2008年10月14日

◆三浦元社長の自殺への遺族コメント


                      川原俊明(弁護士)

三浦和義元被告人が、約27年前、妻・一美さんの殺人容疑で、日本で裁判にかけられ、最高裁判所で無罪になった事件がありました。
 
それが、27年後の今年、元被告人が、アメリカ自治領のサイパン旅行で入国したところ逮捕されました。逮捕容疑は、殺人罪と共謀罪。
 
すでに日本の裁判所で刑事裁判として無罪が確定している元被告人に対する逮捕ないし裁判が許されるのでしょうか。
 
ここに、刑事裁判の基本原則とも言うべき「一事不再理」という不文律があります。一つの刑事事件で審理し、結論が出た事件は、これ以上蒸し返さない、というものです。
 
この不文律は、日本で確定裁判があれば、日本国内での裁判に限らず、アメリカを含む海外での裁判に一律適用されるべきものです。
 
その結果、サイパン地裁では、殺人罪を容疑とする逮捕・勾留請求は無効となりました。しかし、アメリカには、日本に存在しない形態の犯罪形態を別に定めていたのです。それが、共謀罪。
 
日本の共同正犯(刑法第60条)と構成要件を異にする類型の犯罪だそうです。その意味では、共謀罪での逮捕・訴追は、一事不再理に抵触しないことになります。
 
元被告人の犯罪地とされるアメリカ・ロスアンゼルスに移送決定された後、拘置所で自殺した事が報じられました。元被告人が、直前まで無罪を主張していたのに、自殺による事件の決着をみたのが、元被告人の真意だったか、という点は、議論がありそうです。
 
それでも、事件発生後27年を経た時点において、なお、アメリカが、刑事事件の真相を追求しようとする執念には敬服します。元被告人が、無罪を主張するなら、堂々と主張を続けるべきであり、自殺は、逃避に過ぎず、事件の解決になりません。
 
私は、弁護士としての立場から、被害者の妻・一美さんの母の、以下のコメントが心にしみます。
「被害者の人権よりも犯罪者の人権を重んじる日本では、三浦が裁判に勝ち、正義は実現しませんでした。」
「死んだことで罪がすべて許されるなら、この世に倫理道徳はなくなります。」
 「三浦を有罪にする確信の元になった捜査資料の提出を公開して欲しい。」

私たち法律家の立場からしても、刑事裁判は、真相の究明こそ、大事だと思います。それが、刑事裁判をうける被告人に、有利であれ、不利であれ、事件の証拠はすべて開示すべきです。
 
最近、刑事裁判に関わって、検察官が、被告人に有利な事実、すなわち、刑事裁判の維持には不利な証拠について、弁護側からの被告人に有利な証拠も、「不同意」として、裁判所への提出を認めない例があります。これは、検察官の本来の立場を、見失った対応です。
 
検察官は、公権力を行使する国民の代表者として、刑事裁判の当事者であるべきです。

ところが、なぜか、いったん起訴された刑事事件を、なんとしてでも有罪にしなければいけないと考えているのか、弁護側の被告人に有利な証拠の裁判所に対する提出すら拒否している例が見られるのです。
 
検察官としては、起訴どおり証拠に基づき有罪であれば、それも一つの結論であり、仮に、弁護側からの証拠によって、無罪となっても、これも真実発見という刑事裁判の目的からすれば、何ら問題がないのです。
 
なにか勘違いしている検察官の存在によって、司法をゆがめていることが気になります。
 
先ほどの、被害者一美さんの母のコメントは、日本の裁判制度の問題を指摘されたご意見として、理解しています。(完)
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