2008年09月08日

◆隠す事は顕(あらわ)る


渡部亮次郎

What is done by night appears by day.
直訳すると、夜行なわれた事は日中にばれる。英語でもこう言って戒めている。「隠す事は顕(あらわ)る」。

「隠し事は、隠せば隠すほど、人々の注意を惹き、早く知れ渡ってしまう」ということ。「隠せば、いよいよ現る」「隠すより現る」とも。旺文社「成語林」より。

だから「壁に耳あり 障子に目あり」と言った。それなのに福田首相の隠し事(総理を辞めたい)は最後まで顕れなかった。見事なのはこれだけにしても。醜女がサングラスをすると却って目立つと同じ。

<福田首相辞任 4月から「辞めたいなあ…」

退陣会見(9月1日)は突然のものだったが、首相にはすでに今年4月から退陣の2文字が頭をよぎっていた。

首相が後見人でもある森喜朗元首相に辞意を漏らしたのは、改正租税特別措置法の衆院再可決を前にした今年4月だった。

大連立構想の破綻(はたん)に始まり、日銀総裁の空席、ガソリン税の暫定税率失効と「ねじれ国会」にくたびれ果て、「辞めたいなあ。もう外遊もしたくないよ」と、森氏に赤裸々に語っていた。

首相は、4月末から5月の大型連休にかけて予定していたロシアとイギリス、ドイツ、フランスの欧州3カ国訪問を取りやめたいと漏らした。

ロシアとのパイプが深い森氏は「少なくともロシアだけは行くべきだ」と説得した。

その結果、首相は欧州3カ国歴訪は見送ったものの、ロシアには出向き、メドべージェフ、プーチンの新旧大統領と会談した。

森氏らは、北海道洞爺湖サミットが終了後、声高に内閣改造熱をあおった。

森氏は福田首相が内閣改造(8月1日)を断行する半月ほど前の7月中旬、周辺にこう語った。「おれは福田さんの背中を押してやるだけだ。自前の内閣を作って、9月までしか持たないかもしれないが、そこまでは頑張ってほしい」

人事を断行しても支持率は低迷。身内の公明党からも揺さぶられ、臨時国会の乗り切りは誰の目から見ても容易ではなかった。

森氏が首相から、退陣表明の連絡を受けたのは1日午後7時半過ぎ。緊急会見のわずか2時間前だった。2人の関係からすれば水くさいものだ。

驚いた森氏は「待て。慌てるな。これから官邸に行く。話し合おう」と電話口で食い下がった。

首相はきっぱり拒否した。「来なくていいですよ。もう遅い。記者会見をすでにセットしたから」

決断できないリーダーと言われた福田首相の最後の決断だった。>
(9月3日2時31分配信 毎日新聞)

明確に分かるように、この記事は森氏の述懐で成り立っている。福田首相は「辞めたい」と4月から言い始めていたことを明快に述べている。

ところが、私のところに「福田は辞めるよ」との特ダネ情報のメイルで入ってきたのが4月8日だった。直接、森氏からではなかったが、森氏に接近できる筋からではあった。

あの時点で「辞めたい」という福田首相の声を生で聞いたのは今のところ森氏しかいない。だとすれば森氏がどこかで誰かに洩らしたからこそ「4月8日」情報が、密かながら流れたのである。

だから専門家筋では「福田辞任は近い」と見るのが一般的だった。従って、内閣改造と党4役入れ替えを断行(8月2日)したことに驚いた筈である。「辞意を撤回したかな」と。

隠せば顕(あらわ)る。顕れなかったところからすると逆に福田首相は隠さなかったのか。辞意表明のタイミングを狙い始めた頃は既に顔に出ていたと、彼と親しい「山堂」氏(『頂門の一針』常連執筆者)は言っている。

毎日、追いかけている政治記者1年生たちの目が節穴だったのは残念だったが、何もできなかった福田氏、自分の危機管理だけは出来たという事か。そこが「あなたと違うんです」か。

ところで「隠せば顕(あらわ)る」は「広報」の本質を突いている。
そこには「情報」が元々「秘匿」の必然性を持っているから、「広報」は「秘匿」したほうが効果を大きくすると言う原則になる。

「実は、ここだけ、きみにだけ明かす話なんだけどね」と相手を特定して話した話は「特ダネ」だから大きく報道される。「抜かれた」各社は仕方なし「後追い」。これを役人にやらせると共同発表にするから各社一斉「ベタ」(1段)扱いで終わり。確かに情報は「操作
できる。2008・09・07


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