2019年07月04日

◆米国、バロチスタン解放軍を

宮崎 正弘


令和元年(2019)7月3日(水曜日)通巻第6126号

 米国、バロチスタン解放軍を「テロリスト」と認定へ
  中国の「借金の罠」を念頭にしながらも、中国の見解に同調

7月2日、米国務省はバロチスタン解放軍を「テロリスト」と認定した。

パロチスタンはパキスタンの西部地方に位置し、州都はクエッタ。

その国土面積は広いが、人口はパキスタン全体の5%、タリバンやアル
カィーダの秘密出撃基地としても活用され、また西にイランをひかえる交
通の要衝として中世からシルクロード中継地として栄えた。

 最西端のグアダールや州都のクエッタにおける中国人襲撃ばかりか、バ
ロチスタン解放軍とそのシンパはバザールに爆弾をしかける無差別テロを
展開した。

2018年11月にはカラチの中国領事館を自爆テロの攻撃目標とした。

2019年5月にはグアダールの最高級ホテルを襲撃し、5名を殺害した。

そもそもバロチスタンで中国人を攻撃するテロ活動は、中国の推進する
CPEC(中国パキスタン経済回廊)が攻撃目標である。

石油、ガスパイプライン、鉄道、ハイウェイ、そして光ファイバー網の建
設が進むが、バロチスタン現地にはなんら裨益せず、労働者の雇用もほと
んどなく、中国から労働者ならびにコックまで連れてきたため、かれらか
ら見れば「中国は侵略者」となる。

中国は「一帯一路」の目玉にグアダール港の近代化をすすめ、パキスタン
政府が借金を支払えないとみるやグアダール港の43年間の租借を認めさせた。

これらすべてがバロチスタン州のあずかり知らぬところで行われてきたこ
とに不満を爆発させたのである。もともバロチスタンは独立国で、英国が
無理矢理にパキスタンに編入させた歴史的経緯もある。

とはいえ、米国が中国の主張に同調するかのようにバロチスタン解放軍を
テロリストと認定したことにより、かれらへの弾圧が合法化される。

そのネットワークや、背後のスポンサーなどの情報を米国はパキススタン
に提供することになるか、これまでにも米国はパキスタン軍情報部への不
信感があり、協力体制を組むかどうかは定かではないものの、北京として
は米国の決定にほくそ笑んだことだろう。

米国は2001年9月11日にNYの貿易センター爆破テロに衝撃を受け、対テ
ロ戦争に中国の協力が必要という文脈から「東トルキスタン解放軍」をテ
ロリストと認めた。

これによって中国はウィグル人への弾圧の正当性を主張してきた経緯を振
り返ると、今回の措置も同様な結末を招くのではないか。


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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1919回】                   
 ――「支那は日本にとりては『見知らぬ國』なり」――鶴見(13)
鶴見祐輔『偶像破壊期の支那』(鐵道時報局 大正12年)

                ▽
張謇(1853年~1926年)は1894年に42歳で科挙試験に全国トップで合格し
ているから、当時における最高の頭脳の持ち主(とはいえ伝統的思考では
あるが)と言える。

それゆえに清朝最後の皇帝である宣統帝溥儀の退位詔書を起草したこと
も、なにやら頷ける話ではある。中華民国成立後、政界中枢で働いたが、
その後、実業家に転じ、中国近代化の先駆者とも呼ばれる。鶴見が向かっ
た南通は、張謇が心血を注いで建設した近代化モデル都市とでも言えそうだ。

1903年春には日本を訪れ、2カ月半ほどを掛けて長崎から北海道までを教
育状況を中心に視察。当時の著名な新聞人や実業家、さらには嘉納治五郎
など教育者とも交友を深めた。

張謇を訪れるに際し、鶴見は「(閻錫山の進める)自治といふことが、支
那の國情の根本に立脚する政治的一特色であるやうに、經濟といふこと
は、支那人の國民性に根ざす重要な社會現象であ」り、じつは「渾沌たる
現代支那の救匡が、必ず?育と自治と經濟開發との3點から出發しなけれ
ばならいことが、明白すぎるほど?然たる事業である」との考えを記して
いる。

であればこそ「南通洲の一縣」で「教育と自治と經濟開發」を実践する張
謇に、是非にも会わねばならなかった。

鶴見を出迎えた欧陽予倩は日本に留学し成城学校に学び革命運動に参加し
たものの、「近年支那の政治に愛相つかして、役者となり、自作の戯曲を
演じて、支那劇壇に新思想を鼓吹している」。じつは欧陽は日本留学中に
当時流行していた新劇に興味を持ち、これを中国に持ち帰り演劇活動を始
めたのである。

歌劇の性質が色濃いだけに、京劇などの伝統演劇の歌詞やセリフは一般庶
民には難解に過ぎる。そこで日常会話による現代劇を、さらに言うなら現
代劇によって社会を変革しようとしたわけだ。これを「話劇」と呼んだ。

鶴見は続ける。

「(欧陽が活動する)其の劇場は更俗劇場と言つて、矢張り張謇の南通州
に於ける社會改良事業の一端であるといふことを聞くと、張氏の見識の凡
ならざることに、?々驚かされるのである」。民衆に「?育と自治と經濟
開發」の重要性を学ばせるには、やはり“娯楽の王”である芝居に限るとい
うわけだ。毛沢東が人民教育の手段として一貫して芝居を活用したのも、
同じ事情である。

さて張謇と話をしているうちに鶴見が最も注意を惹かれたのは、「先生の
目であった」。その目は「こうキッと見据ゑるときに、一種の壓するやう
な威嚴があつた」。
かくて「自分は支那で會つた凡ての人の中で、張謇先生ほど『威力』のあ
る人を外には見なかつた」という。科挙全国トップの学識を基盤に学者と
して事業家として想像を絶する研鑽を重ねたからだろうと、鶴見は考えた。

先ず鶴見の「今日の支那の?育の中心は、何に置かれるお考えであります
か」との問いに対し、「それは、色々ありませう。併し、私は矢張り支那
傳來の?義たる儒?によることがよいと考える」と。

 先に対話した「北京大學の新人胡適君が『儒?なんてものは、支那では
死んで仕舞つた』と喝破し」ていたが、やはり張謇のような「隨分しつか
りした人々」のなかに「儒教を國本としやうと言ふ考えの人」がいること
に鶴見は安堵する。

次は「支那の低廉なる賃銀が、全世界の勞働者の脅威となる日が來る」。
「(経済問題だけからも)今日の如く無制限に人口が増殖するのであつて
は、いつまでも一人前の勞銀は上らない」。「(伝統的家族制度を基礎に
して)子孫の増加を奨勵しては、支那人民全體の繁榮は困難ではあります
まいか」と、人口問題に就いて質した。

鶴見の話を「じつと聽き乍ら」、威厳のある目が「折々こちらを、キッと
見た」。QED》
     
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者
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(読者の声1)我々の研究所が国連人理事会に並行して行ったサイド・イ
ヴェントに関する産経新聞電子版の報道です。かなり大きく取り上げられ
ています。パリ支局長の三井美奈さんからの現地報道です。
https://www.sankei.com/world/news/190702/wor1907020038-n1.html
   (山下英次)

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(読者の声2)東京の夕刊紙(誌)で小沢一郎応援団の「日刊ゲンダイ」が
発狂しています。

https://www.moeruasia.net/wp/wp-content/uploads/2019/07/index_5-5.jpg

安倍暴挙 韓国禁輸 日本企業大打撃」「韓国制裁 国際社会は唖然だろ
う」「安倍首相とシンパたちは狂っている」といった見出しが並び、なん
とも心地よい。

一方、安倍応援団側の「夕刊フジ」は『「ファーウェイの10倍」衝撃 禁
輸韓国破綻』縦見出しには『室谷氏「他の優遇措置も廃止すべきだ」』と
いつもの論調。駅の売店では夕刊フジ他が売り切れているのに日刊ゲンダ
イだけ売れ残っていたのが印象的。

日刊ゲンダイの発行元は講談社系の日刊現代社ですが、当初は講談社のク
レジット。政治経済文化競馬までまんべんなく扱う夕刊フジに対しピンサ
ロ等の風俗系の記事と広告がやたら多い印象でした。

講談社といえば戦前の大日本雄辯會講談社であり、大衆雑誌「キング」
「少年倶楽部」の発行元。山中峯太郎「敵中横断三百里」江戸川乱歩「怪
人二十面相」田河水泡「のらくろ」などが有名。江戸川乱歩など図書館で
は今でも児童書の定番です。

そんな歴史のある講談社から日刊ゲンダイが発行されるのはどうも納得し
がたいですが、朝日新聞と週刊朝日の論調が全く違うように売れ筋に合わ
せているうちに路線も編集部も半島系になってしまったのでしょうか。

小沢一郎を何度も押しては選挙のたびに大外れ、ジリ貧でいずれは廃刊に
なることでしょう。

G20サミット前には滋賀や京都で関西生コン関係者の逮捕が相次ぎました。

組合の仮面をかぶった朝鮮ヤクザというのがもっぱらの評判で、委員長の
武健一を『大阪のお父ちゃん』と呼ぶのが辻元清美。ガサ入れの際の写真
にはハングルとともに前堺市長ほか自民党政治家のポスターもありまし
た。自民党内も半島利権ずぶずぶの政治家が多数。岩屋防衛大臣もパチン
コマネーが噂されています。

トイレの消臭剤のCMで「臭いにおいは元から絶たなきゃゃダメ」という
のがありました。カビ取り剤でも「5分で根に効く」がキャッチフレーズ。

今回の韓国に対する禁輸措置の発動が韓国産業の心臓を直撃するレベルに
至ったのも韓国の自業自得ですが、ソウルの日本大使館建て替え申請の取
り下げで日韓断交まで視野に入れていたのでしょう。

今まで好き放題に暴れまわった在日も韓国・北朝鮮もまとめて排除する流れ。

「ナチス占領下のフランス」にはユダヤ系の帰化取り消しやフランコ政権
からの亡命者の送還といった事例がでてきます。
韓国が反発すればするほど日本の対抗措置は強くなる。キレたら怖い日本
を戦後初めてキレさせた韓国に対する制裁は100倍返しになることでしょ
う。(PB生、千葉)

 
(宮崎正弘のコメント)約5、6年ぶりでしょうか、日刊ゲンダイをみま
した。なるほど狂っていますね。

ところでG20大阪はおわり、米朝首脳会談の板門店へ世界のテレビは移
動して、すっかりG20は話題からはずれました。
 
20ですから、20ヶ国の国と機関のトップが大阪に集合したわけです
が、安部首相は19人のトップと会見しました。ひとりだけ、会わない人
がいましたね。
 
その大統領は自国にやってきた米国大統領からも、すっかり見放された風
情で、板門店の会議では同席出来ませんでした。

翌日、日本政府は韓国をブラックリストに加えて、制裁案を提出したよう
にG20終了をまっていたことになります。

◆「味の素」発明は108年前

渡部 亮次郎


「味の素」に特許権が下りたのは108年前の7月25日だった。経済産業省特
許庁は発明した東大教授池田菊苗(いけだ きくなえ)を日本の10大発明
家の1人として顕彰している。

また、食品添加物として広く普及し日本のみならず世界の人々の食生活を
豊かにした、と言っているが、昭和20年代の東北や北海道には味の素は無
かった。昆布があり過ぎたからでもあるまいが。

発明した池田菊苗は、元治元年(1864)京都に生まれた。明治22年東京帝
国大学理科大学化学科を卒業し、明治32年から2年間、ドイツに留学した。

帰国後、明治34年に東京帝国大学教授に就任した。彼は、専門の物理化学
の研究を行うとともに日本人の生活の改善と社会の進歩に直結するような
応用研究に関心を持ち様々の研究を行ったが、この中に昆布の「うまみ」
の研究があった。

彼は、昆布のうまみの成分を解明すれば調味料として工業的に生産できる
のではないかと考え、研究を続けた結果、うまみの成分が「グルタミン酸
ソーダ」であることを突き止めた。

これを主要成分とする調味料の製造方法を発明し、特許権を得た(特許第
14805号、明治41(1908)年7月25日。我が母の生まれし年なり。今から108
年前)。

「グルタミン酸ソーダ」は、彼の働きかけによって商品化され、調味料と
して広く売り出された。このグルタミン酸ソーダは、品質が安定しており
食物に独特のうまみを与えるため、食品添加物として広く普及し日本人の
食生活を豊かにした。

これが今日の「味の素」である。工業化をどこにさせるか。熟慮の結果、
池田が依頼した先は鈴木三郎助。味の素株式会社の創設者である。

また、海外にも調味料として広く受け入れられた。彼は、大正12年に東京
帝国大学を退官した後もグルタミン酸ソーダ製造技術の完成に熱意を注
ぎ、主として甜菜糖の廃液を原料としたグルタミン酸ソーダの製造法の研
究に従事した。昭和11年(1936)没。

ところで「味の素」株式会社の事である。
<味の素[株] あじのもと 〈味の素〉で知られる総合食品化学会社。2代
目鈴木三郎助とその家族によって1888年創業された鈴木製薬所が前身。

神奈川県葉山で,ヨード製造を家内工業で行っていたが,化学薬品にも手
を広げ1907年合資会社鈴木製薬所に改組(1912年鈴木商店)。

東大教授池田菊苗が08年に取得したグルタミン酸調味料製造法の特許の工
業化を依頼された鈴木は,新化学調味料の製造に取り組み,同年11月〈味
の素〉の名で売り出した。

しかし当初はまったく売れず,軌道に乗るまでに10年近い年月を要した。
大正の末からは順調に伸び,海外へも輸出されるようになった。

35年宝製油(株)を設立(1944合併),味の素の原料となるダイズ油の製造を
開始。第2次大戦後,46年2月社名を現社名に変更,50年に原料・製品の統
制撤廃後は,急速に生産水準を回復,52年には戦前水準に戻った。

その後,グルタミン酸ソーダの製法転換(植物タンパク分解法から発酵法
へ)に協和鍋酵工業に続き成功(1959製造開始)。これに伴い油脂関連部門
を拡大,この部門でも大手になった。

また,多角化を進め,総合食品化学会社への脱皮に成功した。とくに加工
食品部門の拡大が著しく,61年にスープ,63年コーンフレーク,68年マヨ
ネーズ,70年マーガリン,調理済み冷凍食品と,相次いで新分野に進出した。

73年にはゼネラル・フーズ社と提携し味の素ゼネラルフーヅを設立,イン
スタントコーヒー等にも進出。最近では,飲料・乳製品部門,加工食品部
門が調味料部門を上回る。

さらに海外進出の面では,戦後も1958年にフィリピンで味の素の生産を開
始したのを最初に,欧米,東南アジアを中心に進出しており,海外売上高
比率は連結ベースで2割に達する。

また近年は発酵技術を生かして,医薬品分野への進出に力を入れてい
る。>世界大百科事典  2008・07・27


◆新潟選挙区、野党統一候補のおかしさ

櫻井よしこ


「新潟選挙区、野党統一候補のおかしさ」

「アリさん、早くこっちによけないと、ひかれちゃうよ!」

幼い少女は、列になって道路を這っている蟻の群れが車に轢かれてしまう
と心配して、一所懸命、群れを道路の端に誘導しようとした。少女は横田
めぐみさんである。早紀江さんが当時を懐かしみながら語った。

「幼い頃のめぐみはいつもこんなふうでした。生きものは何でも大好き
で、変なものもしょっちゅう、家に連れてくるんです」

丸々とした頬の心身共に元気なめぐみさんを想い出してか、早紀江さんは
笑みを浮かべながら語った。

「ある日は両手に余る大きなガマガエルを、ナフキンに大事にくるんで家
にもってこようとしていたんです。お友達のお母様がめぐみが抱えている
大きな蛙を見てびっくりして私に電話してきました。めぐみは弟たちに見
せてあげたい一心でもってきたんですねぇ。小さかった頃、子供たちはい
つもこんなで、楽しかったんですよ」

早紀江さんも御主人の滋さんも、最初の子供は男の子だと信じ、名前は
「拓也」と決めていた。早紀江さんが隣の拓也さんを見ながら語る。

「生まれてきたのは女の子でしたからねぇ、めぐみにして、拓也という名
前は次の子のためにとっておいたんです」

ころころと笑う早紀江さん。

「拓也と哲也のお産もよく憶えています。拓也が最初に生まれて、もう一
人いるのに、私はすっかり疲れて、眠りかけたんです」

話をきいていた参議院議員の山谷えり子氏も私も、ここでどっと笑った。
早紀江さんが続ける。

「お医者さんが私の頬っぺをピチャピチャ叩いて、眠ってはいけません
よ、もう一人いますよ、眠る前に頑張りましょうと声をかけて下さって、
それで哲也が生まれたんです」

「神さまの御意志」

二人の男の子は小さい頃は喧嘩でプロレス技をかけ合った。団子のように
からみ合い、玄関先まで転がってガラス戸を破ったこともある。けれど弟
二人はいま両親を支え、めぐみさん奪還に向けて頼もしく行動している。
早紀江さんが続けた。

「めぐみちゃんは大変な人生を生きていますが、世界中の皆さんからご心
配いただいて、本当に幸せです。日本全国の人たちが気にかけて下さり、
安倍総理の働きかけで世界の指導者も拉致問題を知って下さっている。ト
ランプ大統領も真剣に拉致問題解決に力を貸して下さっている。家族には
大きな驚きですが、私は神さまの御意志を感じています」

この日、私たちは五嶋龍氏のコンサートを聴いたあと、一緒に食事をした
のだが、五嶋氏は拉致問題に非常に深い想いを抱き、解決を訴える多くの
コンサートを開いてきた。五嶋氏の母、節氏は拉致のニュースに涙し、家
族会を応援してきた。

拉致問題はいま、これまでのどの時より解決に近づいている。無論、並大
抵ではない。安倍晋三首相が呼びかけた日朝首脳会談実現の目途も立って
いない。それでも、私たちは拉致解決に近づいている。

「ここまで本当に多くの方たちが努力して下さった。姉と寄居中学で同窓
の塚田一郎さんもそうです」

拓也氏が語ったのは参議院議員の塚田氏のことだ。氏は関門新ルート(下
関北九州道路)整備構想に関して、首相や副総理を忖度したと発言して国
土交通副大臣を辞職した。

氏は福岡県知事選挙の応援でその場を盛り上げるために過剰なリップサー
ビスをしたのだが、この道路は地元も、立憲民主党も国民民主党も切望し
てきたもので、首相への忖度とは全く関係なく進められている。公職にあ
る人物が事実と異なることを語るのはとんでもないことだ。だからこそ、
塚田氏は自分の言葉を厳しく反省し、陳謝し、辞任した。

「そのことだけを批判し続けて、塚田さんの功績をまったく認めないのも
おかしい。塚田さんは私たち国民のために、地味ですが本当によく働いて
くれています」と、拓也氏。

「救う会」会長の西岡力氏も語る。

「一昨年9月、トランプ大統領が国連演説で、13歳の少女が北朝鮮に拉致
されていると語り、めぐみさん拉致事件を世界に知らしめました。背景に
塚田さんの力があったのです」

事情はこうだ。2017年5月に加藤勝信拉致担当大臣が訪米を計画したが、
要路の閣僚と日程調整ができず延期された。加藤大臣に同行することを考
えていた家族会、救う会は迷ったが、単独で訪米した。

「塚田さんがとにかく動こうと言って訪米が決まり、国家安全保障会議
(NSC)アジア上級部長のポッティンジャー氏に会えたのです。氏に拓
也さんがめぐみさんのことを語り、それを聞いたポッティンジャー氏が、
これからトランプ大統領に会うので、必ず伝えると約束してくれたので
す。その1週間後にめぐみさんに言及した国連演説があり、11月6日、ト
ランプ大統領が家族の皆さん方に初めて会って下さった」(同)

考え方もバラバラの野党

家族会、救う会の人々は、一様に、塚田氏が拉致被害者支援法改正、13項
目の対北朝鮮制裁の決定、米国人拉致被害者デービッド・スネドン氏救出
を目指す米議会の決議実現への働きかけなどを行ったことを評価し、未だ
に「忖度」発言で塚田氏を批判することを疑問視する。

7月に予定される参議院議員選挙の新潟選挙区は、全国で展開される与党
候補と野党統一候補の一騎討ち選挙区のひとつだ。新潟では共産党から国
民民主党まで一列に並んで弁護士の打越さく良氏を支援するが、これら野
党に共通項はあるのか。

たとえば拉致に関して、これまで共産党も社民党も力になったことなどな
い。国民民主党などとの決定的な違いのひとつであろう。

天皇と皇室についても、共産党は繰り返し「天皇制の転覆」や「天皇制の
打倒」を謳い、現委員長の志位和夫氏は「天皇の制度のない民主共和制を
目標とする」と語っている。共産党の主張に国民民主党は同意できるの
か。価値観がまったく異なる政党が統一候補の打越氏を応援するという
が、打越氏が当選したとしても、一体どんな政治ができるのか。

打越氏の現状認識にも違和感を抱く。16年9月21日付のネットサイト
「LOVE PIECE CLUB」に、「かなりリベラルと信頼する友人たちからも、
『慰安婦って、朝日新聞のねつ造なんでしょ?』と言われてびっくりする
ことも多い」と書いている。

朝日新聞は14年8月5,6の両日に、自社の慰安婦報道を、吉田清治氏の関
連記事すべてを虚偽として取り消すことで大誤報だと認めた。そうした指
摘を「びっくり」とはこちらがびっくりだ。考え方もバラバラの野党が担
ぐ極めてリベラルな打越氏と塚田氏の一騎討ちで、重要なことは、共産党
をも代表する人物の政治的立場を信用できるか、ということだ。

『週刊新潮』 2019年7月4日号日本ルネッサンス 第858回

◆奈良木津川だより 高麗寺跡 @ 

                 白井繁夫

古代の仏教寺院「高麗寺(こまでら)」の創建は不明ですが、「高麗寺跡」の発掘調査から飛鳥時代に創建された日本最古の寺院「飛鳥寺(法興寺)」と同笵の軒丸瓦(十葉素弁蓮華文:じゅうようそべんれんげもん)が発掘されました。

飛鳥寺と同笵の瓦の出土は、この寺院跡「高麗寺跡」は蘇我氏創建の飛鳥寺(日本最古の本格的仏教寺院)と同時期頃の創建か?と歴史的な注目を集めました。

「高麗寺跡」は木津川市山城町上狛高麗、JR奈良線上狛駅より東へ約600m、木津川の右岸の棚田の中に位置しています。

「高麗寺跡」は昭和13年(1938)から本格的な発掘調査(第T期調査)が行われ、回廊に囲まれた主要な堂塔(塔跡、金堂跡、講堂跡)など含む伽藍の一部が75年前の昭和15年(1940)8月30日、国の史跡に認定されました。

(高麗寺は飛鳥時代に創建され白鳳時代に最盛期をむかえ平安時代の末期(12世紀)頃まで存続していた国内最古の寺院の一つ(京都府内では最古の寺院)と推察されています。)

「史跡高麗寺跡」の発掘調査はその後、第V期調査(平成22年度の第10次調査)まで実施され、平成22年史跡地の追加指定を受け、現在は20100m2の指定地です。調査内容については後述しますが、まず寺名(高麗寺)の「由来」からスタートします。

朝鮮半島と日本列島の九州は距離的にみると近畿と九州の数分の一であり、古代、5世紀の初めごろまではあまり強い国家意識を持たずに朝鮮半島南部の百済.新羅.加羅から渡来人が来ました。渡来氏族では漢氏(あやし)や秦氏(はたし)の氏族が優勢でした。

5世紀半ば過ぎからは北部の高句麗が強大化し南部の百済.新羅が戦場化し、戦火を逃れて日本列島に渡る人々が増加しました。

5世紀の後半は日本の古代国家形成にとって重要な時期であり、大王権力を拡大し、畿内政権を支える官司制の構成員として渡来人を採用し、彼等の文筆を持って官吏に執りたて、国家組織の整備や先進的技術の導入に役立てようとしました。

山城国への渡来人:秦氏は北部に多くの史跡を持ち、氏寺は京都の広隆寺(秦河勝が聖徳太子から下賜された仏像:弥勒菩薩半跏思惟像が有名です。)その他、商売の神様、稲荷神社(稲荷大社)、酒の神様、松尾神社(松尾大社)や嵐山の桂川周辺(大堰川)など。

山城国の南部では高句麗系の渡来氏族高麗(狛)氏が相楽.綴喜の南部2郡に集中しています。高麗寺は地名にもなっている高麗(狛)氏の氏寺です。しかし、南部以外でも有名な八坂神社の「祇園さん」(京都市東山区)は高句麗系渡来人の八坂氏の氏神です。

朝鮮半島からの渡来ルートは一般的には九州へ渡り、瀬戸内海を経て難波に来るルートを採りますが、高句麗から北西の季節風を利用して日本列島に渡るルートもありました。
古代の交通は主として水路を利用した結果、大和は木津川と深く関わりました。

木津川市は大阪市内から直径30kmの圏内です。

古代の水路の場合は、難波から淀川を遡上して八幡市(宇治川、木津川、桂川が合流)を経由する約60kmの道程です。別途、日本海の敦賀から近江の琵琶湖北岸に達し、水路で大津から宇治川経由木津に到着し、大和へ向うルートもありました。

『古事記』の仁徳天皇条、皇后石之日売命が天皇の浮気に嫉妬して難波高津宮から木津川の舟旅で出身地(大和の葛城)への途次の詩に「山代河:木津川」が詠まれています。

6世紀継体天皇が樟葉宮から弟国宮(おとくに)へ遷宮(518年)の頃、朝鮮諸国と畿内政権とは関係が緊張状態でした。
欽明天皇31年(570)条、高句麗の使節のため、南山城に高楲館(こまひのむろつみ)や相楽館(さがらかのむろつみ)を設けた。(木津川沿いに渡来人が多く居住していた。)

6世紀末、廃仏派の物部守屋が敗れ、用明天皇2年(587)、蘇我馬子が飛鳥寺(法興寺)の建立発願。飛鳥寺は日本最古の本格的仏教寺院であり、創建は6世紀末〜7世紀初、蘇我氏の氏寺、本尊は重文の飛鳥大仏(釈迦如来)です。

「高麗寺跡」の発掘調査から、南側土檀で仏舎利を祀る塔跡は東側、本尊仏を祀る金堂跡は西側、伽藍は南面しており、北側の土檀が講堂跡の伽藍配置です。

出土した瓦は年代の古い順から第1期は飛鳥寺と同笵の瓦、第2期は天武天皇が崇敬した寺、川原寺式瓦「種類.数量が最多」白鳳時代、第3期は平城宮式瓦、8世紀の修理、「多種.少量」、第4期は高麗寺独特の修理用瓦「少量」、平安時代前期と4時代の瓦でした。

出土品から高麗寺は新興勢力狛氏の氏寺として飛鳥時代(7世紀前半)に創建され、白鳳時代(7世紀後半)に本格的な造営が成されたが、都が平安京に遷都後は平安時代前期の修理が最後で12世紀末から13世紀初期まで高麗寺は存続していたと思われます。


<国の史跡「高麗寺跡」に付いては、新しい想いを込めて、新規に続編を掲載致します。
筆者の「木津川だより」にご関心を頂き、有り難う御座います。これからは以前の本編を、折を見て再掲させて頂きます。>

参考資料:山城町史 本文篇 山城町、
史跡 高麗寺跡 第V期(第8−10次発掘調査)発掘調査報告 木津川市教育委員会

   2015年8月23日 (再掲)

2019年07月03日

◆パリのノートルダム聖堂が炎上した

加瀬 英明


4月15日にパリのノートルダム聖堂が、キリスト教の最大の祝日とされる
復活祭のさなかに、炎上した。

イエス・キリストが十字架に磔(はりつけ)られ、3日後に復活したと伝え
られるのを祝う祭である。

私はテレビのニュースで尖塔が燃え落ちるのを観ながら、セーヌ川の中洲
のシテ島に建つ大伽藍といえば、エッフェル塔と並ぶパリの観光名所だ
が、もはや信仰の対象でなくなっていることを思った。

 ノートルダム聖堂は歴史の博物館だ

ヨーロッパでは、キリスト教というより宗教離れが進んでいる。フランス
も例外ではない。最近、フランスで行われた調査によれば、フランスの若
者の7%しか教会に通わない。

いや、ノートルダム聖堂は観光施設になっているというよりも、貴重な歴
史博物館といったほうがよい。

ノートルダム聖堂はいまから800年前に着工され、200年かけて完成した。
「ノートル・ダムNotre Dame」は「わが婦人」を意味するが、聖母マリア
のことだ。

フランスといえば、すぐにフランス革命を連想させられる。

フランス革命は、国王、王妃をはじめ、5万人以上の貴族、地主など富裕
階層、僧侶、尼、政敵などを大量処刑した蛮行だったのに、いまでも「パ
リ祭」として盛大に祝われている。

情――心よりも、理を優先するヨーロッパ人や、中国人は恐ろしい。日本に
生まれて幸せだったと安堵する。

5年以内に再建するというが

フランス革命は1789年に始まったとされているが、革命派はキリスト教を
敵視して、徹底的に弾圧した。

1793年に、ノートルダム聖堂から十字架や聖像をいっさい取り払って、か
わりに祭壇に革命の象徴とされた、裸身に腰巻きをまいた猥雑な女性像が
安置され、“自由、平等、博愛”の殿堂となった。

ナポレオンが1804年に皇帝として戴冠式を行うために、再び教会とした。

ノートルダム聖堂が炎上すると、マクロン大統領がただちに「5年以内に
聖堂を再建する」と述べた。2024年にパリ・オリンピック大会が、開催さ
れる。

私はフランスだけでなく、西ヨーロッパ諸国でキリスト教が力を失ってい
るが、いったいノートルダム聖堂が再建されたとしても、ヨーロッパでキ
リスト教が力を復活できるのか、疑った。

フランスでは、イスラム移民が人口の10パーセントに当たることから、
再建したノートルダム聖堂は多文化を尊重して、イスラム教の礼拝も合わ
せて行うべきだという議論がある。

それにしても、ノートルダム聖堂の火災が、宗教や人種対立のテロによる
ものではなく、失火だったと知って、胸を撫でおろした。宗教・人種間の
テロのグローバリゼーションの恐怖が、世界を覆うようになっている。

ニュージーランドのクリスチャン・チャーチにおける、白人至上主義者に
よる大量殺戮が起ったばかりだ。もし、スリランカのようなイスラム過激
派による放火だったとしたら、ヨーロッパにおける宗教・人種間のテロが
激化した。

 西洋の信仰心の行方は

ヨーロッパにおいてキリスト教の信仰心が衰えたといっても、ヨーロッパ
の人々はヨーロッパをキリスト教文明圏だとみなしており、イスラム住民
に対する嫌悪を強めたことになったろう。

宗教・人種対立の根は深い。ユダヤ教から分かれたキリスト教が、ユダヤ
教の唯一つの聖書を、神の古い約束である『旧約聖書』と呼んでいるが、
『旧約聖書』と、ユダヤ・キリスト教から派生したイスラム教の聖典
『コーラン』を読むと、宗派や、部族間の憎悪を煽っていることに、呆然
(ぼうぜん)とさせられる。

神武天皇が即位された時に発せられた詔(みことのり)に、世界の全ての
人々が一つの家族として睦みえという、「八紘一宇(はっこういちう)」の
教えがあるのと比較すると、地球と別の惑星が存在しているようにすら思
える。
 
神道が森羅万象の和を説く、心の信仰であるのに対して、宗教は信じるこ
と――理のうえに、成り立っている。

紀元1世紀頃に生きたローマの大学者だったケルススが、キリスト教を論
じた著作がある。

「キリスト教徒は十字架を力の象徴として仰いでいるが、もし、キリスト
が絶壁から投げ下ろされて死んだとしたら、壁を拝むのだろうか」「な
ぜ、全知全能の神が人の姿をして、地上に降りる必要があったのか」「ど
うして完全無欠の神が、欠陥だらけの人を装うことができたのか」「な
ぜ、この時になって人を救おうとしたのか。世界のなかでたった一つの地
域だけ、選んだのか」「神とイエスの2人の神がいるのなら、その上に最
高神がいるはずだ」と、辛辣に批判している。

ケルススはセルサスとしても、知られている。百科事典を編纂したといわ
れるが、このなかの薬科全書だけが遺っており、ヒポクラテスと並ぶ碩学
として称えられてきた。

 キリスト教離れが進んでいる

キリスト教の教義のなかで、もっとも難解なのが、神とその子のイエスと
精霊の3つが1つの存在であるという三位一体であり、教義の基本となっ
ている。

私が親しくしているフランス人のジャーナリストは、もはやキリスト教を
信じていないが、「三位一体はスーパーマーケットで、1つの値段で3つ
買えるというものだ」といって、笑っている。

 フランシス教皇が来日する

この11月に、カトリック教会のフランシス教皇が来日して、長崎、広島を
訪れることになっているが、このところカトリック教会は崩壊の危機に瀕
している。

今世紀に入ってから、カトリック教会では全世界にわたって、枢機卿、大
司教、司教、神父をはじめとして、多くの聖職者が、青少年、女性や、尼
僧に性暴行を加えたかどで告発され、教会の土台が大きく揺ぐようになっ
ている。

教会は性的な紊乱によって蝕まれてきたのを、長いあいだにわたって隠蔽
してきた。

イエス・キリストが「人を獲る漁師」と呼ばれたことから、魚がカトリッ
ク教会のシンボルの1つとなってきたが、在京のイタリアの外交官と教会
の性スキャンダルについて話していたら、「イタリアには『ロ・ソホ・コ
メ・ウンペチェ・ノン・ポソ・パルラーレ』(魚は口をきかない)という
諺(ことわざ)がありますよ」と、教えてくれた。

 エコロジーが新しい信仰だ

フランシス教皇は2013年から“神の代理人”として、カトリック教会の頂点
に立ってきたが、カトリック史上、離婚者の再婚をはじめて容認し、聖書
で固く禁じている同性愛者を祝福するなど、物議をかもしている。フラン
シス教皇はバチカン法王庁教皇補佐役のクリストフ・カラムサ神父と、同
性愛のパートナーとして同棲してきたことを認めたと、欧米で報じられて
いる。

アメリカの大都市部でも、キリスト教離れが進んでおり、人々が自然に神
性を感じるようになっている。宗教にかわって、エコロジーが人々の新し
い信仰となりつつある。

 日本は自国の文化を大切にしよう

宗教、人種間のテロがグローバル化しているかたわら、人が八百万千万
(やおろずちよろず)の森羅万象によって生かされており、自然を敬う日本
の心に当たる、エコロジーが力をえるようになっている。

幕末から明治にかけて、浮世絵を中心としたジャポニズムが、西洋の絵画
芸術、ファッション、庭園、建築などに、深奥な影響を与えた。だが、こ
の時代のジャポニズムは、視覚的なものだった。

だが、いまや万物に霊(アニマ)が宿っている日本のアニメから、自然を食
する和食、武道、茶道、おもてなしの心まで、精神的なジャポニズムが新
たな高波となって、西洋を洗いつつある。

日本国民として、いまこそ自国の文化を大切にしたい。


◆08年の帰化許可者は86%

渡部 亮次郎


居住外国人に地方参政権を付与すべきか否かを巡って、これらの人たちに
日本人への帰化を簡略にすべきでは無いかとの論が起きている。

日本の法務省は、帰化許可数を年間7,000人に抑えていた一時期があった
から、帰化は極めて困難との誤解が生じた。いわゆる「純血主義」の意識
が残っていたからだ。しかし、現在では申請者の90%近くが許可されている。

国籍法(昭和25年法律147号)では、帰化を許可する権限は法務大臣にあ
り、普通帰化、特別帰化(簡易帰化)、大帰化の3種類(この区分名はい
ずれも通称)が認められている。

帰化を望む者は各地の法務局(一部の支局、全ての出張所を除く)又は地
方法務局(前同)へ帰化の申請手続を行う。許否の結果が出るまでの期間
は個々人で異なるがおおむね1年半程度を要するとされる。

帰化申請の内容が認められた場合は、法務大臣による許可行為として官報
に日本国内の現住所・帰化前の氏名・生年月日(元号表記)が告示(掲
載)され、告示の日からその効力を生じることとなる。

告示における氏名表記に外国文字(アルファベット・ハングル等)は用い
られず、すべて日本語(漢字・平仮名・片仮名)に置き換えて表記される。

過去においては、当該告示には帰化前の氏名に加え帰化後の日本名(帰化
前に日本的通称名を複数使用していた者についてはそれら全て)が括弧付
きで原則併記されていたが、1995(平成7)年3月以降は帰化前の氏名だけ
が記載されるようになっている。

1998(平成10)年以降の年ごとの帰化許可申請者数は、約1万3000人から1
万7000人の間で推移している。帰化許可申請者のうち、不許可者数は約
100人から270人の間で推移しており、ほぼ99%の割合で帰化が許可されて
いる。

帰化許可者のうち、およそ6割は韓国・朝鮮籍からの帰化で占められてお
り、およそ3割が中国籍からの帰化で占められている。

2008年(平成20年、暦年)の許可帰化申請者数は15,440人で、帰化許可者
数は86%にあたる13,218人(うち、韓国・朝鮮籍は7,412人、中国籍は
4,322人、その他は1,484人)、不許可者数は269人である

【大紀元日本(06年8月5日】によれば、1952年から2005年末までの間に日
本に帰化した中国人は9万6762人で、そのうち2005年に日本に帰化したの
は4427人であることが、法務省民事局で発表した資料により明らかになった

日本に帰化した中国出身者の大部分は日本に住まいをもち職も安定し、ま
じめに暮らしている。現在、多くの中国人の若者が日本国籍を取得した
後、再び中国に帰って事業を興している。

その理由は日本国籍を持つ中国出身者は中国では特別待遇を得ることがで
き、しかも給料待遇も優れているからであると言われている。1989年以来
日本に帰化しようとする中国人は増加化し続けているという。

参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2009・12・07


◆日本の歴史をどれだけ深く学ぶかによって

櫻井よしこ


「日本の歴史をどれだけ深く学ぶかによって近未来を切り開く道が自ずと
明らかになる」

安岡正篤氏は首相まで務めた宮沢喜一氏を「ヨコの学問はできてもタテの
学問がなっていない」と評した。安岡氏は、真の教養ある日本人は欧米の
事情のみならず日本の文化文明、歴史を修めなければならないと言ってい
るのである。

その意味で近年読んだ本の中でとりわけ重要だと感ずるのが白鳥庫吉博士
の書いた日本史である。当欄でも以前に少し触れたことがあるが、大正
3(1914)年に開設された「東宮御学問所」で時の皇太子、裕仁親王に日
本史を教えるために白鳥博士が書いた5巻に上る書である。いま『昭和天
皇の教科書 国史』(以下『国史』、勉誠出版)として手にすることがで
きる。

同書に特別の関心を抱くのは、米国の変容に始まり、国際社会が大激変す
る中ですべての国々が如何に国益を守り通すかに心を砕かざるを得ない時
代に突入しているからだ。米中対立の日本への影響はとりわけ強い。だか
らこそ、日本自身が足場を固める必要がある。経済と安全保障は無論だ
が、その前に安岡氏のいう「タテの学問」が欠かせない。日本人は自らを
どのような民族としてとらえるか、日本の歴史をどれだけ深く学ぶかに
よって日本の近未来を切り開く道が自ずと明らかになる。歴史の学びこそ
重要だ。

『国史』は歴代の天皇を軸にして描いた歴史だ。歴代の天皇には各々特徴
があるが、共通項は国柄継承の主軸を担ったことだ。遠い過去の天皇たち
は国家や社会、国民の暮らしと具体的にどう関わっていたのか、周囲の
国々や異民族とどう接していたのかなどが『国史』には実例に則して記さ
れている。それは巧まずして日本の国柄をわかり易く現代に伝える結果と
なっている。

前述したように、世界は激しく変化し、前例が通じにくくなってはいる
が、その中にあっても日本国の長い歴史や文化、即ち、国柄を構成する価
値観に基づいて対処すれば大きく間違うことはないだろう。

日本の国柄の基本は、世界一長い歴史をもつ皇室をいただく伝統の国だと
いう点にある。そこから生まれる価値観こそ大事にしたい。令和の時代の
いま、社会も国も水平思考で、皇室の特別扱いには異論さえある。だが、
皇室が日本人にとって特別かつ大切な存在であることに変わりはない。福
澤諭吉は『帝室論』で「一国の帝王は一家の父母の如し」と書いた。皇室
の力は安らぎをもたらす緩和力である。その皇室を、国民は敬愛の情でお
守りしなければならないと、福澤は説いた。

『国史』には福澤の視点と対をなす、皇室の国民に対する視点が次のよう
に書かれている。日本国の特徴は、天皇が日本国を「大きな家族」と見做
し、「君と民とがおだやかに和して国の基礎を強く固め」ていることだ、と。

天皇の慈しみは日本に移り住んだ異民族にも同様に注がれる。天皇は、
「(異民族を)従来の国民と同様に慈しみ、両者が溶け合って円満な国づ
くり」を実践したと『国史』は述べる。右の精神は第一次世界大戦後の
ヴェルサイユ会議で日本が人種差別撤廃を主張したこととも、対米開戦の
理由ともなった米国での日本人排斥運動への憤りとも、通底するのではな
いか。

日本の政情が概して安定しているのは天皇と皇室が高い次元からすべての
人々を公平に見て下さることにあるのではないか。ただ、歴史上、天皇や
皇室発の争いも確かにあった。それを『国史』は蘇我一族の横暴な振舞い
を例にして、どんな時も天皇は一氏族のみを寵愛してはならないと戒めて
いる。

皇室と国民の絆、人種の平等、究極の公正さなどの教えが各天皇の行動に
沿って綴られた本書が、いま一押しの書である。

さて、25年間にわたった連載は今回で終了する。読者の皆様には深く心か
らのお礼を申し上げたい。編集部の方々にも深く感謝申し上げる。

『週刊ダイヤモンド』 2019年6月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 最終回 

◆韓国「青瓦台」襲撃未遂事件

               毛馬 一三

全国版メルマガ「頂門の一新」主宰の渡部亮次郎氏が、以前掲載された「歴史の現場に立ちながら」を拝読し 北朝鮮ゲリラによる韓国大統領府「青瓦台」襲撃未遂事件のことを改めて思い出した。

私がNHK大阪府庁記者クラブのキャップをしていた折、同事件に深い関心を覚えたため、単独で渡韓し、既知の韓国有力新聞社社長の紹介で韓国政府公安機関の要人と面会し、事件「詳細」を“取材”した。

勿論休暇をとっての私行動だった。その取材内容は立場上「公」には出来なかったが、思い出した序でに「ドキュメント小説風」に纏めた当時の「取材メモ」を探し出した。ご参考までに下記に添えておきたい。

韓国青瓦台奇襲は、1968年1月21日夜10時を期して決行する命令が、金日成首領から金正泰を通じて出された。青瓦台奇襲部隊は組長の金鐘雄大尉(事件後4日目に射殺)ら31名で、唯一生き残った金新朝も一員だった。

全員が機関短銃1丁(実弾300発)、TT拳銃1丁、対戦車手投げ弾1発、防御用手投げ弾8発と短刀で武装した。

奇襲部隊は、1組が青瓦台の2階を奇襲して朴正煕大統領と閣僚を暗殺、2組は1階を襲撃して勤務員全員を殺し、3組は警備員、4組は秘書室全員射殺というのが任務だった。

16日の午後、黄街道延山基地を出発。途中軍事休戦ライン南方の非武装地帯を緊張しながら訓練通り過ぎ、ソウルに真っ直ぐのびる丘陵を辿った。歩哨所や検問に遭遇しなかったため。金組長は「南」の士気が乱れている所為だと勘違いした。このため、31人全員が隊列を組んで堂々と行軍するという行動に出た。

だが行軍しているうち、「戸迷い」にぶち当たった。所持した地図に従いソウルにいくら接近しても、「北」で教育されたような荒廃している筈のソウル市街は21日の夜になっても現れてこない。

南下すればするほど煌々とした市街地が現れてくるばかりだ。「これはソウルではない」。「じゃ、一体ここは何処なんだ」。「北」の教育が間違っているとは一瞬たりとも気付かないミスを更に重ねた。

その上に韓国軍の服装、装備に身を固めている限り怪しまれることはないと思い上がった金組長が、敵地で初めて出会った韓国人2人に「訓練中に道に迷ったのだが、ソウルに行く道を教えてくれないか」と、呆れた質問をしている。

奇襲隊に遭遇した2韓国人は、ソウルへの道筋を教えたものの、不審に思った。眼下に広がるソウルを韓国軍が見つけられない筈はない。発音も韓国訛ではない。まして前年6月から「北」の武装スパイが上陸して韓国軍から射殺された事件を2人は知っていた。2人は急ぎ山を降り、警察に通報した。

奇襲隊は21日夜9時、ソウル北方紫霞門の坂道を通過しようとして、警察の検問にひっかかった。尋問を受けた奇襲隊は慌てて機関短銃を乱射し、市バスと民家に見境なく手投げ弾を投げた。

奇襲隊は、青瓦台の800m手前まで迫りながら、韓国軍と警察の掃討作戦によりちりじりに撃退された。2週間に及ぶ掃討作戦により、金新朝1名が逮捕され、他は全滅させられた。この銃撃戦で韓国側は、崔警察署長を含め68名が死亡している。

序でながら私の「メモ帳」には、青瓦台襲撃に失敗した「北」が、10ヶ月後の11月2日、襲撃組長金鐘雄大尉ら31名の同期生120人のいわゆるゲリラ別斑が、韓国慶尚北道蔚珍郡と荏原道三に海上から「南」に進入している。

このゲリラ隊は、山岳地帯の小部落を武力で占領、赤化せよという工作命令を受けていた。部落民を集めて赤化を強要する「部落拉致事件」。事実従わない者は短剣で刺し、石で殴り殺すという虐殺を行っている。

「共産党は嫌い」と叫んだ李承福という10歳の少年の口を引き裂いて殺した。断崖絶壁をロープでよじ登り、部落を占領して住民を」拉致し、赤化地帯にするという想像を絶するこの「北」のゲリラ事件は、何故かわが国では余り知られていない。

渡部氏は、<私も同様だが、青瓦台襲撃未遂事件、文世光事件がつながっておることを系統的に追跡取材する必要性を感じなかった。これらの事件が「北」による日本人大量拉致事件とつながっていると考える記者は知らなかった>と言っている。

<文世光事件をして、北による日本人拉致事件を予想出来る態勢が大阪府警にあったかどうか。その取材を指揮できる記者かデスクがいたか>とも指摘されている。

「メモ帳」を繰り返し見返しながら、私自身もそこまでは考えもつかなかった。

<今回の拉致事件担当相による売名パフォーマンスをマスコミが非難しないのは自らの足許が暗いからである>という指摘は、まさにその通りだと思う。(了)
2010.07.25

2019年07月02日

◆対韓国、日本は静かに

宮崎 正弘


令和元年(2019)7月2日(火曜日)通巻第6124号  <前日発行>

 対韓国、日本は静かに、しかし決定的な制裁措置を準備
  半導体の重要部品、材料の韓国輸出を大幅に規制。韓国経済に大打撃

「産経新聞」(2019年6月30日)のスクープだった。翌7月1日、「日本
経済新聞」が後追いした。

「徴用工問題で日本企業に賠償を求め、在韓日本企業の財産を差し押さえ
る等、あまりに理不尽な韓国」。猛省を求めるため、日本政府は珍しく本
気の制裁をくわえる。

日本が準備中なのは、韓国経済の死命を制する半導体の重要部品、部材の
韓国向け輸出を制限し、また韓国からの輸入魚介類への検査強化である。
「ホワイトリスト」から韓国を外した措置も、遅きに失したといえ、順当
である。

有機EL使用のフッ化価ポリイミド、半導体製造に不可欠の感光剤レジス
ト、そしてエッチングガスの3点を規制する。後者2つは日本のシェアが
世界の90%を占める。

フッ化ポリイミドは熱的安定性、機械的強靭さ、優れた絶縁特性があるの
で航空宇宙やエレクトロニクスの分野で幅広く使用されている。

感光剤レジストも半導体素子の製造に使われ、露光用のマスク製造に用い
られる。

エッチングは原語の意味が版画であるように材料を削る等の加工用に使わ
れる。

そればかりか、対韓輸出品のなかで、軍事転用可能性のある製品、部品に
関しても追加の制裁対象にくわえることを検討している。

軍事転用の怖れが強い仕向地への輸出はこれまでも制限されてきたが、韓
国は「ホワイト国」だった。その指定を外し、韓国を「ブラックリスト」
に加えると、逐一当該製品の輸出に際しては、輸出許可が必要となる。

ただし政令、省令の改正が必要なため、規制の実施は夏以降にもつれ込む。

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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
   ♪
(読者の声1)放射線国際シンポジウム「いまなぜ放射線ホルミシスなの
か? ――低線量放射線はむしろ健康に良い!」

アメリカのフォックスチェースがんセンター教授のモハン・ドス教授をお
招きして、下記の通り放射線国際シンポジウムが開催されます。他では
めったに聞けない放射線の本質、人体への影響、などにつき、最新のデー
タに基づいた発表があります。是非ご来場ください。         
     
             記

日 時: 令和元年7月8日(月)13:30〜18:00(受付13:00)
場 所: 憲政記念館 講堂
参加費:2,000円(おとな一人)
開会のあいさつ: 加瀬 英明(外交評論家)
一般社団法人 放射線の正しい知識を普及する会会長
一般社団法人 日本ホルミシス協議会会長

講演1 高田純(理学博士 札幌医科大学教授)
「福島軽水炉事象2011は、国際原子力尺度6、核放射線と文明 日本
の課題と役割」

講演2:モハン・ドス (医学物理学博士 フォックスチェースがんセン
ター教授)
「放射線防護の世界で、直線しきい値なし(LNT)モデルを克服する戦い
の成果報告」

講演3:中村仁信(医学博士 大阪大学名誉教授)
「ミトコンドリアから考える放射線ホルミシス」

主催: 一般社団法人 放射線の正しい知識を普及する会
     一般社団法人 日本ホルミシス協議会
協賛: 日本放射線ホルミシス協会、一般社団法人世界戦略総合研究所、
株式会社世界出版、一般社団法人 楽健道協会、リハコンテンツ株式会
社、二宮報徳連合、株式会社新エネルギー研究所、
お問合せ先:日本ホルミシス協議会(TEL 03-6205-4760 FAX 03-3519-4367)
チラシをご覧ください! http://www.sdh-fact.com/CL/0708.pdf
(一般社団法人 日本ホルミシス協議会 )

(読者の声2)世界はえらいことになりまっせ。トランプの本音はイラン
殲滅を決めて背後(シナ 朝鮮)を固めたんとちゃいますか?
ユダヤの票が欲しいからねえ。安倍ちゃんもまさに振り回されたピエロで
すがな。
日本の保守系や世論は平和平和と喜んでいるがアホンダラ、大戦争で五輪
もワヤになる近未来を心配せんとあかんで。
  (AO生、世田谷)

(読者の声3)最近、ヘレン・ミアーズ(Helen Mears)著「アメリカの
鏡・日本」(Mirror for Americans; JAPAN)を読み返しました。
このミアーズの著書では、1948年という日本敗戦直後の時期に、米国人の
著作として刊行されたことが信じられないほどの怜悧で鋭敏な歴史観が述
べられています。
米国大統領による安保条約破棄発言、現下の半島情勢など、東亜の状況が
19世紀後半から日米開戦前のものに戻りつつあるように思える昨今、きわ
めて啓発的な内容であることをあらためて感じました。
 既に、邦訳が出版された時点で、日本国内では相当の反響があったよう
ですが、残念なことは、原書が絶版の状況であることです。
 英語原書の復刊を待望しますが、米国または英国で復刊を阻む要因があ
るのならば、日本人の手によって復刊を企画していくべきではないかと思
うのです。
どうでしょうか? 実現すれば、小生、真っ先に購入予約したいと思って
います。
   (椿本祐弘)


(読者の声4) 「トランプ発言は本当だった。再軍備の最短距離は」
1.メディアや政治家がトランプ発言で浮き足立ち始めた。ただトランプ
が言ったことは1+1=2という世界の常識を言った迄で、驚く事は無
い。むしろ驚く日本人に世界が驚いているのが現状だ。日本人の脳は半分
化石化している。

2.だとしたら、「兵は拙速を尊ぶ」とは孫子の言葉だ。憲法改正など
言ってはいられない。別の論理が必要だ。それは何か。憲法九条は世界平
和を前提としている。だとしたらそれまでは憲法棚上げ特例法で再軍備
だ。これなら国民投票は要らない。次の国会ですぐ実現できる。米国のニ
クソン副大統領も1953年11月、憲法九条は誤りだったと東京で声明
を出している。特例法とは自衛隊に軍法、軍法会議、憲兵隊、愛国心を与
えることだ。今の自衛隊は軍隊制度がないから、軍事的抑止力は無い。そ
れが戦後の度重なる国民、領土の国際被害だ。

3.国防は二択だ。再軍備反対は利敵行為だから無条件で許してはならない。

4.政府は国民に大々的に国防の啓蒙、広報をする義務がある。国防は政
府の最大最高の公共政策だから私的メディアに依存してはならない。

5.池田勇人は、半世紀以上前の1953.10の池田・ロバートソン国
務次官補会談で、米国の要請する再軍備を国民の国防無理解を理由に断
り、「日本人が自分のことは自分でしか守れないと言うことに気づくには
相当の時間がかかるだろう」と述べたという。その時が来たようだ。
     (落合道夫)


◆EC完全統合への道遠し

渡部 亮次郎


今のEUのことを日本で初めて取り上げた政治家は故・河野一郎であった。
1960年代の中ごろ、ヨーロッパ視察旅行から帰って、今にヨーロッパは経
済的に大団結すると喝破し、その対応を各界に求めた。

しかし反応は全く無かった。当時フランスを訪問した池田勇人首相がド
ゴール大統領からトランジスターのセールスマンと揶揄されても国民は誰
も怒らなかった。国際感覚も外交感覚からもズレていたのである。

初めは緩い経済的連帯とでも言うべきECだった。その基をなすのがローマ
条約であり、2007年3月で締結50周年を迎えたが、加盟国が増大する一方で
各国間の温度差も広がっているようである。

<ローマ条約とは、欧州経済共同体 (EEC) 設立に関する、フランス、西
ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ及びルクセンブルグの6カ国が
1957年3月25日に調印した条約である。もとの正式名称は、欧州経済共同
体設立条約 (Treaty establishing the European Economic Community)
であった。

しかしマーストリヒト条約により、他の事項とともに共同体と条約両方の
名称から"経済"を除去する修正を受けた。この結果、本条約は欧州共同体
設立条約又はEC条約と呼ばれている>。

欧州共同体 (EC) から発展、1993年11月1日、マーストリヒト条約により
ヨーロッパ各国によるEC国家連合体欧州連合(おうしゅうれんごう)と
なった。

ヨーロッパ各国において経済、政治、軍事など社会的なあらゆる分野での
統合を目指している。本部はベルギーのブリュッセル。現在の加盟国は27
か国である。

産経新聞ベルリン=黒沢潤記者によれば欧州連合(EU)は2004年以来、
東欧など12カ国にも「統合の翼」を広げたことで、その性格を変えつつある。

「(15カ国時代に比べて文化、宗教、経済面で)『異質』な者同士の集
まりとなり、アイデンティティーの危機にすら直面している」(ドイツの
シンクタンクCAPのベティーナ・タールマイヤー研究員)のが実情だと
いうのだ。

EUが冷戦終結後、ソ連のくびきから解き放たれた東欧諸国を組み入れた
ことは、欧州の政治的安定や経済発展といった観点から意味があった。

しかしポーランドが04年に欧州憲法条約に「キリスト教の伝統」を謳うよ
う唱えて政教分離の国々と対立したことでも明らかなように、価値観をめ
ぐる“温度差”が徐々に表面化している。

経済面でも、新・旧加盟国の違いは歴然としている。EUの経済成長率に
占める新規加盟国の貢献度はわずか5%に過ぎず、巨額の補助金がこれら
の国に流れることへの不満もくすぶっている。

1月に加盟したルーマニアとブルガリアは国内の機構改革に追われ、EU
に今後の戦略を提示できる状況にはない。外から見れば強力な組織に見え
るEUもこうした国々を抱え、「内部は弱体化しつつある」(政治専門
家)との見方もある。

加盟当時、東欧諸国の側は約40年ぶりの「欧州回帰」に沸いたが今や不満
が募る。域内での自由労働が認められないなど、加盟の恩恵を十分、感じ
ることができないためだ。

冷戦後、やっとソ連の下から独り立ちした東欧諸国は、内政への「ブ
リュッセル」からの横やりに困惑気味だという。

独ブランデンブルク応用科学大のウルリヒ・ブラッシェ政治学教授は、
「東欧では『モスクワからブリュッセルの独裁主義に変わっただけだ』と
の声も出ている」と話す。

「これ以上の拡大は、『EUの顔』の問題にかかわる」(ミヒャエル・ク
ライレ独フンボルト大教授)との指摘もあるように、EUは「拡大」より
も「深化」に重きを置いていく可能性が高い。
(Sankei Web 2007/03/24 01:54)

加盟候補国としてクロアチア、トルコ、マケドニア、セルビアの4カ国が
控えている。トルコの加盟のハードルが最も高いようだ。

加盟27か国の公用語がEUでは等しく扱われる。そのためEUの公式文章は22
の言語に翻訳される。言語は五十音順。

イタリア語 英語 エストニア語 オランダ語 ギリシャ語 スウェーデ
ン語 スペイン語 スロヴァキア語 スロヴェニア語 チェコ語 デン
マーク語 ドイツ語 ハンガリー語 フィンランド語 フランス語 ブル
ガリア語 ポーランド語 ポルトガル語 マルタ語 ラトビア語 リトア
ニア語 ルーマニア語

黒沢潤記者によればEUの公式言語は22でなく23だそうだが、とにかく臨時
を含めて通訳者が5500人も居て通訳に要する予算も年間10億ユーロ、日本
円では約1570億円だそうだ。

加盟候補国 のクロアチア、トルコ、マケドニア、セルビア のうちクロア
チアの加盟が3年後には見込まれているため、EUは新たに建築する庁舎の
通訳ブースを21カラ30に増やす。それでも悲鳴は上がる。

たとえばオランダ・ギリシャ語間の通訳は英語を仲介するリレー通訳。即
時性が求められる各種会議や記者会見は修羅場と化すそうだ。
加えて小国の言語は小さな会議では通訳されないことも多く、議論が迷走
することになる。

EUの本部はブリュッセルだが、欧州議会は仏のストラスブール、欧州中央
銀行は独のフランクフルトと機能は分散したまま。整理統合は容易ではない。

こんな状況を捉えて黒澤記者は「域内人口が5億人に膨張したEUは、統合
の成果を強調するが、使用言語や庁舎の乱立振りを見る限り、完全統合へ
の道程はなお遠そうだ」としている。出典: フリー百科事典『ウィキペ
ディア(Wikipedia)』2007・04・05