは某地でのことだ。「恰度饑饉後であつたとは言へ、三百五百の急造
乞食、その老幼男女を搗きまぜての列車襲?だ。特に人氣のあるのは食堂
車だ。一望千里の土砂原・・。田畠はまばらなもんだ。車窓から飛ぶ一枚
の銅錢。雲集は砂塵を巻あげて命がけの奮戰だ。どうせ幼な兒は踏潰され
る。そんな子供は一圓も支拂へば買えるのださうだ。だが、かうなると、
この情景は乘客にとつて映畫的興味を強かそゝる」。

そこに登場するや、両替商は大繁盛。両替された銅銭が「車窓から空中に
飛ぶ。無數に飛ぶ。銀貨も飛ぶが、銀紙だらう。日本人よりも更に支那を
莫迦扱ひしてゐるのは外國人だ」。

車外に降り立った外人の「一人は銅錢を投げる。一人は寫眞を撮る、1
ダース、2ダース。列車も心得たものだ、實に長つたらしい停車をやる」。

なんとも残酷極まりない光景だが、竹内の目には「どうしたつてこの國は
リンカーンやトルストイの國ではない。古來張作霖や呉佩孚の逐鹿場」と
しか映らなかった。自由も人権も関係なく、力のあるものが力を頼りに権
力の階段を伸し上がる国なのだ。

ところで「日本人よりも更に支那を莫迦扱ひしてゐる」外国人の、「一人
は銅錢を投げる。一人は寫眞を撮る」との部分に立ち至って、日中戦争時
の日本軍の残虐性を西欧社会に印象付けた写真――日本軍の爆撃によって廃
墟と化したとされる駅構内の線路上で泣き叫ぶ幼児――が頭に浮かんだ。な
んせ彼らは「日本人よりも更に支那を莫迦扱ひしてゐる」のだから、彼ら
のうちの1人が「一圓」の幼児を線路上に置いて「一人は寫眞を撮」った
のだろうか。

それにしても、である。あの子は、その後、どんな人生を歩んだのだろう。

漢口を歩く。街並みは「總て酷烈な脂照りに疲れ切ってゐる。斯く大河に
惠まれた支那人も水泳はカラ駄目ださうだが、如何に水に親しむ私も、こ
の濁流を見ては、水であるとは思えない」。小舟に乗って濁流を渡れば、
対岸は武昌だ。武昌の象徴である黄鶴楼へ。

「傳説は極めて優美だが、この3,40年以前に建てられた樓閣の礎壁や石
階が、酷烈な太陽にさへ乾く暇なく、尿水に依つて濕り切つてゐることを
以て、傳説どころの騒ぎではな」い。さぞや苛烈なアンモニア臭が漂って
いたのだろう。竹内は小舟を駆って倉皇に退散した。

時恰も「廣東のショウ介石は呉佩孚を目標として北伐軍を組織し、北上の
途に在りと聽く」。ならば「古來幾多の開伏流血の跡を遺すこの武漢」も
戦場となる。

「濁流に染む人間の血。盛夏の太陽。支那もせめて戰爭は10年目位に節約
してはどうか」。だが、ムリだ。《QED》

◆「国策捜査」ってなんだ

渡部亮次郎


<小沢氏、続投表明 民主党緊急役員会

民主党は4日午前、小沢一郎代表の公設第一秘書が政治資金規正法違反容
疑で逮捕されたことを受け、緊急役員会を開き、小沢代表が経緯を説明し
た。出席者によると、小沢氏は「この時期になってこんなことになって申
し訳ない。しかし、政治資金規正法にのっとって適切に処理している」と
述べ、代表職を辞任しない意向を示した。

この後、小沢氏は緊急役員会終了後、記者会見し、事実関係や役員会の結
論について説明。小沢氏は、秘書の逮捕容疑となった西松建設OBが代表
を務めていた政治団体からの献金に関し「適切に処理している」と違法性
を一貫して否定。同氏や鳩山由紀夫幹事長らによる3日の幹部会では、党
として献金の正当性を訴えていくことを確認した。

事件が野党第一党党首の秘書逮捕という異例の展開となったことに対し、
民主党内では「国策捜査」と政府・与党に反発する声が上がっている。執
行部には、小沢氏の進退問題に発展する事態は避けたいとする空気が強
い>。 3月4日9時53分配信 産経新聞

「国策捜査」と言う言葉は「鈴木宗男事件」の際、東京地検に逮捕された
外務省元主任分析官・佐藤優の著書『国家の罠』で主張されたもの。

ここから、政府の政治的意図によって行われたものだと関係当事者等が主
張する刑事事件の捜査のこと。

佐藤優 『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』 新潮社(原著
2005-03-26)。ISBN 9784104752010。この書の文庫版P365-367によれば、
佐藤氏の取調べに当った西村検事は、逮捕後3日目の時点で「本件は国策
捜査だ」と明言、「我々と闘っても無駄だ」と言う事を理解させようとした。

西村検事の弁。「これは国策捜査なんだから、あなたが捕まった理由は簡
単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけ
じめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、なにか象徴
的な事件を作り出してそれを断罪するのです」

「見事僕はそれに当ってしまったわけだ」

「そういうこと。運が悪かったとしかいえない」

「しかし、僕が悪運を引き寄せた面もある。今まで、普通に行なわれてき
た,否、それよりも評価されてきた価値が、ある時点から逆転するわけか」

「そういうこと。評価の基準が変わるんだ。何かハードルが下ってくるんだ」

「僕からすると、事後法で裁かれている感じがする」

「しかし、法律は元々ある。その適用基準が変わって来るんだ。特に政治
家に対する国策捜査は、近年驚くほど下ってきているんだ。

一昔前ならば、鈴木さんが貰った数百万円程度なんか誰も問題にしなかっ
た。しかし、特捜の僕たちも驚くほどのスピードで、ハードルが下ってい
くんだ。今や政治家に対しての適用基準の方が一般国民に対してよりも厳
しくなっている。時代の変化としか言えない」

「一般国民の目線で判断するならば、それは結局、ワイドショウと週刊誌
の論調で事件が出来ていくことになるよ」

「そういうことなのだと思う。それが今の日本の現実なんだよ」

以上のような方針が東京地検の時代認識ならば小沢氏の判断は甘かったと
言うべきだろう。

東京地方検察庁特別捜査部は特定のマスコミにリークしながら、大きく注
目を集める人物を小さい犯罪でも逮捕することにより世論、ひいては国家
全体を「彼等自身が考える、あるべき姿に直す」という目的で捜査してい
るとされる。

最近では特捜部の捜査手法が社会秩序の安定を目的に、一罰百戒を狙った
逮捕に重きを置くものになっているという指摘もごく一部でなされる。

私が参考人として東京地検特捜部で事情聴取を受けた昨年の防衛
省不正事件も目論見は国策捜査に見えたが、結局は見込み違い。単なる個
人の脱税事件で終わった。

今回の小沢事件は完全な国策捜査だが、検察は確実な証拠を握って居るは
ずで、小沢氏の見込みは甘い。

関係当事者により国策捜査だと主張される例としては他に以下のようなも
のがある。

造船疑獄の指揮権発動

三井環逮捕事件

ライブドア事件における堀江貴文逮捕

日歯連闇献金事件における村岡兼造起訴

構造計算書偽造問題

いわゆるムネオハウス事件における鈴木宗男逮捕
佐藤優起訴

石橋産業手形詐欺事件における田中森一起訴

植草一秀逮捕(りそな銀行国有化の裏側を研究していた)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
09・03・04


◆文在寅、親北反米路線で確信犯

櫻井よしこ


南北両朝鮮が米国に追い詰められている。とりわけ韓国の文在寅大統領へ
の米国の圧力は巧妙である。

4月11日、文氏は“建国”を祝う予定だったが、米韓首脳会談のため、大事
なその記念式典を諦めて訪米した。にも拘わらず、ホワイトハウスでのト
ランプ大統領との会談は、前代未聞の哀れな結果に終わった。

文氏は10日にソウルを出発し、同日夕方にワシントンに到着したが、米国
側との予定は一切組まれていなかった。翌11日午前中に、ポンペオ国務長
官、ボルトン大統領補佐官、ペンス副大統領とそれぞれ面会したが、三氏
共に文氏の北朝鮮寄りの姿勢に批判を加えたと見られる。北朝鮮に非核化
の意思は読みとれず、制裁緩和はあり得ない、米国はむしろ制裁強化を考
えていることなどが強調されたと考えてよいだろう。

その後、トランプ、文両首脳は夫人を伴って首脳会談を行った。夫人同伴
の首脳会談など通常はあり得ない。トランプ氏は文氏と二人で語り合う必
要を認めていなかったのだ。現に会談冒頭、メディアからゴルフのマス
ターズトーナメントの勝者は誰になると思うかと問われ、トランプ氏は文
氏を横においたまま延々と語った。結局27分間もトランプ氏の話が続き、
文氏との会談時間は驚きの2分間、しかも通訳つきだ。その後に他の閣僚
たちも参加しての昼食となった。4月12日、ネット配信の『言論テレビ』
で元駐日韓国大使館公使の洪熒(ホンヒョン)氏が語った。

「2月末にベトナムの首都ハノイで米朝会談が決裂した後、文氏は康京和
(カンギョンファ)外相や鄭景斗(チョンギョンドゥ)国防部長官を米国に送
り、三度目の米朝首脳会談の開催や対北朝鮮制裁の解除を要請させまし
た。対北経済援助で米国には負担をかけない、韓国が負担するので開城
(ケソン)工業団地も金剛山(クムガンサン)観光も再開させてほしい、など
とも言わせました。米国側は全て拒否し、そのような話題であれば、米韓
首脳会談はなしだと、通告したのです」

一人飯

朝鮮問題の専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」研究員の西岡力
氏も『言論テレビ』で語った。

「朝鮮語で『一人飯』をホンバプといいます。韓国の若者の間で一人でご
飯を食べるのが増えていて、ホンバプという言葉が流行っているのです。
文氏は米国到着の10日夜がホンバプ、11日朝もホンバプ、11日昼にようや
く米国側との食事にあり付いた。本当に相手にされなかったのです」

米国の厳しい態度は文政権の裏切りに対する冷遇だと洪氏が断じる。文氏
の裏切りとは、米朝首脳会談を実現させるために、文氏が金正恩氏は北朝
鮮の非核化を決意していると米国に伝えたことだ。正恩氏が表明したのは
北朝鮮の非核化ではなく、朝鮮半島の非核化である。これは韓国を守るた
めに米国の核を使うという発想自体もなくしてしまうこと、即ち米韓同盟
の破棄を目指す言葉であり、北朝鮮が所有する全ての核や関連施設の一掃
とは、全く異なる。

当初、北朝鮮の非核化に希望を抱いたトランプ政権は、やがて正恩氏に非
核化の意思がないこと、文氏の嘘を確信したと思われる。国連制裁に違反
してでも北朝鮮支援に動こうとする文氏を牽制するために、米国政府は文
政権の頭越しに韓国の経済界に働きかけ始めた。

昨年9月には、ニューヨークにある韓国の七つの銀行の支店に米財務省が
直接電話をして、米国が北朝鮮に制裁をかけていることを承知しているか
と警告した。西岡氏が語った。

「韓国系の銀行は現在、送金業務を止めているといわれます。もし送金に
北朝鮮と関係する資金が入っていれば、米国の副次的制裁(secondary
sanction)を受け、一切のドル決済が停止されるやもしれない。そうなっ
たら銀行は潰れます」

昨年4月27日の板門店での南北首脳会談にも、9月18日の平壌での南北首脳
会談にも、文氏は多くの韓国企業代表と開城工業団地の組合長らを同行さ
せた。文氏は金正恩氏と共に白頭山に登ったが、そのとき正恩氏に開城工
業団地組合長を紹介し、組合長に直訴させた。「委員長様、何とか開城工
業団地を再開させて下さい」と。

正恩氏は今年新年の辞で「南朝鮮の人民の要望に応えて、無条件で開城工
業団地を再開する」と演説し、それを受けて文氏は開城工業団地再開で米
国を説得すると公言した。だが、北朝鮮を利するだけの工業団地再開に
は、前述のように米国が完全拒絶の姿勢を貫いた。

支持率は下がる一方

その間、ソウルの米大使館の専門官は文氏に同行した財閥や企業に直接電
話攻勢をかけた。米政府が北朝鮮に制裁をかけているのは承知か、と警告
したのである。洪氏が強調した。

「米国は朝鮮半島での70年間に多くの教訓を得ています。そしていま、文
在寅と韓国企業を切り離しているのです。文は米国の警告を聞かない。な
らば企業や韓国国民に直接働きかけようというわけです。核を諦めない北
朝鮮に送金を続けるのか、米国との貿易や自由社会との絆を選ぶのか、と
米国は迫っています」

韓国国民も文氏の危うさを実感しているに違いない。支持率は下がる一方
だ。経済は停滞し失業率は高まり続けている。にもかかわらず、文氏は最
低賃金をこの2年間で約30%も引き上げた。残業を規制し労働時間を大幅
に短くした。人件費は高騰し、倒産は急増、失業率がさらにはね上がる悪
循環である。笑い話のような現実を西岡氏が紹介した。

「統計上失業者が増えると困るので、文氏は60歳以上の失業者に週1回大
学に行って電気を消す、又はゴミ拾いをするなどの仕事を作り、役所が賃
金を払うことにしました。税金で失業率の統計に化粧を施しているのです」

支持率低下や米国の警告にもめげず、親北路線を変えない強い反米の意思
が文氏の人事から読みとれる。一例が統一部長官に指名された金錬鉄(キ
ムヨンチョル)氏である。この人物は米国が韓国に要請した
THAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備に反対し、開城工業団地の早
期再開を主張する反米主義者である。

同人事は韓国議会の反対にも拘わらず、文氏は考えを変えなかった。文氏
は米国に公然と対立姿勢を見せたに等しく、米国を欺く手法で開城工業団
地再開をはじめ北朝鮮支援に走り出しかねない。

暴走の気配を見せる文氏に、米国が対決姿勢を強め、韓国国内では対抗勢
力が力をつけつつある。2月27日、自由韓国党の代表に黄教安(ファンギョ
アン)氏が選ばれた。朴槿恵政権で法務部長官や首相を務めた公安検事出
身の62歳は、文政権の安保政策と経済政策を「亡国政策」と批判する。

野党勢力はまだ弱いが、それでも文氏の足下は決して盤石ではない。韓国
はいつ何が起きてもおかしくない緊張の中にある。

『週刊新潮』 2019年4月25日号日本ルネッサンス 第849回