2009年05月03日

◆大久保コリアン・タウン昨今

渡部 亮次郎・前田 正晶

(渡部)
『文芸春秋』09年5月号グラビアから。

<山手線新大久保駅前の大久保通りを西へ行くとすぐ左手に皆中(かいちゅう)稲荷神社がある。「みな、あたる」百発百中。妙な名前だが、江戸の頃、この辺りには幕府の鉄砲隊が住んでいたと知れば合点が行く。

今も隔年に行なわれている例大祭には「江戸幕府鉄砲組百人隊行列出陣の儀」が見られる。百人町と言う町名はここから来ている。

現在、大久保通りと職安通りに挟まれた百人町と大久保の地域には、韓国を中心としたアジア系飲食店が急増し、コリアンタウンの様相を呈している。日本語よりハングルの方が多いように見えるほど。その本格韓国料理を求めて日本人客も押し寄せてくる。

ここには日本人の商店会のほかに「韓人会」と言う団体も出来た。正式
には「在日本韓国人連合会」というが、李事務局長によれば「1980年代後半以降、ビジネス、留学、就学、国際結婚など様々な目的で韓国から来日している新世代が急激に増加しました。その韓国人ニューカマーの親睦団体です」。

戦前から日本に住んでいる韓国人のオールドカマーに対して、日韓の歴史的問題の壁を破って、地域住民と手を結んで共に発展していこうと言う若い世代だ。空襲による焦土から立ち上がった街のエネルギーは、いまも通りに満ちている。>提供大和ハウス工業株式会社「暮らしを見つめて半世紀」。

きれいごとに書けばこんな文章になるのでしょうが、地域日本人としては、「とんでもない」と言う感慨があるのではないでしょうか。

<以下、周辺に住まいされている前田正晶さんの述懐>

1月でしたか昨年の12月でしたか、錦糸町のCoCoで経験したように、この地区の韓国料理店では居抜きの店主交代が多く、給仕人は男女とも激しく入れ替わりますが、これ皆学生ヴィザで入国したものが法律の限度内で働くからだそうです。

私は強制退去が多いのだと読んでいます。最近は頻繁に警察官が「はい、外国人登録証を出して」と職務質問を掛けているのを見かけますし、持ち物を検査していることも増えています。

また、この百人町で最古参の大地主に聞きますと、商店を経営していた古参の経営者は、最早日本人相手の商売は採算が取れず、信用できる韓国人に貸して家賃収入に切り換えた方が利口であると一致した意見であるそうです。

当にその通りで、裏通りを3日歩かなければ「あれ、此処には先日まで何の店があったのか」と思わせる変貌振りです。一般的には何かと言えば韓国料理店が増えたと書き立てますが、実は韓国から輸入したとしか思えない廉価な女性服を売る店も急増しています。これなどは見込み客どころか、安定した客筋があるのでしょう、あれだけ韓国女性が増えたのでは。

これら以外にウンザリさせられるのが、韓流スター関連の商品(グッズ等という言葉を使うのは潔くありません)を売る店も依然として増加傾向にあることです。街頭に無造作に置かれた韓国語のフリー・ペーパーの数も増加の一途です。

それに呼応してか、未だにこの辺りの地図を片手にウロウロしている中・高年の女性の数も増え続けています。韓国料理店が増えるのも、こういう客を狙ってのことでしょう。そういう料理屋の看板を見れば、決して安くはありません。

忘れてはならないのが「韓国広場」と「南大門市場」という韓国から輸入した物だけではなく日本産のキムチや冷麺まで幅広く韓国的な野菜、肉、豚足、調理済み食品(サンゲタン等)、ナムル、調味料、食器までを売っている、いわば韓国スーパーの存在です。

こういう状態をよく言えば「リトル・ソウル」とでもいうのでしょうが、私は何処かで誰かが歯止めを掛けねば、この傾向は限りなく拡大していくと憂慮しています。

余所から尋ねてくる人たちには興味津々でしょうが、地元の人たちは怒っています。不動産屋はとっくの昔に「外国人お断り」は放棄しています。

これに止まらず、マスコミが一向に言わないイスラム系やアラブ系の増加も顕著です。私はこの辺りでは、昔アメリカ人どもと外国人を区別して語る時のために冗談めかして使っていた、「白い外人」(=whitegaijin)などは滅多 に見る機会が無くなりました。

これほど景気が低迷している日本ですが、彼ら北アジアや中近東からパキスタン人等には未だに「夢の国」であるようなことは、何となく揶揄されている気もします。だが、「日本も未だあの諸国と比べれば良い状態にあるのだ」と思います。

9日の午後に、小滝橋通りでバスを降りて大久保通りを歩いて帰宅の途中、キリスト教新教の教会の前を通れば漢字の他に我々には読めないハングルの掲示が出ていた。若い女性が何かビラを配っていた。

この大久保通りには韓国人のためとしか思えない教会が非常に多い。教会と言っても独立した建物ではないし、目立つような十字架が立っているわけでもない。

何処にでもあるようなビルの一角に「教会」という字が見えるだけのこと。窓に十字架の絵が描いてある。その他の表示は概ねハングルで、我々にはどのような宗派(と言うのかな)の教会かが解らない。

ソウル市内では、独立した教会の建物が多く、韓国には人口比では我が国よりもキリスト教信者が多いらしいと解る。その信者達が大挙して我が国に転居してきたらしいとも想像できるほど、大久保通りから裏通りを挟んだ職安通り、さらに明治通りにはこういう教会が多い。

余り日曜日の朝にその複数の通りを歩くことがないので、どれほど多くの韓国人の信者さん達が礼拝やミサに訪れているかは知らない。だが、あれだけの数の教会は需要があるから存在するのだろう。

すなわち、それだけこの辺りには在日の人か信者が沢山住んでいるのかなと何時も考えている。

しかし、我が同胞にも新教であろうと旧教であろうとキリスト教信者がおられるはずである。その人達は何処の教会に行っておられるのだろうかと、何時も不思議に思っている。まさか韓国語のお説教を聞いておられるわけでもないだろうし。

韓国人のための教会の存在は解ったが、最近急増しつつあるイスラム教の人たちのためのモスクが何処にあるのか。因みに、明治通りと小滝橋通りに挟まれた大久保通りと職安通りには、仏教のお寺は2軒しかない。何か妙な感じがする。2009・04・09

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