2019年07月17日

◆ミャンマーでの中国のシルクロード

宮崎 正弘


令和元年(2019)7月17日(水曜日)通巻第6143号  

 ミャンマーにおける中国のシルクロード、まるで進捗せず
  民衆は「中国、でていけ」の抗議行動を本格化させている

既報のようにラカイン州のチャウピュー港を近代化し、一帯を工業特区と
して、工業団地、大学、病院、保税倉庫などの一大工業地帯とするプロ
ジェクトを中国は提案し、ロヒンギャ問題で世界に孤立を深めていたスー
チー政権は、中国の提案に乗った。

中国の野心はスーチーを「借金の罠」に嵌めて、チャウピューを99年の
租借として軍港化することにある。

習近平はニコニコと作り笑いを浮かべながらスーチーと握手し、まずは地
域の環境、地理の精査に乗り出し、あちこちに大看板を立てて事務所も
造った。げんにこのチャウピューからミャンマー国土を横断し、中国新彊
ウィグル自治区カシュガルへのパイプラインは繋がっており、ガス輸送が
行われている。

かつてティンセイン政権時代、ミャンマーはミッンダム建築を認めたが、
発電される電力の90%が中国へ送電されることを知って途中でキャンセ
ルした。このことで、両国関係は急速冷凍のように冷え切った。

突然の和解の契機となったのはロビンギャ問題だった。

70万余のムスリムがミャンマーを追われて、隣のバングラデシュに逃げ
た。国際的に孤立したスーチーに、シルクロードの一環としてのプロジェ
クトを持ちかけた。ミャンマー政府は飛びついた。

だが、スーチーのアドバイザーで豪の経済学者でもあるシーム・ターネル
が「スリランカがどうなったかを見て下さい。借金の罠に嵌って、ハンバ
ントタ港は99年の租借とされてではありませんか」と助言した。

当初提案されたプロジェクトは75億ドルだった。直近でミャンマー政府
は、13億ドルに予算を削減した。

プロジェクトの中止にはまだ至っていないが、中国にとって展望は暗く、
ミャンマーにとっては明るい展望が拓けた。
 
     
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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激戦のペリリュー、中川州男という「南洋のサムライ」がいた
  天皇陛下、パラオ慰霊の旅で英霊のたましいは鎮まったが。。。

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早坂隆『ペリリュー玉砕  南洋のサムライ・中川州男の戦い』(文春新書)
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硫黄島の栗林中将は有名だが、中川州男(くにお)・中将(戦死時は陸軍
大佐、弐階級特進)の名はそれほど語られることはなかった。特攻隊生み
の親となった大西瀧治郎に比べても中川の名は知られていない。

著者の早坂氏はペリリュウ島の死闘の指揮を執った、この軍人の生涯に挑
んだ。

本書の主人公・中川州男のご先祖は肥後の武士である。祖父・千前(ちさ
き)は五百石取り、父親の文次郎は10代ではやくも伝統的な国風思想に開
眼し、敬神党に属した。16歳で西南戦争に参加した。

維新後の貧窮を祖父は私塾経営で乗り切った。いかなる困窮にも堪える力
が明治時代の日本人にはあった。普遍的な風景でもあった。著者は、この
あたりをさらりと流して描写しているが、この血統こそは最も重要な中川
州男・中将の学識と人格形成の根幹をなしたと評者(宮崎)には思える。
なぜなら敬神党とは「神風連の乱」を引き起こす国学者の集まりであり、
その神風連が西南戦争の導火線となったからだ。

一家は明治8年に玉名へ引っ越しているため、父の文次郎は神風連の乱に
参加できなかった。その精神的負い目が西南戦争に志願し、反・新政府の
側に立つことを選択することになったと考えて差し支えないだろう。

一方で、維新政府は教育にことのほか力を入れた。

前途有為な青年を育て、日本をなんとしても西欧列強の侵略からまもらな
ければならないという歴史的使命が国家に漲っていた。だから日本は敗戦
必至といわれた日清・日露戦争に勝利できた。背景に国民の団結と精神の
紐帯が強かったからである。

九州男は自ら軍人となる道を選んだ。神風連の血が呼んだのだ。

さて大東亜戦争の敗因は敵の情報を事前に的確に把握できず、また学校の
成績がよいというだけの理由で、戦争の修羅場の経験もなく、現場を知ら
ないエリートが机上で作戦を立てたことに主因がある。

ペリリューの戦死者、じつに1万022名。生き残りは僅かに34名だった。
本土攻撃を一日でも遅らせるために鬼神となって日本兵は戦った。米軍の
上陸が予測される前に、住民はパラオ島に避難させた。そのうえで中川は
島全体の洞窟を利用して地下の連絡網を構築した。用意周到に待ち伏せ作
戦を敢行した。

ペリリューは南北6キロ、東西に3キロの珊瑚礁で隆起した島である。
最初にペリリュウを視察した中川は、その防備のなさに唖然となった。ど
うやって米軍をここで迎え討つのか?

地下壕を掘って要塞化するという設計思想たるや、みごとなものだった。
3日で陥とせると豪語した米軍は、74日間の死闘を強いられ、米軍の犠牲
もまた夥しかった。米海軍の指揮をとったのは、ニミッツ提督、そのうえ
の司令官はマッカーサーだった。

後のベトナム戦争で抵抗作戦の激甚ぶりを発揮したベトコンが、これを真
似て米軍を散々苦しめたように、中川はペリリュー島を地下要塞のように
して備えたのだ。

九川州男は成果の少ない「バンザイ攻撃」を禁止し、飢え、伝染病、湿気
と戦いながら、米軍の猛攻に対応した。

著者は中川の生誕から青年時代を丹念に調べ上げ、熊本で、これまで特定
されなかった小学校の卒業名を発見し、また陸軍士官学校では同期生に岩
畔豪雄がいたことを調べ上げた。加藤隼戦闘隊を率いることになる加藤建
夫もいた。

激戦がおわり、戦争も終わり、戦後の日本はGHQに洗脳された軽薄な人
たちによって軍人は貶められ続けた。

だが、関係者と遺族は黙々として慰霊を遺骨の帰国作業に没頭してきた。
戦後70年を経て、ようやく天皇皇后両陛下の慰霊の旅が実現し、パラオの
島民はご訪問を歓迎した。各地で鎮魂の行事が営まれ、軍人の名誉が回復
された。

だが、まだ2200柱以上の遺骨が祖国に戻れない状況にある。

理由は「不発弾の危険性から200近い地下壕や洞窟が閉鎖されている状態
だが、パラオ政府は今後、それらを開放して遺骨収集に協力する意向を示
している」という。

なにしろ「ペリリュウ島に残存する不発弾の総量は、一説には1400トン、
手榴弾およそ280万発にも及ぶと推計されている」のである。
戦後七十四年という歳月の濾過装置を経て、淡々とした筆が激戦の事実を
追うが、行間から溢れ出る無念の涙がページを濡らす。
       
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1926回】              
 ――「支那は日本にとりては『見知らぬ國』なり」――鶴見(19)
鶴見祐輔『偶像破壊期の支那』(鐵道時報局 大正12年)

           ▽
「弱き民を憐れむというやうな驕慢な慈善心から出發するところの親支那
論は、自尊心強き支那の國民が受入れ」るわけがないと考える鶴見は、
「今日の支那が、吾々の中に強き感嘆の情操を刺戟」できないなら、「永
き隣人であつたところの日本と支那とは、純眞な意味に於ける友情を持つ
ことは出來ないに違ひない」と断言する。

では、どうすれば「今日の支那が、吾々の中に強き感嘆の情操を刺戟」す
ることが出来るのか。そもそも「吾々の中に強き感嘆の情操を刺戟」する
ようなモノを「今日の支那」に見出すことが出来るのか。鶴見の旅は続く。

「今から10年前、紐育から船に乘つて、西印度の島々を廻り歩いてゐた折
りに手にしたフランス女流小説家のイギリス紀行文に、イギリスとドイツ
は「歐羅巴に於ける男性國であ」り、フランス、スペイン、イタリア、ロ
シアは「歐洲に於ける女性國」である。フランスで「女性の有する趣味と
文化が、(中略)花の如くに咲き榮え」、イギリスにおいて「男性の有す
る趣味と文化とが、(中略)根強く繁殖して行つた」。互いが相手の国民
の「各異なる性格を正直に認めて、その立場から兩方の文明を認めるやう
に努力しなければならない」と記されていたことを思い出す。

この考えに興味を持ったが、当時はイギリスとフランスのことだと思い込
んでいた。ところが「昨年歐米から日本に歸つて來て」、このフランス女
流小説家の言葉を思い出し、「同文同種といふ永い間の標語が、動きなき
眞理として餘りに深く日本人の頭に染込んではゐないかといふ感じが自分
の腦中に起つて來た」。そんな時、「17年の久しい間、日本で暮して、日
本の文化と生活と趣味とを十分に理解してゐる者である」と名乗った「一
人の支那の青年が自分の眼を開いて呉れた」という。以下、その青年の説
くところだ。

――「近頃日本人が支那人を非難して、歐米人に親しんで日本人を疎外する
と言ふ。そして口を開けば直ぐと、同文同種の國であるから今少しお互い
に理解しなければならぬと言ふ」。だが、この説は大いに疑わしい。
たとえば生活方式だ。「日本だけは、何れの國とも違つた衣食住の方式を
持つてゐる。であるから支那人が日本に來て暮すよりも歐米に行つて暮す
方が早くその習慣に馴染み易い」。それは欧米人にしても同じだ。「さう
いふ生活の方式が與へるところの親しみ易さといふものが、西洋人と支那
人との間には在る」。

物の考へ方も似ている。日本人と話していると、「諸君は十分間に一度は
大日本帝國と言ふ。それが自分達の耳には異樣な不快な響きを與へる」。
だが「歐米人と話してゐる時にはさういふ事はない」。

辛亥革命以来の「支那の動亂を以て日本人は支那を嘲り笑ふ一の理由」と
する。

だが最近になって考えてみるに、「是は日本文明模倣の結果である」。じ
つは清朝末期になって、「殊に日清戰爭の敗北と、日露戰爭の當時に於
て、支那人は急に眼が醒めた」。

両国の間の隆盛と衰退という違いは「日本が夙く歐米の文明を吸収して立
派な政府を造つたからである」。

「成程、これだと我々は膝を拍つ」て、潮のような勢いで日本に留学し、
「日本人の制度文物を學んで早く支那に實施したいと彼等は焦つた」。隆
盛の日本にはあるが衰退の支那にない「憲法を作り、議会を造り、法典を
整理し、兵隊を新しく訓練した」。

そのうちに辛亥革命が起こり「支那は共和國となつた」。だが改革は行わ
れず、「永き戰亂が支那の全土に漲るやうになつた」。

そこで「支那人は迷つた。それは何の爲めであるか」。

迷うまでもない。答は簡単である。

「支那が日本を模倣した」ゆえの失敗なのだ。明治維新を真似た辛亥革命
も、東京の中央集権に学んで北京に樹立した中央政府も、共に失敗した。
「何となれば日本は政治の民であるに反し、支那は經濟の民である」から
である。《QED》

       

◆米中・米朝首脳会談、つきまとう危うさ

櫻井よしこ


国際政治はテレビと共にある。

安倍晋三首相の20カ国・地域(G20)首脳会議での巧みな采配も、惜しく
も吹き飛ばされた感がある。世界の目は板門店でのトランプ・金正恩両首
脳に集中し、その他の印象を消し去った。凄いものだ。

6月30日、15時45分、トランプ大統領が韓国の「自由の家」からゆっくり
と軍事境界線に向かって歩き始めると、北側からは金正恩朝鮮労働党委員
長が歩み寄った。境界線の南北に二人が相対し、握手をし言葉を交わし
て、やがてトランプ氏が北側に足を踏み入れたとき、思わず私自身、大き
な笑顔になった。メモをとりつつ、冷静に見ているつもりが、大きな笑顔
がこぼれたのである。中継映像を見ていた人の多くも同様だったのではな
いか。

二人が北朝鮮側で暫し佇んで境界線に戻り、そのまま自然な形で揃って韓
国側に入ったときには、取材陣の叫び声が聞こえた。カメラに囲まれて立
ち話をする金氏は、大きな賭けに出たがうまく意思の疎通がはかれそうだ
と、ひと安心した様子だった。安堵と嬉しさを隠しきれない表情には、そ
の残虐な行動に似合わない子供っぽさが残っていた。

トランプ氏は「つい昨日、金委員長に会うことを思いついた」と繰り返し
たが、ワシントンで発行されている「ザ・ヒル」は、同紙が行った24日の
インタビューでトランプ氏が板門店で金氏に会う考えを語っていたと報じ
た。ホワイトハウスがセキュリティ確保のためその件を当日まで伏せるよ
うに依頼し、報道できなかったという。

トランプ氏側が少なくとも1週間は板門店会談について考えを巡らしてい
たのに対して、金氏にとってはいきなりの提案だったわけだ。金氏は「ツ
イッターを見て本当に驚いた」と語っている。これはトランプ氏との立ち
話を終えて、韓国側の「自由の家」に入り、トランプ氏と並んで坐ったと
きの発言だ。

安倍晋三首相の役割

「昨日の午後、初めて、会いたいというトランプ大統領のメッセージを聞
いた。私も再度会いたかった」

金氏は、トランプ氏の「会いたい」というメッセージを受けて、決断し、
板門店に来た。その間約24時間だったことになる。いきなり言われて駆け
つけた。面子にこだわらず、大決断をしたのは明らかだ。その決断力を考
えるとき、「我々はもっとよくできる。もっとよくなることを世界に見せ
られる」という金氏の言葉に希望を持ちたくなるが、やはり問いたくな
る。「もっとよくなる」とは、核・ミサイル廃棄と拉致問題解決を意味し
ているか、と。

両首脳の会談は50分間にわたった。トランプ氏は韓国を去るに当たり、
「予定は2時間半遅れたけれど、すばらしかった」と、紅潮した顔で語っ
た。舞い上がる程の上機嫌は、金氏との会話が具体的な果実につながると
の思いを抱いたからであろう。

北朝鮮相手の交渉が順調に進むとは中々思えないが、今回の「いきなり会
談」で化学反応が起き、交渉が前進する可能性はあるだろうか。

ここで、横田早紀江さんのトランプ評が思い出される。早紀江さんはこれ
までに二度トランプ氏に会っている。

「トランプさんは、あたたかな父性を感じさせます。よき家庭の一家のお
父さんという感じで、守ってくれるような印象でした」

国際関係が真に冷徹な力関係であるのは言うまでもない。それでもトラン
プ・金両氏の関係は、これから存外うまくいくのではないか。

そこで安倍首相の役割が重要になる。核・ミサイル・拉致の三課題を優先
すること、問題がすべて解決して初めて見返りを与えるという結果重視の
原則を守らせることだ。さもなければ北朝鮮とのせめぎ合いに敗れると、
トランプ大統領に助言し続けることだ。

今回、明確になったのは、トランプ氏は北朝鮮に関して、韓国の、そして
中国の助力を全く必要としていないことだ。

習近平主席は内外共に行き詰まっている。国際社会で中国の友人はほとん
どいない。そこで来日前の6月20日、21日の両日、習氏は恐らく、北朝鮮
の核問題と米中貿易問題を一体化させて米国の優位に立つべく平壌を訪れ
た。すると、23日にトランプ氏が金氏に手紙を送り、金氏はそれを「すば
らしい手紙がきた」と言って公表した。まずトランプ氏の手紙で、次に板
門店首脳会談で、習氏の意図は粉々に砕かれた。

金氏も習氏に、米国との仲介を求めているわけではない。求めているのは
国連の制裁破りをしてでも、援助してくれということだ。

中国の情けが命綱

習政権はすでに巧妙な制裁破りを実行中だが、具体例について6月28日の
「言論テレビ」で朝鮮問題専門家の西岡力氏が語った。

「国連制裁の対象になっていない観光で中国は正恩に外貨を与えていま
す。北朝鮮への中国人観光客は2017年が80万人、18年は50%増の120万人
でした。観光客が増えた背景に中国当局が観光業者に補助金を出している
という有力情報があります。旅行費用の7割を中国政府が補助し、業者が3
割取って、ツアーを4割値引きで売り出す。中国人は安い費用で平壌に行
き、焼き肉を食べてカラオケで歌って、夜は買春をするというカラクリです」

この種の客を満載した大型観光バスが毎日多数、北朝鮮に向かい、国連制
裁の対象である鉄鉱石や石炭の先物買いも行われているという。現物は制
裁解除の暁に受け取る条件で、支払いは半分に値引きして現金決済だとい
う。西岡氏の指摘だ。

「中国もそうですが、北朝鮮も騙す国です。先払いなどすれば詐欺にあう
のは当然だと思いますが、大丈夫だという。中国当局の保証があるからだ
そうです。国際社会が北朝鮮の核・ミサイル開発阻止でその外貨を枯渇さ
せようとしているときに、中国はこうした汚い手段で制裁破りをしている
のです」

国連制裁があり、米中の貿易戦争が続く限り、中国は米国に正面から逆ら
えない。結果、中国は今も巧妙なルール破りをしているが、さらに狡知を
極めていくだろう。中国の情けが命綱の金氏がどれだけトランプ氏に接近
するかは、中国のやり方をどれだけ国際社会が封じ込められるかという課
題と重なる。

G20の米中会談はその点で危うさを残した。ほとんどすべての中国からの
輸入品に25%の関税をかけるという第4弾の関税は回避され、米中はつか
の間の休戦に入った。そしてファーウェイへの米企業による輸出を一部認
めることになった。トランプ氏の直感や思いつきは素晴らしくとも、中・
長期的戦略は描き切れていない。むしろ戦略の欠如が懸念される。それで
は中国に敗れかねず、全く油断できないのである

『週刊新潮』 2019年7月11日号 日本ルネッサンス 第859回


◆リハビリって何?

向市 眞知 


「リハビリ」という用語は訳さなくてもよいくらい、日本語になってしまいました。しかし、この用語がとても曲者なのです。皆がこの用語の前向きなところにごまかされ、便利にしかも安易に使ってしまいます。

医師は最後の医療としてリハビリに望みをつなげる言い方をします。家族は家にもどるためにはリハビリを頑張ってほしいと期待をかけます。患者もリハビリを頑張れば元どおりになれると思います。

リハビリとは「再び生きる」という用語と聞きました。この概念で考えるととても幅広い概念です。

病院にはリハビリテーション科があり、そのスタッフには理学療法士、作業療法士、言語聴覚訓練士という、国家資格をもった専門技師がそろっています。身体機能回復訓練に携わるスタッフです。

医師が「リハビリ」という用語を使う場合にはこのようなリハビリテーション科のスタッフによる訓練を指すだけではなく、「再び生きる」心構えをもちましょう、という意味を含んでいる場合が多いのです。

しかし、患者、家族の方はリハビリは療法士がするものと思い込んでいるケースが多いように思います。よく言われるのに「リハビリが少ない」、「リハビリをしてもらえない」というクレームがあります。療法士がするものだけがリハビリなら、診療報酬上点数がとれるのは一日20分から180分です。

「リハビリを受けさせたいから入院させてほしい」とよく言われますが、一日の何分の1かの時間のリハビリだけで「再び生きる」道のりを前に進むことはむずかしいものです。あとの時間をベッドに寝ているだけでは、何の意味もありません。「リハビリのために入院している」というだけの安心感の意味しかありません。

いくら日本一の理学療法士の訓練をうけたからといって、患者本人が「リハビリをする(再び生きる)」心構えになっていなければ、空振りに終わってしまいます。

マヒした身体に対して、拘縮してしまわないように理学療法士が外から力を加え訓練をすることはできます。でも、訓練が終わって身体を動かさなければもとの木阿弥です。

しかし、言語訓練はそうはいきません。本人が声を出そう、話そうとしなければ訓練になりません。「絶対話すものか!」と口をつぐんでいる患者に訓練は意味を為しません。まずは声を出してみよう、話してみようという気持ちになるように、心理的にリラックスしてもらうことから訓練を始められると聞きました。

このことからわかるように、リハビリは本人次第なのです。そしてやはりリハビリも療法士と患者の協同作業なのです。

療法士さんの訓練の20分が終われば、患者自らがもう一度リハビリのメニューをくりかえしてやってみることや、家族が面会時間に療法士に家族ができるリハビリを教えてもらい、リハビリの協力をしてみるなど、何倍にもふくらませていくことがリハビリの道のりなのです。

療法士さん任せにしないこと、繰り返しやっていくこと、退院しても療法士さんがいなくてもリハビリ、再び生きる道のりは続いていること、それを実行するのは自分であることを忘れないでいてほしいと願っています。

診療報酬改定で更にこの認識が重要になってきています。療法士による機能回復訓練が継続してうけられる回数の上限が、疾病により90日〜180日と定められました。これ以上の日数の訓練を続けても保険点数がつかないことになりました。医療機関は保険がきかなくなれば、リハビリを打ち切らざるをえません。

患者も10割自費で料金を支払ってまでリハビリを続けることはできないでしょう。リハビリは入院の中でしかできないものではなく、退院してからも自宅でリハビリを続けていく意気込みが大切です。
                                  (ソーシャルワーカー)

2019年07月16日

◆マレーシア「パイプライン」プロジェクト

宮崎 正弘


令和元年(2019)7月16日(火曜日)弐 通巻第6142号  

 マレーシア「パイプライン」プロジェクト、40億ドルが消えていた
  ナジブ前政権、ケイマン諸島へ送金。前代未聞の資金洗浄疑惑

前々から怪しいプロジェクトだった。

ボルネオのサバ州から662キロの海底パイプラインを敷設して、マレー半
島の東海岸までガス輸送を行い、その工事は中国石油の子会社「中石パイ
プライン・エンジニアリング」が行う。

中国はこれを「シルクロード」プロジェクトの一環と宣伝していた。新幹
線工事と併せて合計23億ドルという途方もない資金が、無駄なプロジェク
トに投下されようとしていた。

「トランス・サバ」と名づけられたパイプラインの工事はナジブ政権時代
の親中路線による積極姿勢で、「2016年に開始され、2018年9月の正式の
キャンセル決定までに13%の工事が完了していた」(ストレートタイム
ズ、2019年7月15日)。

しかも、マレーシアは80「%の資金を「前払い」していた。総額30億ド
ルもの大工事を延べ払いではなく、一括して80%も支払ったという「気前
よさ」!

じつはHSBC(香港上海銀行)のマレーシア支店口座から、このカネは
ケイマン島へ送金されていた。明らかな資金洗浄である。

ナジブ政権は、このプロジェクトを含む資金調達のため、総額60億ドルの
財団(1MDB)を設立して投資資金をつのり、カタール、ドバイなど産
油国のファンドが応じていた。IMDB疑惑は当時からマレーシアで騒が
れていたが、マハティールの逆転勝利の選挙までナジブ前首相の逮捕は行
われなかった。

スキャンダルの浮上にともない、ドバイ、カタールなどの投資グループ
は、資金返還を求めて米国の裁判所に提訴した。なぜなら、前述60億ドル
の起債幹事はゴールドマンサックスであり、同社は、起債手数料として6
億8000万ドルという法外な手数料を手にしていたからだ。

また「1MDB」の口座からは60億ドルのうちの45億ドルが蒸発してい
た。これは国家財政を食い物にしていたことになる。

7月15日、マハティール首相は記者会見し、総額23億ドルの工事費の
80%、およそ20億ドルが支払われたのに、工事は13%しか完成していな
い。残り部分に相当する金額は返還して貰う必要がある。とりあえず、口
座残金の2億4340万ドルを差し押さえた」と発表した。

      
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日本の政治家は、なぜこれほどまでに劣化したのか
  その元凶とも言える小沢一郎が、永田町に居残っているのは何故か?

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乾正人『令和を駄目にする18人の亡国政治家』(ビジネス社)
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題名が通俗的なので、書店で手に取らない人も多いのではないか。しか
し、中味はすこぶる面白いのである。

評者(宮崎)は、旅先で、一気に読んだ。

そもそも日本の政治評論というのは政局を論じるだけで、そのうえ人物論
に傾きがちなため、大局的な政治姿勢や外交戦略に関しては語られること
が少ない。ブラウン管で物知り顔で解説している『政治評論家』の多くは
時局にしか興味が及ばす、「政局解説屋」とでも呼ぶべき講釈師である。
ただしそれを聞く視聴者も、漫談的であれば、それをおもしろおかしく聞
き流している。

著者の乾正人氏は産経新聞論説委員長。首相官邸番から政治部長、編集局
長を歴任し、30年に亘って永田町を見つめてきた。

 ¥トランプ政権誕生の日、殆どのメディアがトランプを批判していた
が、ひとり乾氏は、産経の1面に「トランプで良いんじゃないの」と大胆
な論説を掲げた。

平成日本の日本政治を敗北に導いてしまった「A級戦犯」は小沢一郎、河
野洋平、竹下登だったとズバリ言い切り、さらに「国賊議員があとを絶た
ない」のは何故か、巨悪中国を造った親中派の懲りない面々とは誰々か。
そして「安倍一強」の功罪も最後に論じている。

永田町の動きはあまりにも退屈であって、二流の政治家が三流の政治を展
開する世界に評者はとうに関心を失ってきたが、本書は平成の30年間の永
田町を総攬する視点で書かれており、そのことに注目した。

政治を動かす要素の一つはカネである。理想で奔走する政治家はまれにし
かいない。

宇宙人に群がったのは、かの男がもつカネであった。田中角栄、金丸信な
ど理想が希薄な政治家に多くが群がったのも、カネの磁力、あるいは魔力
である。

「小沢一郎は権力とカネを掌中に置くことを最大の目的に永田町を半世紀
にわたって歩んできた。目的がぶれない、という点でこれまた端倪せざる
を得ない」と著者はいう。だからこそ、小沢は「大変節を恬として恥じな
い」ことが出来るのだ。もし「求道者」であれば、変節を恥として、さっ
と引退するか、武士なら自決しただろう。

著者は敢えていう。

「『平成の戦犯』の東の横綱が小沢一郎なら西の横綱は河野洋平である」と。

同時に宮沢喜一も戦犯である。

乾氏はこういう。

「彼(宮沢)には確固とした政治理念がないからこそ、強いのである」
宮沢喜一というエリート臭丸出しの男は、天安門事件で人権批判が巻き
起ったが、国益を損なう行動に出た。かれの国賊的裏切り行為は西側が中
国を制裁している最中に、正常化と天皇訪中を認めてしまったことである。

「宮沢は実行力のある政治家ではなく、問題を適格に把握できる評論家に
過ぎなかった」

経済的に言えば「失われた20年」を醸成したのは宮沢の優柔不断からだった。

これら悪習をぶち破り、ようやく再生の道を開きかけたのが安倍晋三だった。

安倍はカネに群がる政治を断ち切ろうとして、理想を掲げてカムバックし
た。岸信介以来、久しぶりの信念の人、だから底力を発揮した。

とはいえ、その「一強時代」も、長引くと必ず綻び、疲労が出てくる。あ
の重度に疲れ切った様を目撃していると、エネルギー切れを感じさせる。
しかも消費税増税容認、中国への再接近、靖国神社不参拝、加憲改正議論
など、安部支持者の間にも大きな失望が拡がっている。もう賞味期限が過
ぎたのではないか。乾氏の鋭い筆法は、そのことも文中で示唆している。
 読み終えて、旅先の仙台駅前でのんだ珈琲の美味かったこと!
             
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜▲アンディ・チャンのアメリカ通信  ▲アンディ・チャンのアメリカ通信
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アメリカの闇の帝国渦の中心はヒラリーである。

闇の帝国が摘発されたら選挙どころか民主党の破滅となる。
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AC論説 No.746 トランプと闇の帝国の戦い

マラー検察官はロシア癒着調査の報告を提出してから、以後は国会の召喚
に応じないと声明したが、国会議員の圧力があったので今月の17日に国会
の司法委員会と情報委員会の召喚に応じることにしたが、委員会の都合で
24日に延期した。

この2つの委員会は委員が44人もいるので各委員の質問時間は5分しかな
い。みんな聞きたいことがたくさんあるので要点を練っていると言う。

マラー検察官はすべてを報告書に書いたから余計に言うことはないと述べ
た。それでも民主党側も共和党側も聞きたいことが山ほどある。

民主党側はマラーがトランプ有罪の証拠を見つけると期待していたのにマ
ラーが証拠はなかったと結論したので大いに失望した。

マラーはトランプが疑惑調査を妨害した証拠はないが潔白でもない、国会
が罷免できると述べた。

検察官が調査したけど証拠がない、それなのに国会が罷免しろと言ったの
である。これでマラー検察官は中立でなく反トランプの仲間だったことが
判明した。

だから国会の民主党議員は新証拠を探すため彼を召喚し、共和党側の委員
はマラーが検察官として公正でなかったことを詰問する。つまり国会喚問
ではマラー検察官の報告書そのものが疑問視される。

あろうことか検察官自身がトランプの罪を発見できなかったから国会で罷
免しろと述べたのである。

調査委員会の委員長は2人とも民主党員だがらマラー氏を召喚して報告書
に書いてなかった新事実を見つけだすつもりだ。反対に共和党議員はマ
ラー特別検察官が2年かけてトランプ大統領を調査したこと自体が陰謀で
ある証拠を探す。

もともとマラー検察官は「ロシア癒着の調査」を任命されたのであって調
査妨害は任命の範囲外である。

マラー氏は司法省の古参上級幹部でFBIのコーメィ長官とも親しかったか
らロシア癒着が嘘だと知っていたはずである。

ロシヤ癒着の証拠はスティール文書だけである。スティール文書はヒラ
リーの資金で作成した偽物と選挙の前からわかっていた。

わかっていたにも拘らず調査を二年続けた。反トランプの中心人物、ワイ
スマン、ストロークなどを雇って調査を続けた。こんな調査が中立公正で
あるはずがない。マラー検察官はなぜスティール文書の信憑性、ヒラリー
とスティールの関連を調査しなかったのか。マラー氏も陰謀の仲間だった
と考えれば納得がいく。

アメリカの闇の帝国とは大きな渦のようなもので、渦の中心はヒラリーで
ある。

ヒラリーが犯した数々の罪を隠蔽するためにいろいろな政府機関の複数の
高級官僚が関与していた。彼女の罪を隠すために数多の高級官僚が罪を犯
し、罪の上に罪を重ねて行ったのである。

ヒラリーの犯罪は彼女が12個以上の個人スマホとクリントン家のサーバー
を違法と知りながら、しかも部下から何度も違法を注意されても平気で続
けて使用していたことに始まる。

Judicial Watch社がベンガジ事件を調査するため国務院とFBI、オバマと
ヒラリーと彼女の部下のメール通信記録を要求した。ヒラリーとオバマは
ベンガジ事件の真相を隠すため通信データの提供を渋った。

この調査でヒラリーが違法に個人のスマホを使って通信していたことが判
明し、しかもクリントンのサーバーが中国とロシアにハッキングされてい
たことも判明した。

ヒラリーの罪を隠すため国務省、ホワイトハウス、司法省やFBI、CIAの
トップが証拠隠滅に加わった。ベンガジ事件に続いてオバマとエリック・
ホールダー司法長官のFast & Furiousの失敗事件、ヒラリーのUranium
One事件、スティール文書の作成、トランプのロシア疑惑、大統領罷免陰
謀などいろいろなオバマ政権の犯罪がどんどん増えていった。

これがオバマ民主党の「闇の帝国」である。

彼らは数多の犯罪を隠蔽するためにトランプ罷免を始めたのであった。と
ころがトランプは辞職に追い込まれず、闇の帝国の犯罪が暴かれるように
なったのだ。

オバマ民主党は数多の犯罪を隠すためヒラリーを絶対に当選させたかった。

そのために複数のDOJ/FBI、CIAとDNAのトップが反トランプに介入した。
これだけ多くの民主党員が陰謀に参加したのでトランプが大統領になって
もトランプ下ろしを続ける必要があった。

マラー氏を特別検察権に任命してロシア疑惑を調査させたが、2年かけて
も犯罪の証拠がなかった。だから次にトランプがマラーの調査を妨害した
証拠を捜し、それも証拠がないので国会が罷免するという。

闇の帝国は選挙の前、当選したあと、大統領になったあとも闇の帝国はト
ランプの罪を追及し続けた。

この間トランプは国会で民主党側のボイコットとメディアのフェイク
ニュースにさらされながら、この3年で経済は向上し株価が高値を更新し
続け、雇用増加と50年来の失業率低下の業績を挙げた。

国際問題でも中国、北朝鮮、イランなど良い結果を得ている。それでもメ
ディアとサヨク民衆のトランプ反対が続いている。民主党はトランプ再選
を阻むため罷免を続けるだろう。

闇の帝国が摘発されたら選挙どころか民主党の破滅となる。


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(読者の声1)日本文化チャンネル桜より番組のお知らせです。
「闘論!倒論!討論!2019 日本よ、今...」

テーマ:「暗夜航路の世界経済−どうなる!? 中・韓・独・中東」(仮)
放送予定:令和元年8月3日(土)夜公開 日本文化チャンネル桜。
「YouTube」「ニコニコチャンネル」オフィシャルサイト。インターネッ
ト放送So-TV
<< パネリスト:50音順敬称略>>
田中秀臣(上武大学教授)
田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員)
宮崎正弘(作家・評論家)
室谷克実(評論家)
吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表)
渡邉哲也(経済評論家)
司会:水島総(日本文化チャンネル桜 代表)
(日本文化チャンネル桜)

◆「尖閣」から遁走の売国政権

渡部 亮次郎


尖閣ビデオは非公開、「日中」再悪化を懸念

政府・与党は7日、沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の様子を海上保
安庁が撮影したビデオについて、公開に応じない方針を固めた。

公開すれば日中両国で相互批判が再燃し、4日の日中首脳会談を機に改善
の兆しが出てきた日中関係が再び悪化しかねないとの判断からだ。

国会がビデオ提出を求める議決をした場合などは、予算委員会など関連委
員会の「秘密会」への提出とし、限定的な開示にとどめたい考えだ。

衆院予算委員会は7日開いた理事懇談会に法務省の小川敏夫法務副大臣ら
を呼び、ビデオの扱いについて協議した。法務省側は「中国人船長を起訴
するか否かの結論が出ていない段階で、捜査資料を出したケースは今まで
ない」と説明し、現時点での国会提出に難色を示した。与党側も慎重な姿
勢を示した。
読売新聞 10月8日(金)5時14分配信

この答弁からして反日だ。あわてて釈放した船長を起訴する自信もハラも
無いくせに「起訴するか否かの結論が出ていない段階で、捜査資料を出し
たケースは今までない」とは誤魔化しもいい加減にしろ、だ。

今度の尖閣問題について菅首相には国家的見地にたった戦略がまるでな
い。背負っているのが日本という国家の運命であり、その誇りであるとい
う責任感がまるでない。

7日、偶然、取材できたところによると、最初、菅首相の訪米中、仙谷官
房長官は、困り抜いた挙句、民間人の手づるで元中国政府
高官に接触。

そのルートで、ASEM会場での「偶然」の温首相との会談設営に成功した。
これが「改善の兆し」なんだそうだ。

その結果、菅首相と仙谷官房長官は「これ以上もめさせない」で一致。問
題のヴィデオの非公開の方針を決めたしまった。言うなれば
「尖閣」を手放す結果を招くかも知れないが、菅政権維持のためには、日
中関係を穏便に保つこと、止む無しと決めたのである。

これは明らかな「売国行為」である。或いは「偶然」会談をセットした
「根回し」の際、ここまで約束させられた疑いも濃厚だ。「今は書かない
で欲しい」というのが、7日取材の中国側の態度だったことからの推測だ。

尖閣諸島が日本固有の領土、東シナ海に領土問題が存在しない事は
様々な資料からも歴然たる事実である。たとえばジャーナリストの水間政
憲氏が「週刊ポスト」(10月15日号)で明らかにした1960年4月に北京市地図
出版社発行の「世界地図集」では尖閣諸島は日本の領土として日本名の
「魚釣島」「尖閣群島」と表記されている。

水間氏によれば、その12年後の1972年発行の同じ北京市地図出版社の地図
ではいきなり自国領として「釣魚島」「赤尾嶼)とか書き変えてある。

更に驚くべき事に中国は「清」時代の地図の改竄まで行なっているのだ。
「目的のためには、どんな手段も正当化してしまうのだ」(水間氏)。

1960年4月に北京市地図出版社発行の「世界地図集」は日本外務省中国課が
現在も所蔵しているはず。それなのに、中国と対等に向き合うのが厭だと
ばかり、遁走した菅首相。さっさと総辞職すべきだ。
私は中国人にされたくない。2010・10・8


◆米中・米朝首脳会談、つきまとう危うさ

櫻井よしこ


国際政治はテレビと共にある。 安倍晋三首相の20カ国・地域(G20)首
脳会議での巧みな采配も、惜しくも吹き飛ばされた感がある。世界の目は
板門店でのトランプ・金正恩両首脳に集中し、その他の印象を消し去っ
た。凄いものだ。 6月30日、15時45分、トランプ大統領が韓国の「自由の
家」からゆっくりと軍事境界線に向かって…

「新潟選挙区、野党統一候補のおかしさ」

『週刊新潮』 2019年7月4日号 日本ルネッサンス 第858回 「アリさ
ん、早くこっちによけないと、ひかれちゃうよ!」 幼い少女は、列に
なって道路を這っている蟻の群れが車に轢かれてしまうと心配して、一所
懸命、群れを道路の端に誘導しようとした。少女は横田めぐみさんであ
る。早紀江さんが当時を懐かしみながら語った。 「幼い頃のめぐみはい
つもこんなふうでした。生きものは何でも大好きで…



「日本の歴史をどれだけ深く学ぶかによって近未来を切り開く道が自ずと
明らかになる」

『週刊ダイヤモンド』 2019年6月29日号 新世紀の風をおこす オピニオ
ン縦横無尽 最終回  安岡正篤氏は首相まで務めた宮沢喜一氏を「ヨコ
の学問はできてもタテの学問がなっていない」と評した。安岡氏は、真の
教養ある日本人は欧米の事情のみならず日本の文化文明、歴史を修めなけ
ればならないと言っているのである。 その意味で近年読んだ本の中でと
りわけ重要だと感ずるのが白鳥庫吉博士の書いた日本。


◆京都山科の歌人

渡邊 好造

”百人一首”など古来の和歌には、「山科」が数多く登場する。

”百人一首”は、鎌倉時代の歌人・藤原定家が100首を選んだ歌集のことで、京都小倉山で編纂されたので通称”小倉百人一首”ともいう。主に古今集(平安時代)、新古今集(鎌倉時代)から選んでいる。"小倉"があるなら他にもあるのかとなるが、確かに"源氏"" 女房"" 後撰"" 武家" が頭につく”百人一首”もあるにはある。

その何れもが、制作年や編者が明確でなく、小倉で洩れた歌人を補っただけのものもあり、”百人一首”といえば"小倉"を指すとみてよい。今回の"山科だより"は、この”百人一首”に登場する「山科ゆかりの歌人」を紹介する。

山科の地名、駅名にも名前が残る有名歌人といえば「小野小町」である。"小野御霊町"にある”随心院(真言宗)”は、小野一族の邸宅跡に正暦2(991)年=平安時代=「僧・仁海」が創建した。「小野小町」は仁寿2(852)年=平安時代=に宮廷を辞した後、40年間当院内の遺跡”小町の井戸”辺りに住んでいたという。

「小野小町」が詠んだ和歌のうち、”百人一首”(原典・古今集=以下同じ)にとりあげられ、とくによく知られているのはこの一首で、境内に歌碑がある。

『花の色は移りにけりないたずらに 我が身世にふるながめせしまに』(桜の花の色はスッカリ褪せた。私の美しかった姿も衰えた。むなしく世を過ごし物思いにふけっている間に)。

"北花山河原町"の”元慶寺(天台宗)”は、「僧・遍昭」が貞観11(869)年=平安時代=に創建し、”百人一首”(古今集)に詠まれた彼の和歌の碑がある。

碑には『天津風雲の通ひ路吹きとぢよ をとめの姿しばしとどめむ』(空に吹く風よ、天への雲の通り道をふさいでしまってくれ。美しい舞姫の姿をもうしばらくの間ひきとめておきたいのだ)とある。


"四ノ宮泉水町"に天文19(1556)年=室町時代=に開創された”山科地蔵徳林庵(臨済宗)”には、町名の語源となる「四之宮人康」(さねやす=第54代仁明天皇第4皇子)と、歌人「蝉丸」(せみまる=正式呼称はせみまろ)の2人の供養塔がある。

両人とも平安時代(9世紀)に生きた歌人だが、「蝉丸」は"四ノ宮"から約2キロほど東の滋賀県大津市に入った峠"逢坂の関"に庵を構え、近くには”蝉丸神社”もある。なぜ山科に「蝉丸」の供養塔があるのか、「人康」との関係は、交流は、など明確ではない。その共通点は両人とも琵琶の名手であったことのようである。
 
 ”百人一首”(後撰集)にある「蝉丸」の歌、『これやこの行くも帰るも分かれては 知るも知らぬも逢坂の関』(ここから行く人帰る人、それを見送る人、知合いの人とそうでない人も、ここで出逢いを繰返す。これがこの逢坂の関なのだ)がよく知られている。

 ”百人一首”に登場する地名でもっとも多いのが"逢坂(の関)"("難波"と同数)で、行政エリアは滋賀県大津市だが京都市山科区との境界線上の峠である。

ついでながら、全国46都道府県のうち県庁所在都市がピッタリ接しているのは、この京都府京都市(山科区)と滋賀県大津市の他は、東北の山形県山形市と宮城県仙台市しかない。

「清少納言」(枕草子で知られる平安時代女流作家)は、”百人一首”(後拾遺集)で『夜をこめて鳥の空音ははかるとも よに逢坂の関はゆるさじ』(夜の明けないうちに鶏の鳴き真似をして、夜が明けたように見せかけた中国・函国関の故事まがいの騙しの手をつかっても、私とあなたの間にある関所は開けませんよ)と詠んでいる。

「三条右大臣藤原定方」(平安時代公家・歌人)は、”百人一首”(後撰和歌集)で悩ましく、意味深な歌を披露している。

『名にしおはば 逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな』(「逢坂山」だから"逢える"、「さ寝」だから"一緒に寝られる(さは接頭語)"、名前通りの「かづら=葛・つるくさ」ならそのツタを手繰り寄せると、人に知られずあなたの家で逢いそして一緒に寝る、そんなことが出来ればいいのに)。

”百人一首”に登場する「山科ゆかりの歌人」が詠む和歌には、平安・鎌倉貴族のなんとも優雅で、他に心配事はないのかと言いたくなるお気楽な宮廷生活が滲みでている。そんな宮廷生活を歴史書以上に現代に語り継いでいるのが、和歌なのだろう。
(完 再掲)

2019年07月15日

◆中国「雪龍二号」を投入

宮崎 正弘


令和元年(2019)7月13日(土曜日)通巻第6140号  

中国、北極圏の「氷上シルクロード」へ国産の砕氷船「雪龍二号」を投入
北極圏参入に神経を尖らせるロシア、ノルウェイ、デンマーク、カナダ

上海の造船所で「雪龍」二号のお披露目があった。一号は1993年にウクラ
イナで製造された砕氷船で、中国が購入した。二号は、中国の国産品だと
自賛している。

全長122メートル。13999トン、乗組員99名。60日間の無寄港航海が可能と
いう。

中国は北極圏ルートの開拓を「氷上のシルクロート」だと標榜しいるが、
警戒しているのはデンマーク、カナダ、ノルウェイばかりか、ロシアであ
る。先ごろのもロシアは潜水艦が北極圏を通過するときは浮上を義務づ
け、45日前の届け出を必要とする旨、公表した。

グリーンランドを領有するデンマークがもっとも神経質で、中国からの開
発提案を拒否した。グリーンランドには米空軍基地も置かれている。

一説に地球温暖化で溶け出した氷面積はメキシコの総面積に匹敵する等と
言われるが、氷が溶けたことによって砕氷船の航行は比較的有利となり、
中国は資源探査、海底調査などを目的に科学者、地質学者、天候専門家な
ど50名を乗り込ませ、年内に雪龍二号を就航させるとしている。

「あくまでも商業用の距離短縮に繋がる」と言い張る中国に対して、西側
は一貫して軍事利用を懸念している。だがロシアも中国の北極ルートへの
進出に異様なほど神経を尖らせる。中国への不信感は氷の上でも高まった。
      
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 情報収集、スパイ工作にはふんだんにカネを使え 
  敵の情報も知らないで戦争を展開した大東亜戦争への猛省

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渡部昇一 v 谷沢永一『孫子の兵法』(ワック)
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勝ち続けるために何を学ぶべきか、誰もが知りたいところだろう。現代風
に孫子を読み直すとこうなるという随想的な雑談である。

評者(宮崎)のみるところ、孫子を愛読し活用した戦国武将の代表は武田
信玄であり、あの「風林火山」は孫子の戦術そのものだった。同じく家康
は孫子を愛読したが、「兵は詭道なり」というモラルに悖る原則を説いた
孫子をむしろ軽視した。

とはいえ戦争となれば、情報工作、諜報、偽造、偽装、攪乱など孫子流儀
の戦い方をしたのも、家康だった。

日本で最も孫子を理解したのは吉田松陰だった。

攘夷か開国かと維新前夜の騒然とした世にあって、吉田松陰は敵の正体を
知るには自らがスパイとなって米国へ乗り込まなければならないと覚悟
し、下田で碇泊中のペリー艦隊へ小舟で向かった。乗船を拒否され、野山
獄に?がれた松陰は弟子達と懸命に孫子を読み直し、研鑽を重ねた。

なにしろ松陰は萩藩では山鹿流軍学に基づく兵法の師範だったのだ。弟子
達と孫子を読み解き、解題の書を残した。それが『吉田松陰全集第五巻』
に収められている『孫子訳注』である。

これを松陰以後の第二期松下村塾に学んで感動し、生涯座右の銘として自
らの注釈も入れて明治天皇に献呈したのが乃木希典だった(詳しくは拙著
『悪の孫子』、ビジネス社参照)。

さてそれなら渡部、谷沢という二人の読書人という絶妙コンビは、孫子に
対して、どのような感想を抱き、またいかなる結論をだすのか、興味津々
で読んだ。

孫子の肯綮は「戦わずして勝つ」ことにある。

そのためには敵を知り、己を知ることである。二人はこの基軸に沿って随
想的な談論風発。情報、スパイの重要性を多岐の事例を挙げ、とくに時局
を解説しつつ、くどいように説いている。

谷沢はまず「孫子の特徴は、儒学と関係がない」として「儒教の影響を
まったく受けていません」(中略)「人生というものは、どんな時でも勝
負です。『孫子』の場合は戦争ですが、その戦争を別の言葉に置き換えれ
ば、競争ということになります」と現代的解釈の抗議から始める。

スパイの重要性を渡部はルーズベルト政権の内情から説き、ハルノートの
起草者は、じつはコミンテルンのスパイが書いたとする。

日本は日露戦争を前にして、50万円という大金(今日の貨幣価値で50億
円)を明石元二郎にポンと与え、北欧でスパイ活動、秘密工作のための軍
資金として派手に使わせた。革命工作、ロシアの背後を攪乱し、ロシアの
体制に亀裂を生ませ、やがてロシア革命への伏線となった。

これが本来の「情報工作」だとし、渡部、谷沢の両氏は各地に写真屋など
に偽装した日本人スパイ、あるいは代理人を放っていた事例を挙げる。
 つまり敵を知るために情報を集めた。
 
ところが勝利の美酒に酔って、情報より装備、軍隊における出世に関心が
移り、軍のエリートは試験では優秀でも現場を知らない手合いが参謀とな
り作戦を立てた。なんという手抜かりだろう。

大東亜戦争では、アメリカは日本研究を多岐に亘って行っていたのに、日
本はアメリカ研究を怠り、あまつさえ暗号が読まれていることも知らな
かった。日清日露の勝利に酔って、情報という原則を蔑ろにしたからである。

ふたりの結論は参謀本部が試験に優秀な成績だっただけの理由で軍隊を率
いた間違い、たたき上げを尊重し、同時にスパイを育成し、思いっきり情
報にカネを使えと戦い方の基本原則にたち帰る議論となる。

情報を只だと思っている日本は、敵を知るどころか、情報機関もなけれ
ば、そのことに予算をつけず、普通の主権国家なら存在するスパイ防止法
もない。

孫子からもっとも遠いところにあるのが日本である。
     
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1924回】        
 ――「支那は日本にとりては『見知らぬ國』なり」――鶴見(17)
鶴見祐輔『偶像破壊期の支那』(鐵道時報局 大正12年)

        ▽
アメリカの友人は「古きものに對する燃えるやうなあくがれを抱いて居
た」ゆえに、「朱塗りの扉のついた支那家をさがした」のを皮切りに、い
わば『支那趣味』にドップリとつかった生活を始めた。

某日、友人の邸宅に招かれる。

「いづれ劣らぬ支那病の連中が、6,7人來てゐた」。部屋の調度も、料理
も、話題も、まさに「支那病」に完全感染だ。彼らにしたら、「無産階級
だのプロレタリアなんてことは、どこを風が吹くと言ふ具合である」。

そこで鶴見は、「支那の生活の空氣中に陶酔し乍ら、支那が外國人に對し
て有する『魅力』と言ふものについて、深く考えた」のである。

「元も支那を征服して、漢人種の生活美に征服せられた。清も支那を征伐
して、漢人種の生活美に征伐せられた。そして、今西洋人が同じやうに、
デモクラシーとか何とか言ひ乍ら、支那人が六千年かかつて築き上げた生
活の美しさに魅せられて居る。一度北京に住んだが最後、もうその生活の
味はひは忘れられない」。

その「漢人種の生活美」の一端を、鶴見は語る。

「北京の町を歩いてゐる時に、我々は全く時間の觀念を脱却してしま
ふ」。「我々は20世紀の現状から解脱してしまふ」。「悠久な人文發達の
あとを眼のあたりに見て6千年の文化の消長のうちに生息し乍ら、これが
人生であると眼がさめる」。こうなるともう「10年100年の問題ではな
い。況んや1年、2年の小なるをや」。かくして「支那人の落着いた、ゆ
つたりした心持が、やがて此の町に居る外國人の性急を征服して仕舞ふ」
のである。

だが、だからといって北京の街が清潔で静謐なわけでは、全くない。やは
り「生きた人間と動物」とが人を驚かす。動物は「愉快げに人間と同格で
歩いて」いる。

「超然とした態度が、つら憎いほど、落ちつ」きながらラクダが行く。
「その傍を驢馬に乘つた支那人が通る。幾十羽かの鶩を追ひ乍ら農夫がゆ
く。豚が路地から一散に走り出す。驢馬が牽いて通る支那車のうちに滿洲
の婦人の髪飾りが見える。物賣の支那人が天も破れよと怒鳴り立てる。一
人の客を見がけて、二十人の車夫が轅棒をつきつける。その混雜と不統一
の壓巻として、?帽?線の支那巡警がノッソリ閑と町の真中に突つ立つて
居る」。

おそらく彼らの文化――ここでいう文化は、《生き方》《生きる姿》《生きる形》
だが――を表現するに最も相応しいことばは、「騒然たる統一」ではなかろ
うか。

今年は中華人民共和国建国70周年だが、この70年を振り返ってみても静謐
と清潔の一瞬でもあっただろうか。

建国直後の不正・汚職撲滅を掲げた「三反五反」運動から始まって、「抗
美援朝」を絶叫した朝鮮戦争参戦、「百花斉放 百家争鳴」で形容された
束の間の自由化と一転して進められた反右派闘争、餓死者の山を築いた大
躍進、文革の予行演習ででもあったかのような社会主義教育運動、文化大
革命(「毛沢東の敵」は目まぐるしく代わったものだ)、やがて価値観が
逆転した対外開放、際限なき挙国一致のカネ儲け路線・・・「中華民族の
偉大な復興」であり、その果ての習近平一強体制下の紅色帝国――

こう簡単に振り返ってみても、かの国と人々は「騒然たる統一」の日々を
生きてきたように思うが、やはり繊細なる無神経の持ち主なればこそ、と
いうべきだろう。

それにしても、「支那人の落着いた、ゆつたりした心持」と「騒然たる統
一」とが、どんなカラクリによって矛盾なく交わっているのか・・・“絶
対矛盾の自己同一”というヤツだろうか。

車窓から見える「茫々たる平野」。「その千里の平野は悉く人間の力を以
て、耕しつくされて居る。

いたるところ粗衣を身につけた支那の農夫が、無關心に土を耕してゐる。
それは、この同じ農夫が、何千年の昔から、かうして働いて居たやうな氣
がされる」。《QED》

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読者の声  どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS  
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(読者の声1)近年拘束されたウイグル知識人のリスト、ウイグル詩人パ
ルハット氏の詩集「燃えている麦」
アジア自由民主連帯協議会ホームページからです
http://freeasia2011.org/japan/archives/5628
   (三浦生)
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(読者の声2)経産省で行われた日韓の貿易当局実務会議(韓国側主張)に
対し日本側はあくまで説明会との立場を崩さず、乱雑な物置部屋に事務
テーブルと椅子を並べただけの対応ホワイトボードには「輸出管理に関す
る事務的説明会」とマスコミや韓国側の捏造予防韓国側をアップにすると
背景には部屋の隅に積み上げられたパイプ椅子が映り込む。

何より体面を気にして優遇されるのが当たり前と考える韓国側をこれほど
冷遇したのですから韓国も日本の怒りが本物だとやっと気づいたのではな
いでしょうか。

韓国のニュース報道では床に散らばるゴミまで気にしています。
https://www.youtube.com/watch?v=MBkf89VyTL4

外交とは武器を用いない戦争であるということを実践する経産省に対し、
すぐに落とし所だの相手の顔を立てるだの役に立たないのが外務省。
韓国擁護の筆頭の朝日新聞はハンセン病患者家族訴訟の報道で1面トップ
の大誤報。

取材力もなく思い込みと主義主張で紙面を作っているからこうなるのも当
然。いわゆるリベラルと呼ばれる(自称する)人々の安倍憎しはどこから来
るのか。

たまには左派系の本でも読んでみるかと手にしたのが「偽りの戦後日本」
(白井聡・カレル・ヴァン・ウォルフレン 2015年)。

戦後の自民党政治家を「敗戦利得者」としアメリカの下請け、あるいは馴
れ合いで対米従属を続けているという指摘はそのとおりかもしれません。
しかし安倍批判となると中身がない。

安倍総理が無能だ批判する根拠が「国会のヤジが下品」「オバマ大統領に
冷遇されている」「勉強が苦手で父親の晋太郎に漢和辞典で頭を叩かれ
た」「学歴コンプレックスがある」と週刊誌ネタでしかない。

まるで東大を卒業したことくらいしか自慢することのない野党のクイズ王
の政治家の物言いと同じ。左翼は学歴で差別しますから共産党は東大出ば
かりがエラくなる。学歴を言うならチャーチルなど落第生でしょう。

安倍総理の出身校である成蹊学園は半分は三菱がつくったような学校で
「ビルマ軍医日記」の著者によれば戦前の旧制中学では府立中よりも評価
は高かったといいます。

そんな三菱にケンカを売った韓国はチンピラが親分にツバを吐きかけたも
同然。韓国の地獄はこれからです。

ヒラメのように左側にしか目がない朝日新聞と違って両側に目があるロシ
アのスプートニクは韓国のことがよくわかっている。
『「アンチ日本主義は韓国の国家イデオロギーの一部となっている」 ア
ジアにおける当てこすり戦争はどこへ向かうのか』とする7月12日の記事
は興味深い。
https://sptnkne.ws/6sEA

『日韓問題が新たな展開を迎えた。日本の制裁に対抗して、日本がフッ化
水素を含む制裁対象の戦略物資を北朝鮮に輸出したと韓国が非難した。こ
の発言が深刻な意味を持つのは、日本がこれまでに韓国に対して発動した
貿易制裁の理由が、韓国がこの物質を北朝鮮に販売した可能性があるとい
うものだからだ。

この熾烈な非難にどれほど根拠があるのか。スプートニクはロシア科学ア
カデミー極東研究所朝鮮研究センターのコンスタンチン・アスモロフ主任
研究員にコメントを求めた。

「私は、韓国の文大統領のとりまきの中にいる左派勢力が北朝鮮への密輸
を行った可能性はあると考えています。しかし、日本に、イデオロギー的
に深刻な敵である北朝鮮との貿易で懐を肥やそうとする人がいるとは、に
わかには信じられません。これは貿易問題を背景にした、いつもの当てこ
すりの応報です。」

「第1次世界大戦の直前も、専門家たちは、ヨーロッパ経済はお互いに密
接に結びついているため、だれも戦争はしないと考えていました。しか
し、実際は違ったのです。過去を振り返ってみると、韓国と日本の関係悪
化は少なくとも2017年にはすでに始まっていたことが分かります。アンチ
日本主義が韓国の国家イデオロギーの一部として確立されたのです。あら
ゆる不可解な状況を日本植民地時代の遺産のせいにして、絶え間ない悔悛
を要求する。日本が過ちを認めると、悔恨に対して支払う金額が少ないと
言う。今、韓国経済は思ったほどには良くなく、韓国の文在寅大統領は支
持率を上げなければならない状況に置かれています。思いつき得るあらゆ
る罪で日本を新たに非難するには絶好の環境です。日本にとってはいつも
の慣れきった不快の種でしょうが、今回、日本は初めて、制裁という真剣
な対応に出ることを決めたのです。」』

ゾルゲ事件の黒幕のロシアがここまで変わったというのに朝日の旧態依然
ぶり。親玉がモスクワから北京・平壌にかわっただけなのでしょう。
   (PB生、千葉)

◆「発禁処分」を知らぬ団塊世代

渡部 亮次郎



「夜のプラットホーム」は戦時中「厭戦歌」と見なされて内務省から「発
売禁止」処分。敗戦後も「検閲」は占領軍(マッカーサー司令官)も続け
たが、「厭戦歌」は占領目的に合致したから大歓迎。

そこで敗戦2年後に再発売されて大ヒット。私のような戦中派は悲しい思
い出で回顧するが、NHK「ラジオ深夜便」のアナウンサーは戦後生まれ団塊
の世代。この歌の歴史を勉強してこないから、コメントに重厚さがなくな
る。(2008年9月21日 榊 寿之アンカー)

<『夜のプラットホーム』(よるのプラットホーム)は、奥野椰子夫作
詞、服部良一作曲の流行歌。1947(昭和22)年に二葉あき子が歌って大
ヒットし、彼女の代表的なヒット曲の1つに挙げられる歌であるが、もと
もとは戦時中、淡谷のり子が吹き込んだものであった。>

榊アンカーも上記< >内は言ったが発売禁止処分の事は一言も触れな
かった。日本という国が体制維持のためには、言論統制も余儀なくしたこ
と、共産主義体制、中国を笑えない歴史のあることなど無関係だった。

「都」新聞(現「東京」)の記者だった奥野椰子夫(おくの やしお)は
昭和13(1938)年の暮、東京・新橋駅で、支那戦線出征兵士を送る「歓呼の
声」に背を向け、柱の陰でひっそりと別れを惜しむ若妻の姿に心を打たれ
た。もしかして「再び逢えぬ死出の旅」と言えぬこともない。

それなのに「無責任な」「歓呼の声」はそんな若妻の悲痛も知らぬげにた
だただ勇ましい。奥野はその悲しみを胸に刻んだ。

翌昭和14年、作詞家としてコロムビアに入社した奥野は、ためらわず「夜
のプラットホーム」を筆下ろしとした。当初は1939(昭和14)年公開の映
画『東京の女性』(主演:原節子)の挿入歌として淡谷のり子が吹き込んだ。

だが、やはり出征する人物を悲しげに見送る場面は「厭戦」を連想させる
として、「戦時下の時代情勢にそぐわない」と内務省検閲に引っかかり、
同年に発売禁止処分を受けた。

大日本帝国憲法26条では、通信・信書の自由・秘密が保障されていたが、
日露戦争の後、内務省は逓信省に通牒し、極秘の内に検閲を始めた。

検閲は手数料を要し、内務大臣が許可したものは3年間、地方長官の許可
したものは3ヶ月間有効であった。検閲官庁が公安、風俗または保健上障
害があると認めた部分は切除され、検閲済の検印を押捺し検閲の有無が明
らかにされた(大正14年3月内務省令10号、大正11年7月警視庁令1号)。

レコードについてはは、製品は解説書2部を添え、規定された様式に従っ
て内務大臣に差し出して許可を要し、検閲上の取締方針は出版物と同様で
あった(明治26年4月法律15号、昭和9年7月内務省令17号)。

だが作曲の服部は諦めなかった。2年後の1941(昭和16)年、「I'll Be
Waiting」というタイトルのが発売された。「洋盤」の検閲が緩かったと
ころを突いた作戦である。

作曲と編曲はR.Hatter(R.ハッター)という人物が手がけ、作詞を手がけ
たVic Maxwell(ヴィック・マックスウェル)が歌ったのだが、この曲は
『夜のプラットホーム』の英訳版であった。また、R.ハッターとは服部が
苗字をもじって作った変名。

ヴィック・マックスウェルとは当時の日本コロムビアの社長秘書をしてい
たドイツ系のハーフの男性の変名であった。この曲は洋楽ファンの間で
ヒットして、当時を代表するアルゼンチン・タンゴの楽団ミゲル・カロ楽
団によってレコーディングされた。

余談だが、このときB面に、発禁済みの「鈴蘭物語」を「夢去りぬ」
(Love‘s Gone)という題名で吹き込みなおしていたため、
このタンゴを外国曲と誤解したままの人も多かった。

戦後の昭和22(1947)年、今度は検閲をしていた占領軍は、この「厭戦歌」
を占領の趣旨に合うとして大歓迎。二葉あき子が新たに吹き込んだレコー
ドが発売され、大ヒットになった。

二葉は広島原爆をたまたま列車がトンネルに入ったときだったため生き
残った東京音楽学校出の歌手。それまでの歌手活動の中、ヒットはあった
ものの大ヒット曲のなかった二葉にとっては待ち望んでいた朗報であった。

たかが歌謡曲というなかれ。「日本流行歌史」を読めば、これだけの歴史
があリ、ドラマを紹介できるのである。

団塊の世代は一面、幸せである。気がついた時から日本は平和であり、言
論は自由であった。政府が流行歌まで統制した「検閲」や「発売禁止」を
知らないできた。だが、そこに至る歴史をないがしろにしてはならない
事、全世代、共通の願いではなかろうか。2008・09・21
参考:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

◆米中・米朝首脳会談、つきまとう危うさ

櫻井よしこ


国際政治はテレビと共にある。

安倍晋三首相の20カ国・地域(G20)首脳会議での巧みな采配も、惜しく
も吹き飛ばされた感がある。世界の目は板門店でのトランプ・金正恩両首
脳に集中し、その他の印象を消し去った。凄いものだ。

6月30日、15時45分、トランプ大統領が韓国の「自由の家」からゆっくり
と軍事境界線に向かって歩き始めると、北側からは金正恩朝鮮労働党委員
長が歩み寄った。境界線の南北に二人が相対し、握手をし言葉を交わし
て、やがてトランプ氏が北側に足を踏み入れたとき、思わず私自身、大き
な笑顔になった。メモをとりつつ、冷静に見ているつもりが、大きな笑顔
がこぼれたのである。中継映像を見ていた人の多くも同様だったのではな
いか。

二人が北朝鮮側で暫し佇んで境界線に戻り、そのまま自然な形で揃って韓
国側に入ったときには、取材陣の叫び声が聞こえた。カメラに囲まれて立
ち話をする金氏は、大きな賭けに出たがうまく意思の疎通がはかれそうだ
と、ひと安心した様子だった。安堵と嬉しさを隠しきれない表情には、そ
の残虐な行動に似合わない子供っぽさが残っていた。

トランプ氏は「つい昨日、金委員長に会うことを思いついた」と繰り返し
たが、ワシントンで発行されている「ザ・ヒル」は、同紙が行った24日の
インタビューでトランプ氏が板門店で金氏に会う考えを語っていたと報じ
た。ホワイトハウスがセキュリティ確保のためその件を当日まで伏せるよ
うに依頼し、報道できなかったという。

トランプ氏側が少なくとも1週間は板門店会談について考えを巡らしてい
たのに対して、金氏にとってはいきなりの提案だったわけだ。金氏は「ツ
イッターを見て本当に驚いた」と語っている。これはトランプ氏との立ち
話を終えて、韓国側の「自由の家」に入り、トランプ氏と並んで坐ったと
きの発言だ。

安倍晋三首相の役割

「昨日の午後、初めて、会いたいというトランプ大統領のメッセージを聞
いた。私も再度会いたかった」

金氏は、トランプ氏の「会いたい」というメッセージを受けて、決断し、
板門店に来た。その間約24時間だったことになる。いきなり言われて駆け
つけた。面子にこだわらず、大決断をしたのは明らかだ。その決断力を考
えるとき、「我々はもっとよくできる。もっとよくなることを世界に見せ
られる」という金氏の言葉に希望を持ちたくなるが、やはり問いたくな
る。「もっとよくなる」とは、核・ミサイル廃棄と拉致問題解決を意味し
ているか、と。

両首脳の会談は50分間にわたった。トランプ氏は韓国を去るに当たり、
「予定は2時間半遅れたけれど、すばらしかった」と、紅潮した顔で語っ
た。舞い上がる程の上機嫌は、金氏との会話が具体的な果実につながると
の思いを抱いたからであろう。

北朝鮮相手の交渉が順調に進むとは中々思えないが、今回の「いきなり会
談」で化学反応が起き、交渉が前進する可能性はあるだろうか。

ここで、横田早紀江さんのトランプ評が思い出される。早紀江さんはこれ
までに二度トランプ氏に会っている。

「トランプさんは、あたたかな父性を感じさせます。よき家庭の一家のお
父さんという感じで、守ってくれるような印象でした」

国際関係が真に冷徹な力関係であるのは言うまでもない。それでもトラン
プ・金両氏の関係は、これから存外うまくいくのではないか。

そこで安倍首相の役割が重要になる。核・ミサイル・拉致の三課題を優先
すること、問題がすべて解決して初めて見返りを与えるという結果重視の
原則を守らせることだ。さもなければ北朝鮮とのせめぎ合いに敗れると、
トランプ大統領に助言し続けることだ。

今回、明確になったのは、トランプ氏は北朝鮮に関して、韓国の、そして
中国の助力を全く必要としていないことだ。

習近平主席は内外共に行き詰まっている。国際社会で中国の友人はほとん
どいない。そこで来日前の6月20日、21日の両日、習氏は恐らく、北朝鮮
の核問題と米中貿易問題を一体化させて米国の優位に立つべく平壌を訪れ
た。すると、23日にトランプ氏が金氏に手紙を送り、金氏はそれを「すば
らしい手紙がきた」と言って公表した。まずトランプ氏の手紙で、次に板
門店首脳会談で、習氏の意図は粉々に砕かれた。

金氏も習氏に、米国との仲介を求めているわけではない。求めているのは
国連の制裁破りをしてでも、援助してくれということだ。

中国の情けが命綱

習政権はすでに巧妙な制裁破りを実行中だが、具体例について6月28日の
「言論テレビ」で朝鮮問題専門家の西岡力氏が語った。

「国連制裁の対象になっていない観光で中国は正恩に外貨を与えていま
す。北朝鮮への中国人観光客は2017年が80万人、18年は50%増の120万人
でした。観光客が増えた背景に中国当局が観光業者に補助金を出している
という有力情報があります。旅行費用の7割を中国政府が補助し、業者が3
割取って、ツアーを4割値引きで売り出す。中国人は安い費用で平壌に行
き、焼き肉を食べてカラオケで歌って、夜は買春をするというカラクリです」

この種の客を満載した大型観光バスが毎日多数、北朝鮮に向かい、国連制
裁の対象である鉄鉱石や石炭の先物買いも行われているという。現物は制
裁解除の暁に受け取る条件で、支払いは半分に値引きして現金決済だとい
う。西岡氏の指摘だ。

「中国もそうですが、北朝鮮も騙す国です。先払いなどすれば詐欺にあう
のは当然だと思いますが、大丈夫だという。中国当局の保証があるからだ
そうです。国際社会が北朝鮮の核・ミサイル開発阻止でその外貨を枯渇さ
せようとしているときに、中国はこうした汚い手段で制裁破りをしている
のです」

国連制裁があり、米中の貿易戦争が続く限り、中国は米国に正面から逆ら
えない。結果、中国は今も巧妙なルール破りをしているが、さらに狡知を
極めていくだろう。中国の情けが命綱の金氏がどれだけトランプ氏に接近
するかは、中国のやり方をどれだけ国際社会が封じ込められるかという課
題と重なる。

G20の米中会談はその点で危うさを残した。ほとんどすべての中国からの
輸入品に25%の関税をかけるという第4弾の関税は回避され、米中はつか
の間の休戦に入った。そしてファーウェイへの米企業による輸出を一部認
めることになった。トランプ氏の直感や思いつきは素晴らしくとも、中・
長期的戦略は描き切れていない。むしろ戦略の欠如が懸念される。それで
は中国に敗れかねず、全く油断できないのである。

『週刊新潮』 2019年7月11日号 日本ルネッサンス 第859回