2008年08月31日

◆巴里だより 「丹精を込める」への読者の声

 
                   岩本宏紀(在仏)

<本稿は、本欄8月11日に掲載した上記エッセーへ寄せられた「読者の声」です>。    

・思無邪 。。。。シカゴの男性
残念ながら米国にはあまり丹精を込めた物に出会うことは多くありません。
でも、たまに普通の民家で、しっかりガーデニングされた庭を見ると、ものすごくホッとしますね。

手間隙かけて作ったものは、その作り手の情熱がずんずんと胸に響いてくる感触があります。

思無邪(思いよこしまなし)。純粋に何かを成し遂げようとする心意気を
忘れていた自分を気づかせてくれた、そんな一枚の写真でした。
ありがとうございました。

(岩本: 「思い、邪無し」いい言葉ですね。ぼくも自分を振り返って反省しています。)

・ピアノの演奏とチューリップの育てかた 。。。。巴里の女性

私、本業はピアノでございますが、と〜っても共感できる部分がありました。

‘丹精を込めて‘。良い言葉ですね。
そして、愛おしさという言葉にもとても共感を覚えます。
愛していないと‘それ‘は美しくならないんですね。

‘それ‘とは、いろんなモノが当てはまるのだと思いますが・・・。

私もピアノの作品を弾く時には、とても気を遣います。
それは、まずは作曲者への配慮です。

時代背景や、作曲者のキャラクターもありますし、また
もちろんそれを聴いて下さる観客への配慮でもあります。

クラシック音楽の演奏者とは、常にそこに生きた作曲者の時代を体現するものだと考えています。それを体現するには、まさに‘丹精を込めて‘。
時間をかけて、その一曲一曲と対話をする。

作曲者が何を求めているのか、何を表現したら良いのかを一番に考える。
チューリップを育てている方も、きっと花と会話をしているのではないでしょうか。

日本語には、愛でる、といういう美しい言葉がありますが、その作業員の方のチューリップへの愛情がひしひしと伝わってくる、とても素敵なメールでした。

職人の技とプライド、後世にも残していって頂きたいものですね。

(岩本: ピアニストの仕事のしかたの一面を知ることができて、大変参考になりました。曲と対話しながら自分の演奏を作り上げていくのですね。何事も手間隙かけないとひとの心を打つものはできない、そう感じました。)

・花を綺麗と思える心 。。。巴里の男性
あの公園を満喫するのはタイミングがすべてですね。僕は1度目は成功(満開)、二度目はまだ蕾ばかりでした。

日本では悪質ないたずらで市内の花壇の花が切られたり、
落書きなども話題になっていましたね。
前者についてこちらでは聞いたことがないのです、知らないのか、そういう輩がいないのか!?
後者は特にイタリア人の公衆道徳が悪いとか・・・

いずれにしろ、花を奇麗と思える心を大切にしたいものです、加齢して鈍感になり易いので。

(岩本: 加齢と言えば加齢臭。 耳の後ろや首筋から発するようですね。腸がきれいかどうかも影響すると聞きました。もうひとつ加齢現象は涙脆くなったこと。 そう思うことはありませんか?)(完)
2008年8月13日

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