2008年07月27日

◆多発する少年少女殺人事件

                      川原俊明(弁護士)

埼玉県川口市の女子中学生による父親殺害事件、群馬県桐生市の無職少年による高校生殺害事件をはじめ、このところ、中高生を含め、未成年者が加害者となる殺人事件が目だっています。

人間の成長過程における青春期では、心理学的にも、現実と想像の世界の区分が明確でない場合があり、想像の世界の中で、現実の犯行がおこなわれる場面がないわけではありません。

(私の時代の司法試験には、刑事政策も、教養科目としての心理学(特にフロイト心理学)も、受験科目として、その両方を必死に勉強していたことがあります。)

父を殺した少女が、「父が家族を殺す夢を見た」等と供述しているのも、あるいは、そのような現実と想像の未分化という心理的背景があったかもしれません。それだけに、今の社会現象を持って、社会経験に乏しく、想像だけが先行しがちな年代の過ち、として片付けるべきではありません。

その背景には、現代の若者の多くをバーチャル【Virtual・仮想】世界に塩漬けしてきた大人にも、多くの責任があるのではないでしょうか。

昨今のテレビゲームでは、人間の姿をしたキャラクターを倒しても、「リバイバル(復活)」が待っています。

ところが、このゲーム感覚で成長した子供たちは、人間の命というものに対し、それが、取り返しのつかない崇高なもので、それぞれの命に家族や歴史を持っている、ということを理解できていないのではないでしょうか。

テレビゲーム世代の若者にとって、殴った自分も、殴られた相手も、痛みを感じません。
「死」というものに対する究極的な考えを持たず、ただ一つのキャラクターが消えていくだけのように認識してるのではないでしょうか。

このような若者を育てたのは誰か。まさしく現代の大人です。限りある命、暖かい血のかよった人が築く社会。このことを、真剣に若い世代に教えなかった大人の責任が問われているように思います。
 人間教育の根幹を忘れ、営利主義に走ったゲーム会社の責任、それを許してきた社会の責任を痛感します。
 
しかし、私は、今からでも遅くないと思います。
人の心とは。人が生きるということは。
現代の大人、特に団塊の世代が、責任を持って若者に立ち向かうべきだと考えます。


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック