2008年11月15日

◆閣議決定は覆せるか

渡部亮次郎

結論から先に言えば、可能である。「村山談話」も覆せるが簡単ではない。中,韓両国の「反応」の厳しさを考えれば,当分、不可能と言ったほうが早いだろう。

村山首相談話とは、1995年8月15日の戦後50周年記念式典において、第81代内閣総理大臣村山富市が「閣議決定に基づき」発表した「戦後50周年の終戦記念日にあたって」と題する声明。一般に『村山談話』として知られる。

日本が戦中・戦前に行った「侵略」や「植民地支配」について公式に謝罪した談話であり、以後の政権にも引き継がれ、日本国政府の公式の歴史的見解としてしばしば引かれる。

ところで、閣議(かくぎ)とは、内閣の職権行使に際して、内閣総理大臣が主宰し、その意思を決定するため開く国務大臣の会議のことである。

閣議は内閣法4条で規定されたものだが、会議の手続きについては定めがなく、慣行によっている。閣議には毎週火曜日と金曜日の午前中に開かれる定例閣議と、必要に応じて開く臨時閣議があり、原則として全閣僚が総理大臣官邸閣議室(国会期間中は国会内の閣議室)に集まって行われる。

閣議の意思決定には閣議決定、閣議了解の2つがある。内閣としての意思決定を閣議決定。本来は主務大臣の管轄事項だが、その重要性から閣議に付された案件に対する同意としての意思決定を閣議了解。


いずれにしろ行政府の長たる内閣が決定した「内閣の方針」であるから、国家公務員は「閣議決定」を遵守(じゅんしゅ)する義務を負う。自衛隊員も国家公務員だから当然である。

その閣議決定が、明らかな誤謬であっても遵守しなければならない。国家公務員は政府の雇われ人だから当然である。反対の意思表示をして実行行為の及べば、それはクーデターであり、処罰される。

したがって国家公務員は国会や内閣の方針に不満ならば、然るべき意見具申の方法は用意されるも、最終的には雇用関係を解消する以外に方法は無い。辞めるしかない。

今回、田母神空幕長の意見発表は「意見具申」と解釈する向きもあるが、違う。雑誌の懸賞論文への応募は、雑誌の読者たる「不特定多数」者に対する意見の「開陳」に過ぎずどう斟酌しても、内閣に対する意見具申ではない。

また田母神氏は閣僚ではなかったのだから閣議への意見具申の有資格者でもなかった。甘えさせる意見は控えるべきだろう。

<自衛隊は、高度な部隊行動能力を身につけて初めて任務を遂行できる組織体である。隊員は規律厳守の義務〔法令(憲法、法律、政令、各種規則、極秘のマニュアルなどを含む)を順守し、命令に服従する〕を負わされている。

日本国憲法は、特別裁判所の設置を認めていない(第76条第2項)。このため、防衛省・自衛隊は、隊員(文官を含む)に任命するとき、「宣誓書」に署名する契約を結ぶことによって規律を保持することにしている。規律違反に対する罰則は、他の公務員等より重いものとなっているが、旧軍刑法や諸外国の例には及ばない。処遇は一般公務員に準じている。

緊急事態において、一致団結、規律を厳守し、任務を遂行できるように指揮・指導・訓練するのが、各段階における部隊の指揮官・部隊長、これを補佐する幕僚の責務である。>(元防衛施設庁長官宝珠山 昇氏。「頂門の一針」1379号)

しかし、閣議決定は最終的なものではない。その後国民の理解を得て世論が変われば、閣議決定といえども絶対的なものとはいえなくなる。

先輩に聞かされた話だと、いまNHKが建っている場所は、元々は代々木練兵場、敗戦後は米軍家族のアパート群が置かれた「ワシントン・ハイツ」だったが、わが国の独立に伴う返還後は「閣議決定」により「如何なる建造物をおかず、公園とする」とされた。

ところが、それまで新橋駅近くの内幸町のあったNHKがTV放送開始に伴う狭隘化のための都内移転を計画、代々木公園内を候補地とし、内閣に打診を始めた。

池田勇人総理大臣への打診を任されたのは当時、自民党池田派担当記者だった島 桂次(のちにNHK会長)。池田の返事は(閣内でNo.2だった)「河野一郎大臣さえ決定変更に同意するならOKだ」った。

そこで当時、河野派担当記者だった飯島博(故人)が河野を打診の結果、OK。かくてNHK放送センターは現在地にある。この間、NHK以外の新聞、放送各社は知ってか知らずか「沈黙」を決め込んだ。だからと言うわけでもなかろうが、新聞各社の国有地払い下げに各社は「沈黙」する。

したがって「閣議決定」と言う「重し」の付いた「村山談話」でも、世論の変化を盾として「決定変更」を図る事は可能である。だが、これに対する韓国と中国の「反応」を考慮すると、安倍内閣でも唯々諾々と「踏襲」、麻生内閣も踏襲したように、政治的には相当大きな決断を要する問題である。

今回、田母神空幕長論文問題で、村山談話に立ち返ることなく、さっさと同氏更迭で問題を処理した理由はここにある。しかも、これに踏み切る強力な内閣の出現をいまは予想できない。国民は自分たち以上レベルの政府を持つことができないのだとすれば、内閣と国民は同罪である。出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008・11・14


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック