2008年11月28日

◆古澤 襄と屋山太郎

渡部亮次郎(「頂門の一針」主宰)

私を含めて3人は親しい友人。古澤は1931年、屋山は1932年6月4日生まれ。私が一番年下で36年生まれだが、いずれも老人になった。1970年代の自民党総裁を巡って田中角栄と福田赳夫の争った「角福戦争」当時、3人は福田番だった。

ご承知の通り、福田が敗れた。古澤は地方の支局長をいくつか務めた末に、共同通信社の常務理事、屋山は時事通信社で既にローマ特派員を済ましていたが、首相官邸キャップ、ジュネーヴ特派員、編集委員兼解説委員を歴任し、1987年退社した。

私は大阪のデスクに飛ばされた後、福田内閣で園田直外務大臣,の秘書官。屋山はある日地の人の紹介で伊藤忠商事の瀬島龍三と知り合った事から政治や行政に深く関与し、政治評論家としての研鑽を積むことになる。

即ち、瀬島龍三の関係する1981年第2次臨時行政調査会(土光臨調)に参画、以後第1次?第3次行政改革推進審議会専門委員、選挙制度審議会委員、臨時教育審議会専門委員を務めたのである。

行政と選挙制度と教育問題のエキスパートになりおおせたのだから2001年には第産経・フジTVグループの17回正論大賞を受賞するのはたやすかった。

『ウィキペディア』によれば、屋山は保守主義の理論的支柱とも言えるエドマンド・バークの信奉者であり、日本の親米保守論壇を代表する評論家の1人となった。慶賀に堪えない。しかし小選挙区推進論では古澤、渡部とは意見を異にする。

経済政策は新自由主義の立場を採り、外交問題については日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(=日米同盟)の強化の姿勢を示している。

屋山はローマ特派員の経験から強烈な小選挙区推進論を展開していた。日本の政治を腐敗させた元凶として中選挙区制を問題視している。このことが、派閥政治の温床となり田中派・竹下派支配を可能にしてきたとし、選挙制度審議会では小選挙区制の導入を掲げ、細川護煕政権での実現へと至った。

屋山は前述の竹下派支配は自民党の左傾化の象徴という位置付けをしている。例えば、小泉内閣発足以降問題視されることになった、6兆円にも及ぶ対中ODAを垂れ流し、その事業の窓口になっていること、日朝国交正常化を画策している勢力が同派の金丸信、野中広務であったことを注視、激しい批判を加えている。

野中が2003年に小泉との権力闘争に敗れ失脚した際は、小泉に対し最大限の賛辞を送っている。

屋山は安倍を最も評価する点として公務員制度改革の際、2007年3月27日に小泉内閣でもできなかった事務次官会議を無視し閣議決定を行った点を挙げている。

他方、かつての橋本龍太郎内閣が行った行政改革には手厳しく、公務員削減を伴わなかったことから痛烈に批判している。例えば、橋本改革には「課」で廃止されたものは唯の一つもない。

屋山は同時に、政府が国会に提出する法案は、議員立法という形で提出すべきだとも述べている。政府の法案提出は米国とは異なり、議院内閣制で多数派が政府を構成しているため憲法上は問題がないとされているが、政府提出の法案は現実には国家公務員がその多くを作成しているのが現実で、このことが官僚支配と、政治の指導力低下を招いていると指摘している。

一方、古澤は別の観点から小選挙区制度に反対していた。

[1人区で1議席を争う制度は、当選するために選挙民受けする選挙運動にならざるを得ない、というのだ。地域の市町村会議員の選挙なら、それで良いのだが、国政を担う衆議院議員を選ぶ選挙は、選挙民受けだけを狙っていては単なる”迎合選挙”に堕落する危険性がある]と警鐘を鳴らす。

<選挙で当選するために目先の生活向上だけを唱え、相手の党のあら探しをする選挙戦術が横行して、日本の将来のビジョンを示す大きな選挙演説が姿を消すのではないか。

戦後の日本の宰相は吉田、鳩山、岸、池田、佐藤と国家のビジョンを熱っぽく語っている。批判される点も多々あるが、一国のリーダーたるスケールの大きさがあった。最近の日本の宰相には、かつての宰相たちのスケールの大きさがない。

やはり小選挙区になって与野党のリーダーが「国民の生活が第一」しか語らなくなったことが、日本政治を矮小化させているのではないか。私は椎名悦三郎氏という政治家は大物だったと思う。

戦中は岸商工相の下で次官だった椎名氏だったが、椎名大臣・岸次官といわれるくらいスケールが大きかった。岸内閣の官房長官時代と佐藤内閣の外相時代に担当記者として付き合ったが、選挙に弱いことでも有名だった。中選挙区制度だったから衆議院議員になれたが、小選挙区制度だったら間違いなく落選が確実だろう。

小選挙区制度が続くかぎり椎名氏のような政治家は出てこない。それは日本政治の劣化につながると思っている。>「杜父魚文庫ブログ」2008・11・16

毎日新聞中部本社編集局長から故安倍晋太郎秘書に転じた金 巌(こん いわお)は屋山太郎を評して嘗ては単細胞といった。私には屋山の意見は単純でわかりやすいが、単細胞よりは古澤さんに説得力がある。(文中敬称略)2008・11・16

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