2019年11月11日

◆「味の素」発明は108年前

渡部亮次郎


「味の素」に特許権が降りたのは108年前の7月25日だった。経済産業省特
許庁は発明した東大教授池田菊苗(いけだ きくなえ)を日本の十大発明
家の1人として顕彰している。

また、食品添加物として広く普及し日本のみならず世界の人々の食生活を
豊かにした、と言っているが、昭和20年代の東北や北海道には味の素は無
かった。昆布があり過ぎたからでもあるまいが。

発明した池田菊苗は、元治元年(1864)京都に生まれた。明治22年東京帝
国大学理科大学化学科を卒業し、明治32年から2年間、ドイツに留学した。

帰国後、明治34年に東京帝国大学教授に就任した。彼は、専門の物理化学
の研究を行うとともに日本人の生活の改善と社会の進歩に直結するような
応用研究に関心を持ち様々の研究を行ったが、この中に昆布の「うまみ」
の研究があった。

彼は、昆布のうまみの成分を解明すれば調味料として工業的に生産できる
のではないかと考え、研究を続けた結果、うまみの成分が「グルタミン酸
ソーダ」であることを突き止めた。

これを主要成分とする調味料の製造方法を発明し、特許権を得た(特許第
14805号、明治41(1908)年7月25日。我が母の生まれし年なり。今から108
年前)。

「グルタミン酸ソーダ」は、彼の働きかけによって商品化され、調味料と
して広く売り出された。このグルタミン酸ソーダは、品質が安定しており
食物に独特のうまみを与えるため、食品添加物として広く普及し日本人の
食生活を豊かにした。

これが今日の「味の素」である。工業化をどこにさせるか。熟慮の結果、
池田が依頼した先は鈴木三郎助。味の素株式会社の創設者である。

また、海外にも調味料として広く受け入れられた。彼は、大正12年に東京
帝国大学を退官した後もグルタミン酸ソーダ製造技術の完成に熱意を注
ぎ、主として甜菜糖の廃液を原料としたグルタミン酸ソーダの製造法の研
究に従事した。昭和11年(1936)没。

ところで「味の素」株式会社の事である。

<味の素[株] あじのもと 〈味の素〉で知られる総合食品化学会社。2代
目鈴木三郎助とその家族によって1888年創業された鈴木製薬所が前身。

神奈川県葉山で,ヨード製造を家内工業で行っていたが,化学薬品にも手
を広げ1907年合資会社鈴木製薬所に改組(1912年鈴木商店)。

東大教授池田菊苗が08年に取得したグルタミン酸調味料製造法の特許の工
業化を依頼された鈴木は,新化学調味料の製造に取り組み,同年11月〈味
の素〉の名で売り出した。

しかし当初はまったく売れず,軌道に乗るまでに10年近い年月を要した。
大正の末からは順調に伸び,海外へも輸出されるようになった。

35年宝製油(株)を設立(1944合併),味の素の原料となるダイズ油の製造を
開始。第2次大戦後,46年2月社名を現社名に変更,50年に原料・製品の統
制撤廃後は,急速に生産水準を回復,52年には戦前水準に戻った。

その後,グルタミン酸ソーダの製法転換(植物タンパク分解法から発酵法
へ)に協和鍋酵工業に続き成功(1959製造開始)。これに伴い油脂関連部門
を拡大,この部門でも大手になった。

また,多角化を進め,総合食品化学会社への脱皮に成功した。とくに加工
食品部門の拡大が著しく,61年にスープ,63年コーンフレーク,68年マヨ
ネーズ,70年マーガリン,調理済み冷凍食品と,相次いで新分野に進出した。

73年にはゼネラル・フーズ社と提携し味の素ゼネラルフーヅを設立,イン
スタントコーヒー等にも進出。最近では,飲料・乳製品部門,加工食品部
門が調味料部門を上回る。

さらに海外進出の面では,戦後も1958年にフィリピンで味の素の生産を開
始したのを最初に,欧米,東南アジアを中心に進出しており,海外売上高
比率は連結ベースで2割に達する。

また近年は発酵技術を生かして,医薬品分野への進出に力を入れてい
る。>世界大百科事典  2008・07・27

◆今月の法律コラム

川原 俊明 弁護士


「養育費を支払ってもらうための新しい法律」

一度取り決めた養育費を支払ってもらえない場合、
どうすればよいでしょうか。

せっかく離婚するときに養育費を支払ってもらうよう約束したのに、
実際に支払われないまま、相手との連絡がつかなくなってしまう。
強制執行しようとしたが、相手の財産や勤務先がわからず、泣き寝入り。
それでは何のために取り決めたかわかりません。

そのような相手の逃げ得を許さないため、新しく法律が改正されました。
令和元年5月に成立した改正民事執行法によれば、確定判決や調停、
審判、公正証書などに基づいて地方裁判所に申立てをすることによって、
相手の預貯金の口座情報や勤務先の情報を、金融機関や市町村、
年金事務所か ら取得できるようになりました。
 
これまでは、相手の勤務先がわからず、相手がどこの銀行に
口座を持っているかわからないと、差し押さえをすることが
なかなか難しかったのです。
 
ところが、改正民事執行法が施行されると、容易に相手の資産を
差し押さえることができるようになります。
 
@ 相手の預貯金や勤務先の情報を提供してもらうように、
地方裁判所に申し立てる
 ↓
A 申立てを受けた裁判所は、金融機関や市町村、年金事務所等に、
情報提供を命令する
 ↓
B 金融機関や市町村、年金事務所等は、相手方に関する情報を回答する
 ↓
C その情報の通知を受けることで、相手方の資産に対し強制執行
しやすくなる

 それでも、確定判決や調停、審判、公正証書などにおいて、
きちんと養育費に関する取り決めをしておく必要があることは、
以前から同じです。

そして、改正民事執行法は、令和2年4月に施行される予定です。

2019年11月10日

◆雀庵の「続・台湾のゲリラと蜂起に苦戦」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/48(2019/11/8】「レンタル家族」は小説の材料
になっている。筒井康隆、伊坂幸太郎が書いているから結構、人気の材料
なのだろう。派出婦は「レンタル奥さん」、派遣ワーカーは「レンタル
SE]とか、デリヘルなんて「レンタル恋人」だ。

生涯未婚率は高まり、少子化も進んでいる。当たり前ながら結婚は良い
面(楽しい)もあれば嫌な面(うんざり)もある。「良い面だけを楽しめ
るレンタル家族」のニーズは結構あるだろう。それをビジネスにするに
は、こんなやり方はどうだろう。

客が「奥さんと子供2人」1泊2日を必要としている。土曜の午後1時〜日
曜の午後6時で5万円。飲食費や遊興費などはすべて客が持つ。子供には
「お芝居ごっこ」と言っておけばいい。

奥さんちは母子家庭がいい。週末に出張すれば4週で20万円、申告不要。
「売春? 冗談じゃないわよ、恋人と会っていただけ、お小遣いをもらっ
ただけ」なのだから。生活保護などの支援金プラス「レンタル家族」業で
月に30万円ほどになるから、まあまあ安心して暮らせるのではないか。

この「疑似家庭」は1か月に1回くらいでいいのではないか。まあ「ペッ
トレンタル」だな。月に2回ほどで十分だろう。もしかして愛情というか
情愛が芽生えてきたら同棲したらいい。入籍はリスクが大き過ぎるから同
棲とか内縁関係とか事実婚とかで「別れる権利」を保持した方がいいだろ
う。相手だって同じだろう。転職の自由とか。

「レンタル家族」というのは「万引き家族」みたいに露骨すぎるから本
場のお・フランスを真似て"Famille de location"略称「ファミ・デ・ロ
カ」「ファミロカ」でどうか。「どう、ボクとファミロカしない? お試
し1週間コースとかさあ」なんてええんでないか。

仲良くしていれば子供もできて「結婚せずとも少子化止まる」、国策に
も寄与する。もてない男、苦しい母子家庭、寂しいヂヂババ・・・みんな
喜ぶぜよ、のう。やってみなはれ。

「レンタルヂイヂ」ってないかなあ、「奥さん、わしゃ下はダメですけ
んど舌は元気やさかい、使こうて下さらんかのう」

「嫌よ、タダでもいや、ダメ、絶対!」

沖縄では「ダメ、絶対!」の筆頭は「軍、基地、自衛隊」だとロバー
ト・D・エルドリッヂ(エルドリッヂ研究所代表、元在沖縄米海兵隊政務
外交部次長)が書いている(iRONNA 11/7「首里城火災、玉城デニーは
リーダーシップを果たせ」)。

「軍、基地」とはもちろん米軍で、自衛隊も大嫌いだ。「嫌よ、タダで
もいや、ダメ、絶対!」。沖縄県市町村は日米軍とは災害時の協力体制も
ほとんどできていない。正確には拒否しているのだろう、「平和の島に軍
隊はいらない」とか。中共に助けてもらうつもりか。

首里城を再建したところで、最悪の事態を想定した防火対策は取らない
だろう、すなわちトモダチ作戦も自衛隊の支援も「ダメ、絶対!」なのだ
から。造っては焼く、焼いては造る・・・資金は中共に出してもらったら
いい。子曰く「小人は養い難し」、つける薬はない。

沖縄の「売り」はアジアの安全保障の最前線ということだ。この地政学
的価値を活かせば経済は向上し、民生も安定する。今のような観光依存で
は限界がある。「観光は貧しい国の産業」というのが旅行業界の認識だ。
高学歴の子弟の就職先ではない。



戦後、日本はドルを稼ぐために「ゲイシャ、フジヤマ」で外国人旅行者を
誘致した。戦争の傷が癒えて反転攻勢へ自信がついた1964年に海外旅行自
由化、外貨持ち出しOKになるや、外国人旅行者誘致の熱意は細った。沖
縄は「脱・観光オンリー」への道を見つけなくてはならない。スイスのよ
うに兵器産業、防衛産業の最先端アイランドを目指すべきではないか。パ
イナップル、ゴーヤチャンプルでは頭脳は流出するばかりだ。

「ゆすりたかりも芸のうち」とは言え、反戦では食えん。自分の利点弱
点、優位性劣後性などをしっかり見て作戦を考え、着実に前進していくこ
とだ。三歩前進、二歩後退、匍匐でもいい、半歩でも一歩でも前進すること。

台湾清軍討伐の石光真清らの戦い、悪戦苦闘は続く。石光の手記「城下
の人」から。

<明治28/1895年6月22日、新竹城の守備についた。25日の午前1時、四戸
軍曹を枕頭山の下士哨(数名による警備探索)に派遣したところ、午前11
時頃、敵兵500名ばかりが下士哨を包囲してしまった。兵20名を率いて救
援に行き、やっとのことで合流して、敵に小銃を浴びせたが、敵兵は次第
に数を増して千名ほどになって、完全にわれわれを包囲してしまった。

ほとんどが青竜刀や槍を持った兵で、小銃は100挺ほどしかない模様で
あったが、50倍の敵に包囲されたのでは全滅である。次第に包囲を縮めて
50m程に接近してきたから、私は退却命令を出し、西門を目指して狂った
ように突進した。この時である。

「待ってくれ! 首を取られるっ!」

という絶叫が後ろに聞こえた。見ると兼氏二等兵が出遅れて窪みの中に
取り残されてしまったのである。

「馬鹿野郎! 貴様一人のために待てるかっ、首を取られたら自分で抱
えて来い!」

私がこう怒鳴って飛び出すと、兼氏二等兵も勇気が出たと見えて飛び出
し、合流した。

妙なもので、50倍の敵兵が真昼間の戦場で、わずか20名のわれわれの勢
いに気を呑まれて、呆然と見送ってしまったのである。お蔭で一人の負傷
者もなく帰還できた。戦争にはこのようなことが多いものである。

その翌日のこと、山本上等兵が西村二等兵を遠くへ連れ出して、なにか
話していた。西村が首を垂れて泣いており、山本が叱っているらしく、な
かなか終わりそうもない。西村といえば、初めて支那大陸に上陸して黄塵
万丈の中を難行軍した時、眼も鼻も口も黄塵にふさがれて行き倒れ、私の
貴重な水筒の水で命拾いした男である。

他の兵士たちも、この長談義の姿を遠くから眺めて、顔を見合わせて
笑っていた。私は不思議に思って、後ろにいた品川上等兵に、あれは何を
しておるんだ、と訊ねると、

「小隊長は本当にご存じないのですか」

「知らんね・・・」

「実は・・・申し上げにくいことなんですが、西村は分隊中一番の臆病
者で、初陣の瑞芳の戦いの時も逃げ出して大行李の所へまぎれこんでし
まって、監視兵の中に入っていたのです。戦いが済んでからのこのこ出て
きて隊に加わったのです。それからというものは、ずっと今日まで一度も
戦闘に加わりません。実にうまく抜け出してしまうんです。それで山本上
等兵が意見をしているのであります」

「ほう、それは少しも知らなかった。今日まで戦闘は十数回もあったの
に、よく抜け出せたものだな、機敏な奴だな・・・」

「本当に機敏な奴であります」

「昨日、下士哨で包囲された時は、どうしておったのか」

「救援に出発の命令が出たら、西村の奴、急に腹が痛いと言い出して、
梃子でも動かないのです。引きずってでも連れて行こうと思ったのです
が、中尉殿がさっさと先頭に立って行かれるので、仕方なく残してゆきま
した」

「・・・・・・」

「戦友の救援にさえ行かない奴ですからね、皆が怒って、最後の忠告を
して従わなかったら、中尉殿に報告して、軍法会議に回していただくこと
にしたのです」

「なるほど、判った。僕が直接訓戒するよ」>

濁流は堤の一番弱いところから崩れだす、一か所がやられたら、そこから
どんどん穴が広がる。スクラムで激突するとき、一人が倒れたら突破され
る、ビジネスのチームでも「できない坊主」どころか「足を引っ張る奴」
もいるとは夏彦翁の言である。企業では春の人事異動後に5月とか6月に小
さな異動があるが、何だかんだ言って休む奴、怠ける奴がいて、「課長、
あのバカ、どうにかしてください、士気に影響します!」となるのは珍し
くない。

怠け者の取締役営業部長が部下の創意による直訴で解任されたケースを
見たが、彼は創業時に4分の1の株主で、「解任するなら持ち株をライバル
社に売るぞ!」と威嚇、手切れ金は1億円だった。

まるでがん細胞みたいな奴はいる。放逐すると「イジメだ! 慰謝料寄
こせ」なんて叫びだす奴もいるだろう。岩波は半島人を解雇して「下郎の
逆恨み」でずいぶん悩まされたようだ。朝日などアカ新聞はほとんど乗っ
取られているのではないか。共同通信の同級生が労務担当になって「うち
は左巻きが多いから苦労するよ」とこぼしていたっけ。

発狂亭“俺は果たして前進しているのか、何となく「寄せては返す波の
音」か、「ときどき怒涛か高波か」、夏彦翁曰く「ヒトはついぞ己が見え
ない」・・・うーん、♪ウナッチャーウーナー”雀庵の病棟日記から。


【措置入院 精神病棟の日々(165)2017/1/20】産経正論、井上寿一「孤
立回避への外交力が試される」、曰く――


「英米の衝撃に共通するエスノセントリズム(自民族中心主義)は、対外
的には孤立主義に陥りがちであり、グローバリズムに対して保護貿易を主
張する。(これを促している)ポピュリズムの広がりは、アジア地域にも
及ぶ。対中関係は小康状態を維持する見通しに乏しい。盧溝橋事件の歴史
から、出来事を一定範囲に限る外交力が試されることを今日の日本は学ぶ
べきだ」

リベラル≒アカモドキは金太郎飴で、ほとんど同じことしか言わない、書
かない、書けない、書きたくないのだ。中共社会科学院の学者そっくり。
十人一色、百人一色。盧溝橋事件(1937/7/7)は中共の工作で、日本vs
蒋介石国民党の対立を煽ったという説を学習院大学学長の井上は知らない
ようだ。

蒋介石にとって最大の敵は中共であって、張学良に騙されて拘束、威嚇
された南京事件で国共合作、事実上、共匪に自軍を乗っ取られ、仕方なく
日本軍と戦わざるを得なかった。毛沢東曰く「日本が国民党を叩いてくれ
たおかげで建国できました」。


外交力は「血を流さない戦争」と西郷先生、毛沢東は言っている。日本の
外務省や政治家にその気概がある奴はいるのか。お花畑の理想論では治ま
らないのが世の常だ。


山を俯瞰する鳥の目、木々を詳細に見る虫の目、学者なら「最低二つの
目」を持たないと鳥目になってよー見えんで、のう(つづく)2019/11/8


◆「中国のAI技術の軍事転用は深刻

宮崎 正弘


令和元年(2019)11月9日(土曜日)通巻第6267号 

「中国のAI技術の軍事転用は深刻、米国のレベルを蛙飛び」とエスパー
国防長官

ステルス・ドローンや無人潜水艦、量子コンピュータで瞠目すべき進展

「無人機=ドローンやAIを駆使した無人潜水艦の開発、量子コンピュー
タで中国の国を挙げての研究・開発には瞠目すべき進歩がある」
ワシントンで開催された「AIとインテリジェンス」をめぐるシンポジウ
ムで、エスパー国防長官が発言した。

とくにエスパーはレーダーが補足できないステルス型ドローンの登場を警
戒しているとし、「中国のAI技術の軍事転用は深刻、米国のレベルを蛙
飛びだ」とした。

ペンタゴンの見立ては、EV(電気自動車)、自動運転、武器のAI化、
そして無人潜水艦の開発に熱中している事実から判断して、「中国は2030
年には世界のトップの座を得ることを目指している」としている。すでに
中東ではドローンがタンカー攻撃に使用された。

問題は中国企業自体の努力による発明で、民生用、汎用技術から得たハイ
テクではなく、軍事開発の過程ででた先端技術を米国から盗み出したの
だ。しかも中国はそれらを軍事方面でしか使用しないことである。

戦場に無人の戦車、装甲車が疾駆し、遠隔操作で戦場を支配しようとして
いるのが中国人民解放軍の秘かな方針であり、それらの技術を2030年まで
に確立し、米軍を実質的に超えようとしているとペンタゴンは見積もるのだ。

ステルス技術、電磁波妨害、ハッキングによる相手コンピュータ乗っ取
り、量子通信など、あらゆる技術を中国は軍事利用目的で捉えており、自
由世界の発想とは異なる。だから問題は深刻である、とエスパーはシンポ
ジウムで発言を締めくくった。
          
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
読者の声   どくしゃのこえ READERSPINIONS
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  ♪
(読者の声1)羽田空港で水道水が汚染され、2日も3日も使えず、ミネ
ラルウォーターで補給したというニュースで騒いでいます。くわえて関空
ではドローンを目撃したとか、しないとかで、二十数便が欠航。

もし、これらがテロリストの仕業だったとすれば、日本はあらゆる場所が
安全保障的に無防備であることを曝していることになります。
 こうした国防上の基本問題、もっと真剣に議論されるべきではないで
しょうか。
   (JJセブン)


(宮崎正弘のコメント)嘗てこの欄で浜口和久、江崎道朗、坂東忠信著
『日本版 民間防衛』(青林堂)を取り上げたことがありますので、それ
を再録してみます。

 (引用開始)「ときおり地政学的・軍事的な危機が迫ると、日本でも
「民間防衛」について熱心に語られた時代があった。昭和30年代からしば
らくは、モデルがスイスと言われた。しかし国内擾乱、共産革命の危機が
去ると皆は関心を失い、日常の安逸さに埋没してしまう。自衛隊退役の予
備自衛官が、いかに少ないか、信じられないほどの体たらくを示すのが、
平成の日本だ。

しかも拉致被害に遭おうと尖閣に中国の軍艦が押し寄せようと、日本の空
が敵機で蔽われようと、目の前に危機に鈍感となり、何をどうしたら良い
のか分からない。まともな防衛策を主張すると、左翼メディアは「極右」
などと言いがかりをつける。中国の敵対行為をなかったかのように意図的
な印象操作を展開するのだから、利敵行為である。軍事的侵攻を受けたと
きだけではなく、日本は二十四時間、中国からの「間接侵略」を受けてい
る。だが、国民は不感症なのだ。よほど鈍感か、無神経か、それとも善意
の塊なのだろうか?

この本は戦国武将時代からの地政学に詳しく城の研究家でもある浜口氏
と、戦中のスパイ活動や現在の諜報工作の専門家である江崎氏と、そして
移民問題に鋭角的な問題提議をつづける警視庁刑事出身の坂東氏との合
作、まさに名物トリオの執筆陣となった。民間防衛の役割が平易に、イラ
スト入りで説かれ、テロ、戦争、移民問題、そして地震、異常気象、災害
など予期せぬ事態に遭遇したときに、いかに対応するかのマニュアルでも
ある。

第一章の「テロとスパイ工作」、第二章『戦争』、第三章が「自然災害」
と、これらは浜口氏の執筆範囲である。第四章の『移民問題』はこの人を
おいて専門家はいないと言われる坂東氏。そして第五章「インテリジェン
ス」が江口氏と、まさしく適材適所の陣容で、内容は多彩にみえて、一貫
した整合性がある。
 
さて中国がハッカー攻撃で標的とするのは何々か?

指揮系統をずたずたにし、日常生活を成立させなくするには、まず首相官
邸、放送局、ガスタンク、水道施設、発電所、化学工場、鉄道、空港、石
油コンビナート、駅、通信網、金融ネットワークなどである。すでに日本
の官公庁や大手企業の被害は続出しているうえ、年金機構が狙われ、
125万人分の個人データが盗まれてしまった。中国ばかりか北朝鮮の
ハッカー部隊も格段の進歩を遂げているとの指摘がある。北はサイバー戦
力の一元化を図り「人民武力部偵察局隷下にあったサイバー部隊121所
を偵察総局の直属とした。(中略)兵力をそれまでの500人から3000
人の規模に増強している。」

その目的は韓国軍の機密資料をハッキングし、指揮系統を痲痺させること
にある。「現役軍人や入隊対象の青年に厭戦思想を広めて、戦闘力の質的
な瓦解を実現し、国内対立を煽り、社会的混乱を増大させるなど、韓国社
会を根底から揺るがすことまで想定している」という(59p)。また北
朝鮮は「朝鮮コンピュータセンター(総勢4500人)が中心となって、日
本の重要インフラのコンピュータシステムへのサイバー攻撃のシミュレー
ションを行っている」(60p)。油断大敵である」(引用止め)。

 ♪
(読者の声2)韓国文在寅大統領が ASEANの首脳会議で安倍総理を待ち伏
せストーカー、さらには韓国大統領府が盗撮までして日韓の「首脳会談」
を捏造報道。毎度のこととはいえ、ただでさえなかった信用がマイナスです。

思えば朴槿恵政権下の世界遺産登録で尹炳世外相による土壇場の裏切りの
得意満面の笑顔から韓国の信用はゼロでした。

トランプ大統領訪韓では文在寅が米軍基地に押しかけ居座る図々しさに加
え、慰安婦をトランプ大統領に抱きつかせるという非礼もありました。

こんなことばかりして韓国人は自分の信用や格が下がると思わないところ
がすごい。日本人の理解を超えた人間と似て非なる生き物ですね。

文在寅が安倍総理の横にちょこんと座った様子は「指名が入らず必死な売
れないキャバクラ嬢」とバカにされる。余裕の安倍総理は議長国のタイプ
ラユット首相、次期議長国ベトナムフック首相、インドモディ首相とにこ
やかに歓談。
https://www.instagram.com/p/B4eto7RgdVj/?utm_source=ig_embed&utm_campaign=loading
 韓国人のしつけ方は中国と北朝鮮に見習うとよいのでしょう。
https://www.moeruasia.net/wp/wp-content/uploads/2019/11/index_4-33.jpg
  (PB生、千葉)

(読者の声3)マクロン仏大統領が英誌『エコノミスト』のインタビュー
で「NATOは脳死」と発言し、欧州政治をガンガンと揺らしています。
トルコがはっきりとNATO離れを見せており、この発言をロシアのプー
チンは手放しで喜んだとか。マクロン大統領の真意は奈辺にあるのでしょ
う。一種の警告、それともフランスのホンネ?(TY生、横浜)


(宮崎正弘のコメント)トルコのエルドアン大統領は、欧米相手に丁々発
止の勝負をやってのけて、たしかに欧米リベラルのメディアは批判的です。

しかしトルコ外交は基本に国益、そしてイララム回帰があり、イスラム圏
とのバランスを考えると計算づくのところがあります。トルコがNATO
を離れるというのは脅しであり、イズミールにはNATO海軍本部があり
ます。

米国がむくれているのは、S400イスカンダルミサイルをトルコがロシ
アから導入したことですが、トランプはF16の供与を止め、激突場面。
ところがエルドアンの訪米を受け入れています。

むしろ単細胞はマクロンでしょう。訪中して習近平の歓迎を受けて、有頂
天に舞い上がっていました。
  ♪
(読者の声4)先に、日米開戦時の駐米大使野村吉三郎氏の英語力につい
て述べましたが、では、連合艦隊司令長官の山本五十六大将の英語力はど
うだったのでしょうか? 

野村元大使も、山本元大将も、駐在武官の経験があります。

山本元大将は、ハーバード大学にも留学している(約2年)ほか、駐在武
官として米国に駐在し(1年3か月)、ロンドン軍縮会議にも出席していま
す。戦前の日本人としては、かなりの国際、在米経験と言えるでしょう。

しかるにイアン・トールは『太平洋の試練』(翻訳;2013年、文芸春秋
社)の中で、山本について、「彼は海外を広く旅行した国際派で、軍縮交
渉でしばしば海軍の代表を務めた。初歩的な会話ができ、すらすらと読め
る程度には英語を学んでいた」と述べています。

この書きっぷり(原書は、保有しているものの、身辺未整理で発見でき
ず、原文を引用できないのは残念です)からすれば、山本元大将の英語力
も、第一級のものとは言いかねる程度だったと思われます。

たしかに在米中は、油田地帯や、自動車工場などを見学したという話が伝
えられていますが、現地の各層の国民との間で込み入った対話をできるよ
うなレベルの英語力ではなかったもの、と私は推測します。

たしかに英語力と対象国の政治文化の理解力とは、必ずしも直ちに比例す
るものではないでしょうが、山本元大将の米国民についての理解、米国と
いう国家社会把握の程度は、それほど深いものではなかったのではない
か、と私は推測します。

少なくとも結果論という点を多少は割り引いたとしても、開戦劈頭に米国
艦隊を殲滅し、米国民の士気、抗戦意欲を阻喪せしめる、というような山
本の「作戦構想」は、米国という国家、社会、国民の実態について深奥ま
で理解できていた人間ならば考えられない妄想でしかなく、そうした愚か
な思いこみを招いた基底には、山本元大将の十分とは言えない英語力が
あったのではないか、というのが私の推測です。

真珠湾攻撃は、戦略的にはともかくとして、「戦術的には」完全な失敗と
は言い難い面があっとしても、ミッドウェー海戦については、戦略的にも
戦術的にも失敗だったというほかなく、その責任の大部分は山本元大将に
あるのではないか。

作戦そのものも愚かであった上に、戦艦大和を率いて、前線の後方に乗り
出し、何の役にも立たないまま、無線封鎖により作戦指揮能力を自ら制約
しただけでなく、貴重な油を浪費したことなども、「愚将」と言われても
やむを得ない点だと私は考えています。

これなども、多くの部下に戦時手当を支給する人気取りのためだったとも
言われますね。

ミッドウェー作戦を強引に進めようとしたのは、長期戦になるのを恐れ、
短期で決着をつける目的だったということが言われますが、これも、米国
民の思考、思想を十分に理解できていなった点ではないでしょうか。

山本元大将は、自身では、戦争を終えるには休戦しかありえず、交渉と譲
歩がそれに続くなどと考えていたようですが、ハルゼー提督は、真珠湾攻
撃後を視察して、「われわれはやつらを片づけ、日本語は地獄でしか使わ
れなくなるだろう」とつぶやいたといいます。 真珠湾攻撃の結果、「ど
んなに不安でも、戦争がどんな邪悪をもたらそうとも、報復への渇望が彼
らに栄養を与え、ささえることになった」(イアン・トール)のでした。

山本元大将は、こうした、ルーズベルト以下、将兵に至るまで、簡単に休
戦などするわけがないという米国民の思考、思想を全く理解できていな
かったのでしょう。(ヴィエトナム戦争の場合は、少なくとも、真珠湾の
ように、自国国土が襲撃されたわけではないから、少し違うと思う。)

山本元大将は、敗戦を待たずに戦死したことから、東京裁判の被告にも、
A級戦犯にも、絞首刑にもならずにすんだものの、もし敗戦後まで生き延
びていたなら、GHQからも、国内的にも、その失敗、短慮など負の側面
をかなり厳しく糾弾されたのではなかったか。

いずれにせよ、日米戦争は、第一級の語学力を持たず、したがって相手国
に対する十分な理解も持てなかった駐米大使と連合艦隊司令長官が配され
た中で始められた、ということになるのではないか。

もちろん、それが主要要因とまでは言わないまでも、リーダーの英語力の
不足が、国家の命運にまで影響を及ぼした例ではないでしょうか。
(椿本祐弘)


(宮崎正弘のコメント)40年ほど前に長岡へ行った折、山本元帥の跡地は
公園でした。4半世紀ほど前に行くと、そこの「山本五十六記念館」と
なっており、留学時代のノートも展示してありました。きれいな字面の英
語、あ、この人は真面目な人だったのだと思いました。
 
   ♪
(読者の声5)貴誌前号の書評、荒木肇『日本軍はこんな兵器で戦った』
についてです。

或る作家が「長大な銃剣格闘重視の歩兵銃、時代遅れの陸軍装備を批判
し、明治の小銃で第2次世界大戦を戦ったという戦前日本の後進性を非難
した」のが戦後の「誤った定説」というのはその通り。

日本の後進性の引き合いにドイツ軍の機甲師団が出されることもあります
が、ドイツのポーランド侵攻では相手が騎兵という時代遅れだったことも
あり、圧勝でしたが補給には軍馬もかなりの数が動員されているはず。し
かし冬のロシアではエンジンも凍り動けなくなるありさま。結局、空冷の
フォルクスワーゲンと馬が頼りの撤退戦。

日本軍のマレー攻略戦の映像を見ると火焔放射器まで使用しています。

米軍の上陸作戦で使われた上陸用舟艇は日本陸軍の大発(大発動艇)が元に
なっています。支那事変で米軍の知るところとなり米軍に真似されるとは
日本軍もたいしたもの。

初期の日本軍の兵士について「団体行動をしたことのない者には、まずヒ
ザを伸ばして歩く訓練から始めなければならなかった。

まさに銃器や火砲は、兵器の形をした科学教材であった」とある通り、学
校の体育における整列や行進、列車に乗る際の整列乗車も軍事的必要から
生まれたものです。

新興国の多くが軍事政権となるのも規律と科学的な精神を持つのが軍人し
かいないという必要性によるものでした。中国で体育といえばまず行進か
ら。軍事にアレルギーを持つ朝日新聞なら軍国風味満点の高校野球の主催
をやめてから文句をいってほしいもの。ついでに旭日旗モドキの社旗も変
えたなら朝日の記事に少1%くらいは信用が持てるかもしれませんね。
   (PB生、千葉)

  ♪
(読者の声6)貴誌10月26日通巻第6251号の記事「英国の取り締
まりが不備、英国が責任を取れ」と中国は逆転の駁論を展開――その典型の
嘘放送に見られる逃げ口上の特質が晒されている」のなかで、「遺体はす
べて中国人とされた」とありましたが、その後の英国警察の取り調べに
よって、全員がベトナム人とわかりました。この誤認の原因は何だったの
ですか?(HF生、茨城)


(宮崎正弘のコメント)その後の調べで、全員が犯罪組織に騙されたベト
ナム人でした。なぜなら全員が「中国の偽パスポート」を持っていたから
です。

英国警察は中国人とベトナム人の見分けが付かないから? あのボート
ピーポルのときだって、日本の官憲は「ベトナム難民」を偽装した中国人
だったことを見抜けませんでした。ベトナム語と広東語の区別が出来ず、
ベトナム語通訳が<?>だった。それでばれたのでした。

今回は死ぬ直前に携帯電話がベトナムの家族にかかっており、最初の段階
からベトナムの遺族が名乗り出ていた。そのことは同時に英国も発表して
いました。

検死がすすみ、ベトナムから遺族らのデータが届き、そのうえベトナムの
担当大臣らがロンドンへ飛んで、ようやく確認出来たのです。

密航ルートは、中国へはいって犯罪組織から偽パスポートが供与され、ウ
クライナ経由でEUにもぐりこんだ。

これを支援する密航斡旋のシンジケートが存在していること。ウクライ
ナ・ルーとは以前から悪名高かったのですが、まだ活用されていることも
衝撃でした。
ひょっとしてBREXIT推進のジョンション政権にとって、12月12
日の総選挙に有利に作用するかもしれません。

  ♪
(読者の声7)貴誌「読者の声」欄で(PB生、千葉)氏が佐藤優の人物
論を披瀝されましたが、小生もこの人物の人間性を疑わせるような体験談
を披露したい。

嘗て故井尻千男先生が主催された拓殖大学「日本塾」なるオープンカレッ
ジに佐藤優が講師として招かれ、演題は忘れたが支離滅裂な講演を行った
ことがある。通常の講師はレジュメを用意し、確りした講演を行うもので
あり、「日本塾」はそのレベルの高さに定評があったものである。

しかるに佐藤優はレジュメも用意せず、書斎からそのまま飛び出してきた
ようなラフな格好で現れ訳の分からない話を続け、自分でもこれでは拙い
と気付いたか、突然ケーデルを持ち出し一知半解な不完全性定理を話題に
し、受講生を煙に巻いていた。

ゲーデルの不完全性定理を理解するためには、数理論理学を勉強し、ケー
デルの証明が理解できるレベルにまで達しなければ無理であろう。文系頭
の及ぶところではない。佐藤優はクリスチャンであり、処女マリアがキリ
ストを生んだことを信じると自ら述べる文系頭の持ち主である。

PB生氏の以下の言明に全面的に賛同します。「右から左までどんな意見
でも求めに応じて書き分ける売文家という存在なのかもしれませんが、あ
まりにも節操がなさすぎる」
膨大な知識をこねくり回しているにも関わらず結論がどうもおかしい。な
んとも不思議な人物です。(ちゅん)

  ♪
(読者の声8)日本文化チャンネル桜の「沖縄の声」では、首里城には元
から有った神社を別にほったらかして、神社不在のまま、そこを「正殿」
と僭称し、シナに対して屈辱的な行為をして見せる売国的なことをやって
ゐた。そのため、天の怒りを買った、この火災は「天災」であったとす
る、江崎 孝氏の論評が光ってゐますので、ご案内いたします。↓
https://www.youtube.com/watch?v=Q94sOAYr4pk
   (YK生)


  ♪
(読者の声9)大学の番付によると、世界の1400校、92国のうち、東大が
42位、京大が65位、早稲田、慶応などの大学は600位から1000位となって
いる。全国に800程あると言う「大学」は3流、5流と言った程度では無
い。将来ノーベル賞を取る人も居なくなるだろう。まずはとりあえず「文
科省をぶっ壊す」少子化よりも全児童虐待の仕組みを壊さないと、日本は
消えてしまう。(KM生)


◆「君が代」完成記念日

渡部亮次郎


国歌「君が代」は1999(平成11)年に国旗及び国歌に関する法律で公認さ
れる以前の明治時代から国歌として扱われてきた。

この曲は、平安時代に詠まれた和歌を基にした歌詞に、明治時代になって
イギリス歩兵隊の軍楽長ジョン・ウィリアム・フェントンが薩摩琵琶歌
「蓬莱山」から採って作曲を試みたが海軍に不評。

海軍から「天皇を祝うに相応しい楽曲を」と委嘱された宮内省が雅楽課の
林廣守の旋律を採用(曲はイギリスの古い賛美歌から採られた)。

これにドイツ人音楽教師エッケルトが和声をつけて編曲。1880(明治13)
年10月25日に海軍軍楽稽古場で試演された。だから10月25日が「君が代」
完成記念日とされている。

明治2(1869)年に当時薩摩藩兵の将校だった大山巌(後の日本陸軍元帥)
により、国歌あるいは儀礼音楽を設けるべきと言うフェトンの進言をいれ
て、大山の愛唱歌の歌詞の中から採用された。

当時日本の近代化のほとんどは当時世界一の大帝国だったイギリスを模範
に行っていたため、歌詞もイギリスの国歌を手本に選んだとも言われている。

九州王朝の春の祭礼の歌説というものがあり、説得力はある。九州王朝説
を唱えるのは古田武彦氏で、次のように断定している。

<「君が代」の元歌は、「わが君は千代に八千代にさざれ石の、いわおと
なりてこけのむすまで・・・」と詠われる福岡県の志賀島の志賀海神社の
春の祭礼の歌である。

「君が代」の真の誕生地は、糸島・博多湾岸であり、ここで『わがきみ』
と呼ばれているのは、天皇家ではなく、筑紫の君(九州王朝の君主)である。

この事実を知っていたからこそ、紀貫之は敢えてこれを 隠し、「題知ら
ず」「読人知らず」の形での掲載した>

文部省(現在の文部科学省)が編集した『小学唱歌集初編』(明治
21(1881)年発行)に掲載されている歌詞は、現在のものよりも長く、幻
と言われる2番が存在する。

「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで うごきな
く常盤かきはにかぎりもあらじ」

「君が代は千尋の底のさざれ石の鵜のゐる磯とあらはるゝまで かぎりな
き御世の栄をほぎたてまつる」

後半の「さざれ石の巌となりて」は、砂や石が固まって岩が生じるという
考え方と、それを裏付けるかのような細石の存在が知られるようになった
『古今和歌集』編纂当時の知識を反映している。

明治36(1903)年にドイツで行われた「世界国歌コンクール」で、『君が
代』は1等を受賞した。

後は専ら国歌として知られるようになった『君が代』だが、それまでの賀
歌としての位置付けや、天皇が「國ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬」していた
(明治憲法による)という時代背景から、戦前にはごく自然な国家平安の
歌として親しまれていた。

敗戦で事情は全く変わった。日本国衰退を目指すアメリカ占領軍は。それ
まで聖職者とされてきた教職員に労働者に成り下がって権力に抵抗させる
べく日教組を結成させた。

占領した沖縄では国旗の掲揚と君が代の斉唱を禁止したことでも明確なよ
うに、マッカーサーの本心は日の丸掲揚と君が代斉唱に反対であった。日
本国民が一致団結、再度、アメリカに挑戦することを恐れたのである。

それを組合の統一闘争精神に掲げたのが日教組なのである。いつの間にか
天皇を尊敬する事とか君が代を歌うことが戦争に繋がると論理を摩り替え
て、正論を吐く校長を自殺に追い込んだといわれても反論できないような
状況を招いたのである。

君が代支持の世論を背景に平成8年(1996年)頃から、教育現場で、当時
の文部省の指導により、日章旗(日の丸)の掲揚と同時に『君が代』の斉
唱の通達が強化される。

日本教職員組合(日教組)などの反対派は憲法が保障する思想・良心の自
由に反するとして、旗の掲揚並びに「君が代」斉唱は行わないと主張し
た。先生の癖に論理のすり替えの得意な人が日教組に所属する?

平成11年(1999年)には広島県立世羅高等学校で卒業式当日に校長が自殺
し、君が代斉唱や日章旗掲揚の文部省通達とそれに反対する教職員との板
挟みになっていたことが原因ではないかと言われた。

これを一つのきっかけとして日教組の意図とは反対に『国旗及び国歌に関
する法律』が成立した。法律は国旗国歌の強制にはならないと政府はした
ものの、反対派は法を根拠とした強制が教育現場でされていると主張、斉
唱・掲揚を推進する保守派との対立は続いている。

平成16年(2004年)秋の園遊会に招待された東京都教育委員・米長邦雄
(将棋士)が、(天皇)に声をかけられて「日本の学校において国旗を揚
げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と発言し「やはり、
強制になるということでないことが望ましいですね」と言われている。

なお、天皇が公式の場で君が代を歌ったことは1度もないと言われてい
る。成人前の家庭教師ヴァイニング夫人による何がしかを勘繰る向きがな
いわけではない。08・10.25

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

◆蕪村・望郷のミステリー

毛馬一三

 
大阪市毛馬桜ノ宮公園の北端、毛馬閘門近くの大川沿いに「蕪村公園」がある。

与謝蕪村は、松尾芭蕉、小林一茶と並んで江戸時代俳諧を代表する俳人で、その名は有名だが、いざ蕪村生誕地がどこかということになると、残念ながら知る人は少ない。

蕪村の生誕地は、紛れも無く大阪市都島区の毛馬橋東詰(摂津東成郡毛馬村)の辺りである。それを顕彰する「蕪村生誕地碑」が、淀川毛馬閘門側の堤防に立っている。かの有名な蕪村の代表作「春風や堤長うして家遠し」の句が、この記念碑だ。

もう一つの顕彰物は、「毛馬閘門」から流れる大川を南へ500mほど下がった所に小さな「春風橋」がある。橋の欄干には蕪村直筆で「春風」橋と刻まれているが、これも見過されている。

なぜ、蕪村生誕地が、それほど知られていないのか。

それには蕪村自身の幼少時代の生き方に関わりがあると言っていいだろう。

蕪村は、享保元年(1716)に毛馬村の裕福な村長と奉公人として京都丹後からやって来た母との間に生まれた。いわば家督の引き継ぎが出来ない私生児だったのだ。

更に不幸にも、蕪村が13歳の時、母が亡くなり、相次いで父村長も逝去した。家系を引き継ぐ身分でない蕪村は、それをきっかけに家人から総いじめを喰らったという。その結果、その辛苦に耐えられず、20歳の頃(18歳の説も)毛馬村を出奔して、江戸に上ることを決意。家出して京都に向かった。

どうして江戸を目指したのか、その訳も未だ不明だ。

ところが京都で人生を一変させる超有名俳人と出会った。早野巴人である。これが蕪村の運命を定めることになる。二人は暫く一緒に暮らしていたが、蕪村が俳句に志を抱くようになり、巴人を師匠と崇め、二人で江戸に旅立った。

江戸では早野巴人の弟子となり、本格的に俳諧を学ぶようになった。ところが間もなくして頼りにしていた師も没してしまった。26歳の時である。蕪村は師の死を悼みつつ、これからの生き方を思考した結果、師から教わった芭蕉の俳句追求の道を歩もうと決意する。そこで芭蕉を慕って奧羽地方を放浪して回ることになる。

宝暦元年(1751)になって、一人で京に戻った。俳諧に勤しむ一方、南宋画を学び、南宋画家として池大雅と並ぶ名声を得るようになる。蕪村の俳句は生活の足しには中々ならなかったが、絵は人気を集め、大いに稼げた。

蕪村は京で68歳で生涯を閉じたが、終生故郷の毛馬村には一度も帰っていない。

この毛馬村の情景を詠った「春風馬堤曲」という作品がある。これは生まれ故郷を懐かしく想う「望郷」を念に、脳裡の中で故郷を想像しながら、帰省する奉公人の少女に気持ちを託す形で「望郷物語」を書き、俳句を添えて思いを募らせている。

母が亡くなった毛馬村への望郷の念がありながら、京都から大阪弟子の処へ幾度も吟行に往復しながらも、その途中、渡し船から降りて歩けば、母と暮らした毛馬村に簡単に行けた筈なのに、何故か一歩も足を踏みいれてない。全くの「ミステリー」だ。

京都からは俳句の弟子がいる大阪に幾度となく来ている。なのに、実家毛馬村に立ち寄らなかったのは、恐らく母の死後、終始苛められて追い出された家人たちへの「怨念」と「失意」の執念が、終生心から消えなかったことが主因だと思われる。(文献・学説はない:これもミステリーの一つ)。

このように大阪とはすっかり縁遠くなった蕪村だったから、いまだに大阪には蕪村に関する伝承の文献も無く、生誕地が明治23年に淀川改装によって完全に埋め立てられて仕舞い。生誕地の痕跡はすっかり消えた。今淀川堤防にある「蕪村生誕地碑」は、蕪村が居住していた真の生誕地ではない。

これが長い間、蕪村生誕地を顕彰する機運や「お祭り」がなかった最大の理由だ。


20年位前に、私と大阪市議会筋と協力して都島区毛馬町に「顕彰公園」を作ろうと、当時の大阪市長に働きかけた。地元にも呼びかけたこの顕彰運動は、次第に活発になりだした。

そこで、大阪市「ゆとりとみどり振興局」が18年度から2年計画で、前述の「記念碑」と「春風橋」の間にある、市有地1.1hrの土地に、約3億5千万円をかけて「蕪村公園」を整備する計画がまとめた。

同「蕪村公園」には、蕪村の俳句や絵画を展示し、句会もやれる「東屋」を建てるほか、公園内には大きな広場、その周辺には蕪村の俳句碑や絵画に因んだ樹木の植栽をする計画。そして大阪が輩出した蕪村に親しみ、また俳句愛好家が集まる文化集客地にしたいと大阪市は方針を決めて、創設した。(結果的には、管理上の問題から「東屋」は見送られた。)

蕪村公園は、全国的に知られた大阪桜の名所「毛馬桜の宮公園」の北端に位置し、国の重要文化財「毛馬閘門」の側にあり、市の中心地中之島へと通じる「大川沿いの桜回廊」の出発点となった。まさに文化情緒の端緒となる集客観光名所が出来上がった。

大阪市が、蕪村公園の名をあげて蕪村を顕彰し、俳句文化振興に貢献していけば、俳句に惹かれている国内外の人たちの集客にも結びつき、華やかな大阪を取り戻せるだろう。顕彰される蕪村本人もご満足ではないだろうか。(了)

2019年11月09日

◆無防備でお人好しのままでは

加瀬英明


無防備でお人好しのままでは日本の独立と安全は守れない

「オレオレ詐欺」をはじめとして、電話を使って高齢者を騙す詐欺が、あ
とを絶たない。

あれほどテレビが注意を促しているというのに、詐欺犯から電話がかかる
と、警戒心をいだくことがなく、罠にはまってしまう。

これは日本が諸外国と異なって、人々が信用しあう“和の社会”であって、
人に対する性善説をとっているからだ。

日本は人口が1億2000万人もあるのに、国民が同質だと信じている国
は、他にない。

日本のように外国について、性善説をとっている国も、他にない。

私は外国を訪れるたびに、「子供を学校に送り出す時に、何といいます
か?」と、たずねることにしていた。日本では「みんなと仲良くしましょ
うね」という。

中国では「騙されないようにね!」といって送りだすという答えが、多
かった。

ちなみに韓国では「一番になれ!」「負けないで!」と、励ますという。
韓国は食うか食われるかの、熾烈(しれつ)な競争社会なのだ。

アメリカが日本に強要した日本国憲法は、日本国民によって“平和憲法”と
いまでも呼ばれているが、前文で「平和を愛好する諸国民の公正と信義に
信頼して」「安全と生存を保持」すると、うたっている。

護憲派の人々は、詐欺の犠牲となる無防備な高齢者に、よく似ている。

かかってくる電話がすべて善意によるのだと、疑うことがない。よい人た
ちだ。

日本は、中国、北朝鮮、ロシア、韓国のすぐ隣にあるから環境が厳しい。

残念なことだが、人食い虎、狼、ヒグマ、狐によって、囲まれているよう
なものだ。油断してはなるまい。

これらの国々に対して、お人好しの高齢者のような性善説をとっていて
も、よいものだろうか?

いったい、憲法は何のために存在しているのだろうか?

公益のためだ。日本の独立と安全を守るのが、公益である。

まさか、日本国民が憲法を守るために、存在しているのではあるまい。

日本が性悪な国々によって囲まれているとしたら、現行憲法によって日本
国民の独立と安全を守ることができないことを、覚るべきである。

それとも、“平和憲法”は気休めのためにあるのだろうか。

護憲派の人々が、どのような場合にも、アメリカが守ってくれるはずだか
ら、心配することがないと信じているとすれば、アメリカに甘えすぎている。

もちろん、アメリカは日本を自国だと思っていない。

アメリカには、その時その時のアメリカの都合があるはずだ。

外国であるアメリカに、すべてを預けてよいものだろうか?

“平和憲法”を守らなければならないという主張は、アメリカが日本をどの
ような場合にも、守ってくれることを前提にしている。

「平和憲法」というより、「甘えの憲法」ではないのだろうか? だが、
国際社会ではこのような甘えは通用しない。

 もし護憲派の人々が、国防が戦争を招くと信じているとすれば、消防車
が火事を招くことになるし、堤防があるから川が氾濫するというのとかわ
らない。

◆グローバリズム全盛時代が

宮崎 正弘


令和元年(2019)11月5日(火曜日)通巻第6262号 <前日発行>

スコットランドで、カタロニアで、
そして香港で台湾で「独立運動」が再燃
グローバリズム全盛時代が「終わりの始まり」を告げている

「国境をなくせ」というのはグローバリストたちの合い言葉、かれらの
究極の狙いは国家の破壊である。ビットコインやリブラという暗号通貨を
叫ぶのも主として彼らグローバリストで、中央政府の発行する通貨に併行
して無国籍通貨の流通を主張するわけは国家の破壊が究極の目標にあるか
らだ。

もともと中央銀行のほか、民間も通貨を発行すれば競合がおきて良貨が
悪貨を駆逐すると、昔の諺のあべこべを言い出したのはハイエクである。
 ハイエクを源流とするリバタリアン的な思潮はミルトンフリードマンに
引き継がれ、一時期はマネタリズムが欧米を蔽ったこともあった。

だが、グローバリズムの頓挫は、難民問題から起きた。

シリア難民がトルコへ押し寄せ、ついでトルコからバルカン半島やハンガ
リールートを経由して数十万人がドイツへ押しかけた。

ドイツでは移民排斥の運動が勃興し、議会で大きな勢力となって、フラン
スやイタリア、オーストリアへと飛び火した。

ハンガリーのオルバン首相はナショナリスト、国境のバリケードを高くし
た。セルビアやポーランドも続いた。イタリアは地中海からやってくるア
フリカ難民に手を焼き、EUいずれの国も移民問題が直接の動機となて、
ナショナリズムの再活性化を見る。グローバリストたちの新聞は、これを
「極右の台頭」と書いた。あるいはネオナチとも。

EUの団結は弛緩し、ユーロは通貨安の危機に瀕し、そしてスペインのバ
ルセロナを中心としたカタロニア独立運動が再燃した。

激烈なデモ行進と抗議集会がバルセロナでは日常茶飯となった。
警官隊と衝突を繰り返し、火焔瓶が投げられ、政府や公共物の破壊が行わ
れた。まさに香港で起きていることが伝播した。SNSの呼びかけで忽ち
参加者が膨らみ、激突も過激化する。

バルセロナといえば、年間数千万の観光客が押し寄せる名勝でもあり、
ヨットハーバーには世界の金持ちの豪華ヨットが華を競っている。

もともとカタルーニャ(カタロニア)州は、フランコ独裁時代に独立運動
が封じ込められていたが、強圧的統治が弛緩すれば地下のマグマが爆発す
る。カタロニア語は、スペイン語ではない。言葉が違うという意味は、カ
タロニアの人々はスペインの首都マドリッドの支配など受けたくないとい
うことである。ちなみにスペイン「名物」の闘牛はバルセロナでは競技場
さえない。


 ▲独立運動は地下のマグマが吹き上げたのだ

独裁が緩むと一斉に不満が爆発して独立嗜好となるのはチトー亡き後の
ユーゴスラビアが証明した。スロベニア、ボスニア&ヘルツェゴビナ、ク
ロアチア、セルビア、モンテネグロ、マケドニア。。。。まぐれ当
たりで「コソボ」までが独立を宣言し、欧米が支援した。

それぞれ歴史、宗教、伝統、言語の違いから独立したのだが、きわめて速
やかに国連は認めた。その欧米が、チベット独立や台湾独立に沈黙してい
るのは明らかに矛盾している。

コソボは独立の準備も国家としての準備もないままに、欧米が独立を唆し
たのもセルビアを困らせるためだった。コソボはいつのまにかアルバニア
人が多数を占めていた。

そして英国でも独立運動が顕在化するのはBREXITの余波、スコット
ランド最大の都市=グラスゴーでは11月2日に「独立」派が大規模デモ
を組織化し、集会には「スコットランド民族党」(SNP)党首のニコラ・
スタージョン(スコットランド行政府首相)も登場して気勢を挙げた。ち
かく住民投票で独立の賛否を問うという。

この独立運動の意味することは、世界を覆ったグローバリズムの思想的
破産であり、つぎなる独立運動の再燃は台湾、香港となるだろう。
習近平は、憮然としているに違いない。
       
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 本能寺の変を義挙とは評価しないが、御所を守る決意を見出した
  人間のドラム、劇的な武将の一生を人間くさく描いた

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小泉三甲『明智光秀』(岩波文庫)
@@@@@@@@@@@@

近代になって江戸自体の固陋とした史観から抜け出し、硬直した考え方
から離れ、多少は科学的に明智光秀を論じた最初の評伝、というより史論
である。昭和59」年(1984年)の『小泉三甲全集』を底本として、
本書は復刊された。

初版は明治30年というから、まだ『大日本史』的な水戸学解釈が世の
中に残っていた時代だ。「主君殺し」の逆臣という朱子学的雰囲気の中で
秩序破壊的な評価が横溢していたときに本書の登場は一種衝撃だった。
「悲運の英傑」という評価に朱子学的価値に染まっていた読書人は驚き
だった。

江戸時代に統治の原理として借用した朱子学は、赤穂浪士の義挙を認めな
かった。世間では赤穂浪士礼賛の声高く、官界では「法治に悖る」と判断
された。明智の評価は世間では意外に高くあって、芭蕉は「月さびや 明
智が妻の 噺せむ」と詠んだ。」

作者不明の『明智軍記』が世の中には出回っていた。

明治新政府は家康を貶めることに必死で、そうした薩長史観による江戸幕
府の低評価にともなって秀吉を過剰評価的に持ち上げた。このために先駆
者である信長に高い評価が加わった時代背景のなかで明智は徹底的に貶め
られた。

これらの要素を加味すれば、当時の明治論壇において、本書の視点は斬新
だったのではないか。

薩長史観を超えて、明智光秀の人間を見つめ直した作品であり、小泉は決
して明智の本能寺の変を義挙とは捉えていない。歴史学の未発達、講談の
延長のような情報空間のなかでは、それが限界と言えば、ある意味で納得
もできる。

小泉三甲は本名が策太郎、なにやら策略好きの人物と見られがちだが、明
治、大正、昭和の怪物として政治方面の活躍のほうが有名だ。

林房雄の恩人でもあり、林がマルクス主義を捨てて日本回帰したあたり
を、人間の真実味を本能的に理解して厚遇したのだ。それが小泉の生き方
だった。だから主殺しの悪名がかぶさった明智に挑むという、チャレンジ
の精神に溢れている。

漢詩調の文体は、かくなる記述から講談的にはじまる。

「けだし逆といふ、必ずしも至逆にあらず。順といふ、必ずしも至順にあ
らず。逆中に自から順あり、順中に自から逆あり。『逆順無二門大道徹心
源』これ当年光秀が、小栗栖の里に乱槍を被り、神気まさに疲れ、三寸息
まさに絶えなんとするの時、心鏡郭然、紙筆を鉄衣の袖に求めて喝破した
る言にあらずや」。(中略)「『主殺しの大罪人』として、唾棄すべき人
ならんや」

初版が明治30年と書いたが、本能寺の変から400年。「紛糾極まりなき
当時裏面の真相・実蹟は冷眼なる歴史家の禿筆に誤伝せられ、埋没せら
れ、抹殺せられ、雲煙漠々として終古終(つい)に補足し難からんとす」
というのが小泉の執筆動機となった。

だが期待して読み進むと、連句会の発句解釈で、あまりの通俗的な咀嚼
にすこしく失望した。

「ときはいま天が下知る五月かな」

 小泉は「とき」と「土岐源氏」にかけ、「天が下知る」を「天下を狙う
野心」と捉える。「うん? この時代に『古事記』は詠まれていなかった
のだろうか?
 
愛宕山の連句会は紹巴ら当時の文化人が呼ばれて合計99の連句が並ぶ
のだが、当時の知識人はこれら全部を掌握していたのだろうか。もしそう
なら、前述のような通俗的解釈は成り立たないはずなのだが。。。

拙著『明智光秀 五百年の孤独』(徳間書店)のなかで書いたが、この連
句会は光秀壮行会的雰囲気を放ち、参加者は予知していたのである。明智
が蹶起することを。連句すべてを並べてじっくりと読みこめば、それはす
ぐに分かる。

発句の解釈とは、「天皇が統治するまつりごとへ行動を起こす」と
いう意味であり、「ときはいま」は、明快に TIME IS NOWで
あり、「天の下知る」は天皇が統治する意味と『古事記』に明記されてい
る。最後の「五月かな」は、端午の節句の季語、尚武のこころを意味して
いる。

さはさりながら小泉は次のように明智の義挙を評価した。
 
明智の部下たちは統率よく、「臣ら死を決して、甘んじて逆を冒す。あ
に主君と生死栄辱を倶にするを願はざらんや。彼の暴虐の主をしいして、
以て天下を救う(中略)。旗を京畿に掲げて、禁ケツを護衛し、以て武名
千載に伝ふ、また愉快ならずや」
 
歴史論壇の過渡期にでた試論的史論としては傑作の域にあり、近年のあ
またある明智本のなかでは、さすがに面白い。

来年の大河ドラマをひかえて書店に夥しく並んだ群書類書の明智本の殆
どは、小説や史論、評伝を含めて読むに耐えないのだから。
            
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読者の声 どくしゃのこえ  READERS‘ OPINIONS
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  ♪
(読者の声1)中国がITやAIを駆使して世界最先端の監視社会を実現
していることは有名です。防犯カメラからネットの閲覧履歴や消費履歴ま
でビッグデータが蓄積され個人が点数化される。

レコードチャイナの記事によるとついには教育現場にまで導入されている
という。

『児童が授業に集中してるか測定するヘッドセットに、中国ネット猛反発
「学校は養殖場ではない」「全人代の出席者に…」』
https://www.recordchina.co.jp/b756196-s0-c30-d0135.html

『浙江省のある小学校で児童たちが「緊箍児」をおでこに装着して授業
に臨んでいると紹介。価格は3500元(約5万3000円)というこのヘッド
セットは、児童の脳波を測定し、授業への集中度を点数化して保護者に送
信する仕組み。「こんなに監視されて、子どもたちに自由はないのか」と
いう批判的な声も出ているようだ。
 
微博上でも大きな反響を呼んだ。

ユーザーからは「商業資本が学校を侵し始めた」「こういったものは学校
から遠ざけてほしい」「学校は養殖場ではない」「人間はずっと集中力を
保ち続けることなど不可能だ」「そんなことより教育の質を充実させてほ
しい」「ハイテクをうたっているが、何の役割も果たさない」「子どもた
ちを解放してあげて!」など批判的なコメントが多数寄せられている。

「児童ではなく学校の幹部に装着させて、頭を使っているか、汚職してい
ないかを監視すべきだ」「これ、全人代の時に出席者に使ってみるといい
かもしれない」と提案するユーザーも見られた』

21世紀の全体主義は思わぬ方向に進化しているようです。(PB生、千葉)



(読者の声2)貴誌6261号「読者の声」における、「昔の英語教師」
氏の英語教育・入試論、拝読しました。とりわけ同感したのは、「むしろ
喫緊の課題は、外国語の達人を目指す1割の若者に対する英才教育だ」と
いうことです。

小生は、「英才」にもなれなかったのですが、今でも恨みに思っているの
は、公立中学において自分が受けた英語教育の水準の低さです。私は宮崎
先生と同世代ですが、私の頃の公立中学校では英語の授業は週3時間だっ
たと思います。“Standard Jack & Betty”という薄い教科書をやっとやり
終えるという程度でした。

しかるに、当時でも、6年制の私立中学などでは、週6時間はみっちりと教
育していたのではないでしょうか。

これでは、圧倒的な学力差が生じるのは必然でしょう。今回の英語入試
「改革」で問題となっている、経済力等による機会不均等は当時から顕在
したし、それが最も顕著だったのは、教科では「英語」科だったのではな
いでしょうか。今のような情報時代ではなかったから、その機会不均等は
現在よりも著しかったのではないだろうか。

この科目は、数学などと異なり、基本的に費やした学習時間がそのまま学
力に比例的に顕現してくることから、高校では、英語の学力不足を強く感
じました。今でも、中学時代に、もっとしっかりと英語を学習できていた
ら、もう少しは確かな英語力を身につけられたものを・・・という悔悟が
残っています。

それでも、何とか、大学入試をクリアしたものの、「昔の英語教師」氏が
「日本人の9割は、英語なしに一生を送っているのが現実だ」と言われる
とおりで、職業生活も内部管理的業務ばかりであったことから、「英語」
など全く無縁の生活を40歳近くまで送ることになりました。

それが、40歳直前になって、研修として半年間、欧州に派遣されることに
なり、大学入試以来20年ぶりに、英語学習を突然に再開することになった
のでした。

(以下は、自慢話ではありません。あくまでも、日本人の英語力の水準を
示すための例証です) その際、まだ学習再開後半年も経過しない時点
で、派遣選考のために、IELTSという英国の語学試験を受けたとこ
ろ、英国人試験管から、「お前はよくできるが、留学経験があるのか」と
問われたことには、一驚し、一般日本人の英語力がいかに低水準なのかを
思い知らされるとともに、受験英語によって培われた学力の「効用」を感
じました。その頃、受けた英検1級試験では、一発で筆記試験に合格し、
あらためて、一般日本人の英語力の低水準を思い知ったところでした。た
だし、さすがに、それまで外国人と話した経験もないままでは、2次の口
述試験では一発合格とはいかず、2次合格は半年間の欧州滞在から帰国後
となりました。

欧州滞在中には、英国で語学学校にも通ったのですが(もう30年以上前の
ことになりますが)、彼の地では、ケンブリッジ英検が主流となってお
り、この内容を見ると、日本の英検が、これに倣ったものであることは明
らかです。

英国の語学学校では、日本の英検対応学習とそれほど変わらないような文
法中心的教育が行われていました。この経験からも、私は、英語教育の中
心は、文法と読解力に置くべきだと考えています。

その後、転職し、海外調査業務に従事することになったのですが、ここで
も感じたのは、正確な文法応用力と、多くの読書量に基づく語彙力の絶対
的必要性です。

現在は、フリーで毎日を送る清貧老人です。一応は通訳案内士の資格も
持っているものの、活用もできず、ボケ防止のために、できるかぎり英書
の読書に励んでいます。ここでも痛切に感じるのは、文法力と語彙力の必
要性です。

とは言え、私のように「上級国民」とは言い難い人生を送った人間にとっ
て、いったい、多くの時間と費用をかけても、中途半端な英語学習など、
どれほどの「効用」があったのか、また現にあるのか、と思うと自嘲的に
もなります。しかし、それを言うならば、数学だって、物理だって、化学
だって同じことであって、独り「英語」だけが“役に立たない”などと誹ら
れるいわれもないでしょう。


◆英国人の世界観を知ってますか? 

           和田憲治


前回のアメリカ通信の放送で、イギリスでは、日本を見下したような番組
があることを奥山先生がチョイスし扱いました。

・BBC1の「スー・パーキンズと日本」
・ネットフリックスの「クイアー・アイ」
両番組ともに、

「東洋の不思議の国日本」的なノリの立て付けですが
完全に見下している番組だそうです。

イギリス人には、有色人種、アジア人に対する差別意識があります。
まだまだ未熟で洗練されてないな!という、そういう見下したスノ
ッブな記事はフィナンシャル・タイムズや雑誌エコノミストなどにもよく
あります。

イギリスには「パキバッシング」という言葉があり、
日常の現実の場ではパキスタン人を馬鹿にしたり
若者のストレスの解消先としての暴力行為があったりします。

それでも、イギリスで公的放送でそれをやってしまうと、
国内にいるインド人やパキスタン人が「差別だ!」と騒ぎになるので作れ
ないのです。

インド人やパキスタン人に対する差別的表現を公的放送でできないのに、
なぜ、日本だと表現できるのか?

それを奥山さんは、「日本人が殴り返さないからだ。」
と言いました。

あの番組は日本人差別だ!と騒ぎ立てる人が英国内にいないし、日本側か
ら民間人も、外務省からも抗議が来ないからでしょう。

言い返さない奴は弱いし、言われ続けてオモチャにされ続けても当然と
いったところでしょうか。

第2次大戦時に、マレー沖海戦で、日本の海軍航空隊はイギリスの東洋艦
隊の最新鋭主力艦、プリンス・オブ・ウェールズと巡洋艦を完璧に沈めま
した。

そのときチャーチルは絶句し泣いたそうなのですが、こうも言ってたよう
です。

「これほどの衝撃を受けたことはない。」そして、「あれだけ強い艦隊を
もっているんなら、なぜ、いくらでもあった国際交渉の場でもっと日本は
主張しなかったんだ?」
と。
「我が国の連合艦隊は、あなたの艦隊なんか全部沈められるんだよ」
とハッタリででも伝えていれば、もしかしたら、戦争を避け、
石油の輸入解禁もできたんじゃないでしょうか。

戦ったがゆえに、大英帝国の植民地はすべて失う結果になっています。

チャーチルの頭の中では、多少なりとも強いならそれなりに交渉するもの
だと。中級どころか、ハッタリもできないくらいの貧弱で最弱なんだろう
という扱いだったのでしょう。

アメリカ通信の番組では、「戦略的になろう。そのためには、相手の世界
観を知ろう!」が、テーマです。

多少不快であったとしても相手をむだに気遣い、いざこざを避けようとす
るのは世界では日本だけです。

弱気を見せると傘にかけてくるのは、中国や北朝鮮や韓国だけはないとい
うことです。

繰り返しますが、日本では来春安倍政権が習近平を国賓として招待します。

日本の北大教授は北京から招聘されて行ったにも拘わらず、今も拘束され
たままです。

なぜ、日本政府は、米国から追い込まれつつある習近平に、「国賓待遇は
見送ります。北大教授はじめ数人の日本人の拘束を解いて下さい。尖閣列
島に侵入している武装船を止めてなさい。まずは、そこからです」と、伝
えないのか?

言われたら言い返さないといけないし、殴られたら殴り返さないといけな
いのです。

日本政府は米中冷戦の世界観がないから、拘束された我が国民を棚上げ
し、友好関係を強調し、習近平を迎え入れたいのでしょう。

◆国民革命デモ、文氏の横暴を止められるか

櫻井よしこ


韓国国民が闘っている。ソウルでは10月3日の「開天節」(韓国の建国記
念日)に続いて、9日の「ハングルの日」にも文在寅大統領の内外政策す
べてに反対する大規模デモが行われた。25日夜から26日にかけても国民各
層が集結し文政権打倒を叫んだ。

彼らの要求は、娘の不正入学をはじめ数々のスキャンダルを抱える曹国氏
の法務大臣辞任から文政権打倒へと一段と強まった。多くの国民が、曹氏
辞任だけでは文政権の悪事は終わらない、文政権の狙いは韓国という国
家、その価値観の粉砕だと、ようやく気付いたのだ。

韓国デモのこの質的変化は、デモをする人々がつい先頃まで「保守派デ
モ」と自称していたのが、「国民革命」と呼び始めたことにも表れてい
る。韓国言論界の重鎮、趙甲濟氏はこう説明する。

「文政権などの左翼勢力は『民族』や『民衆』という言葉を使って大韓民
国を否定してきました。韓国は自由と民主主義を国是としています。なの
に、種々の制度を変えてそうした価値観を抹殺しようとするのは憲法違反
です。国が憲法を守らないなら、主権者の国民が立ち上がり憲法を守る。
それが国民革命の意味です」

趙氏らの国民革命には反日スローガンはひとつもない。朝鮮問題専門家の
西岡力氏はこれを、理不尽な反日主義から脱け出した「自由と全体主義の
戦い」だと言い切った(「言論テレビ」10月25日)。

周知のように曹氏は法相就任から35日で辞任した。多くのメディアが保守
派デモ、国民の厳しい批判、検察に追い詰められた末の辞任だと分析し
た。だが真の理由は他にあるのではないか。

辞任に当たって曹氏は「私は自らに課せられた役割を果たした」と語っ
た。彼が果たしたと主張する「役割」とは、辞任表明の3時間前に発表し
た「検察改革」を含めて、長年構想を練ってきた左翼革命実現の道筋をつ
けたということであろう。曹氏や文大統領のいう検察改革の本質は、曹氏
が発案した「政治検察」、韓国型ゲシュタポの創設である。

逮捕は時間の問題

今年4月末に遡る。文政権はこのとき「高位公職者犯罪捜査処」(公捜
処)の設置法案を「迅速処理案件」に指定した。日本にはないこの制度
は、迅速処理案件に指定された法案は提出後330日が経過すれば必ず採決
すべしという制度だ。仮に法案審議の委員会が抵抗して審議が進まなくて
も、議長権限で委員会の頭越しに本会議で採決が出来る。

迅速処理案件に指定された「公捜処」設置法案は、捜査、逮捕、起訴など
の権限を検察から取り上げ、大統領直属の公捜処に移すというものだ。公
捜処のトップは大統領が直接任命するため、大統領権限が異常に強大化す
る。政治検察と呼ばれるゆえんである。捜査対象となるのは高位公職者約
6000人で、法案には以下のように詳述されている。

「大統領、国会議長と国会議員、大法院長と大法官(最高裁判所長官と最
高裁判事)、憲法裁判所長と憲法裁判官……」

その他にも高位の軍人、高位の警察官など国家の政策決定や秩序維持に携
わるあらゆる分野の高位者が対象とされている。大統領は捜査対象の一番
手に明記されているが、公捜処長官は大統領が任命するため、事実上大統
領は捜査対象にはならない。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪
熒氏が指摘した。

「公捜処の捜査対象者は6000人ですが、うち5000人が判事と検事です。法
案をよく読んで下さい。さまざまな公職者には、たとえば『政務職以上』
とか、『特別市長』とか『警務官以上』などと条件がついています。他
方、司法に携わる者については『判事と検事』だけ、即ち、全員です。司
法権限は起訴権も含めて公捜処が全ておさえる。まさに司法クーデターです」

同法案成立を文政権が異常に急いでいる。公捜処設置法案が4月末に国会
に提出され迅速処理案件に指定されたことは前述したが、当時の様子を西
岡氏が語った。

「迅速処理案件に押し込もうとする文氏の与党に、野党第一党の自由韓国
党が反対して議場は激しい殴り合いの修羅場になりました。暴力沙汰で
やっと通したのです。そしていま、天皇陛下(現上皇陛下)の謝罪を求め
たあの国会議長の文喜相氏が330日でなく180日で採決できると言い始めま
した。法律のどこにもそんなことは一言も書かれていません。法的根拠の
全くない超法規的手法です」

文大統領一派の主張する180日目が10月28日だ。従って本稿が皆さんの目
に触れる頃、或いは公捜処設置法案は可決成立しているやもしれない。こ
のように無法を承知でごり押しする背景に曹氏を巡る深い闇があるとの見
方がある。曹氏の妻は10月24日に逮捕された。このまま捜査が続けば曹氏
の逮捕は時間の問題だ。その場合、どのような闇が暴かれるのか。

北朝鮮の麻薬スキャンダル

前述のように曹氏は公捜処を立案した人物だ。韓国を左翼独裁革命で潰そ
うと考えている点で、大統領の文氏とは同志である。思想が同じで、甘い
マスクで国民に人気のある(あった)曹氏を、文氏が後継者に考えていた
のは間違いないだろう。

曹氏を政治家にするには一定の資金が必要だ。曹氏が多額の資金をファン
ドに投資していることは判明済みだが、そのファンドの投資先にソウル市
が大規模発注をしているのである。これは政権全体による闇の政治資金作
りなのではないかとの疑惑が指摘されるゆえんである。

疑惑はまだある。2017年5月、文氏は曹氏を民情首席秘書官に任命した。
検察などの法務行政全体を監督するこの地位には検察出身者が就くのが通
例で、曹氏のような学界出身者の起用は異例だった。

洪氏は、曹氏が民情首席秘書官を務めた2年余りの間に北朝鮮の麻薬に関
する巨大スキャンダルを隠蔽した疑いも浮上していると指摘する。

捜査が進めば、一連の疑惑が文政権の致命傷となりかねない。そのような
事態を防ぐために文政権が公捜処設置法成立を急いでいる可能性もある。

それにしてもこの後ろめたい法案を韓国国会は通すのか。韓国は一院制で
300議席、3名欠員で現状勢力は297、法案可決には過半数の149が必要だ。
文氏の与党「ともに民主党」は128で、与党系無所属の1人を加えて129、
過半数に20議席不足だ。第一野党の「自由韓国党」以外の少数党は左翼政
党で、彼らが文政権に協力すれば公捜処設置法案は可決される。

一方で、国民革命デモは間違いなく勢いを増しつつある。国民革命の前で
左翼政党は文政権に肩入れできるのか。国民は勝てるのか。韓国はまさに
ぎりぎりの戦いの中にある。

『週刊新潮』 2019年11月7日号 日本ルネッサンス 第875号