2019年11月18日

◆大嘗祭 〜「安国と知ろしめせ」

  伊勢雅臣


1.新嘗(にいなめ)とは「産屋の忌み」

 11月14日(木)・15日(金)にかけて大嘗祭(だいじょうさい)が行われ
た。5月1日に行われた「剣璽等継承の儀」と、10月22日の「即位礼正殿の
儀」によって、天皇の位の継承は済んでいるはずだが、これらに加えて大
嘗祭を行う意味はどこにあるのか? 実はそこに我が国の文化伝統の深い
「根っこ」が秘められている。

 稲の収穫儀礼として毎年、秋に行われるのが、新嘗祭(にいなめさい)で
あり、天皇が即位された最初の年に行われる新嘗祭が、大嘗祭である。こ
の「にいなめ」という不思議な言葉の語源を辿ると、その「根っこ」が見
えてくる。

 工藤隆・大東文化大学名誉教授は『大嘗祭ー天皇制と日本文化の源流』
で、もとは「ニフノイミ」だったのが、「ニフナミ」から「ニヒナメ」と
なった、という説を提示している。それによると「ニフ」とは「産屋」、
「ノイミ」は「の忌(い)み」で、合わせると「産屋の忌み」となる。


■2.「産屋の忌み」

「産屋」というのは、新しく収穫された稲穂は新たに誕生した「稲魂」で
あるという考え方から来る。マレイ半島では、まさにこの「産屋の忌み」
を示す古代の収穫儀礼が伝わっている。

__________
巫女が田に出かけ、前もって定めておいた母穂束から稲魂を収め取る。
「米児」と呼ばれる七本の稲束を魂籠に納める。・・・家では主婦がその
魂籠を迎え、寝室に迎え入れ、枕の用意してある寝具用のござむしろの上
に安置し、規定の呪儀のあとで白布をかぶせておく。
そのあと 主婦は、三日間「産褥(さんじょく) にあるときに守らねばなら
ないのとまったく同じタブー」を厳守する。・・・
一方、田に遺されていた母穂束は最後に主婦によって刈り取られ、家に持
ち帰られる。「稲魂の母」「新しい母」と呼ばれ、子を出産した母として
扱われる。[1, 4102]
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 水田耕作は揚子江の中下流で始まったとされている。そこで紀元前
6〜5千年には稲作を始めていたのが長江文明で、漢民族の黄河文明より
古い。しかし、戦闘的な漢民族に追いやられて、中国南部から東南アジア
に移り、一部は台湾から日本にやってきたと考えられている[a]。した
がって、マレー半島と日本列島で類似した農耕儀礼が残っていても不思議
ではない。

 我が国でも古代には、一般民衆の家々で同様の「産屋の忌み」が行われ
ていたようで、『萬葉集』には次のような和歌もある。

__________
誰(たれ)そこの屋(や)の戸押(お)そぶる新嘗(にふなみ)にわが背を遣(や)
りて斉(いは)ふこの戸を
(きょうはニイナメなので私の愛しいあなたを外に出して儀礼を行ってい
ます。それなのに、誰か(あなた)が(まるで訪れてきた神のように)戸を
押して揺らしています。)[1, 1825]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■3.マレイ半島の収穫儀礼と大嘗祭の類似

 マレイ半島の収穫儀礼には「大嘗祭の重要な要素のほとんどすべてが
揃っている」と、工藤教授は指摘する。

__________
「巫女」はサカツコ(酒造児)、「稲魂」は神聖な稲、「稲魂を収め取る」
行事は抜穂、「寝室」は大嘗殿内陣、寝具用のござむしろは白端御帖(し
らべりのおんたたみ)、「白布」は衾(ふすま)、「枕」は坂枕などに対応
する。[1, 4112]
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 サカツコは「酒(サカ)の(ツ)童女・巫女(コ)」で、稲から酒を造る未婚
の娘である。大嘗祭では悠紀(ゆき)、主基(すき)両国の現地から占いで選
ばれる。このサカツコが「抜穂」、すなわち育った稲を抜く。そして大嘗
宮に向かう行列においても、神聖な稲の黒木輿(くろきのこし)の前を、白
木輿(しろきこし)に乗って先導する。

 大嘗殿内陣には、敷き布団(白端御帖)、枕(坂枕)、夜着(単、ひとえ)、
掛け布団(衾)と寝具一式が揃っている。これが何を意味するのか、いろい
ろな説がある。しかし、上述のマレイ半島の「米児を寝具用のござむしろ
の上に安置し」という点に引き比べると分かりやすい。稲の新生児を寝か
しておく寝具なのだ。


■4.降臨したニニギノミコトは稲穂の稔りの象徴

 衾は天孫降臨のシーンにも出てくる。天照大神の孫・ニニギノミコトは
生まれたばかりの姿で「真床追衾(まとこおうふすま)」にくるまれて、地
上に送られた。「ニニギ」とは「日本米の原種である古代の赤米が赤らん
で実った姿をいうもの」と、本居宣長は『古事記伝』で解釈した。そこか
ら「ニニギノミコトは稲穂の稔りを象徴する穀童を意味する」とされてい
る。[2, 324]

 マレイ半島の「米児」を寝具に安置するのと、『古事記』で「穀童」が
寝具にくるまって地上に天降るのと、この酷似は偶然ではありえないだろう。

 そもそも、天照大御神が孫のニニギノミコトを降臨させた狙いはどこに
あったのか。天孫降臨が決められた経緯は、「大祓詞(おおはらえのこと
ば)」という祝詞の冒頭にこう語られている。

__________
 八百万(やおよろず)の神等を神(かむ)集(つど)えたまひ、神議(はか)り
に謀(はか)りたまひて、我が皇御孫命(すめみまのみこと)は、豊葦原(と
よあしはら)の瑞穂国(みずほのくに)を安国(やすくに)と平らけく知ろ
しめせと事依(ことよ)さしまつりき。[2, 553]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 すなわち高天原の神々が相談した結果に基づいて天照大神が「我が皇御
孫命」すなわちニニギノミコトに、「豊葦原の瑞穂国」を「安国」、安ら
かな国とするよう治めよ、と委任されたのである。

「豊葦原の瑞穂国」について、皇學館大学・真弓常忠教授はこう語る。

__________
 わが国の古い呼び名を「豊葦原(とよあしはら)の瑞穂国(みずほのくに)
という。豊かな稲穂の稔りに恵まれた国を意味する。葦の豊かに茂る原は
みずみずしい稲も育つとの経験によった名であるが、必ずしもあるがまま
の姿ではなく、多分に期待と祈りをこめた讃め言葉である。
 日本の神話を記す『古事記』には、天照大御神がはじめて稲を得られた
とき、これこそが天下万民の「食いて活くべきもの」とされて、「斉庭
(ゆにわ)の穂(いなほ、高天原の神聖な稲穂)」を皇孫ニニギノミコトに授
けられて、天降らしめられたと伝える。・・・

 天上の稲を地上に移し替えて、この国を文字通り稲穂の豊かに実る国に
しようというのが、古人の共通の願いであった。[2,328]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 わざわざ赤子を天降りさせたというのは、生まれたばかりの新生児ほど
霊威が強いという古代の信仰によるものらしい。

 新たに収穫された稲穂を嬰児と見立てて、丈夫に育つよう寝床にくるむ
という点では、マレイ半島の古俗も日本神話も共通であるが、日本神話で
はそれを民間習俗に終わらせずに、国家の始原の物語に位置づけている点
が異なる。


■5.前天皇の死と新天皇の誕生

 新しく生まれた稲穂を迎える大嘗祭・新嘗祭も、基本的にはマレイ半島
の古俗と同じ起源を持っているのだろう。ニニギノミコトの降臨にも関係
がありそうだが、実際、どのような儀式が行われるのか。

 大嘗祭では、冬至の頃の一日、夜7〜9時に天皇が悠紀殿に進まれて儀
式を行い、その晩の午前2時からは主基殿で同じ儀式を繰り返す。冬至の
頃に行われる理由を工藤教授はこう説明している。

__________
『日本書紀』によれば、初代神武から持統天皇(41代)までは、前天皇の
死→新天皇の誕生が基本だった。[1, 4426]

大嘗祭当日の行事は、季節の衰弱の秋の部分が前天皇の衰弱および稲の収
穫に対応した午後九時頃からのユキ殿での行事であり、深夜零時前後が冬
の極まりで季節の仮死、すなわち前天皇の死(天皇霊の持続性という視点
からは仮死)また収穫後の稲の仮死を象徴し、
午前二時頃からのスキ殿での行事は季節の復活の春の始まり、新しい稲の
子の誕生、新天皇の誕生を象徴しているとしてよいだろう。[1, 4438]
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■6.天皇の聖なる使命を新たに伝える儀式

 悠紀殿、主基殿での儀式とはどのようなものか。天皇は斎戒沐浴の後、
神に食事を捧げ、御自らも箸をとられる。『国史大事典』の説明を引用す
ると:

__________
陪膳の采女たちが奉仕して、八重畳の東の神座と御座に米と粟の飯・粥に
黒酒(くろき)・白酒(しろき)を中心とした数々の料理の品々の神と天
皇の膳を並べる。天皇は神の食薦(けごも)の上に神饌の品々を十枚の葉
盤(ひらで)に取り分けたものを供え、その神饌の上に神酒をそそぐ。そ
して天皇も箸をとってたべる形をとる。この神事が神饌親供である。
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 これが、悠紀殿の夕御饌(ゆうみけ)、主基殿の朝御饌(あさみけ)と繰り
返される。この儀式はどういう意味を持っているのか? 真弓教授は、こ
う説かれる。

__________
 その稲は、皇祖天照大神より授けられた「斉庭の穂」である。それは皇
祖=日神(ひのかみ)の霊異がこもっている。これをきこしめす(JOG注: お
食べになる)ことは、皇祖の霊威を身に体し、大御神とご一体になられる
ことである。そういう意義をもっておこなわれるのが大嘗祭であり、それ
を年々くり返して霊威の更新をはかられるのが新嘗祭である。[2, 576]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 工藤教授は、西郷信綱・横浜市立大学名誉教授の次の指摘を引用している。

__________
 世々の天皇はみなホノニニギの命であり、新たなホノニニギの命として
初代のホノニニギの命を大嘗宮で再演するのである。つまり、たんに次々
に位を受け継ぐのではなく、高天原直伝の君主として、それぞれ新規に瑞
穂の国に降臨する。[1, 4416]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 つまり、ここでも天皇は代々、ニニギノミコトの生まれ変わりであり、
新しい天皇となられる際に、天照大御神をお迎えして、「安国と平らけく
知ろしめせ」との委任を新たに受けられる。そして、毎年の新嘗祭でもこ
れを繰り返され、この「聖なる使命」を確認されるのである。


■7.国民の幅広い参加

 大嘗祭も新嘗祭も、皇室だけの儀式ではない。国民も様々な形で参加す
る。まず悠紀殿、主基殿で供される神聖なる稲穂をとる田は、亀の甲を焼
いてその亀裂によって神意を判ずることによって選ばれる。概ね悠紀は京
都より東、主基は西国から選ばれる。今回は栃木県と京都府が選ばれた。

 悠紀(ゆき)とは斉酒(ゆき)で、「神聖な酒」の意だとされている。神聖
な米から酒も作るので、こう呼ばれたのだろう。主基(すき)は「次」で第
二の儀式だから、という説もあるが、工藤教授は「サ(神聖な)キ(酒)」が
転じた言葉という説を提唱している。

 両国から提供される米以外に、紀伊国からあわびやさざえ、海藻等6
種、阿波国からあゆ、橘子(たちばなのみ)など12種、淡路国から壺など
容器3種類などが調進される。また神に献上する生糸を作り、服を織るの
は参河国(三河)と阿波国だ。こうした様々な献物を納める行列を迎えるの
が、現在の鹿児島県あたりからやってきた隼人百余人である。

 大嘗祭、新嘗祭は、天皇が天照大御神から授けられた聖なる使命への決
意を新たにする儀式であるが、その儀式を支える多くの民の姿をご覧にな
る事で、その責任の重大さをいよいよ感じとられたであろう。また、民の
方も、この神聖な儀式を支える行為を通じて、天皇の聖なる使命を自分た
ちもお助けしなければ、という思いを新たにしたろう。

 大嘗祭、新嘗祭は、天皇と民が互いに支え合い、助け合う心を新たにす
る、いかにも「和の国」[b]にふさわしい儀式であった。


■8.アニミズム文化圏の中で唯一、近代国家を創り上げた国

 マレイ半島の収穫儀式は、稲の命を人間と同様に見なすアニミズム文化
である。同様のアニミズム文化が長江以南から東南アジアにかけて広く見
られるが、それらの民族は国家を作らなかったか、作っても弱小であっ
た、と工藤教授は指摘する。

「アニミズム系文化には、自然と共に生きる思想と、自然が与えてくれる
恩恵に感謝しながら生きる節度ある欲望の利点がある」[1, 4891]と工藤
教授は指摘するが、その穏やかさのためか、遊牧民族や一神教教徒には敵
(かな)わなかった。長江文明が漢民族に追いやられたり、近代に西洋諸国
の植民地とされたのも、その一例であろう。

 しかし、我が国は、アニミズム文化圏の中で、唯一強力な近代国家を創
り上げた。マレイ半島と同じ収穫儀式を基底としながらも、そこから国家
建設の神話と民の平和を願う国家的理想を生み出した。それを洗練された
伝統儀式として発展させ、1300年以上も継続してきた。大嘗祭で我々が目
にしたのは、そういう奇跡だった。

 自然の命を人間と同様に見なすアニミズム文化は、一神教による近代文
明の自然破壊を転換させる智慧を備えている。また一人ひとりの人間の命
を大切にする思想は、共産主義などの独裁を否定し、国民を大切にする福
祉国家の在り方を指し示す。古代のアニミズム文化を発展させて、唯一近
代国家を創り上げた我が国は、そういう道を世界に指し示す事ができるの
である。

◆習近平の国賓来日を歓迎しない雰囲気が出てきた

宮崎 正弘


令和元年(2019)11月16日(土曜日)通巻第6277号 

習近平の国賓来日を歓迎しない雰囲気がでてきた
中国、先手を打って北大教授を「解放」。人質カードだったことが分かる

ゲーム感覚で言うと、劣勢になると規則違反をやる。

使い果たしたカードを補うには、新カードを突如駆使する。それが日本人
教授を理由もなく拘束し、人質カードとする遣り方だ。
 突然、とてつもないイチャモンをつけて劣勢を恢復する。この遣り方は
山賊、匪賊特有のルール違反。
 
なにしろ法治のない国のトップが香港政庁に対して「法治」を守るために
抗議活動を規制せよと「法治」遵守をいうのだから、あべこべである。

事実上の人質だった北大教授を「解放」して、恩を売るカードを切った。
相手からそれなりの見返りか譲歩を引き出したに違いない。

永田町でも、ようやく中国批判が表面化した。

中国共産党の国民監視、インターネットやツィッターの操作などによっ
て、ウィグル民族の弾圧、チベット問題、そして台湾への軍事的威嚇か
ら、香港への規制強化命令等々。こんな国のトップを日本は「国賓」とし
て招待しようとしているのだから、政財界ならびに外務省において、退潮
気味だった「親中派」の見えないパワーが、日本の指導層に依然として浸
透している事態の深刻さを示す。

もし習近平の国賓来日が実現すれば、つぎに中国が当然のように要求する
のは天皇訪中である。法治を踏みにじる国に、天皇訪中はあってはならな
いことだろう。

       
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 いまさら言われなくても天皇は日本の元首である
世界も日本国の元首を天皇と認識しているのだが、なぜ日本人だけが?

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竹田恒泰『天皇は「元首」である』(産経新聞出版)
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いまさら言われるまでもなく天皇は我が国の元首である。
 
ところが、改めて言わなければならないほどに日本人の歴史認識が劣化し
た。というより無くなったのだ。頭脳は空白、という日本人が増えたからだ。

小泉政権下で皇室典範の議論が起きた時、有識者会議なるものが開かれた
が座長はロボット工学の専門家だった。天皇はロボットなのか、政府の歴
史認識の甘さ、そのいい加減さに立腹した人が多い。

「天皇制打倒」を言ってきた日本共産党が、天皇陛下が詔をもって国会開
会をなされる(憲法第七条二項。天皇の国事行為としての「国会召集」)
に出席しはじめた。

この重要な儀式に従来は欠席してきたのが日本共産党だった。それが出席
するようになった。

いつの間にか「しんぶん赤旗」が元号を用いているのである!

革命的な変化ではないか。ついでにいえば自民党の有志議員が習近平の国
賓来日に疑義を呈しているが、日本共産党は中国共産党の人道に反した政
策を批判し始めている。このことも大いに注目する必要がある。
 
さて先帝のご譲位を、「退位」と書いた日本のメディアが多かったが、ご
譲位と書き直すべきだろうし、そもそも現行憲法は国際法違反であって直
ちに廃棄すべきシロモノでしかなく、皇室典範は宮家がお決めになること
である。

それを政府が決めるなど僭越も甚だしい。

ところが、この枢要且つ重要な議論を忘れ、永田町は本末転倒、枝葉の議
論に熱中している。桜を見る会がどうしたこうしたと幼稚園以下の議論を
展開している様は異様としか言いようがない。
ま、日本の国会議員の教養は、ここまで堕ちているわけで、政治家とはつ
ねに暗殺の危機をかいくぐる命懸けの営為であることを自覚していない。
 したがって、決意のほども熱意も、なにほども国民には伝われない。評
者は、したがって国会中継なる戯言の応酬、戯れには興味がない。
 本書は、明治天皇の玄孫である竹田氏が、譲位、皇位継承、皇族方のご
結婚、天皇陵の考古学的調査など、メディアが垂れ流す表面的な議論では
なく、我が国の歴史の深い淵からのぼってくる霊威に導かれたかのように
正統を希求し、そこからあらゆる問題を言及されるため、説得的であり、
納得できる本である。
            


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三島由紀夫氏追悼 第49回 追悼の集い『憂国忌』
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 三島由紀夫先生の没後49年にあたり、政界、言論界でも「最後の檄
文」の主張にもある憲法改正の方向性が出てきました。5月に新帝が御即
位されて令和の御代となりました。大嘗祭も厳粛に執り行われ、これらの
環境変化に対応した「三島由紀夫の天皇論」をテーマとするシンポジウム
を開催します。
           記
 日時   11 月25 日 (月) 午後6時 (午後5時開場)
 場所   星陵会館大ホ|ル (千代田区永田町二の十六の二)
 資料代  お一人 2千円 
 <プログラム>                 (敬称
略、順不同) 
                      総合司会  佐波優子
午後六時  開会の挨拶   三島由紀夫研究会代表幹玉川博己    
               
 シンポジウム  「三島由紀夫の天皇論」
             金子宗徳、荒岩宏奨、藤野博、菅谷誠一郎 
 追悼挨拶    「憲法改正の時が来た」 参議院議員   中西 哲  

午後八時十五分    閉会の辞  全員で「海ゆかば」斉唱    
        (なおプログラムは予告無く変更になることがありま
す。ご了承下さい)
(憂国忌代表発起人)入江隆則、桶谷秀昭、竹本忠雄、富岡幸一郎、中村彰彦
           西尾幹二、細江英公、松本徹、村松英子
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アンディ・チャンのアメリカ通信  アンディ・チャンのアメリカ通信
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公聴会は一方的な「魔女狩り裁判」を公平に見せかけて国民がテレビで観
戦する「サーカス」となったのである。
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AC通信 No.763 Andy Chang (2019/11/14)
AC論説 No.763 魔女狩りからサーカスへ

11月13日、トランプの弾劾調査はこの日から公聴会となった。公聴会だか
ら公平な裁判になるかと言うとそうでもなく、相変わらず民主党のシフ委
員長が10人ほどの証人喚問を来週の金曜日まで並べている。共和党側の証
人喚問要求は再来週になる。しかも公聴会での諮問時間も公平に両党議員
に分けられるのでなく民主党が先に質問し、共和党側の反対尋問は時間切
れになる可能性もあるという。相変わらずシフ委員長の独裁裁判だ。

元は密告者の告発があったからトランプの弾劾調査が始まったのだ。
ペロシ議長が総会議決を取らずに弾劾調査を始めたのは違法である。シフ
委員長は非公開証言を3週間も続行し、トランプに不利な証言だけを公開
していた。これが違法と言われたのでペロシは「後出しジャンケン」で下
院の票決を取って弾劾調査を正当化しようとした。

そのうちに密告者がバイデンの部下でウクライナの汚職問題について働い
ていたことが明らかになり、密告者は罷免陰謀の片割れだと言われるよう
になった。

つまり弾劾調査は魔女狩りだと言われるようになった。それでシフ委員長
は弾劾調査を非公開から公聴会に変更して不公平な調査を公平に見せるよ
うにした。公聴会は一方的な「魔女狩り裁判」を公平に見せかけて国民が
テレビで観戦する「サーカス」となったのである。

公聴会の初日の証人はシフ委員長が選んだテイラー駐ウクライナ臨時代理
大使と国務院のジョージ・ケント国務次官補代理だった。2人ともトラン
プ大統領に不利な証言をすると思ったが証言の結果は反対となったようだ。

メディアはトランプがバイデンの調査を見返り要求したと証言したと報道
した。実際には共和党議員の反対尋問で2人とも直接経験した証拠がない
ことがハッキリした。この他にもシフ委員長に不利な証拠が出て一日目の
公聴会はシフ委員長の惨敗と言える。


ケント氏は証言で「政敵の調査を外国に要求するのは適当でない」と述べ
た。テイラー大使は冒頭証言で「私は誰の見方でもない。知っていること
だけを証言する」と述べた。ところが共和党議員の反対尋問になったら二
人の証言は誰かからの又聞きや、新聞の報道で知ったことだったので、
「又聞きは証拠ではない」と言われて沈黙する場面が相次いだ。共和党の
ヌーネン副委員長は「どうして民主党が特に選んだ証人はトランプ大統領
に「異見」がありながら証言は又聞きばっかりで証拠にもならない」と述
べた。

ジム・ジョーダン議員が二人に対し、「貴方は大統領に会ったことがあり
ますか?」と聞いたら二人ともノーと答えた。次に「大統領と電話で話し
たことがありますか?」と聞かれ、二人ともノーと答えた。それでジョー
ダン議員が「トランプ大統領が罷免に値する罪を犯したと思う人は手をあ
げて下さい」と言ったら二人とも手を上げなかった。

シフ委員長が選んだトップ証人が「有罪と言えない」と証言したのだ。実
に惨憺たる結果である。

共和党側はハンター・バイデンを喚問することを要求したが、シフ委員長
は断固拒否した。ハンター・バイデンは父親のバイデン副大統領のおかげ
でブリスマの顧問になって毎月5万ドルの月給取りとなったが、その後で
ウクライナの司法が調査を始めたのでバイデン副大統領は米国の援助金10
億ドルを盾にしてショーキン検察官を罷免させたのである。ハンター・バ
イデンを喚問するのは当然だがシフが拒否した。

共和党議員は密告者の証人喚問も要求したが、シフ委員長はこれも拒否し
た。密告者の告発があったからトランプの弾劾調査が始まったのだから密
告者を喚問するのは当然だが、シフ委員長は密告者の名前を秘密にするた
め証人喚問は許可しないという。誰が考えてもわかるように、ある人(馬
の骨)が勝手な告発をしただけで確認も証言も取らずに大統領を罷免でき
るはずがない。

だからジョーダン議員が「名前も知らない人の告発があった。この告発に
ついて本人から証拠も説明も取れず、密告者の名前はシフ委員長一人しか
知らないのは荒唐無稽なことだ」と言ったら、シフ委員長はすかさず「私
は彼の名を知らない」と返事した。こいつは大問題だ。シフは三度目の嘘
を吐いたのだ。

9月に密告者の告発があったからシフ委員長の弾劾調査が始まったのであ
る。その時にシフ委員長は密告者の名前は知らないと公言した。

ところが数日後に密告者がシフ議員の部下に告発を相談したことがわり、
シフ議員はこれを認めて密告者の名は知っていると認めた。

つまりシフは二度ウソを吐いたのである。今回の公聴会でシフ氏は三度目
の嘘、密告者の名は知らないと述べたのである。

シフのウソ発言で今後はシフ委員長と密告者、二人の「宣誓証言」を求め
る方向に進むと見られる。この二人が宣誓して証言台に立つなら弾劾調査
のクライマックスとなに違いない。

魔女狩り裁判は最初は密告者の告発だった。

しかし密告者が弾劾陰謀の片割れとなったので、シフ委員長は密告者を隠
して見返り要求がトランプの罪だと言い出した。

ところが見返り要求は罪にならないことがだんだんハッキリして、月曜日
から民主党議員は「見返り」を「賄賂」と言い換えるようになった。

賄賂とはトランプ大統領がウクライナへの資金援助でバイデン調査を依頼
したというのである。だが見返り要求を賄賂と言い換えても罪にならない
と法学者は一蹴した。

最後に、民主党は強引にトランプ罷免を票決して上院に持ち込むと見られ
る。そして上院はこれを受けて裁判を開始すると言われている。裁判が長
引けば来年一月の民主党の候補者のプライマリー選挙に影響するので民主
党に不利となる。結果はどうなるかわからない。
                アンディ・チャン氏は在米評論家)
  
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読者の声   どくしゃのこえ  READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1)貴誌前号に香港の多くの大学が軍事要塞となって決戦に備
えているとされましたが、「最後の決戦」となると、人民解放軍が導入さ
れ、第二の天安門事件となる、という意味でしょうか?
 そうなれば、西側は中国制裁に踏み切らざるを得なくなりますね。
  (DE生、多摩市)


(宮崎正弘のコメント)今晩か明晩、大衝突の可能性があります。過去
六ヶ月の香港大乱で暴力のエスカレートは、土曜・日曜に起きています。
学生以外の若者達が合流するからです。

香港政庁は先手をうって「18万公務員のなかで、デモに参加して拘束され
た場合、ただちに停職処分を課す」とアナウンスしています。
 
最後の決戦という意味は、海底トンネルとハイウェイが封鎖され、鉄道が
停まっています。すでにレストランも食糧原材料がなくなり営業ができな
い店が頻出しており、市民生活が物流停止によって支障を来しています。
つまり物理的に、最終段階にあることは明確です。警察としては交通アク
セスの再開と物流再開のため、道路の確保が先決。それが学生との武力衝
突の引き金になるでしょう。


◆萩生田氏の心優しい本質を見よ

櫻井よしこ


「朝日新聞」の萩生田光一文部科学大臣に対する批判が凄まじい。大学入
学共通テストの内、英語のテストで活用予定だった民間試験に関する発言
への批判だ。

周知のように萩生田氏は今月1日、英語の民間試験の利用を2024年度実施
に向けて延期すると発表した。歴代の文科大臣らが決定に関わり、準備が
進んでいた中での延期決定には、文科省事務局側の反対も強かったが、正
しい選択だったと思う。

朝日も2日の社説で決断は遅すぎたとしながらも、「見送りの結論は妥
当」と評価した。他方、翌日同紙の看板コラム「天声人語」は論難した。

「(萩生田氏は)裕福な家庭の子が腕試しできることを認めつつ『自分の
身の丈に合わせて、頑張ってもらえば』と述べた」「教育に格差があるの
はしかたない、そんな社会の気分を萩生田氏はグロテスクに示しただけか
もしれない」

天声人語は朝日新聞の顔と言ってよい堂々たるコラムだ。イデオロギーや
価値観の差を超えて注目されている。天声人語子は、例えば産経新聞の石
井英夫氏、毎日新聞他で名コラムを物してきた徳岡孝夫氏、また、亡く
なってしまったが「週刊新潮」の山本夏彦氏らと同様、正に日本メディア
界の大御所と位置づけられる。

普通の記者がどんなに背伸びしても「天声人語」のコラム担当になるのは
至難の業であろう。同コラムに期待されているのは、目の前の事象の表面
の薄い皮一枚を論ずることではなく、背景も歴史も心得たうえで、寸鉄人
を刺す批判、或いは本当に心をあたためてくれるような励ましを表現する
ことではないのか。左の人であれ右の人であれ、読者はそんな渋い味をコ
ラムに求めていると思う。

全体像を汲みとった内容であれば、批判であったとしても納得できるだろ
う。的を射た批判に脱帽さえするやもしれぬ。天声人語子はそんな堂々た
るコラムを書く立場にあると思うのは、私だけではあるまい。

剥き出しの敵意

そうした視点から読むと、先の萩生田批判には味わいがない。剥き出しの
敵意ばかりが突き刺さる。その表現は、天声人語子の言葉を借りればむし
ろグロテスクだった。

改めて萩生田氏の「身の丈」発言の全文を読んだ。一体この発言の何が問
題なのか、わからない。氏はたしかに「裕福な家庭の子が回数受けて、
ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれ
ない」と語っている。

しかしその後こう言っている。

「そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑
張ってもらえば。できるだけ近くに会場を作れるように今、業者や団体の
皆さんにはお願いしています」

世の中が全ての面で平等であるなどと大人は考えていない。しかし、良識
ある大人は、平等の足らざるところを何とか埋めようとし、全ての人々に
平等のチャンスを与えられる社会の構築を目指している。萩生田氏も全く
同じだ。だからこそ、氏は業者側にできるだけ近くに会場を作ってほしい
と要望している。

さらに「できるだけ負担がないようにいろいろ知恵を出していきたい」
「離島なんかはもう既に予算措置しました」と明言している。

こうした氏の発言を、貧しい家庭の子供たちに対する上からの冷たい目線
だと非難するのは間違っている。そのことは萩生田氏のこれまでの働き振
りを見れば一目瞭然であり、その背景をも含めて書くのがコラムニストで
はないだろうか。

14年4月に自民党の馳浩会長、民主党の笠浩史事務局長の形で「夜間中学
等義務教育拡充議員連盟」が発足したが、この課題にとりわけ熱心に取り
組んだのが自民党の幹事長代行となった萩生田氏だった。同件に関して自
民党政権は文科省よりも積極的な姿勢を打ち出した。

夜間高校、夜間大学に較べて公立の夜間中学はまだ少なく、貧困、親の理
解不足、引揚帰国、外国人などといった理由で修学の機会を逃し続け、義
務教育の中学教育を受けられなかった人々がわが国には存在する。

そのような人々のために、萩生田氏は同僚議員らと共に汗をかき公立夜間
中学拡充に奔走した。恵まれない国民に対する氏の目線は決して「上か
ら」でも「グロテスク」でもない。むしろ非常に心優しい。国民、とりわ
け困った立場の人々への思いの深さは、氏自身の人生と深く関わっている
のではないか。

氏は東京都八王子の普通のサラリーマンの家庭に生まれた。なぜ政治を志
したのかと問うたことがある。大学在学中から八王子市議会議員の秘書を
務めた体験に加えて、当時の八王子市が生活基盤の整備で非常に遅れてい
たことが背景にあった。

「身の丈に合った」闘い

「たとえばトイレです。水洗ではなく汲み取り式でした。周辺部に較べて
こんなに遅れている。八王子市民の生活を改善したい。そう思ったので
す」と、氏は破顔一笑した。

政界入りに必要とされる地盤・看板・鞄のいずれも氏にはなかった。それ
でも八王子市議選挙に挑み、地元の仲間の応援を受けて議席を得た。10年
間市議を務めて都議となり、すぐに衆院選に挑んだ。03年の衆院選から
ずっと国政選挙を闘ってきた。

市議から始まるこのプロセスは、二世三世議員の歩みと較べると、不利な
こと、口惜しいことが多数あって当然だ。政界で大きな力を持つ前述の三
つの要素がなくとも氏は、その都度、与えられた立場で、いわば「身の丈
に合った」闘いでベストを尽くしてきた。そのような自身の体験があるか
らこそ、生徒達を励ましたかったのではないか。残念だが、世の中は平等
ではない。大人として政治家として、自分は差別のない国造りに努力する
が、他方、皆も頑張って欲しい。なぜなら頑張ることで、必ず、道は開け
るのだから、と。天声人語子がその点を全く察していないのは驚きである。

だが、一連の朝日新聞の報道の中で、納得できた記事もある。3日の開成
中学・高等学校長、柳沢幸雄氏の言葉だった。氏はざっと以下のように
語っている。

「日本の大学入試は、入り口で厳格、出口はズルズルというところがそも
そも問題だ。国公立大であっても、各々、入試についての考えがある。そ
れぞれの大学の方針に合った、緩やかで多様な入試であっていい」

今回問題とされた経済や地域の格差について、柳沢氏は国や大学が受験生
向けの奨学金を出すことを提唱するが、それもひとつの案であろう。

24年度まで先延ばししたとはいえ、萩生田氏には英語試験の見直しをはじ
め、日本の教育の土台を担う重い責務が課せられている。身長180セン
チ、体重95キロ。かつてはこの体で100メートルを11秒3で走り、明治大学
ラグビー部にも属した。その体力と志で、萩生田氏には果敢に働き続けて
ほしい。

『週刊新潮』 2019年11月7日 日本ルネッサンス 第876回


◆大阪を行脚していた与謝蕪村

                           毛馬一三


江戸時代中期の大阪俳人で画家である与謝蕪村は、享保元年(1716年)、摂津国東成郡毛馬村(大阪市都島区毛馬町)に生まれている。生誕地が大阪毛馬村と余り周知されていない事実のことは本誌で既に触れている。

しかし、蕪村が俳人として大阪の中心部を活躍の舞台にしていたことには触れていない。むしろそれに気づかなかったのが本当のところだ。それはこれから追々。

蕪村は、17歳〜20歳頃、生誕地毛馬を飛び出て江戸に下っている。なぜ江戸に下ったのか。これすら未だはっきりしない。しかも蕪村は出奔以来、極度な郷愁は感じながらも、実際は生誕地「毛馬」に一歩も足を踏み入れていない。なぜだろう。

おそらく、京都丹後与謝から毛馬村の商屋の奉公人として来た母親が、庄屋と結ばれて蕪村を産んだものの、若くして死去したため、蕪村が庄屋の跡継ぎにも成れず、周囲からも過酷ないじめに遭わされたことなどから、意を決して毛馬村を飛び出したに違いない。

しかも蕪村が飛び出した先が、江戸の日本橋石町「時の鐘」辺に住む俳人早野巴人だ。だが、どうしてこんな超有名な俳人に師事し俳諧を学ぶことができたのか、田舎の毛馬村と江戸との結びつきや、師匠との今謂うコネがどうして出来たのか、ミステリーだらけだ。この時蕪村は、師の寓居に住まわせて貰い、宰鳥と号している。


<寛保2年(1742年)27歳の時、師が没したあと、下総国結城(茨城県結城市)の砂岡雁宕(いさおか がんとう)のもとに寄寓し、松尾芭蕉に憧れてその足跡を辿り東北地方を周遊した。その際の手記を寛保4年(1744年)に編集した『歳旦帳(宇都宮歳旦帳)』で、初めて「蕪村」と号したのである。

その後丹後、讃岐などを歴遊し、42歳の頃京都に居を構えた。 45歳頃に結婚し、一人娘くのを儲けた。島原(嶋原)角屋で句を教えるなど、以後、京都で生涯を過ごした。明和7年(1770年)には、夜半亭二世に推戴されている。

京都市下京区仏光寺通烏丸西入ルの居宅で、天明3年12月25日(1784年1月17日)未明68歳の生涯を閉じた。>出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

さて、蕪村は定住していた京都から船で淀川を下り、頻繁に大阪にやって来ていたことが、最近分かってきた。船から陸地に上がったのは、生誕地毛馬村とは全く正反対西側の淀屋橋や源八橋からで、ここから大阪市内にある数多くの門人らを訪ねて回っている。

蕪村は、俳人西山宗因のお墓(大阪市北区兎我野町 西福寺)を訪ね、大阪の蕪村の門下人の武村沙月、吉分大魯(よしわけ・たいろ)のほか、西山宗因の門下の上島 鬼貫(伊丹の人)の処を回っている。大阪市内の各地を回ったことになる   

特に、吉分大魯は、阿波の出身で、安永2年 (1773)から6年まで大阪「蘆陰舎」に滞在(安永7年、兵庫で没)しており、この「蘆陰舎」に蕪村は足繁く立ち寄っている。逆に大魯をつれて、淀川を船で上り、京都の蕪村門下を代表する高井几董に会わせるなど、京都―大阪往復行脚は活発だったようだ。(大阪市立大学文学部)

早い話、蕪村にとり大阪は活躍の場だった訳だ。これもあまり知られていない。

この句を、この茶屋町で蕪村が出句したかどうかはわからないが、北区茶屋町のこの周辺に蕪村が立ち寄っていたことは事実なので、これに因んでイベントを企画したという。  再掲

2019年11月17日

◆魔女狩りからサーカスへ

Andy Chang


公聴会は一方的な「魔女狩り裁判」を公平に見せかけて国民がテレビで
観戦する「サーカス」となったのである。

水曜日13日、トランプの弾劾調査はこの日から公聴会となった。公聴
会だから公平な裁判になるかと言うとそうでもなく、相変わらず民主
党のシフ委員長が10人ほどの証人喚問を来週の金曜日まで並べてい
る。共和党側の証人喚問要求は再来週になる。しかも公聴会での諮問
時間も公平に両党議員に分けられるのでなく民主党が先に質問し、共
和党側の反対尋問は時間切れになる可能性もあるという。相変わらず
シフ委員長の独裁裁判だ。

元は密告者の告発があったからトランプの弾劾調査が始まったのだ。
ペロシ議長が総会議決を取らずに弾劾調査を始めたのは違法である。
シフ委員長は非公開証言を3週間も続行し、トランプに不利な証言だ
けを公開していた。これが違法と言われたのでペロシは「後出しジャ
ンケン」で下院の票決を取って弾劾調査を正当化しようとした。

そのうちに密告者がバイデンの部下でウクライナの汚職問題について
働いていたことが明らかになり、密告者は罷免陰謀の片割れだと言わ
れるようになった。つまり弾劾調査は魔女狩りだと言われるようにな
った。それでシフ委員長は弾劾調査を非公開から公聴会に変更して不
公平な調査を公平に見せるようにした。公聴会は一方的な「魔女狩り
裁判」を公平に見せかけて国民がテレビで観戦する「サーカス」とな
ったのである。

公聴会の初日の証人はシフ委員長が選んだテイラー駐ウクライナ臨時
代理大使と国務院のジョージ・ケント国務次官補代理だった。二人と
もトランプ大統領に不利な証言をすると思ったが証言の結果は反対と
なったようだ。メディアはトランプがバイデンの調査を見返り要求し
たと証言したと報道した。実際には共和党議員の反対尋問で二人とも
直接経験した証拠がないことがハッキリした。この他にもシフ委員長
に不利な証拠が出て1日目の公聴会はシフ委員長の惨敗と言える。

ケント氏は証言で「政敵の調査を外国に要求するのは適当でない」と
述べた。テイラー大使は冒頭証言で「私は誰の見方でもない。知って
いることだけを証言する」と述べた。ところが共和党議員の反対尋問
になったら二人の証言は誰かからの又聞きや、新聞の報道で知ったこ
とだったので、「又聞きは証拠ではない」と言われて沈黙する場面が相
次いだ。共和党のヌーネン副委員長は「どうして民主党が特に選んだ
証人はトランプ大統領に「異見」がありながら証言は又聞きばっかり
で証拠にもならない」と述べた。

ジム・ジョーダン議員が2人に対し、「貴方は大統領に会ったことがあ
りますか?」と聞いたら2」人ともノーと答えた。次に「大統領と電話
で話したことがありますか?」と聞かれ、2人ともノーと答えた。そ
れでジョーダン議員が「トランプ大統領が罷免に値する罪を犯したと
思う人は手をあげて下さい」と言ったら二人とも手を上げなかった。
シフ委員長が選んだトップ証人が「有罪と言えない」と証言したのだ。
実に惨憺たる結果である。

共和党側はハンター・バイデンを喚問することを要求したが、シフ委
員長は断固拒否した。ハンターバイデンは父親のバイデン副大統領の
おかげでブリスマの顧問になって毎月5万ドルの月給取りとなったが、
その後でウクライナの司法が調査を始めたのでバイデン副大統領は米
国の援助金10億ドルを盾にしてショーキン検察官を罷免させたので
ある。ハンターバイデンを喚問するのは当然だがシフが拒否した。

共和党議員は密告者の証人喚問も要求したが、シフ委員長はこれも拒
否した。密告者の告発があったからトランプの弾劾調査が始まったの
だから密告者を喚問するのは当然だが、シフ委員長は密告者の名前を
秘密にするため証人喚問は許可しないという。誰が考えてもわかるよ
うに、ある人(馬の骨)が勝手な告発をしただけで確認も証言も取ら
ずに大統領を罷免できるはずがない。

だからジョーダン議員が「名前も知らない人の告発があった。この告
発について本人から証拠も説明も取れず、密告者の名前はシフ委員長
一人しか知らないのは荒唐無稽なことだ」と言ったら、シフ委員長は
すかさず「私は彼の名を知らない」と返事した。こいつは大問題だ。
シフは三度目の嘘を吐いたのだ。

9月に密告者の告発があったからシフ委員長の弾劾調査が始まったの
である。その時にシフ委員長は密告者の名前は知らないと公言した。
ところが数日後に密告者がシフ議員の部下に告発を相談したことがわ
り、シフ議員はこれを認めて密告者の名は知っていると認めた。つま
りシフは二度ウソを吐いたのである。そして今回の公聴会でシフ氏は
三度目の嘘、密告者の名は知らないと述べたのである。

シフのウソ発言で今後はシフ委員長と密告者、2人の「宣誓証言」を
求める方向に進むと見られる。この2人が宣誓して証言台に立つなら
弾劾調査のクライマックスとなに違いない。

魔女狩り裁判は最初は密告者の告発だった。しかし密告者が弾劾陰謀
の片割れとなったので、シフ委員長は密告者を隠して見返り要求がト
ランプの罪だと言い出した。ところが見返り要求は罪にならないこと
がだんだんハッキリして、月曜日から民主党議員は「見返り」を「賄
賂」と言い換えるようになった。賄賂とはトランプ大統領がウクライ
ナへの資金援助でバイデン調査を依頼したというのである。だが見返
り要求を賄賂と言い換えても罪にならないと法学者は一蹴した。

最後に、民主党は強引にトランプ罷免を票決して上院に持ち込むと見
られる。そして上院はこれを受けて裁判を開始すると言われている。
裁判が長引けば来年一月の民主党の候補者のプライマリー選挙に影響
するので民主党に不利となる。結果はどうなるかわからない。


at 10:24 | Comment(0) | Andy Chang

◆香港の大学は「軍事要塞」に化けた

宮崎 正弘


令和元年(2019)11月15日(金曜日)通巻第6276号 

香港の大学は「軍事要塞」に化けた。海外からの留学生は帰国の途に
 キャンパス内は籠城戦に備え食料備蓄、武器製造、運動場では投擲訓練

想像より多い。数千の学生がキャンパスを軍事要塞化して立て籠った。
セメントを調達し、道路のレンガを壊しバリケードを築き、火炎瓶を大量
に用意している。籠城戦の部署を分担し合っている。

古代の戦争に登場する投擲機をかれらは自分たちで作った。弓の練習も行
われている。投石機の大型化も進んでいる。

中文大学、香港大学、香港理工大学ほか、軍事要塞化は警官隊突入を防ぐ
ためである。付近の道路は通行不能状態。九龍と香港島を結ぶ海底トンネ
ルもバリケードで封鎖された。

キャンパスには「これは戦争だ!」という標語。

ロビィや講堂などは夥しい食料と水、学生食堂は、職員に代わって料理を
作れる学生たちが食事を作っている。

戦闘服、グーグル、手袋、ヘルメットも積み上げられ、準備を整えた。

火炎瓶が大量に用意され、投擲マシーンも自分たちで周辺の木材などを運
び込み、あまつさえ防御用兵器も科技大学の学生らが工夫している。

中国大陸からの留学生が大使館の手配で特別のフェリーが用意され、脱出
した。
続いて14日からは日本、台湾などからの留学生も一斉に帰国の途に就いた。
いよいよ人民解放軍が入りそうだという情報が乱れ飛び、夜間外出禁止令
施行は時間の問題とも言われるようになった。
 何が起きるのか?
      
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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  ♪
樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 1985回】                 
――「支那を亡すものは鴉片の害毒である」――上塚(3)
上塚司『揚子江を中心として』(織田書店 大正14年)

           ▽
ここで些か飛躍するようだが、「中欧班列」の最近の状況を簡単に紹介し
ておきたい。

中国の59都市とヨーロッパの15カ国を結んでいる中欧班列はロシア経由と
カザフスタン経由の2路線が稼働し、ユーラシア大陸の東と西とを結ぶ1万
km超の路線を2週間余りで繋いでいる。

輸送コストは空路の75%前後と安い。海路の2、3倍は高い運賃ではある
が所要時間は半分前後。つまり中欧班列は、空路より安い運賃で海路より
は断然早い。加えて季節による運賃変動が少ないことも魅力の1つだ。

当初の最大の懸案であった片荷問題だが、2018年を見ると欧州発便は前年
比111%増で全体の42.3%を占めるなど、解消に向かっている。スマート
フォンやモバイルなどのIT製品、自動車・自動車部品、一般機械、金属加
工品、衣類、コーヒー豆、ワイン、木材、家具などが中国から欧州へ、自
動車、日用品、食品、機械設備などが欧州から中国へ送り込まれている。
中国・欧州間を往来するコンテナーは2019年3月には110万を超えている。

中欧班列は中国以外の企業も利用し、たとえばホンダは中国で生産したエ
ンジンを欧州物流拠点(在ベルギー)への輸送に利用。日本通運は陝西省
西安とデュイスブルク(ドイツ)を繋ぐ専用貸し切り列車の試運転を開
始。フォードはドイツで生産した部品を重慶に送り込み、完成車を欧州に
送り出す。

2011年の中欧班列の列車本数を歴年で追ってみると、2011年(中国発:17
本/欧州発0本。以下同)、2012年(42本/0本)、2013年(80本/0
本)、2014年(280本/28本)、2015年(550本/265本)、2016年(1,130
本/527本)、2017年(2,339本/1,274本)、2018年(3,673本/2,690
本)――2018年の実績は6363本で前年比73%増。累計本数は2018年末で1万
3千本を突破している。

こう見てくると、20世紀初頭に構想された海蘭鉄道の先見性や戦略性、加
えるなら1世紀と言う時代の激動を改めて思い知らされるようだ。
 
上塚に戻るが、彼は20世紀初頭における中国を巡る列強の「蟻軍の甘きに
附く」ような振る舞いを「表に正義人道の衣を纏ひて、内に恐るべき豺狼
の牙を磨くあり」と形容しているが、これはそのまま一帯一路を推し進め
る習近平政権の姿勢に当てはまるに違いない。

1世紀前には「豺狼の牙」に慄いていた中国が、今や自らが「豺狼の牙」
を研ぐ。かつて列強は「正義人道の衣を纏ひて、内に恐るべき豺狼の牙を
磨」きながら、中国に利権を求めた。そして今、習近平政権の率いられた
中国は、かつて列強が中国に向かった野望の道を反対方向に進み、「正義
人道の衣」ならぬ「双?(ウィンウィン)関係」をチラつかせながら相手
国を丸め込み、「内に恐るべき豺狼の牙を磨」いている。

かつての「東亜病夫」と蔑まれた中国だったが、今や「恐るべき豺狼」に
まで“成長”してしまった。やはり自らの力で成長したわけではなく、安い
労働力を求めて押し寄せた日本や欧米諸国がカネとモノとを注ぎ込んだか
らだろう。毛沢東が30年ほどの時間をかけて辿り着いた貧乏の共同体は、
「恐るべき豺狼」に激変したのだ。これを歴史の皮肉と見るべきか。はた
また歴史の必然と考えるべきか。

上塚は「俺は一體何の爲めに歩いて居るかと自問自答」しつつ、ひたすら
歩く。
「毎日々々野と山と河とを眺め、南京蟲に喰はれ、蚊に刺され、豚肉と
ボロボロ飯を食ひ乍ら、世の中の總てから離れ、金を使つて苦勞した、得
る所果して幾何ぞや。〔中略〕俺は餘程馬鹿だワイと一方の耳で囁く。

〔中略〕實際御前は馬鹿ダ。然し數字や常識に超越した馬鹿で無くて、何
で之が出來よう。自己と利?とを忘れて馬鹿者でなくて、どうして之れが
忍ばれよう。馬鹿になれ、馬鹿になれと亦一方の耳で囁く」。馬鹿力〈バ
カリョク〉だ。
           

◆しらじらしい桜を見る会騒ぎ

阿比留瑠比


昭和27年以来、歴代政府がほぼ毎年実施してきた首相主催の行事「桜を
見る会」がにわかに注目を集めている。立憲民主党、共産党などの野党は
活気づいて追及チームを発足させたほか、メディアでも13日付の朝日、毎
日両紙の社説が次のような見出しで、安部晋三政権を批判していた。

「首相の私物化許されぬ」(朝日新聞)

「公金私物化の疑問が募る」(毎日新聞)

また、これに呼応して13日午前の菅義偉(スガヨシヒデ)官房長官の記者会見で
は、朝日の記者が矢継ぎ早にこんな質問をしていた。

「首相に近い人たちが特別な便宜を受けたことにならないか」「各界の功
績者に該当しないように見える特定政治家の支援者が参加しているが、適
切な運営と言えるのか」

断っておくが、筆者自身は「桜を見る会」が開催されようが中止されよう
があまり関心はない。運営に適当でない部分があれば、改めるのも当然だ
ろう。ただ、野党やメディアが、以前からこの会に関心を示し、問題点が
あると指摘してきたとは到底思えないため、また難癖をつけていると受け
止めてしまうのである。

記念撮影に28分

ある年の「首相動静」記事をみると、産経新聞はこう報じている。

【午前】8時18分、公邸発。30分、東京・内藤町の新宿御苑着。31分から
59分まで、地元の後援会関係者らと記念撮影。9時、夫人とともに「桜を
見る会」に出席。10時21分、同所発。

桜を見る会の会場で、実に28分間にわたり後援会関係者と写真を撮ってい
る。いったい何人いたら、こんなに時間がかかるのだろうか。ちなみにこ
れは平成22年4月17日の民主党の鳩山由紀夫首相の動静である。

おそらく各界の功績者や功労者ではない地元の後援会関係者を明らかに優
遇していることが分かるが、この時民主党内やメディアから批判の声が上
がったとは寡黙にして知らない。

同日付朝日の夕刊はこの「桜を見る会」について写真付きで、「『雨天の
友・・・』首相、自らを鼓舞?」という見出しを付けて次のように書いて
いる。

「首相は『雨の時に集まってくれる友こそ真の友。みなさんは鳩山政権の
雨天の友だ』と呼びかけた」

もちろん、朝日が鳩山氏が「真の友」である後援会関係者と記念撮影をし
たことに気づいていなかったわけではない。

便宜感じたのか

18日付朝日朝刊の首相動静蘭にはちゃんと「地元の後援会関係者らと記
念撮影」と記録されている。毎日も同様だが、両紙はこのとき、首相によ
る私物化だなどと一切書いていない。

鳩山政権時には民主党に所属していた自民党の長尾敬前内閣府政務官は、
こう証言する。「民主党本部から、せっかくの機会だから地元後援者に上
京してもらい、後援会固めに使うよう指示があり、後援会名簿を出した。
このことは、今野党で安倍政権の私物化だと批判している旧民主党出身の
人たちも、みんな知っているはずだ。しらじらしいし、不思議な光景だと
思う」

「桜を見る会」では、メディア各社の上層部や、首相官邸キャップにも招
待状が来るため、出席経験者は少なくないはずである。彼らは、この会に
参加したことで、時の首相に特別な便宜を図ってもらったと感じたり、首
相による会の私物化に協力したと思ったりしているだろうか。

一連の騒動で来年度の「桜を見る会」は中止されることになった。長尾氏
ではないが、本当に「しらじらしい」「ばかばかしい」とむなしくなる。

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】しらじらしい桜を見る会騒ぎ  
令和元年(2019)11月14日

◆「侵略」の時効は?

石岡 荘十


どなたか教えてください。

先日、大学時代の友人数人と会った。その席でひとりがこう訊いて来た。

「歴史上、人の国を侵略し、植民地化し、虐殺し、じつに多くの人を大
規模に連れ去って奴隷とした例は数知れない。日本はいま、70数年前の
戦争をめぐって、近くの国から『謝れ。口ばかり出なく、謝罪の意を行
動で表せ』と攻め立てられている」。

その上「戦争指導者を祀っているところに,総理がお参りするのはけしか
らん。おまえの歴史認識をこっちと同じに改めない限り、会ってやらん
と脅されている」

そこで、2つ訊きたいと友人は言う。

まず、歴史上、他国を侵略し、占領し、植民地化した国々が、謝った話
はあまり聞かないが、あるとすればどこの国がどこにどんな謝り方をし
たのか。先の戦争で謝罪をしたのは、ドイツと日本ぐらいだと思うが
------。ほかにあったっけ? 

次に、歴史認識が国によって異なるのは当たり前だと思う。が、それを
変えなければ、会ってやらんとごねた国は、歴史上あるのか。あるとす
ればどの国がどこの国にそう言ったのか。言われた方は、どう対応した
のか。

日本はかつて蒙古に襲われたり、近海でロシアの海軍相手に戦ったりし
たこともあった。防衛のために多数の死傷者が出ている。幸い、侵略未
遂だったが、彼らは謝ったのか。

加藤清正のことを謝れとは言っていないようだが。

友人はつまり、先の戦争が「侵略」だったとして、それがいつになった
ら時効になるのか、そんなものに時効はないのか、教えてくれと言って
いる。

酒席だったこともあって、むにゃむにゃとごまかして、議論は消化不良
のまま終わってしまった。

どなたか、正解を教えてくれませんか。


2019年11月16日

◆雀庵の「台湾ゲリラの残虐さに茫然」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/51(2019/11/13】コピーライターの利彦君に
メールを送った。

<2週間ほど前に産経の健康食品広告を見ていたら、コピーが面白かっ
た。ポンポンポンと口上を述べて「さー、どうだ、買ってけ!」と、ほと
んどヤシのバナナの叩き売り、タンカバイで、「あっ、これモロ利彦節だ
なあ、ずいぶん磨きがかかってきたなあ」なんて思ったけれど、勘違いか
なあ。

得意なジャンルが広がるというのは良いね。あれもこれもで大変だろう
けれど、忙しいうちがハナよ。

わしゃ今日は水疱瘡の孫の世話だ。一緒に動物園に行って楽しもうと
思っていたが、孫はシャツを上げて腹を見せた。発疹ができていた。これ
では連れ出せない。

ゴミ出し、雨の時の洗濯物取り込みでさえドジルと「まったく留守番も
できやしない!」と叱られるから、孫の具合が悪くなったら非難轟々、下
手をすると追放される。恐ろしい時代だ。牝鶏鳴きて国亡ぶか>

産業革命(技術革新)が凄まじい勢いで進んでいる。「1980年あたりか
ら通信自由化が全面展開し、ポケットベルや携帯電話・パソコン通信・イ
ンターネット・衛星放送などの新たな通信サービスが展開され、料金の低
価格化も進んだ」(WIKI)。

85年以降のバブル時代は銀行はじゃぶじゃぶとカネを撒き、IT企業もど
んどん試行錯誤的に新機種を出し、ユーザーも新システムを導入していっ
た。ある日突然のごとくに出版・印刷業界ではアップルのマッキントッ
シュが「標準」になり、一般のビジネスの世界ではマイクロソフトのウィ
ンドウズが「標準」になった。


「標準」に対応できない人材や企業は消えていった。

産業革命で人間は幸せになったか、というと、むしろ逆ではないか。記
者は記事を原稿用紙に書いて編集デスクに渡したら「お先に失礼します」
と、飲み屋に行けた。今はスマホで、いつ、どこにいようと仕事の連絡が
来る。無視すれば「メール送っといたろう、なぜ返事しない!?」と怒ら
れ、やがては「融通の利かない、使い勝手の悪い奴」との烙印が押されて
出世コースから外されるのだ。

建設現場で釘を叩くとか鋸を引く音はしない。電動工具だらけで、電池
や電気がなければ仕事ができない。台風で電気が止まったら何もできない。

忙しくなって、脆弱になっただけではないか。技術の進歩、教育の進歩
がもたらしたものは「浮薄の普及」ではなかったか。便利になればなるほ
どオツムも体も劣化するのではないか。鉄道や自動車のない時代、日本人
は1日で10里、40キロを歩いた。江戸〜大阪500キロを女は13日間、それを
男は10日で歩いた。7日で歩く猛者もいた。

福翁は江戸〜横浜往復24時間で横浜の外人居留地を観察し「これからは
英語だ!」と学んだ。「バターン半島死の行進」と言うけれど、日本の歩
兵は足が達者だった、一方で米比兵はいつもはトラック輸送だったから歩
けずにバターンバターンと倒れていったのではないか。「戦場にかける
橋」は創作、不思議の国のアリンス。

小生は「リベラル≒アカモドキ」とよく書くが、ビッグデータを分析する
と「リベラル=アカ=バカ=危険」なのだという。掛谷英紀コラム「なぜ
人は共産主義に騙され続けるのか」「ビッグデータが暴く自称リベラルの
正体」は実に興味深かった。


いまだに共産主義を信奉する人がいるのは、不都合な現実を見ない、見
えない、見たくないという「浮薄の普及蔓延」によるのではないか。一種
の宗教とか、自分が出世できない体制秩序破壊を是とする、下郎の逆恨み
的な一種の精神疾患ではないか。正義を装う狂気。

台湾清軍討伐の石光真清らの戦い。清軍、先住民は情け容赦ない攻撃を
する。彼らには残虐とか殺人を好む嗜癖があるようだ。石光の手記「城下
の人」から。

<(土塀に囲まれた大家屋を包囲し、その中の敵を攻撃するために決死
隊が土塀に爆薬をしかけた)


爆薬が破裂した。大隊長も私も、また前線陣地の(絶交した)本郷も。双
眼鏡を目にしてじっと先方を見つめた。爆煙が風に吹き去られると、土塀
瓦解の破壊箇所が現れた・・・だが、そは狭い通路にしかなっていなかっ
た。決死の十名は起き上がって土塀の中に吸い込まれていった。

だが・・・本郷は石像のように突っ立ったまま、突撃の命令も下さず、
じっと先方を眺めていたのである。やがて敵兵に捕らわれた十名の決死隊
が、裸にされ、煉瓦米の上に引きずり上げられた。耳をそぎ、鼻を落と
し、手を斬り、足を断って、なぶり殺しにして、塀の外に投げ棄て
られたのである。

それでも本郷は依然として突っ立ったまま動こうとしなかった。彼の部
下は土に伏せたまま、これも戦死体のように動かなかった。

この悪夢のような時間が十分であったか二十分であったか、あるいは一
時間であったか判らなかった。五分位の短時間であったかもしれない。辺
りはしんと静まり返って、両眼の底に、ドキン、ドキンと心臓の鼓動が響
いた。

次第に私は全身の血がたぎり立って来るのを感じた。大隊長がその時ど
うしていたかも気がつかなかったし、大隊長の許しを得なければならない
ことも気づかなかった。私は本郷の後ろ姿に向かって突進していった。

彼の斜め後方二十歩ほどに近づいた時に、彼の神経も昂っていたのであ
ろうか、気づいて私の方にさっと身を開いた。別人かと思うほど、紫色に
膨れ上がった彼の顔に、二つの眼が食い入るように光っていた。私の眼も
険しかったに違いない。

兵士もおらず、大隊長もおらず、彼一人そこに立っていたら。私はおそ
らくは大喝して彼を張り倒したに違いない。彼の険しい眼と私の眼とが
ぴったりと合って火花を散らした。

やがて彼はくるりと後ろ向きになって、兵に射撃を命じた。その時はす
でに敵側から激しく撃ちまくっていたのであったが、私たち二人は向き
合ったまま気がつかなかったのである。


「彼とは絶交したんだ、絶交して良かった・・・僕は間違っていなかっ
た・・・」

私は大隊本部に戻り、三木大隊長に別れを告げた。大隊長は不機嫌な表
情で何も言わなかった。私は早々に兵を率いて、汚らわしいものを避ける
ように、新竹城に帰還した>

発狂亭“戦争を知らない幸福は不幸の元か”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(168)2017/1/21】産経、黒田勝弘先生
「韓国 知日派の挑戦と自己批判」、そして忘却と怨恨と捏造の先祖返
り、その繰り返し。

永遠に成長しないのが韓国だろう。小生は「韓国は不治の病、DNAで継承
されるから永遠にビョーキ」と確信している。先生曰く「朴正煕は二宮金
次郎の銅像に感銘を受け、李舜臣(文禄・慶長の役における救国の英雄)
像を各地に建立した。今はびこっているのは慰安婦像で、『こんな人にな
りなさい』と子供たちに教えようというのだろうか。朴正煕は草葉の陰で
泣いているに違いない」。

韓国人の大好きなキリスト教は磔刑のキリスト像を象徴としている。ソ
クラテスは「邪論で若者を惑わした」として処刑されたが(自死)、キリ
ストも似たようなものか。「己の言動に殉じた」のだろう。そこには潔
さ、美しさがある。

朝鮮ピーは家族や自分のために娼婦になった。金持ちになった者も多い
だろう。「サンダカン八番娼館」を読むと、性交で成功して故郷に錦を
飾った娼婦はちやほやされ(おすそ分け狙いが寄って来る)、尾羽打ち枯
らした娼婦は軽蔑され、嫌われ、苛められた。

キリストもピーも韓国では聖人なのか。韓国女は国内(内需)ばかりか
海外(外需)でもピーを売り、韓国GDPの10%は風俗産業だという説があ
る。娼婦は愛国産業戦士だから、あちこちに銅像が造られるわけだ。歴史
的にも妓生(キーセン)は王室や貴族のパーティでは欠かせない「接待公
務員」「美女軍団」だったのである。

欧米などでは韓国女=娼婦のイメージが年々高まっているのではない
か。美女コンテストをしても整形で皆同じ顔をしているから審査員は大い
に困るだろう。今でもコリアンバー、コリアンパブってあるのだろうか。
(つづく)2019/11/13


◆中国人留学生が香港からいなくなった

宮崎 正弘


令和元年(2019)11月13日(水曜日)弐 通巻第6274号 

そして中国人留学生が香港からいなくなった
  150人が深センの救援センターに避難した

香港中文大学といえば「香港の東大」。駅名もずばり「大学」駅である。
西環にある香港大学といえば「香港のオックスフォード」(クリントン大
統領はここで演説している)。地下鉄改札から直接、コンコースが大学へ
つながり、地下からエレベータで大学キャンパスへ移動できるほど恵まれ
た環境にある。

この名門校2つのほか、紅勘にある香港科技大学など11の大学で授業ボ
イコット、13日には学校が閉鎖された。地下鉄、バスが止まったからで
ある。

11月11日、警官隊は香港大学に突入した。

「学問の自由は踏みにじられた」と日本の新聞なら騒ぐだろう。昭和四十
二年だったか、東大駒場に私服でやってきた自衛官が衛藤瀋吉教授と面会
したとき、その自衛官を取り囲んで、東大の民青らは「学問の自治が冒さ
れた」と騒いだっけ。

昭和44年の東大安田講堂、早稲田大隈講堂に立て籠もってコンクリードで
固め、城塞とした極左を排除するため、機動隊の導入は、最後に「学長が
要請した」のだ。

香港では政庁の命令があったのか、警察トップの命令で、大学キャンパス
が蹂躙され、この日、香港大学だけでも1000発の催涙弾が撃ち込ま
れ、大学講堂は医務室となった。287名が拘束され、70名以上が負傷
した。日本の左翼メディアなら「血の大弾圧」と書くだろう。

この日、深せんへ逃げ込んだ中国人留学生(遊学生?)は推定150人。
一時的な避難所となった救援センターに駆け込んだ。香港から消えた中国
大陸からの留学生は80人(サウスチャイナモーニングポスト、11月
13日)。

なにしろ北京語を喋ると殴られる。親中派の態度を見せるとガソリンを被
せられる。中国系の店舗は破壊され、放火される。身の危険を感じている。

11月24日に予定されている区議選は延期されるのではないかと不安視
する観測があがり始めた。

民主派の立法議員は合計7人が、意味不明の罪状で逮捕され、親中派議員
の一人はナイフで刺された。

立候補者はうっかり街頭演説もままならないほどに治安が崩れている。
 
        
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1984回】       
 ――「支那を亡すものは鴉片の害毒である」――上塚(2)
  上塚司『揚子江を中心として』(織田書店 大正14年)

        
              △

上塚は先ず「揚子江の政治的、經濟的價値は誠に偉大である。されば、列
強は疾くより眼を此の地に注ぎ、鋭意利權の穫得、自己勢力の扶殖に是れ
勉めて居る。即ち其の爭奪戰に加はるもの曰く、英、獨、露、佛、又曰
く、日、米、白、即ち世界の列強は、蟻軍の甘きに附くが如く此處に蝟集
し、或は條約に依りて不割讓を約し、或は鐵道敷設權に依りて地盤の鞏固
を期し、或は表に正義人道の衣を纏ひて、内に恐るべき豺狼の牙を磨くあ
り、或は他國シンジケートの蔭に隱れて其の實權を握らんとする等、權謀
術數交々行はれ、其の政策の變現亦端倪に暇なきを思はしめるものがあ
る」と、彼が踏査した大正7(1918)年当時の長江一帯をめぐる列強角逐
の概況を記す。

そこで上塚が注視したのは、上海と遥か西部の甘粛省蘭州を結ぼうと構想
された海蘭鉄道だった。

「今から丁度7年以前」というから辛亥革命直後の時期に当たろうか。

「未だ歐洲の風雲急ならず、支那問題が世界の視聽を牽いて居つた時、突
如として海蘭鉄道借款が、明らかに露佛の後援下にある白耳義シンジケー
ト代表者と革命政府との間に締結せられたりとの報道が傳はつた時、列強
は如何に驚愕と嫉妬の眼を以て、之が論議に花を咲かせた事であらう」。

「支那鐵道の研究に興味を持つて居」た上塚は「特に注意して其の將來を
仰望し」、上海周辺調査の一環として海蘭鉄道東の起点である「揚子江岸
の海門」に足を向けた。

上塚に拠れば「海蘭鐵道は東揚子江口海門に起こり、通州、如皐、
阜?、清江浦等を經て徐州に出で、河南に入り開封、洛陽を過ぎて陝西省
城西安府に至るものを東部線とし、西安より甘肅省蘭州に至るものを西部
線とするものである」。じつは西部線には南北の2路線があって、「北部
は咸陽より平凉府、安定を經て蘭州に至るもので車道を通ずべく南路は鳳
翔、寶鷄、泰州、鞏昌、逖道等を經て蘭州に達するもので、路稍峻嶮、馬
車を通ずる事が出來る」。南北両徒路は距離も工事の難易度もほぼ同じ。
「全延長實に一千に百餘哩で支那中原の地帶を東西に通貫する一大鐵道で
ある」。

「露佛が此の鐵道に力を注ぐや、其の意とする所は、劈頭先づ海門も以
て大上海の繁栄を奪ひ、漸次西北行して舊?河に沿ふ千里の沃野の關鍵を
握り、途中開封、洛陽等の要地を縫ひ、軍事、政治、經濟の中心たる西安
府を扼して蘭州に至り、更に天山南路によりて烏魯木齊、喀什?爾を經て
一路直に中大亞細亞に出で『コカンド』に於て露國中央鐵道と相連絡し、
遠く歐露に達せんとするにあつたのである」。

ところが肝腎のロシアが革命によって崩壊してしまった。まさに「今や
時世も變遷し、露佛の偉圖は只一塲の夢と化し終つたのであるが、本鐵道
の如きは支那自身の立塲より見ても政治上、經濟上最も重要なる鐵道たる
を失はざるが故に、近き將來に於て必ず敷設完成の問題に逢着すべきは明
かである」。

たしかに「露佛の偉圖は只一塲の夢と化し終つた」が、「本鐵道の如き
は支那自身の立塲より見ても政治上、經濟上最も重要なる鐵道」であるこ
とに変わりはない。であればこそ現在、中国とヨーロッパと結ぶ「中欧班
列」と呼ばれる輸送ルートとして動いているわけだろう。じつは中欧班列
の先陣を切って重慶とドイツのデュースブルクが結ばれた2011年は、奇し
くも海蘭鉄道借款が纏まって1世紀後ということになる。ウルムチ(烏魯
木齊)から西行して阿拉山口で国境を越え中央アジア、欧州を経てロンド
ンへ。一方、カシュガル(喀什?爾)からパキスタンを南下してイランの
国境に近い港湾都市のグワダールへ。

つまり中国と欧州を鉄道で結ぶ構想は、1世紀を経て実現したことになる
わけだ。《QED》
             
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読者の声   どくしゃのこえ  READERSOPINIONS
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(読者の声1)宮崎先生が英文科とは知りませんでした。大学入試を突破
した英文科の学生に発音記号だけの教科書とはほとんどブラックユーモア
ですね。

しかしその教授法は良いと思います。では、その教科書を中学校で使おう
と、校長や教育委員会に相談すれば、答えは間違いなく「ダメ」。

残念ながら日本の公教育は共産主義国家並みに雁字搦めなのです。しか
も、最近はブラック企業並みに雑用に追われ、教員は教材研究どころでは
ないようです。

GHQの愚民化政策は今もあちこちに残っていますが、その最たるものが当
用漢字と小学校における学習漢字の学年配当だと思います。

当用漢字とは、読んで字のごとく、当面使ってもよい漢字のことで、漢字
廃止が前提でした。もっとも日本語の表記をカナ文字化、ローマ字化しよ
うという運動は明治時代からありましたが。当用漢字は、占領終了後も常
用漢字と名を変えて、今も日本の子供の知的発育を妨げています。

日本の小学生が学ぶ漢字は、1年生80字、2年生160字、3年生200字と、6年
間で1006字ですが、中国では1年生700字、2年生1254字、3年生1001字と、
6年間で4718字。現行の常用漢字2136字すべてを学ぶには更に中学校の3年
間を要します。

しかも平成になってから、生活科、総合的な学習の時間、外国語活動など
の教科新設によって、国語・算数の時間は減り続け、来年からは英語とプ
ログラミングが正課として導入されます。正に愚民化政策。読解力や計算
力を伸ばすには十分な練習時間が必要なのです。

実は、漢字の学習能力は幼児期(3歳くらい)が最も高く、それ以降は下
降の一途だそうです。これに気付いたのが「石井式漢字教育」の提唱者石
井勲博士。高校教師から中学校、小学校へと転勤しながらの調査研究を続
け、漢字を教えるには幼稚園がもっとも効果的との結論に達したとのこと
です。

この方式は、実際に、幾つかの幼稚園で採用され、その効果が証明されて
いるにも関わらず、一向に広まりません。国の教育方針に反するからで
す。幼稚園でたくさん漢字を覚えた子供も、小学校に入学すると学年別漢
字配当表に閉じ込められてしまうのです。運動会の徒競走で「お手てつな
でゴールイン」というのが話題になったことがありますが、教室の中では
本当に結果の平等主義が絶対なようです。江戸時代の子供は論語や童子教
を素読していましたが。

お子さんやお孫さんの英才教育に興味がある方にお勧めの本:塩原経央著
「国語の底力」(産経新聞社)

文部科学省のHPに「各国の大学入試について」という表があります。

興味深いのは「回答方式」。日本だけがマークシート方式のみで、アメリ
カはマークシート+記述式(エッセイ)、ドイツ、フランスは記述式+口
述、イギリスは記述式のみ。欧米では入学後の学習能力、つまり国語力・
思考力が試されているのに対して、日本の入試は入学者を選抜するためだ
けに行われている感じです。

大学を目指す高校生は、当然、試験の形式に合わせて勉強します。そのた
めに欧米の高校生はたくさん本を読み、自分の考えをまとめる練習をしま
す。日本の高校生はひたすら知識を暗記する努力をします。

さらに大学生の一日の勉強時間という調査もあります。日本の35分に対し
て欧米の大学生は2時間から3時間。また、大学入学者の卒業率は日本の
90%に対して、欧米では50%から60%。欧米の退学理由は「授業について
いかれない」が大多数なのに、日本では経済的理由。大学で専門科目を学
ぶには5千や6千の漢字は必要だと思いますが、一日に35分の勉強で十分な
のでしょうか?

日本の大学に対する国際的評価が下がり続けるのは、むべなるかなといっ
た感じですね。(昔の外国語教師)

  ♪
(読者の声2)数日前に国連人権委員会関連の対策会議が参議院議員会館
で開かれましたが、話題の一つが日本の先住民だと言われる沖縄とアイヌ
の問題です。

そこで私が、宮崎さんの『神武天皇以前』の中に、学術的にもアイヌは先
住民族ではないと書いてあることを紹介しておきました。

その他のMLでもアイヌあるいは沖縄県民先住民族説が話題になることがあ
ります。こういう事実から見ると、こういう日本の中の先住民族だと左翼
が主張するケースがまだまだあるようです。『神武天皇以前』にでてくる

主要テーマは、まだまだ行き渡らせる必要があると感じています。
沖縄県民が先住民族なら、青森県民、岩手県民他多くの県民だって先住民
族ではないとは言えないと思います(関野通夫)