2019年06月22日

◆「風立ちぬ」の命日

渡部 亮次郎


5月28日。名作「風立ちぬ」の作者。20世紀の業病(号病)肺結核をモ
チーフにし、肺結核に倒れた堀辰雄の命日である。今から61年前、
1953(昭和28)年のことだった。

「風立ちぬ」という松田聖子のアルバムもあるが「立ちぬ」という感傷的
な語感を借りただけで、堀の作品とは無関係である。

堀 辰雄(ほり たつお)のことを知ったのは中学生の頃で、兄が読んでい
たのを勝手に読んだのかも知れない。死去した時は既に高校2年生。関心
は別のところに変わり、その死は知らなかった。

堀 辰雄は 明治37(1904)年12月28日、東京市麹町区平河町(現在は東京
都千代田区)で生まれた。 最終学歴は東京帝国大学国文科。

東京府立三中から第一高等学校へ入学。入学とともに神西清と知り合い、
終生の友人となる。

高校在学中に室生犀星や芥川龍之介とも知る。一方で、関東大震災の際に
母を失うという経験もあり、その後の彼の文学を形作ったのがこの期間で
あったといえる。

東京帝国大学文学部国文科入学後、中野重治や窪川鶴次郎たちと知り合う
かたわら、小林秀雄や永井龍男らの同人誌にも関係し、プロレタリア文学
派と芸術派という、昭和文学を代表する流れの両方とのつながりをもった。

1930(昭和5)年に『聖家族』で文壇デビュー。 このころから肺結核を
病み、軽井沢に療養することも多く、そこを舞台にした作品を多くのこし
たことにもつながっていく。

1934年、矢野綾子と婚約するが、彼女も肺を病んでいたために、翌年、
八ヶ岳山麓の富士見高原療養所にふたりで入院する。しかし、綾子はその
冬に死去。この体験が、堀の代表作として知られる『風立ちぬ』の題材と
なった。

この『風立ちぬ』では、ポール・ヴァレリーの『海辺の墓地』を引用して
いる。このころから折口信夫から日本の古典文学の手ほどきを受ける。

王朝文学に題材を得た『かげろふの日記』のような作品や、『大和路・信
濃路』(1943年)のような随想的文章を書き始める。また、現代の女性の
姿を描くことにも挑戦し、『菜穂子』(1941年)のような、既婚女性の家
庭の中での自立を描く作品にも才能を発揮した。

戦時下の不安な時代に、時流に安易に迎合しない堀の作風は、後進の世代
の中にも多くの支持を得た。また、堀自身も後進の面倒をよく見ており、
立原道造、中村真一郎、福永武彦などが弟子のような存在として知られて
いる。

戦争末期からは症状も重くなり、戦後はほとんど作品の発表もできずに、
信濃追分で闘病生活を送った。

代表作「風立ちぬ」は1936(昭和11)年から執筆、『改造』などに分載さ
れたのち38年4月野田(のだ)書房より刊行。

「風立ちぬ、いざ生きめやも」とバレリーの詩句の引用をもって始め、リ
ルケの『鎮魂歌(レクイエム)』をエピローグに置く。

高原療養所とそこから山一つ隔てた「K村」とを舞台に、婚約者節子の病
床に寄り添い、やがて彼女に先だたれていく「私」が、死にさらされた自
分たちの生の意味と幸福の証(あかし)とを模索し、ついにそれらについ
ての確信を得ていく過程を描く。

婚約者矢野綾子の死という自らの痛切な体験を、詩情あふれることばのな
かで昇華し永遠の生の思想を訴えかけてくる点において、堀文学の代表的
名作となっている。
昭和28( 195年5月28日信濃追分(現・長野県北佐久郡軽井沢町)で死去
(満48歳没)2010・5・26
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◆香港の強権支配を徹底しつつある中国

櫻井よしこ


「香港の強権支配を徹底しつつある中国 日本こそ脅威を認識しなければ
ならない」

6月9日、香港の街々を100万人を超える人々が埋めつくした。1997年に香
港が中国に返還されて以来、最大規模のデモだった。香港住民の約7分の1
が参加したデモの必死の訴えは、しかし、中国の習近平国家主席にも中国
共産党にも届かないだろう。

香港の人々が求めているのは「逃亡犯条例」改正案の撤回である。同改正
案は刑事事件の容疑者の身柄引き渡し手続きを簡略化し、中国やマカオ、
台湾にも引き渡せるようにするものだ。

現在、香港は同じような身柄引き渡し条約を米英などと結んでいるが、中
国とは厭だと拒否するのは、中国が欧米諸国とは異なり、同条例を取り締
まりと弾圧に利用することを肌で感じているからである。

香港政府は、同条例は「政治犯には適用できない」「政府に対する異議の
封殺や言論の自由を制限する目的には使えない」内容だと強調する。

だが、香港政府の言葉を、自由を求める香港の人々はもはや信じない。そ
もそも、香港返還時に中国政府は一国二制度の下で香港の自治は50年間許
されると公約した。それが20年も経たずに実態として反古にされているか
らである。

ここで留意すべき点は、容疑者の身柄引き渡し先に中国本土とマカオに加
えて台湾が含まれている点だ。中国共産党政府は、台湾を中国の一部と位
置づけている。であれば、台湾への容疑者引き渡しは、中国への引き渡し
と同じになるわけだ。現在はそうではなくとも、間もなくそうなると中国
政府は踏んでいるのである。

それが来年1月11日の台湾総統選挙で、現在、中国と一体化している国民
党が優勢だ。国民党有力候補者は、高雄市長の韓国瑜氏と鴻海精密工業の
経営者、郭台銘(テリー・ゴウ)氏である。両氏共に中国と密接な関係に
ある。

他方、台湾人の政党、民進党では蔡英文現総統が再選を目指し、頼清徳氏
と競っているが、両氏のいずれも国民党に勝利するのは非常に難しい。

第3の候補が台北市長の柯文哲氏だ。柯氏は国民党に対して多少不利なが
らほぼ互角に渡り合える支持を持つ。だが確実に勝つには民進党が独自候
補を取り下げ、柯氏を支えるしかない。

果たしてそこまで台湾人がまとまり得るのかに私は注目しているが、中国
がメディア及び企業の支配を通じて台湾社会の分裂を画策してきただけ
に、台湾人の結束は中々難しいとも思う。台湾人が中国の脅威を共有でき
ず、まとまりきれない場合、国民党が政権を奪い返し、台湾は政権交代に
とどまらず、「祖国交代」の悲劇に見舞われることになるだろう。

国民党が勝利すれば、香港からの容疑者の台湾への引き渡しは間違いなく
中国本土への引き渡しとなる。

中国による台湾奪取の動きは尖閣諸島周辺の動きと連動している。尖閣諸
島の接続水域に中国の「軍艦」が2カ月以上連続で入っている。5000トン
級が2隻、3000トン級が2隻の計4隻で、少なくとも1隻は武装艦だ。領海侵
犯を繰り返す4隻は海警局に属するが、同局は昨年7月に中央軍事委員会傘
下の人民武装警察部隊に編入されたため、所属も実態も軍である。

台湾奪取には、中国は断固米国の介入を阻止しなければならない。その軍
事的備えの一環として尖閣諸島の支配が欠かせないために、前述のように
彼らは2カ月以上1日も欠かさず24時間、尖閣の海に張りついている。

折しも中国の空母「遼寧」が11日、高速戦闘支援艦、ミサイル駆逐艦など
五隻を従えて沖縄本島と宮古島間を通過した。台湾同様、尖閣諸島も沖縄
も危機なのだ。有無を言わさず香港の強権支配を徹底しつつある中国が台
湾、尖閣諸島に同様の手法を使わない保証はない。日本こそこの中国の脅
威を認識しなければならないだろう。

『週刊ダイヤモンド』 2019年6月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1284 

◆納豆と相性の悪いくすりの話

大阪厚生年金病院 薬剤部


 〜ワルファリンカリウムという血栓予防薬を服用中の方へ〜

地震や津波、洪水など突然襲ってくる甚大な自然災害は、水道やガス、電気などのライフラインを寸断し人々の生活を麻痺させてしまいますが、人の健康もある日突然血管が詰まると健康維持に必要な栄養や酸素などのライフラインが寸断されその先の機能が止まってしまいます。
 
突然意識を失いその場に倒れてしまった経験のある方で、医師から「脳梗塞」と診断された方もおられるかと思います。 脳の血管を血液の塊(かたまり)が塞いでしまってその先に血液が流れなくなってしまったのです。
 
これを予防し血液をサラサラにするくすりのひとつに「ワルファリンカリウム」という薬があります。 服用されている方も多いかと思います。

もともと人間の身体は怪我や手術などで出血したとき、血液を固めて出血を止める仕組みがありますが、その仕組みの一つに「ビタミンK」が関与する部分があります。
 
ワルファリンカリウムはこの「ビタミンK」が関与する部分を阻害することによって血液が固まるのを予防します。
 

さて、ここで納豆の登場です。 納豆の納豆菌は腸の中で「ビタミンK」を作り出します。「ビタミンK」は血液を固まらせる時に必要なビタミンですから多く生産されると、ワルファリンカリウムの効果を弱めてしまいます。
 
そのため、くすりの説明書には「納豆はワルファリンカリウムの作用を減弱するので避けることが望ましい」と書かれているのです。
 
納豆は栄養もあって健康に良い食品ですが、飲んでいるくすりによっては食べないほうが良いこともあります。 好きなものを我慢するのは“なっと〜くできない”向きもあるかと思いますが、ワルファリンカリウムを服用中の方にとって納豆は危険因子ですのでご注意ください。
 
納豆のほかにも、ビタミンKの多い「クロレラ食品」や「青汁」などもひかえましょう。

 追記: ワルファリンカリウムのくすりには「ワーファリン錠」や「ワルファリンカリウム錠」他があります。

2019年06月21日

◆トランプの本心は早い幕引き

宮崎 正弘


令和元年(2019)6月13日(木曜日)弐 通巻第6109号 

 貿易戦争は関税合戦、トランプの本心は早く幕引きしたい。
  中国はメンツにこだわり、米国は農家もメーカーも苦杯が続く

そろそろ幕引きとトランプ大統領は内心で考えているのではないか。

だから「大阪のG20で、習近平が首脳会談に応じなければ第4次制裁関税
をすぐに発表するだろう」とさかんにツィートしている。

畏怖と威嚇で相手から譲歩を引き出すディール。トランプ大統領一流の駆
け引きである。

そう言えば、トランプが若き日に世に問うたベストセラーは『駆け引きの
芸術』(THE ART OF DEALS)」という題名だ。いまも筆
者の手元にある。

米国からの対中輸出は29・6%減少、中国はところが8・4%減らしただ
け、駆け込み輸出が主因だが、生産、流通、そして消費が、米国市場とて
中国にしっかりとビルト・インされているからだ。

なにしろトランプの標語「MAKE AMERICA GREAT 
AGAIN」の帽子もシャツも国旗も中国でつくっている。

日本とてアパレルに関しては91%を輸入に頼っており、国内アパレルは壊
滅同然となっている。

中国は消費者物価が2・7%値上がりし、とくに豚肉は18・2%,生鮮果
物は26・7%、たとえばニンニクの中国における小売価格は45〜-50ドル
から55〜-60ドルに値上げになった。

漁夫の利を得ているのは欧州とベトナムである。とくにベトナムは中国企
業が夥しく移管して「ベトナム製」として対米輸出しているため輸出が急
伸中だ。
 
かくして世界貿易構造に地殻変動にたぐいする大変化が起きている。米国
は、この変化を十分に認識しながらも、失業率が低く、国内世論はトラン
プの対中強行策を支援しているので、現在の政策続行はやむを得ないと判
断している。

ところがトランプ支持基盤であるオハイオ、アイダホ、インディアナ、ア
ラバマなどの農業州で、悪影響が著しく出始めた。

大豆輸出は4分の1にまで減少、そのうえ異常気象による洪水が重なり、
これはトランプへの批判票となって、共和党の固い地盤である農業州で、
あろうことかバイデン支持が見られるようになった。

現段階では、議会が中国制裁の法律を作ってトランプにはやく実行せよと
迫り、メディアも議会に輪をかけて中国に強硬であるがゆえに、貿易戦争
の強硬姿勢は、アメリカの総意である。

しかし大統領選挙が近付けば、選挙対策がどうしても視野に入る。

そのうえ、トランプ政権の内部はケリー去り、バノン去り、マティス去り
で、バラバラの様相、通商政策は強硬派のナバロとライトハイザーが主導
し、ロス商務長官ら穏健派は声をあげず、安全保障政策はボルトンの一人
舞台。だいいち安全保障会議が開催されていない気配が濃厚である。


 ▲中国に進出した米企業も大苦戦

他方、中国へ進出して大規模な投資を続けてきたアップル、デル、GMな
どは中国国内で急激な売り上げ不振に見舞われ、大量のレイオフをだして
いる。中国市場で立場がかなり悪化、不利になってきた。

従って貿易戦争における高関税合戦は、米国も中国もはやめに手を打ちた
いのである。G20大阪で、米中首脳会談を急ぐのはトランプのほうにその
動機が強い。しかし選挙の心配のない習近平にとってはメンツを保持する
ことがもっとも重要で、『譲歩』の印象だけは避けたいというところであ
ろう。

貿易戦争なんぞより、米国が重視するのは次世代ハイテクの覇権であり、
こちらの方面ではファーウェイ、ZTE、チャイナモバイルに引き続き顔
面識別のカメラメーカーに社、ドローンのメーカーなどの米国上陸を阻止
した。
 
米中は現在の貿易戦争のレベルから、早晩、金融、技術をめぐる総合戦に
移行する。

トランプ政権は、こちらを優先させるために、やはり貿易戦争で徒な譲歩
を拒み、中国経済の衰退を時間をかけて攻めながら、技術の流失を防ぎ、
中国経済のパワーを弱め、これまでのパワーを集中させて、新しい政策発
動へ向かう方向にある。


 ▼ABCD包囲網、ハルノートあたりまで戦前と酷似してきたが。。。

とはいうものの、熱い戦争に至る可能性はきわめて低い。
 
戦前のFDRは、対日戦争を準備するために、移民法改悪、対日悪宣伝
キャンペーン開始、ABCD包囲ライン、日系人強制収容、ハルノートと
徐々に日本をして戦争を仕掛けるように謀り事をめぐらせて、パールハー
バーを待った。直前には中国奥地にフライングタイガー基地を志願兵と
偽って準備し、日支事変では事実上の対日参戦をしていた。

いま、米中戦争が、このパターン通りに繰り返すことはないが、一つの歴
史教訓として見直せば、中国人移民規制、中国の悪宣伝キャンペーンは開
始され、技術移転封鎖、関税戦争は一種のABCD包囲ライン、ペンス副
大統領演説はハルノートと言えなくはない。

中国は戦争も辞さない。最後までおつきあいすると威勢の良いタンカを
斬ってはいるが、兵站準備はまるで出来ていない。

口では台湾に強硬姿勢を示すものの事実上の戦争準備態勢にはない。むし
ろ台湾企業が中国から撤退して行くのを拱手傍観している。
 ならば次は何が起こるか?

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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1909回】                    
――「支那は日本にとりては『見知らぬ國』なり」――鶴見(3)
鶴見祐輔『偶像破壊期の支那』(鐵道時報局 大正12年)

              ▲

その「第2の斷案」というのが、「儒?なんてものは支那では死んで仕舞
つた」である。

後日、胡適は「第2の斷案」を説くために鶴見をホテルに訪ねた。
 胡適が口を開く。

「儒教が支那人の思想をそんなに支配したと思ふのが謬りである」。どう
やら胡適は「老、荘、禪を理想主義と呼んだのに對し儒?を自然主義」と
見做しているようだ。

そもそも儒教とは何であるのか。

儒教の柱である「論語は斷片的な道?と常識だけではないか。しかも論語
の中の十六篇は僞文である。孟子、これは勿論孔子には關係ない。して見
れば、孔子の?義が天下を感化すると言つた所で、その内容はなんである
か」「孔子の生涯には、そんな深い神秘的な感化を與ふべき何物もない」。

まさに一刀両断である。

そこで鶴見が孔子第一の弟子とされる顔回に対する孔子の感化力を持ち出
すと、「顔回?顔回が何をしましたか。顔回が貧乏したと言ふだけで、何
の感化と言ふことが出來ますか」。

全く以て身も蓋もない。

「人も馬もなで斬り」である。そして筆を以て「一、命運(フェータリズ
ム)――知足(コンテント)。/二、果報(カールマ)/三、道家の報應
(レトリビユーシヨン)。」と記し、「是れが、支那人を支配した思想で
ある」と説いた。

胡適の話を聞いた後、鶴見は「只儒?全盛の支那に於て――胡適君の説ある
に關せず自分はさふ思ふ――斯の如く大膽に卒直に、儒?――孔子と言ふ權威
を否定しやうと言ふ、年若き偶像破壞者の熱情に感動した。一體に、國
權、即ち兵力と財力とを以て、一つの哲學や宗?を一般人に強制すると言
ふことは、卑怯なやりかたである」。

そんな儒教が「自由にして忌憚なき批評の的になる」ようになったのは、
やはり「支那の權力階級の綱紀が緩んだお蔭であ」り、それゆえに「支那
の動亂は、支那の思想發達上の恩惠である」と考えた。

次いで訪れたのは、新文化運動の指導者であり後に共産党の創立に大きな
役割を果たした陳独秀と共に「反孔?運動の急先鋒であると聞いた」呉虞
だった。

呉は、「孔子を非とする理由として、次の如く記された。/一、其學説主
張不合國體。/二、偏重一楷級人的利?。/三、主張尊卑貴賤上下男女楷
級太不平。/四、輕視女子。/五、尊天重喪禮祭禮入於迷信。/六、不合
現代生活」と記し、さらに「科學の眞理に純据し、以て迷信を破除す。外
國人も亦多く賛成す」と綴っている。この6項目を簡単に言うなら、「統
治階級に最便利重寶なる學説であつて專制政治の支柱」ということだ。

呉との筆談中に、「流暢な日本語で言う三十四五の支那服」がやってき
た。陳啓修である。

「東京帝國大學の學生として、よく新渡戸先生の御宅に出這入りしていた
のは、早いもので、もう十餘念の昔である」。現在は北京国立大学経済学
教授として「多望なる未來を大勢の人に嘱目せられて居る」。「その時に
陳君のされた話は、公にすべき性質のものではないと思うから、此處には
書かない」。

だが彼が「月並な意味に於ける日支親善論者でないことが、自分には大層
うれしかつた」という。どうやら当時も「月並な意味に於ける日支親善論
者」が圧倒的に多かったわけだ。何時の時代も、軽佻浮薄の徒は掃いて捨
てるほどいる。

かくして鶴見は「日本と支那との、新しき了解の播きなほしは、陳?授や
周作人君等の手にある」と結論づけた。

次に周作人を訪ねる。この人ほどに日本を理解し、生き方、生きる形・姿
としての日本文化を存分に堪能した人は見当たりそうにない。

だが彼もまた「月並な意味に於ける日支親善論者でないこと」は明らか
だ。毛沢東に持ち上げられた兄の魯迅とも、共産党の走狗然と振る舞った
弟の周建人とも違い、共産党政権下でも節を枉げることはなかった
《QED》
  

◆「大紀元」を知ってますか

渡部 亮次郎


大紀元(だいきげん、英: The Epoch Times)は、新聞とインターネット
を報道媒体とする華僑系報道機関である。

2000年5月、ニューヨークで“中国共産党言論統制を突破する”華人たちに
よって設立された。2011年1月現在、新聞では9ヶ国語、ウェブサイトでは
17ヶ国語でそれぞれ各国支局により運営されている。

日本では東京都台東区に事務所を置き、中国語版を2001年、日本語版を
2005年から発行している。

数年前、私は東京での社員集会に招かれて講演したことがある。社員の多
くは来日後「反共」になった女性が大部分だった。

アメリカ国内に11の支社を持ち、日本やカナダ、イギリス、ドイツなど、
世界30カ国にグループ社がある。

ワシントンD.C.やニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ボス
トン、カナダ、オーストリア、香港、台湾では日刊で、他の国・地域では
週刊で発行している。 全世界での中国語版の発行は週120万部。他に英語
版、ドイツ語版、フランス語版、ロシア語版、韓国語版、日本語版を発行。

紙面およびウェブサイトで、「中国共産党の圧力に屈せずいかなる検閲も
受けていない」ことを売りにしており、「中国国内では発信されない自由
民主に基づく視点」で、中国時事や文化記事を中心に報道している。

中国大陸以外で生活する中国人向けに記事は書かれており、中国共産党の
内政や外交問題を報道し続けている。特に中国共産党に対する報道姿勢は
非常に批判的である。

特に中国大陸における法輪功迫害問題(例:大量虐殺罪と拷問罪で中国前
江沢民国家主席がスペインおよびアルゼンチン裁判所で民事告訴されるな
どについては、他メディアが取り上げない事実を報道している。

他にもチベット民族、ウイグル民族やモンゴル等の少数民族に対する虐殺
や人権蹂躙に関する問題、中国共産党員の国外スパイ活動、中国大陸の環
境問題、中国の民主化運動などについて盛んに報じている。

『九評共産党(共産党についての九つの論評)』という社説を発表し、こ
の中で大紀元は中国共産党の暴政を糾弾し、同党の解体要因を指摘した。

九評共産党について中華民国元総統・李登輝は、「人も山河もみな、本源
へ帰る。奥の細道にたたずむ平安のみなもとを希求するすべての人々に、
この本を薦める」と評価し、「道徳的覚醒を促す」と出版社博大書店へ
メッセージを送った。

中国臓器狩り問題 の追究に熱心だ。2006年3月、中国人ジャーナリストR
氏は大紀元の単独取材の中で、東北部の瀋陽市近郊にある大型刑務所に数
千人の法輪功学習者が監禁され、当局が彼らを殺害した後、販売目的で臓
器を摘出している事を暴露した。

同問題が世界に明るみになった後、カナダの著名人権弁護士デービッド・
マタスと、カナダ政府元内閣大臣デービッド・キルガーは中国の臓器狩り
問題について調査依頼を受け、2007年7月、法輪功学習者が生きたまま臓
器を摘出されるというショッキングな内容を含んだ報告書「血塗られた臓
器狩り」を発表した。

この問題は世界のメディアや人権団体が注視している。この件でアルゼ
ンチンやオランダ、スペインなどで江沢民らを「人道に対する罪」で起
訴する動きがある。

受賞  2005年8月、アジア系アメリカ人ジャーナリスト協会の全国報道
賞、アジア・アメリカ問題ネット報道部門で優秀賞を受賞。 2005年9月、
カナダ全国マイノリティーメディア協会の2005年メディア賞を受賞。

2006年4月20日、アメリカのホワイトハウスで行われた中国の胡錦濤国家
主席の歓迎式典で、大紀元の女性記者・王文怡(ワン・ウェンイ)が式
典中、ジョージ・ブッシュ大統領の目前で胡錦濤を批判する発言(中国
共産党による臓器狩り問題に対して抗議する内容)を叫んだとして、国
際問題になった。その後、大紀元はアメリカ政府に謝罪し、王記者は解
雇された。2012・4・9

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://www.epochtimes.jp/


◆2000万円と100万円のショック

櫻井よしこ


「2000万円と100万円のショック」

「ショックですよ。僕らの世代は2000万円と言われてもどうしようもない」

30代の技術者で、小規模ながら会社を経営している男性が語った。妻と共
働きで、幼い娘は2歳になったばかりだ。

金融庁は6月3日、定年後の夫婦が95歳まで生きるには約2000万円の金融資
産が必要だとの報告書をまとめた。平均値で、夫65歳、妻60歳以上の世帯
では毎月の生活費が約26万円、年金収入等は約21万円で、月約5万円の不
足が生じる。不足分は20年間で1300万円、30年間では約2000万円の貯蓄が
必要だということのようだ。

日本人の平均寿命が飛躍的に伸びたために、私たちは老後の資金について
以前よりも堅実に考えなければならないのは事実だ。かといっていきなり
2000万円という数字を出されれば国民が困惑するのは当然だ。

前述のように若い友人が感じた「2000万円ショック」から、私は自身が体
験した若き日の「100万円ショック」を思い出していた。

20代後半のことだ。当時勤めていた米紙東京支局の突然の閉鎖で、私はフ
リーのジャーナリストになった。だが、書き手としての私は正真正銘、無
名だった。それでも私はジャーナリストになりたかった。そこで売れるか
どうかもわからない記事に取り組んだ。記事案を考え、納得いくまで取材
した。苦労して何度も書き直した。しかし記事は中々採用してもらえな
い。取材費だけが重なり収支は赤字で、掛け値なしの貧乏暮らしが続いた。

自立して生きていくために、苦肉の策として翻訳を始めた。誰かが書いた
ものを日本語にしたり英語にしたりするのは、記事案を考え取材する苦労
とは別の難しさがあったが、翻訳の仕事は確実な収入をもたらしてくれた。

見たこともない大金

当初取材の合間に翻訳をしていたのが、段々、翻訳に費やす時間がふえて
いった。そんなある日、私は通帳を見て驚愕したのである。見たこともな
い大金がたまっていたからだ。その金額に、私は思わず知らず、恐怖心を
抱いた。こんなに沢山のお金がある。しかし、ジャーナリストになりたい
のに、このお金は全部翻訳料だ。どうしよう。

このまま続けたら私は駄目になる。急いで路線変更しなければ本来の目標
を永久に失ってしまう。そんな切迫感にかられて、私は翻訳の仕事を基本
的にすべてやめ、再び、効率の悪いジャーナリズムの道に戻った。

で、そのときの通帳の金額が約100万円だったのである。20代後半の私に
とって、100万円がどれほどの大金だったかということだ。

若い世代の金銭感覚は、多少ゆとりの生まれる中高年層のそれとは異な
り、慎ましいものだということを、政治を行う人々は忘れてはならないだ
ろう。私自身のはるか昔の体験を思い出せば、いま、若い世代の人たちが
「2000万円」という数字を見て、どんな気持ちになるか、わかる気がする。

世界一の長寿国になった日本の主人公である私たちは、長生きする分、自
分の人生をどう構築していくかについて冷静に考えるべきだ。考えなけれ
ばならない点は沢山あるのだが、それらは後述するとして、大蔵省出身で
前スイス大使の本田悦朗氏の疑問の声に耳を傾けたい。氏は今回の麻生太
郎金融相の情報の出し方を批判する。

「このような情報の出し方は、金融庁の考え方を代弁するものでしかあり
ません。日本の高齢者が保有している貯蓄額を意識してか、『金融資産は
さらに必要』などとも、報告書には書かれています。資産形成のために
もっと投資しなさいという金融機関の主張そのものです」

高齢国家の国民の生き方を支えるには、どの程度のお金が必要か、そのた
めの税制はどうすべきか(財務省)、健康をどう維持していくのか、仕事
はいつまで続けるのか(厚労省)、すべての省庁の管轄を越えて如何に人
生を意義深くできるか、楽しめるかなど、縦割り行政を脱した全体的な発
想が必要だ。金融庁の発想に基づいた狭い見方だけでは役に立たないばか
りか有害である。

おまけに今回の発表は不必要な心配を引き起こすと本田氏は批判する。

「きちんと説明すれば、高齢になってからの生活を心配するのでなく、
違った目で見ることができます。若い世代にはまだ時間があります。加え
て高齢者世帯の貯蓄額は平均で2300万円、但し、中央値は約1500万円で、
格差はあります。それでも高齢者世帯にこれだけの貯蓄があることを正し
くとらえることが冷静な議論には必要です」

前向きの発想

総務省の家計調査では世帯主が60代の家庭の平均貯蓄額は2382万円、負債
が205万円で、差し引き2177万円の資産がある。世帯主が70歳以上になる
と貯蓄は2385万円で負債は121万円、資産は2264万円だ。

持ち家比率は60代世帯主の場合が93.3%、70代が94.8%である。

右は現実の数字である。この現実の中で、年金だけで生活している高齢者
は、現在すでに貯蓄の取り崩しを行っているであろうが、金融庁のいう
2000万円の不足を補う財力を持っている人は少なくないのである。但し、
中央値は1500万円であり、「2000万円の不足」を補いきれない世帯も存在
すること、そのことへの政策も忘れてはならない。

日本は長寿国を目指し、見事に実現したが、そのことを私たちはどう楽し
み、どう活用していくのがよいのか。これこそ、いま考えなければならな
い課題だ。国民皆保険で医療体制を整え、自身の力だけでは生活が成り立
たない人々への種々のセーフティネットを準備した。それはこれからも充
実させるべきである。

他方、日本人は勤勉である。働けるうちは働き、なるべく自分のことは自
分でしたいと考えてきたはずだ。「生涯現役」や「ピンピンコロリ」など
の言葉の実践こそ庶民の理想であろう。

年金だけで暮らすよりも、誰かのために役立ち、働くことを楽しみ、収入
を得て、何がしかの税金を納める立場に立ち、孫にも小遣いを奮発できる
ような人生を多くの日本人は望んでいるのではないか。

であるならば、日本人の労働に対する誠実さを上手に#抽#ひ#き出し、前
向きの発想を促す施策こそ望まれる。若い世代を元気づけ、国の財政も支
えるには何が必要か。中央政府と地方自治体は何をすべきか、金銭の多寡
を超える精神生活の豊かさを育める地平に如何にして辿りつくか。こうし
た発想と政策こそ必要だ。

同時に私たち国民の側も自分の人生を最終的に引き受けるのは自分自身だ
と認識したい。ちなみに私は死ぬ1週間前まで、何かしら書いていたいと
願っている。

『週刊新潮』 2019年6月20日号
日本ルネッサンス 第856回

◆心筋梗塞は予知できる

石岡 荘十


まず、死因について。

私の父親も死因は「心不全」とされていたが、長い間、この死亡診断書に何の疑問も感じなかった。しかし、よく考えてみれば「心不全」というのは単に「心臓が動かなくなった」という意味であるから、病気の「結果」そのものであり、死のトリガー、「原因」ではない。

<最初は背中が痛いと言われたと報じられていた。亡くなった後では容易に心筋梗塞だったとは解らないのではないか。誰でも経験して学習し教訓に出来る病ではないので、発症した場合の対処は困難だろう>、これこそが「死因」となった心筋梗塞を疑わせる症状だ。

私も大動脈弁がうまく開閉しなくなり、10数年前人工の弁に置き換える手術を受けているが、そこに至る症状として<背中が痛い>を何年にもわたって、何度も経験している。

心臓の血流が途絶えると、背中が重苦しくなる。痛いと感じる人もいる。この苦しさは、血流が滞った程度(狭心症)の場合は、15分程度で回復する。不整脈のひとつ心房細動の時もそうだ。

私が何度も経験したが、それ以上自覚症状が長く、30分とか続くのは血管(冠動脈)が完全に詰まっている(心筋梗塞)だと考えた方がいい。ほっておけば死に至る。

胸が痛くなるという症状だと、「心臓がおかしいのではないか」と分かりやすいが、心筋梗塞になると左の奥歯がうずいたり痛くなったり、肩が凝ったりすることもある。歯医者や整形外科に駆け込む人もいるが、これは心筋梗塞の症状のひとつなのである。

歯医者で鎮痛剤をもらって「一丁上がり」となるが、じつは心筋梗塞の症状だ。こういうのを「放散痛」という。

不幸にして、こんな知識がなく死んでしまった後、患者を解剖すると死因が心筋梗塞であったことは明らかになる。

<発症した場合の対処は困難だろう>といっておられるが、心臓疾患の9割は、対処の仕方を誤らなければ、決して「死に至る病」ではないのである。

本誌常連の前田正晶さんが書いておられる記事が見事にそのポイントを突いている。
その要点をまとめると、

<失神するほどの、激痛と胸部に圧迫感があった。自分で119番に電話して症状を説明していた>

<放っておけば治るとかとは思ったが、何故かこれは「一過性の痛みではない」と判断した>

<救急患者を受付けてくれる大病院が多いこと、救急車が搬送してくれた先が国立国際医療センターだったこと、最も偉い先生が日曜日の当直だった>

<心筋梗塞に対応する準備が整っていたのだった。処置も素早かった>

<その判断が正しかったと後で解るのだが、私の場合は幸運の連続だった>

つまり、前田さまのケースは<幸運が重なった>結果であり、誰でもがこううまくいくわけではない。

年間の死者5千人を切る交通事故死にあの大騒ぎで安全運動を展開している。なのに、心臓疾患で年間15万人以上が死ぬ。なぜか。前田さんのような幸運の女神の恩寵に浴する人はそんなに多くない、それだけ啓蒙が行きわたっていないということだ。

<時間との争いであるなどとは知る由もないだろう。知識は皆無だった>とおっしゃるが、そんな人に幸運が訪れることは滅多にない。

この歳になったら、天下国家の危機を憂うる高邁な論議をする前に、わが身の危機管理に少しのエネルギーを注ぐべきだというのが私からのアドバイスだ。心臓病は<誰でも経験して学習し教訓に出来る病>なのである。

2019年06月20日

◆安倍首相、イラン訪問の成果は?

宮崎 正弘


令和元年(2019)6月14日(金曜日)通巻第6110号 

安倍首相、イラン訪問の成果は?
  イランの呻き、一日40萬バーレルしか輸出できないのは死活問題

米国のイラン制裁以後、イランは一日40萬バーレルの原油積み出ししかで
きなくなって、100億ドルの収入が蒸発した。経済は停滞から極度の落ち
込み、庶民の生活苦、そのうめき声が聞こえる。

2019年6月12日、安倍首相はテヘランでロウハニ大統領と会見した。
 
此の状況に安倍首相はおそらくなにがしかの勝算があって、テヘランに乗
り込んだのだろう。イラン高層部の意見を聞くだけなら「トランプのパシ
リ」とからかわれても仕方がない。そんな損な役割のために特別機を飛ば
したのか?

何か密約が存在するのではないか。

この疑問を率直に呈して報じたのは、イスラエルのメディアだ。米国のメ
ディアは安倍イラン訪問をほとんど無視している。アジアで、安倍外交を
報じているのはインド紙くらい。しかしカタールの『アルジャジーラ』は
さすがに大きく報じている。

米国は2017年にオバマ政権が結んだ「イラン核合意」から離脱し、19年5
月にはイラン原油輸出を事実上阻止する制裁を課した。日本はイランから
相当量を輸入してきたので代替地捜しに懸命だった。

安倍・ロウハニ共同会見では、「前向きに話し合いがあった」としたが具
体的な内容には触れなかった。

イランは「緊張激化の原因は米国であり、われわれは戦争を望まないし、
もし米国が制裁を解除すれば中東に劇的で前向きな変化が起こるだろう」
と、冷え込んだ米国との関係改善をひたすら禁輸解除が突破口だとした。

現地『テヘランタイムズ』によれば、安倍首相は「平和と安定はこの地域
のみならず世界平和に貢献するものであり、日本は最大限の努力を惜しま
ない」とし、緊張緩和を力説したこと、また日本の首相訪問は41年ぶりだ
が、安倍首相自身は個人的に36年前に父晋太郎が外相時代に随行員として
テヘラン訪問の経験があること、日本とイランの文化的つながりは長い歴
史があることなどを報じた。

◆「やませ」は凶作の使者

渡部 亮次郎


江戸時代には天候不順や噴煙による日照不足などで「飢饉」が屡々起きた
ようだ。天明の飢饉の言い伝えは、生まれ故郷・秋田で子供のころ聞かさ
れた。

私の生まれた昭和11(1936)年の2月26日に起きた「2・26事件」の遠因も
「やませ」による東北地方の米の凶作にあるといわれている。

凶作の生活苦に追い詰められた実家の両親が、兵隊の姉妹を東京の苦界に
身売りしている惨状に、政界、財界への反発を募らせたのだと言う説。

流石に敗戦後は品種改良で冷害に強い品種を創り上げたり、秋田県知事
(当時)の提唱による「三早栽培」の普及などで凶作は遠くなったように
見える。

種まきを早くし、田植えを早く済ます。稲刈りも早くして台風の被害を少
なくする、というのが三早栽培。確かにその通りなのだが、それを裏づけ
たのが「ビニール」の普及だった。

「温床」に代わる「ビニール・ハウス」で苗が雪消えの前の播種を可能に
し、田植えの早期着手を可能にしたわけだ。しかし「やませ」が来たらひ
とたまりもない。しかも東北では8月中旬、つまり、出穂(しゅっすい)
時に来て「日照不足」に生ると稲は命をとられる。稔らないのだ。

海から上陸する「やませ」(山背)は、春から秋に、オホーツク海気団よ
り吹く冷たく湿った北東風または東風(こち)だ。特に梅雨明け後に吹く
冷気を言うことが多い。

やませは、北海道・東北地方・関東地方の太平洋側に吹き付け、海上と沿
岸付近、海に面した平野に濃霧を発生させる。やませが長く吹くと冷害の
原因となる。なお、オホーツク海気団と太平洋高気圧がせめぎあって発生
する梅雨が遷延しても冷害となる。

夏季にオホーツク海気団から吹く北東風は冷涼・湿潤な風であり、海上を
進む間に雲や霧を発生させ、太平洋側の陸上に到達すると日照時間の減少
や気温の低下の影響を及ぼす。

若い頃、青森県の太平洋岸八戸海岸でこれを実際に見た。早朝、海で発生
した霧は、海岸から這うように上陸し、山肌を舐めるように登って行っ
た。地上の花や野菜はぐっしょり濡れた。私は身震いした。

秋田県の旧八郎潟沿岸の農家に生まれた私は、夏の暑さよりも寒さの心配
を親から聞かされて育ったが、目にしたのははじめてだった。
ただし、やませは奥羽山脈などを越えるとフェーン現象が発生するため、
日本海側では日照時間の増大と気温上昇となる。

「やませ」は、農作物や漁獲に悪影響を与えるこの風の太平洋側の呼称で
ある。また、やませが続いた場合、大阪と東京の気温差が10度以上になる
こともある。

やませが吹き付ける範囲を「影響範囲」とすると、北海道の影響範囲では
元々稲作をおこなわず、牛馬の牧畜や畑作がなされており、やませが長く
吹き付けても農業への影響は少ない。

青森県の太平洋側(南部地方など)から三陸海岸の影響範囲も畑作や牧畜
が中心で、北海道と同様にやませの影響は折込済みである。また、関東地
方の太平洋岸の影響範囲も畑作・牧畜中心であり、且つ、やませが到達す
る回数自体が少ないので、「冷害」とはなり辛い。

影響範囲で最もやませの影響を受けるのは、稲作地である岩手県の北上盆
地・宮城県の仙台平野・福島県の浜通り北部である(福島県中通りも影響
を受ける場合がある)。

熱帯原産である稲の日本での栽培方法は、春季は熱帯ほど暖かくないため
ビニールハウスなどで育苗し、気温が上がると露地栽培が可能となるため
晩春に田植えをし、熱帯並みとなる夏季の高温を利用して収量を確保する。

このため、やませが長く吹き付けて日照時間減少と気温低下が起きると、
収量が激減して「冷害」となる。

江戸時代は米が産業の中心であったこと、江戸時代を通じて寒冷な気候で
あったこと、また、現在ほど品種改良が進んでいなかったことなどのた
め、上述の稲作地に相当する盛岡藩と仙台藩を中心に、やませの長期化が
東北地方全域に凶作を引き起こした。

凶作は東北地方での飢饉を発生させたのみならず、三都(江戸・大坂・
京)での米価の上昇を引き起こし、打ちこわしが発生するなど経済が混乱
した。

戦後は冷害に強い品種がつくられ、飢饉に至ることはなくなった。

しかし、一億総中流以降、大消費地のブランド米志向が顕在化し、冷害に
弱くとも味のいい品種が集中栽培される傾向が進んだため、再び冷害に弱
くなって「1993年米騒動」が発生した。その反省から、冷害対策は「多品
種栽培」が趨勢となった。

近年は、米の市場価格下落のため、ブランド米志向に再び戻りつつあり、
「1993年米騒動」の再来が危惧されている。梅雨明けも報じられな米どこ
ろに「やませ」が吹いている。マスコミは「山瀬」を知らない。農水省が
発表するまで報じないだろう。2009・08・18
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



◆2000万円と100万円のショック

櫻井よしこ

「2000万円と100万円のショック」

「ショックですよ。僕らの世代は2000万円と言われてもどうしようもない」

30代の技術者で、小規模ながら会社を経営している男性が語った。妻と共
働きで、幼い娘は2歳になったばかりだ。

金融庁は6月3日、定年後の夫婦が95歳まで生きるには約2000万円の金融資
産が必要だとの報告書をまとめた。平均値で、夫65歳、妻60歳以上の世帯
では毎月の生活費が約26万円、年金収入等は約21万円で、月約5万円の不
足が生じる。不足分は20年間で1300万円、30年間では約2000万円の貯蓄が
必要だということのようだ。

日本人の平均寿命が飛躍的に伸びたために、私たちは老後の資金について
以前よりも堅実に考えなければならないのは事実だ。かといっていきなり
2000万円という数字を出されれば国民が困惑するのは当然だ。

前述のように若い友人が感じた「2000万円ショック」から、私は自身が体
験した若き日の「100万円ショック」を思い出していた。

20代後半のことだ。当時勤めていた米紙東京支局の突然の閉鎖で、私はフ
リーのジャーナリストになった。だが、書き手としての私は正真正銘、無
名だった。それでも私はジャーナリストになりたかった。そこで売れるか
どうかもわからない記事に取り組んだ。記事案を考え、納得いくまで取材
した。苦労して何度も書き直した。しかし記事は中々採用してもらえな
い。取材費だけが重なり収支は赤字で、掛け値なしの貧乏暮らしが続いた。

自立して生きていくために、苦肉の策として翻訳を始めた。誰かが書いた
ものを日本語にしたり英語にしたりするのは、記事案を考え取材する苦労
とは別の難しさがあったが、翻訳の仕事は確実な収入をもたらしてくれた。

見たこともない大金

当初取材の合間に翻訳をしていたのが、段々、翻訳に費やす時間がふえて
いった。そんなある日、私は通帳を見て驚愕したのである。見たこともな
い大金がたまっていたからだ。その金額に、私は思わず知らず、恐怖心を
抱いた。こんなに沢山のお金がある。しかし、ジャーナリストになりたい
のに、このお金は全部翻訳料だ。どうしよう。

このまま続けたら私は駄目になる。急いで路線変更しなければ本来の目標
を永久に失ってしまう。そんな切迫感にかられて、私は翻訳の仕事を基本
的にすべてやめ、再び、効率の悪いジャーナリズムの道に戻った。

で、そのときの通帳の金額が約100万円だったのである。20代後半の私に
とって、100万円がどれほどの大金だったかということだ。

若い世代の金銭感覚は、多少ゆとりの生まれる中高年層のそれとは異な
り、慎ましいものだということを、政治を行う人々は忘れてはならないだ
ろう。私自身のはるか昔の体験を思い出せば、いま、若い世代の人たちが
「2000万円」という数字を見て、どんな気持ちになるか、わかる気がする。

世界一の長寿国になった日本の主人公である私たちは、長生きする分、自
分の人生をどう構築していくかについて冷静に考えるべきだ。考えなけれ
ばならない点は沢山あるのだが、それらは後述するとして、大蔵省出身で
前スイス大使の本田悦朗氏の疑問の声に耳を傾けたい。氏は今回の麻生太
郎金融相の情報の出し方を批判する。

「このような情報の出し方は、金融庁の考え方を代弁するものでしかあり
ません。日本の高齢者が保有している貯蓄額を意識してか、『金融資産は
さらに必要』などとも、報告書には書かれています。資産形成のために
もっと投資しなさいという金融機関の主張そのものです」

高齢国家の国民の生き方を支えるには、どの程度のお金が必要か、そのた
めの税制はどうすべきか(財務省)、健康をどう維持していくのか、仕事
はいつまで続けるのか(厚労省)、すべての省庁の管轄を越えて如何に人
生を意義深くできるか、楽しめるかなど、縦割り行政を脱した全体的な発
想が必要だ。金融庁の発想に基づいた狭い見方だけでは役に立たないばか
りか有害である。

おまけに今回の発表は不必要な心配を引き起こすと本田氏は批判する。

「きちんと説明すれば、高齢になってからの生活を心配するのでなく、
違った目で見ることができます。若い世代にはまだ時間があります。加え
て高齢者世帯の貯蓄額は平均で2300万円、但し、中央値は約1500万円で、
格差はあります。それでも高齢者世帯にこれだけの貯蓄があることを正し
くとらえることが冷静な議論には必要です」

前向きの発想

総務省の家計調査では世帯主が60代の家庭の平均貯蓄額は2382万円、負債
が205万円で、差し引き2177万円の資産がある。世帯主が70歳以上になる
と貯蓄は2385万円で負債は121万円、資産は2264万円だ。

持ち家比率は60代世帯主の場合が93.3%、70代が94.8%である。

右は現実の数字である。この現実の中で、年金だけで生活している高齢者
は、現在すでに貯蓄の取り崩しを行っているであろうが、金融庁のいう
2000万円の不足を補う財力を持っている人は少なくないのである。但し、
中央値は1500万円であり、「2000万円の不足」を補いきれない世帯も存在
すること、そのことへの政策も忘れてはならない。

日本は長寿国を目指し、見事に実現したが、そのことを私たちはどう楽し
み、どう活用していくのがよいのか。これこそ、いま考えなければならな
い課題だ。国民皆保険で医療体制を整え、自身の力だけでは生活が成り立
たない人々への種々のセーフティネットを準備した。それはこれからも充
実させるべきである。

他方、日本人は勤勉である。働けるうちは働き、なるべく自分のことは自
分でしたいと考えてきたはずだ。「生涯現役」や「ピンピンコロリ」など
の言葉の実践こそ庶民の理想であろう。

年金だけで暮らすよりも、誰かのために役立ち、働くことを楽しみ、収入
を得て、何がしかの税金を納める立場に立ち、孫にも小遣いを奮発できる
ような人生を多くの日本人は望んでいるのではないか。

であるならば、日本人の労働に対する誠実さを上手に#抽#ひ#き出し、前
向きの発想を促す施策こそ望まれる。若い世代を元気づけ、国の財政も支
えるには何が必要か。中央政府と地方自治体は何をすべきか、金銭の多寡
を超える精神生活の豊かさを育める地平に如何にして辿りつくか。こうし
た発想と政策こそ必要だ。

同時に私たち国民の側も自分の人生を最終的に引き受けるのは自分自身だ
と認識したい。ちなみに私は死ぬ1週間前まで、何かしら書いていたいと
願っている。

『週刊新潮』 2019年6月20日号
日本ルネッサンス 第856回