2020年11月15日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(104」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/204(2020/11/12/木】小生の巣は22度にしてい
るが、早朝ゴミ出しで外へ出たら手が冷えた。次回からは軍手が必要だ。
朝食で2Fへ行ったら日射しがないため寒い、15度しかなかった。冬がやっ
てきた。


多摩川土手のチャリ散歩は冷たい北風で涙がチョチョギレルから防寒対策
を考えなければならない。メガネの上からでもOKなゴーグル・・・ネット
で調べたらコロナ禍対策で結構品揃え豊富、2000〜5000円だが、試してみ
ないといけないし・・・近所の眼鏡店を覗いてみよう。チャリ散歩は男の
命・・・鬱屈というガス抜きだな。


小生のお気に入り散歩コースの「生田緑地」は、白川郷の合掌造りの古民
家を含め東日本の25棟を集めた「民家園」や、川崎市が競輪競馬で貯め込
んだカネで買い取った「川崎国際生田緑地ゴルフ場」などを含めるととて
も広い。


民家園だけでもじっくり見て回ると3時間、プラネタリウム+博物館、ド
ラえもんミュージアム、タロー美術館も2時間はかかる。昼食を含めて1日
4時間滞在するとして全部見るには3〜4日はかかる。ドラえもんの近くに
は小田急がキャンプ場、バンガローなどを造るらしいから宿泊も可能にな
りそうだ。


先日は駐車場に大型バスが5台ほどとまっており、東名高速の便もいいの
で埼玉、千葉など結構遠くから遠足で子供たちがやって来る。運転手用に
ちゃんと喫煙所まである!


緑地を維持するために市民ボランティアも活発に活動している。「生田緑
地の雑木林を育てる会」「生田緑地の谷戸とホトケドジョウを守る会」
「特定非営利活動法人かわさき自然調査団」「飛森谷戸(とんもりやと)
の自然を守る会」「向ヶ丘遊園の緑を守り、市民いこいの場を求める会」
など。みんな生田緑地が大好きだ。


11月10日に南西の飛森谷戸からゴルフ場を時計回りに散策した。


<谷戸(やと)とは、丘陵地が浸食されて形成された谷状の地形。多摩丘
陵・三浦丘陵・狭山丘陵・房総丘陵・武蔵野台地・下総台地といった関東
の丘陵地・台地の縁辺部が長い時間をかけて浸食・形成され、谷戸・谷
津・谷地などと呼ばれている>(WIKI)


両側は山で、ちょっとした渓谷、谷間・・・男の子は故郷を思い出すのか
なあ、高揚と落ち着きを感じる。「伊豆の踊子」に谷川の水を飲むシーン
があり、踊子だか一行の女が主人公に「先にどうぞ、女は穢れていますか
ら」というセリフがあった。昔、女は謙虚だったなあ。


女は穢れている、それなら女から生まれ、おっぱいにしゃぶりついて育っ
た男は「糞」か? 長じて先祖返りで谷間に回帰するクソ・・・「女にう
つつを抜かすより、努力して世のため人のためになる男になれ、それが男
ぞ!」という暗喩だな。


そんなことを思いながら人っ子一人いない山中を登ったり下りたりで3時
間かかったが、これで生田緑地はほぼ制圧した。ボランティアのお陰で山
道はきれいに整備されている

所々で金網越しにゴルファーの姿が見えたが、1メートルほどのパットで
も皆さん結構外しており、思わず苦笑した



「そう言えば俺も全然ダメだったなあ、外すたびに頭にきて実に不愉快
だった、早朝から車を出して客や同僚を拾って、カネをふんだくられて嫌
な思いをする・・・“修ちゃん、後がつかえているからもうOK”なんてコケ
にされたり・・・クソっ・・・1年で止めて良かった」


なんて昔を思い出した。まあ、運動能力がなかっただけなのだが・・・そ
のくせに「アサヒゴルフ」とかいう雑誌に頼まれて「世界の名門コース」
という連載を書いたり。「もう得意です、ゴルフ大好き・・・海外取材の
時は必ずご当地の有名コースは体験してますから任せてください」なんて
ホラを吹いた。慌てて手紙を書いて資料やら写真を送ってもらい記事にし
たが、昔は結構、鷹揚だった気がする。


先日、二か領用水の多摩川取水口にある「二か領せせらぎ館」で市会議員
の橋本勝氏を見かけた。名字を思い出せなくて「マサルさん?」と声を掛
けたら「? ?・・・ハイ」、いささか面食らったようだ。「選挙なの?」
「いや、そういう訳じゃないんですけど・・・」。昨日、郵便箱に「見る
聴く動く 橋本まさる市政報告」が届いていたが、「2024年『全国都市緑
化かわさきフェア』実現に引き続き取り組んでいきます」とあった。


タウンニュースによると「川崎市が市制100周年を迎える2024年の誘致を
目指す全国都市緑化フェア。福田市長は『川崎は100年前からの都市開発
の中で緑を失ってきた。都市緑化フェアはイベントをやることが意義では
なく、これまでの100年を振り返り、これからの緑が川崎市にとってどう
あるべきかを考えるきっかけとしたい』と挨拶した」。


宅地開発、都市開発で緑がどんどん失われていくが、原住民・先住民とし
ては「もう開発は要らない!」と叫びたい、しかし、「早い者勝ちだ、オ
マイら来るな」とは言えないわな。「既得権益にあぐらをかく人民の敵
だ!」なんて吊るし上げを食らったり・・・ANTIFA米国じゃあるまいし、
そこまでは叩かれないだろうが「緑が減ったら、その2〜4倍の緑地を創
る」とか思い切った政策が必要だろう。


私権制限が難しいなら税の優遇措置とか、地主階級も納得する方策で説
得、後藤新平流に力ずくで進めるべきだ。木場以東の東京湾岸は後藤新平
が創ったようなものである。できる奴はスケールが違う。


高坂正堯の「国際政治 恐怖と希望」をここ一月ほど寝床で読んでいる
が、1966年初版、半世紀も前なのに人間、民族、国家、外交の本質をつい
ているから全く古さを感じさせない。ソ連を「ロシア」と置き換えればい
いだけ。すごいオツムだ。


<高坂正堯(こうさか まさたか、1934/昭和9年5月8日 - 1996/平成8年5
月15日)は日本の国際政治学者、社会科学者、思想家、法学博士、元京都
大学法学部教授。専門は国際政治学・ヨーロッパ外交史。


大学では国際法学者の田岡良一や政治学者の猪木正道に師事。猪木は高坂
の没後に、「高坂は僕が教えた中では、ピカイチの天才だった」と回想し
ている。


現実主義の論客として著名で、見識が広く近現代日本の史論も多く著し
た。一般に社会科学者らの著作は時を経ると時代遅れになるが、高坂は没
後20年以上経ても『現代の古典』として研究者・専攻学生たちに読まれ続
けている。


高坂が一般に知られるようになった契機は、『中央公論』誌での活躍から
で、高坂は1963年にハーバード大学留学から帰国した直後に、当時『中央
公論』編集部次長であった粕谷一希の依頼により「現実主義者の平和論」
を同誌1963年1月号に寄稿、論壇にデビューした。


高坂は同論文において、当時日本外交の進むべき道として論壇の注目を集
めていた坂本義和らの「非武装中立論」の道義的な価値を認めながらも、
実現可能性の難しさを指摘し、軍事力の裏付けのある外交政策の必要性を
主張した、云々>(WIKI)


高坂正堯氏と似たような名前の「高山正之」氏は小生が憧れている「正露
丸糖衣錠=ユーモアで包んだ苦い正論」論客で、「高坂正堯の血筋を引い
ているのじゃないか」と思っていたが、縁戚関係はないようだ。


<山正之、たかやま まさゆき、1942年 - )は、日本のジャーナリス
ト、コラムニスト。元産経新聞記者、元帝京大学教授。


東京都出身。1965年、東京都立大学法経学部法学科卒業後、産経新聞社に
入社。警視庁クラブ、羽田クラブ詰、夕刊フジ記者を経て、産経新聞社会
部次長(デスク)。1985年から1987年までテヘラン支局長を務め、1980年
代のイラン革命やイラン・イラク戦争を現地で取材。また、アジアハイ
ウェイ踏査隊長としてアジア諸国を巡る。


1980年代後半、芸能方面へ異動となる。当時の編集局の上司と、国際報道
についての報道方針を巡って対立があった為とされる。この頃テレビ朝日
の昼の番組で、芸能解説をやっていたのもこれが原因だという。



1998年より3年間、産経新聞夕刊1面にて時事コラム「高山正之の異見自
在」を執筆。定年後の2001年から2007年3月まで帝京大学教授を務めた。


連載中のコラムに『週刊新潮』誌上で「変見自在」、『テーミス』誌上で
「日本警世」、『Voice』誌上で「日本の事件簿」がある>(WIKI)


ちなみに山正之氏は小生が世話になった航空新聞社から「アテンショ
ン・プリーズ』(1978年)を上梓している。同書は小生の記憶にないが
“スッチーというお仕事”系だろう。羽田クラブ詰の経験から航空業界にも
通じていたのだろう、「飛行25000時間」(文藝春秋、1983年)の著書も
ある。


小生がびっくりした高坂正堯氏の論稿を紹介するつもりだったが、長く
なったので次回にまわす。


蛇足ながら、本はざっくり分類すると「娯楽本」(ベストセラー志向)と
「教学本=教養・学問本」(初版2000部売るのに3年かかったとかが珍し
くない)のふたつがある。


中間のような本もいっぱいあるが、オツムを刺激して活性化させる「教学
本」は1割あるかどうかで(実際はせいぜい3〜4%か)、多くの出版社、
編集者は10年、50年、100年後でも読者がいる「教学本」を出したいか
ら、身過ぎ世過ぎで「娯楽本」を出している面がある。明治以降のベスト
セラーで今もそこそこ売れている本は100点、せいぜい200点だろう。


逆に言えば、痴的ではなく「知的」刺激を受けたいならベストセラーは避
けた方がいい。良書なら10〜20年後でも読み継がれているから、それを読
めばまず間違いはない。良書は内容が古びない。


1924/大正13年に日本図書館協会が11月17日から11月23日までの「図書週
間」を制定した。戦後にGHQによって天長節(11月3日)がつぶされて「文
化の日」とさせられ、穴埋めで図書週間が移動した。焚書坑儒で良書は消
えていただろうから、娯楽本ばかりだったろう。来週から本来の図書週間
が始まる。目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

◆圧殺された自由と民主と「高度な自治」

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)11月12日(木曜日)弐 通巻第6696号

 圧殺された自由と民主と「高度な自治」。「暗黒の香港」に
   民主派議員が集団辞職。中国共産党の独裁に

 2020年7月1日から施行された「香港国家安全法」。じわり暗黒政
治の「成果」が表面化した。

97年7月1日の「香港返還」で約束された一国両制度は死んだ。いや、
殺されたのだ。

香港から自治が奪われ、窮屈な、密告と監視に怯える日常がやってきた。
つまり香港の決まり事を香港人がきめられなくなり、議会は共産党翼賛会
に化け、中国の息がかかった全体主義が好きな議員らの天下となった。

11月11日、大陸では「独身の日」とかで、アリババや京東集団の
ネット配達において消費ブームが頂点を打ち、8兆円弱の買い物騒動が
あった。売れたのが日本の資生堂だったのは皮肉だろう。
 
EU諸国はコロナ第三次感染でロックダウン、中国で何が起きてもほった
らかし。米国はトランプの敗色が濃くなって、事実上のレイムダック入
り。中国共産党から見れば、こんなチャンスはない。

香港独立を支持し、「外国に干渉を求めた」として、香港立院議員四人が
議員資格を剥奪された。この決定に意義をとなえた民主派の議員十五名が
抗議をこめて集団で辞職することとなった。

「香港独立を支持したり」「外国に干渉を求めたり」、「中国による香港
への主権行使を認めない」議員ならびに「香港独別行政区への忠誠が足り
ない」と判定されると議員資格剥奪となる、滅茶苦茶なはなしである。

ならば、その資格剥奪の認定を誰が決めるのか。香港立法府ではなく、中
国共産党政治局常務委員会である。
となれば香港立法府は何の為に存続するのだろうか?単なる飾りなのか。

     
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ■読者の声 どくしゃのこえ REAERS‘OPINIONS 読者之声■
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
(読者の声1)トランプ大統領はまだ敗北宣言をしていませんが、どうみ
ても、敗色濃いですね。日本としてはがっかりですが、世界では喜色満面
の北京があります。

ともかくバイデンになると、日本は再び苛められるのではないか。民主
党という悪質な政党は、これまでも、一貫して戦争を起こしてきた政党で
す。どこかでまた火を噴く可能性が高まっています。さしずめ台湾海峡で
しょうか?

 という疑問を抱いておりましたが、過日放映された宮崎さんと加瀬英明
さんの番組を拝見して、なるほど、そういうことかと合点することが多
く、大いに参考となりました。有り難うございます。(DF生、岐阜)


  ♪
(読者の声2)宮崎さんの新刊『中国解体2021──日本人のための脱
チャイナ入門』(徳間書店)を3日掛けて、じっくりと拝読しました。ほ
かのチャイナウォッチャーと異なって、先生の視点は冷徹で、感情的な記
述がほとんどないのですが、皮肉な表現が多いことに気がつきました。何
かしら日本浪漫派の息吹が国際評論でも感じられました。

それはともかく中国の現状を抑えるには有益な書籍と存じます。TD生、
市原市)
         


◆プーチンへのSOSか?

           小川和久


トランプの「国家非常事態宣言」はプーチンへのSOSか?仮説の根拠

グローバリズムによる分断を世界に気づかせたトランプ大統領の功罪 噴
き出すバイデン醜聞。まさかのトランプ逆転で株式市場は逆回転か

異例ずくめのアメリカ大統領選は、敗者が負けを認めたのちに勝利宣言す
るという通例すら踏襲されぬまま、民主党のバイデン候補が一応の勝利を
収めたと世間では認識されています。しかし、決して敗北を認めようとし
ないトランプ大統領は日本時間13日、ついに非常事態を宣言。

この宣言は米国の投資家が中国軍の関連企業に投資することを禁じるもの
ですが、時期が時期だけに、なんとも言えないきな臭さが漂っています。
トランプのこの往生際の悪さは、いったい何が狙いなのでしょうか?

そこで気になるのが、泥沼化した大統領選決着のカギを握っていると思わ
れるロシアのプーチン大統領です。

メルマガ『NEWSを疑え!』を主宰する軍事アナリストの小川和久さんは、
プーチン氏が米国に対し不気味に沈黙を守り続ける意味を解説。ウクライ
ナ疑惑というバイデン氏の弱みをどう利用するのか、そしてトランプの劇
的復活はあるのか、その動向に注目しています。


プーチンの沈黙は不気味だ

大接戦だった米国の大統領選挙ですが、マスコミは民主党のバイデン候補
の勝利がほぼ確定したと伝えています。初の女性副大統領にカマラ・ハリ
ス氏が就任することへの期待感も高まっています。

確かに、米国内での選挙に関する手続き上は、トランプ氏の逆転勝利はな
くなりました。しかし、気になるのはロシアのプーチン大統領の沈黙で
す。ご承知の通り、バイデン候補には次男ハンター氏に関する「ウクライ
ナ疑惑」が囁かれてきました。

2015年、オバマ政権の副大統領だったバイデン氏は検察の腐敗などが問題
になっていたウクライナについて、ポロシェンコ大統領にショーキン検事
総長の解任を求め、実現させます。親欧米路線のポロシェンコ政権を支援
していた米国として、腐敗を一掃する必要があるというのが名目でした。


一方、ハンター氏は当時、ウクライナのガス会社の役員を務めており、こ
の会社が検察の捜査の対象となっていたのに対して、バイデン氏は息子を
守るために検事総長を解任させたのではないかというのが、ウクライナ疑
惑です。

トランプ氏を支持するメディアの中には、バイデン氏も株式などの形で報
酬を受け取る約束になっていた疑いがあるとするものもあって、大統領選
でバイデン氏を攻撃する材料に使われました。

ウクライナ東部を事実上の併合状態に置き、ウクライナ全体に情報網を張
り巡らせているロシアです。ハンター氏の疑惑についても、何か掴んでい
る可能性はあると見たほうがよいでしょう。動かぬ証拠を握った場合、ロ
シアの選択肢は二つあります。

一つは、バイデン氏を大統領就任辞退に追い込み、トランプ氏を勝利者に
するというもの、いまひとつは、水面下で「ロシアを最大の脅威」とする
バイデン政権に証拠を突きつけ、米国との懸案事項(新戦略兵器削減条約
の延長など)で主導権を握り続けるというものです。


トランプ氏が負けを認めないでいるのは、プーチン氏が発する言葉を待っ
て態度を決めようとしている面があることも、視野に入れておく必要があ
ると思います。往生際の悪いトランプ氏の復権に首をかしげる向きもある
でしょうが、それでも7100万票以上を獲得するほどの支持者がいるトラン
プ氏は、ロシアにとって魅力的なはずです。プーチン氏が何を言うか、も
う少し待つ必要があるかもしれませんね。(小川和久)

◆私の「古寺旧跡巡礼」 出雲大社

石田 岳彦


神宮といえば伊勢神宮、大社といえば出雲大社といわれるように、出雲大社はわが国でも指折りの格式の高い神社です。

古事記や日本書紀の神代巻によれば、大国主命が、地上の支配権を天照大神の孫のニニギノミコト(つまり今の天皇家のご先祖)に譲るのと引き換えに建ててもらった宮殿が出雲大社の起源とされています。

出雲大社は通常「いずもたいしゃ」と呼ばれ、私も勿論、そう呼んでいたのですが、「いずものおおやしろ」というのが正式な読みだそうです。驚きました。

もっとも、この名称自体、明治時代以降のもので、それ以前には杵築大社(きづきのおおやしろ)と呼ばれていたそうです。更に驚きました。
ともあれ、その出雲大社で、平成20年より国宝の本殿の修復が行われています。

御存知の方も多いと思いますが(各地からツアーが組まれていたようなので実際に行かれた方も少なくないかも知れません)、修理に先立つ大遷宮(神が仮の社に移ること)を記念して、平成20年に本殿の60年ぶりの公開が行われました。今回はその際の話をさせていただきます。

お盆を控えた平成20年8月のある週末、私は1泊2日で出雲に出掛けることにしました。朝一番の新幹線と在来線の特急を乗り継いで、JR出雲市駅(ちなみに平成の大合併により、出雲大社のあった大社町は出雲市の一部となりました。)からはタクシーを飛ばしたものの、出雲大社に着いたのは午前11時過ぎでした。

整理券をもらうと午後3時半。4時間半待ちです。事前情報として待ち時間がかなり長くなるのを知っていたので、驚きはありません。寧ろ、今日中に拝観できるのが決まって一安心です。

4月から5月にかけても本殿の公開が行われましたが、その際は境内に長蛇の列ができ、最大で4時間待ちになったとか。その反省もあってか、8月の公開の際には整理券が配られるようになったようです。まあ、8月の炎天下に長蛇の列ともなれば、熱射病で死屍累々となることは分かり切ったことですが。

幸い、日御碕神社、日御碕灯台や旧国鉄大社駅等、周囲に見るべきものは多く、正直4時間半でも短いくらいです(歴史ファンであればという条件付きですけど)。ともあれ、極めて有意義に時間を潰した私は午後3時前に出雲大社に戻ってきました。

本殿の拝観は、案内人に引率されて20人程度のグループ単位で行われます。
ようやく時間になったので、四脚門を潜って玉垣の中に入り、更に楼門をくぐって、靴を脱いだうえ、本殿正面の階段を登りました。本殿への階段は急で、高低差があります。

出雲大社の本殿はこの地方に独特の大社造りと呼ばれる高床式の建物で、正面に屋根付きの階段が設けられています。ただし、本殿の周囲に二重の玉垣が巡らされていることもあり、特に下部の構造は外部から分かりにくいです。

時間に余裕がある方には、出雲大社の前後にでも、松江市内の神魂(かもす)神社(本殿は現存最古の大社造りで国宝に指定)にも寄って、大社造りの建物の全容を見ておくのをお勧めします。現在の本殿は江戸時代に建てられたもので、高さは下から棟までで8丈(24.2m)だそうです。

実際に本殿の縁側にまで登って周囲を見下ろすと、だいたいビルの3階くらいの感覚で、かなり高く感じます。もっとも、言い伝えによると、中世以前の本殿はこの2倍の16丈、神話の時代においては更に倍の32丈の高さがあったということなので、この程度で驚いてはいけないのかも知れません。

なお、16丈の本殿については、従来、技術的に困難であるとして、単なる伝説であり、史実ではないとする説が強かったようですが、近年、昔の本殿の巨大な柱(丸太3本を束ねたもの)が境内から発掘されたこと等もあり、最近では、歴史的事実として認める説も有力のようです。

もっとも、昔の技術で16丈の高さにするには無理があったためか、文献上、しばしば本殿の転倒事故が起きているのが確認できるとのこと。

神代の32丈(約96m)の本殿については、さすがにこれを信じている人は少ないようですが、土を盛って人工の丘を作り、そのうえに建物を建てることにより、麓からの高さで32丈を確保したとの説もあるそうです。ここまでくるとほとんど頓知話ですね。

本殿のうえは大渋滞で、一旦、縁側を右側に回り、後方を巡って、最後に正面に回り込み、本殿内部を除きこんで、降りるというコースになっていました。
正面に回るまで15分ほど縁側で待たされることになりましたが、本殿上にとどまれる時間がその分長くなるわけですから、悪くない話です。

普段は玉垣の外からしか覗けない、本殿の周囲の建物の桧皮葺の屋根も、今は、私の眼下にあります。私がこの光景を見るのもこれが生涯で最後、若しくは、50年以上先の次回の修理のときだろうと思うと、有難味もひとしおです(数年後に修理が完了した際に、もう一度特別公開をやるという落ちになるかもしれませんが)。

写真撮影禁止なのが泣けてきます。ようやく正面に回り、縁側から内部を覗き込みました。さすがに中には入れてもらえません。神様の家ですから。

本殿の中央には文字通りの大黒柱(仏教の守護神であった大黒天と大国主命はもともと別の神様ですが、「大国」が「ダイコク」と読めるということで、次第に混同されるようになりました。袋をかついだ七福神の大黒様は大国主命のイメージから来ています。

また、事前情報として知っていましたが、大国主命の御神像を収める御神座は何故か正面ではなく、右側(拝観者から見て左側)を向いていて、参拝者の方を向いていません。

理由については争いがあり、中には、「出雲大社は大国主命の宮殿ではなく、その霊を封じ込める牢獄である」というおどろおどろしい説まであるようです。
更に天井には極彩色の「八雲」が描かれているのが見えます。もっとも、「八雲」であるにもかかわらず、何故か描かれている雲は7つだけです。

疑問に思って、説明の方に話を聞くと、昔から7つしかないけど「八雲」と呼ばれているとのことでした。残り1つは心眼で見るのでしょうか。そういえば、八岐大蛇(やまたのおろち)も、頭が8つだから七股なのに八岐と呼ばれていますね。

「八雲」は兎も角として、本殿の内部は、外観と同様全体的には簡素で装飾性が少ないという印象でした。

本殿の参拝が終わった後、改めて境内をノンビリと歩きます。特に印象に残ったのは、本殿の東西にあった十九社という細長い建物で、毎年11月に全国から出雲に神様が集まってくる際の宿舎になる社ということのようです。

 また、出雲大社のすぐ近くには県立の歴史博物館もあります。上で述べた発掘された昔の本殿の柱に加え、加茂岩倉遺跡(一箇所の遺跡から最多の銅鐸が発見されたことで有名)から出土した銅鐸、荒神谷遺跡(358本という常識外れの大量の銅剣が発掘されたことで有名。

勿論、国内最多。)から発掘された銅剣もまとめて見る事ができます。巨大なガラスケースの中に300本以上の銅剣が並ぶ様にはあっけにとられます。

 本殿の修理が終わるまで、まだ、時間がかかりますが、機会があれば、一度、出雲の地に行かれてみてください。(終)


2020年11月14日

◆バイデン氏が勝利宣言「分断でなく統合を」

塩原 永久


米デラウェア州ウィルミントンで勝利宣言する民主党のバイデン前副大統
領=7日(ゲッティ=共同)

 【ワシントン=塩原永久】米大統領選で勝利を確実にした民主党の
ジョー・バイデン前副大統領(77)は7日夜、地元の東部デラウェア州
ウィルミントンで国民に向けた演説を行い、大統領選について「圧倒的な
勝利だ。

国民は7400万以上の票をもって当選させてくれた」と述べ、 勝利宣
言した。共和党のトランプ大統領が法廷闘争による抵抗の構えを見 せる
中、「選挙戦は終わった」とも強調した。

バイデン氏は「分断ではなく統合を追い求める大統領になることを誓
う」と語った。民主党の支持者でなく共和党の支持者も含めた国民を代表
するとし、国内の政治的分断の解消に尽力する意向を強調。共和党に対し
ても「協力することは謎めいたことではない」と協力を呼びかけた。

バイデン氏は選挙戦で民主、共和両党にまたがる有権者から支持を得た
と指摘。白人だけでなくヒスパニック(中南米系)や黒人など多様な人種
から得票したと感謝を示し、「米国史上、最も広範で多様性のある(支持
者)連合を築くことができ、誇りに思う」と述べた。

トランプ氏の支持者には「落胆していることだろう」と配慮を示し、
「とげとげしい言葉づかいをやめ、気持ちを静めるときだ」と呼びかけ
た。民主党支持者も念頭に「相手を敵のように扱うのはやめねばならな
い。同じ米国人だ」とも訴えた。

また、死者23万人以上を出した新型コロナウイルス禍の対策を重視す
る方針を表明。「感染症を制御することから仕事を始める」と述べ、9日
にも科学者や専門家で作る助言チームを編成して、来年1月の就任時に新
型コロナの封じ込めを最大の課題として政権運営する意向を示した。


バイデン氏はまた、「再び米国を世界中から尊敬される国にする」と約
束した上で、「米国は世界の灯台だ。模範としての力によって(世界を)
導いていく」と強調した。

◆エスパー国防長官を解任

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)11月11日(水曜日)通巻第6694号

エスパー国防長官を解任、タカ派で軍事強硬派のミラーが長官代行
  さらにトランプ政権高官が台湾訪問を予定

 トランプ大統領がエスパー国防長官を電撃的に解任し、当面、クリスト
ファー・ミラーが国防長官代行を務めることになった。

上院の指名承認はないまま「代行」として1月までに、国防路線を岩盤 の
ように築くのではないか。

というのも、中国がこの人事に異様な関心を示したからである。

なぜならミラーは特殊部隊出身の軍人、ベテランOBであり、とりわけ奇
襲作戦に長けている人物とされるからだ。

事実上レイムダックとなったトランプ政権は任期内で次の布石を確乎た
るものとするため、台湾問題でバイデン率いる民主党の親中派が、近未来
に妨害ないしは修正できないように、既成事実の積み上げを急ぐ。

さらに国務省筋によれば、アバー厚生長官、つづいて九月のクラック国
務次官の台湾訪問に引き続き、「大物特使」の台湾派遣が検討されている
という。

現在、米台間の台湾は安全保障が中心課題だが、国務省との協議ではハ
イテクに焦点が当てられ、突っ込んだ話し合いがもたれたという。

米台間には「台湾関係法」「台湾旅行法」そして、「TAIPEI法」
があるが、議会には「台湾侵略防止法」が提議されている。

 しかしトランプ政権のレイムダック入りにより、後者の法案は見送りに
なる可能性が強いため、台湾問題の固定化をトランプ政権は急いでいる。
      
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ▼アンディ・チャンのアメリカ通信 ▼アンディ・チャンのアメリカ通信
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
ディープスターツがトランプに勝った
@@@@@@@@@@@@@@@@@@

大統領選挙が終わって、メディアがバイデンの勝利を報道し、バイデン
も勝利宣言をしたがトランプはまだ敗北を認めず法廷闘争に持ち込む。一
般の見方ではトランプが法廷闘争で勝つ見込みは薄いとしている。

現時点ではトランプが4年もDeep Stateと戦ってついに敗北したと見て良い。

165年前の南北戦争では北軍が勝ったのにリンカーンは暗殺された。第 2
次南北戦争ではトランプがイカサマ選挙の郵便投票で負けた。

もともと郵便投票は偽の票をでっち上げることが簡単にできる。それで
もトランプはコロナ疫病のため郵便投票を認めざるを得なかった。その挙
句、たくさんのインチキ票や投票所でイカサマ操作をした証拠がたくさん
あった。それにも拘らず訴訟で勝てるかどうかはわからない。
 郵便投票で違法があった証拠はたくさんある。
このうち幾つかを挙げる:

(1)計票が続く4日早朝の3時半ごろに突然、ウィスコンシン州、ミシ
ガン州とペンシルバニア州でほとんど同時に10万票以上の「郵便票」が追
加された。これらの票のほぼ100%がバイデン票だった。票の来源は不明
でトランプ票が殆どない偽物、しかも三つの州で同時に起きたのである。
トランプ陣営は再計票を要求した。再計票でイカサマ票が排除されればト
ランプが勝つ。

(2)計票のコンピューターのソフトにエラーが発見された。ウィスコン
シン州の計票所でトランプの6000票が「間違って」バイデン票に計上され
た。発見されたあとこのソフトを使っていた州はミシガン、ペンシルバニ
ア、ジョージア、ネバダなどの他多数と判明した。最高裁がこれらの違法
コンピューターソフトを使用した各州の再計票を命令すればトランプの勝
となる。

(3)多くの郵便票は投票者の名前、署名、住所などがなかった。すでに
死亡した人や他の州に移住した人の票も多数発見された。イカサマ票は故
意に挿入されたと思われる。

(4)ある計票所ではドアをロックして民衆の入室を禁止して「密室計
票」を行った。選票のイカサマ操作を監視する人がいない密室でどんなこ
とが行われたのか。

(5)郵便投票は火曜日で締め切る規定なのに、ある郵便局では係長が局
員に金曜日まで投函した郵便票を提出させ、受取日を火曜日と変更してか
ら投票所に持ち込んだと言う。このイカサマを上院議員に告発した公務員
がいる。ある郵便局では郵便票を破棄した証拠があるし、投票用紙を配達
せず棄てた州もあった。

これらのイカサマ選挙はほとんどみな民主党の州で起きたのだから、た
とえトランプ側が告訴しても民主党系の裁判官が却下するとか証拠不十分
などの理由でトランプが負け、最終的に最高裁に提訴することになる。

最高裁は勝敗を決めるのではなく違法かどうかを裁定するだけだ。違法な
ら再計票となる。裁判のあとの結果は12月ごろになる。

Deep Stateの民主党は投票日の1ヶ月も前からトランプが郵便投票で負
けて最高裁に提訴すると宣伝していた。そしてその通りになることもほぼ
確実と思われる。Deep Stateのイカサマ計画はそこまで計算していたのだ。

彼らにとって想定外だったのはギンスバーグ最高裁判事が死んだこと、そ
してトランプがすぐに Barrett判事を任命したことである。

 ▼最たる不公平はチャイナだ
 
選挙のことはこれぐらいにして、バイデンが大統領になったら世界の情
勢はどう変わるかである。

バイデン当選なら世界各国は将来の見通しや政策のリセットをしなければ
ならない。

トランプとDeep Stateの戦いは実は2つの方面の戦いだった。第一はビ
ル・クリントンに始まったクリントン、オバマ、バイデンなどの「賄賂と
汚職」との戦い。第二は財界と製造業界のグローバリゼーションとの戦い
である。

第一のDeep Steteとの戦いとはクリントン、オバマ、バイデンなどが過
去に犯した汚職犯罪を隠し遂せるためメデイアを味方にして総力あげてト
ランプの再選を阻止したことである。民主党側は2016年にトランプが当選
してからあれこれ続けてロシア疑惑やトランプ弾劾をでっち上げて攻撃
し、今回の選挙で遂にトランプに勝ったのである。

第二のトランプとグローバリズムとの戦いとは、アメリカと諸外国との
関係がアメリカに不利だったのをトランプが是正しようとした戦いであ
る。トランプのMake Amerika Great Again、つまり「グローバリゼーショ
ンはアメリカに公平であるべき」という主張である。

不公平の最たるものは中国であるからトランプ政権は中共との戦いを宣
言し、ファーウェイを皮切りに中国の覇権拡張阻止を始めた。

この主張は決して間違っていないし民主党も反中国に賛成である。しかし
バイデンはウクライナや中国から賄賂を取ったしジョー・バイデンと中国
人の未成年者がセックスしている動画もハンターバイデンのパソコンから
発見された。彼が大統領になったら中共に脅迫されるのは確実だ。

トランプとDeep State の戦いは困難だったにも拘らず彼は世界に大きな
貢献をした。

トランプの4年間で世界各地で戦争がなかったことだ。中東が平和にな り
戦争が起きなかった。イランと北朝鮮の核開発もなくなった。中国の経
済もファーウエイその他を制限し輸入税をあげた。南シナ海の諸島占領も
抑え込んだ。アラブ酋長国をはじめとする中東諸国がイスラエルと国交交
渉を始めるようになったのはトランプ外交の素晴らしい成果である。この
ようなトランプの業績がバイデン政権でどのように変わるか世界各国が見
守っている。

 ▼バイデン当選を最も心配しているのが台湾である。

最大の懸念は東南アジアの平和である。バイデンはシナ人にキンタマを
握られている。彼が大統領になったらトランプが始めた米中戦争が尻つぼ
みになるかもしれない。大きな影響を受けるのは最先端のIT業と製造業に
おける対中融和、そしてアメリカ国内の製造業の衰退による失業者の増加
である。

バイデン当選を最も心配しているのが台湾である。

今年の選挙で台湾人はみんなトランプを応援していた。トランプとバイデ
ンの違いは台湾の将来にとっては死活の問題である。

バイデンは台湾を見放すだろうか。嘗てクリントン政権も殆ど台湾を見放
すところだった。アメリカは台湾を放棄しないけれどもバイデンが中国に
脅迫されたら中台間で小さな武力衝突や経済封鎖などが起きることもある
だろう。

トランプがDeep Stateの「犯罪隠し」を暴こうとした第二次南北戦争で
トランプが負けたようである。これはつまり保守と左翼の戦いでアメリカ
の二極化がさらに激化したことでもある。サヨクが勝ったということは勝
手自由が正義道徳を凌駕し、バットを振り回すBLMや金銭選挙の民主党が
勝ったのである。シナの賄賂を取った政治家、政治力で己と家族の栄達を
図るバイデンがアメリカの大統領になったである。

バイデンの犯罪証拠はかなり多い。今後も続けてバイデンの罪を追及す
ることがアメリカの正義を取り戻すことだと私は確信している。
    (アンディ・チャン氏は在米評論家)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ■読者の声 どくしゃのこえ REAERS‘OPINIONS 読者之声■
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
(読者の声1)最近貴誌上で話題の「メールアドレスが登録出来ない、読
めない」問題ですが、「ブラウザ」の不具合の問題かもしれない。

古いタイプの「Internet Explorer」は、マイクロソフトがサポート停止
して、現在標準ブラウザは「Microsoft Edge」です。古いブラウザを使う
と、読めても不安定な状態とかあり得る。Internet Explorerでは、
「Gmail」ですら新規登録困難な状態なので、他社メールは言わずもが
な。もしブラウザの問題なら、最近のPCには「Microsoft Edge」が設置さ
れているし、「Google Crome」や「Fire Fox」をインストールして解消さ
れるかもしれない。

或いはメールマガジンの配信元「mag2」のシステムとInternet Explorer
の相性も考えられる。「スマホで見れる」とはそういう事かも。

配信元がサービス向上の為にシステム更新すれば、古いブラウザでは当然
対応出来ない。その場合は、配信元から送られるメールマガジン全てが同
じ状態で、貴誌だけピンポイントで「ディープステート」に狙われる訳で
はない(笑)。

ブラウザを変えても問題なら、「VPN(バーチャルプライベートネット
ワーク)」を使えばどうか。海外IPを使うので、「闇の組織」にIPを狙わ
れる疑念は晴れると思います。

日本チャップリン協会会長の大野裕之によれば、中国の若いインテリ層は
香港のVPNを使い、VOA、BBC、FACEBOOK、Google検索など西側情報を自由
に取っている。

逆に中国政府系日本語サイトはVPN経由では全く見れない。つまり、アク
セスするIPを必ずチェックして監視の資料にするという事でしょう。(道
楽Q)

  ♪
(読者の声2)宮崎正弘vs渡邊惣樹の対談『戦後支配の正体
1945〜2020』(ビジネス社)の第6章の「社会科学も理系の厳密
さに近づける」の項目で、渡邉氏は「合理性を追求して行けば、自然科学
に近づける余地がある」と述べておられますが、分子生物学者のシェーン
ハイマーや福岡伸一氏による学説から、レシプロシティに基づく生命体の
本質を経済学に取り込んだことで貨幣論を自然科学に近づけることができ
たと言えるのかもしれません。

そこから私が得た「総括」は「価値イコール貨幣ではなくツール(機能)
である」ということでした。

これは既存の経済学からすれば「想定外の姿」です。

なぜそのようなことになったのでしょうか?

繰り返しになりますが、それは根源的には価値と貨幣は別物であるにも係
わらず、「動物も人間も意識を持っているが、人間だけが『同じに』する
特異な機能を獲得し、その機能が貨幣と価値を同一とみなしてしまったこ
とに端を発した。」と云う事だと思います。

ところがです。養老氏が「全てまとめていって、ありとあらゆるものを同
じとみなしてゆくと最後にたった一つになってしまう。これでは話になら
なくなる」と言われましたように、「同じにする・同じにみなす」を人間
があまりに進めてきた結果不換紙幣も仮想通貨はもとより、価値の「価格
が標示されている金融商品まで」もが価値そのものであるとみなす世の中
になってしまったのです。

そしてこれらを全て簿記に記帳することが「正しい」こととなってしまっ
たのです。

まさに「これでは話にならなくなってしまった」のです。換言 すれば
「貨幣・通貨は機能である」ことを「是」とすれば、価値そのもの でな
い機能(ツール・手段)の「量」が、簿記の資産項目として記帳され て
いることになり、まさに簿記はその機能(価値の在り様と流れ)を果た
さなくなってしまっています。

人は「同じにする」を以って社会を構築してきて、その習性は留まるこ
とを知りません。その顕著な例が無形資産の出現と最近の増加です。

これは限られた人しか「価値」の存在を認識することは出来ないにも係わ
らず、社会的authorizeを得る事なし簿記に計上されたとたんに「公的な
価値」となってしまうのです。

人類が社会を構築するには「同じにする」 機能があってこそできたので
しょうが、この機能は反対に人類に混乱をも たらしているのです。

通巻6682号で、私は、渡辺氏の「中央銀行や貨幣の持つ怪しさ」の
中身を推測で6項目提示してみましたが、「貨幣は価値そのものとは違う
のだ」という見解をここに重ね整合性を検証して見たいと思います。
(SSA生)

◆7大デマゴギーを検証する 

高野 孟


学術会議問題で嘘を撒き散らす菅義偉首相とその仲間

1.105人の推薦名簿は見ていない?

■ 菅義偉@朝日新聞ほかとのインタビュー、10月9日

日本学術会議が推薦した会員候補のうち6人を任命しないという判断は安
倍前政権ではなく現政権で下した。6人を除外する前の推薦者名簿は見て
いない。

● これは、自身の責任を免れたいという心情から口走ってしまった大失
言。じゃあ6人を名簿から削ったのは誰なんだということになるに決まっ
ているのに、それへの答えを準備することなくその場で口走ってしまった
ことは明らかで、つまり彼の答弁能力の貧しさというよりも、はっきり
言って余りの頭の悪さを露呈してしまった。

6人を名簿から削ったのは杉 田和博官房副長官であることがたちまち判明
し、今度は安倍・菅両政権の 官邸を実質取り仕切っているのは警察官僚
であるという「警察国家」的な 実態が晒されることになった。

2.現会員が後任を指名できる?

■ 菅義偉@内閣記者会会見、10月5日

現在の会員が自分の後任を指名することも可能。推薦者をそのまま任命し
てきた前例を踏襲して良いのか。

■ 菅義偉@ジャカルタでの記者会見、10月21日

日本学術会議の会員選考は、現在の会員が後任を推薦することも可能な仕
組み。

● 菅首相が一知半解の法律知識で判断し発言していることの証拠。当初、
彼は学術会議からの推薦通りに任命しなかった理由として、「現在の会員
が自分の後任を指名することも可能」になっていて、そのような閉鎖的仕
組みで指名された人が推薦され、それを首相がそのまま任命してきた前例
を踏襲する必要はないという趣旨のことを述べた。

これはまるっきり事実 誤認で、実際には現会員210人と連携会員約2,000
人が各自2人まで推薦 し、そうすると4,000人超ものリストとなり、それ
を選考委員会が明確な 基準に従って学術的業績などを吟味した上で、105
人のリストを9カ月かけ て作り上げるので、現会員の個人的な恣意によっ
て後任を指名するなどと いうことはあり得ない。

● それをさんざん指摘されたので、菅首相はジャカルタで、後任を「指
名」ではなくて「推薦」できるだけだと発言を修正したのだが、そうであ
ればこのことが任命拒否の理由になるはずがないことにも触れ、自らの法
解釈の誤りを謝罪し、6人の任命拒否を撤回すべきであるけれども、そこ
には踏み込まない。



個人的な見解だが民主党(バイデン)政権には不安感が:

私は永年にわたって民主党政権は「bad newsだ」と言い続けてきた以上、
民主党政権には不安感が残るのだ。如何に綺麗事を言っても、バイデン氏
はオバマ政権の副大統領で、中国を野放しにして来た同志ではなかった
か。確かに選挙キャンペーン中はトランプ大統領並みに厳しく当たると主
張していたと聞いた。だが、果たして実際に大統領になれば、国際協調を
唱えていた以上、現実に対中国に高関税を維持し農産物等の買い増しを強
硬に習近平に迫れるのだろうか。クリントン大統領のように我が国にを軽
視し「輸入を増やせ」と強硬に出てくるのではなかろうか。

私は確かにアメリカの元の上司や同僚たちと同様にトランプ大統領嫌いで
ある。だが、昨日も指摘したようにその公約の実行力と対中国の強硬姿勢
を考える時に、「未だ再選される可能性は僅かでも残っているとの観測が
あるトランプ大統領が再選された方が良かった」となりはしないか。過去
の民主党政権時代を顧みても、民主党政権は我が国を軽視していたのでは
なかったか。「バイデン大統領で良かった」とはならない危険性は残るの
ではないか。

「何だ。貴殿はとんだ変節振りではないか」と非難されそうだが、私はこ
れまでにトランプ大統領の敗退は条件付きでしか記述していない。それは
トランプ大統領擁護ではなく、専門家が解説されるアメリカの法律に基づ
いて言っているだけのことだ。要するに「あの選挙も結果がどうなってし
まうか」を断言するのも「バイデン、万歳」を唱えるのも、未だ早いと考
えているのだ。

at 07:38 | Comment(0) | 高野 孟

◆淀川河底の「蕪村の生家」と「蕪村銅像」

    毛馬 一三

                         
江戸時代の俳人与謝蕪村の生家は、淀川の河底に埋没しているのは間違いないのですが、一体河底の何処に埋没させられて仕舞ったのでしょうか。詳しい場所は未だ不明です。

確かに、大阪毛馬の淀川堤防に「蕪村生誕地」と書いた「記念碑」が建立されてはいます。しかし「蕪村生誕し幼少を過ごした生家」は、この場所ではないことははっきりしています。

実は「蕪村の生家」が、冒頭に記したように、淀川堤防から眼下に見える「淀川の川底」に在るのは事実です。なぜ淀川の川底に埋没されたのでしょうか。これは追々。

徳川時代の淀川は、よく手入れが行われていましたが、明治維新後は中々施されていなかったのです。ところが、明治18年に淀川上流の枚方で大水害が起き、下流の大阪で大被害を受けたことをきっかけに、明治政府がやっと淀川の本格的改修に乗り出しました。

その際明治政府は、単なる災害防止ためだけではなく、大阪湾から大型蒸気船を京都伏見まで通わるせる航行で「経済効果」などの多目的工事に専念することを決めました。

そのために淀川の河川周辺の陸地を大幅に埋め立て、それまでの小さな淀川を 大きな河川にする大改修を立案したのです。

これに伴い、旧淀川沿いにあった「蕪村生家」地域は埋め立ての対象となり、すべて「河川改修工事」によって川底に埋められて仕舞いました。

さて、明治政府は関西の大型河川・淀川を大改修するため、オランダから招いた河川設計者・デ・レーケとフランス留学から帰国していた設計士沖野忠雄とを引き合わせ、「淀川大改修」の設計を依頼しました。

明治政府の依頼を受けた2人は、「大改修工事」の設計を創り上げ、明治29年から工事を開始しました。

とにかくこの大型改修設計は、大阪湾に京都の宇治川や桂川、奈良からの木津川を中津川に合流させ、一気に淀川として大阪湾に繫ぐ、巨大な設計でした。

そうすれば貨物蒸気船を大阪湾と京都を結んで航行させることが出来、逆に京都・枚方などで大水害が起きた場合でも大量の水量をさらりと、大阪湾に流すことが出来るのです。二本立ての「効果狙いの設計」でした。

勿論、上流の災害で流出してくる「土砂」が、大阪に被害を与えないため「毛馬閘門」設計も創りました。

これが淀川から大阪市内に分岐させる「毛馬閘門」の設計主旨だったのです。この「毛馬閘門」からは、淀川本流から分岐して大阪市内へ流れる河川を設計しました。その河川の名を「大川」と名付けたのです。

この「大川への分岐設計」で、上流の水害に伴う土砂流失の回避は実現し、大阪の上流からの防災は、今日まで護られているのです。

このように2人による設計書は、世界の河川工事技術水準に準じたもので、明治政府が施工した「河川大改修工事」としては全国的に見ても画期的なものでした。

同工事は、明治29年から明治43年まで行われ、設計通り完成しました。

ここから本題。この「河川大改修工事」によって、与謝蕪村が生まれ、幼少を過ごした大阪市都島区毛馬町(摂津国東成郡毛馬村)は、跡形もなく淀川に埋没させられ、深い川底に沈んで仕舞いました。

明治政府の強制でしたから、当時の住民は仕方なくそれに従ったようですが、川幅も660b(従来の30数倍)となり、浅かった河の深さも5bの巨大河川に変容したのです。

この住居埋没の強制工事で、前述の如く、蕪村の生家(庄屋?)は勿論、お寺、菜の花畑、毛馬胡瓜畑跡などの、当時の地域の様子は皆目全くわかりません。今は淀川の毛馬閘門近郊にある蕪村記念碑から、淀川の眼下に見える川底が「蕪村が幼少を過ごした生家地域」だと想起出来るだけで、寂しい限りです。

淀川近郊の蕪村家(庄屋)の後継者の方といわれる毛馬町の家を訪ね、「家歴」を伺いました。しかし、「地図」も無いし、お寺も埋没して「過去帳」もないために、蕪村生誕地が淀川の河底にありことは間違いないですが、今でもどのあたりの河底にあるのか分かないのです。」という答えが返って来ただけでした。

どうか大阪毛馬町の「蕪村公園」と通り過ぎて、「毛馬閘門」と「蕪村記念碑」ある淀川堤防の上から眼下に流れる「淀川」を見ながら、その河底に蕪村生誕地があることを想いつつ、蕪村が幼少期をここで過ごしたのかと、ゆったりと瞑想して欲しいですね。

ところで本題。淀川近郊の蕪村家(庄屋)は、大阪毛馬町に在る「淀川神社」の氏子でした。このため年間の祭事や祈願の折は、この「淀川神社」に父母と一緒に蕪村「幼名―寅」は、参詣に通ったことが、江戸時代の慣習から推察出来ます。

また蕪村が、毛馬村を出奔し江戸へ下る決意を固めた時、氏子の立場から「淀川神社」に参詣し、将来の生き方を祈願したことは、当然のことと考えられます。

そこで、今の「淀川神社」の境内に、私から呼びかけて協賛者のお力を頂き、「高さ1m60pの銅製の蕪村銅像」を建立しました。

望郷の念の強い「蕪村」は、この「生誕地参詣神社に銅像が建立した」ことに喜んでくれて帰郷して呉れるでしょう。また「淀川神社」も、「蕪村参詣神社」として、後世に伝承されるでしょう。

どうか「蕪村銅」のご拝観にきて頂くよう心からお願い致します。

取材先:国交省近畿地方整備局淀川河川事務所

2020年11月13日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(103

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/203(2020/11/11/水】米国大統領選は終わった
のか? 何やら場外乱闘になりそうな気配で、ゲームオーバー、ノーサイ
ド、“互いの健闘を称える”という風にはなりそうもない。


「遺恨を残し、米国民主主義に癒しがたい傷をつけた」、あるいは「米国
民主主義の底力を見せた」ということになるのか。歴史、つまりは勝者が
判定するのだろうが、年月とともに判定とか解釈は変わるから「両論併
記」が多いようで、スッキリ感はイマイチだ。


明智光秀や織田信長の評価なんぞ毎年のように新説が出るが、古人はあの
世で困惑しているのかもしれない。


「まあそういう面もあったのは否定しないが、本心としては諫言が目的
で、成り行きでああなってしまった。まさか想定外だったとは言えないか
ら天に代わって誅殺したと。今振り返ってみればそういうことだと思うけ
れど、当時は追い詰められていた感じで、実は心神耗弱であの日のことは
あまり覚えていないんですよ。これ、オフレコってことで・・・」


何がなんだかわかりゃしない。勧善懲悪でバッサリと良いもんと悪もんが
明確だった昔が懐かしい。TVで水戸黄門とか平次親分が活躍していた時代
は安心していられたものだ。今は混迷、複雑、面妖、奇々怪々。


トランプは11/9に「Since when does the Lamestream Media call who
our next president will be? We have all learned a lot in the last
two weeks!」(いつから時代錯誤のメディアが次期大統領を決めるように
なったのか? この2週間で我々は多くのことを学んだ!)とツイートした。


トランプは7日と8日を首都郊外のゴルフ場で過ごしたそうだが、パットが
決まって気分転換になり、リベンジのいい策が浮かんだのかどうか・・・
まあ、大人しく引っ込むようなタマじゃないな。優秀なビジネスマンは転
んでもただでは起きない。シャッフルを期待するファンは実に多いだろう。



リベンジで驕れる者を痛い目に遭わせないと米国は4年、8年でファシスト
独裁国家、USNAZI(United States of Nationalistic American by
Zealots and Insanities)になるだろう、「アメリカ引き籠り暗愚合州
国」、通称“ヒッキーアメリカ”とか。


この際だからずばり「アメリカ人民共和国」にしてもいい。民主党とその
支持者は自由民主人権法治大嫌い&共産主義暴力独裁大好きだろうから、
中華人民共和国とすこぶる相性がよさそうだ。WinWin で無理心中してく
れると有り難いが・・・



民主党はリベラルが高じてアカ、ダーティーなFDRルーズベルトそっくり
だから当然、共和党系の国民を排除、抑圧、弾圧していくだろう。今まで
さんざやってきたが、これからは遠慮会釈なく「汚れた野蛮人ども」を潰
せるわけだ。「私は正義、ポリコレ教、教えに従わない奴は駆除すべ
し」、まるでナチの突撃隊そっくりのANTIFAに襲撃されたくなかったら大
人しく従え・・・まずはそうなる。キチガイに自由、米国版の文化大革
命、Great Cultural Political Correctness Revolution!


政権を握るまではナチスも空気を読んで「いい人」を演じたりしていた。
スタビライザー役のヒンデンブルク大統領なんぞヒトラーの演技に感動し
て涙さえ流し、多くの国民も騙された。ナチは無血革命で権力を握ったの
だ。民主党そっくり。「もっとも良き人々は帰らなかった」(フランク
ル)・・・USNAZIを潰さなければ米国民はそのうち泣きを見るだろう。


民主党や共産主義者には「反省する」機能はない。宗教と同じだ。1970年
前後からのチリ(アジェンデ共産主義政権→ピノチェト政権の混乱)、ペ
ルー(ベラスコ将軍クーデターと赤色革命化→毛沢東主義左翼ゲリラとの
内戦)は国家秩序を破壊し、以来50年たっても鳴かず飛ばず、存在感が薄
いままだ。


ベネズエラはチャベス独裁の後、腹心のマドゥロが政権についたが、反
米・社会主義路線は変わらず、オバマが肩入れした老舗のキューバと同様
に今では生きているのかどうかも分かりゃあしない。


加々美光行氏は学者で、朝日に連載コラムを書くほどの左巻きだ。騒乱大
好きな竹中労、シャクシャイン像棄損事件で有罪となった怪人・太田竜と
も交流があるが、中国学者の泰斗として一目を置かれていたようだ。


氏の論稿「三つの世代を越えて見えて来るもの: 紅衛兵世代、天安門世
代、ポスト天安門世代にとっての文革」(2014年)は、共産主義独裁がい
かに国家、国民、民族の幸福を阻むかを示しているが、何やら「毛沢東、
共産主義は悪くない、思うように事が進まなかっただけだ」という弁解み
たい。それ自体が中共の毛沢東評価「7割貢献、3割失敗」を踏襲したものだ。


論稿を読んで小生は「中共・社会科学院、日共とか学術会議に巣くって美
味しい思いをしている学者はこんなものか」とちょっとがっかりしたが、
「リベラル=アカに未来はない」という小生の妄想は「ひょっとすると真
理ではないか」と自信を持たせてくれたという意味では「反面教師」だ。
以下、一部を引用するが、ツッコミも入れておいた。


<1959年3月にチベットに反中国の蜂起が起き、チベット仏教の最高指導
者ダライ・ラマがインド北部ダラムサラへ亡命するという事件が勃発し
た。当然、この事件前後から中国・インドの関係が急速に悪化して行き、
1959年9月には中印国境で最初の軍事衝突を起こすに至った。


(修一:勝てそうな相手には強気で出ていくというのは支那人の特性。反
撃されたり痛い目に遭うと速攻で序列に従う。上には卑屈、下には傲慢、
生きる知恵だが、こういう民族性は不変だろう)


同じ時期、人民公社政策が破綻し、2千万人から3千万人に及ぶ不自然死
(餓死)を生んだ。そして同年8月の中央工作拡大会議で、人民公社政策
の失敗を諌めた彭徳懐の毛沢東宛て私信が公開され、これに反撃した毛の
名指しの彭徳懐批判が起きたのである。


(修一:WIKIによると、彭徳懐への紅衛兵の暴行は凄まじいものであっ
た。1967年7月の批闘会(吊るし上げ)では7度地面に叩きつけられ、肋骨
を2本折られ後遺症で下半身不随となった。その後は江青の監視下に置か
れ監禁、病室で全ての窓を新聞紙に覆われたまま約8年間を過ごした。


1974年9月には直腸癌と診断された。彭徳懐は鎮痛剤の注射を拒否され、
下血と血便にまみれた状態のままのベッドとシーツに何日も放置されるな
ど、拷問に近いものであった。死の直前に「塞がれた窓を開けて最後に空
を一目見せてほしい」と嘆願したがこれも拒否され、同年11月29日に没した)


人民公社の大失政は、毛沢東の中国がそれまでの非同盟自力更生政策を貫
くことが出来るかどうかを大きく左右するものとなった。しかし中国は自
力経済政策の挫折後も援助依存の道を歩むことは出来なかった。


国連代表権を台湾に奪われ、IMF(国際通貨基金)、世界銀行など、国際
機関からの援助を受ける道が閉ざされ、西側世界とは資本、技術、貿易面
で援助交流は不可能だった。またソ連からの経済援助を受ける道も(ス
ターリンの死去により)1958年までには既に途絶していた。


1960年代に入り、中国は従前からの対米対決に加えて対ソ対立の色を強く
して行った。経済、技術、軍事面での援助がむしろソ連への軍事的従属を
強いるものであることが明瞭となったことが、ソ連の言う社会主義、共産
主義の国際連帯に根本的疑念を生んだからである。


(修一:スターリンが死んで、金の切れ目が縁の切れ目に。それなら俺は
我が道を行く、と毛沢東はソ連組から独立しただけの話!)


中国はそうした状況下、1964年12月独自開発よって核実験に成功した。


(修一:ソ連からの技術供与と米欧などへ派遣した留学生が貢献したので
あり、独自開発というのは「?」)


問題は当時の中国の民族主義がこの核保有国家化によって「抵抗」の民族
主義であることをやめ、むしろ大国意識の台頭による「覇権主義」的な民
族主義になり、インドシナ半島に、さらには東南アジア全域に勢力拡大の
手を伸ばすのではとの疑念がアメリカに生じた点にある。


事実として言えば、中国はソ連や米国の覇権国家のように国境を越えて自
軍を他国に送り込むような侵略的行動は取らなかったし、また取る余地も
持っていなかった。


(修一:余地があろうがなかろうが、朝鮮戦争、核武装、中越紛争、中ソ
国境紛争などなど、パンツ1枚になってもやるのが毛沢東・中共式! 
加々美先生は毛語録読みの毛語録知らず。チベット、ウイグル、モンゴル
の武力による併呑は侵略そのもの!)


1966年に始まり1976年まで続いた文化大革命の背後に働いていた政治意識
はどのようなものだったか。文革の骨子は、政治闘争が世界革命に通じ、
かつそれがアメリカの侵略者を打破する道に通じると言う感情である。主
観的意識としてはそこにプロレタリア革命の国際主義が働いていたことは
確かだ。


(修一:文革は失政で引退を余儀なくされた毛沢東のリベンジ! 加々美
先生、冷静になって下さい! 中共菌に侵され病膏肓だな)


1958年から毛沢東の号令で全国で展開された「人民公社化」は余りにも早
熟な形で「共産主義世界」の実現を目指したものだった・・・しかし実現
された「人民公社化」は理想の(桃源郷的な)「大同の治」ではなく、
「共産主義世界」の実現でもなかった。そのことは漢民族以外の少数民族
地域で行われた「人民公社化」やその前段階の「高級農業集団化(合作社
化)」の実態を見れば一目瞭然だった。



「人民公社化」は、草原の民、森の民にとっては、むしろ彼ら固有の伝来
の遊牧、牧畜、狩猟などの生活生産の営為を破壊して、定住化を迫り、農
耕生産を強いさえしたのである。さらに問題は少数民族の生活生産方式の
変更や放棄に伴って、草原や森や河川の自然生態系が破壊され、草原や森
の生活に密着した民族の言語や文化、風俗・習慣などが失われてゆくこと
だった。


つまり「人民公社化」は漢民族にとっては普遍価値、理想の実現だったか
もしれないが、少数民族にとっては、漢民族の想い入れの押し付けとして
しか働かなかったのである。「公社化」は土地の集団化を前提としていた
から、草原の民、森の民の定住化政策が不可欠なものとして推進された
が、その際中央政府は、「貧困と階級的抑圧」の下に呻吟している少数民
族を「解放」するのだとする十字軍的な使命感を持っていた。


少数民族の「貧困と抑圧」が、劣悪な生産生活様式である遊牧、牧畜、狩
猟などに従事していることに原因があり、それをより優勢な生産様式であ
る農耕に転換するのを助けるべきだ、と考えたのである。



文革期に少数民族地域に漢民族の青年が紅衛兵として派遣されてくると、
弊害は一層大きなものになった。紅衛兵達は各地域に特権化し蟠踞する
「官僚主義者階級」あるいは「資本主義の道を歩む実権派」が存在すると
確信し、そうした人々を摘発し打倒することが、その地域の民族住民を被
抑圧から解放することだと信じ、またそう行動したのだった。


「(階級闘争によって特権階級の実権派を打倒する)大義は民族、国家を越
える」と紅衛兵は考えたのである。


国家と社会が合致した民族意識は、一般には全体主義、ファシズムに特徴
的である。しかし文革期中国の民族意識を全体主義、ファシズムと同一視
する、しばしば見られる通俗的な解釈は間違っている。


文革における流血は、それ以前の中国共産党の党史を彩るどの血の粛清劇
とも似て非なる点を持っていた。この点で文革下の毛沢東の個人崇拝は、
現在の北朝鮮の金正恩の個人崇拝や過去のスターリン、ムッソリーニ、ヒ
トラーなど、どの個人独裁体制とも多くの点でその様相を異にしていたの
である。


(修一:基本的に独裁政権は「奴は敵だ、敵を殺せ」で皆一緒、加々美先
生、毛沢東個人崇拝が過ぎませんか? 中共に迎合するのはカネ、女、名
誉のためですか?)


中国が1955年4月の第1回アジア・アフリカ会議(AAバンドン会議)に、冷
戦下の米ソ東西のどちらにも与さない非同盟自立、第三世界の盟主の一員
として参加した。当時、中国はAA諸国に相次ぐ「民族独立と民族自決」と
を「民族解放」と呼んで全面的に支持していた。


その同じ中国が、自国内のモンゴル、ウィグル、チベットなど少数民族の
「民族自決権要求」に対してはこれを受け容れないだけでなく、「中華民
族」の統合を動揺させる意図を持つとの疑惑を抱くとともに、それを「反
マルクス主義、反社会主義」さらには「反革命」として断罪し、かえって
血の「虐殺」をもって報いたことにある・・・云々>


くだくだしいから引用は終わりにするが、加々美先生の言わんとするとこ
ろは「中共の政策は貢献7割、失敗3割、だから評価すべきだ、共産主義革
命万歳!」のようだ。要は中共のクチパク。これって学問か?


「アメリカ人民共和国」は米国版文化大革命を推進するだろう。共産主義
者は粛清が大好きで、国内を血糊で固めたら、次は世界を赤く染めるため
に中共やロシアと結託してEU、次いでアジア諸国を篭絡するだろう。アカ
は広宣流布で蛮族を良い子にさせたいのだ。



「まさか」と油断したドイツは猫をかぶったナチスに騙されて理性を失
い、今も中共に尻尾を振っているから本質的に独裁が好きなのだろう。独
裁は正義を装うのだ。ドイツ人は正義が大好きで、自分は利口で正義、自
分と考えの違う奴はバカなワル、と、まったく信じ込んでいるから、自称
リベラルのアカは平気でAfD叩きをしている。一般国民は恐れをなして逼
塞するばかりだ。


戦後のフランス共産党は先進国では最多の40万人党員を誇っていたが、今
は4.7万人と凋落したとはいえ、全体的に主要政党は容共的な印象だ。ル
ノーが国有企業だと知って小生は驚いたが、福祉政策、外交を見ても自由
主義と共産主義のどちらにも極端になびかないような感じはする。それを
ドゴール主義と言うのかもしれない。


EUの盟主は独仏だが、ドイツは本質的に中共と親和性(=理性ではなく感
性優先)があるから「米国版文革」になびきそうだ。ドイツはいつでも欧
州の頭痛の種で、フランスがEU全体を引っ張って「ダメ!絶対!」とドイ
ツを抑え込まなければならない。



アメリカ人民共和国と中共がラブラブになる前に世界は「中共包囲網」を
始めるべきだ。米抜きの日英豪加印台+ASEANでやるしかない。上手くい
けばフランスの支援も得られるかもしれないが、まずは始めの一歩、例え
ばハイテク分野の貿易制限などを進めていくべきである。 目安
箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

◆設立当初から「赤い巨塔」の学術会議

櫻井よしこ

『週刊新潮』 2020年11月5日号
日本ルネッサンス 第924回

日本学術会議は一体どんな組織なのか。歴史を辿ると設立当初から、日本
を占領統治した連合国軍総司令部(GHQ)及び日本共産党と、深い関係
にあったことが見えてくる。

10月23日、シンクタンク「国家基本問題研究所」で東京大学名誉教授、唐
木英明氏の話を聞いた。唐木氏は2000年に学術会議の会員となり、08
年〜11年の3年間、同会副会長を務めた。

氏によると、1946年6月、GHQ科学技術部は東大の茅誠司氏らに科学渉
外連絡会を設立し、日本のあるべき科学研究体制を研究するよう勧めた。
5か月後、GHQ科学技術部は科学者の新体制作りを指示した。唐木氏の
説明だ。

「占領軍は日本の原子力研究を禁止したのに加えて、理研、阪大、京大の
サイクロトロン(加速器)を破壊したりしました。この極めて荒っぽい政
策は米国内でも批判されました」

ひたすら日本の底力を破壊しようとする蛮行を見て、GHQの側に科学を
理解する人材を加えるべきだという認識が生まれ、48年に物理学者のH・
C・ケリー氏が招聘された。ケリー氏の指示で誕生したのが日本学術会議
だったという。

それでも当初の学術会議はGHQ内部で暗躍したニューディーラー(その
多くはアメリカ共産党員だった)の考えを受けて、世界的に例のない過激
な政策を掲げた。

再び唐木氏の説明だ。

「たとえば、最高科学者会議を設けて、彼らが科学および教育に関するあ
らゆる政策、研究費の予算配分を決定し、国会決議を得たうえで政府にそ
の執行を命令し、監督する権限を持つ。最高科学者会議のメンバーは科学
者が直接選挙で選ぶなどという過激な案でした」

科学者による絶対支配体制を提唱したわけだが、当時、科学者の多くはア
メリカを帝国主義の国と見做し、彼らの資本主義が日本に浸透することに
反感を持っていた。

共産主義者の後ろ盾

日本学術会議は1949年1月に発足したが、前年12月に学術会議の会員210名
を選挙で選んだ。唐木氏は『通史 日本の科学技術』の第1巻『占領期
1946─1952』(学陽書房 中山茂・他編)を引用し、ざっと以下のように
説明した。

210名の定員に944名の候補者が立った。共産党候補者は61人、内26人が当
選。加えて40名ほどの同調者も当選した。共産党の影響下にあった民主主
義科学者協会(民科)の候補者は、総会員数の1割(21名)以上を占めて
いた。

民科系候補者の正確な当選者数は定かではないが、共産党及び同系統の学
者たちは学術会議の3分の1に迫る66名ほどの勢力を形成したことになる。
彼らは頭もよく、論も立つ人々であったろう。その一群が絶対的権力者で
あったGHQ内の共産主義者の後ろ盾を得ていたのだ。どれ程強力な影響
力を持っていたことか。そうした中で50年、「戦争を目的とする科学の研
究には絶対従わない決意の表明」という声明が出された。

他方、政府は新しいエネルギー源を目指して55年に原子力関連の研究に乗
り出した。学術会議会長の茅誠司氏、国立大学協会会長の矢内原忠雄氏ら
は反対し、原子力委員会設置法に「原子力利用に関する経費には、大学の
研究経費は含まない」との付帯決議をつけさせ、わが国の原子力研究の道
を狭めた。

現在に至るまで学術会議は国防研究も禁じているが、原子力研究の制限
も、学問の自由への挑戦であることに変わりはない。

政府は対抗して56年に原子力委員会をつくり、同時に科学技術庁も設置し
た。その上で原子力委員会を科技庁の所管とした。

「政府は左翼系科学者の影響下にある学術会議への対抗策として、学術行
政の支配権を取り戻すために科技庁を創ったのです」と唐木氏。

学術会議がもっていた科学技術に対する司令塔としての役割及び研究助成
を全て、科技庁に移した。続いて59年には科学技術会議が設置され、学術
会議の中心議題も全てこちらに移された。67年には文部省が学術審議会を
設置、科学技術だけではなく、人文・社会科学についても全ての学術審議
が移された。80年代には各省庁が審議会を設置し始め、学術会議はするこ
とがなくなってしまった。

長年学術会議の会員を務め副会長も務めた唐木氏は、69年から77年にかけ
て日本学術会議は自己点検をし、改善すべきところは改善しようとしたと
語る。が、結論からいえば彼らは政府との全面的対決を選んでしまったのだ。

82年、中山太郎総務長官が学術会議の改革を提議したが、学術会議側は
突っぱねた。その後、政府、学術会議の双方が有識者会議を次々に開いて
対抗する非常に厳しい対立の時代が続いた。この間の詳細は割愛せざるを
得ないが、国民の視点から言えば、学術会議は自らの利益のために活動す
る一方で、国民全体、或いは国に対する貢献は考えなくなったとしか見え
ない。

自民党の油断

90年代から00年代にかけての行政改革では学術会議も対象になり、彼らは
05年に改革を打ち出した。➀社会全体に関わる問題について専門性を持っ
た科学者が集まって総合的・俯瞰的な視点から提言する、➁欧米主要国の
アカデミーの在り方に学び、10年以内、つまり15年には、より適切な設置
形態を検討する、などである。

菅義偉総理の言う「総合的・俯瞰的視点」の意味が分からないなどと学術
会議側は言うが、それは自分達が言い出した表現であろう。

多少反省し軌道修正に向かったかに見えた学術会議は、しかし、09年に民
主党政権が誕生すると、またもや改革の歩みを緩めた。民主党は学術会議
に非常に好意的で、諮問もせず、ただ学者の皆さん頑張ってという姿勢で
学術会議にとってはラクな期間だったという。

そして見直しをする15年が来たとき、驚くことに自民党政権下の有識者会
議が学術会議の現状維持を諒としたのだ。有識者会議には多くの学術会議
関係者が入っていて、ほとんどお手盛り会議だったとの批判はあるが、自
民党の油断である。

民主党政権は原子力規制委員会と規律の緩んだ学術会議という悪しき遺産
を残した。いずれも、自民党は根本から変えるチャンスがあったのに何も
しなかったのは事実である。

学術会議側は、菅首相が6人を任命しなかったのは学問の自由の侵害だと
言う。とんでもない間違いだと唐木氏は強調する。学問の自由とは研究の
自由、発表の自由、教育の自由を指す。だが学術会議は研究機関ではない
ため研究も教育もしない。発表するのは学術会議の中での検討事項だけ
で、学問の自由と学術会議は全く無関係だ。ここまでくれば学術会議は民
営化するのが一番だ。