去年の10月、イギリスの葬式は寒かった。会場に入りきれなかった
我々数人は、今にも雨になりそうな空の下、強い風に震えながら
スピーカーから流れる弔辞と司会の声に耳を傾けていた。
ロンドン郊外、レディング(Reading)の司会が話す英語は
さすがにきれいだった。朗読のようなその心地よい声に聴き
ほれていると、なにか聞き覚えのある内容だ。さらに注意して
聴くとそれは「千の風になって」の歌詞だった。
Do not stand at my grave and weep, 私のお墓の前で泣かないでく ださい
I am not there, I do not sleep. そこに私はいません 眠って なんかいません
I am a thousand winds that blow, 千の風に 千の風になって あの大きな空を吹き渡っています
4年前に死んだ親父のことを思い出して、胸が締め付けられた。
いつの日かぼくが死んで、その葬式を自分の魂が見ていたら、
ぼくもきっとこんな風に思うだろう。
事務所に戻ってイギリス人社員に、この詩は日本語に翻訳され、
メロディーをつけて歌になり、広く愛されていることを話すと
驚いていた。イギリスでは歌はないが、彼女の叔父さん、
叔母さんの葬式ですでに朗読されていたという。
ぼくの葬式では、まず一人が英語の詩を朗読し、次に全員で
日本語の歌を歌ってもらいたい。(完)
<添付画像 : 巴里郊外、アパートから見た朝焼け
デジタル一眼レフ>