2019年06月20日

◆中性脂肪が気になる人の食事療法

庄司 哲雄(医師)

<中性脂肪とは>

血液中の中性脂肪(トリグリセリドともいう)には二つの由来があり、食事で摂取した脂肪が小腸から吸収され血液中に現われたものと、肝臓で炭水化物から脂肪に作り変えられて血液中に放出されたものがあります。

いずれも、体の組織でエネルギーとして利用されるのですが、血液中の濃度が極端に(1000mg/dL以上)増えすぎますと、急性膵炎を引き起こすことがありますし、それほどでない場合でも(150mg/dL以上)動脈硬化の原因のひとつになります。

<中性脂肪を下げる食事の第一歩>

食事療法の基本は、摂取エネルギーの適正化です。脂肪の摂りすぎのみならず、炭水化物の過剰も中性脂肪を増やしてしまいますので、全てのトータルを適正にする必要があります。
身体活動度にもよりますが、標準体重1Kgあたり25〜30kcal/日程度が適切です。肥満気味の方は少なめにし、減量を目指します。アルコール多飲や運動不足は中性脂肪の大敵です。

<炭水化物と脂肪のどちらをひかえるか>
各人の食習慣により異なる場合がありえますが、炭水化物1グラムで4kcal、脂肪1グラムで9kcalですから、脂肪摂取を控えることが大変効果的です。

<ジアシルグリセロールとは>

少し難しくなりますが、中性脂肪とはグリセロールという物質に脂肪酸が3つ結合した構造(TAG)をしており、いわゆる「油」です。これに対して、脂肪酸が2つだけ結合した油もあり、これをジアシルグリセロール(DAG)といいます。同じような油であっても、小腸で吸収されてからの代謝が異なるため、中性脂肪の値や体脂肪への影響の程度に差があります。

通常の油TAGは、小腸で膵リパーゼという酸素のはたらきで、脂肪酸が2つはずれ、脂肪酸ひとつだけが結合したモノアシルグリセロール(MAG)に分解されます。それぞれは吸収された後、小腸でまた中性脂肪に再合成され、血液中に放出されます。

一方、DAGは中性脂肪へ再合成されにくいため、食後の中性脂肪の上昇が小さく、また体脂肪の蓄積も少ないといわれています。最近、DAGを利用した機能性食品が開発されています。しかし、DAGの取りすぎもカロリー 過剰につながりますので、通常の油TAGとの置き換え程度にすべきでしょう。

<脂質低下作用のある機能性食品>

動物に含まれるステロールという脂質の代表はコレステロールですが、
植物には植物ステロールという脂質が含まれます。これは小腸でのコレステロール吸収を抑制する働きがあります。

<専門医に相談すべき病気>

中性脂肪の増加する病態には、糖尿病やある種のホルモン異常、稀には先天的な代謝障害もありますので、一度は専門の先生にご相談いただくのも大切だと思います。
   <大阪市立大学大学院代謝内分泌病態内科学  >

2019年06月19日

◆「生きている化石」の木

渡部 亮次郎


それは「メタセコイア」。東京都江東区の都立猿江恩賜公園近くに暮らすよ
うになって20年以上経つ。その公園を毎日の散歩コースにしいたのだが、
さすが昭和天皇から下賜された公園らしく、昭和天皇が好まれていたと言
う「生きた化石」の木「メタセコイア」を沢山植えて、都民の「謝意」を
表しているようだ。

まず、公園の入り口(新大橋通り側)に横並びにメタセコイアがそろって
6本植えられ、公園のシンボルとなっている。通りを挟んで向かい側は区
立江東公会堂(ティアラ江東)である。

私が散歩して居たのは「北部」地区。1周1・1キロ。3000歩である。その途
中に、メテセコイアが数十本植えられている。木場(きば)の材木置き場
を埋めたてて公園にしたのが昭和56年と言う。

メタセコイアはいずれも高さ30メートル近い大木に成長している。壮観だ。

メタセコイア。学名 Metasequoia glyptostroboides
和名 アケボノスギ(曙杉)イチイヒノキ 英名dawn redwood(または、学
名Metasequoia)を訳したもの(ただし、化石種と、現生種を別種とする
学説もある)。

葉はモミやネズに似て線のように細長く、長さは1〜3cm程度、幅は1,2mm
程度で、羽状に対生。秋に赤茶色に紅葉した後、落葉する。樹高は生長す
ると高さ25〜30m直径1.5mになる。

1939年に日本で常緑種のセコイアに似た、落葉種の植物遺体(化石の一
種)が発見された。発見者の三木茂博士により『メタセコイア』と命名さ
れ、1941年に学会へ発表された。

当初、「化石」として発見されたために絶滅した種とされていたが、1945
年に中国四川省磨刀渓村(現在は湖北省利川市)の「水杉(スイサ)」が
同種とされ、現存することが確認されたことから「生きている化石」と呼
ばれることが多い。

その後、1949年に国と皇室がそれぞれメタセコイアの挿し木と種子を譲り
受け、全国各地に植えられているのだそうだ。

英国の種苗会社などから、インターネットで種子が入手できる。タネは直
径2〜3mmの、淡黄色のおがくず状の物で、発芽率はあまり良くないが、日
本の気候にはよく合い、生育が早いので、栽培してみる価値は十分にある。

早めにタネを入手し、1月中旬か下旬に浅鉢、浅箱などに蒔き、タネが隠
れる程度に覆土し、乾かさないように管理する。櫻が咲く頃に、徐々に発
芽してくるので、数センチになったら3寸のポットに仮植えする。

秋には30cmくらいの苗に生育する。翌春発葉する前に、定植する。苗は一
年で1m近く生育し、最終的には30〜40mになるので、株間は7〜8mは必要で
ある。

冬のソナタ。メタセコイアの並木道が登場し、ドラマのファンからはシン
ボルの一つとして扱われる。

三木町―発見者・三木博士の出身地。博士の功績を記念し、メタセコイア
を町のシンボルとしている。三木町(みきちょう)は、香川県東部に位置
する町。高松市のベッドタウンとなっている。

また香川大学医学部ならびに農学部を擁する、三木キャンパスの学生街で
もある。9月下旬に行われる『獅子舞フェスタ』で知られる。

近年、香川県農業試験場にて開発された讃岐うどん用国産小麦・さぬきの
夢2000の試験栽培が開始され、同品種の名産地として脚光を浴びている。

この事はNHK総合のドキュメンタリー番組「プロジェクトX 挑戦者たち」
第149回(2004(平成16)年7月6日放映分)にて「さぬきうどん 至高のう
まさとは」というタイトルで紹介された。              
                                
2010・6・15執筆    
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

◆国際政治は理想よりも力で動く

櫻井よしこ


「国際政治は理想よりも力で動く ウクライナの二の舞を演じてはならない」

「現在の日本はロシアに侵略されてクリミア半島を奪われる前のウクライ
ナとそっくりです」

ウクライナから来た留学生、ナザレンコ・アンドリー氏(24)がインター
ネットの「言論テレビ」で語った。来日5年、共愛学園前橋国際大学在学
中で、「雲散霧消」など四字熟語も自在に使いこなす。

どのように日本とウクライナが似ているのか、ナザレンコ氏の解説だ。

「自分たちが武力を持たなければ周辺国も平和的に接してくれると思い込
むことです。ウクライナも非核三原則を作って、保有していた核すべてを
ロシアに渡しました。軍隊も100万人から20万人に減らしました。私の両
親も含めてウクライナ人は性善説を信じたのです」

ここで少々説明が必要だろう。かつて旧ソ連の一部だったウクライナは、
1991年のソ連解体で独立した。当時のウクライナはソ連のいわば武器庫
で、核兵器、ミサイルをはじめ多くの武器が保有されていた。

これらの武器をすべてロシアに引き渡すべきだと、米英露3カ国が要求し
た。ただし武力放棄後のウクライナの安全は米英露3カ国が保障するとも
誓約した。同提案にウクライナは同意し、ブダペスト覚書を交わした。後
に中仏も同様の内容の覚書をウクライナと個別に交わしたことから、国連
安全保障理事会常任理事国すべてがウクライナの安全を担保する形が出来
上がった。これが94年だった。

ところが、20年後、ロシアは突然ウクライナからクリミア半島を奪った。
現在もロシアと国境を接するウクライナ東部にはロシア軍が常駐してい
る。恐らく何年か時間をかけて、ロシアのプーチン大統領はウクライナの
領土をより多く、取り戻そうとするだろう。

そこで疑問は、(1)なぜ5大国の約束は機能しなかったのか、(2)ウク
ライナ人はなぜ非核三原則に見られる「平和論」や大国の約束に頼ったの
か、だ。

(1)の答えは、ブダペスト覚書の第4条にある。そこには、ウクライナが
ロシアから侵略された場合、米英は「国連安全保障理事会において」ウク
ライナを支援すると書かれている。しかし安保理においてロシアは拒否権
を行使できるために、第4条は最初から機能しない空しい誓約だった。米
英は別に約束を破ったわけではないのだ。

(2)についてナザレンコ氏は次の様に述べた。

「非核三原則ですが、ウクライナ北部のチェルノブイリで86年、世界一恐
ろしい原発事故が起きました。国民は核に強い恐怖感を覚えました。しか
もソ連の技術は本当に頼りない。いつ何が爆発するかわからない。強い恐
怖と絶望で領土内に核は置きたくないと大多数の国民が考えた。それが非
核三原則の背景です。来日して、福島第一原子力発電所の事故について考
え、私たちは似ていると思いました」

ウクライナは歴史的にいつも侵略されてきた。古くはモンゴル帝国に占領
された。ポーランド、リトアニア、ロシア、トルコ、第二次世界大戦時に
はドイツに占領された。武力に屈服し、被占領国の歴史を生きたウクライ
ナがなぜ、武力を捨てたのか。

「楽観的すぎた。性善説なのです。時代は21世紀だ。冷戦は終わった。争
いはもう起きない。米英露の世界最強国が守ってくれる。ならば自国軍は
不要だ。軍を5分の1に縮小して、福祉に回す方がよいと考えたのです。そ
れに90年代はソ連解体でウクライナ人も経済のことばかり考え、国防に心
を致さなかったと思います」

尖閣諸島周辺には本稿執筆時点で連続55日間、中国の大型武装艦四隻が侵
入を続けている。国防を置き去りにしてウクライナの二の舞を演じてはな
らない。国際政治は理想よりも力で動くことを認識し、憲法改正を国民の
課題として考えるときであろう。

『週刊ダイヤモンド』 2019年6月15日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1283

◆山科だより・日本初の産業用水力発電所

渡邊 好造


山科区にある京都市最大の施設は”琵琶湖疎水(山科疎水)”である。

明治維新後、首都が東京に移ったことで人口の3分の1が流出し、このままだと京都は沈没するのではないか、そんな危機感もあって産業振興の狙いから手がけられたのが琵琶湖の水をひく疎水建設で、京都のあせりが生み出した産物といえる。

疎水は滋賀県大津市の観音寺、三井寺辺りを基点にして山科区北部の山の斜面に沿って、左京区蹴上までの約11キロメートルにわたる水路である。

明治18年(1885年)に日本人技師のみで着工した最初の大工事で110年前の明治23年(1890年)に完成した。日本初の"産業用"水力発電所建設が最大目的で、これにより蹴上発電所が翌明治24年(1891年)に稼動(現在も無人で運転中)、明治28年(1895年)この電力により国内初の市電が京都市内で運行された。

なお、最初の水力発電所は明治21年(1888年)の仙台市三居沢(さんきょざわ)発電所で、国指定有形文化財として今も残されている。

疎水建設の当初予算は60万円だったのが、明治政府の意向もあって、最終的には125万円に倍化され、当時の京都府年間予算の2倍に相当した(資料・京都市上下水道局)。

使用したレンガは1370万個、地下鉄・御陵駅の近くにレンガ工場跡の記念碑がある。現在の水路は、何回もセメントを吹付けて改修されているので、表面にレンガはない。

疎水は、大津・京都間の船による輸送手段としても活用され、昭和23年(1948年)まで利用された。そうした船便の名残りが、”蹴上インクライン(台車を使って船を引張り上げる線路)”の遺跡である。疎水は山科日ノ岡までの傾斜は緩いが、ここから蹴上へは急な下り坂となるので、このインクラインが利用された。

また、疎水の水路北側に沿って、上水用として第2疎水建設工事が明治41年(1908年)に着工され、明治45年(1912年)に完成した。こちらは全て暗渠となっているため山科の住民でも知らない人が多い。

筆者宅から疎水までの距離は約100メートル。ちょうどそこには3つ目の疎水トンネル(トンネルは全部で4つ)の入口があり、明治時代の政治家・井上 馨の揮豪による偏額(門戸等に掲げる横に長い額)が、当時のまま埋めこんである。

偏額には『仁呂山悦智為水歓』(じんはやまをもってよろこび ちはみずのためによろこぶ = 仁者は動かない山によろこび 智者は流れゆく水によろこぶ)の8文字が彫られている。京都あげての力の入れようが、ここにも残る。
 
京都はお寺中心の古都の印象が強いが、明治維新後は産業面でなんとか振興をはかろうと、日本の最先端技術を駆使して走り始めていた。
 
疎水に関しては、平成元年(1989年)8月に完成した左京区「琵琶湖疎水記念館」(地下鉄東西線・蹴上駅下車)に詳しい。
 
ところで、京都市左京区の南禅寺境内には、ヨーロッパ遺跡に似た赤レンガ造りの「水路閣」(疎水の水をひく水道橋)が残されているが、建設当時は京都の景観を損ねるとして大反対運動が展開されたらしい。

そんな反対運動の心意気が在ったのなら、何故あの悪名高い「京都タワー」建設時(昭和39年=1964年)にどうして発揮されなかったのだろうか。当時の京都市の人口131万人にあわせて高さ131メートルの灯台を模したコンクリート・タワーが古都京都にふさわしいと考えた連中がいたとは、とても解せない。

京都市は新景観条例を制定し、建物の高さ(最高31メートル)や看板の色・デザインを規制強化し、将来は市電の復活、電線電柱の地下化を目指す、といった百年河清を待つような方針が今頃になって出始めている。(完)

    渡邊好造

2019年06月18日

◆習近平、来日キャンセルの可能性

                         宮崎 正弘


令和元年(2019)6月14日(金曜日)弐 通巻第6111号 

習近平、来日キャンセルの可能性。G20大阪
香港の抗議行動弾圧に世界が抗議、孤立深める中国にペンス演説が追い打ちへ

「香港騒乱」とでも言うべきか。雨傘革命を超える参加者。容疑者の中国
送還合法化への法律改正に反対する抗議の人並みは100万人。

香港返還いらい最大の動員となったのも、香港住民の切羽詰まった危機
感、将来への不安感の表れであり、げんに香港の未来を絶望し、バンクー
バーへ舞い戻った香港人の数、数万という。

容疑者引き渡しの法改正をめぐり、中国送還を合法化しようとする林鄭行
政長官ならびに立法府の親中派に対して、民衆は抗議デモで応じた。つい
に議会は開かれず、また法案の成立が不透明となった。抗議行動は引き続
き、警官隊と衝突し多数の負傷者と逮捕者を出した。

抗議側がひるまずに行動を続けるのは、香港の自治が完璧に失われる怖れ
が強く、謂わば香港住民にとって生死をかけた戦いである。

深センに戦車隊が入ったとか、警官に襲いかかるのは中国国家公安部のヤ
ラセとか、様々なニュースが飛び交っているが、国際的な反響は悉くが中
国に否定的である。

強い応援団が出現した。ペロシ下院議長は、香港問題を米国議会で取り上
げ、もし条例改正案を香港議会が承認した場合、貿易上の特権的な待遇を
見直すとし、米議会で法案を審議すると表明した。デモ参加者を支持した
のである。

なにしろ下院は民主党が多数派であり、日頃はトランプ批判に明け暮れて
きた民主党があたかもトランプ路線の先を走ったのである。
 
それまで習近平は快適な旅を続けた。

ロシアのサンクトペテルブルグの経済フォーラムではプーチンから持ち上
げられ、中国とロシアは良好なパートナーシップだと言い合って(お互い
に眼を逸らしながら)、誰も眼にも明らかな欺瞞の握手を交わし、保護貿
易主義に立ち向かう等として米国を非難した。

6月13日にはキリギスの首都ビシュケクへ飛んで、第十九回のSCO(上
海協力機構)で演説し、インドからやってきたモディ首相とかたい握手、
おたがいに平和を望み、中国は地域の脅威にはならない等と歯が浮いたよ
うな発言。それよりキリギスでは、ジベコフ大統領から「中国はながい間
にわたってキルギスを支援してくれた。この恩は忘れない」とおだてられ
同国最高位の勲章を贈られ、いたくご満悦だった。


 ▼居心地の良さはロシアとキルギスで終わり、つぎの不愉快な旅が待っ
ている

この快適な旅が終わり、つぎに待っているのが米国から突きつけられた諸
要求を飲むのか、飲まないのか。大阪のG20への出席は習近平にとって、
いまや不愉快千万のイベントなのである。

「もしトランプ大統領と習近平の大阪における首脳会談が実現しなけれ
ば、トランプ大統領はもっと強硬な対中制裁措置を準備している。中国か
らはまだ公式的な返答がない」とラリー・クドロー国家経済会議議長は6
月13日、ピーターソン國際経済研究所における講演で表明した。

日本がやきもきし始めた。28日からの大阪G20ホスト国として、共同声明
がどうなるかも不透明になった。一斉に香港問題への言及があって中国を
糾弾するような内容になれば、北京としては立つ瀬もなくなるだろう。
習近平が来日を直前にキャンセルする可能性が浮上した。

孤立無援、四面楚歌は習近平だけではなく、韓国の文在寅大統領も、あら
ゆる策謀が成就せず、やけくそで来日キャンセルに追随する可能性がある。

まして24日に予定されるペンス副大統領の演説は人権問題、中国のチベッ
トとウィグルにおける血の弾圧が「人権を擁護する国につくのか」「人権
弾圧の国につくのか」と踏み絵を踏ませるがごとく、参加国に鋭く問いた
だし、世界へ向けて中国封じ込め、中国制裁を明確に呼びかける内容とな
るだろうとワシントンでは予想されている。

      
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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 中国はなぜ外国人特派員を日夜監視しているのか
  共産党幹部の日常生活も発言記録も「国家機密」だという特殊事情

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中津幸久『北京1998   中国国外退去始末記』(集広舎)
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或る宴席でなぜか柴田穂氏と鮫島敬治氏の名前が出た。

柴田穂は文革時代の産経特派員で、「西単の壁」に貼られた壁新聞を克明
に見に行き数々のスクープをものにしたために国外追放になった。帰国後
に数冊の中国論を上梓されたが、うち一冊は評者(宮崎)が担当、よく新
宿や銀座のカラオケに行った。

鮫島敬治は日経新聞特派員時代に、追放ではなく1年半にわたって社宅軟
禁された。評者がインタビューして「ながい孤独を如何に堪えたか」とい
う質問には「『真向法』で精神安定を得た」と明確に答えたが、「なぜ体
験記を書かないのか」と質したことには「そのうちに」と言葉を濁した。
「そのうちに」ガンで亡くなった。

宴席で想い出噺をおえて帰宅すると、本書が届いていた。しかも奥付の日
付が6月4日、なにかイミシンだ。
 
どの国にも国家機密があるし、それを守ろうとするのは主権行為であって
当然だが、日本のようにスパイ防止法さえない国では、この常識は通らな
い。閣議決定は三十分以内で北京に筒抜けになる。なにしろ首相が中国人
工作員の女性と懇ろになった事件もあったが、あまり問題視されない。諸
外国なら首相弾劾に発展するだろう。

中国には国家機密のなかに幹部の日常生活や会議における発言記録も『機
密』に属するという特殊事情がある。

また特派員の周辺にまといつく情報屋には為にする情報工作を意図的に吹
き込み、相手国の世論を誤解させ、世論になにがしかの影響を与えようと
する諜報工作もたくみに展開されている。 

産経の江沢民死亡号外事件も、朝日の林彪健在という世紀の大誤報も、毎
日の陳敏爾浮上説も、「情報屋」がもたらしたガセだった。

著者の中津幸久氏は読売新聞中国元特派員。最初は上海、ついで北京。そ
して国家機密に触れた報道をしたとかの難癖をつけられて執拗に取り調べ
をうけた体験を持ち、とうとう国外追放の憂き目にあった。
以後、5年間中国入国禁止処分となった。10年後の北京五輪に乗じて取材
ヴィザを申請したが、やはり拒否されたという。

特派員時代には助手の中国人に挙動を監視され、ときに密告されたと書い
ているが、これは常識であり、ある時、評者も某新聞の特派員と会う約束
で、差し向けられた車に乗り込んだ。運転手も監視役と分かったのは、日
本語が分からない触れ込みだったのに、接触事故を起こしそうになったと
きに、当方がとっさに喋った、最新流行の日本語をちゃんと聞き分けたか
らだ。

 (あ、この運転手も工作員か)

特派員時代に、この著者はいかなる経験をしたか、それを当時の政治状況
に重ねて考えていくと、中国の外国人特派員への「気配り」<?>」が歴
然と読めてくるのである。
        

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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者
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(読者の声1)米中貿易戦争は激しさを増し、着地点は見えず、世界中が
振り回されています。最近読んでいるのが物理学、なかでも量子力学に関
する本なのですが、ある本のなかに原爆開発を巡るソ連のスパイ活動とそ
れに対するアメリカの対応がでてきます。

第2次大戦後のアメリカ、原爆開発は成功し日本を叩き潰したまではよ
かったのですが、ソ連がたちまち原爆を開発。大戦後ソ連に対する認識は
ルーズベルト時代の同盟国からトルーマン時代には敵国へと変化。オッペ
ンハイマー以下、多くの物理学者がFBIにより監視され査問を受ける。

ある物理学者は共産党に関係しながらなんとか査問を切り抜けるも、大学
での教職は再任用不可、海外に職を求め、ブラジルに職を得るが、パス
ポートは領事館に押さえられ、身辺は常に監視される状況が続く。

マッカーシー旋風の前段階ですらこれほど厳しいのですから、アメリカの
世論が反ソビエトになった時には国中がヒステリー状態だったのかもしれ
ません。

ましてや真珠湾のときの日本などアメリカのメディアではサルに例えるの
はまだましで、害獣・害虫扱いでした。

アメリカの対中認識を見ていると1950年前後の赤狩り前夜を思い起こさせ
ます。

国防の根幹が危機にさらされるとアメリカはなりふり構わず対立国を排除
あるいは殲滅しようとさえする。オバマがルーズベルトのソ連のごとく中
国を増長させたのなら、その尻拭いをトランプ大統領がトルーマンの対ソ
連政策同様に中国を締め付けるという構図にも見えます。

1940年代の日米摩擦のころ、西海岸の石油企業は日本に輸出したかった。
しかしルーズベルトは国防の観点からそれを認めなかった。オランダと英
国が戦争していてもオランダ企業は英国に物資を輸出していた時代とは違
います。

アメリカは短期的に不利益を被ってもやることはやる、という文化なので
しょう。

そうなると米中貿易摩擦は圧倒的に中国不利に思えます。5G通信機器関
連の問題はアメリカにとって国防そのもの。中国に情報覇権は絶対に渡さ
ない、という不退転の決意に思えます。(PB生、千葉)

  ♪
(読者の声2)歴史学者の呉座勇一氏が、「俗流歴史本」の定義を述べて
いる。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65110?page=6
だが、最近読んだ下記リンクの『歴史は現代文学である』では、呉座勇一
氏の見解とは相当異なる。歴史は書いた人がおり、その時点での現代文学
で、純然たる科学とも言えないと。
http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0908-9.html
  ( TA生、川崎市)


(宮崎正弘のコメント)小生も呉座氏については、拙著『明智光秀 五百
年の孤独』のなかで、批判しております。歴史を合理主義で裁断すると、
ものごとの本質を誤ると、近年流行の歴史解釈を俎上に乗せました。

ところでご指摘のサイトで、呉座氏は小説家の井沢元彦氏の歴史講釈をか
なりこっぴどく批判しているようですね。

小生、井沢氏の著作を読んだことがなく、コメントは差し控えます。

  ♪
(読者の声3)私は、アメリカとイランのカギを握るのは、イスラエルで
はないかと思います。アメリカ(特にトランプ政権は)強いプロイランです。

イランは、表向き反米に凝り固まり「くたばれあめりか(down with the
USA)」などと民衆に叫ばせ、大きな横幕をいたるところに張ったりして
いましたが、テヘランの金持ち階級の間では、隠れ親米がほとんどであろ
うと思われます。

お互いにイスラエルを中に挟んで、敵対関係にあるのであって、これを少
しでも緩和できないと妥協するのは難しいと思います。

ただ私が経験したイラン人は、強腰のようでも、土壇場では、相手との強
弱をよく読んでおり、ころっと妥協することもありますが、イスラエルと
の関係では、妥協が難しく、安倍首相もそれを計算に入れていたかどうで
しょう。(関野通夫)


(読者の声4)私はこれまで日本国は学問立国を宣言すべきだと主張して
きました。学問とは、真理を体系的に追究するものです。

ですから、体系化を目指さない学問は学問とは言えません。ところがマル
クスによって、全体的真理=絶対的真理が否定され、哲学が否定されてか
ら人類は学問の体系化の道を閉ざされてしまいました。

にも拘らず、何より深刻なのは、誰もそのことに気づいていないことで
す。結果として、学問の名の下にデタラメが許されるようになって、反日
の研究が学問の自由とされて、高額が国庫から無駄に捻出されるというお
かしな事態が堂々とまかり通っている始末です。

学問の自由とは、デタラメをやって良い自由などではなく、ヘーゲルの云
うように自由とは必然性の洞察なのであって、必然性を洞察する学問とま
さに同義なのです。

つまり学問の自由を叫ぶものは、その必然性を学問的に説けなければ、自
由を叫ぶ死角はないということです。

反日を研究するものは、それが人類の発展とどう結びつくかを、屁理屈で
はなく、学問的に説けなければならないということである。

話が大分それてしまいましたので、本道に戻しまして、マルクス以来、学
問が学問でなくなって、一見発展しているように見えて、学問としては堕
落の一途をたどっているのです。

その象徴が現代医学の誤った自律神経論です。これが岩盤規制のよう、現
代人のアタマを縛りつけて、人類を日本人を危機に陥らせている現実があ
ります。そのことについて考察してみたいと思います。

1、熱中症対策になぜ交感神経が出てこないのか?
これまで私は、熱中症対策の要は交感神経を強くすることだ、と訴え続け
てきました!

しかし残念なことに世の熱中症対策には、交感神経のこの字も出てこない
のが実情です。その世間の熱中症対策は、一見進歩しているように見えま
す。にもかかわらず、肝心の熱中症は一向に減らないどころか、むしろ増
え続けているようです。特に、子供たちの増加が目立つように感じます。
 これは何を意味するかといいますと、肝腎の交感神経そのものが弱く
なっている、ということだと私は思います。

その交感神経が弱ければ、いくら良い対策を施しても効果が上らないどこ
ろか、むしろ返って有害な場合すらあり得るのです。例えば、水を飲み過
ぎると、体内環境を整える仕事をしている交感神経の負担になって、具合
が悪くなることかあるのです。

では何故、世の熱中症対策には、交感神経が出てこないのでしょうか?
それは、現代医学の誤った自律神経論・交感神経論に責任があります。現
代医学は、心臓に分布している交感神経と副交感神経との間に、正反対の
働きをしているように見える事実があるというだけで、生まれた時期の違
いや、その分布のしかた、神経そのものの構造に、明らかに次元の違いが
見て取れるのに、それを無視して、この2つの異質な神経を、ワンセット
だと強引に決めつけて、それを頑固に墨守し続けているのです。

その結果として、交感神経の行なっている良い仕事の大半が、実際は何も
やっていない副交感神経がやっていることにされ、後に説明する事情から
交感神経が異常化しやすいために、その異常化による有害な側面ばかり
が、交感神経のものとされて、悪役の汚名を着せられて、交感神経の名を
言うのもはばかられる雰囲気が醸成され、蔓延してしまっている現実があ
ります。

これが、熱中症対策に決して交感神経の名が出てこない理由だと思います。
これは由々しきことです。

というのはこれが、脳の栄養不良と相まって、今の日本が抱える、うつ
病・引きこもり・虐待・子殺し・高齢ドライバーの運転ミス等々に関わっ
て、日本を滅ぼす要因となっているからです。というのは、心と身体をつ
なぎ、その両者を支える大事な働きをしているのが、交感神経なのでそれ
が弱ると、そうなりやすいのです。

昔の日本人は、交感神経が見事だったから、灼熱地獄の硫黄島の洞穴で半
年間も頑張りぬけたのです。その魂を受け継ぐためにも、交感神経を見事
に育て上げることは、とても重要なことなのです。

ところが現代医学の誤った自律神経論・交感神経論によって、世のお母さ
んたちも洗脳されて、我が子を丈夫に育てよう、交感神経が強くなるよう
に育てようという意識がなく、その多くは自分の感情のままに過保護に育
てて、交感神経のヤワな子が大量に増えているのです。

2、生命の歴史から説く交感神経とは?副交感神経との違い

しかし生命の歴史において、交感神経と副交感神経とは生まれた時代が全
く違うことは、現代医学にも認識されている周知の事実です。ところが、
現代医学は、それに基づく反省や修正をしようとする学問的態度が、全く
見られません。

その生まれた時代の違いとは、具体的には、副交感神経は、魚類の時代
に、腸管の運動を統括する神経として、骨を動かす運動神経とともに生ま
れました。ですから、副交感神経は、その大部分が内臓にしか分布してい
ない、本当は腸管運動神経と呼ばれるべき神経なのです。
これに対して、もう一方とされる交感神経は、地殻変動の激しかった時代
に、穏やかな海中から陸上に上陸した哺乳類の、その体内環境が激しく乱
される中でも、しっかりと生き抜いていけるよう恒常性を整える体系的シ
ステムとして完成したものです。

じつは、その交感神経のことを【交感神経ー副腎系】と呼んだ学者がいます。

その学者は200年前のキャノンという、「恒常性」の概念を確立した偉大
な生理学者なのです。

キャノンはその著書「体の知恵」の中で、この【交感神経ー副腎系】が、
命を守るための「恒常性を維持する」ために主導的な役割を果たしている
ことを、実験的に証明しています。

このように交感神経すなわち【交感神経ー副腎系】は、ホルモン系と神経
系とを統合した、命を守るための、もの凄い統括系のことなのです。

ここで体系的と云うのは、例えば、朝起きるとき急に立ち上がっても立ち
くらみがしないで済んでいるのは、この交感神経系が、心臓の血圧を上
げ、脈拍を上げ、同時に、足の血管の筋肉を締めて、重力で血液が足の方
に溜まらないように調節しているから、脳の血流が確保されているわけで
すが、これは、全体が一糸乱れぬ体系的連係があるからできることなのです。

このために、交感神経系は、全身のあらゆるところに隈なく分布して、そ
の役割をはたしているのです。

例えば、腸管の粘膜に分布してその働きを統括している神経というと、誰
もが、腸管の運動を統括している副交感神経を想起すると思いますが、じ
つは違うのです。

粘膜から吸収する働きを統括しているのは、腸管固有の神経ですが、粘膜
に分布して粘膜を守っているのは、交感神経なのです。「ガイトンの生理
学」という有名な権威ある本の中の図に、そのことを示す証拠となる図が
あります。

その図を見ますと、交感神経の赤い線は粘膜にまで到達しているのです
が、副交感神経の方は、マイスネル神経叢やアウエルバッハ神経叢という
地元の固有の神経叢のところまでしか行っていないことか分かります。つ
まり、お前たちしっかり働けよ?と丸投げして、自分は実際には働いてい
ないのです。

3、本能的な交感神経が認識と出会ってどういう運命を背負うことになっ
たか?

さて、ここで問題となるのは、交感神経と認識・感情との関係です。
この問題は、人類が誕生する以前には、全く存在しませんでした。つまり
本能による鉄壁の管理体制が敷かれていて、交感神経は気持ちよく働けた
ということです。

ところが、サルから人間への進化の過程で、本能に縛られない認識・感情
が生まれ、それが力をつけて本能の上に立つようになって、認識と本能と
の権力の二重構造が生まれると、身体全体の実際の統括を一任されて、い
わば丞相のような地位にあった交感神経は、大変な難題を抱えるようにな
ります。

それは本能的な命を守ろうとする交感神経に対して、新たなご主人様と
なった認識・感情は、時に、それとは真逆の、命を脅かすような統括を要
求する、という奔放さを持っていることです。

これによる葛藤を抱え込む宿命が交感神経を蓋ったことが。交感神経が異
常化しやすい大きな理由です。

これが交感神経の名前の由来でもあるのです。つまり交感神経と人間の感
情とそれほどに密接な関係にあるということであり、交感神経の相棒は、
副交感神経ではなく、感情なのだということです。 (稲村正治)

  ♪
(読者の声4)アジア自由民主連帯協議会の抗議声明です。もし共感いた
だけましたら拡散をお願いいたします。

できれば地元、もしくは信頼できる国会議員、地方議員、自治体の長など
にメールなどでご紹介くだされば光栄です。私たち国民とともに、1人で
も多くの政治家が抗議の声、せめて「香港の民主主義は守られねばならな
い」という一言を挙げてくださるよう、皆様のご協力をよろしくお願いし
ます。

報道関係の皆様、ペンの力、映像の力で、香港の民主主義を守る力を貸し
てください
http://freeasia2011.org/japan/archives/5602
   (三浦生)

◆認知症には「散歩」が効果

向市 眞知


以前、住友病院神経内科先生の「認知症」の講演を聴きに行きました。その時、「こんな症状があったら要注意!」という話から始まり、下記の11の指摘がありました。

1、同じことを何度も言ったり聞いたりする
2、ものの名前が出てこない
3、置き忘れやしまい忘れが目立つ
4、時間、日付、場所の感覚が不確かになった
5、病院からもらった薬の管理ができなくなった

6、以前はあった関心や興味が失われた
7、水道の蛇口やガス栓の閉め忘れが目立つ
8、財布を盗まれたといって騒ぐ
9、複雑なテレビドラマの内容が理解できない
10、計算のまちがいが多くなった
11、ささいなことで怒りっぽくなった

「これらがいくつかあったり、半年以上続いている時は、専門病院へ行きましょう」といわれました。

私自身、同じことを言ったり、物の名前が出てこなかったり、置き忘れやささいな事で怒りっぽくなったなあと思い当たるフシがいくつもありました。専門診療の対象といわれてしまうと本当にショックです。

「認知症」というと周りの人に迷惑をかけてしまう問題行動がクローズアップして、その印象が強いのですが、新しいことが覚えられない記憶障害もそうです。また、やる気がおこらない意欲の低下もそうですし、ものごとを考える思考力や判断する力、そして手順よくし処理する実行力の低下も「認知症」の症状です。

「認知症高齢者」のかた自身の不安は、時間や場所がわからなくなったり、体験そのものを忘れていく中で暮らしているのですから、自分以外の外界のすべてが不安要因になってしまうのです。

ご本人は真剣に外界を理解しようとしているのですが、家族は「ボケ」「痴呆」ということばの印象から、「認知症だからわからないだろう、理解できないだろう」と思い込んでいる例が多くみられます。
 
診察室でなんとご本人を目の前にして「認知症高齢者」の失態を平気でドクターに訴えたり、「母さんがボケてしまって」とはばかりもなく言ってしまったりします。

その瞬間に、ご本人はその家族に対してまた不安をつのらせてしまいます。また話を向けられたドクターも、ご本人を前にしてウンウンとうなづくべきか、ほんとうは困っているのです。

うなづけば家族は安心しますが、ご本人はドクターへの信頼感をなくしてしまいます。

よく「まだらボケ」とか言いますが、「正気の時もあるからやっかいだ」と表現されるご家族もあります。しかしそれは逆で、やっかいと考えるのではなく正気の部分があるのならその正気の部分を生かして日常生活を維持するようにしむけてみませんか。
 
「認知症」があっても、くりかえし続けている一定の日常生活はできるはずです。老年期以前の過去の生活を思い出させてあげると、高齢者は自分の価値を再発見し、意欲も湧いてくるとききました。

高齢者にとって脳機能の低下だけではなく、視覚や聴覚、味覚や嗅覚などの感覚もおとろえてきていることを理解してあげてください。

すべてを「認知症」の一言でかたづけてしまわないで下さい。見えやすくする、聞こえやすくするというような場面の工夫で問題行動が小さくなることもあります。
 
「認知症だからわからないだろう」と思い込むのは大まちがいです。「言ってもしかたない」と決めつけるのは悪循環です。「認知症」の方の感じる外界への不安を考えると、情報が遮断されると余計に不安が大きくなります。

どしどし情報を与えることが不安の軽減につながります。そのために外出しましょう。

「認知症」には「散歩」の効果があります。外界の空気は聴覚、視覚、嗅覚への刺激になり、脳の活性化につながります。
                       医療ソーシャルワーカー

2019年06月17日

◆習近平、来日キャンセルの可能性

宮崎 正弘


令和元年(2019)6月14日(金曜日)弐 通巻第6111号 

習近平、来日キャンセルの可能性。G20大阪
香港の抗議行動弾圧に世界が抗議、孤立深める中国にペンス演説が追い打ちへ

 香港騒乱」とでも言うべきか。雨傘革命を超える参加者。容疑者の中国
送還合法化への法律改正に反対する抗議の人並みは100万人。

香港返還いらい最大の動員となったのも、香港住民の切羽詰まった危機
感、将来への不安感の表れであり、げんに香港の未来を絶望し、バンクー
バーへ舞い戻った香港人の数、数万という。

容疑者引き渡しの法改正をめぐり、中国送還を合法化しようとする林鄭行
政長官ならびに立法府の親中派に対して、民衆は抗議デモで応じた。つい
に議会は開かれず、また法案の成立が不透明となった。抗議行動は引き続
き、警官隊と衝突し多数の負傷者と逮捕者を出した。

抗議側がひるまずに行動を続けるのは、香港の自治が完璧に失われる怖れ
が強く、謂わば香港住民にとって生死をかけた戦いである。

深センに戦車隊が入ったとか、警官に襲いかかるのは中国国家公安部のヤ
ラセとか、様々なニュースが飛び交っているが、国際的な反響は悉くが中
国に否定的である。

強い応援団が出現した。ペロシ下院議長は、香港問題を米国議会で取り上
げ、もし条例改正案を香港議会が承認した場合、貿易上の特権的な待遇を
見直すとし、米議会で法案を審議すると表明した。デモ参加者を支持した
のである。

なにしろ下院は民主党が多数派であり、日頃はトランプ批判に明け暮れて
きた民主党があたかもトランプ路線の先を走ったのである。
 それまで習近平は快適な旅を続けた。

ロシアのサンクトペテルブルグの経済フォーラムではプーチンから持ち上
げられ、中国とロシアは良好なパートナーシップだと言い合って(お互い
に眼を逸らしながら)、誰も眼にも明らかな欺瞞の握手を交わし、保護貿
易主義に立ち向かう等として米国を非難した。

6月13日にはキリギスの首都ビシュケクへ飛んで、第19回のSCO(上海
協力機構)で演説し、インドからやってきたモディ首相とかたい握手、お
たがいに平和を望み、中国は地域の脅威にはならない等と歯が浮いたよう
な発言。それよりキリギスでは、ジベコフ大統領から「中国はながい間に
わたってキルギスを支援してくれた。この恩は忘れない」とおだてられ同
国最高位の勲章を贈られ、いたくご満悦だった。


▼居心地の良さはロシアとキルギスで終わり、つぎの不愉快な旅が待っている

この快適な旅が終わり、つぎに待っているのが米国から突きつけられた諸
要求を飲むのか、飲まないのか。大阪のG20への出席は習近平にとっ
て、いまや不愉快千万のイベントなのである。

「もしトランプ大統領と習近平の大阪における首脳会談が実現しなけれ
ば、トランプ大統領はもっと強硬な対中制裁措置を準備している。中国か
らはまだ公式的な返答がない」とラリー・クドロー国家経済会議議長は6
月13日、ピーターソン國際経済研究所における講演で表明した。

日本がやきもきし始めた。28日からの大阪G20ホスト国として、共同声明
がどうなるかも不透明になった。一斉に香港問題への言及があって中国を
糾弾するような内容になれば、北京としては立つ瀬もなくなるだろう。
習近平が来日を直前にキャンセルする可能性が浮上した。

孤立無援、四面楚歌は習近平だけではなく、韓国の文在寅大統領も、あら
ゆる策謀が成就せず、やけくそで来日キャンセルに追随する可能性がある。

まして24日に予定されるペンス副大統領の演説は人権問題、中国のチベッ
トとウィグルにおける血の弾圧が「人権を擁護する国につくのか」「人権
弾圧の国につくのか」と踏み絵を踏ませるがごとく、参加国に鋭く問いた
だし、世界へ向けて中国封じ込め、中国制裁を明確に呼びかける内容とな
るだろうとワシントンでは予想されている。

◆「三猿」中国特派員

渡部 亮次郎


中国にいる日本の特派員は「真実」を取材する自由がない。知ったことを
自由に送信する自由も無い。常に言動を中国官憲に監視され、牽制され、
二六時中、本国送還に怯えている。「見ざる 言わざる 聞かざる」。特
派員だけれども記者ではない?

実は容共国会議員たちが日中国交回復以前に結んでしまった日中記者交換
協定に縛られていて、実際、国外退去処分を体験しているからである。殆
どの評論家はこのことを知らず「日本のマスコミは中国にだらしない」と
非難する。

中国からの国外退去処分の具体的な事件としては、産経新聞の北京支局
長・柴田穂氏が、中国の壁新聞(街頭に貼ってある貼り紙)を翻訳し日本
へ紹介したところ1967年追放処分を受けた 。この時期、他の新聞社も、
朝日新聞を除いて追放処分を受けている。

80年代に共同通信社の北京特派員であった辺見秀逸記者が、中国共産党の
機密文書をスクープし、その後、処分を受けた。

90年代には読売新聞社の北京特派員記者が、「1996年以降、中国の国家秘
密を違法に報道した」などとして、当局から国外退去処分を通告された例
がある。読売新聞社は、記者の行動は通常の取材活動の範囲内だったと確
信している、としている。

艱難辛苦。中国語を覚えてなぜマスコミに就職したか、と言えば、中国に
出かけて報道に携わりたいからである。しかし、行ってみたら報道の自由
が全く無い。

さりとて協定をかいくぐって「特種」を1度取ったところで、国外退去と
なれば2度と再び中国へは行けなくなる。国内で翻訳係りで一生を終わる
事になりかねない。では冒険を止めるしかない。いくら批判、非難されて
もメシの食い上げは避けようとなるのは自然である。

日中記者交換協定は、日中国交再開に先立つ1964(昭和39)年4月19日、日
本と中国の間で取り交わされた。国交正常化に向けて取材競争を焦った日
本側マスコミ各社が、松村謙三氏ら自民党親中派をせっついて結んでし
まった。正式名は「日中双方の新聞記者交換に関するメモ」。

(1)日本政府は中国を敵視してはならない
(2)米国に追随して「2つの中国」をつくる陰謀を弄しない
(3)中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げない
すなわち、中国政府(中国共産党)に不利な言動を行なわない

日中関係の妨げになる言動を行なわない・台湾(中華民国)独立を肯定し
ないことが取り決められている。違反すると、記者が中国国内から追放さ
れる。これらの協定により、中国に対する正しい報道がなされていないわ
けだ。

新聞・TV各社がお互いに他社に先んじて中国(北京、上海など)に自社記
者、カメラマンを常駐させ他社のハナを明かせたいとの競争を展開した結
果、中国側に足元を見られ、屈辱的な協定にゴーサインを出してしまった
のである。しかも政府は関与していない。国交が無かったから。

1964(昭和39)年4月19日、当時LT貿易を扱っていた高碕達之助事務所と廖
承志(早大出身)事務所は、その会談において、日中双方の新聞記者交換
と、貿易連絡所の相互設置に関する事項を取り決めた。

会談の代表者は、松村謙三・衆議院議員と廖承志・中日友好協会会長。こ
の会談には、日本側から竹山祐太郎、岡崎嘉平太、古井喜実、大久保任晴
が参加し、中国側から孫平化、王暁雲が参加した。

1968(昭和43)年3月6日、「日中覚書貿易会談コミュニケ」(日本日中覚書
貿易事務所代表・中国中日備忘録貿易弁事処代表の会談コミュニケ)が発
表され、LT貿易に替わり覚書貿易が制度化された。

滞中記者の活動については、例の3点の遵守が取り決められただけだった。

当時日本新聞協会と中国新聞工作者協会との間で交渉が進められているに
も拘わらず、対中関係を改善しようとする自民党一部親中派によって頭越
しに決められたという側面があるように見える。しかし実際は承認していた。

日本側は記者を北京に派遣するにあたって、中国の意に反する報道を行わ
ないことを約束したものであり、当時北京に常駐記者をおいていた朝日新
聞、読売新聞、毎日新聞、NHKなどと今後北京に常駐を希望する報道各社
にもこの文書を承認することが要求された。

以上の条文を厳守しない場合は中国に支社を置き記者を常駐させることを
禁じられた。

田中角栄首相による1972年9月29日、「日本国政府と中華人民共和国政府
の共同声明」(日中共同声明)が発表され、日中両国間の国交は正常化した。

1974年1月5日には両国政府間で日中貿易協定が結ばれ、同日には「日中常
駐記者交換に関する覚書」(日中常駐記者交換覚書)も交わされた。しか
し日中記者交換協定は全く改善されていない。

対中政策は、以前と異なって中国の大学で中国語を学んだ「チャイナス
クール」によって独占されているから、協定を変えようと提案する動きな
ど出るわけが無い。

かくて現在に至るまで、中国へ不利な記事の報道や対中ODAに関する報道
は自粛されている。2008・02・28

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

◆痰の話で思い出す支那

石岡 荘十(ジャーナリスト)


‘35京都で生まれ、そのすぐ後から敗戦2年後まで中国(当時は支那)に
留め置かれた。幼い頃の記憶はもちろんないが、物心ついて以降、見聞
きしたかの国の“文化”といまの日本のギャップを、本メルマガの反響
欄が思い起こさせた。 

幼い頃の記憶はこうだ。

その1。

夏の日、父の仕事が休みのある日、「支那人と犬入るべからず」という
立て札が入り口にある公園に家族そろって出かけ、公園の中の、支那人
以外のためのプールで家族で泳ぐ。ある日、帰りに天津市内でも最高級
の中華料理店でそろって子豚の丸焼きを食った。

糞をしたくなって、用を足そうと便所へ行くと便器のはるか暗い、深い
底にうごめく動物がいて、驚いて下を見ると、数匹の豚が新鮮な私の排
泄物をむさぼっていた。今思えばここでは完璧な“食の循環”が実現し
ている。

だが、これで私は完全に食欲を失った。これがトラウマになって、決し
て宗教上の理由ではなく、長い間、私はブタが食えなかった。

その2。

小学校の同級生に、当時の天津領事の息子(小山田あきら?)がいて、
放課後、いつも領事館へ遊びにいっていた。ほとんどは広大な領事公邸
の中で遊んでいたが、ある日、門の外に来る物売りの声に誘われて外に
出た。

天秤にかけた台に切り分けた瓜が載っていた。それが喰いたくて「どれ
がうまい?」と私たちに付き添ってきた領事館の守衛に聞いた。守衛は
「ツエーガ(これだよ)」と指差したのは、ハエが一番多く群がってい
る瓜だった。

“動物学的”に言ってそれはそうだろうと納得したのはずっと後のこと
だが、ハエがたかっているのは汚いという考え方は彼らにはないらしい。

いつだったか大分昔、多分、日中国交回復の頃、「中国にいまや1匹の
ハエもいなくなった」という提灯記事をどこかの新聞で読んだ記憶があ
るが、決して信じなかった。私の幼い頃の確かな記憶が記事のウソを見
破った。

その3。

父が勤めていた会社の管理職住宅は鉄筋コンクリートの一戸建ての“豪
邸”で、玄関を入ったところに、日本流で言うと、女中部屋があった。
女は阿媽(アマ)と私たちが呼んでいた纏足の小柄な女だったが、時々、
旦那が小さな女の子を連れて泊まりに来ていた。

女中部屋は6畳ほどの小さな部屋だったが、遊びに行くと、部屋の隅に
花瓶のような形の壷が置いてあって、そこに時々、「ペッ」と痰を吐く、
というか飛ばす。

それがまた結構遠くから正確に痰壷のど真ん中に命中するのを、何の不
思議もなく見ていたのを思い出した。ホールインワンどころではない。
アルバトロス級である。北京オリンピックで「痰飛投」などという種目
が出来たら間違いなく金だろう。

人前での屁は慎むが、食事中、げっぷは割と平気でやる。屁は平気だけ
ど、げっぷは禁忌という国もあると聞く。生活習慣がそんなに違う民が
十数億人もすぐそこにいる。

痰。さてどうするか。

話題はそれますが、昭和18・9年当時、幼馴染の父、小山田天津領事
とその家族の消息を知りたいと思っています。その頃、いつもアイスキ
ャンディーを作ってくれた、髪の長い、美しいお姉さまがいました。確
か、「たえ」さんでした。

◆緊密な日米関係を内外に示した

櫻井よしこ


「緊密な日米関係を内外に示した今回の首脳外交は大成功で終えた」

5月25日から4日間、トランプ米大統領の訪日が無事終了した。天皇、皇后
両陛下は令和初の国賓をにこやかにお迎えされ、国民も大いに安堵したの
ではないか。

滞在中、トランプ大統領は対日貿易赤字、日本がF35戦闘機を105機買う
ことなどに度々言及し、環太平洋経済連携協定(TPP)への激しい反発
も口にした。日米間の貿易問題に加えて、拉致、北朝鮮に傾く韓国文在寅
政権、膨張する中国の脅威にも対処しなければならない安倍晋三首相に
とって、眼前の貿易問題を超えて緊密な日米関係を内外に示すことは、大
いなる国益である。その点で今回の首脳外交は大成功だった。

だが、「朝日新聞」は5月28日の紙面で安倍外交を徹底的に批判した。
「抱きつき、泣きつき──。トランプ氏に対する度外れた厚遇ぶりには、そ
んな言葉しか浮かばない」(「天声人語」)という具合だ。社説も「もて
なし外交の限界 対米追従より価値の基軸を」と題して、「国賓を丁重に
迎えるのは当然だが、度が過ぎる」と書き、安倍首相のイラン訪問予定に
ついては、「米国の代弁者では、仲介者たり得ない」と釘をさした。

朝日の主張はただの観念論であろう。拉致問題でトランプ大統領は安倍首
相の「代弁者」になって、金正恩朝鮮労働党委員長に日本側の考えや要求
を伝え続けている。トランプ・金両首脳の3回の会談のすべてで、トラン
プ大統領は拉致問題を取り上げた。今回も家族会の皆さんに会い、安倍首
相への全面的支持を表明した。

日朝首脳会談は容易に実現するとは思えないが、トランプ大統領が安倍首
相の気持ちを代弁した結果、首脳会談の可能性が生まれている。イランに
関して安倍首相が力を尽くすことの何が問題なのか。

朝日の論調を「読売新聞」のそれと比較した。読売の社説は「多国間協調
を主導する同盟に 貿易問題で無用な対立避けたい」と題し、「貿易収支
は景気や為替など様々な要因に左右される」として、「赤字削減に固執す
る意味が乏しいことを、米国に訴え続け」よと説いた。「TPPから離脱
した米国が、参加国より有利な条件を得ては筋が通らない。TPPと同水
準の合意にとどめるべきだ」とも主張した。読売の主張の方が余程まとも
でフェアでもある。

米中対立は単なる貿易赤字削減の域を越えて、国の在り方、いわゆる「価
値観の闘い」の域に入っている。知的財産権の窃盗、言論の自由や人権の
圧迫、少数民族の弾圧や虐殺、国際法無視の現状変更などに異議を唱える
米国に、日本も欧州諸国も程度の差はあるものの共鳴している。だからこ
そ、同盟国である日本や欧州に、余りにも対立含みの要求を突きつけない
でほしいと願っている。

だが、トランプ大統領にはそれが通じない。難しい相手にどうわたり合う
か。とりわけ日本の立場は苦しい。本原稿執筆中の5月28日も、中国の
5000トンクラス、大型武装船2隻を含む4隻が尖閣諸島の接続水域に侵入中
だ。連続47日、この間彼らは度々領海も侵犯した。かつてない軍事的脅威
が眼前にあるが、わが国は有効な手立てを打てない。中国や北朝鮮の安全
保障上の脅威から日本を守るには力不足で、米国の支援が必要である。

そんなハンディゆえに安倍首相は朝日が主張する「経済も安全保障も、
ルールに基づく多国間の協力を重んじ」てきた。TPP11や日欧EPAを
まとめ、航行の自由、法の遵守、平和的解決を掲げてインド・太平洋戦略
を打ち出したのがその証左だ。日本が実現に漕ぎつけたこれらの実績を評
価せずに批判のための批判に力を注ぐ朝日の国際情勢分析は信頼できない
のではないか。米国との合意はTPPと同水準にせよと助言する読売を評
価するゆえんである。

『週刊ダイヤモンド』 2019年6月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1282