2019年11月16日

◆萩生田氏の心優しい本質を見よ

櫻井よしこ


「朝日新聞」の萩生田光一文部科学大臣に対する批判が凄まじい。大学入
学共通テストの内、英語のテストで活用予定だった民間試験に関する発言
への批判だ。

周知のように萩生田氏は今月1日、英語の民間試験の利用を2024年度実施
に向けて延期すると発表した。歴代の文科大臣らが決定に関わり、準備が
進んでいた中での延期決定には、文科省事務局側の反対も強かったが、正
しい選択だったと思う。

朝日も2日の社説で決断は遅すぎたとしながらも、「見送りの結論は妥
当」と評価した。他方、翌日同紙の看板コラム「天声人語」は論難した。

「(萩生田氏は)裕福な家庭の子が腕試しできることを認めつつ『自分の
身の丈に合わせて、頑張ってもらえば』と述べた」「教育に格差があるの
はしかたない、そんな社会の気分を萩生田氏はグロテスクに示しただけか
もしれない」

天声人語は朝日新聞の顔と言ってよい堂々たるコラムだ。イデオロギーや
価値観の差を超えて注目されている。天声人語子は、例えば産経新聞の石
井英夫氏、毎日新聞他で名コラムを物してきた徳岡孝夫氏、また、亡く
なってしまったが「週刊新潮」の山本夏彦氏らと同様、正に日本メディア
界の大御所と位置づけられる。

普通の記者がどんなに背伸びしても「天声人語」のコラム担当になるのは
至難の業であろう。同コラムに期待されているのは、目の前の事象の表面
の薄い皮一枚を論ずることではなく、背景も歴史も心得たうえで、寸鉄人
を刺す批判、或いは本当に心をあたためてくれるような励ましを表現する
ことではないのか。左の人であれ右の人であれ、読者はそんな渋い味をコ
ラムに求めていると思う。

全体像を汲みとった内容であれば、批判であったとしても納得できるだろ
う。的を射た批判に脱帽さえするやもしれぬ。天声人語子はそんな堂々た
るコラムを書く立場にあると思うのは、私だけではあるまい。

剥き出しの敵意

そうした視点から読むと、先の萩生田批判には味わいがない。剥き出しの
敵意ばかりが突き刺さる。その表現は、天声人語子の言葉を借りればむし
ろグロテスクだった。

改めて萩生田氏の「身の丈」発言の全文を読んだ。一体この発言の何が問
題なのか、わからない。氏はたしかに「裕福な家庭の子が回数受けて、
ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれ
ない」と語っている。

しかしその後こう言っている。

「そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑
張ってもらえば。できるだけ近くに会場を作れるように今、業者や団体の
皆さんにはお願いしています」

世の中が全ての面で平等であるなどと大人は考えていない。しかし、良識
ある大人は、平等の足らざるところを何とか埋めようとし、全ての人々に
平等のチャンスを与えられる社会の構築を目指している。萩生田氏も全く
同じだ。だからこそ、氏は業者側にできるだけ近くに会場を作ってほしい
と要望している。

さらに「できるだけ負担がないようにいろいろ知恵を出していきたい」
「離島なんかはもう既に予算措置しました」と明言している。

こうした氏の発言を、貧しい家庭の子供たちに対する上からの冷たい目線
だと非難するのは間違っている。そのことは萩生田氏のこれまでの働き振
りを見れば一目瞭然であり、その背景をも含めて書くのがコラムニストで
はないだろうか。

14年4月に自民党の馳浩会長、民主党の笠浩史事務局長の形で「夜間中学
等義務教育拡充議員連盟」が発足したが、この課題にとりわけ熱心に取り
組んだのが自民党の幹事長代行となった萩生田氏だった。同件に関して自
民党政権は文科省よりも積極的な姿勢を打ち出した。

夜間高校、夜間大学に較べて公立の夜間中学はまだ少なく、貧困、親の理
解不足、引揚帰国、外国人などといった理由で修学の機会を逃し続け、義
務教育の中学教育を受けられなかった人々がわが国には存在する。

そのような人々のために、萩生田氏は同僚議員らと共に汗をかき公立夜間
中学拡充に奔走した。恵まれない国民に対する氏の目線は決して「上か
ら」でも「グロテスク」でもない。むしろ非常に心優しい。国民、とりわ
け困った立場の人々への思いの深さは、氏自身の人生と深く関わっている
のではないか。

氏は東京都八王子の普通のサラリーマンの家庭に生まれた。なぜ政治を志
したのかと問うたことがある。大学在学中から八王子市議会議員の秘書を
務めた体験に加えて、当時の八王子市が生活基盤の整備で非常に遅れてい
たことが背景にあった。

「身の丈に合った」闘い

「たとえばトイレです。水洗ではなく汲み取り式でした。周辺部に較べて
こんなに遅れている。八王子市民の生活を改善したい。そう思ったので
す」と、氏は破顔一笑した。

政界入りに必要とされる地盤・看板・鞄のいずれも氏にはなかった。それ
でも八王子市議選挙に挑み、地元の仲間の応援を受けて議席を得た。10年
間市議を務めて都議となり、すぐに衆院選に挑んだ。03年の衆院選から
ずっと国政選挙を闘ってきた。

市議から始まるこのプロセスは、二世三世議員の歩みと較べると、不利な
こと、口惜しいことが多数あって当然だ。政界で大きな力を持つ前述の三
つの要素がなくとも氏は、その都度、与えられた立場で、いわば「身の丈
に合った」闘いでベストを尽くしてきた。そのような自身の体験があるか
らこそ、生徒達を励ましたかったのではないか。残念だが、世の中は平等
ではない。大人として政治家として、自分は差別のない国造りに努力する
が、他方、皆も頑張って欲しい。なぜなら頑張ることで、必ず、道は開け
るのだから、と。天声人語子がその点を全く察していないのは驚きである。

だが、一連の朝日新聞の報道の中で、納得できた記事もある。3日の開成
中学・高等学校長、柳沢幸雄氏の言葉だった。氏はざっと以下のように
語っている。

「日本の大学入試は、入り口で厳格、出口はズルズルというところがそも
そも問題だ。国公立大であっても、各々、入試についての考えがある。そ
れぞれの大学の方針に合った、緩やかで多様な入試であっていい」

今回問題とされた経済や地域の格差について、柳沢氏は国や大学が受験生
向けの奨学金を出すことを提唱するが、それもひとつの案であろう。

24年度まで先延ばししたとはいえ、萩生田氏には英語試験の見直しをはじ
め、日本の教育の土台を担う重い責務が課せられている。身長180セン
チ、体重95キロ。かつてはこの体で100メートルを11秒3で走り、明治大学
ラグビー部にも属した。その体力と志で、萩生田氏には果敢に働き続けて
ほしい。

『週刊新潮』 2019年11月7日 日本ルネッサンス 第876回

◆インフルエンザの常識・非常識

石岡荘十


正直言って、「インフルエンザとは何か」、関心を持って集中的に学習し始めたが、まず気がついたのは、今までインフルエンザに関して持っていた知識・感覚、“常識”がいかにいい加減で、非常識なものだったかということである。

と同時に、専門家の話をきいたり本を読んだりすると、ことによると国家を滅亡させる引き金ともなりかねないほどの猛威を振るう“身近な”病についていかに無知であるかを思い知らされる。

まず、
・病名について、である。
「インフルエンザ」はなんとなく英語のinfluenceから来たものと思っていたが、その語源はイタリア語の「天体の影響」を意味する「インフルエンツァ」であった。中世イタリアでは、インフルエンザの原因は天体の運動によると考えられていたからだそうだ。

・「スペイン風邪」は濡れ衣
歴史のなかでインフルエンザを疑わせる記録が初めて現れるのは、もっとずっと前の紀元前412年、ギリシャ時代のことだったという。その後もそれと疑わせるインフルエンザは何度となく起こっているが、苛烈を極めたのは1580年アジアから始まったインフルエンザで、全ヨーロッパからアフリカ大陸へ、最終的には全世界を席巻し、スペインではある都市そのものが消滅したと記録されている。

より詳細な記録は1700年代に入ってからで、人類は以降、何度もパンデミック(世界的大流行)を経験している。なかでも、史上最悪のインフルエンザは「スペイン風邪」である。
というとスペインが“震源地”、あるいはスペインで流行ったインフルエンザだと誤解されがちだが、発祥は、じつは中国南部という説とアメリカのどこかで始まったという説がある。

が、確かなことは1918年3月、アメリカ・デトロイト、サウスカロライナ州、そして西海岸で姿を現したということだ。

その頃世界は第1次世界大戦の真っ只中にあり、アメリカからヨーロッパ戦線に送られた兵士を宿主としたウイルスがヨーロッパ席巻の端緒を開いた。大戦の当事国は兵士が病気でバタバタ倒れている事態を隠蔽し続けたといわれる。
ところが参戦していなかったスペインでは情報統制を行わなかったため、大流行がことさらフレームアップされ伝わったのではないか、と推測されている。「スペイン風邪」はとんだ濡れ衣なのである。

・第二波の毒性をなめるな
スペイン風邪の猛威は、その後2年間、第2波、第3波---と毒性を強めながら津波のように襲い掛かり、猖獗を極めた。第2波の初期、アメリカ東海岸から公衆衛生担当者が国内担当者に送ったアドバイス。

「まず木工職人をかき集めて棺を作らせよ。街にたむろする労働者をかき集め墓穴を掘らせよ。そうしておけば、少なくとも埋葬が間に合わず死体がどんどんたまっていくことは裂けられずはずだ」(『アメリカ公衆衛生学会誌』1918)積み上げられた死体の山を「ラザニアのようだ」と表現するほどだった。

毒性が弱い新型インフルエンザの場合はこんなことにはならないと言うのが今の見方だが、少なくとも秋口と予想される第二波がこの春よりはるかに強烈なものとなる可能性は否定できない。これが常識である。なめてはいけない。

・「寒い地域の病気」はウソ
つい先まで、インフルエンザは寒いところで流行るもの、と思い込んでいた。ただ、それにしては夏になってもじりじりと患者が増え続けるのはどうしたことか。

インフルエンザは、熱帯地域でさえ年間を通して穏やかに流行っている。だが熱帯ではマラリアやデング熱など、臨床症状がインフルエンザに似ているので、インフルエンザと診断されなかった可能性が否定できないという。人口当たりの死亡率は温帯・寒帯地域より高いという報告さえある。

日本では、新型インフルエンザは冬であるオーストラリアなど南半球に移っていったという一服感が支配的だ。世界中で笑いものになった日本のあの“マスクマン”も見かけなくなった。マスコミもあの騒ぎをお忘れになってしまったようだ。

しかし、ウイルスは日本だけでなく北半球のイギリス、ドイツでも決して衰えてはいとWHO(世界保健機関)に報告している。いまや新型インフルエンザは「地域の寒暖に関係なく1年を通して穏やかに流行している」というのが常識である。

やはり、この際の世界の常識は、WHOのホームページで確認するしかないと私は考えている。   

2019年11月15日

◆雀庵の「台湾ゲリラの残虐さに茫然」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/51(2019/11/13】コピーライターの利彦君に
メールを送った。

<2週間ほど前に産経の健康食品広告を見ていたら、コピーが面白かっ
た。ポンポンポンと口上を述べて「さー、どうだ、買ってけ!」と、ほと
んどヤシのバナナの叩き売り、タンカバイで、「あっ、これモロ利彦節だ
なあ、ずいぶん磨きがかかってきたなあ」なんて思ったけれど、勘違いか
なあ。

得意なジャンルが広がるというのは良いね。あれもこれもで大変だろう
けれど、忙しいうちがハナよ。

わしゃ今日は水疱瘡の孫の世話だ。一緒に動物園に行って楽しもうと
思っていたが、孫はシャツを上げて腹を見せた。発疹ができていた。これ
では連れ出せない。

ゴミ出し、雨の時の洗濯物取り込みでさえドジルと「まったく留守番も
できやしない!」と叱られるから、孫の具合が悪くなったら非難轟々、下
手をすると追放される。恐ろしい時代だ。牝鶏鳴きて国亡ぶか>

産業革命(技術革新)が凄まじい勢いで進んでいる。「1980年あたりか
ら通信自由化が全面展開し、ポケットベルや携帯電話・パソコン通信・イ
ンターネット・衛星放送などの新たな通信サービスが展開され、料金の低
価格化も進んだ」(WIKI)。

85年以降のバブル時代は銀行はじゃぶじゃぶとカネを撒き、IT企業もど
んどん試行錯誤的に新機種を出し、ユーザーも新システムを導入していっ
た。ある日突然のごとくに出版・印刷業界ではアップルのマッキントッ
シュが「標準」になり、一般のビジネスの世界ではマイクロソフトのウィ
ンドウズが「標準」になった。


「標準」に対応できない人材や企業は消えていった。

産業革命で人間は幸せになったか、というと、むしろ逆ではないか。記
者は記事を原稿用紙に書いて編集デスクに渡したら「お先に失礼します」
と、飲み屋に行けた。今はスマホで、いつ、どこにいようと仕事の連絡が
来る。無視すれば「メール送っといたろう、なぜ返事しない!?」と怒ら
れ、やがては「融通の利かない、使い勝手の悪い奴」との烙印が押されて
出世コースから外されるのだ。

建設現場で釘を叩くとか鋸を引く音はしない。電動工具だらけで、電池
や電気がなければ仕事ができない。台風で電気が止まったら何もできない。

忙しくなって、脆弱になっただけではないか。技術の進歩、教育の進歩
がもたらしたものは「浮薄の普及」ではなかったか。便利になればなるほ
どオツムも体も劣化するのではないか。鉄道や自動車のない時代、日本人
は1日で10里、40キロを歩いた。江戸〜大阪500キロを女は13日間、それを
男は10日で歩いた。7日で歩く猛者もいた。

福翁は江戸〜横浜往復24時間で横浜の外人居留地を観察し「これからは
英語だ!」と学んだ。「バターン半島死の行進」と言うけれど、日本の歩
兵は足が達者だった、一方で米比兵はいつもはトラック輸送だったから歩
けずにバターンバターンと倒れていったのではないか。「戦場にかける
橋」は創作、不思議の国のアリンス。

小生は「リベラル≒アカモドキ」とよく書くが、ビッグデータを分析する
と「リベラル=アカ=バカ=危険」なのだという。掛谷英紀コラム「なぜ
人は共産主義に騙され続けるのか」「ビッグデータが暴く自称リベラルの
正体」は実に興味深かった。


いまだに共産主義を信奉する人がいるのは、不都合な現実を見ない、見
えない、見たくないという「浮薄の普及蔓延」によるのではないか。一種
の宗教とか、自分が出世できない体制秩序破壊を是とする、下郎の逆恨み
的な一種の精神疾患ではないか。正義を装う狂気。

台湾清軍討伐の石光真清らの戦い。清軍、先住民は情け容赦ない攻撃を
する。彼らには残虐とか殺人を好む嗜癖があるようだ。石光の手記「城下
の人」から。

<(土塀に囲まれた大家屋を包囲し、その中の敵を攻撃するために決死
隊が土塀に爆薬をしかけた)


爆薬が破裂した。大隊長も私も、また前線陣地の(絶交した)本郷も。双
眼鏡を目にしてじっと先方を見つめた。爆煙が風に吹き去られると、土塀
瓦解の破壊箇所が現れた・・・だが、そは狭い通路にしかなっていなかっ
た。決死の十名は起き上がって土塀の中に吸い込まれていった。

だが・・・本郷は石像のように突っ立ったまま、突撃の命令も下さず、
じっと先方を眺めていたのである。やがて敵兵に捕らわれた十名の決死隊
が、裸にされ、煉瓦米の上に引きずり上げられた。耳をそぎ、鼻を落と
し、手を斬り、足を断って、なぶり殺しにして、塀の外に投げ棄て
られたのである。

それでも本郷は依然として突っ立ったまま動こうとしなかった。彼の部
下は土に伏せたまま、これも戦死体のように動かなかった。

この悪夢のような時間が十分であったか二十分であったか、あるいは一
時間であったか判らなかった。五分位の短時間であったかもしれない。辺
りはしんと静まり返って、両眼の底に、ドキン、ドキンと心臓の鼓動が響
いた。

次第に私は全身の血がたぎり立って来るのを感じた。大隊長がその時ど
うしていたかも気がつかなかったし、大隊長の許しを得なければならない
ことも気づかなかった。私は本郷の後ろ姿に向かって突進していった。

彼の斜め後方二十歩ほどに近づいた時に、彼の神経も昂っていたのであ
ろうか、気づいて私の方にさっと身を開いた。別人かと思うほど、紫色に
膨れ上がった彼の顔に、二つの眼が食い入るように光っていた。私の眼も
険しかったに違いない。

兵士もおらず、大隊長もおらず、彼一人そこに立っていたら。私はおそ
らくは大喝して彼を張り倒したに違いない。彼の険しい眼と私の眼とが
ぴったりと合って火花を散らした。

やがて彼はくるりと後ろ向きになって、兵に射撃を命じた。その時はす
でに敵側から激しく撃ちまくっていたのであったが、私たち二人は向き
合ったまま気がつかなかったのである。


「彼とは絶交したんだ、絶交して良かった・・・僕は間違っていなかっ
た・・・」

私は大隊本部に戻り、三木大隊長に別れを告げた。大隊長は不機嫌な表
情で何も言わなかった。私は早々に兵を率いて、汚らわしいものを避ける
ように、新竹城に帰還した>

発狂亭“戦争を知らない幸福は不幸の元か”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(168)2017/1/21】産経、黒田勝弘先生
「韓国 知日派の挑戦と自己批判」、そして忘却と怨恨と捏造の先祖返
り、その繰り返し。

永遠に成長しないのが韓国だろう。小生は「韓国は不治の病、DNAで継承
されるから永遠にビョーキ」と確信している。先生曰く「朴正煕は二宮金
次郎の銅像に感銘を受け、李舜臣(文禄・慶長の役における救国の英雄)
像を各地に建立した。今はびこっているのは慰安婦像で、『こんな人にな
りなさい』と子供たちに教えようというのだろうか。朴正煕は草葉の陰で
泣いているに違いない」。

韓国人の大好きなキリスト教は磔刑のキリスト像を象徴としている。ソ
クラテスは「邪論で若者を惑わした」として処刑されたが(自死)、キリ
ストも似たようなものか。「己の言動に殉じた」のだろう。そこには潔
さ、美しさがある。

朝鮮ピーは家族や自分のために娼婦になった。金持ちになった者も多い
だろう。「サンダカン八番娼館」を読むと、性交で成功して故郷に錦を
飾った娼婦はちやほやされ(おすそ分け狙いが寄って来る)、尾羽打ち枯
らした娼婦は軽蔑され、嫌われ、苛められた。

キリストもピーも韓国では聖人なのか。韓国女は国内(内需)ばかりか
海外(外需)でもピーを売り、韓国GDPの10%は風俗産業だという説があ
る。娼婦は愛国産業戦士だから、あちこちに銅像が造られるわけだ。歴史
的にも妓生(キーセン)は王室や貴族のパーティでは欠かせない「接待公
務員」「美女軍団」だったのである。

欧米などでは韓国女=娼婦のイメージが年々高まっているのではない
か。美女コンテストをしても整形で皆同じ顔をしているから審査員は大い
に困るだろう。今でもコリアンバー、コリアンパブってあるのだろうか。
(つづく)2019/11/13


◆中国人留学生が香港からいなくなった

宮崎 正弘


令和元年(2019)11月13日(水曜日)弐 通巻第6274号 

そして中国人留学生が香港からいなくなった
  150人が深センの救援センターに避難した

香港中文大学といえば「香港の東大」。駅名もずばり「大学」駅である。
西環にある香港大学といえば「香港のオックスフォード」(クリントン大
統領はここで演説している)。地下鉄改札から直接、コンコースが大学へ
つながり、地下からエレベータで大学キャンパスへ移動できるほど恵まれ
た環境にある。

この名門校2つのほか、紅勘にある香港科技大学など11の大学で授業ボ
イコット、13日には学校が閉鎖された。地下鉄、バスが止まったからで
ある。

11月11日、警官隊は香港大学に突入した。

「学問の自由は踏みにじられた」と日本の新聞なら騒ぐだろう。昭和四十
二年だったか、東大駒場に私服でやってきた自衛官が衛藤瀋吉教授と面会
したとき、その自衛官を取り囲んで、東大の民青らは「学問の自治が冒さ
れた」と騒いだっけ。

昭和44年の東大安田講堂、早稲田大隈講堂に立て籠もってコンクリードで
固め、城塞とした極左を排除するため、機動隊の導入は、最後に「学長が
要請した」のだ。

香港では政庁の命令があったのか、警察トップの命令で、大学キャンパス
が蹂躙され、この日、香港大学だけでも1000発の催涙弾が撃ち込ま
れ、大学講堂は医務室となった。287名が拘束され、70名以上が負傷
した。日本の左翼メディアなら「血の大弾圧」と書くだろう。

この日、深せんへ逃げ込んだ中国人留学生(遊学生?)は推定150人。
一時的な避難所となった救援センターに駆け込んだ。香港から消えた中国
大陸からの留学生は80人(サウスチャイナモーニングポスト、11月
13日)。

なにしろ北京語を喋ると殴られる。親中派の態度を見せるとガソリンを被
せられる。中国系の店舗は破壊され、放火される。身の危険を感じている。

11月24日に予定されている区議選は延期されるのではないかと不安視
する観測があがり始めた。

民主派の立法議員は合計7人が、意味不明の罪状で逮捕され、親中派議員
の一人はナイフで刺された。

立候補者はうっかり街頭演説もままならないほどに治安が崩れている。
 
        
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1984回】       
 ――「支那を亡すものは鴉片の害毒である」――上塚(2)
  上塚司『揚子江を中心として』(織田書店 大正14年)

        
              △

上塚は先ず「揚子江の政治的、經濟的價値は誠に偉大である。されば、列
強は疾くより眼を此の地に注ぎ、鋭意利權の穫得、自己勢力の扶殖に是れ
勉めて居る。即ち其の爭奪戰に加はるもの曰く、英、獨、露、佛、又曰
く、日、米、白、即ち世界の列強は、蟻軍の甘きに附くが如く此處に蝟集
し、或は條約に依りて不割讓を約し、或は鐵道敷設權に依りて地盤の鞏固
を期し、或は表に正義人道の衣を纏ひて、内に恐るべき豺狼の牙を磨くあ
り、或は他國シンジケートの蔭に隱れて其の實權を握らんとする等、權謀
術數交々行はれ、其の政策の變現亦端倪に暇なきを思はしめるものがあ
る」と、彼が踏査した大正7(1918)年当時の長江一帯をめぐる列強角逐
の概況を記す。

そこで上塚が注視したのは、上海と遥か西部の甘粛省蘭州を結ぼうと構想
された海蘭鉄道だった。

「今から丁度7年以前」というから辛亥革命直後の時期に当たろうか。

「未だ歐洲の風雲急ならず、支那問題が世界の視聽を牽いて居つた時、突
如として海蘭鉄道借款が、明らかに露佛の後援下にある白耳義シンジケー
ト代表者と革命政府との間に締結せられたりとの報道が傳はつた時、列強
は如何に驚愕と嫉妬の眼を以て、之が論議に花を咲かせた事であらう」。

「支那鐵道の研究に興味を持つて居」た上塚は「特に注意して其の將來を
仰望し」、上海周辺調査の一環として海蘭鉄道東の起点である「揚子江岸
の海門」に足を向けた。

上塚に拠れば「海蘭鐵道は東揚子江口海門に起こり、通州、如皐、
阜?、清江浦等を經て徐州に出で、河南に入り開封、洛陽を過ぎて陝西省
城西安府に至るものを東部線とし、西安より甘肅省蘭州に至るものを西部
線とするものである」。じつは西部線には南北の2路線があって、「北部
は咸陽より平凉府、安定を經て蘭州に至るもので車道を通ずべく南路は鳳
翔、寶鷄、泰州、鞏昌、逖道等を經て蘭州に達するもので、路稍峻嶮、馬
車を通ずる事が出來る」。南北両徒路は距離も工事の難易度もほぼ同じ。
「全延長實に一千に百餘哩で支那中原の地帶を東西に通貫する一大鐵道で
ある」。

「露佛が此の鐵道に力を注ぐや、其の意とする所は、劈頭先づ海門も以
て大上海の繁栄を奪ひ、漸次西北行して舊?河に沿ふ千里の沃野の關鍵を
握り、途中開封、洛陽等の要地を縫ひ、軍事、政治、經濟の中心たる西安
府を扼して蘭州に至り、更に天山南路によりて烏魯木齊、喀什?爾を經て
一路直に中大亞細亞に出で『コカンド』に於て露國中央鐵道と相連絡し、
遠く歐露に達せんとするにあつたのである」。

ところが肝腎のロシアが革命によって崩壊してしまった。まさに「今や
時世も變遷し、露佛の偉圖は只一塲の夢と化し終つたのであるが、本鐵道
の如きは支那自身の立塲より見ても政治上、經濟上最も重要なる鐵道たる
を失はざるが故に、近き將來に於て必ず敷設完成の問題に逢着すべきは明
かである」。

たしかに「露佛の偉圖は只一塲の夢と化し終つた」が、「本鐵道の如き
は支那自身の立塲より見ても政治上、經濟上最も重要なる鐵道」であるこ
とに変わりはない。であればこそ現在、中国とヨーロッパと結ぶ「中欧班
列」と呼ばれる輸送ルートとして動いているわけだろう。じつは中欧班列
の先陣を切って重慶とドイツのデュースブルクが結ばれた2011年は、奇し
くも海蘭鉄道借款が纏まって1世紀後ということになる。ウルムチ(烏魯
木齊)から西行して阿拉山口で国境を越え中央アジア、欧州を経てロンド
ンへ。一方、カシュガル(喀什?爾)からパキスタンを南下してイランの
国境に近い港湾都市のグワダールへ。

つまり中国と欧州を鉄道で結ぶ構想は、1世紀を経て実現したことになる
わけだ。《QED》
             
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
読者の声   どくしゃのこえ  READERSOPINIONS
‘ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ♪
(読者の声1)宮崎先生が英文科とは知りませんでした。大学入試を突破
した英文科の学生に発音記号だけの教科書とはほとんどブラックユーモア
ですね。

しかしその教授法は良いと思います。では、その教科書を中学校で使おう
と、校長や教育委員会に相談すれば、答えは間違いなく「ダメ」。

残念ながら日本の公教育は共産主義国家並みに雁字搦めなのです。しか
も、最近はブラック企業並みに雑用に追われ、教員は教材研究どころでは
ないようです。

GHQの愚民化政策は今もあちこちに残っていますが、その最たるものが当
用漢字と小学校における学習漢字の学年配当だと思います。

当用漢字とは、読んで字のごとく、当面使ってもよい漢字のことで、漢字
廃止が前提でした。もっとも日本語の表記をカナ文字化、ローマ字化しよ
うという運動は明治時代からありましたが。当用漢字は、占領終了後も常
用漢字と名を変えて、今も日本の子供の知的発育を妨げています。

日本の小学生が学ぶ漢字は、1年生80字、2年生160字、3年生200字と、6年
間で1006字ですが、中国では1年生700字、2年生1254字、3年生1001字と、
6年間で4718字。現行の常用漢字2136字すべてを学ぶには更に中学校の3年
間を要します。

しかも平成になってから、生活科、総合的な学習の時間、外国語活動など
の教科新設によって、国語・算数の時間は減り続け、来年からは英語とプ
ログラミングが正課として導入されます。正に愚民化政策。読解力や計算
力を伸ばすには十分な練習時間が必要なのです。

実は、漢字の学習能力は幼児期(3歳くらい)が最も高く、それ以降は下
降の一途だそうです。これに気付いたのが「石井式漢字教育」の提唱者石
井勲博士。高校教師から中学校、小学校へと転勤しながらの調査研究を続
け、漢字を教えるには幼稚園がもっとも効果的との結論に達したとのこと
です。

この方式は、実際に、幾つかの幼稚園で採用され、その効果が証明されて
いるにも関わらず、一向に広まりません。国の教育方針に反するからで
す。幼稚園でたくさん漢字を覚えた子供も、小学校に入学すると学年別漢
字配当表に閉じ込められてしまうのです。運動会の徒競走で「お手てつな
でゴールイン」というのが話題になったことがありますが、教室の中では
本当に結果の平等主義が絶対なようです。江戸時代の子供は論語や童子教
を素読していましたが。

お子さんやお孫さんの英才教育に興味がある方にお勧めの本:塩原経央著
「国語の底力」(産経新聞社)

文部科学省のHPに「各国の大学入試について」という表があります。

興味深いのは「回答方式」。日本だけがマークシート方式のみで、アメリ
カはマークシート+記述式(エッセイ)、ドイツ、フランスは記述式+口
述、イギリスは記述式のみ。欧米では入学後の学習能力、つまり国語力・
思考力が試されているのに対して、日本の入試は入学者を選抜するためだ
けに行われている感じです。

大学を目指す高校生は、当然、試験の形式に合わせて勉強します。そのた
めに欧米の高校生はたくさん本を読み、自分の考えをまとめる練習をしま
す。日本の高校生はひたすら知識を暗記する努力をします。

さらに大学生の一日の勉強時間という調査もあります。日本の35分に対し
て欧米の大学生は2時間から3時間。また、大学入学者の卒業率は日本の
90%に対して、欧米では50%から60%。欧米の退学理由は「授業について
いかれない」が大多数なのに、日本では経済的理由。大学で専門科目を学
ぶには5千や6千の漢字は必要だと思いますが、一日に35分の勉強で十分な
のでしょうか?

日本の大学に対する国際的評価が下がり続けるのは、むべなるかなといっ
た感じですね。(昔の外国語教師)

  ♪
(読者の声2)数日前に国連人権委員会関連の対策会議が参議院議員会館
で開かれましたが、話題の一つが日本の先住民だと言われる沖縄とアイヌ
の問題です。

そこで私が、宮崎さんの『神武天皇以前』の中に、学術的にもアイヌは先
住民族ではないと書いてあることを紹介しておきました。

その他のMLでもアイヌあるいは沖縄県民先住民族説が話題になることがあ
ります。こういう事実から見ると、こういう日本の中の先住民族だと左翼
が主張するケースがまだまだあるようです。『神武天皇以前』にでてくる

主要テーマは、まだまだ行き渡らせる必要があると感じています。
沖縄県民が先住民族なら、青森県民、岩手県民他多くの県民だって先住民
族ではないとは言えないと思います(関野通夫)


◆萩生田氏の心優しい本質を見よ

櫻井よしこ


「朝日新聞」の萩生田光一文部科学大臣に対する批判が凄まじい。大学入
学共通テストの内、英語のテストで活用予定だった民間試験に関する発言
への批判だ。

周知のように萩生田氏は今月1日、英語の民間試験の利用を2024年度実施
に向けて延期すると発表した。歴代の文科大臣らが決定に関わり、準備が
進んでいた中での延期決定には、文科省事務局側の反対も強かったが、正
しい選択だったと思う。

朝日も2日の社説で決断は遅すぎたとしながらも、「見送りの結論は妥
当」と評価した。他方、翌日同紙の看板コラム「天声人語」は論難した。

「(萩生田氏は)裕福な家庭の子が腕試しできることを認めつつ『自分の
身の丈に合わせて、頑張ってもらえば』と述べた」「教育に格差があるの
はしかたない、そんな社会の気分を萩生田氏はグロテスクに示しただけか
もしれない」

天声人語は朝日新聞の顔と言ってよい堂々たるコラムだ。イデオロギーや
価値観の差を超えて注目されている。天声人語子は、例えば産経新聞の石
井英夫氏、毎日新聞他で名コラムを物してきた徳岡孝夫氏、また、亡く
なってしまったが「週刊新潮」の山本夏彦氏らと同様、正に日本メディア
界の大御所と位置づけられる。

普通の記者がどんなに背伸びしても「天声人語」のコラム担当になるのは
至難の業であろう。同コラムに期待されているのは、目の前の事象の表面
の薄い皮一枚を論ずることではなく、背景も歴史も心得たうえで、寸鉄人
を刺す批判、或いは本当に心をあたためてくれるような励ましを表現する
ことではないのか。左の人であれ右の人であれ、読者はそんな渋い味をコ
ラムに求めていると思う。

全体像を汲みとった内容であれば、批判であったとしても納得できるだろ
う。的を射た批判に脱帽さえするやもしれぬ。天声人語子はそんな堂々た
るコラムを書く立場にあると思うのは、私だけではあるまい。

剥き出しの敵意

そうした視点から読むと、先の萩生田批判には味わいがない。剥き出しの
敵意ばかりが突き刺さる。その表現は、天声人語子の言葉を借りればむし
ろグロテスクだった。

改めて萩生田氏の「身の丈」発言の全文を読んだ。一体この発言の何が問
題なのか、わからない。氏はたしかに「裕福な家庭の子が回数受けて、
ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれ
ない」と語っている。

しかしその後こう言っている。

「そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑
張ってもらえば。できるだけ近くに会場を作れるように今、業者や団体の
皆さんにはお願いしています」

世の中が全ての面で平等であるなどと大人は考えていない。しかし、良識
ある大人は、平等の足らざるところを何とか埋めようとし、全ての人々に
平等のチャンスを与えられる社会の構築を目指している。萩生田氏も全く
同じだ。だからこそ、氏は業者側にできるだけ近くに会場を作ってほしい
と要望している。

さらに「できるだけ負担がないようにいろいろ知恵を出していきたい」
「離島なんかはもう既に予算措置しました」と明言している。

こうした氏の発言を、貧しい家庭の子供たちに対する上からの冷たい目線
だと非難するのは間違っている。そのことは萩生田氏のこれまでの働き振
りを見れば一目瞭然であり、その背景をも含めて書くのがコラムニストで
はないだろうか。

14年4月に自民党の馳浩会長、民主党の笠浩史事務局長の形で「夜間中学
等義務教育拡充議員連盟」が発足したが、この課題にとりわけ熱心に取り
組んだのが自民党の幹事長代行となった萩生田氏だった。同件に関して自
民党政権は文科省よりも積極的な姿勢を打ち出した。

夜間高校、夜間大学に較べて公立の夜間中学はまだ少なく、貧困、親の理
解不足、引揚帰国、外国人などといった理由で修学の機会を逃し続け、義
務教育の中学教育を受けられなかった人々がわが国には存在する。

そのような人々のために、萩生田氏は同僚議員らと共に汗をかき公立夜間
中学拡充に奔走した。恵まれない国民に対する氏の目線は決して「上か
ら」でも「グロテスク」でもない。むしろ非常に心優しい。国民、とりわ
け困った立場の人々への思いの深さは、氏自身の人生と深く関わっている
のではないか。

氏は東京都八王子の普通のサラリーマンの家庭に生まれた。なぜ政治を志
したのかと問うたことがある。大学在学中から八王子市議会議員の秘書を
務めた体験に加えて、当時の八王子市が生活基盤の整備で非常に遅れてい
たことが背景にあった。

「身の丈に合った」闘い

「たとえばトイレです。水洗ではなく汲み取り式でした。周辺部に較べて
こんなに遅れている。八王子市民の生活を改善したい。そう思ったので
す」と、氏は破顔一笑した。

政界入りに必要とされる地盤・看板・鞄のいずれも氏にはなかった。それ
でも八王子市議選挙に挑み、地元の仲間の応援を受けて議席を得た。10年
間市議を務めて都議となり、すぐに衆院選に挑んだ。03年の衆院選から
ずっと国政選挙を闘ってきた。

市議から始まるこのプロセスは、二世三世議員の歩みと較べると、不利な
こと、口惜しいことが多数あって当然だ。政界で大きな力を持つ前述の三
つの要素がなくとも氏は、その都度、与えられた立場で、いわば「身の丈
に合った」闘いでベストを尽くしてきた。そのような自身の体験があるか
らこそ、生徒達を励ましたかったのではないか。残念だが、世の中は平等
ではない。大人として政治家として、自分は差別のない国造りに努力する
が、他方、皆も頑張って欲しい。なぜなら頑張ることで、必ず、道は開け
るのだから、と。天声人語子がその点を全く察していないのは驚きである。

だが、一連の朝日新聞の報道の中で、納得できた記事もある。3日の開成
中学・高等学校長、柳沢幸雄氏の言葉だった。氏はざっと以下のように
語っている。

「日本の大学入試は、入り口で厳格、出口はズルズルというところがそも
そも問題だ。国公立大であっても、各々、入試についての考えがある。そ
れぞれの大学の方針に合った、緩やかで多様な入試であっていい」

今回問題とされた経済や地域の格差について、柳沢氏は国や大学が受験生
向けの奨学金を出すことを提唱するが、それもひとつの案であろう。

24年度まで先延ばししたとはいえ、萩生田氏には英語試験の見直しをはじ
め、日本の教育の土台を担う重い責務が課せられている。身長180セン
チ、体重95キロ。かつてはこの体で100メートルを11秒3で走り、明治大学
ラグビー部にも属した。その体力と志で、萩生田氏には果敢に働き続けて
ほしい。

『週刊新潮』 2019年11月7日 日本ルネッサンス 第876回

◆人工関節手術で歩ける喜び

小池 達也


整形外科の分野ですばらしい発展を遂げていると考えられているのは、人工関節分野です。現在では、肩・肘・股・膝・足関節に人工関節手術が施されますし、手や足の指関節にも応用が始まっています。

特に、股関節と膝関節に関しては膨大な数の手術が毎年日本中で行われています。
成績も安定しており、それほど高度な手術でもなくなりつつあります。

しかし、本当に人工関節は進歩したのでしょうか。

1962年にチャンレイという先生が人工股関節手術を初めて実施されました。 今から振り返ってみても、良く考え抜かれたデザイン・材質・手術方法でした。やっぱりパイオニアと呼ばれる人たちには何か光るものがあります。

このチャンレイ型人工股関節は長期成績も良く、スタンダードとなりましたが、もちろん完璧ではないので、チャンレイ自身を含め様々な改良が加えられました。

ところが、それらの改良、良かれと思ったデザインや材質の変更は逆に長期成績を悪化させました。

そうすると、また改良が加えられ、猫の目のようにくるくるとデザインや果てはコンセプトまで変わっていきました。最近ようやく、コンセプトも成熟し成績も安定してきました。

しかし、改良が加えられ続けていた時代に人工股関節手術を受けてしまった人は恩恵を受けることが出来なかったわけです。

最先端のものが最良とは限らない好例ではないでしょうか。これは人工関節の性格上、結果がすぐに出ないことが一番の理由です。そして、この危険性は今後も出てくる可能性はあります。

では、人工関節手術などすべきではないのでしょうか。

そうではありません。歩くことさえ大変な方が、人工関節手術を受けて痛みなく歩けるようになった時の喜びは、本人でない我々でさえ感じることの出来る大きなものです。

「人生が変わった」・「旅行に行けるようになった」・「歩くのって楽しい」など、多くの喜びの声を聴かせていただける、医者にとっては実にやりがいのある手術です。これを永続する喜びに変えるために、いくつかの合併症を克服してゆくのが、我々の今後の使命でしょう。

人工関節の合併症で厄介なのは感染とゆるみです。ゆるみの方は、多くの研究により克服されつつありますが、異物を体の中へ入れる手術であることから、感染の危険性はなかなか解決されそうにはありません。

また、スポーツも可能になるような丈夫な人工関節もまだ存在しません。真の人工関節出現はもう少し先になりそうです。
 
ところで、最近ではナビゲーションといって、コンピュータが人工関節を入れる方向を指示するシステムやロボットが人工関節を入れる方法も実用化されています。

あなたは、ロボットと人とどちらに手術して欲しいですか?
         (大阪市立大学大学院医学研究科リウマチ外科学 )

2019年11月14日

◆雀庵の「台湾人のルーツを探る」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/31(2019/10/5)】
先日、市役所で戸籍謄本を入手した。

チバニアンの友人が「ご先祖様がどこで暮らし、どうやって千葉まで来
たか家族史を研究している。曽祖父は樺太出身で東北を拠点にオホーツク
海で漁業をしていた。あれこれ戸籍をたどったり、書籍に当たっている。
大変だけれどとても面白い」と言っていたことに刺激され、「それなら俺
も」とルーツ探求を始めたのだ。

市役所の案内係の人は「戸籍謄本を必要とする理由」欄に小生が「ルー
ツ探し」と書いていたのを見てニヤリとした。ヂヂイになると暇はある、
金はないからルーツ探しは恰好の暇つぶし、脳みその刺激になっているの
だ。人生/子育てというドンパチ最前線からひとまず身を引くと、あれこ
れ「罪のないオモチャ」が欲しいわけ。「飲む、打つ、買う」以外のオモ
オチャでないと奥さんからダメ出しされるからね、「ピンクカード、退
場!」。

米国黒人のアレックス・ヘイリーが世界的なベストセラーになった
「ルーツ」(Roots: The Saga of an American Family)を上梓したのは
55歳の1976年。軍人、軍広報ジャーナリストを務め、退役後はリーダー
ズ・ダイジェストの編集主幹を務めていた。

まあ、物書きとか編集とかを経験した男は文字、活字が好きだから
「ルーツ探し」は遺跡とか宝物発掘のような興奮はある。

この謄本を頼りに各地の役所から明治初期の「原戸籍」、さらにお寺の
過去帳などを辿ることになるが、友によるとこれが結構大変だそうだ。
「国家資格者に代行してもらう場合は、行政書士または弁護士に依頼する
事になります」という以下のサイトがあった。

<ご自身で書類を集めようとされる場合、取得した戸籍謄本から次に請
求するべき本籍・役所を読みとって郵送で請求するか、もしくは交通費を
かけて役所を訪問して取得するか、委任状で近くに住む親族に依頼して進
めるか、などを選択しなくてはいけません。

戸籍謄本の取り寄せには、難しさもあります。戸籍謄本を遡っていく
と、どこの役所に請求するべきかわからないことがあります。たとえば、
古いものでは「東京市〇〇区」 や 「〇〇郡〇〇村」 など・・・またよ
くあるものでは、「さいたま市」ではなく「浦和市」など・・・

「どこだ?」と言いたくなってしまう本籍が出てきたりします。そうで
す。2000年以降、全国的に市町村の合併がさかんに行われていましたの
で、今では存在しない市区町村が記載されているなんて事も往々にしてあ
るものです。

このような作業や郵送のやり取りを繰り返して、戸籍謄本を集めていく
ことになります。

まず自分の本籍地のある役所にて、自分自身の戸籍謄本を取得。父/母の
最後の本籍地の役所に行き、自分の戸籍謄本をもとに父/母の出生から現
在までの戸籍謄本を請求します。ここですべて揃う方はここで終了です
が、そういう方は稀でなかなかいらっしゃいません。

次に、これよりも前に父/母が本籍地を置いていた役所に行き、取得した
最後の戸籍謄本をもとに、それよりも以前の父の 出生までの戸籍謄本を
請求します。ここで揃う方はここで終了ですが、さらに以前に違う場所に
本籍を置いていた場合はその管轄の役所に行って戸籍謄本を請求します。


郵送で請求するにしても、請求書の記入方法に不備があったり、戸籍発行
料として必要な定額小為替の料金に不足があったりすると、問い合わせの
電話や何度も郵送でのやり取りが必要に なってしまい、2度手間、3度手
間になってしまいかねません。

またこの際、本籍地のある役所に郵送しなくてはいけないほか、必要な
戸籍謄本をすべて添付する必要があります。

ちなみに、定額小為替は郵便局かゆうちょ銀行でなくては購入することが
出来ません。また、役所によっては郵送での受け付け方法を明確に市役所
や区役所のホームページに記載していないところも多いものですから、も
うちょっと分かりやすい案内を用意してくれよ!と一般の方がイライラし
てしまうのも分かる気がします。

戸籍謄本の取り寄せなら、実績ある行政書士・司法書士にお任せ下さい!>

恐ろしい・・・ラビリンス・・・祟りじゃ、ご先祖様の祟りじゃ! ま
るで荒波のを越えるようで萎えてしまいそう。

ルーツ研究には本家の謄本、過去帳なども調べることになるのだろう。
専門家に頼めばいいが、何十万もかかるだろうし、そもそも遊びなんだか
らDIYでないと意味がない。一歩一歩やっていくが、辿り着くといって
も、その先には郷土史、国史も絡んでくるから「終わりのない旅」、途中
棄権しても誰もタスキを受け取ってくれないという、ほとんどこの遊びは
「冥土への旅」だな。

さてさて「台湾」。林景明「台湾処分と日本人」から。

<高砂族あるいは高山族と呼ばれている台湾原住民も、いつから、いず
こから台湾に渡ってきたのかは、先史時代のことに属してつまびらかでない。

しかし、今から3、400年前に南シナ海沿岸から移住してきた人たちは、
政治的にも経済的にも故郷を「住むに耐えないところ」と見切りをつけ、
命懸けで新天地を求め、木の葉のような小舟で怒涛逆巻く台湾海峡に漕ぎ
出した一種の難民だったといえよう。

今日においてすら一度でも海外に出たことのある台湾人が「過塩水的/ケ
キャムツィエ」と呼ばれて一目置かれるのは、海を乗り越えることが命懸
けの冒険であった頃の台湾人が、困難に遭うたびごとに「塩水を乗り越え
てきた勇士ではないか」とお互いに励まし合った名残なのである>

不運にも海の藻屑と消えた霊が閻魔様に「なぜこんな目に」と泣きつい
たら「宿命だから諦めろ」と慰められたほどに過酷な試練だった。

運良く辿り着いたものの彼らを待っていたのは新たな試練だった。

小生が初めてフィリピンに出張しコレラになってしまった際、フィリピ
ン留学帰りの部下が「それがフィリピン流のウェルカムサインですよ」だと。

台湾の緑の沃野には熱帯性風土病が手ぐすね引いて待ち構えていたの
だ。マラリア、黄熱、デング熱、アメーバ赤痢、コレラ・・・が熱いキス
と抱擁で熱烈歓迎してくれる。多くは昇天してしまうが、運良く生き残っ
た人は平地の先住民から開墾を認められ、やがて通婚し、同族化していっ
たようだ。

移住者を好まない先住民もいて、サイセット族は平地から山地に移った
が、もともと洪水や津波が多いためにタイヤル族、ツオウ族、ブノン族、
アミ族、ヤミ族は高地に住んでおり、このために新参者は平地で農耕が可
能だったらしい。

先住民はインドネシア系、移住民はインドシナ系で、元々は同一人種
だったことも幸いした。

以上は林景明氏の著作によるが、氏は日本に留学中、拓殖大や東大で言
語学も学んだようで、こう書いている。

<日本語の「なぜ」は台湾語「ナエ」、ベトナム語「ナウ」、漢族中国
語「オヘサマ」。「おそい」はタイ語で「ソイ」、台湾語「ソー」、ベト
ナム語「トイ」、中国語「マン」>

狩猟採集で海浜に住む日本、台湾など南アジア系と、遊牧農耕の大陸系
の支那/漢族とは民族学的には隔たりがあるようだ。小生が台湾を取材し
た際に台南の農村風景を見てジーンと感動したが、それは4歳までの原風
景がそこにあったからだと思っていたのだが、もっともっと以前からの血
というか、共通する「ルーツ」というものが琴線を振るわせたのかもしれ
ない。

発狂亭“来週は日本人のルーツ探しで三内丸山・津軽探訪!”雀庵の病棟
日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(149)2017/1/15】産経「佐藤優 エルサ
レムに米大使館?」、そこにはユダヤ、キリスト、イスラムの聖地がある
から大騒動になるぞ、止めろ!という説。一方で佐藤は中共工作員のごと
く琉球独立を煽っている。産経よ、外務省出身のインチキ屋ラスプーチン
に騙されるな!

主張「東京の大学抑制 まず地方の受け皿づくりを」。幼馴染みのM君は
秋田大卒だが、仕事に恵まれなかったようで、50歳頃には「半農半土工」
みたいだった。敢えて問いたいが、地方大学に学ぶ利点は何か? 大学は
戦後に雨後のタケノコのように増えていったが、若者は減るばかりだから
大学経営はとても難しい。豪州の大学のように支那人留学生頼りか? 豪
州の大学は支那人留学生のオツムに合わせて高校レベルになってしまった
という。

大学経営が中共の資金援助なしでは成り立たないというケースが増えて
いる。田舎も街も国家も支那人抜きにはやっていけない・・・やがて乗っ
取られる。漢族は世界最強で、異民族支配の達人だ。毛沢東曰く「カネ、
女、名誉・・・欲しがるものは何でもくれてやれ」とたらし込み、それで
も抵抗する奴は叩き潰す。これが4000年の伝統的支配策だ。

Slow but steady・・・焦らずじっくり、だが確実に篭絡する。1000万
円、1億円で落ちない人も1億円、10億円なら落ちる。「貴校のため、お国
のための援助資金です」と言われて受け取ったら、もうパトロンなしでは
生きていけなくなる。

「敵は幾万ありとても立ち向かう、周りは流されようとて我は孤高を保
つ、付和雷同は拒否する。でも1000万人が向こうへ行っちゃったら、俺も
行くよなあ」と言ったのは山本夏彦翁である。人間は弱いもの。「毒を食
らわば皿まで」、ズブズブ。だから警戒し、初期の段階で抗がん剤で治療
しなくては駄目だということ。「一度アル中、一生アル中」、支那、漢族
に心を許したら国家、民族はやがて消滅する。(つづく)2019/10/5





◆「香港はまだ燃えているのか?」

宮崎 正弘


令和元年(2019)11月11日(月曜日)通巻第6270号 

 「香港はまだ燃えているのか?」
   「ええ、ぼやが大火になり、これから焦土になるかも」

香港科技大学の周梓樂君の転落死を追悼する集会、追悼会、イベントが香
港の各地で開催された。駐車場の4階から転落し、病院で危篤状態が続い
ていた。
事件現場となった駐車場ビルには花束をもって数千、いや数万の市民が押
しかけ、また大学にも追悼のモニュメント、山のような花束。自殺者はす
でに十数名でているが、(公式の)犠牲者は初めてだった。

10日、日曜日。5ヶ月目をむかえた大乱は、あたかも香港の風物詩のよ
うに火焔瓶、催涙ガス、乱闘、地下鉄駅の破壊。親中派のレストランの宴
会場にも覆面黒衣隊が登場、テーブルを倒し、椅子を破壊し、宣伝のガラ
スを粉々にした。

沙田、屯門、全湾、九龍糖、太古。。。。。少数の部隊に別れ神出鬼没を
繰り返した。

穏健派は「1111」が独身の日、アリババの大セールスが行われ、事情
空前の小売りとなる予定だが、中国大陸では「米国製品を買うな」キャン
ペーンが呼びかけられている。

香港では「中国製品を買うな」「1111セールはボイコットせよ」とす
る呼びかけがSNSで行き交っている。

 北京での懸念。

「香港はまだ燃えているのか?」

客観的な見通しを言えば、
 
「ええ、ボヤだったのに、対応がまずくて大火となった。
これから焦土になるかも」
          
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読者の声   どくしゃのこえ  READERS‘ OPINIONS
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  ♪
(読者の声1)またしても外務省の失態のニュース。「オーストリアで日
本側が展覧会公認取り消し」
https://news.goo.ne.jp/article/ntv_news24/world/ntv_news24-541438.html

『オーストリアで日本との国交樹立150年を記念する事業として認定さ
れた展覧会が、その後、日本側から公認を取り消された。展覧会では昭和
天皇や安倍首相などを風刺したとみられる作品が展示されていた。

オーストリアで開かれた展覧会は日本の表現の自由をテーマにしたもの
で、昭和天皇とマッカーサーが並ぶ写真を連想させる作品のほか、安倍首
相に似せた人物が歴史問題をめぐり韓国や中国に謝罪する動画などが展示
されている。

当初は、国交樹立150周年の記念事業として現地の日本大使館から公認
されていたが、開始から約1か月後の先月30日、「友好記念事業として
の要件を満たしていない」などとして公認が取り消された。

これに対して展覧会の主催者側は「作品はあくまで日本社会の風刺で反日
が目的ではない」としている。

また「内容についても展覧会が始まる前に日本大使館に通知していた」と
した上で、「取り消しに驚き、残念に思っている」とコメントした。』
 外務省には創価学会員による大鳳会という組織があり中韓に異様に甘い
対応を取る要因ともなっていると以前から指摘されています。上記の
ニュースに関連してネットに在外公館の連中が中韓とつるんで飲み歩いて
いるという指摘がありました。
http://japannews01.blog.jp/archives/50525713.html

 『35. 元海外駐在員 2019年11月10日 06:30 ID:9hQP5PrY0
(引用開始)「この胡散臭い連中の言を信じるつもりは到底ないが、日本
の外務省が反日組織である事は事実だからな。展示内容を知ってたのに許
可出した奴は必ず居る。

日本大使館や日本領事館は海外にあるので、日本国民の監視の目が届かな
いので、日頃から日本大使館員や日本領事館員は中韓やパヨク団体と組ん
で、日本の名前を勝手に使って好き放題やってる。だから今回の件も必ず
在オーストリア日本大使館の職員が関わっている。

日本の外務省やその海外出先機関である日本大使館や日本領事館は、昔か
ら中韓による反日活動にやられっぱなしの無能ってイメージをみんな持っ
てると思うが、あれは『わざと』だぞ?

わざと、反日活動を見て見ぬフリしてる。だって日本の外務省本省の役人
や日本大使館員・日本領事館員は、世界中どこでも中韓の連中とばかり、
『私的』交流取ってる奴らばかりだからな。場合によっては、大使公邸と
かにまで中韓の連中を招いて、飲み食い(当然日本の税金で)してる連中
や、公費で中韓の連中と派手に飲み歩いてる奴らまで居る。これで「すみ
ません、中韓が海外で反日活動やってるなんて知りませんでした」は通用
しない。
 
むしろ、中韓とは反日仲間だから、彼らの海外での反日活動を見て見ぬフ
リして助けてる。野球で言えば、『わざと』ミス連発して敵チーム助けて
る裏切者のキャッチャーだ。これが日本外務省(とその海外出先機関であ
る日本大使館や日本領事館)

俺は海外駐在員やってる当時、あまりにも酷い海外での、中韓の反日活動
やそれに加担する日本のNPO団体や、海外で中韓の連中とばかり派手に飲
み歩く日本大使館員(幹部含む複数)に対して俺が、「飲み歩くのは別に構
わないが、もうちょっと自重しろ。あまりにもド派手にしょっちゅう飲み
歩いてる(しかも中韓の連中と)から、現地の人々の間で話題になってるぞ。

日本大使館員は日本の代表だと海外の人々には思われてんの忘れるな」っ
て注意したら、日本大使館幹部職員は逆ギレし俺に「日本の外交は、お前
の様な一在外邦人や、コ.ロコ.ロと大臣が変わる日本政府が決める事では
ない。日本がどの国と付き合うかは、我々日本大使館員が決める事だ!」
とまで開き直ったからな。

信じられるか? 日本国の外交を、個人である一日本大使館員の好き嫌い
で、勝手に決めてやがるんだとよ。

そりゃあ自分達が『私的』に付き合いある中韓の悪さ(=反日活動)は、見
て見ぬフリするよな。

この様な越権行為&逆ギレを俺は、日本の外務省本省と当時の外務大臣で
ある岸田の事務所に、具体的な内容(どの高級クラブでどれだけの頻度で
通ってるか=どれだけ公費で中韓の連中と飲み歩いてるか)を書いて告発
したが、握り潰された挙げ句、外務省からは「お前、海外に住んでるんだ
よな? 日本大使を敵に回してタダで済むと思ってんのか?」といった事
まで言われた。

だから、それ含めて全部を安倍事務所と首相官邸に告発してやったら、日
本大使館が慌てて「誤解があった様だからご説明差し上げたい」と下手に
出て来やがった。多分、安倍総理から外務省に雷落ちて、外務省から日本
大使館に「何やってんだ!」と雷が落ちたんだろう。この流れだけ見て
も、日本の外務省や日本大使館の連中が、どれだけ中韓と親密で、どれだ
け反日活動に加担してるかが分かるだろ?

あとそれを見て見ぬフリした岸×外務大臣も、少なくとも中韓寄りの物事
をだという事もね。しかも岸×はその後も「韓国に騙された(すっとぼ
け)」とか言って、軍艦島とかのユネスコ登録の際に「強×連×した韓国人
によって作られた」と登録しちまった。あれで強×連×は日本政府が認めた
と世界に誤解されてしまった。岸田は売×奴だよ。俺の告発によって、当
の反日日本大使館員(幹部含む複数)は飛ばされた。もしかしたら、ソイツ
らが在オーストリア日本大使館に異動したのかもね。

外務省は組織自体が反日組織。

だから、海外で活動する日本のNPO団体(隠れ反日)が日本からの支援物資
についてる日の丸マークを剥がして、中国や韓国の国旗シールを貼って、
中国や韓国からの支援物資だと偽って海外援助してる事も、日本大使館は
見て見ぬフリするんだよ、中韓は同じ反日仲間だからな。それに韓国なん
かは、日本が国際援助で海外の田舎に建てた橋や施設にある日の丸マーク
をぶっ壊して、韓国国旗入りの記念プレートを付けて、『韓国が援助した
施設』と嘘ついてやがる。現地の日本大使館や日本の外務省もその事実は
把握してるが、同じ反日仲間だから見て見ぬフリしてる』(引用止め)

外務省も法務省も中韓べったりの汚染はひどいもの。だから習近平を国賓
で招待するだの、犯罪者だらけの韓国人に対するビザなし渡航の条件がゆ
るゆるだったりするわけですね。
与党に公明党を抱え込んでいる現状では省庁の改革にも時間がかかりそう
です。(PB生、千葉)
  ♪
(読者の声2)香港のデモの煽りで科技大学の学生が死亡し、香港各地で
追悼のイベントが行われたようです。警察は「事故死」として扱い、催涙
弾を打った場所から120メートル離れた駐車場だったと主張していて、
民主抗議派の「弾圧による死」と食い違っています。
真相はどうなのでしょう?(HJ生、鹿児島)


(宮崎正弘のコメント)香港科技大学の周梓樂(22)君は事故現場でガ
スマスクをしておらず、デモの参加者だったか、どうかは確証がありませ
んが、抗議側は彼の死を「殉教」として捉え、数万が集まった追悼集会で
は、『マタイによる福音書』第五章第十節がとなえられ、弔意を表してい
ました。

すなわち

「大義のため迫害される者は幸せである。天はその人々を待っている」。
香港の人々は警察発表を信じていません。過日も15歳の少女が全裸で海
に浮かんでいましたが、『自殺』と発表されました。なぜ全裸だったの
か、説明がない。
 
10日の『リンゴ日報』は、14歳の少女が警官4人に強姦され妊娠した
事件を伝えています。

  ♪
(読者の声3)英語教育論というのは、誰でもが自分の経験をベースに論
じられることもあり、おもしろいのですが、今回の「民間試験導入論」に
ついての議論については、週刊新潮11月14日号の阿部公彦(東京大学文学
部教授)による「『民間試験導入』は日本の若者を『英語帝国主義』の最
底辺に位置付ける」が有益でした。
 
阿部氏が言われる通り、CEFR(英語等の各言語の運用能力を測るため
の参照枠)などというものは、入試のような競争的で厳密性が求められる
試験に使える安定的な指標ではない、という点はそのとおりでしょう。英
検、国連英検、ケンブリッジ英検、IELTS,TOEIC、TOEFL
についての受験経験がある自分には、このような多種の試験の間で、公
正、公平、厳密な比較評価などは無理だということはよく分かります。特
に、TOEICを大学入試に使うなど無茶です。

そもそも、外国人の英語能力の基本は、「読み書き」(文法の応用的活用
能力と語彙力)であるべきで、他の能力は、必要に応じ、「身の丈に応じ
て」身に着ければよいことです。 これらすべてを、入学試験のような
「競争的で厳密性が求められる試験」の要素に入れることは、無理・無意
味です。

先に、公立中学における、音楽、体育、美術科目等の筆記試験の愚かしさ
を述べましたが、だからと言って、これらの科目の実技能力を厳密に相対
評価して、一般普通高校の入学試験の評価に入れることなど、実際的には
不能・無意味なのではないか。

厳密な点数評価を行おうとすれば、結局は筆記試験に拠らざるを得ないこ
とになるのであり、要は、こうした科目の評価を一般高校の入学試験のよ
うな競争的選抜に用いること「自体」が間違っているのではないか。音
楽、体育、美術などについての知識、能力が人格の陶冶に不可欠であるこ
とは当然だとしても、これを入学選抜評価の対象にするか否かとは別次元
の問題でしょう。

英語の「話す能力」の評価を大学入試の要素に入れ込むことは、音楽や体
育の実技能力を普通高校入学試験の評価対象に入れることと同様の愚策で
はないでしょうか。

「語学の習得のためには話すことの練習は当然必要だが、ひとたびそこに
流暢さを絶対視する規格化がもちこまれたときにどんな結果に結びつくか
は慎重に見極めなければならない」(阿部氏)というのは、そのとおりで
しょうね。(椿本祐弘)
  ♪
(読者の声4)新帝の即位を祝う国民祝賀大会はじつに厳粛でしたし、パ
レードも晴天に恵まれ、沿道に十数万の人出があった。一連の即時行事が
終わり、日本はいよいよ新しい出発です。慶賀に堪えないことと存じま
す。(宮城の老人)


(宮崎正弘のコメント)即位儀式も重要ですが、これまでの行事は「週刊
誌天皇制」のイベントであり、小泉信三的世界のこと、いちばん大事なの
は今週行われる14日と15日の「大嘗祭」です。

国民の祝賀行事は歌手やピアノに焦点が当たっていましたが、祝辞のあ
と、両陛下がお出ましの前に『古事記』のさわりの部分が朗読され、大ス
クリーンにはダイナミックな絵画が何枚も紹介されていました。

あの儀式の中では、古事記を前面に出したことに感心しました。国民の多
くは古事記を教えられなかった世代ですから、これを契機に日本の神話、
悠久の歴史にこそ、思いを馳せて欲しいものです。

  ♪
(読者の声5)貴誌の過日の「書評」欄で、中島敦の『南洋通信』があ
り、そう言えば、と本棚を探して『李稜』を見つけ出し、埃を払って四半
世紀ぶりに読み直しました。

古代中国にも、このような義理、裏切り、交誼、嫉妬、讒言、意地あるい
は意固地、誉れ、武士の栄誉と挫折があったのか、と感動することしきり
ですが、あ、これは日本人作家が、日本人の武士の視点で書いたもので、
義理人情、武士の栄誉という概念は、あの時代の中国、とりわけ漢族と日
本人の感覚とは異なるのではないかとも思いました。ともかく傑作を再読
する良い機会となりました。(DD生、大阪)


(宮崎正弘のコメント)漢族と遊牧民「きょうど」の戦闘、戦意、戦士。
その人生観、死生観が濃厚に投影された傑作ですね。

ところで、この小説の舞台は甘粛省がおもで西遊記の舞台でもあります。
蘭州、武威、張液、酒泉で戦ったのですが、酒泉の先が敦煌。その手前が
万里の長城の最西端です。10年ほど前に、この河西回廊を十日ほどかけて
回ったことがあります。

鉄道とバスを乗り継ぎ、砂漠の間を抜けてオアシスという月の砂漠を連想
する浪漫溢れる旅程でした。

なにしろ日本人旅行者はほとんど来ない地域でもあり、ああ、これが李稜
の舞台なんだと灌漑深いことでした。



◆産経よいつまでこんな駄文を

奥山篤信
 
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筆者は正論のレベルの低さを常常叩いているが、本日の正論の質の悪さ
には驚愕する次第だ!

読む前から書いてあることが分かる典型的駄文なので皆様に下記筆者のコ
メントつきでお知らせする次第
ほんとに笑止千万 これじゃ産経も御しまい。

あのね論文を書くときはその斬新性と読者に目から鱗を感じさせるもので
なければならないの
ポチ保守に特有の同じことの繰り返し、大上段に構えるが内容の陳腐なこ
とったらない。
曽野綾子を見習え 石原慎太郎を見習え 西部邁を見習え 関岡英之を見
習え 思想は異なるが孫崎享を見習え

XX 筆者コメント

【正論】

杏林大学名誉教授・田久保忠衛 憲法と現実との「乖離」甚だしく

立場が右であるか左であるかなど問題ではない。日本の政治、経済、教
育、防衛
外交全般に言い知れぬ不安を感じない日本人はいるだろうか。胸騒ぎの原
因を政治家や
のせいにして憂さ晴らしをする時期は、もう過ぎてしまったと思う。戦後
日本が内外に問題を抱えて
動きできなくなっているとしか考えられない。60年余にわたり国家の心
棒である日本国憲法
耐用年数期限が来ていると痛切に感じるのである。
XX まあ同じことを繰り返してここ10数年 ご苦労様

 ≪誇れるアイデンティティーを≫

 ごく最近、米議会関係者多数と会ってきた友人が、「彼らが一様に最も
強く失笑と侮蔑を露
あら)わにしたのは、北朝鮮の金正恩でもイランの神権政治家に対してで
もなく
、『ハトヤマ』という名を口にするときであった。無定見・無責任・軽薄
を極めた『ハトヤマ』的政治から
日本が決別できねば、遠からず日本人全体が侮蔑と失笑の対象になるだろう
国家基本問題研究所「今週の直言」)と書いている。むべなるかなと思う。

XXその友人とはジャパンハンドラーの日本ポチ養成学校さんだろう?大体
自分が検証もしたいない
噂話を真実のように書くなかれ!

もちろん、鳩山由紀夫内閣から2代の内閣が続いているのだが、米側の嘲
笑は政治家個人と同時
日本という国に向けられている。カタカナ4文字の受け取り方は人によっ
てまちまちだろう。が

東日本大震災の際に日本人が発揮した個人的美徳に酔っていてはいけな
い。国際社会で日本人
胸を張れるアイデンティティーは何かを静かに考える時期が来ている。
XX おいおいカタカナってアメリカ人がどうしてカタカナで鳩山を表現で
きるの!馬脚を顕したこのいい加減さ!

戦後の一時期に吉田茂が考えた点だけを取り上げ、軽武装・経済大国の道
を「吉田ドクトリンなどともっともらしく形容し、国民の少なからぬ人々
がその神輿(みこし)を担いできたはずだ。
経済大国日本は今、どこに消えてしまったのか。経済の低迷は冷戦終焉
(しゅうえん)の直延々と続いている。ソ連崩壊後の「脅威」は日本経
済、とばかり狙いを定めていた米国のパンチは空振りに終わった。

すぐ隣に、「軽武装・経済大国」のなれの果てをせせら笑
派の政治家はこの現実に正直に答えなければいけない。

XX あなた小学校社会科の授業ですか!こんなこと言うまでもなく理解し
ている読者に失礼だ!

≪米中関係に左右される国運≫

 軍事大国と経済大国を兼ねるようになった中国に日本がどう対応するか
は、今世紀の大きな課題だろう
経済的にはますます相互依存性が強まる世界で、軍事力を背景に外交を推
し進める中国に、先だけで毅然(きぜん)としても効き目のあるはずがな
い。日本が頼りにしてきた米国は対中政策基本に関与政策を置いている。

それがうまく機能しない事態には保険政策でいこうというのが米国の考え
方だろう。保険政策の内容は軍事力と同盟、友好国関係の強化だ。

残念ながら、自立の努力を怠った日本にとり米中関係
動向が国運を左右する結果を招いてしまった。
XX ポチ保守仲間の誰かの議論に似ているね!

2005年に米側が「ステークホルダー」(利害共有者)になるよう呼びけ、
中国側は「平和的台頭」と応じたが今、両国の呼吸は合っていない。国連
など国際社会で中国は北朝鮮やイランなどの肩を持つ動きを示してきた。
シリアのアサド大統領の反体制派弾圧にも正面切って反対しない。

中国が海外に進出して影響力を増大させる動機を、資源獲得とか輸出市場
拡大のためと見るのは誤民主、法治、人権といった普遍的価値観を共有す
る国際秩序が、一党独裁体制と相反することに気行動だとの分析が生まれ
ている。憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義」を信頼していた
ら、日本はどうなるか護憲派の人々は答えてほしい。

XX ちょっとはアメリカの権謀術数に対しても批判の目をむけたらどうだ
い?シリアってほんと何が起こっているかわからないよ。
かってアメリカがボスニア紛争の際広告会社を使って反セルビア
の捏造宣伝をしたように。イランに対してだってそうだよ!
すべてアメリカが正しいの田久保さんよ!

誤りで>→これって全くの間違いではないの?シナの狙いは昔の帝国主義
 資源獲得の野望が根本なんじゃないの?

 ≪大震災の有事にも対応できず≫

日本国民は東日本大震災と原発事故の凄(すさ)まじさを経験した。国家
としてどう対応したか,先の大戦で敗北し、占領された状態の憲法が現在
まで続いているのだから、国家の緊急事態に直面しても指導者が最重要決
断を下し、それに従って組織が危機管理に一斉に動く体制はない。

国家緊急事態宣言を発する条項が憲法になくても、指導者は気にならない
のか現行災害対策基本法の災害緊急事態布告も、今回の災害には適用され
なかった。有事か平時かは、際的常識に従えば、有事に決まっているにも
かかわらず、一部私権の制限を政治家は本能的に恐れて深刻な惨事を招来
してしまった。

XX こんな話は田久保さんが言う前からだれでも分かってることでしょ?
ことさら正論に書く意味も無い!

日本の内外で、憲法と現実が乖離(かいり)しすぎて辻(つじ)と褄
(つま)が合わなくなっている
実を、日本人はお互いに認め合おうではないか。憲法の欺瞞(ぎまん)は
国家の溶融を招く。
あくまで報道ベースの話だが、沖縄県の財界、官界の有力者の中に、「沖
縄にとって中国は親戚で日本は友人。親戚関係をもっと深めたい」とか、
「次のステージは一国二制度だ」との発言も出ている
事実とすれば、国家は、遠心力が働いてとどまるところを知らず溶融する
のではないか、と疑懼(ぎく)する。

XX 認め合って何になるの?くだらない意味不明の言葉の遊び止めてほしい。

 独特の歴史、伝統、文化を続けてきた日本の戦後に幼児心理が作用し
ていたのだ、と後世の人々が一笑に付せるように、
憲法を反省するのは今を措(お)いてない。国家の正常化を
「日本の軍事大国化だ」などと心配する国が出てくるとすれば、これほど
の滑稽はない。(たくぼ ただえ)

XX ここ20年同じことばかり繰り返し幼児心理とは一体だれのことだ
い?胸に手をあててお考えあそばせ。

◆「納豆」好きになった理由

毛馬 一三


私の苦手な「納豆」が、骨粗鬆症の予防に効果があるという記事を読んだ。だったら、これからもっと早くから「納豆」を食べることに挑戦すべきだった。
「納豆」好きな人にとっては滑稽な話に違いないが、それはこれから追々。


私は九州の筑後地方で幼少期を過ごした田舎育ち。日露戦争で活躍した日本旧陸軍「久留米師団」の軍事施設がわが家の近くにあったが、周辺全体が農村地帯だったので大東亜戦争が終ったあとも、米や野菜など食糧難に接した記憶はない。

しかし、有明海や博多湾からかけ離れていた所だけに「海の生魚」には縁がなく、塩漬けのサバなどをリヤカーに積んで売り歩く行商から「塩漬け海魚」を買い求め、焼き魚にして食べさせられたことが日常だったと、今でも思い出す。

ところが珍事がある。どうしたことかわが町には「納豆」の売る店も、行商も一切なかった。だから「納豆」を食することはなく、名前すら知らなかった。勿論、我が家が「納豆」を何かの因縁で食膳から避けたという話も聞いたこともない。

「納豆」に初めて出会ったのは、18歳の時東京に進学して、下宿先の食卓だった。「納豆」にネギ、わさび、醤油をいれてかき回しご飯の混ぜて食べるものだったが、異常なねばりによる味と、腐ったような異臭に思わず顔を背けた。以来、食することはなかった。


しかし、横浜生まれで「納豆」常食していた家内と結婚してから、健康のために食べようと説かれたことで、「納豆」に卵の黄身、ネギ、醤油、からしを混ぜて食べる食べ方でチャレンジさせられた。

ところが、その「味付き特別たれ納豆」の食べ方が意外に美味しかったことから、その「たれ」をかけた「納豆」だけを「おかず」として食べるようになった。

そんな折、骨粗鬆症などの予防に「納豆」などに効果があるという記事も読んだ。

同紙によると、

<納豆などに多く含まれる成分「ポリアミン」に骨量の減少を抑える効果があることを、金沢大医薬保健研究域薬学系の研究グループが、マウスなどによる実験で突き止めたという。

ポリアミンは老化抑制効果が注目されているが、骨への効果が判明したのは初めて。骨粗鬆症などに対する副作用が少ない予防、治療法の開発につながるとみられる。

金沢大医薬保健研究域薬学系の研究グループは、骨粗鬆症モデルのマウスと、関節リウマチモデルのラットにそれぞれ28日間、ポリアミンを混ぜた水を投与した。

骨粗鬆症モデルでは何も与えない場合、骨量が3〜4割減少したが、ポリアミンを投与したマウスはほとんど減少しなかった。関節リウマチモデルでは、何も与えない場合と比べ、骨や軟骨が破壊される量が3分の1程度に抑えられた。

さらに培養細胞実験で、破骨細胞にポリアミンを加えると、細胞の働きが抑制されることも確認した。
同研究グループは「ポリアミンは納豆など日本人になじみの深い食品で摂取でき、副作用も少ないとみられる。特定保健用食品や医薬品などの開発につながる」と話した>としている。

たしかに高齢の時期になってくると骨粗鬆症が原因で股関節を骨折し、寝たきりになったという話よく耳にする。

序ながら「骨粗鬆症」に触れておくと
<骨粗鬆症(osteoporosis)とは、骨形成速度よりも骨吸収速度が高いことにより、骨に小さな穴が多発する症状をいう。背中が曲がることに現れる骨の変形、骨性の痛み、さらに骨折の原因となる。
骨折は一般に強い外力が加わった場合に起こるが、骨粗鬆症においては、日常生活程度の負荷によって骨折を引き起こす。骨折による痛みや障害はもちろん、大腿骨や股関節の骨折はいわゆる高齢者の寝たきりにつながり、生活の質(QOL) を著しく低くする。> 出典:ウィキペディア

上記の様に、高齢時になると骨粗鬆症が原因で、股関節を骨折し、寝たきりになったという話よく耳にする。
ところで筆者自身は、今、背骨と坐骨の神経を痛めて、2件に交通事故による「むちうち症」が加わって、毎日、整形外科と鍼灸院に通院しているほど、歩行に困難を強いられている。

歩行がよろけて9回も倒れ、足、腰、腕にけがをした。骨折は免れた。しかし骨粗鬆症との関わりを考えると、やはり背骨・坐骨神経を痛めては、骨粗鬆症には特に注意が必要になる。

以来、それまで「納豆」に軽い気持ちで、おかずで食してきた筆者は、今までよりも「好んで納豆」をご飯に混ぜて多食するようになった。「納豆」好きな人には恥ずかしいことだが、
「納豆」無関心だったのが、一挙に「納豆好き」なったのは、この理由からである。

なお、心臓病や脳梗塞の治療を受けて、「抗血液凝固剤「ワーファリン」を飲んでいる人は、「納豆」は禁忌とされているそうだ。どうか「ワーファリン」を飲んでいる人は、絶対に「納豆」は食べないでくださいと聴いており、医師に相談して下さい。           
                                (了)