2008年09月08日
◆治療室に流れるテレサテン
石岡 荘十(ジャーナりスト)
4年ぶりに入院して、患者を取り巻く医療の環境が少しずつ変わりつつあることを実感した。
狭窄した下肢へ血液を送る動脈を拡げる治療を受けるため先月、10日間入院した。その顛末については本メルマガ
http://www.melma.com/backnumber_108241_4208276/
でご報告した。
今回の入院は4年前の夏、不整脈治療のため循環器内科に2週間入院して以来のことだったが、ヒマに明かせて観察すると、治療の環境が大きく変わっていることに気づいた。
一般病棟の4人部屋は偶然4年前と同じ病室だったが、ともかく明るい。壁や床がリニューアルされている。
その1.
そんな瑣末なことより、入院患者が一番長い時間を過ごすベッドである。4年前は腰掛けると足がぶらぶらして床に届かない高さだった。お断りをしておくが特別、筆者が短足なわけではない。
大きな手術後の患者にとっては、高いベッドから降りようとすると傷口にひびいてつらかった。病院のベッドは、ドクターやナースがちょっと腰をかがめれば、患者の診察がし易い「医療従事者本位の高さになっている」と不満だった。
それが、ぐっと低くなっている。ドクターやナースは床に膝をついて、つまり、ベッドに横になっている患者の目線で言葉を交わし、診察、採血、血圧測定をする。
リモコンを操作すると、自由に高さを調節できる。それだけでなく、上半身は斜めに、膝に当たるところは山型に自由に上げ下げ出来る。
介護用品のコマーシャルで時々見るあれ、パラマウントベッドだった。病院の主役は患者であり、決して医療従事者ではないというアピールなのかもしれない。
その2.
入院すると間もなく、ナースが患者の腕にやわらかいプラスティックで出来たリストバンドを巻きつける。以前は名前だけが書いてあったが、見ると今回は、患者の名前だけでなく血液型(ABO式、Rh式の両方)、それにバーコードが印字されてある。
そして、採血や検温、血圧測定のたびに携帯用のバーコードリーダーで「ピッ」と患者を確認する。家畜の固体識別番号のようなものだ。
ハインリッヒの法則によると、「1の重大災害のバックには、29の軽症事故がある」。患者の取り違えで重大な医療事故を起こした他の病院のケースや日常的な「ヒヤリ・ハット」から学習したのだろうが、それでも耳にバーコードを付けられた牛になった気分だった。
その3.
週に何回か清掃のおばさんが来るのは、以前と変わらないが、その後に、作業着に身を包んだかわいいお嬢さんがやってきて、ウエットティッシュでベッド周りを丁寧に拭いて回る。
ネームプレートには「ボランティア○○○○」。医師の卵、医科大学の一年生だそうだ。何年か前から、大学で机上の学問を修めるだけではなく、患者を「診る前に見る」ことが大切だ、とこの制度が始まったという。
その4.
大抵の大学病院では複数のドクター(研修医と指導医)が一組になって一人の患者を担当するが、ナースは勤務表に従って毎日変わる。ネームプレートはつけているが、字が小さくて読めなかったものだ。ところが今回は違った。
漢字で書かれたフルネームの下に大きなゴシック体の平仮名で姓が書いてあって読みやすい。それだけでなく、「なになにです。何時まで担当します」と名乗ってから看護治療を始めるのだ。つまらないことのようだが、大事なことだと感心した。
その5.
極め付けがこれだ。カテーテル室で足の付け根からカテーテルでステントを挿入する治療の本番でのこと。局所麻酔だから意識ははっきりしている。聞こえてきたのはテレサ・テンの「つぐない」のピアノバージョンBGMである。
筆者はそれまでのも何度かカテーテル治療を受けた経験があったので“平常心”だったが、素人はここで相当ビビる。そんな患者を癒やそうというわけだ。
治療を終わってナースに訊いてみる。「患者さんの年代を見てCDを選んでます。お子さんの時にはアニメの主題歌シリーズも用意してあります」と来た。お好みCDを持ってきてもいいという。
なら、早く言えよ。今度機会があったら、ジョー・コッカーか、タミー・ウイネットでも持ち込んで「「カントリーを聞きながらってのも悪くないなぁ」と思った。
情報化時代で病院や医師の善し悪しが患者に厳しく選別される時代に入っている。「患者は神様である」ことにやっと気づき始めたのかもしれない。 20080906
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