宮崎 正弘
令和三年(2021)5月27日(木曜日)弐
通巻第6925号
中国国防大学教科書『戦略学』の改訂版がでていた
戦略立案からインテリジェンス重視、統一的組織行動の重要性
中国人民解放軍の戦略教科書ともいえる『戦略学』の改訂版が国防大学
出版社から上梓されていることが分かった。
これは452ページの浩瀚で、2017年版の改訂版。
この『戦略学』の新味はないかと言えば、AI重視、統合幕僚的な命令系
統の整合、無人機などの改良と拡充、要するに時代の変化に合わせて軍は
いかなる対応をとるべきかが説かれている。
「情報化」「知能化」「無人化」などのタームがならび、戦争の変化は
時代の流れだとして、従来の兵器、システムなどの更新、改廃、組織の改
編の必要性などを詳述している。
習近平のドクトリンという性格はなく、戦争の方針、基本概念などが説
明され、従来の陸海空にくわえての戦略ロケット軍、人民武装警察、予備
役などの役割と戦時における統一行動の重視、そのための軍の組織改編と
その成果なども書かれているという。
戦略編では、概念、判断、決定、規制、実践、評価などの項目がなら
び、危機管理扁では、抑止力とその概念、実践、計画、制御、行動、海外
での展開など。
戦時扁では、戦争下の政治工作、とくに中国共産党が思想工作、組織活
動などで、いかに戦意を鼓舞し、モラルを維持し、総合的戦略として整合
させるかなど主に政治工作が説かれる。
今後の重点としてはペンタゴンアドが解析しているようにAI、ロボッ
ト、ナノテクノロジー、バイオ、超音速、無人機ならびに無人システムな
どを縷々説明している。
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜北一輝と並ぶ昭
和維新のイデオローグ=大川周明が甦った
イメージとはことなり、すこぶる科学的な歴史の考察に溢れる
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大川周明『日本二千六百年史』(毎日ワンズ)
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思想家、大川周明とは何者だったのか?
東西の哲学書を渉猟、とりわけ仏教以前のバラモン教にまで遡及しつ
つ、『日本精神研究』で論壇へ登場。欧米列強に奪われたアジアの失楽に
同情と悲しみを訴えた。
彼は早くからイスラムへの理解もあった。
大川は「昭和維新」のイデオローグと世間から解釈され、日本と西欧文
明はかならず戦争になる宿命にあり、明治維新後の堕落は国体の本義にそ
ぐわぬ変態社会となったと嘆く。
人生の半ばで、北一輝「猶存社」への接近と別れがあった。血盟団事
件、五一五事件に連座して禁固十五年の判決を受けた。
大川の歴史観とは二千六百年連綿と続いた日本の皇室伝統の重視にあ
り、その基盤は「日本書紀」と「大日本史」である。
「古事記」を疎んじてはいないが、重視はせず、また慈円の「愚管抄」を筆
法鋭く攻撃した。慈円は天皇伝統は百代で潰えるとするシナの易姓革命に
のっとり、わが国と比較したのだが、それを批判したのである。
それゆえに明治のお雇い外国人だったチェンバレンが、天皇崇拝および日
本崇拝というも言うべき「新宗教の発明」が「万世一系の天皇という神話
だ」としたことも舌鋒鋭く、これを非難した。
万世一系とは日本民族の永久の発展と繁栄を意味することであり、奈良
の正倉院の御物は歴史の宝庫であり、この悠久の蓄積事業という現実をひ
とつ示すだけで反駁するに事足りるとした。
日本史の歴史の変換とは「改造または革新」であり、これらの必要は
「国民的生命の衰退・退廃から生まれる」と、まるで現代日本に当てはま
ることを昭和十年代に認識していたのである。したがって「国史の編修
は、国民的自覚の所産である」とする。
日本の建国の理想とは「あまつひつぎのみさかえ、あめつちとともにか
ぎりなけむ」だ。祖先は全身全霊を挙げて、この理想の確立に邁進したの
だ、とする。
とくに次の文節は重要である。
「推古朝以来、随唐の文明は、江河を決する勢いを以てわが国に入り来
り、天智朝に到りて、制度文物の模範を悉くシナに採り、日本は苑として
(さながら)小シナの観を呈するに到った。そしてこの小シナの熱心な歓
迎者は、 実に吾が天智天皇であった。
それにもかかわらずこの英明なる天皇は、吾 国を以て決してシナの精神
的属国たらしめ給うことがなかった。天皇の御 心の喪には、建国当初の
雄大なる日本精神が、昔ながらの力強さを以て流 れていた。
この精神は、天皇をして百済に対する唐帝国の不義なる 圧迫に平然たる
を得ざらしめた。天皇は赫として憤りを発し給い、百済の 乞いをいれて
援兵を派し、刀折れや尽きるまで唐軍と戦わしめた」のである。
かくいう本書は、大川の代表作のひとつで、往時、五十万部を売ったと
いうから、現在に換算すれば500万部。通俗なベストセラーと比較する
のは気が引けるが、『窓際のトッとチャン』なみである。
大川は北一輝と並んで『危険な思想家』とされて官憲の監視の対象と
なった。つまり軍が大川らを敵視したのだ。
北一輝は二二六事件を首謀し た青年将校とは直接の関係もないのに思想
的影響を与えたとして死刑に なった。大川は東京裁判でA級戦犯となっ
たが、東条の頭をぽかんと叩く など奇行はげしく、精神病院に入れられ
て、その後はひっそりと隠棲し著 作に没頭、晩年はコルランを翻訳した。
こうした歴史的経過を後智慧で入力している現代人からみれば、さぞや
重症の皇国史観の鼓吹者というイメージがあるだろう。
その先入観念がつよいために大川本を手にしない読書人も多いだろう。
ところが通読してみると、意外なことに、かなり科学的であり、客観的な
資料を夥しく用いて日本の神武天皇肇国いらいの歴史を総攬している。
とはいえ、一番の力点は、日本精神の鼓舞にある。力みすぎた箇所が、
当局の検閲に引っかかり削除を命じられ、ついには発禁処分となった。そ
のうえ戦後はGHQ指令により発禁とダブルパンチだった。
大川周明思想の根幹は「天皇とは『天神にして皇帝』の意味である。吾
らの祖先は、天神にして皇帝たる君主を奉じて、この日本国を建設した、
而して吾国は文字通り神国であり、天皇は現神(あらひとかみ)であり、
天皇の治世は神世であると信じていた。いわゆる『神ながらの道』とは、
天皇が神のまにまに日本国家を治め給う道であり、同時に、日本国民が神
のまにまに天皇に仕え奉る道のことである」。
大川はこう書いた。
「日本に於ては、国祖に於て国家的生命の本源を認め、国祖の直系であ
り、かつ国祖の精神を如実に現在まで護持し給う天皇を、神として仰ぎ奉
るのである。
吾らは永遠無窮に一系連綿の天皇を奉じ、尽未来際この国土 に拠り、祖
先の志業を継承して歩々之を遂行し、吾が国体をしていやが上 に光輝あ
るものたらしめねばならぬ」。
大川周明は、日本の起源を記紀の神話に基軸を置かないが、「日本の天
皇は、家族の父、部族の族長が共同生活体の自然の発達に伴いて国家の君
主となり、以て今日に及べる」
この箇所も官憲の忌避に触れ削除された。
江戸期の学問にしても国学より外来の儒学・蘭学が独自の発展を遂げたこ
とを評価している。幕末の尊皇は褒めているが、攘夷には触れていない。
その削除部分がすべて復元されて、80年ぶりに全容が分かった。その
ため反響も大きく、版を重ねているようである。
特色を挙げるとなると、真っ先に評価したいのは国際的同時性という世
界の中の日本という視点で、歴史を大局的に見ていることだろう。
秀吉の朝鮮戦争は巷間言われる侵略ではなく、切支丹伴天連との闘いで
あったこと、天草四郎の乱は、背景に宗教とは関係のない要素がたぶんに
あること、足利尊氏も客観的に評価していること等だ。
また源頼朝を英雄として捉え、江戸期における国学の興隆と本居宣長を
評価するものの、讃辞は新井白石、荻生祖来、佐藤仁齋あたりに措く一方
で蘭学者を高く評価している。
このあたり、皇国史観とはかなりの距離がある。
さて評者(宮崎)、この本を学生時代に古書で読んだ記憶があるが、国
家社会主義の思想書としてのワンノブゼムの感覚しかなかった。
今回読み直して、すこぶる格調の高い日本史であることを確認したが、
同時に、大川史学の限界と誤りがみえた。
欠陥は下記のような問題である。
縄文時代の考察が一行もない(当時、考古学は未発達で無理もないが)。
蘇我氏は仏教を擁護し、物部氏、聖徳太子一門を滅ぼしたのは渡来人、
帰化人と組んで「皇命に抗せんとせし者」であり、私的に軍備をととのえ
ていたが、「そは帰化シナ人全部が蘇我氏の反逆の中堅となっていた」の
であり、そのために「革新の必要にせまられていた」とし、大化の改新は
この流れが基調にあったとするやや独断的解釈は再考の必要があるだろう。
「(大化の改新の)改革の方針を定めたのは、実に聖徳太子その ひとで
ある」とするが、論理的飛躍であろう。今日の歴史学は板葺宮で蘇 我馬
子を斬った政変を「乙巳の変」とし、黒幕は中臣鎌足、実践は中大兄 皇
子、彼らは談山神社の境内にあつまり、南淵塾で密談を繰り返してい
た。乙巳の変から大宝律令まで、およそ半世紀の時間が必要で、この全体
をもって大化の改新とするのが、客観的評価である。
織田信長を異様に高く評価している(明治以来の維新=善という強迫観
念からだろう)。
間違いもある。
たとえば「有史以前の太古において日本国も闘争の舞台は北方の民・武.
アイヌ族 vs 南方の民・文.日本民族」という南北二大勢力の図式化で
ある。「日本は恐らくアイヌ民族の国土であった。日本国家の建設が始ま
る記述はここから始まる」など根本的な誤謬だが、これも考古学の発達前
だから、情報不足であろう。
足利尊氏の評価替えは注目しておきたい。
「暫く勤皇論を離れて、その人物についてのみ見れば、尊氏兄弟は実に武
士の上に立ちえる主将の器であった。尊氏は当時の豪族が最も尊べる名族
源氏の門葉であった。彼は弓馬の道に於て当時比類なき大将であった。彼
は生死を賭する戦場に於ても、顔色を変えたることなきほど大胆であっ
た」とした。
復刻された大川の歴史論、現代人はどう読むだろうか?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜読者の声 どく
しゃのこえ READERS‘OPINIONS 読 者之声
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(読者の声1)昨日の生放送番組『宮崎正弘の生インタビュー』ゲスト・
三浦小太郎氏。テーマは「ウイグルのジェノサイド、大川周明」。
アーカイブでご覧になれます。一時間四分です。
https://www.youtube.com/watch?v=bbORslzTLuc (未来ネット、旧「林原チャンネル」)