2008年12月27日

◆脳梗塞は2分20秒に1人

渡部 亮次郎

軽度とはいえ、脳梗塞で10日間の入院生活をして、改めて人生について考えさせられた。「人間、独りでは生きて行けない」のである。

洗面器に湯を張って、手を入れてふと考える。湯にすれば突然入ってきた異物の手である。手を抜けば、手なんかなかった元に還る。私の入院していたあのベッドには、既に次の患者が入り、西病棟4階は渡部亮次郎なんか忘れた日常に還っているだろう。

久しぶりに帰ってきた自宅のベッド。深夜、レシーバーを耳に当てるとラジオ深夜便がいつものオーダーで、私と無関係に番組をすすめている。私がいてもいなくても世のなかは粛々と営まれているのだ。

翻って私は世の中に対して粛々、唯々諾々としていられるか。決してそうではない。家庭には家族、外では友人。知人、先輩、同僚、後輩に手を引っ張られて浮いているに過ぎない。決して独りでは生きてゆけないのだ。病気になってみて改めて痛感した。

2008年11月17日(月)の朝7時に起きて、いつものようにパソコンを開けた。いつものように愛読者4千人にメイル・マガジン「頂門の一針」最新号を配信すべく編集に取り掛かったが、どうも違和感がある。左手小指の先が痺れる。

おかしいな、脳梗塞かなと思いつつ配信を終えた。8時半、掛かりつけ東京高輪病院の内科医に電話。「このところ続いた高血糖による異変では無いでしょうか」「そんな事はありませんよ、ご心配なら脳神経科にいらしてみたら」であった。

そうだ、糖尿病患者は脳梗塞や脳内出血を普通の人の何倍も起こしやすいと教わっていたではないか。そうだ「権威」友人石岡荘十に聞いてみよう。彼は自身、心臓手術を体験して以来、勉強の成果を文藝春秋から上梓したばかり。

「それは間違いなく脳梗塞だ、急いで病院へ行きMRIを撮ってもらいなさい!」叫ぶような声。アパートの真向かいが小さな総合病院だが嫌いだから30分以上かかる港区高輪台にある掛かりつけ「せんぽ東京高輪病院」に駆け込む。

MRIの結果は右耳の脇あたりにご飯粒ぐらいの梗塞(血栓のつまり)が発見されて、即時入院、20日間の点滴治療が宣告されたのだった。

詰まったまま時間が経つと先の脳神経が死んで不具者になってしまうが、早く血流を再開すれば元に戻る。急がなければ無意味なのだ。

院内エレベーターの「痺れ研修会」案内ポスターによると、「痺れ」の原因は4つあるそうだ。
(1)手根管症候群
(2)肘部管症候群
(3)頚椎症
(4)脳梗塞

脳梗塞にもいろいろあって、私のように極小さい梗塞はCTなんかでは発見できないから「微小脳梗塞」と言ってMRIが発明されるまでは見逃されていたらしい。MRIは最近の臨床では、主に脳と中枢神経系の病気を診断するの使われている。やわらかい組織をうつしだす点ですぐれているため、X線ではみえない部分も画像としてとらえることができる。

直ちにとラジカット30mg100mlとキサンポン40mg 100mlの点滴の点滴が開始された。点滴は午前と夜の2回。10日間続いた。

受けた点滴は微小脳梗塞初期に対しては標準的な治療法だそうで、小指の痺れは翌日には取れた。

その後の検査で右の頚動脈に狭窄が発見されて、ドッキリしたが、幸い手術するまでもないとなって予定より早く10日間で退院となった。死神を遣り過ごしたわけである。予後、血栓予防薬剤として錠剤「プレタール」の服用を一生義務づけられたが、アルコールの飲用が禁止とはならなかったので二重に助かった思いである。後遺症は全くなし。

大阪の安井敏裕氏(脳外科医・産業医)によると、脳梗塞に対して米国では1996年から特別な手技や道具が不要で、ただ静脈内注射するだけで詰まった血管の血栓を溶かしてくれる「アルテプラーゼ」と言う薬の使用が始まり、2002年にはヨーロッパ連合(EU)でもこの薬剤による血栓溶解療法が認可された。

この薬は血管に詰まった血栓を溶かしてくれる血栓溶解剤で、発症後3時間以内に静脈内注射するだけで良好な予後が得られる。わが国では米国から遅れること約10年の2005年10月11日に漸く承認された。

安井氏によると脳卒中とは、脳に酸素やブドウ糖などの栄養を送る血管が「詰まったり、切れたり、破裂して」、にわかに倒れる病気の総称である。

脳卒中には、脳梗塞(詰まる)、脳出血(切れる)、くも膜下出血(破裂)の3種類ある。

この病気の歴史は古く、「医学の父」と言われているヒポクラテスは既に今から2400年前の紀元前400年頃に、この脳卒中の存在を認識し「急に起こる麻痺」という表現で記載している。脳卒中による死亡率は日本では癌、心臓病に次ぎ、第3位で、毎年15万人程度の人が亡くなっている。

しかし、本当に問題となるのは、脳卒中が原因で障害を持ち入院あるいは通院している人たちが、その約10倍の150万人もいることである。

現在、脳卒中の中では、脳梗塞の発生頻度が突出して多い。2分20秒に1人が脳梗塞になっていると言うデータもあり、全脳卒中の70%程度を占めている。

この最も多い脳卒中である「脳梗塞」について、大きな治療上の進歩があった。アメリカで12年前の1996年である。

脳梗塞は、脳の動脈が血栓や塞栓という血の固まりのために詰まることで起こる。この血の固まりで閉塞さえた血管から血流を受けていた部分の脳は、いきなり脳梗塞という不可逆的な状態になってしまうのではなく、3時間の猶予があり、徐々に脳梗塞になる。

この3時間の間に血流を再開してやれば、再度、機能を回復できることになる。いわば、「眠れる森の美女」のような状態で、医学的には、このような状態の部分の脳を「ペナンブラ」と言う。見方を変えると、この部分は、血流が再開しないと3時間後には脳梗塞という不可逆的な状態となってしまう訳である。

このペナンブラの部分に血流を再開する方法として、古くは開頭手術をして、目的の血管を切開し、中に詰まっている血の固まりを取り除く方法を行っていたこともあるが、それでは、多くの場合に時間がかかりすぎ、再開通させた時には、ペナンブラの部分は既に脳梗塞になっている。また、間に合わないばかりか、出血性梗塞というさらに悪い状況になってしまうことさえある。

開頭術の次に登場した再開通法は、カテーテルという長い管を血管の中に通し、その先端を詰まった部分にまで誘導して、血栓を溶かす薬を注入する方法である。

この方法では開頭手術よりも早く、血管を再開通させることができるが、この方法であっても、血管が閉塞してから6時間以内に再開通させないとペナンブラが脳梗塞になってしまうことが防げないし、間に合わずに血流を再開させた場合には、やはり脳出血が起こってしまう。

このようなことから、一時、脳卒中に関わる医師は、口には出さないが、最も理屈にあった治療法である「急性期に閉塞血管を再開通させて脳梗塞になることを防ぐ」と言う治療を諦め、虚無的になっていた時期がある。

再開通させることを諦め、梗塞に陥ってしまった脳自体の治療として、脳保護薬や低体温療法へと興味が移行していた時期もあった。

しかし、米国で1996年から特別な手技や道具が不要で、ただ静脈内注射するだけで詰まった血管の血栓を溶かしてくれるアルテプラーゼと言う薬の使用が始まり、2002年にはヨーロッパ連合(EU)でもこの薬剤による血栓溶解療法が認可された。

わが国でも日本脳卒中学会を中心にこの薬の早期承認を厚生労働省に求めたが、「日本人を対象とした治験で良い結果が出ない限り承認できない」という厚生労働省の方針に答える準備のために時間がかかり(druglag)、米国から遅れること約10年の2005年10月11日に漸く承認された。

この薬は血管に詰まった血栓を溶かしてくれる血栓溶解剤で、発症後3時間以内に静脈内注射するだけで良好な予後が得られる。

しかし、この薬剤は両刃の剣で、39項目に亘る使用基準を尊守しないと、脳出血の危険性が著しく増大することが分かっている。従って、厚生労働省も非常に厳しく市販後調査(2.5年間に3000例以上の全例調査)を課している。現在は、言わば試運転ないしは仮免状態と心得て、慎重に使
用する必要がある。

この薬剤を用いるためには、一定の講習を受ける必要があり、全国で130回以上行われ、8000人以上が受講した。実際に、この薬剤を発症後3時間以内に注射するには、患者さんには、遅くとも発症後2時間以内に病院へ到着してもらう必要がある。

すなわち、病院へ到着しても、患者の診察、一般検査、脳のCT検査、家族への説明など、最低1時間は必要であるためである。そのために、最初にこの薬剤の使用を始めた米国では、脳梗塞を“ブレインアタック(brain attack)”と言い直し、社会全体に向かって、その緊急性を啓発した。

すなわち、“Time is brain. Time loss is brain loss.”などの標語で注意を喚起した。日本においても脳梗塞を“ブレインアタック”という緊急を要する疾患として一般の方々に認識していただくために、学会や医師会などの啓発運動も行なわれるようになっている。

さらに、平成9年3月に創設された日本脳卒中協会においても、毎年5月25日〜5月31日までの1週間を脳卒中週間と定め啓発運動に努めるようになっている。

脳卒中週間をこの時期にしたのは、とかく脳卒中は冬に多いと思われがちであるが、脳卒中の中で最も多い脳梗塞は、最近の研究では6−8月に増えだすため、脳卒中予防は夏から気をつけなければならないことを啓発するためである。

この週間で使用される標語も、昨年(2006年)はアルテプラーゼの使用が認められたことを念頭において「1分が分ける運命、脳卒中」であった。2001年の日本での脳梗塞急性期来院時間調査の結果では36.8%の患者が3時間以内に来院している。この中の一部の方がアルテプラーゼ治療を受けることになるが、この割合をさらに増やして、本薬剤の恩恵を受ける人を増やす必要がある。

この治療では10年の経験を持つ米国では、この治療を受けるためには、
1)患者の知識、
2)救急車要請
3)救急隊システム、
4)救急外来、
5)脳卒中専門チーム、
6)脳卒中専門病棟、とういう6つの連鎖の充実と潤滑な流れを推奨している。
 
一般市民への啓発や行政への働きかけなどが必要である。一方で、来院から治療までの時間も1時間以内にする努力が病院側に求められている。いつでも、3人程度の医師が対応できなければならないし、他職種(レントゲン部門、検査部門、看護部門)の協力も不可欠である。(了)

(安井氏は元大阪市立総合医療センター・脳神経外科部長・現社会福祉法人「聖徳会」岩田記念   診療所 勤務)

私は1時間遅かったが、角さんは死神に遭うのが何年も早すぎたのである。
2008・11・30Microsoft(R) Encarta(R)


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