2008年11月09日

◆ハンカチーフの日

               渡部 亮次郎

そんな日があろうとは思いもよらなかったが、文化の日の11月3日だそうである。何でも、様々な形だったハンカチーフを、夫のルイ16世をせっついて「正方形にすべし」との法令を出させたマリー・アントワネットの誕生日(11月2日)に近い祝日を、日本ハンカチーフ連合会が1983年に制定した。

ハンカチ (handkerchief) とは、主に身だしなみとして日常的に用いられる、通常は四辺を一にする正方形の布のことだが、育ちのよくない私は大学生になるまで持たなかった。

歌謡曲「高原列車は行く」で作詞家の丘灯至夫(おか・としを)は歌手の岡本敦郎(おかもと・あつを)に「汽車の窓からハンケチ振れば」と唄わせているところを見ると、戦前は「ハンケチ」と呼ばれていたらしい。「ウィキペディア」でも「ハンカチーフの省略形であり、ハンケチと称されることもある」と説明している。

芥川龍之介の『手巾』。手巾はハンケチと読む。

ハンカチの起源は遥かに遡り、紀元前3000年頃のエジプト文明の頃には存在していたとされる。飾りの施された麻製と思われる布の発掘が認められ、ハンカチがこの時代の身分の高い人物の持ち物であったことが推測された。

ルイ16世王妃マリー・アントワネット以前のハンカチの形態は円形や長方形など様々であり、貴族たちが刺繍や豪華な飾りで贅を競う持ち物のひとつでもあった。なぜ正方形に統一させたかの理由は調べても判らなかった。

日本におけるハンカチの普及は洋装が導入された明治時代以降。しかしわが師・政治家の園田直(そのだ すなお)は如何なる時でもハンカチで顔を拭く事は絶対しなかった。「新聞に写真を撮られて、泣いたと誤まった説明を付けられる」と言った。

彼は変わっていて、絹のポケット・チーフを上着の胸ポケットに入れるのだが、端に付けられた印をわざと見えるようにした。細かい事に頓着しない人との印象を与えるため、と言った。少々呆れた。それだけ頓着する「小心」「細心」な人物だった。

ハンカチの素材は綿、絹及び麻(リネン)など吸水性に優れた織物素材が主に用いられる。近年の清潔志向を反映し抗菌加工を施した素材もある。

徳富蘆花の『不如帰(ほととぎす)』で、プラットホームで別れる場面で振られるハンカチは忘れがたい。

映画『幸福の黄色いハンカチ』は主演 高倉健、倍賞千恵子。倍賞の父上は秋田県花輪の人。

歌『水色のワルツ』(藤浦洸作詞、高木東六作曲)では、水色のハンカチが重要な位置を占める。歌唱二葉あき子。高木東六の数少ない歌謡曲作品。」高木は演歌と古関裕而を死ぬまで嫌った。古関が軍歌の作曲を多くしたからである。

歌『赤いハンカチ』(歌:石原裕次郎)1962年のヒット曲。「アカシヤの花の下で」で始まるので札幌からヒットした。

歌『木綿のハンカチーフ』(松本隆作詞、筒美京平作曲、歌:太田裕美)1976年のヒット曲 。32年前だ。

絹製のハンカチ(シルクと呼ばれる)は奇術の小道具として用いられる。昔、日本商工会議所会頭の藤山愛一郎が岸内閣の外相として入閣し、政界入りしたとき、評論家の大宅壮一は「絹のハンカチを雑巾にした」と言って喝采を浴びた。

アマチュアレスリングでは、競技に際して選手は必ず白色のハンカチを携行しなければならないルールがある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
                        2008・10・31


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