岩本宏紀(在仏)
ボルドーの夜でレストランを物色していると、こぎれいで安そうな店があった。1階(rez-de-chaussée)は満席、2階(premier étage)も満席、3階(deuxième étage)でやっと座れた。
しかし何となく妙な雰囲気。お品書きを持ってくる気配がまったくないし、隣りのアベックは、胡桃(くるみ)がのっただけの小さなレタスのサラダを食べている。
左後方のテーブルも同じサラダのようだ。「ひょっとして、、、」と思っていると、ウェイトレスがやって来た。そして 「Quelle cuisson ? ケル・キュイソン」 焼き加減は?
予感は的中した。店の名前 L’Entrecôte アントルコット、つまり牛肉のリブロースステーキしか出さない店なのだ。
随分前の夏、J.H.さんに連れて行ってもらった巴里、ポルト・マイヨのレストランがそうだった。選ぶのは焼き加減とデザートのみ。料理はアントルコットだけという、一品勝負の店だった。
正しくは Le Relais de Venise – son entrecôte (ル ルレ ドゥ ブニーズ ソナントルコット、ベニスの旅館のアントルコットの意味)だが、みんな「アントルコット」と呼んでいるそうだ。
ボルドーの店で出てきたのも、薄切りながら味が深い。ソースはさらっと透明。感激して食べているうちに、五分刈り頭で恰幅(かっぷく)のいい、日本の友だちを思い出した。
巴里のからおけスナックで意気投合した彼は、神戸の有名なシュークリーム屋の大将だった。一時帰国した冬に、ぼくは彼の店を訪ねた。ひとを包み込むような優しさに溢れた奥さん、弾けるような明るさに発散する女子社員に囲まれて上機嫌の大将は、昔の写真を見せてくれた。
それは20数年前、ボルドーの料理学校にいたときのもので、調理方法を記した細かいメモも、一緒に保存されていた。
フランス人の味の好みと日本人のそれとはかなり違う。ボルドーで勉強したことをそのまま日本にもってきても、日本人の舌には受けないのではないか、という疑問をぼくはぶつけてみた。料理留学では何を勉強すればいいのかと。
彼の返事はこうだった。
「感覚を学ぶことやねぇ」。
2009年02月24日
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